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おおきく振りかぶって(後編)

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おおきく振りかぶって(後編) ◆LxH6hCs9JU



 フカヒレ――鮫氷新一に与えられた支給物資の一つに、野球道具一式というものがある。
 木製バット、グラブが十八人分と、軟式球が数点。九人二組集めれば、今すぐにでも試合ができるお得なセットだ。
 自営業でパン屋を営んでいると同時に、暇を見つけてはサボって近所の子供と公園で野球をする……
 そんな無類の野球好きである古河秋生は、この野球道具一式の存在を見逃さなかった。

ルールは単純一打席勝負。俺がキャッチャーでちひゃーが球拾い。鈴ちゃんがピッチャーでお父さんが……」
「おいフカヒレ……てめぇ、どの口が俺をお父さんなんて親しみのある敬称で呼ぶんだ? ああ?」
「……お、おじ様がバッターで。鈴ちゃんはおじ様を三振に打ち取れば勝ち。おじ様はヒットを打てば勝ち。
 で、負けたほうが勝ったほうの言うことを聞く。どっちに転んでも恨みっこなしだぜ?
 理解オーケイ? ならマウンドについてくれ~、このシャークこと鮫氷新一が鈴ちゃんの球を的確に捕球してあげるからね~」

 意気揚々とバットを構える秋生と、その側でキャッチャーミットを嵌めながらしゃがみ込むフカヒレ。
 本気だ。本気で野球をするつもりだこの二人。千早がピッチャーマウンドの横で冷たい視線を送っていると、

「なぁちはや、あのひょろ眼鏡はフカヒレなのか? それともシャークなのか? っていうかなんでさめなんだ?」
「……私にはわかりません。けど……たぶん、フカヒレが正解だと思います」
「そうか。なんていうか、馴れ馴れしい馬鹿だな」
「いえ、馬鹿ではなく変態だと思います」
「んな? フカヒレは変態なのか?」
「変態です」
「そうか……じゃあ気をつけないとな」

 先ほどの痴漢行為を笑って水に流そうとか言い出し、今は笑顔で野球に興じているフカヒレは、秋生の小間使いみたいな存在らしい。
 なにか弱みでも握られているのか、それとも別の思惑があるのか、二人の関係については窺い知れなかった。
 とりあえず、このいつ誰が襲ってくるとも限らない広場で野球をしようなど、正気の沙汰とは思えない。
 狂人……ではない。単純に馬鹿なのだろう、と千早は心中で酷評を飛ばす。
 そして、仮初の拠り所である鈴には一応の忠言を。

「本当に勝負するつもりですか? こんなところで時間を取られているわけにはいかないんじゃ」
「せつなを探す足は多いほうがいい。それに、野球勝負なら絶対に負けない。あたしはピッチャーだからな」

 自信満々に胸を張る鈴。
 ソフトボール部にでも所属していたのだろうか、と千早は考えるが、そもそも問題は勝率云々の話ではない。
 ここは屋外のキャンプ場だ。野球をするには十分なスペースが備わっているが、それだけ開けているという意味でもある。
 朝陽が昇り始めたこの時刻、ゲームに乗った参加者に発見されでもしたら、即的にされるだろう。

「安心しろちはや。あたしは絶対に負けない」
「まぁ、一打席勝負ならそれほど時間もかからないでしょうし……その、頑張ってください」

 千早は強引に自分を納得させ、適当な守備位置につく。
 闘志漲る鈴。泰然とバッターボックスに構える秋生。変態。
 全員の準備が整った。

「ようし! んじゃ……プレイボールだ!」

 秋生の宣言を合図とし、鈴が第一球を放るべく振りかぶる。
 なかなか堂に入ったフォームだ、と後ろから眺める千早は感嘆する。
 鈴の運動神経とコントロールは、先のジャガイモをぶつけられた一件で保障されている。
 それがピッチングの腕前に通じるかどうかはわからないが――

「ごばぁっ!?」
(――え?)

 風を切る轟音が鳴ったかと思ったら、捕手を務めていたフカヒレが唐突に嗚咽を漏らした。
 そのまま後方に仰け反り、倒れ込む。ノックアウトされたボクサーのように、しばし沈黙。
 五秒、十秒待っても、再起しない。本当にKOされていた。

「……にゃろう。ちびっ子だと思って油断してたが、なかなかいい球放るじゃねぇか」
「あたしはチームのピッチャーをやってるからな。簡単に打てると思うな」
「ヒュー、言うねぇ。そんじゃま、俺もちょっと本気出すかね」

 鈴と秋生の会話で、千早はようやくなにが起こったのかを理解した。
 キャッチャーフカヒレを悶絶に至らせたのは、鈴の投げた白球だ。
 それがマスクを被っていないフカヒレの顎にクリーンヒットし、こうなった。
 証拠として、フカヒレの側にはボールが転がっている。

(すごい……鈴さん、あんな速い球を投げるなんて)

 フカヒレも、鈴の外見に油断したのだろう。あんな小柄な体から、あれほどの豪速球が飛び出すとは露とも思わず。
 女子ならではのソフトボールではない。男子にも通じる立派な野球の技術を、鈴は体得していた。

「しゃあ! 二球目こいやぁ!」

 威嚇するような大声で、鈴の次なる球を要求する秋生。部外者を招く可能性など完全に思慮外のようだ。
 しかし、千早も焦燥を募らせたりはしない。鈴の投球フォームに見惚れ、第二球に期待する。
 躍動感溢れるオーバースローから、再び白球が放られた。

「うおおおおおおおおおお!」

 咆哮と共に、秋生がバットを振る。
 一球目より遅めに感じられる球は、ゆったりとした軌跡を描き、秋生のバットに触れる――直前で、曲がった。

「ぬ、ぬわぁにぃぃ!? 今のはシンカーじゃねぇかあああああ!?」

 野球の知識に乏しい千早でも、鈴がなにをやったのかは理解できる。
 鈴は変化球――打者の手前で落ちたり曲がったりする、特殊な球を投げたのだ。
 素人が簡単に投げられるものではない変化球を、鈴が投げるとは思ってもいなかったのだろう。
 秋生はバットを地面に打ちつけ、悔しそうに吼える。

「カウント、ツーストライクだ。あと一球で決まるな」
「ちぃ……いい気になるなよちびっ子。おとなげないと言われようがなんだろうが、構わねぇ。次こそ本気だぁ!」
「さっきも本気って言ってたぞ」
「うるせぇ! 次は本気の本気だぁ!」

 ちなみに……鈴の投げたシンカーは、倒れたままのフカヒレの上にバウンドしていったのだが、二人とも意に関さない。
 使い物にならなくなったキャッチャーを捨て置いたまま、三回目の勝負が始まる。

「これで終わりだ……死ね!」
「うおおおお! 渚ぁ! 早苗ぇ! 俺に力を貸してくれぇぇぇ!」

 鈴が第三球を投げる。秋生が待ち構える。
 放られた球は……一球目や二球目とは、比較にならないほど遅い。

「ぬ!? こ、ら、え、ろ、お、れぇぇぇぇぇ」

 相手に速い球を覚えさせたところにとびきり遅い球。緩急をつけた攻勢。
 勢い余った秋生はボールが届く前にバットを振ってしまいそうになるが、歯を噛み締めてそれを堪える。
 バットはまだ振り切られていない。ボールが到達する。バッティングフォームが崩れた。
 しかし、秋生は意地でも喰らいつく――!

「でりゃあああああ!」

 堪えに堪えたスイングは、鈴のチェンジアップに惑わされることなく。
 加速度の低い白球を、強引に叩き伏せた。

「んな!?」

 白球が飛んでいく。天高々と、ぼぅっと白く光る朝陽に溶け、消えていく。
 追いかける気力すら湧かぬ飛距離に、千早は一瞬、絶望感を覚えた。
 が、

「……ちっ、ファールか。絶好球だったんだがなぁ。しゃーねぇ、もう一球だ」

 秋生は消えていった白球の軌跡を苦々しく眺め、愚痴るように仕切りなおしを宣言した。
 どうやら今のは有効打にはならなかったらしい。首の皮一枚繋がったというところか。
 安堵の息を漏らす千早。ふと、鈴のほうに視線を促す。

「……? 鈴さん?」

 ピッチャーマウンドで、鈴が立ち尽くしていた。
 投球体勢に入ろうともせず、新たな球を握ろうともせず、呆然とした様子で顔を俯かせている。
 秋生が四球目を急かすが、反応はない。心配になった千早、鈴の下へと駆け寄る。

「鈴さん、どうしたんですか? まだ勝負はついてませんよ?」
「……すっぽ抜けた」
「え?」

 駆け寄ってきた千早に、鈴は小声でそう呟いた。

「あんな遅い球、投げるつもりじゃなかった。せつなのことを考えながら投げたら、手が滑った」
「失投だった……ということですか? けど、結果的にはファールだったんですから……」
「……雑念だ。集中しなくちゃいけない。こうなったら、アレを使おう」

 新たなボールを握り、鈴が顔を上げる。

「ライジングニャットボール……あたしの必殺技で、あのおっさんをしとめる」
「ライジング、ニャットボール……」

 なんだかすごそうな響きに、千早はそれ以上なにも言えなかった。
 鈴の纏う空気が、先ほどに比べどこか陰鬱としている事実に気づきながらも。

「あたしはせつなを殺さなきゃいけない。こんなところで邪魔されるわけにはいかない」

 鈴のひたむきな復讐心が、破滅の臭いを漂わせていたとしても――千早には、見守ることしかできない。

「おいちびっ子! いつまで待たせるつもりだ!」
「うっさい、いま投げるわぼけ!」

 再び守備位置につく千早。鈴も投球の体勢に入り、秋生もフォームを整える。フカヒレは沈黙したまま。
 腕を大きく掲げ、足を浮かす。おおきく振りかぶって、グラブに収めたボールを、解き放つ。
 流麗な動作は以前と変わらず、真剣な表情で投じる鈴の第四球は――

「――っ!?」

 それは、誰の驚愕だったろうか。
 ライジングニャットボールなる大層な名前の魔球。
 しかし鈴の手から放たれたのは、なんてことはない、普通のスローボールだった。
 あれがなにかすごい変化をしたりするのだろうか、と千早は淡い期待を抱くが、

「お、ま、え、に……レインボオオォォォォ!!」

 カキーン、という軽快な打撃音が、千早の期待を打ち砕く。
 今度はファールではない。高々と打ち上げられた白球が、鈴の頭上を越えていく。
 ――勝敗は、決した。

「うっしゃあっ! 文句なしの場外ホームランだ! 見たかちびっ子、俺の勝ちだぜコンチキショー!」

 感極まりながらガッツポーズを取る秋生。
 必殺の球をその自信ごと打ち砕かれた鈴は、愕然とした様子でマウンドに膝を着く。
 信じられないといった表情で、ボールを投げた手をにぎにぎしている。
 見ていられなくなった千早は、グラブを投げ捨てて鈴の側に駆け寄った。

「鈴さん……」
「……また、すっぽ抜けた。ライジングニャットボール……投げなれなかった」

 か細く、呪文を唱えるように口を開け閉めする鈴。その視線は定まっていない。

「負けちゃったら……なぎさを探さなきゃいけない。せつなが、探せない……。さくらの、仇なのに」
「り、鈴さん……?」

 鈴は嗚咽に近い声を漏らし、小刻みに震える。そのたびに、リボンの鈴がちりんと鳴った。
 今にも泣きそうな、切羽詰った状態に思える。こんなときどうするべきか、千早は戸惑いながら考えた。

「ふふぅん。ガックリきてるみてぇだな。ま、この俺に喧嘩売ったことを後悔しておきな。
 んじゃ、約束どおり一緒に渚を捜してもらうぜ。刹那って奴を探すのは諦めるんだ」
「……い、嫌だ!」

 嬉々とした表情で歩み寄る秋生。鈴は、ビクッ、と体を震わせると、秋生に対して拒絶反応を示した。

「ああん? なんだそりゃ。今さら約束破るつもりかぁ? あのなぁ……ガキじゃねぇんだからよぉ」
「あ、あたしはまだ子供だ! けど……けど! なぎさを捜してたら、あたしはせつなが……」
「だーから、復讐なんてやめちまえっつーの。そりゃ、刹那って奴はひでぇ奴だとは思うが」
「ちがう! せつなはひどいだけじゃないんだ……殺さなきゃ、殺さなくちゃいけないんだ!
 あほなことだとは思う。けど、けど……せつなは殺さなくちゃいけない! 安心できない!」

 喉を震わせながら、鈴は声を張り上げる。
 刹那を殺す。ただその一点だけを重く捉え、それ以外を蔑ろにして、感情の赴くままに動く。
 今の鈴は、まるで壊れた電池を入れられたおもちゃのようだった。

「……もう一度言うぞ。復讐なんてやめちまえ。そんでもって渚を捜せ」
「いやだ……嫌だ嫌だ嫌じゃ! あたしは……っ、あたしはっ!」

 双眸から雫が零れ落ち、鈴の顔が真っ赤に染まる。
 それでも、秋生は毅然とした大人の態度を取ったままだった。
 そして、この場で最も幼かった千早は、思う。

(……ああ、そっか)

 思考を重ねる内に、ある結論に、辿り着く。
 辿り着いたら、決断は早かった。
 千早のアイドルとしての行動力が、
 天海春香のパートナーとしての行動力が、
 如月千早に、決行を促す。

「あたしは駄目なんだ……せつなを殺さないと、じゃないと……」
「だあ~、何度も何度も殺すだの殺さないだの……いいか、もう一度言うぞ――」

 気づけば、デイパックに手をかけていた。
 グラブを嵌めるために収納しておいたそれを取り出し、即座に構える。
 千早がこの地で初めて手に入れた拠り所――89式小銃、その銃口を、秋生に定めて。

「……それ以上、近づかないでください」

 そんな言葉が飛び出したのも、自然だった。
 無意識の内に働いた母性が、泣きじゃくる鈴を守るように、涙の元凶を狙い撃つ。

「……なんのつもりだ」

 秋生の当然の問いかけにも、千早は自己を崩さない。

「ごめんなさい。けど、私と鈴さんは渚さんを捜すわけにはいかないんです」
「おまえもそのちびっ子が言うように、清浦刹那に復讐するってのか」
「……私は、刹那という人を知らない。けれど……鈴さんは、ここで復讐をやめるべきじゃないと思うんです」

 引き金にはまだ痛みの残る指を、空いた手では銃身を支え、警告を放つ。
 銃を向けられても、秋生は退かない。大人としての意地か、娘に対する愛情か、彼を突き動かす感情の種類はわからない。
 ただ、千早の脅迫には屈さず、あくまでも約束にこだわり、一歩踏み出す。

「復讐なんてやめて、一緒に渚を捜せ」
「お断りします」

 鈴はいまだに震えたまま、千早の後ろで事の成り行きを傍観している。フカヒレはまだ起き上がらない。
 秋生の命に手をかける千早と、千早に命を握られた状態の秋生、二者のみが空間を支配する。

「約束なんざクソくらえ、渚も捜さなきゃ復讐もやめねぇってわけか」
「はい」

 意固地になる千早を、秋生は呆れた表情で眺めていた。頭をぼりぼりと掻きながら、舌打ちをする。

「あー……わかったわかった。そこまで言うんなら仕方がねぇ。俺も大人だ。妥協案を提示しようじゃねぇか」

 観念したように言葉を吐き捨て、また一歩踏み出す。
 一歩、二歩、歩幅は長く、歩調は速い。
 スピードは徐々に上がっていく。
 いつの間にか、走り出す。

「――!?」

 言葉とは裏腹に、秋生は千早に向かって突進し始めた。
 童心皆無の真剣な形相が、彼の目論見を物語る。

(力ずくで、銃を奪い取る気――!?)

 気づいて、後はほんの少し。
 指に力を込めるだけだった。
 小動物が、襲いかかって来る獣に抱くそれと同じ。
 恐怖心から来る反射が、千早に引き金を絞らせた。


 ◇ ◇ ◇


 気づいた頃には、鈴の手を引き逃げ出していた。
 右手にはライフルを抱え、左手には鈴の震えた手。
 どうしてこんなことになってしまったのか、千早は自問する。

(わたし、は)

 千早は求めた。夢を目指したあのステージ――日常への帰還、そして春香との再会を。
 しかしその夢は、鈴との出会いで容易く崩壊してしまった。殺し合うという行為の恐ろしさを、痛感してしまったから。

(わたし、は――)

 殺す覚悟ならある。しかし、殺される覚悟がない。だから、殺し合いに没頭できない。
 人間としての当たり前の弱さを自覚して、千早が縋ったの拠り所、鈴だった。

「……くっ」

 鈴は言った。清浦刹那を殺してほしい、復讐を継いでほしい、それまでは千早を守る、と。
 千早個人に、刹那に対する恨みはない、どころか顔も知らない。だから、利用してやろうと思った。

「ちはや……あたしは、あたしはどうすればいい?」

 鈴の復讐心を、復讐心の傍らで蹲る良心につけ込もうとした。浅ましい人間だと、自嘲したくなる。
 けれど違った。鈴だって変わらない。千早とはなにも。人間としての本質などなに一つ変わりはしない。

「答えてくれちはや……あたしは、やっぱりあほなのか?」

 復讐の愚かしさを知りながら、それに縋ることしか出来ない。怒りという感情を持った、正常な人間だからこそ。
 復習という選択は、鈴にとっての逃避先。悲しみや憎しみを捻じ伏せ、自己を保つための防壁にすぎない。

「……鈴さんは、間違っているかもしれない。けど……!」

 それが崩されてしまったら、きっと鈴は破滅してしまう。自分で自分を保てなくなる。
 負の感情に精神を侵され、人間として機能しなくなってしまう。そんな漠然とした不安。

「あなたは、ここで立ち止まっちゃいけない……! そう、思うから!」

 所詮は他人事――と無視できないのは、なぜか。答えは、既に出ている。
 千早は重ねてしまっているのだ。芯が強いはずなのに、今は酷く脆い、棗鈴を――天海春香に。

(教えてくださいプロデューサー。私は、間違っているのでしょうか――?)

 天海春香――千早と共にユニットを組む、765プロの現役アイドル。
 女性としての魅力も、ダンスのセンスも、歌唱の能力も、全てにおいて凡才の域を出なかった春香。
 千早のパートナーとしては釣り合わない少女、そのかつての姿が、今の鈴と重なってぼやける。

(春香……あなたは、いつだって立ち上がった。どんなに打ちのめされても、どんな逆境を前にしても)

 ドジを踏むこと数百回、レッスンで足を引っ張ること数十回、本番でミスをすることも数回。
 失敗ばかりの春香だったが、しかし彼女は挫けなかった。こてんぱんにされても、すぐに立ち上がってくる。
 根性の塊みたいな少女だった。けれど千早は知っている。人の目が届かぬ影で、春香がどんなに苦しんでいたかを。

(春香はいつも、自分を保つのに精一杯だった……今の鈴さんみたいに)

 多くの場合、春香は自らの足で立ち上がる。だが稀に、自分の力だけで立ち上がれないときもあった。
 そんなとき手を差し伸べたのは、プロデューサーではない。春香の半身である、如月千早だった。
 片方が挫ければ、片方が助ける。そうやって、千早と春香はバランスを保ってきたのだ。

(私は……放っておけない! 彼女を、彼女の苦しみに、共感を覚えてしまったから)

 春香が見せる弱さと、鈴が見せる弱さは、よく似ていた。
 手を差し伸べてしまったのは、条件反射のようなものなのかもしれない。
 だが、そこに後悔はなく。むしろ、清々しいほどの使命感が湧き上がってきた。

「ちはや、あたしは……あほのままでいいのか!?」
「鈴さんがあほでも、私がサポートします! だから安心して、あなたはあなたの道を行って!」

 疾走する二人の間に、奇妙な絆が築かれた。
 それが友情と呼べるものかどうなのかは、誰にもわかりはしない。


【D-3 キャンプ場付近/一日目 早朝】

【如月千早@THE IDOLM@STER】
【装備】89式小銃(11/30)
【所持品】支給品一式*2、交換マガジン(30x2)、ガラムマサラ、妖蛆の秘密、確認済アイテム0~2(武器、魔導書は無し)
【状態】健康、右人差し指に痛み
【思考・行動】
基本:生きて帰りたい。鈴をサポートする。
1:キャンプ場から離れる。
2:鈴をサポートする。
3:どうすることも出来なくなった場合、毒で自害する。
【備考】
※自分の顔は、あまり知られていないかもと思い始めています。
※春香とデュオユニットを組んで活動中。ユニット名不明。ランクはそこそこ。


【棗鈴@リトルバスターズ!】
【装備】:ハルバード@現実
【所持品】:支給品一式、草壁優季のくずかごノート@To Heart2
【状態】:背中と四肢の一部に火傷(小)、空腹、刹那への復讐心、精神不安定
【思考・行動】
基本:理樹を探し出し、守る。『清浦刹那』への復讐。
1:刹那を殺す。自分、理樹、千早を襲う敵は、例外として殺す。
2:理樹を探し、守る。
3:リトルバスターズメンバーを探し、同行する。
4:刹那の情報を集めるため、同じ制服の人間を探す(殺すかは不明)
5:衛宮士郎を探し、同行する。
【備考】
※参戦時期は謙吾が野球に加入する2周目以降のどこかです。故に、多少は見知らぬ人間とのコミュニケーションに慣れているようです。
※くずかごノートの情報に全く気付いていません。
※衛宮士郎の身体的特徴や性格を把握しました。
※『清浦刹那』に関しては、顔もまともに見ておらず、服装や口調、ピースサイン程度の特徴しか認識していません。


 ◇ ◇ ◇


「おじ様ー! 大丈夫ですかー!?」
「腕を掠めた程度だ。大した怪我じゃねぇよ。あとおじ様ってのもやめろ。きしょい」

 千早と鈴の去ったキャンプ場には、右腕から血を流す秋生と、銃声に飛び起きたフカヒレの二人が残されていた。

「弾は貫通してねぇし、本当に掠っただけだな。きつめに止血しときゃ、どうとでもなるだろ」

 秋生はエプロンの端を強引に噛み千切り、二の腕の辺りできつく巻く。それだけの処置で、血は止まってしまった。
 これしきの軽傷で済んだのは、千早が銃の扱いになれていなかったせいか。それとも、本気でなかったということか。

「しかし本当に撃つとは……女ってこえぇぇぇ……」
「あん? フカヒレ……てめぇ、ひょっとして寝たフリしながらずっと見てたんじゃねぇだろうな?」
「え? め、めめめめめ滅相もございませんですよハイ!?」
「ちっ……まぁいい。変なところで時間くっちまった。さっさと渚を捜すぞ」

 秋生は事もなげに立ち上がると、バットとグラブの回収に回る。
 怪我の度合いは本当に軽いようだ。フカヒレは体裁として一応の安堵を浮かべると、去っていった少女らのことを思い起こす。

(あーやだやだ。顔はめちゃめちゃ好みだったけど、ああいうのとはお近づきになりたくないね。
 俺は年上だろうがロリだろうが爆乳だろうが貧乳だろうが顔がよくて穴さえあいてれば文句言わないけど、
 ああいうおっかないのは勘弁。ナギサちゃんみたいなおしとやかー、なタイプが好ましいね。いやホント)

 先ほどまでの一件を災難のように捉えるフカヒレに、然したる感慨はない。
 学んだ教訓があるとすれば、清浦刹那という少女は要注意、くらいのものだ。

「いやー、しかし物騒な世の中だねぇ。レオやスバルに早く会いたいよ。ったく……ん?」

 千早と鈴が投げ捨てていったグラブを回収する傍ら、やけに煌びやかなパーカーが落ちていることに気づく。
 フカヒレはそのパーカーを拾うと、くんかくんか、と野生の動物のように嗅ぎ始める。

「ほあー! ちひゃーの残り香! うん? でもちょっと血の臭い? それと硝煙の臭い? けっ、ロマンが残されてねぇ」

 口ではそう言いつつも、千早が脱ぎ捨てていった金ぴかパーカーをお宝のようにしまい始めるフカヒレ。
 と、ポケットになにやら小石大のカプセルが残されていたのを発見する。

「なんだこりゃ? ちひゃーの忘れ物かな。腹痛かなにかの薬……? まあいいや、もらっとこ」

 フカヒレは飄々とした態度でカプセルを自身のポケットに収め、パーカーも忘れずデイパックに収納。
 朝陽も本格的に照り返してきたところで、秋生がフカヒレに出発を促した。

「おーいフカヒレー。ぼさっとしてないで行くぞー。てめぇにゃきっちり働いてもらにゃならんからな」
「はいはいはいただいま向かいますよー。で、次はどっちへ?」
「そうだな……もうこの辺にいそうにねぇし……北だな。スラム街のほう」
「北!? たしかそこには娼婦の館が……とと、しかしそりゃまたなんで?」
「理由なんざねぇ。父親としての勘だよ勘」

 それ以上は追求せず、フカヒレは先行く秋生につき従う。
 秋生が棗鈴と如月千早の二人に対しどんな思惑を抱いていたのかは、自分のことで手一杯なフカヒレにはわからない。
 凶悪な目つきがさらに不機嫌そうに歪んでいたとしても、今のフカヒレが気にかけることはないだろう。


【D-3 キャンプ場/一日目 早朝】

【古河秋生@CLANNAD】
【装備】:コルトM16A2(20/20)@Phantom -PHANTOM OF INFERNO-
【所持品】:支給品一式、おにぎりx30、ランダム不明支給品x1、野球道具一式(18人分)
【状態】:右腕に軽度の銃創(止血済み)
【思考】
基本方針:主催者の野郎をぶっ飛ばす。家族を守る。
1:渚を探し出して守る。進路は北へ。
2:岡崎朋也も探してやらんこともない。
3:殺し合いに乗った奴は取っちめる。
4:清浦刹那を警戒。


【鮫氷新一@つよきす -Mighty Heart-】
【装備】:エクスカリバー@Fate/stay night[Realta Nua]、
【所持品】:支給品一式、きんぴかパーカー、シアン化カリウム入りカプセル
【状態】:疲労(小)、背中に軽い打撲、顔面に軽傷
【思考】
基本方針:死にたくない。殺したくない。
1:とりあえずこのおっさんに守ってもらう。
2:知り合いを探す。
3:清浦刹那を警戒。
【備考】
※特殊能力「おっぱいスカウター」に制限が掛けられています?
 しかし、フカヒレが根性を出せば見えないものなどありません。
※渚砂の苗字を聞いていないので、先ほど出会った少女が古河渚であると勘違いしています。
※混乱していたので渚砂の外見を良く覚えていません。
※パーカーのポケットに入っていたカプセル(シアン化カリウム入りカプセル)が毒だということに気づいていません。


056:おおきく振りかぶって(前編) 投下順 057:First Battle(前編)
時系列順 057:First Battle(前編)
如月千早 084:救いの言ノ葉
棗鈴 084:救いの言ノ葉
鮫氷新一 085:無題(前編)
古河秋生 085:無題(前編)


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