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傷付けられたプライド

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霧が止んだか。

絶望王と対面しながら、魔神王は自身が誘導されたのを改めて再認識した。
敢えて誘いに乗ったとはいえ、あの雷帝の少年の気配は感知できない。
距離を置いて、様子を図っているのだろう。同時にこの霧は雷帝の力でもないと予想する。
野原しんのすけの脳を食らい、その記憶の中に霧を操る暗殺者の姿もあった。
ほんの僅かの邂逅だったが、強く脳裏に刻まれていた。
そして雷帝が手駒として使うだけあり、良い腕をしている。雷帝と違い近くには潜んでいるのだろうが、一切の気配を感知できない。

「何、余所見してんだ?」

青く輝く業火が花弁のように舞う。
魔神王を包むように、閉じた花のように炎のつぼみは収縮される。
人体など軽々消し炭にする超高温、熱された空気は息を吸うだけで食道を燃やし、体内を焼きかねない。そんな生存を許さぬ地獄の中で魔神王はすうと呼吸を行う。
そして、口から息を一吹きした。まるで、ろうそくの火を吹き消す快活であどけない少女のように。
吐息に乗せた冷気が炎が凍てつかせ、業火のつぼみから世にも珍しい炎の氷像が完成する。

「汝のつまらぬ手品も見飽きた所だった」

氷の中に囚われた炎という矛盾した芸術品が、この世に留まったのはほんの数秒。
氷像の中央が罅割れ、魔神王が黒髪をはためかせ、悠然と佇んでいた。
口から吐かれた息は瘴気となり、人を蝕むには十分な猛毒を孕んでいる。
魔神王、その依り代となった姫を誘うレッドカーペットのように瘴気は拡がり、絶望王へと迫る。

「お前、口内ケアしてるか?」

人の肉体に降りた以上、絶望王とて毒の瘴気を吸い上げればその身を蝕む。
だが、念動力の行使により絶望王の眼前に不可視の壁が出来たように、瘴気の流れが二つに別れていった。

「ッ、と」

瘴気で遮られた視界の隅、僅かな風の動きの変化を感じ取り絶望王は後方へ身を逸らす。
死角から回り込んだ、魔神王の氷のサーベルが虚空を突いていた。そのまま、横薙ぎへ振り払い。
目と鼻の先へ刃が触れる寸前、念動力の見えざる手が魔神王を掴み取る。
魔神王の全身を浮かせ、遥か後方の民家へと野球ボールを放るように投擲されていく。
人間大の物質が時速100数キロの速さで投げ出され、そこから齎される破壊力は到底人間が生身で受け切れるものではない。
直撃した民家も木材を弾け飛ばし、瓦礫を四方に飛ばしながら半壊していく。
通常であれば、肉体を爆散させ生きてはいないだろう。だが、そうはならないだろうことは絶望王自身が一番よく分かっていた。

「───!」

絶望王、その入れ物たるブラックの前髪が数本本体から切り離される。
目の前に前触れもなく生えた鋭利な氷柱、その先端の刃を避けて。
僅かに後退した絶望王を追尾するように氷柱はコンマの遅れもなく、次々と生成されては天上へと矛先を向け、絶望王を穿たんとする。
絶望王は両手をコートのポケットに突っ込んだまま、5ステップ程退いて迫る氷の刃に蒼炎を打ち付ける。
氷は蒸発、湯気を上げて消失し、また炎は瓦礫の中に沈んだ魔神王へと向かう。
爆音と共に木造の民家は瞬時に燃え広がり、青々と魔の炎を展開し燃え盛る。

「我より汝の方が要るだろう? よく喋る舌だ」

炎の中から、まるで感情など悟らせない端的な声が響く。
絶望王は楽し気に口許を釣りあげて、親しい友達を見つめるように瞼に皺を作る。
青く燃え盛る業火の中で人影が一つ、苦しみ悶えるでもなく揺らめいた。
数十メートル以上離れた間合いなど関係なく、絶望王の頭上に隕石のような氷山が生成されていく。
絶望王は笑みを絶やさず、踵を持ち上げ地面を蹴り上げ、頭上から降り落ちる氷山の砲弾を正面から突っ切る。
顔面から氷山に吸い込まれ、その肌に氷が触れる数ミリ先の段階で念動力が行使される。
メキメキと氷山は下から縦に一直線に罅割れ、下向から真っ二つに切断された。
そのまま地上から浮かび上がり、雲を超えたあたりで絶望王は空中で停止した。

「ハハッ───」

雲を引き裂き、また火達磨のまま魔神王も上昇していた。
噴火で飛び出したマグマの岩石弾のように。
間合いを0へと詰めて、上昇する勢いのまま繰り出された手刀を鼻先で制止させる。
ぎちぎちと軋んだ音が魔神王の右腕から鳴り、ぼんっと破裂した音が響き、その腕が血肉と骨を弾けさせた。
消えた腕などまるで意に返さず、魔神王は絶望王から視線を逸らさない。
他人事のように、一切の怯みも恐怖も苦痛もなく。詠唱を唱え光の放流が絶望王を飲み込んだ。
数百の光の矢がただ一人の少年の身へと導かれ、その全てが空中で制止する。
瞬間、矢の向きは全てが強引に変えられその先端が魔神王を捉えた。


「黒ひげ危機一髪って知ってるか? 樽の中で動けないおっさんを甚振るゲームなんだけどさ、こんな感じだよ」


からかうように軽口を叩いて、その矢が数十先ずは射出される。
魔神王の両肩を貫く、血飛沫が舞いより瘴気が濃くなる。

二度、矢が射出。
腹を穿ち、胸を撃ち抜く。人間なら致命傷だが魔神王はやはり素知らぬ顔を崩さない。

三度、今度は太腿を貫く。
両足を流れる血管が破れ、割れた風船の中に溜まった水のように血が吹き出した。

四度、次は四肢の接合部を矢が切り裂く。
破裂した右腕を除く手足は空中へ放り出され、生きた肉体の一部から腐敗を待つばかりの生肉へと変貌した。

「大層つらまぬ児戯なのだろうな」

手足を捥がれ、達磨になった魔神王はやはり無表情。
子供の戯れに付き合い飽き飽きしたといった声色だった。

「ああ、やっぱ駄目だ。退屈だな」

制限を鑑みても人が生きては行けぬ瘴気の中心地にありながら、絶望王は鼻先で手を振る素振り以外は苦悶の表情すらあげない。

「珍しいことだ。汝と同じ結論とはな」

「どうかな? 乃亜のクソガキにやれば、大分楽しいと思うよ」

「では、いずれ試すとしよう」

手足のないまま、魔神王は加速する。
出来の悪いホラー映画のような、悪夢染みた光景だった。
血を撒き散らしながら、胴体に首が残されただけの黒髪の女が宙を浮いて突っ込んでくるのだから。

「迫力あるな。映画俳優に転職しろよ、引く手数多だ」

念動力の行使、掴まれた全身が皮を剥ぎながら進行を止まない。
ぺりぺりと皮が剥け、下の筋肉の繊維が露わになっていく光景は痛ましく凄惨。

不死身と言えど、痛みはあるだろうに。
そんな風に感心しながら、絶望王は面白そうに眺め続ける。

皮と肉が完全に剥がれた。
念動力で掴んでいた皮膚を脱ぎ捨てるように、肉が皮を滑り魔神王は離脱。
皮のない、四肢も喪い髪を振り乱した血だらけの裸体の女が飛び込んでくる。
グロテスクさという点では完璧にして壮絶だ。今時、スプラッタ映画でもそうそうお目に掛からない。
絶望王も口笛を吹いて、冷やかしながら笑みを消す。
虚空を蹴って、音速を越えた素早さで後退する。

「たくっ」

その進行先、絶望王の背には待ち構えていたように氷山が伸びる。
表面から茨の棘のように刃が生い茂り、絶望王が止まらなければ全身を貫き、血の噴水を全身から晒していた事だろう。
だが、止まった事で前方から飛んでくる飛来物が胸元へと飛び込む。
怨霊のような達磨女の手足が生えだし、その四肢で絶望王の矮躯を包み込む。
両手を首に、両足を腰に。
抱擁され、万力のように抱き締められた絶望王へ、魔神王は冷たい美声で囁く。

「凍てつくがいい」

その全身を冷気が伝う。
乾いた音が迸り、魔神王と絶望王に触れる大気の水分が凍結される。
それは絶望王の体内の水分すら例外ではなく、外からも内からも同時に凍り付く。
念動力による抵抗もむなしく、愛人を抱き締めるかのような苛烈な抱擁は緩むことはない。
貴方は私の物だと、強くその所有権を主張する。まさに激しい愛情表現のように。



「上手く行かねえよ、俺達」



氷の中で抱き着く美女と、抱き着かれる美男子。
ある種の芸術とも背徳的とも劣情にも駆られかねない、神秘的な光景は即座に消し飛ぶ。

「何たって趣味が合わない、そうだろ兄弟?」

氷が破裂し、透明の破片が弾き飛ぶ。
魔神王は引き離され、またもや四肢が吹き飛び血を吹き出す。
ふうと溜息を吐いてからコートの裾を持ち上げて、絶望王は汚れやシミがないか確認する。

「結構気に入ってんだ。汚さないでもらえるか」

埃を叩く素振りをして、絶望王は笑いかけた。
フランクな態度で、未だ馴れ馴れしい飄々とした言動は魔神王の神経を逆撫でさせる。
長く生きた中でこのような激情は抱いたことは、恐らくそうはないのだろう。
機械のように端的な表情を変えないまま、魔神王は軽口を無視する。

「やはり、な」

上空から降り落ち、コンクリートへ叩きつけられる。
目玉は飛び出し、口は衝撃で大きく裂けて歯茎まで露出し、全身はひしゃげて、髪は血で濡れより乱れ痛々しさに拍車をかけた惨死体が一つ完成した。
しかし、全身の部位が唸りだし再び人の形を取り戻していく。
そして、再生した右腕を伸ばし掌を空の絶望王へと翳す。ぐっと五指を握り締め、忌々しくも拳を震わせた。

「火力が足りぬ」

思えば、この島へと連れ去られてからもそうだ。
真祖の吸血鬼アーカードとの交戦に始まり、奴を終ぞ魔神王は殺し尽くす事が叶わなかった。
何処の英雄に討たれたか、知りようも知る必要もないが。
だが、魔神王ですら成しえぬ偉業を制した猛者が居たのは確かだろう。

次に出会った無惨も手玉にこそ取りはすれど、やはり滅ぼすには至らない。利用価値を見出したのもあるが、奴ですら殺すには一手仕損じた。

ニケなど、何故殺せなかったか甚だ疑問だ。魔神王が戦った中で最も弱き者であった。
機転の良さは認めよう。勇者に相応しき勇気を持つ者でもあるのだろう。
だが、強さでは魔神王には決して及ばない。勇者だからといえば、それが理由かもしれないが。

航海者ことネモすら殺せなかった。
あれのしぶとさは筋金入だが、やはりそれでも殺害には及ばなかったのだ。
力で言えばニケの次程度にはマシ程度の存在がだ。

「デモンズエキス、貴様も我を主とは認めぬか」

一つの理由として、魔神王はデモンズエキスを完全に制御下に置いていない。
そう、もしもこれがエスデスが操るデモンズエキスであれば、既にこれまでの交戦相手を一人は殺害していたのだ。
デモンズエキスにおける精神支配など、魔神王には通じないが、あくまで通じないだけに過ぎず。
強制的に使用しているだけに留まっている。
人ではない魔神の視点から、即座に時間の凍結という観点に着目し時間停止の世界に入門したのはエスデス以上の才覚ではあるが。
攻撃力という点では、デモンズエキスを摂取した量及び制限を差し引いても、エスデスにはまるで並びすらしていない。
元の魔法の行使も人間を駆除するだけならばまだしも、同格以上の魔神に匹敵する超人、超越者共を滅ぼすにはやはり火力が足りない。
それが、あの不死王との千日手の殺し合いへと発展し、決着の着かぬ闘争を引き起こしたのだ。

「ふむ…汝は必要だな、絶望王」

やはり、アーカードをも屠り去るだけの火力はこの先必要不可欠であろう。
その点では絶望王の念動力、日光すら支配しうる強大な超能力。
魔神王の魂すら燃焼させる蒼炎。
今の絶望王が喉から手が出る程に欲しい能力だった。

「必ずや、我が手中へと納める」

全身の再生を終え、その決定を告げる。

左手に真紅の宝玉を握り、右手に呪われし神格の魔札を手に。
一つは藤木茂が価値も分からず所持していた命の宝石。その名を賢者の石と呼ぶ。
命を生み出し、不老不死すら齎す極上の神秘。
対するは、死の権化、破壊の化身、冥界の王に従えし邪なる神格の一柱。
大地に刻まれし、封印された邪神達を統べる最強の一体。

「見せてやろう。汝の好きな余興をな」

大気が凍える。雲の流れすら速くなり、時間の先送りのように動く。
気付けば太陽の光すら遮る程に雲は密集する。
そして、雪が降り落ちた。
温厚な季節の島の中で、半径数メートルの範囲に限ってのみ氷河期が到来したのだ。
緩やかに落ちる粉雪が吹雪へと変わった時、魔神王はゆらりと立ち上がり手を空へと伸ばす。
その背後には、先程までは存在しなかった氷の城が聳え立っていた。
天候すら局所的に変える冷気を駆使して、大気中の水分をこれほどの造形物へと変貌させたのだ。

「大したオブジェだが、どうすん───」

普段の調子で言い放った軽口を途中で中断し、絶望王から笑みが消えた。
何時以来だ? 否、存在し始めてから初めての経験かもしれない。
危険という警鐘が全身を伝うのは、死という概念を間近に覚えたのは。

「究極の破壊を齎せ」

勇者ニケとの戦闘により、水銀燈に奪われたランドセル。
だが、その内の一つの支給品だけは魔神王自身が隠し持ち所持していた。
あの時点では使えなかった。使い道が存在しなかった。
だが、永劫使えずとも使われるよりはマシであると魔神王にすら言わしめる一枚のカード。
この魔札に秘められし邪悪なる神秘。

「最強の地縛神」

大地の刻印に封じられた神々。それはとある世界に於いて、紅蓮の邪神を除いてナスカの地上絵とも称され、地縛神とも呼ばれる神格。
一度召喚に成功すれば、あらゆる戦況を一転させる災厄のような強大な力を誇る。

「出でよ。Wiraqocha Rasca(ウィラコチャラスカ)」

名の通り、依り代となる領域を必要とする。地に縛られし神。
錨となる領域は用意した。この氷河期の世界と、その中央に位置する氷の城だ。
地縛神が必要とする魂という名の生贄(エネルギー)、だがこれも用意した。
賢者の石という名の無限に等しい生命の源。
そして使い手。
冥界の王により選ばれし、死人刺客でなければ担い手としては認められず。
だが魔神の頂。冥界の王にも並び立つ超越者、ならばその格は十分。

かくして邪神降臨の儀は、今ここに成る。

絶望王と魔神王を基点に赤紫の線が引かれ怪しく光を帯びて輝いていく。
それは上空から見下ろした時、一つの絵がE-3全域にコンドルの地上絵が刻まれていた。

「……ッ」

闇の中から放たれる邪悪なる黄金の輝きから閉ざされた翼が現出する。
それは巨大な怪鳥のものであることは容易に想像できた。
全長凡そ数十メートルは存在する圧倒的な巨体、全身を走る血管のような紫の光。
空を更に暗雲が覆い隠し、地縛神に呼応するかのようだった。
生贄たる者達を逃がさぬ牢獄のように、コンドルの地上絵はより輝きを強め炎のように蠢く。

「こいつは」

そうお目に掛かれるものじゃない。心底珍しいものを見たと、絶望王の表情は驚嘆に染まる。

「ポーラスター・オベイ」

絶望王の浮かぶ上空、更にその上の遥かなる天空に座した神は翼を広げ咆哮と共に息吹を放つ。
死と滅び、究極の破壊が絶望の王へと降り注ぐ。
より上の空を見上げ、絶望王は念動力を発動させる。対象はデカブツ、外す事は先ずない。
あの程度の巨体、持ち上げて軽々投げる等造作もない。

「なに?」

だが、絶望王にしか見えぬ魔手は邪神の実体を捉える事はない。
驚嘆がより深く刻まれ、舌打ちと共に蒼炎を打ち上げる。
掴めぬのなら燃やし尽くす。
この島で初めて加減というものを捨てた全力の一撃だった。
ありとあらゆる存在を燃焼しかねない王の炎は、あまりにもあっさりと無情に貫通した。
天空に佇む邪神がまるで幻影のように、そこには実在しないかのように。
蒼炎はただ虚空を舞う。


「乃亜、あのガキ……」


───子供の玩具にしちゃ度が過ぎんだろ。


邪神の息吹は紫の光を伴い、そして実体を持つエネルギーとして具現化した。





何が起こった?




絶望王はつい数秒前の記憶を辿る。
コンドルの怪物を前に、奇妙なブレスを吐かれた。
そこまでは覚えている。絶望王からの攻撃が一切透過し、あれは幻影のようにあらゆる攻撃を受け付けない。
それもまだ良い。

だが、あのブレスは避けた。避けた筈だ。

なのに、何故どうして仰向けてコンクリートの上で空を見上げる羽目になっている?


「チッ…」


全身を襲う尋常ではない疲労感、鉛のように手足が重く仰向けから起き上がろうとするだけで息が上がる。

「面倒な…もん、使い…やがって……」

氷の刃が投擲される。
速度は今までの比ではない。あまりにも、遅い。
絶望王にとって、目を瞑っても避けられる程度のもの。明かにこちらを舐め腐った一撃だった。

「ッ…グ、っ!」

横へ身を逸らし、そのままバランスを崩し転倒した。
全身から、全ての力を根こそぎ吸い上げられたようだ。
かつての尊大さもまた底知れない深淵さも、絶望王という器を満たしていた何かが残り一滴のみを残して全て消失したような。

「…クソッタレが」

震える膝を抑え立ち上がる。
コートに着いた砂埃を払う余裕すらない。

「随分な……ペット、だな…教えてくれよ、何処の…ショップで、買えるんだ…?」

胸の動悸は未だ激しく、上下に伸縮を繰り返し酸素を求めている。

外見からは損傷はないが、だが肉体を目に見えぬ呪いが蝕んている。
乃亜のハンデもあり好調とは言えない戦闘のキレではあったが、今のこれはそれとは全く別だ。
自身のあらゆる生気が消え去り、今にも膝を折りそうな程の強烈な疲労感と倦怠感、そして激痛が全身を襲っている。
念動力も絶望王の炎も、三日三晩常に全開で能力を行使したかのように負担が重い。

「その軽口も最後かと思えば名残惜しいよ」

魔神王は冷ややかに嘲る。
地縛神Wiraqocha Rascaの力は単純にして凶悪極まりない。
その発動の瞬間のみ、使用者のありとあらゆる攻撃手段を破棄した代わりに、相手の全ての力、生命、魂を摩耗させ、僅かばかりの灯を残す。
物理的な回避では、決して避ける事の叶わない絶対強制効果。

「我の勝ちだ」

邪神を従え、またその使い手も絶望王に匹敵する神格。
その二柱を相手取りながら、最悪の絶不調のコンディションでただの一撃も食らわず戦闘を終える等、不可能だ。
生殺与奪の権利は完全に魔神王に握られていた。

「軍門へ下れ」

魔神王は宣言する。

絶対の勝利は今ここに己に齎されたのだと。

破壊の権化は翼を拡げ、天高く咆哮を轟かせた。


「…そうか? まだ……チップは、残ってる。
 賭け(ベッド)は…出来るだろ」


初めて、絶望王に対し魔神王は憐れみを抱き、鼻で笑う。


「そうか……」


くつくつと得心がいったと言わんばかりに、魔神王は笑みを見せた。


「汝に似た者がいたよ。ああ、何処ぞの雑魚に後れを取り、散ったがな」


この島がまだ夜と月に支配された深夜、矛を交えた不死王の姿を思い起こす。


「奇妙な女だった。吸血鬼の身でありながら、我らを忌避する倒錯した愚者だ。
 似ているよ。汝は」


数言、交わした程度。それ以外に何ら記憶にも残らぬ敗者だった。
だが、あれは上位の吸血鬼であることに変わりはない。
ならばこそ何故、あれほどに魔神王へと憎悪とも嫌悪とも取れる感情を抱いていたのか。
あれだけの力量を持ち得ていながら、闘争を愉しむ戦闘狂でありながら。
何故、殺し合いに不満を持ち得ていた?
奴が望む闘争とやらを、不本意ながら交わしたが。
勝手に愉しむだけ愉しみながら、あれは心の奥底で渇きを抱いていた。それを隠しもしない。

「汝は何に羨望している?」

それが何か、魔神王に些かの興味もなかったが為に忘れていたが。ようやく、ここに来て何か理解した。
羨望だ。人の中に解け込みながら、不和を招く為に学んだ感情の一つ。
人はどうしようもなく、例え手が届かぬと分かっていながらも、近づけば焼かれると知りながらも。
空を目指し、欲するのだ。

「…………要らぬ」

冷たい笑みすら消え失せ。機械のような能面の表情で、魔神王は絶望王を見つめる。

あの何処ぞの雑兵に落とされた不甲斐ない不死王ならばまだしも。
この絶望の名を冠した王すらも、人間の持つ愚かな感情に支配されているのか。

最早、あれほど手にしたかった絶望王にも興味は失せた。

野原しんのすけを殺め、人間のフリをしながら無様な姿を晒し続けるフランドールなる恥晒しと同じだ。

魔神王と並び立つ価値すら、今は微塵も感じない。

元より、理解不能、殺す事も考えていたが。
改めて対面した時、やはり、その力を惜しいと思ってしまっていた。
だが、これがあの不死王の同類であれば、やはりどうあっても相容れない。
会話すら、時間の無駄な浪費にしかならない。

「消えろ、敗者」

指を鳴らし、絶望王を取り囲むように氷の刃が無数に生成された。
弱り切った絶望王では回避不可、対処不能。
過剰にも過ぎる攻撃の手は一切緩むことはなく、断頭台のギロチンのように放たれた。


何の未練もない。その力だけ、喰らいこの身に取り入れてくれよう。




◇◇◇◇




「ザケルガ!!」



呪文を叫びながら、これも意味のない無駄撃ちだろうとゼオンは内心で毒づく。
眼前へと迫る白の狂狼、ウォルフガング・シュライバー 。
地を蹴り上げて、一息でゼオンの反応すら追い付かぬ素早さで肉薄する。
対抗して放つは速射性に優れたザケルガ。
一直線にゼオンへと飛び込むシュライバーの顔面目掛け、ゼオンの掌から白雷の光線が迸る。

「気絶しないだけ、あの劣等よりはマシか」

感心するように、余裕を持ってシュライバーは評価を口にする。
ザケルガが触れる数㎝先で、ゼオンの視界からシュライバーは消えた。
それからノータイムで銃声が轟き、鉛玉が数百発ゼオンへと叩き込まれる。
縦横無尽に吹き荒れる魔弾の嵐は射手が何処から撃ち放っているのか観測させない。
まさに、目にも見えぬ速度で駆け回り、常に高速移動を続けながらその全てをゼオンへと精密に狙いを着けて連射を続けているのだから、驚嘆ものだ。

「一々癇に障る野郎だ…」

ゼオンのマントが意志を持つ手足のように撓る。
降り注ぐ弾丸を遮る盾となり、ゼオンを覆い隠す。
魔弾とマントが鉄を打ち付け合うような甲高い音を奏で続け、それを至近距離で聞かせ続けられたゼオンは眉を顰める。

「ラージア・ザケル」

延々と鼓膜を鳴らす不快音に痺れを切らし、ゼオンは新たな呪文を口にした。
ゼオンを基点として、その全方位に向かって電撃が拡がり放出されていく。
魔弾は電撃に触れた途端、莫大な電圧の前に蒸発し消失した。

「フン」

目線を数度動かし、ゼオンは口許を吊り上げる。
シュライバーの笑みに劣らぬ凶悪な悪辣さを表へ出していた。

「ザケル」

ラージア・ザケルの放出の停止と共にゼオンもその場から動く。
そして何もない空間へと瞬時に駆け、掌を翳し呪文を放つ。
掌から放出され、そして拡散し露散していく電撃の端で人影が飛び出す。
電撃の消失を待たずして、ゼオンは片手に担いだ鮫肌を振るう。

「───!!」

ザケルを避けた瞬間、ゼオンはシュライバーの前方へ回り込み、脳天をかち割る勢いで大剣を振り落とす。
上体を後方へ傾け、目と鼻の数ミリ先を鮫肌が迸る。
触れてこそいないが、接近しただけで異様な疲労感…魔力の類を食われていた。
ただの武器とは思っていなかったが、中々面白い性質の剣らしい。
シュライバーは感心したように口笛を吹く。それがまた、ゼオンには癪に触った。

「ガンレイズ・ザケル」

ゼオンの背から、八つの太鼓が円状に出現。
掌から無数の電撃の光弾が広範囲に渡り、シュライバーを覆うように射出されていく。
シュライバーは飛び退き、そして左方へと加速。合わせてゼオンの腕もシュライバーを追う。

「なるほどねえ…」

見覚えのある技だが、使い手が違うだけでも随分印象が変わった。
特にガンレイズ・ザケルはガッシュも同じ術を使用したものの、ほぼ牽制に留まっていたが、ゼオンはシュライバーの動きを見切り常に軌道を変更させている。
術の発動を意識を保つか失うかで、その性能に大きく差をつけていた。
技の精度、反応速度、身体能力。
全てがガッシュの上位互換。
唯一劣っているのは電撃の威力のみだが、これもパートナー不在が理由だ。
ゼオンは心の力ではなく、己の魔力のみで術を放ち、乃亜の制限により魔力での術の発動は弱体化を余儀なくされている。
クリアとの決戦に向け修行を重ねたガッシュの電撃は心の力を借りた威力であれば、魔力のみのゼオンの電撃を上回っていたのだ。
故にシュライバーも最初はその力量を図り損ね、酷似した二人の容姿を重ねゼオンを弟かと誤認した。

「そこだァ!!」

そして、頭のキレも悪くない。

ガンレイズ・ザケルを撃ち止め、ゼオンは疾走。
鞭のようにマントが無数に枝別れ、シュライバーの四方を行く手を阻むように撓る。
残された退路は後方のみ。
触れることを忌避する渇望は迷わず、回避を優先させそれが敢えて用意された退路であろうとも突き進む。

「逃がさん」

頭上左右をマントが遮り、シュライバーの眼前にはゼオンが迫った。

担いだ左手の鮫肌の柄を鈍い音が鳴るまで強く握り締め、翳した右手から紫電が散って乾いた音を猛らせる。
鮫肌を避ければ後方へ下がらざるを得ないが、後方以外の全方向をマントで封じた今、直線上であればゼオンの電撃が外れる道理はない。

叩き斬られるか、焼き殺されるか。

さあ、選ばせてやる。そう残酷に瞳を輝かせ、ゼオンは口許を釣りあげた。

「やるなァ、君」

雷の弾丸で回避先を限定し誘導、予め決めた地点へと先んじて動き、シュライバーの絶速に迫る。
まんまとシュライバーはゼオンに操られるようにして、罠に嵌められた。
ガッシュ単体では考えつきもしなければ、実行に移す事も出来ない芸当。
シュライバーが賞賛を送る程度には、ゼオンの技量は高められている。
わざとらしくシュライバーは手を叩く。子供の演劇にしてはそれなりの物を見せられて、少しばかり感心した保護者のように。

「丸焼きが好みか」

ゼオンの鮫肌が地面を砕いた。
シュライバーは拍手を崩さず、後方へバックステップを決める。
鮫肌の先へ飛び退くシュライバーを睨み、ゼオンは歯軋りした。
この状況を分かっているのか、あの馬鹿は。憤怒が渦巻く中で、疑問も生じる。
例え鮫肌を避けようと、この限られた直線の領域で逃げ場などない。数秒後にはゼオンの手で葬られる運命だ。
それを理解しないような、あっけからんとした態度でゼオンへの挑発も崩さない。
ただの馬鹿なのか、まさか別の奥の手を残しているのか。
しかし、それも次手の出方次第で全てが解消される。ゼオンは余計な思考を捨てて、呪文を詠唱した。

「ジャウロ・ザケルガ」

右手が白銀に煌めいた。
それらがゼオンの前方に放たれ、巨大な数メートルの円形を顕現させる。
その円周から発生した11の光線は射線を描きシュライバーへと収束していく。
速度火力共にシン級に次ぐ、ディオガ級の呪文を真っ向から捻じ伏せる高レベルの呪文。
憎しみに駆られながら、ゼオンの理性は冷静に戦況を捉えていた。
シュライバーに隠された切札があろうと、並大抵の物であればこの呪文で打ち砕ける。
仮に、それを粉砕するような技があろうと、それだけの大技を使わせ消耗させたことに変わりはない。
徐々にスタミナを削り、逃げ回るだけの余力をなくしバテた所を狩り取る。

「ハッ」

ゼオンの予想に反し、シュライバーはただ後方へと駆ける。視線はゼオンへ注がれたまま、背を先頭に後方へと飛び退く。
何も仕掛ける素振りは見られない。まさか、本当に状況を理解しえない馬鹿だったのか?

「何ッ?」

だが違う。
ジャウロ・ザケルガの電撃は、シュライバーを捉えきれない。後ろ向きに走り続けるシュライバーの髪先にすら触れられない。
人体の構造上、本来であれば脚力を完全に発揮できない体制であるにも関わらず、雷をも上回る驚異的なスピードを発揮している。
その事実はゼオンすら瞠目せざるを得ない。
直線状に一気に駆け抜け、シュライバーはマントと電撃のリーチから完全に離脱する。

「アッハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

降り注ぐ魔弾の嵐をマントで弾き、忌々しくゼオンは眉を顰める。
こんな光景は既に何度も見飽きた。つまらない豆鉄砲如きでは、ゼオンを撃ち果たす事など叶わない。
しかし、今度はシュライバーの姿がゼオンを以てしても、全く視界に収められない。

「舐めたマネをォ……!」

先程までは、本気を出さず速度を抑えていたという事実。
今、まるでゼオンすら目で追うことも叶わぬ神速こそが、シュライバーの本領であり真の実力。
加減していた。遊ばれていた。
その事実は、ゼオンの高いプライドを酷く刺激した。

「ラウザルク」

天から降り落ちる雷を受け、虹色の輝きを纏う。
マントを四囲へ一巡させ目障りな弾丸を薙ぎ払い、ゼオンもまた絶速の領域へ加速。
強化された身体は、先程までは影すら踏めなかったシュライバーへの肉薄を可能とした。
疾駆したシュライバーの眼前へゼオンが並走する。

「避けられる物なら避けて見ろ!」

手が流れるように動き、無数の残像が顕現する。
観音が持つ千手のような張り手の連鎖は、次撃が何処から放たれるものか感知させない。
シュライバーは足を止め、隻眼の視界の中から張り手の合間へ銃口を向けた。

「ジャウロ・ザケルガッ!」

「ッッ───!!」

シュライバーの銃口の先、ゼオンの姿はなく残されていたのは実体のない残像。
紡がれた詠唱は後方から響く。
張り手の残像はフェイント、シュライバーの矛先が向いたのと同時に残像を残しながら、高速でシュライバーの背後へ。
ラウザルクを解き、ほぼノータイムで次撃への詠唱を済ませる。

「ッ、グっ…!?」

シュライバーは振り向きざまに全身を旋回。僅かばかり半身になり、覆うように放たれた無数の光線を抜き去る。
次の瞬間、ゼオンの鳩尾へシュライバーの膝が突き刺さった。
肉体の内部を走る衝撃と鈍い激痛、喉元へと込み上げた吐き気。

「が…はッ…て、めぇ…」

何よりも、完璧なタイミングで仕掛けたジャウロ・ザケルガが呆気なく回避された光景にゼオンは、より憎悪を滾らせる。
左手の鮫肌を薙ぎ払った時にはシュライバーは離脱し、ゼオンの視界から消え去る。
腹を抑えながら、膝を着いて痛みを堪える等いつ以来だ?
王の息子として受けた拷問紛いの地獄の訓練の日々を除けば、こんな屈辱的な無様な姿を晒した事などなかった。

「ウフフ、アハハハハハハハハハハハハハ!!!」

けたたましい笑い声でゼオンを嘲笑い、不可視の神速を以てしてシュライバーが吶喊する。

ゼオンはマントで全身を包み、その下でラウザルクを詠唱。
全身が砕け散りそうな爆音と衝撃がマントを伝いゼオンを震わす。
数十近くの衝撃の後、防御に回したマントを解放し縦横無尽に撓らす。
マントを掻い潜り、肉薄したシュライバーへ鮫肌を突き立てる。
鮫肌の太刀筋からシュライバーが逸れ、ゼオンへと数百発の魔弾が撃ち込まれた。
額を肩を胸を腹を腿を。人体を穿つには過剰すぎるまでの弾丸に晒され、ゼオンは遥か後方へと吹き飛ばされていく。

「チッ、ゴミがァ!!」

数メートル後方、ゼオンは表皮から血を滲ませながら、肉体に稼働に一切の支障を来さず耐え来った。

「チャチな銃なんぞ使いやがって!」

か弱い人間を殺すだけならばともかく、魔物を殺すには明らかに火力不足。
自分自身で殴るなり蹴るなりした方がより効率よく殺傷力を得られるだろう。
そして、マントの攻撃もシュライバーは全て丁寧に避け続けた。
あの程度受けようが、ダメージなどほぼ無いに等しいというのに。

「敵の攻撃を恐れる臆病者がッ!!」

「僕に触れもしないノロマが吠えるなァ!!」

ゼオンの糾弾など何処吹く風、横合いから踵をゼオンの肩に突き刺し轢き飛ばす。
更にボールのように飛んだゼオンの進行先へ先回りし、その頬へ拳を打ち込む。

「グァッ!?」

跳弾するかのように再度飛ばされていくゼオンへ追い付き、その頭髪を鷲掴みにして顔面を地面に叩き付ける。
頬が減り込み、ゼオンの上でシュライバーが馬乗りになり抑え付けられる屈辱的な光景が広がった。

「ま、実験もこんなとこでいいか」

プレス機のように力を圧し込み、ゼオンの頭が潰れるまでの模様を想像しながらシュライバーは呟く。
シュライバーの目下の課題は制限により付与された疲労という概念の解消だ。
忌々しい制限が生きている内は避けられない障害だが、それらを和らげる方法ならば思い付く。
本来ならば絶対にありえないが、速度を落とし加減するという戦闘方法だ。
常に全速で戦闘を行うが故に、疲労という上限に達するのなら、そこに至る前での消耗を極力抑えてしまえばよい。
丁度都合よく、ルサルカを奪ったゼオンというそれなりの獲物も見付けた所だ。
仮にも一度、シュライバーを退けたガッシュの上位互換ならば実験相手としては上々。

「こんな回りくどい戦い、英雄のそれとは程遠いんだが…ま、君は中々の実験鼠だったよ。
 手応えはそこそこってとこかな。取るに足らない劣等を処するなら、このやり方でも十分らしい」

こんな下劣な犬如きが、雷帝と恐れられた俺が実験鼠だと?

憎悪がゼオンの中の血液を沸騰させそうなまでに募っていく。

「ラージア・ザケル!」

ゼオンの四囲へ拡散された電撃が放出。
シュライバーが手を離し、ゼオンから距離を空ける。
そのままゼオンも飛び退き、一気に体制を立て直した。

「ザケル!」

最も消耗を抑え、範囲及び威力も伴った初級呪文を選び詠唱。
掌から放たれた電撃はシュライバーに当たる素振りもない。
だがゼオンはザケル、ザケルガを基点に初級呪文の連打を続ける。

(ムカつくが……今は、コストの低い術で様子を見る。あの速さと真っ向勝負は分が悪い)

ガンレイズ・ザケルで行先を誘導する事は可能だった。
速度だけが膨れ上がっただけであろうとも、その動きの癖を見切ることでゼオンが攻撃を当てる好機は掴める。
だから、体力を温存しながらシュライバーを観察し勝機を見出す。それがゼオンの戦術。
例え不可視の超速度であろうと、視界に収める事すら困難であったとしても。
その破壊痕に始まり、醸し出される音などから移動先は割り出せる。
シュライバーとて生きた意志を持ち思考する生物であれば、必ず動きに一定の統一性であるパターンが存在しなければおかしい。
それを見つけ出す事こそが勝利への必須条件。

「雑魚技で様子見?…それガッシュ君もやってたんだけど、君はとことん弟の後追いが好きなんだねぇ?」

だがその戦術はガッシュとの戦闘で、既に披露された目新しさもないもの。
心底退屈そうにシュライバーは吐き捨てる。

「なんッ……」

屈辱に肩を震わせるゼオンを見て、シュライバーは溜まらずに笑う。
この少年は明らかにガッシュ以上の強者だが、ガッシュを絡めておちょくれば面白く反応してくれる。
 敗北主義者共と違い、意固地になり決して逃げを打たぬのも扱いやすい。

「それやられると結構面倒だからさ…」

だがこの島でのガッシュの頭脳たる一姫が導き出した戦術は、間違いなくシュライバーにとって有効であった。
現にシュライバーは、ゼオンへと近づけない。回避を優先する渇望の強制は、電撃の着弾を良しとしない。
なおかつ、射撃による攻撃もゼオンには大してダメージを通せない。
一姫のように目にした光景全てを精密にデータとして蓄積する極稀な頭脳を有しているかは別にしても、ゼオンの力量ならばいずれシュライバーの動きにも適応しだすのも明白。
一々わざわざ、それを待ってやる義理もない。

「僕、もうあっちに行きたいんだよね」

何より、既にシュライバーの興味はゼオンから移ろいでいる。
春先の温厚な季節には似合わない粉雪、急激な天候変化と共に吹雪が舞う異常気象。
それに合わせて現出された氷の魔城と上空に座する怪鳥
シュライバーが付け狙う青コートと女が交戦している方角だ。
自身の斜め先に拡がる、それらの景色を一瞥する。

(連中め…何をしてやがる)

ゼオンもまた目の前の気狂いを相手にさえしていなければ、好奇心と興味に惹かれあの戦場へと誘われていたに違いない。

「良い舞台だろ? なのに、僕だけ仲間外れだなんて寂しいじゃないか」

あれはこの世界とは別の存在、顕現された神格。どちらが使役しているのか、あるいは両者共通の敵かもしれないが。いずれにせよ、盛り上がってきているようだ。
このエリア一体に突如として広がる紫の光の線も、あれが何か絡んでいるに違いない。
実に面白く、狩り甲斐のある獲物たちが自分をのけ者にして争っている。
そんなこと、シュライバーが認められる筈がない。主役たる英雄の参上があってこそ、舞台はより盛り上がるというもの。

「そういうわけなんでね、君もう邪魔で用済みだから消えちゃってよ」

とにかく、シュライバーの関心はゼオンからほぼ失せた。
青コート達の祭り騒ぎに、シュライバーも急いで参加せねばならない。
舐め腐った態度に、ゼオンのこめかみに青筋が浮かぶ。
邪魔なのはどちらか、思い上がった煩累な愚者はどちらか知らしめてやる。

「アンナ、力を貸して」
「ま、しゅら……」

ゼオンの怒りなどまるで意に返さず、シュライバーは明後日の方向へ顔を向けた。
二人の交戦から、身体を這わせて離れようとしたルサルカ。
気付かれぬように慎重に時間を掛けて、だが迅速に。
必死に努力を重ねて、二人から離れていた途中だった。
そこへ冷水を被せるようにシュライバーは声を掛けた。そんなのは全部お見通しなんだよと、嘲笑うように。

どうして、急に私に声を掛けるのよ!
戦闘開始以降、完全に自分の事など忘れて目の前の戦争に没頭していた戦争馬鹿の癖にッ!

苛立ちから内心毒づく。それに、えも知れぬ恐怖がルサルカを襲う。
不味い、とにかく危険だ。
這いつくばったままの姿勢で、最早立ち上がることすら困難だったが。
ルサルカは意識と、ダメージ回復に充てた魔力を一時的に己と同化した聖遺物に回す。

「ハハ」

だが遅い。シュライバーにとっては、永久に等しい程に鈍い。
シュライバーは一息に駆けてルサルカの傍らに佇む。

「やめ…おね……」

そのまま頭を掴んで持ち上げた。
異様な光景である。小柄な少女とはいえ、人間一人を片手で持ち上げるなど。
その気安さは最早人を人として扱っておらず、魔性の怪力と共に人の道理からも完全に逸れた行いだ。
最早、ルサルカを物としか見ていなかった。

「アッハハハハハハハハハハ!! アンナの愛が僕の武器だァ!!」

人ではなく物として扱うのなら。
それは道具としての活用法があるということに他ならず。
シュライバーは野球の投手のように、ルサルカを投擲した。
素人染みた投球フォームだが速度は異次元、剛速球の如く流星染みた速さでゼオンへと吸い込まれる。
迎え撃とうと放出したザケルは、流星となったルサルカに触れるも勢いを殺し切れない。

「ぎゃ、ガッああああああああああ!!」

「邪魔だァ、雌猫ォ!!!」

「ごっ、ッ!?」

ザケルを突っ切り、全身を黒焦げになるまで焼け爛れたルサルカをゼオンは殴り飛ばす。
歯が数本口から飛び出し、血飛沫を上げながらルサルカは地べたを転がって苦悶の声を漏らした。

「グランシャリオォ!!」

頭上から咆哮が轟き、ゼオンが見上げたのとシュライバーが漆黒の竜を纏い急加速して落下してきたのはほぼ同時。

「ザケ───」
「遅いんだよォ!!」

電撃が放出する寸前、シュライバーの踵がゼオンの眼前へと迫る。
ゼオンの手首を越えて、上腕と交差するまでにシュライバーの蹴りが伸びていた。
間に合わない。ルサルカを武器にした投擲に気を取られ、隙を生んでしまった。
コンマ数秒の後、ゼオンの頭を粉砕し脳みそをミンチにされる。
その後、勝者となったシュライバーが降り立つ。勝敗は決した。

「発動しろ!」

そう、ゼオンの持つ切札さえなければ。
シュライバーの勝利は決して揺るがなかった。

「なッ……?」

シュライバーが最後に見たのは、既に鮫肌を手放し二枚のカードを握ったゼオンの姿。
突如として前触れもなく発生した漆黒の渦と、それに反発するように生成された白い光の渦巻き。
その二つが触れ合い衝突した時、シュライバーは全身から全ての感覚が消失した。

「お前ッ!?」

逃れようとしても逃れられない。恐らく、創造まで使わねば脱出不可の引力が渦の中心に蠢いている。
為す術なく、光速すら引き込むブラックホールにシュライバーは飲み込まれ。
そして、飲まれた物を吐き出すホワイトホールへと転送されていった。




◇◇◇◇


い…し───し

お……ろ……



おい! しっかりしろ!!



身体を揺さぶられて数度声を掛けられる。最初は要領を得ず、言葉として認識出来なかったそれを、ようやく意味のある言語として捉えた時、龍亞の意識は完全に覚醒した。
傍らにはシカマルが居て、龍亞を揺すっていたのは彼のようだった。
それからまだぼやけた視界を目で擦り辺りを見渡してみる。
屋内に居た筈が、何故か周りの景色は建物に囲まれた市街だった。


「シカマル? ……なんで、俺、あれ…」

「分からねえ」


意識が飛ぶ前の記憶を龍亞は思い起こす。
そう、藤木という少年を何とか無力化した後に、地縛神の気配を察知しシグナ―の痣が光った。
地縛神は召喚時に、使用者と対戦相手以外の一定範囲にある魂を取り込むという恐るべき性質がある。
シグナ―の自分の近くに居れば全員、それらの影響を受けることはないと説明し。
だが、召喚された地縛神の力はきっと途轍もなく強い、今はここから全員で逃げた方が良いと龍亞は力説した。

それに反対する者は居らず、満場一致でモチノキデパートからの撤退が決定されたのだったが。

「黒い渦巻きだ。あれに俺達は吸い込まれたんだ」

「…もしかして」

意識を失う寸前、参加者を吸い込む黒い渦巻きを見た、これらの材料から一枚のカードの効果が龍亞の頭に浮かぶ。

「ブラックホール? だけど、俺の知るカードならプレイヤーへの効果はなかったんだけど…」

デュエルモンスターズでも、メジャーな全体除去カードの一枚だ。
サンダーボルトが禁止されていた時代では、代用の汎用除去として幅広いデッキに投入されていた事もある。
だが、プレイヤーそのものへ直接干渉する類の効果は持ち合わせていなかった。

「乃亜が何か効果を改変したんだろ」

参加者の戦闘能力にハンデと称して、様々な制約を捻じ込める。
カードの効果にも改変を行ったとしても不思議はない。

「…そうだ。早く、戻らないと地縛神が!」

龍亞は逡巡してから、焦ったように身体全体をモチノキデパートへと向ける。


「待て」


「待てないよ!」


地縛神を倒せるとは考えていないが、シグナーが傍に居る事で魂を奪われる人を多くでも減らす事ができる。
犠牲者を抑える為にも龍亞はあの場所に戻らねばならない。
ネモや梨沙達も、あのままでは魂を奪われてしまう。


「先ずネモ達は恐らく大丈夫だ、俺らみたいに飛ばされてる。
 あと、地縛神の魂を奪うって話だが…確証はねえが、多分乃亜のハンデの対象だ。
 お前が居なくても、参加者の魂を奪うことはないと思う」


シカマル達がこうして飛ばされた以上、ネモ達がそうでない理由はない。
モチノキ・デパートに滞在する者達全てが、同じようにブラックホールに飲まれたと考えていい筈。
そして地縛神の魂を奪うという性質、深く掘り下げて聞けば街一つ分の人間の魂すら食らいつくす埒外の力だ。
だが、それは殺し合いに大してあまりにもバランスを崩壊させる力に他ならない。
元からバランスなど考慮していない参加者の選抜だが、これはそもそもそれ以前の問題。
島の真ん中で召喚でもされれば、半数以上の参加者が地縛神の毒牙に掛かる。
乃亜もそれは望むところではない。
ならば、制限を施され支給品として配ったと考えるのが妥当だ。

「それでも梨沙やしおって子が誰か一人になったら」

「……これから、探す。ネモやフランもきっとそうしてくれる」

せめて、どちらかと一緒に飛ばされてくれれば安心できるが。
梨沙一人が孤立したとなれば、この殺し合いで生き残れる可能性は皆無に等しい。
しかし肝心の居所が分からない以上、闇雲に動き回る訳にもいかない。

(梨沙の居所、やはりモチノキ・デパートか…?)

強いて言えば、やはりモチノキ・デパートがお互いに見知った施設であるが。
梨沙が飛ばされたエリアも不明かつ、近々禁止エリアにもなる。
近辺で藤木が拡声器を使用した事といい、地縛神の召喚は多くの参加者が目撃している可能性が高い。
マーダーがあの辺一体に集まったとしたら、それらがブラックが魔神王と同等の実力者であれば近づくリスクは高い。
しかも、すぐに禁止エリアとなってしまうのなら、梨沙の居場所によってはそう寄り付かないだろう。
リスクを犯して戻っても、徒労に終わりかねない。

(あとはライブ会場か、第三芸能課事務所のどっちかってとこだが)

元の世界でなじみ深い施設になるが、果たして寄ってくれるかどうか。
桃華という知人との合流を考えるのなら、あり得そうだが。

ネモとの合流、梨沙の探索、ブラックの行方。
その他、自衛手段の新たな確保。
シカマルはこの先やらなくてはいけないことを思い浮かべ、頭痛がしてきた。



【一日目/日中/F-6】

【奈良シカマル@NARUTO-少年編-】
[状態]疲労(大)
[装備]シャベル@現地調達
[道具]基本支給品、アスマの煙草、ランダム支給品1、勝次の基本支給品とランダム支給品1~3
    首輪×3
[思考・状況]基本方針:殺し合いから脱出する。
0:梨沙を探す。
1:殺し合いから脱出するための策を練る。そのために対主催と協力する。
2:梨沙と再合流してーが…ブラックは早々死なねえだろ。
3:沙都子とメリュジーヌ、魔神王を警戒
4:……夢がテキトーに忍者やること。だけど中忍になっちまった…なんて、下らな過ぎて言えねえ。
5:我愛羅は警戒。ナルトは探して合流する。せめて、頼むから影分身は覚えててくれ……。
6:モクバを探し、話を聞き出したい。
7:ブラックは人柱力みてえなもんか? もし別人格があれば、そっちも警戒する。
[備考]
原作26巻、任務失敗報告直後より参戦です。
ネモが入手した首輪の解析データを共有しています
ネモと契約しました。令呪二画でマリーンズを5人口寄せできるようになりました。
影縫いのコツを掴みました。今後、安定して使用出来るかもしれません。


【龍亞@遊戯王5D's】
[状態]疲労(大)、右肩に切り傷と銃傷(シカマルの処置済み)、殺人へのショック(極大)
[装備]パワー・ツール・ドラゴン&スターダスト・ドラゴン&フォーミュラ・シンクロン(日中まで使用不可)
  シューティング・スター・ドラゴン&シンクロ・ヘイロー(2日目黎明まで使用不可)
龍亞のデュエルディスク(くず鉄のかかしセット中)@遊戯王5D's
[道具]基本支給品、DMカード2枚@遊戯王、ランダム支給品0~1、

モチノキデパートで回収した大量のガラクタ[思考・状況]基本方針:殺し合いはしない。
0:梨沙を探す。
1:首輪を外せる参加者も探す。
2:沙都子とメリュジーヌを警戒
3:モクバを探す。羽蛾は信用できなさそう。
4:龍可がいなくて良かった……。
5:ブラックの事は許せないが、自分の勝手でこれ以上引っ掻き回さない。
6:誰が地縛神を召喚したんだ?
[備考]
少なくともアーククレイドルでアポリアを撃破して以降からの参戦です。
彼岸島、当時のかな目線の【推しの子】世界について、大まかに把握しました。


【くず鉄のかかし@遊戯王5D's】
龍亞の不明カードの内の1枚。
デュエルディスクにセットすることで効果を発動できる。
相手一人の攻撃を一度だけ無効化する。
その後、デュエルディスクに再セットされ1時間後に発動可能。
何かの効果で破壊され再使用不可状態となった場合、6時間のインターバルが必要。



やった…やったぞ。僕は助かったんだ!!

何が何だが分からないけど、急に何かに吸い込まれて僕は意識を失った。
気付いた時には、デパートから遠く離れた場所に居たんだ。

そ…そうか、僕は間違ってないんだ。
だって僕は生き残りたいだけなんだ。本当に悪い奴なら、僕はもう天罰が下っているはずだろう?

ふ…フフフ、僕は死なないぞ。生き残ってやるんだ。

だ、だけど…ちょっと頭を使う必要があるかもしれないかな?

う…うん……。


『デパートで言ってた永沢って人、きみの友達だよね。なら、どうして皆に言ってくれなかったんだ。
 シカマルもネモも…きっと、助けてくれたよ』

う…うるさい! うるさいんだよォ!!
しょうがないだろ! シカマルの見た目、結構怖いし…そんな殺し合いを邪魔するようなこと言ったら、乃亜に僕が殺されるかもしれないじゃないかァ!!
なんだよあいつ!!
知った風な口聞くなよ!! 畜生!!!
お…落ち着くんだ。
これから、僕はいい子のフリをして誰かの仲間になるんだ。
そして油断した隙をついて、電撃で殺す。
完璧だ。



この先、僕は暗殺者になる。



だから…待ってておくれよ。永沢君…。
き…君をちゃんと、生き返らせるから……。



【E-7/一日目/日中】

【藤木茂@ちびまる子ちゃん】
[状態]:ゴロゴロの実の能力者、シュライバーに対する恐怖(極大)、自己嫌悪、ネモに対する憎悪、左肩に刺し傷、永沢君が死んだ悲しみ
[装備]:ベレッタ81@現実(城ヶ崎の支給品)
[道具]:基本支給品、拡声器(羽蛾が所持していたマルフォイの支給品)
グロック17L@BLACK LAGOON(マルフォイに支給されたもの)
[思考・状況]基本方針:殺し合いに乗る。
0:何とかシュライバーとまた会うまでに10人殺し、その生首をシュライバーに持って行く。そうすれば僕と永沢君は助かるんだ。
1:次はもっとうまくやる。
2:卑怯者だろうと何だろうと、どんな方法でも使う。
3:無惨(魔神王)君と梨沙ちゃんを殺しに行く。
4:僕は──。
5:梨沙ちゃんよりも弱そうな女の子にすら勝てないのか……
6:暗殺者として参加者を殺害していく。
7:永沢君……。
※ゴロゴロの実を食べました。
※藤木が拡声器を使ったのは、C-3です。










『ジャック、ガムテ。てめえらの元に、金髪と黒髪の女を送る!
 そいつらは好きにしろ!!』

『ゼオンは?』

『どうしても消さなきゃならないゴミがいる。他の連中は適当に飛ばす。
 こっちが終わり次第、俺から合流しに行く。ガキ二人を殺したら待ってろ!』


カードの発動前、ゼオンはジャックに念話を送り指示を出す。
宝具の性質上、有利に立てるフランはジャック達が殺す。
他の連中に関してだが、ゼオンも構っている暇はない。
ここまで従順だった褒美にフランと梨沙はジャックにくれてやるが、残りの連中分のドミノは看過できない。
ゼオンを上回る武装でも得られれば厄介だ。
その為に地点を特に定めず適当に飛ばした。



───ジガディラス・ウル・ザケルガ!!!



己の最大呪文を撃ち放つのに迷いは微塵もなかった。
残された魔力全てを注ぎ込み、ゼオンはその呪文を口にする。
ゼオンが修練の末、手にした力の結晶。
巨大な両翼を携え、二角を頭部に冠した破壊の雷神。
首から下、腹部に空いた奈落の風穴はゼオンの憎しみの深さを発露するように底が見えない。
白銀の雷が風穴に結集する。


『ZIGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』


雷神の雄叫びは、天穹を背に思い上がった地を這う羽虫を赫怒するかのように。
モチノキ・デパートを揺るがし、エリア全域にけたたましく轟く。

「……お前、ェ───」

次の瞬間、憤怒の雷が地上全域を覆う。
雷神が見下ろし、破壊を齎そうとするのはただ一個の人。ウォルフガング・シュライバー。

「もう逃げ場はねえぞ!!」

ゼオンはブラックホール発動後、巻き込まれたシュライバーをホワイトホールでジガディラス・ウル・ザケルガの真下へと転移させた。
当然転移先を知っているのは、カードを使用したゼオン自身。
必ず現れるであろう地点に狙いを定め、電撃の力をより溜めて放電。
シュライバーの転移後に、既に放たれた咆哮と電撃はシュライバーに回避の隙すら与えない。
雷の鋩はグランシャリオに触れていた。
生きとし生ける、全てを葬り去る破壊の閃電は全てを飲み込んだ。

どんなに速かろうと、動かしさえしなければその神速も発揮しない。

ゼオンの怒りを破壊に変え、雷神は雷鼓をより強く木霊させてシュライバーの周囲数百メートル。
モチノキ・デパートの前方に広がる市街すら飲み込み、灰燼と化す。
あらゆる建造物が雷の槌により粉々に砕かれ、木っ端微塵に粉砕された。
ゼオンの想像した以上の破壊だった。
目前に広がる景色は何もない焼け野原、粉塵のように極微に砕かれたコンクリートが砂煙と共に、舞い上がって風に吹かれていく。

「ハァ…ハァ……はは……」

あの軟弱者がこれだけの雷を受ければ、原形もとどめず生きてはいまい。
一瞬にして平野に変えてみせた電撃の威力は、そう断定するに足る破壊痕であった。

「ハハハハハハハハハハハ!! 生意気な口を聞きやがったゴミが!」

量眉を上げてから、その後すぐに口許を釣りあげて。
怒声のような高笑いを上げ、ゼオンは自分自身に言い聞かせるように叫んだ。
手こずりはしたがこの手でシュライバーは葬り去った。
バオウを受け継いだガッシュですら、殺せなかった男をこの手で倒したのだ。
苦しい修行の末手に入れた自分自身の力で!!

「首を洗って待ってろ、ガッシュ。次はてめえだ」

その顔を浮かべる事すら憚られる。反吐が出そうな苛立ちを覚えながら。
ガッシュとその身に宿した雷竜を消し去る様はさぞ絶景だろう。
怒り心頭に発しながら、口許は避けたように笑みをより深く刻み肩を震わせた。

(……しかし、あれは何だ?)

砂煙が止む素振りを未だ見せない中、氷の魔城に縛られるように天空に佇む邪神。ブラックホールにすら全く干渉されていない。

モチノキデパートすらジガディラス・ウル・ザケルガの余波を受け半壊しているというのに。
全くの無傷のまま、無機質に空を漂っていた。威力が足りなかった訳ではない。
電撃そのものが、あれには届いていなかったのだ。姿は目に写るが、あれは幻影のようなもの。

(あの氷の城は…あっちの女が創り出したもの。奴が召喚したのか)

主なき邪神はいずれ姿を消すだろう。
支給品の力だろうが、あんなものが存在するとはゼオンとて驚きだ。
いずれ、この手中に納めることが叶うのなら。絶望王と魔神王にも届き得る剣になる。



「形成───Yetzirah(イェツラー)」



流麗な声だった。
ゼオンにとって、既知感あふれる一声。先に狩った、ルサルカが操る影の力と同質だ。


「暴嵐纏う破壊獣───Lyngvi Vanargand (リングヴィ・ヴァナルガンド)」


だが、同質ではあっても品質は全く違う。
蓄えられた怨念と憎悪、浴びせられた血の量も桁違い。
ゼオンですら眉を顰め、あまりの血の臭気に顔を歪ませた。
少なくとも万単位で、あれは人を殺し続けている。
砂煙が割れるように風圧で二つに別れ、そのシルエットがはっきりと視認できる。
単眼のヘッドライトが、ゼオンを照らす。

ZundappKS750。
ドイツの軍用バイク。戦争の為、大勢を殺し血肉を貪り尽くした、それだけが存在証明の恐ろしくも冷たい血の通わぬ獣。
シュライバーの愛機であり、共に戦場を走破した魔性の機獣にして聖遺物の正体。


「……やってくれたね」


機獣の咆哮はゼオンの魂すら震撼させる。
たかだか機械のエンジン音が、これだけの魔性を帯びる。その異常性と共に、そこに至るまでに繰り広げられた殺戮劇を予想せずにはいられない。
乗り手たるシュライバーは声を震わせて、怒りとも悲しみとも嘆きとも区別のつかない弱弱しい声だった。


「どうしてくれるんだよ。銃がなくなったら…君に触らなくちゃいけないじゃないか」


シュライバーは無傷、ジガディラス・ウル・ザケルガが通じなかったのではない。
避けたのだ。バイクに跨り、そして雷の到来…既に竜の鎧の表面に触れるだけの至近距離をバックで後方へ飛び退き、そして市街をも巻き込む大規模な電流の放流すらからも逃げ延びた。
最早、慣性や物理法則を完全に無視し超越している。本来前進することを前提として開発されているであろうバイクを後進で初速からトップスピードの速度を発揮させるなど。

臆病者、ここに極まりか。ゼオンは業腹なのを隠しもせず吐き捨てる。
何処までも何処までも逃げ続け、口だけは大層な似非英雄め。
もっとも、そんな下等な小物に一撃も見舞うことの出来ない力量差にも腹が立つ。
どれだけの苦しい修練と、研鑽を積んだと思っている? バオウすら、この手で打ち倒せると強く確信を持って言えるだけの力は手にした筈なのだ。
だが、現実として目の前に拡がる光景は、ガッシュが退けた敵ですら倒しきれず手を焼いている大醜態。
まるで、ガッシュが自分よりも優れバオウを受け継ぐに相応しいと、そう認めたくない事実を突き付けられているようだ。

「ふざ…けるな……」

もっともガッシュとの交戦時、シュライバーは形成を封じられており。更にとガッシュはパートナーを含めて実質5対1。
ゼオン以上に恵まれた戦況での交戦だったのだが、そんなことをゼオンは知る由もない。
あるのは憎しみだけだ。
己の脆弱さにも、目の前のゴミにも、そして…そして、バオウを奪い父からの寵愛を一心に注ぎ込まれ、民間の学校で遊び呆けて暮らしながら、何の犠牲もなく強大な力まで手に入れた、全てを手にした恵まれた弟。

消してやる。

青筋を立て、ゼオンは憤怒を込めて拳を震わせた。
横に下ろしていた鮫肌を手に取り、怒りのままに地面へと叩き付ける。
機獣の咆哮に勝るとも劣らぬ、悲痛と憤激の轟音が轟いた。

「黙れよ」

無傷ではあったものの、シュライバーの手には銃は存在しなかった。
本体のシュライバー自身の回避には成功したが、銃だけは電撃に触れ完全に消し飛ばされた。
だから、もう触れるしかない。
散々ゼオンに触れてきておきながら、矛盾した倒錯した思考回路。
完全に切り替わった思考は、渇望(ほんしつ)へとより近づいた証である。

「Siィィィィィeg Heァァァァァァァァァァilッッ───!!」

音を置き去りにして、狂獣が猛り狂う。獲物に牙を打ち立てんと疾駆した。
ゼオンは微動だにせず、鮫肌を構えて待ち受ける。

「ぐ、グオオオオオオ!!」

馬鹿正直に鮫肌へと吶喊を噛まし、ZundappKS750が剣に触れた。
異能を喰らう妖刀の性質はこの瞬間発揮される。
ルサルカの影すら刈り取り無力化したこの大食らいの剣は、目の前に齎された絶好の御馳走を前に舌なめずりしたことだろう。
だが、全身を木っ端みじんに破裂させそうな衝撃だけを残して、鮫肌は何の魔力も食らう事は叶わなかった。
遥か後方へ弾き飛ばされ、横合いからの衝撃を受けて更に吹き飛ばされる。
背後からの気配を鋭敏に感知し、剣を振るい二度目の邂逅。
棘の生い茂った刀身と無骨な軍用バイクの車輪が触れ、やはり鮫肌はその飢餓を満たすことなくゼオンごと飛ばされる。

「忌々しいゴミがァッ!!」

鮫肌が魔力を食らうより先に、バイクが離れている。
二度の接触でゼオンが出した結論だ。
あまりの速度に鮫肌の処理能力が完全に追い付いていない。ヒットアンドウェイの要領で触れてインパクトを与えたのと同時に、鮫肌から後方へ退いて捕食を免れている。
ふざけた光景だった。
バイクという前進することを前提とした機械、しかも加速しきった状態で瞬時に速度を緩めず、後進へと移行する。物理法則を完全に舐め腐った不条理だった。

「があああああああああ!!!」

4度5度6度、前進を車輪で轢かれゼオンは空中に打ち上げられる。その滞空時間の間に更に数度機獣を駆り、シュライバーゼオンへと吶喊する。
残された僅かな魔力を流しマントに編み込み全身に貼り付かせ、そしてラウザルクを重ね掛けし肉体の補強を図る。
それらは功を為し、体に打撲痕を作り血を滲ませながらもゼオンは四肢の一つも欠損せず、五体満足で存在し続けていた。

「ハハハハハハハハハハハハハ!!!」

白の狂獣の狂笑が木霊する。
それは、己の絶対勝利を決定付けた者の笑いだ。
形成を繰り出したシュライバーの神速をその身に受けて、生存し続けているゼオンの実力は間違いなく高い。
この島でそれを成し遂げられる者が他に何人いるか。ゼオンの行ったそれは偉業の域にある。
だが、戦況は完全な防戦一方であることに変わりはない。
徐々にマントを削られていき、全身をすり減らされいずれは白騎士の轍となるのは確定事項だ。
残された魔力もほぼ全てを、最大呪文に注ぎ込んでしまった。
魔力の回復に専念し続けているが、今の防御が破られるのも時間の問題。
戦術眼に長けるゼオン故に、それが間に合うことはないと悟ってもいる。

「……くっ、こんな…ところで、ェ…!!」

無駄な足掻きだ。辛うじて死なぬよう自分の命を守り続けているのは。
この先、どうあろうと勝機を見出し逆境を打破する一手が浮かばない。
残り1分と経たぬ間に、魔力も尽き、マントを操る燃料を失いラウザルクも解除され、狂獣に血肉を喰い千切られる。


───おやおや?


ゼオンはランドセルに手を入れて、一つの黄金を掴んでいた。


───良いのかい? 素人の癖に呪物に手を出すマヌケって言葉、全部君に返ってくるよ。


脳裏に響く、半日前に惨殺した奇術師の嘲るような声。
無論、あの右天本人のものではない。右天の姿を模したゼオン自身の思考の表れだ。

確かに、このまま防戦を続ければゼオンは殺される。だが、一つだけ手がないわけではない。

右天から回収した支給品の一つ。
円形の装飾がありその中央にウジャトの眼を模した三角形、円周には五つの鋭利な棘が携えられた奇抜なアクセサリー。
首からぶら下げるのを目的とした物なのか、丁寧に首に引っ掛けられる程度の長さのある紐まで結んであった。

───道化の僕ですら、手を出さなかった曰く付きだよ。

黙れ。

───そんなものに手を出すなんて、君は道化以下の能無しかい。

黙っていろ、三流マジシャンがッ!

───身の丈を超えた力は身を滅ぼす……誰かのご高s…。

ごちゃごちゃうるせえ、すっこんでいろ!!

確かに、これは特級の呪物だ。ゼオンも一目で理解しまた右天も使用方法が分からず、嫌な予感を覚えてランドセルの底に眠らせたままにしていた。

「俺とてめえじゃ、格が違うんだよ!」

その呪物の名は千年リング。
古代エジプトにて、99の命を生贄に錬成された呪われし秘宝。
大邪神の邪念を秘めた、最悪の宝具。

「さあ、千年リングよ! 俺に力を寄越せ!!」

ゼオンの首から下がる千年リングが金色に輝き。額にウジャトの眼が投影される。

「ラージア・ザケル!!」

ラウザルクを解除し、迸る力のままに呪文を詠唱する。
枯渇した魔力に代わり心の力が充填され雷へと変換。
電撃の結界がシュライバーを遠ざけ、吶喊の連撃がこの瞬間打ち止められた。

「…ほう」

電撃の火力不足はゼオン自身の課題だった。
パートナーが居ない以上、心の力を借りれず本来のゼオンの力を出せない。
だが、ゼオンにとってパートナー足るのはあの青年を置いて他にはいない。ジャックなど以ての外だ。

「千年リングから迸る憎しみ…こいつが、心の力の代わりとなるわけか」

生贄に捧げられたクル・エルナ村の住民達。
その怨念は3000年を過ぎた今も絶える事無く、千年リングの中に渦巻いている。
ゼオンの持つガッシュとそして父親への憎しみに同調するように、雷には心の力が乗せられていた。
単独で魔力を消費し放った電撃の数倍も威力はある。

「付け焼き刃で図に乗るなァ!」

車輪とマントの摩擦によって、引き立つ鈍い音は鳴り止まる事を知らない。
電撃の結界が撃ち止んだ途端に目ざとくさらなる吶喊を仕掛ける。
千年リングから齎されるのは憎しみの心の力だけに留まらず、魔力もまた流出しマントの燃料として浪費されていく。
俊敏さを取り戻したマントは突きのラッシュを繰り出し、バイクを駆るシュライバーは全てを掻い潜る。
ゼオンへと肉薄しギロチンのように振りかぶった車輪をムチのように変形したマントが受ける。
バイクは生物のように飛び抜き、後方でアクセルターン。
円を描くように激走しゼオンの背後へ回り、背中に車体を打ち付ける。

「ッ───」

使い切ったスタミナを回復させたものの、現状のパワーバランスを完全に引っくり返せた訳では無い。
神域の速度は、邪神の邪念を足してもまだ埋め尽せぬ絶対の差がある。
直撃を受けた鮫肌から伝う破壊の圧力はそれを雄弁に訴える。
ゼオンの怪力を以てしても、腕に痺れを感じさせた。

「まだだ」

しかしゼオンの瞳に諦観はない。

「Labe Leb und laB mich sterben───!」

お国言葉を紡ぎ、完全な会話を放棄したキレた独り言。

「頭に来てんのは、俺もだ。ゴミが」

幾度かの吶喊の後、再びシュライバーは飛び退いて距離を空けた。
撤退のそれではない。助走を付けるのが目的だ。
流星となり、隕石の如く全てを悉く粉微塵の轍に変えてやる。
そのような、意志と殺意を籠った一時的な溜めだった。
魔性の域で行われるヒットアンドウェイは、全てコンマ1秒以内に行われる。
ゼオンが呼吸を一つ終えるのを待たずして、新たな破壊を世界に刻み込むのだろう。
だが、ゼオンは眉を上げて、挑発するような視線をシュライバーの青い隻眼にぶつけた。

「いい加減、僕の轍になれェッ!!」

ゼオンの視線に誘われるように、機獣の冷たい鉄皮の下、冷血の燃料を燃焼させる。
狂獣の叫びを轟かせ、機獣の咆哮を伴わせてシュライバーは魔性の高速世界へと一人突入する。
音速の数百倍、何者をも振り切り、誰にも触れさせはしない。シュライバーしかいない、シュライバーだけの世界。
触れようものならば、その悉く有象無象どもを轍へと変えてやろう。
触れた事すら、認識出来ぬ程に高めた絶速の世界で。
シュライバーに届く者だと、誰一人として居ようはずがない。
居るとすれば、シュライバーの空いた穴をただ一人埋める。あの黄金の獣に他ならない。
それにも劣る比べる事すら烏滸がましい、褪せた白銀の劣等如き。決してこの身に届く筈がない。

「邪神よ! この俺に従え!!」

千年リングを掴み、ゼオンは凍てつく空に座する地縛神へと号令を発す。
冥界の王の力の一端たる地縛神は、冥界からの刺客(ダークシグナー)かあるいはそれに比類する異界の神格でなければ忠誠を誓わない。
だがこの瞬間、ゼオンの首には冥界を統べる邪神の思念と怨霊達の憎しみが込められた呪物が存在していた。
そして仮初の主である魔神王は黒渦の中に消え不在。
顕現時間を超えるまで沈黙を続けていた地縛神は、新たなる主の邪念と憎悪を合図に再び咆哮を轟かせる。

「磨り潰してやるよォ! 劣等ォ!!」

遅い、遅い、遅い。
怪鳥が空を舞い、破滅の息吹を吹こうとも。
そんなのろまで愚鈍な吐息で、自分に触れられると思うな。穢れた害獣が身の程を知れ。
アクセルを吹かせ、機体の燃料をより燃やし、シュライバーはより上の速度を発揮。
ゼオンのつまらぬ最後の足掻きすら許さず、轢き殺す。

「……そいつは、どうかな?」

盾になるマントを圧倒し、極致まで高めた魔性的速度で押し潰し轢殺する。
シュライバーの想定は前半までは叶えられた。車輪がマントを轢き、速度から齎された膨大な破壊がゼオンを粉砕する。その寸前にバイクが消失したのだ。

「───……!!?」

真っ先に想像したのが、乃亜によるハンデ。以前の孫悟飯との戦闘でも同じことがあった。
だが、消失した時の感触が違っていた。
乃亜のハンデは封じられた触感だ。そこにあるのに、鎖で縛られ引き摺りだす事が叶わくなったような。もどかしさもあった。
今回のそれはまるで、剥奪されたような。喪失感、何より封じられたのではなく維持が出来なくなった。
それだけの力が完全に根こそぎ奪い去られたような。

何より、何故自分は今土煙の中に居る? 何故粉塵の中で佇んでいる?
あのブレスが直撃したようではないか?

Wiraqocha Rascaはあらゆる生気を吸い上げ、僅かな食余だけを残す。
それはエイヴィヒカイトの担い手にはより直接的で暴食的な効果として現れた。

そう、シュライバーの簒奪した18万を越える魂が残り1つだけ残して全て消失したのだ。

そしてその力は物理的な回避を無力化する。


「ぐ、ごっォ……!?」


シュライバーの腹部に衝撃が走った。グランシャリオを纏った事で、直接触られたとは認識されない。
ダメージも最小限に留まっている。
たが、グランシャリオがなければ致命傷へと至っていた。
それはシュライバーが膝を折るには十分すぎる痛打。
形成から活動に戻った事で、渇望のランクも下がったことも影響しシュライバーは未だ混濁した狂気の中で、まだ意思疎通も可能なまでの冷静さを保っていた事で、狂乱の真の力の顕現も遠のいていく。
故に膝を汚す醜態を晒す羽目になる。
崩れ落ちるシュライバーを見下ろして、白銀の眼光が蔑みの色彩を放っていた。

「おま───ッ」

脳天を上部から揺らされシュライバーが鎧越しに顔面を地中に埋める。
その上から、ゼオンの足が置かれ踏み潰すように力が込められていた。

「どうした? 加減してやってるんだぜ。起きろよ、待っててやる」

金縛りに掛けられたように、頭部に込められた膂力はシュライバーから自由を奪っている。
全く力が出せない。絶対回避の渇望から、このような無様を晒す事が先ずありえないが。
こんな人外とはいえ子供如きに、シュライバーが力負けしているという事実に。
グランシャリオの防御力がなければ、完全にシュライバーは死んでいた。

「……もう良い、てめえは死ね」

ザケル。

冷淡に紡がれた詠唱から電撃が放たれる。
突如として白骨の巨狼が現出する。
ゼオンを体当たりで突き飛ばし、シュライバーを口で咥えそのまま前方へ疾走。

「逃がすか」

やれ。

一言、下知を下す。
地縛神Wiraqocha Rascaは下降し、その巨体を以てしてシュライバーを押し潰そうとする。
大翼をはためかし地上より数十メートル浮かび、狂風を吹き荒らし上空からシュライバーとその式である巨狼へ狙いを付ける。
空を背に急下降し漆黒の飛鳥が神の鉄槌の如く下る。
巨狼はシュライバーを口から離し、身を翻してWiraqocha Rascaと激突した。

「そ…うか……!」

肉と皮のない骨だけの体をWiraqocha Rascaがすり抜けていく。
地縛神はあらゆる攻撃を受けず、また如何な防御も使役する魔物すらも無視して後衛の命を奪い去る。
故に防御は意味を為さず、全てを回避するしかない。
辛うじて残った微小な力を足に込め、シュライバーは再び神速の世界へと舞い戻る。
背で轟く振動音、大気を揺らし地面すら揺り動かすが。破壊そのものは矮小そのもの。
クレーターどころか、亀裂すら起こさない。

そうか、そういうことか。

ゼオンもシュライバーも一瞬にして全てを理解する。
相手の生気を奪い去る特殊効果を前提として、この神自身に攻撃性能はほぼ皆無。
強制衰弱の能力に攻撃力などいらない。
成功さえすれば、ただの一撫でで相手を絶命させかねないのだから。
生気を奪う力は強力無比だが、逆に言えばそこまでの力。
それ以上もそれ以下の結果も齎す事はない。

「どんな攻撃も受け付けないのなら───!!」

巨狼が吠え狂い疾走、ゼオンの横合いへとターンを決める。

「どんな攻撃も防げないって事だろォ!!」

ゼオンと巨狼の間に割り込むWiraqocha Rascaを透過して、巨狼は莫大な衝突音を醸し出す。
マントを翻し即席の盾とし鮫肌を振るうがその前に跳躍。
頭上からその巨体さから想像も付かぬ身軽さを発揮して、前足をゼオンへ叩き付ける。

「銃、が……!」

回避したゼオンへ銃撃を叩き込もうとして、既に頼みの武装は完全に消失している事を思い知らされる。
現状のシュライバーは渇望を抜きにしても、ゼオンへ近づくのは危険だ。
衰弱した体調では速くは走れるが、肉薄後確実な回避へと移行出来る保証がない。
業を煮やす事だが、この瞬間のみシュライバーは己の出しきれる全速に疑いを挟んでいた。
起こり得てはいけない屈辱にして、大醜態だ。
黄金の近衛、最も早く忠誠を誓った獣の牙、不死の英雄の行いでは到底ない。

まるで、まるで忌み嫌う敗北主義者のようじゃないか!



「ウオオオオオオオオオオォォォォ!!!」


踵を振り上げ、コンクリートを打ち砕く。
衝撃で上方に舞い上がったコンクリート片を拳で殴りつけ、その全てをゼオンへと叩き込む。
1つ1つはただのコンクリートでも、シュライバーが残った魔力を圧し込めることで簡易な魔弾石としての体を成していた。

「ぐおッ…!!?」

全身を受ち付ける魔弾。
明かに連射性、速射性、込められた魔力も、全てが銃撃と比較して劣悪そのものの劣化だが、勢いに煽られたままゼオンの矮躯が僅かに宙へと浮かんでいく。
千年リングの力を借りたとて、ゼオンもここまでの戦闘で体力を消耗し続けていた。
そして、銃を失った事で遠距離からの銃撃は完全にシュライバーの攻撃手段から取り除かれたと判断し、僅かな油断もあり対処が遅れた。
二つの要因が絡み合い、コンクリート片を全身に打つけ付けられ。
ほんの刹那、一瞬の身動きの取れぬ滞空時間の間に巨狼の薙ぎ払いが直撃する。

「ゼオン・ベル…弟諸共、必ず僕が殺してやる……!」

怒り心頭のまま言葉を発する。

「てめえ……」

だが、怒り心頭なのはゼオンとて同じこと。

「俺とガッシュを同列に語るんじゃねえ!!!」

テオザケル!!

吹き飛ばされる中、ゼオンが放った雷光が世界を照らし。
それが終焉の合図だった。
シュライバーは己が味合わされた屈辱に耐えながら、全速力で逃亡を開始。
ゼオンも最早それまで。
追いかけるだけの気力も残らず、膝を折る。そのまま肩で息をした。




「ジャック…奴はもう、終わったか……」



足を引き摺りながらゼオンはこのエリアから離れようとする。
派手に暴れ過ぎた。
今、あの青コートか氷の女とかち合えば、ゼオンの敗北は必須。
もうじきに禁止エリアにもなる。長居は無用だ。

ジャックとガムテとの合流を考え、ゼオンはゆっくりと歩き出した。


「…憎悪の力、悪くねえ。それに邪神か…全てを俺が従えて、バオウを超えた力を手にするってのも面白い」


その小さな背には、未だ鳴りを潜めぬ強い憎しみを背負ったまま。
呼応するように、胸の秘宝は金色に光る。
地縛神もまた顕現時間を超えて、消失していった。



【モーゼルC96@Dies irae 破壊】


【E-3 /1日目/日中】

【ゼオン・ベル@金色のガッシュ!】
[状態]失意の庭を見た事に依る苛立ち、魔力消費(極大)、疲労(極大)、憎悪(極大)
[装備]鮫肌@NARUTO、銀色の魔本@金色のガッシュ!!、千年リング@遊戯王DM
[道具]基本支給品×3、ニワトコの杖@ハリー・ポッターシリーズ、
「ブラックホール」&「ホワイトホール」のカード(2日目深夜まで使用不可)@遊戯王DM
ランダム支給品3~5(ヴィータ、右天、しんのすけ、絶望王の支給品)
[思考・状況]基本方針:優勝し、バオウを手に入れる。
0:別のエリアでジャック、ガムテと合流。
1:ジャックを上手く使って殺しまわる。
2:絶望王や魔神王に対する警戒。更なる力の獲得の意思。
3:ガムテは使い道がありそうなので使ってやる。ただ油断はしない。
4:ジャックの反逆には注意しておく。
5:ふざけたものを見せやがって……
6:千年リングの邪念を利用して、術の力を向上させる。地縛神も手に入れたい。
[備考]
※ファウード編直前より参戦です。
※瞬間移動は近距離の転移しかできない様に制限されています。
※ジャックと仮契約を結びました。
※魔本がなくとも呪文を唱えられますが、パートナーとなる人間が唱えた方が威力は向上します。
※千年リングの邪念を心の力に変えて、呪文を唱えられるようになりました。パートナーが唱えた場合の呪文とほぼ同等、憎しみを乗せれば更に威力は向上します。
 千年リングから魔力もある程度補填して貰えます。
※魔本を燃やしても魔界へ強制送還はできません。



【ウォルフガング・シュライバー@Dies Irae】
[状態]:疲労(超々極大 時間経過で回復)、ダメージ(超々極大 時間経過で回復)、魂残り1つ(時間経過で元に戻る)、形成使用不可(2日目深夜まで)、創造使用不可(真夜中まで)、ゼオンに対する憎悪(極大)、欲求不満(大)、イライラ
[装備]:修羅化身グランシャリオ@アカメが斬る!
[道具]:基本支給品、沢山のコンクリート弾。
[思考・状況]基本方針:皆殺し。
0:最優先で銃を探す。しばらくは物を投げるしかない。
1:敵討ちをしたいのでルサルカ(アンナ)を殺す。
2:創造が使用可能になり次第孫悟空を殺す。孫悟飯?誰だっけ。
3:ブラックを探し回る。途中で見付けた参加者も皆殺し。
4:ゼオン、ガッシュ、一姫、さくら、ガムテ、無惨、沙都子、カオス、日番谷は必ず殺す。特にゼオン。
5:ザミエルには失望したよ。
6:黒円卓の聖遺物を持っている連中は、更に優先して皆殺しにする。
7:でかい女(シャーロット・リンリン)を見つけ出し、喧嘩を売って殺す。
8:どいつもこいつも雁首揃えて聖遺物を盗まれやがって、まともなのは僕だけか?
[備考]
※マリィルートで、ルサルカを殺害して以降からの参戦です。
※殺し合いが破綻しないよう力を制限されています。
※形成は一度の使用で12時間使用不可、創造は24時間使用不可
※グランシャリオの鎧越しであれば、相手に触れられたとは認識しません。


【千年リング@遊戯王デュエルモンスターズ】
右天に支給。
古代エジプトで錬成された七つの千年アイテムの一つ。
人を生贄に捧げ作られた事から、呪われた秘宝ではあるが特に千年リングは大邪神ゾーク・ネクロファデスの邪念が込められていると思われる。
原作でもマハードが特別に魔力を割く事で、千年リングの邪念を封じ続けていた。
今ロワでは、闇バクラ等の闇人格は決して表に出る事はない。所有者及び身に着けた参加者の人格を乗っ取ることも不可能。ゾークの復活も禁止。
ただし、邪念が人格に徐々に影響を与える可能性は残されている。
更に人格に影響を及ぼす事柄に関して、説明書には一切書かれていない。
魂を別の物に封印する能力も、所有者自身の魂のみ。
封印できる対象は同時に一つ。
封印していた魂も、本体が死ねば消失する。
参加者と魂を封じるのも禁止。


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