いつもの座敷のいつもの時刻。
上座に座るのは花魁である俺様佐助。そしてその馴染みであるお館様が並ぶ。
その前で深々と頭を垂れるのは、此度立派に新造出しの済んだ幸村の旦那だった。
「お館様!!この度は某の新造出しにご助力頂きまして、この幸村、誠有難き幸せでございまする!なんと感謝の言葉を述べれば良いものやら!」
旦那の新造出しはお金を掛けただけあって、豪華なものだった。
格子の前から道中まで、ちりめんやら緞子やらわたの類を山のように積飾り、俺の部屋でも「幸村」名入りの煙草入れやら手ぬぐいやらを、出入りの者に祝儀として配る。外の茶屋やら船宿へも、全部にむし菓子を送る。ある種お祭り騒ぎのような、要するにそれは金をかけた宣伝だ。
それから十日程。
鷹波屋へと顔を見せたお館様に、旦那は我先にと参上つかまつった次第だった。
「よいよい、そなたにそう言わせたくて工面したのじゃ」
伏す旦那を片手を上げて制し、お館様はそう言った。
「わしよりも佐助に礼を言えい。お主の為にと相当借りた様じゃからのう」
「それは…もう…」
感謝しておりまする、と幾分か顔を赤らめてごにょごにょと呟く。
お館様には真正面から敬意を表すのに対し、俺様には素直になれないんだよねーこの旦那は。
「佐助に苦労をさせん様にと羽振り良く出した金だったんじゃがのう…全く変わった姐女郎じゃな」
「はい!変わった女郎にございます佐助は!!」
そこは力強く肯定しなくていいから。
お館様と旦那は、すっかり仲良しさんのご様子で、こんな熱血掛け合いに、俺様はいつも押され気味。
今日もやれやれ、とこっそり溜め息を吐く。
「これからは、そなたも見世に出て働く事になるのう。佐助の名代など、そなたに勤まるのか?」
「はっ!誠心誠意お仕え致します所存であれば!」
がしっと胸の前で拳を握り締め、気合充分と言った程に戦慄く。
「幸村の誠心誠意は、ちと心配じゃのう、佐助」
「ええ、心配です」
そこは力強く肯定しておく。
うおぉぉぉおと全速力で駆け抜け、台の料理をひっくり返した事も数知れず。
琴を弾けば弦は切れ、唄という名の怒号は通りにまで響き渡る。
できれば誠心誠意ではなく、だらけきったぐらいにてきとーにやって欲しい。
「では新造幸村に、一つ酌を頼むとするか」
とお館様は、右手の杯をぐいと飲み干し、空いたそれを幸村に向けた。
「はっ」
やや緊張した面持ちで、短いいらえを返した後、旦那は銚子を取ってつと前へ進み出た。
禿の頃から座敷で小間使いを使っていたが、酌をさせた事はない。
徳利を傾ける手が、小さく震えている。杯の縁にカチカチと当たる音がする。
その表情は真剣そのもので、力強い瞳は戦慄しているようにさえ見えた。
まるで一滴の狂いも許されないとでも言うように、ゆっくりと、息遣いが聞こえる程に静かに酒が注がれていく。
「ふう…っ、緊張するものにございますなぁ」
注ぎ終わった途端、糸が解れた様に普段の無邪気な笑顔に戻った。
「わはは、初い奴じゃ」
押し黙ってじっとその表情を見守っていたお館様も、笑みを零す。
と、旦那が手にした銚子を軽く振る。ちゃぷちゃぷと高く小さな音が聞こえる。
「む、酒が切れそうでござるな!某、取ってまいりますゆえ、しばしお待ち下さいませ!!」
旦那は、静止の声も耳に入らず、スパーンと障子を開けて駆け出して行った。
上座に座るのは花魁である俺様佐助。そしてその馴染みであるお館様が並ぶ。
その前で深々と頭を垂れるのは、此度立派に新造出しの済んだ幸村の旦那だった。
「お館様!!この度は某の新造出しにご助力頂きまして、この幸村、誠有難き幸せでございまする!なんと感謝の言葉を述べれば良いものやら!」
旦那の新造出しはお金を掛けただけあって、豪華なものだった。
格子の前から道中まで、ちりめんやら緞子やらわたの類を山のように積飾り、俺の部屋でも「幸村」名入りの煙草入れやら手ぬぐいやらを、出入りの者に祝儀として配る。外の茶屋やら船宿へも、全部にむし菓子を送る。ある種お祭り騒ぎのような、要するにそれは金をかけた宣伝だ。
それから十日程。
鷹波屋へと顔を見せたお館様に、旦那は我先にと参上つかまつった次第だった。
「よいよい、そなたにそう言わせたくて工面したのじゃ」
伏す旦那を片手を上げて制し、お館様はそう言った。
「わしよりも佐助に礼を言えい。お主の為にと相当借りた様じゃからのう」
「それは…もう…」
感謝しておりまする、と幾分か顔を赤らめてごにょごにょと呟く。
お館様には真正面から敬意を表すのに対し、俺様には素直になれないんだよねーこの旦那は。
「佐助に苦労をさせん様にと羽振り良く出した金だったんじゃがのう…全く変わった姐女郎じゃな」
「はい!変わった女郎にございます佐助は!!」
そこは力強く肯定しなくていいから。
お館様と旦那は、すっかり仲良しさんのご様子で、こんな熱血掛け合いに、俺様はいつも押され気味。
今日もやれやれ、とこっそり溜め息を吐く。
「これからは、そなたも見世に出て働く事になるのう。佐助の名代など、そなたに勤まるのか?」
「はっ!誠心誠意お仕え致します所存であれば!」
がしっと胸の前で拳を握り締め、気合充分と言った程に戦慄く。
「幸村の誠心誠意は、ちと心配じゃのう、佐助」
「ええ、心配です」
そこは力強く肯定しておく。
うおぉぉぉおと全速力で駆け抜け、台の料理をひっくり返した事も数知れず。
琴を弾けば弦は切れ、唄という名の怒号は通りにまで響き渡る。
できれば誠心誠意ではなく、だらけきったぐらいにてきとーにやって欲しい。
「では新造幸村に、一つ酌を頼むとするか」
とお館様は、右手の杯をぐいと飲み干し、空いたそれを幸村に向けた。
「はっ」
やや緊張した面持ちで、短いいらえを返した後、旦那は銚子を取ってつと前へ進み出た。
禿の頃から座敷で小間使いを使っていたが、酌をさせた事はない。
徳利を傾ける手が、小さく震えている。杯の縁にカチカチと当たる音がする。
その表情は真剣そのもので、力強い瞳は戦慄しているようにさえ見えた。
まるで一滴の狂いも許されないとでも言うように、ゆっくりと、息遣いが聞こえる程に静かに酒が注がれていく。
「ふう…っ、緊張するものにございますなぁ」
注ぎ終わった途端、糸が解れた様に普段の無邪気な笑顔に戻った。
「わはは、初い奴じゃ」
押し黙ってじっとその表情を見守っていたお館様も、笑みを零す。
と、旦那が手にした銚子を軽く振る。ちゃぷちゃぷと高く小さな音が聞こえる。
「む、酒が切れそうでござるな!某、取ってまいりますゆえ、しばしお待ち下さいませ!!」
旦那は、静止の声も耳に入らず、スパーンと障子を開けて駆け出して行った。




