鬼の霍乱
観光パンフレットには載ってすらいない道を南下し、突き当たった頃。
シビルから聞いていた事だったとは言え――――唐突に訪れたそれには、水明もユカリも驚きを隠せなかった。
時刻は丁度午前一時。
何処からともなく響き出す
サイレン。
町中が、蠢き始めた。
血と赤錆。赤と黒をベースとした、不快と不安を刺激する風貌が消えて行き、その代わりに辺りを覆い出したのは白い濃霧。
ゴーストタウンには変わりはないが、視覚的、精神的にはまだ優しい、一般的な様相の町並みが現れる。
ほう。と水明が感嘆の息を吐き出した。それに機敏に振り返ったユカリは、彼の前に掌を突き出した。
何かを言おうと開かれた水明の口が、不可思議そうに止まった。
「余計な都市伝説とかはいらないからね」
一拍を置いて水明は、その少しこけた頬に苦笑を見せた。
「別にお勉強をさせようとしたわけじゃないんだがな。ただ、映像化されたキングの『霧』よりはまだ視界が利くようだと思っただけさ」
「……無駄話には変わんないじゃん」
何処となく気恥ずかしさを覚えたのか、ユカリは顔を赤く染め、水明から顔を逸らす。
一頻り、辺りの建物を照らして様子を確認すると、観光パンフレットに挟んでいた一枚の用紙を取り出した。
「ねえ……これってさ、
ルールに書いてあったよね……?」
用紙の上に懐中電灯の光を当てるユカリの目線は、とある一点を見つめていた。
水明は、敢えて見ずとも該当箇所は頭に入れてあった。
「オジサンさ、さっき氷室邸が町の一部として機能してるって言ってたよね……? このルールも……やっぱりおんなじなんじゃないのかな?」
「ふむ。つまりルールも町の一部として機能している、と」
「……うん。だって、今のサイレンって……」
言葉を濁すユカリだったが、言わんとする事は水明にも通じていた。
“ルール2。サイレンで街は裏返る”
裏返る。その意味の解釈次第ではあるが、“ルール2”が今起きた現象を書き表していると見るには何の不自然さも無い。
そして、ルールの一つが――――それも超常現象としか考えられない事象が確かに機能していると言うのならば、他の全てのルールが同様に機能していると考える事にもまた不自然さは無い。
いくら水明の弟、
風海純也の側でルールや名簿と現実に食い違いを見つけようとも、ユカリにとってそれは伝聞に過ぎない。
実体験としてルールを実感したユカリが改めて不安を抱いてしまうのは、やむを得ない事だ。
「そうだな。はっきり言ってしまえば、ルールが町の事象に組み込まれていないと断定することは俺には出来ない」
自ら言い出した事だったが、否定の言葉を期待していたユカリは意外そうに水明を振り返った。
ユカリの目に、真剣な眼差しを返し、水明は続ける。
「サイレンの鳴る町。霧の立ち込める町。それからさっきまでの赤錆の世界は全て“都市伝説・
サイレントヒル”の噂として語られているものだ。
それらの事象が起きたとしても、それは単にサイレントヒルという町の特色とも言える。
ただ、今の変化がチラシに書かれている“ルール2”と符合しているように見えるのも確かだ。
つまりこの場合の変化は、そもそもの町の事象として起きたものなのか、ルールとして起きたものなのか、可能性としてはどちらとも取れるってことだな」
曖昧に、ユカリは頷いた。
なんとなしに、用紙に目を落として。
「後者にしても、そもそもの町の事象がチラシに書かれただけだという可能性もあるが……。
いずれにせよ、どちらと断定するだけの判断材料は無い。だがな、そんなことはどっちでも良いし、どうでも良いことなんだ」
「……どうでもいいって?」
「さっきも言ったが、殺し合いのルールと町の異界化には直接的な関係は無いと俺は考えている。弟のおかげでな。
……直接的な関係が無いのなら、ルールを無視したところで怪異の中枢にいる者の気を損ねることも無いだろう? まあ、要するに――――」
水明は一旦言葉を切ると、ユカリに歩み寄り、手を伸ばした。
僅かに構えるユカリだったが、彼の手が目的としたのは、ユカリの持つ用紙とパンフレットだった。
「重要なのは、怪異の原因を突き止めることだ。
根底から外れているルールが町の事象として組み込まれていたところで、俺達のやることは変わらない。
君は友人達を見つけたい。俺は原因となったものを突き止め怪異を終わらせたい。それだけさ。そこに殺し合いのルールが関わってくる余地はない。必要以上に構えなくても良いんだ。
ルールを真に受けて殺し合いに乗るような輩が危険なのは否定しないが、町に跳梁跋扈している魑魅魍魎に比べればまだ話が通じるだろうよ」
言っている間に、水明はパンフレットからもう一枚の用紙を取り出していた。
その用紙は、地図と抱き合わせとなっていたルールの用紙。
それを予め出されていたルールの用紙と合わせ、地図を見ながら右手に取ったペンでパンフレットに書き込みを始める。
「それでも、君がどうしても気になるというなら………………よし、こんなところだな」
そしてパンフレットのみをユカリに返し、一度口元を吊り上げると、水明は二枚のルールの用紙に両手をかけた。
――――彼の手の中で、紙の破られる音が繰り返し立てられた。
「ちょっ……!? 何してんの!?」
「これでどうだ? 気休めくらいにはなるだろう?」
「気休めって……いいの? ……地図だってあるのに」
「構わないさ。このルールは俺達には不要なものだからな。地図は今、簡易にだがそのパンフレットに書き写した。心配はいらない。……もう一度言うぞ。殺し合いのルールなんて、今はもうどうでも良いことなんだ」
会話の最中に、バラバラに千切られた用紙が、開かれた水明の手からヒラヒラと地面に落ちた。
その様が、ユカリには妙に儚げに見えた。
「なんか……ごめん」
「ほう? 珍しく素直じゃないか。普段からそうなら岸井くんも楽なんだろうがな」
それは、先程水明が似た者同士の親友に言われたものと同じ様な言い回し。
そうとは気付かず口にした水明に、晴れない顔をしていたユカリは、大きなお世話、とそっけない呟きを返して、いたずら小僧の様に笑う彼を睨みつけた。
水明には、例によって意に介した様子は全く無い。
「さてと。恐らくここはネイサン通りと言って良いんだろう。東に向かえばすぐに町と外との境目だ。何があるのか一応確かめて――――」
そこで言葉を止めた水明は、眉間に皺を刻んでいた。
東からの風に乗る、仄かに漂う異臭。明らかに、先程まで二人が嫌という程嗅いできた臭いだった。
ユカリもそれに気付き、水明に声をかけた。
東に目を向けた二人が見るのは――――闇に混ざる真っ白の濃霧だけ。
しかし、その先に何が居るのかは、二人とも容易に想像がついていた。
「……確かめるのは、次の機会にするとしようか。行こう。もたもたしているとまた厄介なことになりそうだ」
「うん……!」
細切れになったルールの用紙が二人の足に踏みつけられ、蹴られた拍子に舞い上がった。
風に乗ったそれは中空で散り散りにばら撒かれ、ささやかな紙吹雪となり、すぐに霧の中に溶け込む様に消えていった――――。
【E-5/ネイサン通り/二日目深夜】
【
霧崎水明@流行り神】
[状態]:精神疲労(中)、睡眠不足。頭部を負傷、全身に軽い打撲(いずれも処置済み)。右肩に銃撃による裂傷(小。未処置)
[装備]:
携帯電話、懐中電灯
[道具]:10連装変則式
マグナム(10/10)、
ハンドガンの弾(20発)、宇理炎の土偶(?)
紙に書かれた
メトラトンの印章、自動車修理の工具
七四式フィルム@零~zero~×10、
鬼哭寺の御札@流行り神シリーズ×6、食料等、本物のルールと名簿のチラシ、他不明
[思考・状況]
基本行動方針:純也と人見を探し出し、サイレントヒルの謎を解明する。
1:街の南西へ向かい
岸井ミカと
式部人見を保護する。
2:アレッサ・ギレスピーと関係した場所、および氷室邸を調査する。
3:そろそろ煙草を補充したい。
4:氷室邸は異界からの脱出口になるかもしれない?
※ユカリには骨董品屋で見つけた本物の名簿は隠してます。
※胸元から腹にかけて
太陽の聖環(青)が書かれています。
【
長谷川ユカリ@トワイライトシンドローム】
[状態]:精神疲労(中)、頭部と両腕を負傷、全身に軽い打撲(いずれも処置済み)
[装備]:懐中電灯
[道具]:太陽の聖環の印刷された紙@サイレントヒル3
地図を書き込んだ
サイレントヒルの観光パンフレット、(水明が書き写した)名簿
ショルダーバッグ(パスポート、オカルト雑誌@トワイライトシンドローム、食料等、他不明)
[思考・状況]
基本行動方針:チサトとミカを連れて雛城へ帰る
1:ミカを助けに街の南西に向かう。
2:とりあえず水明の指示に従う。
3:チサトを探したい。
4:無事とはいえシビルが心配。
※
Edge of Darkness~今作の時間帯の間に、人見、小暮、風海、ミカと電話で連絡を取った可能性も有り得る事とします。
※水明が破り捨てたのは、骨董品屋で水明が書き写したルールの用紙と、裏面に地図が描かれているルールの用紙です。
最終更新:2013年01月10日 19:57