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THE GAMEM@STER (前編)

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THE GAMEM@STER(前編) ◆LxH6hCs9JU



  その出会いは――突然だった。


「あー、そこでこっちを見ている君! そう君だよ、君! まあ、こっちへ来なさい」
「……なにか?」
「ほう、なんといい面構えだ。ピーンと来た! 君のような人材を求めていたんだ!」
「……?」


  アイドル候補生たちをトップアイドルに導く――プロデューサー。
  ある日あなたは、黒ずくめの社長から怪しげな勧誘を受ける。
  そして始まる、11人のアイドル候補生の女の子たちとの触れ合い――。


「プロデューサーさん! ドームですよ、ドーム!」
「あれはドームではない。横浜アリーナだ」

  「目指すは頂点。サポート、お願いしますねっ」
  「尽力しよう。ただし、妥協は許さん」

     「あらあらー? 会場はどこかしらぁ?」
     「私が先導する。おまえは黙って着いてくればいい」


  ――運命の出会いと夢への起点。
    物語は、そう、ここから始まる――


「ねぇハニー、赤ちゃんはどこから来るの?」
「私の専門は現代社会と倫理であって保健体育ではない」

   「こんなダメダメな私は……穴掘って埋まってますー!」
   「スコップで都会のアスファルトを掘ることは不可能だ」

      「ね→兄(C)! 一緒にゲ→ムしてあそぼ→」
      「暗号か?」


  ――ちぐはぐな関係は、でこぼこなイベントを経て。
    道を阻む葛藤と戸惑いが、女の子たちの夢を叩いていく――


「アイドルなんかに興味はない……私は、歌さえ歌えれば!」
「……言いたいことは、それだけか?」

   「ちょっとぉ……元気、出しなさいよぉ」
   「……うむ。すまんな」

      「ボク……どうしたら女の子っぽくなりますかねぇ?」
      「それがおまえの長所だ。悲観するべき点ではない」


  ――新たな翼が二つ、大いなる空へと羽ばたいてゆく。
    その先にあるのは……夢の終着駅。二人で育んだ、栄光の頂――


「――やっと、ここまで来れたんですね。
 それもこれも、プロデューサーがあたしの手を引いてくれたから……」


  ――頂に辿り着いた二人は、そっと羽を休める。
    この休息が終わって、二人が次に向かう場所は、そう――


「手を引いてもらったのは、私のほうだ。おまえが、私の心を埋めてくれた」


  ――きっと、別の場所。
    でも、永久の別れじゃない――


「うっう~! それじゃあ葛木プロデューサー! いつものやつ!」
「……ああ」
「ハイ、タ~ッチ……いぇい!」


  ――きらめく舞台で、また会える。


            ゲーム:THE IDOLM@STER
            ジャンル:葛木Pによるアイドル育成シミュレーション
            プレイ人数:1人用
            発売日:20XX年X月XX日(通常版/限定版)
            販売価格:限定版20,790円(税込)
                 通常版7,140円(税込)
                 プラチナコレクション2,940円(税込)
            レイティング:CERO:C(15歳以上対象)


 ◇ ◇ ◇


「……っていう電波を受信したんだけどよ。どうよ?」
「どうよと言われても困る」
「うっうー、そんなことより、もうあとちょっとで十二時ですよ?」
「一応、名簿と、地図と、あとペンは用意できたけど……」
「……また、誰か呼ばれるんだよな」

 窓を覗けば、白い、僅かに廃れた雰囲気の漂う病院が見える。
 立地条件としてはそう悪くない閑静な住宅に、四人の男女と一体のパペット人形が介していた。

 瀟洒なスーツを痩身に纏い、着崩すことのない男が、葛木宗一郎
 着古したトレーナーに、髪をツーテールに結った少女が、高槻やよい
 やよいの手に嵌り、彼女の声を間借りしているパペット人形が、プッチャン
 傷跡の見え隠れする柔肌を、タンクトップで覆ったボーイッシュな少女が、菊地真
 これといって特徴のない、普通という言葉が見事に合致する少年が、伊藤誠

 四者と一体はテーブルに名前や図が記された紙、筆記用具を並べ、来るべき時を待っていた。

「五……四……三……二……」

 手元の時計を見やりつつ、誠が正午までの時刻をカウントする。
 やよいや真は刻々と迫る時に生唾を飲み込み、宗一郎とプッチャンはただ黙って待つ。
 情報を記入する準備を終え、一同は危難を迎え撃つ。
 十二時ピッタリに始まる、死者の発表――第二回放送を。

「一……ゼロ」
『――さて、放送の時間だ』

 時計の長針が十二の数字を通過し、誠のカウントダウンが終わると同時に、声が轟いた。
 第一回放送で聞いた、遠雷のような重みを含んだ声ではない。
 もっと若く、飄々とした、少年の声だった。
 それがどこから発せられているのか、家の中にいても遮音されることなく響いてくる。

『早速死者の発表といこう――――如月千早

 そして、通告は突然だった。
 放送開始から僅か数秒。前置きは一切なく、いきなり死者の名が告げられた。
 如月千早。先頭で呼ばれた知人の名に、やよいと真は思わず声を漏らす。
 あまりにも唐突だったためかすぐには理解できず、ポカンとした顔で続く発表を聞き流した。


 何人かの知らぬ名前を挟んだ後、誠の知人の名が二つ、呼ばれた。
 誠もやよいや真と同様、すぐに反応することはできない。
 ペンを軽く握り、名簿と向き合いながら、放送を聞き続ける。

アイン真アサシン、棗鈴』

 次々と、数少ない顔見知りの名や又聞きした名が呼ばれていく。
 放送の主が「以上、十四名」と告げたところで、一同は死者の発表が終了したのだと判断した。
 続けて、禁止エリアの発表に移る。
 十四時よりD-5。十六時よりB-2。漏らすことなくチェック。
 放送で語られるであろう最小限の情報を知らせ、声の主は放送終了を宣言する。

 四方山話も戯言も、一切絡んでこなかった。
 死者と禁止エリアのみを告げる、淡々とした放送。
 時間にして一分かかったか、かからなかったか。
 前回とは、様々な意味で正反対の内容だった。

「……」

 疾風のように過ぎ去っていた天の声は、耳にした者たちに呆然を齎す。
 到来は一瞬、与える傷は致命的と、まるで辻斬りのような放送だった。

 死んでほしくなかった人々の名が予想外の手法で告げられ、聞いた者たちはやはり呆然とする。
 やよいも、真も、誠も、宗一郎も、プッチャンも。
 誰もがしばしの間、口を閉ざした。


 ◇ ◇ ◇


 君は『ゲーム』というものを知っているかな?
 遊戯、と言葉を変えてもいい。
 目的は暇潰しだったり、快楽だったり、愉悦だったり様々さ。
 世界には実に多くの『ゲーム』が存在していてね……全てを遊び尽くせる者などいないほどさ。
 たとえば、そう……

 新米プロデューサーとして、素敵なアイドルを育てるゲーム。
 古の伝承が起となり、少女たちの血で物語が紡がれるゲーム。
 追跡者たちの影に怯えながら、掴んだ平穏を死守するゲーム。
 荒唐無稽な大都市で、悪の組織と戦いを繰り広げるゲーム。
 桜の花びらが舞う季節、とある学校の寂れた演劇部を再建するゲーム。
 歪みを抱えた者たちが集い、出口を模索していくゲーム。
 教育実習生として、極上な学園生活を満喫するゲーム。
 雨が振り続ける街を舞台に、音楽学校の卒業を目指すゲーム。
 乱れ、爛れた人間関係を、血と命で制裁していくゲーム。
 男子禁制の学び舎で、いちご狩りを楽しむゲーム。
 多くの仲間たちに囲まれ、感情の裏表を見極めていくゲーム。
 子らが躍進を遂げる春、長年の関係に転機を齎すゲーム。
 亡霊の名を冠さす殺し屋として、第二の人生を歩むゲーム。
 過去から続く闘争の渦に巻き込まれ、誰かの味方となるゲーム。
 呪われた伝説と乙女の一大事に、一族の末裔として挑むゲーム。
 やり直しを求めた過程を楽しみ、延々と繰り返すだけのゲーム。

 ……これは、ほんの一部にすぎない。
 ただ、どんなゲームにも共通点は存在する。
 それはね、誰かがどこかで『楽しんでる』ってことさ。

 さてさて、この『ゲーム』を楽しんでいるのは、いったい誰なのかな……?


 ◇ ◇ ◇


 無限に続く歩行者天国を越えた先、瓦礫の街の一角に、彼らの目的地は聳えていた。
 灰色の街並みに列を置くには不似合いな、白く真新しい外観。
 屋根の先端に十字架をあしらった聖堂と、鐘が取り付けれた時計台は、教会という名の神域を表している。
 キリストの花嫁、真理の柱、聖霊の神殿など数多くの呼称を持つその建物は、訪れる者を拒まない。
 善人悪人、罪人問わず受け入れ、神託を与えるのが教会本来の役割と言えた。

 大仰な門を潜り中に入ると、まず太陽光に照らされた大きなステンドグラスが視線を奪う。
 天を仰げば色鮮やかな天井絵に意識をもぎ取られ、訪問者は知らず知らずの内に足を止めてしまう。
 正門から見て正面奥の壁面には、ステンドグラスの他にも巨大な十字架と机が確認できる。
 床には教会堂奥への道をなぞるように赤絨毯が敷かれ、途中には幾つかの席となる長机が設けられている。
 右奥の壁にはパイプオルガンの姿も見受けられ、設備も雰囲気も申し分ない、立派な教会という印象を受けた。

 こんなところで結婚式ができたらさぞ素敵だろうな……といった少女ならではの感想は、零れない。
 少女の持つ感動のメカニズムなど理解もしていないであろう宗一郎、誠はもちろんとして、二人のうら若きアイドルからも特に言葉はない。
 教会中に漂う神聖な空気に圧倒されたのかといえば、そうではなかった。

(……あんな放送があった後だ。しゃあねーさ)

 声には出さず、心中で同行者四名の様子を分析するのは、パペット人形のプッチャンだった。
 病院近辺の民家で放送を聞き終えた後、まずやよいが泣いた。
 友達であり、仕事仲間であり、ライバルでもあった如月千早の名が、放送で呼ばれてしまったためだ。
 真との再会を果たし、あとは千早と合流するだけでトリオ復活、と意気込んだところでの落失。
 十三歳の少女には受け入れられるものでもなく、しかし否定できるほど子供でもなかった。
 故の悲しみがやよいから元気の成分を削ぎ落とし、崖底へと叩き落した。
 プッチャンも懸命にフォローを重ねたが、やよいを再起させるには至らなかった。
 各々、やよいの友達である真ですら、此度の放送で思慮を奪われていた最中。
 やよいに救いの手を差し伸べるのは、非常に困難だった。

 ややあって動いたのは、ゲーム開始当初からやよいと行動を共にしていた最年長者、葛木宗一郎である。
 やよいの倍ほどは歳を重ねてきた彼は、面子の中では誰よりも気配りの精神を持ち合わせていた。
 ただし、宗一郎は人並みの感情を失った人間である。
 やよいの悲しみに共感することはできないし、上手い慰めの言葉も浮かばない。
 だからこそ彼は彼なりに、状況を打開するための最善策として、計画の進行を提案した。
 かねてから目星をつけていた、教会の調査である。

 思うところはあったが、このままやよいの下を離れるのも居た堪れず、菊地真と伊藤誠の両名もこれに同調。
 理樹より託された星はまだ渡していない。宗一郎も二人を見極めている最中なのか、話を切り出そうともしなかった。
 重苦しい雰囲気のまま、四人と一体は教会へと向かい、今に至る。

(こんな辛気くさい雰囲気じゃあ、しあわせなんてどっかに飛んでっちまうぜ)

 教会堂内部へと足を運んだ四名の顔は、鉄面皮を常備する宗一郎以外、優れない。
 口数も少なく、笑みなど欠片もなく、先の将来が不安になるのはあたりまえなほど、お通夜なムードが漂っていた。
 なんとかしようと思うプッチャンだったが、こういうときに限って妙案が浮かばない。
 彼の所有者である蘭堂りのを始めとした極上生徒会はこういった空気とは無縁の団体だったためか、プッチャン自身、対策を捻り出すだけの経験が不足していた。
 一時的でもいい、なにか話の種になるようなものはないかと思案する内、プッチャンがふと言葉を漏らす。

「しあわせの青い鳥でも飛んでこないかねぇ……」
「『蒼い鳥』……千早さん、よく歌ってました。あたしも歌ったりしたけど、やっぱり千早さんには全然敵わなくて……」

 半ば独り言のつもりで零した声が、思わぬところでやよいに拾われ、しかも火に油を注ぐ結果となる。
 墓穴を掘っちまったか、とプッチャンが自らの失策を苦々しく思うと、やよいに対して真が言葉を返す。

「『蒼い鳥』……か。ねぇ、やよい。やよいと千早と、その、ボクと……ボクたちのユニットってさ、ここに来る前はどんな活動してたの?」
「えと、新しい曲が決まって……オーディションに備えて、みんなでレッスンしてました。千早さんがセンターで……その新曲が、『蒼い鳥』だったんです」

 やよいと真の会話から察するに、プッチャンが零したしあわせの青い鳥という単語は、『蒼い鳥』という彼女らの持ち歌を連想させてしまったらしい。
 幼い少女の面ばかりが強調され時々忘れてしまいそうになるが、やよいも真も立派なアイドルなのだ。
 ならば……と、プッチャンの頭上に発光する豆電球のイメージが浮かぶ。

「よし、やよいに真。その『蒼い鳥』っての、今ここで歌えっ!」
「ふぇ?」
「ふぇ、じゃねー! いいから、今すぐ歌え! 二人で!」
「ううー、急にそんなこと言われてもぉ」
「そうだよ。それに、今はそんなことをしている場合じゃないでしょ?」
「バーロー。こんなときだからこそ、余計に気分転換が必要なんだよ」

 強引に話を持っていこうとするプッチャンに、やよいと真は困惑する。
 消沈気味のみんなを元気づけたいという意図には気づきつつも、二人とも促されるままにはなれないでいた。
 宗一郎は教会堂の端から端を練り歩き、プッチャンたちには不干渉。
 誠はここに来るまでの道のりで歩き疲れたのか、一人席につき目線を合わせようともしない。
 プッチャン自身、今はぶっきら棒すぎる相棒にも、ナイーブな少年にも、構ってやれる余裕はなかった。
 まずは、やよいを立ち直らせる。彼女が元気を取り戻せば、周囲の空気もきっとよくなるはずだ。
 やよいに蘭堂りののようなムードメーカーとしての資質を期待し、プッチャンは二人のアイドルに歌を強要する。

「うん。じゃあ一曲だけ……『蒼い鳥』なら、ボクも歌詞くらいは覚えてるし」
「ほら、やよい。真とデュエットだ。この俺様にアイドルとしての高槻やよいを見せてみな」
「う~ん……わかりました。それじゃあ、少しだけ」

 やよいは渋々といった面持ちで、教会堂の中央に移動、真と並び立つ。
 天井は高く、騒音は一切混在しない。
 美声を発揮するには十分な、ある意味では最高とも言えるステージ。
 二人の顔は依然として浮かないが、これを歌い終えればきっと、とプッチャンは淡い願いを抱く。

 やよいが息を吸い、真が吐き、両者が視線を合わせる。
 見知った仲間は、もしかしたら赤の他人かもしれない。
 だとしても、意思疎通は図れるのだと――やよいは気づけるだろうか。

「 ――泣くことなら、たやすいけれど―― 」

 先陣を切り、やよいがいつもよりも細く、声を通す。
 多少舌足らずな印象を残す濁った声が、やよいの歌唱スタイルなのだと皆に認知させる。

「 ――悲しみには、流されない―― 」

 やよいの、同じ事務所の仲間の、聞き慣れた声に、真は安堵する。
 ワンフレーズでの切り替え。真がやよいに続く。

「 ――恋したこと、この別れさえ―― 」
「 ――選んだのは、自分だから―― 」

 静謐な教会堂を埋める歌声が、滞在者の心に平穏を齎す。
 宗一郎と誠も二人の幼き歌い手に目をやり、耳を傾けた。

「 ――群れを離れた鳥のように―― 」
「 ――明日の行き先など知らない―― 」

 プッチャンは、『蒼い鳥』に込められた歌詞の意味など知らない。
 ただ素の感想として、とてもいい歌だと、心から思った。

「 ――だけど傷ついて、血を流したって―― 」

 歌を歌う二人の少女は、どこまでも自然体だった。
 表情は愁いでいるが、染めた色は単なる悲痛ではない。

「 ――いつも心のまま―― 」
「 ――ただ羽ばたくよ―― 」

 やよいと真の顔に、着々と元気が戻りつつある。
 プッチャンは確信じみた安堵を得て、憂いすら置き去りにしようとしたところで、

「「 ――蒼い鳥―― 」」
「……やめろよ」

 サビに突入して間もなく、やよいと真の合唱はふとした声で打ち切られた。
 割って入ったきた否定的な一言に、やよいの顔は急降下。再び沈み込む。
 アイドル二人のステージに掣肘を加えたのは、観客だった。
 重苦しく、瞳に厳格な火を灯した誠が、睨みつけるようにやよいたちを見る。

「こんな場所で歌うなんて、どういうつもりだよ……誰かに聞かれて、襲い込まれたりしたらどうするんだ?」

 年下の女の子二人に、容赦なく刺々しい物言いを浴びせる。
 至極真っ当な意見でもあったが、誠の表情はそれ以上に、深刻な影を纏っていた。

「どうして、そんな気楽でいられるんだよ。
 こうしてる間にも、いっぱい人が死んでるってのに……。
 遊びのつもりでやってるんなら、せめて大人しくしてろよ!」
「遊びなんかじゃありませんっ!」

 理路整然とした意見で武装する誠に、やよいは間髪入れず反論する。
 小柄な体に似つかわしくない怒鳴り声を上げ、衆目を唖然とさせる。
 その目尻には、我慢できなかったのであろう、キラリと輝く雫が浮かんでいた。

「千早さん、あたしに言ってました。歌が歌えなくなるくらいなら、死んでもいいって……」

 やよいは言っていた。
 真さんと、千早さんと、三人でまたステージに立ちたいと。
 三人の絆がどれだけ固いものだったのかは、プッチャンにもわからない。
 だがそれでも、少女の涙の意味がわからぬほど鈍感な男でいるつもりはなかった。

「新曲も、すっごく気に入ってて……だから、だからあたし、千早さんの分まで、せめて!」

 やよいの主張は、誠の表情から徐々に怒気を削いでいく。
 少女から発せられる異様な迫力にのまれ、誠は顔を俯かせるが、口は黙らなかった。

「……その人もさ、ひょっとしたら、やよいちゃんを知らないかもしれないんだろ?」
「っ……!」

 その一言が、やよいに対して痛恨の一撃となった。
 イフ。並行世界。多元宇宙理論。
 私が知っているあの人は、私を知らないかもしれないという、不安。
 SFや御伽話の範疇にあったその仮説は、真との再会で確定的なものとなってしまった。
 第一回放送で呼ばれた如月千早が――実はやよいの知っている千早ではなく、まったくの赤の他人だとしたら。
 ……考えるだけで滅入り、落ち込んでしまう。
 それ以上反論を返せなくなった少女の様子を窺えば、心は手に取るようにわかった。

「……ごめん、ちょっと言いすぎた」
「い、いえ。あたしも悪かったですし……」
「ちょっと……外で頭冷やしてくるよ」

 危うく無言の硬直状態に陥ろうかというところで、誠は逃げるように教会の外へ。
 枯れ木のような素朴な背中に声をかける者は誰もおらず、木製扉の開かれる音が無機質に響くだけだった。

「おい、やよい……」
「……」

 項垂れるやよいの表情は、右手の位置からでは窺えない。
 仮に位置が良かったとしても、覗きこもうとはしなかった。
 今の少女を慰めるのに、今の自分は適した言葉を持っていない。
 つき合いの短さ、人形という身の上、様々な点から見て、プッチャンでは役不足だった。

「……ボク、あっちの部屋を調べてくるよ」

 隣で誠との口論を傍観していた真も、やよいに声をかけることなく離れていってしまう。
 向かった先は、正面玄関から見て右奥に位置する扉。
 そこには、『懺悔室』と書かれたプレートが下げられていた。

 取り残されたやよいは、涙を目尻に溜めるだけで精一杯だった。
 プッチャンも、やよいの心情を思えば思うほど、迂闊に慰めることができないでいる。

 神の加護があって然るべきはずのこの場所で、人間は弱さを露呈する。
 感情に支配され、溺れ、行動に支障をきたし、破滅へとひた進む。
 導き手不在の場で、由々しき自体を見過ごせずとも、打破には至らず。

 誰もが迷える子羊として、
 神託を欲する哀れ子として、
 縋り、惑い、迷走から脱げ出せない。

 ただ、一人の男だけは現実を、そして未来を見据えていた。


 ◇ ◇ ◇


 燦々とした日光が、茹だるような日差しにすら思えて、鬱陶しい。
 肌着をぴったりと貼り付ける汗は、単純に暑さの影響か否か。
 伊藤誠は出てきたばかりの教会堂を背に、青ざめた顔で呟いた。

「俺……最低だ」

 押し寄せてくる吐き気は、おそらく自分自身の言動に対してなのだろう。
 誠は理解した上で、後悔する。
 どうしてあんな、やよいが傷つくとわかり切ったことを、口走ってしまったのか。

 誠は本来、年下の女の子には紳士的な一面を見せる好青年であった。
 桂言葉の妹の心にはよく慕われていたし、世間からの評も良好。
 誠自身、面倒見のいいお兄さんを自負していたはずだった。

 だがそれも、日常を住まいとした上での論だ。
 常在戦場の世界で、心休まることのない時間を生きれば、人間性など薄れる。
 誠を例に言えば――志半ばで想い人を亡くし、精神的余裕を失った。
 そんな人間が、他人に気を配ることなどできようはずもない。
 誠は聖人でも聖母でもなく、ただの個を主体とする人間なのだった。

(そうだ……言葉が、死んだ)

 つい先ほどの放送で呼ばれた十四名の中に、桂言葉の名はあった。
 桂言葉……誠の恋人だった、改めて恋人だと認識し直した、尊ぶべき女性の名だ。
 彼の行動理念は今、言葉の存在によって縛り付けられている。
 言葉を探し、言葉と会って、言葉と話し合う……誠は義務感にも似た目的として、桂言葉の存在を自身の中心に据えた。

 が、その言葉が……死んでしまった。
 探すことも、会うことも、話し合うことも、全ての道が断たれてしまった。
 言葉事故死の詳細、並行世界の秘密、再会を果たせば判明する謎が、引き出しに仕舞われる。
 これから先、なにを指針とすればいいのか……考えて、
 しかし、それ以上に誠の頭を悩ませるものが、

(言葉が、死んだっていうのに……俺は)

 言葉が死んだという事実――を受け止めて、涙の一つも流すことのできなかった自分、であった。

(本当に死んだ……んだよな。放送で呼ばれたやつらは、みんな)

 今さらの再確認を、聞いてくれる者はいない。
 ダウンタウン特有のジメジメとした霧のような空気が、誠の汗腺を刺激する。
 寒気と怖気が身震いを引き起こし、それでもやはり、涙ほどの感慨はやってこない。

 桂言葉は既に死んだ人間であるかもしれない、というのがまず一つ。
 放送で呼ばれた桂言葉は、誠の知る桂言葉ではないのかもしれない、というのが一つ。
 仮に死んだとしても、あの神父の男なら甦らせる術を持っているのではないか、というのが一つ。

 諦観と、仮定と、保険。
 三重の条件が重なり、誠は言葉の死を受け止めてはいるものの、真っ当な喪失感までは得られずにいた。

(言葉……結局、おまえは本当に言葉だったのか? 清浦は? 世界は?
 俺は……本当に、伊藤誠なの、かな。なんか……わかんなくなってきた)

 空から浴びせられる熱気が、街から放たれる湿気が、思考回路を麻痺させる。

 そして、唐突に思いつく。
 誠は強力な剣を一振り、持っているではないか。

「……誠さん? あの、大丈夫……?」

 エクスカリバー。
 これで参加者を皆殺しにして、優勝して、その上で言葉をまた生き返らせてもらえばどうか。
 手始めに、この教会にいる三人から。

「誠さん? 誠、さ――あ、がァ、う……ああああぁぁあぁ」

 まさか誠がこんな手に躍り出るとは思っていなかったのだろう。
 警戒心が欠如していた真は、教会堂の中から出てくるなり惨死。
 誠の手に握られた赤い刃が、凶器の証として煌いた。

「これは、何事だ?」
「ま、真さん!? そんな……いや、イヤァァ!」
「真!? チッ……おい誠! こりゃあいったい」

 騒ぎを聞きつけて出てきた二人も、躊躇なく斬り殺す。
 真の死体に驚き動転しているところを、不意打ちの一閃。
 不意打ちならば、葛木宗一郎とて太刀打ちはできず、脆くも崩れ去る。
 あとに残るのはやよいだけとなり、恐怖で竦んだ彼女は、逃げ出すこともできない。
 首を刎ねるのは簡単。ただの人形にすぎないプッチャンは、やよいの死とともに沈黙する。

 あっという間。
 あっという間に、伊藤誠のノルマが3に跳ね上がった。

「はは……なんだ、簡単じゃないか」

 星が三つ堕ち、誠は躍進を遂げる。
 あまりのあっけなさに、少年の願望は野望へと移り変わる。

 そうだ、殺してしまおう。それが一番の近道だ。
 このモヤモヤとした気持ちにケリをつけるためにも。
 言葉の真意を問い質し、過去の爛れた女性関係に決着するためにも。
 部外者を全員殺して、言葉を生き返らせて、それから話を進めればいい。

 当然の帰結に陥った誠は、三つの死体から物資を回収し次なる狩場へ。
 さあ、これからきっと楽しくなるぞ。
 と、どこか高揚した気持ちを抱え、剥き出しの状態のまま剣を携えて。

 搾取する側へ、奪い絞り取る側へ、悲劇を与える側へ。
 略奪者として、提供者として。
 ゲーム参加者として。

 誠は、誠実な道を外れた。


 ◇ ◇ ◇


「…………んあ!?」

 間抜けな声が漏れる。
 鼻を突くほどの異臭に刺激され、誠の意識は現実へと帰還した。

「なっ……んだ、いま、の……?」

 ふらつく体は、いつの間にか膝立ちの状態で地面を眺めていた。
 教会門前の石畳の上に、大量の嘔吐物が撒かれている。
 口元から垂れる涎以外の臭い液体を見るに、それが誠の胃から零れたものだと解釈するのは難しくなかった。

(今の、いったいなんだったんだ?)

 数秒間、意識を失っていた。
 いつの間にか、吐いていた。

(……幻覚? うっ……眩暈、が)

 意識が朦朧とした原因はなんなのか。精神的疲労が蓄積されたためか。考えるのも億劫だった。
 事実として、誠はこの短い間に悪夢を見た。
 体はその悪夢に耐え切れず、吐き気を催した。
 気分は未だ優れない。起きながらに寝ているような、不思議な感覚が誠の身を縛る。

(まさか……いや、そんな……まさか、ね)

 思考すらままならない誠は、漠然とした予感に蝕まれ、眼前に聳え立つ教会を見上げた。
 見た目にも神聖な建造物が、今は視界に捉えるだけで不安になってくる。
 なにかよくないものが巣食っているような、第六感にも似た警鐘が誠の頭をガンガンと打ち鳴らす。

(気をしっかり持て、伊藤誠……! 言葉はもういないんだ。死んだんだ。そう、割り切れよ!)

 悪夢の中にあった偽りの自分。
 全参加者を殺害して想い人を甦らせるなど、馬鹿がやることだ。
 誠は道を違えない。言葉が死んでしまったというなら、新たな道を模索する。
 言葉に固執してはいけない。固執は破滅を呼ぶ。懸命に言い聞かせて、誠は新たな道を見つけた。

「……世界」

 呟いた名称は、誠が立つステージを意味したものではない。
 西園寺世界。誠が――かつて――愛した女性。
 彼女は、この会場にいる西園寺世界は、誠を知っているのだろうか。

 知っているのだとしたら、誠をどう想っているのだろうか。
 慕っているのか、嫌っているのか。
 憎んでいるのか、愛しているのか。
 知りたい。知りたい。知らなくてはいけない気がする。

 言葉を失い、情緒不安定になりつつあるこの身を落ち着かせるには――会うしかない。

(ごめん、真。今の俺……最低だ。みんなと一緒には、いられない)

 このまま真たちと行動を共にしたとしても、関係は悪化し、迷惑をかけるばかりだ。
 どこかで頭を冷やして、再起しなければいけない。
 そのためにも、西園寺世界の証明が必要だった。
 たった一人残された、誠の知人。
 かつての恋人は、誠をどう想っているのか。

 知りたい――世界の存在を。
 いられない――真たちとは。
 離れたい――この、嫌な空気のする建物から。

 ふらふらとした病人の足取りで、誠はひっそりと教会の十字架に背を向けた。
 言葉の死、後悔と背徳の枷を背負い込み、それでも自分の足で脱出経路を探す少年は、正常だった。

 神が嘲笑う。

 逃げていく、脆弱な少年の背を。

 だが、馬鹿にはしない。

 おもしろくなりそうだ、と。

 ただそれだけ、虚空の隙間に感想を漏らした。



【B-2 教会付近/1日目 日中】

【伊藤誠@School days L×H】
【装備】:エクスカリバー@Fate/stay night[Realta Nua]、防刃チョッキ
【所持品】:支給品一式(水なし)、支給品一式、天狗秘伝の塗り薬(残り90%)@あやかしびと -幻妖異聞録-
 手榴弾2つ、このみのリボン、
【状態】:肉体疲労(小)、精神疲労(大)
【思考・行動】
 基本方針:殺し合いには乗らない
 0:知りたい、知らなくちゃいけない……。
 1:教会から離れる。一旦真たちと距離を置く。世界と会って真相を確かめる。
 2:自分の知り合い(西園寺世界)やファルとその知り合い(クリス、トルタ)を探す。
 3:このみに何が起きたかわからないけど、助けたい。
 4:信頼出来る仲間を集める。
 5:主催者達を倒す方法や、この島から脱出する方法を探る。
 6:巨漢の男、アイン、ツヴァイ、ドライ、フカヒレに気をつける。
 7:言葉以外の女性に如何わしい事はしない?
【備考】
 ※誠の参戦時期はエピローグ「無邪気な夕日」の後です。
 ※言葉と世界は、主催者が蘇生させたのではと思っています。
 ※誠も真も、襲ってきた相手が大柄な男性(真人)であることしか覚えていません。
 ※フカヒレからツヴァイの危険性、渚を殺害したことのみ聞きました。
 ※平行世界や死者蘇生の可能性について知りました。


 ◇ ◇ ◇


149:sola (後編) 投下順 149:THE GAMEM@STER (後編)
時系列順
130:ゆらり、揺れる人の心は 葛木宗一郎
高槻やよい
伊藤誠
菊池真
???


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