「もういい。下がれ」
「……え?」
「下がれっつってんのが分からねぇのか!」
いつきは目を閉じ、精一杯頭を下げた。女中に教わった作法は全部頭から飛んだので、
夢中で立ち上がって駆け出した。それも気に入らなかったのか、背後から小十郎を
苛立った調子で呼ぶ政宗の声が聞こえた。
なんで、あんなにすぐ怒るのだろう。自分が綺麗な着物を着ているのが気に食わないのか。
年頃の女性なんだと安心したのがいけなかったのか。
誰もいない庭の片隅で、いつきはわんわんと声を上げて泣いた。
「……え?」
「下がれっつってんのが分からねぇのか!」
いつきは目を閉じ、精一杯頭を下げた。女中に教わった作法は全部頭から飛んだので、
夢中で立ち上がって駆け出した。それも気に入らなかったのか、背後から小十郎を
苛立った調子で呼ぶ政宗の声が聞こえた。
なんで、あんなにすぐ怒るのだろう。自分が綺麗な着物を着ているのが気に食わないのか。
年頃の女性なんだと安心したのがいけなかったのか。
誰もいない庭の片隅で、いつきはわんわんと声を上げて泣いた。
「政宗様。いつきは人質です。教養を与えるのは如何なものかと存じますが」
「HA! だからてめぇは莫迦なんだよ、小十郎」
「それに、あのように政宗様が着られるはずだった物をお与えになられたり、
政宗様と同じ膳を用意させたり……。政宗様。いつきは、貴方の妹御ではないのですよ」
手あぶりに手をかざしていた政宗は、下座に控えた小十郎を見た。指を動かし、
小十郎を傍近くに呼ぶ。小十郎は腰を上げて近くに寄ると、政宗はもっと傍にと命じた。
「もっとこっちに来い」
「――は」
小十郎は政宗の手が触れるほど近くまで来た。政宗は小十郎の顎に手をやって顔を上げさせ、
無造作に頬を叩いた。
小十郎は頬に手をやるがすぐに膝の上に置き、政宗を見た。政宗は小十郎を叩いた手を忌々しそうに振っている。
「ったく、なんで俺よりでかいんだよ、てめぇは」
「……は?」
「ま、その方が殴り甲斐あるけどな」
「政宗様。小十郎は、殴られるためにお仕えしてる訳では……」
ぱちん、と手あぶりの炭が弾けた。赤々と燃える炭の粉が、小十郎に僅かに降りかかる。
政宗はそれを見て楽しそうにけらけらと笑った。
「ほら、炭もお前をぶちたいとよ」
「この小十郎をぶっていいのは、政宗様と両親、姉の四人のみです」
小十郎の言葉に、政宗はぱちくりと瞬き、それから嬉しそうに目を細めた。
しかしすぐに真顔になり、白扇で小十郎の顎を持ち上げた。
「いつきのことだったな。アレは所詮人質だ。北の農民どもが少しでも暴れる素振りを見せたら、
市中引き回して鋸引きでも火焙りでもしてやるさ」
「ならば、何故あのように着飾らせたり、ましてや教養をお与えになるなど」
「農民が余計な知恵つける、か。確かにそうかもしれねぇな。けどな、あいつらが正しい知識を
知恵に変えて分を弁えれば、田畑が荒れることは少なくなり、豊作が多くなる。収穫が増えれば
年貢も増える。俺ら侍は安心して軍を進められる。――違うか?」
政宗は小十郎の襟をつかみ、思い切り引き寄せた。小十郎が苦しげに呻くが、政宗は気にせず
皮肉げにゆがんだ笑みを見せる。
「そう、うまくいく、でしょうか」
苦しげな呼吸から切れ切れに出される言葉を聞き、政宗は途端に不快そうに顔をゆがめた。
白扇でぺちぺちと頬を叩く。
「小十郎。お前が俺を信じねぇでどうするんだ」
「申し訳ありません」
「いつきの度胸は本物だ。あんなちっちぇえのに、大人率いて戦起こすんだからな。
そいつが知恵をつけて正しく使えば、間違った方向にゃ向かわねぇよ。あいつにはそれだけの
価値がある。だから俺はあいつを人質にしたんだ。しかるべき集団の首領なら、丁重に扱うのは当然だ」
分かったか? と見事な微笑みを至近距離で見せられ、小十郎は思わず見惚れた。その隙に唇を塞がれる。
差し込まれた舌を受け入れ、答える。政宗の舌は貪欲に小十郎を貪る。
――主君と家臣にあるまじきことだ。
最初に誘ったのは政宗だった。大切な宝物を与えるといって閨に誘い、宝物の正体を知って
逃げようとする小十郎を「女にここまで言わせて逃げるのか、情けない」と罵った。
婿を迎えるまで大事にしろ、と言えば「こんなあばただらけの女、鬼でも逃げ出すぜ?」
と言って己を嘲る。
幼い頃に患った疱瘡のせいで、政宗の右目は潰れ、肌には跡が残った。その目と肌を
政宗は何よりも嫌う。
――こんな肌の女を、やっぱりお前も拒むんだな。
そういって零された涙を、小十郎は掬った。
初めては痛いというが覚悟はおありか、と問うと、俺を傷つける栄誉を与えるんだから
何も言うな、と高飛車な答えが返ってきた。
痛がらないよう入念に解したが、それでも血は流れ痛がった。気を失うように
絶頂ともいえない絶頂を向かえた政宗を寝かしつけ、もう二度と朝日は見られまいと覚悟した。
けれど政宗は小十郎を傍近くに置き、「竜の右目」を名乗らせ常に頼るようになった。
あんたの奴隷のままでいい5
「HA! だからてめぇは莫迦なんだよ、小十郎」
「それに、あのように政宗様が着られるはずだった物をお与えになられたり、
政宗様と同じ膳を用意させたり……。政宗様。いつきは、貴方の妹御ではないのですよ」
手あぶりに手をかざしていた政宗は、下座に控えた小十郎を見た。指を動かし、
小十郎を傍近くに呼ぶ。小十郎は腰を上げて近くに寄ると、政宗はもっと傍にと命じた。
「もっとこっちに来い」
「――は」
小十郎は政宗の手が触れるほど近くまで来た。政宗は小十郎の顎に手をやって顔を上げさせ、
無造作に頬を叩いた。
小十郎は頬に手をやるがすぐに膝の上に置き、政宗を見た。政宗は小十郎を叩いた手を忌々しそうに振っている。
「ったく、なんで俺よりでかいんだよ、てめぇは」
「……は?」
「ま、その方が殴り甲斐あるけどな」
「政宗様。小十郎は、殴られるためにお仕えしてる訳では……」
ぱちん、と手あぶりの炭が弾けた。赤々と燃える炭の粉が、小十郎に僅かに降りかかる。
政宗はそれを見て楽しそうにけらけらと笑った。
「ほら、炭もお前をぶちたいとよ」
「この小十郎をぶっていいのは、政宗様と両親、姉の四人のみです」
小十郎の言葉に、政宗はぱちくりと瞬き、それから嬉しそうに目を細めた。
しかしすぐに真顔になり、白扇で小十郎の顎を持ち上げた。
「いつきのことだったな。アレは所詮人質だ。北の農民どもが少しでも暴れる素振りを見せたら、
市中引き回して鋸引きでも火焙りでもしてやるさ」
「ならば、何故あのように着飾らせたり、ましてや教養をお与えになるなど」
「農民が余計な知恵つける、か。確かにそうかもしれねぇな。けどな、あいつらが正しい知識を
知恵に変えて分を弁えれば、田畑が荒れることは少なくなり、豊作が多くなる。収穫が増えれば
年貢も増える。俺ら侍は安心して軍を進められる。――違うか?」
政宗は小十郎の襟をつかみ、思い切り引き寄せた。小十郎が苦しげに呻くが、政宗は気にせず
皮肉げにゆがんだ笑みを見せる。
「そう、うまくいく、でしょうか」
苦しげな呼吸から切れ切れに出される言葉を聞き、政宗は途端に不快そうに顔をゆがめた。
白扇でぺちぺちと頬を叩く。
「小十郎。お前が俺を信じねぇでどうするんだ」
「申し訳ありません」
「いつきの度胸は本物だ。あんなちっちぇえのに、大人率いて戦起こすんだからな。
そいつが知恵をつけて正しく使えば、間違った方向にゃ向かわねぇよ。あいつにはそれだけの
価値がある。だから俺はあいつを人質にしたんだ。しかるべき集団の首領なら、丁重に扱うのは当然だ」
分かったか? と見事な微笑みを至近距離で見せられ、小十郎は思わず見惚れた。その隙に唇を塞がれる。
差し込まれた舌を受け入れ、答える。政宗の舌は貪欲に小十郎を貪る。
――主君と家臣にあるまじきことだ。
最初に誘ったのは政宗だった。大切な宝物を与えるといって閨に誘い、宝物の正体を知って
逃げようとする小十郎を「女にここまで言わせて逃げるのか、情けない」と罵った。
婿を迎えるまで大事にしろ、と言えば「こんなあばただらけの女、鬼でも逃げ出すぜ?」
と言って己を嘲る。
幼い頃に患った疱瘡のせいで、政宗の右目は潰れ、肌には跡が残った。その目と肌を
政宗は何よりも嫌う。
――こんな肌の女を、やっぱりお前も拒むんだな。
そういって零された涙を、小十郎は掬った。
初めては痛いというが覚悟はおありか、と問うと、俺を傷つける栄誉を与えるんだから
何も言うな、と高飛車な答えが返ってきた。
痛がらないよう入念に解したが、それでも血は流れ痛がった。気を失うように
絶頂ともいえない絶頂を向かえた政宗を寝かしつけ、もう二度と朝日は見られまいと覚悟した。
けれど政宗は小十郎を傍近くに置き、「竜の右目」を名乗らせ常に頼るようになった。
あんたの奴隷のままでいい5




