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ダンゲロスSS上海
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ダンゲロスSS上海

シーユースーン・シャンハイ

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dangerousss_shanghai

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「清王朝のダイヤモンド」。
時価数千億円ともいわれる宝玉。
魔幇のボスがその絶大な権勢の証として保有していたもの。
それが盗み出されたことが、一連の騒動の始まりであった。

「清王朝のダイヤモンド」とは何なのか?
曰く存在しない虚構。
曰く紳士な亀のダイアモン・ドー。
曰く人々の共通認識が形を成した物。
曰くジュエル星からやってきた宇宙人。
曰く王朝の正当性を示す神秘の王権証器(レガリア)
曰く完成させた者の願いを叶える願望器。
曰く五千兆円の暗号資産を解凍する生体認証キー。

曰く。曰く。曰く。曰く。曰く。
曰く付きの噂が、上海を飛び交っている。
だが、曰く付きでない確かなこともある―



「红虎!ダイヤを盗られたって本当なのか!?」
「8割は嘘だな!くれてやったんだよ」
「誰にやったんだ!?」
「てことは『上海覇者』のタイトルはまだ红虎のもんってことでいいのか!?」
「誰にやったのかは教えねえ!そいつに迷惑だ!それと俺が上海覇者なのはそうだ!」
「じゃあこれからは俺が上海覇者ヒャッハー死ねあぢゃぼぎゃあああああああ!!」

『红虎』劉炎嵐の事務所の前には人だかりができていた。
劉炎嵐がダイヤを手放したと聞いた上海の魔人たちが真偽を確かめるべく、あるいは劉炎嵐が弱ったと勘違いして集まりに集まったのである。
事務所に上げるにはあまりにも多すぎる人だかりに対して外に立って対応する劉炎嵐だったが、あとからあとから人が来て一向に収拾がつく気配がない。

「まったく揃いも揃って。どっから聞きつけやがったのやら」
『ごめんねーホェンちゃん。思った以上に情報の拡散が早くってさ…正直上海のダイヤ大注目ぶりを舐めてたよ』
「ダイヤダイヤって…たかが綺麗な石一個だろうが。何をそんなに大騒ぎすることがあるのかね」
「そのたかが綺麗な石一個に、いくらでも価値を見出すのが人間というものろう。红虎よ」
「『!!』」

人だかりの中から発せられたその声は、一振りの鋭利な刃のような威圧感を持って劉炎嵐に突き付けられた。
劉炎嵐はその威圧を前にしても不動だったが、人垣は刃で断ち割ったように二つに割れた。
人混みの間にできた道を歩いて現れたのは、狐の面を被った男。

「拳狐」
「こうして顔を合わせるのは初めてだな。『現』上海覇者」

じきにその称号は己のものとなる、と言外に主張しながら拳狐は劉炎嵐の前に姿を現した。
劉炎嵐も、ギラリと闘争心に溢れた笑みで拳狐に向かい合う。
上海覇者のタイトルを争う二者の邂逅であった。

「何の用だ?試合が待ちきれなくなったか?」
「くく。己も一刻も早く雌雄を決したい気持ちはあるが、今日はそれではない。上海大賽の決勝に関しては、貴様の相棒が詳しかろう」
「何?」
『ホェンちゃん!』

怪訝な顔をした劉炎嵐の元に、相棒からの通信が入った。
その内容は―

「万事屋が魔幇に捕捉された!?百年祭最終日…上海大賽決勝と同時に総攻撃!?」
「やはりな。魔幇め、己たちの試合を目くらましに使うつもりよ。ふざけた話だ」
「本当にふざけた話だぜ…!」

ぎりぎりぎり!と引き絞られた弓のごとく、红虎の全身に怒りと熱が満ちた。

「その様子では、上海大賽どころではなさそうだな」
「ああ。魔幇の蛮行を見過ごすわけにゃいかねえ!上海覇者の称号はお前にいったん預けるぞ拳狐!」
「それには及ばんよ。己も不戦勝などするつもりは毛頭ない」
「何…てめぇ…!」

劉炎嵐の怒気を涼しい顔で受け流しながら、拳狐は言い放った。
「魔幇が総力を挙げて清王朝のダイヤを奪わんとする戦場。これ以上に最強を決するに相応しい場があるか?」
「言うじゃねえかよ狐野郎。魔幇とまとめて薙ぎ払ってやる!」

その、直後。
ガゴォン!!という轟音が、上海の街を揺らした。
激突、と形容されるようなものではない。二人の戦闘者が、昂りを僅かに表出させたにすぎぬ。

上海大賽決勝に代えて―百年祭最終日、清王朝のダイヤモンド争奪戦の現場にて上海覇者決さんとす!!



「あー捕捉されてるねこれ、逃げらんないねこりゃ」
「え゛っ」
宿でごろごろしながら白髪黒羽が言い放った台詞は、日ノ御子神楽を狼狽させるに十分だった。
「ど、どういうことですかそれは」
「どうもこうも、私たちは魔幇に捕捉されてて今総攻撃の準備が着々と進んでるところだよ」
「に、逃げなひゃっ」

『落ち着く』が付与された枕がふわっと神楽の顔に命中して、動揺を鎮めた。

「まあまあ落ち着けって。今慌てて逃げだしたりしたら、殴ってくださいって言ってるみたいなもんよ」
「でも、じっとしてても包囲されるだけじゃ?」
「ま、援軍のあてはなくもない。红虎がお怒りだ!魔幇の奴らはかな~りウェルダンになること請け合いだぜ?」
「おお!」
「なんか拳狐に喧嘩売られたとかで私らを守ってる暇はなさそうだが」
「ああ~!」
「かはは、まあ動くのが红虎だけってことはなかろうよ…詳しいことは出たとこ勝負だがな!」

万事屋は、上海の街に思いを馳せた。そこにはいる。護る者たちが。


「おいおいおいマジかよ…ウチみたいな下っ端も下っ端まで招集か?」
郭亀岩は青ざめた。
彼の手元に届いた魔幇からの招集命令は、魔幇が真になりふり構わずダイヤを奪還しようとしていることを示していた。

「これは、上海全域を巻き込んだ大騒ぎは必至…そうなれば、タオマオは?」
危ない。誰かが守らねばならぬ。

「……よし、やるぞ。覚悟はとっくに決めている!」
郭亀岩は魔幇の招集よりもタオマオを護ることを優先した。
明確な、魔幇への反逆だった。



「百年節の最終日、魔幇は賭けに出る」
「私たちも、正念場だね」
『破幇同盟』は、決戦前の作戦会議に当たっていた。

「魔幇のトップも、今回姿を現す。ダイヤ争奪の混乱に乗じてそこをぶっ叩く!」
「単純明快、正面勝負だね!」
「おう!難しいことはなんもねえ」
そういいながらも、張三の瞳には様々な思いが渦巻いていた。【魔幇】という組織に関しては、もっとも複雑な思いを抱く魔人である。
難しいことは、たくさんあるのだろう。

「張三!」
だが、『破幇同盟』は一人ではない。
「やろう!『破幇』!」
「……勿論だ!」



「スパイク、ついにこの時が来たわ」
「メーメー、緊張してる?」
「ええ…そうね、緊張はしてる」
恋辻メーメーは、スパイクとともに最後の決意を固めていた。

「魔幇のボスが、ダイヤを奪うために姿を現す…一撃で、仕留めてね」
「任せて。僕は無敵の鉾。メーメーの望むままに、狙った相手を逃しはしない」
復讐者は牙を研ぐ。それが突き立てられる時は、近い。



「へぇ。百年節の最終日に魔幇がねぇ」
「混乱は大きいでしょうね。それに乗じて動くやつらは多数いるわ。もちろん私もその一人よ。引き続き護衛をお願いね」
「ドーンと任せて。強い奴らも、たくさん来そうね…でも」

喬芽芽は、常と変わらぬ自信に満ちた笑みを浮かべた。

「私が一番かわいいわ」
「貴女を選んで本当に正解だったわ…本当に」
絶対的な自信。魔都上海において喬芽芽を凌駕しうるエゴの持ち主はいない。



「ヘイ読者諸兄!下山アンドロメダからのお知らせだ!このSSはおおむね死神ちゃんのSSと近しいユニヴァースでお送りしているぞ!つまりわが弟子「きみ」と死神ちゃんは別人だ。どぅーゆーあんだすたぁん?」
「どこに向かって話しているんですか師匠?」
「必要な連絡だよ。私のような優秀な天狗には時折こうした雑務も回ってくるものさ。きみもアルクトゥールス星でメタ発言免許を取ればできるようになる。いやそんなことよりもきみ!」

下山アンドロメダはにやりと笑って、弟子に呼びかける。

「最終決戦が始まるぞ!覚悟はいいかい!」
「そりゃもちろん。上海の人間でダイヤ獲る覚悟ができてないやつはいませんよ」
「そいつは重畳!私もBルートらしく君を守ってやるから、思いっきり行きなさい!」

上海のすべての魔人たちが、清王朝のダイヤを狙っている。あらゆる思惑を持つ者にとって、その日が峠となることだろう。

百年祭最終日、清王朝のダイヤモンド争奪戦の現場にて護衛者たちの戦い正念場を迎えんとす!



『借りたものは、ちゃんと返すように』
死神は、近いうちに多くのものが「清算」される気配を感じていた。
上海の雑踏の中にも、不可視の熱量が満ちている。
街頭のテレビが流す当たり障りのないニュースは、魔幇が申し訳程度に決戦の気配を隠そうとしているものだ。

「やっぱり―」
「ダイヤ、ですよね?」

死神の小さなつぶやきに、答える声があった。
フードを目深に被り顔を隠した少女だ。

「いよいよこの乱痴気騒ぎも、最後のクライマックスが近づいてきましたね?」
「ダイヤを獲るチャンスも、ここが最後で最大?」
「ええ―まさしく決戦、というべきでしょうね。行くんでしょう?あなたも」

死神が―
小さく、頷く。
その瞬間、大きな音が上海の街に響いた。

街頭のテレビは、最早平穏なニュースを流してはいなかった。
上海全域への電波ジャックで流されたナイスなミュージックと、モノクルを付けた快活な少女の笑顔。
祭りの知らせ。

『ハーイ!上海の皆!怪盗ピーチクローバー参上!』
『ズバリ、用件を簡潔に伝えるよ!』

かりそめの平穏が破られる。

『百年節最終日!私怪盗ピーチクローバーは『清王朝のダイヤモンド』を頂戴いたします!!』

おおおおおおおおっ!と上海の街に満ち満ちていた狂熱が吹き上がった。
百年節最終日は、すべてのダイヤモンドを求める者共が動くだろう。

「大変なことになってるなあ…」
死神はぼやく。「なっちゃった」とか「なってしまった」とかは、とっくに大変なことなのを知っているので言わなかった。

フードの少女は、くつくつと押し殺した笑みを浮かべる。
藍色の髪がひと房、フードの端から覗いた。

「ダブル・ハピネス・キャンペーン…」
「ザ・ファイナル」

密やかな、呟き。

百年節最終日、清王朝のダイヤモンド争奪戦-
清王朝のダイヤモンド、その最終的な行き先が遂に決す!



「でかいことを言われておる喃」
「構わぬ」

上海の、どことも知れぬ部屋。
そこが、魔幇の最奥であった。

「仰山群がってくるぞ…ダイヤとお主の首を求める砂利どもが」
「構わぬ」

この最奥の部屋にいるのは、二人の男。
一人は黒い漢服をまとった、溌溂として煮えたぎるような生命力を感じさせる男。
魔幇の首魁が最も信頼する護衛。
二千年を生きる魔人。
前『上海覇者』。
『趙賓』藺 駑門客。

…だが、その怪物すらも、この部屋の主ではない。

「騒がしい祭りになるぞ。腕は鈍っておるまいな?」
「問題ない」

もう一人の男は、顔が見えぬ。
肌を一切晒さぬ装束に、皇帝の象徴である龍を象った面で顔を隠している。
微動だにしない姿は、古の石像のようですらあった。
彼こそが、魔幇の首領。
魔幇の首領は上海で最も強い。
魔幇の首領は上海で最も恐ろしい。
魔幇の全貌を知るのは首領のみ。
魔幇の首領の素性を知る者はいない。

「余が、手ずから、終わらせよう」

人呼んで、「上海天子」。

遂に、魔幇の頂点にして最強の存在が動く。



役者は揃った。
魔都上海、最後にして最大の血戦が始まる。

この先、DANGEROUS!命の保証なし!



百年節最終日。
最早なりふり構わずダイヤ奪還の姿勢を見せ始めた魔幇は、予定されていたセレモニーも何もかもを投げ出し、上海の町中に異様な緊張感を漲らせていた。
空気すべてがガラス張りになったような一触即発の静寂。

がちゃん、という破砕音がその沈黙をぶち破った。
その悲鳴にも似た絶叫は、だれのものだったか。

「ダイヤだああああああああああああ!!!」
「ダイヤあああああああああああああ!?!?」
「清王朝のダイヤが!こんなにたくさん(・・・・)!?」

あっという間に、蜂の巣をつついたようなパニックが上海の街角を包んだ。
突如として出現した何百個もの(・・・・・)『清王朝のダイヤモンド』に我先にと魔都の解決屋たちや魔幇のマフィアたちが群がり、あっという間に乱闘と大混乱が吹き上がる。

「よっしゃ今のうちに逃げるぞ神楽ちゃん!」
「は、はいい!」

ばらまかれた大量のダイヤモンドは、勿論本物ではない。
白髪黒羽の『創造上の想像力(イマジナリーファイア)』で『清王朝のダイヤモンド』のイメージを植え付けたダミーである。
冷静になれば見破れる囮であるが、時間稼ぎには十分だ。

「ここからどうするんですか!?」
「出たとこ勝負だ!ごたごたに乗じて上海を脱出すんぞ!」

偽ダイヤを囮に、白髪黒羽と日ノ御子神楽を乗せた車は上海の道を爆走する。
ダイヤを包囲するべく配置されていた魔幇の下っ端が道を阻もうとするが、偽ダイヤの情報に浮足立ったマフィアたちは『交通死亡事故』のイメージをべったりと付与された車に恐れをなして道を開けてしまう。
散発的に撃ち込まれる銃弾も、神楽が『破損禁止』を付与した車体に弾かれて通用しない。
しかし、道を開けぬものが一人。死のイメージを付与された鉄塊の突進にも動じることなく、道のど真ん中に立っている。

「退けやぁ!」
運転席の白髪黒羽はスピードを緩めぬまま、容赦なく『麻痺』『脱力』『飢餓』『朦朧』を込めたヘッドライトでパッシング。そのまま『交通死亡事故』を込めた車体で衝突!
戦闘魔人であってもなすすべなく動きを止められ轢死する無慈悲な殺し技を叩き込まれた男は吹き飛ばされて宙を舞い―

「面白い技じゃ喃。幻術の類か?」
こともなげに、車のボンネットに着地した。

「このやろ…」
「ハ!」
白髪黒羽が急ハンドルで振り落そうとするよりも早く、男が足を踏み鳴らした瞬間-
車が宙を舞った。

「うわああああああああ!?」
『破損禁止』を付与された車体は壊れなかったものの、子供に放り投げられたおもちゃのように空中を回転し、がしゃん!と逆さにひっくり返されて走行不能に陥った。

「てんめぇ…何もんだ!」
ひっくり返った車から這い出した白髪黒羽が、黒衣の男に向かい合う。
男は名乗る。

「『趙賓』藺 駑門客。魔幇の首領より直々の命を受け、清王朝のダイヤモンドを奪還しに参った」
「ハ!誰がくれてやるかよ。ダイヤは私の友人の結婚祝いの引出物にするんだよ」
「かかかかっ!無謀の代価は高いぞ万事屋?」
「おいおい!誰が前『上海覇者』と正面から殴り合ってやるって言った?」
「ほォ…!」

白髪黒羽の、恐れ知らずの言。
その直後。

ズン ズン ズン

上海を震わす、猛獣の如き鼓動。

ギリ ギリ ギリ

煮え滾る怒りの込められた、重々しい擦過音。

ミチ ミチ ミチ

全身に満ち満ちた、あふれんばかりの剛力。

轟!とその気迫だけでマフィアたちを押しのけながら、その男が現れる。

「おせーぞ!ベニトラ!」
「ほォ…噂の現上海覇者か!なかなか好い面構えではないか!」

現『上海覇者』。
『红虎』劉炎嵐は、赫々たる怒りとともに来た。

「おい魔幇のクソ野郎」
劉炎嵐は怒っている。
魔幇の横暴に怒っている。
上海を覆う無用な諍いに怒っている。
もう少しだけうまく回っていかない世界に怒っている。
だから。
「ブッ飛ばしてやる」
「くかかっ!上等!」

2000年の武と憤怒の灼熱が激突し、爆発じみた轟音が響いた。

「そいつは任せるぞベニトラ!」
神楽を抱えて新旧『上海覇者』の激突から脱出する白髪黒羽。
超高熱を撒き散らしながら暴れ猛る『红虎』は、いまや人型の自然災害のようなものだ。うかつに近づけば共闘どころではない。
―であれば、それと正面から打ち合う『趙賓』藺 駑門客を何と形容するべきか。

「かかかかかっ!なんと猛々しき技よ!」
「黙れよ魔幇…そんだけの力があって、なんでてめえらはろくでもないことしかしねえんだ!」

超常の武の激突はその余波だけで路面を砕き、戦塵と陽炎を巻き上げて、傍目からその様子を見ることはできない。
遠巻きに見守るマフィアや上海の民に許されるのは、絶え間なく響く人体がぶつかり合うものとは思えない轟爆音と激震、漏れ出る業火と暴風からその激闘ぶりを伺い知ることだけだ。

「おおおおおおっ!」
(シャア)アアアッ!」
『趙賓』の掌打と『红虎』の剛拳が交錯!怪物的轟音とともに余波で路面破砕!

「おらああああっ!」
「シィィィィッ!」
『红虎』の前蹴りと『趙賓』の回し蹴りが激突!絶大なエネルギーの激突が火山噴火めいた灼熱の竜巻を吹き上がらせる!

「がああああああ!」
「くはははははあ!」
軽身功で疾風と化した『趙賓』と灼熱の砲弾めいた突進を見せる『红虎』が間合いを図って駆け巡る!局地的嵐が発生し、逃げそこなった雑兵マフィアが紙切れのように宙を舞った!

「うらああああああ!」
「はああああああっ!」
太陽の如き灼熱塊の『红虎』と硬気功で鋼の塊となった『趙賓』ががっぷり四つ組み合う!互いの姿勢を崩そうとする力がうねり、余波が大地を揺らす!地盤液状化陥没!

新旧『上海覇者』-互角!互角!互角!!
実力伯仲!

―と、そこに!

「己を忘れてもらっては困るな、『上海覇者』よ」
新旧『上海覇者』を凌駕する速度で打ち込まれる一筋の矢あり。
否、矢にあらず。それは魔人だ。超高速機動能力を有した魔人である。
狐の面を被った、狡猾なる求道者。

「ほぉ…!」
「来やがったか!」
「己を抜きで決戦など、間抜けなことをしてくれるなよ?」
―拳狐!!



一方、ダイヤを持って『上海覇者』の決戦から離脱した白髪黒羽だったが。

「これは…やべえ…」
「は……ひっ、ひ…」

ショックで痙攣する神楽を抱えながら、白髪黒羽はある存在と対峙していた。
巌のような、古の石像のような男である。
彼こそが、魔幇の首領。
魔幇の首領は上海で最も強い。
魔幇の首領は上海で最も恐ろしい。
魔幇の全貌を知るのは首領のみ。
魔幇の首領の素性を知る者はいない。

「ダイヤを、渡せ。さすれば、苦しめずに殺す」

人呼んで、「上海天子」。

(やべやべやべやべやべやべえ)

イメージを取り扱う能力を持つ白髪黒羽は、おぼろげながら上海天子の能力がわかった。
「上海で最も強い」「上海で最も恐ろしい」というイメージが、実体となって立っている。
上海のほかの魔人が10とか100の力を持ってる中で10000の力があるから最強とかではなく、「最強だから最強」。
力も技術も異能も上海天子に対しては何の意味もない。上海天子は「上海で最も強い」のだから必然「上海天子以外の全ては上海天子より弱い」のだ。戦いの前提そのものが違う。
こと戦闘においては『創造上の想像力(イマジナリーファイア)』の完全上位互換だ。「最強」のイメージがこの上なく確固たるものとしてそこにある。

(どうする?アタシ一人ならともかく、こいつと向き合ってると神楽ちゃんがショックで死にかねん…!)
対応に苦慮している間にも、相手は待ってはくれない。
上海天子の腕が、持ち上がり―

がぎぃん!と猛烈な音とともに、鉄棍に遮られて止まった。

「……………」
上海天子は、ゆっくりと乱入者の方へと振り返る。

「何者だ?」
「こっちの台詞だな。随分と変わり果てたじゃねえか、七鴉」
「……余は「上海天子」である。改めよ、下郎」
「下郎じゃねえよ」

巨漢の乱入者は、名乗る。
「――『钢铁构架』張三。『破幇同盟』の張三だ。魔幇をぶっ潰しに来た」

張三は鉄棍を構えた。
張三は眼前の相手が持つ能力をよく知っている。
「魔幇の首領は上海で最も強い。」文字通りの最強を問答無用で実現する理不尽。
才能は無意味。研鑽も無価値。鉄の杵を磨いて針を創り出すような修練をいくら積み上げたとて、「最強」を超えることはできない。
わかりきった無謀。必敗にして必死。

―だが、『破幇同盟』は一人にあらず。張三は勝機を見出している。



『飢鬼』林希美は、張三から上海天子の能力と、その正体について聞いていた。

『今の魔幇を取り仕切ってるのは、七鴉だ』
『工房通りの幻影で見た、張三たちと一緒にいたあいつ、だよね』
『そうだ、あいつは仲間の魔人能力を真似る力を持っている…それで、俺の兄貴の能力…『积沙成塔』を使ったに違いねえ。仲間に望まれた通りの頼れる指導者になる力…危険な能力さ。使い過ぎれば元の自分が何者だったのか忘れちまう』
『じゃあ、それをずっと使い続けた七鴉は…』
『もう七鴉じゃねえだろうな。あのバカがよ…話が逸れた。『积沙成塔』は凶悪だ。今の上海でなら、文字通りの最強を実現する。正面からじゃ逆立ちしても勝てねえよ』
『じゃあ、正面以外から』
『そうだ。七鴉は俺が抑える。お前さんはその間に…』

そして現在。林希美は上海の街を駆けずり回っていた。
「やったっ、取ったッ!」

大混乱の中、彼女はそれを奪取した。
「取れたっ!清王朝のダイヤっ!」

張三の策は、シンプルだ。魔幇の支配と権力の象徴である清王朝のダイヤを奪取する。
現状「誰のものか未確定」と認識されている清王朝のダイヤが「明確に魔幇と敵対する勢力の手に入った」となれば、魔幇の絶対性に対する上海の人々の認識は揺らぎ、『积沙成塔』は解除されるであろう。

「とにかく目立つところ、高いところに…!」
高いところから、拡声器で大絶叫。単純極まる手段だが、アピールは単純な方がわかりやすい。ダイヤがあれば耳目は勝手に集まってくる。こうしている間にも、張三は死地にいる。一刻も早く事をなさなければ。
希美はダイヤモンドを脇に抱きかかえて、その辺のビルの階段を駆け上る。
…脇に抱きかかえて?

「…あれ?」
希美はどう見てもダイヤのサイズ感ではない荷物を見た。
「私ダイヤじゃないアルよ!」
「誰―――ッ!?!?!?!?」
「タオマオ!を!返しやがれーっ!」
「うぎゃ!?」

ダッシュで迫ってきた郭亀岩の八極拳が狼狽していたところに突き刺さり、床を転がる希美。
グィエンは宙を舞ったタオマオをお姫様抱っこでキャッチする。

「グィエン!」
「もろもろの話はあとだ!いまは安全を優先するぞ!」
「ちょおおおおおっとまってぇえええ!その子、ダイヤに見える魔人能力だよね!」

ガバリと起き上がった希美が、グィエンとタオマオに詰め寄る。

「そうだ!ダイヤじゃねえぞ!」
「じゃあそれでいい!そう見えるだけでいいから!ちょっとだけ!ちょっとだけ身柄を貸して!上海全土に見せびらかすだけだから!時間がないの!お願い!」
「何言ってんだテメェ!?」
「何言ってるアルかこの人!?」
「ああああ一刻一秒が惜しい!ごめんなさい!『飢鬼』林希美!その『清王朝のダイヤ』、無理やりにでも貰い受ける!」
「上等じゃゴラァ!タオマオは誰にも渡さねえぞ!」

焦燥に駆られた『飢鬼』が、郭亀岩に襲い掛かった。



「ウェエエエエエエエエエエエルカアアアアアアム・トゥ・ザ!ダブル!ハピネス!キャンペエエエエエエエエン!ファイナアアアアアアアアル!!!!!」

上海の大通り。そこには混沌が広がっていた。
殺到し群がり過密し密集し集結する魔都上海の欲深な魔人、魔人、魔人!!

「踊ってるか踊ってるな踊れ踊れ踊れ踊れ踊れ騒げ歌え楽しめ笑って泣いて怒って爆ぜろぉ!すべての素敵で愉快な強欲者ども!清王朝の宝箱、双喜はこ!こ!だぞ~っ!!」
かつてなく強化された『欲心流路』でビルとビルの間をぴょいぴょいとはね飛びながら、どこで強奪してきたのかとても片手で持てるものではないはずのガトリング砲をペンライトのごとくぶんぶん振り回して双喜はご機嫌だった。

「そしてぇ!噂の清王朝のダイヤはあそこだーっ!太可愛了!」
双喜はビルの壁に張り付いたままガトリング砲で地上の一点を指し示し、そのままぶっ放した。
その射線の向こうには一人の少女。50口径弾の暴雨を浴びながら、不動!

「ちょっとー。ダイヤに傷がつくでしょ。ダイヤは私ほどかわいくないんだから」
がぎがぎがぎ!という音を立てながら生身で50口径弾を弾くその少女こそは、喬芽芽。その手には、清王朝のダイヤモンド!本物である!

「おいこら返しやがれ!そのダイヤは私が友達の結婚祝いにするんだよ!」
「じゃあ私とダイヤのツーショット写真を結婚祝いにするといいわよ。ダイヤよりそっちの方がかわいいでしょ?」
「なんてこった!太可愛了!」
どさくさに紛れてダイヤをふんだくられた白髪黒羽の抗議を鉛玉の雨もろともさらりと受け流す喬芽芽。

と、そこに。
どがしゃあん!と派手な音と共に吹っ飛ばされてくる影。

「ぐ…ぬ…最強ってのは無茶苦茶だな…」
張三である。上海天子の猛撃は張三の武術(ウーシュー)の限りを尽くした防御の上からでも、その巨体を数百m単位で易々と吹き飛ばしてのけた。あるいはそれだけの打撃を受けてなお戦闘続行しようとする張三のタフネスを称えるべきか。

「わ、なんかちょっと強そうなおじさんが来た」
「太可愛了…ってダイヤ!?希美は!?」

張三は相棒を信頼こそしていたが、喬芽芽がダイヤを所持し、ダイヤを確保しに赴いた希美が見当たらない状況は最悪の事態を想像するのに充分であった。
実際は希美はタオマオをダイヤと誤認して明後日の方向に行ってしまったのだが、それを察しろというのは酷であろう。

「おい!そのダイヤ誰から獲った!」
「そこの白黒のおね―」

喬芽芽が説明するよりも先に、ダイヤを求める上海天子の拳が叩き込まれる。
ノーガードで頭部直撃。尋常ならば上半身が赤い霧になっていてもおかしくない一撃であるが。

ぎぎぎぎぎ!と地面のアスファルトに二本線を引きながらも、喬芽芽は体勢を崩しさえもしなかった。
金城鉄壁。上海に強者は数あれど、「最硬」の魔人は喬芽芽に他ならない。
だが。
「ちょっといきなりな―」
喬芽芽が抗議するよりも先に上海天子がそのかわいらしい顔面をむんずとひっつかみ―

上空の雲に空いた丸い衝撃波の跡だけが、喬芽芽がどこに行ってしまったのかを伝えていた。大気圏外だ。
恐るべきは上海天子。腕力だけで人を地球外に放逐してしまう理不尽。

「マジ…」
「かよ、オイ…」

つい先ほどまで元気に50口径弾を弾き返していた鉄壁魔人の一瞬の退場に、さしもの上海の魔人たちも怯む。

そして『积沙成塔』ある限り、上海天子は最強。ダイヤを宇宙に放ってしまうなどというミスはあり得ない。
喬芽芽がたまらず上空で離してしまったダイヤが、上空から上海天子の掲げる掌に―
収まるより、早く。

「何ぼさっとしてんの!私がもらうぞ魔都の命知らずども~!」
上空に飛翔する影!上海最大の強欲、双喜だ!
ほかの誰も到達しえない高度で、ダイヤをつかみ取る―
その寸前。

双喜の視界に、黒い影。
幻だ。
それが現実であるはずもない。
無害な、黒い幻。
無敵の、黒い影。
傍から決して離れない、黒いそれ。
当たり前のように隣に居座り、いつだって親しげに話しかけてくる、黒い彼女。

わかっている。
それが自分の知るそれではないことなどわかっているのだ。
―それでも。

「-また会ったね!妹よ!」

顔をくしゃくしゃに歪めて、迷いなく双喜はダイヤをほっぽり出してそれに飛びついた。
そのままビルの壁に激突。
傍から見れば、空中で急に姿勢を崩したとしか見えない。

その意識の間隙に、栗毛の少女が滑り込み―

「獲っ…た!」

死神が、ダイヤを獲った。



死神は群衆があっけにとられている間に、あらかじめ用意しておいた自転車に飛び乗って猛然と逃げ出した。
一拍遅れて、ダイヤを求める魔人たちの怒号が濁流になって死神を追いかけ始める。

背中にびりびりくる圧力を浴びながら、死神の脳裏にはいろいろなものがよぎった。
(今日からアンタは『ジリジリ滞納! 借金地獄巡り』じゃ! カァーッ!)
鞍馬山で、つけられた名前。
(“まだ決めません”っていう名前は、どうでしょう)
鞍馬山で、保留にした名前。
「まだ」決めないことにしたそれ。
今決めずして、いつ決める?
覚悟を決めて、死神が口を開こうとした時―
ガゴォン!というひときわ激しい轟音とともに死神のすぐ隣のビルが倒壊した。

崩壊しゆく高層建築を突っ切って表れたのは、3人!
「ぬおっ…!マジか、ダイヤのほうに来ちまったか!?」
『红虎』劉炎嵐!
「かかかかっ!これは単なる武の競い合いではないぞ!」
『趙賓』藺 駑門客!
「己はダイヤの奪い合いを絡めた戦でも構わんぞ!」
拳狐!

上海覇者の座を競い合う3人が、ダイヤを追いかける戦線に姿を現した。

「うわわわわわ!?」
たまらず姿勢を崩した死神の自転車が蛇行して、道の反対側のビルに危うくぶつかりそうになりつつ止まる。
「ほれ!ダイヤを返してもらうぞ!」
「よそ見してんじゃ、ねえよ!魔幇!」
そこに飛びつこうとした『趙賓』を、『红虎』が止める。
「己よりもダイヤが大事か!?上海覇者!」
その二人を、横から強襲する拳狐。上海覇者の座を争う3人の戦いは災害じみて荒れ狂い、有象無象の魔人たちをダイヤ争奪戦からふるい落とす。
だが、有象無象でない強者たちはここが好機とダイヤに手を伸ばす!

「悪いが、そのダイヤを貰うぞ!」
張三の鉄棍が、鋼の蛇と化してその牙を死神の手中のダイヤに伸ばす。だが、その視界に突然『眩しい』物体が映り込み、動きが乱れる。
「おいおいおい!アタシだってダイヤをあきらめたつもりは毛頭ないぜ!」
張三を妨害した白髪黒羽が、ダイヤを奪還するべく死神に向けてダッシュ。
「来るならこ―」「失礼!」
身構えた死神の手からダイヤをすり取ったのは、ビルの上から一歩で死神に肉薄した人物。死神の反応よりも早く、彼は高低差を無視した動きでビルの上まで退避し、その反対側へと消える。
「よくやったぞわが弟子よ!殿は私に任せてダッシュだダッシュ!」
新手の乱入をその場の魔人たちが認識するよりも早く、音速の四割増しで飛来した天狗が、その場の全てを相手取って不敵な笑みを浮かべ―
「退け」
「あっこの最強存在は無理。デウスエクスマキちゃんとかじゃないとむ―」
上海天子の拳を受けて、下山アンドロメダは吹き飛んでいった。これではわたしは出オチじゃないかーと若干メタい残響を残しての退場である。
「師匠!?なに大事な場面で出オチかましてるんですか師匠!?」
高低差無視ダッシュで上海の高層建築を突っ切りながら逃げる「きみ」だったが、師匠の出オチには流石に驚かざるを得ない。
その間にも、戦況は動く。

「ぬおおおおこっち来やがったッ!?」
「死ね」
下山師匠を吹っ飛ばした上海天子だったが、高低差を無視して逃げ回る「きみ」を一時見失い、とりあえずと言わんばかりに白髪黒羽のほうに突撃していた。ここら辺人格摩耗の弊害である。
「こっちくんな!」
白髪黒羽は咄嗟に足元の瓦礫に『壁』のイメージを付与。通行不可の壁にしか見えないイメージが上海天子の前に立ちはだかる。が。
「フン!」
「だめだこりゃ!」
普通にぶち破られた。壁など上海天子にとっては通行の妨げにならない。
「死ね」
上海天子の拳が、万事屋に迫り―
ぴたり、と止まった。
「こっ…『攻撃禁止』…!」
「ナイス神楽ちゃん!」
ずっと白髪黒羽に抱えられっぱなしだった神楽が、土壇場で上海天子の一撃を止めた。だが。
「すいません限界です。がくっ」
「神楽ちゃん!?」
上海天子の圧力に耐えかねて、かくん、と意識が落ちた。
上海天子は「上海で最も恐ろしい」存在である。荒事に慣れた魔人でなければ、近くで意識を保つだけでも困難なのだ。

「おいゴラァ魔幇のネズミ野郎!堅気に手を出すんじゃねえよ!」
そうする間にも『攻撃禁止』を無理矢理引き剝がそうとしていた上海天子に灼熱の鉄拳が深々とめり込み、吹き飛ばした。
劉炎嵐だ。

「すまんベニトラ!神楽ちゃんがこの状態じゃ無理できん!名残惜しいがダイヤは諦めさせてもらう!」
「とっとと行け万事屋!もともとそいつを連れ戻すのがお前の仕事だろうが!変な欲出してんじゃねえよ!」
白髪黒羽が戦線を離脱する。
その間にも、戦場は加速を続ける―

「が、はっ…」
「運がない喃。拳狐よ。単純な一対一であればもう少し善戦できたろうな」
劉炎嵐が離脱した直後、拳狐は致命的な一打を受けた。
数多の思惑を持った人間が交錯する混沌とした戦場。予測困難なカオス状況の中で、『趙賓』の二千年の経験値がものを言ったのである。
「ぐ、ぐうっ…」
「足掻くな。心の臓が最早まともに動かぬであろう。今楽にしてやるわ」
立ち上がれぬ拳狐は、路上を這いずり―
ガゴン!と拳狐の手が触れたマンホールの蓋が『趙賓』に向けて射出されるが、あっさりといなされる。
拳狐は這いずりながら、マンホールの中へ逃げ込んだ。逃げ込んだというよりは、落下したという方が適切かもしれない。

「地上で死ぬのは嫌か?猫は死期を悟ると人目のないところへ行くと云うが、狐もそうなのか喃?」
「ぐ、はっ、誰が、死を受け入れたと…?」
「敗ければ死あるのみよ。どんなに強くともな。不死不敗が強者の故よ」
とん、とマンホールの中に飛び降りた『趙賓』は、奇妙な声を聴いた。
くつくつと、死にかけの拳狐の笑う声である。

「…意外だな。貴様ほどの強者が狂を発するか?」
「いや、何。不死不敗の貴様が―」

死にかけの拳狐は、にやりと笑った。

「一度己に敗けた者に手も足も出なかろう事が可笑しくてな」
「何を―」

次の瞬間、『趙賓』の四肢と頸が喰いちぎられて宙を舞い、心臓が嚙み砕かれた。
不可視の猛獣が成した傷であった。

「あ、な、なんじゃこりゃあっ?」
自らの敗北の認識が間に合っていない生首が、下水に沈みながら呻いた。
「こ、これは―」
『上海覇者』だった男が、下水に沈んでいく。
「上海最強ではないか」
そう言い残して『趙賓』は死んだ。『上海覇者』に相応しい死にざまとはとても言えない、あっという間の死であった。

下水鱷魚(シーワーゲーター)』。
上海のマンホールの下は、正真正銘の無敵の怪物の縄張りである。

「上海最強…だそうだぞ、鰐よ」
「僕はメーメーの矛だよ」

無敵の怪物は、一言だけ言い残して去っていく。

「上海最強なんて、興味ないや」

「―ふふ。無敵の怪物様は、最強など興味なし、か」
拳狐にも、最早立ち上がる力はない。
「それでも…己のような人間は…」

拳狐の心臓が、止まる。

「最強という言葉に、夢を見ずにはおられぬのよ…」

下水道に、動くものは誰もいなくなった。



「ヘイそこのきみ!ダイヤプリーズ!」
ダイヤを持って逃げる「きみ」の進路を真っ先に塞いだのは、空中機動でいち早く駆けた双喜であった。
「ちぃ!」
進路を阻まれた「きみ」が双喜から逃れるべく振り返ると、そこに。
「ダイヤは、私が貰います!」
後ろから追いついてきた死神。
(ダブル上海狭盗挟み撃ちだねこりゃ)
「もうちょっと建設的なことを言ってください師匠!いややっぱり腐れたどうしようもない妄言をもっとまき散らしてください師匠!」
(わが弟子は私のことをなんだと思っているんだい!?)

下山師匠が「きみ」に貸与したテレパシー能力は、半径300m以内に限りほかの人間との相互送受信も可能である。
咄嗟に「きみ」は双喜と死神の脳髄に下山師匠のメタ発言を多分に含むどうしようもないうざ絡みを直結送信した。恐るべき精神攻撃である。

(この私のありがた~い美声を精神攻撃扱いにするって酷くない?作者が私のことをどうしようもないギャグキャラかめんどくさい奴扱いしてる性根が透けて見えるよね。こういう扱いをするなら茶山ちゃんだのヨニヨニちゃんだのもっと適切なキャラクターがいるだろうに。というか前上海覇者の駑門客クンは私が2回戦SSで倒したんだよね。今回はレギュレーション上問題はないとはいえ仮にも2回戦で勝ったSSをこんなに堂々と無視するのはどうなんだい?普段のダンゲロスなら勝ったSSが正史になるルールだからその実績をもって私はつよつよ天狗として扱われるべきところをかようなかませじみた出オチ扱いすることは物書きの端くれとしての何らかのプライドに差し障るとは思わないのかうんぬんかんぬんくどくどぐちぐち後略)
「うわああああああ!?」
「脳髄にゴミのような情報がぁ!?」

不意打ちで双喜と死神を怯ませたが、稼ぎ出した時間は一瞬だ。
「きみ」は活路を求めて周囲を見渡し―

その男の影が、名前と魔人能力を無くして以来眠っていた記憶の中の何かを呼び覚ました。

「おまえ―」
鉄棍を伸ばし、棒高跳びの要領でやってくるその男に向けて。
英雄(ヒーロー)になったんだな、張三!」
「きみ」は全力で清王朝のダイヤモンドを投げ渡した。

「おまえ、は!」
張三は自分に向けてダイヤを遠投する男を見て、その『知っている顔』に驚愕しながらもダイヤをキャッチし―
ようとした瞬間。

ごおおおん!と上空から降ってきた何かが上海の地面に激突し、足場をしたたかに揺らした。
「ぬおお!?」
その結果張三はバランスを崩し―
ダイヤをキャッチし損ねて、あらぬ方向にダイヤが飛ぶ。

それに飛びつく、二人。
死神と、双喜!

「私は!今!これに名前を付けます!」
死神が、強引に世界へとむけて宣言する。
今まさに奪い合っているものが何なのか。

曰く清王朝のダイヤモンド。
曰く存在しない虚構。
曰く紳士な亀のダイアモン・ドー。
曰く人々の共通認識が形を成した物。
曰くジュエル星からやってきた宇宙人。
曰く王朝の正当性を示す神秘の王権証器(レガリア)
曰く完成させた者の願いを叶える願望器。
曰く五千兆円の暗号資産を解凍する生体認証キー。

(覚えときな。名前ってのは、呼びやすくするためだけのもんじゃない)

鞍馬山で聞いた話を思い出す。

(線引きであり、宛先であり、『これはこういうやつです』って、世界に向かって掲げる看板だ)

その看板を、己の一存で一つに纏める。
なんたる横暴。
なんたる強行。
なんたる無法であろうか。

それを成し得る者をこそ。そう呼ばれるべきであろう。
上海一の無法者。すなわち―

「これの!名前は―!」

死神が。大きく口を開けて。

「なんでもええわ名前なんざぁッ!!」

死神の顔面に双喜のドロップキックが深々とブッ刺さり、意識を刈り取った。
名づけられざる何かが、藍色の髪の少女の手中に収まる。
上海一の無法者が、叫ぶ。

「私と、こいつが!今ここに揃ったッ!さあ刮目しろ業突く張りども!」

看板を、掲げる。

「ダブル・ハピネス・キャンペーン!」
「空前絶後の至高のお宝つかみ取りチャンス到来だぁ!!」

上海狭盗が、ダイヤを獲った。

決定的な、ダイヤ奪取宣言。

まずは、浜辺に打ち寄せるさざめきのように。
「ダイヤが盗られた」
「双喜が獲った」
「双喜が持ってる」

次いで、一陣の風のようなざわめき。
「奪うチャンスだ」
「早い者勝ちだ」
「行くぞ 今が好機」

そして、上海を焼き焦がす欲の業火!
「いまだああああああああ!」
「ダイヤを獲れえええええええええ!!」
「取れる!取れるぞぉ!今ならダイヤが取れる!!」
「俺が!俺の!俺のだ!俺のもんだああああ!!!」
「ダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤぁ!!!!」

瞬く間に、上海の魔人たちは沸騰した。
欲望に目をぎらつかせた群衆が濁流と化して全方位から双喜に向けて殺到し、上空に舞い上がった双喜に向けて波しぶきのように吹き上がりさえした。
ダイヤを掲げて飛翔する双喜に向けて、熱狂的に伸びる腕が立ち並ぶさまは、一種地獄めいている。

狂熱に煽られてくるくると空を飛びながら、双喜は呵々大笑する。
「よっしゃー!きたぜきたぜ来てるぜ上海!さあ踊って戦って笑って嘆いて奪い奪われ栄えて滅んで飲んで食って歌って騒いで!素敵に愉快に強欲に貪欲に欲深に貪婪に執拗に悪食に意地汚く業深く獣のように禿鷹(ハゲタカ)のように鬣犬(ハイエナ)のように鋸刺鮭(ピラニア)のように悪竜(ドラゴン)のように!この熱狂の街で派手に豪華に豪奢に豪快に大仰に絢爛に鮮烈に極彩色でもだえるほどにねじれるほどに命果てるまで!今日が旬だぜ最盛期だぜシーズンだぜ脂がのってるぜ!一世一代、千載一遇、空前絶後、酔生夢死の晴れ舞台!今宵はここが宇宙の中心だぁ!押っ取り刀のきりきり舞いでくるくる回れ!カメラを回せ世界を回せお寿司も回せ駆けずり回れ!百万年先まで伝説になる一夜にするぞ業突く張りの人間どもォ~~!!!」

熱狂と怒号がうねり渦巻き、魔都の全てをグラグラと揺らす。
それはこれまでの上海の常識、魔幇の支配をを揺るがす激震であった。

熱を帯びたうねりは、やや離れた場所で戦っていた林希美と郭亀岩の元にも届いていた。
二人が戦っていたビルは、倒壊していた。二人の激闘の故ではなく、いきなり上空から隕石めいた物体が突っ込んだためである。
「もがもがもんが!もんがもがもが!」
その爆心地、クレーターの真ん中で地面に頭から突き刺さった少女が、じたばたともがいている。
ちなみに「その声はグィエンよね!?私よ!喬芽芽よ!アマゾンで共闘した仲じゃない!助けなさいよ~!」と言っているのだが、犬神家状態での発声は激しくくぐもっていたので、意味が分かったものはいなかった。ちなみに張三のダイヤキャッチを失敗させたのも大気圏外から落下してきた彼女である。
それよりも、上海全土を揺らす熱狂的な叫びの方が、希美の心配事だった。
「ダイヤだ」「ダイヤが獲れる!」という叫びが、遠くから『飢鬼』で強化された聴覚に入ってくる。

「これは…誰かが決定的にダイヤを獲った!?じゃあこんなところで戦ってる場合じゃない!」
『积沙成塔』が解除されたと踏んで、張三を助けるべくダッシュでその場を離脱する希美。
「おいこら!勝手に喧嘩売っておいてどこに…!」
グィエンがその背に叫ぶが。
「おいダイヤじゃねえか!?」「ほんとだダイヤじゃねえか!」「ヒャッハー!なんでこんな場所にあるのかわからんがチャンスじゃあー!」
「こんなのばっかりかよ畜生!」
熱狂に浮かれた魔人たちが、案の定タオマオに殺到したのでグィエンはそれどころではなかった。

「張三!あんたを一人で戦わせやしない!」
林希美は駆ける。同盟者の元へ。



「ぬ、がああっ!おのれ!おのれ!余、は…!」
「何者だか知らんが!年貢の納め時だ!魔幇の大鼠!」

劉炎嵐の拳が、上海天子を吹き飛ばす。
魔幇の首領と上海覇者の死闘は、急速にその天秤を傾かせつつあった。

「急に弱くなったな。ダイヤを獲られたからか?」
「ぐうううっ!ぐうっ!ダイヤ!ダイヤを…我が支配の象徴!ダイヤさえ取り戻せば…!」
双喜が『清王朝のダイヤは誰にも獲るチャンスがあるお宝だ』と宣言したことは、上海の魔人たちの意識から魔幇への畏怖を綺麗さっぱり吹き飛ばしてしまった。
『积沙成塔』は解かれ、上海天子の最強は崩れ去ったのである。

そこに、飛び込む影。
ダイヤを持った、双喜!

「やっほう魔幇の大首領!ナイス強欲!私と一緒に踊りましょう!」
「おおおッ!ダイヤを!返せ!」
上海天子の手をひらりと躱し、双喜は問いかける。
「アハ!その前に!おひとつお聞かせください!あなたの欲を!何のために!何を思い!何を願い!何故清王朝のダイヤを求めるのか!」

「そいつは俺も聞きたいな」
劉炎嵐が、熱を滾らせながら問いかける。
「魔幇のボスは、何を考えてる。この街を、このどうしようもなくうまくいかねえ、まともな奴が馬鹿を見て悪党が笑うこの世界で、何を考えてトップに立ってんだ?」

「俺にも、それを聞く権利があると思いたいな」
ひらりと舞台に上がった張三も、鉄の如き鋭さで問いかける。
「百年前、俺たち『破幣連盟』はちょっとでもこの街をマシにするために立ち上がったはずだ。今お前は何を考えてるんだ。七鴉」

「余は」
魔幇の首領は、応える。
「余は、「上海天子」である!余は魔幇の首領である!余は上海に君臨する!それが…それこそが!余である!余は!「上海天子」である!!」
血を吐くような絶叫。
なんたる空虚。
なんたる妄執。
支配するための支配。
君臨するための君臨。
彼の本来の人格は摩耗し「魔幇のボス」、「魔都上海の支配者」らしい行動を自動的に行っている。
これが魔幇の首領の正体。空っぽの支配者である。

それを見て―

双喜は、笑った。
「いいでしょう!素晴らしい!私は肯定します!目的のための目的も!手段のための手段も!何事かを為さんとするならば!立ちふさがる全てを踏みつぶし蹴散らし蹂躙する強欲がそこにあるならば!私はそれを是としましょう!」
轟轟と渦を巻いて、上海の街から、強欲な魔人たちから、立ち上る。
それは混ざり合い、黒い色になって、清王朝のダイヤを掲げる双喜の元に集う。
それは欲望の奔流。あるいは、名づけられざる何か。
あるいは、黒もっこ。
あるいは、三尸の蟲。
無害な、黒い幻。
無敵の、黒い影。
傍から決して離れない、黒いそれ。
当たり前のように隣に居座り、いつだって親しげに話しかけてくる、黒い何か。

漆黒の巨大な百足が形を成して、双喜を乗せて鎌首をもたげた。
「『上海狭盗』双喜!この街の強欲を背に受けて!今こそ我欲を世界に刻む!」

劉炎嵐は、怒った。
「そうかよ」
ズン ズン ズン

劉炎嵐は怒る。ほんの一人でも誰かが助けを差し伸べれば避けることが出来た悲劇に怒る。

ギリ ギリ ギリ

劉炎嵐は怒る。ほんの少しでも優しさを持てば留まることが出来た悪意に怒る。

ミチ ミチ ミチ

劉炎嵐は怒る。平和でない世界に怒る。

『ホェンちゃーん!』『ベニトラぁ!受け取れ!』
怒れる『红虎』の頭上に飛来したドローンが、荷物を投下した。

少しでも、悲劇と悪意を減らせるのなら。
少しでも、世界を平和にできるのならば。
彼は怒りとともにその名を掲げる。

ばさり、と羽織った外套には、万事屋の手によってそれの主が何者かが記されている。
「『上海覇者』劉炎嵐!魔都を牛耳るクソ野郎に!今こそ怒りの鉄槌を下す!!」

張三は、悲しんだ。
「そうか。七鴉。お前はもういないんだな。あの日立ち上がった『破幣連盟』も、俺たちの希望だった魔幇も、もうないのか」

彼がかつて見た夢は、ともに未来を描いた同志は、そこにいない。
だが。
その背に向けて、近づいてくるものがある。

「どけ…どけーっ!」
欲に駆られた魔都の魔人たちを押しのけて、大きなトレーラーが近づいてくる。
運転席には、『破幇同盟』の仲間が。

「張三!一人で戦わせやしないよー!」
ガゴォン!と音を立てて、大型トレーラーの荷台に積まれていた鉄材の山が張三に向けて投下される。
彼がかつてともに未来を描いた同志は、そこにいない。
だが。
彼には今まさに、ともに未来を描く同志がいる。
『破幇同盟』が、張三の背を押した。
だから、彼もその名を名乗る。

「『上海英雄』張三!『破幇同盟』の名の元に!今こそ上海を覆う悪を打ち払おう!!」

『上海狭盗』双喜。
『上海覇者』劉炎嵐。
『上海英雄』張三。
『上海天子』。

ここが最前線。魔都の未来を左右する、最後の決戦の舞台。
掴むのは、勝利か、正義か、それともダイヤか。
ようこそ、欲望渦巻く魅惑の太極へ。

魔都はDANGEROUS!命の保証なし!

「『絶招』―」

張三は、一切の出し惜しみをしなかった。
一撃で勝負を決するべく、絶大量の鉄材に能力を疎通。
百年前、七鴉と戦った時に匹敵する体積と質量。
当時とは比べ物にならない精度と武技。
重ねて放つ!

「『鉄杵磨成八卦龍』―――!!」

鋼の巨龍が八頭、上海天子に迫る。

「おおおおおおーっ!!!」
上海天子が吠えた。
すでに擦り切れ失せたはずの、七鴉翁の残滓か。
その影から七羽の巨大な鴉が飛び出す。

八頭の龍。
七羽の鴉と一人の男。

かつての『破幣連盟』の八人。
張三はもし人格が擦り切れたはずの上海天子/七鴉翁が『七つの仔』を使うことがあれば、かつての『破幣連盟』の中核メンバーのそれであろうと考えていた。
対策などは、特にない。愚直に、真っ向から叩き潰すよりほかにない。

張无忌の『积沙成塔』。もはや機能していないそれを正面から噛み砕く。
張三自身の『鉄杵』。練度の差をもって真っ向からねじ伏せる。
カリー・魔幣の『狩りの時間だ(十三倍の金曜日)』。星期五(きんようび)でないゆえに不発のそれを轢き潰す。
叩頭卿の『孤死首丘』。伸びようとするそれを質量に物を言わせて圧殺する。
藺 駑門客の『不死不敗』。積み上げ続けた武術(ウーシュー)で殴り倒す。

ここまで、圧倒。
張三が警戒している能力は、ただ一つ。
「―来るか!」
その男こそが、八人の中で最強。魔人能力そのものの出力、破壊力で言えば二千年を生きた怪物、藺 駑門客ですら比較にならない。

魔幇の八人。『魔幇八大龍』最強の男の能力。
万物を凍結させる、未知の虚空より溢れ出る冷気。

天の一龍。『永久凍結』。

未知の外宇宙と接続して無尽蔵のエネルギーを取り出し、また底なしに熱量を喰らう。
おいそれと発動することのできぬ、EFB(エターナルフォースブリザード)級戦略規模破壊能力。
外宇宙とつながるそれはアルクトゥールス星の天狗を上海に呼び寄せる呼び水となったのだが―それはさておき。

張三は、これに対して真っ向から立ち向かった。
小細工でどうにかなる相手ではない。
己の積み上げた鍛錬を信じ、只ぶつかる。

鋼の龍が瞬く間に凍結し、分子レベルで崩壊してゆく。
それでも突き進む。

「おお、おおおおおおおーーーーッ!!!」
張三は吠えた。その脳裏を、走馬灯のようによぎる記憶。
『破幣連盟』として未来を夢見た日々。
兄が死んで、仲間たちがバラバラになったあの日。
百年の悔恨。
林希美がやってきて、『破幇同盟』を結成した日。
同盟を組んで、戦って。

―そして。今日。
「なあ、七鴉…」
「生きてたんだぜ、一龍の兄貴は…」
「さっき、ダイヤを投げてきたんだよ…」
「てっきり俺は、百年前のあの日、死んじまったものと思ってたんだよ…」

急速に、張三の体温が失われていく。
『永久凍結』は、強力だった。
張三の意識が遠ざかっていく。
それでも、前に、前に進もうとして―
遂に、膝をつく。

そこに。
ごう、と、灼熱が。

「何だか知らねえが」

赫々と輝く―

「ムカつくぜ!」

上海覇者!!

「何があったんだか!知らねえが!」
高熱が、冷気を押し返す。
「俺は!知る由もねえが!」
怒りが、真っ赤に輝く。
「手前らの間の因縁なんざ!知ったこっちゃねえが!」
憤怒が!道を開く!

「立てや!英雄(ヒーロー)!!」

上海英雄は、立った。駆けた。
「『絶招』―」
鉄棍を振り上げる。
万感の思いとともに、振り下ろす。

「『鉄杵磨成八卦蛇』―――!!」

上海天子は、それを避けなかった。
―『破幇』は、成った。



それに気づいたのは、誰だったか。
「あれ?」
それを見失うなど、本来あり得ないことだ。
「―ダイヤは?」



第十六上海天空樹塔(スカイツリー)
その頂点に、黒い大百足に乗った双喜がたどり着いた。
手に、ダイヤはない。

「―いい眺めだね」
ダイヤを持った少女が、双喜を出迎える。
気取った燕尾服とマント。
悪戯っぽい相貌の上に、シルクハットとモノクル。
胸元にクローバーを模したタイピン。

「予告状通り―」
少女が名乗る。
「怪盗ピーチクローバー、清王朝のダイヤを頂戴いたしました」

ダイヤを奪われた双喜の顔には―
「―ふふふ!」
はちきれんばかりの、好戦的な歓喜。
「感じますよ!素敵な強欲を!」

怪盗は語る。
「最初に魔幇から清王朝のダイヤ盗んだのね、私なの」
「その後は?」
「上海の街でダイヤを奪い合わせたのも、私なの!」
「その心は」

こともなげに、大それた欲望を語る。
「実物を誰も見たことのないお宝なんて、興醒めでしょう?だから…」
「一度上海の街に放って、魔幇その他の勢力間で奪い合いをさせた」
「そう!欲と興味を羨望を煽って煽って―その上で、衆人環視の元、ド派手に豪華に!改めて手に入れる。それが私のやり方」
「ふむ。趣味が合いそうですね」
「でしょ~?で、それでね!」

怪盗は、歓喜を見せた。
「双喜!貴女が目覚めたのは、本当にうれしい誤算だった。ダブル・ハピネス・キャンペーンの告知を聞いたときは、嬉しすぎてひっくり返るかと思ったよ―」
獰猛な笑み。
「―この街は、こんな素晴らしい獲物を提供してくれるのかって!」

双喜も、熱に浮かされた笑み。
「怪盗さん。あなたの予告状を見た時から、その欲望は感じていました」
凶暴な、笑顔!
「ダブル・ハピネス・キャンペーン!熱烈歓迎!!かかってこいっ!強欲怪盗!」

徐々に、どよめきがスカイツリーを包みつつある。
清王朝のダイヤモンドををめぐる、欲と欲の最終決戦を見届けようと、上海の全ての目が集まっているのだ。

ざわざわと、双喜の脇に控える強欲の化身、三尸の蟲たる漆黒の大百足が質量を増す。
怪盗は、手品めいて取り出したステッキを構えた。

上海に、数多の魔人が集ったが。
最大の強欲の主は、この二人のいずれかであろう。

ごごん、と遠い振動が、猛烈な勢いでスカイツリーに迫りつつある。
鈍色の鋼の龍と、怒れる真っ赤な虎が、競り合うようにダイヤへと迫っているのだ。

その言葉は、どちらからであったか。
「Shall We Dance?」

二人の少女の影が、スカイツリーの頂上で重なり―

直後、二重螺旋を描いてスカイツリーを駆け上った火焔と鋼が、その影を呑む。

そして、上海の魔人たちは、確かに見た。
空中で高々とダイヤを掲げる、藍色の髪の少女の姿を。

その直後、龍と虎の圧力に耐えかねたスカイツリーはダイヤを持った少女を巻き込む形でぐちゃぐちゃに倒壊し。

―遂に、清王朝のダイヤと藍色の髪の少女が見つかることはなかった。


……
………

そして、幾日かが過ぎた。

「だから俺はダイヤ持ってねえって言ってんだろうが!何回目だこの話は!」
「上海覇者が怒ったぁ!」
「逃げろおおおおお!」
「あ、諦めんぞ~!ダイヤはわしらが獲ったるんじゃ~!覚えとれ~!」

劉炎嵐は、上海覇者になっても怒っていた。
近頃の怒りの種は、概ねダイヤをこっそり持ってるんじゃないか疑惑である。

スカイツリー倒壊後、葉桃香は捕縛されたものの双喜と清王朝のダイヤは結局見つからなかった。
ダイヤの行方については無数の噂が立ち、その中で有力とされる説が現場にいた劉炎嵐か張三が持っているのではないかというものだ。実際のところは的外れなのだが。

「なあ、ダイヤの手掛かりは本当になんも見つからねえのか?流石にこうも何度も何度も言いがかり付けられっとうんざりだぜ」
『全く無いねえ。各種カメラにもスカイツリーから脱出した人影はなし。地下も下水道を自由に移動できる魔人…っていうかワニが総ざらいで探したらしいけど、結局なんもなかったらしいよ』
「マジかよ~。あ~、今更ながらダイヤが欲しくてたまらねえぜ。全く、上海覇者になったってんのに面倒ごとが増える一方とは思わなかったぜ…」

全くいらつくぜー、と上海覇者は青空を見上げてぼやいた。

『そういえば、話は変わるんだけどさ』
「何だ?」
『拳狐、見つかってないんだよね。なんか下水道でワニ君が死にかけてるのを見たって言ってたけど、その後死体が見つからなかったって』
「ん、まああいつなら…」

上海覇者はこともなげに言った。

「死んだふりくらいするだろ。狐だぜ?」



宇宙である。

あからさまなアダムスキー型円盤が、宇宙空間を航行していた。
「もぐ。もぐ」
拳狐は、その円盤内でもぐもぐと宇宙食をほおばっていた。
「ふむ。宇宙食も悪くない」
「いやー自由人なのはどっちかっていうと私の特権だと思ってたんだけどなあ」
円盤の主である下山アンドロメダは、拳狐に対して呆れ気味な苦笑を浮かべる。

「相手の領分と思われているところに踏み込んでこそ、勝機もあるというもの」
「リラックスしながら喧嘩腰になるんじゃないやい!というかなんで自力でしれっと生き返ってるんだい?キョンシーにしてやろうかと思ってたんだけどなあ」
「ああ、それか」

拳狐は、こともなげに恐ろしいことを言った。

「己の『為逸速的一息』は止まったものを動かす力。止まった命を再起動させることもできる。無制限に何度でもとはいかぬがな」
「……やっぱり、君を選んで正解だったよ」
「それで、なぜ己をキョンシーにしようと?何か戦力が入用なのか?」
「ああ、そりゃ単純だよ」

下山アンドロメダも、またさらりと恐ろしいことを言い出した。

「これからアルクトゥールス星は解凍されたアルクトゥールスビットコインの使い道で右に左に大騒ぎになる見込みだからね。そういう「なんでもありの戦い」に明るい人材をスカウトすることにしたのさ」
「なるほど。それで己か」
「最初はわが弟子…一龍くんの能力を戻して協力を取り付けられれば良かったんだけどね。上海に残りたいって言われると断れないねえ。思った以上に現地との結びつきが強かった。能力の使い過ぎでコールドスリープ状態で宇宙を漂流してるのを拾ったときは勝った!第三部完!だったんだけどねえ」
「『魔幇八大龍』最強…天の一龍か。こんなところにも上海大賽に関わることなき強者がいたか」
「現実的に『上海最強』を決めようって話だと、彼の能力は出力が高すぎてぶっ放すことはできないだろうけどねえ。ま、私が見込んだ『最強』は君だよ、拳狐くん。一緒にアルクトゥールス星でドンパチしようじゃないか」

拳狐は、にやりと笑った。

「武の頂を求めて、星の海に漕ぎ出すことになるとはな。これもまた一興か」



上海の一角の、病院である。

「ねえ、グィエン」
「なんだ?」
ダイヤを求める熱狂の中でタオマオを守り切ったグィエンは、名誉の負傷で入院していた。
タオマオは、器用にリンゴの皮を剥いている。

「いつから私の能力効いてなかったアルか?」
「あー、礼拝堂でのゴタゴタのちょっと前くらい?その辺でまあ、俺の『欲しいもの』が『タオマオの本当の姿』になったんだろうなあ」
「そ、そうアルか…」
「…………あれ?俺、結構大胆な告白したか今?」

なまぬる~い沈黙が、二人の間に流れた。

「あーなんだ、いらんケガさせたとか心配しなくていいぞ。能力を使うも使わないも、好きにすればいい」
「そ、その…」
「あーまて!ロマンチックな話は退院してからにしてくれ!包帯だらけじゃ格好がつかねえ!」
「グィエンは何でそう告白同然のこと言っておきながらそこでチキるアルか?」

もうしばらく、ラブコメめいた関係は続きそうだ。



「どうするメーメー?魔幇壊滅してないみたいだけど」
「うーん…どうかしらね」

恋辻メーメーとスパイクは、決戦後もなお油断なく魔都の闇に目を光らせていた。

「確かに魔幇と呼ばれる組織はまだ存在しているわ。でも、それが私たちが復讐するべきものかどうかは…」
「復讐やめるの?」
「復讐が完遂されたかどうか、という話よ」
「もし完遂されていなければ?」
「その時は、スパイクの出番。今はまだ、決断するには早いわ」

メーメーは、油断なく目を細めた。

「そう、今はまだ…決断を下すには早計な気がするわ。ただの勘だけどね」

見通し難い上海の闇の中に、メーメーは目を向けた。
上海最強の怪物は、今もなお牙を研いでいる。



上海。小奇麗なオフィスビルの一角に、『破幇同盟』の姿があった。
二人そろって、書類の山の前でひっくり返っている。

「…………」
「しょるい もうむり」

魔幇は実質的に崩壊した。
『积沙成塔』が解除され、首領が倒れ、象徴であるダイヤは奪われた。
『破幇同盟』の目標は、達成されたといえる。

「ハーイ!かわいい私が新しい仕事を持ってきたわよ!」
「ぎゃー!太可愛了!」

処理しても処理しても終わらない業務の山に悶絶する『破幇同盟』。
魔幇崩壊後が大変だった。
崩壊した魔幇を、新たに健全な組織として再編成する。その重責が、ドカンとかぶさってきたのである。

「情けないネ、小張」
「か、カリー大姐はどうしてそんなに書類仕事に強いんだ…?」
「伊達に百年カレー部門を統括してないからネ」
「つまり百年外宇宙を漂流していた俺も書類仕事ができないのは仕方ねえんだ」
「イーロンも黙って仕事しナ」
「は~い…」

それを見て、にっこにこで書類を押し付けまくっている喬芽芽が口を開く。
「無理そうならカルミアに相談すれば?そういう実務に強いところと渡りをつけるのも簡単よ?」
「いや、魔幇は上海の自治組織だから…」
「もうすでにがっつりカルミアが食い込んでるけど」
「うぎぎ…」

魔幇崩壊後のごたごたに乗じて、カルミア・チャムリーはちゃっかり新生魔幇と上海に幅広く影響力を確保できる席を確保した。機を見るに敏である。ちゃっかりと今回の騒動で目論見を達成した人物のひとりであった。

「…………」
林希美は数字と活字でオーバーヒートした頭で、ぼんやりと考えた。

これから魔幇は健全な組織として、上海を緩やかに治めていくことになるだろう。
それは、かつての『破幣連盟』の八人が目指した組織の形だっただろうか。
張三と出会ってからの激動の日々を思い返し、『蟲』が入っていた心臓の傷跡を無意識にさすり―

「あれ?」

それに気付く。
「張三」
「何だ?」

「―『破幣連盟』の蟲使いって、誰?」



洋上。
『万事屋』白髪黒羽を乗せた船は、日本への帰路にあった。

「はい、はい、ありがとうございます。司法書士さん…え?本当は名探偵なんですか?はい。万事屋さんに代わりますね」

約束通り白髪黒羽から『世界二位の司法書士』を紹介された死神は、携帯電話を白髪黒羽に渡す。
「おう!電話代わったぜ。結構長く話し込んでいたな。それで、死神ちゃんの借金は何とかなりそうか?」
『少々根が深そうだ。腰を据えて対処する案件になるだろう。―それよりも』

名探偵は、鋭く切り出した。

『一つの推理が組みあがった。ダイヤの行方について』
「…それはそれは。流石の安楽椅子探偵だ」
『何があったかは概ね聞いた。鞍馬山でのことも』
「ふむ…で?」
『まずあからさまにおかしい箇所がある』

名探偵は指摘する。

『『魔幇八大龍』、7人しかいなくないか?』
「んあ?」
万事屋は、指折り数える。
「えーっとぉ…?①張无忌②張三③七鴉翁④カリー・魔幣⑤叩頭卿⑥藺 駑門客⑦天の一龍…ほんとだ。じゃあ8人目は誰だ?」
『そもそもなぜ8人いると思う?』
「そりゃ、『魔幇八大龍』ってんだから8人だろ…七鴉翁だって自分以外の7人の能力コピーが原型だし、張三だって『鉄杵磨成八卦蛇』ってんだから元々『破幣連盟』は8人だったはずだろう」
『―そこだ。『魔幇八大龍』という『名付け』をしたやつがいる』


『7人しかいないのに、8人目の席を作ったやつが。『名付け』によって滑り込んだ奴がいる。歴史の転換点に潜り込んで、『前からいたことになっている』奴が』


「…鞍馬山みたいに?」
『正解だよ、わが親友(モナミ)。決戦の日にもいただろう。『黒もっこの蟲使い』が』
「マジか」
『当人には自分がそういう存在だという自覚はなかっただろうがね。三尸の蟲は人々の欲を煽って、上手いこと巣穴にダイヤを持ち帰ったわけだ』
「マジかぁ~」

万事屋は、天を仰いだ。

「で、どうすりゃいい?」
『なにもできないね。とっくに終わった後だ。だが―』

名探偵は推理する。

『ずっとこのままでは、いないだろうね』



上海の路地裏、薄暗く喧騒から遠いソコに、小さなグラフィティがある。
『Double Happiness Campaign Returns』
『See you soon』

まだ、熱狂は終わらない。
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