雲間から覗く巨大な満月。
『饗宴』に沸き立つ
スラヴィアの夜。
円形闘技場の観客席を照らす眩い月光。
VIPラウンジを行く、一人の女貴族と一人の屍人の少女。
『血塗れのアデーレ』ことパルファンドゥール女伯爵とその恋人、緋沢優衣。
扉の向こうはアリーナに面した貴賓席。試合合間のVIPラウンジでは、スラヴィア社交界の貴顕紳士たちがグラスを片手に談笑している。
元々それなりに名士であるアデーレはともかく、何もかも初めての優衣はVIPラウンジの雰囲気に酔って大興奮であった。
「さっきのアナウンサーの人、カッコよかったね!すごいイケメンだったよね!」
「もう…あの方はアナウンサーじゃなくて『審議候』キエム・デュエト侯爵閣下よ。」
「うわっ髑髏王の人だ!ほんとにまんまガイコツなんだ、うっわー…」
「コラっ、失礼よ優衣。」
「わぁっ!ねえねえ見て見て!サミュラ様だよ、サミュラ様!うわーすっごい可愛いぃ~髪の毛きれーい…
あれ?サミュラ様二人いるよ?」
「ちょっと落ち着きなさい優衣…サミュラ様が二人もいるわけないでしょう。」
「いやーホント凄いね!さっすがVIPラウンジ!どっちを向いてもすっごい有名人ばっかりだよ!」
「一応、私もそこそこ有名なんだけどな…」
スラヴィア国内はおろか国外にもその名を轟かす大物がゴロゴロしている。
ハイテンションここに極まれりといった感じの優衣と、ツッコミ疲れた風情のアデーレであった。
◇◇◇
そこに、赤銅の動甲冑を従えた一人の高位屍族の少女が通りかかった。
『傀儡侯女』ことレシエ・バーバルディア女侯爵と執事のセバスである。
アデーレと優衣に気付いたレシエが気さくに声をかける。
「あらアデーレ、久しぶり。暫く見なかったけど腕は落ちてないみたいね。
お連れの可愛らしいお嬢さんは……あー、あの時の。」
『饗宴』直後に衆人環視の中で熱烈なディープキスをかましたアデーレと優衣は、噂好きの紳士淑女たちの格好のネタであった。
アデーレは慇懃な態度の中に嬉しさを隠しきれずに一礼し、レシエに優衣を紹介する。
「ご無沙汰しておりました、レシエ様。この子は地球から来た私の友人で緋沢優衣と申します。
優衣、こちらはレシエ・バーバルディア侯爵閣下。私の剣のお師匠様よ。」
「はじめまして!緋沢優衣と申します。以後、お見知りおきを。」
「レシエと呼んでくれて結構よ。優衣さん、で良いわね?」
「はい!レシエ様!」無駄に元気な返事の優衣。
「あらあら可愛いわねー。ご褒美に飴ちゃんあげましょう。」セバスがさっとキャンディを差し出す。
「わーい。」バンザイして子供のように喜ぶ優衣。
「もう、優衣!すみません。レシエ様…」何故か居た堪れないアデーレ。
「それにしても、こんなところに顔出すなんて珍しいじゃない。いつもは試合が終わったらさっさとどこかに消えちゃうのに。」
「実はこの子がどうしてもVIPラウンジの中を見たいと駄々を捏ねまして…」
「あら随分甘いのね、貴女らしくもない。まあ丁度良いわ、貴女に用があったの。ちょっと良いかしら?」
レシエが目配せする。内密の話のようだ。
それを察したアデーレが優衣を促す。
「優衣、悪いけど先に行ってて頂戴。私はちょっとレシエ様とお話があるから…」
「うん分かった、早くこっちに来てね!それじゃレシエ様、失礼しまーす!」
むっちゅーと濃厚な投げキッスをアデーレに放り投げて、ぱたぱたと観客席に向かって駆け出していく優衣。
その様子にレシエは笑いを堪え切れない。
「貴女の彼女、面白いわねえ。それにとっても可愛いわ。」
「面白くて可愛いだけなら良いのですが…それでご用とは何でしょう。」
「相変わらずせっかちね。まあいいわ。セバス。」
<は…>
レシエは執事のセバスが取り出した「写真」の束を受け取り、その中の一枚をアデーレに渡した。
「写真」とは
ゲート開放と共に流入した異世界技術の一つであり、一部の好事家のスラヴィア貴族に瞬く間に普及していった。
(余談だが、優衣が面白がってアデーレの寝姿やもっと恥ずかしい写真を撮りたがるのが、最近のアデーレの悩みである。)
レシエが差し出した写真には、大小二つの影のようなものが写っていた。
「話というのはこれのことよ。とりあえず、よーく見て頂戴。」
「これは…?」
「地球人のカメラマンとやらが、事もあろうにサミュラ姉様を隠し撮りした写真の内の一枚よ。
そいつと来たら、私がサミュラ姉様の大ファンだと聞きつけて、いけしゃあしゃあと売りつけに来やがったのよ。
あんなハレンチな写真を何十枚も!あの舐め回すようなねちっこいアングル!あんなモノいったいどうやって撮ったのかしら!?
どれもこれもひっじょーにケシカラン写真ばっかりだったんで、全部没収してやったわ!!」
屍姫サミュラのハレンチな写真を隠し撮りするとはなんと豪胆で凄腕の地球人なのか。
おまけにそれを選りによってサミュラ様の熱烈なファンであるレシエ候に売りつけるとは…
アデーレはその勇敢な地球人カメラマンがどのような運命を辿ったかは敢えて聞かずに、目の前の写真に傾注することにした。
荒野の地平線に大小二つの影。
かなりの距離から望遠で撮ったのだろう。若干画像がぼやけている。
小さい影は髪の長い少女のようだ。その肩に乗っている黒いものは鳥だろうか。
「これはサミュラ様でしょうか…でも…隣に写っているのはまさか…」
写真の中のもう一つの影を見て、アデーレの首筋の産毛が逆立つ。
全身に赤黒い炎を纏った
ケンタウロスのデュラハン。ランスの先端が陽炎に揺らめいている。
『首なし騎士』。スラヴィアに棲むものなら知らぬものは無い伝説の魔物。
「どうして、サミュラ様と『首なし騎士』が…?」
「あなたにはコレがサミュラ姉様に見える?確かに外見はそっくりよね。でも、私にはどうしてもコレがサミュラ姉様には見えない…
もっと強大で恐ろしい化け物がサミュラ姉様の姿に化けてるとしか思えないわ。」
「…でも、そんなまさか…」
このスラヴィアで屍姫サミュラを超える力の持ち主。
そんな者は一人しか存在しない。
「続きがあるの。見て頂戴。」
レシエが渡した写真の束は、同じ場面を連続して撮影したものだった。
二枚目は最初の写真と同じ。荒野の地平線に大小二つの影。
三枚目、四枚目も同じ。少女の長い髪が風にたなびいている。
五枚目。『首なし騎士』が走り去った。大きな影が残像でぼやけている。
六枚目、七枚目は同じ。屍姫に良く似た少女が一人で写っている。
そして、八枚目。
アデーレの全身の肌が粟立つ。
八枚目の写真に写っていた少女は、姿勢を変えず顔だけをこちらに、カメラの方に向けて嗤っていた。
望遠で撮った粒子の粗い映像の中で、少女の顔だけが異様に鮮明に映っている。
ありえない角度で首が回転している。黒目だけの眼。耳まで裂けた口。
まるで、写真から抜け出してこちら側に出現してきそうな生々しさだ。
アデーレは写真を見つめたまま全身に嫌な汗を掻いて硬直していた。
そして九枚目は、一面のノイズで何も写っていなかった。
「…最近、『首なし騎士』の出現頻度が異常に上昇してるのは知ってるわね。
しかも『饗宴』の勝者ばかり狙い撃ち。襲撃に逢った貴族は根こそぎ『力』を抜き取られて干物みたいされてるそうよ。
それでも以前みたいにナマモノの領民たちを無差別に襲わないだけ遥かにマシだけど、一体どういう心境の変化かしらね…
例えば、誰かが『首なし騎士』を操っているかも知れないとは思わない?」
レシエは写真を見つめながら淡々と話し続ける。
『首なし騎士』を操る何者か。まさか『写真の少女』がそうなのだろうか。
だが一体何のために?少女の正体は?何故サミュラ様の姿をしているのか?
アデーレには分からないことだらけだった。
「何かが始まってるわ。貴女も気をつけなさい。『饗宴』への出場も控えた方がいいわ。
それから、出来れば今のうちにあの可愛い彼女をどこか安全な場所に避難させておくことね。」
◇◇◇
そうこうする内に試合が終わったのだろう。
アリーナから大歓声が漏れ聞こえ、大興奮状態の優衣が手をぶんぶん振ってこっちに駆け寄ってくる。
レシエは写真の束をアデーレから奪い返し、傍らに控えるセバスに押し付けて、ごまかす様に唐突に話題を変えた。
「あー…ところでアデーレ。あなたそろそろ『アレの時期』でしょ。あっちの方は大丈夫なのかしら?」
「ちょ、レシエ様、と、突然何を…」
予想外の話を振られて真っ赤になってどもるアデーレ。
『アレの時期』とは要するに
エルフ特有の生理現象、『発情期』のことである。
元エルフのアデーレは、屍族となった現在も生あるエルフと同じく『発情期』が存在し、『発情期』に入ると昼夜を問わず身体が疼き理性が保てなくなる。
その昂りを発散するため『饗宴』で必要以上に相手を嬲り、ボロ雑巾になるまで切り刻んでいた為、『血塗れのアデーレ』などという物騒な綽名まで頂戴してしまった。
思う存分相手を切り刻んだ後は、汗も引かぬ内に物陰に隠れ、愛用のレイピアで自らを慰め身体の火照りを鎮めるのがアデーレの密かな愉しみであった。
「ま、今は可愛いお相手が居るみたいだから大丈夫だろうけど、ほどほどにね。」
「あれの時期?レシエ様、あれって何ですか?」
二人の会話にひょいっと顔を突っ込む優衣。
「あら優衣ちゃんお帰りなさい。試合は面白かった?
アレの事ならそのうちアデーレが教えてくれるから気にしないで。
それじゃ二人とも頑張ってね~。」
ひらひらと手を振ってレシエは貴賓席の奥に消えていった。
◇◇◇
アデーレの掌にじっとりと汗が滲む。
優衣と結ばれてから初めて迎える『発情期』。
今でも優衣の苛烈な愛撫で毎晩失神して果てる有様なのに、これで『発情期』に入ったらどうなってしまうのか。
こっそり薬物で症状を抑えて何とか『発情期』を乗り切ろうと目論んでたのに、優衣にバレたら絶対許して貰えないに決まってる…
「ねえねえアデーレ、『あれの時期』って何のこと?ねえったらー。」
こういう事には異常にカンの良い優衣の追求が執拗に続く。
レシエ様ったら本っ当に余計なことを…
絶体絶命のアデーレであった。
end
●あとがき
読んで下さった方、ありがとうございましたー。
【月灯りの恋人たち】【月灯りの恋人たちⅡ】の続編です。
そして遂に登場して頂きました『傀儡候女』レシエ・バーバルディア侯爵閣下!勝手にアデーレの剣のお師匠にしちゃったけど大丈夫かな…
そして、相変わらず暗躍中の
モルテ様やら『首なし騎士』やら色々登場していますが、影のMVPは勇敢なる地球人カメラマン氏。生きてるといいね。
この先どうなるか皆目見当つかないアレな感じの作品ですが、ちびっとでも楽しんでいただけたら幸いです。
- それぞれ貴族達の関係と優衣の無邪気なはしゃぎっぷりが可愛らしいですね。デュラハンとモルテのくだりは写真の枚数を重ねるごとにぞくぞくしました -- (名無しさん) 2013-04-24 18:15:22
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最終更新:2013年03月30日 13:13