ギャルゲ・ロワイアル2nd@ ウィキ

LIVE FOR YOU (舞台) 1

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LIVE FOR YOU (舞台) 1 ◆Live4Uyua6



世界を撫ぜる白色にその日が来たのだと目を開いた。そして天に頂く赤色を見上げこの日が終わりであると、そう確かめた。

出立。彼らはそれまでより足を持ち上げ、そしてそれからに向かい足を踏み出した。新しい未来への、出立。
後々。そしておわりへと向けて歩を進める。流れる風景の中には過去と現在。目の前に見据える先には、後々。
超越。憚るは苦難。天へと向かう為の鉄と木と硝子でできた梯子には段が無数。しかし、彼らはそれを登り、超越。

幸運。彼らは賽を振るい円盤を回す。己等の行方を試し、計り、見極める。必要なのはそれ。得るべきはつまり、幸運。
突破。半ばを超え演劇はそのテンポを上げる。次へと飛び込むのに必要なのは勢い。今、過去を確かめ、振り切り、突破。
舞台。ついには足をかけ、彼らはその上へと身をさらす。ここまで来たのなら、ただただそうするだけ。生き様を見せる、舞台。

何が始まるのだろう。どんな意味があったのだろう。その命は何を抱えて、彼らは何を成す? いかな結果がそこに残される?




     - ギャルゲ・ロワイアル2nd 第二幕 連作歌曲第六番 LIVE FOR YOU (舞台)」 -




悲願を達成したいと願っても、幸福を得たいと願っても、聞き入れるべき神は耳を閉じただ冷笑を返すのみで願いは届かない。
全ては舞台の上の立つ者の間だけで決定される。劇の内容がそのままの結末となる。では、今から、最後の舞台を、開演します。


 ・◆・◆・◆・


朝。


これまでとなにも変わらない朝がやって来た。
窓の外に浮かぶ朝日は霧雨に隠れてその輪郭は朧で。
かわりに雨粒はきらきらと輝いていて。
とても奇麗だ。
そんな光景を僕はベッドの上から見つめていた。

明日はなにをしなくともやってくる。
それが僕らにとってどんなに大切な日であっても、そうでなくとも同じように。
また日は昇り、そして僕らを照らすだろう。
それを、僕がまた見られるとして、果たしてそこにあるのは歓喜と希望なのか? それとも悔恨と絶望なのか?
わからない。
けど、僕らはなんとしてでも明日を希望にしなくちゃいけないのだろう。
それが、僕らが……いや、僕。クリス・ヴェルティンがするべきことなのだろう。


唯湖。来ヶ谷唯湖を止めて、明日を希望に変えるために、しなくちゃいけないことなのだろう。


そんな重責を担っているはずなのに、どこか僕の心は軽かった。
何故だろうかと思いを巡らせ、その答えがなんとなく理解できる。


それは、……きっと何も変わっていないから。


空に輝く朝日も。
訪れた今日という日も。
そばで微笑んでくれる彼女も。
なにも変わってはいなかったから。


だから僕はここで朝日を見ていられる。


唯湖……君もこの朝日を見ているのかな?
それは僕には知る由もないことなんだけれども。
でも、見ているのだろうとそう思った。

そして、また必ず訪れる明日。
その明日に君は一緒にいるのだろうか?
朝日をともに見られるのだろうか?


答えは誰も知ることもなく。


それは全て、きっと僕らにかかっているのだろう。


でも、……辿りついてみせるよ。
その、……明日へ。


朝日は変わらずに雨に隠れて淡く光っているだけなのだけど、


けれどその存在はまぎれもなく確かなもので、


光の先にはそれがあるのだと、信じることができた。





 ・◆・◆・◆・


「起きたか、クリス。ほらコーヒーだ」
「ん、ありがとう」

先に起きていた彼女――なつきが両手にコーヒーを持って僕の傍までやってきた。
一つを僕に渡し、そして僕の隣に座る。
口にしたカプチーノはちょうどいい熱さで、ぼやっとした頭を覚醒させていく。
なつきは変わらず僕の傍で、なにも変わらず微笑んでいた。
何も彼女は変わることなく笑っていてくれる。
そのことは僕にとって何故かとても嬉しくかけがえのないものだった。

「……遂に今日だな」
「そうだね」

穏やかで優しい時間が暫く流れた後、なつきは不意に呟く。
その声はどこか感慨深いもので、彼女が見つめる先もどこか遠かった。
僕はそんな表情を見ながら静かに相槌を打つ。

「これで全部決まる」
「……うん」
「その時……、一緒に居たいな。……なぁ……クリス」
「うん……そうだね……なつき」

なつきの表情は柔らかく穏やかなもので。
でも、少しだけ臆病な感じもして。
僕は曖昧に笑って、そっと彼女の方に身を寄せる。
彼女は表情を崩して、目を瞑って、ぎゅっと僕の手を握った。
その柔らかい、てのひらから伝わる温もりが僕の心も温めてくれる。

触れたら壊れそうな温もりがここにあって。

僕はそれを絶対に壊したくなかったから。
だから、もっと身を寄せ合った。
願うなら、ずっと一緒に居られるようにと。
静かに祈りながら。



「……そうだ、クリス。渡したいものがあるんだ」
「……うん?」
「これ、ホテルの売店で見つけたんだ」
「ペンダント?」

なつきから渡されたもの。
それは紐で括り付けられた大きな金属の錠と鍵だった。
こんなものがアクセサリーと言えるのか不思議に感じたけど、
錠と鍵にはとても美麗な意匠が刻みこまれていてそうなのだろうとも思えた。
僕がそれを興味深く触っているとなつきが微笑みながら言う。
なつきの手には僕と同じものが握られていた。

「これはな、2対で1セットなんだ」
「……どう言う事?」
「その錠と鍵を合わせてみろ」
「うん……あれ?……上手く会わないや」

錠に鍵をさそうとするもうまく合わない。
この錠と鍵では合わないのだろうかと思っていると、くすっとなつきが笑う。

「ほら……これで」
「あ……はずれた。……どういう事?」

そのままなつきは笑いながら自分の鍵を僕の錠に差し込んだ。
すると僕の錠は簡単に外れ、紐から落ちる。
なつきはそれを見て会心の笑みを浮かべ、その意味を教えてくれた。

「これはな……互いが鍵と錠を持ち合うんだ」
「うん」
「でも、今のようにクリスの鍵と錠じゃ開けられなかったろ?」
「うん」
「だけど、私の鍵ならクリスの錠を開けられる……そして、クリス。私の錠にクリスの鍵を」
「わかった」

僕は言われるままなつきの錠に鍵を差し込む。
そして、さっきと同じようにそれはあっけなく外れた。
様子を見て、なつきはまた説明を続ける。

「ほら、この通り簡単に外れただろ?」
「うん……だけどこれにどんな意味が?」
「それはな……こんな言い伝えがあるみたいなんだ」

なつきは子供のように笑ってその言い伝えを話し始める。
その様子はどこか憧れている少女のようで。とても微笑ましい。

「恋人同士が何かで一旦離れ離れになるかもしれない時、これを使うらしいんだ」
「……うん?」
「互いの錠を……互いの鍵で閉めるんだ……それはな」

なつきは顔を真っ赤にして恥ずかしそうに。

「―――互いの心が結ばれたまま、解けないようにって」

そんな……恥ずかしくなりそうな言い伝えを。
なつきは真っ赤になりながら言うのだった。

「そしてまた二人が出会ったとき……外すんだ。再び……巡り合えたその証して……な」

そう、話を締めくくった。
顔を真っ赤に染めながら。
僕の顔もその話を聞いて真っ赤に染まってしまった。

単なる縁起担ぎかもしれない。
でも、そんな縁起担ぎが今の僕にとって何処か嬉しくて、縋りたくて。
だから、僕は、


「うん…………なつき……こっちに来て」
「……うん」


彼女の首へと手をまわして、錠を紐から離れないように。
心が結ばれたまま解けないように。
しっかりと鍵をかけた。


「これで……もう離れないよ、なつき」
「……うん……うん! クリスも……」


なつきも少し目じりに雫を貯めながら同じように。
僕の外れた錠を紐から離れないように。
心が結ばれたまま解けないように。
しっかりと鍵をかけた。


「これで……クリスも離れないな」
「うん……そうだね」


そして、結ばれた心。

それはもう二度と離れる事が無く。

強く強く繋がれ結ばれている。

だから、


「……きっとまた、明日も一緒にいられるから……なつき」
「うん…………そうだな……クリス……きっとそうだ」
「離れる訳……ないから」
「うん……うん」


また、明日を一緒にいられる。

繋がっているから。
結ばれているから。

その証が静かに互いの胸に揺れていて。


「クリス……」
「なつき……」


なつきは温かいてのひらで僕の頬をはさんで。


そのままずっと見つめ合って。


そして優しい口付けを。



いつまでも、いつまでも。


心が結ばれているようにと。


そう―――強く願いながら。





 ・◆・◆・◆・


潜りなれた扉を押し開け、食堂の中を覗き込んだクリスは自分となつきとが一番最後らしいと知った。
早起きはしたつもりだったが、どうやら少しゆっくりとした時間をすごしすぎたらしい。
頭の片隅にまだその余韻を少し残しながら、クリスはなつきの手を引いて部屋の中へと入る。

先日よりかは控えめであったが、テーブルの上には自由にとることのできる料理が並んでいた。
クリスは皿を手にすると、白く柔らかいロールパンとカボチャのスープにチーズとサラダをとってなつきの分も同じようにとる。
そして、飲み物をとってきたなつきと一緒にその場を離れ、席をとるためにぐるりと周りを見渡した。

「おーい、クリス。なつき。こっちだこっち」

ちょうどまっすぐ視線の先。この中では大柄な九郎が手を振っているのを見てクリスはそちらへと足を向けた。
九郎とアルとが並んで座っているテーブルに、なつきと隣り合うように腰をかける。

「どうだ? よく眠れたか?」
「うん。不思議とすんなり眠れたかな。九郎は?」

俺もだ。と、フォークを立てて答える九郎の目の前には積み上げられた皿の塔が立っていた。
どんな健啖家なのか。それよりも九郎はいつ起きていつから食べているのか。クリスは目を丸くする。
九郎の隣のアルはと言うと、そんなことには慣れっこなのか特に反応もないようだった。
ただ、見た目通りの幼い子供のように、生クリームののったプリンを小さなスプーンで崩してこれもまた小さな唇で食している。

周りはどうかとクリスは首を傾け視線を廻らせる。
向こう側の席にはファルと美希。そしてやよいとその右腕にはまっているプッチャンの姿があった。
ファルが傾けている白磁のカップの中身は紅茶だろうか。3人とも食事は終わったようでゆったりとお茶を楽しんでいるようだ。
その隣の席には箸を器用に使って魚を食べる柚明。
と、桂が皿を持ってその隣にやってくる。なんど往復を繰り返したのだろうか、積み上げられた皿を見るに彼女も健啖家らしい。
少し離れて、更に隣には碧の姿が見える。彼女らしからず目を瞑って神妙な態度で、しかしよく見れば口元は笑っていた。
部屋の奥の方には、そこが定位置だと言わんばかりに玲二と深優の姿があり、いつもどおりに黙々と食事をしている様子が窺える。
ぐるりと視線を反転させれば、部屋の端。壁に立てかけられたホワイトボードの前に九条と那岐が立っている。
どうやら今も今後の予定について色々と確認しあっているらしい。
その近くの席にはツンと澄まし悠々と食事をとっているトーニャがいて、その隣には珍しく静かなドクター・ウェスト
なんどか同じ食卓を囲んでわかったことだが、彼は意外にもというか普段ほど食事の作法はエキセントリックではないらしい。
そして、一周し終えた視線を元のところに戻して、九郎とアル……と足元のダンセイニ。自分と、なつき。

この朝を迎えてこの島にきてより6日目。
ついにこの日が来たというわけだが、しかし決戦の日というには誰も浮き足立つところなく静かで、そこには心地よい緊張感があった。
騒がしくしている者はいない。かといって沈痛なわけでもない。ささやかなゆとりをもって、でも油断はしていない。そんな心地よさ。

「向こうの本拠地に入ったら、次はいつ食事がとれるかわからないからな。クリスもなつきもしっかり食べておけよ」
「うん。……そうだねクロウ」
「って、お前らそんなのだけで足りるのか? 食べられる時に食べておけだ。ほら、遠慮すんなって――」

大食漢である九郎からすればクリス達の食事は前菜にも相当しないのだろう。
山盛りのあんかけチャーハンや酒蒸しした貝ののったパスタなど、彼は自分の前からクリス達の目の前に移動させてくる。
クリスとなつき、目を合わせくすりと笑うと九郎に礼を言って、それぞれを互いに取り分けあった。



『――これより、二十一回目となる放送を行う。
 新しい禁止エリアは、8時より”C-3”。10時より”B-6”となる。以上だ――……』



クリスが食事に手をつけはじめてほどなく、神崎黎人による定時放送が室内に流れた。
決戦を直前にした最後の放送。
あちらからも何かあるかもしれないと皆は身構えたが、しかしいつもどおり必要最低限のことだけを述べただけでそれは終わった。

天井を見上げていた九郎がまた大皿との格闘をはじめ、クリスも冷めないうちにとスプーンでスープを掬う。
ふと気付くとなつきとアルとがホワイトボードの方を見ている。
つられて見やると、九条が貼りだした地図に新しい禁止エリアを書き込んでいるところだった。
夜中に流れた放送で指定された”E-5”と”E-6”。そして今指定された”C-3”と”B-6”。
決戦を前にして全ての禁止エリアが指定されたこととなる。そしてそれは想定通り、作戦に問題をもたらすものではなかった。

「ふむ。順調すぎるのもまた逆に見落としがないかと不安を煽るものであるのう」

最強の魔導書であるアルはそんなことを呟き、しかし言葉とは裏腹なにんまりとした表情でいくつめかのプリンにスプーンを刺した。



「はい、ちゅうも~く!」

クリスがサラダをフォークでつつきはじめた頃。那岐がパンパンと手を叩いて皆の注目を集めた。
すでに食事を終えてまったりしている者。まだ忙しなく食べている者。ただひたすらにデザートをつついている者。揃って那岐の方を見る。

「さて、ついにこの日が来て、これから決着をつける為の一大決戦が始まるわけなのだけども――」

ホテルに到着して以後、時と場所に合わせて洋服や水着姿をとっていた那岐の衣装が本来のものである弥生時代のものと変わる。

「星詠みの舞の本来の進行役として、君たちが今ここにいることに対し感謝を述べさせてもらいたい。ありがとう、みんな」

珍しく神妙な顔で、そして一礼する那岐。ぺこりと小さな頭を下げて、もどすとにこりと笑みを浮かべた。

「これからあの黒曜の君である神崎黎人。彼が率いる一番地。そしてシアーズ財団との決戦がはじまる。
 厳しい戦いになるだろう。
 こっちも一騎当千の強者揃い。最強のHiMEの布陣だと胸を張って言えるけど、向こうだって世界を牛耳る秘密組織だからね」

とはいえ、と那岐は鼻をならす。

「僕は君たちが負けるだなんてこれっぽっちも思ってやしない。
 HiMEの軍団は一人として欠けることなくまたこの場所に戻ってこれると確信している。それだけの強さが君たちにはある。
 深優ちゃん。例のものを――」

那岐に言われ、一番後ろに座っていた深優が立ち上がり、更にその奥にあったテーブルの傍らへと進む。
そのテーブルの上にテントのように張られた真白なシーツ。深優がそれを引いて取り除くと、室内に小さな歓声が響いた。

「君たちのモチベーションを高めるためにね。ご馳走を用意しておいたよ」

一番目立つのは、テーブルの真ん中にデンと鎮座する子牛の丸焼きだろうか。
それを囲う皿の上にも、茹で上げられた真っ赤な海老やら蟹やら、カラリと焼き上げられた北京ダックやら、分厚い肉の塊など、
やよいが見れば卒倒しそうな、そして実際にそうなりかけた程の豪華な料理と食材がテーブルの上にずらりと並んでいた。

「勿論。これだけじゃあないよ。これはあくまで祝勝会用ディナーの一部の一部。
 厨房にはまだまだこれ以上のものが控えている。デザートだって一軍を成して冷蔵庫の中で君たちの帰還を待っているのさ。
 そして――」

勝って帰ってきたら今晩からはお酒も自由解禁だ。そう聞いて、また室内に歓声が響き渡る。

「今晩のご馳走を食べる為にみんな頑張ろう!」

さざなみのように小さく繰り返し感情の波が行き来する食堂の中。
皆が皆。それぞれの未来の予感を胸に、小さかったり大きかったり、それぞれの彼、彼女ごとの笑顔を顔に浮かべていた。


 ・◆・◆・◆・


朝食とミーティングを終え、決戦に向けて廊下をずらずらと並んで行く16の人と、一体のスライムとひとつのパペット。
パートナーとしてなつきの手を握って並び歩いているクリスは、そういえばと、前を行く九郎に話しかけた。

「その衣装はどうしたの?」

問われて九郎は「ああ、これか」と返事を返す。
彼の出で立ちは全裸でもなければタオル一枚でもなく、ローブだけでもなければ、ジャージ姿というわけでもなかった。
ノースリーブのインナーの上に襟の大きな白いシャツとタイ。下は漆黒のスラックスに同じ色の革靴を履いている。
クリスにとっては初見で、知る由もないが、彼――探偵大十字九郎としての一張羅である。

「行方不明になっていた俺の一張羅だったんだけどな。灯台下暗し。せしめていた犯人はアルだったんだ」
「なにが犯人か。たわけ。それは”偶々”、妾に対し支給品として配られていたものにすぎん。
 礼こそ言われても、盗人扱いとは冗談としても度が過ぎておるぞ」
「ワリィ、ワリィって。――とまぁ、これが俺の本来の姿ってわけだ。格好いいだろうクリス?」

そうだね。とクリスは素直に同意する。
初めて彼を見た時は、全裸の上に泥に塗れたローブを羽織っていただけだったのだ。それと比べれば随分と見違えていた。

「持っていたなら、どうしてすぐに渡してあげなかったんだ? ただでさえ男物は少ないのに」
「ふむ。確かに妾も九郎と再会した時はその姿に憐れを感じ顔をしかめたものよ。
 だがな、故に、今着せてしまえばまた早々に駄目にしてしまうと予見し、この時までとっておいたのだ」

なるほど。と、クリスの隣から質問したなつきは納得した。
アルはというと、クリスとなつきを振り返り、そしてその後ろを歩いている者たちを見てふむと頷く。

「期せずしてか、言い合わせた訳でもないのに皆がそれぞれに己が一張羅を身にまとっておる。
 これもどことやらの運命の神の悪戯か、はたまた決戦に向かう我らの意気の表れなのかのう……?」

言われて、クリスもどうやらそうらしいと気付く。
クリス自身も今はアイドル候補生の為の衣装ではなく、はじめに来ていたピオーヴァ音楽学院の制服を着ている。勿論、男性用だ。
しかも九郎と同じく、この制服も卸したての新品であったりする。昨晩、カジノの景品よりなつきが持ってきてくれたのだ。

おそらくは彼女もそうしたのだろうか、同じ学院に通うファルも真新しい制服に身を包んでいた。
隣を行く美希が着る制服からもほつれや血の滲みは見られない。やよいが着ているトレーナーも襟首が伸びてはいたが奇麗なものだ。
碧はやはりそれが美少女戦士としての正装なのかウェイトレス姿で、深優はなつきと同じ制服をきっちりと着こなしていた。
皺くちゃだった玲二のスーツは誰が仕立て直したのだろうか、新品も同然のようになっており、
血に染まっていたはずの柚明の着物も、おそらくは桂の努力のかいあってか元通りの鮮やかな蒼を取り戻していた。

衣装だけでなく、皆は一様にこれが始まった時と同じようにデイバックを背中に負っている。
象徴として嵌め続けていた銀の首輪も一様にそのままで、始まった時の様に、そしてこれからが始まりだという様に、彼らは歩いていた。

クリスも、雨が降り注ぐ暗い森の中を歩いてたことを思い出し、その後と、今と、これからを思い、想い、廊下を進む。



昨日までより少しだけ長く感じたエレベータ。開いた扉より出て、クリスは冷たいコンクリートの感触を靴の裏に感じる。
そこは地下駐車場で、エレベータから出てきた面々の目の前にはこの為にと用意された車両が並んでいた。

「クリス。こっちだ」

慣れた所作でバイクに跨ったなつきからヘルメットを手渡され、クリスはそれを被り彼女の後ろへと跨る。
なつきのおなかへと手をまわすと、身震いするかのようにエンジンがブルンと大きな音を立てた。

「……クリス。その、もっとしっかり抱きついてくれ。優しくされると……なんだか、こそばゆい」
「う、うん。わかった」

なつきの背中に身体を密着させ、クリスはぎゅうっと抱く。
やわらかくて、温かさが伝わってきて、心地よく、初めての乗り物に対する不安が解けるように失われてゆく。
小刻みなエンジンの振動も、どこか心地よく感じると、そんな風にクリスは思い始める。

耳に地を震わすような大きく強いエンジン音。
向こうを見れば、無骨なジープの運転席に九条の姿があり、助手席にはトーニャが座っていた。
奥の荷台にはファルと美希とダンセイニ。そして、プッチャンを手に嵌めたやよいがいて、こっちに手を振っている。

――出ませい! 鋼の牙! 愕天王!
召喚の雄叫びに振り返れば、天井につきそうな巨獣――愕天王が駐車場の中にその姿を顕現させていた。
その背中には、チャイルドの親である碧に、軽々と飛び乗る那岐と深優に、桂と彼女の手を借りてゆっくりと登る柚明。

一際甲高いエンジン音が響き渡り、駐車場の端から玲二の乗るバイクが出口へと向けて走り出した。
それを見て、それぞれも動き始める。
次いで、なつきが追うようにバイクを発進させ、その後ろにジープ。そして愕天王が地響きを立てて地下から表へと出てゆく。

「しっかり掴まっていろよ」

なつきの声にクリスはぎゅうと身体を押し付ける。グンと、速度が上がったのはその次の瞬間だった――。


 ・◆・◆・◆・


出立し、歓楽街を西へと走り去って行く3台の車両と1体の獣。
地より遥かに高い場所。ホテルの屋上にそれを見送るふたつの影があった。大十字九郎とアル・アジフである。

「外に出た途端に叩かれるってこともなかったか」
「うむ。どうやら、あちらも徹底してこちらを待ち構える姿勢であるらしいな」

では我らも出立するかと二人が頷きあった時、耳を劈くような轟音と共にホテルより最後の”車両”が飛び出した。



「ふぅはははははははははは! ドクタアアアァァァアアア……ウェスト……ッ!
 この世の理を解き明かす者たる我輩天才大天才。
 愚者でありながら分不相応にも神秘の力を欲し、人頼み神頼みのボンクラ共を成敗に御供を従えいざ発進!
 GO! GO! WEST! GO-WEST! 一度に攻めて攻め破り、潰してしまえデーモンアイランドゥ!」

騒音のひとつ向こう。音楽の遥か先にあるけたたましいメタル調行進曲をがなり立てながらそれらは北進して行く。
先頭を進むのは九郎とアルからすればお馴染みで、出てきては叩き潰し出てきては叩き潰した破壊ロボ……の小さいやつ。
その後ろにつき従うのは3つの御供で、ロボの次に道路の上を普通に走る不思議な機関車トミー。
一見すれば普通のショベルカーにしか見えないが、しかし機動性は通常のものを遥かに上回り、トミーに負け劣らじのけろぴー。
最後尾を行くは、この島内において博士が直々に改造をほどこしたトラック。移動する騒音公害ことファイアーボンバー号。
まるで伝説の勇者の一行よろしく、それら4台は列をなして繁華街を北へと走り去って行く。



「相変わらずで喧しいことだ」
「そういえば、俺がアーカムに来た時にはじめて見たのが”アレ”だったんだよなぁ……」

アルは溜息をつき、九郎はしみじみと過去を回想する。
さてと、もうホテルには自身らを残して何者も残ってはいない。
皆、目的地へと向け出立した。遅れれば出番を失うだろう。そうなれば正義の味方としても失格だ。

大十字九郎はアル・アジフと共に、宙へとその身を躍らせる。

――『マギウス・スタイル』

瞬間。少女の形態をとっていたアル・アジフが本来の姿である魔導書へと変じ、頁を展開して九郎の身を包んでゆく。
身を包む紙片は皮膚に浸透し神経と接続。物理的。魔術的。魂霊的にと繋がりあい、九郎の血肉とアルの知とを一体化。
ひと瞬きほどの刹那の後、適合した紙片は術者の上を黒い皮膚で覆い、人書一体――術衣形態は完成する。

――『マギウス・ウイング』

ワードを発するだけで本来術者が行うべき複雑な詠唱は生きる魔導書がそれを肩代わりし、結果だけが瞬時に出現する。
再度展開した頁が九郎の背中に翼の形をとり、いくつもの呪文を浮かべ、魔術により理を捻じ曲げ人間の”飛翔”を現実とした。
次いで、”落下調整””加速””抵抗軽減”と連続で魔術を展開、九郎は白き太陽の前を突っ切る一条の矢と化し空を掻っ切る。

「さぁ、行くぜ。俺たちが一番乗りだ!」

術衣形態をとった九郎は地を行くドクター・ウェストをすぐに追い越すと、彼等の目的地であるツインタワーへと飛んでいった。


 ・◆・◆・◆・


「――参加者達が動き出しました。
 パターンは『W7-GR2-P165』。行動を開始した時間、予想される進路ともに、こちらが最も可能性が高いと判断したパターンです」

参加者達が行く地上よりはるか地下深く。
忙しなく人が行き来する大会議室。その壁の一面を占める大型モニターの脇から、秘書が参加者達の動向を報告している。

「ふむ。だとすればこちらも予定通り動くとしましょう。戦闘配備を第3級より第1級へと移行させてください。
 そして、最終決戦中の指揮権の規定により、シアーズ財団の戦力を黒曜の君の権限を使って徴収します。
 これも予定通りに行うとシアーズ側へと通達してください。時間はありません。早急に行うようにと」

主催側の首魁である神崎黎人は報告を受け、いつもの様な静かな表情で、そして慌てることなくそのままの態度で指令を下した。
指令を聞いた秘書はすぐさまに踵を返し、主君の命令を各所に伝達すべくオペレーターの下へと駆けてゆく。
ほどなくして、モニター上部のランプが緑から赤色へと発する色を変え、モニターの中に各戦力の分布と状態が表示された。



「ふふふ。あれだけ渋ってた割には素直に言うことを聞くのね。これも想定内かしら?」

椅子に座る神崎の隣から、同じようにモニターを見つめる一番地警備本部長は彼へと声をかけた。
モニターの上ではシアーズ財団の所持するMYU型アンドロイドのほとんどがツインタワーへと移動を開始している。
彼女の言葉の通り、シアーズ側は貴重な戦力を先鋒として消費してしまうことにかなり難色を示していた。
少なくとも”表向き”はあれらが彼らの戦力のほとんどであったからだ。

「ええ。彼らではなく、”アレ”からすれば程度としてはかかる手間の問題でしかありませんからね。
 ここで強硬な態度に出るとは考えていませんでした。所詮、たかだか数十体のアンドロイドにすぎません」

神崎は何事でもないように答える。だが、その表情には酷薄な笑みが浮かんでいた。
これも表向きは誰も気付いてないということにはなっているが、
シアーズ財団が決戦の機に乗じて主催を乗っ取ろうとしているのはもはや誰もが明確に感じ取っているところである。
故に、神崎はツインタワーへと、つまりは参加者側の最大戦力に対する当て駒にと、シアーズのアンドロイド軍団を向けた訳だ。

「相変わらず敵が多いと苦労も増えるものだわ」
「ええ。しかし突き詰めれば、個人個人にもそれぞれ異なる願望。欲する結果があります。
 そう考えればシアーズの件に関してはさして難しい問題ではありませんよ」

ふぅん。と、警備本部長は艶かしい唇から息を漏らした。
この神崎黎人という一回り以上も年下の少年。黒曜の君であり、美袋命の兄でもある彼。中々に深いと感じる。
決して歳相応とは言えない落ち着いた物腰。柔和でありながらしかし鉄壁の心の内は茫洋としていてその奥が見えない。

「まぁ、いいわ。私は私個人としての願望と責任感に基づき与えられた仕事をこなすことにしましょう」

ふふ。と小さく笑い。彼女は神崎の元を離れ、自分に宛がわれたデスクへと向かう。
個人個人それぞれの願望。
それは参加者達やシアーズ側だけに限らず、自分も、神崎黎人も、名を知られることのない兵士だってもっているものだ。
戦いに挑む理由も、達成される野望にあったり、戦いの後の平穏にあったり、または戦いの中にあったりするのだろう。

「なんだか、長くなりそうね……」

革張りの椅子に深く腰を下ろすと、警備本部長はシガレットケースから煙草を一本取り出しその先に火をつけた――。


 ・◆・◆・◆・


朝の陽の光も射しこまない地下の暗く閉じた一つの部屋。
その部屋の主、来ヶ谷唯湖はしかし朝を認識していて、いつもと変わらないように紅茶を啜り、一枚の写真を見ていた。

耳をくすぐる鳥の声、ゆっくりと身体を温める陽射しなんてものはこの部屋には存在しえない。
ただの無機質で無音、無感情の中で、それでも唯湖は最後の朝をいつもと同じとおりに過ごしていた。
そう、最後の朝。
今日こそが来ヶ谷唯湖がクリス・ヴェルティンに殺される日なのだから。
だから、唯湖は静かに終焉を待ち続ける。
口に含む紅茶の味だけはいつもと変わらないなと思いながら。
ただ、一枚の写真を見続けて。


「――――来たか」


そして、唯湖がゆっくりと飲んでいた紅茶の一杯目を空にしようとする頃。
彼女は予感し、不意に笑う。
そして次の瞬間、

『来ヶ谷さん』

聞こえてくる神崎の声。
唯湖は白磁のカップをテーブルに置いて立ち上がる。
彼の声に耳を傾けながらポニーテイルに縛っていた髪をといた。

「来たのだろう?」
『ええ、彼が進行を開始しました』

さらりと広がる長い髪を適当に梳いて、いつもの黄色のリボンを結ぶ。
鏡を見て変わらない自分を確認し、制服の上着をとって袖を通した。

「全員か?」
『その通りです。もう少ししたらこの基地までやってくるでしょう』

そして、久々に使う事になるデイバックから武器を取り出す。
この島で最初に使用した、かの亡霊の愛銃でもあるデザートイーグル。
残弾を確認し、取り出しやすい場所に身に着ける。
そして、本来は鉄乙女の愛用品であり、この場所では千羽烏月が振るっていた名刀、地獄蝶々。
腰に差して、デイバックを背負い出立の準備を整えた。

『ですから、来ヶ谷さんは舞台の方に―――』
「解っている。今から向かう」
『お願いします。ではまた縁があったら』
「可笑しな事をいうな、君も。縁も何も……私の目的を知っているだろう?」
「……それもそうですね。健闘を祈ります」
「ああ」

そう言って、通信を切断する。
唯湖は無機質な部屋を、なんとなく見渡す。
居心地がいいと思っていたわけではないが、もう戻ってくることもないと思うと僅かに感じるところもあった。
自身が最後に出立した場所。そこを心の片隅に留め、最後にテーブルの上に置いてあった写真を取る。

唯湖は神妙な面持ちでその写真を見つめる。
しかしわずかに穏やかさとやすらぎを感じさせるような風で。
そして、しばらく写真を見続け、やがて決意したかのように写真を懐に仕舞い込んだ。


「――――行くか」


そう呟いて。


何も無かった部屋を後にする。


もはや誰も帰ってこない。二度と使われることのないその部屋を。


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