森英二(もりえいじ)〈1922年8月~1999年1月〉は、
ハンナン2代目社長、
日本国有鉄道の国鉄マン。
来歴
1922年8月、
日本国有鉄道の国鉄マンであった父のもとで生まれ、
中学校卒業後に、自らも国鉄マンの世界に進む。鉄道職員の
召集免除によって、兵役を免れ、終戦まで内地で暮らす。戦後、国鉄関連の食品会社であった「
国鉄給食株式会社」へ転じて、営業マン生活を送る。その縁から、
半田南吉とであり、
ハンナンへ移ることとなる。
1955年3月、
半田南吉に伴って、
北海道で新たに立ち上げられた半田南吉食品工業会社(現
ハンナン)へ移ることになる。ハンナンの営業畑を統括し、自らも営業マンとして北海道内外を飛び回る実績を重ねた。金庫番として経営の主流を担ってきた
岡田信也とは、
半田南吉の右腕をともに務め、
ハンナン最初期の二大巨頭を形成してきた。岡田が、不動産事業へ熱中していたこともあって1967年8月に
ハンナン代表取締役社長に就任する。岡田の意向もあって、不動産開発を中心とする多角経営を実行した。
1960年に
半田南吉の肝いりで入社してきた軍人出身の
福添光哲が、業務本部を中心に経営改革を断行。社内の大本営と呼ばれた業務本部が肥大化したことで、1973年に社長の座を譲り渡した。
福添光哲、
半田南吉の下で、代表権のない「取締役副会長」に就任。1978年4月、「代表取締役会長」に昇進。会長就任は、
金田宗一郎の社長就任に伴う大規模人事異動によるものである。
経歴
| 1938 |
3 |
中学校・卒 |
|
4 |
日本国有鉄道・入社 |
|
7 |
日光駅駅務員 |
| 1939 |
1 |
土浦駅駅務員 |
| 1941 |
1 |
黒磯駅駅務員 |
|
7 |
上高崎駅駅務員 |
| 1943 |
7 |
上高崎駅主任補 |
| 1944 |
7 |
中善光寺駅主任補 |
| 1945 |
7 |
長野運輸区総務係 |
| 1947 |
1 |
国鉄給食・入社 |
|
|
営業部第4係長 |
| 1950 |
5 |
北関東営業所次長 |
| 1952 |
10 |
千葉営業所次長 |
| 1955 |
3 |
半田南吉食品工業社(ハンナン)・入社 |
|
10 |
営業部長 |
| 1963 |
2 |
営業本部長(兼)営業企画室長 |
| 1964 |
6 |
営業本部長(兼)連結事業本部長(兼)営業企画室長 |
| 1965 |
11 |
常務取締役(営業部門)・営業本部長(兼)連結事業本部長 |
| 1967 |
8 |
代表取締役社長 |
| 1973 |
10 |
取締役副会長 |
| 1978 |
4 |
代表取締役会長 |
| 1985 |
9 |
退任 |
最終更新:2025年11月21日 16:00