Bad City 4 : I Don’t Want to Miss a Thing ◆gry038wOvE




(なんていうことだ……アインハルト……)

 沖は、自分の目の前で遂にアインハルトがその命を絶ってしまった事実に、何も考えられないほどのショックを受けた。
 目の前にはその殺戮者がいて、背後にはそれに怯える二人がいる事が、辛うじて沖に正常な判断を忘れさせずにいた。

(クッ…………もう、これ以上犠牲を出すわけにはいかない)

 血飛沫を浴びたシンケンゴールドは、倒れ伏したアインハルトの死体に対して一片の同情もかけず、踏みつけながら前に歩いた。
 沖は、目の前の敵に立ち向かわなければならない。
 真後ろで、ドアがゆっくり閉まりかけていく。

 次の瞬間──

 ドンッ!!

 ドアが別の誰かによって強く蹴られ、沖はその“別の誰か”に警戒した。
 しかし、警戒すべきは当然、目の前のシンケンゴールドであった。複数の敵がいると思い込んで警戒したが、何より注意すべきは目の前のシンケンゴールドだ。

「はああぁぁぁぁぁぁああああっ!!!」

 シンケンゴールドは掛け声とともに前進し、沖の首筋に向けてサカナマルを凪いだ。
 沖は寸前でそれをかわして、右足を高く上げる。シンケンゴールドの右腕は蹴りあげられ、サカナマルを握る右手が真上に伸びる。
 その隙に沖はシンケンゴールドの胸部に肘鉄を食らわせ、シンケンゴールドの体をよろめかせ、バック転で後退した。手には血の跡がついた。地面には、血が飛び散っていたのである。

「変ッ──」

 沖は、仮面ライダースーパー1への変身の呼吸を行おうとする。
 だが、それと同時に眼前に小さな物体が叩きつけられる。──それが何なのかを理解する前に、沖の呼吸を乱す強力な光と爆音が鳴った。
 僅か一瞬だが、その光と音が沖の動きを止める。背後にいた二名も、その閃光に目をくらまされる。

(なっ……!)

 変身の呼吸を乱したその物体が何だったのか、沖は考察する。
 あの小さな物体は何だったのか。何かが投げられた後に視覚と聴覚が乱れた。
 これは──

(スタングレネードかっ!!)

 その瞬間、沖は先ほど地面に投げつけられたのがスタングレネードだと気づいた。
 放ったのはシンケンゴールドではない。先ほど、このドアを蹴った誰かだろう。
 スタングレネードは人の動きを止めるほどの閃光と爆音を鳴らす。殺傷を目的とした道具ではないが、こうして相手の動きを止める事ができる道具だ。
 金属製のドアの向こうから投げつけられたゆえ、そのダメージを受けたのは沖たちだけであった。
 相手方も耳元へのダメージは大きいだろうが、少なくとも閃光による視覚障害はない。

「……くっ……やられたっ!!」

 沖が次に身動きが可能になり、前を向いた時、そこにあったのは、ゆっくりと閉まりかけていくドアだけだった。
 廊下の先には誰もおらず、シンケンゴールドも、もう一人の何者かも、姿をくらました後だった。

「くそっ……!」

 アインハルトの遺体と、少女の死体が廊下には転がっている。
 血まみれの廊下が、あまりにも悲しい死の色を奏でていた。
 沖は、この距離で誰も救えなかった無力を痛感する。
 何度も。何度も。沖の周りでは人が殺され、そのたびに沖は強くなった。
 この殺し合いもまた、人を殺す儀式であり、何人もの人間の命を奪った。
 許せない。許していいわけがない。

「くそぉ……!! くそぉ!! くそぉっ!! くそぉぉぉぉっ!!」

 沖の慟哭に、孤門と美希は絶句したままだったが、孤門は自分がすべき事を確認するために、沖のもとへと走り出した。






 パペティアードーパントは沿岸まで来ていた。
 普通の街ならば、漁業が盛んであったであろう港の姿。
 そこで、自分が逃げ切った事を確信していた。
 ダークプリキュアは源太の支給品であるスタングレネードで敵の自由を奪った一瞬で沖を操るつもりだったが、スタングレネードは近距離でダークプリキュアにも少しの耳鳴りを覚えさせていた。
 その一瞬でシンケンゴールドを連れて逃走するのが精一杯だったし、いま現在も奴らが追ってきているかもしれないという恐怖を持っていた。

(……仮に今の奴を操ったところで、変身の方法がわからない以上、使いようもないか)

 結局、沖がスーパー1に変身するのには「変身の呼吸」とポーズが要される。
 ダークプリキュアはそれを知らないので、いま沖を操ったところで、変身ができず、沖の力を最大限引き出す事はできない。
 惑星用改造人間という事は多少強いかもしれないが、やはりファイブハンドという特殊能力を持ったスーパー1を操った方が心強いのは確かだ。

(だが、この男は奴以上に使えそうもないな……)

 以前の戦闘で、この男の強さの底は知れている。一度交戦したが、この男は大して強くはなかった。
 実際、この男と同じような力を持つシンケンレッドとシンケンブルーは既に死んでいるらしいので、この力の持ち主が個々では本来の実力を出し切れない可能性は非常に高い。結局のところ、その程度の実力というわけだ。
 この男の戦績を聞いても、ダークプリキュア、仮面ライダーエターナル、血祭ドウコクと全ての戦いにおいて、「運」でしか生き残っていないし、利用するには、少しばかり実力不足な存在であるように思えた。
 一人だけ殺す事ができたのは、相手が変身していなかったからだろう。

(……この男には死んでもらおう)

 パペティアーは、シンケンゴールドを不要と判断した。
 ここから先、シンケンゴールドを使って殺し合いを有利に進める事もできそうにない。厄介なのは、このままシンケンゴールドを操り続けると、他の参加者を操れない事、また、操作を外してもシンケンゴールドが意識を取り戻す事になり、確実に邪魔をされる事。
 これを考えれば、パペティアーは今のうちにシンケンゴールドを手放し、次の参加者を得るべきだろう。
 たとえば、この男が話した「血祭ドウコク」は相当な実力者で六人を相手に善戦したという話だし、そのドウコクを操るのも一つの手だ。
 そうした場合、ドウコクを操るにはシンケンゴールドに張った糸を取り外し、隙を作ってからドウコクを操る事になる。シンケンゴールドには既にパペティアーの顔が知られているので、確実に攻撃をされるだろう。
 パペティアーの状態では派手に暴れる事ができないので、相手がシンケンゴールドであっても敗北する可能性が出てくる。

「……」

 シンケンゴールドは、サカナマルの刃を構え、あろうことか自分の腹に突き刺した。
 強化スーツは簡単には切腹を許さないが、大きな火花を散らし、彼の身体にダメージを与える。
 次に首筋を斬り、胸を刺し、頭から半分に自分の体を切り裂こうとした。
 遂にスーツがダメージに耐えられなくなり、シンケンゴールドの変身が解除され、源太の姿になる。

(……もう外してやるか)

 変身が解除されたところで、シンケンゴールドが反撃する事はできなくなった。
 これでもう、糸を外しても問題はなくなった。
 パペティアーはその指先から源太を繋いでいた糸を断ち切る。源太の体は、まさしく糸の切れた人形のように地面に向けて倒れ、体全体をアスファルトの地面に打ち付けた。
 一瞬、「うわっ」と驚いて、突然地面に倒れた自分が一体どうしているのかわからない様子であった。
 それを見て、パペティアーは自分も変身を解除し、ダークプリキュアの姿に戻る。あの姿である必要もなくなったのだ。

「いててててて………………ここは!?」

 源太は、自分がどこにいるのかもわからないといった様子で、辺りをきょろきょろと見回す。
 彼が最後に見たのは、あの霊安室の中であるはずだ。
 何故、自分がこんなところにいるのだろうか。
 そうだ、あの怪物に俺は襲われ……あいつが指先から何かを放ったのを……。

「……あっ……」

 源太は、起き上がろうとしたが、もう一度地面にふらっと倒れた。
 全身からとてつもない痛みがする。
 体中が痛み出す。腹部が、首筋が、胸が……悲鳴をあげるような痛みを全身に流す。
 もはや、どこが痛むのかもわからないほどの痛みだった。
 そんな源太の首根っこを掴んで、ダークプリキュアは彼の身体を起こした。

「……ダークプリキュア。……サンキュー。よかった……生きてたんだな」

 辛くも嬉しそうに、源太は目の前のダークプリキュアに笑顔を見せた。
 何故、こんな事を言っているのかわからなかったが、そういえば自分はパペティアーとして行動していて、ダークプリキュアの姿を見ていないのだと思い出した。
 この男は、ダークプリキュアこそがパペティアーである可能性を考えもしなかったのだろうか。

「……礼を言われる筋合いはない」

 目の前の屈託のない笑顔に、ダークプリキュアは思わず目線を逸らす。
 この辛そうながらも、精一杯の笑みを絞り出したような顔は今までも見たことが在る。
 いや、過去に一度しかない。……そう、月影ゆりが死ぬ時だ。
 あの時のゆりの姿と重なり、一度、ダークプリキュアはその手を放す。

「……ここはどこだよ……。俺達、もしかして死んだ後の世界にでも来ちまったのか……?」

 源太は、全身の痛みを感じながらも、周囲の景色を眺めた。
 源太は、今までこの場所を通った事がなかったのである。だから、見た事のない景色に映った。
 あの霊安室はやはり、霊が潜んでいて、殺し合いなど関係なしに自分たちを死後の世界にでも連れ去ったのだろうかと、そんな在り得ないはずの事を源太は考えた。
 それしか説明がつかないと思った。

「……死後の世界か。そんな物があれば良いのだがな」

 どこまでもお気楽な思考の源太に、ダークプリキュアは羨望する。
 死後の世界があるのなら、ダークプリキュアはこのまま死んでもいい。
 そこでゆりやサバーク博士と出会えれば、ダークプリキュアはこれ以上殺す必要もないし、辛い思いをする事もない。
 苦悩が消え、また永遠が始まる。
 だが、死後の世界があるという確信など世界のどこにもなかった。
 もし、死後の世界があるという確信があれば、生きている限り、死の恐怖など感じず、「いつ死んでもいい」という程度には気楽に生きられるかもしれない。
 しかし、確信がないからこそ、出来うる限り生き、死を敬遠する。
 ダークプリキュアも確信がないから、ゆりを生き返らせるために戦っているのだ。──それに、これまで死人と出会っても、死後の世界の話をされる事はなかった。
 地獄。そういえば、エターナルはそんな言葉を口にしたが、そんなものでも何でも、あの言い方ではあるのかどうか、ダークプリキュアにはわからない。

「……ここにあるのは“殺し合い”だけだ。少なくとも、ここは死後の世界でも何でもない」
「……そうか。やっぱりまだ生きてるんだな。でも、どうして俺達はこんな所に?」

 源太は正真正銘の疑問顔だったが、ダークプリキュアは彼が何も知らない事に同情を禁じ得ない。
 このまま、彼は何も知らないまま……同時に何も守れないまま死ぬ。
 彼の人生は、暗いままに終る。ダークプリキュアが殺した二人の少女も、あるいはそうだったかもしれない。
 だが、自分の身体が人を殺していた事など、知らない方がいいかもしれない。
 知らない方がいい事もいくつかは在るだろう。

「私がここに連れてきた」
「何だって?」

 ダークプリキュアがここに連れてきたらしいが、どうしてこんな場所に連れてきたのだろう。
 もしかすれば、気を失っていた源太を助けてくれたのかもしれない。
 確か、目の前の怪物に向けて突っ込んで、糸が出てきて気を失って……。
 しかし、そこまでで源太の記憶が終わっていた。

「……戦え、シンケンゴールド。殺し合いの真実。それは命をかけた戦いだ」
「ちょっと待てよ、それはどういう事だよ……」
「……少なくとも、私が願う事と、お前が望む事は合致しない。ならば戦うしかない」

 少しばかり、卑怯なやり方を続けたダークプリキュアだったが、梅盛源太に対しては、少しだけ機会をあげたいと、彼女はそう思い始めていた。
 人に信じられる悦びを、ダークプリキュアは少し感じた。
 人に可愛いと言われる悦びを、ダークプリキュアは少し感じた。
 それはいずれも、源太によるものだ。ほんの少しだけだが、その感覚を自分に味あわせた源太に、最後のチャンスを与えてやろうとダークプリキュアは思っていた。

「誰かを守りたいと願うのなら、私を倒す事でその力を証明しろ。私は、私の願いのために貴様と戦わせてもらう」

 ダークプリキュアの手に、ダークタクトが発現する。
 そんなダークプリキュアの様子を見て、源太は少し冷静に思考を巡らせた。
 彼女の言っている事を考えれば、彼女のスタンスというのは見えてくる。

「おい、ちょっと待てよ。全然わかんねえよ。それは、お前が何か願いを一つ叶えるために……殺し合いに乗っているっていう事なのかよ。さっきのアレは、もしかして……」
「ああ。私はガイアメモリで変身してお前を操り、ここに連れてきた」

 肯定だった。
 源太が推測した嫌な予感は、あっさりと肯定したダークプリキュアによって、予感ではなく事実となってしまったのだ。それに対して、怒り狂う事もなかった。
 ただ、少しだけ悲しい気分になった。
 ダークプリキュアは、決してただ殺し合いに乗っているのではない。大事な何かがあるから殺し合いに乗っているのだ。

「わかった。……それなら、俺から、条件を一つ頼む」

 源太は、すべてを理解して、深呼吸をした。

「もし、俺が勝ったら、お前はもう殺し合いには乗るのをやめろ。たとえ、どんな願いがあってもだ! 誰も死んでほしくないのが俺の願いだからな!」

 ビシッと人差し指を突き付け、源太はダークプリキュアに言った。

「……なるほど。いいだろう」

 ダークプリキュアは答えた。
 それならば──源太は戦う。
 目の前にいる敵は外道ではない。もっと人らしい心を持った人造人間なのだ。
 プリキュアになれるかもしれない。彼女を人間にできるかもしれない。その可能性があるのなら、源太はその可能性を切り開くために戦える。

「一貫献上!」

 スシチェンジャーによって、梅盛源太の体はシンケンゴールドのスーツに包まれた。






 ──いま、警察署の霊安室は重大な局面に差し掛かろうとしていた。

 孤門と美希と沖の三人は、四人の少女の体を前に、慌ただしく動いている。
 孤門は、ヴィヴィオの体にしきりに胸骨圧迫を行っていた。
 残りの三つの体は、アインハルトの遺体と、ほむらの死体、そして気絶したいつきだ。
 いつきが生存している事はすぐに確認できたし、アインハルトやほむらの蘇生は絶対にありえないので、残りのヴィヴィオの方に三人の動きは集中していた。

(ヴィヴィオちゃんっ!! ヴィヴィオちゃんっ!!)

 元レスキュー隊である孤門一輝は、一般人では完璧に行う事ができないかもしれない心肺蘇生法を、完璧に行っていた。
 通常、警察署にはAEDがあるので、沖がそれを探し出し、持ってくるまで沖が胸骨圧迫と人工呼吸を連続して行っている。

 ──そう、高町ヴィヴィオの呼吸は停止していたが、まだ、蘇生ができる可能性があったのだ。
 孤門が部屋に駆けつけた時、ヴィヴィオは部屋の中央で倒れていた。いつきを見てみたが、彼女に関しては息があり、心肺蘇生法を行う必要はない。むしろ、胸骨圧迫は息のある人間にはやっては危険なものだ。
 ヴィヴィオの悲鳴が聞こえてから、大きく見積もって、五分程度しか時間は経っていないはずだと思って時計を見た。
 だが、助かる確率は百パーセントではない。死後どれだけの時間が経ったのかというのも重要になってくる。
 酸素供給は心肺停止から二分以内ならば九十パーセントの確実で蘇生され、一分ごとにその蘇生率は半減していく。
 心臓と肺が完全に停止していたとしても、二十五パーセントの確実で生存できる。


 溺れた人間や、気絶した人間は、孤門の経験上何度も見た事があるし、その事例を知っている。死んだ人間もいれば、生きていた人間もいた。おそらく首の後から考えれば考察だが、絞殺されて間もないのなら、まだ希望はあるし、孤門たちが最後にヴィヴィオたちの姿を見てから、まだそう時間は経っていない。
 アインハルトは無理だとしても、ヴィヴィオならばまだ蘇生する可能性がる。何度でも何度でも息を吹き返す可能性のために、孤門はヴィヴィオの胸部を圧迫し、心臓を動かすためのマッサージを行う。唇と唇を重ね、孤門の口内や肺の中から、微かな酸素を絞り出し、ヴィヴィオに分け与える。
 普通の人間ならばすぐに疲れて腕が棒になるかもしれないが、孤門はレスキュー隊の訓練に加え、ナイトレイダーの訓練も受けていた。

(助かってくれ、ヴィヴィオちゃん……!)

 これは訓練で何度もやったし、実践した事も何度かあった。
 何度でも、何度でも、孤門はその胸部を強く押す。相手の胸骨が折れるかもしれないが、それでも命を吹き返すだけマシだ。
 彼女の命を救う。救ってみせる。

「あったぞ、孤門!」

 沖は、警察署内に設置されていたAEDを持ってきた。
 こういうのはだいたいどこの施設でも置いてある。特に、孤門は既にこの警察署を探検していたので、AEDの在り処を知っていた。
 沖はそれをすぐに孤門に渡し、孤門はAEDの説明に冷静に目を通しながらヴィヴィオの体にシールのようなものを張り付けた。
 このAEDは音声がアシストしている。大丈夫だ。その手順は、孤門の知っているものと何も変わらない。

「……美希ちゃん、こっちは大丈夫だ。美希ちゃんはいつきちゃんの方を起こして!」

 ヴィヴィオの方を心配する美希を、いつきの方に向ける。
 一応、そうした様子は手慣れてはいた。
 きっと、沖たち仮面ライダーよりもずっと人命救助の方法を上手く行えるだろう。

「助かってくれ……! ヴィヴィオちゃん……!」

 AEDでヴィヴィオの体にショックを与えながら、孤門はその願いを口に出していた。






「シンケンゴールド、梅盛源太!!」

 シンケンゴールドは、ダークプリキュアの前で初めてその名前を最後まで名乗った。
 先ほどの自己紹介でちゃんと彼の名前は知っているし、名簿に載っている名前を知っている。しかし、戦士として戦場に立った男の名を、これまでダークプリキュアは聞かなかった。

「シンケンゴールド、梅盛源太か……良い名前だ。もっと早く聞いていれば良かったな」

 シンケンゴールドの名乗りを聞いたダークプリキュアは、なんだか新鮮な気持ちになった。
 名前。
 それが、こんなに羨ましい事はない。
 ダークプリキュアには名前がない。プリキュアのアンチの意味合いで「ダークプリキュア」と名乗らされているだけで、決して、それは親が真心を込めてつけた名前ではないのだ。
 ダークプリキュアに人らしい名前はない。
 月影博士に娘と認められ、月影ゆりに妹と認められたとしても、まだダークプリキュアには名前がなかったのだ。
 きっと、月影博士は名前をつけてくれる。
 それを知るまで、ダークプリキュアは死ねない。

「……サカナマル、百枚おろし!!」

 シンケンゴールドがダークプリキュアに向けて駆けだす。
 一歩一歩を着実に歩き、ダークプリキュアに向けてサカナマルで斬りかかる。
 だが、その攻撃はあまりに鈍かった。ダークプリキュアは彼が攻撃する一枚目の斬撃を片腕で受け止め、攻撃を止めたその腹部に向けてダークタクトを翳した。

「食らえッッ!!」

 その先端から、強烈なエネルギーが発され、シンケンゴールドの体は宙を舞った。
 シンケンゴールドは既に、全身に途方もないダメージを負っていたのである。それはつい先ほど、ダークプリキュアによって操り人形にされ、全身を自分で痛めつけた時の話であった。
 当然、その痛みは残留しており、源太も理由のわからぬ痛みに耐えながらダークプリキュアに向けて走っていたのだ。

「……ハァッ!!」

 ダークプリキュアは、次の瞬間には宙を舞うシンケンゴールドの真横に居た。
 シンケンゴールドがその姿に気づくよりも先に、ダークプリキュアの手刀がシンケンゴールドを海に向けて吹き飛ばす。

「何……だよ、コレ……」

 次の瞬間、水しぶきとともに、波間にシンケンゴールドの姿は消えた。
 直後、海上で光が発され、そこにシンケンゴールドがいたのだとダークプリキュアは気づいた。
 そこには、人間が仰向けに浮いていた。
 梅盛源太である。シンケンゴールドの変身が解けたのだ。その身体から、血の色が広がっていく。






(くそっ……)

 まるで打ち上げられた魚のように、源太は海に浮かんで空を見上げていた。
 海に鮮血が広がっていく。
 生臭いにおいがするが、源太はそれには慣れていた。懐かしいにおいである。

(……ダークプリキュア、本当にお前は、救いようのない奴なのかよ……? そうじゃ、ねえだろッ……)

 それが、源太には信じられなかった。
 最後のあの言葉とあの表情は、人の心を持たないならば出てこないもののはずだ。
 彼女は、まだ立ち直る機会がある。

(……あの娘ひとり止められずに……俺は侍を名乗れねえ……)

 血の海が広がり、源太の意識も朦朧とし始める。
 空には既に太陽は消えかかっているようで、東側にあるこの海は冷たくなっていた。
 出血多量に加え、この冷たい海だ。あと数メートルのところに陸があるのに、そこに這い上がる力もない。

(……俺は、このまま誰も止められねえのかよ……)

 十臓も、あかねも、ダークプリキュアも……誰も止められず、丈瑠も、いつきも、ヴィヴィオも、ダークプリキュアも……誰も助けられず。
 それで侍になった意味はあるのだろうか。
 源太は、くるりと回転し、空を見るのをやめ、陸に向けて顔を上げる。

 あと数メートルの距離だ。
 ……頑張れば泳げる。
 これを泳ぎ切れば、ダークプリキュアのために戦える。
 まだ間に合うはずだ。十臓は死んでしまったが、あかねやダークプリキュアを止める事ならばできるかもしれない。
 源太は、力無い腕で海をかいた。波が源太の体を押す。
 大丈夫だ。確かに、体の力は抜けているし、血も随分抜けているが、それでも行ける。

(……誰かのために……誰かの命を救えなきゃ……俺がシンケンゴールドになった意味がねえ……)

 丈瑠のためにシンケンゴールドとなったが、丈瑠はもういない。今の源太にできるのは、彼の代わりに人を救う事だけなのだ。
 自分がやりたいように、誰かを助ける。
 それが源太の願いだった。

(丈ちゃん、流ノ介、力を貸してくれ……)

 胸元に仕舞ってある丈瑠のショドウフォンにそれを願う。
 その思いが、源太に力を貸し、何メートルも泳がせる。
 水をかき、波に押され、源太は陸に近づいていく。

(待ってろよ……)

 根性が、彼を泳がせた。
 もう、眼前にタラップがある。
 それを掴み、その先に昇れば、源太は初めてダークプリキュアたちを説得する土俵に立つ事ができるのだ。
 源太は、波に押されながら、うまくタラップを掴んだ。
 多少滑りそうになったが、力強く掴んで、水の抵抗などを消した。
 左手もまた、その上のタラップを掴んだ。

(……ダークプリキュア。俺はまだ負けてねえぞ……俺は生きてる限り、お前と戦う……)

 もう一段。
 源太はタラップを掴んで昇っていく。

(……そんで……俺が、お前の涙を、止めてやる……)

 ダークプリキュアはきっと、本心では殺し合いなどしたくはないのだ。
 その心が泣いている。
 女の子が泣いているのだ。源太は、それを拭いたい。
 せめて、それさえできれば、源太は満足なのだ。

 源太は、ついに足までタラップを掴み、着実に海から港へ上がろうとしていた。

(……俺が……)

 しかし、海水で足が滑り、源太はタラップを踏みまずす。バランスを崩した源太の顎がタラップにぶつかる。脳震盪を起こすほどの衝撃が体に走った。
 源太の身体は、そのまま全身が揺れるような感覚とともに、体ごと海に落ちた。
 源太の体重が落ちた海は、水飛沫を上げる。
 再び、源太は海の魚になった。

(……くそぉ……)

 源太は落ちてしまった。
 いま、あともう少しで、再び願いを叶える土俵に立つ事ができたのに。
 落ちずに飛びつづけろ──丈瑠の言葉も源太は守れなかったのだろうか。
 それがこういう事ではないというのを、源太も理解している。
 しかし、ここから落ちて、また這い上がるだけの余力はない。
 体が冷え、血が抜けていく。

 源太の服がはだけ、服の中にしまっていた丈瑠のショドウフォンと源太のスシチェンジャーが、海底深くに沈んでいく。
 源太の体が、波に押されていく。
 その体はもう、這い上がろうと必死に動く事はなかった。


【梅盛源太@侍戦隊シンケンジャー 死亡】
【残り25人】






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最終更新:2014年03月17日 14:20