コンペロリショタバトルロワイアル@ ウィキ

人は所詮、猿の紛い物、神は所詮、人の紛い物

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匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集
魂を焦がし、臓腑を凍らせる濃密な死の気配に、全ての命が震撼を成す。



分かっていた。
勝負である以上、どれだけ推論を重ねて根回しをした所で。
一手の判断ミスで、最悪の目を引き当てる可能性がある事位は。
しくじった。北条沙都子の現状を説明するのなら、その一言で事足りる。
折れた左腕に痛みを噛み殺し、目尻に涙を浮かべて、嗚咽を必死に抑え込む。
そうしなければ、次の瞬間には死体に変わっている恐れがあるためだ。


「おねぇちゃん……」


傍らで修道服の少女───カオスが憔悴した様子で沙都子に声を掛けた。
傍にいる沙都子ですら聞き取りにくく、消え入りそうな声量で。
それはシナプスが作り上げた、最新鋭にして最高傑作と呼べるエンジェロイドすら。
今の状況は死の一文字を間近に感じる状況なのだと、沙都子に知らしめる。
じっとりと手汗を流した掌でカオスを撫でながら、沙都子は乾いた声で返した。


「だ、大丈夫ですわ……」


悟飯の症状の進行が確認できた時点で、沙都子の最低目標は達成されていたのだ。
症状が進行した時点で、彼の前から姿を消す事になる可能性は高いと彼女は考えていた。
竜宮レナが実父に行った様に、園崎魅音が前原圭一に行った様に。
奉仕対象の位置に収まれれば勿論それが最善だったが、彼とは会ったばかり。
限られた時間でそんな関係を築くのは、余り現実的ではないとも考えていた。
前もって悟飯に離れる事があるかもしれないと伝えていたのも、それに起因する。


(悟飯さんの症状の進行を確認した時点で逃げていれば………!)


悟飯が雛見沢症候群である以上、思考の飛躍で沙都子を憎む可能性は存在したが。
他ならぬ孫悟空から沙都子自身とカオスの気がほぼ感じられないのは聞いている。
対するカオスは初邂逅の前から悟飯を探し当てられるレーダーを有していた。
万が一、悟飯に探知系の道具が支給されていた場合が懸念材料だったが。
彼の話を聞く時に彼女は確認していた、そう言った道具が無いかを。
病気を治す道具が無いか確認すると言えば、調べる事はそう難しくは無かった。
結果、そう言った道具は確認できず。もし悟飯が沙都子を敵とみなしたとしても。
一度離れてしまえば彼は沙都子達を探し当てる事は出来ない、その筈だった。
それなのに。



(欲をかきすぎましたわね………)



雛見沢症候群の感染者は、コントロールが非常に難しい。
大石蔵人の扇動に成功した時も、彼の行動パターンや背景を調べ上げたが故の結果だ。
それなのに、欲張って悟飯をコントロールしようなどと何故自分は考えたのか。
最後の最後で杜撰極まる判断をしたと沙都子は大いに後悔を覚えた。しかし……、


「カオスさん、あの大砲を使う準備をしておいてください
悟飯さんが此方を狙った瞬間、撃てるように」
「で、でも………」
「大丈夫、勝とうと思わなくて結構です。目くらましになればそれでいいですわ」


幾ら悔やんだ所で時は巻き戻らない。失敗したのなら、ここから挽回する他ない。
でなければ、代償は左腕一本ではなく、命へと変わる。
逆にここで逃げ切る事さえできれば。当初の最低目標はクリアーだ。
悟飯は今後全ての参加者にとっての敵。パブリックエネミーに他ならないのだから。
後は、彼の“気”や評判を聞きつけた孫悟空を引っ張り出し、潰し合わせるだけ。
孫親子さえ消えれば、純粋な対主催で目の上の瘤は消えてくれるのだ。
だからここで自分達が消える様な事は、絶対にあってはならない………!
額に冷や汗と、左手に走る痛みからくる脂汗を止めどなく流しながら。
それでも沙都子は目前の凶兆を見つめた。




「僕が……僕がやらなきゃ……やるんだ………」



俯き、虚ろな瞳でブツブツの独り言を吐く、変貌を遂げた悟飯。
激昂して襲ってくる様子は無いが……このままで済むとは思えない。
臨界を遂げる前の原子炉を前にしている様な戦慄。言葉で説得するのは不可能。
むしろ沙都子はモクバ辺りが説得にかからないか期待していた。
この期に及んで彼に声を掛けるという事は、自分から殺してくれという表明に他ならないのだから。
そして、そういったアクションを成すものがいない限り────



「うん……うん……分かっているよ、父さん、のび太さん」



ぎょろり、と。一切光を宿さない、深い深い虚(うろ)の様な瞳が、沙都子達を捕える。
この時に至る直前、最後に悟飯の意識が向いていたのは沙都子だ。
そのため真っ先に狙われる事になるのも、彼女になる事は自明の理と言えるだろう。


「────ちゃんと僕が、全員殺して。ドラゴンボールで生き返らせますから」


そして、その時は来る。
悟飯が虚ろな視線を向け、それに次いで両腕をゆっくりと上げたのが合図だった。
それを目にした沙都子の本能は、最上級の警鐘(アラート)を響き渡らせ。
悲鳴にとてもよく似た指示を、カオスへと発させた。



「───極大火砲・狩猟の魔王(デア・フライシュッツェ・ザミエル)!!」



沙都子が名を呼ぶと共にカオスは、ハッキングによって取り込んだ極大砲を現出させた。
安定運用に1400人もの人員を必要とするとされた、超巨大な大砲。
ドーラ列車砲が再び姿を現し、その長大な砲門を悟飯へと向ける。
それに伴いカオスは沙都子を抱えると、砲を盾にする様に身を隠して。


「魔閃光ッ!!」


少年がその言葉を口にし、掌を光らせたのと。
ドーラ列車砲が砲火を以て彼を出迎えたのは殆ど同時だった。
爆炎と爆轟が、音の速さを遥かに超えた速度で、互いを滅ぼさんと突き進む。



「………く、ゥ。ぁッ────!?」



世界を焦土へと変える爆炎を一点に集中。
レーザーの様に業火はその姿を変えた上で、悟飯の放った光線と激突する。
放たれた気と焔は数秒間喰らい合い、鎬を削る。
しかし、優劣は直ぐに示された。瞬間的な威力自体は極大砲が上であるものの。
カオスにはそれを維持するための魂が足りないためだ。
それ故に、十秒程の拮抗を経て悟飯へと戦況は傾く。



「うう、ぁ───いーじすッ!!!!!」




悲鳴を上げて、ドーラ砲ごとカオス達が吹き飛ばされる。
爆風の中沙都子を抱き、故障しかけのイージスを展開して護るが、それが限界だった。
まるで砲弾になったかのように一度爆風で撃ちあがった身体は地面へと叩き付けられ。
その程度の衝撃ではエンジェロイドはビクともしない。それでも、この後に来る追撃は防げない。
それに何より。


「大丈夫、おねぇちゃん────!」
「…………ぅ゛」


沙都子の状態を確認すると、彼女は気を失っていた。
元々左腕を骨折した所に、凄まじい衝撃と熱のせいで到底動けそうにない。
しかし当然、背後の殺戮者は彼女の意識の回復を待ってはくれない。
それを突き付けるように、背後から殺気を感じ振り返ったカオスは見る。
直立不動のまま此方に手を向けて、掌に光を集め。
今まさに沙都子と自分を破壊しようとする、孫悟飯の姿を。



「うあ、ぁあ………」



万事休す。今まさに放たれようとしている絶死の光弾を前にして。
シナプスの最高峰の電算能力はその事実をカオスに冷淡に伝える。
どうすればいい?どうすれば沙都子を守ることができる?
どれだけ演算を重ねても、答えを導く事ができない。
だから彼女は最後の抵抗として、沙都子を抱き寄せ悟飯に背を向け。
殆ど壊れているイージスを展開し、防御態勢で裁きの光を待つ。
分かっている。これが意味のない行いなのは分かっている。
それでも────と、カオスが覚悟を決めた、その時。




「───はあああああッ!!!」



裁きの光が、天使と魔女を灼くことは無かった。
沙都子達に掌を向ける悟飯に向けて、打ちかかる物が現れたからだ。
聖杯の寵児。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
クラスカードによってセイバーの力を得た少女は、聖剣の切っ先を、悟飯へと向けた。
少年の、これ以上の凶行を止めるために。怖気を振り払って。



「悟飯君……お願い、やめて」



刀身を片腕で跳ねのけられ、砂煙を上げて後退しながら。
それでもイリヤは目の前の悟飯を、力強い眼差しで見つめた。
そして訴える。少年のこれ以上の蛮行を止めるために。
震えそうになる掌を、聖剣を握り締める事で押さえつけて。


「さっきから、邪魔ばかり………!」


だが、返って来るのは憎悪の眼差しだけだった。
もう止められないし、止まる気も無い。
言葉よりも余程雄弁に、少年の眼差しは刺すような殺意を。
裏切られた絶望を。行き場のない悲しみと怒りを、遍く全てに叩き付ける。
そのためだけに、今の孫悟飯は駆動していた。
そんな彼を前にして、イリヤは。




「うん、何度だって邪魔する」



冷や汗が止まらない。恐怖で涙が出そうになる。
けれど、言葉を紡ぐ声だけは震えさせない。それだけは己に許さない。
全てを呑み込む様な殺意を向けられて尚、目を見開いて対峙する。



「例え皆を殺せたとしても、悟飯君は助からない。一人ぼっちになっちゃうだけ、
だから私は───貴女と戦う。止めて見せる。私ものび太さんと同じで──────」



────悟飯君に独りになって欲しくないから。
全ては遅いのかもしれないけれど。
それでもこの時、イリヤは一文字も言い淀むことなく。
この場にいる全ての命を救うために、何より悟飯を救うために、その言葉を口にした。
だが、しかし。



「黙れぇええぇええええぇええええええええええええッ!!!!!」



祈りを込めた言葉は、やはり少年には届かない。
双眸を見開き、血走った眼をぎらぎらと光らせ。
全身から気を放出し、咆哮と共に悟飯はイリヤの元へと突撃する。
ハンデを負ってなお、瞬きの時間で一気に距離を詰め、拳を振り上げる。



「悟飯、くん────ッ!!」



振り下ろされる処刑鎌の様な拳に対し、イリヤも聖剣を振り上げる。
モクバと一緒に悟飯を食い止めていた時に、何度も成し遂げた迎撃だ。
勝てはしないにしても、今回も達成できる。無意識のうちにイリヤはそう考えていた。
だが、直後に計算違いを思い知らされる事となる。



(─────ッ!?さっきよりも、強────ッ!?!?)



拳の重さが、先ほどまでとは明らかに違う。
モクバと共に戦った時から、夢幻召喚により騎士王の力を得た自分よりも強い。
その確信があったが、その時はまだ戦闘が形になるレベルの実力差だった。
だが、今の悟飯の凶暴性と速度、そしてパワーは最早数分前の比ではない。
ガァン!と彼の拳によって聖剣がカチ上げられ、イリヤは体勢を崩す。
不味い。刹那の時間で悪寒が彼女の肌を駆け巡る。しかし、何もできない。



「のび太さんを利用しようとしたお前が───知った風な口を利くなァッ!!!!」



轟音と、全ての景色を塗りつぶす衝撃が少女へと襲い掛かる。
それに伴いバキバキと何かが砕ける音を、イリヤは聞いた。
音の正体は何かとぼんやり考えて、そして彼女は一つの答に至った。
騎士王の象徴たる甲冑と、その下にある左鎖骨を砕かれたのだ。




「う゛あ゛ああああああああああああああああッ!!!!」



果たしてその叫びは少女を蹴り飛ばした悟飯の物か。
それとも蹴り飛ばされたイリヤの物だったかは定かではないが。
純然たる事実として、イリヤは周囲で一番近かったビルディングの外壁に叩き付けられた。
外壁に発生したクレータの中心に叩き込まれた少女は、ただその一撃で沈黙。
ずるりと、力なく崩れ落ちた。僅か一発蹴りを貰っただけで。
頑丈そうな甲冑は砕け散り、致命傷に近い傷を負って建物の壁に磔にされた。



(つ、強すぎる……強さの次元が違う………まるでバケモノだ)



余りにも異様な光景に、モクバは動く事ができないでいた。
イリヤの援護をする前に、数秒かからず悟飯は彼女を制圧してしまったのだ。
カタカタ、と怖気が止まらなかった。正しく蛇に睨まれたカエルの様だった。


(───俺が、何とかしないと!!)


ガチガチと歯の根を噛み合わせて音を立てながら。
モクバは翻弄するエルフの剣士に指示を出そうとする。
大丈夫だ、このカードは決して戦闘で破壊される事はないと信じて。
だが、翻弄するエルフの剣士が悟飯へと向かってくれることは無かった。



「───え?」



ゴォオオオオンッ!という雷が駆け巡る音と共に。
これまで戦闘で無敵であった筈の翻弄するエルフの剣士が、あっけなく破壊された。
真っ黒な炭と化した身体を塵に変えて、霧散する。
絶望的な光景だったが、モクバがまず考えたのはどうして?何故?と言う疑問だった。
だって、まだ悟飯が攻撃した様子はない。
目下最大の敵だった北条沙都子も未だぐったりとした様子で、攻撃したとは思えない。
では、誰が───そう考えるモノの、答えが出るまで状況は待ってはくれない。



「あ、ぁああぁああああああ────!!!」



もうモクバを守ってくれる盾はいない。今の彼はただの無力な少年だ。
しかも先ほどの落雷音で悟飯の意識がモクバへと向いた。
当然、彼はその手に気を収縮させ───悟飯へと向ける。
その時の彼は、虫に殺虫剤を向ける眼差しをしていた。



(兄サマ、ごめん。俺、帰れそうにない────)



自分は此処で死ぬ。
モクバ自身すら、その瞬間迫りくる最悪の未来を疑ってはいなかった。
しかし、彼が見た未来は変わる。



「────氷輪丸!!」




何かの名を呼ぶ声と共に、空中を氷の龍が疾走し。
悟飯に食らいつき、凍結する事で動きを止めた。
現実離れした光景に目を奪われ、意識が龍の現れた方向へと引き寄せられる。
長髪を翼のように変形させた、金髪の痴女と。
その背に背負われた、白と黒の袴の様な装束を纏った銀髪の少年だった。


「どうやら、シュライバーの言う通りだったらしいな………」


周囲を睥睨し、倒れ伏す沙都子やイリヤの姿を目にして。
苦虫を?みつぶしたような表情で、銀髪の少年──日番谷は感情を零す。
自分があの甲冑の少女に襲撃を受けた後、事態は最悪の推移を見せたらしい。
その上周囲を見渡しても、誰が敵で誰が味方かすら分からない程混沌とした状況だ。
その中で、ただ一つはっきりしている事は。



「………最初で最後の警告だ、悟飯。落ち着いて、自分の敵が誰かを考えろ」



今この場において最も脅威であり、全員の安全を考え排除すべき者は。
病に蝕まれ、怯えていた、かつての仲間であった孫悟飯であるということ。
日番谷冬獅郎は嫌でもその事実を認識せざるを得ない。
「また一匹、虫ケラが死にに来たか」という視線で日番谷を見る悟飯の姿を認めてしまえば。
どれだけ少年に同情を覚えても、そう判断を下す以外の道はない。
彼もまた、護挺の二文字を背負う物なのだから。しかし、同時に脳裏に蘇る記憶。
日番谷の死神としての生の中でも最も動揺を覚えた一日、あの男の記憶が浮かぶ。



───ただ、君たちが誰一人理解していなかっただけだ。
───彼の、本当の姿をね。



あの男が今の自分達の姿を見れば、こんなセリフを吐くだろうか。
今この状況にあの男を思い出すなんて縁起でもないという事は理解していた。
それでも、脳裏に浮かんだ幻影は消えてくれなかった。





△▼△▼△▼△▼△▼△▼



凍り付いた、自身の半身をまず眺めて。
その後、それを成した“抹殺対象”を悟飯は眺めた。
そして、今しがた自分に向けられた警告を舌の上で転がす。



「自分の敵が誰かを考えろ、だって………?」



悟飯がその言葉を口にした瞬間、日番谷とヤミの背筋に戦慄が走った。
猛スピードで迫りくる土石流を前にした様な。
爆破時刻まで十秒を切った爆弾を前にした様な。
少し前に悟飯に勝利したヤミですら、凍り付くような悪寒を覚えた。
この少年は、危険だ。それも、前に合った時よりも遥かに。
宇宙に名を馳せた殺し屋としての経験値でそれを察し──同時に、一つの疑問を覚える。


「美柑は!?美柑はどこにいるんですか!!」


目の前の少年は自分がこてんぱんにした少年──確か孫悟飯と言ったか、で相違ない。
だが、あの時悟飯は自分が探し求めている美柑と一緒にいた。彼女は一体どこに行った?
それに、何故彼の背後でイリヤが倒れている?だって彼は彼女達を守ろうとしていた筈だ。
これではまるで悟飯がイリヤを叩きのめした様だ。何故、マーダーだったのか?
いや、確か背中の日番谷の話では彼は何か病気を患っていて、不安定になっているらしい。
それなら仲間割れも不自然ではない……待て、そんな事は自分にとってどうでもいい。
重要なのは、美柑の安否だ。彼女は今、どこにいる?まさか。
───駆け巡る思考。機械の様な冷徹さは今の金色の闇には存在しなかった。
ただ、自分の事を友と呼んだ少女の事だけを求めて、目前の少年に尋ねる。
それが、正しく業火にガソリンを浴びせる所業だとは思いもしないで。




「はあああああああああ…………!!!」



悟飯が、ヤミの問いかけに応える事は無かった。
だが、彼の沈黙に対してヤミたちが抗議を唱える事はできない。
何故なら、悟飯が力を溜める様な挙動を見せ始めた途端、
大気が、大地が震えるように鳴動し始めたからだ。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ…!とそんな幻聴すら耳に響くほど。


(こ、こいつ……霊圧だけなら藍染と………!)


しゅうしゅうと熱を放つ音が、不気味なほど鮮明に耳に響く。
少年の威容と大気の異変に、日番谷は息を呑んだ。
さっきまで悟飯を覆い、凍結させていた筈の氷が既に溶けている。
今まで響いていた音の正体を、この時悟った。
同時に日番谷はその事実を受けて、一つの結論へと至る。
───この少年は殺すつもりで戦わなければ止められない、と。


「がああああああああッ!!!!」
「……そうか、孫悟飯。なら俺は────」


バチバチと空気が爆ぜ、彼に纏わりついていた水分が、周辺の雲が吹き飛ぶ。
その後、孫悟飯はゆっくりと、目の前の新たな標的二人を見据えた。
殺意に満ちた視線を向けられて、嫌でも思い知らされる。
彼がどんな決断を下し、これから何を行おうとしているのかを。
自分達が目にしていない時に、この少年に何が起きたのかは知らない。
だがきっと、何を言おうと。目の前の少年には届かない。言葉ではこの少年は止まらない。
力でねじ伏せる以外に、生き残る道はない。厳然たる事実として、日番谷はその事を認めた。
だから。




「お前を───殺してでも止めるぞ」



僅かに憂いを帯びた表情で、日番谷がその宣言を述べると共に。
目の前の少年の姿が、変貌を遂げる。
漆黒の髪は黄金の輝きを放ちながら荒々しく逆立ち。
双眸もまた、エメラルドグリーンの彩へ塗り替わる。



「があああああああああああああああああっ!!!!!」



戦端は開かれた。
咆哮(ウォークライ)をあげ、全身に気を巡らせて。
孫悟飯は、目前のマーダー二人へと襲い掛かった。
ごう、と。暴風が吹き荒れる。



「────さっき敗けた人の分際でッ!!!」



凄まじい速度で迫って来る悟飯を前に、ヤミは変身で硬質化させた髪を迎撃の為に伸ばす。
以前の戦いであの少年の手札は割れている、幾ら威圧感を出そうが臆することは無い。
あの少年が得意とするのは接近戦、ならばこうして中距離で手玉に取ってやればいい。
例えエネルギー弾を放ってきたとしても、自分のダークネスの力を使えば何するものぞ。
今はブラックマリンと凍結攻撃を操る日番谷もいる以上、前回よりも有利に戦える。
さっさと叩きのめして、美柑の居場所を聞き出さないと。
焦燥に突き動かされる様に、ヤミは拳の形を作った髪で悟飯を打ち据えようとする。
狙うは顎、先ほどの戦いで主導権を握るきっかけになった部分だ。



「貴方がどんなに鍛えていようと────」



人の形をしている限り、鍛えられない部分はある。
懲りもせずに真正面から突っ込んでくるお馬鹿さんに、それを教授してやろう。
最強の、対惑星兵器の性能を今一度知るがいい。
吐き捨てられた言葉と共に放たれた拳は───ガァン!!と彼女の狙い通りに。
金髪で作った拳は、見事悟飯の顎を捕えていた。


「─────なッ!?」



だが、導かれる結果は先ほどとは明らかに違っていた。
殴られたまま、悟飯は微動だにしない。先ほどの様に吹き飛ばない。
彼がした事は実に単純。
遮二無二突っ込むフリをして、その実体内の気を顎に集めていたのだ。
その結果、ヤミの拳は以前の戦いで優勢を引き込んだ時の二割を割る威力となっていた。
分かっていれば耐えられる。憤怒に燃える彼の瞳は────真っすぐヤミを睨んでいた。
不味い、彼女がそう考えた時には既に悟飯は彼女の髪を掴み。
力任せに───綱引きの縄の様に、思いきり引っ張る。
その膂力は、以前戦った時から明らかに増していた。


「きゃ────っ!!」


金色の闇はその日、初めて力負けするという経験をした。
ひもを引っ張られた凧のように宙を舞い、悟飯の元へと引き寄せられ。
拳を固く握りしめ、振りかぶった悟飯の姿に、視界が覆い尽くされる。
変身した髪の大量自切や、回避のためのワームホールを展開する時間すら与えられない。
戦闘開始から数秒、ヤミが引き寄せられてからコンマ一秒に満たない刹那の時間で。
ミサイルの如き鉄拳が襲い掛かり、ヤミは反射的に、咄嗟に左腕を掲げて防御を行う。
瞬きに満たない時間で防御の姿勢を取れたのは彼女が高い格闘能力を有している証明だ。
金色の闇は銀河にその名を轟かせる優秀な暗殺者であり、兵器だった。
しかし彼女は“戦士”ではなかった。




「受けるなッ!!避けろッ!!!」



ヤミがショートレンジにまで引き寄せられた事で、背後に捨て置かれた日番谷が叫ぶ。
氷輪丸が柄だけの状態でブラックマリンと併用し、精密操作をするのは不可能だ。
大雑把に水流をブチ撒け、凍結させる事くらいしかできない。
白兵戦の距離の戦闘では、味方を巻き込んでしまう。
だが、彼は今、味方を巻き込んでも攻撃するべきだった。それを思い知らされる事となる。
目視可能なまでに圧縮された、黄金色の霊子を纏った拳は、防御するべく掲げられていたヤミの左腕へと吸い込まれ。



──────ゴキンッ!!



彼女の左腕の上腕を中途から、直角に見えるほどまでにへし折った。



「──────っ!?」



痛烈な痛みが駆け巡る中、しかしヤミは悲鳴を上げなかった。
この程度ならトランスの応用で誤魔化せると判断。戦闘行為に支障はない。
だが、それでも現在の悟飯のパワーは彼女に衝撃を与えた。
ありえない。前に戦った時と比べても明らかに異常だ。
銀河最強と言われる一族、デビルークのプリンセスですら。
自分の腕を一撃でへし折るなど至難の業だろう。



(落ち着いて、先ずは、距離をとらないと───)



一度距離を取ってしまえば、後は前回のように転がせるはずだ。
背後に距離を取るためのワームホールを形成しつつ、ヤミは髪を操作する。
おそらく躱されるだろうが、ワームホール完成までの目くらましになればそれでいい。
とにかく、今は態勢を立て直す。それこそが最優先。
だが、孫悟飯はそれを許さない。



「────気円斬」



髪によっての迎撃を見越していた、そう言わんばかりに。
悟飯の掌から高速回転し、圧縮された円盤状の気の刃が放たれた。
円盤によってぶちぶちとミサイルでも傷つかないはずのヤミの髪が切り裂かれ。
それでも止まらず、チェーンソーかギロチンの様にヤミへと向かう。
このままでは首を落とされる。
刹那の判断で大きく首を傾ぎ、ワームホールの作成より回避を優先した。
刃はヤミの視界の端を駆け抜け、ピッとヤミの頬に一文字の傷が走った。
ワームホールの作成を優先していれば、間違いなく首を落とされていただろう。
だが、危機は去ってなどいない。



「………クリリンさんは、凄いなぁ」



躱された見様見真似の気円斬を眺めて、悟飯は独り言を零す。
クリリンが放った気円斬なら、敵手に回避する事など許さなかっただろう。
そのまま、首か胴体を両断できたはずだ。あのヤミとかいう女を、殺せたはずだ。
力ばかり強くなって、まだまだ未熟な自分を思い知らされる。
でも、それでもやらなければならない。
そうしなければ野比のび太を殺した過ちを取り戻せない。
だから────彼は自分ができる方法で事をなす。




「 捕 ま え た 」



ヤミが気円斬に気を取られた一瞬の隙を縫うように。
がしり、と。ワームホールの彼方へと消えようとしていたヤミの折れた左腕を掴む。
そして、そのまま万力の様な力で締め上げた。



「ぐッ───は、離せ。離しなさい────っ!」



捕えられたヤミは残った右腕で拳を握り、渾身の力で悟飯を殴りつける。
彼女も必死だった。だが、左腕を抑えられている状態では上手く力が伝わらない。
ガン、ガンと頭や胸、脇腹を殴りつけても、敵は冷たい薄笑いを浮かべるだけだった。
ならばと切られた髪の再生を行い、再び髪を硬質化させ刃を形作り。
ならば首を飛ばしてやると、振りかぶった時の事だった。
ひた、と。悟飯の片腕の掌がヤミの脇腹の辺りに添えられたのは。
殺し屋としての本能が、最大規模の警鐘を鳴らす。


「まっ!待っ─────」


静止の言葉など、当然悟飯が聞く義理は無く。
───ゴウッ!!
一瞬の間を置いて、何かが焼き斬れる音が大気を震わせる。
音の正体。それはダークネス・ヤミの脇腹がごっそりと削られ、消滅した音だった。
レーザーで穿った様な破壊の爪痕を刻まれたヤミの身体が、崩れ落ちる。



「なんで……前に、戦った時は……こんな………」
「……考えたんだ。お前に負けた後、どうしたら勝てるか。
それで……ピッコロさんやクリリンさん、お父さんならきっとこうするだろうって」



血反吐を吐きながら倒れるヤミに、悟飯は静かに彼女の最大のミスを述べた。
それは即ち、悟飯を圧倒しながらトドメを刺せなかったこと。
手負いの獣程恐ろしい物はないという言葉があるが、彼女は正にその言葉の通り。
孫悟飯と言う特級の獣を、手負いの獣へと変えてしまったのだ。
敗北後に獣は考えた。どうすれば次、あの女に勝てるかを。
彼にとってヤミはシュライバーと違い、超サイヤ人2となっても不安を感じる相手だ。
パワーで上回れば勝てるのなら、初戦から勝利できていただろう。
だが、単純な力押しが通用しなかった以上、工夫して挑まなければならない。
どうするべきか考え、思い至ったのは師や仲間ならどう戦うかと言う思考だった。



───おぼえておけ、俺達は闘いで一気にお前達の言うエネルギーを増幅して爆発させるんだ。



結果、ドクターゲロを追い詰めた時に見せた、ピッコロの策を悟飯は再現した。
我武者羅に突っ込むフリをして張った罠で、初手の主導権を握り。
その後ヤミが不得手と推測できた斬撃を、クリリンの技で行う。
成功して相手のペースを崩しても、シャルティアの様に連打で打ち据える事はしない。
そのままショートレンジから圧縮した気功波で一息に貫き、一撃で以て勝負を決める。
確実性に欠け消耗も結局大きくなる連打より、此方の方が勝算は高いという読みは的中。
雛見沢症候群の罹患者は、思考が例外なく支離滅裂になるが。
半面、こと外敵の排除に関しては恐ろしく鋭い読みを見せる事がある。
竜宮レナや、園崎詩音に見られた症状を、孫悟飯もまた見せていた。




「だぁあああああああッッッ!!!」



裂帛の叫びと共に、悟飯は崩れ落ちたヤミを蹴り飛ばした。
腕を折られてもなお悲鳴一つ上げなかった彼女も、流石に耐えられず。
ぐげぁと少女が上げてはいけない類の嗚咽を零し、吹き飛ばされていく。
凄まじい衝撃にランドセルも明後日の方角に飛んでいくが、気に掛ける余裕すらない。
そのまま彼女は受け身すら取れずにコンクリに叩き付けられ、沈黙する。
戦闘開始から僅か10秒に満たない時間で、金色の闇は敗北を喫した。



「トドメだ……ッ!!」



憎悪の炎を漆黒の瞳の中に燃やして。
トドメを刺すべく、悟飯は掌を沈黙する少女へと向けた。
侮りはしない。あの変態女に侮りは禁物だ。このまま跡形もなく吹き飛ばす。
それでようやく息の根を止めたと安心できるのだ。
全員殺すと決めてから、初めて殺す相手としてヤミは悟飯にとってうってつけだった。
何しろ、消し飛ばしても何の良心も痛まない。己の衝動に忠実になる事ができる。
その事を強く思いながら、怨敵を消し飛ばしにかかる。
いざ、消し飛ばさんとする。しかし。



「─────天相従臨!!」


瞬間、悟飯の身体を大量の水が包み込んだ。
ヤミが使っていた水の能力である事は察しがついたが、今あの女は目の前に転がっている。
では誰がと言う疑問は、再び下手人の声が響いた事で解消される。


「───六衣氷結陣!!!」


足元に広がった水たまりを起点として、悟飯の足元に六角形の氷結晶が形を成す。
そこからの凍結速度は、一瞬だった。瞬きの間に氷柱が立ち昇り。
水のかかっていなかった首から上を除き、悟飯の身体を凍り付かせた。
そんな事が可能な参加者は、一人しかこの島に存在しない。
氷雪系最強の斬魄刀を有する、日番谷冬獅郎以外は。
恐るべき才覚だった。帝具ブラックマリンとの併用とは言え。
ヤミが倒されようとしている時にせっせと仕込みをしていたとは言え。
斬魄刀の刀身の殆どを欠いた状態で、それでも悟飯を一瞬で凍結させる芸当を成すのは。
正しく、最年少で隊長に就任した麒麟児。天才の技と言う他なかった。



「……悪いな」


果たしてその言葉は悟飯に向けた物だったか、ヤミに向けた物だったか。
下手人である日番谷自身も、ハッキリと断言することはできなかったが。
斬魄刀の刀身の殆どを喪失した今、彼が悟飯を止めるにはこの方法しかない。
ヤミが最初に腕を折られるのを見た瞬間、即座に彼はヤミとの共闘を切り捨て。
この攻撃を行う方針に切り替えたのだ。
元より共闘の姿勢を見せ、ブラックマリンを自身に譲ったとはいえヤミはマーダー。
合理性を重視した視点で言えば、危険人物同士の潰しあいだ。日番谷に不利益はない。
そして、悟飯の異常な状態と強さを鑑みれば、当初の予定通り共闘していたとしても。
まず間違いなく氷輪丸の力の殆どを欠いた自分とヤミでは、返り討ちにされていた。
十二番隊隊長、涅マユリならきっとそう評するだろう。
それでも後味の悪さは感じながら───日番谷は悟飯を見る。





────無駄だ、日番谷隊長。死神の戦いとは霊圧の戦い。
────始解にすら届かないみすぼらしく折れた斬魄刀で、その少年を抑え込めるなら。
────君は私に、二度も敗れてはいなかっただろう。




ぞ、と。脳裏に悪寒が走った。
なぜこんな時に、あの男のことばかり思い出すのか。
まさか、未だにあの男の能力の影響を受けているとでもいうのか?
その理由を考え、答えが出るのにそう時間はかからなかった。
何故なら、答えが直ぐ傍まで迫っていたから。


(そう、か………あの日と、同じ………)


あの日、あの男の裏切りが発覚し、倒れ伏した雛森を見て。
誰が敵で誰が味方かも分からない混乱の最中。
激昂した自分は即座に卍解を解放し、下手人を斬り捨てにかかった。
その結果どうなった?自分の刃はその切っ先だけでも届いたか?
現在の状況は、あの日をまるでなぞる様な様相を呈しているのだと。
目前まで迫った悟飯の姿を目に焼き付け、日番谷は理解した。


「僕の敵が誰か考えろって、言っていたな」


凍結した己の肉体に対し、悟飯の取った対応策は実に単純。
皮膚の下、体の奥から気を放出しただけだ。
それだけで、高密度の気のエネルギーは二秒と掛からず小癪な凍結の一切を無効化した。
元より悟飯を行動不能にできる規模の凍結を成そうと思えば、卍解の出力が要求される。
始解でもまず不可能。氷の戒めから脱出するまでの時間が数秒増える程度だろう。
まして始解にすら満たない、刀身の殆どを欠いた斬魄刀では土台無理な話だった。
三輪車とスポーツカーで速さを競う様な物だ。勝負の土台にすら立てていない。
それを示す様に、本来ならそれなりのエネルギーを消費する全身からの気の放出も。
余りにも早く解凍に至ったために悟飯に殆ど消耗は無かった。


「そんなの」


互いの吐息を感じる距離まで一瞬で肉薄し、悟飯は目の前の日番谷に静かに告げる。
この状況で誰が最も信用できない?誰が敵だと問われれば、そんな者は決まっている。
態々問いかけてきた白々しさに怒りを燃やしながら、少年は吼えた。



「お前らに決まってるだろうがああああああああ─────っ!!!」



金色の闇などと言う“マーダー”を連れてきた日番谷に決まっている。
結局こいつもグルだったのだ。闇と結託し、自分を殺そうとしているのだ。
なら、やられる前に殺ってやる……ッ!!
殺意と共に放たれた右ストレートは、見事に日番谷の腹のど真ん中を捉えた。


「ぐ、がぁ………っ!!!」


インパクトの瞬間、日番谷の喉の奥からドロリとした血が噴き出した。
赤い血ではない。内臓が損傷したことを示す、濁った黒色の血だった。
そして、攻撃はそれで止まらない。悟飯はそのまま敵の腹に触れた拳にぐっと力を籠め。
そのまま───殴りぬいた。



「がぁああああああああああっ!!!」




地面と殆ど並行に、日番谷の身体が猛スピードで宙を舞う。
成すすべなく吹き飛ばされながら、それでもやはり彼は一流の戦士だった。
意識を落としてもおかしくないダメージを受けながらも、悟飯から視線を切らず。
その努力のお陰で、自身にトドメを刺すべく迫る悟飯を視界に収めることができた。
とめどない殺意で目をギラギラと光らせて向かってくる悟飯を見て、確信を抱く。
次追撃を受ければ殺される。間違いなく殺される。
ブラックマリンで防御を行うか。いや、付け焼刃の力で止められる相手ではない。
先ほどの様に高密度の霊圧で防御されるのがオチだろう。
となれば、残された札は、一枚しかなかった。
危うい賭けである事は理解していたが、それでも賭けざるを得なかった。



────シン・フェイウルク………ッ!!!



体中の霊子と力を振り絞り、空中で身体を反転。
受け身を取り着地を行うと共に、懐に忍ばせていた瓶でシン・フェイウルクの術を使用した。
シン・クラスの莫大なエネルギーが、日番谷の身体に装填される。
そのことを確認後、不意を突かれた表情を浮かべる悟飯を尻目に。
脚部に力を籠め、瞬歩と併用した疾走を開始した。



「ぐぅ────お───っ!?」



日番谷の判断は的確だった。
もうコンマ数秒判断が遅れていれば、彼は悟飯の追撃によって死亡していたのだから。
一瞬で戦場を駆け抜け、悟飯の射程圏内という死地から脱出を成す。
だが、シンの術は強力に過ぎた。如何な天才、日番谷冬獅郎と言えど。
一度行使しただけで制御下に置くのは、不可能な話であった。
猛スピードを出した車が急ブレーキを踏んでも直ぐには停止できない様に。
もう止まろうと思っても、術に引きずられる様に───日番谷の身体は止まらない。



「嘘、だろ………ッ!?」



眼前に木造建てと見られる民家が見えたが、やはり停止は出来ず。
腕を交差し気休めの防御姿勢を取った数秒後に、日番谷は民家に突っ込んだ。
悟飯の一撃で負った腹への損傷と、今しがたの激突のダメージ。
ハッキリ言って戦えるコンディションではなかったが、即座に彼は立ち上がろうとする。
あのままでは悟飯が本当に全員皆殺しにしてしまいかねないためだ。寝ている暇はない。
今すぐ戦場に戻り阻止できなければ、自分はただ戦場から逃げた臆病者となるだろう。
それだけは護挺の隊長を背負った身として、看過する事は出来ず。
血反吐を吐きながらも、日番谷は再び戦場に赴くことを試みる。しかし。
無理をしたツケの返済から、逃れる事は許されない。



「────ぐ、ぁ……ぐぎぃいいあああああああああああああああッ!!!!!!!」



身体がバラバラになったのではないかと錯覚するほど衝撃が、全身を襲い。
痛みに操られる様に不格好なダンスを踊ると、日番谷は再び血反吐を吐いて地に伏せた。
もう立ち上がる事はできない。それほどまでにシンの術の反動は強大だったのだ。
メリュジーヌとの戦いで使用した際は氷輪丸がシンの反動の殆どを引き受けてくれていた。
そのためその際はまだ行動可能なフィードッバックで済んだが、今回はそうもいかない。
直接己の肉体にシン・フェイウルクを使った反動は、死神に対し一切の容赦をせず。
彼の意識を否応なく、闇へと引きずり込んでいく。




────だから言っただろう、日番谷隊長。
────あまり強い言葉を使う物ではないと。



弱く見えるからね。

脳裏にリフレインした言葉に、己の弱さを今一度直視させられる。
反論する言葉を持たない自分が、どうしようもなく恨めしく悔しい。
霞んでいく視界の中、最後に一言ちくしょうと毒を吐いて、日番谷は完全に意識を手放した。


【一日目/日中/F-6】

【日番谷冬獅郎@BLEACH】
[状態]:疲労(特大)、ダメージ(特大)、腹部にダメージ(大)、全身に切創、気絶
雛森の安否に対する不安(極大)、心の力消費(特大、夕方まで術の使用不可)
[装備]:氷輪丸(破損、修復中)@BLEACH、帝具ブラックマリン@アカメが斬る!
[道具]:基本支給品、シン・フェイウルクの瓶(使用回数残り二回)@金色のガッシュ!!、元太の首輪、ソフトクリーム、どこでもドア@ドラえもん(使用不可、真夜中まで)
[思考・状況]基本方針:殺し合いを潰し乃亜を倒す。
0:……………。
1:巻き込まれた子供は保護し、殺し合いに乗った奴は倒す。
2:シュライバーと甲冑の女を警戒。次は殺す。
3:乾が気掛かりだが……。
4:名簿に雛森の名前はなかったが……。
5:シャルティアを警戒、言ってる事も信用はしない。
6:悟飯は…ああなっちまったらもう………
7:沙都子の霊圧は何か引っかかる。
[備考]
ユーハバッハ撃破以降、最終話以前からの参戦です。
人間の参加者相手でも戦闘が成り立つように制限されています。
卍解は一度の使用で12時間使用不可。
シャルティア≠フリーレンとして認識しています。
シン・フェイウルクを全く制御できていません、人を乗せて移動手段にするのも不可。




△▼△▼△▼△▼△▼△▼



逃げ去っていく日番谷の背中を見て、悟飯は「弱虫が」と毒を吐いた。
だが、まぁいい。あいつもその内殺すが、まだ先に殺さないといけない相手がいる。
取り逃がしたのは悔しかったけれど、そういう風に心持を切り替えて周囲を見渡す。
イリヤも、ヤミも、ドロテアも、沙都子も、殺したい相手は全員倒れ伏している。
カオスは沙都子の隣で竦んでおり、モクバは鬱陶しい剣士がいなくなって立ち尽くすだけ。
より取り見取り、誰からでも殺せるし、誰を殺してもいい。さて、誰にするか……



「決めた」



先ず殺さないといけないのは、やっぱりヤミだろう。
訳の分からない理由で雪華綺晶さんを殺した相手、シュライバーと変わらない異常者。
それでいて一度僕に勝った、危険な相手。こいつだけは此処で僕が殺す。
美柑さんやイリヤとの約束なんか今となっては知った事じゃない。
その次はのび太さんを生贄にしたイリヤ。次にマーダーのドロテア。
最後に一番弱い沙都子さんを殺す。まぁ、あの様子だと放って置いても死ぬかもしれないが。
その後はモクバやカオスを殺して、美柑さんや紗寿叶さん、ケロベロスさんも殺す。
仲間外れは寂しいだろうから、全員送ってあげないと。
………そんな破綻した思考を巡らせながら、少年は一歩を踏み出した。
最初にとどめを刺すと決めた、ヤミの元へ。


「待って!!」


死刑執行人と化した悟飯を呼び止める声。
それは彼がこの島に来てからずっと行動を共にしていた少女の声だった。
呼びかけに導かれる様に、ゆっくりと向き直って。
そして、声をあげた少女にぼんやりと視線を送る。
──そこには結城美柑が、怯えも滲ませつつも確かな意志を感じさせる瞳で立っていた。



「悟飯君に……本当の事を教えてあげに来たの
だから、ヤミさん達を殺さないで………お願い」



何をしに来たのかと尋ねてみると、ハッキリとした声で少女はそう告げた。
それなりに覚悟はしてきたのか、声は震えていなかった。
視線もこれまで怯えていただけの少女とは思えない程、悟飯の事をハッキリと見ていた。
だから悟飯も、直ぐには手を出さなかった。
口には出さず、視線だけで囀る様に促す。



「紗寿叶さんが言うには………」



そうして、結城美柑にとって一世一代の謎解きの解決編が始まる。
推理ドラマの探偵役になったかのように、この状況の真犯人の推理を述べていく。
メリュジーヌの発言の齟齬を。彼女こそ真のマーダーではないかという事実を。
そして彼女と結託している沙都子こそ、真の魔女である───
それはほぼ全て紗寿叶の受け売りだったけれど。
だからこそ自信を以て、言い淀むことなく全てを伝える事ができた。



(ヤミさん……ヤミさんは、絶対私が………助けるんだ)




極限の緊張下で話が飛ぶことも、声が震える事も無かったのは。
悟飯が途中口を挟むことなく黙って聞いてくれたからもあるだろうが、しかし。
最も大きな要因は、悟飯の足元に崩れ落ちた親友の存在が大きいに違いない。
金色の闇。体を入れ替えた事さえある、大切な親友。
彼女のためなら、どんな危険な説得でも臨むことができた。
絶対に助ける。その一心で、彼女は紗寿叶から伝えられた全てを語り。
最後に倒れ伏す沙都子に指をさし、告げた。



「キウルさんが殺されたのも、悟飯くんに毒を盛ったのも
──全部、沙都子さんの仕業かもしれないの!」



空間に、美柑の声が響き渡る。
カオスはビクリと怯えた表情で美柑を見て。
モクバは戸惑いながらも逆転勝訴した被告人の気分になり。
ドロテアなどそうじゃその通りじゃーっ!と便乗しそうになる口を抑えるのが大変だった。
ヤミとイリヤは相変わらず気を失っており、ピクリとも動かない。
そして、最後に悟飯は。



(……………え?)



美柑を困惑が襲う。悟飯は無言で、無表情だった。
別れた時の調子なら、激昂して沙都子達を排除しにかかると思っていたのに。
予想していた反応と違う。困惑する美柑の表情を眺めながら。
悟飯は小さな声で「僕は……そんな話が聞きたかったんじゃない」と。
誰もにも聞こえない声量で独り言ちてから、思った事を告げた。



「はぁ、そうですか─────それで?」
「え?そ、それでって………」
「美柑さんにとっても恩人の沙都子さんを疑うんです。何か裏付けがあるんですよね?」



その言葉に、美柑はぐにゃりと視界が歪んだ気がした。
だって、そんな事を言われても、困る。
これは紗寿叶の受け売りでしかないのだから。
返答に窮する。言い淀みそうになる。けれど、何か言わなければ。
その一心で、必死に美柑は舌を動かし、喉を震わせる。



「で、でも────メリュジーヌさんの話におかしい部分があるのは事実で」
「一度一方的に向こうが話すのを聞いただけですよね?言葉の綾かもしれない。
何かこっちが聞き間違えたのかもしれない。それでマーダーだと決めつけたんですか?」
「………っ!」



視界だけでなく脚の間隔まで、歪む。まるで底なし沼に踏み込んだ錯覚を、美柑は覚えた。
言葉は通じているハズなのに、話が通じない。どんどんと空回りしている。
焦燥が、不安が、容赦なく少女の心を苛み、遂に言葉に詰まってしまう。
それでも彼女は複の裾をぎゅっと掴んで、俯きがちになりながら。
絞り出すように尋ねた。



「じゃあ……悟飯君は、沙都子さん達を信じるの?」




尋ねた声は、少し掠れていた。
問いかけに対し、問われた少年は相変わらず感情が抜け落ちた様な無表情で。
けれど静かに首を横に振った。それを見て美柑は僅かに安堵を覚える。
何だ、彼も沙都子を疑っているのか。なら、まだ芽は─────、




「沙都子さんが信用できないと言っても、貴方が信用できるかは別の話何ですよ。美柑さん」




悟飯のその言葉を聞いて。
一拍の間を置き「……は?」と、美柑の口から声が漏れた。
意味が分からない。何故。どうして。
困惑する美柑を見る悟飯の眼差しは、凍えそうになる程冷たかった。



「貴方も沙都子さんにはお世話になっていましたよね。
それなのに、何の証拠もなく随分あっさり掌を返すじゃないですか」
「……それはっ!……っ!………でもっ!!」
「曲がりなりにも恩人を、直ぐに売るような人は信用できないと言ってるんですよ」
「売るなんて…そんな!」



悟飯が、怖かった。
羽蟲を見下ろす様な視線。底の見えない孔のような眼が。
まるで此方が必死に隠そうとしている部分を覗き込まれるみたいで、怖い。
隠そうとしている部分なんてないはずなのに。
でも、今は怖がっている場合じゃない。怖がっていたら、ヤミさんが死んでしまう。
だから、何か言わないと。悟飯さんに、思い留まって貰わないと。
でも、何ていう?全部紗寿叶さんが考えたって白状する?
いやだめだ。それだと責任を押し付けた事にしかならないし、説得できない。
どうすればいい?どうすればどうすればどうすればどうすればどうすれば────
思考の深海に沈む美柑。沈黙する彼女を眺めて、悟飯はずっと思っていた事を切り出す。



「………美柑さんは最初からそうでしたね」
「……え?な、なに?」
「自分では何もやらない癖に。僕を汚いものを見る目で見てくる。
そんなに僕が怖いなら、こっそり離れてしまえばいいのに、それもしない。
自分では何も負おうとせず、僕を非難して、そんな自分に全然気づいてない」
「わ、わたしはそんな事してないッ!してないよ!」
「だったら、何で今も僕をそんな目で見るッ!!!言ってみろッ!!!!!!」



獣を見る目で僕を見るな。
少年の怒りの叫びに、少女が築き上げた勇気の砦は粉砕された。
突如ガソリンを撒いた後に灯された火の様に、悟飯は豹変し。
血走った瞳で睨みつけられ、美柑の全身が凍り付いた。
頭のてっぺんからつま先まで、氷水につけられた様に冷たいのに。
心臓だけはバクバクとうるさい程高鳴って、冷や汗が止まらない。
水分はちゃんと摂っていたはずなのに喉はカラカラで、呼吸すらままならない。
はっ、はっ、はっ、と短く息を吐いて、過呼吸の症状が出始めていた。



「────なーんて、冗談ですよ」



最早返事すら上げられず。悟飯の言葉にただただ困惑した表情を浮かべる美柑。
そんな彼女に、悟飯は笑いかけた。どこまでも、空虚な笑みを。
そうして、一言囁くように己の決定を口にする。




「僕だって今はもう沙都子さんをそこまで信じてる訳じゃありません。安心してください」
「そう、なんだ。それじゃ」
「はい!安心してください。美柑さんが望む通り、沙都子さんもちゃんと殺しますから!!」
「……っ!?え、は、なに、言ってるの?」
「あれー?沙都子さんを殺してほしいんじゃないなら。今の僕になんで教えたんですか?」



もう一度、は?と乾いた声が漏れる。
美柑は駄々を捏ねる幼児の様にいやいやと首を横にふるった。
違う、そうじゃない。私はそんなつもりなかった。
ただ私は、無益な戦いを悟飯君やイリヤさんがしているなら止めないとと思って。
沙都子さんが死ねばいいと思ってた訳じゃない。そんな事、考えてない!
悟飯君は変だ。突然怒ったかと思えば、変に冷静な所もあって。
何を考えているのかわからない。怖い。助けて、リト。
───混乱の極致。目じりに涙を浮かべて、少女は恐慌寸前の状態だった。
それでもギリギリの淵で踏みとどまれているのは、倒れ伏す親友の存在故だろう。
だが、そんな彼女に追い打ちをかけるように、少年は微笑みながら教えてあげた。
今のはまだ、底ではないぞ、と。



「まっ!待っててくださいよ。取り合えずヤミを殺して、イリヤを殺して、
ドロテア達を殺したら……その後は沙都子さんと────貴方たちだ」
「………っ、ぁ…………」



その言葉を聞いた瞬間、美柑の目の前が、真っ暗になった。
もう耐えられない。今まで美柑を必死に支えていた両足も、職務を放棄して。
がくりと膝をつき悟る。悟飯は沙都子を信じて反論していた訳では無い。
疑わしきは罰せよ。どうせ全員殺すと決めていたから。
だからもう誰がマーダーで、誰が対主催かなんて、どうでも良かったのだ。
そして、そんな状態の彼が。既に襲撃されマーダーと確定しているヤミを見逃す道理はなく。
信頼を勝ち取れなかった自分達のどんな説得も懇願も、病魔に侵された彼には届かない。
美柑の年齢を考えれば聡明な思考は、その事を理解してしまった。
そうなってしまえば、もう後は、その場で打ちひしがれる事しかできない。
最後に俯き、膝をついたままぼそりと呟く。
その言葉が聞き入れられるなんて、美柑自身信じていなかったけれど。


「約束……約束、したよね。ヤミさんと、クロエさん、殺さないって……」
「なんで、僕がマーダーかもしれない人達との約束を守り続けないといけないんです?」
「………っ!」


あわよくば。一縷の望みを賭けた言葉は、バッサリと切って捨てられた。
その言葉を最後に美柑は沈黙し、悟飯はそれを見て鼻を鳴らして。
足元の自分を嬲った女へと視線を移した。
美柑の話では生体兵器とか何とか言われていたが、本当らしい。
空いたはずの風穴が、塞がりかけていた。このままだと、恐らく復活する。
恐ろしいと思った。リベンジは果たせたが、もしこの女が復活したら。
次は勝てるかどうか分からない。それに逃げて父に危害を及ぼすかもしれない。
だから、見逃すつもりは毛頭ない。この女は、此処で殺す。
熱病に浮かされた様に、ゆっくり右手を振り上げ、気を纏わせる。
外す事が無い様に慎重に狙いを定める。狙うのは首だ。
首輪と言う戒めがある以上、首を千切れば殺しきれるだろう。
脳内で導き出した結論に誘われ、彼は断頭の手刀を振り下ろさんとする。



「待って、悟飯君!!」



死刑執行を果たそうとした矢先に、また呼び止められ。
溜息を吐きながら、悟飯はうんざりしたと言った表情で「何ですか」と尋ねた。
彼の前方15メートル程前方に、さっきまで消沈していたはずの結城美柑が立っている。
彼女は滂沱の涙を流し、ガタガタと身体を振るわせて。言葉も途切れ途切れになり。
心底恐怖した様相で、それでもその懇願を言い切った。




「お願い…悟飯君が、ヤミさんを許せないのなら………
私を、こ、殺して良いから……だから、ヤミさんは、こ、殺さないで………お願い…………」



ヤミさんを許せないと言うなら、私を代わりに罰してほしい。
私も、悟飯君を支えられなかった同罪の様な物だから。
だからどうか、大切な友達の命だけは許して欲しい。
私が、ヤミさんの犯してしまった罪を引き受ける。
それが、破れかぶれになった美柑ができる、最後の懇願だった。



「……何故ですか。なんで、こんな女の為に。
訳の分からない理由で雪華綺晶さんを殺した、こいつの為に………!!」
「わかって、る……ヤミさんがした事は、許されることじゃない。けど、でも…
それでも、今のヤミさんは普段のヤミさんじゃないの。だから、お願い……」



ヤミは今、ダークネスという暴走状態だ。
だから、えっちぃ事をした末に相手を殺そうとするのは、普段の彼女の意志ではない。
今の悟飯と同じ、ダークネスと言う病気に侵されている様なもの。
だから、彼女に責任能力は無い。上手く言葉にはできないけれど。
それでも視線で、態度で、祈る様に美柑はもう一度助命を訴えた。



「………………………………………ふざけるな」



話が通じなかった訳では無い。“不幸にも”悟飯は美柑の訴えの内容をちゃんと理解していた。
だからこそ、彼の感情をより逆なでする結果を導く。
自分は一度も顧みられなかったのに。ずっと獣を見る目で見られてきたというのに。
それなのに、身勝手極まりない理由で雪華綺晶を殺したこの女ばかり庇われるのか。
八つ当たりに近い妬みだったが、最早悟飯はその激情を抑えられる精神状態ではなかった。


「分かったよ…そんなに死にたいなら先に殺してやる」


すっと美柑の方に掌を向けて。
そして、気を集める。少女の胸を一撃で撃ち抜けるように。
悟飯が攻撃態勢に入った事で、美柑は胸の奥から乾いた笑いが漏れた。
こういう時自分を何時も助けてくれた兄(リト)が現れる気配は無く。
誰か、都合のいいヒーローが通りすがる事も無い。
イリヤやヤミは未だ目覚めず。彼女達の助けも望めない。



「やめろっ!お前その子と仲間だったんだろ!?殺すなら北条沙都子だけでいいんだ!」



少し離れた所でモクバが声を張り上げるが、全く取り合われない。無視されていた。
人の声とすら認識されていない、悟飯にとってその声は単なる雑音で。
飛び掛かって止めることすらできない。今のモクバと悟飯の距離は30メートル程だが。
それでもモクバの足では飛び掛かってもその頃には美柑は撃ち抜かれているだろう。
更に悟飯の至近距離に近づくと今はモクバもミイラ取りがミイラになりかねない。
もう彼を守ってくれるエルフの剣士はいないのだから、今は声での制止しか叶わない。
何とか意志を翻してくれることを期待しつつ、それが無為だと悟りながらも言葉を重ねる。



「────あぁ、本当に、うんざりだ」




どうして、自分だけ誰も省みてはくれないんだ。
他人の献身や自己犠牲を目にするたびに、その想いが浮き彫りになって。
ずぅっと自分一人が悪者にされている気分になる。こんなの不公平だ。
ここにいるのは皆後ろめたいことがある筈なのに。何故自分だけ獣の様に扱われるのか。
もう沢山だ。さっさと全員殺そう。殺して殺して殺して……父の役に立つ。
首の痒みは収まらない。きっと残された時間は半日も無い。
だから早く目の前の女の子を殺して、この場にいる他の者を皆殺しにしないといけない。
────そう、しなければならなのに。



「………なのに、なんで、だ………なんで…………っ!!」



頭が痛い。首がかゆい。
どうして、全てを受け入れて。
涙を流し泣き笑いの表情で自分の裁きを待つ少女に、野比のび太の姿が重なるのか。
自分に独りになってほしくないとそういったあの少年の姿が浮かぶのか。
全て手遅れであるのに、今でも結城美柑という少女の事は信用できないのに、何故…!
孫悟飯という少年の憤りに、叫びに、嘆きに応える者は誰もいない。
ただ彼の前に立つ少女は、殉教者の表情で、裁きの時を待ち。
泣き笑いの表情で、もう一度哀願の言葉を述べた。



「ヤミさんのこと……お願いね」
「……………………」



美柑の哀願に、悟飯が答えることは無い。
致死の一撃を放とうとするその手が下がる事も無い。
ただ彼の瞳と指先が……僅かにブレた事に美柑は気づいた。
無論の事、今更彼が思い留まることは無いだろう。
数秒後か、それとも数分後かは定かではない。しかしいずれ確実に死刑は執行される。
でも、それでもよかった。自分がこうして時間を稼げば。
日番谷が助けに来てくれるかもしれない。悟飯の父が彼を止めに来てくれるかもしれない。
それが極小の可能性である事は理解していたけれど、それでもそんな奇跡を願う。
死が間近に迫っているからこそ、美柑は奇跡を夢見る事だけは辞めなかった。





────タァンタァンタァンタァンタァンッ!!




唐突に、何の前触れもなく。
五発の銃声が響き、体を蜂の巣にされる、その時まで。
え、と、美柑の口から声が漏れて。
呆けた様な顔をして、大地に倒れ伏す。今度は膝を付く程度では済まなかった。
どくどくと流れていく熱い液体の感覚が、自分はもう助からない事を教えていた。



(……でも、なん、で)



痛みに立ち上がれず、横たわったまま。
残った力で顔をあげて、悟飯が立っていた方向を見る。
すると、彼が此方に駆け寄って来るのが見えた。
彼の表情には、想定外の事態が起こったという驚愕の感情を滲ませていた。
という事は、やはり自分に攻撃したのは悟飯ではない。
では沙都子かと思って其方を見れば、彼女もまだ気絶していた。
一体誰が、そう考えるものの彼女には一向に心当たりが無く。
結局何も分からぬままに、美柑は自らの血の海へと沈んだ。




「────ふざけるなッ!誰だ!コソコソ隠れてないで出てこい!!!」



しかし、悟飯は違う。
彼は驚愕と憤怒がない交ぜになった表情で美柑が倒れた方へと走る。
もっとも、目的は彼女を助ける為ではない。敵を殺す為だった。
見間違いではない。微かにだが、確かに見えた。結城美柑が倒れ伏す瞬間。
一瞬だけ奇妙に宙に浮かび、そして消えた銃の姿を。美柑は、狙撃されたのだ。
そして、それが意味する所は、つまり。今も狙撃手が狙っているかもしれないと言う事実。
進行した症候群の罹患者が、そんな脅威を見逃せる筈も無かった。


「出てこないなら…ッ!出てこさせてやる!!」


症候群の影響で、数十秒と掛からず痺れを切らし。
悟飯は、下手人を炙り出す方向へ舵を切る。
両手にエネルギー弾を作成し、銃が見えた方角へと連射を行う。


「だああぁあああぁあああああぁああッ!!!!」


悟飯は普段あまり行わない、ベジータが行うような連射。
発射された十発を超えるエネルギー弾は、コンクリートを割り、アスファルトを粉砕し。
民家の壁や屋根を吹き飛ばし、周囲に破壊の爪痕を刻んでいく。
そんな最中───エネルギー弾の一発が、奇妙な軌道を辿った。
ビルの外壁に着弾しようとしたそのエネルギー弾は直前で軌道を直角に変えたのだ。
明らかに不自然な軌道に、悟飯はその周囲に意識を集中させる。
すると、沙都子や美柑ほどの大きさの気を感じ取ることができた。
姿が見えない以上断言はできないが、この気が恐らくは………!


「吹き飛べ…!」


掌に先ほどよりも出力を大きく、気功波を放つ態勢に入る。
気弾が軌道を変えた周辺を気で薙ぎ払ってやるためだ。これなら、鼠を炙り出せるだろう。
その見立てを基に標的への殺意と憎悪を集め、悟飯が気を発射しようとした、その時。



「…………っ!?」


彼の気の感知能力と反射神経が、凄まじい速度で飛来してくる投擲物の存在を感知した。
それなりに大きな気だ。少なくとも、不可視の狙撃手など問題ならない。
姿の見えない暗殺者の殺害を優先し、攻撃に対し無防備であれば万が一もあり得る。
やむを得ず、彼は追撃よりも防御行動を優先せざる得なかった。



「はあッ!!!」



全身から気を放出し、飛んできた飛来物を跳ね返す。
奇妙な形の投擲物だった。一見矢の様であるのに、ねじ曲がって工事現場のドリルのよう。
迎撃した攻撃を眺めて、悟飯がそんな印象を抱くと。
同時にこれが終わりではないと直感的に察し、全身から気を放出する。



「うわあ゛ぁああぁあああああぁあああああッ!!!」



悲鳴にも似た叫び声と共に高密度の気を放出し、防御壁とする。
気のバリアーが完成して数秒後、打ち払った螺旋の弓矢が爆発した。
凄まじい爆風が、悟飯の周囲十メートルを突き抜け、クレーターを形作る。


「───っ!そこ、かぁっ!!」


破壊の渦を自身の気で相殺し、新しいエネルギー弾を生み出す。
歯を食いしばり、風圧に耐えながら体を半回転させて。
攻撃が飛んできた方角、数百メートルの先の雑居ビルへと向けて発射した。
ズゥン、という腹に響く旋律が響き、爆撃を受けた様な煙と火の手が上がるが、しかし。
悟飯の表情は晴れなかった。狙撃手が撃った螺旋の弓矢と、その反撃に意識を割いた隙に。
美柑を撃ったと思わしき下手人の気が消えていたからだ。
元々小さかった気の持ち主に離れられてしまえば、追跡はできない。
更に、反撃を放ったビルにいた狙撃手も、ちゃんと仕留められたかどうか分からない。



「…………くそ!」



歯ぎしりをして、握った拳で自らの太ももを叩く。
気を普段の様に感じ取れないだけで、こんなにも上手く行かないものか。
苛立ちと焦りが募る。首に救う痒みは、彼に刻一刻と迫る制限時間を伝えていた。
切り替えろ。言葉にせず心中で呟く。殺さなければならない者はまだまだまだいる。
さっきの不意打ちだって対応できた。油断せず周囲に意識の何割かを割いていれば。
また奇襲を受けてもきっと対処できるだろう。それにもう戦える様な敵はいない。
片手間でも殺せるような相手ばかりだ。だから、今は切り替える事を優先しろ。
そう、自分に言い聞かせて、再び殺戮を再会しようとした時だった。
足元で、ごほりと咳をする様な音が響く。



「ご、はん、くん……私……どう、なった、の……?」



息も絶え絶えで、瞳の焦点もあっていない美柑が、仰向けで見上げて来ていた。
彼女流した血はどう見ても致命傷だ、もう放って置いても死ぬのは間違いない。
だから彼は見た印象のまま伝えた「貴方は撃たれて、もうすぐ死ぬ」と。


「そっ……か」



その言葉を聞いて、美柑は何かを諦めた様にふっと笑った。
同時に思う。目の前の少年とは、最後まで分かり合う事ができなかったなと。
彼はこれからどうするのだろうか。やはりヤミを殺すのだろうか。
思い留まって欲しかった。大切な友人に生き残って貰いたかった。
でももう悟飯を止めるために立ち上がる事も、説得の為に言葉を尽くす事もできない。
後者の方は何とか試みてみたが、ごほごほと血の奔流で溺れかけるだけに終わった。
だからもう、どうする事も出来ないのだと、彼女は悟り。


「ねぇ……ごはん、くん……げほっ……あの、さ………」


せめて、自分はどうするべきだったのか考える事にした。
悟飯を怖がらず、最初から受け入れるべきだったのか。
出会って早々、意図せずユーリンを挽肉に変えた悟飯を?
美柑の眼からは露骨に避けられ、早い段階から様子のおかしかった悟飯を?
ヤミを殺すつもりだったであろう悟飯を?
────そんなの、無理だ。そう結論付けて。
では、彼の認識を改める切欠を作る為に交流するべきだったのかと視点を変えてみる。
彼といた時間は所詮半日で、その半日もずっと一緒にいたわけではない。
事あるごとにリーゼロッテやヤミに襲われて、自分も消耗していた。
悟飯の様子がいよいよおかしくなってきてからは、沙都子が自分達を遠ざけていた。
そもそも彼女が黒幕であったなら、自分にはどうしようもない。
あぁ、じゃあ何だ───これじゃあ仕方ないじゃないか、と。
行き止まりに行きついて、少女は縋る様に尋ねる。



「わたし、たち………どうすればよかったのかな………?」



悟飯は応えない。無言のままに、美柑を見下ろしていた。
だから、美柑も最後の力を振り絞って顔を少し上げて彼を見る。
視界の先の悟飯の表情と、瞳は。
その時だけは、今迄の怒りに彩られた物ではなく。
ただ、美柑を憐れむ様な視線を彼は向けており。
憐憫の表情と瞳を保ったまま、餞別のように彼は最後の言葉を交わす。



───分かりませんよ、そんなの。僕にも分かりません。
───僕は最初から、貴方の事がさっぱり分からなかったから。
───貴方が、僕の事を分かってくれなかったように。



悟飯の返答を聞いて。もう一度、ふっと自嘲するように笑い。
僅かに起こしていた顔を横たえた。これでもう起き上がる事は無いと理解しながら。
それでももう、酷く疲れていた。疲れ切り、押し寄せる眠気に抗う事はできそうにない。
仕方ないという思いはあれど、結局どうすれば良かったのか、終ぞ分かぬままだった。
それがどうしても悔しくて、哀しくて。美柑は内側から湧き上がる感情を抑えきれず。
誰にも届かぬと理解しながら、それでも彼女は訴えた。
自分が死のうとしているのに、兄が姿を現さない無情な現実に。






(なんで……来てくれないの………私も、きっとヤミさんも…待ってたのに……
私は………どうすれば良かったの?ねぇ、教えてよ………………………)





リト、と最愛の兄の名を呼んで。
最期に一筋の涙を、幼く美しいかんばせに伝わせて。
少女の意識は、闇に溶けて消えた。
結局、最後のその時まで。
結城リトが現れることは、無かった。


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