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ダンゲロスSS上海
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ダンゲロスSS上海

シャンハイ・グリード・ブレイジング

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dangerousss_shanghai

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「見つけたぞ!清王朝のホムンクルス!上海第二位のお宝、取ったぞぁぎゃあああ!」

屋台街の一角でマカロニサラダを食べていた藍色の髪の少女、双喜は後頭部に殴りかかって来たチンピラを一瞥もせず裏拳で殴り飛ばして言った。

「迂闊だねえ、うっかり顎骨かち割っちゃったや」

彼女が振り返りもせずマカロニサラダを食べ続ける後ろでは、顔面が変形したチンピラがひっくり返ってビクビクと痙攣している。

「ひゅう、おっそろしい反応速度だね。清王朝のホムンクルス恐るべし、といったところか?」
「環境がいいんだよ環境がー。上海の街が欲望ドロドロなのがいいんだよ」

上海、屋台街の一角で並んでマカロニに舌鼓を打つのは双喜とギャラハッド・ソネットだ。

「…で、ダイヤについて有力情報があるってのはホントかな?ギャラハッドさん」
「それは知っとるが、先にそっちのやってることについて話してもらってもいいか?双喜君」

二人がこの屋台街で出会ったのは偶然ではない。
ド派手なアピールを行った双喜に対してギャラハッドが「ダイヤモンドに関する有力な情報がある」と言って接触した形だ。

「うんうん、私としても大いに語り合いたいところではあるけど―」
「先にこっちか。めんっどくさいやつに接触しちまったな…」

二人が同時に席を立つ。
その周囲には、既に異様な緊張感が漂い始めていた。

「清王朝のホムンクルス…」
「お宝だ」
「本物か?」
「んなもんとりあえず捕まえてみてから調べりゃいいだろ」
「隣にいる奴はなにもんだ?」
「知らんがとりあえずボコそう」

既に屋台の周辺には先の吹っ飛ばされたチンピラの大声に釣られて集まって来た双喜狙いの解決屋やらなんやらが、ぞろぞろと集まりつつあった。
欲望で目をギラギラさせたガラの悪い輩が少女ににじり寄る様は、なかなかどうして世紀末めいている。

「ふっふうー。大漁大漁!」
当事者である双喜はニッコニコである。こういうゴタゴタが心底大好きなのであった。
「…ひでえもんだ、まったく」
巻き込まれたギャラハッドはげんなりしている。こういうゴタゴタを憂えて動いている男であった。

「ヘイ店主!お会計!」
「お代は貴様の身柄で十分でシャヒャギャアアアアアア!」

双喜に襲い掛かった店主がブッ飛ばされたのを号砲に、状況は爆発した。

「ホムンクルスを捕らえろおお!」
「多勢に無勢だいっけえ!」
「俺のモンだあああああ!!」
「どけええええええ!」
「隣の男もやっちまええええええ!」
「ギャラハッドォ!抜け駆けは許さないぞテメエ!」

殺到する欲望に目が眩んだ群衆!瞬く間に屋台街が戦場と化す!

「おい双喜!とりあえずここから離れ…!」
ギャラハッドが双喜を連れて脱出しようとしたときには、双喜は既に屋台の屋根の上に登っていた。ちゃっかりパクった大盛りのマカロニサラダの皿も抱えている。
そして大声で宣言。

「本日お集まりいただいた暴徒蛮族業突く張りの皆様ァ!ダブル・ハピネス・キャンペーン第二段!屋台街食い倒れバトルロイヤルの開幕だぁー!この私、生ける宝箱な双喜はここにいるぞー!」
「ちょっ…おまっ…!?」
「「「まずは邪魔なテメエから死ねやー!」」」

手近なギャラハッドへと暴徒が殺到し―

「邪魔だファイヤー!」
「「「ギャアアアアアアアアアアア!!!!」」」

ギャラハッドのファイヤーボイスで薙ぎ払われる。
ギャラハッドも並の解決屋ではない。ダイヤモンドを求める全てを止めようと意気込む以上、相応の実力は備えている。この程度の烏合の衆を蹴散らすことは可能な実力者だ。

そのギャラハッドが頭上から聞こえたメゴギャ、という音に振り返ると、ギャラハッドの火炎放射をすり抜けて双喜に跳びかかった一人がカウンターの蹴りで顔面変形させられたところであった。
双喜もまた、魔都上海でも有数の実力者。そうでなければとっくに誰かに捕まっている。
顔面が凹んだチンピラが派手に跳ね返ったのを見て、流石の暴徒たちも怯んだ。

「い~きなりなにやってくれてんだおまえ!」
「えへへー、自己紹介にちょうどいいかと思いましてね」

軽く薙ぎ払われた暴徒の第一陣を見て後続が二の足を踏んでいる間に、ギャラハッドは双喜に詰め寄る。詰め寄られた双喜はにやりと笑い、優雅に一礼した。

「上海の喧騒に添えて、改めまして自己紹介を。双喜と申します。この混沌の街に目覚めました、清王朝の生ける宝箱!一攫千金の大チャンス!でございます。今はダイヤと併せてダブルゲットでダブルハピネスキャンペーン中!」
「…私はギャラハッド。ギャラハッド・ソネットだ。一攫千金にも宝箱にも興味はねえし、ダイヤをゲットするチャンスはそもそも誰にもないって話をしに来たんだよ」
「おれ、ビリー・ザ・キッドたくさん世。マカロニうまっ」
「「誰!?」」

いつの間にやら双喜がちゃっかり抱えていた山盛りのマカロニサラダは謎の乱入者の手によって完食されていた。恐るべき早業である。

「私のマカロニ!」
「おまえのか…?」

双喜が抱えていたマカロニは襲い掛かって来た店主を返り討ちにしてちゃっかり強奪した代物である。分類としてはおそらく盗品だ。
それをあまりにも鮮やかに再強奪した男、ビリー・ザ・キッドたくさん世は二人に向かって口を開くと―

「アンタら誰?」
「「こっちの台詞じゃい!!」」

アホである。
ツッコミを受けたアホは「あ、思い出した。そういえば」などととぼけた前振りをして―

「アンタを殺しに来たんだった」

リボルバーを引き抜いてから発砲するまでの動作は、一切のよどみがなかった。
自然体からの、入神の域に達した早撃ち。並の魔人であれば一切の反応ができないまま風穴が開く一射だ。

だがその手は弾かれて、弾はあらぬ方向へ飛んだ。
咄嗟に手で銃口を逸らしてのけたのは、双喜だ。『欲心流路』で強化された反応速度は、人域を凌駕し、不意打ち気味に放たれた一射にも追従してのけた。

「っファイヤぁ!!」
ギャラハッドが吹きつけた炎に対し、ビリーは鮮やかなバック転で距離を離して躱す。その身のこなしは既に、この男がただものでないことを物語っていた。
一連の攻防は、一秒にも満たない出来事である。

距離が開き攻防が途切れて初めて、3人を取り巻いていた群衆も状況を把握した。
「ぼ、ぼーっとしてる場合じゃねえ!ホムンクルスを取れェ!」
「臆するんじゃねー!数の暴力を見せてやらー!」
「うおおおお多勢にぶぜ…」
「ぐげえっ」
「なんだぁっ」

先陣を切って突っ込んだ数名が、糸が切れたように倒れる。
更にそれに躓いた後続も倒れ、瞬く間に将棋倒しめいた群衆事故が完成。
両手足の指では足りない数だった暴徒たちが、あっという間に静かになってしまった。

「『マカロニ・ウエスタン』―さて、邪魔者もキレイになったところで」
それを成した男は、密かに撒いていたマカロニ型マキビシを手中で弄びながら云う。
「どっちがターゲットだっけ?」

ビリー・ザ・キッドたくさん世。
アホである。


「ち…!」
混沌としつつある状況を把握するべく、ギャラハッドは高速で思考を巡らせる。
(ターゲット…ってことは殺し屋の類か?問答無用で撃って来たってことは双喜を金に換えようとする連中の差し金じゃない…俺が狙いだとすればダイヤの騒ぎを拡大させたい?騒ぎを起こしたいなら双喜を殺そうとするのはおかしい話だが…単にコイツがアホなだけってのもあり得る話―)

「やっほうどうも初めましてビリーさん!お話しましょう喧嘩しましょうそーしましょーっ!」
思考を巡らせるギャラハッドとは対照的に、双喜は迷いなく跳びかかる。欲深な暴徒たちは20名ほど沈黙してしまったが、この街にいる限りはまだまだ『欲心流路』は快調だ。

「よっしゃばっちこーい!」
ビリーの満面の笑みに添えて放たれる殺意満点の4連射。双喜は低姿勢のステップで回避。身体強化能力を有する魔人の戦闘速度においては、銃弾の速度も生身に対する決定的な優位性にはならない。

「ちょりゃ!」
低姿勢から、下段狙いの双喜の蹴り。目覚めた時から一通りの武術をインストールされていた双喜だが、高い学習能力を持つ彼女は上海の混沌の中で様々な技を短期間のうちに吸収し、既に我流の格闘技術を洗練させつつある。その一撃は鋭い。
「おっとお!」
ビリーもさるもの、拍車付きのブーツで双喜の打撃を受け止めるが、流石に身体強化能力の乗ったパワーはいかんともしがたい。弾き飛ばされる形での後退を余儀なくされる。
すかさず獣めいた突進で距離を詰めようとする双喜―
「んぎ!」
その動きが、急停止。そこを狙ってすかさず放たれた銃弾を回避してのけたのは流石の反射速度と言えるであろう。
双喜の白い頬を銃弾の衝撃波が掠め、薄く赤い線を描いた。

「アハ!キミ、カンがいいね!」
「目がいいんですよ!コイツを踏んだ人がいきなり失神したのは見えていましたからね!」
ビリーは後退しながらも、抜け目なくマカロニ型マキビシを配置していた。尖っているわけでもなく無害そうに見える物体だが、踏めば即座に意識を刈り取られる恐るべき罠である。

距離が開いた戦闘に生じた空隙は一瞬。
双喜が呼吸を一息の内に整え、ビリーも一動作の内に銃弾を再装填する。
そしてその一瞬。

「私をォ」
それは、火を噴いていた。
「無視すんじゃ、ねぇーッ!!!」

轟音―
一閃!
伏せたビリーの頭上と大跳躍した双喜の下を、燃え盛る円盤が超高速でカッとんでいった。
突進を回避された円盤は勢いのままに双喜の後方の屋台を真っ二つに焼きカチ割って、地面に黒い焦げ跡を作って止まった。

「おおっとお!?」
「わお!スッゴイ威力!」
「人の話をちったあ聞けや蛮族ども」

高速飛翔する物体の正体は、火炎放射で飛行するギャラハッドであった。
ギャラハッドの『カロリーボイス』は高熱もさることながら、その反作用での飛翔も可能なほどの推進力も有している。
そして、『口からの推進力で飛翔する』等という曲芸同然の行為を軽く行うギャラハッド本人のバランス感覚と身のこなしもまた一流の領域。
その推進力と身体性能を活かした高速飛翔格闘の破壊力もまた、この上海に集まった魔人たちの中で決して見劣りしないものだ。

「いいねいいね素敵だねもっと見せてください!」
「強火だね?ハードボイルド…かな?」
「てめーらまずは話を聞け!ダイヤが狙いか!?」

ギャラハッドの目的は戦闘ではない。
眼前の両名の目的はともかくとして、彼の第一の目的はダイヤモンドを巡って上海全土で起こっている争いを止めることだ。必要とあれば殴り倒してでも止める必要があるだろうが、先ずは自分の持っている情報―「清王朝のダイヤは存在しない」という事実を告げねばならない。

「清王朝のダイヤってのはな!俺の先祖が広めたホラ話なんだよ!存在しねーの!俺は存在しないものを巡るくだらない喧嘩を止めに来たんだよ!」
「へ?」
「ほ?」

その話を聞かされた両名の反応は―

「ダイヤ…ってなんだっけ?」
ビリーはダイヤのことを既にしてすっぱり忘れていた。アホである。

「は?」
双喜の顔からは、表情が抜け落ちていた。
「うそっぱち?」
「嘘っぱちだ」
「貴方の先祖が広めた?」
「俺の先祖が広めた。清王朝の宦官で、反乱の矛先を逸らすための偽情報だ」
「…で、貴方は自分の先祖が原因の争いを止めるために?」
「責任を取りに来た。このくだらねえ争いを止めるために」
「…くだらない?」
「存在しないものの奪い合いで血が流れるなんて、くだらないだろ?」
「そう」

次の瞬間ギャラハッドは吹き飛び、周辺の木造屋台に突っ込んでそれを全壊させた。
直前までギャラハッドが立っていた場所には、拳を突き出した姿勢で残身する双喜がいる。

「くだらない、だとォ…」
その貌には、憤怒とも歓喜ともつかぬ激情がわだかまっている。
「この上海の街に渦巻く欲望のうねりを乗せた混沌がくだらない?私をこの世界に目覚めさせた熱が、私の裡に燃えるこの宝がくだらないだと?」
激情をむき出しにした叫びが吐き出される。
「な~んにもわかってない!なんにもわかってないなギャラハッド貴様ァ!!」

「わかってねえのはお前だよ!こんな争いくっだらねぇ!!有名無実のデマに踊らされるバカばっかりだ!誰かがこんなバカそのものの愚行は止めなきゃいけねえんだよ!」
ギャラハッドが立ち上がる。彼も双喜が激昂することは解っていて、吹き飛ばされながらもその一撃をがっちりとガードしていた。
「テメエ友達と飯食ってたらいきなりカチコミされてダチの頭割られたことあんのかよ?この中身のない無価値な噂がどれだけの悲劇と混乱の元凶なのかわかってんのか?」
ギャラハッドもまた、激情をむき出しに応じる。
「その無意味な噂から生まれた悲劇と混乱を現在進行形で煽ってるやつの筆頭がテメエだよ、双喜ィィ!!」

真逆の立場の二人が睨み合う。
「かかってこいよわからずや、物理的に欲望パワーを理解させてやる!」
「知るかよお騒がせ野郎、責任もってテメエは冥府まで送ってやる」
「いやいや二人ともなんかわからないけどおれを無視しちゃ悲しいなぁ!」

乱入する形でビリーが発砲。その次の瞬間。

「「うるせえすっこんでろぉッ!!!」」
身体強化と火炎加速がそれぞれ乗った打撃が左右からビリーを打ち据える。
「ガッ…」
白目をむいて崩れ落ちるビリーに一瞥もくれず、二人の魔人は高速格闘戦を開始した。

「おおおおらぁっ!!」
「だらっしゃああ!!」
ギャラハッド・ソネットと双喜の闘いは、速度と質量のぶつけ合いの様相を呈していた。
ギャラハッドの取り扱う炎というのは飛び道具としては少々遅い攻撃と言わざるを得ない。空気抵抗の影響を受け拡散する炎は銃弾を避けてのける双喜に直撃させるのは困難だ。
故にこそ、ギャラハッドが選択したのはロケットの如き高速飛行の勢いをぶつける肉弾格闘。
双喜もそれに乗った。身体強化能力を有する双喜にとっては肉弾戦は得意分野である。避ける理由はない。

「おらぁ!」
「こんにゃろ!」
上空に跳ねたギャラハッドが火を噴いて空中で鋭利な軌道を描き強襲の蹴りを放つ。双喜の放つ迎撃のハイキックと空中で交差。鞭打つような衝撃音が響く。
空中のギャラハッドは反動で回転、その勢いを乗せた鋭い手刀を叩き込む。だが双喜は恐ろしい反応速度で腕を交差させて受ける。
「ファイヤァ!」
「当たるかッ!」
防御ごと焼き切るべくギャラハッドの口から鋭く絞られた炎の矢が飛ぶが、至近距離からの射撃を双喜がブリッジ姿勢で回避、そのままの勢いでかちあげるようなサマーソルトキック。ギャラハッドも火炎放射の反動で高速回避。回避に噴き出した炎が拡散して、一瞬の間両者の間を遮る。
「どっおりゃあ!」
「ぬあ!」
炎が散るよりも早く、双喜のぶん投げたその辺の石が炎の壁をぶち抜いて間一髪回避したギャラハッドのこめかみを掠めた。ウェーブのかかった茶髪が一房引き千切れて宙を舞う。

「あぶねえなこの野郎!」
「こっちの台詞だ火吹き野郎!」
二人が脊髄反射で罵り合う間にも、戦況は動く。

「何の騒ぎだ!」
「あ…あれ清王朝のホムンクルスじゃねえか!?」
「うおおおお!一攫千金チャンス!」
「やっちまえー!!」

騒ぎを聞きつけてさらに集まって来た上海の強欲な輩がぞろぞろと乱入を開始したのである。上海は混沌の尽きない街であった。

「ち!めんどくさいことになってきやがった!」
「はは!楽しくなってきましたね!」
「「「うおおおおおおおおおおお!!!一攫千金ーッ!!!!」」」

続々と乱入吶喊する、魔都上海の魔人たち!

「ファイヤー!」
ギャラハッドは鉄パイプ装備のチンピラを殴り倒し、全身トゲトゲのハリネズミ魔人を焼きはらい、組み付いてきた巨漢魔人を空中火炎放射推進による変則投げ技で双喜に向かって投げ飛ばす。

「よっしゃー!どんどんかかってこーい!」
双喜は金属バット装備のチンピラを蹴り倒し、全身ぬるぬるのタコ魔人をその辺の屋台から拝借した包丁でぶっ刺し、ギャラハッドが投げつけて来た巨漢魔人を跳躍回避で軽くかわす。

あっという間に戦況は混沌に包まれ、バトルロイヤルの乱戦と化す。
「いいですよいいですよ!こういうの私は大好きなのですよー!」
「私は大っ嫌いだよこういうのは!」

その混沌故に、誰もがそれに気づかなかった。



…マンホールが見える。
上海にも穴はある。
つまり。



真っ先に気付いたのは、双喜だった。
『欲心流路』に備わった、欲望探知。あくまでも副次的なものであり、大まかな群衆の意識の方向を察するか、自分への攻撃意図を探知する程度の物ではあるが。
それはあまりにも異常な情動だったので、察知できた。

双喜は本能に近い感覚の発する警告に従い、懐から取り出したイミテーションのダイヤを投げ上げ、それに惹き付けられた群衆の欲望に乗って上空へと飛翔した。
その眼下で、異常が起こっていた。

「うご…」
「ぐえ…」
「意識が…遠のく…」

ついさっきまで元気に双喜に群がっていた魔人たちが、一人また一人と膝を屈し、倒れていく。
異様な光景であった。
逆に、先程まで倒れていた人物が一人立ち上がっている。その男はふらふらとよろめきながら、異様な光を湛えた瞳で呟いた。

「上海はマカロニなんだよ…」
「何言ってんですかこの人」
頭を打ったビリー・ザ・キッドたくさん世は、ただでさえアホだったのがもはや完全にタガが外れていた。
「上海には穴があるんだよ…つまりマカロニなんだよ…」
何を言っているのかもはやだれにもわからないが、彼にとってはそうらしい。
上海の地に立っている、というだけでもはや彼にとってはマカロニの上であるのだ。

見敵必殺。
ビリーの視線が向くだけで、元気に暴れ回っていた上海の魔人たちが次々と地に臥す。
上空に飛んだ双喜の他全員が、今や倒れつつあった。

「ぐ…なんじゃこりゃ…意識が…」
ギャラハッドも、例外ではなかった。
魔都有数の実力者であるはずの彼が一山いくらの雑兵であるかのように、動けぬ。

「あ、わ、やばっ、やばばばば、落ちるう!」
上空の双喜も、高度が下がり始める。欲望を発していた暴徒たちが意識を失ったことで、『欲心流路』の媒体となる欲望の流れが弱まっているのだ。
空中で足をじたばたさせて留まろうとする双喜だったが、努力も空しく落下。
「もぎゃ!」
仰向けに倒れていた男の背中に墜落した。下敷きにされた男がぐえ、と呻く。地面に直接降り立っていたら双喜も意識を失っていただろうからこれは幸運ではある。
が、その先がどうにもならぬ。

「おわわわわ。ぴーんち」
足場がない。『欲心流路』の出力も落ちていて、欲の流れに乗っての跳躍もできない。
ビリーは胡乱な瞳で暫くふらふらとしていたが―

「ああ、そうだ。殺さないとね」
拳銃を双喜に向けた。人間の背中の上というスペースでは、回避は不可能だ。
「やっべ。えーっとビリーさーん。私って生け捕りにすれば物凄いお金になるんだけど?」
「……?」
「駄目だこの人アホだからその辺の話把握してない」
「じゃ、死のうか?」
「合わせろ」
「へ?」

ビリーが発砲しようとしたその時。
双喜の足場が大型投石器めいて跳ね上がり、双喜をビリーに向けて発射した。
「んわーっ!?」
「へあっ!?」
ダメージが残っていて反応が遅れたビリーに双喜が衝突し、もみ合うようにして転がる。

「んぎぃ!」
双喜はもみ合いになりながらもビリーの頸に腕を回して全霊で締め上げる。だが寝技の攻防の中でビリーが意識を失うよりも、その能力の方が早い―
「『マカロニ・ウエスタ…」
それよりもさらに早く、ギャラハッドの蹴りがビリーの意識を刈り取った。

「……起きてたんだ?」
「おまえが衝突してきて目が覚めたんだよ」
偶然にも、落下した双喜の下敷きになったのはうつぶせの姿勢で倒れていたギャラハッドであった。
衝突の衝撃で意識を取り戻したギャラハッドは口からの火炎放射による瞬間的加速を伴う起き上がり動作を以て双喜を射出し、その勢いのままにビリーを仕留めたのである。

「で、だ。思いがけず共闘したわけだし…」
「仲良くお茶でもします?」
「手足をブチ折るくらいで勘弁してやるよ扇動者。ダイヤ騒ぎが終わるまで寝てるんだな」
「それだとどっちにしろ私死んでしまうのですが?」
「…ああ、そういうことか」

ギャラハッドは、双喜の出自について少しは知っていた。ダイヤモンドの真実共々、清王朝で行われていた道術研究についてはある程度の情報が言い伝えられていたのである。
(起動しない失敗作と聞いていたが…ダイヤ騒ぎの環境変化で起動したか)
やたらと騒ぎを煽ろうとするのも、そうでなければ生きていけない存在なのだとわかれば納得がいく。

「同情はする。容赦はしない」
「あ?もしかして私のこと短命のかわいそうな生き物だと思ってます?」
「まあな。お前が目覚めたのも私の先祖の責任みたいなもんだ、責任取って止めさせてもらう」
「責任責任、責任ねぇ。止めることが責任なんです?」
「無論だ」
「私はそうは思いません…ねっ!」

ばづん!という破裂音と共に、ギャラハッドと双喜の拳が交錯する。
対立する二人の魔人の、最後の闘いが始まった。
小細工抜きの、純然たる殴り合い。

「テメエがどう思うかなんざ関係ねえ!」
ギャラハッドの咆哮は熱気を帯びて、その瞋恚を叩きつける。
「先祖が何をやろうが今の自分には関係ないって思う奴もいるだろうな!上海の奴らがどれだけ事実無根の歴史に踊らされようがそれはそいつら自身の自由だって意見もあるだろうな!」
自分の行動を否定する論理を叫びながら、ギャラハッドは暴れ猛る。
「それでも他ならぬ私が納得がいかねえ!責任を感じずにはいられねえ!みて見ぬふりをするのは自分が気持ちよくねえんだよッ!それなら私はこの街の全ての馬鹿どもの夢を刈り取ってやるっ!!私自身のエゴで、私は求めるモノを手に入れるッ!!」
ギャラハッドが戦いを止めようとするのは、上海の治安や無辜の民を慮ってのことではない。
自分の責任感。
誰に言われたものでもない、自分自身のエゴのためだ。
「私は、私の先祖がこの街に放った炎を奪い去る!その熱を消してやる!そうして得られる自己満足だけが、私の求める宝だっ!」

火炎の推進力と激情を乗せたギャラハッドの蹴りが、ガードの上から双喜を吹き飛ばす。
吹き飛ばされた双喜の貌には―
「それが―」
歓喜が。
「君の欲望か!ギャラハッド!!」

「ならば、私も応えよう!」
双喜の叫びはぎらついた欲望を乗せて、その愉楽を響かせる。
「君の先祖がこの街に放った種火が!今この街で燃え上がり!私を目覚めさせた!私はそれを嬉しく思う!君の先祖には感謝している!」
ギャラハッドが否定しようとしている物を全霊で肯定する言葉を叫びながら、双喜は拳を振るう。
「だから私はその炎にこの短い命を懸ける!私自身を薪にして、この街に渦巻く全ての欲の炎を燃え盛らせる!陰謀も!非道も!流血も!私はこの街にあるすべての欲望を肯定する!存在しないダイヤを求める全ての人を応援する!!」
双喜は、欲望が好きだ。
自分自身を活かすこの街に満ち満ちる、全ての強欲が好きなのだ。
これもまた、双喜自身のエゴだ。
「私は、この街に燃える全ての炎を胸に抱く!!その熱を燃え上がらせる!そうして得られたこの熱が!私の求める宝なんだよ!」

「そうかよ、双喜ィ…!ならは、ここで纏めて灰になれ!」
ギャラハッドは、覚悟を決めた。この魔人は、自分の目的に真っ向から相反する存在だ。何としてでも焼き尽くす。
ギャラハッドの口中に、焔の輝きが生じる。深紅の炎はギャラハッドの顎の内で圧縮され、ダイヤモンドのような目も眩む閃光と化す。
全身の熱量(カロリー)を注ぎ込んだ、最大の火球だ。解き放てば即座に爆裂し、周囲の全てを更地に変える。
餓死と自爆の二重の危険を伴った、ギャラハッド最後の切り札である。それを使ってでも、こやつとは雌雄を決さねばならぬ。
が、それが放たれるよりも早く。

「さ!せ!」
藍色の、疾風!
「ないぞ!ギャラハッドォォォォ!!!」
双喜が、その懐に潜り込んでいた。
(速、い―!?)
ギャラハッドの想定を超えたスピード。それを乗せての、火球を放たせまいとするアッパーカットがギャラハッドの顎を捕らえ、強制的に閉じさせる。
そして、ギャラハッドの顎に拳をめり込ませたままに―

「おおりゃああああ!」
跳躍、離陸、上空へと飛翔!
「な、ガッ」
(欲を出す奴がいなきゃ、飛行はできないはず―!?)
上空へと連れていかれるギャラハッドの視界の端に、地上が映る。そこには―

「ダイヤ…ダイヤぁ…」
「ありゃあ、ダイヤか…?」
『マカロニ・ウエスタン』によって意識を失っていたはずの魔都の魔人たちが起き上がりつつある様が見えていた。
彼らを目覚めさせたのは、その輝き。
ギャラハッドの今まさに解き放とうとしている、ダイヤの如き火球の閃光である。

「こん、の、強欲どもォ!?」
『ファイヤーボイス』の輝きに手を伸ばす魔人たちの欲望に乗って、双喜とギャラハッドはぐんぐんと上空に飛翔する。
上海に集った、魔人たちの強欲。かつてギャラハッドの先祖が放った一声が、今まで続く炎となった。その炎の熱こそが、今まさにギャラハッドに牙を剝いている。何たる皮肉か。

「受けろ!ギャラハッド!お前の先祖が放ち、この街で今まさに燃え盛る欲の炎の奔流をーッ!!!!」
「それが、私の!敵だ!私は!その炎を消しに来たんだ!双喜ィィィーーーッ!!!!!」

上海の上空で、二人の魔人の拳が交差し―
その爆発は、上海の全土から見えた。
ギャラハッドの火球があらぬ方向に放たれ、上空で爆発したのであった。

「ガッ…グ…」
力を使い果たしたギャラハッドが、落ちてゆく。
今なお残る欲の奔流に流されて飛んでいく双喜に手を伸ばすが、届かぬ。

ふわふわと上海の上空を漂い流れてゆく双喜は、謡うように呟く。
「私は、この街に逆巻く炎に炎にこの命をくべる…」
囁くように、夢見るように。
「欲の炎の中心で、いろんな人と触れ合いたい。言葉と血飛沫を交わしたい…」
誰も聞く者のいない高空で、一人独白する。
「そして、この街の全ての心ある者たちに、『ありがとう』と…それと…それと…」
それは、密やかな告白であった。
「『愛してる』って、伝えたい…」

欲望に満ちた魔都のどこかへ、その身体は流れていく。




……
………



「う、ぐ…」
ギャラハッドは、目を覚ました。
車の中である。
「お目覚め?」
「チンチンマン、か」
墜落したギャラハッドを回収したのは、彼の知己である解決屋チンチンマンであった。
「何があったのか知らないけど運が良かったわね。ちょうど私の目の前の河に落ちて来るんだもの」
「すまん…世話になる…」
「いいのよ、友達でしょう。恩に思うなら協力を頼みたいわね」
「重傷の怪我人に対して、人使いの荒い奴だ…ダイヤは探せんぞ?」
「それじゃないわ。どうにもダイヤの騒ぎの裏に、何か企んでいる奴がいるみたいなのよ。そっちの調査をお願いしたいわ」
「企み?」
そういえば、とギャラハッドは思い出す。
ビリーは殺し屋の筈。なぜ自分を狙いに現れたのだ?
ダイヤモンドの争奪戦を激化させたい何者かの思惑があるのだろうか?

まだ、わからない。

「……まあいいさ、私のやることは変わらない」
ダイヤを巡る争いを止める。
この上海に渦巻く欲の炎を消し止める。
それこそが、ギャラハッド・ソネットの目的である。
ダイヤ騒ぎに乗じて悪巧みをする者がいれば、焼き尽くすまでだ。
ギャラハッドの歩みは、未だ止まない。
彼もまた、上海に燃え盛る欲の炎の一部なのだから。
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