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嘆きノ森の少女

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嘆きノ森の少女 ◆WAWBD2hzCI


さて、少し昔の話をしよう。
物語の登場人物、浅間サクヤの出生についての話だ。

彼女は人間ではない。
浅間サクヤとその一族は人とは違う存在だった。
世界さえ違えば妖と呼ばれる存在。寿命百年足らずの人間に比べ、その十倍以上を生きるもの。
サクヤの世界で言えば、彼女は『鬼』と呼ばれる存在だった。鬼とは人あらざるものの総称である。
彼女はその一族の数少ない娘として生を受けた。寿命の長い彼らは、個体数が人間よりもはるかに少ないのだ。

彼女は俗に言う忌み子だった。
サクヤの一族、岩長比売の血族は決まって必ず満月の夜に生を受ける。
彼女の血族は妖怪で例えるなら、狼男という種族だろうか。月の満ち引きによって力が増減するのが特徴だった。
だが、サクヤは月のない夜に生まれた。だから一族に相応しい絶大な力を継承できなかった。
新月、朔と呼ばれる月の夜に誕生した命――――よって、サクヤ(朔夜)。

「………………」


いまや、一族は彼女一人だけだ。
一人ぼっち、孤独、死んでしまいたいほど長い時間を孤独で生きるはずだった。
父親も死んだ、同族の仲間も皆して殺された。生き残ったのはサクヤ一人、それも命を落としてもおかしくない重傷だった。
いや、放っておけば死ねたのだろう。彼女自身も死ぬだろうと思っていたし、放置されていたなら限りなくそれは正しかった。

だから六十年前、ただ一人生き残ったサクヤは大切な人を捜し求めた。
かつて小さい頃、ずっと慕っていた『姫様』の元へ。見上げるばかりの大きな大木の元へ。
主を封じるために人柱となった大切な人。死ぬなら彼女の近くで死にたい。あの人に看取ってほしかった。

だから浅間サクヤはオハシラサマの大木へと向かった、死ぬために。

「………………っ!」

過去を顧みるのは後回しだ。
六十年後、まだこうして存命している浅間サクヤの鼻が人の存在を感知した。
彼女の五感、特に嗅覚は人間をはるかに凌駕している。多少制限がかけられているとはいえ、まだその力は健在だ。
感じ取れたのは、人の匂い。乾いた血と掘り返されたばかりの土の匂いか。

(桂っ……!)

地を踏みしめて走る。
思考には若干の焦り、電車を降りて一時間以上の捜索にも関わらず、誰一人にも出会っていない。
そして血の匂い。誰の匂いだ、桂かも知れない。いや、大丈夫。贄の血ほど極上というわけではない、だから慌てるな。
冷静になろうとする思考と、焦燥する行動がギクシャクする。


「そこにいるのは誰だい!? こっちは殺し合いなんか乗っちゃいないよ!」

立ち位置を呼びかけながら、サクヤは叫ぶ。
森を掻き分け、多少乱暴な声で足止めしながら少女の目の前に飛び出した。
そこにいたのは何の力もない少女だった。
目を真っ赤に腫らしながら、刀で土を掘り返して、何とかして人を埋葬しようとする蒼井渚砂の姿だった。

「あ、あの……これは……」
「…………」

サクヤの目が細められた。
人の埋葬は死体遺棄に当たる。それでも埋葬してやりたい、と渚砂は考えての行動だった。
だが、第三者が見ればどうだろうか。埋葬される側の少年、宮沢謙吾の死因は見たところ刀傷による斬殺。
そして彼女の手には刀。微弱ながら血の匂いがする。

「これは、アンタの仕業かい?」
「ち、違います! 私は、違うんです!」

渚砂の動揺も白と考えるか、黒と考えるか。
殺したなら埋葬する必要はないだろう。だが、凶器と容疑者が死体を抱えている場面を見れば、疑いはかかる。
サクヤはさらに疑いを強めて一歩前へ進む。
それに比例して少女の足は後ろに下がった。さっきまでびしょ濡れだった服も、さすがに乾き始めていた。

「どうだかねえ。とりあえず、いくつか質問に答えてもらう……けど……ん?」

ちょこんと、一匹の白い狐が渚砂を庇うに立ち塞がった。
決して威嚇しているわけではない。ただ、無罪の釈明ならできると円らな瞳が告げていた。

「尾花……尾花じゃないか。この子とずっと一緒にいたのかい?」

白狐はひとつ首を振り、肯定。
どうやら尾花と目の前のグラマーな女性は知り合いみたい、などと渚砂は考えながら事の成り行きを見守る。

「じゃあ、これをやったのはあの子じゃないんだね?」

こくり、ともう一度肯定して無罪を主張。
狐の言うことのほうが重要視される世の中なのかな、などと渚砂は少し落ち込む。
だが、冤罪であることが証明されるならこの際、どんな形でも構わないかと無理やり納得することにした。

「ふーん……ところで、桂に逢わなかったかい? あんた、葛と一緒じゃなかったのかい?」

ふるふる、と首を横に振って否定。
本当に賢いんだ尾花ちゃんって、ともはや明後日の方向に渚砂は現実逃避することにした。
と、そこでようやくサクヤの視線が自分に向かっていることに気づき、慌てて現実へと回帰する。

「アンタにも聞いとこうか。あたしは浅間サクヤだよ。アンタ……ってのも何だね。名前、聞かせてくれるかい?」
「は、はい……! 蒼井渚砂です!」
「……あおい、なぎさ?」


その名前を聞いてようやく。
浅間サクヤの警戒心、不信感といったマイナスの感情が一切消えていくのだった。


     ◇     ◇     ◇     ◇


ざくり、ざくり。
黒髪長身の青年は歩く。地を踏みしめ、背筋を正して真っ直ぐに。
進む道に迷いはない。その志にぶれはない。己にそう言い聞かせるように、威風堂々と青年は進む。
トレードマークだった白い学生服は朱に染まっている。先ほど、手にかけた少年の返り血で真っ赤だ。

「………………」

やがて、血液も凝固して黒く染まるだろう。
そのときは既に己の心も完全に黒く染まっているのかも知れない、と一乃谷愁厳は思う。
妹はまだ気絶している。いや、もしかしたら目をそらしているだけかも知れない。
救えなかった犠牲者、巻き込まれた異常に心が耐えられなくなっているのかも知れない。それも無理はないだろう。

なればこそ、自分は妹を救う、救ってみせる。
彼女に業を背負わせる必要はない。罪も罰も全ては自分が受け止めて、そして宿命のまま消えていこう。
刀子には神沢市の日常を生きてもらうのだ。
最初は罪悪感に押し潰されそうになるかも知れない。だが、きっと双七を初めとした生徒会メンバーが支えてくれる。

「……まずは一人」

少年をこの手で葬った。名は知らないが、乙女と名乗った少女はレオと呼んでいた。
名前を聞きたくはなかったが、所詮、これも自分が罪から目をそらそうとしているに過ぎないのだろう。
なればこそ、一乃谷愁厳はデイパックから名簿を取り出した。
間もなく黎明の時間は終わり、太陽が昇り始めてくる。だというのに、ランタンも一緒に取り出した。

「もう、戻れはしない」

ランタンの火に名簿を放り込んだ。
ぱちぱち、と音を立てて瞬く間に殺すべき六十三名の名前を記した紙がこの世から消失する。
これは決意の証だ。己が、必ず貫き通すために。妹の命を、人生を救うために。


     ◇     ◇     ◇     ◇


「…………そうかい。そいつが、アンタをね」
「はい……守って、くれました……」

目を真っ赤に腫らしていたのはそのためだろう、とサクヤは溜息をついた。
宮沢謙吾という男は、最期まで意地を持って死んだのだ。彼が何を思っていたのか、それはもう誰にも分からない。
ただ、人の命を救って満足げに死んでいった男を……サクヤは大馬鹿だと思った。


ああ、宮沢謙吾は大馬鹿なのだろう。
彼は何にも分かっていない。置いていかれる悲しみも、ただ一人生き残った絶望も。
サクヤはそれを知っている。ただ一人、一族虐殺を生き延びた彼女は知っている。それは、人に背負わせてはいけない罪だと。
だからたとえ桂が無事でも、サクヤは殺し合いには乗らない。

(残された悲しみってやつを、知っちまってるからね……)

蒼井渚砂に背負わせた罪が、謙吾の唯一の罪だと言ってもいい。
彼女にも現れるだろうか。自分にとっての笑子のような存在が現れてくれるのだろうか。立ち直れるだろうか。
そうだ、昔々のことになるのだ。少なくとも佐久耶姫の末裔である人間にとっては。

死に瀕した当時の彼女を救ったのが、笑子という人物だった。
彼女の捜し人、羽藤桂の祖母に当たる。彼女もまた、贄の血の持ち主だった。
瀕死だったサクヤに血を与え、生命力を向上させて救った。何の関係もない、赤の他人である自分を。何の見返りも期待せず。
大恩ある笑子の末裔、桂……羽藤の血筋はもう彼女しか残っていない。

「いやに、なるね」
「え?」
「ああ、すまない。何でもないよ」

一人ぼっちは嫌だ。
孤独はもう嫌だった。なのに、人間の寿命は短いからどんどん死んでいく。皆、サクヤを置いていく。
笑子も亡くなってしまった。その娘で親友だった真弓もまた、過労死してしまった。
残ったのは孫の桂だけだ。サクヤの孤独を埋めてくれるなら桂だけだ。そしてそんなことよりも、まず―――浅間サクヤは桂を守りたい。

そう、自分本位の考えで守りたいと思っている。
それが嫌になると言えば、そうだった。だけど嘘偽りない本音でもあった。

「この後、どうするかい? 千華留は第二回放送の頃にF-7の駅でおちあうことになってる」
「あっ、はい。私も同行します。……それにしても良かったです、千華留様は無事なんですね……」
「……千華留、様……いや、やめておこうかね」

どことなく、危険な香りというか。
まあ、彼女と千華留が唯一の知己であるらしい。多少の依存も理解できるだろう。
とにかく、今後のことを考えるべきだ。そろそろ第一回放送が始まる。あと三十分というところだろうか。
帰りの時間を合わせると、残り六時間もない。それまでに桂の身の安全……最悪でも情報は手に入れておきたいところだ。


「さて、それじゃあ…………逃げな、渚砂」
「えっ?」


突如、サクヤはおかしなことを口にした。
渚砂には反応できない。彼女の言葉の真意を汲むことかできないほど、唐突な言葉。
ティトゥスに襲われた際に挫いてしまった足が、走っては逃げられないことを告げているだけだった。

「こんなに近くに来られるまで気づかなかったのは不覚だよ。だけどね、さすがにアンタは論外だよ」

サクヤの爪と牙が変貌する。
威嚇のような戦闘体勢。瞳は真っ直ぐに、森の奥を貫いていた。

「むせ返るような血の匂い。今のアンタが動くなんて、発信機を取り付けているみたいなもんだよ……出てきな」
「………………」

姿を隠すのを諦めたのか、白い学生服を真っ赤に染めた青年が姿を現した。
渚砂が思わず悲鳴を上げてしまうほど血だらけで、しかも彼の表情には色がない。
冷徹な殺人鬼、とはこのようなものなのだろうか、と渚砂は思った。
自分を狙い、謙吾を殺した黒い侍。そして対極に白いはずの学生服を血染めにした、黒髪の青年。

「だ、誰なんですか、あなたは……何なんですか、その血はっ……!」
「……黒須太一。それが俺の名だ」
「ふん、太一ね……アンタのその血、返り血だね? 怪我もしてないことくらい、分かるよ」

無言、まるで精密機械のように彼は今虎徹を構える。
まるで名乗るのは名前だけ、と言わんばかりに。黒須太一、と名乗った一乃谷愁厳は標的を始末せん、と刀を振るう。

「しっ……!」
「ちいっ!」

問答無用、と振るわれた刀をサクヤは渚砂を小脇に抱えて避けた。

「わっ、わわわ!?」
「暴れるんじゃないよ、振り落とされたくなければね!」
「はっ、はいぃ!」

逃亡、開始。サクヤは一目散に逃げ出すことを選択した。
愁厳は無言で追う。待て、ということすらしない。そのような無駄なことに意識は割かず、ただ足を動かした。
待て、と言われて待つ者などいない。本来、その言霊は群集の中から逃亡する犯人を追うために利用するものだからだ。
サクヤの脚力は尋常ではなかった。渚砂一人を小脇に抱えてなお、常人を遥かに超える速度で森を走り回る。

(……人妖か。だが、身体能力で引けは取らん―――!)

牛鬼の身体能力で、サクヤを追いかける。
怪力無双の妖怪を祖先に持つ一乃谷兄妹は、流星の如き速度でサクヤの背後を追う。
それでもサクヤの足は速かった。単独ならば間違いなく、愁厳を巻くことなど造作もなかっただろう。
小脇に抱えた、蒼井渚砂さえいなければ。

「ちっ……渚砂! 尾花を離すんじゃないよ、それがアンタの役割だ!」
「わ、分かってます……!」

渚砂を見捨てる選択肢はない。
そしてサクヤの目的は羽藤桂との合流、それだけだ。殺し合いに乗った者と積極的に争うことではない。
早く、早く見つけ出したいのだ。間に合わないなど、あってはならないのだ。
いつも大切な人は指の隙間から零れていった。いつも間に合わなかった。自分のいないところで大切な人を失った。

「くそっ、こっちは急いでるってのに……仕方ないね!」
「えっ、サクヤさん……!?」
「いいかい、渚砂! アンタは尾花を連れて逃げな! 第二回放送で集合だよ!」

渚砂を下ろす。周囲は森だ、うまく隠れれば逃走も不可能ではない。
尾花が護衛につく、というのなら心配はいらないだろう。
背後を見ると愁厳が涼しい顔に若干の苦痛を秘めて、追撃してくる。諦めてくれる気はないらしい。
サクヤは無手のまま、殺人鬼を迎え撃つ決意を固める。

「で、でも……!」
「問答している時間はないよ! とっとと行きなっ! 尾花、渚砂を連れていくんだ!」

指示通り、尾花は渚砂の服を甘く噛むと、くいくいっと引っ張る。
そしてサクヤはもう振り向かない。ただ、その背中が行けと告げていた。もう、振り向かないことを伝えていた。
渚砂は一歩、後ろに下がる。やがてゆっくりと、一歩一歩後退して……そして、がむしゃらに走り出した。
それでいい、とサクヤは思う。愁厳は刀を構えて突き進んでくる。それでいい、とサクヤは笑う。


「遊んでいる時間はないんだ。とっとと終わらせてもらうよ!」
「…………」

サクヤの髪が、長い髪が野性味溢れたものに変貌する。
爪が、牙が、肉体が荒ぶる獣へと進化していく。
ニヤリ、と笑った時に見えた犬歯は人間よりも遥かに鋭くなっていた。
曰く、大の男一人や二人など何とかなる、と彼女は言った。それは絶対の自信から来る自負である。

「そらっ!!」
「―――――ッ!!!」

瞬間の踏み込みと同時の一撃。
愁厳は回避を選択。サクヤの右腕の直撃を受けた背後の木に、痛々しい穴が穿たれた。

「……!」
「おっと、逃がしはしないよ。あたしは鼻が利くんだ、アンタに染み込んだ血の匂いはどこまでも追跡できるよ」
「…………む」
「アンタを放っとくと、桂が危ないかも知れない。ここで叩き潰しておいてやるよッ!」

再びの疾走、繰り出された腕の一撃をかろうじて刃で受け止めた。
そうして、剣士と鬼の戦いが始まった。


     ◇     ◇     ◇     ◇



「はあっ……!」
「甘いね!」

一閃、確実に首を狙った一撃を受け止められる。
相手は無手、何も持っていない。だが、愁厳の放った正確な斬撃はサクヤの腕によっていなされ、避けられる。
人妖として、牛鬼としての膂力と同等な力。
愁厳の瞳に僅かながら焦りが芽生えた。目の前の女性は強敵だ。手にかけた少年よりも、胴衣の侍よりも。

「ふっ……はああああっ!!」
「ぐっ、この……」

剣閃、牛鬼の剛力を利用した一撃を放つ。
いかに相手が怪物クラスとはいえ、何度も刀を手で受け止めることなどできるはずがない。
だからこそ、次の一撃は相手の腕ごと身体を叩き斬るように。
両手で握って全力で、サクヤの防御ごと殺害するために振るわれる今虎徹――――命を奪うことを義務付けられた刀。

「ふふん、焦ったね」

刹那、愁厳の思考が停止した。
視界からサクヤの姿が消えた、と認識した。気づけば彼の右手はサクヤの腕によって掴まれている。
不覚、と理解するのは一瞬のこと。


ぶーーーんっ、どさり。


突如として感じ始めた浮遊感。
一乃谷愁厳はサクヤの膂力のまま、そのままドッジボールのように放り投げられた。

「がっ……!?」

背中から叩きつけられる。口から漏れた空気が苦痛の色に染まる。
だいぶ、遠くまで投げられたようだった。敵の腕力のレベルは自分のような者とは段違いだと知らしめる。
勝てない、とは言わないし思わない。
だがここで無理をして戦うのは良作ではない。よって、ここから取るべき行動は生死をかけた殺し合いにあらず。

(ラジコンカー、か)

愁厳の最後の支給品は、殺し合いにはなんの役にも立たない玩具だった。
だが、これを使えばそれなりの行動は取れるはずだ。
遠隔操作で使うリモコンを木の蔓で固定する。指示はただひとつ、彼がこの玩具に期待した役割はただひとつ。


――――前進せよ。


     ◇     ◇     ◇     ◇



(ふん……様子見ってところかい……?)

思いっきりぶん投げてやったが、これで終わりとは思えない。
黒須太一と名乗った男は大木の木陰から様子を見ているのだろう。きつい鉄の匂いはそこにある。
繁みに覆われた大木、身を隠しやすい一帯に彼は待機している。視界に頼っては不意を突かれかねない。

「っ……!」

サクヤの耳に届いたのはモーターの駆動音。
車、はありえない。ならば何か――――小さい音だ。決してこちらに害のあるものじゃない。
がさがさ、と茂みが揺れた。駆動音が遠ざかっていく。

(移動した……? いや、モーターの音? この大きさはせいぜい……ラジコンくらいかね)

がさがさがさ、大きく茂みは動く。
ラジコンの音、妙に大きく揺れる茂みがサクヤを混乱に導くためにざわめいた。

「……すんすん」

だが、相手が悪かった。
浅間サクヤが重視するのは視覚ではなく、嗅覚。
視界はいくら眩ませられても、自分の嗅覚を誤魔化されたことは一度としてないのだ。

(血の匂いは……消えてないねえ)

ぱきり、と腕を鳴らした。
腕力、脚力を最大限に生かすために腰を落とす。次の一撃、全力で敵の首を薙ぎ払う。
さながら山の狩人のように、血の匂いを道しるべとして獲物を仕留めよう。

(ラジコンカーは囮だね……? なら、これで終わりさ、黒須太一)

別れの言葉すら告げることなく。
遠ざかったモーター音になど意識を割かず、振るわれた豪腕は狙い通り、白い制服を完全に貫いた。


     ◇     ◇     ◇     ◇


「なに、やってるんだろ……」

どれほど走っただろうか、蒼井渚砂はとぼとぼと森の中を歩いていた。
何も変わっていなかった。謙吾と死に別れて、何をすべきかも定まらない。ただ理想だけが、現実の中で蠢いている。
誰かのためになりたい。謙吾のような生き様を他の人に見せてやりたかった。

「……なに、やってるのかな」

もう一度、呟いた。それが無常感を引き立たせる。
現実はこうもうまく行かない。いつまでも自分は守られるばかりで、誰かのために戦うことすらできない。
渚砂は腕の中に抱く尾花を抱きしめた。
少し苦しそうにしながらも暴れはしない。フカフカな白い毛が渚砂の頬を撫でた。

「…………あれ?」

ふと、こちらに向かって走ってくる足音に気づいた。
急いでいるようだった。誰かは分からない、渚砂は音のする方向へと視線を向けた。
深い繁み、森林の中を疾走する何者かは人とは思えない速度で向かってくる。

「サクヤさん、かな?」

無事だったんだ、と喜んだ。
良かった、もう置いていかれるのは嫌だったから。
喜色を含んだ表情でこちらに向かってくる人影を渚砂は迎え入れようとして、足を止める。

「あれ……?」

腕の中で大人しくしていた尾花が跳ねた。
地面に降り立った仔狐は足音の方向を見て威嚇している。眼光は鋭く、親の仇を見ているかのよう。
それでようやく渚砂は気づいた。ここに近づいてくる人影は決して―――――



「……俺は運がいいらしい」


自分の味方ではないのだ、と。
血だらけの白い制服を脱ぎ捨てた、一乃谷愁厳が相変わらずの仏頂面でそこにいた。


     ◇     ◇     ◇     ◇


「何だって……!?」

困惑、サクヤが貫いた血だらけの白い制服が彼女から平静さを失わせる。
残っていたのは血塗れの白い制服のみ。
そこに一乃谷愁厳の姿はなかった。影も形もなく、ただ囮とされた学生服が残されていただけ。

(あのラジコンは囮と見せかけた本命……囮は血の染み込んだ学生服……)

確かにラジコンカーにしては大きな物が動いているな、とは思ったのだ。
だが油断した。自身の五感に、いつもの癖に頼りすぎた。濃密な血の匂いに無意識に引き寄せられていた。
まだ太陽の昇ろうとするかしないかの時間帯。視界ではなく、匂いのみを頼ろうとしたサクヤの慢心をあの男は見逃さなかった。

相手は殺し合いに乗っていると見て間違いない。
それでも逃亡したのは不利と悟ったからか、それとも標的を変えたのか。
ならば自分の殺害を諦めたあの男が、次に狙うのは……狙うのは、間違いなく。

「渚砂ッ……!」

その可能性に思い至り、サクヤは地を蹴る。
いつでも間に合わなかった己の宿命が脳裏に過ぎる。
いつでも、知らないところで取り返しのつかないことになっていた。間に合わなかった宿業を呪いながら。


結論から云おう。
やはり、彼女は間に合わなかった。


     ◇     ◇     ◇     ◇


「はあ……っ……はあっ……!」

苦しい、怖い。そんな感覚で胸が痛くなる。
殺意を向けられたのはこれで二度目だ。蒼井渚砂はろくに抵抗もできずに追い詰められた。
背後には木、前方には鋭い殺気と刀。向けられたのは透明な感情、そして死を運ぶ死神の能面だ。

(また、だ……あのときと、同じだ……)

黒い侍に襲われたときと同じ。
また震えている。また死にそうになっている。謙吾に救ってもらったときと何も変わっていない。
一応、前面には尾花が威嚇しているが効果はない。
刀は真っ直ぐに渚砂の心臓を狙っている。愁厳は小さな障害に一瞥することなく、殺すべき相手を見定めた。

(どうすればいいんだろう……どうすれば)

ヒーローが助けに来るのを待つか?
そうそう助けなど来ない。それに繰り返しだ。助けに来た人が自分を守って死んでいったら、どう償えばいいのだろう。
託された重みが渚砂の大きくない肩に圧し掛かる。
謙吾は死んだ。彼は自分を守って死んだ。だったら死ねない……こんなところで、彼の命を無駄にすることなんて、できない。

なら、逃げるしかないのだろうか?
不可能だ。サクヤも目の前の男も異常の脚力だった。逃げられるはずがない。
動物と人が鬼ごっこをするようなものだ。否、狩りといって過言ないだろう。

ならばどうすればいい。
どうすればいいのか。
大好きな先輩、千華留の顔を思い浮かべながら考える。
命を捨てて護ってくれた謙吾の背中を思い浮かべて考えた。

(あっ……そうだ……)

怯えきった瞳が変化を迎えた。
震えていた足に力が入る。自分を抱きしめるだけだった腕が武器を構えていた。
謙吾が意地を通すために使った刀。
彼の生き様が、想いが、覚悟が詰まった刀を……愁厳に相対する、という意思表示とともに。


(そうだ。逃げるの、やめよう)


戦おう。
戦わなければ。
戦わないと彼の意志を受け継げない!

「はあっ……はっ、はっ……!」
「………………」

刀を握った。持ち方なんて分からないから、バットを持つみたいに。
かちかち、と震える手を強引に押さえつける。
勝てる、勝てないなんて問題じゃない。やらないと、戦わないと。ここで謙吾の死を無駄にはしない。したくないのだから。
足を踏み出せ、決意を固めろ。

「うっ……うぁぁぁぁあああああっ!!!!」

踏み込んだ。
刀を握って突進した。相手を――すために。――される前に――し返さなければ。
腕を振り上げた。型は滅茶苦茶だし、素人のような我武者羅さしか残っていない。
そんな愚かしい行動を、冷静に愁厳は見据えた。
ただ、その瞳が一瞬だけ憐憫にも似た感情を灯していた。愁厳はゆっくりと、確実に狙いを渚砂の首を狙った。

ヒュン―――

(あ……)

死んだ。
先手も後手もなく、ただ死んだ。
走馬灯にも近いものが渚砂の中に流れてくる。
時間がゆっくりと進む。愁厳が放った刀の軌道が彼女の瞳にも見えた。
その結果、渚砂は当たり前のように己の死を受け入れた。

(謙吾さん……千華留様……っ!)

悔しさに歯を噛み締めた、そのときだった。
飛翔する白い体、獣以上の俊敏さで愁厳へと向かってくる存在がいた。

「むっ―――――!?」

油断大敵。
所詮、仔狐と侮った驕りが確かに愁厳の中に存在した。
そんな愁厳の顔を歪ませるこの速度と威力。
尾花の体当たりは的確に愁厳の手首を強かに打ち、しっかり握っていたはずの今虎徹が弾き飛ばされる。

(しまったっ……まさか、妖の類か……!?)

焦燥は一度、しかしそれは絶好の機会であっただろう。
渚砂の振り上げた腕、握られているのは名刀、古青江。それは確実に相手を打ち倒す凶器だ。

「あっ……」

渚砂の口から呆然と声が漏れた。
後は振り下ろすだけ。それだけでこの男を――せるのだ。
それだけで、敵を『殺』せるのだ。

「あぁぁぁぁああああああああっ!!!」

出鱈目に振り下ろされた一刀。ケーキ入刀のような唐竹割り。
少女の全力を持って振り下ろされた一撃。
それは狙いを外すことなく、そして愁厳は尾花に対しての警戒に一秒を費やした。
結果、その一秒の間に愁厳は切り裂かれた。

「っ……」

愁厳の肩から鮮血が飛び散った。
くらり、と眩暈がした。渚砂の顔色が青色に染まる。
人を傷つけた、という事実が渚砂の心を逆に切り裂いていた。
こんな重い衝撃を謙吾は背負って、その上で渚砂を守って見せたのか―――それを今更ながらに突きつけられた。

「……あ……」

渚砂の間違いはふたつ。
ひとつは戦うということは、人を傷つけること。殺すことだということを内心で誤魔化してしまったこと。
もうひとつは、目の前の男の前で隙を見せてしまうことだった。

「よくやった。だが、これまでだ」

振り下ろした刀が相手の肩を両断することはなく、ほんの少し斬り付けた時点で止まっていた。
渚砂の迷いに加え、日本刀とは西洋剣のように叩きつけて斬る武器ではない。
斬ると同時に引く、という達人技を持って敵を討つ。よって、上から振り下ろした少女の全力では、肩の骨など砕けない。
愁厳は強引に渚砂の身体を素手で薙ぎ払った。
まるで虫でも払うかのように、右腕に宿った牛鬼の怪力で渚砂は吹っ飛ばされた。

「あうっ……ぐっ、げほっ……ごほっ……!」

大木に叩きつけられ、空気が肺から残らず吐き出される。
握っていた刀は離してしまった。今は愁厳の手の中にあり、そしてその凶器は苦しむ彼女に向けられている。
背中から叩き付けられた衝撃、腹部に受けた拳の激痛でもはや渚砂は立ち上がることすらできない。
渚砂を護ろうとした尾花は再び愁厳に飛び掛かり、そして渚砂と運命を共にした。
吹っ飛ばされる身体、邪魔だと無感情に言い放った男が恐ろしかった。

負ける。
やられる。
殺されてしまう。
そんなのは嫌だった。
でもどうすればいいのかも分からない。
救いを求めてる人を救うと誓ったのに自分の身も護れない。
こんなの悔しい。こんなの悲しい。何の意味もなく殺されるなんて嫌だ。

「さらばだ」

短い別離の一言。
何の感慨も沸かない死刑宣告。
負ける、負けてしまう。考えがぐるぐる、と回るだけで思考が何も意味を成さない。


「……ない」
「―――――?」
「負けないっ!」

だが、理屈ではなく感情だけが渚砂の中で爆発した。
ただ叫んだ、負け犬の遠吠えであろうとも。
もはや立ち上がることもできない渚砂が唯一自由になるのは心だけなのだから。

「負けない……負けてなんかやらない……!」

だから叫べ、叫び倒せと本能が吼える。
自分の中にこれほど暴力的な部分があったのか、と自身が驚いてしまうほど強い感情だった。
理不尽だ、あまりにも理不尽だ。
殺し合いを強制されることも、救おうとしてくれた英雄が死ぬことも、救われたはずの自分が殺されたことも。

「助けてもらったんだから……あなたみたいな人に、謙吾さんの命を無駄になんてさせないんだからっ!!」

誓ったのだから。
救われぬ者に救いの手を。
意地を示した宮沢謙吾という存在を肯定したのだから。
まだ願いを誰にも託してない。救いを求める人を救うことも、リトルバスターズに謙吾の伝言を伝えることすらも。

「だから……ッ!!」

だから死んではいけないのに。
振り下ろされる刃は止まらない。振るわれる凶器には一切のブレがない。
渚砂の言葉は届かなかった。一乃谷愁厳には届かなかった。

「……っ」

無念のまま、目を閉じた。
悔しさで瞳から涙が毀れるまま、熱い痛みに胸を震わせて。


――――――兄様?


兄には届かなかった言葉は、同居した妹の心に届いていた。



     ◇     ◇     ◇     ◇


――――――何をしているのですか、兄様ッ!?

一乃谷愁厳は舌打ちした。
気絶していたはずの妹、刀子が内で覚醒していた。
いや、目覚めたばかりなのだろう。まどろみの中で、見てはいけないものを見てしまった妹は凍りついている。
無力な少女を襲う兄の姿を呆然と眺めていた。

(まずい、か)

いずれ露見することは分かっていた。
だが、心の中で刀子と会話しながらではまずい。何しろ、先ほどの渚砂の叫びを聞きつけて近づいてくる影がある。
あの人妖、サクヤと戦いながら内では刀子の詰問ともなれば命の危険性すらある。
よろしい、ならば退却だ。無理をすることはない。救いたい妹は己の内にあるのだから。

己の血と、その他諸々で赤く染まった古青江。それに渚砂のデイパックを奪って逃亡を選択した。

数十分後。さて、どうしたものかと溜息をつく。
己の中で切り裂くような、悲痛な声で語りかける妹の声に顔をしかめる。

―――――――兄様! どういうことなのか、説明してくださいませ!

これから妹を説得しなければならない。
どの道、通らなければならないことだ。だから説明しなければならない。
刀子はきっと怒るだろう、泣くかも知れない。そんなことをしてほしくない、と逆に説得してくるかも知れない。
だが、もう戻れないところまで来ている。
そんなことは出来ない。一乃谷愁厳は心と体を鬼にして進み続けなくてはならない。

「刀子、少し待て。もうすぐ放送が始まる」

廃屋の壁に背を預けて悪魔の放送を待つ。
妹は釈然としない様子のまま、殺人鬼と化した実の兄を不信の篭もった瞳で見つめ続けている。
さて、どう説得したものか。
最悪、どんなに頑固に呼ばれようとも体も交代はしないようにしておかなければ。


それではほんの少しだけ。
朝を迎えられた喜びに浸るとしよう。



【E-5 廃屋の外/1日目 早朝(放送直前)】

【一乃谷愁厳@あやかしびと -幻妖異聞録-】
【装備:古青江@現実】
【所持品:木刀、支給品一式×2、ラジコンカー@リトルバスターズ!、ランダム不明支給品×1(渚砂)、ナイスブルマ@つよきす -Mighty Heart-】
【状態】:疲労(中)、右肩に裂傷、白い制服は捨てた状態
【思考・行動】
基本方針:刀子を神沢市の日常に帰す
0:放送を聴き、そして刀子を説得する
1:生き残りの座を賭けて他者とより積極的に争う
2:今後、誰かに名を尋ねられたら「黒須太一」を名乗る


【備考1】
【一乃谷刀子@あやかしびと -幻妖異聞録-】
【状態:精神体、健康】
【思考】
1:放送を待ち、その後で愁厳を問い詰める
2:何が起きているのか、知りたい


【備考2】
一乃谷刀子・一乃谷愁厳@あやかしびと -幻妖異聞録-は刀子ルート内からの参戦です。
※不明支給品(0~2)はラジコンカー@リトルバスターズ!のみでした。
※サクヤを人妖、尾花を妖と警戒しています。



     ◇     ◇     ◇     ◇


「渚砂……しっかりおしよ、渚砂……」
「あっ……サクヤ、さん……」

ゆっくりと瞳を開いたさきに、申し訳なさそうな表情で自分を見上げているサクヤの姿があった。
どうやら自分は倒れているらしい。思いっきり殴り飛ばされたおかげで、身体が燃えるように痛い。
渚砂を抱き起こしたサクヤは、意識を失いかけている渚砂へと呼びかける。
力なく、渚砂は周囲を見渡した。あの男はどこにもいない。自分を襲おうとした青年はもういない。

「あっ……」

生きてる、まだ生きてるのだ。
途端に、安全を確認した瞬間、身体ががくりと崩れ落ちた。
ああ、安心してしまうと脱力するというのも本当だったんだなぁ、と渚砂は今更ながらに笑った。
笑ったまま、口元を可憐に上げながら、サクヤへと語りかける。

「勝った……私、勝ちましたよ、サクヤさん……」
「渚砂……?」

そうだ、勝ったのだ。
もう自分を害する存在はいない。
まだ死ぬわけにはいかなかったから頑張って、そして自分は生を掴んだ。
胸が熱くなるほど、胸が痛くなるほどの生の実感。
内に秘めたたくさんの願いを叶えるために。託された想いを配るために。

「まだ、やりたいこと、ありますから……千華留様に逢いたいし、謙吾さんの伝言を伝えないといけないし」
「…………ああ」
「助けを求める人を、助けるんです。嬉しかったから……助けてくれる人がいる、ということが嬉しかったから……」

本当に素晴らしいことなんだ。
もうダメだ、と諦めたとき、助けてくれる存在がいることは本当に素晴らしいことなんだ。
だから自分も誰かを助けたい、と思った。

「……なあ、渚砂。謙吾って奴が伝えたかった伝言、あたしにも教えてくれないかい……?」
「『俺は、やっと掴むことができた』……そう、伝えてほしいそうです」
「そうかい。……そうだね、助けてくれる人がいるってのは、嬉しいことだね。分かるよ」

ふと、渚砂は気にかかったことがあった。
どうしてサクヤは申し訳なさそうなんだろうか? 何でそんな悲しそうな顔をしているのだろうか?
そこまで考えてようやく認識した。
どろり、と胸から生きるために必要なものが零れていることに。

「あ、れ……? なん、で……?」

疑問は一瞬、やがて氷解する。
刀子の覚醒は間に合わなかったのだ。振り下ろされた腕は止まることなく、正確に。
勝った、と思っていたのに。
この胸の熱さは、この胸の痛みは敗北を証として刻まれていたに過ぎなかった。
嫌だ、死にたくない、謙吾が救ってくれた命が、いのちが零れていく、やだ……絶望が渚砂の心を呑み込み始めて。


「渚砂、アンタは勝ったんだよ」


その言葉が、崩壊する心を押し留めた。
呆然と見上げる渚砂の頭を撫でて、力強くサクヤは語った。

「アンタが頑張ったから、まだ生きてる。謙吾って奴の伝言はあたしが引き継ぐ」
「で、も……」
「救いたいってのもあたしがやってやる。千華留と合流したら、アンタは立派だったと伝える。だから、アンタは―――」

――――決して、貫こうとした誇りを失うな。

「すまないね……」

救えるものなら救いたい彼女が出した答えがそれだった。
サクヤの血を飲ませれば、ひょっとしたら助かるかも知れない。
それは渚砂を鬼にすることだ。そうすれば命を救うことはできたかも知れない。
しかし彼女は知らないが、その行為自体にも制限がもちろん掛けられている。
どの道、もはや死の危機に瀕した彼女に鬼の血を飲ませようとも、蘇生させることは不可能だ。

もはや、渚砂を救う手立てはなかった。

「でも、悔しいよ……サクヤさん……」

一筋、流れた涙が頬を伝ってサクヤの手に落ちる。

「死にたくないよ……サクヤ、さん……」

無念のままに、何度も彼女は呟いた。
どうして、この世界はこんなにも厳しいのだろう。どうして、と悔しさのままに渚砂は語る。
尾花が涙を赤い舌で舐めとっていく。
そんな愛らしい仕草も何の意味もない。サクヤは考える、必死に考えて。渚砂がせめて悲しまないように、と。

「渚砂、アンタは……!」

言葉にしようと思った言葉が、喉で止まった。
何故なら、もう間に合わなかったから。
渚砂の愛らしい瞳は、絶望を灯したまま光を失い……そのまま、サクヤに全てを委ねていた。
もう、彼女に声は届かなかった。

「………………」

力なく、サクヤは項垂れる。
また間に合わなかった。また、救えなかった。
謙吾が大馬鹿者というのなら、自分は役立たずだ。何も出来なかった、何もしなかった。
尾花が何度も、何度も渚砂の頬を舐める。それでも、もう彼女は何の反応も返さなかった。


「あたしは……」


間もなく、死を告げる放送が始まるだろう。
たった今、別れを告げた少女の名前も呼ばれるはずだ。
せめて、大切な桂の名前が呼ばれませんように――――サクヤは、そんなことを神に祈るしかなかった。


【蒼井渚砂@Strawberry Panic! 死亡】


【F-4 森林(北東)/1日目 早朝(放送直前)】

【浅間サクヤ@アカイイト】
【装備:尾花@アカイイト】
【所持品:支給品一式。『全参加者情報』とかかれたディスク】
【状態:健康、悲しみ】
【思考・行動】
0:あたしは……
1:羽藤桂の発見(単独ならば保護)
2:島にいる参加者の情報収集。及び、お互いの認知
3:首輪を外せる人物の確保
4:脱出経路の確保
5:可能ならばユメイは助ける。葛と鳥月は放置
6:蒼井渚砂から受けた伝言をリトルバスターズに伝える
7:1が済み、3と4が成功したならば、禁止エリアに桂と退避する

※『参加者情報』と書かれたディスクの閲覧には、PCなど他の媒体が必要です。
神宮司奏大十字九郎源千華留蘭堂りの、蒼井渚砂と情報を交換しました。
※第二回放送の頃に、【F-7】の駅に戻ってくる予定。
※すぐ近くに今虎徹@CROSS†CHANNEL ~to all people~が放置されています。
※黒須太一(と名乗った一乃谷愁厳)を危険人物と判断。


【尾花@アカイイト】
【状態:健康、悲しみ】
【思考】
基本方針:葛と桂を捜すため、サクヤと同行する



067:ふたりはヤンデレ 投下順に読む 069:太一の大?考察
067:ふたりはヤンデレ 時系列順に読む 073:影、ミツメル、光
043:王達の記録 浅間サクヤ 079:この地獄に居る彼女のために
049:胸には強さを、気高き強さを、頬には涙を、一滴の涙を。 蒼井渚砂
037:吊り天秤は大きく傾く 一乃谷愁厳・一乃谷刀子 075:一乃谷


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