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OVER MASTER (超越) 7

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OVER MASTER (超越) 7 ◆Live4Uyua6



 ・◆・◆・◆・


 連絡通路に響く足音は6つ。神崎黎人とその秘書、そしてランクAを含む警備員4名。彼らはミコトの部屋に向かっていた。
秘書は神崎に心配そうな眼差しを向ける。

「……あの、アリッサ・シアーズに関しては、本当にお咎めなしで宜しいのでしょうか」
「僕も彼女があんな愚行をしでかしたのは、ちょっと驚いたよ。
 でも、シアーズは重要なパートナーだからね。彼らに退路を残しておいた方が良いのさ。

 ただし、今までのようには好き勝手に資源を利用させないけどね」

 神崎は邪悪な笑みを浮かべている。彼にとって、今回の議会は予想以上の成果だった。
シアーズの当面の反乱を封じた上に、彼らの秘密兵器を掌中に収め、更には一番地重鎮の支持も取り付けられたのだから。


 確かに、神崎は一番地統合幕僚長よりも権力も権威も上だ。だが、星繰の儀に失敗した瞬間に、黒曜の君は唾棄すべき存在に成り果てる。
 それ加え、ナイアの『安易に交渉するな』という釘刺しは、神崎のでっち上げである。
実際、半信半疑の人物も少なくはない。
ゆえに、一番地の連中は早々に儀式遂行を諦め、一番地統合幕僚長を神輿に反乱を企てる危険もあった。

 あの古老が物の分かる人間で本当に良かった。万が一の敗戦処理は彼がしてくれるだろう。
神崎は部下達の生死にさして慈悲は持たない。でなければ、彼らの意思を奪ってまで戦場に駆り立てるなどできるものか。
ただ、王のちょっとした勤めを果たさないほど怠惰でもないだけだ。

(もっとも、あの男が旧来の態度を取り続けるなら、その場で全員に言霊を掛けざるを得なかったがな。
 アリッサ不在で言霊を仕掛けるには丁度良いチャンスだった)

 神崎はナイアの時の逆流を受け入れた時、一度死んだ自分に失うものなど何もないと思っていた。
だが、一度取り戻したものをもう一度奪われるというのは、実際に味わうとかなり堪えるものだ。
特に最も信頼していた炎凪の裏切り、その痛みを咀嚼するように味わった。
これからも、自分が何かをしくじれば、更に多くのものを失っていくだろう。ゲームはそのように仕組まれているのだから。
これがセカンドチャンスの代価と言う訳か。


 だが、彼にはゲームを続けることに不思議と恐怖はなかった。
 失うものの重みを知るたび、寧ろ、それを生み出した世界が愛おしくなった。
 己の全てを賭してでも、勝利をつかみたい、そして世界をこの手に収めたい。
 自分がそれだけの器であることを、この場で証明したいという気持ちが高まってくる。


 だから、神崎は今、とても充実していた。前回の儀式は問題にならないくらいに。
それとは対照的に秘書はくたびれた顔付きで神崎に物言いをする。

「ですが、彼女が黒曜の君を殺さないか、ハラハラしましたよ」
「僕の戦闘力を過小評価しないで欲しいな。少なくとも、その場から生き延びる自信はあったよ。
 もっとも、シアーズは全力で彼女の暴走を止めるだろうけどね。
 彼らだって万能じゃない。だからこそ、一角獣を試みたのだろうし」

 確かに、シアーズ財団の技術力は一番地に勝っている。彼らなしにHiMEを狩るなど到底無理だ。
だが、彼らは人材の絶対数に乏しく、必要なエネルギーや資源の多くを一番地に牛耳られている。
結局、シアーズは幾ら人工の黒曜の君を仕立てようと、一番地の力なしには儀式の完遂ができないのだ。
だからこそ、彼らは神崎だけを倒して、一番地のリソースを丸ごと手に入れるつもりだったのだろう。

「黒曜の君、そう気楽に言わないでくださいよ。一角獣の件だって、下手したら冗談で済みませんでしたよ」
「支配者は目的を遂行するため、時には大胆でなくてはいけない。有事には尚更ね」

 神崎は秘書にお茶目にウィンクする。一角獣とは、シアーズによる神崎黎人暗殺計画のことをさす。
これは暗殺者の一人、真田紫子が、一角獣のチャイルドで幻を見せられることに由来する。
ただ、神崎の知るあのシアーズのシスターは、慈悲深くHiME同士の戦いに批判的であった。
なぜ、あのような選択をしたかは、今となっては死人に口無しである。

 神崎が暗殺を返り討ちにできた理由、それは九条むつみの残した内部資料により、計画を事前に知っていたためである。
彼女は恐らく、神崎に不穏の種を植えつけることで、主催側の消耗を誘うつもりだったのだろう。
だが、神崎は敢えてシアーズの暗殺を誘って退け、彼らを生殺しにすることに成功した。
ただ、主催側を基地に縛り付けたと言う意味では五分五分か。

 それに加え、反抗者側もあの様子だと、数日は攻めてこないはず。
不謹慎だが、しばらく裏切りを気にせずに羽を伸ばせそうだ。
無論、彼は慢心しない。与えられた時間を有効に活用し、こちらの勝利を磐石のものにするつもりだ。

(それでも、暇を見つけて、ミコトに稽古を付けるくらいは許されるか)


 ・◆・◆・◆・


 T字路を右に回り、目的地に半ば差し掛かった刹那、霊剣弥勒が神崎に訴えた。
近くに人工HiMEがいる。念のため警戒する神崎。警備員も周囲の状況を探り始める。

 すると、通気口からひょっこりと顔を出す短髪の少女、エナジー全開で、食いしん坊で、純真で、兄上想いな女の子。神崎は苦笑する。
修理中のエルザはともかく、警備隊は何をやっているのか。セキュリティーのザルさ加減を改めて思い知り、更に苦笑。
まあいい、弱点も承知の上で決戦場に選んだのだ。それにもう手は打った。

 ミコトも神崎の存在に気付いたようだ。猫のようにしなやかな動きで穴から這い出すと、安堵の笑顔を見せて飛びついてきた。

「ようやく見つけたぞ、私の兄上!」
「僕の愛しいミコト、勝手に部屋から出たら駄目じゃないか。外にはお前を騙そうとする人間でいっぱいなんだよ」

 神崎は少し困った様子を見せながら、彼女についたゴミを軽く払う。
だが、ミコトはそれところではないと言う様子で、真顔で迫っている。

「私はどうしても我慢できなくなって、頑張って抜け道を探してきたのだ。兄上、悪い奴に襲われなかったか?」

 実は、神崎は暗殺者に襲われる少し前に彼女の部屋に立ち寄っていた。
ミコトは嫌な予感がするから一緒に行くと言って聞かず、彼は苦労してそこを後にしたのである。

「ミコト、僕の心配をしてくれてありがとう。このペンダントが僕を守ってくれたよ」

 彼はそう言うと、自分の首に掛かった装飾品を示した。
それはガラス玉に紐を通したシンプルな首飾り、古代日本の意匠を再現している。
もう分かっただろう。かつて生き別れになっていた兄妹のお揃いのペンダントだ。

 祖父は野心のためにミロクを持ち去り、赤子のミコトと共に一番地から姿を消した。
ミコトは人里離れた地で、強いHiMEになるための厳しい修行を受けて育った。
父は一番地の繁栄のため、黎人を神崎家の養子に出した。黎人は黒曜の君になるために大切に教育された。

 この兄姉は互いに会うことを望み、何度このペンダントに見入ったことだろう。


(ならば、互いの首飾りの僅かな違い、見間違うことなど断じてあるものか)


 神崎は部屋を発つ前に、ミコトにせがまれてペンダントを入れ替えていたのだ。
だからあの時、ミコトがミコトのペンダントを持っている訳がなかった。要するに、間違っているのは幻影の方ということになる。

 神崎は幻影の矛盾を見抜き、真田紫子の返り討ちに成功した。確かに、エルザという保険は掛けており、紫子に殺される危険は乏しかった。
だが、あのまま幻に捉えられていたなら、会議の出席は諦める羽目になっただろう。
シアーズが計画に絶対の自信を持っていたのも頷ける。
それにしても、幻に出てきたのがミコトとあの神父とは、彼は思わず拳を強く握り締めた。


 「兄上、ぼうっとして、どうしたんた……もしかして、怪我をしたのか?」

 ミコトは鼻をくんくんさせると、神崎の上着を捲り、シャツに顔を突っ込んだ。
唖然とする付き人たち。神崎はちょっと驚いた様子を見せるものの、彼女のなすがままにされていた。
ミコトはシャツから顔を出すと、大きな目を更に見開いて声を上げる。

 「やっぱり、左肩に包帯が巻かれているぞ。さっきは思いっきり飛びついてすまなかった。
  兄上を傷つけたのは誰だ。私がそいつを懲らしめてやるぞ」

 彼女は神崎の服から身体を出すと、背中の刀を抜き、構えてみせた。神崎はその場で静かに諭す。

 「ありがとう、僕の愛しいミコト。これ位の傷ならすぐに治るから大丈夫だよ。
  今はとても難しい状況になっていて、あまり騒いで余計な争いを起こしたくないんだ。
  だから、あの傷はここだけの秘密にしてくれないかな」

 神崎は人差し指と唇を交差させる。彼女は好物のイチゴ大福をお預け食らった時の様な顔で、擬似エレメントをカムツカに収め直した。

 「兄上、それは遠慮ではないのだな?」
 「平和なのもいいものだよ。でも、いつか必ず戦いの時が来る。辛いとは思うけど、それまではあの部屋で待っていてくれないかな」

 神崎はミコトの髪をそっと撫でる。彼女はうっとりした表情で彼を見つめる。今のミコトは、ただ、兄だけを見ているのだろう。
彼もまた彼女を深く愛している。だが、儀式のため、王の器として、他の勤めを果たさねばならない。今もまた、別のことを考えていた。

(アリッサ・シアーズはシアーズ参謀本部長をなぜ殺した?)

 あれは単に彼女の気紛れが起こした暴走だったのか。それともこちらを欺くための演技なのか。
 シアーズが暗殺にアンドロイドを使った時点で、アリッサも神崎に従うフリをしていただけなのは見当がついていた。
彼女は自分を愚かに見せることで、何か特別な計画を隠そうとしているのかもしれない。
だが、その代償があまりにも大きすぎる。あれではクーデターや暗殺、HiMEの拉致を諦めたようなものだ。
彼らはこの状況でどうやって、星詠の儀を乗っ取るつもりなのか。何か裏がある気がする。

 だが、神崎黎人は恐れない。所詮、シアーズ財団といえどもナイアの配置したコマ、対等なプレーヤーだ。
相手がこちらの裏を掻くなら、こちらはその一枚上をいけば良い。それにまだ、強力な支給品が2つ残っているのだ。


 ミコトはちょっと照れた様子を見せ、意を決したように言葉を吐いた。

「分かった、我慢する。だから、その……部屋に戻るまで、兄上と腕を組んで歩いてもいいだろうか?」

 神崎は微笑むと、無言でそっと右腕を差し出した。ミコトは緊張しながら、自分の腕を兄の腕に絡ませる。


 ・◆・◆・◆・


「兄上は大きいな。舞衣よりもガッチリしていて、ジイよりも温かい……」

 ミコトは神崎に身体を預けてしんみりと呟く。彼女に普段の跳ねる様な足取りはなく、今ある幸せを一歩一歩踏みしめているようだった。
神崎もミコトの歩幅に合わせてゆっくりと歩く。

「ミコトは二人とは仲良くやっているかい?」
「エルザは私の遊びや修行に付き合ってくれるいい奴だ。だが、すずは私をコドモと馬鹿するだけでなく、兄上の悪口まで言うから嫌いだ」
「誰しも相性の良し悪しはあるものだからね。そういう時は、相手の良いところ探しをすると良いよ。
 彼女も大切な人を守りたくて必死なのは分かってやって欲しい」
「そうなのか、アイツはそんなことは一度も言ってなかったぞ」

 ミコトは大きく目を見開いて驚いている。純真な彼女でも、頑なな妖の心を開くに至らなかったようだ。
まあ、今となってはその方が好都合なのだが。今度はミコトの方から話題を振ってきた。

「……兄上、私が奈緒と戦った後のことを覚えているか?」
「ああ、覚えているよ。舞衣を守るために良く頑張ったね」


 それはミコトがこの世界に連れて来られる前日、つまりは黎人に兄だと告白される少し前のことだ。
彼女は年上の親友、鴇羽舞衣と一緒に買い物を楽しんでいた。そこに突然、結城奈緒とその大蜘蛛のチャイルド、ジュリアが襲い掛かってきた。
だが、舞衣はHiMEの戦いに消極的で逃げようとするばかりだった。だから、ミコトはひとりでジュリアを撃退した。


 確かに、その結果、奈緒の想い人も命を落としたかもしれない。
だが、ミコトは優しい子だ。戦いがどんなに人を傷つけ、悲しませるかは分かっていた。
その上で、彼女は舞衣を守るために刀を振るったのだ。その行為は褒められこそすれ、咎めるべきことではない。
その日、神崎はたまたまミコトと遭遇し、事情を聞いて素直にそう思った。

「舞衣はあまり良い顔をしてくれなくて、私は落ち込んでいた。でも、兄上だけが、私の気持ちを理解してくれた。とても嬉しかった」


 床が歩く歩道に変わる。二人は足の動きを止め、目的地まで身を任せる。

 神崎は先程の幻影を想起し、そして思う。ミコトの眼差しはいつでも真剣で嘘偽りがない。
だが、自分の嘘、そして祖父の死因に気づいた後も、同じ気持ちを抱いてくれるだろうか。
結局、言霊を使わなくとも、彼女を不純な手段で縛っていることに変わりない。

 彼にも妹を騙し続けることに罪悪感はある。いっそ、全てを曝け出したい誘惑もある。
彼女なら、神崎黎人の妹なら、それでも自分を愛してくれるかもしれない。
だが、王の大儀を果たすためには、不確実なことはできない。
時に最愛の身内でさえ騙し、利用し続けなければいけない。
国とは私物、されどそれを公と見立てられぬ者に王の資格はないと教えられてきた。
彼はそのために進んで耐えることのできる器――だからこそ孤独である。

 その時、ミコトは神崎の腕をぎゅっと握り締めてきた。

「だから、私は絶対に裏切らない。私は兄上のために戦うんだ。残った私までが兄上から離れたら、兄上は独りぼっちになってしまう。
 やっと、兄上に出会えたのに離れ離れになるのは嫌だ。兄上が死んでしまうのは嫌だ」

 もしかして、神崎の抱いた感情を読み取ったのだろうか。
ミコトは自由奔放で恋も知らぬ少女なのにこういうことはやたら鋭い。
神崎はミコトの滲んだ涙を指でそっと拭い、嬉しそうな様子を見せながら言った。

「大好きだよ、ミコト。大丈夫、みんなきっと上手くいくよ。
 ……そうだ、明日、僕の剣の稽古に付き合ってくれるかな?」

「兄上、本当か。私は兄上に会ったら、剣を教えて貰いたいと、ずっと思っていたのだ」

 ミコトは曇った顔を笑顔に変えて、本当に楽しそうに語る。
彼女は幼い頃から、兄上に会えたら、一緒にどんなことができるか色々考えていたのだろう。
 だが、神崎の孤独を癒すのは、ミコトをミロクで突き刺し300年間封印することだけ。
これによって、彼は王としていつまでも彼女を守り続けることができる。
それはもはや人のしがらみから逃れた嘘偽りのない純粋な関係。彼はこのより捻じ曲がった手法をそう捕らえていた。
彼は神崎家に養子に出されてから、ずっと願い続けている。紫子の幻から抜け出した時、その思いは益々深くなった。


 (ミコトこそ、真の幸運の女神だ。彼女ほど神崎黎人の妹として相応しい器などない)


「兄上、この基地は嫌いだ。儀式が成功したら、一緒に食べて話をして二人で仲良く暮らそう」
「そうだね、僕も楽しみにしているよ」

 だが、彼女の夢は絶対に適わない。彼にはナイアの契約がある。
すべての人工HiMEを殺して儀式を成功させる以外、故郷に戻る術はないのだから。


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 ▼とある研究員のドキュメント2 ――『異界の悪魔を統べる方法』


 多くの平行世界において、人々は究極の答――あらゆる事象の発端、万物の始まりにして終焉の知識。
要するにアカシックレコードや根源の渦を求めている。
言峰綺礼の参加した聖杯戦争も、本来は根源の渦への到達手段だったらしい。
彼の世界には根源の渦から帰還し、強力な魔法を手に入れた者もいるとか。

 シアーズ財団もまた究極の答を求めていた。ただし、究極の問――究極の答をどのように解釈し、何のために扱うか、と共にである。
単に強大な力だけ手に入れても宝の持ち腐れだったり、力に溺れて破滅するだけだ。
ただし、論理学の範囲では、全知は存在しないと証明されている。そのため、究極の問と究極の答は両立できず、矛盾を起こしてしまう。
だが、媛星の本質は想いの力、願いの力、想像の力、理屈を超えた力であり、言ってしまえばなんでもアリだ。
そこで、750万回儀式を繰り返し、宇宙自身の限界の補集合たる知の明晰な理解を得、

――⊿§ΥΙ√∵☆£+∵∑o&Ф♭▼膈○㌘%仝±×、すなわち人生、宇宙、すべての答えは「42」

 それは矛盾、不条理、狂気、あらゆる混沌を解釈し、鎖につなぐ至高な知。
その時、かの異界の悪魔、人類を奈落に引き釣り込もうとする存在すら我らの前に跪くだろう。
これこそ、72柱の悪魔を統べしソロモン王の時代から、
石工職人ギルド、ヨーロッパ騎士団、そして、シアーズ財団に脈々と受け継がれし結社の理念だ。

 と、アリッサが大見得を切っていたが、750万とか無茶苦茶である。
一体、何人虐殺すればいいんだ。途中で悪魔とやらに気づかれるのは確実だ。
天使でも探して助力を請うのか、それとも無数の平行世界のシアーズ財団と協力して人海戦術で仕上げるのか。

 たぶん、総帥はそこまでやるつもりは無くて、交渉カードか何かに使う気なのだろう。それか派手なことが好きで、単に威勢を張りたいとか。
この手の駆け引きは複雑怪奇で、技術畑の自分にはよく分からない。

 とにかく、あの黒幕とはそれ位大胆でないと掛け合えないのだろう。私は今、自称幸運の女神の恐ろしさを肌で強く感じている。


 ・◆・◆・◆・


 言峰綺礼には自分に還る欲望がない。他人を不幸にするのは好物だが失敗しても構わない。
彼にとっては、誰が死のうが生きようが世界が滅びようが、邪神に宇宙を侵食されようが等価値だ。

 だが、この男にもただひとつだけ、人間として正の喜びを感じる瞬間がある。
彼は悪鬼と鬼神と深きものを魔女の釜で超融合させ、花椒!豆板醤!甜麺醤!その方程式によって導き出される答えは邪神マーボーだ!
な料理を額に滲む汗を拭うのも忘れ、口から胃袋へと放り込んでいる。

(言峰神父、もう食べ終わったかい。第二幕のために、どうしても伝えたいことがあるのだけど、時間は空いているかな)

 声だ。不可視の回路が延びて、接続が生じ、何かが語りかけてくるような感覚。
麻婆の求道者が陶器の皿に蓮華を置き、ぼさぼさの髪を掻き分けた時、それは起きた。
幸い、言峰はこの手の経験はサーヴァントとのやり取りなどで慣れていた。
彼は一瞬、眉をしかめたものの、すぐに事情を呑み込み、念話の主に思念を送り込む。

(その聞き覚えのある声は、という表現も可笑しいが、ナイアかね……随分と惨めな姿に成り果てたな)

 彼は人気のない食堂で、テーブル越しにそれを見下した。

(ああ、僕は一応、舞台から降りた身じゃない。周りに影響を与えちゃいけないんだよね。
 それとも、ブラックマンとか暗黒のファラオとかアスモデウスとか、いっそ、巨大ロボットで登場して欲しかったかな?)

 ナイアは植木鉢の陰で、ハツカネズミの尻尾をぴょこんと立てる。

(私の関心は上辺ではなく本質、その魂だ。意思疎通さえできれば何も問題はない)

 言峰は不敵な笑みを浮かべる。実際、彼ならどんな異形を目の当たりにしても、発狂しないかもしれない。
あの白い小動物は真っ暗な瞳で、長身の神父を見上げていた。

(ふふ、隙あらば、神すら問い殺さんとする瞳、素敵だよ。
 シアーズ総帥も君くらい肝が座っていたら良かったのに。彼は僕が少しばかり『自己紹介』したら、観客席に身を引く体たらくさ。

 君は赤い靴に魅入られて死ぬまで踊ってくれないのかい。ああ、つまらない。残念だよ)

 ナイアは一切の発声器官を用いずに軽く嘆いてみせる。これは言峰にとって既知の情報だ。だから、彼女の言動はゲーム干渉には当たらない。

(随分と未練があるようだな。だが、君の力をもってすれば、箱庭へ強引に連れ込むのは容易いと思うが)

(だって、僕は総帥サマの采配に惚れ込んでいるんだよ。
 あの左手で悪魔と契約を結び、右手で平然と聖水を買い求める強かさ、彼の自由意志に任せずにはいられないじゃないか。
 事実、ここに送られた連中は、期待通りユニークな強化作戦を実行してくれたからね。

 まあ、もし彼らが無能だとしても、代わりにあの怪物――おっと)

 フローリングの床に甲高い炸裂音が木霊した。ナイアは穿鋼の突きを紙一重で回避、反対側の壁に爆走する。

「汚い、ねずみ、汚い、ここには畜生にくれる食べ物はないアル!」

 清掃婦がモップを上に構えてネズミを追いかけている。
外見は言峰行きつけ中華飯店の店主の外見年齢を2倍、ウェストも2倍した感じだろうか。
ナイアはルール遵守のためか己の美学のためか、ネズミの身体能力だけで、あの般若から逃げ回っていた。

(これがかの文豪の語る、神の自制の奇跡というものか。実際に目にできるとは運がいい)
(あはは、そこまで大層なモンじゃないけどね。僕はスキンシップに飢えるただの寂しがり屋さんだよ)

 言峰は一人と一柱の喧騒を横目に、しれっとした顔で口を拭き、ナプキンをくしゃくしゃにして置いた。
ホモ・サピエンスが齧歯類の敏捷性に敵うべくもないが、この清掃婦も シアーズの女虎と呼ばれた女だ、戦況は一進一退を繰り広げている。


「ああっ、ちょこまかちょこまか嫌らしいねずみアル!」

 ついに、涜神的な鬼ごっこ終幕だ。ネズミは柱を伝って天井裏に駆け上がった。清掃婦は下で地団太を踏んでいる。
ナイアは最後に一度だけ、言峰の方を振り向いて、

(そうそう、神父サマに伝えたかった言葉はね――君は自由だ、好きにしていいよ)


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 ▼とある研究員のドキュメント3 ――『怪物Xの正体』


 私はとんでもない仮説を閃いてしまった。しかも、幾多の観測はこの説を裏付けているようなのだ。
もし、それが本当に真実だとしたら、第二幕は一番地の完全な出来レースではないか。黒幕は相当な悪趣味としか言いようがない。



――テキストファイルはここで終わっている。彼はシアーズ技術総括に呼び出されたらしい。続きを打ち込むはもう暫く後になることだろう。


 ・◆・◆・◆・


 防音壁には剣と羽に絡みついた蛇が掲げられていた。これはシアーズ財団のシンボルのひとつであり、無限の知性を表している。
だがそこでは、象徴とは程遠い罵声が空気を揺らしていた。

「神崎に情報を流したのは誰だ、裏切り者のむつみか。それとも何処ぞの間抜けがハッキングされたか。
 まさか、お前じゃないだろうな。俺は前からお前には人として、基本的な部分に欠けていると思っていたのだ」

 シアーズ技術開発総括は、擬似エレメント製造プラントに入るや否や、適当な部下を捕まえて溜めこんだ愚痴を吐いている。
一番地がこちらの状況をどれだけ把握しているのか不明。
むつみが神崎に情報を提供したのかもしれないし、それとは別に内通者がいるのかもしれない。
この状況で迂闊に動けば足元を掬われるだけ。彼のストレスは蓄積する一方だ。

 アリッサはその様子を見て、背の高い椅子に腰掛けたまま眉をひそめた。
なんともくどい。人は一時の恐怖や動揺に流されすぎる。そのせいで自分は奥の手を演じる羽目になってしまった。
それがシアーズ極東代表の殺害である。彼の死は元の世界にそれなりの影響を与えるだろうが、媛星のためなら些細な代償だ。


―― 一番地に有能な味方を演じ切れなくなったら、無能な敵を演じろ


 シアーズ総帥は構成員達を箱庭世界に託す前に、彼らにこのように命じていた。
ただ、それはアリッサの人工頭脳にも高度な処理であり、まして海千山千の猛者を欺くのは困難だ。
たとえば、深優はクラスで成績2番を演じていたのだが、それは担任にも分るほど不自然なものだった。

 そこで彼女は手っ取り早いカモフラージュとして、身内を殺害することにした訳だ。

 アリッサは総帥から裏切り者を処刑する権限を委託されていた。
そして、シアーズ極東計画代表は、言霊で洗脳されていたとは言え、組織を裏切っている状態だった。
そのため、あの程度の暴走で他の幹部から咎められることはない。

 アリッサはシアーズ本部直属になっており、どのシアーズの派閥からも中立である。
また、このゲームが終われば解体される予定になっている。
ゆえに、誰かを殺してもしがらみを生みづらく、始末人としては色々と都合が良い。


 アリッサはこれ以上、後ろの喧騒に留めることもなく、端末にアクセスする。
複数のウィンドウが開かれ、常人に目視できない速度で動画データが再生されていく。



▼RECORD・102▼

 場所は射撃訓練場。射撃手は男女合わせて4人。拳銃で50m先の的を連続で打ち抜いている。
彼らの実力を過去のオリンピック種目に当て嵌めれば、本戦出場できるかも怪しい成績である。
だが、彼らはただの研究員で、その銃経験が休日にサバイバルゲームをする程度と聞いたらどうだろう。

 そう、彼らの持つ銃こそ、身体能力を向上させる、新・擬似エレメントなのだ。

 その形態はリボルバー、弾数は無限、半透明の真空弾を発射する。
念じるだけで、その威力を人に激痛を与えるレベルから、コンクリートを穿つことまで自由自在。
更には飛距離も任意な上、熟達すれば軌道を微妙に変えることさえできる。欠点は8発撃つ度にリロード操作の必要なことくらいだ。
一番地最強の暗殺集団がこれを手にした時、かの亡霊暗殺者も悩ませる怪物が誕生するはず。

(これはシアーズにとっては痛し痒しだな……)

 シアーズはこの箱庭世界に来てから、平行世界の知識を元に、HiME⇒魔力変換プロトコルや人工の魔術回路を完成させた。
これで機械やアンドロイドは媛星の力で魔術を使うことが出来る。
それに言峰の世界の魔術とシアーズのエレメント技術を組み合わせることで、擬似エレメントの量産が可能にしたのだ。


 そして、この銃は、異世界のさる人妖の愛用した回転式拳銃になぞらえて、こう命名された。

                 カスメ トルモノ
               妖鳥・HARPYIA



▼RECORD・110▼

 あちこちに縄目と札の貼られた洞窟、その中央には大きな吹き溜まりが存在している。
正装の巫女が言葉ならぬ声を奏でたとき、微かに砂塵が舞い上がり、数mはあろう化物が姿を現した。
手足のない長い胴体、血の色をした鱗、黄金の月に似た悪魔の瞳。そう、説明会場で双子の娘が合身した姿に酷似していた。

 これも媛星の想いの力で作られた生命体、オーファンの一種である。
HiMEたちの世界では、伝承に残る魔物の正体はオーファンやチャイルドとされている。
そして、ペガサスやドラゴンなどの有名な魔物は、他の平行世界でも認知されているケースが多い。
ならば、オーファンの容姿は他の平行世界の物の怪に似ていてもおかしくないだろう。

 彼らは見てくれに相応しい戦闘力と獣の狡猾さを持ち合わせ、火を吐くなどの異能持ちもいる。
何よりも特筆すべきは高い再生力。重火器やエレメントを連続で叩き込まなければ、彼らを倒し切るのは困難だろう。
一番地は鬼道の力で彼らを大量召喚、その殺戮衝動を強引に制御し、肉の壁に利用するつもりらしい。

 言峰綺礼曰く、一番地は古の鬼道を欠落させており、本来はこれほどの力を行使できないらしい。
しかも、媛星の力を霊力に流用できるのは、神崎黎人など高位の術者に限られている。
そこで、霊脈に溜まる規格外の霊力を流用することで、無理矢理これを実現させているとか。

 暫くすると、二頭の雷牛が構成員と様々な呪具を引いてやってきた。今から、結界を張る用意をするのだろう。
反抗者が地下に進入してきたところを、結界で地上への退路を断つ。
それはここの全霊力を使い尽くす羽目になるだろうが、戦略上それだけの価値はある。



▼RECORD・135▼

 巨大なコロシアム上のリング。人間大の魚型のオーファン4体が虚空を浮いていた。強さは下の上くらいか。
これに対峙するのはタンクトップとジーンズに身を包んだ黒髪の少年。
装備するのは腕輪型擬似エレメント『天輪』、これは前回のHiMEたる舞衣と同じものである。
両手をかざすことで不可視のバリアを作る防御特化型エレメントだ。

 オーファンは横一列に並び、一斉射撃をしようと獲物にターゲットをあわせた。
その刹那、少女はオーファンが高圧水流を放つよりも速く、彼らの側面に回り込む。
敵陣を走り抜ける。駆け抜けざまの打撃、一瞬で地面に叩きつけられるオーファンたち。
彼らは分身で身を躱す暇もなかった。浮上しようと、仰け反った体勢を元に戻そうともがいている。
だが、彼はそれを許さない。攻撃に勝る防御はない。

――八咫雷天流・散華

 両腕に『天輪』の力を乗せ、無数の拳の弾幕で殴り倒す。再生する間もなく激しくひしゃげるオーファン、そして、水風船のように破裂。
哀れな迷える子は自身の思考の途絶えるよりも早く、光の粒となって霧散する。そして、残りの3体もあっという間に始末された。



 実はこの少年は人間ではなく、新たに作られたアンドロイド『量産TKF3型』なのだ。
かつて、魔術師によって生み出され、人類を獣人達の手から救ったホムンクルスをモデルにしているとかいないとか。
少女外見の『量産MYU型』と違い、簡単な魔術回路が組み込まれている。
魔術の基礎で『強化』で擬似エレメントを一時的に硬化可能だ。

 また、彼には加藤虎太郎のバトルデータをインプットしてある。これにより、有無を言わせぬ高速戦闘でオーファンを圧倒できた訳だ。
もちろん、個体によって戦闘プログラムの内容は様々である。
ただし、ベースは所詮、旧式のOS、その技量は使い手本人に比べれば付け焼刃の域。
まして、桂言葉の居合いや九鬼耀鋼の九鬼流を学習させても、直観じみた動作まではコピーできない。
おまけに、擬似エレメントによる能力底上げは、どうも人間のときより少なくなっている。
アンドロイドには、想い人を守りたいと言う気持ちが乏しいせいだろうか。そのため、強さはせいぜいランクAに留まるだろう。

 だが、戦場で最強を目指す義務など何処にもない。部隊単位の戦術に組み込む分には十分に利用価値がある。



▼RECORD・214▼

 連絡通路。エルザの足元に転がる少女型アンドロイドの残骸2体。これは神崎暗殺計画の失敗を写した動画記録。

 1体目:擬似エレメント『名刀・曼珠沙華』で応戦するも、トンファーで脳天破壊される
 2体目:後方からの狙撃を片手で弾かれ、腹部からビームを食らって上半身が吹き飛んだ

 そして、残り一体のアンドロイド、少年型も格闘技で破壊され、やむなく自爆攻撃、映像は途絶えた。
経過時間1分13秒004。その性能はシアーズの想定を余裕で越えていた。
特に火力は過去の性能テストの3割増、ランクは確実にAを超えてSに到達している。
遺伝子ベースのアンドロイドでないため、擬似エレメントは使えないのがせめてもの救いか。



 これまで絶え間なく叩かれていたキーデバイスが静かになった。僅かに目を細める、アリッサ・シアーズ。

(……奴も魔導書で強化したか。正面からの戦闘は出来れば避けたいところだな)

 実はミコトにも他の人工HiMEと同じく、支給品が配布されている。
これは黒幕が直接選択したものであり、神崎以外に内容を知るものはいない。
とは言え、規格外の代物なのは推測できるし、ミコト本人に渡さないとするとそれなりに危険物。
そうなると、ドーピングの正体は大体絞り込めるわけだ。


 ・◆・◆・◆・


 アリッサは主要なデータを閲覧し終えて、端末からログアウトする。そして、テーブルを掴んで椅子をくるりと数回転させる。
その時、通路奥のドアから言峰綺礼が姿を現した。シアーズ技術開発総括は彼を見ると落ち着かない様子を見せる。

「おっと、私は例のものの『調整』のための準備をせねば。君も言霊対策用の特殊イヤホンのインプラントの方を頑張り給え」

 そして、手前の部屋にそそくさと閉じこもってしまった。彼はあれだけ言峰の引抜きを主張していた割にこの様だ。
残された職員はほっと息をつくと、資料の束を抱えて、長身の神父に目を合わせぬように小走りで去っていく。
無論、これがヒトにとっての最善手であり、彼らを責めることはできない。

「私は随分嫌われてしまったか。これでも冬木市では評判の神父だったのだがね」

 言峰は切開できる格好の獲物を逃して残念そうに呟く。
彼はアリッサという存在を多少は面白いとは思っていても、切開することには興味はなかった。
彼女は機械仕掛けの天使、いや悪魔か。何かを悩むには純粋すぎて、結果を苦しむには鈍感すぎたから。

 アリッサは言峰を見据えて冷淡な笑みを浮かべる。

「ミスター言峰、あれだけ好き放題やって何を言う。むつみの裏切りの引き金も汝であろうに。
 シアーズはお前に利用価値があるからこそ、保護してやっていることを忘れるな」

 彼女の声から会議室の時のあどけなさは消え失せていた。
言峰は幅広く魔術に通じるものの、その深さは治癒魔術以外、平凡レベルである。
だが、シアーズはこれまで魔術に全くの無知であり、それでも貴重な存在であった。言峰は傲岸不遜な口調で彼女の言葉に切り返す。

「では、私が己の利用価値を高めるのは権利であり義務だな。先ほどの会議がどうなったか教えてくれないかね」
「その精神力、シアーズの構成員にも学習させたいところだ。
 まあいい、職員を『ためになる説教』でこれ以上悩ませないなら、構わないぞ」

 アリッサは言峰から口約束を取り付けると、理路整然と状況を報告する。
シアーズは、もし神崎があのまま会場に戦力を展開した場合、こちらの伏兵を展開して基地を制圧するつもりであった。
だが、彼もそこを読んでいたらしく、計画を篭城戦に切り替えてきた。
無論、シアーズは乗っ取りを完全に諦めた訳ではない。一番地と反抗側を潰し合わせ、双方消耗したところで、媛星を掠め奪う計画だ。

「そうか、あの男は逆境の中から可能性を掴み、這い上がってきたか」

 神父は虚ろな眼球でこの世界を他人事のように傍観していた。それでいて、僅かに口元を歪まし、血中アドレナリン値も上昇。
彼の脳内までは分からないが、何かしら快楽を感じているのは間違いない。

 今回、この程度に抑えているが、士郎の死に際を視聴した時は顕著だった。

『くくく、私にとって、あの少年は衛宮切嗣以上に不可解で不快な存在だったようだ。
 一人の女のために全てを投げ捨てながら、その仇敵を救って果てるとは。やはり、染み付いた本性には逆らえぬということか。

 ……ああ、素晴らしい。実に素晴らしい。散り際の輝きを見るのはなんと愉しいことよ。
 我が手で彼に引導を渡せなかったことが、つくづく残念でならぬ』

 彼は一片の苦々しさを込めて、両足を踏み鳴らし、腹を抱えながら笑っていた。

 言峰綺礼は人類の特異点である。アリッサは改めてそう思った。
彼女はAIで膨大な計算をしても、あの男の思考は理解できなかった。予測できない味方は愚かな敵よりも危険だ。


――ゲームにおいて、全滅を企む駒の存在確率は2割程度

 これもシアーズ総帥が構成員に語った訓戒だ。真実が1/5の中にあるのなら、言峰綺礼が該当者で間違いない。
いっそ、己の権限を行使して彼を殺すか。それとも、骨を二、三本折って拘禁するか。


「さて、私は真田紫子のためにミサを執りたいのだが、自室に戻っても構わないかね」
「ミスター言峰、その前に尋ねたいことがある」

 緋眼の少女は立ち去ろうとする神父を引き止める。彼の防弾僧衣の内側で僅かに黒鍵の摺れる音がする。
あの短剣は死者や吸血鬼の天敵だが機械人形にはさして効果は無い。今に不意討ちをかければ、確実に彼の命を奪えるはずだ。


「なんだね? 私はお前達から相応の待遇は受けている、できる範囲でそれに応じよう」

 少女は彼の不遜な瞳をしげしげと覗き込む。他の幹部は言峰綺麗の殺害を望んでいない。
計画を強行すれば、アリッサのメモリの初期化、最悪の場合は解体もありうるかもしれない。
だが、それでシアーズの不穏要素を取り除けるなら、試してみる価値はある。

「先の会議室で強化魔術を試みたのだが、予想以上に低い数値が出てしまっていな。
 やはり、能力制限を食らってしまったようだ。実戦では使い物にならん。

 汝の世界の法則について、より詳しく説明しては貰えぬか」

 少女は表情を一切崩すことなく、神父の講釈に耳を傾けていた。彼は傲慢でありながら、そういうところは面倒見の良い男だ。


 アリッサは決定を急遽変更。言峰綺麗への攻撃を保留する。時間にしてゼロコンマ45秒。
彼女は先ほど幹部を殺害したばかりだ。これ以上独断で行動すれば、言峰の暗躍以上に、内部の規律にダメージを与える可能性が高い。
ならば、このまま言峰を利用し続けよう。彼が何を企んでようとも、警戒された状況では大それたことはできまい


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