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内原幸徳

内原幸徳(うちはらひろのり、1921年8月~2020年8月)は、日本の政治家、衆議院議員、東京都議会議員。元アジアタンカー社長。

来歴

1921年8月、東京都に生まれる。祖父は戸田造船社長の戸田正臣、父はアジアタンカー創業社長の内原金彦、母方の祖父は青島飛行機重役で戦前飛行機製造に重大な功績の遺した内原信義。

東京都立世田谷高等学校、慶応義塾大学経済学部経済学科を卒業。

大学卒業後、1946年8月に東京銀行へ入行。埼玉さくら銀行、さくら信託証券、東京第二銀行での勤務を経て、1953年9月からアジアタンカー常務。1955年に父から引き継ぐ形でアジアタンカー社長。

1960年12月、社長と兼務する形で東京都議会議員選挙に立候補し当選。当時は無所属であったものの、後に都議会共和党会派を経て、共和党に入党。入党後しばらくして玄徳会に紹介され、遠山昇元首相などから薫陶を受ける。

1963年、公認不足を補う目的で、第20回衆議院総選挙の東京4区から初出馬。定数5名の選挙区に共和党公認が4名立候補する中、最下位ながら初当選。衆議院議員となる。当選後、運輸部会長、選対副局長、運輸政務次官(黒田内閣・青山内閣)を経て、1969年1月に前任に代わって昇格する形で、運輸大臣として初入閣。

社会党への政権交代後、運輸部会長、地方財政部会長、組織運動局長を経て、1975年から自由党へ移籍。
最終更新:2026年10月28日 18:12