「……と、いうわけで、織田も豊臣も今のところは大人しいもんです。あと特別なことって言えば、毛利と長曾我部の縁組くらいで」
当主同士の婚姻だから、西の結びつきは強くなるでしょうけど、と肩をすくめると、そうじゃなと呟いて、お館様も小さく肩をゆすった。
当主同士の婚姻だから、西の結びつきは強くなるでしょうけど、と肩をすくめると、そうじゃなと呟いて、お館様も小さく肩をゆすった。
夜半も過ぎたこの時刻、夕暮れ外を吹き荒れていた風もすっかりやみ、辺りは耳が痛いほどの
静寂に包まれていた。時折、隙間風に灯の火が、じりじりと低い音を立てるくらいだ。
武田屋敷の最奥にあるお館様の部屋は、相変わらず戸も障子も閉め切られていた。
部屋の隅には明かりが灯されているけれど、小さすぎて、余計闇が濃く見える。
ただ、上座でてかてか輝く僧形の頭だけは、いつもどおり明るい。
「とはいえ、あそこは両家とも中央の覇権には興味がないようじゃしな。九州の押さえにでもなればむしろ願ったりじゃ」
薄く笑う顔に、こっちも、ですねえと笑ってうなずく。
「ま、結論としては、日本全国おおむね平和でしたってことで」
以上、佐助の敵情ご報告でした、と頭を下げる。
ご苦労であったとうなずいて脇息に寄りかかると、お館様は手元の器に手を伸ばした。
朱塗りの器の中には、熟れきった柿の実が二つ、三つ。暗い明かりに、つやつやした表面を光らせている。
もうこんな季節だし、今年は多分これが最後だろう。
「呼び出しが遅れてすまなんだな。うっかりこんな時刻になってしまったわい」
「上杉の御使者が来てたんでしょ?大した報告じゃないし、忍びにお気使いなんか無用ですよ」
へらりと笑えば、ふむと鼻を鳴らして鋭い視線が俺を眺めた。
「まあ、平和で何よりじゃが。そこそこ苦労もあったようだな」
「はい?」
「それよ。佐助が手傷を負うとは珍しい」
静寂に包まれていた。時折、隙間風に灯の火が、じりじりと低い音を立てるくらいだ。
武田屋敷の最奥にあるお館様の部屋は、相変わらず戸も障子も閉め切られていた。
部屋の隅には明かりが灯されているけれど、小さすぎて、余計闇が濃く見える。
ただ、上座でてかてか輝く僧形の頭だけは、いつもどおり明るい。
「とはいえ、あそこは両家とも中央の覇権には興味がないようじゃしな。九州の押さえにでもなればむしろ願ったりじゃ」
薄く笑う顔に、こっちも、ですねえと笑ってうなずく。
「ま、結論としては、日本全国おおむね平和でしたってことで」
以上、佐助の敵情ご報告でした、と頭を下げる。
ご苦労であったとうなずいて脇息に寄りかかると、お館様は手元の器に手を伸ばした。
朱塗りの器の中には、熟れきった柿の実が二つ、三つ。暗い明かりに、つやつやした表面を光らせている。
もうこんな季節だし、今年は多分これが最後だろう。
「呼び出しが遅れてすまなんだな。うっかりこんな時刻になってしまったわい」
「上杉の御使者が来てたんでしょ?大した報告じゃないし、忍びにお気使いなんか無用ですよ」
へらりと笑えば、ふむと鼻を鳴らして鋭い視線が俺を眺めた。
「まあ、平和で何よりじゃが。そこそこ苦労もあったようだな」
「はい?」
「それよ。佐助が手傷を負うとは珍しい」
青くなっておるぞと口元を指差され、あ、これですかと押さえた瞬間、びりりと鈍い痛みが走った。
さっき確認したときは唇が切れて、顎に痣くらいだったけど、やっぱ腫れてきたらしい。
なんか口が開きにくいと思ったんだよねえ。
さっき確認したときは唇が切れて、顎に痣くらいだったけど、やっぱ腫れてきたらしい。
なんか口が開きにくいと思ったんだよねえ。
「いやー、不覚を取りまして」
もう一回へらりと笑った俺の顔を、鋭い視線が妙にじっくりと眺める。
ちょっと気になりだしたころ、お館様はようやく目をそらして、大事にせいよ、と呟き、柿の実にかじりついた。
夜目にも赤いかじり口から、とろとろした汁が滴る。熟れて蕩けた柔らかな実。
「……そうじゃ。縁組で思い出したが、幸村の婿取りな。あれを、今年のうちに済まそうと思う」
そろそろ退出しようかな、と天井を眺めた時、ふいにかけられた言葉に、俺は慌てて視線を戻した。
一瞬目を離しただけなのに、柿の実はもう、へたと種だけになってる。うーん、相変わらずの早業だ。
「あ、そうなんですか。それじゃ大忙しですね」
「身内のことじゃし、そう派手にはせぬがな。お前もそのつもりでおれ」
「はいはい、いつでもどうぞ。俺のことはお気使いなく」
日にちが近づいたら、他の任務は入れないでくださいねー、と笑って手を振る。
柿の種を弄んでいたお館様の手の動きが、ぴたりと止まった。
薄暗い明かりを受けて、いやにぎらつく目に、穴が開くほど見つめられる。
逸らすわけにもいかないんで、大人しく受けるけど、お館様は瞬きもしないで俺を凝視したままだ。
あの、なんか尻がむずがゆいんですけど。
「……ほう!」
「はい?」
「ふうむ」
感心したようなうめき声を上げて、乗り出していた体を戻すと、お館様はまた脇息に寄りかかった。
種を放り出し、二つ目の柿を手に取って、今度はそれを手の中で転がしだす。
その間も、目線は俺に合わせたままだ。
「……あのー、なにか?」
「ううむそうか。……ときに佐助、幸村にはもう会うたか?」
「へ?あ、はあ、時間があったんで、ご報告の前にちょっと」
「ほうほう」
またもや感心したようにうなずく頭が、てかてかと眩しい。
なになに、なんなの?てか、すっごい居心地悪いんですけど。
「えーと、お館様?」
「うむ。ところで佐助よ、ここじゃがな」
「は?」
視線をぴたりと据えたまま、また俺の口元を指す手に、つられて切れた唇に手を当てる。
「紅がついておるぞ」
「え?そんなもんつけてなかっ」
もう一回へらりと笑った俺の顔を、鋭い視線が妙にじっくりと眺める。
ちょっと気になりだしたころ、お館様はようやく目をそらして、大事にせいよ、と呟き、柿の実にかじりついた。
夜目にも赤いかじり口から、とろとろした汁が滴る。熟れて蕩けた柔らかな実。
「……そうじゃ。縁組で思い出したが、幸村の婿取りな。あれを、今年のうちに済まそうと思う」
そろそろ退出しようかな、と天井を眺めた時、ふいにかけられた言葉に、俺は慌てて視線を戻した。
一瞬目を離しただけなのに、柿の実はもう、へたと種だけになってる。うーん、相変わらずの早業だ。
「あ、そうなんですか。それじゃ大忙しですね」
「身内のことじゃし、そう派手にはせぬがな。お前もそのつもりでおれ」
「はいはい、いつでもどうぞ。俺のことはお気使いなく」
日にちが近づいたら、他の任務は入れないでくださいねー、と笑って手を振る。
柿の種を弄んでいたお館様の手の動きが、ぴたりと止まった。
薄暗い明かりを受けて、いやにぎらつく目に、穴が開くほど見つめられる。
逸らすわけにもいかないんで、大人しく受けるけど、お館様は瞬きもしないで俺を凝視したままだ。
あの、なんか尻がむずがゆいんですけど。
「……ほう!」
「はい?」
「ふうむ」
感心したようなうめき声を上げて、乗り出していた体を戻すと、お館様はまた脇息に寄りかかった。
種を放り出し、二つ目の柿を手に取って、今度はそれを手の中で転がしだす。
その間も、目線は俺に合わせたままだ。
「……あのー、なにか?」
「ううむそうか。……ときに佐助、幸村にはもう会うたか?」
「へ?あ、はあ、時間があったんで、ご報告の前にちょっと」
「ほうほう」
またもや感心したようにうなずく頭が、てかてかと眩しい。
なになに、なんなの?てか、すっごい居心地悪いんですけど。
「えーと、お館様?」
「うむ。ところで佐助よ、ここじゃがな」
「は?」
視線をぴたりと据えたまま、また俺の口元を指す手に、つられて切れた唇に手を当てる。
「紅がついておるぞ」
「え?そんなもんつけてなかっ」
言葉と一緒に時間が止まった。
猿飛佐助、一生の不覚。
猿飛佐助、一生の不覚。




