会社員(滋賀県):2007/04/03(火) 10:09:00.01 ID:mZzzgA820
三月の末。
表情のない数字の羅列の前に何百人の若人が立ち、数字を見つけたり見つけなかったりして一喜一憂している。
恵も、既に進学先を決めた英雄と一緒に、この掲示板の前にいた。
「どうだった?」
英雄が問いかけてみる。が、返事はない。
それはつまり、彼女に春が来なかったことを表していた。
やがて恵がゆっくりと口を開いた。
「帰ろうか。」
表情のない数字の羅列の前に何百人の若人が立ち、数字を見つけたり見つけなかったりして一喜一憂している。
恵も、既に進学先を決めた英雄と一緒に、この掲示板の前にいた。
「どうだった?」
英雄が問いかけてみる。が、返事はない。
それはつまり、彼女に春が来なかったことを表していた。
やがて恵がゆっくりと口を開いた。
「帰ろうか。」
電車は意外と空いていて、隣にふたり並んで腰掛けた。
だが会話はなかった。
突然、英雄から口を開く。
「また来年頑張ろうよ。」
「でも、家浪人させてもらえないって…。」
「あんなに一生懸命やってたんだから、分かってくれるよ。」
「うーん。」
「まあ、もしダメだった時は、家で花嫁修業でもやりなよ。」
はっと英雄を見上げる。
「プロポーズ…、ですか?」
目を合わせるのが恥ずかしくて、前に向いたまま、英雄は、
「ごめん、どさくさにまぎれて言っちゃった。」
さらに、こう付け足した。
「いつか、結婚できるといいね。」
「ちょ、ちょっと! 人のいる所で…。」
そう言う恵の声の方が大きかったのは確かで、振り向いた人が数人いた。
車両中の視線が集まるような気がして、思わずうつむく。
「でも…、」
小声で一言、付け加えた。
「でも、うれしい。」
あと何駅だろう。できることならずっと隣に座っていたい。
だが会話はなかった。
突然、英雄から口を開く。
「また来年頑張ろうよ。」
「でも、家浪人させてもらえないって…。」
「あんなに一生懸命やってたんだから、分かってくれるよ。」
「うーん。」
「まあ、もしダメだった時は、家で花嫁修業でもやりなよ。」
はっと英雄を見上げる。
「プロポーズ…、ですか?」
目を合わせるのが恥ずかしくて、前に向いたまま、英雄は、
「ごめん、どさくさにまぎれて言っちゃった。」
さらに、こう付け足した。
「いつか、結婚できるといいね。」
「ちょ、ちょっと! 人のいる所で…。」
そう言う恵の声の方が大きかったのは確かで、振り向いた人が数人いた。
車両中の視線が集まるような気がして、思わずうつむく。
「でも…、」
小声で一言、付け加えた。
「でも、うれしい。」
あと何駅だろう。できることならずっと隣に座っていたい。
37 : 会社員(滋賀県):2007/04/03(火) 10:11:41.78 ID:mZzzgA820
「ただいま。」
ようやく我が家にたどりついた。
「おかえり、どうだった?」
母親の声。
ため息混じりに答える。
「ダメだった。」
「そう…。」
床に正座して頭を下げる、いわゆる土下座のポーズで頼んだ。
「お母さん、もう一回、チャンスをください。」
「何もそこまでしなくても…。いいわよ。」
「え?」
こうもあっさり許可が出るとは思っていなかった。
数秒ほど固まってから、思い出したように急いで疑問を口にする。
「え? でも、お金ないから浪人できないって・・・。」
「嘘も方便。追いつめられた方が実力を発揮できるものよ。」
緊張がほぐれた。
「じゃあ…。」
「ただし! 次は絶対に無いからね。」
「うん、ありがとう。」
「ただいま。」
ようやく我が家にたどりついた。
「おかえり、どうだった?」
母親の声。
ため息混じりに答える。
「ダメだった。」
「そう…。」
床に正座して頭を下げる、いわゆる土下座のポーズで頼んだ。
「お母さん、もう一回、チャンスをください。」
「何もそこまでしなくても…。いいわよ。」
「え?」
こうもあっさり許可が出るとは思っていなかった。
数秒ほど固まってから、思い出したように急いで疑問を口にする。
「え? でも、お金ないから浪人できないって・・・。」
「嘘も方便。追いつめられた方が実力を発揮できるものよ。」
緊張がほぐれた。
「じゃあ…。」
「ただし! 次は絶対に無いからね。」
「うん、ありがとう。」
38 : 会社員(滋賀県):2007/04/03(火) 10:14:45.00 ID:mZzzgA820
自分の部屋に向かうと、弟と鉢合わせした。
「あ…。」
「姉ちゃん…、どうだった?」
「ん…。」
無言。それが答えになっていた。
「そっか。」
「あの、部屋入ってって。」
そう言って自分の部屋の扉を開け、促す。
恵の部屋に入ると、二人は立ったまま話を始めた。
「姉ちゃん。俺、バイトすることにした。」
「そう。」
すぐに途切れる。
「姉ちゃん。俺より幸せになってくれよ。俺のままが良かったなんて思わないようにさ。」
「あんたこそ、私になりたかったなんてならないでよ。
あと、私よりいい大学受けること。あんたの方が一年多く勉強できるんだからね。」
また途切れた。
「身長、また伸びた?」
「うん。」
会話が長く続かない。
自分の部屋に向かうと、弟と鉢合わせした。
「あ…。」
「姉ちゃん…、どうだった?」
「ん…。」
無言。それが答えになっていた。
「そっか。」
「あの、部屋入ってって。」
そう言って自分の部屋の扉を開け、促す。
恵の部屋に入ると、二人は立ったまま話を始めた。
「姉ちゃん。俺、バイトすることにした。」
「そう。」
すぐに途切れる。
「姉ちゃん。俺より幸せになってくれよ。俺のままが良かったなんて思わないようにさ。」
「あんたこそ、私になりたかったなんてならないでよ。
あと、私よりいい大学受けること。あんたの方が一年多く勉強できるんだからね。」
また途切れた。
「身長、また伸びた?」
「うん。」
会話が長く続かない。
39 : 会社員(滋賀県):2007/04/03(火) 10:15:42.35 ID:mZzzgA820
ふいに恵が真剣な眼差しを向け、優しく声を出した。
「正樹…。」
この名前を弟に向けて口に出すのは初めてだ。
それは、もうこの言葉が自分を表すものではないと理解した証。
それが正樹にも伝わった。
「いつか、私に言ったよね。」
「何を?」
「あのことば、そのまま返しておく。」
なぜか開けっぱなしだった窓から、春の風がふたりの髪をなでる。
恵は正樹を抱き寄せて…。
「正樹に何かあったら、お姉ちゃんが守ってあげるから。」
そう言って深く目をつぶる。
すると、今までのいろんなことがリアルに目に映ってくる。
ふいに恵が真剣な眼差しを向け、優しく声を出した。
「正樹…。」
この名前を弟に向けて口に出すのは初めてだ。
それは、もうこの言葉が自分を表すものではないと理解した証。
それが正樹にも伝わった。
「いつか、私に言ったよね。」
「何を?」
「あのことば、そのまま返しておく。」
なぜか開けっぱなしだった窓から、春の風がふたりの髪をなでる。
恵は正樹を抱き寄せて…。
「正樹に何かあったら、お姉ちゃんが守ってあげるから。」
そう言って深く目をつぶる。
すると、今までのいろんなことがリアルに目に映ってくる。
窓の外から一枚、さくらの花びらが降ってきた。