警察署の空に(前編) ◆gry038wOvE




 ある一方から街を目指す参加者の目には、ほぼ必ずと言っていいほど目に留まる施設がある。
 この警察署である。
 マップ東側にいた参加者が街を目指す際、その行き先となるのは基本的にまずこの警察署だろう。
 目に留まりやすいだけでなく、「殺しをしにくるようなヤツ」が絶対に避けるような名前で、どことなく安心感があるからだ。
 それに加え、市街エリアには三つしか施設はなく、そのうちの二つは川を越えた先にあるので、市街地エリアに来れば、まずこちらへ立ち寄る可能性が高い。
 普段ならば、警察署と聞くと妙に敷居の高い場所であるようにも感じるが、逆にそうであればあるほど、後ろめたい感情の持主はそこへ行かないので、ゲームに乗らない人間は一度こちらへ来てみたいと思うのだろう。


 まあ、状況が状況ゆえ、絶対の安全地帯ではない。
 ただ、あくまで後ろめたい感情の持主はどことなく近寄り難く思うだろうというだけで、その感情を逆手に取られて襲われる可能性も在る。
 この警察署で強盗や殺人を行う人間がいないのは、あくまで平穏な日常の話だ。
 更に言うなら、有人の警察署の場合である。
 これまでの日常であるならば、おそらく警察署には何百人という警官が常駐されていただろうが、この「あらゆる建造物が模造された島」にある警察署は当然無人。そこに勤務する者などいるはずもない。


 とにかく、その言葉の響きによって十人近い参加者が集まったのだろう。
 だが、人が多ければいいというものでもない──。
 多くの人間を前にすると、その一人一人を見つめて理解することは当然困難であり、時間のかかる作業となる。
 学校や職場にも多くの人間がいて、その全員の個性を見つめるには何年かの時間を費やす事になるのだから、出会って数分~数時間の相手にそこまで求めることはできるはずがない。
 そんな短時間の接触ならば、誰もがどこか互いに対する不信感のようなものを持っていて、それが一見平和で人材に恵まれたように見えるはずのチームにも摩擦を生じさせる。
 幸いなのは、この場の人間は悪人やライバルとの激闘を乗り越えて並々ならぬ精神力の持主を獲得した人間ばかりであるため、他人を表面だけで不信に思ったりはしなかったということだろう。
 もし、そうだとするならこの場で互いの信頼は完全に崩れ去っていたこととなる。



★ ★ ★ ★ ★




 まず既にその警察署に居た乱馬とヴィヴィオの前に現れたのは、二人の男女であった。
 双方は知り合いでも何でもない。ただ、偶然にもこの警察署の同じ階層で会ったのだ。乱馬とヴィヴィオがこの階層に来たのは、トレーニングルームを探るためであるが、二人と会ったところでそれは中断される。
 もしかすると、もっと前から二人はこの警察署にいたのかもしれない。


「私は蒼乃美希です」

「僕は孤門一輝


 二人はそう名乗った。
 乱馬とヴィヴィオの間には信頼関係が芽生えていたが、この二人の事を乱馬はまだよく知らない。
 それに、美希はともかく孤門のSWATのような格好は妙だった。孤門の顔立ちは、乱馬とは対照的な「草食系男子」の典型のようであるゆえ、そのギャップは大きい。
 とにかく、乱馬は基本的に、そういうタイプが何となくいけ好かなかった。まあ、霧彦もそういうタイプといえばそうなのだが、孤門と霧彦は更に細かく分けられるだろう。やや言動に見下ろすような嫌味のある霧彦とは根本的に雰囲気が違う。
 孤門に対しては、「嫌味がないのが嫌味に見える」という無茶な理由の嫌い方だった。乱馬が今まで出会ってきた人間の中では、東風先生に似ている気もする(しかしあの人どこ行ったんだろう…)。
 まあ、とにかく第一印象ではそりが合わない感じもしたが、何と無く悪い相手ではないというのはわかる。
 突っかかっていくのはナシにした。


「蒼乃美希って事は、祈里の知り合いか!?」


 もう一人の美希というのが、これまた年齢がわかりにくい。
 身長や外見だけならば、高校生くらいであるように見える。……下手をすれば、大学生だろうか。いや、一応制服を着ているので、やはり高校生くらいだろう。最悪、OLに見えなくもないが、この制服は企業的ではない。
 とにかく、乱馬と同じくらいの年齢か、それより上でも違和感はない。凄く大人びた印象の少女だ。祈里の友達────それも同じくらいの年齢だというのに、全くそう感じさせないのである。
 祈里は無邪気奔放で可愛いタイプに見えるのに対し、美希は非常に落ち着いていてモデル級の美人であった。


「祈里……!? あなた、彼女と会ったの!? 山吹祈里で間違いない!?」

「ああ、それじゃあ間違いねえみてえだな。あんたもプリキュアっていう奴になるのかよ?」


 そんなモデル級の美人が取り乱すのは、やはり友人の事であった。
 祈里の事が心配なのは彼女だけじゃない。きっと、乱馬やヴィヴィオも同じだ。
 だが、逆に乱馬やヴィヴィオのことが祈里に心配されているのだろうな……と思う。
 彼女は戦力者、乱馬やヴィヴィオは非戦力者だ。
 そして彼女は────


「ええ」


 肯定。すなわち彼女はプリキュアだ。
 また、随分と心強い仲間である。…………とはいえ、まだ中学生か。
 生身での戦闘力なら明らかに乱馬たちがピカイチであるのは、ほぼ確かと言っていいだろう。もしかすれば、乱馬たちもプリキュア対策の訓練を行えば、充分に彼女らに勝利できる可能性はある。


「プリキュアか……なんか色んなヤツがいるんだな」


 だが、今はプリキュアは敵ではなく味方。殺し合いの場で、わざわざマーダー以外と戦い削る体力はない。
 乱馬も、プリキュアを相手に敵意をむき出しにしたりはしなかった。第一、祈里のような相手と連戦していれば乱馬とて体がもたなくなる。

 それよか、隣でヴィヴィオが乱馬の気になっていた質問をしたのが気にかかる。


「あの、美希さんって、本当に祈里さんと同じ年齢なんですか?」


 これは聞きたかった。
 乱馬より多少低いくらいの身長、祈里とも10センチくらいは差がありそうに見える。
 初対面に対する質問ではないが、祈里の友人と聞くと、何となく親近感が持てたのだ。


「そ、そうよ」

「……ってことは、中学二年生だよな?」

「嘘っ!? 乱馬さんと同じくらいだと思ってました!」

(……僕も正直、高校生くらいだと思ってたよ)

「……一応、モデルをやってるから」


 道理で、という感じでこの場のみんなも妙に納得してしまった。読者モデルをしているような同級生がいる学校はそう珍しくないが、まあその為に必死でスタイルを維持しているのだろう。
 その努力は、乱馬だって賞賛するようなものだった。
 …………だが、乱馬の口からはそういう女性を見るとどうしても出てきてしまう悪態があった。目の前の少女に対してではない。
 この島のどこかにいる少女に対する、いつものコミュニケーションだ。


「……どっかのずん胴は大違いだぜ」


 いないとわかっていても、やっぱりどこかでツッコミを待ってしまうのだろうか。
 乱馬の口から、そんな言葉が出てしまう。普段から撤回しないが、この場に彼女がいない以上は、心置きなく言える言葉である。
 ずん胴。
 体型の話に関しては、やっぱりこの悪口だろう。



 と、その刹那────


 ばき!


 背後から殺気を感じ、乱馬が振り向くと、そこから飛んで来るのは乱馬の想定を遥かに越えた高威力とスピードを帯びたパンチであった。鈍い音が響く。
 乱馬の体が宙を舞い、誰もが呆けながら宙を眺めていた。
 そして、彼は、殴った本人を除く全員の間抜け面を眺め返し、


「だぁれがずん胴だぁぁぁぁぁっ!!!」


 聞き覚えのある声と言葉を聞きながら───


 ずどーんっ!


 ────天井に吹き飛ばされる。乱馬の体は跳ね返らずに、警察署の天井の方が割れてしまった。良牙ほどでないにしろ、彼も打たれ強かったからだ。
 彼はその体の硬さが原因で、顔面を天井にめりこませ、首を吊っていた。
 ぷらーん、と首から下だけを地面に垂らしたチャイナ服の男を、計五人の男女が眺めている。
 攻撃をした主が、他の人間に対し殺戮を行う様子はないが、まずその攻撃者以外の誰もが思っただろう。
 この男は生きているのか…………? と。
 なぜか、明らかに不意をついて乱馬を殴った少女のことは、誰も警戒せず、気にも留めなかった。

 あまりに咄嗟の出来事で、誰もが呆けていたのかもしれない。



【早乙女乱馬@らんま1/2 死亡…………………?】



★ ★ ★ ★ ★



「…………痛て……。いるなら声をかけりゃいいだろうが! 首輪が爆発したらどうするんだよ!」


 顔に絆創膏を貼る乱馬の体はボロボロの体で怒鳴った。
 あれをされて生きているのだから、とんでもない生命力である。おそらく、他の全員なら致命傷。こうやって、絆創膏で治そうということは無いだろう。
 とにかく、真剣に彼の無事を案じた者も中にはいたという。



【早乙女乱馬@らんま1/2 あっさり生存】



 また、同時に、その少女────天道あかねの、乱馬に対するパンチが凄まじさも全員を驚かせた。
 生身でありながら、乱馬を吹き飛ばすだけで警察署の天井を割るようなパンチである。


「ずん胴で悪かったわね!」


 それが、この高校生ほどの少女によるものだというのか?
 身長は美希よりも小さいが、この場の女性では最年長。
 だが、ストライクアーツの達人であるヴィヴィオさえも驚愕するほどの怪力とパンチだ。当然、誰もが絶句する。
 てっきり、乱馬は星になってしまったものだろうと思っていたが、それを加減したうえでだろうか。にしても凄い。

 彼女もまた、街にたどり着くと真先に警察署にやって来た人間のひとりだ。
 基本的に資材も揃っていて、殺しを行う相手が避けやすい印象があったので、ここを目指した。乱馬を殴る数分前からここに来ていたのだが、乱馬に気づいたのは彼が「ずん胴」と口にする数秒前である。
 最悪のタイミングでやって来たのは偶然だったが、とにかく予期せぬ再会といったところだろう。


「しっかし……こんな凄え姉ちゃんだったとはな」


 あかねの同行者で、彼女をここに連れてきた梅盛源太もまた、手の震えを抑えられなかった。
 彼は、一度彼女の刺繍のモチーフを言い間違えたことがあるのだ。それを考えると、あの時怒鳴られるだけで済んで良かったのだと心から思った。
 ともかく、これだけの長時間行動していて、機嫌を損ねなかった自分は奇跡的な何かに恵まれているのだろう。
 乱馬ならともかく、源太なら再起不能かもしれない。


「完璧に乱馬さんが悪い!!」

「……そうですよ。乱馬さんも半分女なんだから、少しは女の子の気持ちも考えて……」


 乱馬は、更にそのうえから二人の少女も敵に回す結果になってしまった。ヴィヴィオはたしなめるような口調だが、美希に関しては少し憤りを感じているようにも見える。
 いや、確かにそうなのだろう。あかねとも比較的年齢が近いぶん、乙女の感情に対する理解度は高い。
 ましてや、不良タイプの乱馬は、見るからにガサツで、乙女心を汲み取らない。

 ……と、怒りで一瞬忘れたが、よくよく考えればヴィヴィオはいま、随分と気になる発言をしたような気がする。
 それに美希が少し遅れて気がついた。


「……そうそう、半分女の子なんだから……。うん? ヴィヴィオちゃん、今何て?」

「半分女って言わなかった?」


 美希と孤門がそう口にした。源太と彼ら二人は乱馬の体質を知らないのである。
 彼らは、その意味が全くわからない。夜になれば女になるとかいう体質だとか、身体的な特徴の一部が女だとか、あるいは精神的に女な部分があるのか、少し色々と考える。
 なるべく、下品にならない方向で考えるものの、やはり理解はし難い。


「あの、乱馬さんは……」


 ……とヴィヴィオが説明しようとする最中、隣のあかねが黙って乱馬の治療のため汲まれた水を乱馬にひっかけた。
 目が点になりかけた乱馬の体に、避けられない滝が降りかかる。



 ざぱーん!


 ある一室の床に大量の水がこぼれていった。
 誰もがあかねの突然の行動に驚愕する中で、たった一人の怒声が響く。


「何しやがる!!」


 その水の中から現れた人間に、三人が驚いた。
 乱馬とは髪形服装だけが全く同じで、身長や外見や声質が全く違う……一部要素が同じだけの別人がいるのである。
 事情を知らない三人には、別人と入れ替わったようにも見えたが、その感じはどこか乱馬がそのまま女になったような印象だったので、やはり乱馬自身が女になるのだろうと何処かで納得してしまう。
 そんな横から、まだ不貞腐れた表情で目を瞑ったまま、あかねが冷静に説明した。


「乱馬は水を被ると女になって、お湯をかけると男に戻る体質なんです」

「おい、お湯が少ねえんだから無闇に女にするんじゃねえ!」


 川や水道やペットボトルなど、水がたくさんある一方で、お湯に関しては支給されたポットと、一部の場所で使えるコンロなどを利用して作るお湯など、水の量に比べれば少ない。
 男の状態でないと弱体化する乱馬は、そのせいで少し神経質にもなっていた。
 高い声の乱馬が叫ぶが、男の時に比べると可愛らしさが先行してしまい、どうも迫力には欠けていた。


「これは驚いた……」


 孤門たちも絶句していた。


「ったく、元気じゃねえか。心配して損したぜ……」


 と言いつつ、デイパックから出したポットのお湯をチョロチョロと被ると乱馬の体はみるみるうちに男の姿に戻っていく。
 こうして、女になってからの姿と比べてみると、彼も随分と体格のいいものだ。
 その服装から考えれば、やはり中国拳法でもするのだろうか?
 何かしらのスポーツはしているだろう。寿司屋やらSWATやらチャイナ服やらで、この場の服装はかなり混沌としているが、あかねはすぐに明るい口調で聞き返す。


「心配してくれてたの?」

「……誰がっ! だいたい、お前ならプリキュアが2、3人で襲ってきてもブッ飛ばせるんじゃないか?」

「勝手にプリキュアを悪者にしてぶっとばさないで……」

「なんだ? そのプリキュアって?」

「えーと、プリキュアっていうのはですね」

「プリキュアっていうのはだな……」

「乱馬は黙ってて! そっちの子に聞くから!」

「なんだと!?」

「あの……」


 孤門が色々と考えているうちに、他数名はギャーギャーと騒ぎ始めた。
 孤門とヴィヴィオはハッと気づく。
 互いの情報が万全でないうえに持っている情報の内容が偏っているので、全く話が纏まらないのだ。それが原因で、彼らはまた随分と酷いことになっている。
 このまま纏め役がいないまま話し続ければ、情報に混乱や誤解、不備が生じかねない。




「みんな静かにして!!」

「あの、聞き入れる余裕がなくなってるみたいですけど……」


 既に、まともに孤門の一喝を聞き入れてくれるのはヴィヴィオ一人になるくらい、場は荒れていた。まだ会話が始まってから数秒しか経っていないのだが……。
 ちょっとしたことからドタバタを作り出すのは、乱馬やあかねの専売特許である。
 それゆえ、この二人のほか個性的な面子が揃った今、既に孤門のような常識人では場の収集はつかなくなっている。


「…………放っておけば収まるかな?」

「たぶん、無理だと思います……」

「そうだね……」


 この中で、唯一この状況に紛れていかないのがまだ小学生くらいのヴィヴィオだけというのが凄まじい。
 眼前では、乱馬とあかねが口喧嘩を始めたり、源太と美希が止めていたりで偉いことになっている。その点、ヴィヴィオはしっかりしていると思えた。

 ────だが


(ヴィヴィオちゃん……アインハルトちゃんの友達か……)


 孤門は、ヴィヴィオを見ると暗い気持ちになってしまう部分もある。
 孤門は、既にヴィヴィオの名前を知っていた。そう、家族を失った少女として。……彼女に伝えたくない情報を沖たちの口から聞いたうえでだ。
 先ほど会ったアインハルトという少女のことも伝えなければならないし、勿論「高町なのは」という女の子の死に方も伝えなければならない事になる。
 無論、それは今ではない。
 彼らが既に情報に収集がつかなくなっているところを見ると、迂闊に情報を明け渡せそうにないだろう。


(そうだ、沖さんたちもここに来るんだろうか……。12時までは余裕があるし、もしかしたら……)


 ……それから、孤門は、沖やいつきやアインハルトもこちらに向かうのではないかと推測する。
 先ほど、12時に中学校集合と約束したが、今から行けばかなり余裕があることになってしまうし、それだけの時間、彼らが同じ場所に待機し続けることはないだろう。
 それならば、ここに立ち寄る可能性はゼロじゃない。

 ということは、アインハルトとヴィヴィオを再会させることもできるのではないか……?
 それを思うと、やはり孤門はいてもたってもいられなくなった。ヴィヴィオが正常な神経のままであるなら、ヴィヴィオを救うことが、できるかもしれないと思ったのだろう。
 だから────


「ヴィヴィオちゃん、やっぱり彼らは放っておこう。一度こっちへ……!」


 孤門は、収集のつかない乱馬たちの喧嘩に割り入ろうとしたヴィヴィオの手を引く。
 彼女と共に警察署の入り口で沖たちを少しだけ待ってみるか、と思ったのである。
 来なかったら来なかったでいい。ただ、より確実に会える場所に行かなければならない。


「えっ!?」


 警察署は何階層もあるからすれ違う可能性だってある。
 既に他にもこの警察署にいる人間がいるかもしれないのだ。彼らも、別に窓から周囲の様子を伺っているわけではない。
 だが、入り口にいれば嫌でも遭遇するので、すれ違わないにはそこで待つのが一番手っ取り早いだろう。
 孤門はわけもわからず手を繋ぐヴィヴィオの重みを少し感じながら、走っていく。
 そんな孤門にヴィヴィオが問うた。


「……どうしたんですか!?」

「思い出した! 入り口で待ってれば、アインハルトちゃんたちに会えるかもしれない!」


 その言葉はヴィヴィオを驚愕させた。孤門はアインハルトを知っているのだろうか、と。そして、会えるのは本当だろうか、と。
 それならば、彼女も戸惑うのをやめた。
 そうすれば、ここにいる参加者は全部で9人。それも、誰も殺し合いに乗っていないということになる。
 孤門は、それでも根拠となる事を簡潔にヴィヴィオに伝える。


「……アインハルトちゃんたちも、D-9から街に向かってるはずだ。それなら、僕達より少し遅れてここに来る可能性は高いと思う」

「わかりました!」


 そんな孤門とヴィヴィオの様子を見て、他の四人はキョトンとしていた。
 なんとなく、服装がボロッとしているような気がするが、戦っていたりとめていたりで仕方がない。
 とにかく、彼らもわけもわからないまま、遅れて二人の後に続いていく。
 どこに行くつもりかはわからないが、二人だけで突然何処かに行くなどと、色んな意味で怪しくないかと思ったのだ。




★ ★ ★ ★ ★




 警察署、入り口。
 向こうからやってくる三人の人影を見ながら、孤門たちの顔は笑顔になる。


「やっぱり……!」


 総勢六名の人間が、三人の来客を見てそれぞれ歓喜や警戒に満ちた表情を浮かべた。
 主に警戒しているのは乱馬である。源太やあかねも、なにがなにやらわからないという表情をしていたし、孤門や美希のように接触のある人間は安堵している。


「アインハルトちゃんたちが、ここに来ると予想してたんですか?」


 美希の問いに、孤門は答える。


「あの道から街に来るなら、急いでない限りはここに寄ると思ったんだ。とにかく、これで大勢の参加者が一緒になることになるね」


 向こう側からやってくる三名は、晴れた顔が二人、曇った顔が一人。
 その、「曇った顔」の少女を見て────表情以前に姿だけを見て、こちら側にいる少女が一人で叫んだ。


「アインハルトさーんっ!」


 ヴィヴィオの叫びに抱きついてくるわけでもなく、歓喜する様子でもなく、ただ側面の二人に背中を押されるように歩いてくるアインハルト。
 そんな姿に、やや拍子抜けしつつも、アインハルトの性格上ではこんなものだろうか、とヴィヴィオは思っていた。
 とにかく、仲間がより一掃増えたことでヴィヴィオは安堵していた。これで、霧彦や祈里とも会えば、頭数はかなりのものではないだろうか。
 などと思っているうちに、三人が警察署のドアの前まで歩く。


「……思ったよりも、早く会えましたね」


 沖は、自分と身長が同じくらいの男・孤門に微笑みかける。
 いつきと美希が互いに手を合わせ、二度目の再会に喜ぶ。
 待ち合わせる前に、こんな場所で会えたのは良かった。
 まあ、またいつ離れるかはわからないが。


「俺は沖一也。仮面ライダースーパー1だよ」


 周囲にいる子供たちに、沖はそう告げる。
 とりあえず自分の名前を告げていこうと思ったのだが、孤門はその自己紹介に内心ヒヤッとした。
 仮面ライダーの単語については、情報が薄い一部の人間が反応してしまう可能性が高い。


「仮面ライダー? っていうと、1号とか2号とかエターナルとかいう……」

「仮面ライダー? そういや、霧彦もそんな事言ってたな……」


 乱馬やあかねが口を開きだし、また色んな情報が跋扈し始める。
 よほど頭の纏まりがよくない限り、きっとこんな無数の情報を捕捉し切れはしないだろう。
 そのため、騒ぎが始まる前に孤門が静止する。


「ごめん! みんな、一度少し黙ってほしい! 互いに色々と聞きたいことはあると思うけど、このままだとみんな混乱してしまうから、もっと順番にちゃんと話をしなおそう!」


 孤門の呼びかけに、二人もすぐさま黙った。
 もっとエスカレートしていくと、黙ることはなかったのだろうが、孤門の言っていることは正論である。
 このままでは、得られる情報も得られない。


「ヘイヘイ。じゃあ、さっさと順番に話そうぜ」


 乱馬が、やる気なさげに言う。
 どうも、質問を制止されたのが気に喰わないらしく、孤門に対してジト目を飛ばしていた。
 仕切る人間というのは、彼もあまり好かない相手だ。



「……とりあえず、ここじゃないところで話そうと思う。これだけの人数で話し合いをするには、結構な時間を要するだろう。
 だから、こうして周囲から見えるところに長時間いると、沖さんたちみたいな人だけじゃなくて、危険な相手に出会うこともあるかもしれない」

「……それならそれでブッ倒せばいいじゃねえか」


 乱馬の発現は基本的に暴力的であった。
 キュアパインやナスカ・ドーパントといった猛者を前にしても、こういう考えが浮かぶのは、自分やプリキュア、仮面ライダーが仲間にいるからである。
 そういう安心感もあったのだろう。共闘すれば、充分に誰とでも戦えると思っているのである。
 だが、孤門は極力非戦を訴えかけたかった。


「でも、できるなら避けられる戦闘は避けたい。人数がいるからと言って、勝てるかどうかはわからないし、犠牲が出てしまう可能性だってある」

「……もし、殺し合いに乗ってない人だったら?」

「だから、せめて窓が張ってあって、入り口が見えるような場所で会議するのが良いと思う。それに、警察署内は他の施設に比べると、安全だ。
 意思のない相手や、人外の相手ならともかく、何かの事情で殺し合いに乗った人は何となく、ここは避けるだろうからね」


 と、およそ孤門が司会するような形で、綺麗に話が纏まっていった。
 年長である沖、孤門、源太が話し合いの場では要となるのだろう。
 ナイトレイダーという、厳しいながらもしっかりと兵法を学べる場にいた孤門は、特にこういう時の思考が豊かである。


「ちょっと待ってください。一つだけ、乱馬さんに聞きたいことがあるんですけど……」


 美希が手を挙げる。まるで、孤門が先生で美希が生徒のようだ。
 とにかく、特筆すべき発言なのではないかと思い、誰も美希の質問を制止はしなかった。


「さっき祈里って言いましたよね? 祈里はどこにいるんですか……?」


 どさくさで聞き忘れていたが、乱馬は祈里のことを知っている。
 それなら、まずは彼女の情報を得ておきたいと美希は思ったのである。
 だから、彼女は手を挙げたのだ。
 乱馬もその質問には答えた。


「何もなけりゃ、中学校にいるはずだ。霧彦っていうヤツもいる」

「中学校か……。孤門さん、私、そっちに向かいたいんですけどダメですか?」


 美希は、祈里が心配だったので、極力そちらに向かいたかった。
 これまでも、友達のことが気にかかっていたので、そちらに向かうのも一つの目的だ。


「……祈里って、あの祈里だよね?」

「ええ」

「それなら、僕も行きます。一人では危険でも、二人で行けば……」


 いつきも名乗りをあげる。二人は、プリキュアでは黄色仲間である。
 幼い頃からの友人である美希と祈里ほどではないとはいえ、彼女らも親しい仲であった。
 ゆえに、二人がその場で中学校に向かうことを提案したのである。


「……できるなら、そうしたいと思う。祈里ちゃんという子も近くにいるなら、引き連れて後でみんなで話し合うこともできるし。けど……やはり二人というのは危険じゃないかな」

「俺も同意だ。正直、何人いても勝てないような相手がここにはいる」


 沖もまた、孤門の意見に同意した。
 本郷など複数名の知り合いが、怪人の集団によって倒されたのを既に目にしている以上は、安易に女子中学生を二人だけで歩かせるわけにはいかないと思ったのだ。
 基本的には、誰もが同意だろう。
 だが、それならそれで美希は乱馬に別の質問をする。



「乱馬さんたちはどうして祈里たちと分かれたの?」

「……なんでも、あかねやアインハルトを探すために向かわせたんだとよ。まあ、他にも探すヤツはいるんだけど、二人はとにかく見つかったから、顔出してもいいんだけどな」

「そうか……その時と同じように、人数を分散するのも一つの手だね。でも、この二人の事をよく知らない君が行くより、二人を知ってる人の方がいいと思う」

「ケッ」


 乱馬の不愉快そうな態度に多少心を痛めながらも、孤門は冷静に考える。どう分つのが一番良いのか。
 できるなら、まず美希といつきは祈里の知り合いだから、中学校に向かった方がいいだろう。
 あとは、なるべく相性の良い相手を向かわせるべきである。
 そうなると、やはり沖か自分だろうか。片方がこちらにいないと、話は纏まらない。


「……沖さん、二人のこと、お願いできますか?」


 いつきと沖はともかく、精神的にストレスが溜まっているアインハルトをそちらに入れるのは問題となりかねない。そうなると、知り合いであるヴィヴィオも待機になる。
 乱馬とあかねは、美希やいつきとはあまり行動も会話もしていない。二人を向かわせるのも微妙だ。それから、あかね以外に知り合いがいないと思われる源太も不可能。
 そのうえ、二人より弱い「ただの人間」こと孤門ならば明らかに力不足。

 …………やはり、二人と共に行くのは沖しかいない。


「孤門さんこそ、アインハルトちゃんのこと任せましたよ」


 そんな孤門の考えに、沖が笑顔で答える。
 いつきと長時間行動しており、孤門ですら信頼している彼が行くのが最も得策だ。
 正直言えば、仮面ライダーへの変身能力を持つ彼が行くのは当然。……孤門は彼と比べると弱すぎるのである。


「……わかりました。僕達は僕達で、できる限り情報をまとめておきます」


 孤門はそう言い返す。
 とりあえず、元の世界である程度の信頼関係を持っているであろう乱馬とあかね、ヴィヴィオとアインハルト、いつきと美希をこの場で離散させないように組むならば、こういう形になる。
 沖やいつきや美希が持つ情報を、孤門はある程度受け継いでいるので、彼らがすべき話も乱馬たちに伝えられるだろう。


「……それじゃ、ここでまた、しばらくお別れか」


 沖と孤門の再会は、またこういう形ですぐお別れとなってしまう。
 だが、美希の不安そうな目を見つめて、沖はすぐに、孤門たちに背を向け、歩いていった。
 長時間共に行動してきた美希も彼やいつきに連れて行かれるが、孤門はまた新たな仲間の面倒を見なければならない。
 それも、この六人の中で、最も他の誰かとの縁が薄いのは孤門であるから、纏めるのは至難だ。
 気合を入れていこう、と決意してから孤門は上の会議室へと他の五人を誘導した。



★ ★ ★ ★ ★





 覇王の記憶を受け継ぐ少女────アインハルト・ストラトスは戸惑う。
 出会う人が多ければ多いほど、彼女の不安は膨らんでいく。
 孤門という男に促されるまま、彼女は階段を登り、廊下を歩く。その横で、ヴィヴィオが屈託の無い笑みで話しかけているのだが、アインハルトは何も言い返せない。
 何も耳に入ってこない。
 これは、関わる事を本能的に拒絶しているからだった。会話をしたり、関ったりしたくないのだ。


(私のせいで、みんな死んでしまうのに……)


 アインハルトの表情は弱弱しい。また、何を言っても返答が来ないヴィヴィオの表情もだんだんと弱弱しいものに変わっていった。
 それを見たくはないのだが、彼女を自分と関らせない為には、話し合うことさえも捨てようと思ってしまった。
 覇王として守るべきだった相手──────


(私は───────)


 覇王イングヴァルトとしての最も哀しい記憶が、アインハルトの中から離れなくなっていく。
 守ろうとしても、離れていくもの。
 目の前から消えていってしまうもの。
 ここに来てからの様々な記憶も、アインハルト自身のトラウマとして刻まれていく。
 これは最悪の戦場だった。

 会議室の中でも、暗い表情で、彼女は孤門の言葉を全く耳に入れようともしなかったし、ホワイトボードを見ようともしなかった。



★ ★ ★ ★ ★

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Back:no more words 高町ヴィヴィオ Next:警察署の空に(中編)
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Back:希望 孤門一輝 Next:警察署の空に(中編)
Back:希望 沖一也 Next:警察署の空に(中編)
Back:希望 明堂院いつき Next:警察署の空に(中編)
Back:希望 アインハルト・ストラトス Next:警察署の空に(中編)
Back:無知侍 梅盛源太 Next:警察署の空に(中編)
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最終更新:2014年06月24日 14:31