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樺幹哉

樺幹哉(かんばみきや、1952年8月~2040年1月)は、衆議院議員鏑木恭公設秘書進歩党事務総長。
生誕 1952年8月
東京都
死没 2040年1月
京都府日赤京都病院
経歴 東京都立日比谷高等学校
東京大学文学部社会学科
親戚 母‐樺さゆり
妻‐今市沙良
岳父‐今市久太郎

来歴

1952年8月、「8・15国会封鎖行進」で警備隊員との戦闘の末に死亡した樺さゆりの子供として生を受ける。東京大学文学部の21歳の学生であった、樺さゆりがデモの中で警備隊員と接触し救急搬送された中、病院で生を受ける。
育ての親となったのは、樺さゆりの両親であり、縁戚関係としては祖父母であった。

東京都立日比谷高等学校東京大学文学部社会学科を卒業後、1975年に日本海運社へ入社。
東京支店、東京港湾部、NY営業所を経て、アメリカ大洋商事に移籍。1983年に明和社へ転職し、出版局英文翻訳事業部、「週刊MEIRIN」編集部で勤務した。1990年から森山卓(明和社社長・明和大栄専務)、1992年から森山弘忠(明和関東不動産会長、卓の兄)の専属秘書をそれぞれ務める。

政治家秘書

1996年、森山兄弟が後援会の幹部を務めていた縁で、守屋勝男(自由党参議院議員)の私設秘書に就任。選挙区である参議院/北関東選挙区の選挙区事務所に常勤する。1999年、守屋の落選により自由党事務職員として入職。2000年から村上星周(選対委副委員長)の政党秘書を務める。

2002年から鏑木恭(衆議院議員)の公設秘書に就任。2008年6月から、第21回参議院通常選挙で当選してきた鏑木政三郎(参議院議員)の公設秘書に転じる。2010年5月に結党された進歩党の設立にも関わり、2020年10月の解党まで事務総長として事務方トップを務めた。解党後、2027年まで鏑木政三郎の元に戻り、国会議員秘書としての職務を務めた。
最終更新:2026年02月13日 21:46