建山義紀

1975年12月26日生まれ 大阪府出身 O型
1998年ドラフト2位で入団。

1999年は先発として6勝をあげる。翌年の前半は先発ローテーションであったが、後半に防御率が5点台と悪化し、中継ぎ登板も多かった。
2002年に中継ぎとして登板、後半にはプロ初セーブをあげた。しばらく中継ぎの起用が続いていたが07年に先発復帰を直訴して勝利をあげるも故障で2軍落ちする。その後日本シリーズ3戦目で登板した。
08年は不調の武田久に代わってセットアッパーを務めた。
10年は不調のひさしウルフに代わってストッパーを務めた。この年のオフに海外FA宣言、テキサス・レンジャーズへ入団した。
12年にぎっくり腰を発症、マイナーとメジャーを行き来するもFAとなる(その後マイナーでレンジャーズと再契約)。
13年にスプリングキャンプに参加、一度は自由契約となるも再契約、同年6月にニューヨーク・ヤンキースに移籍するもFA。
14年にヤンキースと再契約も5月に契約を解除。6月に阪神と契約して4年ぶりにNPB復帰となったがわずか8試合の登板にとどまり、11月に引退を発表。
15年からは野球評論家として活動、17年9月には金子誠と共に侍ジャパンの投手コーチとして稲葉ジャパンを支えることが発表された。


エピソード

  • ルックスも悪くないしそれなりに抑えるのだが時々それなりに打たれるため、札ドでの人気はいまひとつの模様(絶大な人気を誇るえじりんに嫉妬してしまいうま味ブログに「アントニオにもキャーキャー言ってください」などと書かれるほど)だった。
  • セットアッパーというポジションゆえ、抑えても目立たず打たれれば叩かれ、打たれたときだけスポーツ新聞の一面に登場するという損な役回り。しかし球界でも稀なベテランセットアッパーであり、持病の腰さえ爆発しなければほぼ無敵といってもいい。
  • 通称タテヤマン。
  • 高校時代は巨人上原を差し置いてエースだった。
  • 風貌がルパン三世に似ており、登場曲にSEAMOの「ルパン・ザ・ファイヤー」を使用。
  • 部部長兼将棋部部長。多田野を「待っ多田野」と呼ぶも逆に「待っ建山」と呼ばれる。またワインをコレクションしたり、金子にファッションを指南するなど多趣味。
  • 自宅にワインセラーがある。08年シーズン中は禁酒していた。
  • しかしその間賢介や金子にワインを飲まれたらしい。金子にいたっては頂いたワインの代わりに焼酎をワインセラーに差して帰っていく。
  • 北海道移住組第一号。本人や奥様はこよなく北海道を愛している模様。
  • ちなみに奥様は雪が降ると近所の公園で「遭難ごっこ」をするおちゃめさん。
  • 愛猫の名前はオリバーくん。太ましくてかわいい。
  • 09年9月に第一子誕生。おにゃにょこ。
  • 何故か、ひちょりの事を頑なに「森本」と呼ぶ。…自宅を食堂扱いされてるからか?
  • ヤンバルクイナを大切に。
  • 胸毛がすごい。
  • 2010年に画伯が入団するまではハム投手最年長だった。経験豊富なベテランである為、「ブルペンの精神的支柱」と言われていた。
  • タレントの武井壮に似ているらしい。その武井のツイッターで「阪神タイガースに入団が決まったのは武井壮ではありません。建山義紀選手です。」とツイートされ、建山自身のツイッターのフォロー数が1万人を超えたそうだ。
  • 高校のOGに吉田がいる。

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最終更新:2017年10月31日 14:44