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Little Busters!”M@STER VERSION” (突破) 6

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Little Busters!”M@STER VERSION” (突破) 6 ◆Live4Uyua6



『ああ、それと。こっちは個人的な願いでもあるんだが……玖我なつき、おまえに頼みたいことがある』

 恭介に名指しされ、なつきが一歩前に出る。
 恭介は一転、苦々しい色を表情に纏わせ語る。

『あのバカを……来ヶ谷唯湖を救ってやってほしいんだ』

 彼の口から飛び出したのは、名簿に載っている参加者の中で、現状唯一と呼べる殺し合い賛同者の名前だった。
 なぜ自分が指名されたのか、なつきも自覚しているのだろう。全身を強張らせ、恭介と相対する。

『あいつも、元祖リトルバスターズの一員だった。今は一人で意地になってバカやってるってのも、知ってる』
「……私は、来ヶ谷唯湖とは顔も合わせたことのない人間だぞ?」
『それでも、適任はおまえしかいないと直感したのさ。そうだろ?』

 得意気に尋ねる恭介に、なつきは無言で返す。
 来ヶ谷唯湖といえば、クリスが特に気にかけていた人物だ。
 彼女のことを頼むなら、なつきよりもクリスのほうが適任かと思うが、恭介にはなにか思惑があるらしい。

『こんな体になっちまったからかな。来ヶ谷がどんな想いであっち側にいるのかも、なんとなくわかるんだよ』

 語る恭介の表情は、重い。

『あいつはたぶん、死にたがってる。いや――クリスの手にかけられて、死にたい。そう思ってるんだ』

 仲間、友達、家族、恋人――棗恭介と来ヶ谷唯湖の繋がりというものは、どれほどのものなのだろう。
 真人の話からも、恭介と唯湖の関連性は見出せた。それらをもとに考察する。
 これは化けて出たついでなのか、単なるおせっかいなのか、それとも立派な未練の一つなのか。
 ここ一番でつらそうな顔を浮かべる彼の心根を、察すれば。

「随分と、来ヶ谷唯湖の心を見透かしている風に言うんだな」
『わかるのさ。俺も、似たようなもんだったから。おまえにだって、わかるはずだ』
「……っ!」

 玖我なつきという人間は、一見クールではあるがその実喜怒哀楽の激しい、普通の少女のように思っていた。
 少なくとも、プッチャンはそう思っていた――そのなつきが、今にも泣きそうなほど顔を歪めている。
 視線は足下へ、唇はきゅっと噛み、感情を内に封じ込めるよう拳を固く握り締めていた。

「……恭介。おまえは、静留のことを知っているのか……?」

 やがてなつきは、搾り出すように言葉を発した。

『知ってる。そんときゃもう、この体になった後だったしな』
「なら、話してやってくれ。いい機会だ、みんなにも聞いてもらいたい」
『いいのか?』
「ああ」

 なつきの了承を得て、恭介は語り出す。
 藤乃静留という、この世で一番玖我なつきを愛した、少女の話を。

 それはクリスとなつき、そして九郎の三人だけが共有していた御伽噺。
 教会で初めて顔を合わせた際、プッチャンらも聞きかじってはいたとある悲恋の物語。
 不器用すぎたがゆえに道を踏み外してしまった、藤乃静留の想い――その、哀しみの末路。

 それはまるで――これから待ち受けているだろう、来ヶ谷唯湖を巡る運命の対比にも思えた。

『おまえとクリスは、必死に静留を止めようとした。けど、結果的に静留は死んじまった』

 恭介は、毅然と事実のみを口にする。

「……過ちは繰り返すな。そう、恭介は私に言いたいわけか。クリスではなく、私に……」

 静留を殺してしまったのは、いったいなんだったのだろう。
 なつきの銃か、クリスの存在か、静留の純粋すぎた愛情か、運命という名の天秤か。
 一つでもボタンが掛け違っていれば、回避はできたのかもしれない。

 それを言うなら、神宮司奏の死だってそうなんじゃないかと――プッチャンは、静かに思った。

『静留のときは、クリスがおまえに協力する形だった。だが今度は、おまえがクリスに協力する形だ。だから――』
「――同じ轍を踏むな。とでも言いたいわけか?」

 口を挟んだのは、玲二だった。

「愛する人のために、自らの命を投げ出す……がけっぷちに立たされた人間のやることだ。
 おまえや、その藤乃静留という女は、それしか救いがなかったから死を選んだ。
 だが、来ヶ谷唯湖はそうじゃないだろう。彼女はまだ、崖の淵には立っていない」

 もちろん、俺もな――そう、玲二は言った。
 彼もまた、キャル・ディヴェンスとの対立を回避できず、最愛の彼女を死なせてしまった身である。

『……来ヶ谷だって、りのの言葉は聞いたはずなんだ。殺し合いが終わってることだって知ってる。
 本人がクリスに許されることを望んでいなかったとしても、殺されることを望んでいたとしても、
 道を作ることはできるはずなんだ。クリスと……なにより静留の死を知ってる、なつきなら』

 後悔を交えた、教訓という、想い。しかしそれは、想いとしては一方的すぎる。
 なつきやクリスの胸の内を知らぬ唯湖が相手では、跳ね除けられて終わり。

 知ってもらう必要がある。
 来ヶ谷唯湖に、藤乃静留の最期を。

『こっからは、俺から来ヶ谷に伝えてほしいことだ』

 そして――なつきとクリスのみならず、今こうしてここに在る、棗恭介の想いも。

『さっきツヴァイが言ったように……俺も、静留や来ヶ谷とそう変わらないのさ。
 俺はそいつに殺されたわけじゃない。致命傷負わされたことは確かだが、最期は自ら命を絶ったんだ』

 本人から語られる、直接の死因。
 聞いた桂が、どうして、と漏らした。

『好きな子が死んじまったからさ』

 恭介は真顔で、本心をそのままに吐露する。

『俺はその子と、生涯共に歩んでいきたかった。けど、彼女は死んでしまった。後追い自殺……ってことになるのかな』
「それが……! おまえを好きだった女の子の願いだったとでも思っているのか!? そんなの、静留と一緒じゃないか……っ」

 なつきが声を荒げる。
 恭介は毅然とした顔つきのまま、

『ああ、一緒だ。けどな、俺は彼女の最期に、こんな言葉を残されたりもしたんだ』

 すぅ、と息を吸い、また吐いて、刻み付けた言葉を再生する。

『生きて』

 恭介は感情も露に、続ける。

『そんなの、俺だって同じなんだよ! 俺だって、彼女に生きていて欲しかったさっ!
 でも残されたのは俺だった。俺の好きだった子は、俺を生かすために自ら命を絶った』

 恭介が想いを寄せていた女の子というのもまた、恭介のことが好きだったのだ。
 想いは交差していた。相思相愛だった。壊したのは、この星詠みの舞という儀式。

 ゆえに、彼と彼女は知っている。
 想いに翻弄され、命を投げ出すその愚かさを。
 誰だって、好きな人には生きていてほしい。
 そんな、あたりまえの願いを。

『これは、リトルバスターズの棗恭介としての言葉じゃない。
 おまえが辿るかもしれない、未来の姿――馬鹿な男の頼みごとだ』

 生きて欲しいという願いを蹴り、想いのままに後を追ったのが神宮司奏だった。
 生きて欲しいという願いを返し、想いを他者に託し退いたのが藤乃静留だった。
 生きて欲しいという願いを捧げ、想いをぶつけたのが恭介の好きな少女だった。
 生きて欲しいという願いを胸に、されど抗えず彼女を追ったのが棗恭介だった。

『おまえは、俺や静留みたいにはなるな。おまえの想い人はまだ生きている。おまえの想いは、まだ消えちゃいない』

 生きて欲しいという願いを受けたとして、来ヶ谷唯湖がどのような選択をするかは――まだ、決定していない。

『だったら、逃げたりなんかするな。想いに殉じるなら――死ぬより生きてみろ。それが、先人からのアドバイスだ』

 シン……と辺りが静まり返る。
 棗恭介の想いは、来ヶ谷唯湖との対面を控える玖我なつきへと、継承された。

 たしかに、となつきが頷く。
 恭介は、フッと笑った。

『リトルバスターズより一人の女の子に走った俺が言っても、今さらではあるかもしれないが……
 だからこそ、来ヶ谷には届くと思うんだ。かつての仲間とはいえ、後悔だけはしてほしくないからな』

 静留の想いと恭介の想い。
 両方の想いを受け継いだなつきだからこそ、響くと思われる言葉。
 なつきも、自分が来ヶ谷唯湖を前にどれだけやれるかを疑っているのだろう。表情には自信が足りない。
 ただそれでも、クリスと共にあるのなら――と、プッチャンは思うのだった。

「きっと……きっと声、来ヶ谷さんに届きますよ!」

 静寂の中で、喉が張り裂けんばかり声を出したのが、やよいだった。

「クリスさんや、今のなつきさんを見てればわかります。二人が、どれだけ来ヶ谷さんに生きて欲しいって思ってるか……」
「へ、お子ちゃまのやよいに愛やらなんやらがわかるってのかよ。背伸びはほどほどにしとくんだな」
「うぅ! こ、こんなときに茶化さないでくださいっ!」

 わかっている。
 やよいとて、奏の自殺を止められなかった苦い経験を引き摺っているのだ。
 それはプッチャンも共有しているものだが、今改めて考えれば、あれは止められるものでもなかったと思える。
 彼女が想いを捧げていた対象、りのは、あの時点ではもうこの世にはいなかったのだから。
 それを思えば、クリスが唯湖にじかにぶつかるというだけ、芽は十分にある。

「信じようぜ」

 と、プッチャンはやよいにただそれだけを言った。

『……なんか空気を重くしちまった。ああ、そういやもう一個言い忘れてたわ』

 やよいとプッチャンのやり取りに笑いを零し、恭介がなつきに向き直る。

『これはクリスに。こっちにきたらトルタのことでぜひ伝えたいことがあるんで、覚えてやがれって言っといてくれ』
「え、縁起でもないことを言うなこのバカッ!」
『歓迎するって意味なんだけどな』
「どっちにしろ悪いだろうが!」

 緊張も一瞬、またおどけて罵倒を食らう恭介。見ていて気持ちのいい少年だった。
 願わくば、『生きている』うちに会いたかったものだと、プッチャンは自嘲する。

「わたしからもひとつ、訊いていいでしょうか?」

 重々しい空気が吹き飛んだところで、柚明が恭介に質問する。

「恭介さんが現世に留まった理由は、わかりました。けど、だとしたら――」

 言いにくい質問なのか、柚明の口ぶりは訥々としている。
 ちらり、と桂を一瞥し、ようやっと続きを言った。

「――他の方は、どうなんでしょう?」

 ふとした発言に、一同の表情が険しくなる。
 プッチャンは咄嗟に、りのや奏、葛木宗一郎井ノ原真人の顔を頭に思い浮かべる。
 柚明の言う、他の方――つまり、恭介以外の死者は――という、危うさに富んだ疑問。
 口に出した柚明は、半ば後悔している風に、

「りのちゃんの言葉が亡くなったみんなの魂にも届いて、それが恭介さんの未練に呼応したというのなら……
 他のみんなだって、恭介さんと同じ霊体の姿になったとしても、おかしくはないはずです」

 自らの仮説を話した。
 誰もが納得し、その疑問を共有してしまう。

 りのが行使した神宮司の力は、なにも恭介個人を対象にしたわけでもない。あれは、無差別な力の放出に違いなかった。
 ならば、恭介と意思を同じくする他の死者たちが、彼と同じように幽霊となって現れる可能性も、大いにありうる。
 それは桂の想い人か、玲二の愛した少女か、なつきへの愛に殉じた姫巫女か、誰であったとしても不思議ではない。

(野球をしてたから……ってのは、今度は通用しない雰囲気だな)

 死者との邂逅の場。それは、蜜を目当てに蜂の巣をつつくような真似なのかもしれない。
 だとしても、ここにいる者たちは望んでしまうだろう。
 清算を済ませたとはいえ、皆、それぞれが悲しい別れを体験してきたのだ。
 また会える、という可能性を見出してしまえば、あとは溺れるだけ。

 化けて出たのは、一人なのか。
 なぜ、恭介だったのだろうか。
 本人からの回答が求められる。

『奇跡さ』

 注目を浴びる中、恭介は平然と答えた。

『死んだ仲間が窮地に駆けつけるミラクル……なんとも少年漫画チックでいいじゃないか』
「いやいやいや、この期に及んでそのはぐらかし方はどうなんでしょうねぇ。というか、真面目に答えやがりなさい」
『おっと、今の俺に攻撃行為は無意味だぜ? だからその尻尾みたいなのをしまってもらおうか』

 キキーモラで武力行使に訴えようとしたトーニャを諌め、恭介が推論を交えた説明を始める。

『俺もハッキリとは断言できないが……こんな酔狂な姿で現世に留まってるのは、たぶん俺一人だけだろう。
 そりゃ、他の奴らだっておまえたちに言っておきたいことはあっただろうが、機会を得られたのは俺だけだ。
 なんで俺だったのかっていったら、そうだな……おまえたちがあのホテル、いや、カジノを拠点にしたせいか』

 高級カジノホテル”Dearly Stars”滞在者たちは、揃って疑問符を浮かべる。
 カジノと恭介に、いったいどんな因果関係があるというのだろうか。

『さっきそっちのブサイクな人形が、俺が島に宿ってるみたいなことを言ってたが、正しくはそうじゃない。
 元の姿を保っちゃいるが、この足で島のあちこちに出かけられるわけじゃないんだよ。
 俺はこの島の地縛霊っていうよりは、あのカジノの地縛霊なのさ。いろいろと、俺にとって因縁深い場所でな』

 初対面で臆面もなくブサイクと言われたことにむっとしながら、プッチャンがこれを返す。

「カジノの地縛霊ってんなら、どうしてここにいるんだよ。ホテルと屋内スタジアムとじゃ、けっこう距離あるぜ?」
『ある女性の体を借りた。憑いてきた……って言えば幽霊っぽいか?』

 そらまた器用な真似を、とプッチャンは半ば呆れた。
 ある女性というのは――だいたい察しがつく。他の皆も、それほど疑問には思っていない風だった。

『ま、それでもいろいろ制約はあるみたいでな。こうやっておしゃべりしている時間も、残りわずかみたいだ。
 まだ質問があるって言うんなら、今のうちに言っておいてくれ』
「……恭介くんがカジノの地縛霊だっていうんなら、他の土地にも、同じような人がいるってことはないの?」

 尋ねたのは桂だった。
 彼女もまた、自分のために死んでいった女性の記憶を呼び起こしているのかもしれない。

『可能性を考えちまうのはわかるがな、それはない』

 恭介は、毅然とした態度で桂の迷いを吹き払う。

『というのも……ひょっとしたらこの霊体化は、俺が過去にやったことにも一因があるかもしれないんだ』

 述懐するように、恭介は俯き顔で呟いた。

『実を言うと、俺はこの島に来る以前に一度死んでいる。そのときも、今回同様に強い未練があった。だからあの世に旅立つことを拒んで……』
「……幽霊に、なったの?」
『いや――世界を創造したんだ』

 素っ頓狂な発言に、問うた側の桂がぽかんとする。
 世界を創った。
 恭介が語ると、どうにも子供の嘘としか思えない。

「ジョークのターンはもう終了したはずですが?」
『これは本当さ。俺は死の間際、ある人物の命が救いたくて、虚構の世界を創り出したんだ。
 やり直しを望んだ、っていえばなんとなく伝わるか? そういう、奇跡を呼ぶ才能みたいなのがあったんだろうな』

 それは神宮司の力のような異能ではなく、間違いなく奇跡に違いなかったのだと、恭介は語った。
 虚構世界というものはなんなのか、救いたかった命とは誰のことなのか、それについては語ろうとしない。
 彼とて、墓場に持っていくまで秘めておきたい想いがあるのだろう。詮索は無粋と考えた。

『まあ、そんなわけだ。想いの強弱は別として、死者の中で一番未練たらしい男っていったら、俺だったってことなんだろう。
 なんの因果か、諸々が複雑に交差して、俺はトータル・プロデューサーからメッセンジャーの役目を仰せつかったわけだ。
 これが事を牛耳ってる神様から与えられた役割だとするんなら、きっと他にはいない。唯一にして一度きりの、特別なのさ』

 ――これははたして、何者かによる采配なのか。
 アルや那岐は思索に耽っている。他の者たちも面持ちが神妙だ。
 懸念はあるのだろうが、プッチャンはあえて、これを粋な計らいだと捉えることにした。

「それでよ、ここにいない奴らがおかしくなっちまったのも、恭介の仕業なんだろう? そろそろ元通りにしてくれねーか」

 恭介の身の上を考えれば、あと数十分と持つまい。
 それにあのまま何十分と九郎を放置しておくのも酷だろうと思い、プッチャンが切り出す。

『ああ、オーケイ。ありゃちょっとしたイタズラみたいなもんだからな、今から戻ればみんな目が覚めてるだろうよ』
「やはり、心霊的な能力かなにかで? もし可能なら、敵組織の方々にもああいったイタズラをしてほしいものですが」
『おいおい、あんま死んだ人間に鞭を振るなよ。でもまあ、どうしてもって言うんなら……草場の陰で応援しといてやる』
「やっぱり応援かっ!」

 恭介はトーニャのツッコミを楽しそうに受け、次第にその存在感を薄れさせていく。

『……ま、応援しかできないってのは本当さ。何度も言うが、俺は既に死んでる身だからな。
 こっからは生きてる連中でがんばってくれ。死人にできることっていったら、後はもう……』

 今の今までそこにいた少年の存在感は、急激に儚いものとなっていく。

(人形の体を借りて好き勝手できる俺とは違う……ってことか。まあ、目覚めたばかりのりのの力だしな)

 トーニャとて、本気で恭介の援護を期待していたわけではないのだろう。
 これは、環境の特殊性と神宮司の力、棗恭介の強い想いが複雑に絡み合って生まれた、小さな奇跡なのだ。
 彼はもうすぐ、ここからいなくなる。スッ……と消えていく体が、それを物語っていた。

「成仏でもするのかい? この島にはいずれ媛星が衝突する。地縛霊をやるにはつらいと思うけれど」
『さて、ね。おまえたちの奮闘振りを見てから決めるってのもいいかもな』

 曖昧な返事に、問うた側の那岐は肩を竦める。
 彼がこの先辿る道は、境遇を同じくするプッチャンだけが知りえることだ。
 霊体としてさまよい続けるのかも、魂が在るべき場所に還るのかも、すべては気まぐれな神宮司の力が決める。
 そしてそれは、恭介だけではなく――

「……りのさんの想い、無駄にならなくてよかったですね」
「ん? ああ……」

 思う途中、やよいに声をかけられ、プッチャンは返事をする。
 いまはまだ、この右手に嵌っていよう。
 明日はまだ、掴み取れてはいないのだから。

『そろそろお別れだ。もう会うこともないだろうが……まあなんだ、がんばってくれよ』
「ちょい待ち。消える前にはっきりさせておきなさい」

 別れを告げようとする恭介を引きとめ、トーニャが訊く。

「あなたたちの想いと、なつきさんへのメッセージ。もろもろ頂戴しました。しかし、まだどうにも要領を得ません。
 そもそもなぜ野球だったのか……いえ、これは憶測ですが。棗恭介さん。いったいあなたは、なにがしたかったのですか?」

 恭介は微笑み、最後に送る言葉として、これを残す。

『元祖リトルバスターズの一員として、二代目の意思を継ぐおまえたちを激励しておきたかった……ってところさ』


 ・◆・◆・◆・


 気づけば、見知らぬグラウンドにいた。
 人工芝などという気の利いたものはない、雑草に塗れたその場所では、三人の男女が野球の練習をしている。
 あたりにはやたらと野良猫の姿が窺え、時折打球が猫たちを襲ったりもし、そのたび打者が投手に怒られていた。
 守備につく人間はいない。打者と投手以外のもう一人は、なぜかグラウンドの隅で竹刀の素振りをしている。

「筋肉が通りま~す。白線の内側までお下がりくださ~い」

 どことなく、懐かしい光景でもあった。
 こんな光景、見たことなんてないはずなのに。
 不思議と、そう思えた。
 そう思えたことを、幸福と捉える自分がいた。

「筋肉さんがこ~むらが~えった♪」

 ふと足下を見やると、一匹の猫がなつっこく近寄ってきた。
 しゃがんで撫でてやろうと手を伸ばすと、即座に逃げられた。
 動物に好かれる性格ではないと自認しているが、ちょっとショックだった。

「筋肉がうなる! うなりをあげる!」

 猫は孤高な動物だと思う。
 何者にも縛られない、自由を探求する生き物だと思う。
 人になつかないという点では、自分に似ているとも思えた。

「……こうして、世界は筋肉に包まれた……」

 そういえば先ほどから、耳元ががやがやと騒がしいような気もする。
 汗が迸るような、なんというか不愉快な臭いも、微かだが感じている。
 まあ、無視でいいか。

「イジメかあぁ――っ! てめぇら筋肉イジメて楽しいかああぁ――っ!」

 叫ばれたので、仕様がなく振り向いてやった。
 振り向くなり、彼は機嫌を改めこう言うのだ。

「よお、自分は好きになれたかい。へへ、みなまで言うんじゃねぇ……筋肉に出てるぜ」

 相変わらずの超解釈だった。
 おかげさまで、と返すと豪快に笑うのだから、見ているだけで疲れるというものだ。

「今の内に筋肉を鍛えておきな。危なくなってからじゃおせぇからな。ピンチを守ってくれるのは、いつだって筋肉さ――」

 なんか、そんなわけのわからないことを言っていたと思う。
 曖昧な記憶。現実か幻想かもわからない世界。

 光の玉が、あちこちに浮いているような光景も見えた。

 ような気がする。
 覚えてもいない、ステキな夢。


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