「豊県大分」をキャッチフレーズに6期24年の長きにわたって
大分県知事を務めた。
来歴
1952年、
NHKへ入社。熊本放送局報道部員、高松放送局報道部員を経て、新潟放送局でアナウンサーとしてデビュー。
大阪放送局、金沢放送局でのアナウンサー勤務を経て、1962年より大分放送局アナウンサーとなる。
政界入り
1966年3月、NHKを退職して地元竹田市に帰郷する。同郷の
衆議院議員であった
大森新五郎の紹介で、
大分市の
共和党大分県連合会事務局で勤務しながら、大森の地元秘書となる。
1966年12月、大森子飼いの
八田興作が市長選挙への不出馬を決めたこともあり、アナウンサーとしての知名度があった井上が、大分市長選挙への立候補することとなった。
最終更新:2026年06月17日 21:44