【とあるカメラマンの受難】

「あ、あれ?ここは・・・?」
気がつくとそこは見渡す限りの荒野だった。
「なんでこんなところに・・・僕はたしかにクルスベルグゲートをくぐったはずなんだけど・・・・あれ?そこからどうしたんだっけ・・・?」
知人のケンタウロスの少女の結婚式に出席し数日間にも及ぶケンタウロスの結婚儀式という貴重な写真を撮れたことに満足しつつ、知人との別れを惜しみ再会を約束して帰路につくべくクルスベルグへと向かいゲートをくぐったところまでの記憶はある
イストモスにも地球への帰還するゲートはあるのだが地球側のゲートが情勢不安のコンゴにあるということで下手にコンゴ経由で日本に帰るよりクルスベルグを経由してドイツゲートをくぐり、そこから日本へというのが一番安全なルートだと僕らのような旅行以外の目的で異世界を行き来する者にはかなり浸透した認識だった。
「それで・・・どうしてこんなところにいるんだ?まさか事故!?」
以前知り合いに聞いたことがある話を思い出す。ゲートを管理する異世界の神々の怒りに触れたり、妙に気に入られるととんでもないところに連れていかれるという話を
「いや・・・でもそんなまさか・・・・」
「そのまさかなんだなぁ~」
突然背後で声がする。それも少女の声
「!?」
慌てて振り向いた場所には一人の少女が立っていた。
長い黒髪に褐色の肌にアルビノのような赤い大きな瞳、美少女と形容するのがもっともふさわしいのだろうが、その纏う雰囲気はどちらかといえば無機質で人ではない別の何かが人形の中に入り込んで人のように演じているというような違和感があった。
「君のような人間に手伝ってほしいことがあってね、こちらのほうへ来てもらったんだよ。ようこそ我が所領へ、歓迎するよサトウミキヤスくん」
「なんで僕の名前を・・・・」
「まぁ、その辺は説明すると長くなるから省くとして、とりあえず向こうの方角を君が手に持ってるカメラで覗いてくれないかな?かなり遠くだけど君のそのカメラなら大丈夫だと思うし」
そう言って少女はある方向を指差す。
「・・・え?」
一瞬何のことかわからなかったが改めて自分の状況に意識を向けると僕は自分のカメラを手に持っていた。さっきまで手にもつどころか鞄の中に慎重に梱包してしまっていたはずのカメラを・・・・
「なんで!?・・・あれ?」
思わず驚きの声をあげ少女に説明を求めようとするがさっきまで少女が居た場所にはもはや少女の姿は欠片もなく僕は困惑しながらも先ほど少女が指差していた方角にカメラを向けてファインダーを覗き込む。
何も見えない、、もっと遠くの方かとカメラの倍率を上げていく、そろそろ倍率の限界というところで何もない荒野に何か別のものが見える
「・・・・なんだアレ?・・・・・!?」
限界ギリギリまで倍率を上げる。それは二つの人影であり、片方信じられないことにさっきまで僕と話をしていた少女がいた、いや、正確に言うなら髪の色も肌の色も違うのだが僕にはそれが彼女だと認識できた、そしてもう片方は赤黒い炎のようなものを鎧の隙間から噴きあがらせる首のないケンタウロスだった。
「・・・・もしかしてアレがスラヴィアのアンデッド?ケンタウロスのデュラハン?」
話には聞いていたし、知人を介して何枚か写真を見たこともあったが実際にカメラ越しとは言え実物を見ることになるは思いもしていなかった。

カシャリ

思わずカメラのシャッターを押す。そしてわずかな変化があるたびにシャッターが押される。後から思い返せばもうそこから何かがおかしかったのかもしれない。
ファインダーの中の少女にケンタウロスアンデッドはぎこちない動きで近づいていき少女の前まで来ると脚を屈めて跪き片手を少女のほうへと向ける、その仕草は愛しいものへと触れたいという願望と恐怖が入り混じったもののようになぜか感じられた
少女はその手に両手を沿えて微笑む、そして次にケンタウロスのデュラハンの抱えている兜を手に取りそれに向かって何事かを話している。
「あの子が見せたかったのはコレか?でもどうして・・・・?」
『それはね、君にメッセンジャーの役目をしてほしかったからだよ』
気がつくと少女はこちらを向いて笑っていた。
ありえないことだ。彼女と僕との間にどれだけの距離があると思っているのか。当てずっぽうに視線を向けているわけではない、彼女は明らかにカメラを覗き込んでいる僕を見ている。
そして僕は気がつく、今まで僕は少女のやや斜め後ろのアングルから二人を撮影していたはずだ
なのに彼女は今まっすぐに僕のほうを見ている、姿勢は先ほどからまったく変わらないまま・・・
僕がその異常さに気がついた瞬間、少女の顔が歪む、そしてその時から僕の意識と僕の体はまったく別の存在となったかのように分断され、僕の意思とはまったく関係なく体はカメラのシャッターを押していく、それを僕は絶対に壊せないガラスの壁で隔てられた場所から見ているような感覚で傍観するしかできない

「よし!とりあえずサービスショットはこんなもので十分かな~」
それからどれくらい時間が経過しただろう、自分の体が自分のものでなくなった感覚のまま僕は再び僕の近くへと戻ってきた彼女の際どいアングルからの写真を何枚も撮らされていた。
戻ってきた彼女の姿は最初に会った時とは違い、長い黒髪はウェーブのかかった金髪に褐色の肌は白磁のような白い肌となりルビーのような瞳だけがそのままだった。
「これくらいサービスしておけばレシエちゃんも思わず飛びつかずにはいられないだろうし、そうなればあとは芋づる式!やっぱり僕って天才ね!」
そんなことを少女は言っているが僕にはもうその意味を深く考えることもできなくなっていた。
なんとか体の支配権を取り戻そうとしても結果徒労に終わり、すっかり疲弊した思考にはそんな余力はない。
「・・・・ちょっと無茶させすぎちゃったかな?セダルのところから引っ張ってきた子だしこのまま何かあっても後々面倒だし・・・ちょっと眠ってもらおうかな・・・あとは僕だけでもなんとかなりそうだし」
少女が僕の顔を覗き込んで何事かを言ったその次の瞬間、僕の意識は深い闇の中に沈んでいた。


「ちょっと!これはどこで撮ったのかって私は聞いているのよ!?あれだけ売り込みの口上をペラペラ喋っておいて私の問いには一切だんまりなんていい度胸じゃないの!」
不意に意識が鮮明となり、少女の声が聞こえてくる。しかしその声はあの奇妙な少女の声ではない。今僕の目の前にいる声の主のはクルスベルグで以前見かけたことがあるような幼さの残るドワーフの少女だ。
「・・・え?あ、体が動く・・・・」
「そりゃあ動くでしょうよ!今まで散々一方的に身振り手振り大げさに私にこのふしだらな写真を売り込もうとしてたのだから・・・って私の話聞いてる?」
体のアチコチを触ってしっかり僕の意思に体が反応しているのを確認している僕に明らかに怒気の篭った声が投げかけられる
「え!?あ・・・・すみません・・・・」
「この期に及んでまだ私を愚弄する気!?あなたが敬愛する姫姉様の故郷であるチキュウからきた者でなければその首斬り飛ばしてるところよ!セバス!もういいわ、この不届き者を外に摘み出しなさい!このふしだらなシャシンは私が責任をもって没収します!」
<かしこまりました。ではお客様ご退出をお願いいたします>
ガチャリガチャリと金属の音を響かせて少女の横に控えていた赤銅色をした中世の騎士のようなフルプレートを着込んだ人物が僕の前に歩み出る。
その彼がくぐもった声を発したかと思うとヒョイと簡単に僕を抱き起こしそのまま部屋の外へと連れていく
<あなた様は本当に運が良い方だ。あれだけ好き放題レシエ様に対して暴言のような言葉を口にしてこうして五体満足に館から出ることができる。それだけであなた様は幸運だと思ったほうがよろしいでしょう>
「は、はぁ・・・」
意識のない間僕は一体どんなことをあの少女に話したのかまったく記憶にもないわけだがどうやら相当ヒドイ言葉を口にしていたらしい

<それでは、お気をつけてお帰りを。それからもう二度とこの館の門をくぐらないことをご忠告させていただきます>
そう僕を館の外まで連れ出し地面にしっかりと立たせ荷物を渡すとフルプレートの人物は僕にそう言い残して館のほうへ踵を返して立ち去っていった。
「一体・・・なんだったんだ・・・」
「お疲れ様。いやぁ君はよくやってくれたよ」
呆然とする僕の隣から聞き覚えのある声が沸き、その瞬間僕の体は恐怖から硬直する。
「あぁ、そんな怖がらなくてもいいよ?もう君にしてもらうことはないからさ」
にこやかに、しかしどこまでも作りもの感のある笑みを浮かべた少女が僕の横に立ち硬直して言葉もでない僕をからかうような口調で言葉を紡ぐ
「さて、協力してくれたお礼と言うと変だけど君にとって一番都合の良い場所まで送ってあげるよ。まぁ君にはできるだけ早くここから消えてほしいってだけなんだけどね」
「今度は何を!?」
僕が声を上げた瞬間足元の地面が消失し浮遊感が全身を包む、そして・・・

「気がつくと私はミズハミシマの大ゲートの傍に立ってたんですよ・・・」
「ほぅほぅ!それはスゴイですね!」
まるで子供のように目を輝かせて僕の話を熱心にメモをとりながら聞き入る茅野澤氏、ここは彼が社長を務めるクマ出版のこじんまりとした応接コーナーだ
あの奇妙な体験のあとミズハミシマゲートから日本へと帰ってきた僕はあれがいったい何だったのかを個人的に納得させたいという衝動から方々の知り合いにこういった話に詳しい人はいないかと訊ねて周り、その結果この茅野澤雄一郎氏に行きあたったのだ。
「こういう体験をした人っていうのは私の他にもいるんでしょうか?異世界取材などをしている知人にも聞いてみたんですが驚かれるか笑われるかのどちらかという感じなんです・・・」
「なるほどぉ・・・」
茅野澤氏はそこまで聞くと腕組みをし少し考え込むような仕草で応接用のソファーに深く腰を沈める。
「スラヴィア・・・少女の姿・・・うーーーーん・・・」
「・・・・わかりませんか?」
「それが何者だったかを断言することはできませんが、個人的な推測で言わせてもらえればそれはスラヴィアを治めるという死の神モルテではないかと思います。」
「死の神モルテ・・・」
死の神という言葉にケンタウロスの亡霊騎士と対峙するあの少女の姿が脳裏に思い起こされる。
「大延国の守護神金羅と並び文献などに度々その姿が記録される有力神です。しかしどのような理由があってあなたをスラヴィアまで呼び寄せそのようなことをさせたのかまでは・・・わかりませんねぇ、過去に似たような経験をしたという方の話は私もいくつか聞いたことがありますし実際に今のあなたのように話を聞いたこともあります。しかし明確に自分がなぜそのようなことになったのかを理解できている人はいませんでした」
「そうですか・・・まぁそうですよね・・・」
茅野澤さんとの会話で明確な答えは出なかったものの自分の中でいくつか府に落ちる部分を得たことで僕の気持はここを訪れる前よりも落ち着きを取り戻していた。それだけで十分な成果だと言えるだろう。

「お力になれずにすみませんでした」
「いえいえ、こちらこそお時間を作っていただいてありがとうございます」
1時間後、クマ出版の入居するビルの前で私は茅野澤さんとお別れの挨拶をしていた。
「今度はゆっくりとイストモスの星神伝承の話聞かせてください」
「はい、茅野澤さんオススメの赤坂のモツ鍋屋で一杯やりながらということで」
「えぇ、時間ができたらこちらから連絡させてもらいます」
「しばらくはまだ日本にいますのでいつでもどうぞ」
「それでは」とお互い挨拶をして駅へと向かってクマ出版へとやってきた道を逆に歩いて行き、ビルの角を曲がったところで僕は人影とぶつかりバランスを崩して倒れこんでしまう。
「すみません!」
「いえ、こちらこそ・・・お怪我はありませんか?」
ぶつかった相手は男性で、倒れた僕にすかさず手を差し伸べ助け起こす
身に付けた黒いスーツがまるで身体の一部のように彼の雰囲気と同化しているのがなぜか印象に残った。
「道に迷ってしまってどうも注意力が散漫になっていたようで・・・・」
「いえ、こっちこそ・・・・あ、その荷物大丈夫ですか?」
男性は布に包んだ長方形の荷物を脇に抱えていた。
「ええ、大丈夫なので気にしないでください・・・つかぬことを伺いますがこの辺りにクマ出版という出版社があると思うのですが御存じありませんか?」
「クマ出版ならこの角を曲がってすぐの茅野澤ビルの3階ですよ」
思わぬ偶然に「こんなこともあるんだな」と思いながらも男性にそう答える。
「ありがとうございます。人と待ち合わせをしていて遅刻してしまっているので私はこれで」
彼はそう言うとビルの角を曲がって行った。
「あの人も僕と同じような・・・まさかね」
去っていった男性の姿を思い起こしながらそんなことをふと思いながら僕は駅へと向かう気がつけば空はうっすらと茜色に染まりつつあった。


  • 以前イストモスに訪れた写真家の思いもよらぬ神体験。何を伝えるメッセンジャーだったのか考えてみましたがモルテのことなので理解できなくてもいいかなとも思いました。地球でも特異点には不思議が集まってくるようで? -- (名無しさん) 2013-08-30 17:29:34
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最終更新:2018年12月31日 20:02