突然身を離した俺を、床の上からぽかんと見上げていた旦那の顔が青くなった。
すごい勢いで跳ね起きざま、はだけた襟と裾を乱雑に掻き合わせる。
同時に打ち掛けを拾い上げると、旦那はそれをぐるぐる巻きに体に巻きつけた。
体をすくめて蚕のように打ち掛けにくるまり、その下で、自分で自分をきつく抱きしめる。
今さらのようにがたがたと震えだした顔は、唇まで真っ青だ。
俺とどっちが青いだろうとふと思ったけど、確かめることはできなかった。
怖くて怖くて、旦那の顔を直視することができない。
本音を言えばこの場から逃げ出したい。でも、体がいうことを聞かなくて、それすらできない。
超情けない。自分でも呆れる。これが、自他共に認める武田一の忍びの姿か。
そう思ってもやっぱり、震える体と心を制することはできなかった。
障子の外でびょうびょうと、吹き荒れる夜の嵐。
相変わらず人が来る気配は微塵もない。
闇の中、数歩離れて向かい合ったまま二人、言葉もなくがたがたと震え続ける。
すごい勢いで跳ね起きざま、はだけた襟と裾を乱雑に掻き合わせる。
同時に打ち掛けを拾い上げると、旦那はそれをぐるぐる巻きに体に巻きつけた。
体をすくめて蚕のように打ち掛けにくるまり、その下で、自分で自分をきつく抱きしめる。
今さらのようにがたがたと震えだした顔は、唇まで真っ青だ。
俺とどっちが青いだろうとふと思ったけど、確かめることはできなかった。
怖くて怖くて、旦那の顔を直視することができない。
本音を言えばこの場から逃げ出したい。でも、体がいうことを聞かなくて、それすらできない。
超情けない。自分でも呆れる。これが、自他共に認める武田一の忍びの姿か。
そう思ってもやっぱり、震える体と心を制することはできなかった。
障子の外でびょうびょうと、吹き荒れる夜の嵐。
相変わらず人が来る気配は微塵もない。
闇の中、数歩離れて向かい合ったまま二人、言葉もなくがたがたと震え続ける。
どれだけ時間が過ぎただろう。無言の緊張を破ったのは、旦那のほうだった。
「……さ、佐助、どうした。具合でも悪いのか」
消えそうにかすれた声にも、返事さえできない。うつむいて震えるので精一杯だ。
勘弁してよ。今はあんたの顔も、声も怖いんだって。見たくないし、聞きたくないんだ。
これ以上あんたのそばにいたら俺、本当にどうかなっちゃいそうなんだよ。
こっちの気も知らないで、震える声はなおも言葉をつむぐ。
「や、やはり婿は嫌なのか。すまぬ。だが、他に手段が思い浮かばなんだのだ。そもそも佐助を婿にするのは、いくらなんでも無理かも知れぬと、お館様にも言われておった。……そうかもしれぬと、某も思ってはいた。おそらく駄目かもしれぬと」
それが、思いがけず叶ってしまったから。
「一人で浮かれてしまった。本当にすまぬ。お前にはひどいことをした。こんな我侭を言う某に、腹を立てるのも無理はない。だが」
泣きそうな響きを含んでおろおろ続く言葉が、耳に痛い。
「……お前がいなくなるのは、某どうしても嫌だったのだ。許してくれ」
なに、バカなこと言ってんだろう。
ひどいことしたのは俺のほうでしょうが。なんであんたが謝るの。
ない頭振り絞って
こんなおバカなこと考えて、それ全部俺をそばに置きたかったからって、どういうことよ。
他に手段がないって、これでもし駄目だったら、あんたいったいどうするつもりだったの。
「……さ、佐助、どうした。具合でも悪いのか」
消えそうにかすれた声にも、返事さえできない。うつむいて震えるので精一杯だ。
勘弁してよ。今はあんたの顔も、声も怖いんだって。見たくないし、聞きたくないんだ。
これ以上あんたのそばにいたら俺、本当にどうかなっちゃいそうなんだよ。
こっちの気も知らないで、震える声はなおも言葉をつむぐ。
「や、やはり婿は嫌なのか。すまぬ。だが、他に手段が思い浮かばなんだのだ。そもそも佐助を婿にするのは、いくらなんでも無理かも知れぬと、お館様にも言われておった。……そうかもしれぬと、某も思ってはいた。おそらく駄目かもしれぬと」
それが、思いがけず叶ってしまったから。
「一人で浮かれてしまった。本当にすまぬ。お前にはひどいことをした。こんな我侭を言う某に、腹を立てるのも無理はない。だが」
泣きそうな響きを含んでおろおろ続く言葉が、耳に痛い。
「……お前がいなくなるのは、某どうしても嫌だったのだ。許してくれ」
なに、バカなこと言ってんだろう。
ひどいことしたのは俺のほうでしょうが。なんであんたが謝るの。
ない頭振り絞って
こんなおバカなこと考えて、それ全部俺をそばに置きたかったからって、どういうことよ。
他に手段がないって、これでもし駄目だったら、あんたいったいどうするつもりだったの。
多分、どうもしなかったんだろう。
旦那はお館様の言葉には逆らわない。俺の言葉にも逆らわない。
何より、自分がなにを課せられているか、わかりすぎるほどわかっている。
もしお館様が無理だといえば、でなけりゃ俺が嫌だといえば、すぐにわかり申したと
引き下がって、家のために誰でもいい男を婿にしただろう。
それで俺が真田隊を離れたとしても、そばにいてやれなくなったとしても。
本音はどうあれ、きっと文句一ついわずに。
何もかもを一人で呑み込んで、なんでもない顔をして生きていったんだろう。
最初からそうしなかったのは、俺と離れるのが嫌だっていう、文字通りただの我侭で。
家名や身分を考えたら、本当にくだらない、小さなことで。
旦那はお館様の言葉には逆らわない。俺の言葉にも逆らわない。
何より、自分がなにを課せられているか、わかりすぎるほどわかっている。
もしお館様が無理だといえば、でなけりゃ俺が嫌だといえば、すぐにわかり申したと
引き下がって、家のために誰でもいい男を婿にしただろう。
それで俺が真田隊を離れたとしても、そばにいてやれなくなったとしても。
本音はどうあれ、きっと文句一ついわずに。
何もかもを一人で呑み込んで、なんでもない顔をして生きていったんだろう。
最初からそうしなかったのは、俺と離れるのが嫌だっていう、文字通りただの我侭で。
家名や身分を考えたら、本当にくだらない、小さなことで。
どうしてそれがあんたにとっては、崇めるほど尊敬してるお館様に無理させてでも、俺の意思を蹴飛ばしてでも、駄目かもしれないと思っても、我侭だと悔いても、叶えたいことになるんだろう。
あんなガキのころの、何の効力もない口約束を、あんたはなんでそんなに大事にするんだろう。
押しつぶしも押し殺しもせず、ごまかしもせず、なんでそんなにまっすぐでいられるんだろう。
俺ときたら、この期に及んでさえどうしようもないほど、こんなにも馬鹿で愚かだってのに。
押しつぶしも押し殺しもせず、ごまかしもせず、なんでそんなにまっすぐでいられるんだろう。
俺ときたら、この期に及んでさえどうしようもないほど、こんなにも馬鹿で愚かだってのに。




