「あー…もー…その辺の若衆にやらせろっていつも言ってんのに…」
そして開けっぱなしにするなと、ブツブツ文句を垂れながら立ち上がって戸を閉めやる。
お館様はその様子を見て、また楽しそうに膝を叩いて笑った。
「あれはそなたを越える花魁になるやもしれぬぞ」
言って、旦那が注いだ酒に口を付ける。俺から目線は外さずに、俺の反応を楽しむように。
「あんな子猫ちゃんに俺様の色気が負けてるとは思えないけどねー」
軽い物言いをわざとして、肩を竦めながら隣へ戻った。
「あれが猫という玉か。あれはな、虎じゃ」
言って瞬きを一つ、そして杯の酒をくいっと空けた。
「…随分あの子を評価してくれちゃってるんじゃないの、お館様?」
お館様は、その豪胆ぶりから"甲斐の虎"とも呼ばれる将だ。
その名を分け与える程の評価って、どれ程よ?
このお館様の心酔を耳にすれば、俺どころかお館様の配下だっていらぬ嫉妬を覚えるだろう。
そこまで思い、ふと慶次から耳にした話を思い出す。
「そういえばアレを身請けしたいとかって言う話はホント?」
「廓は話の伝わるのが早いのぉ」
呆れたように笑いながら、お館様はゆっくりとした動作で杯を台へ戻した。
「儂はな、あれを家臣にしたいのじゃ」
台に視線を落としたまま、静かな声で呟いた。
心情を量りかねて、俺は一瞬息すらできなかった。
「……遊女を家臣にした、なんて話は聞いた事ありませんが」
本気、なんですか、と付け足す。
「わっはっは、確かにな」
真面目な顔をしてたかと思えば笑い飛ばす。
やはりどこまで本気なのか、全く見当がつかない。
しかし…と思考を巡らす。
もしもお館様の家臣になれるのなら、あの子にとってこれ以上幸せな事はないのかもしれない。
どんなに遊女に教育しても、あれの土台は侍なんだ。
例え周囲に廓育ちの女と罵られようとも、物ともせずに一心に仕える事だろう。
その為の、意地も強さも、持ち合わせている。
ふと視線を上げれば、にやにやと意味ありげに笑うお館様と目が合った。
「な、なんですか…」
「いや、いつもふざけたお主が、かように真面目な顔で物思いに耽る事もあるのかと思うてな」
言われて気付き、考え入っていた自分を恥じる。
そうだ、いくら旦那の幸せを思案したところで、それは結局旦那の人生だ。
旦那が幸せになろうが不幸になろうが、俺の人生に何の関わりもない事なのに。
「そこまで幸村が可愛いか」
人の心を見透かした様に、低い声で囁く。
答える代わりに、にっこりと笑い返せば、それを見てくっと喉の奥で嘲笑する。
途端影は覆い被さり、気付けば頭が畳に付いていた。
んん、今日も一発目は畳でか…最近多いな。盛ってるのかなお館様。
体痛くしちゃうし、衝立の向こうに布団敷いてるんだから、そっちがいいんだけどな~
なんてぼんやり考えている内に、帯に手が掛けられる。
こういう時背に帯の結び目がないのって便利だよね。うつ伏せに脱がされるなんてぞっとしないじゃない。
昔はみんな前結びだったって言うけどね、確かに日常邪魔だしなぁ。
っと、上の空じゃ失礼だよね。集中集中っと。
とか何とか考えていると、
「お待たせいたしましたぞお館様ぁぁぁ!!」
どっどっどっどっという廊下を駆ける足音が部屋の前で止まったかと思うと、勢い良く障子が開かれた。
あぁ、そういえばさっきもう戻って来なくて良いって言うの忘れてた…。
はぁぁと溜め息吐く俺様。
銚子片手に固まる旦那。
反して楽しそうなお館様。
「おぉ、どうした幸村よ。禿立ちのそなたが、まさか初めて見る訳ではあるまい」
俺を組み敷いたまま、にやりと口の端を上げる。
「見たいのなら儂は一向に構わんぞ」
何をするのかと思いきや、視線だけ旦那に向けたまま、するすると着物の裾から手を滑り込ませてきた。
「え、あ、ちょ…!お館様…っ」
別に見られて困るもんじゃないけれど、あんまり旦那の前で開けっぴろげに晒していい醜態じゃない。
ちらりと盗み見れば、棒立ちする旦那と目が合った。
途端、その首から頭のてっぺんまでが、湯気が立ち上る程にみるみる真っ赤になっていく。
なんだそれ、童貞男の反応か。
「し、失礼いたしたぁぁぁ!!」
ばしーんと障子戸を叩き閉めて、またばたばたと廊下を走り去っていく音がする。
わーとかキャーとかガシャーンとかも聞こえるけど、それは気のせいということにしておこう…。
「ワハハ、脱兎の如く逃げおったわ」
姿勢はそのまま、逃げ出した旦那を嬉しそうに見送る。
「もー初心なんだから、からかわないでやってくださいよー」
はぁ、と本日幾度目かの溜め息。
それを気にも留めずお館様は、機嫌良く帯を解く動きを再開した。
そして開けっぱなしにするなと、ブツブツ文句を垂れながら立ち上がって戸を閉めやる。
お館様はその様子を見て、また楽しそうに膝を叩いて笑った。
「あれはそなたを越える花魁になるやもしれぬぞ」
言って、旦那が注いだ酒に口を付ける。俺から目線は外さずに、俺の反応を楽しむように。
「あんな子猫ちゃんに俺様の色気が負けてるとは思えないけどねー」
軽い物言いをわざとして、肩を竦めながら隣へ戻った。
「あれが猫という玉か。あれはな、虎じゃ」
言って瞬きを一つ、そして杯の酒をくいっと空けた。
「…随分あの子を評価してくれちゃってるんじゃないの、お館様?」
お館様は、その豪胆ぶりから"甲斐の虎"とも呼ばれる将だ。
その名を分け与える程の評価って、どれ程よ?
このお館様の心酔を耳にすれば、俺どころかお館様の配下だっていらぬ嫉妬を覚えるだろう。
そこまで思い、ふと慶次から耳にした話を思い出す。
「そういえばアレを身請けしたいとかって言う話はホント?」
「廓は話の伝わるのが早いのぉ」
呆れたように笑いながら、お館様はゆっくりとした動作で杯を台へ戻した。
「儂はな、あれを家臣にしたいのじゃ」
台に視線を落としたまま、静かな声で呟いた。
心情を量りかねて、俺は一瞬息すらできなかった。
「……遊女を家臣にした、なんて話は聞いた事ありませんが」
本気、なんですか、と付け足す。
「わっはっは、確かにな」
真面目な顔をしてたかと思えば笑い飛ばす。
やはりどこまで本気なのか、全く見当がつかない。
しかし…と思考を巡らす。
もしもお館様の家臣になれるのなら、あの子にとってこれ以上幸せな事はないのかもしれない。
どんなに遊女に教育しても、あれの土台は侍なんだ。
例え周囲に廓育ちの女と罵られようとも、物ともせずに一心に仕える事だろう。
その為の、意地も強さも、持ち合わせている。
ふと視線を上げれば、にやにやと意味ありげに笑うお館様と目が合った。
「な、なんですか…」
「いや、いつもふざけたお主が、かように真面目な顔で物思いに耽る事もあるのかと思うてな」
言われて気付き、考え入っていた自分を恥じる。
そうだ、いくら旦那の幸せを思案したところで、それは結局旦那の人生だ。
旦那が幸せになろうが不幸になろうが、俺の人生に何の関わりもない事なのに。
「そこまで幸村が可愛いか」
人の心を見透かした様に、低い声で囁く。
答える代わりに、にっこりと笑い返せば、それを見てくっと喉の奥で嘲笑する。
途端影は覆い被さり、気付けば頭が畳に付いていた。
んん、今日も一発目は畳でか…最近多いな。盛ってるのかなお館様。
体痛くしちゃうし、衝立の向こうに布団敷いてるんだから、そっちがいいんだけどな~
なんてぼんやり考えている内に、帯に手が掛けられる。
こういう時背に帯の結び目がないのって便利だよね。うつ伏せに脱がされるなんてぞっとしないじゃない。
昔はみんな前結びだったって言うけどね、確かに日常邪魔だしなぁ。
っと、上の空じゃ失礼だよね。集中集中っと。
とか何とか考えていると、
「お待たせいたしましたぞお館様ぁぁぁ!!」
どっどっどっどっという廊下を駆ける足音が部屋の前で止まったかと思うと、勢い良く障子が開かれた。
あぁ、そういえばさっきもう戻って来なくて良いって言うの忘れてた…。
はぁぁと溜め息吐く俺様。
銚子片手に固まる旦那。
反して楽しそうなお館様。
「おぉ、どうした幸村よ。禿立ちのそなたが、まさか初めて見る訳ではあるまい」
俺を組み敷いたまま、にやりと口の端を上げる。
「見たいのなら儂は一向に構わんぞ」
何をするのかと思いきや、視線だけ旦那に向けたまま、するすると着物の裾から手を滑り込ませてきた。
「え、あ、ちょ…!お館様…っ」
別に見られて困るもんじゃないけれど、あんまり旦那の前で開けっぴろげに晒していい醜態じゃない。
ちらりと盗み見れば、棒立ちする旦那と目が合った。
途端、その首から頭のてっぺんまでが、湯気が立ち上る程にみるみる真っ赤になっていく。
なんだそれ、童貞男の反応か。
「し、失礼いたしたぁぁぁ!!」
ばしーんと障子戸を叩き閉めて、またばたばたと廊下を走り去っていく音がする。
わーとかキャーとかガシャーンとかも聞こえるけど、それは気のせいということにしておこう…。
「ワハハ、脱兎の如く逃げおったわ」
姿勢はそのまま、逃げ出した旦那を嬉しそうに見送る。
「もー初心なんだから、からかわないでやってくださいよー」
はぁ、と本日幾度目かの溜め息。
それを気にも留めずお館様は、機嫌良く帯を解く動きを再開した。




