警察署の空に(中編) ◆gry038wOvE




「……それじゃあ、沖さんたちがここに来るまで、僕達だけで少し話をしておこう」


 孤門が、ホワイトボードの前で残りの五人を見ながら言った。
 ともかく、それぞれの動向を振り返っておく良い機会である。
 第一、自己紹介すらろくに済んでいない相手だっているのだ。


「とにかく、みんな改めて名前だけ、自己紹介をしよう。僕は孤門一輝


 ナイトレイダーという冠をつけないのは、まずは余計な情報から話を広げてしまわないようにするためだ。おそらく、TLTやナイトレイダーという言葉を、多くの参加者は気にかけてしまうだろう。



天道あかねです」

高町ヴィヴィオです」

「…………」


 アインハルトが黙って俯いているのを見て、ヴィヴィオが促そうとするが、ヴィヴィオが何かを言う前に孤門が紹介する。


「彼女はアインハルト・ストラトス。色々あって今は落ち込んでる。だから、そっとしておいてあげてほしいんだ……」


 事情を知っているがゆえ、ヴィヴィオが何かしら促してパニックを起こさせるよりも、先に紹介させてしまうのが良いと思ったのだ。


「……で、俺は梅盛源太っていうわけだ」


 基本的に男性陣は一風変わった格好をしている。
 制服が貴重の女性陣に比べると、基本的に変な格好が多いのだが、源太は中でも異質だった。
 服装を見ただけで、職業がわかってしまう。


「……ってオイ。ちょと待て。あんたが梅盛源太だったのか?」


 乱馬が、名前だけでも反応してしまった。
 まあ、会話が混ざり合ったりはしないので、発言は許される。
 今は、会議のような形になってしまうも少しは許そう。


「ああ、俺は正真正銘梅盛源太で間違いないぜ?」

「……ちょっと待て! なんでそれを早く言わねえんだよ!」

「悪ぃ。ちょっと名乗るタイミングを逃しちまって」

「乱馬、この人の事知ってたの!?」


 乱馬は、デイパックの中身をごそごそと漁りながら、いい加減にあかねの言葉に答えた。
 別に知っていたわけじゃないが、何と答えればいいかわからない。




「名前だけ聞いてたんだよ。志葉丈瑠ってヤツにちょっと頼まれてな」

「志葉丈瑠って……おい、丈ちゃんに会ったのか!?」

「……まあな。けど、様子が只事じゃなかったぜ」


 そう言いながら、乱馬が開けたデイパックからショドウフォンと書置きが取り出される。
 少しグシャグシャになってはいるが、乱馬はそれを広げて机に乗せた。
 開け話したように机に乗せられたそれを、源太が確認する。


「なになに……流ノ介、源太、俺にこれを持つ資格はない。……このショドウフォンは、お前達に預ける!?」


 それを読む源太は、それを読んでかなり驚いた様子だった。
 当然だろう。
 何せ、戦力であるショドウフォンを手放した彼の心理が全くわからない。
 どうしてこういう風になったのか、その経緯が全くつかめない。


「これをいつ……?」

「この悪趣味ゲームが始まってすぐだ。内容は変だけど、別に誰かを殺った後っていうわけじゃなかったみたいだけどな……」

「じゃあ、なんで……」


 源太の記憶では、ここに来る前の丈瑠の様子には、そこまでおかしい部分はなかった。
 何かしらの出来事があったから、丈瑠はシンケンジャーとして戦うのをやめてしまったのではないか?
 そのことだけは、何となくわかった。


「……もしかして、丈ちゃんは……広間で死んだ三人を守れなかった事を相当気に病んでるのか……」

「俺には、そうは見えなかったけどな」

「そうか……? とにかくこのままじゃ、理由がさっぱりわからねえ。丈ちゃんに会って直接聞いてみるしかなさそうだな。丈ちゃんは何処に行った?」


 幼馴染の源太にも、丈瑠が何を考えているのかはわからなかったようで、とにかくそれが気にかかった。
 何度も言うとおり、彼はまだ無知すぎた。少なくとも、影武者としての丈瑠の心情を察するにはまだ弱かったのだ。


「……わからねえな。さっき言ったとおり、丈瑠ってヤツと会ったのは始まって直ぐだ。それから、すぐどっかに行っちまった」


 乱馬も力にはなれそうもなかった。
 丈瑠の居場所は既に、不明慮。乱馬の及び知るところではない。
 あれだけの時間が経っているのだ。移動が速ければ、既に村の方に行っていてもおかしくはない。何せ、志葉屋敷などというのがマップにあるくらいだ。


「ところで、あんたとあいつは一体どういう関係なんだ?」


 乱馬はそれも気にかかった。
 源太が丈瑠を捜索するのを惜しみながらも諦めたと見て、聞いたのである。


「……俺と丈ちゃんは幼馴染だ」

「幼馴染、か……やっぱりな」


 乱馬の中は、こうした親しい呼び名をする相手として、幼馴染というものを連想してしまう。
 彼にも久遠寺右京という幼馴染がおり、彼女のことを「ウッちゃん」、右京は乱馬のことを「乱ちゃん」と呼んでいた。
 この場に彼女がいなかったのは乱馬を安堵させる要素のひとつであった。
 あかねやシャンプーが巻き込まれたなかで、彼女まで巻き込まれてしまったら乱馬も正常な神経ではいられないかもしれない。


「ウッちゃんのこと、思い出してるの?」

「ああ。ちょっとな。…………あの屋台のお好み焼の味は、子供の頃から忘れられないぜ」

「それ、アンタが盗んだ屋台でしょ」


 あかねが小声でツッコミを入れる。
 そういえば、あかねが源太を見たとき、彼女は少しだけウッちゃんのことを思い出した。
 お好み焼の屋台を持っていたという右京と、寿司の屋台を引く源太の姿はどこか重なったのである。
 そのうえ、幼馴染までいるという。
 乱馬と丈瑠の境遇には、少し似通っている部分もあるのだろう。屋台で稼ぐ人間が幼馴染にいるなど、滅多にあることではない。



「……で、コイツは一体どうやって使うんだ?」


 乱馬が気にかけたものはもう一つ。
 丈瑠が託したショドウフォンである。一見すると、ただのゴテゴテした携帯電話である。
 迷っている最中に、他人に託すようなものではないだろう。
 彼の中では相当の重荷だったからこそ、「これをもつ資格はない」と言ったのだろうが、そうは見えないのである。
 別に武器にはならなそうだが……。


「……ああ、これは丈ちゃんが変身するために必要なものなんだ」

「変身?」


 乱馬は納得しつつも、興味があった。女体化、猫化、豚化、シャンゼリオン、ナスカ・ドーパント、キュアパインなど多々ある戦士の姿を見てきた乱馬である。納得する一方で、一体どんな姿に変身するのかが気になったのである。


「おう! ちょっと見てみるかい!?」


 源太は特に乱馬の心情を察したわけでもないが、得意気に自らのスシチェンジャーを目の前に翳す。
 口で説明するより、実際にやってみた方がいいと思ったのだろう。


「一貫献上!」


 …………そう言って金色の戦士に変身する源太。
 既に数名を除く全員が、それに対する驚きを感じるほどではなくなっていた。
 あかねだけが既に目にしていた戦士────


「シンケンゴールド、梅盛源太!」


 ポーズを決めるシンケンゴールドだが、誰もが唖然としていた。
 敵もいない警察署の会議室で、この男は突然何をしているのだろうかと思ったのである。


「……どうだい? このスシチェンジャーは、丈ちゃんのショドウフォンとは少し違うけど、同じような力を持ってるんだ」


 あかねが頭を抱えているが、その隣ですぐにシンケンゴールドは変身を解く。
 とにかく、ショドウフォンの能力をおおまかに説明しただけである。


「へえ。また凄え道具が出てきたな」

「ガイアメモリとかとは違うみたいですね」


 乱馬やヴィヴィオが何となく関心する中────



「……あ……ああ……!!」


 ─────そんな源太の親切が裏目にでてしまう相手が一人いた。

 ある少女がただ一人だけ、源太の姿を見るなり、カタカタと震える。
 既に彼と全く同じ姿の男の戦いを見て、彼の死を知っていた少女────アインハルト・ストラトスである。


(似てる…………流ノ介さんと同じ……!)


 話を一切聞こうとしていなかったアインハルトも、視覚的に見えたその姿に驚愕してしまったのだ。
 色が違い、文字が違うが、その基本的な姿は全く同じだ。


「……どうしたんだ、アインハルトちゃん!?」


 孤門が呼びかけ、周囲がざわめきだした。
 乱馬も、あかねも、源太も、ヴィヴィオも、先ほど話もしなかった少女の異質な姿に戦慄したのである。
 彼女は一体、どうしてしまったのだろう。


「あああああああああああああああああああああああっっ!!!」


 アインハルトの口から絶叫が響き、目からは涙がこぼれた。
 あの戦いのトラウマが……拭いきれないトラウマが、今この瞬間蘇ってしまったのだ。
 シンケンゴールドの姿を見たことで。
 シンケンブルーの姿を思い出したことで。
 傍らに転がっているショドウフォン。彼がそれで変身したのなら、彼は流ノ介の仲間だったということ。


「どうしたの、アインハルトさんっ!!」


 親友・ヴィヴィオが必死で彼女の体を揺さぶっていく。
 だのに、彼女は何も聞こえていないようになって、ヴィヴィオの手が触れているのにも気づかない。
 今は世界に自分ひとりでいい。
 誰とも関わらずに生きていくしかない。
 少なくとも、この殺し合いの間、自分は他人に迷惑しかかけていないのだから。


「え……」


 アインハルトは、ようやく自分の背中に添えられた手に気がついた。
 そこにいるのはヴィヴィオさん──────?
 いや────


「駄目っ!!」


 荒い息のままに、アインハルトはヴィヴィオの手を振り払い、椅子を倒して立ち上がる。
 今、アインハルトの体をさすったのは、なのはの手に似ていたのだ。
 そう、つい数時間前に出会った、あの小さななのはにそっくりだった。
 だから、また自分は彼女を失ってしまうかもしれない。


「おい!! いくら何でもそりゃあねえんじゃねえのか? ヴィヴィオは、お前のことを心配して……」

「だからです!!」


 誰もきっと、ヴィヴィオのことは理解できないだろう。
 他人の親切を頑なに拒んで、頑なにその手を振り解こうとする。
 それも、親切にしてくれるからこそ離れようとしなければならないと思うのは、彼女がとにかく責任感の強い少女だからだった。


「……ごめんなさい、やっぱり…………私…………」


 そう呟くと、アインハルトは会議室を出て走っていってしまう。
 無造作に開けられたドアの内側で、五人の男女が放心していた。
 なにがいけなかったのだろうか。
 彼女は突然に、謎のヒステリックを起こしてしまった。
 その原因を、人づてにでも聞いているのは孤門だけである。


「なにがあったのかわからないけど……私、追ってきます!!」

「おい、ヴィヴィオ!!」


 ヴィヴィオが追っていくと、乱馬がそれに続いた。
 乱馬はアインハルトでなく、ヴィヴィオを追っているようである。
 続いて、他の三人も追おうとしたが、孤門が残りの二人を制止した。




「待った! 二人とも、やっぱりあの二人に任せよう」


 あまり大人数で行くのは逆効果だと思ったのだ。

 孤門も、彼女を追いたかったが、それでいて迷っている部分がある。
 沖にアインハルトのことを任されたはいいが、彼女をヴィヴィオと接触させるのは逆効果だったのかもしれない。
 いま考えれば、まだ精神的に安定しないこの判断は明らかに間違いだった。
 一ナイトレイダー隊員として、恥ずべき判断ミスである。
 アインハルトの精神をもう少し労わる必要があったのかもしれない……。


「僕も、そこにいたわけじゃないから知らないけど……アインハルトちゃんにあったことを知ってる限り話します」


 源太とあかねが呆然と取り残される中、せめて彼らに知ってもらおうと、孤門は話し始めた。



★ ★ ★ ★ ★





 …………警察署、屋上。
 アインハルトの傷ついた体での歩速は決して早くは無かったが、行き先を探り探った結果、三人があったのは此処であった。
 何故ここにいるのかは、何となくわかってしまう。
 どうして彼女が追い詰められているのかは、ヴィヴィオだって知らなかったのだ。


「……アインハルトさん」


 後ろには、かつて自らが守らなければならなかった聖王女の姿があるように思えた。
 かつて目の前で消えていった女性の姿が、そこにはあったのである。
 記憶が齎した幻を見て、尚更決心は固くなる。
 ああ、そうだ。やはり、大切な人を護るためには、自分から消えていくしかないのだ。


「一体、どうして?」


 ヴィヴィオが、アインハルトの突然の行動を疑問視して訊いた。彼女は何と答えるだろうか。
 とにかく、アインハルトの深刻な顔の理由は全くわからなかった。


「私のせいで、なのはさんや、まどかさん、流ノ介さんや本郷さんは死んでしまいました……」

「なのはママ……!?」

「それに、フェイトさん、ユーノさん、スバルさん、マミさん、ほむらさん……みんな、私と関わったせいで死んでしまった…………だからきっと、私は疫病神なんです」


 アインハルトの表情はいつにもまして暗い。
 これまで、哀しい記憶を何度も夢に見てきた事や、この戦場でまた哀しい記憶を積み上げていく自分。それが、彼女に完全に笑顔を忘れさせてしまう。
 後ろにいるヴィヴィオを守りたい一心が、アインハルトには確かにあった。


「……おい、テメェ何か勘違いしてねえか?」

「え?」

「俺はな、既に疫病神を知ってる。そいつは八宝斎って名前のスケベジジイだ! だから、お前みたいなクソガキが疫病神じゃねえってのも、俺にはわかるんだよ」

「…………は?」


 ある程度固い決心をしたはずのこの屋上に寒い空気が流れる。
 どこか作り話じみた話だったがゆえ、ヴィヴィオもアインハルトも目が点だ。
 乱馬自身も、この発言をやや後悔してるようだが、顔を崩さずに続ける。


「だいたい、あんたの話が本当なら……なのはってヤツもフェイトってヤツもユーノってヤツも…………もう死んじまってるって言うんだろっ!! なら、俺はお前まで死んでヴィヴィオをこれ以上傷付けるってのは絶対に許さねえ!」

「……」

「ヴィヴィオはなぁ、お前に会うのをずっと楽しみにしてたんだよっ!! それをてめえは辛気臭え顔でブチ壊しやがって!! 少しは他人の気持ちも考えやがれっ!!」


 ただ、乱馬は、とにかく本気で怒っていたのである。
 これまで行動してきて、ヴィヴィオに対して、愛着のようなものがあったのもある。
 それゆえ、折角再会できたヴィヴィオが暗い顔をしているのを、乱馬は許さなかったのだろう。
 その原因は、何よりもアインハルトの弱さにあると思った。
 気に入らないが、死んでほしくは無い。いや、死んでは駄目なのだ。



「……でも…………きっと、このまま誰かを傷付けるよりは、ずっといいんですっ!!」


 アインハルトは、正直言えば迷っていたのだ。
 乱馬の言うとおり、折角会えたヴィヴィオの言葉を、アインハルトは素通りし続けてしまった。
 まるで、出会った頃と全く同じような感じで、アインハルトはヴィヴィオが縮めようとする距離を遠ざけてしまっていた。
 だから、そうやって迷う前に────


 跳んだ。


 フェンスを越え、デイパックを置き去りにして────
 すくむ足を前へと動かし、下に何も無い空中へと────


「駄目ぇぇぇぇぇっっ!!」


 ヴィヴィオは慟哭して、彼女の飛び込んだフェンスのところへと駆けて行く。
 その真横で、乱馬が何も言わずに駆けていき、アインハルトよりも身軽にフェンスを飛び越えていった。



★ ★ ★ ★ ★





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最終更新:2013年03月15日 00:24