アットウィキロゴ
ダンゲロスSS上海
掲示板 掲示板 ページ検索 ページ検索 メニュー メニュー

ダンゲロスSS上海

EP0・上海らぶこめ奇譚

最終更新:

dangerousss_shanghai

- view
管理者のみ編集可
EP0.#1 出会いは場末の路地裏で

 【百年節】の祭りまであと数日と迫ったあの夜。魔幇の上層部では組織の至宝である【清王朝のダイヤ】が奪われ、大混乱となっていた。
 その翌朝にはダイヤを奪われる大失態を侵した運び屋たちの死体の山が、高層ビルの巨大スクリーンに映し出され、上海全体を巻き込んだダイヤ争奪戦が始まるのだが、俺の運命の分岐点も、丁度その前日に起きようとしていた。

 その当時の俺はというと、そんな混乱もつゆ知らず、三年付き合った玉麗(ユーリー)と別れ自棄酒を呷っていた。

「チキショー! 俺が堅気じゃねぇのがそんなに嫌だったのかよぉ!」

 堅気じゃないといっても今の俺の立場は【魔幇】の全体からすれば末端も末端。吹けば飛ぶような弱小組織の一構成員だ。そもそもうちの組織自体本職ヤクザらしい仕事をここ一年やっていない。ほぼほぼ善良な市民といっても過言ではないのである。それなのに……

 白酒と紹興酒をしこたま飲んだせいかアホ程酔いが回り、気分が悪くなる。俺は店のオヤジに会計を渡して帰途につく。こんな時はサッサと家に帰ってふて寝をするに限る。

「あ~あ、どっかに素敵な出会いとか転がってねぇかな?」

 こんなうすら汚れた場末の路地裏で期待するような事では無いと分かっていても、ついついぼやいてしまう。
 だが、俺のそんな望みを神は酌んでくださったのか、ありえない奇跡が起こったのだ。

「そ……そこのお兄さん!」
「あぁ?」

 不意に声を掛けられ、後ろを振り向く。
 すると、一人の若い女がこちらに駆け寄ってきた。

「お兄さん! 助けてアル!」

 女の顔を見た俺は、一瞬視線が固まる。
 訳が分からんくらい異常に顔が良い。顔がいいだけならまだしも、俺の好みどストライクなのだ。キュートな編み込みのお団子ヘアー、白く透き通るような肌、スッと引かれたような細い眉、睫毛の長い大きな目、細く通った鼻筋、気品あふれる緋色の紅を引いた可憐な唇。その全てが完璧だった。

 何ちゅう出会いをさせてくれたんや。何ちゅう出会いを……。
 こんな可愛い顔は見たことない。いや、そやない。何十年か前に夢に出てきたような気がしないでもない。可愛い、ほんま可愛い。これに比べると山岡はんの鮎はカスや。

「あの……お兄さん?」
「ああ、すまねぇ。一体どうしたんだ?」

 情けねぇ。このグイェンさんともあろうものが、一瞬でも女の顔に見惚れるなんて。いやでもマジ可愛いなこの娘。

「変な奴らに追われてるアル! 一晩匿って欲しいネ!」

 ちょっと待って!? 何その神展開! これ合法的に一夜を共にして良いってやつ!? なんか逆に怪しいんだけど!? 罠だろこれ?
 しかしもう一人の俺が必死になって訴えかける。罠でもいい! 罠でもいいんだッ!! と。
 そんな煩悩に一瞬思いを巡らせていると、少し遠くの方から、喚くような怒声が聞こえてきた。

「おい! そっちはどうだ!?」
「居ねーよ! どこ行きやがったんだ!?」
「まさか自分の意思で逃げられるなんて。流石伝説の至宝ってことかよ!」

 声の主たちは明らかにこの娘を探している。見つかったら厄介そうだ。
 彼女は不安な表情を浮かべつつも、ばつが悪そうに再び口を開く。

「ごめんアル、通りすがりのお兄さんに頼むコトでは無かったアルね……」
「いや、よくぞ俺に声を掛けてくれた。ついて来な、裏道を通れば上手く撒けるはずだ」

 俺は彼女を先導し、声のする方を避けながら慎重に帰ることとなった。幸いにも出合い頭エンカウントはなく、十数分ほどで家につく。
 部屋の明かりをつけ、俺は彼女に熱いお茶を振る舞う。しかし自分の家だというのにとても落ち着かない。馴染み切った自分の部屋に不自然に咲く、あまりにも可憐な一輪の花。

 ああもう認めてるよ、俺はこの娘に一目惚れしちまってる。そんなザマで落ち着ける訳ねーだろ!

「ま、まずは事情を聞こうじゃねーか。俺はグイェンてんだ」
「私の名前は……っ……」

 彼女が突然言葉を詰まらせる。訳ありなのか名前を明かせないらしい。
 まあ誰が敵か分からないこの状況じゃ無理もない。

「ああ、無理に言わなくていい。だけどアンタをどう呼ぼうかね……?」
「私の名前……お兄さんに決めて欲しいアル」
「へ?」

 彼女からの思いがけない提案に目を丸くする。こんな可愛い女の子の名付け親になれと? これネーミングセンスを試されてないか?
 下手な名前は付けられない。俺は必死に頭を働かせ、この世の可愛いを具現化したような彼女のイメージにピッタリな名前を思いつく。

「桃と……猫……タオマオなんてどうだ?」
「タオ……マオ……?」

 彼女は一瞬真顔に戻る。いかん、もしかしてやっちゃいました?

「……タオマオ……うん。とっても素敵な名前ネ」

 名前を貰った彼女がニッコリと微笑む。おい待てその笑顔は反則だろ、ドキドキしすぎて心臓が持たないのだが。
 タオマオはお茶を飲み一息つくと、追われていた事情を説明し始めた。

「【清王朝のダイヤ】って、聞いたこと無いアルか?」
「ああ、もちろん知っているが……」

 【清王朝のダイヤ】。上海黒社会に関わる者ならば誰もが知っている、【魔幇】究極の至宝にしてその絶大な権威の象徴。逆に言えばそのダイヤの存在を知るタオマオは、どこかしらでこの黒社会に繋がりを持つ者となる。

「それならば話は早いアル。実はその【清王朝のダイヤ】がどうやら何者かに奪われたらしいアル。不確定情報なんだけどネ」
「何だって!?」

 タオマオの言うことがマジネタだとしたら一大事だ。実質的な組織の権威と言ってもいいほどの宝石を奪われた【魔幇】の怒りは凄まじいものとなるだろう。一つ間違えばこの上海全土が火の海になるくらいのことは、容易に想像できる。

「【魔幇】の上位組織は、既にダイヤを確保するため動き出しているアル。そして私を追っているのは、そんなダイヤ捜索班の一部のギャングたちネ」
「おいちょっと待て。まさかタオマオ……アンタ……」
「違うアル! 私は実行犯なんかじゃないし、このダイヤ騒動に関して、直接的には無関係アル! ただ……」
「ただ……?」

 タオマオは迷いの表情を見せる。今思えば、これから自分の言うことが突拍子もない妄言だと思われるのだろう。そんな感じの表情だった。

「私、どういう訳かそのダイヤと間違われてしまう(・・・・・・・・・・・・)特異体質らしいのネ……」
「ダイヤと、って……その【清王朝のダイヤ】と……?」

 タオマオは黙ってこくりと頷く。
 にわかには信じがたい話だが、ここ上海は多種多様な魔人たちが蠢く伏魔殿。そういう誤認を引き起こす能力者(・・・)が居ても不思議ではない。
 それに追っ手の一人が、少し引っかかる発言をしていた。「流石伝説の至宝ってことかよ」と。

「……アンタその体質で今までよく平気だったな」
「ダイヤが盗まれる前は、そんな誤解されること無かったアルよ」

 つまり彼女の体質発現はダイヤの盗難と連動していた……? そんな偶然があるのだろうか? それにその誤認はどういう訳か俺には及んでいない。仮に魔人能力だとしても、その法則が分からない。

「なあタオマオ、アンタのその特異体質、任意で解除することはできないのか?」
「それは……無理アルね」

 常時発動型の能力、これは益々厄介だ。要するにタオマオは本物のダイヤが【魔幇】の手に戻るまで、ダイヤと誤認され狙われる確率が高い。

「なるほど。事情は良く分かったよ。だがそうなると、闇雲に外に出るのは危ないな……」

 【魔幇】のダイヤ捜索がこれから本格化する中、現状で取れる選択肢は限られてくる。ほとぼりが冷めるまで上海を出て身を隠すか、ここでしばらく匿うかだ。しかし前者は早いうちに行動を起こさないと動けなくなる可能性が出てくる。後者はなんつーか、色々と倫理的な問題がですね……。

 するとタオマオは、少し顔を赤らめて口を開く。

「それなら……私のこと、しばらくここに置いてくれないアルか? もちろん宿代と護衛代は用意するアル」

 なんとタオマオ自ら後者の案(同棲ルート)を提示して来た。これなんてエロゲ?

「いやちょっと! こんな狭い家で大丈夫? 何つーか、プライバシーとか色々筒抜けですよ!? 年頃の女の子がそんな大胆な」
「だって、今私の姿がダイヤに見えなくて信用できる人、グイェンしか居ないアル」
「そ、それは……」
「お願いアル……グイェン……」

 タオマオは両手で包むように俺の手を握り、上目遣いで訴え掛けてきた。待て待てタオマオ流石にその潤んだ眼はあざと可愛すぎるのだが?
 そんなタオマオの庇護欲かき立てムーブに、あろうことか俺は思春期のガキみたいに顔が熱くなる。はい負けた。完全に俺の負けです。知ってたけど。

「し……仕方ねぇ。乗りかかった船だ。しばらく面倒見てやるよ」

 正直俺自身、タオマオと一緒にいることで理性をコントロールできる自信は無い。彼女を連れて家に帰る時もワンチャンいい思いデキんじゃねと思ったのも事実だ。

 けれど今はそれ以上に、彼女の力になりたい。
 彼女を狙うすべての敵から、護ってやりたい。

 だって、さっき会ったばかりの俺のことを、『信用できる』と言ってくれたんだ。
 この魔都の最下層で、ダニのように生きるこの俺のことを頼ってくれているんだぜ。

 ならば、その信頼に全力で応えてやらなきゃ男が廃るってもんだろうがよ!!


 こうして、謎の美少女タオマオと、この俺グイェンの奇妙な共同生活が始まることとなったのだ。





 ただこの生活、たったの一日だけだったんだけどな!


EP0.#2 愛の逃避行

 翌日。
 彼女の信頼に応えたい気持ちが勝ったせいで結局R18展開には至らず、俺は一晩中眠れぬ夜を過ごした。布団こそ別だが部屋が狭いせいでタオマオの寝顔がかなりの至近距離。この生殺しに耐えた俺をもっと褒めてくれ。

 その一方で、明るみになったダイヤ強奪のニュースと例の公開処刑映像で世間は大混乱。
 俺は自身が所属する組織【点心會】のボス、嗣信(スーシェン)からの臨時招集に顔を出す。まあ構成員は俺含め4人しかいないのだが。

 案の定要件は【清王朝ダイヤ】盗難事件の大まかな経緯とその事件の犯人捜しについての方針だった。とはいえ、ニュースで報道されている以上の重要情報はこんな弱小組織に流れてくるはずもない。

 だが仮に【清王朝のダイヤ】を見つけ出し、【魔幇】上層部に上納することが出来れば【点心會】は弱小組織を卒業し、上海黒社会において大きく地位を向上させることが出来るだろう。
 しかし俺にとってそれ以上に重要なのは、この事件を解決すればタオマオの安全が確保されるということだ。
 ならばただ成り行きを見ているだけではなく、出来れば俺自身の力で本物のダイヤを見つけ出したい。

 そんな中、意外にもボスの意見は慎重なものであった。

「【清王朝のダイヤ】は大きなチャンスじゃがの、同時に最大の厄ネタじゃ。ひとたび手に入れれば上海中の魔人から付け狙われることとなるのは必然。基本的には静観じゃな」

 ボスの言うことにも一理ある。うちのような武装も頭数も貧弱な弱小組織が上海全体を敵に回して生き残れるはずがない。
 だがボスは『基本的には』とあえて言っている。ボスがこういう言い回しを使うときは、棚ぼた、漁夫の利パターン等の例外ケースにおいて、柔軟に対応していいということだ。

「まあヌシら、何か有力な情報を掴んだら真っ先に知らせるのじゃ。くれぐれも早まってくれるなよ」

 【点心會】としての方針としてはこのように決まり、緊急会議は解散となった。

 早く帰ってタオマオの顔を見たい。新婚ほやほやの旦那のような心持ちで組織の拠点を出ようとすると、背後から突然肩を掴まれる。

「聞いたぞグイェン。お前玉麗(ユーリー)ちゃんと別れたんだって?」
「てめぇ、相変わらずの地獄耳だな、こういうことに関しては……」

 仲間の一人、朱鳳(ジゥファン)はニヤニヤしながら俺の失恋を煽る準備をしている。こいつなりの励ましなのだろう。

「こういう時は反省会だろ? いつもの店でパーっとやろうぜ」
「ああ、今日のところはちょっと勘弁してくれねぇかな? もうちょっと心の整理をしてから飲みてぇんだわ」
「なんだよ? 連れねぇな。いつもなら脊髄反射で食いつくくせによ」
「昨日の自棄酒も残ってるし、あんまそういう気分になれねぇのよ。悪ィな、せっかく誘ってくれたのによ」
「まあ、三年も付き合ってこの結果だから相応のダメージもあるわな。分かったよ」

 ジゥファンの誘いを丁重に断り、俺は小走りで拠点を後にする。直帰で戻りたいところだが、そうもいかなかった。
 タオマオの生活用品を買い揃えないといけない。俺はショッピングモールに立ち寄り、外を出歩けないタオマオに代わって、彼女に渡されたメモ書きリストにある古着や雑貨類を買い足す。 
 こうして買い物をしていると、疑似同棲生活の実感がわいてくる。いや、浮かれている場合じゃないのは十分わかっちゃいるが、あの可愛すぎる笑顔を思い出すと、自然と顔がにやけてしまう。

(いけねぇな、昨日から調子が狂いっぱなしだ。もう少し気を引き締め直さんとな)

 買い物袋を引っさげ、家に戻る。わずかな不安から来る緊張と共に。

「グイェン! お帰りアル!」

 家ではタオマオが俺の帰りを心待ちにしていた。俺はほっと胸をなでおろす。
 俺のいない間、もしかしたら彼女はここを立ち去り、二度と会えなくなってしまうのではないかと気が気じゃなかったのだ。

「よぉ、いい子にしてたか? タオマオ」
「勿論アル! グイェンが居ない間、家探しして2冊ほどのスケベブックなんて見つけて無いアルよ!」
「おいちょっと待て! 何してやがる!」

 コイツ、こんな状況なのに意外と余裕あるな。

「仕方ないアルよ。掃除中の不慮の事故アル」
「えっ、あっ! マジかよ!?」

 ここで俺はこの部屋が整理され、綺麗になっていた事にようやく気付く。どんだけタオマオしか目に入って無いんだよ俺。

「もしかして、ありがた迷惑だったアルか?」
「いや……タオマオ、ありがとうな。大分住みやすくなったよ」

 俺は感謝の言葉が自然と口に出る。何なら少し感動して泣きそうにもなってもいる。

「ふふっ、居候させてもらっているから当然ネ」
「お前……本当にいい女だな……」
「何言ってるネ! 照れちゃうアル!」

 タオマオが顔を赤くしながらパシリと俺の肩を叩く。そんな仕草も可愛い。
 それはそうと、俺は気持ちを切り替え、うちの組織の方針と俺自身の今後の行動をタオマオに伝える。

「俺は独自にダイヤの情報をかき集めてみる。大丈夫。こんな状況、すぐに何とかなるさ」
「グイェン、周りはダイヤを狙う敵だらけアル。くれぐれも気を付けるネ」
「タオマオも他の人間に姿を見られないよう気をつけな。特に堅気じゃなさそうな人間は避けろ」

 すると突如、俺のスマホから着信音が鳴り響く。一瞬ドキッとするが、何のことはない。発信してきたのは先ほどのジゥファンだった。

「おう、どうしたジゥファン」
「いや、ちょっと確認したいことがあってな。今すぐそこにいるんだ。出てきて貰えるか?」
「おう、わかったぜ」

 珍しいこともあるもんだ。しかし少し厄介だ。たとえジゥファンだろうと、タオマオの姿を見られればダイヤと誤認されるケースもありうる。変な誤解をされる前に今の状況を話しておくべきだろうか……。

「タオマオ、ちょっと待ってろ。すぐそこで俺の仲間が待ってるらしい」
「グイェン……」
「上手くいけばあいつの協力も取り付けられるかもしれない。タオマオはここで大人しくしててくれ」

 俺は彼女の額に人差し指をかざし、魔人能力を発動させる。

「——【玄武印】」

 指先から光の印が現れると、俺はそれを彼女に押し当てる。光はタオマオの全身を包み込み、護りの盾となる。

「グイェン、これは……?」
「俺の能力だ。まあ護りのおまじないってやつだな」

 大丈夫かとは思うが、念のため、ってやつだ。

「すぐに戻る。そのあと飯にしよう」

 俺はそう言って、玄関から外に出た。
 すると通りの向かいには、ジゥファンともう一人の仲間、虎眼(フーイェン)がいた。

「よぉ、お二方。どうしたんだ?」
「いやな、今日のお前、何か妙にソワソワしてたじゃん」
「そ、そうか?」
「失恋直後だってのに、そんな落ち込んでもないしよ。コレもう新しい女が出来たんじゃね? ってみんなで噂してたんだ」

 どんだけ目ざといんだコイツ。だがタオマオの事を説明するいいチャンスかも知れない。

「んで、悪いとは思いつつお前を尾行してな。帰りがけの買い物で女物の古着とかシャンプーとか見繕ってたから、ほぼビンゴと確信したんだが……」
「そうそう! 実は昨日の夜、素敵な出会いがあってよ……」

「……【魔幇】の至宝との出会いか?」

「!!」

 場の空気が一転する。俺は一瞬、石のように硬直した。

「グイェンさん、悪ぃがあっしの【目】で部屋にあるダイヤは既に確認済みなんスよ」
「アンタが昨夜ダイヤを盗んだのかは分からねぇ。だが事実として、今ダイヤはそこにある。どのみち皆に黙って抜け駆けは良くねぇよな」

 ヤバい。フーイェンには透視能力【白虎瞳】があった。それによって最悪の誤解が生じている。

「ちょっと待て! あの娘は【清王朝のダイヤ】なんかじゃ……」
「誤魔化したって無駄っス。【清王朝のダイヤ】は一目見れば真贋がハッキリする魔力を秘めている。だからこそ素人のあっしでも分かるんスから」
「フーイェン。俺がグイェンを抑える。お前はダイヤを確保しろ」
「合点」
「おい待て!」

 俺はフーイェンを制止しようとしたが、ジゥファンがその間に立ち塞がる。

「今さっき龍龍(ロンロン)に連絡してボスを呼んできて貰っている。申し開きはそこでしろ。だがまずは」

 ジゥファンが魔人能力を発動する。その両手が紅蓮に包まれる。燃え盛る炎を纏った【朱雀掌】の熱がこの場の空気をヒートアップさせる。

「俺らを欺こうとした罰を受けてもらう!」

 ジゥファンは低い体勢から距離を詰め、俺の鳩尾に掌底を叩き込む!

「ぐはっ!」

 肋骨が軋むほどの衝撃と熱で、呼吸が止まる。
 そのまま畳み掛けられると覚悟したが、ジゥファンの追撃はない。

「今、わざと食らったな。何故だ」
「あいつはダイヤなんかじゃねぇ。だから戦う理由がねぇんだわ」
「ふざけてんじゃねぇぞ。裏切者ならそれらしく抵抗してみろよ。まだ【玄武印】も出してねぇだろ」
「俺はお前らを裏切ってなんかいねぇ。それに【玄武印】はあいつを護るためのものだ」

 すると部屋の中からフーイェンの大声が聞こえてきた。

「ジゥファンさん! ダイヤに【玄武印】が張られてるっス! これじゃ手を出せな……うわっ!」

 護りの盾と化した【玄武印】に触れたフーイェンが玄関扉から弾き飛ばされ、その後を追うようにタオマオが飛び出してきた。

「グイェン!!」
「タオマオ! 逃げろ!」

 しかしタオマオは首を横に振る。くそっ! 俺がもっとしっかりしてりゃ……。

「見ろよグイェン、あの輝き。あの澄んだ色。あれこそ本物の【清王朝のダイヤ】だ」
「何処がだよバカ! 所詮宝石でしかないダイヤが喋るのか!? ああやって動くのか?」
「【清王朝のダイヤ】ならばあり得る話だ。遠く日本でもそういう事例があったらしい」
「カ……カレーも食うって聞いたことあるっスよ!」

 ジゥファンもフーイェンもタオマオの事を完全にダイヤだと信じ込んでいる。タオマオの能力はここまで強力な暗示作用があるのか。

「グイェン、今ならまだ水に流してやる。【玄武印】を解いてダイヤを渡せ」
「タオマオには指一本触れさせねぇよ。たとえ殺されたってな」

 ジゥファンは大きなため息をつく。だが決意したように【朱雀掌】の火力を上げ、手加減無しの殺気を放ってくる。

「じゃあ死ね。欲に駆られた今のお前を見るのは心苦しい」
「ジゥファン!」

 流石の俺もこの時ばかりは臨戦態勢をとる。戦う理由はないが、ここで死ぬわけにもいかない。ジゥファン相手に【玄武印】無しでは相当分が悪いが、何とかするしかない。

——張り詰める空気。俺とジゥファンは申し合わせたように同時に距離を詰める。

「うおおおおおおおお!!!」
「っだらああああああ!!!」

 今まさに、両者の拳が交錯する瞬間。
 突如。一陣の風が舞い降りる!

「そこまでじゃ!!」

 気が付くと、俺たちの間に割って入ったボスがお互いの拳を両手でピタリと受け止めていた。難なくやってるように見えるとこが怖い。やっぱこのジジイ化け物だわ。

「ヌシら、儂の話を聞いとったのか? くれぐれも早まるなと言ったじゃろうが」

 ボスの有難いお叱りでジゥファンが冷静さを取り戻す。これでようやく話ができる。

「すまねぇボス……どういう訳かヒートアップしすぎちまって」
「申し訳ねぇ。俺もあの娘を護りたい一心で……」

「全く、びっくりしたわよ。ジゥファンから連絡を受けてボスを連れてきてみたら、アンタら大喧嘩してるんだもん」

 ボスを連れてきたロンロンも呆れ顔でぼやく。紙一重で仲間割れを回避した彼女のファインプレーだ。
 ボスがタオマオのほうに視線を移す。タオマオは不安げな表情でこちらを見ていた。

「ジゥファン、あやつが例のダイヤか?」
「ああ、間違いねぇ。あれこそが【清王朝のダイヤ】だ」
「グイェン、お前にはどう見える」
「どう見えるって……俺好みの可愛い女の子だよ」

「なるほどな。儂にはあやつが孫娘の星星(シンシン)に見える。不思議じゃの」

 ボスの孫娘シンシンは、十年前の魔人抗争で命を落としている。それにタオマオとは似ても似つかない容姿だったはずだ。

「グイェン。事情を説明しろ」

 俺はこの場にいる皆にタオマオとの出会いから、これまでのいきさつを説明した。青天の霹靂と言っていいほどの話に、一同目を丸くする。
 話を聞いたボスはタオマオの能力に、ある仮説を立てる。

「あれは恐らく鏡じゃ。自分が真に欲しているモノを映し出す存在……」
「本当に……あれは偽物なのか……?」
「見る者によっては紛れもない本物じゃがの。そこが一番危険なところじゃ」

 ジゥファンとフーイェンは唖然とした表情でタオマオを見る。まだタオマオがダイヤじゃないことに納得がいっていないらしい。

「ボス、本物のダイヤを探しましょう。あれが戻りさえすれば、あの娘はダイヤと間違われずに済むんです」

 おれはボスに懇願した。だがボスは一旦俺を冷たく突き放す。

「そんなん勝手にヌシでやれ。儂はヌシを信用してるが、あやつに関しては別。出自の分からん奇怪な小娘の為に骨を折る義理はないぞ」

 そりゃそうだ。そもそも俺とタオマオだって出会ってからまだ一日しか経っていない。信用してくれと言ったところで土台無理な話だ。

「それにその娘は今の上海において危険すぎる。そうじゃな、グイェン。ヌシはあやつを連れて身を隠せ」
「ボス……」
「儂が使っていた魔人抗争時代の隠れ家が何箇所かある。三日ごとに場所を変え、並行してダイヤを見つけ出すのじゃ」

 ボスは住所の書かれたメモを俺に渡す。その侠気に心が染みる。
 そしてボスは俺の胸をトンと叩き、こう呟いた。

「護りたいんじゃろ。だったら命を張れ」
「すんません……ありがとうございます!!」
「連絡は絶やすな。情報は共有しておいたほうがいいじゃろう」

 これは正直俺の逃亡防止措置だなと思いつつも、ボスに渡されたホットラインのスマホを受け取る。

「ボスさん、本当に感謝するアル! ありがとうネ」
「タオマオと言ったな。儂らを利用するのは構わんが……グイェンを裏切ってくれるなよ」
「ふふ……百戦錬磨のおじいちゃんには敵わないネ」

 ともあれ、仲間たちのほうは何とか丸く収まった。俺はタオマオに呼び掛ける。

「部屋に戻ったら荷物を整理する。夜の闇に紛れて隠れ家へ向かおう」
「済まないアルね。これでグイェンも私と同じ放浪者アル」
「気にすんな。駆け落ちみたいでロマンがあるだろ」
「アハハッ、それいいネ!」


こうして、謎の美少女タオマオと、この俺グイェンの奇妙な逃亡生活が始まることとなったのだ。




「ジゥファン。グイェンの奴、大丈夫かしらね……」
「なんだよロンロン、珍しく奴の心配するじゃねーか」
「私の見立てではあの女、相当ヤバいよ。だってあの(・・)グイェンが、失恋直後に篭絡されてんだよ」
「そういうもんか?」
「あいつ、人の心の隙間に入り込むのがめっちゃうまい手合いだよ。もしも悪意を持ってグイェンに近づいてきたのなら、あのバカ……」
「なるほど……そう考えると確かにやべーな」
「まあ、結局痛い目見るのはグイェン自身なんだからどーでもいいんだけどね」
記事メニュー
最近更新されたスレッド
ウィキ募集バナー