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ダンゲロスSS上海
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ダンゲロスSS上海

EP3.上海ろまんす奇譚

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 【百年節】開催一週間前。ある魔幇幹部の会話記録。

「あの【黑闇劍(ヘイアンジェン)】のピエロ野郎。前から信用ならねぇと思っていたが、遂に造反しやがったか。」
「あいつら正気っすか!? 『蟲』が植え付けられてんのに……」
「どういうカラクリか知らんが、奴ら一派に埋め込まれた『蟲』が残らず潰されちまってるらしい。舐めやがって……」
「兄貴。どうするんスか? アレを盗まれたとあっちゃ、俺たちの首が……」
「狼狽えるな。まだ少しの間猶予はある。所詮は盗賊崩れの人造魔人(カス)共、すぐに包囲網を敷いて、【魔幇】の恐ろしさをその身に刻み付けてやるんだ」
「でも、既に積み荷の搬入時間が……」
「……【安達会】にバレねぇように空箱を放り込んどけ。どうせ奴らは荷物の中身を知らされていねぇんだ」
「……」
「ダイヤが取り戻せればそれでよし。だが、もしリミットに間に合わないようなら、俺らでピエロによるダイヤの強奪を装って失態の責任を【安達会(奴ら)】に擦り付けるんだ」
「は……はい!」
「糞共が……一人前の魔人にしてやった恩を忘れやがって……」

 その後、【百年節】開催期間中にこの会話記録を残した二人は死体で発見される事となる。
 死体の側には【黑闇劍(ヘイアンジェン)】で制式採用されているマカロフ拳銃の空薬莢が落ちていたという。




——いいのかよ? せっかく奪ったダイヤを市井に流すなんて。

——問題ない。俺が小丑大師(シャオチョウダーシー)から授かった、この能力(ちから)があれば、ダイヤがどこにあるのか正確に把握することが出来る。

——でも、市井に流すダイヤが本物である必要は無いんじゃないか?

——いや、本物のダイヤを見せるからこそ、【魔幇】内部は真偽を確かめざるを得なくなり、隙を生むんだ。奴らを釣り上げる餌はデカくなけりゃ意味がない。

——けれど、もしも【魔幇】の奴らにダイヤを奪い返されたりでもたら……

——だから奴らを監視するんだ。ダイヤに辿り着きそうな【魔幇】の奴らを俺らの手で一人ずつ、確実に潰して戦力を削いでいく。俺らの勝利は目の前にあるんだ。

——幻想雑技団(俺たち)が上海の支配者となる。そんな夢物語を信じて今まで付いてきたが、いよいよ現実味を帯びてきたぜ……

——いずれ再びダイヤは回収する。小丑大師(シャオチョウダーシー)が俺らを必ず導いてくれる。ここからが正念場、お前も覚悟を決めろよ。


EP3.#1 嗣信(スーシェン)の負い目



 礼拝堂の戦いから開けて翌日、俺は【点心會】の拠点に戻っていた。

 タオマオの姿が見えなかったことと、俺のただならぬ表情を見てボスのスーシェン会長はある程度事情を察したようだった。

「グイェン、国際礼拝堂で何かあったんじゃな。娘は無事なのか?」
「……死んじゃいねぇよ。だが……」

「……敵方に(かどわか)されたか? それ程の過酷な戦いじゃったか……」
「いや、あいつは自らの意志で俺から去っていった。何故だと思います?」
「……」

 ボスは心苦しそうに押し黙る。やはり何か知っている。
 俺はボスの反応を見て、心の中に澱みが広がるのを感じた。

「あいつは、俺の探していた妹分のリンシャだった」
「……何と、そんな事が……」

「それだけじゃない。あいつは【黑闇劍(ヘイアンジェン)】によって、バケモノに改造されていたんだ。その正体が俺にバレて……」
「……」

「ボス、聞きたいことは山ほどある。この際腹を割って話しましょう。【魔幇】の闇を知るアンタならばこうなること(・・・・・・)も、ある程度予測していた筈だろ?」

 ボスは考え込むようにしばらく俯いていたが、やがて重い口を開く。

「……そうじゃな。こうなってしまった以上、儂も全てを明かさねばなるまい」

 ボスが覚悟を決めたその矢先、予想だにしなかった声がこの場に乱入してきた。

「その話、私達にも詳しく聞かせてくれない?」

 俺が振り向くと、そこには地雷系ファッションを身に纏う顔が良すぎる女、解決屋の喬芽芽(チャオヤーヤー)が依頼主のカルミアと共にいた。相変わらず絵になる二人だ。

「芽芽……どうしてここに?」
「寂しいからグイェンに会いに来ちゃった♡」
「えっ!?」
「そう言いたいところだけど、今回は情報交換の為にここへ来たの」
「例の資料の情報について、少し進展がありましたから」

 彼女達の話も少し気になるが、まずはボスの話を聞かねばなるまい。

「あんたらが立ち会うの、俺は構わないぜ。ボスはどうです?」
「……既に彼女らとは同盟関係。知っておいてもらった方がいいじゃろう」

 俺は二人の客人にソファーに腰掛けるよう促す。控えていたロンロンが彼女らにお茶を出すと、ボスの話が始まった。

「儂はかつて、【魔幇】中枢の情報部門に所属していた。無論【黑闇劍(ヘイアンジェン)】の存在も、アレがどのような組織かも知っておった」

黑闇劍(ヘイアンジェン)】は身寄りの無い孤児を人身売買で買い取り、人造魔人の実験体として利用していた。居なくなったリンシャもその被害者の一人だった。
 カルミアの資料を見た時、その可能性に気付くべきだった。俺は自責の念に駆られる。

「……俺が【点心會】に入った時のことを覚えていますか?」
「ああ、ヌシは居なくなった娘の手掛かりを掴みたいと言って、上海黒社会の住人となった」
「だがあんたは、【黑闇劍(ヘイアンジェン)】の存在を、俺から遠ざけるようにひた隠しにしていた。そう言う事だよな」

 激しい怒りがふつふつと沸いてくる。もしもボスが俺に【黑闇劍(ヘイアンジェン)】のことを教えてくれたならば、リンシャはあんな事にならなかったかもしれない。

「……」
「黙ってんじゃねーよ、ボス。どうなんだ?」

 既に打ち捨てられた可能性を思い、俺はボスを責め立てていた。

「……済まないことをした、とは思っておる」

「ふざけんな!! リンシャの手掛かりを知っておきながら黙っていたなんて、俺を騙してたのと同じじゃねぇか!!」

「グイェン! 今のは言い過ぎよ! あの時のアンタがそれを知ったら、一人で突っ込んで返り討ちルート確定じゃない! ボスはあなたの身を案じて……」
「お前は黙ってろ! ロンロン! 今俺はボスと話してんだ!!」

 言われなくても分かってんだよ! ボスが俺を死なせたくなかったことくらい。
 この欲望渦巻く魔都では黒く汚い事実に目を瞑る必要だってある。黒社会の住人ならば尚更だ。
 だがそれでも俺は、その時のボスの判断を許容する事は出来なかった。

 結果的にリンシャはバケモノに変えられ、全てが手遅れとなってしまっている。これで冷静になれと言う方が無理な話だ。

「当時の儂は家族を失い、【魔幇】の上層部と距離を置いて間もない頃じゃった。故にこれ以上儂の目の前で若い命が散るのを見たくなかったのじゃ……」

「知るかよ……俺の命だ。どう使おうと俺の勝手だろうがよ……」

 俺はそう言って毒づくが、怒ってばかりもいられない。まだボスに尋ねる事はある。

「……もう一つ聞きたい。小丑大師(シャオチョウダーシー)って名前に心当たりはねぇか?」
小丑大師(シャオチョウダーシー)……それって上海幻想雑技団の団長のことかしら?」

 カルミアが反応を示す。上海幻想雑技団なら俺も名前くらいは聞いたことがある。

「俺が戦った【黑闇劍(ヘイアンジェン)】の裏切り者が言っていた。どうやらそいつが【清王朝のダイヤ】を奪った黒幕らしい」
「上海幻想雑技団は、【黑闇劍(ヘイアンジェン)】の存在を隠す、表向きの顔の一つじゃ。盗賊崩れの人造魔人達が【魔幇】の名のもとに様々な裏の仕事を請け負っていた」
「タオマオも今そいつの足取りを追っている。何か手掛かりになりうることはないか?」

「ねえ、カルミア……もしかしたら」
「……私たちの得た情報とつながるかも知れませんわね」
「何だって? あんたら何か知っているのか?」

 客人たちの意味深な発言に俺は食いつく。そう言えばカルミアは言っていた。【黑闇劍(ヘイアンジェン)】の資料の情報について進展があったと。

「実は【魔幇】上層部でこの【百年節】以降、幹部級の襲撃や暗殺事件が相次いでいるの」
「主にダイヤ奪還の任を請け負った幹部たちなのですが、そのダイヤ奪還の包囲網を広げるため、散り散りになったところを狙われています」
「だけど【魔幇】側も、各襲撃地点から反抗勢力の足取りを追い続け、遂にその拠点に目星を付けたみたいなのよ」

 カルミアは持参したタブレットを取り出し、地図アプリでマークしたある地点を指し示す。黄浦江より西、静安区に位置するとある化学工場だった。

「上海白明化工有限公司。表向きは単なる化学工場なのだけど、実態は【魔幇】の息がかかった施設ですわ」
「そして、この工場は今から半年くらい前に原因不明の火災事故を起こしているの」
「おい……それってもしかして……?」

 火災事故を起こした施設と聞いて、思い当たるものは一つしかない。

「ええ、私たちはこの場所こそが資料にあった【魔人化学研究施設】と踏んでいます」
「灯台下暗しってやつだな。逃げたと思われていた反乱勢力が、そのまま隠れ潜んでいたわけか」

 リンシャの運命を狂わせた忌まわしき研究施設。タオマオとなった彼女はダイヤを求め、必ずそこへと向かうはずだ。

「あいつを迎えに行かなきゃいけない。俺はすぐにでも現場へ向かわせてもらう」
「グイェン、逸る気持ちはわかるが一人では危険じゃ。【魔幇】上層部が工場の掃討作戦を計画しているという情報もある」
「もうじきジゥファン達も戻ってくるわ。まずは皆で策を練って……」


「必要ねぇよ。俺は今この場をもって【点心會】を抜けるからな」


「グイェン!? 今なんて……」

 ロンロンは信じられないといった表情で俺を見る。だけどこれはボスと俺とのケジメでもあるんだ。

「悪いなロンロン。俺はもうこのジジイに信頼を置くことはできない。【魔幇】上層部に色々チクられても困るしな」
「グイェン!!」
「だから【点心會】はもうこの件から手を引け(・・・・)。【魔幇】の同士討ちになってもまずいだろ」
「グイェン……あんた……」

 もう俺を止められないことを理解したのであろうボスは、ただ一言だけ声を掛ける。

「グイェン……死ぬなよ……」

 ボスの言葉を振り払うかのように、俺は慣れ親しんだ【点心會】の拠点を後にした。二度と戻らぬ覚悟を決めて。




「全く、呆れるほど不器用なんだから、あのバカ!」
「芽芽、グイェンを追ってください。彼が暴走しないように見ていてあげて」

 カルミアは芽芽にグイェンと行動を共にするよう指示をする。

「貴方の護衛はどうするのよ、カルミア?」
「私のことは平気です。ですよね、スーシェン会長」

「……ああ、ミズ・チャムリーは【点心會】が責任をもって護衛する。あんたはグイェンを頼む」
「もう……仕方ないわね。特別料金は弾んでもらうわよ!」

 芽芽はそう言うと、去っていったグイェンを追いかけて行った。

「……物凄い剣幕でしたね、彼」
「以前も人身売買がらみであんな風になったことがあったのよ、あいつ」

 ロンロンはカルミアにその時の経緯(いきさつ)を説明する。
 かつてグイェンは【魔幇】の人身売買部門を担当していた、自称【魔幇四天王】の一人(めっちゃ弱かった)を再起不能にし、その後襲ってきた残りの四天王(6~7人くらいいたけどこいつらも大したことなかった)もまとめて薙ぎ倒したことがあった。
 通称『魔幇四天王最弱の男事件』と呼ばれたこの同士討ちトラブルは、ボスが自称四天王一派をまとめて海外に売り飛ばすことによって何とかもみ消したが、一つ間違えば【魔幇】そのものを敵に回しかねない危険な事態だったことをロンロンは語った。

「きっとあいつ、【魔幇】に逆らってでもその研究所を潰すつもりよ」
「そんな……まさか」
「だからあのバカ、今度はうちらに迷惑が掛からないように【点心會】を去るなんて言い出したのよ」
「……本当に、不器用な人なんですね」
「不器用で……優しくて……本当にヤクザらしくない良い奴なのよ、あいつ」


EP3.#2 集いし火種、抗争の兆し



 ズン ズン ズン

 上海屈指の実力を持つ解決屋、『红虎(ホン・フー)』こと劉炎嵐は、普段以上の激しい怒りに打ち震えていた。

(くそっ……こいつは、俺のミスだ……)

 炎嵐は魔都に流れた【清王朝のダイヤ】を最初に所持していた男だった。
 ダイヤを狙う様々な勢力の侵攻を、ある時は実力で黙らせ、またある時は情報戦を制しつつ切り抜けていたが、人探しの依頼で上海を訪れていた『万事屋』白髪黒羽と屋台街で邂逅。その際に彼女の実力と志を認め、ダイヤの真の正体を探る彼女にそれを託していた。

——その、直後だった。彼女が奇襲に遭ったという連絡を受けたのは。

「すまねぇ。不意を突かれた……ダイヤも奪われちまった……」

 全身の四方八方にナイフが刺さった、一目で分かるほどの致命傷。
 彼女の護衛対象、日ノ御子神楽の罰天令による『死亡禁止』の措置で何とか命を繋いでいるような酷い状態であった。

「畜生、一体誰がこんなことを!?」
「分からねぇ……みんな覆面を被っていたし……だけど素人じゃないことは……確かだ」

 確かに屋台街で負ったダメージはあった。彼女が万全の状態ではないというのも事実ではある。
 しかし彼女は決して弱くはない。余所者ではあるがこの魔都においても上位に属する実力を持つ魔人である。
 その彼女の不意を突き、これほどの深手を負わせる実力。
 そして、ダイヤの引き渡しを即座に察知し、ピンポイントで彼女を狙った情報収集能力。

 並のヤクザや解決屋とは一線を画す、プロフェッショナルの犯行だった。

「あいつ、突然消えたかと思った瞬間……分身して仕掛けてきた。トリックとかじゃねぇ、単純な速さ(スピード)が……桁違いだった」
「もういい、喋らずに休んでろ!」
「炎嵐……油断すんなよ……くっ」

 炎嵐は後のことを到着した救急隊員と神楽に託し、相棒の情報屋が待つ事務所に戻る。

双葉(シャンイェ)……このナイフの出所と……スピード自慢の魔人能力者を洗い出してくれ。徹底的にだ」
「ひえっ! ホェンちゃん熱いってば! い、いつもの倍はキレてない?」

 炎嵐は犯行現場から持ってきたナイフの一本を双葉に手渡し、分析を求める。

「い、一体どうしたのさ! このナイフ、柄に少し血がついてるじゃん」
「『万事屋』がやられた。ダイヤも奪われたみたいだ」
「たた……大変じゃん! それ!」
「だから早くしてくれ!!」

 双葉はPCに向き直り、コンタクトから愛用の眼鏡に切り替える。

 それからわずか4時間。双葉はナイフの出所を特定し、黒羽を襲った能力者を絞り込んだ。恐るべき情報収集能力である。

「ナイフはどこにでもある市販品でそこから足取りを掴むのは困難。でも……」

 双葉は子機のタブレットを渡し、画面上の人物を指し示す。

「こんな安物でそれだけのことが出来る魔人能力者となると、多分こいつくらいじゃないかなあ?」
「……小丑大師(シャオチョウダーシー)、上海幻想雑技団の団長か」

 一瞬で十数本のナイフを全身に浴びせる曲芸じみたスピードと技量。黒羽を襲った犯人像のイメージにぴったりな能力者だ。

「ぎ、技量が高すぎるからこそ……特定がし易かったね……」
「問題は奴のアジトだ。今どこにいる?」

 双葉は再び本機PCのキーボードを叩き、アクセスしたページを開く。

「街中の防犯カメラを使って(ハックして)足取りを追ってみたけど、覆面の刺客達は変な化学工場の方へ向かったみたいなんだよね……雑技団の拠点としては、おかしくない?」

「雑技団と化学工場。確かに妙な組み合わせだが……とにかく行くしかねぇな」

 ここまでが昨日の話。そして今、炎嵐は賊が逃げ込んだとされる化学工場の方へと向かっている。

 ズン ズン ズン
 ギリ ギリ ギリ
 ミチ ミチ ミチ

 目的地が近づくごとに、炎嵐の怒りのボルテージは上がってゆく。


(俺の『仲間』に手を出した代償はしっかりと払ってもらうぞ……)




 ここへ来て最大のチャンスが巡ってきた。

 今朝方、【魔幇】の主要な各組織に対しダイヤ奪還の招集命令が掛かったという。大号令を下したのは【魔幇】の重鎮、七鴉翁(セブン・レイブン)
 彼はダイヤ強奪事件の主犯である反乱勢力の殲滅に、自ら陣頭指揮を取る為動き出すという。
 反乱勢力の潜伏場所は上海白明化工有限公司。【魔幇】の研究施設との噂も立っていた化学工場だったが、現在は反乱勢力の支配下にある。

『破幇同盟』を結成した『钢铁构架』張三と『飢鬼』林 希美は、【魔幇】創設のきっかけとなったこの最古参の重鎮に狙いを定めていた。
 七鴉翁の【魔幇】における影響力は絶大だ。組織の屋台骨を支えるこの男の打倒が叶えば、『破幇』の実現は俄然現実味を帯びてくる。

 二人は来るべき戦いに備え、屋台で腹ごしらえをしていた。

「ここからが正念場だ。今のうちに食っとけよ」
「今はもういいよ。万全を期すならば、『餓鬼』が十全に発揮されるコンディションで行きたい」

 希美は粥を一杯だけすすり、勧められた紅燒肉(ホンシャオロウ)を突っぱねる。張三のパートナーとして背中を任せられる存在になりたい。そんな彼女なりの矜持であった。

「けれど、仕事が終わったら、今食べられなかった分も貰うから」
「おう、夜は祝勝会になるように頑張らないとな」

 想定される大きな衝突。縦横無尽に飛び交う銃弾。ひとたび抗争の渦に身を投じれば、命の保証はない。
 ましてや【魔幇】屈指の強力な魔人でもある七鴉翁。組織最古参の生き残り(伝説)を相手取れば、只では済まぬ可能性の方が高いのだ。
 だが、それでも二人は今夜たらふく食べようと、約束をした。
 これが最後の食事とならぬよう、切なる願いを込めて。




哥哥(おにいちゃん)、来てくれてありがとう」
「久々に再会した妹弟子がまた無茶をすると聞けば、放って置くわけにもいくまい」

 時を同じくして、張三同様、【魔幇】の動きを察知した者たちがいた。

 化学工場を見下ろす位置にある高層マンションの屋上で、一組の男女が現場の様子を伺う。
 一人は狐面を被った長髪の拳法家。『拳狐』

 もう一人は同門の妹弟子で、復讐を誓う歓楽街の女。『恋辻メーメー』こと、張琅月(チャン・ランユエ)

——そして。

(うわあ、ここ、下水道とは思えないほど広いよ?地下にもこんなに大きな川や滝があるんだね)

 化学工場の巨大な排水エリアに潜む、白い顎の刺客。『透明ワニ』のスパイク。
 神出鬼没の殺人鰐が闇の中、来る戦いを待つ。

 二人と一匹が狙うは両勢力のトップ。特に反乱勢力側のリーダーは、メーメーの両親を襲った実働部隊に所属していたとの情報を掴んでいる。

 メーメーは『鱗語交流(リンゴトーク)』でスパイクに注意を促す。

(ここの下水には気を付けて。入るにしても移動の時だけにしておいた方がいいわ)
(こんなに綺麗な緑色なのに? 確かにいつもと違う臭いの水だけど) 

 化学薬品の廃液が混ざった蛍光グリーンの下水は生体にどのような悪影響があるか分からない。万全の状態でこの戦いに挑むのならば警戒するに越したことは無い。

(頼りにしてるわよ、スパイク。貴方は私達の切り札だから……)
(メーメー、緊張してる?)
(ちょっと、ね。両親の敵とこれから対峙すると思うと……少し怖いかも)

(大丈夫だよ、メーメー。僕がメーメーの無敵の矛となるから)
(うん、頼りにしてるよ、スパイク)


——だが彼女らは知らなかった。スパイクが既に【あれ】に捕捉されていることを。

——魔人化学研究施設の深淵に潜む、忘れ去られた最大最悪の&(なれの果て){脅威}に。




 絶対正視(ヴィジョナリィ)・発動。獲物(ターゲット)・ロックオン。




 というわけでパラレルのわたし、アナザー下山アンドロメダが上海ごと地球軌道上36000kmの宇宙空間に打ち上げられて大変なことになっているが、こちらのわたし、下山アンドロメダはそんなこともなく地道に【清王朝のダイヤ】を追っていた。やはり堅実であるに越したことはないからね。

 私達は今、【黑闇劍(ヘイアンジェン)】の人工生命体製造部門のアドバイザーに扮して、【清王朝のダイヤ】を穏便に掠め取るチャンスを伺っている。ちなみに弟子の死神ちゃんは潜伏に当たって助手ということにしてわたしと同行している。
 白衣のお姉さんという出立ちのわたしが言うのも何だが、死神ちゃんの萌え袖白衣は中々にあざとい。この娘、自分の強みが分かってるタイプの助手であるね。頼もしい限りだ。

 ん? 何故こうも簡単に真のダイヤ、【シン・王朝のダイヤ】に辿り着けたかだって?
 そこは天狗の神通力と言いたいところだが、いくら天狗と言えどそこまで万能ではない。

 答えは単純。ダイヤから放出されるμ(ミュー)エネルギー波の発生源を専用の測定器で測りながらエリアを特定していったらここに辿り着いたと言う訳だ。
 まあ測定器自体はアルクトゥールス本星からワームホール経由で取り寄せて来ないといけなかったので三回戦(ここ)まで時間が掛かってしまったのだけれどね。

 ダイヤが放つμ(ミュー)エネルギー波の研究は全宇宙を見渡してもジュエル星人と我々アルクトゥールス星人が抜けている。まあジュエル星人に関しては自身の体組織がダイヤみたいなものだから、実質医療カテゴリの研究ではあるが。

 だがこの星の文明も中々侮れない。μ(ミュー)エネルギー波を利用した生体進化促進の研究は、人造魔人の実用化レベルにまで到達しており、事実ここを占拠した元【黑闇劍(ヘイアンジェン)】の反乱勢力は来るべき戦いに備えて実験体の皆様方をせっせと人造魔人化している。
 うん、高度な技術に対して倫理観は追いついていないね。文明の興りというものは得てしてそういうものだけれども。

「殺し合いが……始まるのでしょうか?」

 助手(死神ちゃん)は培養液の入ったカプセルが並ぶラボの監視室から、『ウーズ』達を見下ろしながら呟く。

「ああ、そうだね。だが私達にはそれを止める術も無いし、哀れな実験体を救う術も無い」
「仮に私達が先んじてダイヤを奪っても……ですか?」

「……どのみち【魔幇】は反乱勢力を殺し尽くすつもりだし、反乱勢力(こちら)側も実験動物として扱って来た【魔幇】に対する恨みは深い。戦いは不可避だろうね」

 感受性の強い子なんだろう。自分には直接関係ない、悪党同士のこんな殺し合いにすら、彼女は心を痛めている。こちらからすれば両者ともに派手に潰しあってくれた方がありがたいのだが、早々割り切れるものでもない様子だ。

「それだけじゃない。私の予想だと、この二勢力の間に割り込む命知らずの魔人達(イレギュラー)がかなりの数、この工場に集結しそうだからね」
「イレギュラー?」
「そいつらの介入がこの戦場にどれだけの影響を与えるのかは未知数だが、ダイヤ争奪戦はかなり激しいものとなるかも知れないよ」

「それでも……やらなきゃいけないんですね、師匠」

 あ、意外と好戦的なスタンスで行くのね、助手(死神ちゃん)


 尻尾を巻いて逃げたくなってきた、って言ったら彼女、怒るだろうなあ。少なくとも【清王朝のダイヤ】に代わる新たな金策(五千兆円くらいの)を提示しないと呪い殺されそうだ。

「兎にも角にも、まずは研究所内で隠れ潜める場所の目星を付けておこう。この混沌としつつある殺し合い(ハルマゲドン)に巻き込まれでもしたら大変だ」




——そして。

 私はこの忌まわしい檻の中へ、およそ半年ぶりに戻ろうとしている。

 狙うは『あの人』が所持しているであろう、私の最後の希望の石、【清王朝のダイヤ】
 敵は『あの人』——今は『小丑大師(シャオチョウダーシー)』と名乗っている、元【黑闇劍(ヘイアンジェン)】の人造魔人と、彼が率いる仲間達。

 少年盗賊団だった彼ら一派は、【魔幇】のとある組織の構成員を殺したことで捕らえられ、実験体の身に堕とされた。
 一人、また一人と仲間が死んでゆく中、過酷な人体実験の日々を耐え抜き、数年後彼らは叛意を抱くとその臓腑を食い荒らす『蟲』を受け入れ、【魔幇】に絶対の忠誠を誓うことを条件に、魔人能力を付与された。
 そして彼らは、【黑闇劍(ヘイアンジェン)】の執行部隊という新たな役割を与えられた。

 ちょうどその頃、研究施設で例の火災事故が発生し、私が彼らのその後の活動を知ることは無かったのだが、恐らく組織に従順な姿勢を見せながら虎視眈々と復讐の機会を伺っていたのだろう。
 そして『百年節』が近づき、遂に彼らは動き出した。『蟲』を克服して【黑闇劍(ヘイアンジェン)】を裏切り、【魔幇】と上海全土を混乱の渦に陥れた【清王朝のダイヤ】強奪事件を発生させたのである。

「これは凄い! ダイヤを求める人々の欲望があらゆる方角からあの化学工場へと流れて来ていますよ!」
「やっぱり間違いないアルね。あの研究所に、小丑大師(シャオチョウダーシー)——雷仁(レイレン)は居る……」

 ダイヤの光を浴びて魔人能力に目覚めたせいだろうか。私はあそこに本物のダイヤがあることを何となく察知できている。
 だが工場の建物周辺には、AKS74U(クリンコフ)CZE Vz.61(スコーピオン)等で武装した反乱勢力の雑兵達が睨みを利かせている。

「いやー、皆さんピリピリと殺気立ってますね~! これはダブル・ハピネス・キャンペーンの為に用意された特設ステージと言っても過言ではないのでしょうか?」
「ちょっと静かにするアル。監視してるのがバレるアルよ」

 私達は双眼鏡を片手に、別の工場のガスタンクの上から化学工場の様子を伺う。
 この場から見える範囲でも、10人近くの雑兵が警戒態勢をとっている。裏手側にも同じ数がいると仮定すれば、表の見張りだけで20人前後は配置されているのではないだろうか?

(この異常な警戒体制……双喜の感じた剣呑な空気。反乱勢力は『何か』を恐れている……?)

 私がそんな風に思考を巡らせていると、遠くの方から聞き慣れないエンジン音が聞こえてきた。


ヴィィィィィィィィン!!! ギュギュギュイィィィィィン!!


 重戦車を彷彿とさせる無限軌道の駆動音。岩石すら軽々と砕く、パワフルなアーム。
 35トン級の大型油圧ショベルが、フェンスを突き破り工場の敷地内へと侵入する!!!
 見張りの雑兵たちは各々の銃で集中砲火を浴びせるが、無人機らしい鋼鉄の油圧ショベルはそんな銃弾など意にも介さず抵抗するもの全てを蹴散らしてゆく!!

「ほわっ!? 何ですかあれ!?」
「分からない! でもこれだけは分かるアル!!」

 これが開幕。ここから始まる上海最大の抗争劇。




——この先DANGEROUS! 命の保証なし!!


EP3.#3 ダイヤモンド・コンクリフト1



 ウイイィィィィン!! ズガッ!! ドドドドドドドドド!! プシュー!! ギュリギュリギュリギュリ!!
(はろはろ~! 私の名前は建 機花(ジェン・ジーファ)! 今上海で最もホットな16歳の現役アイドルで~す☆)

 キュイーン!! メリメリメリ!! ガコッ! ガコッ! ズガガガガガガガ!! ガチンッ!! ゴゴゴゴゴゴガッ!!! ビーーーーーッ!! ビーーーーーッ!!
(今回のお仕事は【魔人化学研究施設】でのゲリラライブ! 未来の魔人の卵の皆さんへ向けて、どっきりサプライズの3曲をプレゼント! 1on1のトーク会もあるから、いっぱいお話ししようね♡)

 SC-350LC-Vは【魔幇】建設部門に所属する全自動AIパワーショベルである。
 プログラマーの錯乱によってアイドルの人格を植え付けられた本機は、プロデューサーの指示によって、この化学工場でサプライズのゲリラライブを敢行する! 全ては、新たなスタジアムで行われるソロライブと新衣装の為に!

「ひいっ!! 助けてくれ!!」
「慌てるな!! すぐに増援が駆け付ける。それまで持ちこたえ……ぐわあっ!!」

 現状認識機能にも不具合を起こしている彼女はゲリラライブの名の下に、その場に居合わせた不運な雑兵を、自慢の油圧ショベルとキャタピラで次々と肉塊に変えてゆく。

 ブロロロロロ!! グイーーーーン! ドガッ!! ギュラララララr
(みんな、楽しんでくれてるかな? 続けて2曲目、『ハートフル・キr)

——ロケットの風切り音と共に飛来する破壊の流星!!

 工場の窓から放たれたRPG-7(ロケットランチャー)の成形炸薬弾が、中庭で暴走する鋼鉄のアイドルに叩き込まれる。
 新衣装を夢見たSC-350LC-Vは断末魔の悲鳴を上げる暇も与えられず爆発炎上し、物言わぬスクラップと化す!!

 しかし彼女の役目は既に完了していた。彼女がこじ開けたフェンスからは、七鴉翁(セブン・レイブン)の号令の下に集った【魔幇】の魔人達が一斉になだれ込んで来る!
 散開した部隊の一つが中庭に降り注ぐ銃弾の雨を産廃コンテナの陰に隠れながらやり過ごし、味方の牽制射撃と共に突撃を敢行する。

 反乱勢力側も入口の扉を固めてM870(ショットガン)で応戦する。バリケード越しに放たれる12ゲージ散弾のシャワー。突入最前列の2人の胴が爆ぜ、血を吐きながら倒れるが——

「喰らえ! 魔幇幹部奥義ーーーー!!」

 自称魔幇幹部(実質鉄砲玉)、魔幇メッド=アライJrの放った何かすごいらしい技がバリケード裏の3人をまとめて屠る!!

小丑大師(シャオチョウダーシー)をぶっ殺せば……親父を超えたってコトでいいよなぁ?」

 このような攻防が施設内部の至る所で発生する。【魔人化学研究施設】は突入から3分も経たず、この世の地獄と化していた。

 その様子を黒い防弾仕様のメルセデス・マイバッハ(Sクラス)から窺う老人がいる。今回の掃討作戦の陣頭指揮を執る【魔幇】最古参幹部、七鴉翁(セブン・レイブン)老大である。
 まずは第一段階、進入路の確保は成功しつつある。この後こちらの主力部隊を投入し、何としても【清王朝のダイヤ】を取り返さなければならない。

(こちらの戦力も万全とは言い難い。出来ればあまり時間を掛けず、一気に制圧したいが……)

 向こう側も主力の雑技団メンバーが出て来ていない。彼らが【清王朝のダイヤ】の力で、どのような魔人能力を獲得したのか? 敵側の戦力・戦況次第では自らにも出番が回ってくるかも知れぬ。老いてなお【魔幇】最強の一角を担う七鴉翁は、そんな予感がしていた。




「へへ、【魔幇】の大将首と清王朝の自動人形、同時に獲得できるなんてツイてるなあ、俺達」
「いいか、自動人形の方は生け捕りにするんだぞ。価値が下がる」
「大丈夫だ、俺の魔人能力、『両腕(ダブル)アナコンダ』があれば拘束は容易いぜ」

 戦力が集中している正面中庭を避け、化学プラント側の裏口に回った私達は早速敵の集団に見つかってしまった。運が悪いにもほどがある。

「いやあ、タオマオさんの能力、絶望的に隠密行動に向いてませんね! 私にとっては好都合ですが!」
「変身を解いてもそれはそれで目立つし、どうしようもないアルよ」
「けれどこれだけ強欲丸出しの相手ならばぁ~☆」


——ドカッ!! バキッ!! ゴスッ!!


 双喜の欲望エネルギーはフルチャージ。立ちはだかる6人の敵を、わずか10秒余りで瞬殺してしまった。

「絶・好・調! タオマオさん、今からでも正面ルート、行きませんか?」
「それは遠慮しとくアル。とにかく先を……えっ?」

 突如、二匹の大蛇が私に絡みつき、締め上げてきた! 仕留め損ねた『両腕(ダブル)アナコンダ』の男が、その両腕を大蛇に変えて私を拘束する。

「動くな! 変な動きを見せたら、この七鴉翁(ジジイ)の首をへし折るぞ!」
「あ、しまった!」

 二匹の大蛇は私を睨み、今にも絞め殺そうといった様相だ。だがこんなものは大したトラブルではない。元々の私は不定形の人工生命体、変身を解けば骨格の無い体で簡単に抜け出せる。そう思った矢先——

「てめぇら……誰に断ってその女に手を出してるんだ!? ゴラァ!!」


——グイェン!?


 私は一瞬、自ら突き放した『彼』の幻影を見る。だが後から追いかけてきた熱気がその幻影を吹き飛ばした。
 突如乱入してきた巨躯の男が、蛇腕の男の首根っこを後ろから掴み、そのまま身体ごと吊り上げる。

「あじゃ!? あ……あがが……!」

 次の瞬間、巨躯の男の手が燃え上がり、蛇腕の男の頭を火炙りにする!

「ぶあぢぢぢぢぢ!!! ひぎいっ!!」

 私が大蛇の拘束を抜けだすと、巨躯の男は蛇腕の男を無造作に打ち捨てた。蛇腕の男は大火傷のアフロヘアー頭となり、今度こそ完全に戦闘不能となった。

「あ……ありがとう、ございます」
「……一体どういう訳だ? 双葉、何でお前がここに……」

 巨躯の男は恐らく彼自身にとって最も大切な女性の名前を呟く。

「いいえ、実は私、見た人が望むものの姿になる魔人能力を持っていて……双葉さん、という方とは別人アルよ」
「そ、そうなのか? すまねぇ。失礼をした」

 巨躯の男はバツが悪そうに頭を下げる。心なしか少し顔が赤い気がする。

「タオマオと言うアル。改めてありがとうございました」
「ああ、俺は解決屋の劉炎嵐だ。よろしく」
「上海のダブル・ハピネス担当、双喜です!」
「オメーの顔は見たことあるぞ。最近上海を騒がせてるトラブルメーカーじゃねーか」
「いやあ、照れますねぇ! お褒めに預かり光栄です!」
「褒めてねぇよ!!」

 彼の事情を聞くと、どうやら【清王朝のダイヤ】を巡って、仲間の1人が小丑大師(シャオチョウダーシー)に殺されかけたらしい。
 私は解決屋を名乗り、賊に占拠されたこの施設の職員の依頼でここに来たと炎嵐に告げる。双喜に関しては、この場所で偶然出会ったと適当に説明した。

「まさかここを占拠した連中が、あの【清王朝のダイヤ】を持っているなんて……」
「ダイヤなんぞ二の次だ。俺は奴に然るべき報いを受けさせる為にここへ来た」

 これは好機かもしれない。ダイヤにさほど興味が無くて、雷仁(レイレン)をターゲットにしているとなると、私にとって都合が良すぎる人材だ。

「ならば一緒に向かうアル。この施設の道案内ならば任せて欲しいアル」
「流石だな。頼りにしてるぜ」

 ピンチから一転、偶然の出会いで私は貴重な戦力となる人物を仲間に引き入れることが出来た。私は自分にツキが回ってきているのを感じていた。




「何だこりゃ……? まるで戦争じゃねーか」
「スーシェン会長の言っていた【魔幇】の掃討作戦、本当だったみたいね」

 工場の入口には黒塗りの車数台が止められ、敷地内では壊されたフェンスと燃え盛る重機、破壊されたバリケード。何人もの人間が倒れている様子も窺える。散発的な銃声が鳴り響き、工場は既に修羅場と化していた。
 俺と芽芽は人目を避けるように化学プラント側へ回る。すると南京錠が破壊され、開け放たれた鉄柵の扉が見えてきた。

「私たちと同じように裏口から進入した奴らがいるみたいね」
「ああ、もしかしたらタオマオかも知れねぇな……」

 俺はホルスターからNZ75(ピストル)を取り出し、【玄武印】を自らに押印する。 
「芽芽。ここから先は何が起こるか分からねぇ、絶対に死ぬなよ」
「誰にモノを言っているの? 私があんな可愛くない奴らなんかにやられる筈ないじゃない」
「頼もしいな。やっぱいい女だよ、あんた」
「そういうこと、あんま言わないでよ。本気になっちゃうから……」
「?」

 芽芽はそう言うと、俺に先立って工場の裏口へと入っていった。

 施設内部も激しい戦闘の痕跡が残されていた。飛び散った血痕、倒れ伏した戦闘員、壁や天井に穿たれた銃痕、爆発物が使用されたような焦げた匂い。

「酷ぇな、こりゃ……」
「【魔幇】は相当頭に来てるみたいね。ほとんど皆殺しじゃない……」
「だが、反乱勢力側も必死で抵抗してるようだぜ。どちらの死体も同じくらいの数だ」

 敵を警戒しながら更に進むと、工場の監視室らしき場所にたどり着く。そこで俺は、工場全体の見取り図を確認する。

「どうやら火災事故が起きた3号ラボってのは、地下区画にあるらしいな」
「まだ完全復旧されていない、立ち入り禁止エリアになってるわね」

 俺は施設の見取り図をスマホで撮影し、防犯カメラのモニター群に目を移す。
 カメラの先の様々な場所で【魔幇】と反乱勢力の戦闘員達が殺しあっている。

——その景色の中に、俺は見逃せないものを見つけてしまう。

「タオマオ!!」

 地下1階、第4通路のモニターの先、3人の男女が敵と交戦している。
 タオマオと双喜、そしてもう一人はどこかで見たような男だった。こいつは確か——

「思い出した……上海大賽に出ていた……『红虎(ホン・フー)』か!?」
「『红虎(ホン・フー)』って……あの『红虎(ホン・フー)』?」

 魔都最強を決する大武闘大会、上海大賽。
 近年は【魔幇】が興行のメインスポンサーを務め、今回は『百年節』の期間と同時進行で執り行われている。
 モニターに映る『红虎(ホン・フー)』は、出場選手の中でも特に突出した実力を持ち、優勝候補の一角として何度も名前が挙がっている。

「芽芽も知ってるのか? 意外だな」

 こういう武闘大会はあまり女子は見ないもんだというイメージがあるので、少し驚く。

「上海大賽は前に参加しようか迷っていた時期があったのよね。あんま可愛くなさそうだったから止めたけど」

 なるほど、そういう訳だったか。しかしタオマオが何故あの男と一緒にいるのか、そもそもあの男が何故こんな所に居るのかはさっぱり分からない。

「とにかく先を急ごう! 行くぞ芽芽」
「ええ、早く合流しましょう」

 しかしこういう時に限って、邪魔者が現れるのは世の常である。

「モ……【魔幇】、コロスコロス!」

 この施設のラボから解き放たれたと思われる『暴』の化身が、俺達の前に立ちはだかる!!

「くそっ! こんな時に!!」
「瞬殺するわよ!! こんな可愛くない化け物は!!」

 『红虎(ホン・フー)』がいるとはいえ、タオマオが危険なことには変わりない。
 俺は阿修羅のような腕を持つ、ゴリラの化け物に飛び込んでいった!

(魔人化学研究施設・1号ラボ研究紹介ファイルより)
 スーパーファンタスティックミラクルロイヤルバイオゴリラ
 6本の腕を持つ人工生命のゴリラ。上海幻想雑技団で飼っていたゴリラの死体をベースに魔人化学研究施設が魔改造を施したキメラモンスター。人語を理解する高度な知能と通常のゴリラの5倍のパワーを併せ持つ。足止めエンカウントにはもってこい。




 七鴉翁は予想外の事態に困惑していた。

「よもや貴様が邪魔しに来るとは、随分と浅ましく成り果てたものだ」
「悪いな。あんたは表舞台に中々姿を現さないからな。こういう機会でも無いとまともに会うことも出来ん」
「『钢铁构架』張三。よくも私の兵隊を……」

 七鴉翁が工場に投入予定だった一個小隊規模の主力部隊は、奇襲をかけた張三と希美によって既に全員打ち倒されていた。

「俺1人の力じゃ無い。頼れる相棒が居なきゃ、こんな無茶は出来なかったさ」
「張三……」

 張三は自分の力を信じてくれたからこそ、無謀ともいえる奇襲作戦を採用してくれた。
 希美はそのことが嬉しかった。少しでも認めてもらったような気がしたからだ。
 だが本当の意味で彼の隣に立つにはまだまだ足りない。張三が今対峙している相手を見れば分かる。
 ただの老人が放つオーラではない。私たちがたった今倒した魔人部隊など、この男に比べれば赤子も同然。有象無象という意味では私とて例外ではない。

「流石に分かるな。希美は少し下がっていてくれ。必ずチャンスは作る(・・・・・・・・・)
「えっ……?」

 予想だにしなかった。彼が私の援護を当てにしてくれるなどとは。絶対に手を出すなと言われる流れかと思っていた。

「何だよ。これでも結構評価していたつもりだったんだがな」
「うん……ありがとう、頑張るよ」

 立ち向かう勇気が湧いてくる。希美は敵の一挙手一投足も見逃さぬよう、集中する。

 その様子を物陰から窺っている別の二人組がいた。

「まさか向こうの大ボスを引きずり出すなんて……何なの? あの二人組」
「あの白髪の男の顔は昔見たことがある。『钢铁构架』の通り名で知られる解決屋、張三だ」
「もしかしてあの人、そのまま七鴉翁を倒してしまうんじゃ……」
「それは流石に難しいだろう。あの男は並の魔人とは別格の存在、よほどの運が絡まないと、まともに太刀打ちできる相手ではない」
「例えば……巨大なワニの介入があるとしたら……?」
「……狙ってみるか?」
「ええ、スパイクを移動させましょう。あの男を倒せば、【魔幇】の痛手は致命的なものとなるはず。やってみる価値はあると思う」

 幸いにもマンホールの位置は確認できた。この場から奇襲をかけることは可能だ。
 恋辻メーメーは、念話を使い『透明ワニ』のスパイクを呼び寄せようとした。しかし——

「スパイク……スパイク?」
「どうした? 琅月?」

「おかしい、スパイクからの応答がないわ」
「何だと?」

 スパイクは施設の最下層、排水エリアで待機させていたはずだ。今までこんなことは一度もなかった。メーメーは慌ててスパイクとのシンクロ率を上げ、視界を共有する。

 すると、ノイズまみれの映像から、無数の触手が伸びてくる。

「何これ!? 地下で何かあったみたい!! 助けに行かなきゃ……!」
「いいのか? 私とお前だけでも加勢すれば七鴉翁は何とかなるかも知れん。千載一遇のチャンスを逃すかも知れんのだぞ」

 しかしメーメーは即答する。

「そんなのどうでもいいわ! 私はもうこれ以上家族(・・)を失いたくないの!」

「……お前ならそう言うと思っていた。よし、排水エリアへの入口を見つけよう。あのマンホールから潜るぞ」

 メーメーと拳狐はこの場を離脱し、スパイク救出のため、地下水路へと潜っていった。




(何だよこいつ! デカくて気持ち悪い!!)

 スパイクは排水エリアに潜んでいた触手のバケモノと交戦を開始していた。
 バケモノの名は姦龍(ファクロン)。触手能力をベースに魔人化学研究所で生み出された人工生命体であったが、その異形による汎用性の低さ、知能レベルを引き上げる為の時間が膨大となる事から、薬殺処分の後に廃棄されていた個体だった。
 しかしこのバケモノは、長い時間を掛けて薬毒を克服し、この排水エリアの環境に適応しながら生き延びていたのである。
 バケモノの本能は対象への陵辱。伸びる触手が、肉欲のままにスパイクの身体にまとわりついてゆく。
 スパイクはその触手を噛みちぎりながら、必死の抵抗を試みたが、文字通りの手数の多さに徐々に追い詰められてゆく。

(うわあぁぁ! 捕まっちゃうよ!)

 数十もの触手が白い鰐の手足に、胴に、尻尾に絡みつく。邪魔な口を縛り上げ、その身体を大きく吊り上げる。

(え、ちょっと! 何でお尻の穴から入って来ようとしてるの!?)

 粘液が滲み出た伸びる触手がスパイクの体内に侵入しようと試みる。スパイクにとっての『未知の扉』が開くのも、時間の問題であった。
 スパイクは恐怖と混乱で闇雲に暴れる。しかしその抵抗を姦龍は許さない。伸びた触手が白い身体を強く締め付ける。

(あ……もう……だ……め……)

——為逸速的一息!!

 排水エリアに響き渡る、爆発的な衝撃音。
 拳狐の放った崩拳が、姦龍の本体を激しく殴り飛ばす!

 触手の拘束が緩み、スパイクが再び身体を捻じって抵抗する!

「スパイク!!」

——鱷形拳(ウォウゼンチュアン)殺影翻身咬(シャーインファンシェンヤオ)!!

 メーメーの放った変則軌道の鱷形拳が、スパイクに伸びる触手を引きちぎる!!
 拘束を逃れた白い鰐の巨体が、重い音と共に石床に落下した。

「スパイク! 大丈夫!?」

 仰向けに倒れるスパイクにメーメーが駆け寄る。スパイクは口をパクパクさせながら、

(た……助かったぁ~)

 心底ほっとした様子で、涙ぐんでいた。

「油断するな、また来るぞ!」

 拳狐によって吹き飛ばされた姦龍は、触手を蠢かせ再び攻撃体制に移ろうと体勢を立て直す。
2頭(ふたり)の鰐の顎によってちぎれた触手は超再生によって、すぐに元通りの綺麗な姿に戻っていた。

「これ、一撃で仕留めなきゃキリが無いやつ……だよね?」
(でも、あんなのどうやって倒すのさ?)
哥哥(おにいちゃん)、アイツの弱点とかありそうかな?」

「ふむ。殴ってみて分かったが、奴の本体中央は触手が何十層も重なり、ゴムタイヤのような強靭さだった」

 吹き飛びこそしたが、あの崩拳の一撃を受けてピンピンしているのはそういうことか。メーメーは姦龍のタフネスぶりに納得がいく。

「だが逆に言えば、そこまで硬いということは中に重要器官が集中している可能性が高い」
「なるほど。だけどそんな厚い装甲、どうやって抜けばいいの……?」

 拳狐は少し考えて、メーメー達に提案する。

「琅月、あの触手を3分間、(おれ)に近づけさせるな。先程より強力な一撃で、一気に止めを刺す」
「……わかった。やってみる」
(僕も頑張るよ!!)

 メーメーとスパイクは拳狐の前に出て、触手の迎撃体制に移る。
 姦龍も先ほどの攻撃で警戒感を高めたのか、攻撃のタイミングを計っている。
 ならば先手はこちらから。攪乱させて、本命を相手の意識の外に追いやる。

「スパイク、私が前衛。打ち漏らしたやつを確実に取って」

 メーメーは姦龍に向かって駆け出す。そこを狙うかのように、姦龍の触手がメーメーに襲い掛かる!

「鱷形拳! 乱喰咬(ルァンスンヤオ)!!」

 迫りくる触手を打ち払い、嚙みちぎる。

(見た目通りの変態触手、女の子に興味津々のようね!)

——だけど!

「そんないやらしいアプローチじゃ、女の子はみんな逃げちゃうわよ!!」

 回り込む触手をするりとかわし、鰐口の拳で噛み散らかす。
 死角から迫る触手はスパイクがその大きな口でちぎり飛ばしていた。

 2頭(ふたり)の鰐の前で、残骸となった無数の触手が散乱する。

 拳狐はその間、全身の動きを止め、じっとその時を待つ。
 全身を石像のように硬直させ、深く瞑想する。
 どんな強大な敵をも打ち破る、全てを賭けた為逸速的一息(この一撃の為に)


——そして時は満ちる。魔人能力で充填されたエネルギーを以て全身の可動領域を解放!!


——為逸速的一息・残影崩拳!!


 影を残し、音すら置き去りにする疾駆!
 触手の侵食を止めた2人の間を抜け、拳狐と姦龍の距離が一瞬でゼロとなる。
 魔人能力で強化された前進のエネルギーに、拳の速度を乗せた神速の中段突きが、姦龍の心臓部と見られる巨躯の中心を(いしゆみ)のように撃ち抜く!
 高密度の触手塊が柘榴のように爆ぜ、露出した心臓が串刺しとなって破壊される!

 姦龍の命脈は一瞬で断ち切られ、地下に悍ましい悲鳴が響き渡った。

「これが……拳狐」
(なんて威力だ! 凄すぎる!)

 しかし姦龍は、最後の力を振り絞り、死に際の反撃を試みる。全身を震わせ、触手の先から広範囲に白い体液を浴びせかけた!

「何っ!?」
「まずい、避けきれない……!」

 姦龍の体液が2人と1匹の全身に降り注ぐ。灼けるような熱感と共に、体液のかかった場所がブスブスと腐食していく。

 強酸性の体液。鼻を刺す臭気に意識が朦朧とするが、何とか気を張って熱さに耐える。
 視界の隅では、全てを出し尽くした姦龍が、ぐったりと倒れそのまま動かなくなっていた。

 しばらくその場で耐えていると、熱感は消え、痛みがないことに気づく。メーメーは自分の腕を確認したが、酸による火傷の痕は無かった。

「大丈夫か? 琅月……」

 どうやら哥哥(おにいちゃん)も無事みたい。そう思って、メーメーは拳狐の方に目を向けると……


 拳狐の衣服が全て溶かされ、全裸となっていた。


 その鍛え上げられた肉体に一瞬目を奪われたが、すぐに我に帰る。自分の身体を見ると、こちらも一糸纏わぬ状態。メーメーはこの異常事態に絶句する。
 拳狐がふらりと立ち上がる。拳狐の拳狐がぶらりと主張する。うわ、哥哥(おにいちゃん)こんなに大きいんだ……。

「ぬうっ!? 何だこれは! お……(おれ)の服は……?」

 ここでようやく拳狐は全裸狐面(お面溶けてないんだ)という自身の状態に気付く。慌てて辺りを確認すると、そこには全裸で座り込む妹弟子の姿が!

「琅月!? お、お前も服が……」
「……えっち」
「待て! これは違うんだ! 不可抗力というヤツで……」
「不可抗力なら、何で視線を外してくれないの……?」
「す、すまん!!」

 指摘され、大慌てで後ろを向く拳狐。ワニなのであんまりこの状況を理解してない、被害0のスパイク。

「あの変態触手、服だけ溶かす(・・・・・・)体液を撒き散らすなんて、最後まで最悪なバケモノだったわね……」

(ねえ? なんで拳狐さんはずっと後ろを向いてるの?)
「スパイク、ちょっと黙ってて」

 こうなってしまっては地上に戻って復讐どころではない。スパイクに何か着るものを取ってきてもらおうとしたが、よくよく考えると下水管を通る時点でずぶぬれ確定だ。
 名残惜しいがここらが潮時ということか。

「スパイク、帰ろっか。道案内のほうよろしくね」
(……わかったよ。狭い場所を通るときは僕に掴まっててね)

哥哥(おにいちゃん)、何時までもこうしてる訳にもいかないし、一緒に帰ろうよ」
「お、(おれ)は自分で出口を見つけて帰る。だから先に帰れ!」
「スパイクが居なきゃ迷子になっちゃうよ。それに——」

——哥哥(おにいちゃん)になら、別に見られても構わないし……

「な、何か言ったか? 琅月」
「ううん、何でもないよ」

 またいつか、次の機会は巡ってくる。今はスパイクの無事を喜ぼう。
 こうして、裸族となった3人の一つの戦いは終わりを告げたのだった。

(人間って不便だよね。服が無いと外も歩けないなんて。僕はワニでよかったなあ)


EP3.#4 ダイヤモンド・コンクリフト2



 段々と近づいてゆく。私の運命が変わった場所。

 雷仁(レイレン)もそこにいるだろう。【清王朝のダイヤ】を持って。
 私が彼の存在を感じるように、彼も私の存在を感じているはずだ。
 だからこそ彼は、あの3号ラボで待っている。

 あの日、奇跡のダイヤの輝きで新たな力が目覚めた者同士。

 貴方を止めるなんて野暮なことは言わない。私は私のエゴで動く。

 私は貴方のダイヤを奪い、新たな人生を歩むんだ。

 例えそこに、『あの人』が居なかったとしても——

 地下1階東エリア、ラボが立ち並ぶ区画にたどり着くと、二人の男が私たちを出迎える。
 話したことはないが顔は知っている。元盗賊一派でレイレンの取り巻きだった二人だ。

「よお、小丑大師(シャオチョウダーシー)がこの奥で待ってるぜ。オレに付いてきな」
「あんたさ、あのリンシャなんだってね。ボクには七鴉翁(大将首)にしか見えないけど」

「タオマオさん……あんた、こいつらと知り合いなのか?」

 びっくりしたように炎嵐が尋ねる。私が解決屋を名乗っていたからだ。

「話せば長くなるアル。だから今現在は私の敵という認識でいいアルよ」

 そう言って無理矢理納得してもらう。彼らとの因縁に関しては、炎嵐は部外者なのだから。
 二人の後ろについて歩くと、私はあの焼け焦げたラボにたどり着く。鉄製のスライドドアを開くと割れた培養カプセルや、崩れた天井の瓦礫もそのままの姿で残っていた。

 その部屋の最奥には、一人の男が背を向けて立っていた。白い道化師の衣装をまとい、縮れた赤毛の後ろ姿。

「大師。連れてきました。リンシャです」
「ああ、ご苦労様。やっぱり彼女は『鏡』なんだね」
「そうですね。少なくともオレには、『大師の姿』にしか見えませんでした」
聖樹(シォンシュ)が盗み聞きしたという話も、一応これで裏が取れたわけだ」

 赤毛の男はそう言うと、ゆっくりとこちらに振り返った。
 ゴシック調の装飾で彩られた金のマスケラと、白いメイクで塗り固められた顔。
 私の知っているレイレンの面影は、道化の仮面によって完全にかき消されていた。

「久しぶり……と言うべきなのかな?」
「本当に……レイレンなの……貴方?」
「……それはワタシの方が聞きたいね。リンシャは確かにあの時死んだ。一体君は何者なんだい?」
「……っ!」

 レイレンは、私が極力考えないようにしていた可能性について言及する。

「君は本当に、自分がリンシャだったという確信はあるのかい?」
「あ……当たり前よ……っ」
「だけど死んだ人間の記憶を持った存在が、本当に死んだ本人かどうかなんて、誰にも分からない」
「……!」
「本当のリンシャはあの時死んでそれっきり。君はリンシャの思い出を持っただけの別人なのかも知れないじゃないか」
「……私は」

 もしかしたら私は、リンシャですら無かったのか? 彼女の記憶を自分の物だと思い込み、グイェンに愛されようと近づいた悍ましいバケモノ。
 それがタオマオという女の正体だとしたら——

「私は一体……何のために……?」

 何もかも間違っていた。人に()りたいなど、過ぎた望みだったのだ。バケモノはバケモノらしく、あの時に燃え尽きてしまえば良かったのだ。

 私は『鏡の魔法』を自ら解く。もう人のフリをする必要も無いのだから。

 閃耀的鑽石鏡(ブリリアント・ミラー)が解除され、私は【ウーズ】の正体を曝け出す。

「なっ……タオマオさんが……どうなってるんだ?」

 炎嵐が驚愕の表情を見せる。双葉さんそっくりの容姿を持った人間が、突然不定形の怪物に変わったのだから、当然だ。

「ちょっと、タオマオさん! ここへ来て戦意喪失なんて困りますよ!」

 双喜が慌て出す。彼女には申し訳ないが、もうニセモノの私に固執する必要も無いだろう。

「【ウーズ】に死人の自我が芽生えるなんて……俄かには信じられなかったけど……」
「コレが【清王朝のダイヤ】の奇跡ってやつか。やっぱりあれはとんでもない至宝だ!」

 レイレンの側近2人は興奮気味に私を見る。彼らにとっての私は、ダイヤの起こした奇跡そのものの姿だからだ。
 だがそんなことはどうでもいい。リンシャは死んで、今ここにいるのは只のバケモノ。
 それだけが、今ここにある現実なのだから。

 分かっていた。分かっていたはずなのに——


「ばっっっかじゃないの!?」


——突然のことだった。

——私の耳に、恋敵(ライバル)である女の声が響き渡った。




 廊下側から姿を現したのは、喬芽芽。

 スーパーファンタスティックミラクルロイヤルバイオゴリラを苦戦の末倒し、何とか最終決戦の直前に駆けつけることが出来たのである。

 芽芽は勢いよく駆け出し、タオマオの目の前に立つと、その不定形の身体を平手でバチンと叩いた。

「道すがら、グイェンにあんたのことは全て教えてもらったわよ! 惚気交じりにね!」
「芽芽……?」

 半ばあっけにとられたタオマオを前に芽芽は更に捲し立てる。

「私が付け入る隙なんてミリ程もないエピソードを延々と聞かされた私の気持ち、分かってるの? あんたそんな男から逃げたのよ!?」
「に……逃げたって、私はグイェンのことを思って身を引いたのよ!」
「はぁ? 何で相思相愛なのに身を引く必要があるのよ!」
「だって、仕方ないじゃない。私はこんなバケモノで……」

「ふざけんじゃないわよ!!」

 芽芽が二度目の平手をタオマオにお見舞いする。頬がどこだか分からないが、取り合えず適当に叩く。

「あんた彼の言ったこと、全く頭に入ってないわよね? 彼はあんたの正体が何であろうと構わないって言ったんでしょ? 何で信じてあげられないのよ!」
「だって! 私はバケモノで……リンシャですら無いかもしれなくて……ううっ」

 タオマオは声を震わせ、体表から小さな涙を流す。

「……そんなの関係ないわよ。貴方がリンシャじゃなくったって、タオマオ(貴方)が居なくなるわけじゃない」
「……」
「そしてグイェンは、今のタオマオ(貴方)に惚れたのよ……」
「……」
「世界で一番かわいい私よりも、貴方に夢中なのよ? それって、グイェンにとっては私よりも貴方の方がかわいいってことでしょ?」
「そう……なのかな?」
「だから自分に自信を持ちなさいよ。貴方は私の恋敵(ライバル)なんだから」

「……うん」

「まあ今のはあくまでグイェン視点からの話ね。一般論では私の方がかわいいに決まってるけど」

 そこは譲れない。そんな芽芽のプライドに、タオマオは自然と笑いが込み上げる。

「……ふふっ、きっとそうアルね」
「ちゃんと向き合ってあげてね。グイェンに」

 するとタオマオは、不定形の身体で芽芽を包み込み、触手を伸ばしてハグをする。

「……芽芽、ありがとう。私、頑張るアル」

「私の話はこれで終わり。グイェン、もう入ってきていいわよ」
「お、おう」

 グイェンがラボの中に入ってくる。何だか自分のことを赤裸々に語られて、少し恥ずかしい。

「タオマオ、迎えに来たぜ」
「グイェン……」

 しばし見つめあう二人。少しの間離れていただけなのに、胸の内が熱くなる。

「タオマオ、色々伝えたいことはあるがとりあえずそれは後だ。芽芽が余りにも堂々と乱入して来たからみんな忘れかけてるが、ここは戦場だからな」
「うん、分かったアル」

 タオマオはそう言うと、閃耀的鑽石鏡(ブリリアント・ミラー)を発動させ、見慣れた姿へと変化する。

「やっぱこの状態の方が、グイェンのパートナー感が出るアルね」

 芽芽はタオマオの姿を見ると、チクリと胸が痛んだ。


(……何なのよ、何で今更、貴方の姿がグイェンに見えちゃうのよ……私のバカ)




「やれやれ、せっかくリンシャがダイヤを諦めてくれるかと思っていたが、とんだ邪魔が入ってしまったな」

 ラボの奥にいた道化師風の男が、過剰気味なリアクションでおどけて見せる。
 こいつが【黑闇劍(ヘイアンジェン)】の裏切り者を束ねる全ての元凶、小丑大師(シャオチョウダーシー)か。

「5対3で悪いが、潰させてもらうぜ。お前がダイヤを持って暴れると、タオマオが困るんでな」
「グイェンって言ったな、ここは俺に任せてもらえないか?」

 俺よりも更にガタイの良い大男が、小丑大師(シャオチョウダーシー)に殺気を飛ばしながら前に出る。上海大賽の実力者、『红虎(ホン・フー)』だ。

「あいつには、仲間をやられた怒りでどうにかなっちまいそうだからよぉ!!」

 炎嵐の周囲に熱気が渦巻く。今にも爆発寸前だ!

「わ……わかった、ここは頼む。あんたが味方だと、頼もしいな」
 大ボスは炎嵐に任せ、俺はマスケラを被って戦闘態勢に移行する側近2人と対峙する。

「俺と芽芽で前衛(フロント)を張る。タオマオと双喜は援護に回ってくれ」

 そして俺はいつものようにタオマオに玄武印を押印しようとした。しかし、

「それはグイェンが使って。私は大丈夫アル」

 タオマオはそう言ってNP34(ピストル)を抜く。

「バカヤロウ、それなら予備マグくらい持っとけよ、ほれ」

 ここに来るまでの戦闘で、タオマオの残弾に余裕がないのは分かっている。俺は予備マグ2本をタオマオに渡した。

「舐められたもんだな。そんな貧弱な武装で、上海幻想雑技団の殺人曲芸に対抗しようなんてな」
「まあいいんじゃない? ボクたちの恐ろしさに気付いた時には、すでに手遅れなんだからサ」
「「行くぞ、上海幻想雑技団、(ジン)(イン)の殺人曲芸の時間だ!!」」

 側近二人はそう言うと、ジャグリングの要領で無数のナイフを俺達に投げつけてきた!

「当たるかよ!!」

 俺は飛来するナイフをかわしながら、手持ちのNZ75(ピストル)で反撃する。当てるための射撃ではない。相手を動かすための牽制だ。だが——

「アレで躱したつもりか? マヌケ!」

 ジンと名乗った側近が、魔人能力を発動させる!

——アクロバティック・マーカー!!

(標的を目視でマークして、ロックオンする魔人能力。ロックした対象の位置は完全把握され、飛び道具はロックした対象に向かって誘導する)

 躱したはずのナイフが軌道を曲げて、俺の背後から首筋に襲い掛かる。しかし俺のうなじを捉えたナイフは、鉄壁の守りによって弾き飛ばされる!

「俺に初見殺しは通用しねぇよ。もちろん隣の芽芽にもだ」

 芽芽に至ってはナイフを躱そうともしていない。全て身体で弾き飛ばし、最短距離を通ってインと名乗った側近に対して間合いを詰める!

「美的感覚の理解できないゴリラの方が、まだ強かったわよ!」

 厚底の重みを充分に生かした回し蹴り。インは紙一重でそれを躱す。

「ひゅう! 自分の能力に絶対の自信があるタイプだね。これなら楽勝(・・)だ」

 インはそう言うと、再び芽芽に向かって無数のナイフを投げつける。

「だからそれは効かないって!!」
「って、思うじゃん?」

——ざくり。ざくざくざく。

「え……?」

 ありえない現象が起こった。
 自身よりかわいいと認めた存在以外からのダメージを受けることのない無敵の魔人能力、『可愛くてごめん』

——喬芽芽が誇るこの完全防壁が、今ここに破られた。

「な……何で……?」

 俺は芽芽が血を流すのを見て、驚愕する。鉄壁の防御が破られたのもそうだが、何よりも信じられなかったのは——

「芽芽……お前、頭の上にナイフが刺さって……大丈夫なのか?」
「え……? 今、何て言った……の?」

 芽芽は明らかに致命傷の位置に刺さっているナイフに全く気付いていなかったのだ。
 そしてインは勝ち誇ったように説明を始める。

頭上(そこ)に刺さっているボクの魔人能力『壊魔短刀』には直接的な殺傷力はない。だけど——」

 芽芽は初めて味わう苦痛と大ダメージに、思わず膝をつく。

「——能力によって起こるあらゆる現象を打ち消すことが出来るのさ」

「芽芽!!」
「オラオラ! 他人の心配をしてる場合かよ!」

 ジンは燃料を口に含み俺に向かって火炎を吹きかける。『玄武印』の耐久値が急激に減少する!

「タオマオ! 芽芽を頼む!」
「分かったアル!」

 タオマオは芽芽に駆け寄り、刺さったナイフをすべて取り除く。
 幸い急所は避けている。安静にしていれば命は助かりそうだ。

「大丈夫……まだ戦えるわよ」
「ダメアル! そんな怪我じゃ……」

「そうですよ! 芽芽さんは休んでてください!」
「双喜!」

 選手交代。ダブル・ハピネスこと双喜が俺の隣に立った。
「実はね、貴方がたが戦っている間、コッソリちょろまかしてきたんですよ」

 双喜は自慢げに懐に手を入れる。

「貴方のボスが大事に隠していたこいつをねっ!!」

 双喜は素早いモーションでインの頭上に輝く輝石を放り投げる!

「えっ!?」

 そんなはずはない。あれは大師が今も大事に持っているはずだ。だが万が一、もしものことがあったら……

「ハイよそ見~!!」

——欲心流路!!

 双喜は偽ダイヤの投擲軌道に追従し、高速で飛翔する。

「ハピネス・ラリアットォ!!」

 双喜の右腕がインの首を捉え、その身体ごと薙ぎ倒す! 芽芽を仕留めかけた殺人曲芸の使い手の一人は、驚くほどあっさりと撃沈してしまった。

「えっと……双喜さん?」
「あの人、一人を戦闘不能に追い込んだことでドン引きするくらい慢心してましたからね。初見殺しには初見殺しってことで試してみたら、通っちゃいましたね」

 インが沈み、ジンは怒りに打ち震える。

「てめぇら、よくもインを……」
「あーそういうのは良いですから、現実を見てください。」
「何だと?」

 双喜は冷静に事実を並べ立てる。

「こちらは1人やられたとはいえ3人残ってます。対して貴方は1人この状況で果たして、勝ち目ってあるものなのでしょうか?」
「……大師」

 大師の方を見ると、炎嵐とバチバチにやりあっている。助けてくれそうにないのは明らかだ。

「あと多分なんですが、貴方の能力、恐らく複数対象はマークできないですよね? 出来ていれば私の動きも完全に見破られていたし」

 バレてる。詰んだ。

「いったん均衡が崩れると、脆いものアルね」
「悪いな、俺も芽芽をやられて頭に来てんだわ。だから遠慮なくやらせてもらうぜえぇぇ!!」

「大師ぃぃぃぃぃぃ!!!!」

 インに続いてジンも、割と雑にボコ殴りの刑となった。バイクのエキゾースト音が聞こえているので仕方ないのである。




 側近二人を倒し、炎嵐の元へ駆けつける。

「『红虎(ホン・フー)』! 大丈夫か?」
「おう、こっちも直ぐにけりを付けてやるから待ってろや」


ズン ズン ズン


 炎嵐はそう言うと、小丑大師(シャオチョウダーシー)に向かって歩み寄る。

「てめぇ、マジで舐めてんのか!? さっきから全く本気を出してないのはバレてんだよ!! ぬるい戦い方しやがって!!」
「へえ、流石だね。バレてたんだ」
「お前が白髪にやった技を使ってみろよ!! あれほどの芸当は、こんな速度じゃできねぇだろうが!!」

 炎嵐は更に怒気を強める。怒れる火神を中心に炎の気流が巻き起こる! しかし小丑大師(シャオチョウダーシー)は涼やかな顔をしてその怒気を受け流す。

「ワタシが本気を出していなかった理由はだた一つ……」

 道化師は嗤う。悪意と殺意が入り混じった、悪魔の笑顔で。

「みんなに見てもらいたかったんだよ。ワタシが一番強いということを!」


——それは刹那の惨劇だった。


——『夢幻の曲芸(ファンタズム)』!!

 小丑大師(シャオチョウダーシー)は、魔人能力を用いてその速度を全開放!!
 質量を持った残像が生み出され、奴の姿が5人に増える!

 その一人一人が、異なる動きでフロア全体を縦横無尽に駆け巡る!

「何だよこれ……!!速すぎて捉えきれねぇ!!」
「い……一体どうなってるアルか!?」

 生み出された五つの残像は徐々に炎の渦を巻き起こす炎嵐を包囲し——

——四方八方から、五つの手榴弾を投げつけた!

「やべぇ!!」
「間に合わな……」


——朽ちたフロアを半崩壊させるほどの大爆発!!


 俺達は、熱風で吹き飛ばされ、廊下に投げ出される!!

 気が付くと、3号ラボは瓦礫の山と化し、上のフロアを巻き込んで崩壊していた。

「『红虎(ホン・フー)』が……助けてくれた……?」

 爆発の直前、俺は怪我人の芽芽に『玄武印』を張るのが精いっぱいだった。
 だが、視界の隅で確かに見たのだ。炎嵐が炎を纏う拳をぶん回した熱風で、自分たち4人を吹き飛ばしてくれていたことに。

「『红虎(ホン・フー)』! 大丈夫か!? 返事をしろっ!!」

 しかしいくら呼び掛けても瓦礫の下からの返事はない。

「……無駄だよ。彼は死んだ」

 振り返ると、白い道化師がこちらを嘲笑うように眺めていた。

「てめぇ……! よくも红虎(ホン・フー)を……!」
「もうやめろ。勝ち目がないことくらい、理解しただろう」
「何だと……?」
「今なら同じ地獄を味わったリンシャに免じて見逃してやってもいい。だから……」


「ふざけんじゃねぇ!!」


「てめぇは红虎(ホン・フー)だけじゃなく、あそこで倒れてた仲間の命すら躊躇なく切り捨てた。そんなクズ野郎に情けを掛けられてたまるか!!」

 こいつは今ここで倒さなければ駄目だ。どんなに悲惨な出自だろうと、ここまでの悪党(クズ)を見逃すことはできない!

「クク……ハハハハ!! そう来なくっちゃあな! 反吐が出るほど青臭いお前ならば、そう言ってくれると信じていたぜ!!」

「双喜、タオマオと芽芽を頼む! 奴のターゲットは俺だ!」

 俺はみんなから離れ、奴の攻撃に備える。


——『夢幻の曲芸(ファンタズム)』!!


 小丑大師(シャオチョウダーシー)が再度、質量を持った残像を発生させ、5人に分身する。

「先に言っておくが、自分にその光の盾を張ってみろ! お前以外の誰かが確実に死ぬことになるぞ!!」

 残像の包囲網が徐々に狭まる。間もなく俺は5人の分身によって、その身体を貫かれるだろう。
 だがその瞬間。奴のナイフが俺の身体を貫いた瞬間、その動きは止まるはず。
 ならば相討ちは可能だ。红虎(ホン・フー)、俺の命と引き換えに、奴を倒す力をくれ! みんなを護りぬく、最後の力を!

「終わりだあぁぁぁ!!」


——ズボッ。


 何かが粘液の水面に飛び込む音がした。

 これは俺の生存本能だろうか? ■■■■■■越しに、ナイフを突き立てる奴の動きがはっきりと見える。
 俺は紙一重でナイフを躱し、貫かれた■■■の体液を全身に浴びる。


——その体液の温かさで、理解してしまった。

——タオマオが、その不定形の身体を使って俺をかばったことを。

——柔らかな体が、水風船のように破裂してしまったことを。




「くそっ……何だこれは……気持ち悪い!!」

 粘液まみれの小丑大師(シャオチョウダーシー)が、狼狽する。
 床面がこれ程の粘液で覆われていれば、あの神速の魔人能力を発動させる事も叶わないだろう。

 俺は滑る床に戸惑う道化師に向けて全身全霊を込める。

「おい……何だよそれは……人に向けて良い殺気じゃないだろ……?」

——それは郭 亀岩唯一の奥義。

——玄武印、発動。その護りの反発力を、全て攻撃力に変換する。

——腰を落とし、双掌に玄武の力を充填させる。

——大地を割るほどの踏み込みを以て、双掌を重ね合わせ、一気に開放する!!!

「や……止め……!」


絶招・玄武烈甲掌!!!


「ごがあぁぁぁぁぁっ!!」


 こうして上海幻想雑技団頭領・小丑大師(シャオチョウダーシー)は、胸部を粉々に砕かれて即死した。彼の亡骸の傍らには、虹色に光る輝石が落ちていた。


EP3.#5 桃猫(タオマオ)



「バカ!! タオマオ!! 何でこんな無茶をしたのよ!!」

 芽芽が涙を流し、タオマオの残骸に縋りつく。
 俺は未だにこの状況を咀嚼できず、茫然自失となっていた。

「なあ、これは君のだろう。落ちていたぞ」

 背後から声を掛ける者が居る。振り向くと、黒い翼を背中に生やした白衣の女と、丈のあっていない白衣を着た小悪魔スタイルの少女がこちらの様子を伺っていた。
 その手に握られていたのは、虹色に輝く神秘の宝石。俺達は、これが【清王朝のダイヤ】だと一目で理解した。

「ほほう……これが【清王朝のダイヤ】ですか。確かにこれは業突く張りさん発生装置みたいな輝きですね」
「大事に持っておきたまえ。これ程のμエネルギーを内包した結晶体は、地球上には存在しないからね」

 白衣の女は俺にダイヤを握らせ、質問を投げかける。

「ところで君たち、このウーズの残骸に縋りついていたようだが一体どうしたんだい?」
「この子は……私達の大切な仲間だったんです」

 芽芽が涙を拭きながら、白衣の女に説明する。

「仲間? 自我すら存在しない人工生命体を『仲間』とは、君たち中々酔狂だね」
「いいえ、この子には自我があったんです」
「それは興味深い。ざっくりとでいいから、私に話を聞かせてくれないか?」
「貴方は……一体?」

「通りすがりのアルクトゥールス星人。名前は下山とでも名乗っておこうか。この施設の人工生命体に関して技術供与をしていた者だよ」

 良く分からない自己紹介をした白衣の女は、その不真面目そうなプロフィールに似合わず、タオマオのことを真剣に聞いてくれていた。

「自我のあるウーズ……もしかしたらダイヤの濃縮されたμエネルギー波によって、壊れゆく脳の記憶情報が細胞全体にトレースされたのかもしれないな。とても珍しいケースなのだけどね」

「……下山さん。もしかして、このウーズを再生することってできないのですか?」
「記憶情報自体は細胞をかき集めれば何とかなるかも知れないが、これだけ壊れてしまった細胞を元通りにするのは無理だ。君たちはバラバラ死体を生き返らせろと言っているようなものだよ」
「そう……ですか……」

 芽芽はがっくりと肩を落とす。すると白衣の少女が静かに呟く。

「師匠……この細胞片を死体に注入して再生とかは……無理でしょうか? 人造魔人を作成する工程を応用して」
「難しいな。そのダイヤのμエネルギー波を使えば理論的には不可能ではないが……」

  • 傷一つない新鮮な死体が必要なこと。
  • 息を吹き返しても、記憶の混線によって元の人格に戻るかは未知数なこと。
  • 身体のシンクロ率によっては、そもそも目を覚まさず植物状態となる可能性があること。

「以上の理由から、この子の復活はまず無理だと言わざるをえない」

 すると、意外な人物が声を上げた。

「それ、私の身体を使えば全部クリアできませんかね?」

 それは、人造魔人の双喜だった。

「君は確か……あの博物館に展示されていた……?」
「そうそう。私の身体、近いうちに死にますし、記憶の混線はちょいと心配ですが……シンクロ率に関しては同じ人工生命体だし、問題ないかと思いますよ!」
「お……おい、双喜……」
「それに私、タオマオさんと約束しましたしね。祭りの最終日に、この身体をお譲りするってね!」

 下山はしばしの思案の後、少女に指示を飛ばす。

「助手君。この細胞片をなるべくしっかりと回収してくれたまえ。面白い実験だ。やってみる価値はありそうだな」

「グイェン! 何とかなるかも知れないって!! 良かったね!!」

 芽芽が俺に抱きついて喜ぶ。しかし俺の身体が震えていることに気付いて不安の色を見せる。

「グイェン……?」

 視界がにじむ。顔が熱くなる。後から後から涙が出てきて止まらない。

「うう……うおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 俺は小さなガキのように、声を上げて大泣きした。

 いつまでも。いつまでも。




 工場の入口では、張三たちと七鴉翁との決着がついていた。

「くそ……っ! やはり俺の負けか……っ!」
「張三は……殺させない……」

 傷だらけの希美が、相討ち狙いで構える。

「止めじゃ止めじゃ。おぬしの邪魔のせいでこっちも敵も痛み分け。既に引き上げの時間じゃよ」
「俺をここで殺さなくても。俺はまたお前を狙うぞ?」
「お前がそんなに気負わんでも、しばらく【魔幇】はまともな活動はできんよ。反乱勢力の暗殺事件やらなんやらと、今回の掃討作戦で大分人手が減ってしまっておる」
「……」
「本当に【破幇】を為したいのならば、もっと仲間をかき集めて来い」
「……」
「儂はおぬしの挑戦、何時でも受けて立つぞ」

 七鴉翁はそう言い残し、マイバッハに乗って帰っていった。


 マイバッハ車内・七鴉翁の会話記録。
「ああ、反乱勢力の首魁は死んだ。ダイヤはいずれ【魔幇】に戻るじゃろう」
「そうじゃな。これからの影響力低下に関してはある程度仕方あるまい。張三の出現が計算外だったでな」
「ああ。新たに四天王を構築して、各部署に通達を頼む」




 瓦礫の山から、炎の魔人が息を吹き返した。

「くっ……今回は流石に死ぬかと思ったぜ……だが」

 辺りはひっそりと静まり返り、人の気配はない。廊下に出ると、胸部を破壊された小丑大師(シャオチョウダーシー)の死体が、無造作に転がっていた。
 炎嵐はほっと胸をなでおろす。


「あいつら、ちゃんとやってくれたんだな。恩に着るぜ」




 地球上空36000km:宇宙空間・アルクトゥールス星人母艦

——ん……ここはどこアルか……?

——何か意識が混濁して、記憶があいまいアル。

——んと……分かるアルよ。グイェンでしょ? 何言ってるアルか?

——ちょっと! いきなり抱き着いてくるなんて今日はずいぶん積極的アルね!!


Epilogue 上海はぴねす奇譚



——【百年節】に起こったダイヤ盗難事件から、早くも五年の月日が流れた。しかし、【魔幇】にとって公になっていない身内の兵隊の裏切り行為という事件の性質上、上海の混乱を収めた俺らの功績は予想通り闇に葬られることとなった。
 その代わり、懸賞金+口止め料として、【点心會】にはかなりの大金が入ったようだが……

——そして俺はと言うと……

 事件の終息後、俺は懸賞金の一部を受け取り、新たに解決屋【玄武有限公司】を設立した。
 この日は【玄武有限公司】の開業3周年ということで、皆がお祝いに来てくれていた。

「ったくよ。お前が【点心會】を抜けたと聞いた時には、マジでぶち殺そうかと思ったぜ」
「悪かったってばよ。だけど、結果的にお前がボスに収まったからいいだろうが」
「馬鹿言え、仮にお前がそのまま居たとしても結果は変わってねーよ」

 朱鳳(ジゥファン)は引退したボスの後継者として、【点心會】の更なる勢力拡大に奔走している。相変わらずヤクザっぽくない仕事ばっかりだが。

「【点心會】もあれから結構新人が増えたっスよ。あっしもそろそろ幹部としての貫禄が出てきてないっスか?」
「いや、貫禄というか、お前会うたびに太ってね? 大分やべぇぞ……」
「いやあ、マイハニーの料理が美味すぎるのがいけないんスよ! この腹は愛情分ですってば」
「ダーリン、料理を褒めてくれるのは嬉しいけどダイエットはしてね。でないと断食させるわよ」
「幸せ太りにも限度があるわな。よし、ボス命令だ。来週はお前、外回り中心な」
「そんなぁ!?」

 組織のNo.2となった虎眼(フーイェン)はなんと龍龍(ロンロン)とくっついていた。俺が抜けた後、二人の間に何があったのか、世の中は分からないものだ。

 かつての仲間三人と歓談していると、玄関から騒がしい声が聞こえてくる。外出していた残りの面子が帰ってきたようだ。

「ただいま、グイェン。やっぱり休日の蟹ランドは人の数が凄いわね」
「ああ、お疲れさま。隠居ジジイの方は平気か? へばってねぇだろうな」
「ヌシと一緒にするな、グイェン。一線を退いた身と言えど、まだまだ足腰は健康そのものじゃわい」

 そう言って姿を現したのは愛妻となったタオマオと前ボスの嗣信(スーシェン)。そして——

爸爸(パパ)! ただいまアル! かにビームをくらえ~!」
「うわっ! 奇襲攻撃とは卑怯なっ!」

 二人の間から、蟹バサミ手袋で俺にビームを打つ仕草をした元気いっぱいの女の子。
 俺とタオマオの間に授かった一人娘の喜来(シーライ)は、現在わんぱく盛りの4歳児だ。

「シーライ、ちゃんといい子にしてたか? 爷爷(爺ちゃん)を怒らせてないだろうな?」
「シーライはいいこアルよ! 爷爷(じいちゃん)もずっとニコニコアル♪」
「そうじゃそうじゃ! ヌシの数倍いい子じゃわい!」

 前ボスはシーライが産まれてから、ずっとこんな調子でジジバカっぷりを発揮している。血こそ繋がってはいないが、本当の祖父と孫のようだ。

「全く、誰に似たのかしらね。このお転婆っぷりは」
「まあ……心当たりはあるけどな。あのお騒がせ娘にそっくりだ」

 あの騒動が収まったのち、ダイヤの輝きによってタオマオにその身体を譲り渡した双喜。今のシーライは、もしかしたら彼女の生まれ変わりなのかもしれない。

「フフッ、私もそうだったらいいなって思ってる。私の命を繋げてくれたダイヤが、彼女の命を繋げないなんてこと、ないだろうしね」
「俺はあんなトラブルメーカーに育ってくれるのはごめんだけどな」
「それはそう。今日も迷子にならないように見てるの、大変だったんだから」
「欲張りさん大好きとか言い出し始めたら、要注意だな」

 そんなことを言いつつも俺はあいつに感謝している。あいつのお陰でタオマオは人間に戻り、今のシーライがいる。あいつの言葉を借りるなら、二つ合わせてダブル・ハピネスだ。

「あ、そうだ!」

 シーライは何かを思い出したようにズボンのポケットに手を突っ込む。

爸爸(パパ)! 妈妈(ママ)! モクズノフがプレゼントくれたアル!」

 上海蟹ランド、マスコット四天王(当然4人以上いる)のモクズノフから貰ったと言ってシーライが俺らの目の前に出してきたものは——

「おい……冗談じゃねぇぞ……」
「シーライ……それ、本当にモクズノフから貰ったの……?」
「うん! キラキラしててとってもハピネスアル!」

 虹色に輝く、神域の光。かつて魔都を震撼させ、数多の軌跡を起こした希望(のろい)の輝石。

「おい、お嬢、何を貰ったって……ええ!?」
「ほ……本物っスか? それ……」
「シ……シーライちゃん……嘘でしょ?」
「ぬう……っ……! これはまた久々の厄ネタかの……?」

 シーライの無邪気な笑顔をよそに、俺らは一斉に身構える。
 するとシーライは、俺にその輝く石を渡す。

「これ、爸爸(パパ)のぶん! とってもおいしい(・・・・)アルよ!」



——へ?



 小さな手から渡された石を掴んでまじまじと見る。いや、もしかしてこれ……
 意を決して口の中に入れると、ほんのりとしたフルーツの香りと爽やかな甘いテイスト。

「おい……グイェン?」
「兄貴……?」

 心配する仲間の表情をよそに、俺は結論だけを端的につぶやく。



「……飴だわ……これ」

妈妈(ママ)のぶんとみんなのぶんもあるネ! ほらっ!」

——輝石の正体は【清王朝のダイヤ】を模した飴玉だった。シーライはポケットから袋を取り出し、中身の飴玉をみんなに配り始めた。この場にいた大人たちは一斉に胸をなでおろす。

「ありがとう、シーライ。妈妈(ママ)もとってもハピネスよ」
「一瞬肝が冷えたわい。まさかこんな飴があるとはのう」

 一見ダイヤに見えてしまう程の綺麗な飴玉。袋には蟹ランドのロゴマーク。【清王朝のダイヤ】にあやかった商品なのかも知れないが全く紛らわしいぜ。

爸爸(パパ)! おしゃしんもいっぱいとってきたからみせてあげるアル!」
「本当か? そりゃ楽しみだ!」
「私もシーライの写真、沢山あるわよ!」


 ダイヤ騒動から始まった俺とタオマオの上海奇譚。

 紆余曲折、決して楽な道じゃ無かったが、今俺はこうして、幸せな日々を送っている。
 とは言え異能の魍魎蔓延るこの魔都において、こんな日常がずっと続く保証なんてどこにも無い。

 だけど。だからこそ——

 俺は愛する家族と、この幸せを絶対に護り抜く。

 この玄天上帝の御印に誓って——






「——グイェン、私、今幸せだよ」

 愛する妻が、そっと呟いた。




 シーライのないしょ話

+ ...
 それじゃあ、とくべつにおしえてあげるアル。

 モクズノフはキラキラのハピネスキャンディのふくろのなかに、おまけをいれてくれたアル。

 それはキャンディよりも、もっとキラキラのひかるいし。
 モクズノフとやくそくしたから、爸爸(パパ)妈妈(ママ)にもひみつなんだよ!
 しんおーちょーのだいやっていうんだって! しんおーちょーってなにアルか?
 それでね、キラキラのいしはシーライのたからばこにこっそりとしまってかくしておいたアル!

 ないしょだからね! シーライとのやくそくアルよっ!
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