その暖かさは懐かしく、寒々しい骨の体を温め、枯れた眼窩に再び泉を湧かせた。
バジュッ!!
輿に乗って指揮をしていた鳥人の司令官の頭がいきなりザクロのように爆ぜる。
「う、うわわあああああああ!?ティカル様がぁああああああーーーー!!!」
周りの兵たちが半狂乱になっているのが見える。これでしばらくはあの厄介な
オルニトの飛行部隊の空襲は止まるだろう…
ここはスラフ島、侵攻を始めたサミュラの死徒達を倒すために集まった人類連合の一つでオルニトの飛行部隊の拠点である。
そこから数キロ離れた小高い丘に、先程オルニト指揮官を討った
オークの骸骨射手が精霊の力を使った遠眼鏡で戦果の確認をしている。
「いい感じに混乱してくれているな…権力一極集中のオルニトの拠点で、王の親族である司令官がいきなり討たれたんだ。
拠点責任者や関係者の粛清に後任の選定、護衛配置の変更…うちわのごたごたで一週間はまともに動けないだろう」
そう、つまらなそうに吐き捨て、仕事は終わったとばかりにそこから去る。
ドカッ!!ドカッ!!
「なんの音だ!?」「おい!船が傾いてるぞ!!!」
スラフ島戦線で人類側を支える
ラ・ムールの巨大補給船が沖合数キュロの所で沈んで行く…
これで人類側の胃袋は締め上げられるだろうし、武具や矢柄の補給も傷病者の治療も満足にできなくなる…
人類側の港に近い岬の切り立った崖で、オークの骸骨射手が逃げ出した乗組員がギュウギュウ詰めになった救命ボート数隻に強力な太矢を射かけて沈めていく。
「これで依頼の物件は全て終わったぞ死神…」
また吐き捨てるように言うと、闇から溶け出すかのごとくに中空に陶磁器人形のような美しい少女が現れる。
「やあ、よく働いてくれたねボニー!さすがヴェルルギュリウスが作品にするのに手こずっただけの事はある。
君をこの役に選んだ甲斐があったよ!」
と、上機嫌でボニーと言われたオークの射手に話しかける。
よく回る口だ。とボニーは、屍徒にされても戦場に立ちたがらない自分に、さんざん汚れ仕事を押し付けた屍姫サミュラの姿を借りた死神
モルテを忌々しそうに見る。
「おや?怖い怖い…」
モルテは殺気のこもったその視線をクスクスと嘲笑って流す。
「申し上げます我が君…
ゼラ・ファンタズマール率いる西
イストモスの騎士団500がこちらの兵1500以上を屠り、拠点の一つを制圧したようです。
寡兵ではありますが、他国の士気が上がり切らないうちに手を打っておくべきかと…」
突然鴉がモルテと同じく闇からぬるりと浮き上がり、モルテに戦況と懸念事項を伝える。
「ふふふ、迷える子羊達もなかなか頑張るね。
姫騎士殿の方には、平和と安寧を愛する我らが姫君サミュラが秘蔵っ子を出したはずだけど、こちらも動いた方がいいだろうね…
じゃあ、ボニー。悪いんだけど、もう一仕事してくれるかな?」
自分達のために散った1500人の死徒らにはたいした感慨を持たず、モルテはボニーの方をニコニコと見ながら次の標的の話をしだす。
樹上を駆ける。樹上移動は
エルフの十八番だが、それを超え、まるで翔ぶが如くボニーは駆ける。
元々、オークは非常に頑健で運動能力の高い種ではある。
しかし、ここまでの運動性能を引き出す事ができているのは、自分が髑髏王の『作品』になっているからに他ならない。
髑髏王の手によって強化された骨の体は強靭で軽く、痛みを感じない…だから生身の全力以上の能力を出しきる事ができる。まさに人智えた力と言っていい
(馬鹿馬鹿しい、単に感覚が鈍くなるだけだ)
他の者がどう思っているかは知らないが、どんなに生前の記憶が残っていようと、死徒はモルテの力で活動し物事について感じる。
それはまるでカサカサに乾いた氷の膜越しに世界を見ているのと変わらない。
戦いの恐怖も痛みも、酒を酌み交わし仲間と語らった楽しさも悲しさも、郷愁も…全てそのフィルター越しの出来事なのだ。
そう心の中で愚痴を言いながら、西イストモス騎士団が制圧した大きめの町を改造した拠点が見晴らせる大樹の上に登る。
そこから拠点を遠眼鏡で覗くと、団員が天幕の間で忙しく動きまわったり、丸太を組んだ急造の防壁の上で歩哨に立っている者が見える。姫騎士達の姿は流石に見えないが…
(妙だな…)
拠点を観察したボニーは、騎士団の様子に疑念を抱く。
時刻は真夜中頃、これからが死徒の活動時間のはずであるが、目に見える範囲で動いている戦闘員が少ない。
見えるのは100名ほどだが、ほとんどが雑用で動いている従僕の狗人で、主力である
ケンタウロスなどは10名といない。斥候など外に出ている分を考えても少し少なすぎる。
ボニーは負傷者の治療所らしき大きな天幕の周りをよく観察して、目当てのモノを見つけた。
すぐ近くに大量の包帯の煮沸消毒や油を煮ているものがいたのだ。
(やはり連戦の上に3倍以上の数を相手に拠点攻めをしたのは、強力無比なイストモス騎士団でもそれなりに堪えたようだな…
しかしそれならば、兵力が減った上に戦況が悪くなっている今、なぜ団員に焦りも恐怖も見えない?)
不利な状況であるにもかかわらず、団員たちは精力的に職務をこなしているように見える。
噂の姫騎士殿が鼓舞して無理やり士気を上げて回っているわけでも、上が監視して下を従わせているわけでもない…と、言うことは何か状況を打開するものがあるのだろうと当たりをつける。
(援軍のアテがあるのか?それとも…)
観察を続けていると、一騎の騎士が拠点に帰還し慌ただしく十数騎ほどの部隊が組まれて(思った通り、かなり負傷している者が多い)拠点から出発した。ボニーはそれを追いかける。
しばらく追跡を行うと騎士の一団が他の一団と合流を果たした。
(エルフの団体?しかも前線に出ているハイランダー部隊ではないようだが…)
ボニーは風の精霊を使って、騎士と話を始めたリーダーらしい手だけが緑色の奇妙なエルフの少女とのやり取りに聞き耳を立てる。
「…様、わざわざ我らのために…枝まで持って前線においで頂き感謝のしようがありません」
「いいえ、元々私達の領土での…義勇兵を出して頂いて感謝をするのはこちらの…
それよりゼラ達は…?」
「ええ、御三方とも…ゼラ様は
エリスタリアで学ばれた薬学で負傷者を…」
「彼女らしいですね…に一緒に留学していた頃が懐かしい…」
スラフには、はるか昔にエリスタリアから来たエルフ達の小国があると聞く。
あのエルフはそこのそれなりに地位のある血筋の者か何かで、あの西イストモスの騎士団長の知己である事がおぼろげに分かった。
「まあ…皆様ケガをされて…」
「いえ、この程度…」
ケガをしている者が多いことを見てエルフが持っていた木の杖を掲げて呪文を唱える。
柔らかい緑の葉が舞い、騎士たちがそれに包まれると一瞬にして騎士達のケガが治っていた。
(!?とんでもない女だ…
アレだけの人数のケガを霊薬も使わず、苦もなく一瞬で治しただと?あの杖にしている木はまさか噂に聞く
世界樹の枝か?)
あの一団に出て来られると厄介なことになると確信し、左腕の骨と筋を展開し長弓に変えて構える。狙いはもちろん杖を持ったエルフの少女だ。
短く詠唱をして周りの風の精霊を固め矢の形を作る。
今度はワイヤーのような筋と滑車を組み合わせた右腕を展開し、矢をつがえ弦を静かに引き絞る。
「…悪く思うなよ」
放つ
ヒュオッ!!
殆ど音もなく高速で放たれる矢は狙い違わず少女の頭部に吸い込まれ…
ガギッッ!!
騎士のカイトシールドで阻まれた。
「狙撃だ!!射手が居るぞ。…様達を急ぎ本陣へお連れするのだ」
その声で騎士の内10名がエルフの一団を背に乗せ、残りの5名が魔法の障壁を張る。
「チッ!手際がいいな。手練がいたか…ではこれはどうだ?」
ボニーは足をスプリングのようにして跳び、障壁を張っている団員の頭上から雨のような星の光を集めた矢を放つ。
光の矢に貫かれた団員達が倒れ臥す。
ボニーはそのまま跳び続け、逃げた一団に同じく光の矢を放って行く矢に穿たれた6名の騎士とエルフが倒れ、さらに残りの者達を屠ろうとした瞬間、あのエルフの少女がその緑色の手を振るって何か液体を地面に撒くのが見えた。
それを疑問に思うまもなく、ボニーは巨大な腕に吹き飛ばされる!
「…ッなんだ!?アレは…」
それは例えるならば粘土でできた巨人、魔法で作られたゴーレムのような無機質なものでなく、生きている証として表面が規則的に波打っている。
「世界樹の枝の力か!?」
追撃の拳を跳ねて躱しながらボニーはその5メトル程の巨人を見る。
しかし、それは精霊の力にも大樹の神の力にも見えない。それよりももっと原始的な…
ボニーの頭に閃くものがあった。
スラフは人種のるつぼだ。様々な国の民族や他の地域では今は滅びた民族までもがいる。
そして多種多様な民族がいるならば、それを加護するものもまた…
「あの娘、厄介なモノに憑かれているな…」
火打石を取り出し打ち鳴らす。集まった火の精霊を固め長大な火矢にしながらボニーが呟いた。
「申し訳ありません。…様、我々の力が足りず一族の方々の命をむざむざと…この処罰は後で必ず!」
「いいえ、彼らも戦場に立った時から覚悟はしていたでしょう…それより急ぎましょうあの方は不死ですが、それだけでは長くは持ちませんし、こちらが狙われたと言うことはゼラ達の身にも危険が……ッ!?」
彼女を乗せていたケンタウロスの騎士が急停止する。
前方の闇から奇妙な人影が湧き出てきたからだ。
「やあ!僻地の姫君。ご機嫌はいかがかな?
まあ、ご機嫌が良くても悪くても君にはここで退場してもらわないといけないんだけれど…」
クスクスと笑いながら肩に鴉を乗せた少女が言う。
「貴様も卑しき死神の手先か!?…そこをどかぬと斬って捨てるぞ!!」
先頭の騎士が吠える。
闇から生まれた少女が哄笑をあげる。
「クク…雑魚は引っ込んでてよ。僕はそこの耳の長い子に用があるんだよ」
さっと挙げた手の動きと同時に騎士が構えた大剣が黒ずみ、ボロボロと崩れ去る。
「!?」
「貴方は……貴方こそがこの大戦の原因ですね?」
「島流しにあってるくせに察しがいいね。
じゃあ、君が今からどんな目に遭うのかは分かるかい?」
騎士の背中から降りて杖を構えるエルフの少女と嘲笑いながらそちらへ一歩ずつ近づく死の神モルテ。
「枯れかけの木の枝で遊ぶぐらいならボニーに任せて放っておいたけど、あんなモノにまで好かれているのが分かったら手を出さないわけにはいかないなぁ…」
笑っている。笑っているが視線は恐ろしいほど冷気を帯びている。
「逃げなさい!!ここは私が抑えます。早くゼラ達に霊薬を…」
他の者に指示を出し、杖を構えて詠唱するエルフの少女。しかし…
「逃げられるわけが無いだろう」
一瞬のうちに黒い影が他の者達を包み込みその身を蝕む。
「がぁぁぁあああああああ!!!?」
肉の焼けるよな、物が腐るようなひどい臭いが辺りに広がる。
「な!?」
エルフの少女が即座に杖をそちらに振るって蔦を出し影を引き剥がすが、影に襲われた皆はことごとく煙を吹きドロリと腐り落ちていった…
「…ね?」
小首をかしげて可愛らしくウインクする死神モルテとそれを睨みつける少女。
「そう睨まないでよ。僕らにだって事情はあるんだから…
まあ、君達に理解できるかは分からないけどね」
そう言いながら挙げたままだった手をゆっくりと振り下ろした…
最終更新:2012年01月08日 03:34