考えてみれば当たり前の事だった。
自分達がいるのは殺し合いの会場として設置された島。
何時危険な参加者と遭遇してもおかしくはない、というより遭遇しなくては殺し合いが成り立たない。
場所がどこか、時間帯がどれかに関係無く突然戦闘が起きて当然なのだ。
自分達がいるのは殺し合いの会場として設置された島。
何時危険な参加者と遭遇してもおかしくはない、というより遭遇しなくては殺し合いが成り立たない。
場所がどこか、時間帯がどれかに関係無く突然戦闘が起きて当然なのだ。
故に何もおかしい話ではない。
自分達が目的地としていた施設で既に争いが起こっているのは、驚くような事ではない。
と、頭で理解していても一切動揺するなと言うのは無理な話。
自分達が目的地としていた施設で既に争いが起こっているのは、驚くような事ではない。
と、頭で理解していても一切動揺するなと言うのは無理な話。
「あれって…」
現にこうして聖都大学附属病院に到着したいろはは目を見開いていた。
横に立つ黒死牟もまた僅かに目を細め、いろはと同じ方へ視線を向けている。
離れの島と本島を繋ぐ橋を渡り、夜でも存在感のある建物へ近付いた所で気付いた。
外からでも聞こえて来る激しい音に。
ガラスが割れ、壁が破壊され、敵意を隠そうともしない怒声が響く。
中で何が起こっているかは明白。
自分達よりも先に訪れた参加者同士の戦闘以外に有り得ない。
横に立つ黒死牟もまた僅かに目を細め、いろはと同じ方へ視線を向けている。
離れの島と本島を繋ぐ橋を渡り、夜でも存在感のある建物へ近付いた所で気付いた。
外からでも聞こえて来る激しい音に。
ガラスが割れ、壁が破壊され、敵意を隠そうともしない怒声が響く。
中で何が起こっているかは明白。
自分達よりも先に訪れた参加者同士の戦闘以外に有り得ない。
(行かないと…!)
戦いが起きているなら、急いで向かわねばならない。
中にいるのがやちよ達なら協力して危険な参加者を止めなければならないし、知っている者がいなくても放っては置けない。
見なかった事にするつもりなど、いろはには無かった。
中にいるのがやちよ達なら協力して危険な参加者を止めなければならないし、知っている者がいなくても放っては置けない。
見なかった事にするつもりなど、いろはには無かった。
「……」
一方で黒死牟は考え込む。
戦闘が始まっている事にはさして関心を抱かない。
それより問題なのは、中にいるのが誰なのかだ。
もし無惨や縁壱が参加者を殺している真っ最中なのだとしたら、自分はどうすべきかが分からない。
戦闘が始まっている事にはさして関心を抱かない。
それより問題なのは、中にいるのが誰なのかだ。
もし無惨や縁壱が参加者を殺している真っ最中なのだとしたら、自分はどうすべきかが分からない。
無惨であれば、主の手を煩わせる必要は無しと代わりに殺すべきなのだろう。
尤も、主が今の自分に生かす価値があると見ればの話しだが。
腑抜けた敗残兵をも受け入れるような、寛容な性質で無いのだから。
尤も、主が今の自分に生かす価値があると見ればの話しだが。
腑抜けた敗残兵をも受け入れるような、寛容な性質で無いのだから。
縁壱であれば、益々以て思考が定まらなくなる。
無惨にすら刃の届かない自分が縁壱から勝利を奪い取るのは、余りにも非現実的。
それだけではない。
もし縁壱が自分の意思で悪鬼に堕ちた兄を斬ろうとするのなら、思う所は多々あれど全霊を以て迎え撃つのみ。
だが今の縁壱は檀黎斗の命令に従うだけの、意思無き人形と同じではないか。
そのような傀儡と化した弟と対峙した時、自分自身がどうなるのかさえ黒死牟には予想が付かない。
無惨にすら刃の届かない自分が縁壱から勝利を奪い取るのは、余りにも非現実的。
それだけではない。
もし縁壱が自分の意思で悪鬼に堕ちた兄を斬ろうとするのなら、思う所は多々あれど全霊を以て迎え撃つのみ。
だが今の縁壱は檀黎斗の命令に従うだけの、意思無き人形と同じではないか。
そのような傀儡と化した弟と対峙した時、自分自身がどうなるのかさえ黒死牟には予想が付かない。
やる気に満ち溢れるいろはとは正反対に、黒死牟は迷いという名の鎖で己を縛り上げ、
異次元の速さで刀を抜いた。
無数に放たれる、三日月状の斬撃。
不可視の殺意が切り刻むは、隕石のように落ちて来た火球。
自身といろはを焼き潰さんとした殺意の塊は全て、線香を思わせる儚い光を発し消滅。
消え去ったのはあくまで今の攻撃のみだ。
火球を撃ち放った襲撃者へ、刃は届いていない。
故に刀はまだ収めない。
隣には魔法少女へ変身したいろはが、クロスボウを構えている。
不可視の殺意が切り刻むは、隕石のように落ちて来た火球。
自身といろはを焼き潰さんとした殺意の塊は全て、線香を思わせる儚い光を発し消滅。
消え去ったのはあくまで今の攻撃のみだ。
火球を撃ち放った襲撃者へ、刃は届いていない。
故に刀はまだ収めない。
隣には魔法少女へ変身したいろはが、クロスボウを構えている。
二人の前に現れたのは赤い霧。
不規則に動き回った霧は地面の近くで二足歩行の生物の形を作る。
但しソレは、人間では無かった。
不規則に動き回った霧は地面の近くで二足歩行の生物の形を作る。
但しソレは、人間では無かった。
「まタ新しイ猿どもカ…!」
真紅の外骨格と両肩の捻れた突起物。
見ようによっては騎士にも似ている異形、オーバーロードインベスのデェムシュ。
檀黎斗主催のゲームにおいては、三度目となる参加者との遭遇であった。
見ようによっては騎士にも似ている異形、オーバーロードインベスのデェムシュ。
檀黎斗主催のゲームにおいては、三度目となる参加者との遭遇であった。
結芽と城之内に逃げられた後、デェムシュの怒りは収まらなかった。
何故フェムシンムである自分が、下等な種族の猿どもにコケにされなければならない。
何故自分達の玩具に過ぎない猿どもに傷を付けられ、挙句に未だ一人も殺せていない。
ロシュオ配下のオーバーロードの中でも特にプライドの高いデェムシュにとっては、耐え難い屈辱。
一刻も早く逃げた猿どもを殺さねば、怒りで気が狂ってしまいそうだった。
何故フェムシンムである自分が、下等な種族の猿どもにコケにされなければならない。
何故自分達の玩具に過ぎない猿どもに傷を付けられ、挙句に未だ一人も殺せていない。
ロシュオ配下のオーバーロードの中でも特にプライドの高いデェムシュにとっては、耐え難い屈辱。
一刻も早く逃げた猿どもを殺さねば、怒りで気が狂ってしまいそうだった。
最初に自分を殴り飛ばした二人の猿。
自分を切り裂いた小娘の猿と、そいつの後ろで小細工をしていた猿。
優先的に殺したいのは山々だが、どこへ逃げたかが分からない。
当初の予定通り街に行けば連中がいる可能性もあると睨み、体を霧状に変化させ高く浮遊した時だ。
自分がいる場所から北上した地点に、白い建造物らしき存在が確認出来たのは。
街へ向かおうとしていたデェムシュはここで考えを変えた。
アーマードライダーらしき姿に変身した猿と、奇妙な人形を操る猿。
白い建造物はあの二人と交戦した砂浜からそう遠くない場所にある。
と言う事は、あそこへ向かった可能性は決して低く無い。
仮に例の二人がいなくとも他に猿がいるならそれはそれで良い。
要はストレス発散の為の道具が見つかれば構わないのだ。
自分を切り裂いた小娘の猿と、そいつの後ろで小細工をしていた猿。
優先的に殺したいのは山々だが、どこへ逃げたかが分からない。
当初の予定通り街に行けば連中がいる可能性もあると睨み、体を霧状に変化させ高く浮遊した時だ。
自分がいる場所から北上した地点に、白い建造物らしき存在が確認出来たのは。
街へ向かおうとしていたデェムシュはここで考えを変えた。
アーマードライダーらしき姿に変身した猿と、奇妙な人形を操る猿。
白い建造物はあの二人と交戦した砂浜からそう遠くない場所にある。
と言う事は、あそこへ向かった可能性は決して低く無い。
仮に例の二人がいなくとも他に猿がいるならそれはそれで良い。
要はストレス発散の為の道具が見つかれば構わないのだ。
そうして予定変更し白い建造物、聖都大学附属病院へ到着したデェムシュは早速標的を発見した。
必ずや殺してやらねば気が済まない四人ではなく、初めて見る猿ども。
内一人はインベスとも違う異形のようだが関係無い。
フェムシンムの同胞ならまだしも、所詮は人間と同じ取るに足らない下等な猿。
一切の躊躇をせずに火球を放ったが、全て斬り落とされた。
必ずや殺してやらねば気が済まない四人ではなく、初めて見る猿ども。
内一人はインベスとも違う異形のようだが関係無い。
フェムシンムの同胞ならまだしも、所詮は人間と同じ取るに足らない下等な猿。
一切の躊躇をせずに火球を放ったが、全て斬り落とされた。
小癪な猿を前に苛立つデェムシュを、黒死牟は冷静に観察する。
人間では無いが鬼でもない、未知の赤い異形。
誰と交戦したのか知る由も無いが、中々に手酷くやられたのだろう。
赤い肉体には所々傷が付けられていた。
それらの負傷があっても弱さは微塵も感じられ無い、熱した刃のような怒気を放っている。
剣を交えずとも分かる、紛れも無い強者であると。
それとは別に少々気にかかる事もあった。
人間では無いが鬼でもない、未知の赤い異形。
誰と交戦したのか知る由も無いが、中々に手酷くやられたのだろう。
赤い肉体には所々傷が付けられていた。
それらの負傷があっても弱さは微塵も感じられ無い、熱した刃のような怒気を放っている。
剣を交えずとも分かる、紛れも無い強者であると。
それとは別に少々気にかかる事もあった。
(この声は……あの柱のものか……?)
赤い異形に既存の生物と同じ、口らしき器官は見当たらない。
しかし言葉を話しているのだから、発声は行えるのだろう。
気になったのは異形の声、それに黒死牟は聞き覚えがあった。
無限城で自身を滅ぼした岩の呼吸の使い手と、赤い異形の声が異様に似ている。
こちらへの嘲りを露わにした異形と岩柱ではまるっきり別人だとは分かるが、それにしたって似過ぎではないか。
しかし言葉を話しているのだから、発声は行えるのだろう。
気になったのは異形の声、それに黒死牟は聞き覚えがあった。
無限城で自身を滅ぼした岩の呼吸の使い手と、赤い異形の声が異様に似ている。
こちらへの嘲りを露わにした異形と岩柱ではまるっきり別人だとは分かるが、それにしたって似過ぎではないか。
ふと思い浮かんだ一つの可能性。
それはこの赤い異形の正体が、あの岩柱なのではないかというもの。
人間が無惨の血を与えられて鬼になるように、赤い異形もまた元は人間だったのではないだろうか。
檀黎斗の手で人間を捨てさせられた岩柱の成れの果て、それこそがこの赤い異形なのでは。
そこまで考えて、それは無いなと自分の考えをあっさり否定する。
あの柱は人として生き人として死ぬ事を誇りに思うような男だ。
力への執着や人である事への絶望で、自ら化け物になるのを望んだりはしないだろう。
それに己の目を以てすれば分かる。
岩柱と赤い異形は肉体の作りがまるで違う。
人間で無くなった影響だとしても、ここまで別物ならそもそも別人と考える方が自然である。
それはこの赤い異形の正体が、あの岩柱なのではないかというもの。
人間が無惨の血を与えられて鬼になるように、赤い異形もまた元は人間だったのではないだろうか。
檀黎斗の手で人間を捨てさせられた岩柱の成れの果て、それこそがこの赤い異形なのでは。
そこまで考えて、それは無いなと自分の考えをあっさり否定する。
あの柱は人として生き人として死ぬ事を誇りに思うような男だ。
力への執着や人である事への絶望で、自ら化け物になるのを望んだりはしないだろう。
それに己の目を以てすれば分かる。
岩柱と赤い異形は肉体の作りがまるで違う。
人間で無くなった影響だとしても、ここまで別物ならそもそも別人と考える方が自然である。
「あなたはどうしてわたし達を襲ったんですか…?」
「下らン!猿を仕留メルのニ理由なドあルもノカ!」
「下らン!猿を仕留メルのニ理由なドあルもノカ!」
黒死牟が割とどうでもいい事を考えている一方で、質問をバッサリと切り捨てられたいろはは顔を強張らせる。
最初に襲って来た軍服の男と違い、一応意思疎通は取れる相手だ。
だが返って来た言葉に思わず眩暈がしそうになった。
分かり易くこちらを下に見る言葉、お人好しないろはとて言葉で武器を収めてくれる相手でないのは嫌でも分かる。
だったら、戦ってどうにかするしかないだろう。
不要な戦闘は好まない少女だが、戦わねばならない局面で今更尻込みもしていられない。
最初に襲って来た軍服の男と違い、一応意思疎通は取れる相手だ。
だが返って来た言葉に思わず眩暈がしそうになった。
分かり易くこちらを下に見る言葉、お人好しないろはとて言葉で武器を収めてくれる相手でないのは嫌でも分かる。
だったら、戦ってどうにかするしかないだろう。
不要な戦闘は好まない少女だが、戦わねばならない局面で今更尻込みもしていられない。
「消え失セろ猿ドもガァッ!!」
大地を震わせるような怒声。
無論激情を声に出して威圧するのみがデェムシュの行動ではない。
両手で握り締めた愛剣を振り下ろす。
下級インベスを大きく引き離した能力を持つオーバーロード。
その専用武器だけあって、一撃の破壊力が如何程かは今更説明するまでもないだろう。
無論激情を声に出して威圧するのみがデェムシュの行動ではない。
両手で握り締めた愛剣を振り下ろす。
下級インベスを大きく引き離した能力を持つオーバーロード。
その専用武器だけあって、一撃の破壊力が如何程かは今更説明するまでもないだろう。
「……」
頭部をかち割らんとする両手剣を前にし、黒死牟の動きに無駄はない。
同じく両手で柄を握り締めた得物で以て迎え撃つまで。
半円を描くように斬り上げれば、デェムシュの剣は髪の毛一本にすら掠らず弾かれた。
鼓膜を震わせる金属音は、戦場に響き渡るより前に怒声によって掻き消される。
同じく両手で柄を握り締めた得物で以て迎え撃つまで。
半円を描くように斬り上げれば、デェムシュの剣は髪の毛一本にすら掠らず弾かれた。
鼓膜を震わせる金属音は、戦場に響き渡るより前に怒声によって掻き消される。
「貴様ァ…!」
腕を跳ね上げられ、がら空きの胴体へと刃を走らせる。
敵が雑兵程度の力しか持っていないなら、これだけで片が付いた。
そのような結末をデェムシュは断じて認めない。
敵が雑兵程度の力しか持っていないなら、これだけで片が付いた。
そのような結末をデェムシュは断じて認めない。
「ヌゥン!」
憎たらしい猿どもに付けられた傷が真新しい胴体へ、また一つ傷が生まれる。
そうはならなかった、跳ね上がった両腕を再度振り下ろす。
隙を隙だと感じさせない速度、黒死牟の刀が弾かれた。
防御に成功したならばこのまま攻めに転じる。
相手が得物を構えるならばへし折って肉体へ到達させようと、横薙ぎに振るう。
そうはならなかった、跳ね上がった両腕を再度振り下ろす。
隙を隙だと感じさせない速度、黒死牟の刀が弾かれた。
防御に成功したならばこのまま攻めに転じる。
相手が得物を構えるならばへし折って肉体へ到達させようと、横薙ぎに振るう。
大振りながら鈍重とは程遠い速さ。
だが速さと言うならば、黒死牟とて引けは取らない。
だが速さと言うならば、黒死牟とて引けは取らない。
力任せにへし折ってやる筈だった細い刀身で、己の愛剣が止められている。
視界から得られる情報はデェムシュに更なる怒りを齎した。
怒りに身を任せ、されど剣士としては完成された動作で黒死牟を殺しに掛かった。
視界から得られる情報はデェムシュに更なる怒りを齎した。
怒りに身を任せ、されど剣士としては完成された動作で黒死牟を殺しに掛かった。
その直前で異変が起こる。
チクリと、唐突に外骨格を刺激する感触。
それも一つではない。
二つ三つ四つと、連続して針で突かれたような痛み。
というよりはむず痒さに近いだろう。少なくともダメージには全くならない。
チクリと、唐突に外骨格を刺激する感触。
それも一つではない。
二つ三つ四つと、連続して針で突かれたような痛み。
というよりはむず痒さに近いだろう。少なくともダメージには全くならない。
「脆弱極まリなイ!」
蚊でも追い払うかのように腕を振るい、刺激の原因を払い落とす。
それでも次から次へとデェムシュへ向かうのは、いろはの放ったクロスボウの矢。
淡いピンクの輝きを伴った矢の勢いは、一般的なボウガンとは大違いだ。
矢をセットし、照準を合わせ、引き金を引き、また矢をセットする。
こういった工程がいろはには必要無い。
左腕に装着したクロスボウを構え、後はいろはの意思一つで常に発射し続けられる。
魔力が続く限りはほぼ無制限に撃てるのもあって、装填という隙も存在しない。
それでも次から次へとデェムシュへ向かうのは、いろはの放ったクロスボウの矢。
淡いピンクの輝きを伴った矢の勢いは、一般的なボウガンとは大違いだ。
矢をセットし、照準を合わせ、引き金を引き、また矢をセットする。
こういった工程がいろはには必要無い。
左腕に装着したクロスボウを構え、後はいろはの意思一つで常に発射し続けられる。
魔力が続く限りはほぼ無制限に撃てるのもあって、装填という隙も存在しない。
(効いてないか…)
矢を撃ちっ放しにしながら、厳しい現実を噛み締める。
連射性こそ優れているものの、いろはの矢はデェムシュの外骨格を貫けない。
一点集中して撃ち続ければ頑丈な肉体でも亀裂を入れられる可能性はある。
その前に自分の魔力が尽きる方が先の気もするので、実行には移さないが。
だがダメージがロクに与えられないからと言って、無駄と決めつけるのは早計。
連射性こそ優れているものの、いろはの矢はデェムシュの外骨格を貫けない。
一点集中して撃ち続ければ頑丈な肉体でも亀裂を入れられる可能性はある。
その前に自分の魔力が尽きる方が先の気もするので、実行には移さないが。
だがダメージがロクに与えられないからと言って、無駄と決めつけるのは早計。
矢を鬱陶しく感じ振り払ったという事は、意識をいろはの方にも向けた事だ。
剣を斬り結んでいた相手から僅かでも目を逸らした事に他ならない。
時間にすれば5秒にも満たない、されど鬼を相手とするには致命的な隙。
尋常ならざる肺活量にて行われる呼吸、血液が沸騰し指の端まで力が漲る。
剣を斬り結んでいた相手から僅かでも目を逸らした事に他ならない。
時間にすれば5秒にも満たない、されど鬼を相手とするには致命的な隙。
尋常ならざる肺活量にて行われる呼吸、血液が沸騰し指の端まで力が漲る。
――月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮
繰り出されるは黒死牟ただ一人に許された呼吸法。
焦がれ続け、狂わされた太陽へ無謀にも近付こうと足掻き続けたその結果。
単純な抜刀術を更に磨き上げ、月の呼吸の基本となる型へと昇華させた技。
距離が開いていようと瞬時に接近し斬るが、此度は至近距離で放たれている。
最年少ながら天才的な剣士である霞柱、時透無一郎にすら回避や防御を許さなかった、悪夢の如き速さ。
人間であろうとなかろうと、等しく刃の餌食と化す。
焦がれ続け、狂わされた太陽へ無謀にも近付こうと足掻き続けたその結果。
単純な抜刀術を更に磨き上げ、月の呼吸の基本となる型へと昇華させた技。
距離が開いていようと瞬時に接近し斬るが、此度は至近距離で放たれている。
最年少ながら天才的な剣士である霞柱、時透無一郎にすら回避や防御を許さなかった、悪夢の如き速さ。
人間であろうとなかろうと、等しく刃の餌食と化す。
しかし忘れるなかれ。
相手もまた化け物。上弦の鬼とも肩を並べる強者である。
相手もまた化け物。上弦の鬼とも肩を並べる強者である。
刀身より伝わるは何百何千と感じ取った手応え。
肉を斬り裂き、骨を断ち、命を終わらせた事への実感。ではない。
硬い、鬼の膂力を以てしても斬れぬ、砕けぬ異様な感触。
眼を六つ全て向けなくとも何をされたか分かる。
横薙ぎに振るわれた刀、異次元の速さとも恐れられた一撃と同じ速さで剣を振るった。
だから斬撃は相手の肉体に届いていない、同等の一撃により阻まれたから。
理解した所でみっともなく凍り付きはしない、向こうが力尽きるまで刀を振るうのみ。
肉を斬り裂き、骨を断ち、命を終わらせた事への実感。ではない。
硬い、鬼の膂力を以てしても斬れぬ、砕けぬ異様な感触。
眼を六つ全て向けなくとも何をされたか分かる。
横薙ぎに振るわれた刀、異次元の速さとも恐れられた一撃と同じ速さで剣を振るった。
だから斬撃は相手の肉体に届いていない、同等の一撃により阻まれたから。
理解した所でみっともなく凍り付きはしない、向こうが力尽きるまで刀を振るうのみ。
――月の呼吸 弐ノ型 珠華ノ弄月
地面を切っ先が擦れ火花が散る。
股から頭頂部までを裂くような斬り上げ。
振るう得物は一本なれど、放たれる斬撃は三つ。
綺麗に三分割された死体の完成、そのような呆気ない末路を歓迎するような相手では無い。
股から頭頂部までを裂くような斬り上げ。
振るう得物は一本なれど、放たれる斬撃は三つ。
綺麗に三分割された死体の完成、そのような呆気ない末路を歓迎するような相手では無い。
「散レッ!!」
豪快に両手剣を振り回し、力づくで斬撃を霧散させる。
相手にばかり攻めさせる気は無く、胸部へと切っ先が突き出された。
相手にばかり攻めさせる気は無く、胸部へと切っ先が突き出された。
「当たって!」
このまま黒死牟の心臓を一突きにする筈の一撃、結果は狙いが外れた。
外されたと言った方が正しいだろう。
刀身へ甲高い音を立てて命中したピンクの矢、武器の破壊には至らずとも衝撃を与えるのには成功。
狙いがズレた剣は恐れるに足りない。
僅かに体を捩っただけで着物にすら剣は届かず、完全な空振りとなった。
外されたと言った方が正しいだろう。
刀身へ甲高い音を立てて命中したピンクの矢、武器の破壊には至らずとも衝撃を与えるのには成功。
狙いがズレた剣は恐れるに足りない。
僅かに体を捩っただけで着物にすら剣は届かず、完全な空振りとなった。
余計な真似をした小娘への苛立ちで、デェムシュの脳が沸騰。
大した力も持たない猿の分際でウロチョロと、目障りな事この上ない。
今すぐにでも四肢を引き千切り二度と動けなくしてやりたいが、知った事かと迫るは黒死牟の刀。
舌打ち交じりにこちらも両手剣を振るい、互いの得物が弾かれる。
ギラギラと殺意を光らせた黄色い瞳、息を呑む程に冷え切った六眼。
交差は一瞬、言葉は不要。
互いの死だけを望んだ刃がぶつかり合う。
大した力も持たない猿の分際でウロチョロと、目障りな事この上ない。
今すぐにでも四肢を引き千切り二度と動けなくしてやりたいが、知った事かと迫るは黒死牟の刀。
舌打ち交じりにこちらも両手剣を振るい、互いの得物が弾かれる。
ギラギラと殺意を光らせた黄色い瞳、息を呑む程に冷え切った六眼。
交差は一瞬、言葉は不要。
互いの死だけを望んだ刃がぶつかり合う。
「ヌォおおオオッ!!」
シュイムと虛哭神去。
数多の血を啜って来た魔剣と妖刀。
獣が喰らい合い、引き裂かんとするように相手を攻め立てる。
数多の血を啜って来た魔剣と妖刀。
獣が喰らい合い、引き裂かんとするように相手を攻め立てる。
(暴れ狂うだけの……獣では無いようだな……)
シュイムを防ぎ、押し返し体勢を崩した隙に斬り込む。
すると反対に防がれ、怪力に物を言わせて虛哭神去を弾き返し、こちらを叩っ斬らんとする。
幾度も繰り返される攻防の最中、黒死牟は相手の力量を冷静に見極める。
想像以上に強い、出した結論はそれに尽きる。
言動だけなら癇癪を起し暴れ回る童子とも取れるが、実際はそのような生易しい者では無い。
鬼の自分とも打ち合える膂力、月の呼吸にも対応可能な速さ、出鱈目なようでいて研ぎ澄まされた剣術。
力任せに暴れる獣では到達出来ない領域、他者を猿と見下す態度は実力に裏打ちされたものらしい。
何より黒死牟が厄介と睨むのは、強固という言葉でも足りない外骨格。
月の呼吸とは鬼殺隊の隊士が使う呼吸と違い、黒死牟の血鬼術を合わせた技だ。
刀を振るうと同時に斬撃を飛ばし、周囲に無数の細かな刃を生み出す。
常に大きさや長さを変化させ回避を困難とした、広範囲への攻撃こそ月の呼吸の持ち味。
すると反対に防がれ、怪力に物を言わせて虛哭神去を弾き返し、こちらを叩っ斬らんとする。
幾度も繰り返される攻防の最中、黒死牟は相手の力量を冷静に見極める。
想像以上に強い、出した結論はそれに尽きる。
言動だけなら癇癪を起し暴れ回る童子とも取れるが、実際はそのような生易しい者では無い。
鬼の自分とも打ち合える膂力、月の呼吸にも対応可能な速さ、出鱈目なようでいて研ぎ澄まされた剣術。
力任せに暴れる獣では到達出来ない領域、他者を猿と見下す態度は実力に裏打ちされたものらしい。
何より黒死牟が厄介と睨むのは、強固という言葉でも足りない外骨格。
月の呼吸とは鬼殺隊の隊士が使う呼吸と違い、黒死牟の血鬼術を合わせた技だ。
刀を振るうと同時に斬撃を飛ばし、周囲に無数の細かな刃を生み出す。
常に大きさや長さを変化させ回避を困難とした、広範囲への攻撃こそ月の呼吸の持ち味。
(だがこの異形……)
月の呼吸の対処法は、培った経験を総動員させ感覚で回避する。
言うだけなら簡単だが実際に行動に移せば、どれだけ困難かが分かる。
当代の柱の中でも上位の実力を誇る悲鳴嶼行冥と不死川実弥でさえ、対処に手を焼き少なくない傷を負わされた程だ。
ではデェムシュが取っている対処法とは何か。
その答えは実にシンプル、何もしない。
というよりする必要が無い。
デェムシュが防いでいるのはあくまで大振りな斬撃のみで、同時に発生する三日月状の刃は全て無視している。
何せ当たった所で大したダメージにはならない、精々がほんのちょっぴりの掠り傷といった程度。
アーマードライダー5人が同時に放った必殺技、それもゲネシスドライバーで変身した者を含めた一斉攻撃すら何の意味も為さなかった堅牢さ。
例え敵が甲冑を着込んでいようと細切れにする刃も、オーバーロードの耐久力には数歩劣る。それが事実だ。
言うだけなら簡単だが実際に行動に移せば、どれだけ困難かが分かる。
当代の柱の中でも上位の実力を誇る悲鳴嶼行冥と不死川実弥でさえ、対処に手を焼き少なくない傷を負わされた程だ。
ではデェムシュが取っている対処法とは何か。
その答えは実にシンプル、何もしない。
というよりする必要が無い。
デェムシュが防いでいるのはあくまで大振りな斬撃のみで、同時に発生する三日月状の刃は全て無視している。
何せ当たった所で大したダメージにはならない、精々がほんのちょっぴりの掠り傷といった程度。
アーマードライダー5人が同時に放った必殺技、それもゲネシスドライバーで変身した者を含めた一斉攻撃すら何の意味も為さなかった堅牢さ。
例え敵が甲冑を着込んでいようと細切れにする刃も、オーバーロードの耐久力には数歩劣る。それが事実だ。
――月の呼吸 参ノ型 厭忌月・銷り
それが分かったとして、黒死牟のやる事に変わりは無い。
斬撃が連続で放たれ、舗装された地面を削り取る。
デェムシュの姿は、無い。
シュイムを振るっての防御ではない、跳躍し新たな手に出た。
斬撃が連続で放たれ、舗装された地面を削り取る。
デェムシュの姿は、無い。
シュイムを振るっての防御ではない、跳躍し新たな手に出た。
「目障りナ猿どモめッ!」
地上へ向けて左手を翳し、火球を連続して発射。
直線的にのみ向かうのではない、デェムシュの意思で軌道を変えられる攻撃。
頭上のみならず左右からも襲い来る火球、だが広範囲への斬撃を得意とする黒死牟には無問題。
発生した斬撃により全て霧散させる。
直線的にのみ向かうのではない、デェムシュの意思で軌道を変えられる攻撃。
頭上のみならず左右からも襲い来る火球、だが広範囲への斬撃を得意とする黒死牟には無問題。
発生した斬撃により全て霧散させる。
火球に狙われたのは黒死牟だけでなく、いろはもだ。
迫る複数の炎の塊、ローブを翻し地上を駆け回る。
追尾してくる火球をただ走って躱すのは困難と判断。
振り返り様クロスボウを連射し撃ち落とす。
迫る複数の炎の塊、ローブを翻し地上を駆け回る。
追尾してくる火球をただ走って躱すのは困難と判断。
振り返り様クロスボウを連射し撃ち落とす。
火球を凌いだいろはは魔力をクロスボウに集中。
ピンク色の光が一層輝きを増す。
黒死牟やデェムシュのような剣の腕は持ち合わせていないが、やれる事ならある。
十分な魔力が溜まったのを確認し、上空へと照準を合わせる。
とっくに地上へ降り立ったデェムシュへは掠りもしない位置だが、これで問題無い。
ピンク色の光が一層輝きを増す。
黒死牟やデェムシュのような剣の腕は持ち合わせていないが、やれる事ならある。
十分な魔力が溜まったのを確認し、上空へと照準を合わせる。
とっくに地上へ降り立ったデェムシュへは掠りもしない位置だが、これで問題無い。
「ストラーダ・フトゥーロ!」
発射された一本の矢はすぐに形を変化させた。
豪雨のように降り注ぐ魔力の矢。
広範囲の敵を纏めて攻撃する以外にも、一体へ集中して矢を降らせる事も可能。
標的は勿論デェムシュ。
豪雨のように降り注ぐ魔力の矢。
広範囲の敵を纏めて攻撃する以外にも、一体へ集中して矢を降らせる事も可能。
標的は勿論デェムシュ。
「ふン、下ラん猿の足掻きカ!」
魔法少女の大技(マギア)だろうと、進化態となったデェムシュには届かない。
体を霧状に変化させると矢はデェムシュをすり抜け地面を傷付けるばかり。
回避の為だけに肉体を変化させたのではない。
霧状のまま回転すると今度は赤い竜巻のように変化し、魔力の矢だけでなくいろはと黒死牟を吹き飛ばす。
体を霧状に変化させると矢はデェムシュをすり抜け地面を傷付けるばかり。
回避の為だけに肉体を変化させたのではない。
霧状のまま回転すると今度は赤い竜巻のように変化し、魔力の矢だけでなくいろはと黒死牟を吹き飛ばす。
「きゃあああ!」
「っ……」
「っ……」
大きく距離を取らされそうになるも、いろはは咄嗟に魔力で短剣を作り出す。
良い記憶がある武器では無いが、思い出している場合ではない。
地面に突き刺し、どうにかそれ以上飛ばされないようにする。
黒死牟もまた体が浮遊しかけるも、両脚に力を入れ防ぐ。
嘗て戦った暴風の如き剣技に比べれば、この程度そよ風と変わらない。
良い記憶がある武器では無いが、思い出している場合ではない。
地面に突き刺し、どうにかそれ以上飛ばされないようにする。
黒死牟もまた体が浮遊しかけるも、両脚に力を入れ防ぐ。
嘗て戦った暴風の如き剣技に比べれば、この程度そよ風と変わらない。
「ムンッ!!」
実体化したデェムシュはすかさず斬り込む。
己の刀で防ぎ、刃を肉体には届かせない。
不意打ちのつもりだったろうが、そう簡単に死んでやらないのはこっちも同じだ。
鍔競り合いに持ち込まれ両手剣を押し込まれるも、膂力なら鬼である黒死牟も桁違い。
逆に押し返そうとし、
己の刀で防ぎ、刃を肉体には届かせない。
不意打ちのつもりだったろうが、そう簡単に死んでやらないのはこっちも同じだ。
鍔競り合いに持ち込まれ両手剣を押し込まれるも、膂力なら鬼である黒死牟も桁違い。
逆に押し返そうとし、
「腑抜けタ伽藍洞ノ剣で俺ニ勝てルト思ってイルノか!」
「なに……?」
「なに……?」
ドクンと、心臓がいやに大きく跳ねた音がした。
敵の剣を押し返そうとした腕から、急に力が抜けていく。
まさか、今の言葉に動揺したとでも言うのか。
どうせ適当に口にしたに過ぎない、つまらない挑発如きに耳を貸す必要は無い。
馬鹿げた言葉など無視して、敵を斬る事に集中しろ。
敵の剣を押し返そうとした腕から、急に力が抜けていく。
まさか、今の言葉に動揺したとでも言うのか。
どうせ適当に口にしたに過ぎない、つまらない挑発如きに耳を貸す必要は無い。
馬鹿げた言葉など無視して、敵を斬る事に集中しろ。
そんな言葉が次々に浮かび、全くその通りだと同意すれば良いのに。
どうしてか、それが出来ない。
どうしてか、それが出来ない。
デェムシュは確かにフェムシンムの中でも特にプライドが高く、好戦的である。
しかし決して馬鹿ではない、考え無しに暴れる獣などではない。
そもそも彼らフェムシンムは肉体こそ異形ではあるが、知性は保ったままロシュオに改造された存在。
ヘルヘイムの森にばら撒かれた国語辞典を拾い短期間で日本語を習得するなど、元は地球人よりも高度な文明人であったのは間違いない。
何よりデェムシュは弱者の蹂躙を勝者の権利として振りかざす非道さこそあるが、戦士としての能力は間違いなく優秀。
だからこそ沢芽市のアーマードライダー達を度々苦戦させてきた。
狡猾な策士であるレデュエとは違った面、所謂戦士としての観察眼は非常に優れているのだ。
故に殺し合いが始まってからも猿と見下す参加者への苛立ちを常に抱えつつ、敵を細かに観察していた。
それはこの戦闘でも同様。
しかし決して馬鹿ではない、考え無しに暴れる獣などではない。
そもそも彼らフェムシンムは肉体こそ異形ではあるが、知性は保ったままロシュオに改造された存在。
ヘルヘイムの森にばら撒かれた国語辞典を拾い短期間で日本語を習得するなど、元は地球人よりも高度な文明人であったのは間違いない。
何よりデェムシュは弱者の蹂躙を勝者の権利として振りかざす非道さこそあるが、戦士としての能力は間違いなく優秀。
だからこそ沢芽市のアーマードライダー達を度々苦戦させてきた。
狡猾な策士であるレデュエとは違った面、所謂戦士としての観察眼は非常に優れているのだ。
故に殺し合いが始まってからも猿と見下す参加者への苛立ちを常に抱えつつ、敵を細かに観察していた。
それはこの戦闘でも同様。
「貴様ノ剣ニは何一ツとしテ宿ってイルモノが無イ。人形ノ剣だ!フハハハハハッ!!」
猿渡一海と空条承太郎。名前は知らないが連中からは自分への怒り、倒さねばならないという使命感が感じられた。
燕結芽と城之内克也。名前は知らないが連中からは戦闘行為自体への喜び、仲間の猿と共に勝つという小癪な気概があった。
それら全てをデェムシュは見下す。
滅びに向かうだけの猿が何を思った所で、デェムシュの考えは変わらない。
燕結芽と城之内克也。名前は知らないが連中からは戦闘行為自体への喜び、仲間の猿と共に勝つという小癪な気概があった。
それら全てをデェムシュは見下す。
滅びに向かうだけの猿が何を思った所で、デェムシュの考えは変わらない。
そして今、デェムシュが最も見下し嘲笑うのが黒死牟だった。
似た剣を振るっていた小娘の猿(結芽)より肉体の機能は上だろう。
鬼と人間を隔てる身体機能の差によるものとデェムシュは知らない。
だがそれでも、より下に見るのは目の前の男の方。
戦ってみてよく分かった。この男には何も無い。
沢芽市のアーマードライダーのようなデェムシュへの怒りだとか、同族の猿を守るとか抜かす下らないモノは無い。
さっきの小娘のような戦いで己自身を高揚させるのでもなく、殺し合いを仕組んだ連中のぶら下げた餌を欲するでもない。
ただ襲われたから剣を振るう、他に理由を何も持てない軽い剣。
これならまだうろちょろと飛び道具を撃っていた猿の方がマシだ。
デェムシュを止めようとする意志が見て取れたのだから。
どちらにしてもデェムシュからしたら猿の下らない考えでしかないが。
似た剣を振るっていた小娘の猿(結芽)より肉体の機能は上だろう。
鬼と人間を隔てる身体機能の差によるものとデェムシュは知らない。
だがそれでも、より下に見るのは目の前の男の方。
戦ってみてよく分かった。この男には何も無い。
沢芽市のアーマードライダーのようなデェムシュへの怒りだとか、同族の猿を守るとか抜かす下らないモノは無い。
さっきの小娘のような戦いで己自身を高揚させるのでもなく、殺し合いを仕組んだ連中のぶら下げた餌を欲するでもない。
ただ襲われたから剣を振るう、他に理由を何も持てない軽い剣。
これならまだうろちょろと飛び道具を撃っていた猿の方がマシだ。
デェムシュを止めようとする意志が見て取れたのだから。
どちらにしてもデェムシュからしたら猿の下らない考えでしかないが。
一方的な嘲笑に、黒死牟は何も言わない。何も言えない。
戯言と聞き流せば良いだろうに、馬鹿正直に言葉を受け取っている。
意味のない行為と分かっているのに、デェムシュの言葉を無視できない。
戯言と聞き流せば良いだろうに、馬鹿正直に言葉を受け取っている。
意味のない行為と分かっているのに、デェムシュの言葉を無視できない。
(私は……)
空っぽの剣。
そんなもの、言われなくとも分かっていたつもりだ。
今自分が戦っているのだって忠義の為でも無ければ、勝ち残り何者にも負けない力を得る為でも無い。
言ってしまえば状況に流されるまま、刀を振るっているに過ぎない。
高潔な精神など言わずもがな、力への渇望のみならず忠義に縋る事すらしていない。
そんなもの、言われなくとも分かっていたつもりだ。
今自分が戦っているのだって忠義の為でも無ければ、勝ち残り何者にも負けない力を得る為でも無い。
言ってしまえば状況に流されるまま、刀を振るっているに過ぎない。
高潔な精神など言わずもがな、力への渇望のみならず忠義に縋る事すらしていない。
空っぽの剣。
他者から言われると、改めて己がどれだけ無意味な生き方をしていたのかを思い知らされる。
行かないでくれと懇願する我が子と、項垂れさめざめと涙を流す妻を捨てた。
継国の当主という立場を無責任に放り投げ、家を捨てた。
所属していた組織の長、その首を手土産にする最悪の裏切りに走り、人間である事を捨てた。
鬼殺隊の剣士として類稀な才能と仲間に恵まれた子孫を斬り、継国の血を自らの手で消し去った。
他者から言われると、改めて己がどれだけ無意味な生き方をしていたのかを思い知らされる。
行かないでくれと懇願する我が子と、項垂れさめざめと涙を流す妻を捨てた。
継国の当主という立場を無責任に放り投げ、家を捨てた。
所属していた組織の長、その首を手土産にする最悪の裏切りに走り、人間である事を捨てた。
鬼殺隊の剣士として類稀な才能と仲間に恵まれた子孫を斬り、継国の血を自らの手で消し去った。
空っぽの剣。
何もかもを捨てて手に入れたのは、頸を落とされても死なぬ肉体。
あんなモノに、あんな醜い化け物になる為に生きて来たと言うのか。
恥を晒し続けたその結果がアレ。
その後どうなったかは、忘却の彼方へ追いやりたくとも叶わない。
何もかもを捨てて手に入れたのは、頸を落とされても死なぬ肉体。
あんなモノに、あんな醜い化け物になる為に生きて来たと言うのか。
恥を晒し続けたその結果がアレ。
その後どうなったかは、忘却の彼方へ追いやりたくとも叶わない。
空っぽの剣。
本当に、何故このような男を蘇生させたのだろう。
本当に、何故このような男を蘇生させたのだろう。
「退ケいッ!」
如何に上弦の壱と言えども、力の入らなくなった剣など恐れるに足らず。
強く押し出されると体勢が崩れ、足元がふらつく。
稀血の影響を受け酩酊した時にも似ている。
あの時のような、ほろ酔いすらも懐かしき感覚と余裕は持てない。
強く押し出されると体勢が崩れ、足元がふらつく。
稀血の影響を受け酩酊した時にも似ている。
あの時のような、ほろ酔いすらも懐かしき感覚と余裕は持てない。
「フンッ!」
誰がどう見たって今の自分は隙だらけ。
そこを突いて剣を振るわれるのは、間違った判断ではない。
どこか他人事のようにも感じながら刀を翳す。
そこを突いて剣を振るわれるのは、間違った判断ではない。
どこか他人事のようにも感じながら刀を翳す。
「っ……」
さっきまでの戦闘が嘘のように、情けなく刃を己が身に受ける。
とはいえあくまで胸元を軽く掠め、着物を裂かれただけ。
皮一枚程の傷、瞬く間に塞がった。
着物を斬られたからと言って、それが何になるのか。
こんな程度では赤子だろうと死には至らない。
とはいえあくまで胸元を軽く掠め、着物を裂かれただけ。
皮一枚程の傷、瞬く間に塞がった。
着物を斬られたからと言って、それが何になるのか。
こんな程度では赤子だろうと死には至らない。
刀を構え直そうとし、カランという乾いた音を鼓膜が拾った。
そして見た、化物同士の斬り合いの場には不相応な物が転がるのを。
そして見た、化物同士の斬り合いの場には不相応な物が転がるのを。
「な……」
木彫りの笛。
その道の職人が魂を込めて作り上げた逸品とは、比べることすら烏滸がましいガラクタ。
何ともまぁ粗末な作り、価値などつけようの無い童子の玩具。
それが地面を転がっている。
どこから出たのかなんて分かり切っている、着物を裂かれて落ちたのだろう。
その道の職人が魂を込めて作り上げた逸品とは、比べることすら烏滸がましいガラクタ。
何ともまぁ粗末な作り、価値などつけようの無い童子の玩具。
それが地面を転がっている。
どこから出たのかなんて分かり切っている、着物を裂かれて落ちたのだろう。
「串刺しニしてくレルワぁ!」
転がる笛にデェムシュは気付いていない、気付いた所で猿のガラクタとしか思わないだろう。
手にした主霊石から星霊力を引き出し、水属性の力を発揮する。
途端に周囲一帯の気温が急速に低下、デェムシュの背後から複数の氷柱が出現。
その全てがシュイムと同じ、或いは倍の大きさ。
結芽と城之内相手に使用したからか、二度目ともなれば猿の道具を使う抵抗も若干薄れている。
宣言通りに出現させた氷柱で串刺しするつもりだ。
手にした主霊石から星霊力を引き出し、水属性の力を発揮する。
途端に周囲一帯の気温が急速に低下、デェムシュの背後から複数の氷柱が出現。
その全てがシュイムと同じ、或いは倍の大きさ。
結芽と城之内相手に使用したからか、二度目ともなれば猿の道具を使う抵抗も若干薄れている。
宣言通りに出現させた氷柱で串刺しするつもりだ。
自分を狙う氷柱の存在を認識して尚も、黒死牟の意識は笛から離れられない。
(何故……)
あんなガラクタに、気を取られているのか。
あれを作ったのは自分だが、思う所など何一つとして無い。
ただの憐みから作ってやっただけの、意味の無い過去の残骸。
壊されたとて、失ったとしてそれが何だと言うのか。
感じ入るものは皆無。
あれを作ったのは自分だが、思う所など何一つとして無い。
ただの憐みから作ってやっただけの、意味の無い過去の残骸。
壊されたとて、失ったとしてそれが何だと言うのか。
感じ入るものは皆無。
その筈なのに、
――『頂いたこの笛を兄上だと思い、どれだけ離れても挫けず、日々精進致します』
何故、こんなものを思い出している。
笛に手を伸ばす。
馬鹿な、そんな事をしている場合ではないだろう。
そら見ろ、氷柱が放たれるぞ。
馬鹿な、そんな事をしている場合ではないだろう。
そら見ろ、氷柱が放たれるぞ。
笛に手を伸ばす。
やめろ、そんなガラクタより敵へ集中しろ。
氷柱が――
やめろ、そんなガラクタより敵へ集中しろ。
氷柱が――
「――――は」
六眼に伝えて来る光景が、理解出来ない。
そいつは、自分と赤い異形との間に割って入り肉の盾となった。
そいつは、自分が愚図のように手を伸ばした笛を掴んだ。
そいつは、自分の目の前で氷柱に腹を貫かれた。
そいつは、間抜け面を晒した自分の目の前に転がっていた。
そいつは、自分が愚図のように手を伸ばした笛を掴んだ。
そいつは、自分の目の前で氷柱に腹を貫かれた。
そいつは、間抜け面を晒した自分の目の前に転がっていた。
「なにを……している……」
意味が分からない。
どんな行動を取ったかは分かるのに、何故そうしたのかが不明。
困惑が頂点に達しそうな声色で呟くと、そいつは自分に顔を向けた。
どんな行動を取ったかは分かるのに、何故そうしたのかが不明。
困惑が頂点に達しそうな声色で呟くと、そいつは自分に顔を向けた。
腹部を完全に貫通した氷柱のせいで、身に纏った白が真っ赤に染められた。
氷柱が当たったのは腹部以外にもあるようで、千切れかかった腕や脚からも出血している。
苦しいのだろう、喋ろうとするとゴボゴボと血を吐き出す。
そんな惨たらしい状態であっても、笑いながら自分の手を取り、笛を持たせ告げた。
氷柱が当たったのは腹部以外にもあるようで、千切れかかった腕や脚からも出血している。
苦しいのだろう、喋ろうとするとゴボゴボと血を吐き出す。
そんな惨たらしい状態であっても、笑いながら自分の手を取り、笛を持たせ告げた。
「だって……この笛…黒死牟さんの…大事なものみたいだったから……」
「……………………」
ここに至って黒死牟は本当に分からなくなった。
この娘は、環いろはが何なのか。
何を考えこのような真似に出たのか。
この娘は、環いろはが何なのか。
何を考えこのような真似に出たのか。
いろはにとっての仲間が危機に陥っているのなら、ここにいるのが黒死牟ではなくいろはの仲間なら、そういう行動に出る事も分からなくも無い。
だが現実にいろはがやったのは、ガラクタを拾い上げたせいで自分が重症を負うというもの。
愚かしいだとかそれ以前の話、正直に言って気狂いの類にすら思えてくる。
無視して自分の身を優先すれば良いだろうに、何故このような命を投げ捨てる真似をしたのか。
理解出来ない、本当に理解出来ない。
何より、同じくらい理解出来ないのは、
だが現実にいろはがやったのは、ガラクタを拾い上げたせいで自分が重症を負うというもの。
愚かしいだとかそれ以前の話、正直に言って気狂いの類にすら思えてくる。
無視して自分の身を優先すれば良いだろうに、何故このような命を投げ捨てる真似をしたのか。
理解出来ない、本当に理解出来ない。
何より、同じくらい理解出来ないのは、
「お前は……」
このように動揺している自分自身。
おかしな娘がおかしな行動に出た、言ってしまえばそれだけの話だ。
それだけの話で、自分は一体何を困惑しているのだろう。
一体いろはに、何を感じているのだろう。
おかしな娘がおかしな行動に出た、言ってしまえばそれだけの話だ。
それだけの話で、自分は一体何を困惑しているのだろう。
一体いろはに、何を感じているのだろう。
いろはも、自分自身さえも、分からない。
思考が乱雑にかき混ぜられたかのような有様で、何を口に出せば良いのかすら分からない。
思考が乱雑にかき混ぜられたかのような有様で、何を口に出せば良いのかすら分からない。
「フハハハハハハハッ!!猿ニ相応しイ無様サよ!」
ああしかし、一つだけ分かる事もあった。
耳元で無数の小蝿が飛び回っているかのよう。
足元を無数の蛆が這いずり回っているかのよう。
髪の毛に蜘蛛の巣が張り付き絡まったかのよう。
足元を無数の蛆が這いずり回っているかのよう。
髪の毛に蜘蛛の巣が張り付き絡まったかのよう。
「そうか……」
嘲笑が酷く耳障りだ。
視界に映る姿が酷く目障りだ。
アレがそこにいるという事実が鬱陶しい。
視界に映る姿が酷く目障りだ。
アレがそこにいるという事実が鬱陶しい。
その為にはどうすればいいかなど、額に手を当て考えるまでもない。
これまでと同じ、この数百年ずっとそうして来ただろう。
これまでと同じ、この数百年ずっとそうして来ただろう。
――殺して、黙らせるか。
○○○
お腹が凄く熱くて痛い。
腕と足も痛くて、体の色んな所が痛い。
痛過ぎて何だか自分の体じゃ無いような気がする。
それくらい痛い。
腕と足も痛くて、体の色んな所が痛い。
痛過ぎて何だか自分の体じゃ無いような気がする。
それくらい痛い。
でもわたしはまだ、ちゃんと生きてる。
黒死牟さんの前に出た時、咄嗟にソウルジェムには当たらないようにした。
だからこうして息をしてるし、話だって出来る。
…うん、でもこのままじゃ危ないよね。
回復魔法を自分に使うと、痛みが少しずつ引いていった。
何だかわたし、ここに来てから自分を治してばっかりだなぁ。
黒死牟さんの前に出た時、咄嗟にソウルジェムには当たらないようにした。
だからこうして息をしてるし、話だって出来る。
…うん、でもこのままじゃ危ないよね。
回復魔法を自分に使うと、痛みが少しずつ引いていった。
何だかわたし、ここに来てから自分を治してばっかりだなぁ。
今のわたしをやちよさん達が見たら怒られるのかな。
怒られるよね。
怒られるよね。
でもわたし、まだ死ぬつもりなんて無いよ。
やちよさんとの約束を破ったりなんてしない。
灯花ちゃんとねむちゃんともう一度会えてない。
皆と一緒にみかづき荘に帰れてない。
やちよさんとの約束を破ったりなんてしない。
灯花ちゃんとねむちゃんともう一度会えてない。
皆と一緒にみかづき荘に帰れてない。
それに、黒死牟さんのことを放っておけない。
だから死んだりなんてしてやれない。
……よし、傷も大分塞がって来た。
早く立ちあがって――
早く立ちあがって――
――あれ?
変だな。体に力が入らないよ。
傷は治ってるのにどうして?
変だな。体に力が入らないよ。
傷は治ってるのにどうして?
…………あ。
ソウルジェム、真っ黒。
■■■■■■■■■■わたし■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■まじょ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
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■■■■■■■■■■だめ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
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■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■まだ
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■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■しねない■■■■■■■■■
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■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■あきらめ■■■■■■■■■■■■■■
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■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■いきる
■■まじょ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
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■■■■■■■■■■■■■■■あきらめ■■■■■■■■■■■■■■
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■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■いきる
《そう。やっぱり諦めが悪いね、私》