愛 ◆gry038wOvE


 私は、果たしてどれだけ、あの人を愛しているのでしょう。そして、どれだけ憎んでいるのでしょう。……月並みな問いですが、その問いに、答えを出そうとするにも、私の口から言葉が出る事はありません。
 私は自分の喉が枯れたのかとも思いましたが、いいえ、私の喉は枯れてはいません。私の頭が言葉さえ出せぬほど馬鹿になったのかとも思いましたが、それも無いのです。
 私は、つい一昔前ならば、その問いに、「あの人を愛してはいるが憎んではいない」と答える事ができた筈であるのは間違いないのです。それを回想できるならば、私は言葉を失っているわけではないという事なのです。
 しかし、どう足掻いても答えが出せないのです。私の胸の中には深い情念がある、とだけは答えられますが、それが愛と憎しみ、どちらなのかは今となってはわかりません。本当はどう想っているのか、それは今となっては、答える事ができないほど曖昧な物になってしまったのでしょう。



 愛と憎しみは表裏一体、とはよく言った話ですが、私にも裏の目を出す日が来てしまうのでしょうか。そもそも、本当に表側は「愛」だったのでしょうか。憎しみが前にあったのではないでしょうか。
 私の本性か、あるいは人の本性が、最初は憎しみでできていて、それを認めたくないあまりに「愛」を生み出したのかもしれない。そう、思ってしまいます。
 ある時までなら、私の中に在る「愛」は、決して憎しみに転じる事のない健やかな物だと、信じてられていたはずなのです。いつからでしょう、こうして、はっきりと否定さえできなくなったのは。



 元来、人殺しなどとは無縁の私が、いつからか、その人の為に人を殺すようになっている。あの、悪夢に出てくるような「人殺し」です。そう、あなたの隣には、おそらくいない「人殺し」です。
 そんな、恐ろしい人が普通は近くにいる物ではないでしょう? でも、人の真実の一部なのかもしれないと、私は思っています。
 幼い頃ならば、人殺しの危険を教える周囲に脅かされ、果たして雑踏の中にどれだけ人を殺した人がいるのだろうか……と震えた事もありました。しかし、やがて時が過ぎ去れば、人殺しは遠い国の出来事の事なのだと思うようになりました。自分の周りにはそんな者が一人もないと思っていました。その期待も外れましたが、よもや自分が手を汚す事などありえない話だったのです。
 ついずっと昔まで、自分の手が人の血に汚れるなど、思ってもいなかったのに、ある日、突然人の血に汚れ、私はあの人殺しとなったのです。
 本当は私もこの手を汚したくなかったはずです。いいえ、今だって本当ならばそうです。しかし、そんな私はある人の手によって、人殺しにされました。人の中身を食いちぎるような感覚も知っています。
 そして、こうして私の手が、体が汚れていったのは、紛れもないあの人の仕業です。私がその人殺しの真実に気付いたのも全て、あの人がいてこそです。
 あの人がいなければ、こうして私の手が血に塗れて、人の真実を間違っていく事はないのです。

 考えてみれば、私は、あの人を憎んでいるのかもしれない。
 あの人は、決して私があの人のために汚れている事など、知る由もないのでしょうけど、無自覚だからこそ恐ろしいものです。

 愛はひっくり返せば、いっそう強い憎しみに変わる。それは正しいのでしょうか、──しかし、それが真実なのだとしても、私はこの愛を手放しません。
 あの人が死んでしまった今となっては、あの人に怒り、涙し、罵詈雑言浴びせる事さえできません。あの人の手がそんな私を撫でるのか、殴るのかさえわかりません。それでもあの人の手は私の髪を櫛のように撫でるのだと信じたい気持ちが、まだ心にはあるのでしょう。
 それがいわば、私の持っている「愛」の欠片。
 いずれにせよ、愛か憎しみか、いずれか一方、どちらかが私の心の深くにあり続けるのでしょう。だから私は消えないのでしょう。そして、そんな想いが、私と全く同じ心を持つこの人と出会わせたのだと思います。



 ──私の愛する人の名は、腑破十臓と言います。私は、この刀に身を変じ、「裏正」と名を変えた彼の妻です。






 そもそも私は、この状況をよく理解してはおりませんでした。
 気づけば外道に落ちた夫、腑破十臓の手ではなく、何故か彼が斬ろうとした志葉丈瑠の手にあり、どういう経緯かは知りませんが、彼の手の中で人を殺す事になりました。
 私はその事実に嫌悪さえ覚えました。たとえこの身が剣になっても、その柄を握り、人を斬るのは腑破十臓のみであるべきだと、そう願っていたのです。ただ、こう言うと誤解があるので、一応言っておきますが、私は別に人を斬りたいわけではありません。
 私はこの姿であっても、十臓を止めたいのです。それが、あろう事か、私と十臓を止めてくれようはずの真剣烈堂の手に握られ、銀の妖と身を転じた志葉丈瑠の手で、人を斬る事を強いられました。
 もし、これが十臓の手だったのならば、彼が人斬りの性分を捨てない事に嘆きながら彼の手で生きるでしょう。止めようとする言葉も響かないまま、彼の蛮行を悔い、涙ぐむ事になるでしょう。しかし、志葉丈瑠に握られた時はただ、言いようのない気分の悪さを感じました。嫌悪はあれど、どこか落ち着いた気分なのです。嘆きも苦しみもなく、ただ空虚な気分で彼に身を委ねていました。

 志葉丈瑠は生身の人間を斬る事ができず、それが心に迷いを持たせているような気がしました。しかし、彼ももし一度でも生身の人間を斬ったら、彼は十臓と同じく、外道になるのかもしれないという恐怖が、私の中にありました。
 彼もまた外道に堕ちる危険を孕んだ男──その瞳の奥はどこかかつての十臓に共通した孤独を見つけていたのです。彼にとっての何かが、十臓にとっての病魔と同じだったに違いありません。いつも男を外道に狂わすのは、ほんの少しの悩みや苦しみなのです。それが深ければ深いほど、外道に堕ちる可能性は高くなります。時代は違えど、人斬りと全く変わらない本性を持つ人間がいるに違いありません。
 それを爆発させる場所が、他者への暴力、侍にとっての人斬りなのです。いつも悩みや苦しみを言い訳に、本来自分を突き動かしているのが快楽である事を無視するのです。十臓はそれに気づき、開き直ってしまいました。病魔が先にあったのではない、そんなのはいいわけで、人斬りが自分の真実なのだと。それはきっと、私たち女には理解できない話なのでしょう。
 それでも、志葉丈瑠も腑破十臓は、きっと性根は外道ではなく、優しい人なのだと信じながら、私は生きてきました。
 私は、志葉丈瑠に身を寄せ、彼に同行する奇妙な男とともに移動させられていました。そして、その旅路の中で、突如として、二人の首に巻かれている鉄の輪から死亡者の名が告げられる放送が聞こえました。

 腑破十臓──その名前が最初の呼ばれた時、私は発狂しそうになりました。

 体の中から、果てしない嘆きの力が湧き上がりましたが、私には何をする事もできません。私は夫の傍にいて、その所業を止める事が出来なかったのだと確信しました。
 わけもわからぬうちに夫に死なれ、この私を寝取った新しい男(←違う)と共に、黙り込んでしまいました。この「裏正」となってからも、人の道にはぐれた夫を正そうと生きてきた日々は、何だったのでしょう。

 しかし、私はその名前が呼ばれた時、志葉丈瑠によって、ある種の救いを得て、同時に永久に救われなくなったような気がしました。
 そう思ったのは、厳密に言えば放送の瞬間ではなく、志葉丈瑠に同行する男が、十臓の名を口にした瞬間です。同行人の男は、十臓の死に対して、『手間が省けてよかった』と言いました。私はこの言葉にどうしようもない苛立ちを感じました。私は、十臓の手にあり、そこで彼の真実を目の当たりにする事を嘆いていましたが、一方で、そんな十臓の傍にいない事は不安でもあったのです。
 もしかしたら、私は刀と成り果てても、その情愛が人を斬る刀に利用されたとしても、彼を止めようとする自分自身に生きがいを感じていたのかもしれません。私も、刀に封じ込められても、十臓の傍にいなければ、ただの道具に過ぎません。十臓も私を「裏正」と呼びました。……おそらく、十臓は私が裏正の中にある事を、まだ気づいていないのでしょう。それでも、十臓の傍にいればいつか私に気づき、彼は斬り合いをやめてくれると信じていました。彼には私への愛が残っているはずだと思っていました。彼の傍で人を斬っているさなかでも、まだ彼を止められるならば、人をやめた甲斐があるというものなのです。
 志葉丈瑠もまた、何らかの形で十臓の存在を何か生きがいのようにしている、そんな目でした。
 同行者を憎み始めていたのです。

 ……ですから、私の嘆きと、彼の嘆き、その二つが合わさって、殆ど無意識のうちにその男を斬りつける事になりました。今になって思えば、この時、私自身が、怨念や情念として、志葉丈瑠に取り憑いていたのかもしれません。そうでもなければ、これまで人を守ってきたであろう志葉丈瑠が、あんなにも短気になって、人を斬る事があるのでしょうか。結局これもまた男の本質だったというのでしょうか、それは信じたくありません。
 彼もまた、斬り合いこそが自分の真実だと、認めてしまったのだとは、思いたくありませんでした。十臓と同じ悲劇を、何度も同じ事を繰り返したくはないのです。そうして男の本性を知りたくはないのです。

 刀を持つ人が主導に人を斬るのではなく、人に持たれる刀の方が人を斬ろうとしていた──そうだったというのが、私の見解です。ですから、その時目の前にあった人の成れの果ては、私の罪なのかもしれません。
 ばらばらにちぎれていったその男の体を見つめた時、いっそう空虚な気持ちが私の中に生まれます。血のりは、土も雑草も穢します。私は何度も臓物に触れましたが、雑草や花は、臓物に触れるのは初めてでしょう。
 私と彼は、この瞬間、自分の真実もわからぬまま、本当の人斬りになってしまったのです。
 志葉丈瑠──彼は十臓を止めるはずだった男。彼が十臓を止める、あるいは、志葉丈瑠が志葉丈瑠として外道に堕ちる事もなく責務を全うするのを見届ける事で、私は救われるかもしれないと、そう思っていたのですが、それは叶わぬ願いでした。
 私が十臓を止めるのなら、志葉丈瑠の持つ狂気は、いずれ彼の家臣が止めてくれると信じていました。しかし、それを絶ってしまったのは私であるような恐れが、いまだ心にあります。あの同行者を殺したのは、彼ではなく、この私なのだとしても、彼の手が血に汚れた事は間違いありません。彼もまた、外道──人斬りとなったのでしょう。
 彼が閉じ込め続けた狂気が、おそらく私の犯した罪のせいで、完全に解放されてしまったのです。
 私は志葉丈瑠とともに、本当の地獄を彷徨う事になったのです。



 やがて、私はある男にその身を真っ二つに折られ、森の中へと捨てられました。その男が丈瑠に投げかけた言葉は、大方私の思っている事と同じでした。しかし、そんな本性を振り払えるほどの理性が男にはあるのだと、信じていました。
 ただ、一つ言うのなら、その相羽シンヤという男も、また内には何らかの暴力を振るう気持ちが芽生えていたのでしょう。彼もまた、外道なのです。彼もまた、自分では気づかぬうちに、「愛憎」を言い訳に他者へと暴力を振るった怪物だったのです。
 何にせよ、その男に¥真っ二つに折られ、捨てられた後、私は二度と志葉丈瑠の手に握られる事はありませんでした。当然です。折れた刀は使いようがありません。
 勿論、私はそこでまた空虚な時間を過ごす事になりました。他の人たちにとって、裏正は「モノ」以外の何物でもないわけですから、たとい見つけたとしても素通りを決めるに決まっています。
 ただ、それでも、唯一……少しだけでも私を満たしたのが、私の生きがいを穢したあの、志葉丈瑠の同行者の男を消せた事でした。その喜びが、胸に秘められているのは確かです。その喜びを自覚した時、実は女の性も人斬りなのではないかと思わせました。
 そして、言い訳として使っているのは「十臓」。彼がいなければ、おそらく、私は己の本性に気づかず、夫を止めようとする優しき妻であったに違いありません。私は彼を愛せるのでしょうか、憎んでいるのでしょうか。



 昼まで、私は折れた身で、黙ってそこにい続けました。一日耐え忍ぶ中、私は何を考えればいいのかわからなかったのです。このまままた、私の無念がここに残り続け、あの地獄の二百年よりもずっと長い年月が私の魂をこの剣に閉じ込め続けるのではないかと、そう思いました。
 それはまさしく地獄です。人を斬るのも地獄でしたが、人を斬らずとも、身動きも取れぬ刀の中で嘆き続けるのは、地獄の苦しみという他ありません。ここは誰も通らず、仮に通ったとしても誰も私の存在を気にかけないのでしょう。十臓は私を「裏正」の名で呼び続け、時に声をかけましたが、その日々の方が幾分ましでした。
 何を考えればいいのかわからぬまま、ただ長い時間をこの刀の姿で見守り続けます。
 十臓は、もうこの世にはいない。ならば、私がこうしてここにいる意味もないはずなのに、私の体は消える事はありませんでした。十臓を止める事を考えるなど、もう無駄な徒労にしかなりません。
 中空に人が立ち、妖と思しき怪物が次々と死者の名前を告げていく時も、私の体はご覧のとおり、真っ二つに折れているのですが、私の名が死者の名として呼ばれる事はありませんでした。まるで、私はこの場にいないかのように扱われています。
 誰にも知られぬまま、こんなちっぽけな私が地獄の苦しみを味わい続ける──それほどの恐怖が、果たしてあるでしょうか。これから永久に、私は十臓と遠く離れて、志葉丈瑠にさえ握られぬ事なく、物言わぬ刀として地獄の苦しみに囚われ続けるのでしょうか。
 刀がどれだけ嘆いても、その言葉を聞いてくれる人はいませんでした。



 夕方を過ぎても、私の嘆きは消えません。妖や異形への恐怖は二百年のうちに少しずつは消えましたが、人の情はまだ私を叫ばせるのです。時に人であった頃の懐かしい父や母の姿を思い浮かべると、亡き二人の元へと逝けない悲しさと、貴方の娘が今は剣となって人を斬り続けている申し訳なさが湧き上がります。
 私の無念はいまだこの森に在り続けました。人斬りでなくなっても、地獄の苦しみと私の意志とは、永久に切り離されないようです。
 それから、中空に妖が現れるのは三度目でした。それは、鉄の輪から聞こえる音がなければ何を言っているのか聞こえないようなのですが、その時は近くに誰かがいたようで、はっきりと聞く事ができました。
 その放送が、私の運命を変えました。

「あいん、はると……」

 放送の名前と被さるようにして、誰かがその名前を呟きました。
 この私の近くに誰かがいるのです。そして、今まさにそこで立ち止まり、放送を聞き、名前を反芻しているのです。
 この深い森の中、折れた刀に過ぎぬ私に気づく事はあるかわかりませんが、その少女はその名前に何か思うところがあるようでした。
 放送は続きます。その度に、彼女は少し声を上げる事がありました。呻くように、喘ぐように、彼女は誰かの名前に苦しめられているようでした。

「げん、たさ……」

 梅盛源太、という名前を聞いた時の彼女の苦しみようは、まさに私と同じく、何かに閉じ込められた人の嘆きのようです。彼女の魂もまた、泣いている事に気が付きました。
 私は、確信しました。
 彼女は私と巡り合う──と。
 たとえば、十臓と出会った時、私は十臓と夫婦になり、彼に献身する事になると、それを直感しましたが、それと同じく、彼女は私を拾う事になるだろうと思いました。
 私の刀身は真っ二つに折れているのですが、そんな事を彼女は構わない。何故なら、私と彼女は、どこか惹かれあっている、根本が共通している存在であったからです。

「ダグ、バ……」

 その名前が、彼女の嘆きを深めたようです。
 私にとっての十臓のような、そんな感情があったのでしょうか、その名前こそが、彼女の今の生きがいだったのでしょうか。

「ダグバ……? ダグバ……、嘘……私の手で倒すはずだったのに……」

 声を出す事ができたのなら、私の嘆きはこの直後の彼女の声に近かった事でしょう。
 筆舌に尽くしがたい声が、森に響きました。近くには誰もいなかったのか、彼女の嘆きが誰かを呼ぶ事はありませんでした。






 彼女が歩き出した時、彼女は私の姿を見て、私を拾いあげました。
 折れた刀である私ですが、どうやら彼女は、それが森の中に落ちている事を気に入らなかったようなのです。
 彼女は、私の二つの刀身を拾い上げると、物言わぬ私に語り掛けました。

「……私の名前は天道あかね。よろしくね」

 私が魂を持つ刀である事に、気づいているのかはわかりません。ただ、彼女は自分の名前を紹介しました。てんどうあかね、という名前が私の頭の中に残ります。
 私は自分の名前を彼女に告げる事ができませんが、彼女は奇怪な剣たる私を拾い上げて、その場を後にしました。






 ……天道あかねは、目的を失っていた。
 放送で、アインハルトや源太の名前が呼ばれ、かつての仲間が少し減った事を知った。しかし、それでも日常に回帰するためには、またその悲しみを背負わなければならない。
 内外からのストレスは増す。あかねの綺麗な黒髪も、今はうっすらと白髪を蓄え始めているほどだ。
 その二人の死、以上に重いのは、そう──

「ダグバ……? ダグバ……、嘘……私の手で倒すはずだったのに……」

 ン・ダグバ・ゼバ。彼は、あかねにとっても倒さねばならぬ存在だったはずだ。どうしてそうなったのかはわからないが、彼を倒す事はあかねにとって、現在の指標だった。
 理由もわからぬまま彼に憎しみを燃やすのは苦痛であったが、それを思い出す気には、なれなかった。それもまたどうしてなのかはわからない。
 とにかく、今はダグバの「死」すら憎かった。
 ダグバはいつからか、あかねの全てを奪っていくような気がする。平穏な日常、「誰か」、あかね自身、そして、ダグバへの憎しみさえ、今は完全に消された。
 ダグバを殺すという行動方針は、ダグバが存在して初めて生まれるもので、彼が死んでしまえば、あかねは何もする事ができない。誰にこの憎しみを振りかざしていいのかわからない。
 あとは、そう、他の参加者を殺すしか目的がなくなってしまう。
 ダグバを倒すという最終目標が消された今、ガドルにしか興味というのがわかなかった。それも、ダグバと比べて、当人に酷い目に遭った覚えがない。全く、彼とは無縁であるが、それでもまだ同種というだけで憎しみの切れ端でも呼び起こせれば、それで充分だった。
 あかねは慟哭する。自分さえ、どんな声が出ているのか、想像もつかないほどの声で。

「──」

 そんな折、不意に、あかねの背後で、声が聞こえたような気がした。
 夜中の森。怖くないはずがない。あかねのストレスを更に強めるのは、この夜の恐怖であった。まだ夜といえど七時ほどではあるが、周囲の森は恐ろしく冷えるし、誰もいないのに人の気配を感じてしまう。
 元来、あかねは怖がりな性分で、幽霊などは嫌いだった。こんな樹海みたいな場所で一人歩き続けるのもまた恐ろしい。実際、ここには妖怪までいるらしいので、それを倒すためには克服しなければならないだろう。
 彼女が森を突き進む事を選んだのもまた、同じ理由かもしれない。

 先ほど、放送の前には人の死体も目にした。
 誰かもわからないが、真っ黒な衣装を着た男で、これがまた不気味であった。
 男の傍ら、首輪がいくつも、乱雑に置いてあったので、それを全て回収しようとしたが、それまた一苦労であった。男の死体が動き出すのではないかとさえ思ったのだ。
 しかし、精神的にも強くならなければならないと思い、やはり思い切ってそれを動かした。
 他にも、デイパックを奪い、あかねは山を越えて冴島邸の前まで来たのである。山を越える際、夕暮れの山のあまりの恐ろしさに、彼女は駆け出し始めていた。
 脳裏には、とうにくしゃくしゃに丸めて思い出さないようにしていた、あの不気味な絵が浮かんでくるくらいだ。
 後でデイパックを確認したら、ガイアメモリも入っていた。なかなかの収穫であったといえるだろう。

 今、こうして背後から声をかける者がいるというのも、あかねには恐怖でしかなかった。
 しかし、それでも、あかねは振り向いた。勇気を振り絞るような場面が続くが、まあ血の気が引いた状態ながらも、あかねはそちらを見た。

 ……誰もいない。
 声を出す者など誰もいない。
 あかねがそれでも納得せずに、そこまで歩いて行く。そこにあったのは、人ではなく、真っ二つに折れた剣であった。
 折れた剣、といえば確かに使い難い武器だ。まあ、刃物としての役割は残しているだろうが、ナスカブレードに比べれば、明らかに不要な物である。
 しかし、あかねはその剣から声を聞いたような気がしてならなかった。
 その声を怪訝そうに見つめながら、あかねは呟く。不思議と、恐れはなかった。

「……私の名前は天道あかね。よろしくね」

 返事はない。返事はないが、どこかあかねの手に握られる事を喜ぶような、そんな感触が伝わってきた。どうやら、この折れた刃は、刀として扱われるよりも、人の傍にあった方がいたいらしいのだ。
 あかねはそう直感して、バルディッシュらと同じく、あかねの持つ道具たちの仲間入りを果たした。

 冴島邸に入ったが、これはまた西洋風の不気味な建物で、はっきり言えば、無人の豪邸というのはかえって恐ろしいものだった。森の中央にあるこの邸宅は、誰かの家というよりはむしろ廃墟だろう。

(……戦闘の痕があるのは家の周囲だけ、中は荒らされてもいないし、特に目立った特徴もないみたいね)

 ざっと、冴島邸を流し見したが、実は玄関まで入っただけであかねは調査を終えた。
 一人で入るには勇気がいる。まるでお化け屋敷である。
 あかねは、夜の森の中で、こんな灯りの付け方もわからない屋敷に入る気になれなかった。
 こんな所に入れるのは、おそらくこの館の持ち主である冴島鋼牙か、よほどの変わり者だけだろう……。

(隣、E-4エリアは23時に禁止エリア……予期せぬ事態が起こる可能性を考慮に入れると、あまり行くべきではなさそうね)

 そこで、またおおよそ、あかねの行く道が決まった。
 そちらの方向以外だと、近いのは「グロンギ遺跡」という場所だ。前よりも少し高い山に登る事になるが、そのくらいはまあ、いい。
 これから禁止エリアになろうというE-4エリア方面よりは安全だ。カナヅチなあかねにとっては天敵といえる「水」のある地帯が非常に多いが、それはまだ気を付ければ何とかなる。禁止エリアはどうしようもない物だ。
 あかねは、現在自分がこの薄暗い森の中心に一人でいて、すぐには抜けられない事が怖くてたまらなかったが、それでもまだ、己の中に愛がある限り、戦おうとしていた。

 そこに、一欠片でも憎しみがあるかもしれない事を、考えもせずに。


【1日目 夜】
【E-5/森・冴島邸付近】

【天道あかね@らんま1/2】
[状態]:ファウストの力注入による闇の浸食(進行中)、肉体内部に吐血する程のダメージ(回復中)、ダメージ(大・回復中)、疲労(大)、精神的疲労(大)、胸骨骨折、
    とても強い後悔、とても強い悲しみ、ガイアメモリによる精神汚染(進行中)、伝説の道着装着中、自己矛盾による思考の差し替え、夜の森での一人歩きが少し怖い模様
[装備]:伝説の道着@らんま1/2、T2ナスカメモリ@仮面ライダーW、T2バイオレンスメモリ@仮面ライダーW、バルディッシュ(待機状態、破損中)@魔法少女リリカルなのは、二つに折れた裏正@侍戦隊シンケンジャー
[道具]:支給品一式×2(あかね、溝呂木)、首輪×7(シャンプー、ゴオマ、まどか、なのは、流ノ介、本郷、ノーザ)、女嫌香アップリケ@らんま1/2、斎田リコの絵(グシャグシャに丸められてます)@ウルトラマンネクサス、evil tail@仮面ライダーW、拡声器、双眼鏡、溝呂木のランダム支給品1~2
[思考]
基本:"東風先生達との日常を守る”ために”機械を破壊し”、ゲームに優勝する
0:グロンギ遺跡に行ってみる。森がちょっと怖い。
1:ガドルを倒す。
2:ダグバが死んだ…。
[備考]
※参戦時期は37巻で呪泉郷へ訪れるよりは前、少なくとも伝説の道着絡みの話終了後(32巻終了後)以降です。
※伝説の道着を着た上でドーパントに変身した場合、潜在能力を引き出された状態となっています。また、伝説の道着を解除した場合、全裸になります。
 また同時にドーパント変身による肉体にかかる負担は最小限に抑える事が出来ます。但し、レベル3(Rナスカ)並のパワーによってかかる負荷は抑えきれません。
※Rナスカへの変身により肉体内部に致命的なダメージを受けています。伝説の道着無しでのドーパントへの変身、また道着ありであっても長時間のRナスカへの変身は命に関わります。
※ガイアメモリでの変身によって自我を失う事にも気づきました。
第二回放送を聞き逃しています。 但し、バルディッシュのお陰で禁止エリアは把握できました。
※バルディッシュが明確に機能している事に気付いていません。
※殺害した一文字が機械の身体であった事から、強い混乱とともに、周囲の人間が全て機械なのではないかと思い始めています。メモリの毒素によるものという可能性も高いです。
※黒岩によりダークファウストの意思を植えつけえられました。但し、(死亡しているわけではないので)現状ファウスト化するとは限りません。
 あかねがファウストの力を受ける事が出来たのは肉体的なダメージが甚大だった事によるものです。なお、これらはファウストの力で回復に向かっています。
 完全にファウスト化したとは限らない為、現状黒岩の声が聞こえても洗脳状態に陥るとは限りません。
※二号との戦い~メフィスト戦の記憶が欠落しています。その為、その間の出来事を把握していません。但し、黒岩に指摘された(あかね自身が『機械』そのものである事)だけは薄々記憶しています。
※様々な要因から乱馬や良牙の事を思考しない様になっています。但し記憶を失っているわけではないので、何かの切欠で思考する事になるでしょう。


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最終更新:2014年05月18日 14:48