【王の御供】


 燦々と降り注ぐ陽光がぢりぢりと大地を容赦なく熱する、いつもどおりのラ・ムールは首都マカダキ・ラ・ムール。

 首都の中央にそびえ立つ巨城に備えられたひときわ大きな広間、玉座の間。
 玉座に座るは、苦虫を噛み潰したような表情で眼前の者たちを見やる、一国一城の主。
 主君に対するは、御身を案じ伝手を頼り有能な練達者を連れてきたという、最近登城したばかりの臣下。
「何か臭ぇな・・・で、そいつら誰よ」
「彼らは御身の警護の為に手配致しました者達に御座います。 いずれも国内外で相応の試練を潜り抜けた者故、腕は確かですぞ」
「おんみをあんじて~、とは言うけどさぁ・・・」
「もし今御身に大事あれば、国政にも影響があります故。 何卒ご理解頂ければ!」
 自分の身の危険と国の大事と直結されてしまっては、王としても無下にはねつける訳にもいかない。
 渋面にて思考の末、王が下した決断は
「俺はともかく、コイツらが辞めたくなったら即契約打ち切り、って事で手を打とう」
 喜色を顔に浮かべ、臣下は玉座の間を後にする。

 王の前に相対する者として残るは、早速警護としての任を開始した、男女二名の練達者達。
「よく分からんが・・・ま、とりあえず、よろしゅう頼むわ。 『びじねす』の話に関しては俺はタッチしないんで、さっきの奴と好きなだけしてくれ。 で、お宅ら何者よ」
 名を聞かれた警護二名、まず大柄な蒼の和鬼が一礼の後に返答する。
「我はウム・フンディと申します。 そしてこちらが」
「妾はマカ・リンカじゃ。 こちらこそよろしゅう頼むぞ、猫の王よ」
 蒼鬼に続いて名を告げるのは平均的な猫人とそう違いの無い背丈の白鬼。
 二人は親娘もかくやと言うほどに体格に差があり、実際何も知らず傍目に見れば娘連れの父親、というようにしか見えないであろう。
「蒼鬼に白鬼、か。 お前らどういう関係なんよ」
「妾はこやつの師匠的なものをやっちょる。 こう見えてヌシの10倍は生きとるんじゃぞ。 ぬっふっふ」
「マジか?」
「ええ、師の仰る通りに御座る」
「ほえ~・・・白鬼はけったいな程の長寿が多いとは聞くが、分からんもんだなぁ。 そういやキャプテンが鬼族だから、久方ぶりの鬼族の知り合いかぁ」
「ほむほむ、して猫の王よ」
「何じゃいホワイティ」
「ヌシは噂に事欠かぬオス故、どこまで真か見聞きしたくもあって、妾達はこんな砂漠くんだりまで来た次第じゃ」
 マカの言うように、現王には荒唐無稽にも程がある噂話が横行しており、それがかえって王の威厳を損なっているのが現状といって差支えないだろう。
曰く、ナマモノの身でありながら饗宴に度々参加したことがある
曰く、武王に倣い氷壁牢獄《ゲウル・ディ・シエタ》で修練を積んだことがある
曰く、帰還不能大森林《ケンバリ・ヴォイマーツ》を単独踏破し、森の最奥に眠る秘密を知っている
曰く、南蛮の暴威の象徴である破滅獣《フィ・シャウ》を独力で撃破したことがある
曰く、世に出ることが決してないと言われる聖歌絶唱の第二楽章を顕現させたことがある
曰く、この世界で最も高いとされる世界樹を踏破し、天辺から見た下界の景色を知っている
曰く、戦神ウルサと矛を交え、命からがらながらも生還したことがある
曰く、先の戦乱で偽王を傀儡としていた邪神を跡形も無く撃滅した
 よく吹聴されるものでもこれだけあるが、いずれも非現実的極まりなく、夢想妄想空想以外の何物でもない与太話ばかりである。
 それ故、現王は王都の民達からは生暖かい目で見られ、試練を民に振り撒く存在と忌み嫌われ、たまに子供キックを背中にお見舞いされることすらある。
 結果的に現王は民意としても政治としても、よくある「御飾」としの立ち位置に収まることになったわけだ。
「せいぜい噂に違わぬ奔放ぶりで、妾を楽しませてくりゃれ」
「まぁどう思おうが構わんけども、俺の警護なんてやってもつまらんし、面倒なだけだぞ?」
「構わぬ構わぬ、それで妾達は飯にありつけるのじゃからの」
「左様。 我等の任は御身の警護のみ。 有事があれば良し、無くとも良し、に御座る」
 こうして、現王に護衛が二人、新たに着任することとなった。

 ラ・ムール現王に護衛が付くようになって数日。 場所は変わり、マカダキ・ラ・ムールから程近く。
 砂漠の命の源泉たるルミコープ大河と、マカダキに大河と海の恵みをもたらすヴァルチェ運河の枝分かれの地、アラカ・ヴァルチェ。
 普段は大河の流れのように穏やかな街だが、年に数度、頓ににぎわう時が来る。
 すなわち、水霊祭《スジンヴィラ》の時節である。

「で、猫の王よ」
「何じゃいホワイティ」
「こんな砂漠でも暑く忙しい盛りに堂々と昼間から祭に参加とは、王という御身分はそんなに暇なのかえ?」
 アラカ・ヴァルチェくんだりまで現王に付き添って来た警護二名の小さい方、マカがそう問うのも当然である。
 時は陽月間近、砂漠の民は皆こぞってルァ・プローヴァに備える忙しい時期にあって、先頭に立つべきオスが、真昼間から祭で練り飴堪能中である。
「ウチの生命線を潤滑に動かすための仕事があるんでな。 ルァが来る前にやっとかなきゃ面倒なことになるんだよ。 ガチで河止まるし」
「そう言いながら練り飴を手にしていては台無しも良い所だがな」
「一言多いなぁ・・・お、そろそろ出番かな」
 祭司服と思しき装束に身を包む幾人かの男が現王の元に参じ、式の進捗を報告すると、現王は警護二人に軽い会釈をして別れ、祭司たちと共に大河と運河の分岐に設えられた祭壇に向かう。
「成程、カー・ラ・ムールは神の御使い、その権威を以て治水を司る水精に働きかけようというのが魂胆か」
「王に特別な力が無くとも出来る、よくある儀礼で御座るな」
 儀式に対する警護二人のドライな見解は概ね間違ったものではない。
 実際のところ、水霊祭の本義はルミコープ大河を司る水の大精霊スジンとカー・ラ・ムール(不在時はアフ・ラ・ムール)の会合にて治水の取り決めを行う事にある。
 それ以外の露店やチンドン屋の類は全てオマケのようなものだが、マカダキ民としては程近くの街の祭ということで、そこそこの集客効果があるようだ。

 祭壇から歩を進める現王は、水の大精霊スジンの導きを受け、水の上を歩きつつ河川の中ほどまで進む。
 やがてそこに巨大な水の柱が立ち上り、水霊祭の本義である河川の動向に関する会合が始まる。
「さて、この状況では妾達は何も出来ぬ。 我等も練り飴食いに行くぞえ」
「御意のままに」
 警護二人はそのまま、護るべき主が戻るまでの間、サボタージュに興じるのであった。


「で、具合はどうなのよ」
「ぼちぼちでんな。 ま、特に水量については問題ありまへんな」
「そいつは良かった。 で、河の具合のほうはどうよ」
「おおっと、それはどっちの事でっしゃろ? うかつには答えられまへんな」
「ちっ、まぁいいや。 とりあえず向こう1ヶ月の日照り続きに関しちゃ問題ないってことだな」
「そりゃもちろん。 あとはダンナの出方次第、ですかな?」
「それこそどういう意味だい? こっちだって砂漠全土の民の命がかかってるからね、そうそう手抜きは出来んよ?」
「ちょ!? 一局目からそれはないでっしゃろ!」
「国士無双十三面待《ライジングサン》、これくらい出来ないと<向こう側>じゃ組織のトップは勤まらんって話だからな。 よし次行くぞー」
 会合はまだ始まったばかりである。

 そんなこんなでしばらく経った、とある議会の真っ最中。
 現王は定位置である邪龍王マルドラークの頭部の真下に設えられたカー・ラ・ムール指定席に座し、退屈そうに頬杖付いて欠伸を噛み殺しつつ推移を見守っていた。
「退屈ですか?」
「すんませんネネ様、どうしてもこういう場は慣れませんで・・・ふむ?」
 傍らに座す前仮王からの問いかけに、気まずそうに応える現王。
 その時、現王のピンと伸びた髭が、捉えた情報をピリピリとした感覚として持ち主に伝える。
「どうかなさいました?」
「いや、えーと・・・こりゃアレか」
 髭から伝えられた情報に得心した現王はやおら立ち上がる。
 議会の趨勢に自分は関係なさそうなのを確認したところで、喧々諤々の議会に軽く会釈して、
「ちょっとどっか行ってくるんで、とりあえず適当にやっといて。 んじゃ」
 と無責任甚だしく、すたすたと議場を立ち去る。

「議会はまだ最中だが、抜け出して良いのか?」
「この部屋に入れるヤツはみんな優秀、ウチの自慢の頭脳集団と肉ダルマ共だからね。 オレ一人居ない所で何ら問題ないわな。 で、だ。 ちょいと出るからお前ら付き合え」
「お出掛けかえ? ちょうどよい、妾も退屈しておったところじゃ。 不肖の弟子共々どこでも付き合うちゃる」
 護衛対象の外出に同意した警護二名は、護るべき現王を挟むように立ち、
「ま、多少バイオレンスな場所でもなんとかなんだろ」
 という現王の呟きと同時に、三人まとめてZ軸マイナス方向に移動を始めた。


 しばしの自由落下の後、マカ・ウム師弟は緑の絨毯の上に降り立つ。
「一体何じゃこれは・・・下は葉っぱだらけで何やら息苦しいの・・・しっかりせいウム。 この程度でヘバるとは、まだ鍛え方が足りぬかえ。 で、ここは何処か分かるかの?」
「皆目見当が、付きませぬ。 何やら、大樹の天辺のような、感じではありますが・・・」
「こんな大平原みたいな樹上があるか。 よもやまさか、世界樹の天辺などと申すまいな?」
 師弟揃って辺りを見回すと、少し離れたところでエア問答をしている現王を見つける。
「・・・何もないところに向かって何を吼えておるんじゃ。 気でも触れたか?」
「ふむ、この場に初めて来て早速、この神気濃度に馴染めるか。 流石に神通力に長けた白鬼だけのことはあるな。 弟子の方はやや中てられてグロッキー気味だが大丈夫か」
 蒼鬼ウムの動きに従来の軽快さが見られないことを、現王は気に掛けるが、
「なに、修練が足りんだけじゃ」
 とマカは一刀両断し、改めて現王に向き直る。
「で、ヌシは現実逃避しとるんか?」
「ん?・・・ああそうか、神通力と神気はびみょ~に違うから、コイツら見えないのか。 ちょい待ってろ」
 現王の左目がぺかーと光ると、それまでそこに居なかったはずの、二人のエルフにも似た姿が浮かび上がる。
「急に何事ですか。 肥料にかまって話を長引かせるを好しとする程、私は暇ではないのですが」
「ぅぁ~まぶじぃ~」
「相変わらず自分本位な・・・つか増えてる!?」
「な、なんじゃこやつ等・・・」
 鬼神アグールを始原とする神通力の扱いに長ける白鬼のマカは、この二人が見た目からは伺えない程に莫大な『神』の気配を内包していることに気付き、狼狽を隠せない。
「あぁ~~ねこちゃんだぁ~~♪ ふわふわでぇ~~もふもふだぁ~~~♪」
「おいそこの<向こう側>の本読みふけってる腹黒野郎! このさっきからまとわりついてくるこの変なのどうにかしろ! お前の同類だろ!」
「『月刊わたしの盆栽 2023夏の特別号』を読むのに大変忙しいので、後にしてくれますか」
「テメェ・・・人勝手に呼びつけといてその態度かよ。 その本焼いた上でこの木根元から伐採すんぞ!」
 現王は優雅に本を読みながら琥珀色の液体を啜る者に怒声を浴びせつつ、まとわりついて毛並の肌触りを満喫する者を力任せに引き剥がしにかかる。
「うぉい離れろや!」
「にゃ~にゃ~♪ もふもふなの~♪」
「ぐむむ・・・おいコイツ殴っていいか」
「御随意に」
「よし! じゃ、どりゃ」
 ずご、という軽快にして鈍重な音を頭から奏で、現王にまとわりつく娘は押し黙り動かなくなる。

「師よ・・・これは一体?」
「聞くな、妾にも分からぬ」
 マカ・ウム師弟は状況の意味不明具合に完全に蚊帳の外である。

 そうこうする事数刻、ようやく話がまとまったのか、気が付けば鼻提灯を豪快に膨らませている者と終始読書に耽る者は、また始めから存在しなかったかのように消えていく。
「ったく、たまにゃ呼びつけねぇで自分から来いってんだよ」
「のうヌシ、あの者らは何ぞ?」
「ああアレ? 世界樹お抱えの神霊だけど。 二匹いたとは初めて知ったが、ガキの自分にここ来てから度々絡まれるんだよなぁ・・・今度は実を創生樹《クレウェボル》と終焉樹《デュロコダマー》に持って行け、とさ」
「・・・」
 和鬼二名は揃って口ごもる。
「南蛮と大森林かぁ~・・・どっちも面倒臭ぇなぁ」
「どちらも余人の立ち入りを許さぬ場所だな。 まさか行く気か?」
 世に言う三大秘境のうち二つの名が出たところで、ウムが現王に問いかける。
「行くとしたら確かに面倒じゃのぉ。 立ち入り自由な大森林はともかく、南蛮は延帝の許し無くば入れぬぞえ?」
「その辺はどうでもなるだろ。 よし、久々にザンマ冷やかしに新天地行くついでに大森林行ってくるか。 南蛮は・・・剣聖修行の一環だ、とか言えばジェンがやる気出すだろ」
「未だ全容見えぬ地に対して、随分と楽観的だな」
「行ってくりゃ分かるが、そんな仰々しい場所じゃねぇからな。 それはともかく君ら、世界樹はどのあたりまで登ったことある?」
 急な話の転換、かつ三大秘境とは別の意味で未踏の地と言われる場所の名を改めて出され、思わずウムが突っ込む。
「待たれよ、ここは・・・世界樹の天辺なのか?」
「え、そうだけど。 何処だと思ってたん?」
「恐れ多き神の御坐もいいところじゃぞ! そんなところに気が付いたら居たなどと誰が思うか!」
 軽い浮遊感の後に、現界に存在する大神樹、世界樹《イグドラシル》の天辺に気が付いたら居た、など人に聞かせて信じるヒトがどれだけ居ようか。
 マカ・ウム師弟は揃って、現王が告げる現在位置に疑念を抱きつつ、現王の返答を待つ。
「うんまぁしゃあねぇ。 文句はさっきの試練ゲートあけた頭の上のクソ太陽に言ってくれ。 で、もっかい聞くけど、お宅らの世界樹登坂記録はどんなもんよ。 どこまでだろうと俺先に降りるけど」
「待てぃ! 妾達を置いて行くというのかぇ!?」
 朗らかに師弟を放置することを明言する現王にマカは突っ込むが、
「だって先に下行ってユミルム様に『あと二人降りてくるけど御容赦願いたい』って話通しておかないといかんし。 ハイランダーの執拗さっつったら無ぇよ? 過激派はマカダキのド真ん中でも殺しに来るし」
 と現王は一蹴してしまう。

「ヌシの言っとることはイマイチ理解できんのじゃが・・・ヌシは一人で降りれると言うのか?」
「そりゃオメェ、15の時*1から、最近は年数回やってることだからな。 あと、降りてきたとき身辺検めで面倒にならんように、コイツは預かっとくかんな」
 現王が懐から出したのは、俗に言う暗器の類。 主に近接・密着状態での一撃必殺に特化した物品の数々が、現王の手には握られている。
「・・・気付かぬうちに女の懐をまさぐるなど、王の癖に随分とまた手癖が悪いの。 いつ抜き取った?」
「落ちてる途中。 垂直落下になった瞬間、お宅らの意識に隙が出来たんで、そこをしゅぱっと」
「それが無くば手が出せぬと?」
「半グロッキーかつ足元が御留守でない状態で、それが言えたらカッコいいんだけどな、デカいの」
 そう言われたウムが足元に目を向けると、どやぁと言わんばかりの表情を浮かべる毛玉と、氷結によりがっちりと足元の枝葉に固定された自分達の足首から下が否応なく目に入る。
「・・・数々の与太話も、あながち嘘ばかりではない、と言う事でしょうか」
「ほれほれ、帰って来いハリム・・・ほい、ごくろーさん。 ま、お宅らがその筋のヒトらだってのは、最初から分かってたけどな」
「ほう? そりゃまた何でじゃ」
「お前ら連れてきたアイツ、油臭ぇからすぐ分かるっての。 食用油じゃなくて機械油の匂いプンプンさせてる奴が護衛の進言なんて、裏が無い訳がない」
 マカ・ウム師弟は顔を見合わせるも、双方ともに得心いかない表情のまま、ウムは言葉を続ける。
「そんな匂いしていたか・・・? いや、それはいい。 そこまで分かっていて、我らを見逃すのか?」
「だってお前ら何もしてないじゃん。 平和すぎて仕事がない護衛を理由なくクビにするほど、ウチの財政逼迫してねぇし」
「そうか、妾達はあくまでも護衛、という訳か。 もはや間者ですらなく」
「ま、そんなしょげんなって。 じゃ、俺は先行くけど、半月で降りてこれなかったら先帰るからな」
 軽く手を振り、現王は緑の絨毯の端から飛び降りる。
「待たんか小僧! どうやって降りろというんじゃぁ!」
 しかし、その呼びかけに答える声はない。
「こりゃ参ったのぉ・・・ウム、ヌシの得物はどうじゃ」
「私の手持ちも、全て掠め取られております」
「まぁ徒手空拳でもなんとかなるじゃろ。 それに先程あ奴は、15の時にやってのけたと言っておった。 15などとうの昔に過ぎ去った妾達に出来ぬ道理はあるまい」
 師弟は決意を固め、世界樹天辺からの降下を開始する。

 それから半月をやや過ぎたころ。
 期限ギリギリで懐かしき地上の土を踏みしめたマカ・ウム師弟を連れ、マカダキの王城に帰還した現王は、師弟を伴い人足方に務める例の臣下を大議場に呼びつける。
「この二人の契約の件で話があるから、ちょい入れや」
「は、はぁ・・・あれ?」
 臣下は大議場に入ろうとするが、開け放たれた門扉の代わりに見えない壁でもあるかのように、立ち入ることが出来ない。
「おうどうした、はよ入れや」
「いえ、しかし・・・」
「なに、遠慮すんなよ」
 現王は臣下の背中の中央を足で抑え、目の前に壁があるのを確信しているように押し付けにかかる。
「ぐ、おお・・・一体何を」
「ついでにさ、お宅さんからどういう理由で『がそりん』やら『えんじんおいる』の匂いがするのか、じ~~~~~っくり、聞かせてもらっていいかね」
「!?」
 異界と大ゲートにより繋がって既に30年は経過したが、未だ門の向こう側にある技術は門を越えて伝播しているとはまだ言い難い現状がある。
 その中にあって、機械油と縁のある開門世界人など、クルスベルグの工夫・技師や工学技術を学ぶ留学生の一部を除けば、非常に限定される。
「おいコラ何とか言えや。 それとも、『あのガラクタ、まだ猫人のツラ見ると癇癪起こす癖直ってないのか』って聞いた方がいいか?」
「き、貴様・・・ぐほぁ!?」
「おいおい、そんなムキになんなよ。 俺はガラクタって言っただけだぜ? それとも何か、猫人見るとわめき散らすガラクタに、思い当たる節でもあるのかね?」
「ぐ、ぬぬ・・・おい、お前ら! そこで何をしている! 払った金の分働いてみせろ!」
 唐突に契約を持ち出された師弟は、
「ほえ? 何のことかえ?」
「我等の任は王の警護。 今まさに契約通りの任を遂行している最中ですが」
 平然と返答する。
「裏切るのか貴様ら、ぐぼぁ!?」
「さーて、続きは臭い飯でも食いながらしましょーねー。 おーい衛兵、このマヌケな間者一名様、ステキなお部屋にご招待してあげてー」
 呼ばれた衛兵によって、間者であることが暴かれた臣下は投獄されることとなった。
「して、妾達はこのままヌシの警護を続けて良いのかえ?」
「何の証拠もない上、突然興奮する間者が言い出した口約束と政務所発行の契約書、どっちが信用できるか考えるまでもないだろ」
「しかして我等も暗殺を生業とする身。 不意にお主を背後から突くかも知れんぞ?」
「出来るもんならやってみぃや。 大事な商売道具を簡単にスられるマヌケに殺られる程、鈍っちゃいねーよ」
「いやはや全く、返す言葉も無いのぉ!」
 大議場前の廊下に笑いが響き渡る。

 今日も王都マカダキ・ラ・ムールは事も無し。 平穏そのものである。


  • 王の護衛すなわち試練の道連れになる者…折れずに続けれる者なら王のよき遊び相手になりそうな -- (名無しさん) 2014-09-09 01:55:35
  • これ王の護衛とか公募とかスカウトとか強制とかどうなのかふと気になった。ディエルと似たような性格じゃないと厳しい職場 -- (名無しさん) 2014-09-17 03:18:06
  • 読み終わってふと思ったがディエルは王として諸々からどれくらい認められているんだろうか -- (名無しさん) 2014-09-27 00:25:16
  • ディエルの人生を読んでいると生きて伝説を作るのがカーの役目みたいに思えてくる -- (名無しさん) 2015-04-23 23:16:49
名前:
コメント:

すべてのコメントを見る

タグ:

i
+ タグ編集
  • タグ:
  • i
最終更新:2014年09月09日 01:53