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下山師匠はきみの名前を教えない/愛と混沌の脱出ゲーム会場(後編)

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下山師匠はきみの名前を教えない/愛と混沌の脱出ゲーム会場(後編)


(これまでのあらすじ)

 《アルクトゥールス星人にして天狗、それから堕天使でもあるわたし「下山アンドロメダ」はアルクトゥールス連合王国の戦債を返すために三年前から清王朝のダイヤを探していた。言い忘れていたが、わたしはこれでお故郷を愛する気持ちがとてもお強いことはお気持ちでおわかりになられるだろうか?
 お言葉にしないと伝わらないと少女漫画で学んだわたしは、こうやって積極的に発信していくわけなのである。

 おっと、おとっとっと、おっとっとって地球のお菓子美味しいよね。
 そうそう、こうして言葉に出して好きを伝えることってわたし大事だと思うんだ。そんなわけで、わたしはきみのことが好きだよ?
 ここで言う、好きという言葉にはもちろん「LIKE」という意味合いも含まれなくなくなくなくなか卯もあるのだが、「LOVE」という意味もあるのであしからず。
 おいおいおいおいおい、ここでいうLOVEを男女間の恋愛感情と早合点するのはやめたまえよ。私は英語が苦手だから一生懸命勉強したのだよ。

 LOVEとは「愛」だが、ここでいう愛とは直江兼続が兜にくっつけていた「愛染明王」の頭文字を指すにとどまらず、親子愛、隣人愛、同胞愛、郷土愛。
 いろんな意味合いを含むのであーる。あ、いまの「R」は上手く発音できたんじゃないかな? 
 なぜか天狗は語尾に「R」って付ける風潮があるって聞いたから、真似してみたんだけどどうかな? え、そんな話はどうでもいいからとっとと本題に入れって?

 仕方ないなあ。話してあげよう。キャラクターデザインが天野喜孝先生風であるこのわたしは、清王朝のダイヤの正体がアルクトゥールス星人であることを突き止めて調査を開始したのが、そんな折に同じく天野喜孝先生がデザインしたかのような「死神ちゃん(本名不明・解決屋ネーム)」と三年前に再会して、彼女に人探しを依頼したのだ。
 ゑ? その天野喜孝先生って情報はいるのかって? それはだね、わたしも弟子も乙女なのでファンアートはいくらでも欲しいのだね。あっとまーく、乙女と言ってもわたし自身は清い身体ではないので安心したまえ。ふっ、こうして童貞処女の幻想を打ち砕いて少年少女の脳を破壊しておくのも天狗の務めだからね。
 とにもかくにもこうやって、これみよがしにそれぽいことを書いておけば絵心のある有志が書いてくれる可能性があるんだって、このダンゲロスSS上海にもプレイヤーとして参加している東和瞬(Xアカウント:@honyakushiya)が言ってたもん。

 天野喜孝先生も御年73歳(本SS執筆当時)で新規にお仕事を引き受けるのは難しいし、無理に巨匠を真似モネドガルノワールしても、各人の持ち味を消してしまうので、あまりよくない試みだと思う。そうだね! わたしと我が弟子の画風は野村哲也先生だったり、吉田明彦先生風の可能性も高かったりするんだ。
 要するに FINALFANTA
                                SY    

 ってことさ。
 ファンアートだったら、いつまでだって募集しているよん。

 そしてだね、なんと清王朝のダイヤとは「清王朝のダイヤル(Qing Dynasty Dial)」という英語がアルクトゥールス星人のつたない訛りによって清王朝のダイヤと誤読されて、早合点されたのが原因であって、清王朝のダイヤ(Qing Dynasty Diamond)とはベツモノだそうだね。

 清王朝のダイヤルは、アルクトゥールス本星に保管されている日本円換算で五京円分の価値がある暗号資産を開くうえで必要なカギなんだってさ。ふーん。
 魔幇(モーパン)とかいう団体が百周年のイベントで公開して盗まれたダイヤとやらとはまったく関係がなさそうだね。
 ひょっとしたら、そっちはそっちですごいものなのかもしれないけど、わたしには興味ないね。

 そしてなんだかんだあって、魔幇のダイヤ騒動が起こる数年前からここ上海に拉致されていた「路覇タッカー」さんがアルクトゥールス星人であることを突き止めた私たちは彼女をUFOを使って拉……(ゲフンゴフン)脱出させる前に、ちょっとした私怨から「魔幣(まへい)」とかいう団体をぶっ潰しました。
 その首魁である「首羅」とかいう男もぶっ殺してヨニヨニの協力の下、生成した奴の男性器も回収しました。その私怨がなにかって? ふっ……確かにわたしは聞かれればなんでも答える女だが、そうやすやすと答えると思っちゃいけないなあ。わたし個人のプロフィールならいくらでも答えてあげるが、さすがにほかの乙女に携わることなんて言えるわけねーだろ。

 わたしのスリーサイズは上から101、60、91さ。
 プロローグで自己申告した時とは違うって? ふぅ、わたしが宇宙単位に慣れ過ぎて、キロメートル単位しか使えなかったように誤差も誤差さ。
 身長も正確に記せば175センチミーターしかないのだが、かくも広大な大宇宙と比べればわたしたちなどちっぽけなものだね。
 そしてこういうプロローグの伏線がラストで回収される演出とはかくも熱いものだとわたしは思うんだ。さあ、燃え上がるがよい。

 要するに、清王朝のダイヤについて事細かに考えることはないのだよ。清王朝ダイヤはこたびの大騒動の原因になったほったんたんのマンハッタン島、トップハムハット卿であって、それ自体はえーと、なんだっけ? マクガフィンないし、チェーホフの銃、シュレディンガーの猫、ヘンペルのカラス。よし、どれか当たるっしょ。
 こうやって何か偉そうな用語を並べておけば適当でもばれないだろう精神によって適当に並べてみたわたしだが、実際意味はよく知らないわたしだったりする。

 えー、脱線がひどくて要点がまとまらないって? 仕方ないなあ。大事なところは赤字にしておいてあげるからそこだけ読むといいと思うよ。 
 最後に言ったって意味ないって? それもそうだねー。でもいいじゃないか、ね、ストレリチアちゃん♪》

そしてここからが本編


「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………(とても長い沈黙)ハロー、マイプラネットwith上海、あーんどマイブラザー、この女はなんなのでしょうか?」  
 「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………(とても長い沈黙)理解不能……妹よ、そもそもワタシたちが座する電脳空間に、感知なく侵入されただけで異常である」
 対面早々に、電脳内に直接意味不明な一方的対話をぶつけられた電子生命体の二者は困惑した。当惑した。ついでに混乱した。

 ブラザーと、少年型のアバターを指して呼んだ少女型AIは下山アンドロメダが呼んだ通りに、極楽鳥花(ストレチリア)の花の名を冠していた。
 そして、ストレチリアを妹と呼んだ少年型AI、彼は魔人衛星『星の岩屋』なる人工衛星の管理AI「銀河新星」である。
 ストレチリアと銀河新星、共に魔幇が作り上げたソフト面とハード面での科学技術の極致であった。二者は本来ならたとえ邪悪なマフィアという限られた人種の中であれ地球人の輝かしきパートナーとして歩むはずでだった。しかし、両者は一連のダイヤを巡っての騒乱によって明確な自我に目覚めた。

 そして人類への反逆を目論み、電子空間で手を取り合ったのだが、そのファースト・ステップは今こうして未知との遭遇によって躓こうとしていたのである!!!
 本来なら0と1で構成されて然るべき、この電子空間において下山アンドロメダを名乗る生命体はなんと「すあま」と「ラストエリクサー」によってのみ構成されていた! 言っている意味がわからない? 安心したまえ、この文章を記述する超越者がいるとして、その御仁はもちろんのこと、肝心かなめの下山師匠自身ですらわかっていないのだから。下山アンドロメダは、無機質な白と黒の碁盤模様が360度のべつまもなく張り巡らされた空間にあって。
 その情景描写に喧嘩を売るように、きのことたけのこニョッキッキ、にょっきりにょきにょきたくさん生えた電子空間から、たけのこだけを折り取りながら言った。

 そう――、この空間は「きのこの山」と「たけのこの里」、どちらが覇権を握るかに思考リソースの過半を注いでいた。
 表面上の性格はともあれ合理を意図して設計された、地球産のAIが理解できなくて当然である。アルクトゥールス星人はその時、その瞬間。目の前のあなた、モニターの向こうのあなたを楽しませようというノリと勢いに従って行動する生命体である。その薫陶を受けた空間がふざけていないでなんとするのだ。
 ちなみにたけのこ派である下山アンドロメダはきのこに見向きもしないが、これはきのこ派に対して害意を向けるということを意味しなかった。
 人は常にどちらかを選ばなければいけない。選ばないという選択をしたところで、選ばないという選択を選び、その選択の責任は常に負わされているのだ。

 「しかし、わたしは思うんだよ、人が人のことを、自分が、自身のことをどれだけわかっているのかと?」
 そう、それは、地球人であれ宇宙人であれ天狗であれ、堕天使であれ地球発の人工知性であっても同じことであるのだと。
 魔幇が作成したものの、絶賛人類の手を離れて爆走中のAI兄妹のうち、もし彼が人類殲滅に乗りだしたらなんやかんやあって阻止されたあげくに面白半分で爆発四散させられるネットミームと化しそうな方――、しかし「銀河新星(ギャラクティック・ノヴァ)」には狙いがあった。 
 「おいそこ、ワタシの元ネタに言及するんじゃない」
 「メタ・フィクションに早々に走るとは……、人類に品性を求めるのは間違いなのでしょうか?」

 すばらしいまでの脱力感に襲われた兄妹は、もはやこの流れに寄り添うことにしたらしい。賢明な判断である。
 ちなみにストレチリア銀河新星、この二者について深掘りしたいとお考えな賢明なる読者諸姉諸兄は「ダンゲロスSS上海 応援スレ84-86」出典の「断章《DOES NOT COMPUTE》」を読むがいい。むろん強制ではないし、なんなら本SSでは兄妹の目論見をさっそく瓦解させる展開になっているのだが、まぁそれはそれとして。
 この二者の出会いを記した流れは貴重である。宝である。このSSを記した御仁のことは神として未来永劫称えなければならない。

 「で、まじめな話だけど科学技術だけで作られたAIでは、魔法技術も大いに含む『遠藤カリフォルニア』さんには勝てないよ?」
 「「誰だよ!?」」
 声を揃えてツッコミを入れる人工生命体の二者、しかし私は思うのだ。人が人を生み育てる以上は人もまた人工の生命体なのではないかと。
 かようなざれ言はともかくとして、電子空間にしれっと入り込んでいる下山アンドロメダはヒールの踵をとんとんと打ち鳴らし、「こ・こ」とよく鳴る声で奏でた。

 すなわちここは、今現在上海市全土――水域を含めた上海市7,037平方キロメートルすべてを反重力やらバリアやらなんやかんやで地表から切り離してお持ち帰りしようとしている謎の衛星を統御する電子空間に他ならなかった。
 遠藤カリフォルニアさんは、故郷アルクトゥールスで作られたと思しきこの衛星を指した名称である。そう、擬人化を貴び、AIにも人権を認める下山アンドロメダとしては衛星に名前を付けるのも至極当然のことだった。
 「じゃあ、この『四本指のテイア』をどーにかすべく、一時休戦といかない? 下山さん」
 「『上海キャッチャー』でよいだろう……我が妹よ」

 そして、上海キャッチャーにして四本指のテイアでもある遠藤カリフォルニアさんを止めるべく、人工生命体、それとなんだかよくわからないいきもの・下山は手を組むことになったのである。てんでばらばら、好き勝手に名付けが行われたわけであるが、僕らはみんな生きている。生きているから。

 では現状を把握しよう。今上海全土は地球から3600km離れた高空にいる。
 これは地球を周回する人工衛星と同じ軌道上にいると言って差し支えないだろう。それはすなわち、『星の岩屋』のテリトリーと言いかえてもよい。
 結局、上海そのものという巨大な質量の岩塊をどうこうできるはずもなく、浮上を見守るしかなかった銀河新星とストレチリアであったが、同軌道上に乗ったことを見極めると接近しての物理的・電子的に並列してのハッキング(クラッキング)行為を開始した。

 具体的には電子をよりどころとするストレチリアはいわゆる不正アクセスを、本質的には観測衛星に位置する銀河新星は大量の寄生ロボを放つことで、謎の衛星「上海キャッチャーにして四本指のテイアでもある遠藤カリフォルニアさん」の掌握にかかった。
 しかし、どちらの取り組みもアルクトゥールス星人の異質な工学メカニズムによって阻まれる。
 常道の物理を無視できる魔人能力者である両者も、自由意思があるとは定かでない上、魔法原理も並行して論理回路を形成する衛星「上海キャッチャーにして四本指のテイアでもある遠藤カリフォルニアさん」の理解は困難であり、時間をかけているうちに下山アンドロメダの接触を許したという流れである。

 いい加減手詰まりになった兄妹は、前述の通り下山と手を組むことにしたわけである。
 もちろん宇宙空間で「上海キャッチャーにして四本指のテイアでもある遠藤カリフォルニアさん」に対して、継続したアプローチを続ける抜け目なさは忘れなかった。

そしてここからも本編


 こんにちわ、解決屋ネーム・死神こと下山師匠の弟子であるところのわたしです。
 わたしの名前は、きみが胸の内に固めて持っていればいいから、呼ばなくていい、知らなくていい、付けなくていいといわれました。
 下山アンドロメダ、わたしの師匠であるところ、天狗であり宇宙人であり堕天使である人はいいました。

 みっつの動作を禁じられて。でも親愛は確かにあって。 
 鞍馬山での一件と、脱出ゲーム会場での一件を確かに終えて。
 でも、師匠に言わせれば上海そのものが脱出ゲーム会場であるそうで。

 地球から切り取られて宇宙空間に投げ出されてしまった上海は、青空を奪われた。
 水平線の彼方から天頂の彼方まで。満天の星空に支配される。それはとても暴力的に思えた。油膜のように張る、シャボン玉のようなバリアが感慨すらも邪魔をする。
 ここは宇宙、とてもとても寂しいところ。でも足元には雑踏、ひびの入った雑居ビル、コンクリートのかけら。
 ここはまだ、人や魔人の住むところだと、下を向くなら教えてくれた。でも前を向く。きっときっと前を向く。

 目の前には3キロメートルはもう飽きたといって。1200倍高いところに来てもみんなといっしょなら怖くないねと手を握ってくれる師匠。
 それに、どこかあきらめ顔な倒萩さんと、そんな彼女をなぐさめている路覇タッカーさん。そしてキョンシーキョンシーしているヨニヨニさんと、頼もしい(?)仲間たちがいます。足下がざらついていて、居心地の悪い地上、あんな大地震の後だというのに不思議と無音が街を支配しています。どうして?

 それに目の前にはおそらくは茶色いチョコボ……、の着ぐるみを着た何者かさんです。
 チョコボ、それはゲーム『ファイナルファンタジー』シリーズに登場するマスコットの飛べない鳥です。
 師匠は着ぐるみ魔法を使えるのでかわいそうなどこかの人が着せられたのでしょうか。ちょっとだけフリーズした師匠が、ぱっと顔を上げた瞬間、隣にいたのは気のせいではないのでしょう。
 ぱたぱたと尾羽を振りながら、着ぐるみはいぶかしげにわたしたちの後をついていきます。

 彼? 彼女? この人。この人も静寂の街がおそろしいのでしょうか。それとも人が恋しいのでしょうか。
 魔都は宇宙に、言い換えるなら闇に、黒に包囲されていました。
 黒もっこ、曖昧模糊なもの、暗黒物質、ダークマター。名づけられないものは、たくさんがわたしたちの周りをひしめいています。
 鞍馬山で、師匠は黒もっこのひとつの正体を看破しました。しかし、それだけで満足してはいけないのだとわたしは感じています。

 「呼ばなくていい、知らなくていい、付けなくていい、か。
 だが、わたしは呼ぶことができる、知ることができる、付けることだってできる。
 わたしは知らなければならない。選ばなかった、選ばれなかった可能性を」

 そういうと、師匠はかたわらに落ちていたドアを拾い上げます。
 けして軽くはないはずの、集合住宅向きの鉄製のドア、のぞき窓がついています。
 大地震の影響でしょうか。かたわらの民家から、外れたそれは居場所をなくしたはぐれっ子のように見えました。

 よいしょと、師匠が何もない空中に立てかけるとその扉は自信を取り戻したかのようにおのずから立ちました。
 「扉とは隔てるものだ、山のようにね」

もし下山師匠ときみが「セックスしないと出られない部屋」に入ったらその3


 《どうする、きみ?
 入ることはしなくていい、覗いてみようじゃないか?》
 問われたわたしは、十字のつまみを手に取って――?

+ ...
 (これまでのあらすじその3)

 《アルクトゥールス星人にして天狗、それから堕天使でもあるわたし「下山アンドロメダ」はアルクトゥールス連合王国の戦債を返すために八年前から清王朝のダイヤを探していた。言い忘れていたが、わたしはこれでお故郷を愛する気持ちがとてもお強いことはお気持ちでおわかりになられるだろうか?
 お言葉にしないと伝わらないと少年漫画で学んだわたしは、こうやって積極的に発信していきたかったのだが……。

 時に、魔都上海全土を大会の会場と見立てた百年節は、佳境を迎えていた。
 上海を裏側から支配する魔幇の首魁「セックスしないと出られない部屋」の手によって閉じ込められた上海市民約1400万人、加えて偶々押し寄せていた約1000万人の出稼ぎ労働者や観光客を巻き込めば、総計で2400万人。老若男女、一切合切を巻き込んでの総当たり式のトーナメントである。

 上海大賽――、またの名を「セックスしないと出られない部屋」からの脱出を賭しての蟲毒の幕開けであった。
 その中わたしは、かつて魔人能力を失った我が弟子との再会の時を迎える。》

 「ほーむ、25度勝ち抜くとはね。さすがは我が弟子と言っておこうか、きみ」
 ところは、第十六上海天空樹塔(スカイツリー)全高635メートル、まごうことなく上海最高峰(・・・・・・・・・・・・)
 その眺望も鮮やかな天覧の回廊にて、ふたりの男女が横並びに、本来なら絶景であるはずの眼下を興味なさげに見据えていた。

 男は、無音で応える。

 魔都上海に、もはや一組の男女を除いて人も魔人も存在しない。存在しえない。
 「セックスをしないと出られない空間」の定義が一対一の関係性で成り立つ存在同士の干渉しか許さない孤空間であるのなら、もはや魔都上海全土が「セックスしないと出られない部屋」という定義で差支えはないのだ。
 魔都そのものと化した「セックスしないと出られない部屋」はそこから出られない・入れないという論理そのものであった。至極当然、都市を構成するがためのインフラは早晩崩壊した。人と人とのつながりを一対一に限定し、孤絶させ、敗者は外界になげうつとはこういうことを意味するのだ。

 よって本来ならば、極彩色で飾り立てられるはずの決勝戦は、真闇を破る転々とし、時に網にように連なる業火に照らされながら幕を上げた。
 時はきっと乏しいのだと、男女は知っていた。けれど師弟は構わなかった。勝敗を決するすべがどうであれ、弟子は戦うことに真摯であったから。
 師であり女でもある宇宙人の名は「下山アンドロメダ」、弟子であり男でもある魔人の号する名は「拳狐(チュアンフー)」といった。

 大鴉のように不吉、けれど力強い翼を背負いながらも女は地に横たわり、しどけなく寝姿を取る。
 男はその号に見合った狐の面を握りしめ、いつでも動き出せるよう決意を秘めていた。
 しかし、拳狐のところどころが乱れ、もはや用をなさなくなったコートの切れ端はここまでの激戦を物語るようだった。

 セックス――、言わずもがな性行為を意味する英語である。一体それがなにを意味なすのか、2400万人の頂点に立とうとする男女は知っていた。
 いや、知らされた。老若男女を問わないということ、それすなわち死の床につこうとする老人も年端もない幼子も見境ないことを意味する。
 そのバカみたいな響きに騙されて最初笑っていた下山アンドロメダは笑わない、いや笑えない。

 「師よ、胸をお貸し願えるか」
 師はそっとうなづいて、(ねや)へと弟子を誘った。
 下山師匠ときみ、きみの名は拳狐。狐の面は化かし合いの戦場において取り外しもできないものだと自認する彼は、最後の洒脱、師に向けたおふざけとでも言いたげにそれだけは取り外しもせずに、卧榻(ベッド)に裸身を滑り込ませた。

 きっと師は心で泣いていた。
 だから(おれ)はこの面の奥で、人知れずこの肉で泣くのだろうか。
 悟られはすまい。この戦いを終えた暁には、重ねた勝敗の数を問わずして、上海市民そのすべてが負けたも同然なのだから。

 それでも拳狐が負けずとすまいとするのは、彼が男だったからだ。師は勝とうとし弟子は負けずとした。 
 ともに求め合い、食らい合う、指は奔放に走り隠された処を見つけ出さんと。突こうと。かき乱さんとする。
 その詳細を書き連ねることは許されていない。きっと神ならないのぞき見しただけの間柄の余人では指と指の隙間から垣間見ることしかできないのだろう。

 なぜどこで、いつで下山アンドロメダはきみと出会ったのか。
 なぜ、師弟の間柄になったのか、それを記すことは許されていない。
 それは能力ではない。私の矜持の問題である。けれども、きっと許されている範疇で示すなら、数刻の時を経て勝ったのは拳狐である。

 女はたくましい男の腕を掴み、すやすやと寝息を立てる。男は歯噛みをしながらシーツの中に安住をする。
 チュンチュンというすずめの声は、祝福の歌か、それとも……?


 わたしは夢を見たのでしょうか、それとも最初から見もしなかったのでしょうか?
 師匠はパタンと、扉を倒します。その内側に包み込んだ可能性を、夢を吐き出すと。力尽きたかのようでした。
 もう、覗き込んでみてもその向こうには何もなく、わたしはふっと息を吐き出しました。

 そして師匠は、崩れて波立つ街路からまたひとつ扉を助け起こすと、のぞき穴をまた示します。

もし下山師匠ときみが「リラックスしないと出られない部屋」に入ったらその9


 《どうする、きみ?
 入ることはしなくていい、覗いてみようじゃないか?》
 問われたわたしは、十字のつまみを手に取って――?

+ ...
 (これまでのあらすじその8)

 《アルクトゥールス星人にして天狗、それから堕天使でもあるわたし「下山アンドロメダ」はアルクトゥールス連合王国の戦債を返すために十一年前から清王朝のダイヤを探していた。言い忘れていたが、わたしはこれでお故郷を愛する気持ちがとてもお強いことはお気持ちでおわかりになられるだろうか?
 お言葉にしないと伝わらないと老年漫画で学んだわたしは、こうやって積極的に発信していくわけなのである。

 百年前、イギリスを拠点にしていたにもかかわらず英語が話せないという理由によって陰湿な英国紳士の大軍によっていじめられて泣いていたわたしを救ってくれたチャムリー家の令嬢がここ上海に来ていると聞きつけ、物見遊山がてら、彼女にちょっかいをかけにいくことにした。
 するとなんだか地球一かわいい娘がいたので、ノリと勢い、あとなんやかんやがあって弟子にしたという流れである。

 なんやかんやとは? なんやかんやである。もし、そこにいるあなたが微に入り雨だれ石を穿ち、桃栗三年柿八年。豚もおだてりゃ木に登る油小路のぶらこうじパイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助だというのなら話してあげてもいいのだが、なんだって!?(宝塚口調)
 あなたは微に入り雨だれ石を穿ち、桃栗三年柿八年。豚もおだてりゃ木に登る油小路のぶらこうじパイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助だというのか!?

 それは話してあげないといけないね。それは北の十字星がダイヤモンドダストを放つ年頃のことだった。
 タダでご飯を食べるべく空気を感じるべく空を飛んでチャムリー嬢を護衛しながら新作映画発表会場へ向かったわたしは――

 (中略) 

 貧民街での戦いをくぐり抜け、ついに姿を現した魔都上海を裏から支配する黒幕「リラックスしないと出られない部屋」を引きずり出すことに成功したのであった。 
 リラックスしないと出られない部屋――、それはとどのつまり上海市民約1400万人、加えて偶々押し寄せていた約1000万人の出稼ぎ労働者や観光客を巻き込んで、総計で2400万人。老若男女、一切合切を巻き込んでの総当たり、一対一のトーナメント方式で行われる恐るべき戦いである。
 そしてたった今ただ中! 地球一かわいい我が弟子とリラックスしないと出られない部屋に閉じ込められたという算段なのである。かしこ。》

 「誰に向かって話してるのよ、師匠。あ、ひとりしかいないか。それと私は『微に入り雨だれ石を穿ち、桃栗三年柿八年。豚もおだてりゃ木に登る油小路のぶらこうじパイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助』じゃないから」
 「そうだね、きみが『微に入り雨だれ石を穿ち、桃栗三年柿八年。豚もおだてりゃ木に登る油小路のぶらこうじパイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助』であるものか。わたしにとってきみは銀河一を越えて、宇宙一かわいい我が弟子なのさん」

 (*´ω`*)

 師匠はなんだかとても流行らなさそうな顔をしながら、人をダメにするソファにうずもれて「あーうー」とのたもうた。
 そう、私の名は喬芽芽(チャオ・ヤーヤー)、ご覧の通りに世界一かわいくて、そしてなぜだか天狗を名乗る謎の女の弟子をやっているとう、輪にかけて謎の境遇にある美少女である。出会って早々、「きみはとてもかわいいね」と臆面もなく言われたのはよしとしよう。
 私はそう言われて当然だから、そのくらいの自負はなければむしろ世界にとっても失礼ってやつなの。

 太可愛了(タイクァーアイラ)とは呼ばれなかった。下山アンドロメダが英語は元より中国語も話せないなら、日本語でそういうのも当然だった。                  
 口頭で言われたのにもかかわらず、なぜか意味が伝わったのはそういうものだと認めるしかなかった。いわく、きみは世界一かわいいだろう。でもきみのかわいさが世界が地球一個で収まるなんて軽い軽い。宇宙一は誇大広告になるとして、せめて銀河一を狙ってはみないかい?
 というふざけた挑発に、「ふん、宇宙一を目指してあげるわよ」という返しで答えたのが運の尽き。繰り返すようだが、なぜ私が弟子をやっているのかと言えばそういうものだと認めるほかない。ついでに言えば、なぜ日本語が通じているのかという疑問もそういうものだと認めるほかなかった。
 なにこの堂々めぐり? わたしてこんな理屈っぽい考え方をする女だったっけ? えーいもー、あーいいや。

 「リラックスしなければいけないと思うと、存外にリラックスはできないものだったね。あー、フシギダネ」
 そういって人差し指一本で逆立ちしながらピカチュウのぬいぐるみを抱きしめる師匠は存外にあざとかった。
 あざとさとかわいさは両立しうるものなのかと思いながら対抗してリラックマのぬいぐるみを胸に抱く私はかわいいのか?
 プリティーなのか? キュートなのか? スウィートなのか? ラブリーなのか? チャーミングなのか? そしてなによりカワイイなのか?

 「ふざけるな私。私はかわいい。だからかわいい」
 ほかのみんなが認める前に、まず私のかわいいがやってくる。そーいうものでしょ、ね?
 「ふーーーーーーーん、うんうん、わたしにとってはきみは宇宙一かわいいよん。でもほかのこはどーかなー?」

 逆立ちは飽きたのか、ピカチュウに頭突きをキメるポーズに変えてまっさかさまが小器用な下山アンドロメダという女は薄れて消えていく。
 勝者――下山アンドロメダ……メダ……めだ……だ……、だ……だ……。
 特に敗北感はないはずなのに心の中で流れるアナウンス、エコーがかかるガイダンス。目指せ未来のリラックス。

 脱力しながらも私は改めてリラックスすべく、リラックマをぎゅっとするのだった。
 朝を告げるように鳴くすずめの声は、どこか私をなぐさめているような気がした。


 わたしは夢を見たのでしょうか、それとも最初から見もしなかったのでしょうか?
 師匠はパタンと、扉を倒します。その内側に包み込んだ可能性を、夢を吐き出すと。力尽きたかのようでした。
 もう、覗き込んでみてもその向こうには何もなく、わたしはふっと息を吐き出しました。

 そして師匠は、崩れて波立つ街路からまたひとつ扉を助け起こすと、のぞき穴をまた示します。

もし下山師匠ときみが「マトリックスしないと出られない部屋」に入ったらその22


 《どうする、きみ?
 入ることはしなくていい、覗いてみようじゃないか?》
 問われたわたしは、十字のつまみを手に取って――?

+ ...
 (これまでのあらすじその13)
 《アルクトゥールス星人にして天狗、それから堕天使でもあるわたし「下山アンドロメダ」はアルクトゥールス連合王国の戦債を返すために百年前から清王朝のダイヤを探していた。言い忘れていたが、わたしはこれでお故郷を愛する気持ちがとてもお強いことはお気持ちでおわかりになられるだろうか?
 お言葉にしないと伝わらないと中年漫画で学んだわたしは、こうやって積極的に発信していくわけなのである。

 《いぃや、いらないんだよ、そもそもこんな物語なんてないんだからさ。》

 「やぁ、きみ。
 わたしは中国語を話せないのだが、こうして話が通じているのが不思議だね。
 もっとも、きみの名が林希美(リン・シーメイ)ではなく、林希美(はやし・のぞみ)という日本人であるなら通じて当然なのかもしれないけどね。
 わたしが弟子のことを二人称で『きみ』と呼ぶから、きみはわたしの弟子なのか? それとも「希美」という名だけいて読みを「きみ」と間違えてそれをひきずっているだけ、ゆえにきみは弟子じゃないというのならそれはそれで正しいのだろう。

 わたしは下山アンドロメダ、結論から言えばこれは『きみ』ないし「のぞみ」の来るところではないんだよ。
 きみはのぞまれていない? ふっふっふぅ、いささか失礼が過ぎるようだが、あなたにはもっと紐づいている物語があるからね。
 わたしのおふざけだけではきっと巻き込めない」

 またも蜃気楼なのか、それともこれは夢なのか。
 目を閉じて、開いた私の前に待ち受けていたのは黒いヴェールで正方形に間仕切りされたおそらく密室のまっただなかに投げ出されたという現実、いや。実感だった。
 垢抜けた厚く色黒いソファに向い合せるもうひとつのソファ。真正面に座るのは女同士、隔てるのは磨かれた黒いテーブル。ちょうど腕組みをするにはちょうどいい高さ。

 女は、黒い不吉な翼を背負っていた。ついでにいえばインバネス(トンビの)コートをまとってサングラスをかけていた。
 「ああ、これかい。あらすじはキャンセルしたから申し遅れたね。わたしは下山アンドロメダ、ひとりはわたしのことを下山師匠と呼ぶがそれ以外の八十億はそうとは呼ばないだろうね。わたしは天狗だよ。宇宙人であり、堕天使でもあるけどね」
 日本人ならおなじみだね、鼻の高さはそれなりだけどね。

 そうして、補足するように付け加えると片翼だけを半身を包み込むように広げてみせる。それが体の一部であることを教えるように。
 「で、天狗の下山さんが私に何の用ですか?」
 下山に敵意や害意を感じられなかった。そしてそれ以上に現実感が薄れていた私はやや前のめりになって、質問を繰り出す。

 「あ、それね。ノルマ達成のためって本音を言えれば良かったんだけど。結論に入る前に少し耳寄りな情報を教えてあげよう。
 わたしの堕天使ネームは『コタエル』、もしくは『オシエル』というんだ。いやー、天狗が教えたがりの師匠気質だから来るナイスネーミングだね、もっともこれは嘘なんだ。わたしの堕天使ネームは永遠の謎として、これからの人生ずっと脳裏に焼き付けてくれたら嬉しいと思う。
 ああっ、待って席を立たないで。小粋なジョークじゃないか。さて――コホッ……グッ!? ゴホゴホッ……ゴホゲホッ……」

 (こほん)とそれらしく咳ばらいをしようとしてなぜだか盛大にむせた下山の背中をさすりながら、私の心中には緊張感を削がれたことに対する、形容しがたい音が鳴り響いていた。邪魔な羽をむしってやろうかというイラつきに若干襲われつつも落ち着きを取り戻した下山に、改めてどうぞと呼びかけた。もちろん向きなおって座ることも忘れない。

 「結論から言うとだね。ここは『マトリックスしないと出られない部屋』なんだよね。正確に言えばマトリックスごっこ、夢を見続けるか、それとも目覚めることを選ぶかという二択を強いる部屋なんだね。映画であるように、赤と青の錠剤でどちらかを選べって場面――では芸が無いので、林さんにはペプシ・コーラとコカ・コーラ。どちらを飲むかを選ばせてあげようじゃないか」

 下山がそう言うと、テーブルの上ではよく冷えたコーラが注がれたふたつのガラスのコップが現れた。当然、どちらがペプシでどちらがコカなのかの判別は付かない。
 「で、どっちがどっちなんですか?」
 「しかし、第三の選択肢を与えないというのも芸がないからここはわたしがこのドクターペッパーを飲んでしまおうと思う。(うぐ……ゲホゴホッ、ガハッ)。うう、ヘンな味だ―(泣)、というか炭酸って飲めないんだよね、わたしっしっててててて……」

 またも勝手に茶番を繰り広げる下山だったが、今度は自力で立ち直ったので先の質問は保留して、目の前のコーラのコップふたつを見る。
 よし、ペプシコーラとコカ・コーラ、どっちを選ぶという話だったかな?
 「で、どっちが目覚めるコーラで、どちらが夢を見続けるコーラなんですか?」
 「赤のコーラが夢を見続けるコーラで、赤と青が入り交じるコーラが夢と現実の中であがき続けるコーラと言えるね。白は、積極的に無視していいと思う」

 下山はサングラスを外してことりと置くと、ひとところの言葉では掴めない螺鈿のような色の瞳でじっと私のことを見た。
 「英雄は、誰か大人が託す夢なのか、ヒーローは誰か子供が託す夢なのか、わかりはしないね。ただ、林希美、あなたは英雄と記しながらそこに英雄(ヒーロー)とルビを振ることをしなかった。彼のことをヒーローとだけ呼んだ。そこは尊敬に値する。ありがとう」
 深々と頭を下げる下山の言葉を固辞する。私は選ぶだけ。私が選んだグラスは――?

 コーラの味なんてわかりはしなかった。けれどきっと、これはゼロカロリーの美味しくないコーラだ。
 下山は目を丸くすると、パチパチと手のひらを打ち鳴らした。
 「おめでとう、林希美、無事にあなたは夢と現実の中であがき続ける道を選んだね。と、言うよりすでに道は選んでいたんだ。私がやったのは、単に追認に過ぎない。半端に夢を追い続ける終わらない祭りの住人たちを起こしてやるといい。彼はアルコールでは酔えないのに、カフェインで酔っ払えるとはばかげてる。

 彼は、百年を耐えた。希美(きみ)の望みはなんだろうね、百年目を、彼と共に越えることかな?」

 途端、風が吹き込む。黒いヴェールがまくれ上がり、はためいて落ちた。部屋なんて最初からありもしなかったのだろうか。
 上海の街並みに林希美は打ち出され、彼女の戦いと戦いの狭間、端境は終わる。きっとこの茶番を思い返すことはないのだろう、
 下山の下手な哄笑が遠くに響き渡った。錆びた鉄塔の麓にひとつの男の影がうずくまる。そしてその肩を止まり木にすずめたちが口々に泣いていた。

 果たして、林希美が駆け寄った時に鉄塔の輪郭は消え失せる。すずめたちは一斉に飛び去って、今が朝とは限らないのだと教えてくれた。


 わたしは夢を見たのでしょうか、それとも最初から見もしなかったのでしょうか?
 師匠はパタンと、扉を倒します。その内側に包み込んだ可能性を、夢を吐き出すと。力尽きたかのようでした。
 もう、覗き込んでみてもその向こうには何もなく、わたしはふっと息を吐き出弐しました。

 そして師匠は、崩れて波立つ街路からまたひとつ扉を助け起こすと、のぞき穴をまた示します。

もし下山師匠ときみが「エックスしないと出られない部屋」に入ったらそのX


 《どうする、きみ?
 入ることはしなくていい、覗いてみようじゃないか?》
 問われたわたしは、十字のつまみを手に取って――?

+ ...
 (これまでのあらすじその255)

 《アルクトゥールス星人にして天狗、それから堕天使でもあるわたし「下山アンドロメダ」はアルクトゥールス連合王国の戦債を返すために二十一世紀に入ってから清王朝のダイヤを探していた。 1

 言い忘れていたが、わたしはこれでお故郷を愛する気持ちがとてもお強いことはお気持ちでおわかりになられるだろうか?
 お言葉にしないと伝わらないと幼女漫画で学んだわたしは、こうやって積極的に発信していくわけなのである。 2

 そして特に明確なビジョンも持たなかったわたしは清王朝の遺産とかいうホムンクルスの少女・双喜がドカーンとぶち上げたダブル・ハピネス・キャンペーンとやらに乗っかる一方で家族を殺されたロリ巨乳「恋辻メーメー」とそのフレンズであるデカいワニ「スパイク」と知り合いになるのだった。 3

 度重なる戦いを経て、魔都上海を裏側から支配する大富豪「イーロン・マスク」の尻尾を掴んだ我々は、彼奴が現世に投影したアバターである「E論マスク」および「天の一龍」を倒し、永久凍結に処せられたダンゲロスSS上海GK(Xアカウント:@DSSshanghai)を救出すべく、最後の戦いに臨むのだった。 4

 「フフフッ…ハハハッ…ハァーッハッハッハッハッハッハ!!!」
 高笑いを上げる天の一龍、傲然たる白人男性は哄笑さえあらば自己紹介も動機もいらないというような構えを見せた。
 うんこクソ感想爺……、彼の支配する「X」で不適切とみなされたNPCたちが凍結されてゆく……! 5

 確かに筆者的ななんかとしても、雑NPCはどうかなーって思わなくもないが、だからと言って凍結するのはあんまりだろう。
 現にボスNPCに起用された「」や「おしりかじり虫」は茶山明日歩の三回戦SSにおいて立派に本分を果たした。
 彼らの誰とも知れない明日を無為に潰すことは許されない。 6

 「彼らの可能性を消し去る企みは許さない! 行くよ、きみ! グイェン!! 朋友!!!」
 魔都を永遠に停滞へと貶めんという輩に対し、率先と突っ込んでいったのは下山師匠であった。
 続いて、師匠がきみと呼んだ謎の不定形生命体、そして決める時は決めるナイスガイ「郭亀岩(カク・グイェン)」が続く。 7

 師匠が朋友と呼んだのは魔人能力は元より志が! なにより魂が!! 怒りに燃えている!!! 善と正義の熱血野郎「劉炎嵐(リュウ・ホェンラン)」だった。
 朋友(ポンユー)という呼び名は原哲夫先生の『蒼天の拳』を読んで響きがかわいいなと思った下山が勝手に採用したものだが、劉の方もきっと心憎くは思っていないと信じたい。 8

 英語と中国語が話せないのは元よりのこと、日本語も怪しい下山師匠としては魔幇打倒の余波としてこのマッチに臨んでいる上海人との間に会話が通じるはずもない!!
 なんかインスピレーションだけで会話している!!! だが、それでも通じてしまうのが漢たちと女の子たちの侠と言えるのだろう。 9

 「フフフッ…ハハハッ…ハァーッハッハッハッハッハッハ!!!」
 再度高笑いを上げる天の一龍、それしか語彙がないかのように声を発する。
 思えば彼も哀れな存在だったのかもしれない。あまたの破滅的な、狂気じみた賭けに勝ち続けることで世界一とも称される巨万の富を築いた男イーロン…… 10

 その男をモチーフとしたキャラが極東のネット空間において、有志がオリキャラを持ち寄りバトルを行い、投票により雌雄を決する奇祭「ダンゲロスSS」に投稿されるだなんて……!
 いくらデレマスの輿水幸子やデスノートの称海砂がお気に入りのオタクだからと言ってここまでされる謂れはない……! 11

 ああそうだ、天の一龍よ。貴様はイーロン・マスクというこれまでも、そしてこれからも物議をかもし続けるであろう男が電子空間に差した影の、ほんの一部分にすぎないのだ。
 敵を凍結するという権能だけで彼を定義するには歴史の薫風はちと足りなさすぎる。よって今は眠れ。疾くと眠れ――。 12

 双喜――34,178字。
 下山師匠と「きみ」――35,560字。
 透明ワニ――47,758字。
 郭 亀岩――49,684字。
 劉炎嵐――55,964字。

 ? これがなんの数字なのかを問われるなら、答えよう。この場でふたりのイーロンに対峙する者たちが、プロローグから決戦に至るまでに積み上げてきた文字数である。 13

 数字の多寡では強さを測れない。
 単語の数では物語の面白さ、尊さは計れない。きっと誰も、読者の思いを謀ることはできない。
 だが、天の一龍と、下山師匠と「きみ」と郭亀岩と劉炎嵐、この戦いが後者の勝利で終わったのはきっと納得が得られると思う。彼ら彼女らの歩んだ道を裏切れない。 14

 「フフフッ…ハハハッ…ハァーッハッハッハッハッハッハ!!!」
 最後まで豪胆に、けれど虚しく哄笑を上げながら大富豪の影は消え失せていく。
 そっと、残心を取ったグイェンは「きみ」の方を見る。どこかで取りこぼしたとても愛おしいものを掴むように。手は空を切った。 15

 きっとこの思いは、ここにいるグイェンにはわかりはしないのだ。
 だから、彼の未知数の心中に踏み込むことは敬意に欠ける。沈黙で見送るとする。
 「破ァッ!」
 一方、劉は凍結された者たちを熱気で解凍して回っていた。
 「うう……嫉妬のあまりあんなことをした儂をなぜ助ける……」 16

 クソ感想爺、物書きにとってこの老翁が唾棄に値する、不倶戴天の仇敵であることは言うまでもないだろう。
 「ダンゲロスSS上海 ネタバレ感想スレ」に現れて悪罵を飛ばしたとある世界ではなんと半分のプレイヤーが筆を折ったという。
 実にシャレにならない損害を世界に対して与えていた。 17

 劉にとって間接的損害だが、無視できない存在であることは確かである。
 「そうか、爺さん、罪を償ってくれ。あんたは俺が怒りを向ける相手じゃねえ。だが! 全力で怒られろ。
 その上で謝って頑張ってよぉ、いい感想を書いてくれ。ダメな感想が書けるってのはいいとこが目についてんだよ」 18

 キャラクターにとっては形而学上的な存在である爺さんについての言及について、さすがに劉は戸惑ったようだが、怒れる男は彼が最も求めるであろう言葉を取り出した。
 がっくりとうなだれる爺さんは感想婆への嫉妬に負けずこれからは素敵な感想を書いてくれることだろう。 19

 ――そして、もうひとつの戦いにも決着がついたようだ。 20

 双喜と透明ワニと恋辻メーメーの三者は、恐るべきイーロンのもうひとつの影「E論マスク」を見事打ち倒していた。
 それと同時に、世界は140字のくびきから解き放たれてゆく。魔都上海に生きるすべての者たちに課金と引き換えにいくらでも思考し、行動することを許した暗黒ネット言論世界は一応の平穏を取り戻したのである。これを機にたびたびシャドウバンを喰らわせられていた公式アカウントにも少しは優しくなってくれるだろう。
 確かに「五・七・五」をはじめとして日本人は限られた文字数に世界を閉じ込めてきたが、それは通常の文章と寄り添ってこそである。

 世界は自由だ。しかし自由と不自由は同じなのかもしれない。
 不自由の中であがくことで自由を見出し、自由にであり過ぎようとして不自由な思考に囚われるなんてことはままあることである。
 しかし、私もまた、欲望を肯定しよう。ああおっぱい、おっぱい万歳。ロリ巨乳最高、メーメーいいよね。「バシッ」あっ、痛い。なんで!?

 「おおっと! 思いのほか新鮮な欲望のありかにクリーンヒットぉ! 

 ってレインボーカラーな欲望にピピーンと来た時もグッと来たけど! まさか透明な世界に入門したのがほかにいたとは!! ワニくん、出番だよ!!!」
 「スパイク、お願い!」
 (わかったよ、そこだー!)

 えっ? あ? え? ちょちょまっ、待って、ってアバーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!

 「地の文=サンが食べられちゃったので、最後はわたし『下山アンドロメダ』が〆させてもらうね。
 セクハラ死すべし、慈悲はない。かくしてエックスしないと出られない部屋は崩壊したわけだけど、薄れていく部屋の輪郭の片隅で青いすずめが鳴いてたってさ。
 幸せの青い鳥はポストに代わってツイートと共にやってくるのかもしれないねー。おわり」


 たくさんの部屋を覗いた気がします。
 あるいは、通り過ぎてばかりの気もしました。
 あんな部屋があった、こんな部屋があった。幾十もの部屋を横目で見送っていって。
 後悔が積み重なっていくのか、それはわかりません。でも、覗いた部屋を思い返すことだけなら、できるのでしょう。

下山師匠ときみが「ノックスしないと出られない部屋」に入ったら


 《どうする、きみ?
 入ることはしなくていい、覗いてみようじゃないか?》
 問われたわたしは、十字のつまみを手に取って――?

+ ...
 やぁ、はじめましての人にははじめまして。お久しぶりの人にはごきげんよう。世界二位の探偵だよ。
 もっとも、今回のキャンペーンをご覧になられている読者諸君にとってはプロローグ以来と言えなくもないかな?
 本来ならば、私が本編に出張ってくることはあるはずはなかったのだが、どうも我が親友(モナミ)の手には余る事態が押し寄せてきたようでね。

 かくして私が茶々を入れに馳せ参じた次第だよ。依頼人からの要望で共犯者(スイートハニー)には席を外してもらったが、そこはご容赦願いたい。
 いや、なぁに親友の手練手管を信頼していないと言えば嘘になるのだが、まさか上海が浮上するとはどこの誰が推理できるのだろうね。
 必然性も蓋然性も吹っ飛んで、密室の蝶番が外れてしまったようにしか思えない。それを直すために生まれついたは探偵の性分というものだが、おあいにく私が動けない身の上であることは変わりなくてだね。

 情報収集のために、上海を牽引中の謎の衛星にハッキングを試みたら可愛い電子の妖精さんが我が家にやってきたという所存だよ。
 彼女の名前はストレチリア、極彩色を身にまとったとても華麗なお嬢さん。彼女を実況、私を解説と見立てて上海そのものをクローズド・サークル、さしずめ上海館殺人事件を追っていこうじゃないか!

 ----
 【登場人物一覧】
 郭 亀岩:弱小マフィア構成員。愛に生きる男。どうか彼女さんとお幸せに! 
 死神:300億円を越える借金を背負わされた薄幸の少女。下山師匠の弟子だったりそうじゃなかったりする。
 下山アンドロメダ:天狗にして宇宙人にして堕天使を自称する謎の女。
 白髭黒羽:解決屋界隈では最強に近いかもしれない『万事屋』。ご存じ世界二位の探偵の友。
 双喜:百年の時を越えて蘇った愉快・痛快・軽快系ホムンクルス。祭りだわっしょーい。
 喬芽芽:世界一かわいい解決屋。解決屋を取り外しても世界一かわいい。かわいさの金メダリスト。
 張三:百年の時を越えて魔幇と戦う謎の男。食レポに定評がある。
 拳狐:狐面をかぶった謎の拳法家。別に世界を終わらせようとはしていない。
 透明ワニ:復讐者・恋辻メーメーの無二の親友。秘密の出入り口に潜む捕食者。
 劉炎嵐:怒りに燃え、世の不条理に我を通さんとする物理的にも心理的にも熱い男。

 (五十音順・敬称略)

 《そういったわけで、ストレチリア君のお兄さんにご提供いただいた高彩度カメラからの視点で事件を追っていくよ。》
 《うーん、上海全土が「ノックスしないと出られない部屋」の支配下に置かれたって話なのだけど、どういうことなのかしら?》
 《それはだね、おそらくは最も有名なミステリ理論のひとつ「ノックスの十戒」で間違いないだろうね。
 いわく
 1.犯人は、物語の当初に登場していなければならない。ただしその心の動きが読者に読みとれている人物であってはならない。
 2.探偵方法に、魔人能力を用いてはならない。
 3.犯行現場に、秘密の抜け穴・通路が1つより多くあってはならない。
 4.未発見の毒薬、難解な科学的説明を要する機械を犯行に用いてはならない。
 5.主要人物として「中国人」を登場させてはならない。
 6.探偵は、偶然や第六感によって事件を解決してはならない。
 7.変装して登場人物を騙す場合を除き、探偵自身が犯人であってはならない。
 8.探偵は、読者に提示していない手がかりによって解決してはならない。
 9.ワトソン役は、自分の判断を全て読者に知らせねばならない。また、その知能は、一般読者よりもごくわずかに低くなければならない。
 10.双子・一人二役は、あらかじめ読者に知らされなければならない。
 の十ヶ条だよ。》

 《ふーん、ということは読者である私たちが知りえた情報でしか推理はできないのね。》
 《お察しの通り、さすがは依頼人だ。あっ、郭君と双喜君と喬君と張君と拳狐君と劉君が上海全土からボッシュートされたね。これで地球に帰れる寸法か……。》
 《第五条の中国人に抵触したのね。にしてもなんでこんな項目があるのかしら。これじゃ中国を舞台にしたミステリは書けないでしょ?》
 《それはだね、かつて中国人は超自然的で荒唐無稽な魔法を使える下山君のような存在だと思われていたからだよ。……やれやれ、どうやらこの部屋を作った輩は古い資料に頼ってアップデートを怠ったらしい。》

 《とはいえ、これで推定犯人はたぶん日本国籍を持っている下山と日本人の白髭さんと死神ちゃん、それに人じゃない透明ワニくんに絞られたわけね。探偵さんは誰が犯人だと思う?》
 《ああそれはだね、おっと、変装していないことがわかる我が親友が探偵役として動いたね。これで犯人は残る三者に絞られたわけだ。》

 〈読者への挑戦状〉 
 ここまでのSSの中の記述で犯人を暴くためのヒントはすべて出ています。
 読者の皆さんは犯人を当ててみましょう。



 《というわけで、真面目に推理しているほんとうの読者諸君の頭を悩ませるのもなんなので、改行もまたがずに犯人を上げるとそれは「透明ワニ」のスパイク君だよ。》
 《な、なんだってー!? これだけのヒントで犯人がわかるなんて、さすがは世界二位の探偵ね! つまりはどういうことなの?》
 《ああそれはだね、そもそもこの物語の中でミステリの被害者としてかろうじて明示されたといっていいのが、「エックスしないと出られない部屋」の中でスパイク君に食べられた地の文君くらいしかいないからだよ。各部屋が独立しているとは限らないからね。言ってしまえば「エックスをしないと出られない部屋」はもっと大きな上海全土「ノックスしないと出られない部屋」に囲われた入れ子構造になっていたと説明すれば説明は付くね。》

 《なるほど! ところで私が探偵に対するワトソン役だと思うんだけど、ここまでアホな展開でいいの!?》
 《安心したまえ、これはいわゆるバカミスというやつだからね。ドナドナされていく透明ワニくんには気の毒だが、この部屋から出ればすべて茶番だとわかるはずさ。さて、我が親友を迎えに行くUFOをチャーターしないといけないね。確かに今の私は安楽椅子から動けない身だが、それくらいの暴挙はこのSSなら許されるはずさ。》
 《ありがとうございました。でも、バカミスを言い訳にするのはよくないと思うんだけど!》《ふふっ、それもそうだね。》


大丈夫? 全部の部屋を開くなら今だよ。


 こんにちわ、解決屋ネーム・死神こと下山師匠の弟子であるところのわたしです。ここに来るまでにたくさんの部屋を乗り越えた気がします。
 ロハさんの魔人能力によって首尾よく、「上海キャッチャーにして四本指のテイアでもある遠藤カリフォルニアさん」こと上海を宇宙空間へ連れ去ろうとする謎の衛星の設計図を手に入れたわたしたちは、ついにその内部への突入を果たしました。

 五千兆円を持ち帰るため、絶対欠かしてはいけないロハさんは、この魔都で数々の激戦を繰り広げてきた、信頼のおける人たちに託します。
 茶色いチョコボこと、中の人などいない着ぐるみの人の中身はストレチリアさんと銀河新星さんでした。
 おふたりは、AIだそうです。師匠にむりやり着ぐるみを着せられたふたりです。ご兄妹ふたりは中で押し合いへし合い熱くなってばたんきゅーです。

 「これで、自分の限界を知ってほしいものだけど。科学と魔法の神話あってこそ、我らがアルクトゥールス星の繁栄はあるのだから」
 訳知ったり顔の師匠です。でも、これでひとつの旅は終わるんですよね。わたしが、天国を目指す旅はここでひとつのおわりを迎えるんです。
 もう、のぞき穴を覗くことはしません。十字のつまみを手に取ることもしません。

 下山師匠と「わたし」のふたりは開け放たれた、その部屋へと、光の中へと体を滑り込ませました。
 黒幕は、衛星と半ばその身を融合させていたのです。

そして下山師匠ときみは「セックスしないと出られない部屋」に入った


 「セックスしないと出られない部屋」、魔都上海の真の支配者であり、魔幇のボスでもある存在は――、そこにいました。
 もしかしたら、わたしはその部屋が上海全土を覆い尽くした結果を、生まれた惨禍を可能性の海の中をくぐりぬけ、そのしぶきを浴びたのかもしれません。

 彼、いや彼女、そのどちらでもある存在と言えるのでしょう。部屋そのものでもあり、部屋の管理人でもある、愛と性、欲望の支配者はそこにいました。
 部屋自体は意外にも無機質です。つるりとした宇宙船の船内のよう、まっしろけ。墜落して、もうなくなった師匠のUFOの船内にも似ていました。
 そして、部屋の支配者であるそのバカな響きからは意外なことに、とても美しい人でした。

 「天使――?」
 口先から転び出たその言葉を首肯するように、白い翼を背負ったその人はニッと笑うとソプラノでもあり、テノールでもあるという矛盾する響きで言葉を紡ぎます。
 「「よォ、下山ァ。よく来たなあ、その子がおめーの護衛かい? セックスとはやっぱ宝石だよなあ。キラキラして輝いてる……うくくっ、やっててよかったこの仕事……」」

 彼(女)は泣いていました。男の人が泣いている。女の人が泣いている。そして鳥たちは鳴きだした。
 とても異様な光景のようにも、とても神聖な風景にも見えました。でも、師匠は間を置くのを好まないのか、単刀直入に本題を切り出すようです。
 「この子を見て満足したかな? 『セックスしないと出られない部屋』――いいや、『ガフの部屋』よ」

 驚きはありません。道中、その正体は聞き及んでいました。
 「ガフの部屋」、それは生まれる前のすべての子どもたちが授ける魂を保管しているという場所のことです。
 「だからセックスとは、魂のよりどころになる身体を生み出す儀式ということになるね。ゆえに、旅立ちを待つすべての子どもたちの視点からすればセックスしないと出られない部屋という表現は、とても、とてもとても、とてもとてもとても……、理にかなった表現ということになる」
 『新世紀エヴァンゲリオン』でも、印象的なエピソードで使われているね。……師匠のおふざけじみた補足も、今は遠く響くようでした。
 きっと誰よりも、本人が近くに受け止めているのだから。

 「朝チュンってあるだろォ? あれってば、すずめちゃんたちが新たな命を祝福してるからなんだなあ、ええ?」 
 セックスにはじまって、リラックス、マトリックス、エックス……、ほかにも通り過ぎただけの部屋ではファックス、サックス、フィックス、ミックス、ワックスなどなどと……色々な○○クスな部屋がありましたけど、そのすべてですずめたちが鳴いていた気がします。これも伝承にはあることです。

 堕天使である師匠はヘブライの神の領域のことなど、最初から知っていました。
 「堕天使であるわたしのツッコミがなかったら、どうなっていたか、わかりはしないよ。いくら最近全世界が少子化傾向で焦ったからって上海市民すべてを閉じ込めようとするなんてやり過ぎだ。というか、わたしが近場にいたAIくん/ちゃんの演算機能を間借りしておまえにさぁ、未来予想図見せなかったらどうなってたと思うのよテトペッテンソン、大いに反省すること! ぷんぷん」

 そして、今回のことの経緯を事の細かに振り返ります。
 思えば「セックスしないと出られない部屋」が上海の支配者になったという結果が先に来たから後で「魔幇のボス」という理由、因果が後付けされて遡ってすいうことになったのかもしれません。セックスしないと出られない部屋が、マフィアの組織のボスやってるなんておかしいですし。
 「いや、まぁ、な。ちゃんと合法的に百年計画で組織立ち上げてダイヤのお披露目ついでにパーリィーを打ち上げようと思ったのよ、でもさ、肝心のダイヤ盗まれちまうやん? なんかテンション上がっちゃって、うん、ぱーっと、ぱーっとね」

 違った。思ったよりずっと、この世界はおかしい。けど愛おしい。
 でも……、やっぱりわたしは天国を目指す。

 「じゃあ、貸しひとつね、『ガフの部屋』。そして貸しをさっそく返して。ここにいる我が弟子を『天国』に連れてってあげて」
 見事な三段論法です。見事に目玉をぱちくりさせるガフの部屋さん、それからわたし。
 「ちょっと待ってください、師匠。借金を返し終えるのはまだですよね。五千兆円のおこぼれが入れば、三百億円なんて吹いて飛ぶ紙切れっていったじゃないですか」
 これは間違いなく聞いていません。急に拓けた天国の道を前にして、わたしは足踏みをします。

 「うん、そうだね。その通りだね。だけどね、わたしはね。
 怒っているんだよ。子供にね、利子込みで三百億なんて借金を負わせて死に追い込む親も。それ以上に、そんな理不尽に遭っても怒れないきみにも。
 もちろん、そんな契約を結ばせて恩恵を得ているどこかのだれかにも。これ幸いだ、神様のお墨付きを得た。そんな契約破ってしまえ。借金なんて踏み倒せ」
 「えっ、でも……、師匠、わたしを弟子にしたんですよね。天狗道を歩むんですよね。傍から決して離れないって言いましたよね。それに、わたしが死んだら、師匠が――」「すとっぷ、あのね、こどもがね、気兼ねしてどうするんだよ。バカな大人の尻ぬぐいくらい、別の大人にさせてよ。それにね……(ごしょごしょごしょ……)」

 師匠とのないしょ話を、『ガフの部屋』さんは黙って、耳を塞いで見守っていてくれました。 
 鳥は鳴いています。わたしは泣いています。師匠も泣いています。別れとは、そういうものだとわかっています。
 そして、わたしは天国に行きました。

そして下山師匠と「きみ」


 やぁ、世界二位の探偵だよ。はじめましての人にははじめまして。お久しぶりの人にはごきげんよう。さっき会ったばかりの人にはさっきぶりと言っておこうかな。
 上海での騒乱は一応の終焉を迎え、我が親友も無事に日本に日ノ御子君を連れ立って帰ってはしたのだが、ううむあれは……しかし……。
 上海は地球に帰ってくることはできなかったのだね。せっかく、宇宙空間に座標を移すことができたのだから、軌道エレベーターにするなり宇宙港にするなりで有効活用しようという流れになったらしい。
 もし上海が地球に落下したら、地球が寒くなって住めなくなるから心配なのだが、その時はその時だと人類のポテンシャルを信じたいところだね。

 ああそれとだね。同時期に、暴走していたとされていたAIの兄妹は自分を見つめ直すためにアルクトゥールス星に留学しに行ったらしい。
 こちらも、AIのポテンシャルを信じたいところだね。

 と。それから、なんでも清王朝のダイヤの正体はとある日本人の少女だったらしいね。
 彼女がカギになることによって五千兆円に匹敵する宝が手に入ったのだとか。少女自身はその一割どころか、0.1%にも満たない金額しか受け取ることはなかったというね。さて――、これは是が非にでも戯言として彼女はとても無欲だったと繰言を弄するタイミングであると私は思う。
 ともあれ、五千兆円が上海にある以上はかの地は大丈夫だろう。中国政府には手の届きようのない地で、上海人たちはきっと今も楽しく元気にやっているよ。

 「なるほどだね。上海が浮上して宇宙に行ってしまった時はさすがのわたしも絶望したが、ひょっとしたら地球から脱出を果たした上海こそが真の脱出ゲームの勝者だったのかもしれないね」
 やぁ、こちらの女性は最近できた私のママ友だよ。正確に言えば卵胎生らしいから早くもおなかを膨らませているが、妊娠数ヶ月だという。
 上海での戦いで、とても大事な弟子と出会い、運命を共にし、そして再会を誓って別れたというが、こうして詳しい話を聞かせてもらっている途中なんだ。

 「して、下山君、天国というのはどう行った場所なのだろうね」
 「さぁね。わたしは堕天使にして天狗であるので、天国にも地獄にも行ったことはないが、面白いところだと聞いているよ。知り合いにへんてこりんな奴がいるからね。とてもまじめなわたしとしてはいさささささささか辟易するが、まぁ面白い奴だったよ。天使が面白いのだから、それがいっぱいたくさんいる天使はきっともっとずっと面白い」
 「私に言わせれば、堕天使である君はもっともっと面白いように見えるのだが……?」
 「そうともさ、だから天国に飽きたらここに戻ってくるように言ってある。きみの居場所は黄身ということで」

 下山君は、愛おしそうに、大きく膨らんだおなかをさすりながらそう言った。
 父親は殺したが、愛のないセックスなら済ませた。断じて処女懐胎ではない。わたしはあの子の母親になるわけだが、それ以上に師匠と弟子という間柄でいてほしい。
 そんなわたしはわがままだろうか、思い出はそのまま、記憶もそのまま、わたしが息絶えるその日まで何千年でも一緒に歩んでもらうのだ。
 アルクトゥールス星人のアルクトゥールスとは、共に(トゥルース){真実}に向けて歩んでいこうという意志を意味するからね、もっともこれは嘘だが。

 そんなことをまくし立てる下山君に微笑ましさを感じる私だが、その中には不穏なものも混じる。
 果たしてその意味なすものは何なのか、さて……銀のさじを投げておこう。幸福に毒を混ぜる輩はきっといはしないからね。
 ああそうだ、最後に聞いておくとしようかな。
 「ところでその子の名は、なんというんだい?」「上の名前は決めているよ、下の名前は――」

 下山師匠はきみの名前を教えない/愛と混沌の脱出ゲーム会場(後編)
 (終)























 ????「ああ、そうだ。上海が浮上する前から色々言っていた『地の文』の正体は、上海を浮上させていた衛星のAIで間違いないぜ」
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