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無題(前編)

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無題(前編) ◆MY/vgjLh0A



放送、それは誰もが待ち望んでいたもの。
そして、同時に誰もが訪れてほしくないと願っていたもの。
放送を聞くことができたというのは、つまり自分が見事生き抜いた証拠。
六時間と言う短いようで長い時間を戦い、あるいは逃げ惑い、そうしてようやく得られた安息の時間。
平和な国、世界に生まれたものとしては、いかに自分が幸せであるかを実感できる。
安全とは、金を出してでも買うべきものなのだと、各々が頭の中に刻み込んだだろう。
そう、放送を聞ける者とは、このゲームにおける第一回目の戦いの勝者なのだ。

だが、放送を聞くというのは、ある意味では不幸なことでもある。
開始当初、誰もが「これは夢ではないか」と、一度や二度は思っただろう。
しかし、六時間経っても目が覚めない。 放送とは、ああ「やっぱり夢だったんだ」と、思いたくなる幻想を打ち壊す悪魔の鐘だった。
さらに、禁止エリアが発表されたことにより、徐々に逃げ場がなくなり、いやでも他人と会わざるを得ない。
会う人を選ぶ権利など、もちろん存在しない。 主催者への反抗を試みる正義感溢れる人間か、殺人鬼に出会うかは神の気まぐれ次第だ。
そして何より、自分が生き延びたということは、他の誰かが死んだことでもある。
全員が全員、殺し合いなんていけません、という性善説の持ち主ではないことは誰だって本能で知っている。
愛する人のため、自分が死にたくないから、単に殺しがしたいから、人を殺す理由はたくさんあるのだ。
人を殺すための武器だって、大量に支給されている。 そしてなにより肝心なことは、人は簡単に死ぬということだ。
ナイフで心臓を刺されれば死ぬ。 心臓でなくても、何箇所も深く刺されると出血多量で死ぬ。
銃で撃たれればもちろん死ぬ。 毒を飲んでも死ぬ。 棒切れでも何度も殴られれば死ぬ。 高いところから落ちても死ぬ。 
そうやって殺された人間が、今回発表された9人だ。
大切な友人が、命をかけて守ると誓った想い人が、知りたくも無いのに死んだと知らされる。
それが愛する人を殺され、復讐を誓う鬼の誕生に繋がるか、新たに主催者への反抗の意志を確認する行為に繋がるかは、また各人の自由だ。
放送とは聞きたくもあり、聞きたくもないものである。



◇◇◇



「チッ、相変わらず気にくわねぇ声だ」

放送を聞いた古河秋生は、不機嫌そうな顔を一層不機嫌に歪め呟いた。
優勝した際に与えられる『権利』など、秋生にはどうでもいい。
優勝するつもりなど毛頭無いし、その『権利』が秋生にとってプラスになることとは思いもしてない。
禁止エリアの話も、ここから秋生が行く方向には関係ない。
死者を生き返らせることができると言う言葉も、それがどうした、の一言で片付く。
主催者の息のかかった者が参加者の中に潜入しているなど、真面目に聞くのもバカらしい話だ。
そんな曖昧な情報に踊らされるなど、最も愚かしい行為だし、そもそも疑えと言うのなら、秋生は真っ先に主催者の言葉を疑う。

ただ一つ、秋生が気にしていたのは死者の情報だ。
それがなによりも重要な情報なのは、秋生だって他の参加者だって知っていること。
秋生の血を分けた実の娘や、その娘の友達も参加している。
そして、その中に愛すべき娘、古河渚の名前はなかったので一安心したところだ。
最悪の事態は免れたと知ると、緊張に固まった体が急速に弛緩していく。 よく考えると、放送を聞いている最中は周囲への警戒も怠っていた。
放送という、緊張が解ける瞬間を狙う暗殺者の存在は十分に考えられるので、秋生は自身の不注意を軽く恥じた。
渚は死んでないと確定した以上、秋生は父として、渚を一刻も早く見つけねばならない。
だが一つだけ、気になる死亡者の名前が秋生の頭の中に残っていた。
その名前は岡崎朋也――娘の友人とも言うべき存在。
秋生の娘の古河渚は病弱ゆえ、出席日数が足りなくなり、一年留年していた。
復学した頃には同級生も卒業していなくなり、軽い浦島太郎の気分を味わうことになっただろう。
渚はお世辞にも他人とのコミュニケーションが上手とはいえなく、新しいクラスにも中々慣れていない様子だった。

そんな渚の友達になってくれたのが岡崎朋也
岡崎朋也を世間一般の定義に当てはめると、学校には毎日寝坊して遅れ、勉強もせずダラダラと過ごすだけの不良、といったところか。
世間から見ればはみ出し者だ。 しかし、なかなかいい目をしていたし、なにより、渚の友達になってくれた。
少なくとも、秋生は朋也の不良という評判を額面どおりに受け取ることはしない。
家族の団欒の時間に、渚がよくその名を口にしていたときは嫉妬も覚えたが、それ以上に朋也という少年に感謝していたし、認めてもいた。
愛娘の彼氏には相応しいかと聞かれれば、軽い嫉妬込みプラス父親としての立場上、ノーだったが。
しかし、渚が朋也という存在に随分依存していたことを知っている身としては、あまり強く反対はできないだろう。
娘にどうしてもダメですかと聞かれ、難癖を付けながらも認めてやる姿が想像できた。
岡崎朋也という人物について纏めると、娘の数少ない友達であり、秋生自身も憎からず思っていた存在、と言える。
しかし、今回の放送で彼の名前が呼ばれてしまった。

「あの野郎……無茶したのかなんだか知らねぇが、渚を悲しませやがって……」

口元に手をやり、タバコをつかもうとしたが、そもそもタバコが没収されてタバコが手元にないことを思い出す。
行き場を失った手が、重力の法則に従ってダラリと下がる。
時刻は放送を過ぎて数分。 東の空が明けて、朝がやってくる。
朝露に濡れた葉っぱがきらりと光り、葉っぱから零れた一滴の雫が地面にポタリと落ちた。
地面に落ちた雫はジワリジワリと広がっていき、最後には土に吸収されていく。
一度落ちた雫が再び葉っぱに戻ることは無い。 同じ様に、失った命は二度と戻らないのだ。
だからこそ、人は今を一生懸命生き続ける。 
そして、言峰綺礼神崎黎人が参加者に強いているゲームは生ある者への最大級の侮辱なのだ。

「こうなったら、早いところ渚を探さねぇとな」

親しき知人が死んだことにより、今、渚は泣いているに違いない。
ひょっとしたら、岡崎朋也以外に呼ばれた死者のことも律儀に悲しんでいるかもしれない。
娘は、渚は、そういう人間だ。 お人よし過ぎて、自分には関係ないことでも簡単に感情移入して泣く。
その泣き声、あるいは叫び声が血に飢えた殺人鬼を呼び寄せる可能性もあるのだ。
古河秋生に立ち止まっている暇は無かった。 当初の予定通り、北に向かうことにする。
秋生は同行している鮫氷新一に声をかけ、一刻も早く移動しようとした。

「おい、フカヒレ、行くぞ」
「……ハ、ハハハ、ハハハハハ……ア、アイツ何言ってんだろ? レオが死ぬわけないじゃん。  
 アイツは基本的にお人よしだけど、やる時はやるし、喧嘩だってスバルほどじゃないけど強いんだぜ。 まぁ、俺ほどじゃないけどね。
 最近は乙女さんのシゴキも受けて、ますますパワーアップしてるんだぜ。 そのアイツが死ぬわけあるかっての。
 大体アイツはテンションが上がると、もうすごいんだぜ。 元気モリモリ!ってやつ」

レオが――親友が死んだ事を認めたくないフカヒレは壊れたおもちゃのように、レオの死をただひたすら否定していた。
必死にレオの強さ、土壇場での強さを口に出し、レオが死んでない根拠にしようとしている。
しかし、フカヒレも心の底でレオの死を認めていた。

何故なら、フカヒレはキャンプ場で間桐桜で死んだということを、鈴と千早から聞いて知っているからだ。
間桐桜の名前もしっかり放送で呼ばれている。 、これは放送に嘘偽りがないことを示す確かな証拠。
この殺し合いが遥か桃源郷の彼方にあるものではなく、自分のすぐそばで起こっている事をフカヒレは今まで心のどこかで否定していた。
そして、予想もしなかったレオの死で、フカヒレはこの殺し合いの恐ろしさをようやく実感したのだ。
もうあのときには戻れない。 フカヒレとレオとスバルと、ここにはいないが蟹沢きぬの四人で過ごした楽しい日は戻ってこないのだ。
ずっと昔から繋がっていた四人の輪、聖域。 四人で一つだった居心地のいい空間。
毎日楽しく過ごして、時にはバカなこともやって、笑いの耐えなかった日々。
戻れないどころか、今度はフカヒレが死ぬ番かもしれないのだ。
そう考えると、フカヒレはレオの死を否定することでしか、自分を保てなかった。
しかし、フカヒレの考えは現実逃避に等しい行為だ
そして、このままフカヒレの現実逃避を許す理由は秋生にはない。
対馬レオが必死に戦って死んだのか、それとも無様に死んだかは秋生には知る由もない。
だが、フカヒレのしている行為がレオの死を否定し、侮辱するものだということだけは分かる。
秋生はフカヒレの胸倉を掴んで強めの口調で諭した。

「おい、ざけんなフカヒレ。 テメェがやってるのはレオのことをバカにしているんだよ。
 お前の気持ちも分かるがな、お前のダチの死を否定するのはダチの死を侮辱することでもあるんだよ」
「ででででもおじ様、おじ様はレオの強さ知らないっしょ? あいつのこと知ったら放送なんて信じる気になりませんって」
「ああ!? いい加減に目を覚ませ! お前のダチは死んだ! これは事実だ! 
 これ以上放送が嘘だなんてふざけたこと言いやがったら、お前のダチの代わりに俺がお前を殴ってやる!」

最後には叫ぶほどの大きな声だった。
秋生が掴んでいたフカヒレの胸倉を離す。 フカヒレはそのまま後ろに二、三歩下がって尻餅をつく。
そのまましばらくフカヒレは上の空だった。 放心状態という言葉が一番分かりやすい説明だろうか。
しばし呆けていたフカヒレは徐々にレオの死を受け入れ始めたのか、顔を青ざめ、最後には今にも泣きそうな表情へと変わった。

「ど、どうしてレオは死んじゃったんだよ。 アイツはいいヤツだったんだよ。 な、なんでアイツが死なないといけないんだよ!
 なんで俺たちはこんなことさせられてるんだよ! ウッ……俺……俺……死にたくないよ」

最後は嗚咽をかみ締め、消えゆくようなほど小さい呟きだった。
今、ようやく現状を理解したフカヒレの思いは唯一つ、死にたくないという純粋な思いだけ。
今までこの島で、野球など平和なことしかやっていなかったフカヒレには、すぐに整理できないほどの思いが一気に胸の内から溢れ出ていた。

秋生も、意地悪でフカヒレに目を覚ませと言いたかった訳ではない。
このまま現実逃避を続けても、フカヒレには何一ついいことなど無い。
かといって、秋生にはフカヒレを元気付ける方法など思い浮かばない。
これは秋生なりの荒療治だった。
秋生にできるのは、フカヒレにこれは夢じゃなくて現実だと教えることだけ。
そこから先、フカヒレがどういう反応を見せるのかは完全に賭けだ。
現状を受け入れるならよし、もしも受け入れることができなくても、このまま現実逃避を続ければいつかは崩壊を起こす。 
だからこそ、ある種非情かつ強引とも言えるやり方で諭したのだ。
結果として、秋生の選んだ方法はそれなりの成果を挙げ、もう一人の人物の登場も引き寄せることになる。

「いいか、俺たちがやるべきなのは泣くことじゃねぇ。 あのふざけた野郎どもにぶっ飛ばすことだ」
「…………………」
「このまま塞ぎこんで死ぬなら簡単だ。 けど、俺たちがやることはそうじゃねぇ、だろ?」
「同感だ。 死ぬ前に聞いておきたいことがあるからな」
「「!?」」

突如現れた第三者の声。 秋生とフカヒレは声をした方を向く。 
そこにいたのは、くたびれたジャケットに身を包んだ男。 距離の程は30メートル程度。 
明かりが差し込み始めた朝の森の中にその男は立っている。
その手にはやや大きめのボウガンが握られ、秋生とフカヒレに照準が合わせられていた。
年齢は秋生の娘の渚や、フカヒレと同じ年頃かそれよりも少し上といったところか。
ただし、渚やフカヒレといった学生とは明らかに違うものがあった。
男の目は重く、暗く、冷たく、それでいて猛獣のような獰猛な目をしている。
到底、一介の学生ができるような目ではなかった。
そして、その陰鬱な目が、彼の外見から推測できる年齢を実年齢よりいくつか上にしていた。
秋生とフカヒレにボウガンを突きつけて声をかけた男こそ、全米の裏社会にその名を轟かせるファントムの称号を持つもの、ツヴァイこと吾妻玲二である。
森の中で身を潜め、さきほど戦闘した女から逃げるつもりだったが、新たな人物の出現にキャルのことを聞くべく姿を現したのだ。

「聞きたいことがある。 おっと、逃げないようにな。 的は二つもあるし、外さずに当てる自信もある」

秋生とフカヒレの動きを察知した玲二が警告する。
二人は、動きを止めて大人しく玲二の話を聞かざるを得なかった。
秋生は舌打ちして、フカヒレはヒィと情けない悲鳴を漏らして、それぞれ動くのをやめる。
玲二も秋生たちが素直に警告を聞き入れた事を確認して、質問を始めようとしたところで、秋生が先に声を発した。

「んな物騒なモン持って、聞きたいことがあるってのはないんじゃないのか。 少しは落ち着けよ?」
「アンタだって物騒な武器は持ってるだろ。 それに時間稼ぎに付き合う気はない。 
 俺の質問に素直に答えることができればめでたしめでたしで全部丸く終わるんだ。 これ以上ないくらい簡単なルールだろ?」
「ケッ、なんだ? 言ってみろ?」
「まず俺の名前は吾妻玲二。 ツヴァイでもいいがな。 キャル=ディヴェンスって女の子を知らないか? 名簿上ではドライって表記されている」
「悪いが知らないな。 おいフカヒレ、知ってるか?」
「お、俺も知りませんですよ、ハイ!」

秋生もフカヒレも知らないとの言葉を返す。
下手な嘘は逆効果だ。 詳細な容姿や性格を聞かれれば、二人には答えようもない。

二人の言葉を受けた玲二の目に落胆の色が浮かぶ。 これでまた振り出しに戻る。 
だが、出会った人間はこれでまだ数人だ。 数人に聞いてキャルの居場所が分かるという、都合のいい話は初めから期待してない。 
探し人を探すには、無駄骨を厭わない努力が必要だ。
知らないと言われたら、また新しく出会った人間にキャルのことを知らないか聞いて回るだけだ。
その前に、用済みとなった二人の人間の殺害を速やかに終える必要がある。
キャルのために今一度この手を汚す、そう決めた。
ならば、ファントムと呼ばれたこの実力をもう一度振るい、目の前の障害は全て排除せねばならない。
今更、人を殺すことに躊躇いの感情など無い。 そんな良心はとうの昔に捨てている。
さあ、今日も人を殺そう。 呼吸をするようにこのボウガンの引き金を引き、死体の山を築こう。
それが例え、誰かの大切な人だとしても。 大切な人がいるのは玲二も一緒なのだから。
玲二は押し込めていた殺意を開放して、秋生とフカヒレを殺すべく行動に出た。

「そうか、じゃあ死んでくれ」

その言葉と同時に玲二が引き金を引く。
玲二の撃った矢は秋生にもフカヒレにも当たらず、戦いの開始を告げる合図へと変わった。
夜が明けて、深い眠りから目覚めたばかりの森の中で、また一つの戦闘が始まる。

「フカヒレ、お前は下がってろ!」
「ラ、ラジャー!」
「俺はアイツを取り押さえてくだらねぇ殺しなんかやめさせてやる! そこで、見てろ!」
「は、ハイィィィィ!? 無理ですよ!? アイツ殺る気満々ですって!?」
「うっせぇ! やるったらやるんだよ! ……もしものことがあったら、渚を頼むぞ」

秋生がフカヒレに指示を出す。 突然与えられた指示に、フカヒレがガタガタ震えながら、銃弾から身を隠す場所を探し始めた。
秋生は泣き言なんか聞きたくないと言わんばかりにフカヒレの返事を無視して、コルトM16A2を持って玲二のもとへ地を蹴り突撃。
あくまで持っている銃は護身用のためだ。 威嚇で撃つことはあっても、決して当てたりはしない。
欲を言えば、フカヒレにも手伝って欲しいが、なにぶん命がかかった状況で、ボウガンという飛び道具を持った男の説得という無茶な指示を押し付ける気はない。
進んで殺しを働く男は取っちめる、そのつもりだったが、秋生は玲二を何とかして殺し合いをやめさせたいと考えていた。
だが、それはファントムと呼ばれ、恐れられた男に対しての戦い方としては愚かしいという他ない。
相手は全米のあるゆるマフィアに喧嘩を売る組織、インフェルノの誇るトップスナイパーである。
玲二は古今東西、あらゆる武器を使いこなし、その力で現代に生きる暗殺者として名を成した伝説の存在…………のはずだった。

「外したか……」

外すつもりはなかったし、二人に言った、当てる自信があるという玲二の言葉も本当のつもりだった。
しかし、放たれた矢は、秋生もフカヒレも捉えることなく外れた。
原因は玲二の右腕に刻まれた二つの怪我。 葛木宗一郎、藤乃静留との戦闘の際につけられたダメージによるもの。
特に、静留の操る不可思議な鞭は玲二の骨にヒビを入れ、銃とは違って反動のないボウガンを発射するのも困難になるほどである。
右手で構え、発射されたボウガン撃つ直前、突き刺すような痛みがダイレクトに玲二の骨と痛覚に伝わり、万全の射撃ができなかったのだ。
外れるならそれでいい、それならそれで、玲二にはまだ戦い方はいくつも残されている。
あらゆる状況に対処し、幾多の修羅場を潜り抜けることで、ファントムと呼ばれた玲二の冷静な思考と判断力は磨きぬかれていったのだ。
玲二はさらに合成弓とも言われるコンポジットボウのトリガーを引き、秋生へと襲い掛かる。
撃っては移動を繰り返し、決して秋生を近寄らせないようにするためだ。

「ぬうおおおおぉぉぉぉりゃあああぁぁぁぁぁ!!」

秋生は襲い掛かる矢を潜り抜けながら、自らを玲二と名乗った少年の下へ駆け寄ろうとする。
動かずに的になるつもりはない。 走って、木陰の間を縫うようにして、少しでもボウガンの脅威から身を隠す。
ついでに脇に抱えているコルトM16A2も一発上空に向けて撃った。
これがモデルガンなどではなく本物である事を示すためだ。
こうすれば、秋生自身に玲二を撃つつもりがなくても、玲二本人が勝手に秋生の武器を警戒してくれる。
走り回りながら、秋生は玲二への説得を試みる。
飛び道具を持った敵に対して向かっていくことが、どれほど勇気のいる行為なのか分かるだろうか。
今、秋生はいつ体に矢が刺さるかという恐怖と、死んでしまうことに対する恐れを必死に誤魔化しながら説得をしているのだ。

「おい、殺し合いなんざやめッ――!?」

玲二の矢が肩を掠め、肉を抉り取られた跡から血が漏れ出した。
少し遅れて、灼熱の痛みが秋生に襲い掛かる。
そしてさらに襲い掛かる死への恐怖。 心臓、肺、脳、どこでもいい。 
重要な器官を撃たれれば間違いなく重傷か、もしくは死ぬという事実が、秋生に重くのしかかる。
しかし、秋生はそれを飲み込む。 まだ掠っただけだ。 そんなことでいちいち怖がってたら、この先命がいくつあっても足りない。 
所詮それは弱い考えだ。 心の内からにじみ出た、唾棄すべき弱音だ。
秋生は生まれた恐怖を無理やり心の奥にしまいこんで、厳重に鍵を掛ける。

「おい、玲二! 殺し合いなんざやめろ! 落ち着いて話し合いでもしようじゃねぇか!」
「こういう話し合いは嫌いか?」

返ってきたのは承諾の返事ではなく、風を切り裂く高速の矢だった。 最小限の言葉で拒絶の意志を表示する。 
饒舌な人間は殺し合いに向かない。 馴れ馴れしく名前を呼ばれたことについてはどうでもいい。
秋生に玲二を殺す気がないことも、一瞬で見抜いていた。
常に人を殺し、殺される戦場で戦ってきた玲二に、ハリボテで作られた戦意などは意味がなった。
秋生が放った弾丸など、威嚇の意味でしかない伊達であることも玲二の予想済みだ。
説得に耳を貸すつもりなど断固としてない。
再び始まる、玲二の射撃と秋生の説得。 平行線のように二人の主張は決して絡み合うことはない。

「ああ、嫌いだな! くだらねぇこと考えてないで、キャルとかいうやつとお前と俺とみんなで協力すればいいじゃねぇか!」
「くだらなくなんか、ない!」

冷徹な意志で玲二は何度も秋生の説得を突っぱねる。
見知らぬ人間の説得など、玲二には雑音程度の意味しか持たない。
失いたくないと思っていた人間がこの悪意に満ちた島いる。
それだけで、もう玲二には手段も外聞も選んでいる暇などないのだ。
守らねば、今度こそ守らねば。 そして、見つければ二度と手を離したりしない。
殺人マシーンのツヴァイがようやく手に入れた、吾妻玲二としての人並みの暖かさと温もりを、二度と離さないと誓ったのだ。
二人のワルツは終わることなく続く。



◇◇◇



「オイオイオイ、何やってんだよオッサン。 早くやっつけろよ」

秋生と玲二の戦いを傍観しているだけのフカヒレが、秋生に聞こえないように口を動かす。
対話など、無理な話だ。 ここがそんな優しさと温もりに満ちた場所なら、放送で呼ばれた人間も死なずにすんだはずだ。
武器を持って襲ってくる敵を説得するなど、自殺行為以外の何者でもない。
武装面で言うなら、玲二より秋生の方が勝っているのだ。
ボウガンとライフルではどちらが武器として優秀かは明白だ。 秋生はそのアドバンテージを生かすこともせずに、玲二に声を掛け続ける。
今はまだ無事なだけで、次の瞬間には秋生の心臓や脳みそに穴が開いていてもおかしくはないのだ。
フカヒレにとってみれば、秋生の行動原理はまったくの意味不明だった。
そもそも説得が通用するような相手なら、最初から人殺しを容認するような人間のはずがないからだ。
殺人を肯定するつもりはないが、玲二のやっていることの方がフカヒレにはまだ納得できる。
誰だって死にたくはないし、誰かを守りたいという気持ちも理解できる。

いや、そんな考えよりも、今のフカヒレは秋生に見切りをつけ始めていた。
秋生に玲二を殺すつもりがないのはフカヒレにも見て分かる。
しかし、玲二は秋生はおろか、フカヒレをも殺す気だろう。
玲二が秋生を殺した後、フカヒレにも狙いをつけるのは想像に難くない。
そのことを考えただけで身が竦み、汗が止まらない。 心臓が早鐘を打ち、フカヒレの心を圧迫する。
恐怖がジワジワとフカヒレの心の中に拡散していく。 「死」という単語がフカヒレの体に蛇のように絡み付いてくる。
自分も殺されるのだろうか? レオもああいう人間に殺されたのだろうか?
よしんば秋生が玲二を説得できたとしても、これから先、何度もこんな冷や汗のする展開を見なければならないのだろうか?
そんなことに、フカヒレの精神は耐えられない。 

自身で生き抜く術がないと自覚しているからこそ、フカヒレは秋生を利用するだけだと心の中に言い訳をして、庇護を受けているのだ。
けれど、秋生はフカヒレの要求を満たすような人間ではなかった。
フカヒレの望んでいた保護者とは、無償で自分を守ってくれて、襲ってくる敵には恐れず身を挺して立ち向かい、しかも易々と勝利してくれるようなスーパーマンだ。
厚顔無恥にも程がある、厚かましい要求なのは分かっているが、一人の無力な高校生がこの状況でそんな存在を欲しても、誰が責めることはできるだろうか。

「レオ……俺、死にたくないよ」

放送で薄々と感じていた死の予感。
それが今、吾妻玲二という死神の形で具現化して襲い掛かっている。
この殺し合いは決して性質の悪いドッキリ番組ではなく、本物の命のやりとりをする催し物だと囁きながら。
さっきまで鈴や千早たちとのお馬鹿なひと時は、きっと白昼夢から切り取った幻に過ぎなかったのだ。
あれは幻想で、これこそが真実であり事実。  次に死ぬのは自分かもしれない。 
そう考えただけで、フカヒレは秋生と玲二のやり取りに背を向けて走り出すことしかできなかった。
秋生を見捨てる形になったことに対する良心の呵責など、今のフカヒレには考えている余裕はなかった。



◇◇◇



「だからいい加減に俺の話を聞け!」
「それよりも武器を捨てたらどうだ? 武器を掲げながら対話をしようなんて、随分ムシのいい話だとは思わないのか?」

秋生と玲二の言葉とボウガンの応酬は続いていた。
フカヒレの逃亡に秋生は気づいていない。
玲二はあえて見逃していた。 捨て置いても問題ないと判断したからだ。

「これは念のために持ってるだけだ。 お前には一発も撃ってないだろうが!」
「アンタに殺意があるかどうかは関係ない。 ただ、話をしたいのなら、武器よりも白旗の方が振ればいいんじゃないかと言っているだけさ」
「……チッ、分かったよ。 ほら、これでいいんだろ?」
「デイパックにも何か入っている可能性もあるから捨ててくれ」

秋生は観念したように虎の子の武器のコルトM16A2とデイパックを手放した。
今の秋生は完全に丸腰だ。 玲二がすぐそばに捨てるだけではダメだ、もっと遠くかこちらに武器を渡せと言うが、秋生はそこまで平和ボケしてはない。
要求は却下した。 その代わり両手を後頭部に回して、抵抗の意志が完全にない事をアピールする。
玲二は武器を捨てろとは言ったが、そこまでは要求してない。 これはあくまで武器を捨てる以外にも、秋生なりの攻撃するつもりはないという意志表示だった。
さらに、身を隠していた木からその身をさらけ出し、玲二の視線を全身に受ける。
秋生はまた視線で玲二に対して何かを語りかけていた。 翻訳すれば、これでどうだ?お前の言う事を聞いてやったぞ、というところだろうか。
玲二もここまで秋生がやるとは意外だった。 説得というのは逃げるか騙すための方便だと思っていたが、どうやら本当のようだ。
丸腰でボウガンの前に身を晒すことがどれだけ危険な行為か、玲二は知っている。
動かない的なら玲二はいつでも当てることができる。 が、今すぐそれをしないのは、秋生の勇気に対する玲二なりの敬意だ。
一歩一歩、玲二は銃ボウガンを構えたまま、腰を落として射撃体勢を維持したまま、秋生に近づいて声をかけた。

「アンタの名前はまだ聞いてなかったな?」
「秋生、古河秋生だ。 あまりのカッコよさに惚れるなよ?」
「無駄口はいい」

両者の間を阻むものは空気しか存在しない。 木や草などの障害物は二人の間にはない。
玲二がボウガンの照準をユラユラと揺らす。 喉に、眉間に、動脈に、臓器に……人体の急所を隈なくポイントしては外していく。
つまり玲二がこのままトリガーを引けば、秋生の胸か頭か腹か、どこかしらにほぼ間違いなく矢が刺さるだろうということだ。
この状態は決して秋生にも気分がいいものではない。 全身の震えを歯を食いしばることで押さえつけている。
今の秋生の精神状態を語るなら、喉元に死神の鎌が突きつけられた状態、これで片がつくだろう。
秋生も死ぬのが怖い一人の人間だ。 ましてや、娘の渚や妻の早苗がまだいるのに置いて逝くことなど、絶対にしたくはない。
渚や早苗のことを思うのなら、ここで玲二を殺すなり、玲二から逃げ出すなりすればいいかもしれない。
しかし、だからといって、目の前にいる玲二を放っておくという選択肢を選ぶ気にもなれない、古河秋生はそんな人間だった。

「……信じていいのか?」
「おう、信じろ。 損はさせねぇ。 俺は、お前の味方だ」

すでに相対距離は10メートルを切った。 秋生の真っ直ぐな瞳と、玲二の冷たい瞳が交差する。
今、二人は対等の立場に立った。 古河家の大黒柱、古河秋生の意地と、インフェルノの誇るファントムの殺意が両天秤にかけられ、釣りあったのだ。
玲二は秋生の瞳を覗き込んだ。 目は口ほどにものを言う。 秋生の瞳は俺を信じろと何よりも雄弁に語っていた。
いい目だった。 真っ直ぐ、力強く、輝かしい希望に満ち溢れた瞳。 光の道を歩いてきた者だけができる目だ。 日本人らしい瞳とも言える。
アメリカに住む人たちは、時折、日本人は平和ボケしていると揶揄するが、そんな気は玲二にはない。 平和だということはなによりも幸せなことだ。 
金を払ってでも手に入れる価値がある。 闇の道を歩いて生きた自分にはそんな目はできないと、玲二は思った。 
無条件に人を信じることがどれだけ命取りなのか、玲二は知っている。
だからかもしれない、信じてもいいのかという言葉が出たのは。
人を殺さずに、インフェルノからも追っ手がかかることなく、平和にキャルと一緒に暮らしていける世界。
そんな世界を秋生の瞳の向こうに見た。 根拠はないが、秋生の言葉には不思議と惹かれていた。
だが――。

「そうか……」

ヒュッ!

軽い風切り音が一瞬だけ響く。
吾妻玲二は古河秋生の言葉を拒絶した。
そう、例え信じてもいいのかという言葉を口に出してしまっても、それは一時の迷いに過ぎない。
暗闇の中にいた人間が、いきなり太陽のような眩しさを放つ光の前に立たされ、一瞬目を閉じたのと同じことだ。
闇夜に生きる吾妻玲二の心に、古河秋生の声はどうやっても届かない。




084:救いの言ノ葉 投下順 085:無題(後編)
084:救いの言ノ葉 時系列順
071:暗殺者と蛇のダンス 吾妻玲二(ツヴァイ)
056:おおきく振りかぶって(後編) 古河秋生
056:おおきく振りかぶって(後編) 鮫氷新一

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