一乃谷 ◆CKVpmJctyc
一乃谷愁厳は、実直な人間だ。
例えば、一乃谷の剣士としての仕事から、生徒会のくだらない雑務まで、文句一つこぼさずにこなすような。
例えば、一乃谷の剣士としての仕事から、生徒会のくだらない雑務まで、文句一つこぼさずにこなすような。
一乃谷愁厳は、不器用な人間だ。
例えば、友人と妹の恋路を見守りつつ、からかい慣れないのにからかって、自分で照れるような。
例えば、友人と妹の恋路を見守りつつ、からかい慣れないのにからかって、自分で照れるような。
質実剛健、実直誠実。軽く照れ屋。そして、友人思いで妹思い。
それが、一乃谷愁厳をいう人物だ。
それが、一乃谷愁厳をいう人物だ。
◇ ◇ ◇
午前六時。
夜の暗闇をかき消す朝日が昇り、低い角度からの陽光が、廃屋と周囲のまばらな草木に差し込んでいた。
清々しい晴天の朝空の下に響くのは、爽やかさとは対極にあるような低く重厚な声だった。
しかも、残酷な放送内容とは裏腹な愉悦を口調に乗せているのだから、聞く者の不快感は相当のものだろう。
そんな放送に、廃屋の外壁を背に、耳を傾ける人物がいた。
神沢学園生徒会長、一乃谷愁厳。
表情一つ変えることなく、じっと放送に聞き入っている。
最大の特徴とも言える白ランは身に纏っていないが、時に鉄面皮とも揶揄される落ち着きぶりは健在だ。
しかし、その中に存在するもう一つの人格、一乃谷刀子も同じかというと、そうはいかなかった。
夜の暗闇をかき消す朝日が昇り、低い角度からの陽光が、廃屋と周囲のまばらな草木に差し込んでいた。
清々しい晴天の朝空の下に響くのは、爽やかさとは対極にあるような低く重厚な声だった。
しかも、残酷な放送内容とは裏腹な愉悦を口調に乗せているのだから、聞く者の不快感は相当のものだろう。
そんな放送に、廃屋の外壁を背に、耳を傾ける人物がいた。
神沢学園生徒会長、一乃谷愁厳。
表情一つ変えることなく、じっと放送に聞き入っている。
最大の特徴とも言える白ランは身に纏っていないが、時に鉄面皮とも揶揄される落ち着きぶりは健在だ。
しかし、その中に存在するもう一つの人格、一乃谷刀子も同じかというと、そうはいかなかった。
――――それで、兄様、状況を説明していただけるんですよね?
放送が終わり、辺りが静寂を取り戻したところで、私、一乃谷刀子は、なるべく感情的にならないように問いかけた。
私の兄である一乃谷愁厳は、放送を聴くと言ったきり沈黙を守ったままだった。
私の兄である一乃谷愁厳は、放送を聴くと言ったきり沈黙を守ったままだった。
「……わかった。長くなるかもしれないし、中で話すとしよう。そのほうが、話も早いだろうしな」
そう言って、放送中、背にしていた廃屋の扉に手をかけた。
私たち一乃谷の人間は牛鬼といわれる妖怪を祖とした人妖だ。
牛鬼の特徴は大きく二つある。
一つは、力の強さ。
伝承では、その名の通り牛の頭に鬼の体または蜘蛛の体を持ち、その怪力を活かし、一軍を滅ぼすほどだったという。
もう一つは、女への変化。
女に化けて赤子を抱かせ、その赤子が重くなり、身動きが取れなくなったところを喰うという逸話は有名だ。
そんな牛鬼を祖とする私と兄様は、一つの体に二つの人格を宿している。
そして、片方が表に出ているときでも、もう片方が覚醒していれば、感覚の共有が可能だ。
が、それはあくまで視聴覚の共有であり、嗅覚や触覚の共有はされていない。
牛鬼の特徴は大きく二つある。
一つは、力の強さ。
伝承では、その名の通り牛の頭に鬼の体または蜘蛛の体を持ち、その怪力を活かし、一軍を滅ぼすほどだったという。
もう一つは、女への変化。
女に化けて赤子を抱かせ、その赤子が重くなり、身動きが取れなくなったところを喰うという逸話は有名だ。
そんな牛鬼を祖とする私と兄様は、一つの体に二つの人格を宿している。
そして、片方が表に出ているときでも、もう片方が覚醒していれば、感覚の共有が可能だ。
が、それはあくまで視聴覚の共有であり、嗅覚や触覚の共有はされていない。
廃屋で迎えてくれたのは一人の少女。いや一人の少女だったもの、だった。
おそらく、兄様は外からでも臭いで中に何があるかはわかっていたのだろう。
話が早くなると言ったのは、このためだ。死体があるだろうことを知り、敢えて中に入ろうと提案したということ。
その死体の様子は、思わず目を逸らしたくなる有様だった。
ベッドに横たわる肢体は首が欠けており、その頭部は床に落ちている。
一乃谷の剣士として任務をこなしてきた私でも、そう目にする機会のないものだ。
黒の制服らしきものを纏い、胴体と首が別れを告げた死体。
ああ、やはり、そうなのだ。そんなに都合のいいことは起きない。
意識を失う前のことは、目覚める前に見た性質の悪い夢ではなかったのだ。
おそらく、兄様は外からでも臭いで中に何があるかはわかっていたのだろう。
話が早くなると言ったのは、このためだ。死体があるだろうことを知り、敢えて中に入ろうと提案したということ。
その死体の様子は、思わず目を逸らしたくなる有様だった。
ベッドに横たわる肢体は首が欠けており、その頭部は床に落ちている。
一乃谷の剣士として任務をこなしてきた私でも、そう目にする機会のないものだ。
黒の制服らしきものを纏い、胴体と首が別れを告げた死体。
ああ、やはり、そうなのだ。そんなに都合のいいことは起きない。
意識を失う前のことは、目覚める前に見た性質の悪い夢ではなかったのだ。
「気を失う前のことは、覚えているか?」
――――ええ。ちょうど、はっきり思い出したところです。その上で、よくよく話し合う必要があると感じています。
「ふむ……、やはりそうなのだろうな」
◇ ◇ ◇
そこは、視覚的にイメージするならば、どこまでも広がる雪原の世界。
上下左右の奥行きも曖昧な、魂だけが在る世界。
ここは一乃谷愁厳・刀子の二人が同時に存在する場所。魂の宿場と呼ばれる場所だ。
一つの体に二つの人格を宿す愁厳・刀子が、眠るときあるいは沈黙思考するときに訪れる、意識の集合点。
二人だけが存在し、二人だけが観測できる場所。
今、この魂の宿場で、愁厳・刀子の二人が向かい合っていた。
上下左右の奥行きも曖昧な、魂だけが在る世界。
ここは一乃谷愁厳・刀子の二人が同時に存在する場所。魂の宿場と呼ばれる場所だ。
一つの体に二つの人格を宿す愁厳・刀子が、眠るときあるいは沈黙思考するときに訪れる、意識の集合点。
二人だけが存在し、二人だけが観測できる場所。
今、この魂の宿場で、愁厳・刀子の二人が向かい合っていた。
「ある程度わかっているだろうが、簡単に説明しよう。
この廃屋の状態でもわかったと思うが、ここはバトルロワイヤルと称された殺し合いの舞台だ。
お前も聴いていただろうが先程の放送で9人の死亡も報告された。
……その中には、俺が手をかけた者も含まれている。今いる廃屋の子は無関係だが。
お前が、放送前に見たであろう少女に俺が斬り付けるところも見間違いでも何でもない。
以上をを踏まえた上で、質問に応じよう」
この廃屋の状態でもわかったと思うが、ここはバトルロワイヤルと称された殺し合いの舞台だ。
お前も聴いていただろうが先程の放送で9人の死亡も報告された。
……その中には、俺が手をかけた者も含まれている。今いる廃屋の子は無関係だが。
お前が、放送前に見たであろう少女に俺が斬り付けるところも見間違いでも何でもない。
以上をを踏まえた上で、質問に応じよう」
事務的な口調で、簡潔に現在の状況を説明された。
兄様の表情は、ぱっと見た分にはいつもと変わらない。
でも、なぜだかわからないけれど、それがとても酷薄なものに見えてしまった。
兄様の表情は、ぱっと見た分にはいつもと変わらない。
でも、なぜだかわからないけれど、それがとても酷薄なものに見えてしまった。
「……わかりました。聞きたいことは山ほどありますが、順を追って質問させていただきます。
それでは、まず一番初めのところ。あのとき、動かなかった真意を教えていただきたいのですが」
それでは、まず一番初めのところ。あのとき、動かなかった真意を教えていただきたいのですが」
放っておくと、わめき出したくなる衝動を抑え、なるべく平坦な調子になるよう心がけて問いかけた。
あのとき、つまり今に至る起点となった場所での出来事。
河野貴明という少年が殺されたあとの柚原このみ、向坂環らの一連の出来事のときのことだ。
あのとき、私は兄様が彼らを救う策を考え、行動を起こすと思って見守っていた。
でも、兄様は動かなかった。
事態は切迫していき、私自ら彼らを救おうと交代を申し出ても、一向に反応がなかった。
結局私は何も出来ず、私たちは何もせず、一人の命は失われ、私は気を失った。
そして、意識を失う前に耳にした兄様の言葉は、しっかりと記憶にある。
あのとき、つまり今に至る起点となった場所での出来事。
河野貴明という少年が殺されたあとの柚原このみ、向坂環らの一連の出来事のときのことだ。
あのとき、私は兄様が彼らを救う策を考え、行動を起こすと思って見守っていた。
でも、兄様は動かなかった。
事態は切迫していき、私自ら彼らを救おうと交代を申し出ても、一向に反応がなかった。
結局私は何も出来ず、私たちは何もせず、一人の命は失われ、私は気を失った。
そして、意識を失う前に耳にした兄様の言葉は、しっかりと記憶にある。
「あのときも言ったと思うが、おまえをみすみす殺させるわけにはいかないからだ」
簡潔に、前に言ったとおりだと返してくる。
あのとき、とだけ言ってもちゃんと伝わったことには少しだけ安心する。
兄妹として、そんなに心の距離が離れてはいないんだろうと。
あのとき、とだけ言ってもちゃんと伝わったことには少しだけ安心する。
兄妹として、そんなに心の距離が離れてはいないんだろうと。
「つまり、私たちでは、あの神父たちに敵わないから、彼らを見殺しにした、と?」
「……そういうことになるだろう」
「兄様はいつからそんな臆病者になられたのですか?
我が身の可愛さに、他人を省みないような人ではなかったと記憶しているのですが」
「……そういうことになるだろう」
「兄様はいつからそんな臆病者になられたのですか?
我が身の可愛さに、他人を省みないような人ではなかったと記憶しているのですが」
十数年間、ずっと傍で見てきた勇敢で生真面目な兄様の人物像と合致しない。
感情を表には出さなくても、とても友人や周囲の人を思える人だった。
感情を表には出さなくても、とても友人や周囲の人を思える人だった。
「ああ、俺は臆病者なんだろう。……しかし、あそこで死ぬわけにはいかなかったのだ」
「っ……! だから、ここにいる方たちを皆殺しにすると?
あの場で動かなかった理由はわかりました。
しかし、ここであの神父たちの言うままに殺し合う理由をお聞かせくださいませ!」
「っ……! だから、ここにいる方たちを皆殺しにすると?
あの場で動かなかった理由はわかりました。
しかし、ここであの神父たちの言うままに殺し合う理由をお聞かせくださいませ!」
兄様は、淡々とした受け答えを続ける。表情も、引き締めたまま変わることもない。
一方の私は、抑えようと心がけていたのも関わらず、気付くと語気は強くなっていた。
一方の私は、抑えようと心がけていたのも関わらず、気付くと語気は強くなっていた。
「理由は同じだ。
この催しを開いている者達は、俺達よりも遥かに強大だ。
まず、この殺し合いのために無人島一つを用意する財力。そして、俺達人妖を含む大勢を連行してくるだけの実力。
その実力は俺とお前の二人ともの精神体に首輪の概念を適応できていることからも明らかだ」
「私達では、あの者達にに敵わないから大人しく従い、殺し合いに乗ると。
先程のように、何の力もない少女を虐げてまわるということですか。
兄様は、正気ですか? 本当にそんなことをお考えなのですか?」
「俺は本気だ。考えを変えるつもりはない」
この催しを開いている者達は、俺達よりも遥かに強大だ。
まず、この殺し合いのために無人島一つを用意する財力。そして、俺達人妖を含む大勢を連行してくるだけの実力。
その実力は俺とお前の二人ともの精神体に首輪の概念を適応できていることからも明らかだ」
「私達では、あの者達にに敵わないから大人しく従い、殺し合いに乗ると。
先程のように、何の力もない少女を虐げてまわるということですか。
兄様は、正気ですか? 本当にそんなことをお考えなのですか?」
「俺は本気だ。考えを変えるつもりはない」
私を真っ直ぐに見つめてくる二つの瞳には、たしかに兄様の意志がこもっていた。
その様子から、私がいくら言ったところで、引く気がないということが兄妹としてわかってしまう。
今は、その以心伝心ぶりが、悲しかった。
その様子から、私がいくら言ったところで、引く気がないということが兄妹としてわかってしまう。
今は、その以心伝心ぶりが、悲しかった。
「もし、双七さんや刑二朗君のようなご友人がいたとしても、同じことが言えるのですか?」
「……いない者のことを考えても仕方ないだろう。
名簿は、もうないが、最初の場所にも見当たらなかったし、今回の放送でも知った名はなかった」
「だから、他人しかいないから、皆殺しにしてもいいと?」
「……他人の命よりも大事なもの、守らねばならんものがある」
「……いない者のことを考えても仕方ないだろう。
名簿は、もうないが、最初の場所にも見当たらなかったし、今回の放送でも知った名はなかった」
「だから、他人しかいないから、皆殺しにしてもいいと?」
「……他人の命よりも大事なもの、守らねばならんものがある」
話し合い……と呼べるかは、もはやわからなかった。
お互いの主張は交わることなく、お互い相手の言うとおりにするつもりもない。
お互いの主張は交わることなく、お互い相手の言うとおりにするつもりもない。
「……兄様の考えは、よくわかりました」
「ふむ」
「ふむ」
兄様は、一呼吸置いて、私に先を促す。おそらくは、私が何と言うかはわかった上でなのだろうけれど。
「私は、そのような弱い考えを認めるわけにはいきません。
このような殺し合いを止め、みなで助かる術を模索するべきだと思います」
「そうか……」
「考えを変えてはいただけないのでしょうか?」
「刀子。すまないが、その頼みは聞いてやることはできない」
「兄様! 本当にどうしてしまったんですか?!
私の知ってる兄様は、そのような人間ではなかったはずです!」
このような殺し合いを止め、みなで助かる術を模索するべきだと思います」
「そうか……」
「考えを変えてはいただけないのでしょうか?」
「刀子。すまないが、その頼みは聞いてやることはできない」
「兄様! 本当にどうしてしまったんですか?!
私の知ってる兄様は、そのような人間ではなかったはずです!」
冷静に、冷静にと心がけていたにも関わらず、つい声を荒げてしまった。
最初から私の意見を取り合う気がないようにすら見える。
いや、事実そうなのだろう。
最初から私の意見を取り合う気がないようにすら見える。
いや、事実そうなのだろう。
「すまない。刀子、わかってくれないか?」
「いいえ、わかりません」
「いいえ、わかりません」
なんとか、冷静に見えるように努める。
その後も、殺し合いに乗る乗らない、体を明け渡す明け渡さないという問答が続く。
もう感情的にはならなかった。
次第に会話は、用意していた台詞を繰り返すだけという風になっていた。
お互い譲る気がないことは、もう察しがついてきている。
やがて、話し合いは完全に決裂を迎えた。
その後も、殺し合いに乗る乗らない、体を明け渡す明け渡さないという問答が続く。
もう感情的にはならなかった。
次第に会話は、用意していた台詞を繰り返すだけという風になっていた。
お互い譲る気がないことは、もう察しがついてきている。
やがて、話し合いは完全に決裂を迎えた。
「どうしても私に体を明け渡すつもりもないと? 殺し合いを続けるというのですね?」
「そうだ」
「……そうですか」
「そうだ」
「……そうですか」
それなら、仕方ない。
肩にかけていた刀を構える。日頃から慣れ親しんだ愛刀、斬妖刀文壱は手元にない。
手にしている刀は、古青江と銘を打たれた日本刀だ。
本物かどうかは別として、平安から鎌倉時代の備中国の一派にルーツを持つ刀だ。
文壱と比べると遥かに軽く、心もとなくも感じるが、充分に名刀の部類だろう。
肩にかけていた刀を構える。日頃から慣れ親しんだ愛刀、斬妖刀文壱は手元にない。
手にしている刀は、古青江と銘を打たれた日本刀だ。
本物かどうかは別として、平安から鎌倉時代の備中国の一派にルーツを持つ刀だ。
文壱と比べると遥かに軽く、心もとなくも感じるが、充分に名刀の部類だろう。
右手に刀を、左手に鞘を持ち、地面と水平に近い角度で構える。
一乃谷流は、鞘が鉄で出来ている文壱により、鞘も武器として用いる。
たとえ刀が違っても、取るべきスタイルは変わらない。
当然殺す気はないので、刃は峰のほうを向けている。
空気を察したのか、兄様も鞘から刀を抜く様子はなく、そのまま正眼に古青江を構えた。
一乃谷流は、鞘が鉄で出来ている文壱により、鞘も武器として用いる。
たとえ刀が違っても、取るべきスタイルは変わらない。
当然殺す気はないので、刃は峰のほうを向けている。
空気を察したのか、兄様も鞘から刀を抜く様子はなく、そのまま正眼に古青江を構えた。
「どうしても、この殺し合いを止めたいというのか?」
「その通りです」
「その通りです」
――もう口で言っても、どうにもならない。
「生きて帰れる可能性は、他の参加者を皆殺しにしたほうが高いとしてもか?」
「当たり前です。他者を犠牲にして生きて帰って、胸を張って生きられるとでもお思いですか?」
「当たり前です。他者を犠牲にして生きて帰って、胸を張って生きられるとでもお思いですか?」
――でも、このまま兄様に道を誤らせているわけにはいかない。
「どうしても、か?」
「どうしても、です」
「どうしても、です」
――だから、力尽くだとしても止める!
「そうか」
「残念ですが、どうやら実力行使しかないようですね。少し頭を冷やしてくださいまし」
「残念ですが、どうやら実力行使しかないようですね。少し頭を冷やしてくださいまし」
言葉を交わしながらも、いつ斬り合いが始まってもいいように気は緩めない。
場の空気は次第に凝縮されていっていた。
何しろ、並みの兄妹喧嘩ではすまないのだ。なにせ、牛鬼同士の本気の兄妹喧嘩なのだから。
兄様との間の空気は、放たれる寸前の弓矢のように引き絞られている。
あとは、放たれる合図を待つだけだ。
兄様は……、動かない。ならば、私が火蓋を切って落とすまでだ。
場の空気は次第に凝縮されていっていた。
何しろ、並みの兄妹喧嘩ではすまないのだ。なにせ、牛鬼同士の本気の兄妹喧嘩なのだから。
兄様との間の空気は、放たれる寸前の弓矢のように引き絞られている。
あとは、放たれる合図を待つだけだ。
兄様は……、動かない。ならば、私が火蓋を切って落とすまでだ。
「それでは、いきます――――」
「――――わかった。お前の言う通りにしよう」
「――――わかった。お前の言う通りにしよう」
開戦を告げた瞬間に、予想外の発言が耳に届く。
兄様に向かって駆けようとしていた私は、ぴくりと動いて停止してしまう。
正眼に構えていた兄様の古青江は、ゆっくりと下ろされていた。
兄様に向かって駆けようとしていた私は、ぴくりと動いて停止してしまう。
正眼に構えていた兄様の古青江は、ゆっくりと下ろされていた。
「は……? 今なんと?」
「だから、お前の言うように、殺し合いを放棄しようと言っている」
「だから、お前の言うように、殺し合いを放棄しようと言っている」
兄様は、策を弄して不意打ちをするような人ではない。私も、倣って刀を納めた。
一旦構えを解いた私に、兄様のほうから歩み寄ってくる。
一旦構えを解いた私に、兄様のほうから歩み寄ってくる。
「ほ、本当ですか?」
「本当だ。そもそも、実力行使に出られたら、俺が敵わないのは理解しているつもりだ。
それに、お前の覚悟は確かなようだからな。
すまなかった。俺が臆病になっていたというのも間違いないだろう」
「本当だ。そもそも、実力行使に出られたら、俺が敵わないのは理解しているつもりだ。
それに、お前の覚悟は確かなようだからな。
すまなかった。俺が臆病になっていたというのも間違いないだろう」
そう言って、兄様は頭を下げる。
「……簡単に信用できるとお思いですか?」
今まで散々話し合って意見が合わなかったのに、この心変わりは何なんだろうか?
と、考えていたところで、兄様が頭を上げ、私を軽く抱き寄せてきた。
と、考えていたところで、兄様が頭を上げ、私を軽く抱き寄せてきた。
「本当にすまなかった。証明は、これからの行動で……というわけにはいかないか?
俺の見聞きするものは、お前も同じように見て聞くことになるだろう?」
「……もしわかってくれたのならば、これ以上のことはありません。
けれど、ひとまず、これからは私が表にでます。兄様は一旦休んで、頭を冷やしてください」
「いや、俺が出よう。これまでしたことの清算くらいは自分でさせてくれ」
俺の見聞きするものは、お前も同じように見て聞くことになるだろう?」
「……もしわかってくれたのならば、これ以上のことはありません。
けれど、ひとまず、これからは私が表にでます。兄様は一旦休んで、頭を冷やしてください」
「いや、俺が出よう。これまでしたことの清算くらいは自分でさせてくれ」
これは、やっぱり兄様は私の敬愛する兄様だった、と喜べばいいんだろうか?
でも、あれだけ私の意見を否定していたのに、何の故があって急に意見を変えたのか?
素直に私の気持ちが通じたと取っていいのか?
どんな表情で、主催者に抗うことにすると決めたと言っているのか。
兄様の胸に納まっていた顔を上げ、その表情を検めようとし――――
でも、あれだけ私の意見を否定していたのに、何の故があって急に意見を変えたのか?
素直に私の気持ちが通じたと取っていいのか?
どんな表情で、主催者に抗うことにすると決めたと言っているのか。
兄様の胸に納まっていた顔を上げ、その表情を検めようとし――――
突然、感じたのは、首への鈍痛。
兄様の悲しげな顔を目にしたのを最後に、視界には闇が訪れる。
ああ、つまり、そういうことだったのだ。
結局、私は、疑うよりも信じたかった。
兄様ならわかってくれるに違いないというフィルターを、無意識にかけていたのだ。
そして、私は、そのまま意識を手放した。
兄様の悲しげな顔を目にしたのを最後に、視界には闇が訪れる。
ああ、つまり、そういうことだったのだ。
結局、私は、疑うよりも信じたかった。
兄様ならわかってくれるに違いないというフィルターを、無意識にかけていたのだ。
そして、私は、そのまま意識を手放した。
◇ ◇ ◇
俺の腕の中で、刀子は再び眠りについている。
左手に握っているのは古青江。この刀の柄を使い、完全に騙まし討ちの形で刀子を気絶させた。
残念なことか、喜ばしいことか、この催しに対する俺と刀子の意見は合わなかった。
だが、刀子に殺し合いに乗るなと言われても、それは受け入れることは出来ない。
結局、卑怯な手を使って、もう一度眠ってもらうことにした。
気絶させるにあたっても、もっとうまく立ち回ることが出来ればよかったが、俺にはそんな器用なことはできなかった。
殺し合いをやめると嘘をついたが、何があろうと俺に引く気がないことは、薄々感づいていたかもしれない。
それでも俺の発言を信じようとしてくれた刀子に対する裏切りは重い罪に違いない。
罪悪感はない……とはいえない。だが、同時に必要なことだったという自負もある。
左手に握っているのは古青江。この刀の柄を使い、完全に騙まし討ちの形で刀子を気絶させた。
残念なことか、喜ばしいことか、この催しに対する俺と刀子の意見は合わなかった。
だが、刀子に殺し合いに乗るなと言われても、それは受け入れることは出来ない。
結局、卑怯な手を使って、もう一度眠ってもらうことにした。
気絶させるにあたっても、もっとうまく立ち回ることが出来ればよかったが、俺にはそんな器用なことはできなかった。
殺し合いをやめると嘘をついたが、何があろうと俺に引く気がないことは、薄々感づいていたかもしれない。
それでも俺の発言を信じようとしてくれた刀子に対する裏切りは重い罪に違いない。
罪悪感はない……とはいえない。だが、同時に必要なことだったという自負もある。
この島にいる全員が最初に集められたときから、先程の放送まで、主催者たちの見せた情報を余さず見てきたつもりだ。
刀子にも言って聞かせたような財力や異能に対する力。
さらに、たった今行われた放送では、死者蘇生の力がある可能性まで示唆している。
流石に、それについてまで真に受けるのは、抵抗がある話だが、否定する材料もない。
そんな相手にどうして抗い、打ち勝つことが出来るだろうか。
刀子に対して告げた殺し合いに乗る理由として、この主催者の強大さは、客観的に見ても理屈は通っているはずだ。
その理由として充分なのだから、根幹にある何としても刀子を神沢に帰すためという理由は絶対に隠し通す。
自分のために殺し合っているなどと聞けば、凄まじい負担になるのは明らかなのだから。
刀子の今後の人生のために、俺は恨まれたとしても、黙してるべきなのだ。
刀子にも言って聞かせたような財力や異能に対する力。
さらに、たった今行われた放送では、死者蘇生の力がある可能性まで示唆している。
流石に、それについてまで真に受けるのは、抵抗がある話だが、否定する材料もない。
そんな相手にどうして抗い、打ち勝つことが出来るだろうか。
刀子に対して告げた殺し合いに乗る理由として、この主催者の強大さは、客観的に見ても理屈は通っているはずだ。
その理由として充分なのだから、根幹にある何としても刀子を神沢に帰すためという理由は絶対に隠し通す。
自分のために殺し合っているなどと聞けば、凄まじい負担になるのは明らかなのだから。
刀子の今後の人生のために、俺は恨まれたとしても、黙してるべきなのだ。
俺は、自分のことを器用ではない人間だと自覚しているつもりだ。
刀子の言うように、もしかすると多くの人間が救われる道があるのかもしれない。
しかし、それはあまりにハイリスクで、先が見えない道だ。
それならば、俺は、はっきりとわかる道を行く。ここにいる全員を殺し、優勝し、神沢に刀子を帰すという道を。
優勝者には何らかの権利が与えられると確かに言っていた。
それならば、最低限、故郷に無事帰すという権利くらい与えられてしかるべきだろう。
刀子の言うように、もしかすると多くの人間が救われる道があるのかもしれない。
しかし、それはあまりにハイリスクで、先が見えない道だ。
それならば、俺は、はっきりとわかる道を行く。ここにいる全員を殺し、優勝し、神沢に刀子を帰すという道を。
優勝者には何らかの権利が与えられると確かに言っていた。
それならば、最低限、故郷に無事帰すという権利くらい与えられてしかるべきだろう。
それに、俺はもう引き返せないところまできている。
先程の放送で確かに呼ばれた"ツシマレオ"、"アオイナギサ"という名。
レオという名は多いとは言えない。ほぼ間違いなく俺が川岸で切った男だろう。
アオイナギサのほうは、他にもナギサという名の者がいた可能性も考えられるが、あの傷で助かったとは考えにくい。
つまり、俺は、すでに二人の成果をあげているということになる。
黒須太一を名乗っているとはいえ、今更主催に反抗しようという中に入っていける身分ではない。
あとは、ただひたすらに、修羅の道を行くのみ。
先程の放送で確かに呼ばれた"ツシマレオ"、"アオイナギサ"という名。
レオという名は多いとは言えない。ほぼ間違いなく俺が川岸で切った男だろう。
アオイナギサのほうは、他にもナギサという名の者がいた可能性も考えられるが、あの傷で助かったとは考えにくい。
つまり、俺は、すでに二人の成果をあげているということになる。
黒須太一を名乗っているとはいえ、今更主催に反抗しようという中に入っていける身分ではない。
あとは、ただひたすらに、修羅の道を行くのみ。
この殺し合いは、俺に与えられた最後の仕事と捉えることも出来る。
一乃谷の人間は、生まれながらに、ある宿命を背負っている。
ある時期を境に、牛鬼の性質として存在する男女二つの人格のうち、片方が消え、片方だけが残る。
どちらが消えるかは、伝統的に、時に話し合いにより決め、時に殺し合いにより決めたという。
俺は、どの道話し合う余地もなく、自分が消えるつもりだった。そして、その消える時期も遠くなかったはずだ。
つまり、この殺し合いでの優勝を成し遂げ、刀子を送り返し、俺は消える。
これでいい。何の迷う必要もないのだ。
一乃谷の人間は、生まれながらに、ある宿命を背負っている。
ある時期を境に、牛鬼の性質として存在する男女二つの人格のうち、片方が消え、片方だけが残る。
どちらが消えるかは、伝統的に、時に話し合いにより決め、時に殺し合いにより決めたという。
俺は、どの道話し合う余地もなく、自分が消えるつもりだった。そして、その消える時期も遠くなかったはずだ。
つまり、この殺し合いでの優勝を成し遂げ、刀子を送り返し、俺は消える。
これでいい。何の迷う必要もないのだ。
他の参加者を殺す責務も俺が一手に引き受けなければならない。
消える俺とは違って、刀子はその後も一人の人間として人生を歩むことになる。
血塗れた足跡を残し、汚れた手で、その後の人生を生きて欲しくはない。
だから、汚れ役は、全て俺が担う。
それだけは、何度でも繰り返し自分に意識させておかなければならない。
そのためにも、何があっても体を明け渡すわけにはいかない。
今、刀子を気絶させたのも、問題の先送りに過ぎないのはわかっている。
しかし、放送前に戦ったサクヤと呼ばれた女の人妖のような強敵と争うには、後顧の憂いを絶っていなければ危うい。
刀子が頭の中で戦いをやめろと言っている状態、俺にだけ雑念がある状態で勝てるような相手ではなかった。
そんな状態を避けるためにも、なるべく長く眠っていて欲しいものだ。
消える俺とは違って、刀子はその後も一人の人間として人生を歩むことになる。
血塗れた足跡を残し、汚れた手で、その後の人生を生きて欲しくはない。
だから、汚れ役は、全て俺が担う。
それだけは、何度でも繰り返し自分に意識させておかなければならない。
そのためにも、何があっても体を明け渡すわけにはいかない。
今、刀子を気絶させたのも、問題の先送りに過ぎないのはわかっている。
しかし、放送前に戦ったサクヤと呼ばれた女の人妖のような強敵と争うには、後顧の憂いを絶っていなければ危うい。
刀子が頭の中で戦いをやめろと言っている状態、俺にだけ雑念がある状態で勝てるような相手ではなかった。
そんな状態を避けるためにも、なるべく長く眠っていて欲しいものだ。
次に刀子が目覚めたときは、今回のように穏便にはいかないだろう。
本当に実力行使になった場合、剣の腕が上なのは刀子だ。
目覚めたときに、まず、考えられる対処は、刀子と二人対する場、魂の宿場に出ないことだ。
そうすれば、少なくとも体を無理に代わられることもない。
最も確実に表に出ている方法はこれだ。
本当に実力行使になった場合、剣の腕が上なのは刀子だ。
目覚めたときに、まず、考えられる対処は、刀子と二人対する場、魂の宿場に出ないことだ。
そうすれば、少なくとも体を無理に代わられることもない。
最も確実に表に出ている方法はこれだ。
しかし、二人で対する必要が生じ、戦うことになってしまった場合はどうするか。
それでも、必ずしも勝てないわけではないと見る。
刀子は、この催しが始まってからずっと眠っていた。
一方、俺は、この殺し合いについて考え、殺し合いの舞台に実際に触れ、戦ってきた。
刀子の、俺を止め、皆の殺し合いを止め、主催を打倒するという理想的ではあるが、大綱的で曖昧とも言える覚悟。
俺の、刀子を押し留め、修羅となり、殺し合い、優勝して刀子を帰すという愚かでも明確な覚悟。
単純さというのは、ある意味で強さだ。
この覚悟の違いで埋まる実力差がある。
そして、決定的なのは、実際に戦いになったときに、刀子が俺を傷つけるのに至らないであろうことだ。
俺は、目的のためなら、場合によっては刀子を傷つけるのもやむなしと割り切っているつもりだ。
傷ついたとしても、刀子の命に代えることは出来ないのだから。
以上から、場合によっては、刀子と戦い、体の所有権を維持することも選択肢にできる。
当然、そうならないに越したことはないのだが。
それでも、必ずしも勝てないわけではないと見る。
刀子は、この催しが始まってからずっと眠っていた。
一方、俺は、この殺し合いについて考え、殺し合いの舞台に実際に触れ、戦ってきた。
刀子の、俺を止め、皆の殺し合いを止め、主催を打倒するという理想的ではあるが、大綱的で曖昧とも言える覚悟。
俺の、刀子を押し留め、修羅となり、殺し合い、優勝して刀子を帰すという愚かでも明確な覚悟。
単純さというのは、ある意味で強さだ。
この覚悟の違いで埋まる実力差がある。
そして、決定的なのは、実際に戦いになったときに、刀子が俺を傷つけるのに至らないであろうことだ。
俺は、目的のためなら、場合によっては刀子を傷つけるのもやむなしと割り切っているつもりだ。
傷ついたとしても、刀子の命に代えることは出来ないのだから。
以上から、場合によっては、刀子と戦い、体の所有権を維持することも選択肢にできる。
当然、そうならないに越したことはないのだが。
さて、ひとまずは、また枷をつけることなく殺し合いに臨むことが出来る。
……妹のことを枷というのは、多分に胸が痛むような気はするが、気にしてはいられない。
名簿を燃やしたので、個々の死者のチェックはしていないが、残りの参加者は、まだまだ多い。
サクヤという女の人妖のような強者も複数いるのだろう。
それでも、俺は勝ち抜かなければならない。
戦わなければ、何かを失う。戦うことで何かを得る。
そう、この戦いには、命を賭ける価値がある。
刀子を、双七君たちが迎えてくれる神沢へと送り届けることが、消え行く俺の人生の価値になるはずなのだから。
……妹のことを枷というのは、多分に胸が痛むような気はするが、気にしてはいられない。
名簿を燃やしたので、個々の死者のチェックはしていないが、残りの参加者は、まだまだ多い。
サクヤという女の人妖のような強者も複数いるのだろう。
それでも、俺は勝ち抜かなければならない。
戦わなければ、何かを失う。戦うことで何かを得る。
そう、この戦いには、命を賭ける価値がある。
刀子を、双七君たちが迎えてくれる神沢へと送り届けることが、消え行く俺の人生の価値になるはずなのだから。
廃屋から出て、朝日の眩しさに一瞬目を細める。
ここは、今も殺し合いの舞台だ。さあ、いま一度、闘争を始めよう。
ここは、今も殺し合いの舞台だ。さあ、いま一度、闘争を始めよう。
【E-5 廃屋の外/1日目 朝】
【一乃谷愁厳@あやかしびと -幻妖異聞録-】
【装備:古青江@現実】
【所持品:木刀、支給品一式×2、ラジコンカー@リトルバスターズ!、ランダム不明支給品×1(渚砂)、ナイスブルマ@つよきす -Mighty Heart-】
【状態】:疲労(小)、右肩に裂傷、白い制服は捨てた状態
【思考・行動】
基本方針:刀子を神沢市の日常に帰す
1:生き残りの座を賭けて他者とより積極的に争う
2:今後、誰かに名を尋ねられたら「黒須太一」を名乗る
【装備:古青江@現実】
【所持品:木刀、支給品一式×2、ラジコンカー@リトルバスターズ!、ランダム不明支給品×1(渚砂)、ナイスブルマ@つよきす -Mighty Heart-】
【状態】:疲労(小)、右肩に裂傷、白い制服は捨てた状態
【思考・行動】
基本方針:刀子を神沢市の日常に帰す
1:生き残りの座を賭けて他者とより積極的に争う
2:今後、誰かに名を尋ねられたら「黒須太一」を名乗る
【備考1】
【一乃谷刀子@あやかしびと -幻妖異聞録-】
【状態:精神体、気絶中】
【思考】
0:……
1:優勝を目指す愁厳を止める
2:主催者に反抗し、皆で助かる手段を模索する
【一乃谷刀子@あやかしびと -幻妖異聞録-】
【状態:精神体、気絶中】
【思考】
0:……
1:優勝を目指す愁厳を止める
2:主催者に反抗し、皆で助かる手段を模索する
074:第一回放送 食らわれるは人の心、そして | 投下順 | 076:KILLER MACHIN |
074:第一回放送 食らわれるは人の心、そして | 時系列順 | 076:KILLER MACHIN |
068:嘆きノ森の少女 | 一乃谷愁厳・一乃谷刀子 | 103:それは渦巻く混沌のように |