【外典-ハイエルフは人間の少年の夢を見るか?- 後篇】

















「光太郎! 光太郎ーーー!!」
 光太郎がアルシェロンに行って1年、エリスタリアの地に事件が起こった。
 世界樹のお膝元として加護を受けているエルフの森に一匹のドラゴンが侵入したと言うのだ。
 その日は光太郎が行っているアルシェロンが見回りの日、修行をしに行った正義感の強い光太郎がドラゴンと戦っていないか心配で、エスペランサは誰よりも早く現場に駆けつけていた。 
「くっ! まさかドラゴンがこんな神域にまで入ってくるなんて!」
 ドラゴンとは神を除いてこの世界で最強の生物。通常は未踏破地域に多く生息し人里に現れる事は滅多に無い。
 開拓の歴史はドラゴンとの戦いとも言えるが、ドラゴンが居るからこそ、未だ人は世界の全てを知らずにすんでいるとも言えるのだ。
 その全ての生物にとっての天敵、食物連鎖の頂点に輝く生物を倒す事は容易ではない。普段の見回りをしている人数では到底歯が立たないだろう。
「光太郎どこだ! 光太郎!! 返事をしろー!」
 妖精王は即座に迎撃部隊を結成し現地に向かわせようとしたが、そのメンバーとしてお呼びがかかったエスペランサは、要請を無視して単独でアルシェロンの森へと向かったのである。
 そして辿り着いた森では散々たる光景が待っていた。
「師……匠……」
「光太郎!? 無事か! 光太――!?」
 ドラゴンのブレスにより火に包まれる森と積み重なる同胞の死体。
 アルシェロンは既に迎撃隊を出していたようだが、そのメンバーはどうやら殆どやられてしまったようだった。
 そして聞こえてきた光太郎の声に安堵したエスペランサが近づくと……
「あぁ……ああぁ……」
「ごめん師匠……俺、守れなかっ――ごほっ! ごほっ!」
 光太郎は腹部をドラゴンの爪で深く抉られ、内臓が見えているような重傷だった。明らかに致命傷だ。
「もういい! 喋るな傷が広がる!」
 エスペランサは普段使う事の少ない神力で傷口を癒そうとした。ゆっくりと治ってゆく傷口だが血はとどまる事無く流れ続ける。
(くそっ! 神力を使って傷は治せても血は……どうしたら、どうしたら良いんだ?)
「師……匠……」
「助けてやる! 絶対に私が助けてやるからな! だから頑張れ! もっと頑張れ!!」
 エスペランサは世界樹の巨大な根に横たわる光太郎に呼びかけた。必死で呼びかけて一生懸命神力を使った。
 それでも光太郎の顔色は悪くなる一方。一向に良くなる兆しが見えない。
「もう……頑張りました……」
「まだだ! まだまだだぞ! お前ならまだ頑張れる! この大魔法使いエスペランサ=ホーネットの弟子なら――」
 ドラゴンには通常の魔法程度では歯が立たない。硬い表皮は装甲のように火もカマイタちも通さず、攻城兵器や大魔法のような強力な攻撃でなければ倒せないのだ。
 光太郎が頑張っても倒せなかったのは恥でも何でもない。
 だがエスペランサはそんな事を言っているのではなかった。
 エスペランサはただ光太郎に生きて欲しかったのだ。死んで欲しくなかったのだ。500年生きて初めて好きになった人だったから。
「やっぱり……まだまだなんですね……」
 光太郎の目は中空を彷徨い、目の前に居るエスペランサの顔が見えていないようだ。
 失血のせいで視界が暗くなっているのだろう。
 傷の痛みで意識が飛びそうなのか、まるで寝ぼけているかのように目蓋が上下しているが、ここで目を閉じればもう永遠に目を開ける事はないかもしれない。
 エスペランサは光太郎の様子に半ば半狂乱のように必死に名前を呼び続ける。
 しかし呼びかけももうあまり聞こえていないのか反応は薄い。
 光太郎はただまるで独り言のようにぶつぶつと言葉を発するだけだ。エスペランサはその言葉を一文字たりと聞き逃さぬよう光太郎に顔を近づけた。
「俺……世界樹とかホントはどうでもよかった……」
 そうだ。人間種である光太郎に世界樹など関係ない。
 光太郎が強くなろうとしていたのは全てエスペランサに好かれたかったから。光太郎が戦っていたのは全てエスペランサを守りたかったから。
 光太郎にとって、エスペランサが世界の中心だったのだ。
 エスペランサが光太郎の全てだったのだ。
「あなたに認められたい一心で……だけど……」
「光太郎……お前……」
 エスペランサはここに至ってやっと光太郎の気持ちを真に理解した。
 光太郎にとって自分がどれ程大切な存在だったかを頭ではなく心で理解できたのだ。
 頭でっかちな自分が考える精神の虚構ではない。人にとって本当に大切なものを、光太郎はずっと彼女に抱いていたのだ。
 それだと言うのに……
(私のせいだ……私が光太郎の気持ちを解ってあげられなかったから。光太郎の気持ちを受け入れる勇気が足りなかったから)
 視覚と聴覚は利かなくなっても触覚はまだ残っているらしく、光太郎は自分を抱きしめるエスペランサの温もりだけを感じていた。
「あったかい……」
 他の誰とも間違うはずが無い。赤子の頃から抱きしめられてきた温もり。人の優しさだけが冷たくなった光太郎の肌に伝わる。
 エスペランサは光太郎との心地よい日々がこの先もずっと続くと思っていた。だがそれは間違いだった。
 二人の手紙のやり取りも、たまに会った時繋ぐ手の温もりも、抱きしめられた時のときめきも、あの幸せな笑顔も。
 もう何もかも、二度と見る事は出来ないのだ。
(私のために光太郎が死んでしまう! 私のために光太郎が死んでしまうっ!!)
 もしこうしていれば、もしもっとこうだったら、違う未来が待っていたかもしれない。
 取り返しの付かない現実を前に、エスペランサはそんなありもしない今更考えても仕方の無い事が頭に思い浮かんでしまう。
 しかし今必要なのはそんな事ではない。
 残された時は少ないのだ。
「光太郎! お前は大切な人だっ! 私の大切な人だぞ!! 世界で一番大切な人だ!」
「良か……った……」
 力いっぱい伝えた言葉は、今度こそ光太郎に伝わった。
 だがその時にはもう二人の時間は終わっていて、遠くからは巨竜の方向と木々の薙ぎ倒される音が近づいていた。
 ドラゴンが近づいているのだ。
 しかし残されたエスペランサはぶつけようの無い気持ちを抱えたまま、冷たくなった光太郎をただ名残惜しそうに抱きしめ続けるだけだった……



「そっちに行ったぞー!」
「追えーーー!」
 ドラゴンはウッドエルフの警備兵を蹂躙しながら森を突き進んでいた。
 何のために暴れまわっているのか。何のために侵入したのか。ただ破壊の限りを尽くしながら、暴力の塊は世界樹の森で暴虐の限りを尽くすのみだ。
 ウッドエルフ達はドラゴンを何とか傷つけながらも決め手に欠けていた。それが返って事態を悪い方向に進めている。
 攻撃を受けたドラゴンはますます怒り狂ったように暴れ回り手が付けられなくなってゆく。
 つまりドラゴンを殺せるだけの戦士を呼ぶか兵器を投入するしかない状態だったのだ。
 今アルシェロンではそれを準備している途中だった。
 生き残った二人のウッドエルフがドラゴンの行方を見失わないよう、また、被害が街に及びそうな時それを一早く伝え被害を最小限に留めるよう追尾している。
 その二人の前に現れたのが、光太郎を失い茫然自失のエスペランサだった。
「エスペランサさん!? 助かった!」
「助けて下さい! 仲間達はもう!!」
 ウッドエルフの警備隊が口々に何事か叫んでいるが既にエスペランサの耳には届いていない。
 今エスペランサの耳に残っているのは唯一体も心も許すかも知れなかった男の最後の声だけ。
「助……ける……?」
 エスペランサはもう光太郎のものだった。そして光太郎はエスペランサのものでもあった。それがエスペランサの認識。
 それは人間のそれとは少し違うかもしれないが、ハイエルフである彼女にとって初めて理解した、愛に最も近い感情だったのだ。
「ドラゴンを倒さなければ被害はさらに!」
 ウッドエルフの一人に促されエスペランサが目を向けた先には荒れ狂うドラゴンが居た。
 500年処女であり続けた彼女が、自分が認めた生涯にただ一人の者を奪った相手。その相手を目の前にした時、彼女の中で何かが壊れた。
「ドラ……ゴン……ドラゴン……ドラゴンッ……ドラゴンッ!!」
 エスペランサは男を突き飛ばして魔書を取り出す。
 それは精霊に近いが故に可能な魔法の直接使用を前提に作り上げた魔道具。
 自分の魔法力に精霊の魔法力を掛け合わせ行う大魔法を、高速で行う為の魔術文字が記された書物。
 一文字一文字に魔法力が込められた己の切り札を、大魔法使いエスペランサは惜しげもなく人前に晒した。
「高速演唱開始――МУСЭБУ ДАЙЧИ РАИЖИННОЦУЭ ТАЙЕ О ИРУ ХОНО ЁНОКЗЭ」
 エスペランサは長年自らの力を封じ作り上げたこの魔書を全展開する。本のページがバラバラに弾け、周囲に展開されマナの光を放ち始める。
 両手を組み天高く挙げた拳の先に、黄、青、赤、緑の光の粒子が集まり、周囲の木々はざわめきを強めていった。
 地水火風、四つの光が交じり合いやがて白い光へと変わってゆく様を、二人のウッドエルフは何が起こっているのか理解できずただ立ち尽くしている。
 「エスペランサは四属性の魔法を同時に使える」とは聞いた事があったが、実際に同時に使っている所を誰も見た事は無かったからだ。
 見た事も無い魔法だが二人ははっきりとある事を感じていた。この魔法が、ドラゴンを倒すだけにしては強力すぎると言う事に。
 今やドラゴンさえもエスペランサの大魔法に恐れをなして固まってしまっている。周囲の木々も恐れおののくようにザワツキを強めていた。
 属性を持たない純粋な力――異なる属性同士が無理やり一箇所に集められた結果、対消滅を起こしながら膨大なエネルギーを吐き出し続けている。
 それは天を貫く光の柱となって深い森の天井を消滅させていた。
 木漏れ日だった弱い光は今やスポットライトとなり、エスペランサの居る地表まで到達し、彼女の怒りに歪んだ表情をくっきりと照らし出した。
「ひっ! な、何を? 何ですかこれは!?」
「何を始めるつもりですかエスペランサさん!? そんなものお止め下さい!」
 二人のウッドエルフは感じ取った。もうこの人には自分達は見えていないと言う事を。
 大魔法に巻き込まれないよう二人が逃げ出そうとしたのと。ドラゴンに光の柱が振るわれたのはほぼ同時だった。
「死ねぇぇぇぇえええええええええええ!!!!」
『ぎゃーーーーーー!!』
 二人と一匹は剣のように振るわれた光の中に消滅。光の柱の火線上にあった森の木々も消滅。
 ドラゴンの後ろにあった世界樹の幹にも少しの傷が付いたこの魔法は、今は亡き二人が感じたように、ドラゴン一匹倒す為には明らかにオーバーキルすぎる魔法だった。
 そして森には大きな傷跡が穿たれ、長年かけて作り上げたエスペランサの魔書もまた、魔法の終焉と共に消滅した。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……光太郎――はっ!?」
 自身の最終決戦魔術を使い消耗しきったエスペランサが振り向いた先、光太郎を寝かせた木の根見たエスペランサの目に入った光景は、体の半分を木の根に吸い込まれるように埋没させつつある光太郎の姿だった。
 遥か遠方まで張り巡らされた巨大な根。世界樹の根は、光太郎を精霊魔法を使う珍しい人間として遺伝子サンプルに回収しようとしていたのだ。
「世界樹よ何をする!? 返せ! こいつはお前が欲しがるほど大した人間ではない! お願いだから返してくれ!」
 エスペランサは残る全ての力を振り絞って光太郎を引っ張った。しかし光太郎の亡骸は止まる事無く世界樹の根に吸い込まれ続けていく。
 中途半端な魔法では世界樹の根に傷一つ付ける事は出来ない。まして力を使い果たした今のエスペランサは、簡単な魔法一つ使えない。
 仕方ないのでエスペランサは腰に持っていたナイフを取り、必死に根を穿り光太郎を少しでも出そうと試みる。しかし……
「あっ!」
 何度目かの刺突の時、付きたてたナイフが根の中に吸い込まれるように吸収されてしまったのだ。
 尚も引き込まれ続ける光太郎の体に取りすがりエスペランサは無力な拳を根に叩きつけ続ける。
「あぁ、光太郎が連れて行かれてしまう……光太郎が世界樹に取られてしまう……!」
 大切な人をドラゴンに奪われ、そして今その亡骸までも奪われようとしていながら何も出来ない。
 エスペランサは狂ったように根を叩いた。しかしそんな事で世界樹の意思が止まる筈も無く――
「返せ! 私の光太郎を返せ! 返せぇ!!」
 光太郎の体が全て根に埋没し、もうエスペランサの愛した男の姿は永遠に手の届かない所に行ってしまった。
 世界樹の天高くに存在すると言う、未踏破の神聖な領域へと。
 そこには妖精王以外誰も、ハイエルフの力を持ってしても到達する事は出来ないのだ。
 人間に恋したハイエルフの女は、もう二度と愛した人間に会う事は出来ないのだ。
「光太郎を返せーーーーーーーーーー!!!!」
 深い森の中に、女の慟哭が響き渡った。



「やってくれたな、エスペランサ……」
 妖精王の下に出頭したエスペランサは、憮然とした態度で応急の冷たい床の上に膝を付いた。
 その様子を見て妖精王はこめかみを押さえる。
「ドラゴン相手とは言え、何故あんな場所で『ヴィバインセイバー』を使った?」
「……」
 エスペランの返事はない。
 自らの犯した罪の重さを理解しているのだ。
 森の守人。その最高責任者であるハイエルフ族が、あろう事か世界樹を傷つけたなど絶対にあってはならない事だったからだ。
 勿論、今回程度の傷なら世界樹にとってかすり傷程度のものだろう。ほうって置けば2、3年で元通りになる。
 しかし問題はそこではなかった。
「分かっているぞ、エスペランサよ。怒りに任せて力を使ったな」
「大切な者を奪われました」
 妖精王に心を見透かされたエスペランサは今度は驚くほどあっさりとその理由を答えた。
 エスペランサの表情は変わらない。無表情のままだ。
 だがその無表情の下にどんな激しい感情を隠しているか……彼女と同じように愛を知る妖精王には痛い程理解できるのだ。
 そして理解出来るからこそ、ハッキリとさせておかなければならない事があった。
「それはドラゴンにか? それとも世界樹にか?」
「……」
 妖精王はふぅ、と溜息をついた。
 答えない事が答えとなっていた。
 エスペランサは世界樹をも恨んでいる。
 妖精王の嫌な予感は的中した。エスペランサが育てていた人間が戦死したと聞いた時から嫌な予感がしていたのだ。
 いや、思えば18年前、エスペランサが人間の赤子を拾って来た時から妖精王はどことなく嫌な予感がしていたのかもしれない。
 親子同然に育てたとは言え、年頃になれば人間の男が美しいハイエルフのエスペランサに恋すかもしれない事など容易に想像が付いていたからだ。
 そして愛を知らないハイエルフは言わば恋愛に対しての免疫を持たないも同然。
 若く熱い愛を囁かれれば、500年処女だったハイエルフでも心動かされる事もあるだろう、と。
 だがハイエルフが愛を知る事は諸刃の剣とも言える危険な事だったのだ。そう、エスペランサの場合…… 
「お前はハイエルフとしての使命を真っ当出来なくなった」
 妖精王は玉座から立ち上がりハッキリと告げた。
 エスペランサにハイエルフ失格の烙印を押したのだ。
 エスペランサに殺されたウッドエルフの二人は表向きドラゴンに殺された事にした。
 だが同属殺しの罪は免れない。そして世界樹に傷をつけた罪は何より重い。
「エスペランサ=ホーネット。世界樹に傷をつけた罪により――お前をエリスタリアから永久に追放する」
 こうしてエスペランサは、光太郎の眠る世界樹の地からも追われる事となったのだった。



 正しく機能しなくなった生命は淘汰される。それは世界樹が定めし生命の宿命。
 かつて賞賛と畏敬の念をこめて呼ばれた大魔法使いはもう居ない。今居るのは同属を殺し、世界樹を傷つけた大罪人『エリスタリアの魔女』。
 故郷も、栄光も、大切な者さえも失った魔女。しかし皮肉な事に、その引き換えのように彼女は本来ハイエルフが持ち得ないものを得るに至った。
 それは『愛』或いは『恋』と呼ばれる感情。
 それは大きな力を人に与える事もあるが、同時に簡単に人を狂わせる危険な感情。
 世界樹の守人たるハイエルフには必要のない感情。
 あれから十数年――システムから外れた魔女は思う。「愛など知らなければ、こんなに苦しむ事は無かったのだろうか?」と。
「エスペランサ様。エスペランサ様」
 と、ここでエスペランサの意識は何者かの声によって現実の世界に引き戻される。
 ここは新天地中央部にある部族長連合『元老院』直轄の戦闘組織『聖騎士団』本部。
 そこの図書館で調べ物の最中、エスペランサは居眠りをしていたのだ。
「む……悪い、少し眠っていたようだ」
 もう何度同じ夢を見た事だろう。忘れる事が出来ない過去の思い出。
 この夢を見る度エスペランサは思う。人間や他の種族はこんな気持ちを抱えたまま、一体どうやって生きていけるのだろう?と。
「未踏破地帯の捜索は失敗に終わりました。ドラゴンに邪魔され捜索隊は壊滅。例の物も見つからなかったそうです」
「そうか……」
 例の物、とはエスペランサがエリスタリアを出た後、オルニトの大図書館で読んだ古文書に書かれていた物の事だ。
 ただの妄想、古代人の創作と言う学者も居るが、世界樹が移動しえる神と言う知っているエスペランサは、少なくともその説を無根拠とは思っていない。
(未踏破地帯に存在すると伝わる『もう一つの世界樹』……エリスタリアの世界樹と正反対の性質を持つと言う伝承……)
 もう一つの世界樹が存在するかもしれないと言う伝説は、エスペランサの望みを叶える為の唯一の道標だったのだ。
「では私がそのドラゴンを殺しに行こう」
「聖騎士であるあなた様、御自ら出向くのですか?」
 新天地の平和を守る以外に、未踏破地域の探索も聖騎士団の重要な任務の一つだった。
 エスペランサはそれを利用して『もう一つの世界樹』を見つけようとしていたのだ。
「ドラゴンには個人的に恨みがあるのでな……」
 あれ以来エスペランサはドラゴンを毛嫌いするようになっていた。ドラゴンを見るとあの時の事を思い出すからだ。
 だがそれを人に言った事は無い。表向きはあくまで新天地の発展の為と言う事にしていた。
(光太郎……お前はまだそこに居るか? 寂しいだろうが待っていてくれ。お前は必ず私が取り戻す)
 エスペランサは立ち上がって新たに作った魔書を手にした。
 これから彼女を待っている任務に向けて。
「恋は失われるが愛は永遠……か」
「は? 今何と……?」
「こちらの話だ。気にするな」
 冷たい石造りの床をブーツで踏み鳴らし、図書館の扉を開けた先には既に聖騎士の仲間だ待っていた。
「おっそーい。私を待たせるなんて万死に値するよー」
「あと1秒遅かったら先に行っちまうつもりだったぜ」
「さぁ、皆さん行きましょう。此度の任務は団長直々の命です。失敗は許されません」
 仙人の両親を持つ純粋種の仙人であるシャンファ。元傭兵と言うケンタウロスの突撃槍兵プレセア=ロッソ。ミズハミシマ出身の暗器の達人狐人シグレ。
 いずれ劣らぬ聖騎士のメンバーだ。そして――
「アルトメリア――伝説の聖騎士様は?」
「あいつは居ねーよ」
「聖騎士の癖にサボタージュなんて、ホントあいつ万死に値するよね~」
「人と一緒だから仕事をしないのです。あの人はいつも一人で見られないように働いています」
 聖騎士団開設当初から存在する始まりの聖騎士。他の聖騎士でさえ姿も種族も知らない謎の人物、通称『真夜中の小人』アルトメリア。
 スラヴィアの戦闘貴族にも匹敵すると言う新天地でも選りすぐりの戦士達。
 各部族の戦士や傭兵、流れ者、様々な人材が集められた聖騎士団は、種族のサラダボールとも言われる新天地の様相そのままに、さながらレギオンの如く混沌とした混成部隊となっていた。
 その聖騎士団のメンバー四人に任された今回の任務は「伝説の聖剣を奪い取ってくる事」。
 聖剣とは遥か古代、世界の敵を相手にする為十柱の神が人々に与えたと言われる神の兵器の一つであると言う。
「さぁ、行こうか」
 敵は「聖剣」を使えると言う竜人族の娘と異世界の兵器「銃」を使うドワーフの娘、それと「精霊魔法使い」のウッドエルフの娘とミズハミシマで乙姫を守る「巫女」を務める龍人の娘。
 四人にとっては楽勝の相手だ。エスペランサの物語はまだまだ続く……


   ―終わり―



  • エリスタリアの輪から外れたエスペランサの悲しみと激しさを知りながらも存命と国外追放に至った妖精王の行動が意外でした。しかし新天地での彼女の行動と想いを読むかぎりは再度エリスタリアの世界樹の元へよりよい遺伝子として戻ってくることを理解しての世界樹の意思だったのではないかと思いました -- (名無しさん) 2013-06-28 19:03:14
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最終更新:2012年07月26日 20:05
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