「じゃあ、このバックには何が入ってるか分かる?」
「えーとね、糸が3本!お酒が2本!」
「正解!すごいよブースカ。透視も出来るんだ」
「エッヘン!ボクが出来るのはこんなもんじゃないよ~」
「まだ他にもあるの!?ならもっと見せてもらってもいい?」
「ミュッキー!」
「えーとね、糸が3本!お酒が2本!」
「正解!すごいよブースカ。透視も出来るんだ」
「エッヘン!ボクが出来るのはこんなもんじゃないよ~」
「まだ他にもあるの!?ならもっと見せてもらってもいい?」
「ミュッキー!」
「はぁ…こうのんびりしとっていいんじゃろうか。」
反り返った岩々が並び立つ崖上にポツンとおかれた二階建ての建物
すっかり人と人ならざる者たちの憩いの場と化した
店内に殺し合いの場とはとても思えない明るい声が響き渡る。
その中で一人、支給品として招かれた妖怪目玉おやじは
会場に来てから何度目か知れぬ溜息を吐いた。
すっかり人と人ならざる者たちの憩いの場と化した
店内に殺し合いの場とはとても思えない明るい声が響き渡る。
その中で一人、支給品として招かれた妖怪目玉おやじは
会場に来てから何度目か知れぬ溜息を吐いた。
目玉一つの頭部のどこから息を吐いたのか。
そもそもどうやって言葉を発しているのか。
明確な答えは存在するが、それを聞くのは不毛と言うものである。
人の一般常識では簡単に語れないのが妖怪という生き物だ。
一つ解明する度に新たな疑問が現れ出る。
寧ろ詳細が分からない人知が及ばぬ存在だからこそ『妖怪』だと言えよう。
そもそもどうやって言葉を発しているのか。
明確な答えは存在するが、それを聞くのは不毛と言うものである。
人の一般常識では簡単に語れないのが妖怪という生き物だ。
一つ解明する度に新たな疑問が現れ出る。
寧ろ詳細が分からない人知が及ばぬ存在だからこそ『妖怪』だと言えよう。
閑話休題、妖怪の神秘は置いといて話は溜息の原因へと移る。
空腹に喘ぐブースカとの食事、ミルドラースからの放送、支給品確認を終え、
一行は休憩の時間から次なる行動を考える時間へと移る。
殺し合いからの脱出のためにはより多く参加者と出会う事は必須。
しかし、ここは見知った場所など一つもない無い会場。
人と会うにしてもどこを目指して動くべきか決めあぐねていた。
その中で日和から提案されたのは施設に留まり、更なる情報交換の必要性。
提案された当初、目玉おやじ自身も不安はあったが残留に肯定的だった。
一行は休憩の時間から次なる行動を考える時間へと移る。
殺し合いからの脱出のためにはより多く参加者と出会う事は必須。
しかし、ここは見知った場所など一つもない無い会場。
人と会うにしてもどこを目指して動くべきか決めあぐねていた。
その中で日和から提案されたのは施設に留まり、更なる情報交換の必要性。
提案された当初、目玉おやじ自身も不安はあったが残留に肯定的だった。
妖怪と気軽に触れ合えるという妖怪園に勤務する日和と
彼女が住む漫画やアニメで鬼太郎達が周知の存在となり、
人と妖怪が国際条約によって友好が結ばれ、共存が成立している世界
イグアナから子どもの発明で快獣に進化したブースカ自身と
彼が住む氷河期を齎す魔女や地球全土をカボチャ畑にしようと企む宇宙人など
地球に甚大な被害を及ぼせる存在が街の至る所に点在する世界
彼女が住む漫画やアニメで鬼太郎達が周知の存在となり、
人と妖怪が国際条約によって友好が結ばれ、共存が成立している世界
イグアナから子どもの発明で快獣に進化したブースカ自身と
彼が住む氷河期を齎す魔女や地球全土をカボチャ畑にしようと企む宇宙人など
地球に甚大な被害を及ぼせる存在が街の至る所に点在する世界
同じ名前に違う性格、同じ地名に違う習慣
妖怪に関する知識では博識であると自負している己でも未知の領域だ。
日和自身は「世の中は広いし、そんなこともある」とあっさり流していたが、
新しい情報を得る以上に現在開示されている情報への疑問解消は急務。
己の知識欲を満たすと言った意味でも対話を否定する理由はない。
妖怪に関する知識では博識であると自負している己でも未知の領域だ。
日和自身は「世の中は広いし、そんなこともある」とあっさり流していたが、
新しい情報を得る以上に現在開示されている情報への疑問解消は急務。
己の知識欲を満たすと言った意味でも対話を否定する理由はない。
加えて、周囲には崖下に広がる森林生い茂る大穴を除けば際立った物は見当たらず
この建物自体は土地の規模が広く、倉庫にも似た二階建てと非常に目立つ外観。
参加者は自分らを除いて100人以上もいる。
こちらから出向かずとも自然と人が来る。当初の目的を考えても支障は出ない。
目玉おやじはそう考え、日和の意見に頷いた。
この建物自体は土地の規模が広く、倉庫にも似た二階建てと非常に目立つ外観。
参加者は自分らを除いて100人以上もいる。
こちらから出向かずとも自然と人が来る。当初の目的を考えても支障は出ない。
目玉おやじはそう考え、日和の意見に頷いた。
■
しかし、実際はどうだろうか。
話し始めて一時間を超えるにも関わらず、待てど暮らせど人は来ずじまい。
ここまで参加者はおろか会場に存在するというNPCにすら会えていない。
夜の帳が降りきっていた空も深夜から黎明に移り、
日は顔を出していないものの徐々に明るくなりつつある。
話し始めて一時間を超えるにも関わらず、待てど暮らせど人は来ずじまい。
ここまで参加者はおろか会場に存在するというNPCにすら会えていない。
夜の帳が降りきっていた空も深夜から黎明に移り、
日は顔を出していないものの徐々に明るくなりつつある。
危険な目に一切あってないと考えれば、プラスに見えるかもしれないが
「何もなかった」と言う事は目まぐるしく変化しているであろう情勢に
自分たちは全く関われていない事を意味する。
時間ばかりが過ぎ、こうも進展がなければ焦りを感じたくなるのが必然だ。
「何もなかった」と言う事は目まぐるしく変化しているであろう情勢に
自分たちは全く関われていない事を意味する。
時間ばかりが過ぎ、こうも進展がなければ焦りを感じたくなるのが必然だ。
頬杖を突きながら目玉おやじは二人に目線を移す。
話し合いの最中、質問攻めを繰り返していた立案者は
現在、呑気にもブースカとの遊びに興じていた。
話し合いの最中、質問攻めを繰り返していた立案者は
現在、呑気にもブースカとの遊びに興じていた。
二人は現状をどう思っているのだろうか。
呑気にしてる間に取り返しがつかない事になっちゃいないだろうか。
そう考えるとこうして待ちの姿勢でいる事がとても不安に思え
溜まった感情がまた溜息に変わって口からこぼれてしまう。
呑気にしてる間に取り返しがつかない事になっちゃいないだろうか。
そう考えるとこうして待ちの姿勢でいる事がとても不安に思え
溜まった感情がまた溜息に変わって口からこぼれてしまう。
「のぅ、随分と長居をしているようじゃが、そろそろ移動しなくても良いのか?
ワシ等は充分話し合った。もうここを離れる頃合いだと思うんじゃ。」
ワシ等は充分話し合った。もうここを離れる頃合いだと思うんじゃ。」
長きに渡る時間と不安が積りに積もった末、
しびれを切らした目玉おやじはを彼女へと投げかけた。
しびれを切らした目玉おやじはを彼女へと投げかけた。
「そうは言ってもですね、目玉おやじさん」
それを受けた日和はブースカとの遊びを一旦やめ、う~んと考える素振りを見せる。
時間にして数秒、頭の中で考えを纏め終えると彼女は反論の言葉を口にし始めた。
時間にして数秒、頭の中で考えを纏め終えると彼女は反論の言葉を口にし始めた。
「私たちの知り合いはいなかったわけですから無理に動く必要も無いと思います。
それに身を守れる手段がほとんど無いじゃないですか。
武器って呼べる物なんてせいぜいこの…ノコギリくらいですし」
それに身を守れる手段がほとんど無いじゃないですか。
武器って呼べる物なんてせいぜいこの…ノコギリくらいですし」
そういって作業台から自分のデイパックに移していた
ノコギリを取り出し、えい!と振って見せる日和。
彼女の言うとおり奇天烈な名が並ぶ名簿の中に知人の名は一人もなかった。
鬼太郎や猫娘、妖怪横丁の頼れる仲間たちがいないという事実は堪えるが
外道の催しに連れてこられていない事を安堵するべきことだろう。
自分のように支給品として、仲間が連れてこられている可能性はあるが飽くまで可能性。
かもしれないと言った曖昧な理由で二人を会場を連れまわす事は出来ない。
ノコギリを取り出し、えい!と振って見せる日和。
彼女の言うとおり奇天烈な名が並ぶ名簿の中に知人の名は一人もなかった。
鬼太郎や猫娘、妖怪横丁の頼れる仲間たちがいないという事実は堪えるが
外道の催しに連れてこられていない事を安堵するべきことだろう。
自分のように支給品として、仲間が連れてこられている可能性はあるが飽くまで可能性。
かもしれないと言った曖昧な理由で二人を会場を連れまわす事は出来ない。
闘える武器や力があれば話は別だったが支給品には特に目ぼしい物は見当たらず
しいて言えば、作業台に付属した鋸や金槌といった工具。
これなら本来の用途は違えど最低限の自衛になり得る。
とはいえ、それは相手が一般人であればの話。
今まで戦ってきた妖怪のような超常的な存在相手では気休めもいいところだ。
しいて言えば、作業台に付属した鋸や金槌といった工具。
これなら本来の用途は違えど最低限の自衛になり得る。
とはいえ、それは相手が一般人であればの話。
今まで戦ってきた妖怪のような超常的な存在相手では気休めもいいところだ。
「だからこそ、今はお互いの親睦を深め合いつつ、誰かが来るのを待つべきなんですよ!
お互いこうして腰を落ち着けて話し合えれば、大抵は何とかなるかもしれません。
ブースカとだってほら!こんなに仲良しになれましたし、ねー?」
「バラサ、バラサ!ひーちゃん、ブースカ、とっても仲良し!」
お互いこうして腰を落ち着けて話し合えれば、大抵は何とかなるかもしれません。
ブースカとだってほら!こんなに仲良しになれましたし、ねー?」
「バラサ、バラサ!ひーちゃん、ブースカ、とっても仲良し!」
日和からの同意を求める呼びかけに笑顔で答えてみせるブースカ。
そんな彼の日和に対する呼び方は最初に出会った時より変化していた。
どうやら自分が考え事していた間にあだ名を付けるくらいには仲が進展していたらしい。
そんな彼の日和に対する呼び方は最初に出会った時より変化していた。
どうやら自分が考え事していた間にあだ名を付けるくらいには仲が進展していたらしい。
「そりゃあ話し合えればそれにこした事はないが、
ここに来る参加者が善人ばかりとは限らんじゃろう。
凶悪な人間や妖怪ならどうするんじゃ?」
ここに来る参加者が善人ばかりとは限らんじゃろう。
凶悪な人間や妖怪ならどうするんじゃ?」
「話し合えるならなんとか話し合いたいですけど…無理な時は一目散に逃げます。
武器はありませんでしたが、幸い脱出用の道具は入ってましたから。
説明書通り建物からパッと外に出られるなら相手もびっくりするでしょうし
逃げる時間位はなんとか稼げるんじゃないかな~と」
武器はありませんでしたが、幸い脱出用の道具は入ってましたから。
説明書通り建物からパッと外に出られるなら相手もびっくりするでしょうし
逃げる時間位はなんとか稼げるんじゃないかな~と」
支給品の糸を片手に逃げのプランを語り始める日和。
どうやら自分が思っていた以上に危険人物への思考はちゃんと纏めていたらしい。
真面な話が聞けてホッとする反面、どこか相手の善性ありきの
楽観的な考えにも感じてしまい、心に残った心配はぬぐい切れない。
どうやら自分が思っていた以上に危険人物への思考はちゃんと纏めていたらしい。
真面な話が聞けてホッとする反面、どこか相手の善性ありきの
楽観的な考えにも感じてしまい、心に残った心配はぬぐい切れない。
「うむぅ…目的も道理も理解出来たが、そんなに上手くいくかのぅ」
「大丈夫ですよ、目玉おやじさん!上手くいきますし、私たちでさせるんです!
人と妖怪がこんなに仲良くなれるんですから、人と人とで出来ない理由はありません」
「大丈夫ですよ、目玉おやじさん!上手くいきますし、私たちでさせるんです!
人と妖怪がこんなに仲良くなれるんですから、人と人とで出来ない理由はありません」
異なる種族が交友を結ぶことの難しさは目玉おやじ自身良く知っている。
妖怪と人の間にある外見の違い、文化の違い、価値観の違いを分かり合えず
拒絶しあった結果、暴走し退治せざる負えない結果になった案件も幾つもあった。
妖怪と人の間にある外見の違い、文化の違い、価値観の違いを分かり合えず
拒絶しあった結果、暴走し退治せざる負えない結果になった案件も幾つもあった。
だが、負の感情が生まれやすい争いの場で
妖怪と分け隔てなく付き合う事が出来た日和の言葉には
彼女自身の経験に裏打ちされた溢れる自信が感じられた。
少なくとも、根性論にも似た理想を信じてみたくなるほどには。
妖怪と分け隔てなく付き合う事が出来た日和の言葉には
彼女自身の経験に裏打ちされた溢れる自信が感じられた。
少なくとも、根性論にも似た理想を信じてみたくなるほどには。
「…分かった。お前さんがそこまで胸を張って言い切れるなら、もう少しじっくり待ってみるとするわい。何よりワシも有益な代案が出せる訳でもないしな」
「ありがとうございます!
そうです、ここは大御所らしくどっしりと構えておきましょう!
果報は寝て待て、待てば海路の日和あり…です!ひよりだけに。」
「ありがとうございます!
そうです、ここは大御所らしくどっしりと構えておきましょう!
果報は寝て待て、待てば海路の日和あり…です!ひよりだけに。」
別に重鎮と言えるほど有名人ではないのだが、日和のいた世界では妖怪のアニメと言えば
腹巻を巻いた化け猫か自分たちのどちらかとなるレベルで認知度が高いとのこと。
見知らぬ場所で人気者とは何とも不可思議な話…でも少しばかり照れてしまう。
一体、鬼太郎のアニメでどんな描かれ方をされているのか気になるところではあった。
腹巻を巻いた化け猫か自分たちのどちらかとなるレベルで認知度が高いとのこと。
見知らぬ場所で人気者とは何とも不可思議な話…でも少しばかり照れてしまう。
一体、鬼太郎のアニメでどんな描かれ方をされているのか気になるところではあった。
「それよりも目玉おやじさん!」
突然、日和はテーブルに両手を叩きつけ、ずいとこちらに顔を寄せてくる。
小さい体躯では堪えるもクソもなく、叩いた衝撃で思わず身体がひっくり返った。
小さい体躯では堪えるもクソもなく、叩いた衝撃で思わず身体がひっくり返った。
「な、なんじゃ突然!びっくりするじゃろうが!」
「私、まだ目玉おやじさんからのお話聞き足りてませんよ!
アニメや漫画だけじゃ絶対知れない御本人からの武勇伝、是非もっと聞きたいです!」
「私、まだ目玉おやじさんからのお話聞き足りてませんよ!
アニメや漫画だけじゃ絶対知れない御本人からの武勇伝、是非もっと聞きたいです!」
興奮した表情と期待の籠った眼差しを向けながら日和は嬉しそうに要求する。
どうやら充分話し切ったと思っていたが、相手はそうは思っていなかったらしい。
情報交換とは言っていたが、さては妖怪話に花を咲かせることが本命だったなと
幸い、こちらも聞きたい話が出来たところだ。ちょうどいいだろう
やれやれと体を起こしつつ、要望通りの武勇伝を妖怪好きの少女に聞かせることにした。
どうやら充分話し切ったと思っていたが、相手はそうは思っていなかったらしい。
情報交換とは言っていたが、さては妖怪話に花を咲かせることが本命だったなと
幸い、こちらも聞きたい話が出来たところだ。ちょうどいいだろう
やれやれと体を起こしつつ、要望通りの武勇伝を妖怪好きの少女に聞かせることにした。
■
目玉おやじも戯れに参加し始め、場が賑やかになった頃だった。
扉がキィ…とドアベル代わりの音を立てる。
蝶番の軋む古びた音は来訪者が来たことを知らせる合図
扉がキィ…とドアベル代わりの音を立てる。
蝶番の軋む古びた音は来訪者が来たことを知らせる合図
遂に訪れた新たな遭遇の瞬間
元の環境もあってすっかり慣れてしまったが、室内は人外が過半数を占めている。
だからようやく現れた参加者を怯えさせないよう
どんな相手であれ皆、溌剌とした笑顔で出迎えるつもりだった。
しかし、当初の思いとは裏腹に表情は笑顔とは違う形に変わってしまう。
元の環境もあってすっかり慣れてしまったが、室内は人外が過半数を占めている。
だからようやく現れた参加者を怯えさせないよう
どんな相手であれ皆、溌剌とした笑顔で出迎えるつもりだった。
しかし、当初の思いとは裏腹に表情は笑顔とは違う形に変わってしまう。
闇夜に溶け込むには最適のロングコートを筆頭とする黒で統一された衣服
目的に合わせるかの如く漆黒に染まりきった肌。
その二つが齎していた闇との調和を崩壊させるのは一際目立つ深紅の髪。
ドミノマスクの内側から雲の合間より差す月光のように怪しく光る金眼は
獲物を品定めするようにこちらを見つめている。
目的に合わせるかの如く漆黒に染まりきった肌。
その二つが齎していた闇との調和を崩壊させるのは一際目立つ深紅の髪。
ドミノマスクの内側から雲の合間より差す月光のように怪しく光る金眼は
獲物を品定めするようにこちらを見つめている。
──────異質
怪盗を連想させる出で立ちの見た目だけなら人間と何ら遜色のない男に
そんな感想が頭に浮かんだ。目の前の青年には近寄ってはならない何かがある。
長年、魔の物と戦い続けてきた警戒心の高い目玉おやじは勿論
如何なる人間、妖怪相手にも気後れせず天然な対応を返す彼女でさえ
この時ばかりは声をかけるのを躊躇ってしまった。
怪盗を連想させる出で立ちの見た目だけなら人間と何ら遜色のない男に
そんな感想が頭に浮かんだ。目の前の青年には近寄ってはならない何かがある。
長年、魔の物と戦い続けてきた警戒心の高い目玉おやじは勿論
如何なる人間、妖怪相手にも気後れせず天然な対応を返す彼女でさえ
この時ばかりは声をかけるのを躊躇ってしまった。
「こんばんは!ぼく、ブースカれす!」
張り詰めた雰囲気をものともせず、来訪者の元へ挨拶をしに歩み寄る快獣が一匹。
如何に人並外れた力を持ったブースカと言えど
その本質、精神は純真無垢な人間の子どもと何も変わらない。
それ故に相手が発する異質さを感じる感覚が鈍く
結果として彼に躊躇いなく近づけてしまった。
如何に人並外れた力を持ったブースカと言えど
その本質、精神は純真無垢な人間の子どもと何も変わらない。
それ故に相手が発する異質さを感じる感覚が鈍く
結果として彼に躊躇いなく近づけてしまった。
来訪者はブースカの元気な挨拶に返事を返すことはない。
代わりに浮かべたのはニッと口角を上げた不敵な笑み。
連鎖して彼の腕が微かに動きを見せる。その袖口からチラリと顔を覗かせたのは
鈍色の光沢が輝きを放つ―――
代わりに浮かべたのはニッと口角を上げた不敵な笑み。
連鎖して彼の腕が微かに動きを見せる。その袖口からチラリと顔を覗かせたのは
鈍色の光沢が輝きを放つ―――
「ブースカ!待って!」
「え?どしたのひーちゃ…うわぁ!」
「え?どしたのひーちゃ…うわぁ!」
友人の一声にブースカは立ち止まり、くるりと声の方を向く。
瞬間、彼の首元を一筋の線が素早く通り抜けた。
視線を戻すとそこにあったのは体勢を低くしながら、
腕を大きく振るい、一歩こちらへ踏み込んで来ている来訪者。
線の正体、それは標的を捉えそこなったダガーの一閃が
空を切りつけた際に出来た殺意の軌跡だった。
瞬間、彼の首元を一筋の線が素早く通り抜けた。
視線を戻すとそこにあったのは体勢を低くしながら、
腕を大きく振るい、一歩こちらへ踏み込んで来ている来訪者。
線の正体、それは標的を捉えそこなったダガーの一閃が
空を切りつけた際に出来た殺意の軌跡だった。
ブースカは驚き仰け反った勢いでどしんと尻餅を突き、青褪める。
もし彼女呼びかけに応えず、一歩前に足を進めていたら
自分は今と同様に床に倒れ伏していた。
尻もちとは違い、『傷口から溢れ出る血飛沫と共に』と一文が添えられて
まさに間一髪。日和の気づきと少しの偶然が起こした幸運。
だが、相手がこのまま一撃で終わる事を許すはずもない。
来訪者から襲撃者へと変貌した男は武器を構え直し、
つづけざまに二撃目を倒れた直後のブースカに向けて放つ。
もし彼女呼びかけに応えず、一歩前に足を進めていたら
自分は今と同様に床に倒れ伏していた。
尻もちとは違い、『傷口から溢れ出る血飛沫と共に』と一文が添えられて
まさに間一髪。日和の気づきと少しの偶然が起こした幸運。
だが、相手がこのまま一撃で終わる事を許すはずもない。
来訪者から襲撃者へと変貌した男は武器を構え直し、
つづけざまに二撃目を倒れた直後のブースカに向けて放つ。
「え、えいっ!」
追撃に待ったをかけたのは襲撃者の眼前に迫った飛来物。
片手で抱えられる程度の小さ目な缶。
サイズはなくとも当たればある程度のダメージはあるだろう。
それでも、所詮は腕力の低い女性が投げた速度もない一投
何の障害にもならないと缶を華麗に切り裂き───
片手で抱えられる程度の小さ目な缶。
サイズはなくとも当たればある程度のダメージはあるだろう。
それでも、所詮は腕力の低い女性が投げた速度もない一投
何の障害にもならないと缶を華麗に切り裂き───
───バシャンッ!
缶の中から溢れ出した液体、DIY用のニスが襲撃者を襲った。
粘着質な液から漂ってくるのは工事現場でなじみ深い、独特な刺激のあるシンナー臭。
癖毛をファッションに昇華させたパーマも無残に崩され、
潰れた髪がワックスを付けたようにテカテカと赤色を強調しながら光る。
綺麗にニスでコーティングされた男は沈黙。敵ながらいたたまれない様子だ。
粘着質な液から漂ってくるのは工事現場でなじみ深い、独特な刺激のあるシンナー臭。
癖毛をファッションに昇華させたパーマも無残に崩され、
潰れた髪がワックスを付けたようにテカテカと赤色を強調しながら光る。
綺麗にニスでコーティングされた男は沈黙。敵ながらいたたまれない様子だ。
何とも言えない空気が辺りを包む。
そんな彼を見て、缶を投げた張本人は頭を掻きながら申し訳なさそうに笑う。
「あ、あはは…すみません。
なんとか止めようと思って、手元にあったやつを適当に…。あの、落ち着きました?」
なんとか止めようと思って、手元にあったやつを適当に…。あの、落ち着きました?」
なんとも気の抜けた問いに対して、返ってきた回答は言葉ではなく行動。
標的を日和に変更し、襲撃者と同様に塗装された短剣を振り回す。
表情は変わってないように見えるもののどこか苛立ち交じりの攻撃だった。
標的を日和に変更し、襲撃者と同様に塗装された短剣を振り回す。
表情は変わってないように見えるもののどこか苛立ち交じりの攻撃だった。
「ですよね~、きゃあ!」
「日和、これは最悪のケースじゃ!
話をするにせよ逃げるにせよ、あやつを無力化させるしか乗り切る道はないぞ!」
「それは分かってますけどまともに戦うなんて私じゃ絶対無理です!
何か時間を稼げるものがあれば…」
「日和、これは最悪のケースじゃ!
話をするにせよ逃げるにせよ、あやつを無力化させるしか乗り切る道はないぞ!」
「それは分かってますけどまともに戦うなんて私じゃ絶対無理です!
何か時間を稼げるものがあれば…」
追撃を止めるという目的は見事達したが、状況が好転したわけではない。
現状、相手はべったりと付いたニスの感触に苦戦して、動きは繊細さを欠いている。
それでも何回か振るえば狂った感覚の調整は容易いだろう。
慣れればすぐにでも攻撃速度は元に戻る。タイムリミットはそこまで
長くは場を持たせられない。閃きが無い者に待っているのは死のみだ。
現状、相手はべったりと付いたニスの感触に苦戦して、動きは繊細さを欠いている。
それでも何回か振るえば狂った感覚の調整は容易いだろう。
慣れればすぐにでも攻撃速度は元に戻る。タイムリミットはそこまで
長くは場を持たせられない。閃きが無い者に待っているのは死のみだ。
「あっ!そうだブースカ!カバー出して、カバー!」
「カバー?うん、分かった 」
「カバー?うん、分かった 」
室内を逃げ回りながら日和は思いついた指示をブースカへ飛ばす。
尻餅をついたままだった彼も声を聴いて、急いで立ち上がると
自分のデイバックの元へ駆け寄り、目当ての物を探し始める。
当然、不審な動きを始めれば襲撃者もそれを察知
身体の向きを急転換し、攻撃の優先順位を再びブースカに変更した。
尻餅をついたままだった彼も声を聴いて、急いで立ち上がると
自分のデイバックの元へ駆け寄り、目当ての物を探し始める。
当然、不審な動きを始めれば襲撃者もそれを察知
身体の向きを急転換し、攻撃の優先順位を再びブースカに変更した。
「そこ!そこで一気に引っ張りだして」
「行くよ~!そぉーーーれっ!」
「行くよ~!そぉーーーれっ!」
ブースカが勢いよく引っ張りだしたのは文房具のハサミカバー
無論、ただのハサミカバーではない。
ブンボー軍団の一員であり、この殺し合いの参加者でもあるハサミ
成人男性が見上げる必要がある程、巨大な刃を覆うためのカバーだ。
それに伴って、カバー自体も通常のサイズの何十倍にも膨れ上がっている。
その規模は狭い室内で取り出せば突き破りかねないほどに
無論、ただのハサミカバーではない。
ブンボー軍団の一員であり、この殺し合いの参加者でもあるハサミ
成人男性が見上げる必要がある程、巨大な刃を覆うためのカバーだ。
それに伴って、カバー自体も通常のサイズの何十倍にも膨れ上がっている。
その規模は狭い室内で取り出せば突き破りかねないほどに
デイパックの外見からは想像のつかない予想外の大質量の出現。
攻撃の勢いを殺すタイミングが間に合わず、カバーの頂点が襲撃者の腹部を直撃。
衝突よる強烈な反発作用を受け、意図せぬ方向に飛ばされる彼の進行方向には
建物におけるイレギュラーな出入り口、窓ガラス
そこから連想される結末を回避する時間も余裕も彼にはない。
現在進行形で解放され続けるカバーの大部分諸共、室外への強制退場を余儀なくされた。
攻撃の勢いを殺すタイミングが間に合わず、カバーの頂点が襲撃者の腹部を直撃。
衝突よる強烈な反発作用を受け、意図せぬ方向に飛ばされる彼の進行方向には
建物におけるイレギュラーな出入り口、窓ガラス
そこから連想される結末を回避する時間も余裕も彼にはない。
現在進行形で解放され続けるカバーの大部分諸共、室外への強制退場を余儀なくされた。
■
「勢いよく飛んで行っちゃったけど大丈夫かな…」
一時的に場を切り抜けた日和は盛大に割れた窓ガラスの外を心配げに見やる
取り出そうとすれば建物を壊しかねない為、扱いに困っていたハサミカバー
あれが飛び出そうとするのに合わせて、上手く相手にぶつけられれば
とりあえず外に追い出せるのではないかと思い、実行に移したものの
こうも派手に吹き飛ぶとは彼女自身も想像していなかった。
非常時につき手荒な真似をしてしまったが、死んでほしいとは思っていない。
ただ相手も襲い掛かってきた訳だから「これでおあいこで一つ」と内心呟いた。
取り出そうとすれば建物を壊しかねない為、扱いに困っていたハサミカバー
あれが飛び出そうとするのに合わせて、上手く相手にぶつけられれば
とりあえず外に追い出せるのではないかと思い、実行に移したものの
こうも派手に吹き飛ぶとは彼女自身も想像していなかった。
非常時につき手荒な真似をしてしまったが、死んでほしいとは思っていない。
ただ相手も襲い掛かってきた訳だから「これでおあいこで一つ」と内心呟いた。
当然、普通に引っ張りだしただけではこうはならない。
ブースカのユーモラスな見た目にそぐわない怪力
ハサミカバーの大質量、一切の減速なしで突き進んだ両者のスピード。
以上の三点が相まって、想定以上の力を生んだ結果だ。
ブースカのユーモラスな見た目にそぐわない怪力
ハサミカバーの大質量、一切の減速なしで突き進んだ両者のスピード。
以上の三点が相まって、想定以上の力を生んだ結果だ。
「相手の心配をしとる場合か!ヤツが戻る前に早く逃げるんじゃ!」
「あ、はい!じゃあブースカ、前に話し合った通りね?」
「ミュッキー!」
「あ、はい!じゃあブースカ、前に話し合った通りね?」
「ミュッキー!」
気づくと復帰した襲撃者が再び室内に入ってこようと向かってきているのが分かる。
相手の事も気になるが今は、自分と身内の命。
この場を切り抜ける為に前もって話したプランを元にブースカへと指示を送る。
二人は外から見えない位置に移動し、ジッと息を殺して時期を見計らう。
相手の事も気になるが今は、自分と身内の命。
この場を切り抜ける為に前もって話したプランを元にブースカへと指示を送る。
二人は外から見えない位置に移動し、ジッと息を殺して時期を見計らう。
迫り来る音が徐々に迫り、胸の音も同時に高まっていく。
そして、襲撃者の足音が直ぐ傍まで近づいた瞬間、それぞれ手に持った糸を解放
使用者の体を包み込み、瞬時にその身を建物の外へとワープ。
後には空っぽの室内と不可思議そうに内部を見渡す襲撃者だけが残った。
そして、襲撃者の足音が直ぐ傍まで近づいた瞬間、それぞれ手に持った糸を解放
使用者の体を包み込み、瞬時にその身を建物の外へとワープ。
後には空っぽの室内と不可思議そうに内部を見渡す襲撃者だけが残った。
■
「スゴい…ホントに糸一つでワープ出来ちゃった…
あっそうだ!目玉おやじさん、ちゃんと付いてきてますか」
「うむ、ワシはここじゃ。どうやら上手くワシも移動出来たようじゃな」
あっそうだ!目玉おやじさん、ちゃんと付いてきてますか」
「うむ、ワシはここじゃ。どうやら上手くワシも移動出来たようじゃな」
室内から一気に視界が開けた室外へのワープ
説明書通りの技術に驚きつつ、日和はすぐに確認を取る。
横にはブースカ、帽子の間には目玉おやじの無事な姿。
そして、建物の方では窓から中へと入っていく襲撃者の姿。
どうやら全員問題なく良いタイミングで移動出来たようだ。と彼女はホッと安堵する。
説明書通りの技術に驚きつつ、日和はすぐに確認を取る。
横にはブースカ、帽子の間には目玉おやじの無事な姿。
そして、建物の方では窓から中へと入っていく襲撃者の姿。
どうやら全員問題なく良いタイミングで移動出来たようだ。と彼女はホッと安堵する。
彼女たちの逃亡プランは一つ
アリアドネの糸で転移して、相手からの距離を稼ぐことのみ
ただし、逃げるにあたって彼女達は2つの場合分けをした。
それは逃げる対象が「内」にいるか「外」にいるかの違い
今回は後者…外から明確な怪物や悪人が来ていた場合が適応される。
アリアドネの糸で転移して、相手からの距離を稼ぐことのみ
ただし、逃げるにあたって彼女達は2つの場合分けをした。
それは逃げる対象が「内」にいるか「外」にいるかの違い
今回は後者…外から明確な怪物や悪人が来ていた場合が適応される。
内容はただ糸を考えなしに使うのではなく
隠れる動きを見せてから相手の突入してくるギリギリで使用する事。
そのワンアクションを外から視認させれば、自分達が不自然に消えたとしても
相手は「逃げた」のではなく、まだ何らかの方法で内部に「隠れた」と予想するはず。
隠れる動きを見せてから相手の突入してくるギリギリで使用する事。
そのワンアクションを外から視認させれば、自分達が不自然に消えたとしても
相手は「逃げた」のではなく、まだ何らかの方法で内部に「隠れた」と予想するはず。
もしそうなれば目論見通り
相手が何らかの方法で扉を開けずに外に出たと考えた時には
既に標的の追跡には何手か遅れが生じていることは確実。
その遅れの分だけ、自分達は逃げる時間を稼ぐことが出来る寸法だ。
相手が何らかの方法で扉を開けずに外に出たと考えた時には
既に標的の追跡には何手か遅れが生じていることは確実。
その遅れの分だけ、自分達は逃げる時間を稼ぐことが出来る寸法だ。
とはいえ、命綱の「アリアドネの糸」は初めて使う道具な上に説明も簡易的
どこにどうやってワープするか不明で、ワープ先の「外」が襲撃者の傍だったら無駄な点や
支給品扱いを受けているが、同じ生き物である目玉おやじの判定と
不確定要素が多い作戦だったが、成功した以上は賭けに勝ったという事なのだろう。
直近の危機を脱し、戦い抜いた三人は互いの無事を喜び合った。
どこにどうやってワープするか不明で、ワープ先の「外」が襲撃者の傍だったら無駄な点や
支給品扱いを受けているが、同じ生き物である目玉おやじの判定と
不確定要素が多い作戦だったが、成功した以上は賭けに勝ったという事なのだろう。
直近の危機を脱し、戦い抜いた三人は互いの無事を喜び合った。
「ブースカも大丈夫?具合とか悪くない?」
「うん、ボクはどこも悪くないれすよ!」
「良かった!それじゃあ全力ではし───」
「うん、ボクはどこも悪くないれすよ!」
「良かった!それじゃあ全力ではし───」
パァンッ!!
岩影の方から響き渡る一発の破裂音。
それが何か考える暇なく肩に走る強い衝撃
不意打ちですねこすりが突っ込んできたとしてもこうはならないだろう。
誰かに激しく押し倒されるように地面に背中から転がる。
倒れこんだ身体に最初に噴き出した鮮血がかかった。
ぼんやりと伝わってくるのは身が焼ける痛みと生暖かい液体が溢れてくる感覚
「日和!」
「ひーちゃん!?」
ブースカと目玉おやじ、二人が叫ぶ声が聞こえる。
ああ、そうか
あの破裂音は銃声で、私は撃たれたんだ。
とても長く感じる数秒の内にたどり着いた結論
なんとも単純明快な事実、受け入れるのは一瞬だった。