【住めば都の十津那荘②~幽霊のいた部屋~】

 【住めば都の十津那荘】


「鬼! 悪魔! 人でなしー!」
「あんなぁ、何で俺が朝から人でなし呼ばわりされにゃーならんのだ!」
 今日も今日とて朝からケンカの俺こと大下勇次と同居人のウツホ。
 最早日課となりつつある二人のケンカも、こんな朝から繰り広げられる事は稀だ。一体何が原因なのかと言うと……。
「こんな……こんな残酷な物食べるなんて信じられない……悪魔の所業よ! 地球人は悪魔よ!」
「地球じゃ魚食べるのは普通の文化なのー! カルチャーギャップにいい加減慣れろ!」
「触らないで! 私の事も食べるつもりでしょう!? エロ同人みたいに!」
「そんな言葉どこで覚えた!? て言うかエロ同人みたいに食べるってどう言う」
「朝からセクハラだよこの地球人男子は。エルフと地球人は年中発情してるって言うけど本当だねぇ」
「いやお前から言い出した事だろう!?」

 ド ン !

『すいませーん!』
 そう、事の発端は俺がちょっと豪勢にお頭付きの刺身を朝ごはんに用意した事に始まる。
 ミズハミシマ出身の人魚であるウツホの故郷では、魚は大切な海の友達だったそうで、それを食べる種族も向こうには居たが生のまま刺身に捌くような料理は見た事がなかったらしい。
 つまり頭が付いたまま体の形に盛り付けられたスーパーの刺身が、ウツホにとっては愛玩動物の残虐シーンに見えたと言う訳だ。
「お前の理屈で言ったらケンタウロスが居酒屋で馬刺しでも出された日にゃ大変な事になるな」
「うん。多分切れまくってお店一軒地図から消える事になるよ」
「異世界人恐えー!」
「そうなりたくなかったら明日のゴミ出し当番代われ~」
「お前にそんな力ないだろ!」

 ド ン !!

『ごめんなさい!』
 再び壁を叩かれ同時に謝る俺達。
 これはそろそろ切れて乗り込んでくるか大家さんに相談される頃かもしれない。
 ようやくウツホとは話を付けて低予算で住めていると言うのに、そんな事になれば全て水の泡だ。
「ユッコさん相当切れてるな」
「それにしたって沸点低すぎじゃない? こないだから一体何回壁バンしてる事やら」
「それは俺達が五月蝿いからだろ? ちゃんと謝りに行こう」
「お、台バンからリアルファイトの展開ね。ギャラリーとして応援してるわ」
 そんな事情を分かっていないのか、こいつ俺だけ謝りに行かせるつもりらしい。
 そうは問屋が卸さないぞコノヤロウ。喧嘩両成敗の原則に反する行為に俺は猛烈に抗議する!
「お前も来るんだよ!」
「痛たたたた! ダメ駄目ダメ、ユッコさん恐い~」
 ウツホのマシュマロみたいな頬(ちょっと気持ち良い)を摘んで俺は部屋を出て行く。
 その後、まさかあんな事態になるとは全く予想だにしないまま……。


 ~第ニ話 幽霊のいた部屋~

 コンコン

「すいませ~ん」
 外は快晴、夏に向けて気温が上がって来たとは言え風と日陰はまだ涼しさを残す季節。透き通った太陽の陽射しがコンクリ造りの廊下にハッキリと陰影を描く中俺は202号室の前に来ていた。
 こうして隣をノックするのは越してきた時以来二度目だが、今回も前回同様すぐ返事は返ってこない。
「ごめんくださーい。ユッコさん居ますかー?」
 俺とウツホとユッコさんは同じ十津那学園高等部に通う学生だが、ユッコさんは学年が上なのでそれ程交流がない。
 ただ風の噂で変わり者とか気難しい人とか言う話を聞くので、尚の事関わり辛いのだ。
「ねぇひょっとして今居ないんじゃないの? いや、居ないのよきっと。居ない事にしとこう」
「壁叩かれてるのに居ないわけないだろ。何をそんなにびびってるんだか」
 俺には強気の癖にこんな時だけ弱気になりやがる。
 最近分かった事だが、こいつは結構人見知りをするタイプらしく、あまり知らない人の前では猫を被ったように大人しくなる。
 俺の前でもそうならもう少し上手くやって行けるのかも知れないが、素のこいつは我がままで口やかましい奴なのでそれは無理だ。
 何故俺の場合だけ最初からあんな調子だったのか不思議に思った事もあったが、何だか今更聞くのも恥ずかしいので聞いていない。
 とにかく今はユッコさんに謝る事が先決なのだが……
「あれ? 開いてる」
「勝手に入るのは不味いって~。ねぇまた今度にしようよ。別に今日じゃなくたって良いじゃない。ね? ね? ねぇ?」
「もーうるさいなぁ……ユッコさーん。謝りに来ましたよー怒ってないで返事して下さーい」
 例にドアノブを回してみるとドアは開いている。
 取り敢えず中に居るらしい事は確かなようだが、返事も無しに踏み込むのは流石に失礼か。
 と、思ったのだがウツホがあまりに止めよう止めようと言うので、俺は反発心からそんな常識も忘れどうしても今やろうと行く気持ちになってしまい、ドアを開けてしまった。
 するとその先にあったのは……。
「ユッコさ――!?」
「止めなって、ねぇ、止め――!?」
「行けー! 零式今だ! 必殺零式貫通ドリル抜き手ー! ギュルルルー……」
 ユッコさんはお人形遊びに興じていた。(それも男の子みたいな遊ばせ方で)
 凍りつく202号室。そして静寂の中落ちたユッコさんのヘッドホンから流れる景山ヒロ○ブの燃えソング。
 ユッコさんはオタクだった。
「何勝手に入ってんだよーお前らーーー!! うわーーーーーん!」
「何も見てない! 俺何も見てないですから!」
「ユッコさんが男子児童みたいな遊びしてたなんて私見てませんから!」
「見てんじゃないかー! わーーーん! 記憶消えろ消えろ消えろー!」
『ユッコさんが壊れた!』
 人の見てはならない姿を見てしまった俺は、やっぱり勝手に人様の部屋に入るのはいけない事なんだなと反省しながら、ユッコさん自作可動フィギュアの直撃を受け倒れた。


「いや、私はそんな事していないぞ?」
『へ?』
 落ち着きを取り戻したユッコさんに五月蝿くしていた事を謝ると、意外な事にユッコさんはそんな事知らないと言った。
「いや、でも俺達が騒ぐ度確かにユッコさんの部屋の側の壁が叩かれてたんですけど」
「そうそう。こう、ドン! てな感じに」
 ウツホは右拳で左手の平をぶつ様なジェスチャーをした。壁を叩くイメージらしい。
 俺達が騒ぐ度度々聞こえていたあの音を、ユッコさんがやっていないとなると俺達が聞いていた音は幻聴だったとでも言うのか。
 そんな訳が無い。俺もウツホも確かに何度も聞いているのだ。
「私はそんな狭量じゃない。音の方向を聞き間違えてるんじゃないのか?」
「そんな筈は……」
 しかしあくまで知らないと言うユッコさん。
 オタクだから内弁慶の外地蔵で知らばっくれているのか?などと俺が失礼な想像をしていると、ユッコさんは突然俯きながら上目遣いになって声を低くしてこう言った。
「もしかしたらそれはラップ音だったのかもしれないな」
「ラップ音?」
 ラップ音、何処か出来た事のある言葉だ。確かテレビで聞いた事があるような気がする。
 一体なんだったか……俺が思い出そうと考えるより早く、ユッコさんはその答えを出してきた。
「ラップ音。それは霊現象の中でも最たるもので、誰も何もしていないのに騒がしい音が出る現象なんだが、ひょっとすると……」
「や、止めて下さいよ幽霊なんてそんな!?」
 思い出した。
 そうだ、心霊特集でよく聞いた言葉だ。俺は幽霊なんて信じないけど霊現象の一種だ。
 しかし……異世界なんてものが存在し、伝承の中の存在が現実に居た世界において、幽霊はまだ目撃されていない。そう、ゾンビや吸血鬼は居ても幽霊だけは絶対居ない筈なんだ!
「何? ユージびびってんの? 口では幽霊なんて居ない、恐くないって言ってたのにびびってるの~?」
「びびっちゃいねーし! エルフもノームも人魚もいるけど幽霊だけはいねーし!」

 ド ン !

『ひゃあ!』
 俺がそう叫んだ瞬間、またしてもいつもの壁バンの音が聞こえた。
 今度は203号室、俺の部屋の方から聞こえたのだ。ユッコさんの言っている事は嘘ではなかった。と言う事はやっぱり……。
「今のがお前達が言っていた音か。初めて聞いたぞ」
「こんな大きな音なのにユッコさんは聞こえてなかったなんて……やっぱり幽霊だよこれ」
「いやいやいや、幽霊の筈がない! 幽霊の訳がない! 幽霊なんて居ない!」

 ドン! ドン! ドン!

「ひゃあ許して下さーい!!」
「ちょ! 何人の後ろに隠れてんのよこの男やっぱり最低――!?(ビクン!)」
 俺が壁の方向から隠れるように盾にしたウツホの体が大きく揺れた。
 そしてそのまま大きく背を反らせて行ってブリッジの体勢を取った。何で? 何で急にこいつブリッジなんてしてんの???
「お、おい。どうしたんだよウツホ? 何してんだよそんな格好で、冗談きついぜホント止めろよ」
『うらめしや……』
 ブリッジしながら白目むいてうらめしやなどと明らかに他人の声で喋り始めるウツホ。これはヤバイ。マジでヤバイ。
『リア充どもうらめしや……爆発しろうらめしや……裏飯屋ー!』
「こえーーーーー幽霊こえーーー!!」
「あ! 逃げた!」
 俺は逃げた。
 取り憑かれたウツホもユッコさんも置いて俺は逃げた。
 だが勘違いしないで欲しい。俺は決して恐くてただ逃げた訳ではない。策があるのだ。
 つまり戦略的撤退……そう戦略的撤退だ!
「うらめしやーあいつ……うらめしやー一人で逃げ……うらめしやー後でぶっ飛ばす……」
「お前ら人の部屋で凄い迷惑! 出てけーーー!」
 ユッコさんの叫び声を背に受けて、俺はあの部屋まで走った。
 あの部屋まで……あの部屋まで行きさえすれば……これが我が逃走経路だぁーーー!


「シルキーさーん! シルキーさーーーん!」
「なぁにぃ? 昼っぱらからぁ、騒々しいわぁ」
 俺は201号室に来ていた。
 目的はそう、この人だ。異世界にある死の国スラヴィアから来たと言うアンデッドの獣人。シルキー=ブランネルその人だ。
 動く死者・アンデッドなら幽霊に対しきっと何か有効な手立てを持っているに違いない。
「幽霊が実在したんですよー! それでウツホが取り憑かれてエクソシストみたいな事になっちゃって! アンデッドのシルキーさんなら何とかならないかなってそれで――」
「ユーレイぃ? なぁにぃそれぇ?」
 相変わらず眠そうで気だるそうなシルキーさんはどうやらユーレイと言う物を知らないようだ。
 死者の国なのに幽霊って居ないのだろうか?いや、それともシルキーさんの翻訳精霊が上手い該当単語を知らないだけだろうか。
 まぁそんな事はこの際どうでも良い。俺はともかく幽霊についてとユッコさんの部屋で起こった事を説明した。


「ふむふむぅ、それがぁユーレイなのねぇ」
 シルキーさんは俺の説明を一通り聞き終えるとうんうんと頷いた。
「でもそれってぇ、うちの故郷のぉレイスにぃ似てるわねぇ」
「レイス?」
「そうよぉ、レイスよぉ。あたしがぁ一緒に行ってぇあげるわぁ」
 こうして俺はレイスが何なのか説明も聞かないまま202号室にとって返す事となった。
 シルキーさんの口振りから察するに、やはり何か手立てがありそうだ。
 俺は逸る気持ちを抑えシルキーさんと一緒に202号室に飛び込んだ。
『あぁ~~~~~』
「こえーーーーー! 幽霊こえーーー!!」
「ウツホー!」
 と、飛び込んだ先に居たのはブリッジのままガサガサ虫のように動き回るウツホと、腰を抜かして床に倒れこむユッコさんだった。
「今助け――ん? 何だこれ……水?」
「わーーーーー!! 触るな! その液体に触るな! 絶対触るんじゃないぞー!」
「げっ! まさかユッコさんあんた!?」
 俺はウツホに駆け寄ろうと一歩踏み出しユッコさんの後ろを通ろうとしたのだが、そこで何か生暖かい液体を踏んだ事に気がついた。
 良く見るとその液体は床に結構広がっていて、ユッコさんのジャージのズボンも濡れていて……。
「これは違うぞ! あいつが暴れたからお茶がこぼれてかかったんだからな! ホントだぞ!?」
「分かってる……全部分かってるから……」
「何だその生暖かく慈愛に満ちた目はー! そんな目で私を見るなー! うわーーーん!!」
 最早何も問うまい……。人には聞かれたくない事の一つや二つあるものだ。
 色々な意味で何だか少し大人になったような気がする俺は、早速ウツホに向き直った。
 あいつもきっと俺の助けを一日千秋の思いで待っていた事だろう。だが俺は来た、ここ202号室に。
 待たせたなウツホ!だが良いだろう?主役は遅れて登場するものだからな!
『あんたねーうらめしや……よくも逃げてくれたわねうらめしや……絶対殺すうらめしや……』
「シルキーさんやっちゃって下さい! あいつごと!」
 俺の妄想は0.1秒で粉々に粉砕された。
 ウツホの目は本気と書いてマジ状態だ。絶対害のある存在に違いない。
『ユージーーー! うらめし殺すぅ!』
「もう幽霊が言ってんのかウツホが言ってんのか分からんなこれ……」
 再び俺は戦略的撤退を断行しシルキーさんの後ろに隠れた。だって仕方なかったんだ。こうするしか俺には出来なかったんだ。
 みんな解ってくれるよね?俺の気持ち。
 そんな弱気な俺を余所に、シルキーさんは一歩も引く事無くウツホに向かい合っている。
 ブリッジで白目むきながらガサガサ動く、あんなキモイ生き物相手に良く平静で居られるなぁと感心していると、シルキーさんの口から驚くべき言葉が飛び出した。
『出て行け~~~ここから立ち去れ~~~』
「あれぇ~? あなたぁレイスのレイチェルじゃなぁいぃ?」
『あ、姐さん!? 何故こんな所に!?』
「姐さん~!?」
 何か知り合いっぽいこの二人。
 意外な展開に驚きながらも、俺はこれでもうこの幽霊も恐くないなと一安心したのだった。


「なるほど。つまりレイス、実体の無いスラヴィアンであるレイチェルさんは死出の旅で地球に来ていたと」
(そうなんですぅ)
 203号室に戻った俺達は、シルキーさんも交えてこの幽霊、レイスのレイチェルさんの事情を聞いていた。
 レイチェルさんは今はもうウツホの体から出て元の幽体≪アストラルボディ≫に戻っている。
 そのレイチェルさんが言うには、彼女はスラヴィアン特有の最後『死出の旅』としてここ、地球に来ていたと言うのだ。
 スラヴィアゲートは南極にあると聞くし、それでこの日本に来ていたのだろう。
「しかし大人しそうな顔して嫉妬で壁叩きまくってたなんて、見かけによらず荒っぽいなぁ」
(そ、それは……悲しいと勝手に音が出てしまって……)
 俺が素直な感想を述べると元狗人のレイスであるレイチェルさんは耳をたたみ尻尾を下げてシュンとしてしまう。
 あれ?もしかしてわざとじゃなかったのかな?と少し悪かったと言う気持ちになっていると、ウツホのビンタが飛んできた。
「あてっ」
「もー! あんたって相変わらずデリカシーが無いんだから! そんな事もうどうだって良いでしょー!」
「ご、ごめん」
 今度は俺がシュンとなった。
 そんなやり取りがあったけど、気を取り直して本題に入る。そう、レイチェルさんをどうするかと言う問題だ。
(ご迷惑おかけして申し訳ないですぅ……実は私には未練があって、こうして死に切れずここに残っているのですぅ)
「そのぉ未練ってぇ、一体何なのぉ?」
(それは……)
 半透明に透けている顔をシルキーさんに近づけるレイチェルさん。その周りに顔を寄せる俺とウツホ。
 レイチェルさんは一瞬うっ、と喋る事を躊躇ったが、俺達の真剣な顔を見て話す決心をしてくれたようだ。
 小声でゴニョゴニョと話したその内容とは……。
『彼氏が欲しいぃ!?」
(やー! 大きな声で言っちゃ嫌ですぅ!)
 生まれてからケンタロスに尽くし生きてきた狗人のレイチェルさん。
 死んだ後も貴族の傍付きとして仕え続け、そして恋も知らぬまま戦いの日々を送りとうとうアンデッドの限界「精神の疲労」で戦線離脱したと言う事だった。
 しかし無念を抱えたまま死出の旅は終わる事も無く、半ば幽鬼のようにこの部屋に漂う存在になっていたと言うのだ。
「つまりあんたの目にはあたしとこいつがイチャコラしているように見えたと」
 そんな状態のレイスでも感情は残っているらしく、朧な意識の中入ってくる部屋の情報に反応していたのがあの音で、今こうしてハッキリと記憶や意識を取り戻したのはシルキーさんに力を分けられたからだとか。
 もしそうしていなければ、レイスは殆どアンデッドの力を消費しない為、何年も何十年もあの場に漂い続ける羽目になっていただろうと。
 哀れな話だがウツホはこの話の中の「入ってくる情報」の部分だけ注目して無意味な程反応・反論するのだった。
「あんねぇ、私はこいつとたまたま同じ部屋に住んでいると言うだけで、こいつの事なんかな~~~~~んとも! 思ってないんだから」
「俺だってお前みたいな奴好みじゃないわい!」
「あたしの方がもっとあんたの事なんか好みじゃないわよ!」
「なんだとぉ!?」
「なによぉ!」
 可哀想な話で湿っぽくなっていた空気は一変、俺とウツホのいつものケンカによって折角の雰囲気は台無しとなった。
(そうなんですかぁ?)
「そうなんじゃぁないのぉ?」
 困り顔のレイチェルさんと呆れ顔のシルキーさん。
 だが不毛な言い争いをする俺とウツホに、シルキーさんは見捨てる事無く年上として事態を打開する秘策を授けてくれる事になるのだ。
「それよりぃあなた達ぃこのままでいいのぉ?」
「え? 何がですか?」
「あの部屋はぁ、もともとぉレイチェルがぁ契約したぁ部屋なのよぉ。つまりぃ、契約のぉ優先権はぁレイチェルにあるのよぉ」
『えぇー!?』
 203号室に木霊する二人の声。
 この後、まさかシルキーさんの案であんな展開になろうとは……この時の俺はまだ知るよしも無かった。


『へ、変な事したら後で殺すからね!』
「するか! そっちこそ今回は大人しくしてろよ!」

 今、俺は淡路島ゲート付近の出店が出ている通りの入り口に来ていた。
 時刻は六時半、夕暮れと共に気温も太陽も下がり始める時間。やがてすぐ訪れるであろう一瞬の黄昏時と夕闇を待ち、周囲の人々もどこか浮き足立ってきているようだ。
 そんな俺の隣に居るのは着物を着たウツホ。いや、ウツホの中に入ったレイチェルさんと言った方が正しいだろう。そう、レイチェルさんは今ウツホの体を借りているのだ。
 事の次第はこうだ。まずシルキーさんが言ったこの言葉に始まる。「方法はぁただ一つねぇ。レイチェルのぉ未練をぉ晴らしてぇあげる事よぉ」
 この時俺とウツホはまだ頭の上に?を浮かべた状態だった。そんな俺達を見てシルキーさんは言ったのだ。「ウツホちゃんがぁ、体をぉ貸してあげてぇユージくんとぉレイチェルでぇ、デートするのよぉ」
 勿論俺もウツホも反対した。そりゃあもう反対した。猛反対した。だが「勿論ん、本当にぃ付き合う事は無いわぁ。でもぉ、ちゃんとぉ満足させてぇあげられなかったらぁ、意味無いわねぇ」と言われ。
 確かにこのまま一部屋に三人同居内一人幽霊と言う状況は嫌だったので渋々シルキーさんの案を了承したのだ。それに何より、このままではレイチェルさんが可哀想と言う意見が一致した事が大きかった。
 「いま丁度ぉ、大ゲート祭りがぁ開催されているわぁ。そこでぇデートすればぁ良いんじゃないかしらぁ」と言ったシルキーさんの言葉が決め手となり、今に至るのである。チャンチャン。

「あのぉ、本当に良いんですか? 私なんかと……」
 遠慮しがちに訪ねてくるレイチェル。その顔は自信の欠片も無い、怯えた子犬のようだった。
 今まで見た事がないしおらしい態度のウツホの顔に俺は一瞬ドキッとして頭を振った。今はウツホじゃない、レイチェルさんなんだ。レイチェルさんに対して失礼だ。
 俺は頭を切り替えて、今夜この時はレイチェルさんを楽しませる事だけ考えようと決意した。
「あ、あぁ勿論さ。それよりレイチェルさん、そのリボン良く似合ってますね。可愛いですよ」
「そ、そんな可愛いだなんて……ユージさん口がお上手ですぅ」
「あはは、本当ですって」
 いつもは長い髪を垂らしているだけと言う髪型のウツホ。だが今日はレイチェルさんが入っていると言う事で、レイチェルさんの髪形を再現してもらう事にした。
 それはリボンで結んだポニーテールの髪型。正直な話、本当に可愛いと思った。これから俺は、この可愛い女の子とデートなるものをすると思うと緊張した。


(ユージの奴、私には一度も可愛いなんて言ってくれた事無いのに中身が変わっただけでぇ~~~)
 今、私は何処か暗く捉え所の無い空間にいた。
 いや、そこが空間といって良いのか解らないが、兎に角真っ暗空間のような感じだ。そこで私は自分の体も見えないまま、目の前に映るスクリーンのような外の光景をただ見ている事しか出来ないのだ。
 それにしてもユージの奴、普段から私にもこのくらい気の利いた事言えないのかしら。私は少し不機嫌になった。
(って、何考えてるんだろ私。別に……ユージが誰に何言おうと関係ないし)
「地球のお祭りは初めてですか?」
「はい、故郷のスラヴィアは風雲モルテ城って言うイベントだったんですけど、こんな賑やかなお祭りは初めてですぅ」
 大ゲート祭りが開催されるようになってから暫く経つけれど、地球の祭りに参加するのは初めてだった。
 私の国ミズハミシマは盛大に出店が立ち並ぶ祭りなのだけれど、ここ地球の日本と言う国も似たように出店が沢山出るお祭りのようだ。
 そう言えば乙姫様は遥か昔、地球の日本から来られたと聞いた事があったけど、ミズハミシマと日本の文化に似た点が多いのはその為なのだろうか。
 などと私が一人真面目な事を考えている間に、二人は出店の立ち並ぶ通りへと入っていたようだった。
「夜なのにこんなに明るくて人も多いなんて、地球ってすごいんですね」
「俺は異世界の方がすごいって思ったけど、こう言うのって知らない国の方がすごいと感じるものなのかもしれませんね」
 何かもう仲良さそうに談笑してるし……私とはケンカばかりなのに他の娘相手にはこんなに優しいって酷くない?
 いやまぁ、別にユージと仲良くしたくなんか無いからどうでも良いけど。
「何か美味しそうな臭いがしますぅ」
「あぁ、ヤキソバですよ。食べてみますか?」
「良いんですか? わぁ、普通の食べ物を食べるなんて百年ぶりですぅ」
「ハハハッ……」
 ちょっと、笑いが引き攣ってるわよユージ。
 女の子の歳を知ってその態度は無いでしょう?ほんと~~~にデリカシーの無い男ねこいつは。
「ヤキソバとっても美味しいですぅ。あ、あの雲みたいな食べ物は何て言うんですか?」
「綿アメですよ」
「じゃああっちの、赤くて艶々してる宝玉みたいな食べ物は何ですか?」
「リンゴアメですよ」
「じゃあじゃあ、あの子が食べてる棒状の茶色と黄色の食べ物は?」
「チョ、チョコバナナですよ」
「じゃあじゃあじゃあ、あの人が飲んでる飲み物は」
「ラムネです」
「すっご~~~~いですぅ! 地球は美味しそうな物で一杯ですぅ!」
 喜んでる喜んでる。何よユージ、少しは女の子の喜ぶような事も出来るんじゃない。
 と思った私だったけど、すぐにある恐ろしい事実に気が付き青ざめる。暗いから分からないけどリアルだったら多分絶対青ざめてたと思う。だって……。
(ああああぁ、止めてユージそんなにいっぱい買い与えないで! 私の体が太っちゃう! 太っちゃうからぁ!)
 折角間食も我慢して維持してる私のナイスバディがぁ~~~!これは大変由々しき事態だわ。すぐにでも止めて貰わなきゃ!
 と思ったけれどやっぱり考え直す私。ここで出て行ったら全ては水の泡だ……でもしかし……ぐお~~~。
「その、失礼だったら謝りますが、レイチェルさんはスラヴィアンなのに普通の食べ物もお好きなんですか?」
「レイスはこうして体を借りている間、ある程度感覚を共有できるですよ」
 私が本気で悩んでいる間にもこいつらイチャコラしやがって!
 でも確かにこれはレイチェルさんが壁バンてしたくなっちゃう気持ちも理解できるわ。だって普通にムカつくし。
 そう、そうよ!これは羨ましいって気持ちよ!いわばリア充への嫉妬。断じてユージだからとかそんな事関係なかったんだわ!
 私はやっと果たした大発見に暗闇の中小躍りする。
 あ~あ、これで安心して見てられる。心が少しだけ軽くなったような気がした。
「でも食べ物からエネルギーを得てる訳じゃないんですぅ。エネルギーを得ているのは宿主から……だから本当の意味では食べれてないんですぅ」
「そう……なんだ」
 その言葉を聞いて私は更に安心した。アンデッドのエネルギー源は生命力。そして生者の生命エネルギーの源は食物。
 つまりここに「私食べる→エネルギー溜まる→レイスさんがそのエネルギーを食べる→エネルギー溜まらない→私太らない」と言う勝利の方程式が完成するのだ。
 何と言う事でしょう。まさかこんなカラクリに成っているなんて……さ○まさんもビックリよ。
 そうして私が一人で浮かれている時、二人は何だか悲しそうな雰囲気になっている事に私は気付かなかった。
「こうしているとまだ生きてた頃を思い出しますぅ。あの頃は自分の本当の体で見て、聞いて、感じてたですのに……」
「レイチェルさん……」
 ユージが悲しそうな顔をしてる。
 レイチェルさんの笑顔も曇ってしまった。
 今日は折角の祭りだと言うのにこんなのはいけない。
「レイチェルさん遊ぼう! 今日はお祭りなんだ。地球のお祭り、もっと教えてあげますよ」
「ユージさん……はいっ。よろしくお願いしますぅ」

 ズ キ ン

(何だろう? 心が……痛い?)
 この時、何故か私の胸がちくりと痛んだ。
 ユージは良い事をしている。初めてのデートなのに良くやっていると思う。私としても文句の付けようがない。
 なのに何故私は……。
 この後、ユージは私の体を借りたレイチェルさんと射的や金魚すくい、輪投げ、くじ引き、スーパーボールすくい等と言ったゲームを次々やっていった。
 ミズハミシマに無い出店が多い。何とも無い……といえば嘘になる。本当は私も遊びたかった。でも今日はレイチェルさんに譲ると決めた以上出て行くわけには行かない。
 今まで見た事のない楽しそうなユージの顔を、私はただ見ているだけしか出来なかった。
(私って……嫌な娘だ……)
 私はある目的の為に地球に来た。海の魔女に人化の秘薬まで貰って。なのに私は……。


「キャア!」
「レイチェルさん!?」
 出店を回っている中、レイチェルさんは誤ってミズフーセンを落として足に水がかかってしまった。
 私は魔女の秘薬で魚の尾を足に変えているのだけれど、足が水に濡れるとこの変身が解けてしまうのだ。
「あう……足が……」
「水かかっちゃったんですね。……はい」
「え?」
 そう言ってユージはこっちに背を向けてしゃがみ込んだ。この背中を見たのはこれで二度目。でもこの背中は私に向けられたものじゃない。

 ズ キ ン

「そのままじゃ歩けないでしょ? 向こうで乾かしましょう」
「は、はいですぅ」
 ここ最近気づいた事だけど、ユージは口は悪いしぶっきらぼうだけど結構優しい所がある。
 でもそれは誰にでも優しい博愛主義的な優しさだ。そう言う優しさは女の子を不幸にする。でもユージはそんな事解っていないし、そんなつもりも無い。
 だから不幸にする。
 レイチェルさんの視線がユージに近づき、やがて視界はユージの頭で一杯になった。
 ユージ、あなたレイチェルさんにそんなに優しくして、もし好きになられたらどうするつもりなの?責任取れるの?
 誰彼構わず優しくして、優しくされた女の子達は何て思って優しくされれば良いの?
 視線はやがて道の外れ、人気の少ない方へ向かって行く。レイチェルさんは抵抗……しないんだ。
「ウツホが持たせてくれた薬です。これ飲めば足に変わるそうですよ」
「ありがとうございますぅ」
 ねぇ、ユージ知ってる?その薬は私が歌声と引き換えにしてまで手に入れた大切な薬なんだよ?
 海の魔女と恐ろしい契約までして貰った、命より大切な薬なんだよ?
 ……分かってる。ユージがそんな事知る筈が無い。だって私はまだ誰にも話していないから。話せないよ……こんな事。
 その時、海の方から盛大な破裂音が響いた。
 音の方を見ると夜空に咲いた大輪の花。
「綺麗……」
「花火だ」
 ハナビ……って言うんだ。この綺麗な火花。こんな綺麗な火の花だから花火なのかな。夜空に火で花を咲かせるから花火なのかな。
「地球には、本当に素敵な物がいっぱいあるんですね」
「そう言ってもらえると光栄です」
 レイチェルさんが言った事、私の言いたかった事と同じだ。
 そうだよね。きっと、誰でもそう思うよね。私だって、ここに来る前と来た後で、知らなかった物色々知ったから。
「……」
「……」
 二人は静かに次々と順番に上がっては咲いて散る夜空の花を見ていた。
 正直羨ましい、と思った。
 私もいつか、あの人とこうしたい。そう思って地球に来たのに、まだ何も進んでいない。
「……ユージさん」
「はい、なんですか?」
「あの……その……」
 レイチェルがユージの瞳を覗き込んだ。ユージの瞳もレイチェルを見ている。
 その瞳には私の赤くなった顔が映っていて、でもその瞳が見ているのは私じゃないんだ。
「ユーレイの女の子って……どうですか?」
「え?」
 レイチェルの唇が動いた。
「私、実体が無いから男の人が喜ぶ事あまりして上げられませんけど……でも、それでも私」
 ユージ。あんたはしっかり勤めを果たせたみたいだよ。おめでとうユージ。
 私はもう何も言うつもりはなかった。自分の気持ちも何もかも解らなかったから。
 私の王子様はきっと何処かにいる。それはきっとユージじゃないんだ。だから良いんだ。そう思おうとした。
「あなたのお役にきっと立ちます。だから……あなたのお傍に置いて欲しいですぅ」
「レイチェル……さん……」
 そう言ってユージの顔が映りこんでいた視界が閉じられた。
(ダメ……そんなの……絶対……)
「ユージさん……好き……」
 肩の辺りに熱い手の感触が伝わってきた。
 私はユージを好きじゃない。だから例え意識が別の所にあっても、これだけは絶対ダメなんだ。
「……」
 肩に感じる手の感触以外まだ何も伝わってこない。その沈黙が私の記憶を呼び起こす。
 小さい頃誓い合った、あの約束を……。
(ダメーーーーー!!!!)
 私の心がそう叫んだ時、閉じられていた視界が再び光を取り戻した。
「え?」
 ユージは……深々と頭を下げていた。
「ごめんレイチェルさん。やっぱり、こんなのダメだ」
 レイチェルさんの気持ちが伝わってくる。
 さっきまで熱いくらいだった気持ちが急速に冷めて行くのが感じられる。
 あぁ、そっか。こう言う気持ちなんだ。
 自然と私まで涙が出てきた。
「俺、ずっと想ってる人が居て……その人のこと忘れられなくて……こんな気持ちのまま、あなたを騙すような事出来ません」
 ユージはバカだ。
 知らぬが仏とは地球の言葉なのに、地球人のこいつはどこまで不器用なんだろう。それじゃ逆に女の子を傷つけるだけって解らないのだろうか。
(ユージ……)
 でも、それより私は自分が許せなかった。
「本当にごめんなさい」
 だって安心している自分がそこにいたから。
 私はこの時、最低な私が許せなかった。
「ユージさん、真面目すぎますぅ」
 レイチェルは涙を拭ってユージの手を取った。本当はそれど頃じゃない筈なのに、裏切った相手をもう許そうとしてる。
 どうしてそんなに優しくなれるの?強くなれるの?狗人だから?それともあなただからなの?
 気持ちの整理が付かないまま、私にはきっとそんな事一生無理だと思った。
「嘘でもキスしてくれてれば、私、簡単に落ちたんですよぅ?」
 冗談めかしてそんな事を言うレイチェルさんだけど、体を貸しているから解る。レイチェルさんは無理をしてる。
 私とユージに感謝して、失望を乗り越えようとしてる。
「でも……ありがとですぅ。今日一日、本当に楽しかったですぅ」
 強いなぁ……大人って。
 私はレイチェルさんの事を自分と同い年くらいの女の子と思っていた。でも違った。
 百年を生きたレイチェルさんは、その間にもう大人になっていたんだ。私はまだ全然子供なのに。
 すると突然、視界がぼやけて光が見え始めた。
「レイチェルさん、その光」
「あれ? 私、無念が晴れたみたいですぅ」
 そんな。こんな事で良いの?もう満足なの?これで我慢できるの?
 狗人は根っからの奉仕種族だと聞く。己の事など何も望まず、ただ主人に仕える事を良しとする、と。
 昔から望みなんか何も叶わなくて、いつしかそれに慣れてしまったレイチェルさん。そんな彼女の最後の願いはこんな中途半端な形で終わったと言うのに、それでも……。
「私、一度死んだ後アンデッドとして甦って……その事を後悔した時もありましたけど……でも、やっぱりアンデッドになって良かったですぅ」
 私にはレイチェルさんの気持ちが理解できなかった。でもとても悲しかった。
 だってこんなの、悲しすぎるから。
「最後に素敵な国で素敵な男の子と出逢えましたから」
 私はレイチェルさんの役に立ったのだろうか?本当に望みを叶えてあげられたのだろうか?
「姐さんにも宜しく言って欲しいですぅ。本当にありがとうございました、って」
 後から入ってきた私達が、レイチェルさんを追い出す為の事だったのに。
 ――ありがとう、ユージさん……ウツホさん――
 私は、あなたに感謝される資格なんて無いのに。
「ウツホ!」
 こうして私の体は倒れこみ、私の意識も遠のいていくのだった。


「ちょっと残念だったんじゃないの? この美少女の体とキス出来なくて」
「ちっとも残念じゃないよ。っつか、普通自分で言うか? 美少女とかって」
 あの後、すぐに目を覚ましたウツホは体からレイチェルさんの気配が消えたと言った。
 俺が見たレイチェルさんの幽体≪アストラルボディ≫が光となって天に消える光景は、きっとそう言う事だったんだろう。
 あんな悲しい場面だったと言うのに、ウツホは中で何も見ていなかったのだろうか?
 見ていたならとても信じられない態度だ。
「じゃあユージは私の事ブスだって言うの?」
「別に。普通なんじゃね? 普通」
「む、ホントに? 本当に私普通? 普通だって思う? 普通~?」
「あー分かった分かった可愛いよ! 結構可愛い方だって。見た目はな」
「一言余計だけど許す」
「へいへい。戻った途端これだ……やれやれ」
 感動の別れも束の間、こいつが戻った途端いつもの調子に戻ってしまった俺達。
 全くこいつのガサツっぷりにはほとほと呆れるぜ。
「ユージ、女の子には嘘でも可愛いって言ってあげなくちゃダメだよ? ユージにも大切な人……いるんでしょ?」
 ウツホの言葉に俺はドキっとする。
 そうか、やっぱりこいつ……。
「聞こえてたんだな。全部」
「うん」
 そう分かると逆にすっきりした。知られたんだったらそれも良い、こいつはそれをバカにしなかった。
 とは言え、俺も自分の気持ちがハッキリ分かる訳じゃない。上手く言おうにも説明できない。
「いや、好きってか何て言うか……ん~~~思い出の中の娘、て言うか、忘れられない娘、て言うか。う~ん、上手く言えねぇ」
 こんな事こいつに言っても意味ないのに、そう思った時ウツホから意外な言葉が返ってきた。
「解るよ。その気持ち」
「え?」
 俺は聞き返した。
 しかしその時何となく俺は、ウツホが何と言うか分かっていたような気がする。こいつももしかして俺と同じなんじゃないかって。
「私も居るもん、そう言う人。だからユージの気持ち解る気がする」
「そっ……か……」
 不思議な気持ちだった。
 あんなに反目しあってきたのに、こんなに同じ所があったなんて。
 今なら素直にこいつの言う事も聞ける気がする。
「その人にも可愛いって言ってあげなくちゃダメだよ。女の子は喜ばせてあげなくちゃ、ユージも振られちゃうぞ」
「そっちこそ、可愛くしてないと振られるぞ」
 前言撤回。
 やっぱりまだお互い、素直にはなれそうも無いみたいだ。 
「あ、花火終わった」
 その時丁度、最後の花火が夜空に咲いて散った。
「今日の祭りも終わりかぁ。帰ろ、ユージ。私疲れちゃったよ」
「あぁ帰るか」
 そうして俺達は来た道を戻るように歩き始めた。
 今度は手を繋いだりしない。今隣にいるのはウツホなのだ。
 十津那荘への帰り道、街灯に照らされた道を歩きながら思った。こいつの探してる人って一体どんな奴なんだろう、と。
 俺の探している人は、子供の頃ここから転校する前、夏休みの間一緒に遊んだミズハミシマの人魚の女の子だ。
 最近は記憶も朧気でどんな顔だったかも思い出せないけど、その子と俺は来年もまた遊ぶ約束をしたんだ。
 今度は地球に来てくれって。そしたらこっちの遊びを沢山教えてあげるって。短い間にとても仲良くなった記憶がある。
 俺はその子の事が好きで、多分それが俺の初恋だったんだと思う。でも子供の俺には親の都合で転校するとなったら、どうしようもなかった。
 考えればあの子に酷い事をしてしまったんだなと思う。あの子はきっと俺の居ない町で俺を探した思うから。
 もう逢える訳がないと、合わせる顔が無いと諦めていた。けど、俺は十津那学園に来てしまった。もしかしたら、あの子のここに来ているかもしれないと思ったから。
 都合の良い話だ。そして不毛でもある。彼女の顔すら思い出せない俺は彼女を見つける術を持ってない上に、きっと向こうは俺の事なんか憶えちゃ居ない。
 運良く憶えていたとしても、きっと嫌な記憶だろうから……。
 そんな事を考えていると、突然ウツホが俺の手を握ってきた。
 女のこっぽ握り方じゃない。男同士が握るみたいに、力強くがっしりとだ。
 そしてウツホはこんな事を言うのだ。
「お互い頑張ろうね」
「あぁ、お互いな」
 色気もへったくれも無い女だけど、人魚のこいつがもしあの時の女の子だったら――いや、きっと違う。世の中そんなに上手く出来ている筈がない。
 でももしこいつがあの子だったら……俺はその時どうすれば良いんだ。
 繋いだ手はすぐ解かれ元の様に並んで部屋の前に着いた俺達は、いつものように俺が鍵を開けウツホが扉を開けるのだった。


「今ぁ……サミュラ様のぉお力がぁ一つ消えたわぁ」
 部屋の中――窓辺で月と花火を見ていたシルキー=ブランネルがそう呟いた。
 手にはウィスキーのボトルが握られ、コンビニで買ってきた大きな氷が入れられたカップには黄金の液体がまだ残っている。
「レイチェルぅ、あなたはぁ見つけたのねぇ。あなたのぉ探し物をぉ」
 そう言って残りの液体をグイと飲み干すシルキーだったが、些かも酔った素振りは見受けられない。
 それもその筈、彼女は動く死体、アンデッドなのだから。
「私も早くぅ、見つけたいわぁ」
 それでも彼女が酒をあおるのは、生前の習慣への未練だろうか。それとも……。
「この旅をぉ……終わらせる為にぃ……」
 シルキー=ブランネル、三百年を生きるアンデッド。彼女は自分の旅の終着駅を探し、今日も星空を眺めるのだった。


 ―終わり―


  • いいね。俺好み。 -- (名無しのとしあき) 2012-06-11 11:49:32
  • なぁに一年も地球で暮らせば食事に違和感なんて感じなくなるよ! -- (名無しさん) 2012-06-20 00:19:29
  • ドタバタコメディにほんのりラブという何とも読んでてニヤニヤしてしまう。 楽しい騒がしい住人の一挙一投足だが意外と無駄な行動が無くてワンアクション毎の間延びが感じないのは上手いと思った。 地球側でも祭りがやっているのを思い出させてくれた -- (名無しさん) 2013-06-01 00:39:13
  • 祭りの間に異世界から地球へやってくる異種族というのも言われて見ればいて当然だね -- (名無しさん) 2014-06-03 22:45:39
  • ユッコさん可愛いですね。うらめしドタバタから複雑な状況でお祭りと異世界の色を上手く地球で混ぜていました。シルキーの旅はまだまだ終わりそうにないですね -- (名無しさん) 2014-08-10 17:53:11
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最終更新:2012年06月11日 02:34