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LIVE FOR YOU (舞台) 2

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LIVE FOR YOU (舞台) 2 ◆Live4Uyua6



 ・◆・◆・◆・


ホテルより出立してより程なく。
朝日を受けてきらめく海面を右手に風を切って飛翔していた九郎とアルは、その目に目的地であるツインタワーを捉えた。

「油断をするな九郎。これからは敵地にあるぞ」
「合点!」

まだ1キロメートルと少しほど先に聳える双子のビルは、ケーキの上に立てる蝋燭ほどの大きさにしか見えない。
それを九郎は見る。否、九郎は――”視る”。
彼の全身を包む黒い表皮の上に刻まれた無数の神秘文字がちかちかと発光し、呪文を生み出し魔法陣を形作る。

術者の望むものを読み取り、膨大な魔術記録を検索し、該当するものが見つかれば”表皮”がそれを自動で”唱え”魔術を発動する。
それが魔術師と魔導書――”人書一体”であるということで、それは通常の魔術の道理を遥かに超越していた。
最早こうなれば、ただひとりの魔術師よりも、ただ一冊の魔導書よりも彼らは強力無比なのである。

「相手側も妾らがこちらから向かうと予測しておったか」
「けど、アンドロイドばっかりだぜ」
「ふむ。気兼ねなく鉄屑へと片してしまえるな」

応。と、九郎は翼で風を叩き加速する。
魔術師の眼で視る先。ツインタワーの中腹あたりにはデータで見たアンドロイド達が銃火器を構えて結集していた。
10……20……30……少なくともそれぐらいは、もしかすれば、いやおそらくはそれ以上の数がそこに並び、そして潜んでいるだろう。
聞いた限りではあの深優と同等かそれに近い性能を持っているという。ブラックロッジのやられ役とは訳が違うということだ。
だがしかし、彼らの言葉の通りにそれは難敵ではない。
人でないというならば魔術の力を全力で振るうことに気兼ねはなく、そして全力ならば――敵ではないからだ。

「――来るぞっ!」

後500メートルほどというところで、アンドロイド達の持つ銃火器が一斉に火を噴いた。
次の瞬間。横殴りに鉄礫の雨霰が九郎へと降り注ぐ。彼がただの人間であればこの次の瞬間にはこの世界より姿を消してしただろう。

――『バルザイの偃月刀』

発声とともに手の内に現れた刀を九郎は振りかぶり、そして”空を切った”。
次の瞬間。殺到していた熱き弾雨はまるで見えない傘の上を滑るように九郎を”避けて”通りすぎる。
刀を振った時に発生させた極小規模の因果操作を行う防御呪文の効果である。

「あれみたくマシンガン一辺倒っていうなら、楽勝なんだけど――っと!」

物理的干渉を回避するはずの防御呪文の上で青白い火花が激しくほとばしる。
効果薄と見たのか、ツインタワーから九郎を狙うアンドロイド達は手にした銃器をより強力なものにしたらしい。

「たわけが!
 油断するでない。いくら”制限”が緩くなったといっても完全になくなったわけではないぞ。
 見誤れば死はすぐ其処にあると知れっ!」

首の横から九郎と一体化していたアルがミニマムな姿で顔を覗かせ、直接に九郎の耳へと苦言を叩きつけた。
九郎はアルに謝り、再び翼を強く叩きつけて高く上昇する。
弾雨から逃れ、さてならばどう上手くあのビルに接近できるのか、それを考えようとして九郎は地を爆走してくるそれに気付いた。



「アイム! ロッキンロオオオォォォオオオオオオォォォオオオオオオゥゥゥウウウウウウ――ルッ!!」

ギャギャギャ、ドッギャァ――――ァァアン! ペレロペロペロポロリロリ~~~~ンンンン! ギュゥ――ンンッ!!

「ひゃ――はっはっはっ! 遂に来たのであーる。この時が!
 クエスチョン! さて、どの時であるか? 回答までの猶予時間はナッシイイイイイイイイイイン……グッ!
 我輩が答えまで言っちゃうもんね。
 はい、ドクター・ウェスト君。答えは何であるかな? もっとも君ほどの頭脳を持ってすればお茶の子さいさいだろうがね。
 おほほほほ、そんなことあるのであ~る!
 答えは頭脳明晰単純明快安心会計家内安全――ずばり、我輩の時代が来たのであ~~~~~る!!!」

地を暴音爆走疾風怒濤にフィーバーしながらかっ飛ばすドクター・ウェストとそのマシーン達。
先頭からミニマム破壊ロボに、機関車、ショベルカー、ファイアーボンバー号と相変わらず奇麗に整列しながらの無謀運転。
誰が止められようか? 誰が止めようか? 如何にして止めようか? ……上空の九郎達は顔を覆って諦めていた。

「イッツ! スーパーウェストタ――イム! 合体承認! 今こそ我輩の真の実力を全力で披露する時であーる!」

ウェストの掛け声とスピーカーから発せられる合体のテーマに合わせ、縦列走行していた車両達が隊列を組み替えてゆく。

「さぁ、合体するであーる! ジャンジャンジャジャーン! レ――ッツ、コンバイ~~~ンッド! 天・才・合・体!」

破壊ロボを自ら操縦するウェストと、各機の操縦席に収まっていたブラックロッジ戦闘員らがペダルを踏むタイミングを合わせる。
その瞬間。背景はなにやらキラキラを輝く不思議時空と化し、火も噴いてないのに各機がロケットの様に舞い上がった。
見る見る間にガッコンギッコンと変形してゆくマシン達。
いささか質量保存の法則に抵触しているようなそうでないような、しかしこまけぇことは(ryと言わんばかりにダイナミックに。
小さな破壊ロボを核として2つに割れたトミーがボディとして覆いかぶさり、下半身からにょっきりと足が伸びる。
更には肩口にあたる部分にけろぴーが取り付き、アームをグイングインと振り回しながら一体化した。
そして、一塊の箱と化したファイアーボンバー号が背中へとぴたりとひっつき、ぶにょっと出てきたノズルから火を噴く。
加えて、一体化したマシンのいたるところからニョキニョキ生えたり引っ込んだり、ガッキンドッキンしたりして――


――爆発炎上した。



「……あいつは本当に馬鹿か」
「知っておろうに……」

九郎と肩から顔を出している小さなアルの見下ろす先。そこからもうもうと黒煙が立ち上っていた。
合体に失敗したからではない。ドクター・ウェストは馬鹿であるがやはり天才でもある。そのような過ちを犯したりはしない。
ただ、至極単純な話として、ツインタワーの方よりロケット弾が撃ち込まれたのだ。
正義の味方?が変形合体してる最中に攻撃をしかけあまつさえ命中させてしまうのはタブーっぽくはあるが文句は言えないだろう。
何せ、互いの全存在を賭けた一大決戦なのである。戦場に奇麗も汚いもないということだ。

「けど……、これであいつがくたばるなら俺達はあんな苦労してないよなぁ」
「全くだのう」

九郎達が頷きあった次の瞬間。爆心地より旋風が巻き起こり、そこに黄金の破壊ロボ(勿論ノーマルサイズ)が姿を現した。

「うわはははははは! うひゃあ~~~、はっはっはっ! 絶好調であ~~~~る!」

全く無傷。完全にして黄金に輝く破壊ロボよりウェストの高揚した声が響き渡る。
ドリルを基本としてハンドやらミサイルやらなにやらを備えた幾本ものアームをわきわきといやらしく動かすとズンと一歩踏み出した。
それを合図にか、再びロケット弾が破壊ロボへと撃ち込まれ――次いで爆音……が、しかし――やはり無傷!

「ぶっひゃははははは! きかんきかんきかんであるなぁ~~~きかんしゃぽっぽー! 我輩の作ったロボは化物か?(疑問系)」

耳を澄ませば、ごうごうと風が轟くような音が破壊ロボの内側から聞こえてくる。
そして、ロボの装甲の表面を縦横無尽に流れる赤いエネルギーライン。
これらが、この”ドクター・ウェスト式ドリームクロス合体・G(何の略かはないしょ♪)破壊ロボ・おかわり3杯”が無敵である理由だった。

「ぐわはははっ! 我輩の最新でモードな破壊ロボに内臓した黄金動力・天地乖離す開闢のタービンの調子は陽あたり良好!
 だいたい無限大動力より供給されるオレ様バリアは、某配管工がラッキースターを獲得したが如くに無敵三昧。
 つまるに、ここから先は我輩オンステージ!
 我輩が勝ち。我輩が勝ち。そして我輩が勝つ。つまり、我輩の我輩による我輩の為のハッピーエンドにゴートゥー!」

では、シャイニングフィンガーを使うのあーる! という掛け声と共に突進してゆく黄金に輝くスーパーモードなG破壊ロボ。
浴びせられる鉛弾の雨も、火を噴くロケット弾も、対物ライフルも熱線もなんのその、彼の生き様のようにロボは驀進邁進してゆく。

「……色んな意味で負けちゃいられないな」
「ふむ。ここからは見せ場の奪い合いとなる。この勝負で先日の借りを返すぞ九郎!」

バルザイの偃月刀を構えなおすと、一際大きく翼で空を打ち、九郎達もドクター・ウェストに負けじとツインタワーへと突進を始めた。


 ・◆・◆・◆・


出発地点であった歓楽街のあるリゾートエリアより島の南西をぐるりと周り、数十分ほど。
恋人を背にスポーツバイクを駆るなつきの目に映る風景は一変していた。

歓楽街にあったような派手な看板や電飾の類。モダンアートのオブジェや配色のエキセントリックな建物などはもう無く、
今視界の中を流れるのは、石畳の灰色や煉瓦のくすんだ赤色。年季を感じさせる上品な建物の数々だ。
そして、通りから大きな広場へと出たところでなつきはそれに気付いた。

「…………!」

”大聖堂”と地図上に記されている建物で、名前どおりに荘厳で、なつきにとってそこは印象深い場所であった。
思い浮かべるのは4日前。皆が集った教会からホテルへと向かう途中のこと。
あの中で、クリスは唯湖を想い、聞いているだろうと語りかけ、彼女のために彼自身が書いた曲を演奏して贈った。
そして、なつきは彼の真摯な想いを理解し、その一助となろうと彼の背を抱きながら決心をしたのだ。

今からそれを行うこと。来ヶ谷唯湖を救いに行くことに関して、もうなんらわだかまりは無い。
思念だけの存在となり残された想いを伝えてくれた棗恭介のこともあり、それは今やなつき自身の目的ともなっている。
なので、そこに不安や迷いはない。それなのに、あの大聖堂を見るとなつきの心はひどくざわついた。


”クリス……死なないよな? ……ここにいるよな”


あの時の問いに、クリスは確かな答えを返してはくれなかった。
それが、たった一言だけもらえなかったそれが、その空白がなつきの心をひどく不安にさせる。
近づきあい、触れあい、言葉を交わし、想いを交わして彼への理解を深めれば深めるほど、
あの時のあの一言の不在がまるで白いキャンバスに落とした一点の黒のように、浮かび上がり無視できないものへとなってゆく。

背中に彼の体温を感じる。確かに繋がっていると信じることができる。
けど、このまま離れずにずっと一緒でいられるのだろうか。


「(クリスは死なない。……死なせはしない。今も、これからも、ずっと――)」


なつきは首からかけたペンダント――錠と鍵が確かにそこにあることを確かめると、広場を渡り次の通りへと入った。



少しして、風景から街並みも消えなつきを先頭とした一行は山林の中へと入ってゆく。
申し訳程度に整えられた山道を、事故を起こさないようにと丁寧に右へ左へ、道の先を注視しなつきはバイクを進める。

その先に、玲二と彼のバイクの姿はない。後ろを振り返ったとしてもそこにも彼はいない。
彼はすでに歓楽街を抜けたところで別行動をとっている。そして――

「深優ちゃん、がんばってねー!」

――深優もまた今、愕天王から飛び降り、山の中へと姿を消した。
彼も彼女もここからは単独行動だ。
九郎達が北のツインタワーへと向かったように、彼らにもそれぞれ目的地となる別々の突入地点がある。

そして――

「スピードをあげるぞ。クリス!」

――なつきを先頭とする残りの面々が向かうのは、彼女にとっては因縁浅からぬ風華学園。
山道を抜け、再び市街へと出たところで彼女はアクセルを捻り再びスピードをあげた。

クリスの温かさを背に、決着の瞬間へと向けて自分と彼とを加速させてゆく――。


 ・◆・◆・◆・


赤。白。黄色。青と緑とそれ以外も、無数に無量に存在する華々しい光景。
風に吹かれ揺蕩う花弁の大海。その波の中を七色の波飛沫を巻き上げながら疾走するひとつの鉄騎があった。

モトクロスバイクに跨り、一路、南端の発電所を目指す玲二である。
色彩鮮やかな光景に決してそれだけ以上の気をとられることなく、油断の無い仕事人の姿勢を維持し彼は駆ける。
陽光を背に相貌を影と隠し、まるで場違いな亡霊かの様に、そしてそうだとしても亡霊の様に、彼は行く。

しかし、彼が行く島の南西は、花畑も向かう発電所も、もうすでに禁止エリアと指定されていたはずだ。
なのにどうして彼に嵌められた首輪は爆発せず、その首を跳ね飛ばしてしまわないのか?
その理由は難しくない。答えは彼が殺害した最後の男。そして先日、霊となり再び合間見えたあの往生際の悪い男にある。
棗恭介――彼が持っていた携帯電話。彼から奪ったあれを、玲二が今持っていると、ただそれだけのことであった。
その携帯電話に内臓されていた特殊なアプリ――”禁止エリア進入機能”により、彼は禁止エリアの中を進む。

本来ならば参加者は進行できないはずのルート。
もしかすれば、相手側が事前には想定していなかったかもしれないルートからの奇襲。
それが最後のファントムである玲二に課せられた任務であった。

作戦を立案した九条により玲二に与えられた役割。それはただ彼がファントムとして、最後までそれを徹すること。
誰からの支援も無く、ただ孤独に任務に殉じ、最も危険な場所へと潜り込み、亡霊として標的の命を掠め取る。
彼はそれを望まれ、そして彼自身もそうすることを望んだ。


ファントム・ツヴァイへのミッションは――神崎黎人の暗殺。


玲二は往く。誰からも見えない亡霊の様に。
今はただの一発の弾丸の様に、標的である神崎黎人の心臓をめがけ、それを撃ち抜く為、ただ真っ直ぐと花畑を渡る。

命を刈るように花弁を散らし、亡霊は往く――。


 ・◆・◆・◆・


ふと、深優は自らの肌着に掛けた手を止めた。

山頂の湖にほど近い、既に訪れる人もない神社。
いや、予定通りに事が進むのならば、もう人の訪れる事のない場所。
既に敵も味方も、誰一人この場を訪れる理由など無い。

(それは、そうなのですが…)

わずかな躊躇の後、下着が半ば見える位置まで持ち上げられた肌着の裾から手を離す。
柔らかな布が肌を撫で、すべらかな腹を、臍を覆い隠し、スカートの上に重なる。

「…………」

理由は、無い。
これから少しの後、深優は湖底まで潜り、そこから主催者たちの本拠地に突入する予定だ。
なのだから、その為に潜水に適した装備を纏わなくてはいけない。
そして、その為のウェットスーツは既にデイパックから出してある。
だから、後はそれに着替えるだけでいい、のだけれど。

「…………」

ふたたび肌着に触れた手は動かず、逆にキュッ、と無意識に裾を握りしめる。

今、この場所に人気は無い。
太陽は眩しく、空は青く、気候は穏やか。
仮に周囲から誰か近づいてきたとしても、身を隠す場所も無い。
ただ、それは逆に言うなら、深優自身の身を隠すものも何も無い、ということ。

「…………」

無表情な深優の頬が、僅かに桃色に染まる。
見るものも無いのだから、気にする理由もない。
むしろ、こうして考えている時間が、逆に危険かもしれない。
篭城を決め込んでいるとはいえ主催側が気紛れを起こさないとも限らないし、あるいは暴発的に動くこともあり得る、のだけれど。
それでも、ほんの少し、ほんの少しだけ、羞恥を。
無防備に裸身をさらす事に、恥ずかしさ、という心を感じた。

そして、傍らに畳んであった服を再び手に取り、それを羽織る。
肌着のまま動く、というのも世間的にははしたない行為なのだから。

「別に、普段から何も無い所で脱ぐような事は、ありません……」

誰に対してでもない言い訳の言葉が、無意識に唇から零れる。
一般的なTPOは備えている。無論、人前で肌を晒す事も無い。
ただ、言い訳をするなら、今この場所には、誰も居ないのだ。
人に見られる恐れが無い場所なのだから、ただ適当に、最短距離の途中にあって、警戒しやすい場所を選んだ、それだけのこと。
その判断自体は、間違いでは無いと思う。
間違いは無い、と思うのだが……。

「…………」

無言で、木々の陰に荷物を降ろす。
本殿に入って着替える事も考えたけれど、建物の中には監視の目が光っている可能性が高いので、やめた。
敵とはいえ、不特定多数の相手に見せたいものでもないのだから。

丁寧に畳みながら服を脱ぎ、デイバックにしまっておいた大きめのバスタオルを、体に巻く。

(そういえば……)

せめて下に着る水着くらいは、ホテルで着てきても良かったのかもしれない。
隠しているとはいえ、屋外で下着まで外すことは、多少恥ずかしい。

「碧……感謝します」

ダイビングスーツを用意した際に、下に着る水着を荷物に加えた杉浦碧の行動に、深優は人知れず謝意を示す。
同時に、余分になる訳でも無いのだけれど、どうしても必要というわけもない荷物まで揃える気にはならなかった過去の自分を恥じる。
機能的にはワンピースタイプの方が適している筈なのに、ビキニタイプを推した理由までは、図れなかったが。


ジ・ジ・ジと固めの音を立てながら、ファスナーを閉じる。
既に着替えは終わり、荷物もこうしてダイビングバッグに収めた。
手元にあるのは足ヒレとシュノーケル、エアは最低限の量しか用意していないけど、問題は無い。
訓練も無しの潜行も、それによる急速な圧力の変化といった人体の構造上の無理が多い行動も、私には何の問題も無い。
外見的には人と何も変わらないけれど、私の身体は人のそれよりも遥かに頑丈に出来ているのだから。

無論人としての機能も一通り揃ってはいるのけれど、それでも人とは明らかに違う。
人を模して作られた、ツクリモノノカラダ

「……っ!」

そのことに、不満を感じた事は無い。
感じる理由など、何一つ無かったのだから。
アリッサ様の為に作られ、その為に機能し続ける事に、不安すら感じた事はなかった。
不安を感じるという機構が、心という機能があることさえ、想像すらしなかったのに。

「アリッサ様……」

思い返すと、胸に痛みを覚える。
これが、心の作用なのだと、なんとなく理解している。
何度か、考えたことがあった。作り物の身体にも、心は宿るのかと。
心は、確かにここにある。

私は、私。
私は、アリッサ様の為に戦う。誰でも無い、私自身の心に従って。
たとえ最初は役割としてあった事でも、それは間違いなく私の望みに他ならない。

そして、もう1つ。

「玲二……」

心が、惹かれている。
適うことなど無いのに、惹かれている。
人間ですら無い、人に作られた私が、人を、感じている。

幼い日の人間が翼を夢想するように、私は人を夢想する。
例え私の身体が普通の人間と同じであったとしても、何も変わらないと理解していても、望んでしまう。
人である事を、アリッサ様と同じ存在になる得る事を。
人として、玲二の傍らに居られる事を。

私は、どれだけの期間、稼動し続けられるのだろう?
普通の人のように老いるのか、アル・アジフのように長い時を生きるのか、それともあと数年もすれば停止してしまうのか。
人と、皆と同じように、人でありたいと、そんな心を、感じる。
これは、私が人では無いからこそ、感じる痛みなのだろうか。

作られた私が、人を想うのは間違いでは無いだろうか。
アリッサ様の為に戦うというこの感情は、人として自然なものなのか。
碧が言ったように、遠くから思い続けるという事では耐えられないと感じるのは、私が人ではないからだろうか。

「わかりません……、私は……」

私自身の心が、判らない。
私自身の事が、まるで判らない。

判らない

判らない

「判らない、ですが……」

人間とは明らかに異なる私の身体。
けれど、だからこそ、今出来る事がある。
皆と、玲二と、……アリッサ様の為に戦うことが出来る。
それは、今ここにある深優・グリーアにしかできない事なのだから。

「そう、だから……」

今は、この身体に感謝しよう。

たとえその先に、さらなる苦しみが待っていたとしても。


 ・◆・◆・◆・


「おや、反応がひとつ足りないロボ。
 これは壊れているのではないかマスター? なんならエルザが叩いて直してやってもいいロボよ?」

ふらりとモニターの前にやって来ては、そんなことを言うエルザ。そんな彼女の言葉にマスターである神崎はくすりと息を漏らした。
彼女は人造人間である。つまりは作られた存在であるわけだが、創造主がどう思ったかはともかくとして
彼女のセンスは中々にユーモアに溢れており、この状況だとそれも存外悪くないものだと神埼はそんなふうに思う。

「それは違うよエルザ。モニターは壊れてはいない」
「じゃあ、エルザの目がおかしくなってしまったロボか?
 だったら、至急直してもらわないと……あの、えーと……誰だったかロボか……?」

ふむと、目の前でぐるぐると頭を回し始めたエルザに神崎はひとつ溜息をついた。
自身のボディーガードとして常に帯同させてはいるが、元々が無理をしているせいかその分綻びがよく見えるようになってきている。

「それよりもエルザ。ひとつお茶を持ってきてくれないかな? 緊張すると喉も渇くものでね」
「最優先でそのコマンドを実行するロボ。……マスターは熱々の番茶がよかったロボ?」

紅茶だよ。と、そう言って神埼はエルザを一時下がらせる。
そして、周りが静かになると再びその双眸をモニターの方へと向けなおした。

「吾妻玲二……ファントム・ツヴァイか」

確かに、エルザが指摘したとおりモニターからは参加者の反応がひとつ消えていた。消えているのは吾妻玲二の反応。
もうすでに彼は退場してしまった――という訳ではない。島中に設置された監視カメラには彼の姿は捉えられている。
花畑を疾走する亡霊の姿はそろそろ発電所に到着するだろうと、そんな所にあった。

彼の反応がモニターに出ないのは、彼が”禁止エリア進入機能”を使用しているからだ。
単純な話で、その機能は禁止エリアに引っかからなくするために首輪から電波を発するのを停止させる。
故にモニターにも一時的ではあるが映らなくなるというわけである。
これでこちら側の虚を突けるかというと、そんなことは全く無い。実際に、彼の姿は監視カメラで捕らえられているからだ。

「――とはいえ、基地の中に入ってこられちゃあ困る。わよねぇ?」
「ええ、ですから”アレ”らを手配したわけですが。首尾はいかがでしょうか?」

ゆらりと現れた警備本部長の声に驚くでもなく、神崎は対応が済んでいるのかだけを簡潔に聞き返す。
彼女の言の通り、地下の基地内部にまで侵入されると彼を補足するのは難しくなる。
元々参加者らが行き交うステージであった地上とは違い、地下の基地内には監視カメラなどはほとんど存在しないからだ。
ならば、どうするか? 答えは難しくはない。

「発電所の地下へと”アレ”らを向かわせたわ。
 元々こっちには深優ちゃんが来るかと想定してたけど、……まぁ、おあつらえ向きになったという形かしらね」

そう。進入口で待ち構えればいいのである。
いかに彼がファントムであろうとも、事実として地下への入り口がそこには一箇所しかない以上、通る場所は決まっているからだ。
ならば、そこに精鋭を送り込み見失ってしまう前に打ち落とす。それが神埼と一番地のとった策であった。

「もっとも、彼もわかってて飛び込んでくるんだろうからそうそう簡単には終わらないでしょうけれどもねぇ……」

どこか気だるげで、しかし隙を見せない表情でそんなことを言うと警備本部長はモニターの中の別の位置へと視線をずらした。
先ほど名前を口に出した、深優・グリーアの反応にである。彼女もまた玲二と同じように単独で行動している。
西側の街を抜けてより山の中へと入り、今は頂上に近い位置にある神社の傍にその反応があった。
無論、監視カメラでも彼女の姿は捉えられており、着替えの一部始終と新しい装備についてももれなく把握できている。

「まぁ、見ればわかるけど……山頂の湖から進入してくるつもりらしいわね。あの子」
「その可能性は低いと検討していましたが、彼女はあのルートをとった」
「湖はこの”本丸”の直上。つまり、進入さえできれば最短のコースとなる……できればの話になるけれども」
「できると判断したのでしょう。僕も可能だと思いますよ。彼女ならば」

山頂に大きくかまえたカルデラ湖。その湖底にはこの基地で使用する水を取り入れる取水口が存在する。
そこを潜れば基地内部への侵入は容易だ。
ただし、浅くはない湖を潜行し、すでに閉じられている取水口の隔壁をクリアする必要がある。
だがしかし、彼女はクリアするのだろう。彼女が人間でないゆえに。

「先程、取水口からのラインを停止しましたが……」
「白衣の連中が顔を真っ赤にしている姿が目に浮かぶわね。
 湖からの取り入れている水って、ほとんどはシアーズのプラントで使用する冷却水用でしょう?」
「ええ。彼らのこちら側に対する感情はもう最悪です。全ての実験を停止させてしまいましたからね」

黒曜の君と警備本部長。互いに顔を合わせて笑いあう。
何がおかしいのか、そして笑っている場合なのか、それはわからなかったが、ただこの時は愉快な気持ちに身を任せていた。


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