Obscure



(一) 

 むかしむかし、ある所に大きな門がありました。
 その門の向こうからとてもこわく、とても悪い怪物がおりてきて、人をつかまえては、自分達の仲間にしてしまうのです。

 まわりの村に住んでいる人は怪物がこわくて、だれも外には出られません。

 それを聞いた主さまはとても困りました。
 こまってこまって、うーん。うーん。とうなり声をあげるけど、どうしたらいいかなんてわかりません。

 そこへ神さまに仕える巫女さまがやってきました。
 とてもやさしく、とても良い人です。
 主さまは巫女さまに門を閉じてくれるようにたのみました。

 巫女さまは主さまの願いを聞いて、門へとむかいます。
 やさしい巫女さまは自分のからだを縄にかえて扉を抑えつけてみようと思いました。

 だけども門は巫女さま一人ぶんの力では閉まりません。
 それでも巫女さまは門を抑えつけるのをやめませんでした。

 主さまも村人もやさしい巫女さまを助けるために、次々と新しい巫女さまをつれてきました。

 巫女さまたちはなんども、なんども、門のところへ行きました。

 しかし、最後の巫女さまは好きな人がいたので嫌がりました。

 でもそうしているうちに村人たちは悪い怪物になってしまいます
 主さまも村人もこれまでに縄になった巫女さまたちも怪物になってしまいました。

 やさしいやさしい巫女さまにとってそれはとてもかなしいことです。
 仕方なくからだを縄にかえ、扉を完全に閉じ、村人たちを元に戻しました。

 ある時、いなくなったはずの怪物たちよりもさらに大きな怪物がやってきました。
 その怪物はとおい所から、別の道を通ってやってきたのです。
 大きな怪物はいいました。

『おれにはけんもやりもやくたたずだった。ゆみやもてっぽうもはねかえしたんだ』

 なのにどうしたことだと、怪物は泣き出しました。

『たったのひとことでおれはしんでしまった、もうあいつにはあいたくない。だから、もんをまもるからかわりにおれをかくまってくれ』

 巫女さまは大喜びでいいました。

『わかりました、それじゃあもしあなたが嘘を吐いたときのために、あなたを殺したじゅもんを教えてくれたらかわってあげましょう』

 大きな怪物は口に出さないよう、じゅもんを地面に書きました。

 ――Tu fui,ego eris……

 じゅもんを胸に刻みつけた巫女さまは、好きな人に会いにいこうと歩きはじめました。
 風のささやきが巫女さまの背中を後押しします。
 かいぶつは、小さくなっていく巫女さまの背中を見おくってました。

 いつまでも、いつまでも――見えなくなっても、ずっと。


(二)


 呻き声と拙い足音が通り過ぎる。
 大分距離が離れているが、音はねじ込むように耳朶にその響きを残した。
 傍で、ユカリが安堵の――そして幾ばくかの苛立ちも籠った吐息をつく。
 彼女は、預けた携帯電話の液晶画面を見つめていた。純也からのメール以降、誰からも連絡はない。
 少しでも携帯電話の寿命を延ばすならユカリを咎めるべきだ。ずっと見ていたところで、連絡が来るわけではない。
 だが、このまま放っておこうという気持ちも同時に湧き起こる。多少投げ遣りになる程度には疲れてきているらしい。
 結局のところ、好きにさせたままでいる。使えるか分からない充電器は別にしても、予備の電池は持ち歩いている。
 水明は自身の溜息を呑み込んで、天井を見上げた。淡い光の中で、ぶら下がった白熱灯の表面が鈍く光っている。
 ガソリンスタンドの管理小屋も兼ねたコンビニエンス・ストア内は埃っぽい湿気が充満していた。
 隠れているカウンターの裏は窮屈だった。店員のものだろうか。古いプレイ・ボーイ誌が何冊も床に積まれ、大胆な格好で腰かけた金髪女性が挑戦的な眼差しを投げかけていた。
 カウンターの背後を守るようにして並ぶ冷蔵庫の電源は入っておらず、店内を反射するガラス戸の奥にペットボトルの影が鎮座しているのが分かる。
 水明はカウンターから顔を出した。窓ガラスの向こうで、復活した街路灯が闇を照らし、白い風景を浮かび上がらせている。その霧の中で蠢く人影がゆっくりと消えていく。
 天井から引っ掻くような物音が聞こえた。小鳥が屋根の上で遊んでいる時と似た物音だが、音の主が小鳥のように可愛らしい大きさでないことはその響きから容易に想像がつく。まだ動くことは得策ではないようだ。
 もう何度目になるだろうか。
 何かしらの異常を感じたら立ち止まり、何処かに身を潜め、成り行きを待つ。幸い、隠れる物陰は豊富にあった。しかし、それは同時に死角が多いということでもある。
 自然と早足になるのとは裏腹に、実際の移動時間は減っていった。それでも、岸井ミカが連絡をくれたクラブはもう通りを一本隔てた場所まで来ている。
 だが、そこから動くことができない。身体を腐らせた亡者たちの数が増えている。
 元々そうなのか。それとも、何かに引き寄せられているのか。後者の場合、引き寄せている"何か"について、最悪のケースがどうしてもちらついてしまう。
 もし、人見か小暮のどちらかが岸井ミカを保護出来たならば、おそらくは何らかの連絡があるはずだ。
 それがないということは、まだそれぞれ合流できていないのだ。もしくは、連絡をよこせるような状況にはいないのか。それとも、保護されていたとしても、当の岸井が名乗れるような状態にないのか。
 いや、そもそも電話が繋がらないという状況も考えられる。最後に見た時も、携帯電話の電波状態は圏外であった。
 引いては、本当であれば繋がらない状況で通話できたことが例外なのであって、現在不通であっても不思議はない。そもそも、いつまでも電話が使える保障があるものでもない。 
 だが、用もないのにこちらから電話するのは躊躇われた。
 安否の確認は、一旦気にしてしまえば終わりがない。
 便りがないのは無事な証拠――そう、割り切るのが一番なのだと自戒する。
 物事をどれほど突き詰めていっても疑念は残る。確実ではないのだから――絶対はないのだから、不安は在り続ける。
 ましてや、命を懸けられた状況であれば尚のことだ。
 不安へ対抗するには、人は信じることしかできない。信じることで、心の均衡を保とうとする。
 厳しい目で解すれば、これは逃避と言われるだろう。だが、同時に救いでもある。
 信頼と不安は、常に表と裏だ。
 死のリスクは、いつでもすぐ隣に存在するのだ。暗がりで、そっと息を潜めている。
 亡者の呻き声が、幾分か近くで聞こえた。ユカリが僅かに身じろぎをした。足音が通り過ぎていく。
 亡者たちはどうやら主に視覚に頼っているらしい。聴覚や嗅覚も機能しているようだが、用心して身を隠せば取りあえずは凌ぐことができる。
 しかし、それは彼らが人と差のないことの証でもあるように感じられた。
 水明は、ベルトに挟んだ拳銃の重みに意識を向けた。
 人でないと確信が持てない以上、撃つことは出来ない。いくらでも言い繕えるだろうが、本心は人道的な理由ではないことを己が一番よく知っている。
 単に、怖いのだ。
 明らかな化け物を仕留めることでさえ、吐き気を及ぼすほどの嫌悪感に苛まれた。
 だが、いつか必ず撃たねばならないときが出てくるだろう。覚悟を決めるその時を延々と先送りにできるほど、この町は甘くないはずだ。
 水明は口元を指で揉んだ。口の寂しさが無性に気になった。煙草はカウンター脇の棚に幾つか並んでいるが、手に取る気分にはならなかった。もっとも、吸えるような状況でもないが。
 ふと、中学時代の友人――に含めてしまってもいいだろう――の姿が浮かんだ。団子鼻に引っかかった眼鏡――その度の強いレンズの向こうに、小型犬のような瞳が鈍い光を放っている。
 彼ならば嬉々として、あらゆる真相の可能性を追求しようとひた走るだろうか。
 風の便りで警察機関に就職したと聞いていたが、脳裏に浮上した彼の姿は中学生のままだった。
 多分、とても懐かしい光景を目にしたせいだ。
 己にとって転機と言える、忌まわしい事件――幼馴染とクラスメイトを失ったあの日の公園が、この町に在った。
 霧にこそ包まれていたが、それは記憶に残る景色と寸分違わぬままで眼前に広がっていた。違わぬからこそ、偽物だと断定できる。
 しかし――と、水明は微苦笑に頬を歪めた。サイレントヒルが映し出すのは、その者の心の景色だ。あれは、あの日から彼がずっと前に進めていないことの証左かもしれない。
 足を前に踏み出しているようで、その実、あの公園の敷地内をぐるぐる回っているだけに過ぎないのか。皮肉めいた感情が煙のごとく胸中に立ち昇る。
 古ぼけたファイルを抱えたまま、まだ中学生の自分が内側に眠っている。
 しかし、この町から抜け出せなければその足踏みすら止まってしまう。
 郷愁にも似た想いを掻き消し、水明は巫女の童話に思考を向ける。
 一言で言えば、童話は奇妙なものであった。登場する巫女の身上が、それを語る氷室霧絵自身と所々重なるところから、この内容には彼女の精神が少なからず影響している代物と捉えられる。
 気になるのは、まず、物語の中で事態が解決していないことだ。
 物語は、呪文を胸に刻んだ巫女が封印に身を変えた怪物を残し、想い人の許へ向かうところで終わっている。
 巫女は想い人と一緒になれたであろうことは想像がつく。ハッピーエンドとも言えるかもしれない。
 しかし、扉の件が放置されてしまう。怪物はそのまま大人しくしているだろうか。呪文は使われることはないのか。起承転結の転で止まり、結末にまで至っていないのだ。
 そもそも、何故封印を解く呪文を童話は示しているのだろう。
 憶測とはいえ、アレッサか、町そのものに不都合があるからこそ扉を怪物で封じているのではないか。
 殺し合いのルールがそうであるように、呪文そのものは無意味なのか。
 だが、氷室霧絵は呪文そのものに忌避感を覚えたという。
 門の封印が解け、災厄が齎されることを恐れたのだと彼女は言っていた。
 サイレントヒルは心が大きく影響を与える町だ。童話を読めば、呪文の役割は当然頭に入っている。たとえ、呪文そのものが無意味でも、役割を認識して口に出せば効果は顕在化するかもしれない。
 "言霊"という思想がある。言葉には魂があり、良い言葉を口にすれば吉事が起こり、よくない言葉を口にすれば凶事が起こるという考えだ。名前を付けられることでモノがそれに縛られるようになるのと同じように、言葉に乗っただけでも事象に意味が起こり、型が生まれ、形を持つ。
 事象の具体化は物事を矮小化させることがある反面、枠に嵌めて定義づけられることで力を持つようになることもある。
 後者のケースが、言霊の発現だと言えるだろう。
 例えば、実話怪談の蒐集家の間には"封印された話"というものがある。書いたり話したりすると変事があるので発表できないという代物だ。当然語られないのだから、憶測が憶測を呼び、ファンの間では、どんな恐ろしい話なのだろうと好奇の対象となっている。
 しかし、実際は何の変哲もない、普通の怪談であるらしい。仕事の関係でそうした蒐集家の一人と言葉を交わす機会を得た際に教えてもらったことだ。特別恐ろしいわけでもなく、忌わしい謂れがあるわけでもない。そうであるにも関わらず、語ることができない。
 つまり、原因は内容ではないのだ。語ることそのものに障りがある。都市伝説における"牛の首"も、元を質せばこうした"封印された話"の一つであったのかもしれない。
 内容如何に関わらず、怪談を語ることに怪異が潜む。言葉となることで、怪異が形となって現実を侵食するようになる。
 しかし、そうであればこそ、呪文は隠されるべきではないだろうか。無論、無意味が組み合わさって意味を持ってしまったイレギュラーなケースであるとも考えられなくはない。
 だが、もしも――呪文を教えることこそが目的だとすればどうだろうか。
 気になるのは、この呪文が、あくまで音としてでしか認識できないことだ。異国の言葉を、ダイレクトに意味として脳が理解できるような状況にも関わらずだ。
 この事実こそ、呪文が無意味である証拠とも言えるかもしれないのだが、呪文として使われた言葉の意味を考えるとそうではないように思えた。 
 怪物を殺す呪文"Tu fui,ego eris"――墓碑銘に刻まれるラテン語の一つだ。
 意味合いは"私は貴方と同じく生きていた、あなたもやがて私と同じく無に還るだろう"とでもなるだろうか。誰にでも訪れる死の普遍性を示した言葉だ。死の呪文としてそう外れてはいない。
 一方で、直訳すれば"貴方は私であり、私は貴方であった"となる。
 言葉通り受け取れば、巫女と怪物の同一性を示すことにもなるのだ。巫女は怪物であり、怪物は巫女だ。封印の一部として、両者は共通する部分を持つ。
 死の呪文は怪物から伝えられた。主体は怪物になる。とすれば、呪文は後者の意味に変じるのではないだろうか。つまり、封印の交代、もしくは同化だ。そして、伝え手によって二重の意味を同時に持つために、呪文は音としてしか認識できない。
 後者の場合、呪文を唱えたものが、怪物となって封印を担う役割になってしまうという風に捉えることができるだろう。たとえ境界の裂け目を突き止められたとしても、怪物を殺す呪文は町にとって不利益でなくなる。
 いや、こうしたメビウスの環を形作ることこそが真意とすれば、呪文は餌だ。試さないことには呪文が有効かはわからない。そして試せば、裂け目に辿り着いた者は消える。
 同時に複数人いた場合は呪文が無効という経験は残るが、感情として"封印は解けない"という想いが強まる。下手をすれば、現実に封印そのものを強化することにも繋がりかねない。
 あくまで町は閉じようとしている。そのまま、永遠の箱庭でも作るつもりなのか。
 目的はさておき、怪物を除けるには別の方法、もしくは呪文が必要と考えた方がいい。
 そして、また一つ疑問が浮かぶ。
 なぜ氷室霧絵は封印の前に放り出されていたのか。裂け目が見つけられないことに越したことはないのだ。呪文の媒介者として必要だったのか、それとも――。
 思考に沈み込んでいると、近くで間の抜けた低音が聞こえた。
 音の源へ視線を向けると、ユカリが腹部を焦った様子で押さえつけている。指の隙間から似たような鳴き声が漏れた。
 その緊張感を欠いた音色に、水明は失笑した。
 この状況に巻き込まれてから六時間以上経過している。ろくに休憩もしていなければ、食事も摂っていない。一度意識すれば、水明自身の胃も不満を訴えて捩り動こうとする。
 ユカリは無駄な努力を止めたようで、身体を脱力させて溜息を吐いた。

「……なんか、食べる気しないよね。今は普通だけどさ」

 短く詫びた後で、ユカリが囁いた。カウンターのラックに積まれたスナック類のことだろう。何の変哲もないが、つい先ほどまで汚泥と錆に塗れていたことは想像に難くない。

「まあな」

 同意を返すが、手に取りたくない理由はユカリが示したものばかりではない。
 頭をよぎるのは"黄泉竈食い"のことだ。黄泉の国の釜で煮炊きしたものを食べると、二度と浮世に戻ることは出来ない――。
 この町に有るものは、すなわちこの町が生み出したものだろう。人々の心を反映したとしても、それを仲介するのはあくまで町の力だ。
 では、町の力とは何なのだろうか。
 元々、この町は先住民にとっての聖地だった。すなわち、地脈や気と称される大地のエネルギーの強い場所であったと考えられる。
 だが、力そのものに意味はない。力の持つ性質は、その向かう方向に左右されるものだ。
 聖地として崇められた力が、忌地へと正反対の方向へと変わってしまった。
 その理由は、サイレントヒルの歴史を紐解けば自ずと推測は出来る。
 ヨーロッパからの入植による先住民の迫害、伝染病、刑務所で行われた処刑、そしてアレッサ・ギレスピーの起こした異界化――そうした忌わしい出来事によって力の方向が歪められてしまったのだろう。
 謂わば、何重にも折り重なった"死"に侵食されているのが今のサイレントヒルという土地だと言えるだろう。
 数多の死が土地そのものに影響を与えると言われても、気分的な問題以上の障害がないように思えるかもしれない。
 しかし、そうだとは限らないのだ。
 "穢れ"というものがある。目には見えないが、在ると信じられてきた。思想や宗教というよりも、日本人の文化や思考を形成する上での基盤の一つといってもいいだろう。かといって、日本固有のものではなく、ユダヤ教やイスラム教、ヒンドゥー教などにも同質のものが多く見られる。
 "穢れ"は、"罪"と同様の物として並べられるが、簡単に言えば、人為的なものを"罪"とし、自然的なものを"穢れ"と大別する。神道に於いては、罪は"天津罪"と"国津罪"と二部され、前者は共同体を阻害する犯罪であり、後者は人為的・自然的に人が疵付く事象を指す。"穢れ"は後者に該当する。
 "穢れ"を多く付着させた人間は祭事に関わることを禁じられ、人との接触すら制限されることとなった。人が生きている限り蓄積していくものだが、犯罪や病、出産の際にはより強く身体に付くとされた。その最大のものが、死した際に付く"死穢"である。
 そして、重要なのは"穢れ"は伝染するということだ。 
 三大格式の一つである『延喜式』において、"死穢"は甲乙丙丁と強さが四段階に分けられている。そして、死人を出した――つまり、最大である甲の"穢れ"に包まれた家に招かれ食事をした人間は、乙の"穢れ"に感染し、持ち帰った先の家族までが汚染される。それ故に、人が死んだ場合には三十日の、家畜が死んだ場合には五日の謹慎が定められていた。
 とはいえ、この伝染は人を介するごとに弱まり、期間を経れば消える。禊や祓を受けることで落とすこともできる。
 だが、消える暇もなく"死"が続いたとしたら、どうなるのだろうか。
 無論、そのような場所は世界中にある。
 しかし、サイレントヒルは聖地となるほどの強い力を持つ土地だった。
 そして、おそらくはその力の流れが歪められ、"穢れ"を祓うのではなく、むしろ引き込む様な性質に変わっている。いわば、サイレントヒルという地が一つの大きな付喪神に変じてしまった。
 行き場を無くした"穢れ"は払われることなく、土地に滞留し続けるだろう。それはやがて澱みのようになり、サイレントヒル全体がその中に沈んでいる。
 そうだとすれば、己たちは"穢れ"の中で呼吸し、動き回っていることと同義だ。
 頭をよぎるのは、先ほどまで町を侵食していた血錆のことだった。
 サイレントヒルは、土地そのものの記憶も反映するのだろうか。あの血錆は、土地を汚染する"穢れ"の象徴のようでもある。
 水明は自分の持ち物に視線を置いた。
 持ち物は町の変化に影響を受けない。これはシビルの経験から導き出せるし、影響を受けるならば町に入った時点で変化しているだろう。町の所有物ではないから、影響の外にあると考えるのが自然だ。
 だが、"穢れ"は中に入ったものを汚染する。
 いずれは外から持ち込んだ物も町に囚われる。いや、物だけでなく、人間も――。
 また、情けない音が聞こえた。
 微苦笑を漏らし、水明は鞄からスナックバーを取り出した。そして、羞恥で俯いているユカリに手渡す。入れっぱなしだったせいだろう、包装が潰れてしまっている。

「町に来る前に買っといたもんだ。見てくれは悪くなってしまったが、中身に影響はない」
「……加齢臭が染みついてそう」
「大人の魅力というんだよ、そういうのはな」

 空気の中に、微かに甘い匂いが混じった。
 ふと、水明は違和感を覚えた。周囲に目立つ音は、ユカリの咀嚼する音だけだ。
 それ以外に目立つ音が聞こえない。周囲をうろついていた亡者たちの足音が――ない。天井の気配もなくなっている。
 ユカリも気づいたのか、気味悪そうに首を巡らせている。
 不気味な静寂が店内を包んでいた。

「……外に出てみる。長谷川はまだ中にいるんだ。外で何か起こっても、事態が落ち着くまで絶対に動くな」

 ゆっくりと立ち上がり、水明は出口へと近寄った。
 ガラス戸から外を伺うも、霧の中にあるのは動かぬ家々の影だけだ。その光景は何処か空々しく映った。
 扉を開ける際、蝶番の軋みが酷く致命的な物音のように感じられた。しかし、予感と反して、開けた途端に覆いかぶさってくる襲撃者などはいなかった。
 外に出た水明の周りで、霧が音もなく動いている。
 羽ばたきを耳が拾った。思わず屋根の下から出した顔を引っ込めるが、こちらに気付いた訳ではなさそうだ。羽音は遠ざかっていく。
 音は北から聞こえてくる。通りに出て見やると、湖畔に立つ街路灯の明かりの中で、何かを襲うように急降下する大きな影が見えた。その真下では、複数の人影が霧の中に消えていく。
 通りに居たものたちは、何かを追いかけて行った。そのように見える。
 しかし、全ての亡者たちがある一つの獲物に惹きつけられるなどあるだろうか。
 だが、事実、通りから彼らの姿は消えている。耳を澄ますと、鳥の様な鳴き声が微かに響く。音の方角から推測するに、彼らは湖畔を東へと向かったようだ。
 わざわざ、彼らを呼び集めるようにして誰かが逃げているのか。
 この不自然な光景に水明は口を曲げたが、移動する好機には違いない。
 足早に店に戻って、ユカリを呼んだ。
 怖々とした足取りで、ユカリは水明についてくる。何もいないという状況を怪しむように、忙しなく彼女は周囲を見やっていた。
 ふと、ユカリの動きが止まる。
 釣られて、水明もまた通りの南へと視線を向けた。 
 霧の向こう――十数メートル先に人影が立っていた。詳しい容姿までは分からないが、十代半ばの少女のようだと判別できる。
 影はこちらに気付かれるのを待ってたかのように、一拍の間を置いて南へと去っていく。

「ミカなの!? ねえ!」

 そう叫ぶが早いか、ユカリが駆け出した。

「おい、待て!」

 引きとめようとするも、水明の手をユカリはすり抜けた。
 舌打ちして、水明はユカリの後を追った。思いのほか、彼女は健脚だった。髪を振り乱す彼女との距離は、想像以上に縮まらない。
 少女の影は、こちらを誘うように一定の距離を保ちつつ逃げ続ける。
 あれが、ユカリの知る岸井ミカであるはずがない。水明は彼女の容姿を見たことがないが、それだけは断言できる。
 どうして――この霧で"少女"と判別できるのだ。まるで、霧が少女を避けているようではないか。
 遠目だが、あの影は車の前に飛び出してきた少女と似ている――つまり、アレッサ・ギレスピーと。

「落ち着け、長谷川!」

 漸く追いつき、水明は引き倒すようにユカリの肩を掴んだ。
 過呼吸に陥ったように喘ぐユカリは、それでも水明の拘束を逃れようとしていた。
 水明は通りの先を睨みつけた。
 現れた時と同じように、人影は唐突に消えていた。いや――一瞬だけ、紫紺の裾が霧の中ではためいた気がした。

「ここ、は――ミカは……?」

 ユカリが呆然としたように呟いた。その場で膝をついた彼女から、水明は手を放した。
 随分と走ってしまったようだ。シャツのボタンを幾つか外して、上気する身体を落ち着かせる。
 水明は脇に目を向けた。
 アルケミラ病院と掲げられた建物が、鉄柵門の奥で威圧感を以て水明たちを出迎えていた。




【B-6/キャロル通り・アルケミラ病院前/二日目黎明】



霧崎水明@流行り神】
 [状態]:精神疲労(中)、睡眠不足、空腹、頭部を負傷、全身に軽い打撲(いずれも処置済み)。右肩に銃撃による裂傷(小。未処置)
 [装備]:携帯電話、懐中電灯
 [道具]:10連装変則式マグナム(10/10)、ハンドガンの弾(20発)、宇理炎の土偶(?)
     紙に書かれたメトラトンの印章、自動車修理の工具
     七四式フィルム@零~zero~×10、鬼哭寺の御札@流行り神シリーズ×6、食料等、本物のルールと名簿のチラシ、他不明
 [思考・状況]
 基本行動方針:純也と人見を探し出し、サイレントヒルの謎を解明する。
 1:岸井ミカと式部人見を保護する。
 2:アレッサ・ギレスピーと関係した場所、および氷室邸を調査する。
 3:そろそろ煙草を補充したい。
 4:氷室邸は異界からの脱出口になるかもしれない?
 5:門の怪物を倒すには別の手段、もしくは呪文が必要?
 ※ユカリには骨董品屋で見つけた本物の名簿は隠してます。
 ※胸元から腹にかけて太陽の聖環(青)が書かれています。



長谷川ユカリ@トワイライトシンドローム】
 [状態]:精神疲労(中)、頭部と両腕を負傷、全身に軽い打撲(いずれも処置済み)
 [装備]:懐中電灯
 [道具]:太陽の聖環の印刷された紙@サイレントヒル3
     地図を書き込んだサイレントヒルの観光パンフレット、(水明が書き写した)名簿
     ショルダーバッグ(パスポート、オカルト雑誌@トワイライトシンドローム、食料等、他不明)
 [思考・状況]
 基本行動方針:チサトとミカを連れて雛城へ帰る
 1:ミカに会いたい。
 2:とりあえず水明の指示に従う。
 3:チサトを探したい。
 4:無事とはいえシビルが心配。


※キャロル通り付近に居たクリーチャーたちはネイサン通りの公園方面へ移動しました。
※表世界になったため、ナイト・フラッターはエア・スクリーマーに変化しました。

エア・スクリーマー

出典:『サイレントヒル』シリーズ
形態:多数
外見:ケロイドのような肌をした翼竜
武器:嘴と足の爪
能力:翼で飛行し、上空から急降下して噛みついたり、すれ違いざまに爪で攻撃を仕掛けてくる。
攻撃力★★☆☆☆
生命力★★☆☆☆
敏捷性★★★☆☆
行動パターン:普段は上空を飛び回っている。大きい個体は仲間を呼ぶ習性がある。
備考:ナイト・フラッターの表世界での姿。




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最終更新:2016年03月13日 14:25