第128話 疾風再び
1484年(1944年)4月14日 午前7時 マオンド共和国首都クリンジェ
クリンジェにある海軍総司令部は、久方ぶりに活気に包まれていた。
「今の所、ユークニアへ向かうアメリカ船団は確認出来ておりません。昨日の夜半までには、ベグゲギュスが探知した新たな輸送船団が
2つありましたが、それらの船団は、第3哨戒圏を通過する前に引き返した模様です。」
海軍総司令官のトレスバグト元帥は、司令部内にある作戦室で、参謀長の説明を聞いていた。
「これで、アメリカ側のユークニア島に対する補給路をほぼ寸断出来ました。長期間の封鎖は、戦力的に見て不可能ですが、ひとまず、
ユークニア島にスーパーフォートレスという巨人機の早期配備を阻止できた筈です。」
トレスバグト元帥は、満足したような笑みを浮かべた。
「素晴らしい。実に素晴らしい。これでアメリカ人共も、我が海軍の力を思い知った事だろう。ところで、肝心のユークニア島はどうなっている?」
「ユークニア島周辺には、相変わらず多数のアメリカ軍艦船が常駐しております。第61特戦隊のベグゲギュスからの報告では、空母7、8隻、
戦艦3隻を含む艦隊がユークニア島周辺を警戒しているようです。」
「ユークニア島周辺にいる空母は、我が軍の小型竜母と似たような艦のようだが、数がやたらに多いな。」
「総司令官、空母はユークニア島周辺の艦隊だけではありません。この他にも、対艦戦闘専門の高速機動部隊がスィンク諸島周辺の海域を遊弋しています。
これらを含めると、アメリカ軍は空母だけで17、8隻。戦艦5、6隻程が残存しています。」
参謀長の言葉に、トレスバグト元帥は深いため息を吐いた。
「昨日は、敵の空母1隻を撃沈し、2隻を大破させ、輸送船多数にも損害を与えて船団を追い返したが、現状では、ユークニアのアメリカ軍はまだまだ
戦力を残している。あれほど喜んだ昨日の勝利が、今では霞んで見えてしまうな。」
昨日の海戦・・・・マオンド名ユークニア島西沖海戦は、マオンド海軍にとって久方ぶりの大勝利であった。
マオンド海軍第1機動艦隊は、アメリカ側の高速機動部隊の視線が前もって準備していた偽竜母に注がれている間、その後方奥深くに進入して、
ユークニア~アメリカ本土間を航行する輸送船団を撃滅、又は撃退させようと考え、作戦の実行に移った。
4月13日。第1機動艦隊の思惑は見事に当たった。
第1機動艦隊から発艦したワイバーンは、途中、護送艦隊に配備されている小型空母の艦載機によって2騎が撃墜されたが、別のワイバーンが敵艦隊発見を知らせた。
この報告に狂喜した第1機動艦隊は、第1次、第2次、計286騎の攻撃隊を繰り出し、空母1隻、護衛艦4隻、輸送船5隻撃沈確実、空母2隻、護衛艦、
輸送船10隻以上撃破という大戦果を挙げた。
少なからぬ損害を被った敵船団が、ほうほうの体で引き返したのは、既に第3哨戒圏に配備されているベグゲギュスから知らされている。
このベグゲギュスも、落ち延びた米船団を無傷で帰す積もりは無く、果敢に攻撃を仕掛けた。
第3哨戒圏のベグゲギュスは、攻撃に当たった5頭のうち、3頭までもが返り討ちにあったが、ベグゲギュス側も敵輸送船1隻を撃沈し、輸送船1隻と
戦艦1隻に損傷を与えた。
まさに、泣きっ面に蜂の様相を呈したアメリカ船団であったが、この勝利はまだ、決定的な物ではない。
ユークニア島には、未だに多数の敵軍が常駐している。
エセックス級空母を含む正規空母を中核戦力に据える敵高速機動部隊は、艦載機の喪失以外はまだ無傷であり、依然、第1機動艦隊の航空兵力を
凌駕するだけの戦力を有している。
それに加え、マオンド側が撃沈した物と、ほぼ同じ空母を多数保有する敵艦隊の存在も確認されている。
補給路は寸断したとはいえ、ユークニア島には敵艦隊と、その輸送船団が常駐しており、アメリカ本国から持って来た物資は、日数から逆算しても
未だに相当数が残っているはずだ。
その物資が無くならぬ内に、アメリカ軍、特に海軍は、目の上のコブである第1機動艦隊を排除しようとするであろう。
「恐らく、敵機動部隊は遠からず、第1機動艦隊を捕捉するでしょう。もし、敵機動部隊との決戦になれば、勝算は五分五分・・・・いや、
四分六分でこちらが不利になるかもしれません。機動部隊同士の戦闘となれば、アメリカ海軍は無類の強さを発揮しますからな。」
参謀長は、心配そうな口調で言った。
「ここは、第1機動艦隊に任せるしかあるまい。機動部隊戦闘こそ未だに不慣れだが、ワイバーンの竜騎士達は精鋭を取り揃えてある。
予備の部隊も同じだ。この海戦で航空戦力を消耗しても、敵機動部隊を壊滅に追い込めば我々の勝ちだ。」
トレスバグト元帥は余裕のある表情を見せた。
「トルーフラなら、安心して戦闘を任せられる。何せ、生き戦神の渾名を持つ男だ。アメリカ機動部隊は奴の恐ろしさを、存分に味わうだろう。」
4月15日 午後1時30分 ユークニア島西沖190マイル地点
「未だに、敵艦隊の居所は掴めません。」
第7艦隊旗艦である重巡洋艦オレゴンシティの作戦室に、航空参謀の単調な声が響く。
「第3次策敵隊は、もう間もなく帰還の途につきます。」
「そうか。しかし、敵さんはどこに消えてしまったのかなぁ。」
ため息まじりに呟くのは、第7艦隊司令長官のオーブリー・フィッチ大将である。
「ハイライダーのみでは流石に少ないから、ヘルダイバーやアベンジャーも交えて策敵に当たらせているんだが・・・・
まったく、どうした物かなぁ。」
フィッチ大将は、肩を竦めながら言う。
「敵機動部隊は港に引き返したかもしれません。」
参謀長のバイター少将が、疲労の滲んだ顔をやや俯かせながら、フィッチに言う。
彼は、机に置いてあった指示棒を取って、地図の一点をとんとんと叩く。
「ユークニア島南東海域に出没していた敵の偽竜母部隊も、昨日の夕方頃にハイライダーが反転、帰投する様子を発見し、報告を送ってきています。」
「しかし参謀長、偽竜母が反転したからといって、敵機動部隊もまた引き返した、とは限りませんぞ。」
作戦参謀がバイター少将に向かって反論する。
「偽竜母が引き返したのは、本隊という存在が知られた以上、敵を引き付ける材料になり得ないと判断したからという可能性が最も高いでしょう。
確かに、参謀長の言われる可能性も否定は出来ませんが、敵機動部隊は未だに多数の航空戦力を有し、艦艇群は傷ひとつすら付いていません。
その敵が、更なる戦果拡大を狙うべく、本土~ユークニア間の輸送船団撃滅か、あるいはTF72との決戦を仕掛けてくる可能性は充分にあります。」
「敵機動部隊が、戦果拡大を企図している場合は、先ず輸送船団を狙うだろうな。」
フィッチが言う。
「敵機動部隊の狙いは、我々との正面対決ではない。本土~ユークニア間の補給路寸断だ。マオンド側は輸送船団を襲って、ユークニアの我々を
干上がらせようとしている。諸君らも、昨日、TF81が追い返されたせいで生じた影響の数々を知っているだろう?」
TF81は、順調に行けば今日中にでもユークニア島へ到着する筈であった。
所が、敵機動部隊による攻撃と言う予想外の事態が発生し、少なからぬ喪失艦、損傷艦を出したTF81は急遽反転した。
客観的に見れば、護送船団が敵の猛攻に耐え切れず、さっさと引き返しただけに見えるであろう。
しかし、TF81は、引き返してはならない船団であった。
TF81の護衛していた輸送船は、飛行場の建設には欠かせぬ建設資材を大量に積み込んでおり、これが現地の部隊に行き渡れば、
飛行場の建設ペースは格段に上がり、重爆隊が5月始め頃には進出できるほどにまで、飛行場は拡張されるはずであった。
だが、輸送船はTF81もろとも引き返してしまったため、攻略船団と共に付いてきた設営隊の資材では、5月の中旬、遅くても
下旬にならないと、重爆隊が離着陸できる滑走路は建設出来ない。
実を言うと、元々、攻略船団に追随する設営隊は、大量の建設用資材を持ち込むはずであった。
所が、軍上層部が予定よりも早く攻略部隊を発進させたため、建設資材を備蓄する時間が無かった。
作戦開始当初は、遅れた備蓄分は後で回収しても、予定には充分間に合うと思われており、設営隊はある程度の建設用資材を積み込んでから、
攻略船団と共にユークニアへ上陸した。
ユークニア攻略も早期に終わり、飛行場建設もたけなわになり始めた頃に、TF81は撃退されてしまったのである。
第7艦隊の主力でもあるTF72も似たような物だ。
TF72は、これまでに艦載機を34機失っている。前日まで32機であったのだが、着艦事故で更に2機を失ったのだ。
これで、使用可能機数は502機に減った。
本来なら、敵との決戦を前に不足分を補充したい所であるが、補充分は13日の海戦で全滅してしまった。
第7艦隊は、TF72のほかに、TF73にも12隻の護衛空母が居るが、この護衛空母は、全てがFM-2とアベンジャーしか積んでおらず、
機動部隊の艦載機補充用の空母は1隻も居ない。
出港を早めた結果、第7艦隊は敵の虚を衝く事には成功したが、それによって起きそうで起こらなかったトラブルが、敵機動部隊のTF81襲撃
という予想外の出来事によって一気に発生したのである。
「誠に残念だが、マオンド侵攻のタイムスケジュールは、予定より遅れるかもしれないな。」
「予定日では、6月下旬に侵攻を開始する筈でしたが・・・・下手をすれば、太平洋戦線で始まる北大陸反攻作戦と、ほぼ同じ時期に作戦を開始する
可能性もありますな。そうなっては、各地で頑張っている反乱勢力が、我々の進行を待たずに息切れを起こすかもしれません。」
情報参謀のウォルトン・ハンター中佐が、浮かない顔つきで喋る。
「それに加え、OSS本部から送られた情報によりますと、ヘルベスタン領でマオンド側の宣伝作戦に嵌った一部の反乱勢力が、アメリカ軍は
我々を見殺しにしようとしているとまで言い始めているようです。これは、まだほんの一部に過ぎませんが、時間が経てば、最悪の事態に
発展しかねません。」
作戦室に詰めていた幕僚達は、一層険しい表情を浮かべた。
「タイムスケジュールの遅れは、この際仕方なかろう。」
フィッチは、吹っ切れたような口調で言った。
「だが、これ以上遅らせるわけにはいかん。今は、一刻も早く、跳梁する敵機動部隊を見つけ、撃滅する事だ。とは言え・・・・・・」
彼は、急に口調を落としながら、地図に視線を向ける。
機動部隊は、低気圧の範囲内を除いて、北側、西側、南側、南東側の全海域に策敵機を飛ばしている。
14日並びに、15日の午前中までに、7波延べ80機以上を策敵に出しているのだが、肝心のマオンド機動部隊は、まるで神隠しにあったかのように
姿を現さない。
いや、この世界は魔法も使い放題のファンタジーな世界だ。
もしや、噂に聞いている幻影魔法を使って、艦隊の姿そのものを隠しているのではないか?
まさか、とは思いつつも、フィッチはその考えを完全に振り払えなかった。
この世界だからこそ、フィッチの考えた事は起こり得るかもしれない。
「そうなったら、我々だけではお手上げだぞ。」
フィッチがそういった時、唐突に通信士官が飛び込んで来た。
通産参謀が、通信士官が持って来た紙を受け取り、一読する。
「司令、TF84司令部より入電です。哨戒ポイントに急行中の潜水艦ボーフィンが、敵艦の乗員と思しき水兵を発見、捕虜にしたとの事です。」
「何!?」
フィッチは、驚きの余り腰を浮かした。
「どこで見つけた?」
「は・・・・位置は、ユークニア島南西480マイル地点。つい3時間前まではこの海域に低気圧が張り付いていましたが、今は南東の
方角に抜けています。」
通信参謀の報告を聞いたフィッチは、無意識のうちに凄みのある微笑を浮かべていた。
4月16日 午前8時30分 ユークニア島南沖130マイル地点
この日、フォレスト・クレイス少尉の乗るS1Aハイライダーは、母艦である空母イラストリアスから発艦しようとしていた。
ブレーキが外されたハイライダーは、エンジン出力を上げて機体を増速させ、イラストリアスの飛行甲板を滑走していく。
脚が飛行甲板の端を蹴る前に、機体がフワリと浮き上がり、やがて大空へと舞い上がっていった。
後部座席に座っているルゼイル・レイオルン1等兵曹は、イラストリアスの左舷700メートルを航行する僚艦ベニントンからも、
策敵機が発艦するのが見て取れた。
そのすらりと伸びた形からして、彼らの乗る機と同じ偵察機、ハイライダーである。
「ベニントンからも策敵機が発艦しました。」
「おう、こっちでも見えた。」
クレイス少尉は、陽気な口調で答えた。
しかし、その軽やかな口調とは裏腹に、彼は、体が妙に重たいと感じていた。
(昨日も、1600キロ以上の長距離を2回飛んで帰ってきたからなぁ。充分に寝たはずでも、やはり体は休養を欲しているな。)
クレイス少尉は、心中で呟きながら、やや突っ張った腕や足を揉んだ。
イラストリアスは、昨日だけでハイライダー4機、アベンジャー、ヘルダイバーを各6機ずつ発艦させている。
航続距離の長いハイライダーは、朝一番に飛ばされて、昼頃に帰還した後、午後2時頃にまた飛んで、夕方・・・あるいは夜間に帰還している。
米空母には、1942年末から着艦誘導灯が標準装備されており、これによって夜間の着艦も比較的容易になった。
しかし、容易になったと言っても、夜間着艦が難しい事は変わらず、昨日はTG72.2のゲティスバーグが、着艦の際にハイライダー1機が
着艦に失敗し、右舷側から海上に落下した。
幸い、2名の搭乗員は無事に救助されたものの、貴重なハイライダーが1機減ってしまった。
この他に、イラストリアスでも着艦事故が起こっており、この時、アベンジャー1機が失われたが、不幸中の幸いで、搭乗員3人は無事であった。
夜間の着艦という事もあって、TF72は更に2機を失った訳だが、事故の原因は夜間着艦だけではない。
もう1つの原因。それは、疲労である。
TF72は、14日から全力を挙げて、敵機動部隊の捜索を行っている。
しかし、肝心の敵機動部隊は、どこを探しても見つからず、14日と15日の丸2日間は、策敵だけに明け暮れた。
その間、策敵に当たった搭乗員達は、2度、3度と出撃を繰り返すうちに疲労を溜めつつあった。
そして、3日目の今日。
昨日と変わらぬ緊張に体を強張らせた策敵機搭乗員達は、体にのしかかる疲労感に精神を苛まれつつも、いつもと同じ日課をこなそうとしていた。
発艦から30分後。クレイス少尉の駆るハイライダーは、時速230ノットの速力で南南東、方位175度の方角へ向かっていた。
コキコキと、音を鳴らせながら首を捻っていたクレイスは、ふとした事で第1策敵隊の動向が気になった。
「ルゼイル。先発隊からはまだ何も言って来ないか?」
ちょうど、無線機のつまみを回しながら、レシーバーの向こう側へ意識を飛ばしていたレイオルン1等兵曹は、はっと我に返ってから返事した。
「いや、まだ何もありませんね。静か過ぎてつまらんと思うほどですよ。」
「ふっ、つまらんか。」
レイオルンの言葉に、クレイスは思わず苦笑した。
「まっ、策敵行は全体がそんなもんだがね。敵が見つければ、カッと頭が冴えるが、それが無ければただの遊覧飛行だからな。」
「何か適当に雑談でもしますか?」
「まぁ、そうだな。とりあえず、チャートには定期的に書いて置けよ。」
「わかってますよ。」
レイオルンは、釘を刺されながらも、右手でちゃっかりとチャートに記している。
「何を話そうかなぁ・・・・・そうだ。機長、最近航空雑誌を見てますか?」
「最近・・・・というか、ここ3ヶ月全く見てないな。何だ、いいネタでもあったのか?」
「ええ、とびっきりのネタですよ。機長は、ヴァンパイアを信じますか?」
「ヴァンパイア?おいおい、それが本当に・・・・・って、いたな。本物が。ああ、信じるぜ。」
クレイスはすぐに否定しようとしたが、ある事を思い出したため、すんなりとそう答えた。
彼は、この世界に本物のヴァンパイアが居る事を知っている。
いや、彼のみではない。アメリカ中が知っている。
レスタン王国。この国の名は、ヴァンパイアが作った国として知られていると共に、シホールアンル帝国が起こした
この戦争で、悲劇の代名詞としても深く知られている。
そのレスタン王国と航空雑誌が何の関係があるのか?
「そのヴァンパイア達・・・・もとい、レスタン人達の航空隊がついに出来たようですよ。」
「その航空隊は義勇軍みたいなものか?」
「いや、中身はレスタン人ですけど、部隊そのものは陸軍航空隊の一部という扱いのようです。」
「どんな名前の航空隊だ?」
「雑誌の中では確か、第212夜間戦闘航空団とありましたね。」
「航空団か。てことは、そのレスタン人航空隊は、更にいくつかの航空群に分かれているのかな?」
「どうやら、そのようですね。陸軍の航空団は、2つか、3つの航空群に分かれています。第212夜間戦闘航空団の陣容は、
航空雑誌ではあまり詳しく載っていませんでしたが、2個の夜間戦闘機隊と1個の爆撃隊で編成されているようです。」
「戦闘機は何使ってんのかな?」
「写真に載っていましたが、奴さん達はP-61に載るようですよ。」
「P-61・・・おいおい、P-61と言ったら、あれか!?」
クレイス少尉は驚いたような口調で聞き返した。
「ええ、あのP-61ですよ。ノースロップの社が開発した未亡人です。」
「こいつはまた、クセのありそうな飛行機を選んだもんだな。」
「しかし、見かけとは違って、運動性能はそこそこ良いみたいですよ。何でも、ヘルキャットと五分に渡り合ったとか。」
「爆撃機は何使っているんだ?」
「最近運用され始めた、ダグラス社の新鋭双発機です。」
「ああ、インベイダーか。」
普段、自分は無類の飛行機マニアだと自称するクレイスは、ありとあらゆる飛行機を調べては、それを頭に叩き込んでいる。
ダグラス社の新鋭双発機、A-26インベイダーは、44年1月中旬から部隊運用が始まった双発軽爆撃機である。
基本性能は、従来機であるB-25、26、A-20を大きく上回り、陸軍航空隊期待の新鋭機として注目されている。
ユークニア島へ配備される航空部隊の中にもA-26を装備する部隊があり、彼ら自身、ノーフォークのバーでそのパイロット達と会話を交わしている。
パイロット達の話によると、A-26は、最初は機体のクセに慣れるのに精一杯だが、慣れればまるで戦闘機に乗っているようだ、と言っている。
初の本格的な夜間戦闘機に、陸軍機体の双発爆撃機。
最新鋭の機材を揃って与えられたレスタン人航空隊は、意外と腕の良い人材が揃っているのかもしれない。
クレイスはそう思った。
「復仇を狙う夜の眷属達に、我らが合衆国はなかなか良い贈り物をしてくれるじゃねえか。」
「流石は金持ちの国、といった所でしょうか。」
「ちげえねえ。」
クレイスはぐすっと声を上げて笑った。
雑談を交わしながら飛行を続けること、30分。
クレイス機は艦隊から230マイル離れた海域に到達していた。
「ハッハッハ!あの野郎、そんな事言ってやがったのか!」
クレイスは、視線を周りの海域に巡らせながら大笑いする。
「ええ。まったく、本当にあいつらしいなと思いましたね。」
レイオルンは、ニヤニヤとしながらチャートに航路を記していく。
「レンスタルトの野郎も、たまには骨のある事を言うじゃねえか。レーフェイルに着いたら、まずは女を買う!か。」
「童貞根性丸出しで恥ずいですよ。でも、そんな事を言えるようになるとは、奴ももうすぐ一人前って事ですかね。」
「ま、そうだな。」
2人の雑談はかなり盛り上がっていた。
「しっかし。先発隊の奴らが引き返し始めましたが、敵さん発見の報告は一向に入らないですね。」
「ううむ・・・・どうしたもんかねぇ。」
先発隊は、TG72.1からハイライダー2機、アベンジャー4機、ヘルダイバー3機。
TG72.2からハイライダー4機、アベンジャー2機、ヘルダイバー3機で編成されている。
アベンジャー、ヘルダイバーは最大520マイル、ハイライダーは最大600マイルまで策敵を行っていた。
先発隊は、午前6時前には全機発艦を終えており、アベンジャー、ヘルダイバーはとっくに引き返しても良い時間である。
航続距離に余裕のあるハイライダーは、まだ策敵途上にあるが、ハイライダーは巡航速度が速いためもあって、策敵行の消化も早い。
最低でも30分以内には前半の行程を終えるであろう。
「レインチャッピー3、レインチャッピー3聞こえるか?こちらはブリテンマミーだ。」
突然、クレイス機の無線に声が飛び込んできた。
「こちらレインチャッピー3だ。大丈夫、聞こえるぞ。」
「緊急事態だ、ベニントンのヘルダイバーのうち、1機の消息が途絶えた。」
「何だって?」
突然の報告に、クレイスは怪訝な口調で聞き返した。
「それは本当か?」
「ああ。30分前にベニントンが定時連絡を受け取ってから、消息が途絶えた。最後の連絡が入った時、そのヘルダイバーは、
君達が飛んでいる今の位置から南南東170度、距離100マイルの位置まで来ていた。」
「30分前の定時連絡時は、この位置から170度方向に100マイル向こう側を飛んでいた・・・か。」
「実を言うと、その位置に最も近い場所を飛んでいるのは、君達なんだ。悪いが、コースを変更してもらえないか?」
イラストリアス管制官の要請を聞いたクレイスは、一瞬ドキッとなった。
「つまり、様子を見て来い、と言う事だな。」
「そうだな。」
「ああ、分かった。俺達が見て来る。」
「頼んだぞ。」
管制官はそう言ってから、クレイス達との会話を終えた。
「ルゼイル!今の話聞いたか?」
クレイスは、後ろのレイオルンを呼び出した。
「ええ、バッチリです。コース変更ですね?」
「ああ、ちょいとばかり寄り道だ。」
「分かりました!」
クレイスは、レイオルンの返事を聞きながら、機首をやや左よりの方角に向けた。
そして30分後。
クレイス少尉のハイライダーは、目標地点まであともう少しという所まで来ていた。
「目標地点まであと10マイルです。あ、機長。前方にまた雲です。」
「くそ、またか。これで3度目だぞ。」
クレイスは苛立ったような口調で呟いた。
彼の目の前には、隆々と聳え立つ積乱雲がある。これと似たような雲を、この20分間の間に2度も見つけ、その度に迂回している。
そのため、目標の到達予定時刻が大幅にずれ込んでしまった。
「迂回するぞ。」
クレイスはそう告げながらも、内心ではめんどくさいと思った。
(畜生、これでまた予定が遅れるぞ)
彼は、心中で毒づきながら、積乱雲の右側から迂回しようとした。
「しかし、今日は雲量が多いな。」
「はい。昨日はさほど、雲も多くなかったのに。」
「雲量5・・・・いや、6ぐらいかな。策敵にはいささか、向いていない天気だな。」
クレイスは、雲と空を交互に見やりながら返事した。
高度3000メートルで飛行するクレイス機の下方には、雲が広がっている。
雲は所々途切れ、そこから青い海が見えるのだが、その海が見える部分がいささか少ない。
昨日は、雲は少しばかりで、広大な海が見渡せたのだが、それと比べると、今日は雲の割合が多い。
一般人から見れば、この状況でも綺麗であると思うだろうが、洋上の敵艦を探し当てようとしている策敵機の搭乗員からすれば、
実にやりにくい環境である。
クレイスは、仇を見るような目つきで積乱雲を睨みつけながら、愛機をゆっくりと旋回させていく。
「大自然の前には、矮小な人間は遠く及ばぬってか。」
彼は、憎らしげな口ぶりでそう呟いた。
その時、
「あっ!?」
レイオルンがいきなり叫び出した。
「どうした?」
「機長!右30度の切れ目を見て下さい!」
「なんだ・・・・一体」
クレイスは、レイオルンの言葉に従って、機体の右側方にある、一際大きな雲の切れ目を見つけた。
切れ目からは、青い海が見える。いや、海だけではない。
その海の上に、すらりと伸びる幾筋もの白い線・・・・・
「ウェーキだ!!」
クレイスはぎょっとなって叫んだ。
「高度を2500まで下げる!敵のワイバーンがいるかもしれんから周りに注意しろ!」
クレイスは咄嗟に命じると、愛機の高度を下げ始めた。
高度を2500まで下がると、それまで機体の下方に溜まっていた雲は、上方に占位している。
クレイスは、自らの視線に飛び込んできたその光景に、頭が熱くなった。
「おお・・・・ついに見つけたぞ!」
彼は、喜びの混じった声音でレイオルンに言った。
「マイリー共の機動部隊です!こりゃ、堂々たる大艦隊ですな!」
「輪形陣の中心に空母らしきものがいる。ざっと見て、3隻はいるな。」
クレイスとレイオルンは、洋上を航行するマオンド艦隊の全容を掴み始めていた。
「竜母が3隻のみ・・・・ちょっと少ないですね。」
「敵さんの竜母は、このたった3隻のみという事はないな。よく見ろ、3隻の竜母のうち、2隻は小型だ。恐らく、
本隊がこの近くにいるかもしれん。ルゼイル!ひとまず写真を取っておけ!撮影をした後は、艦隊に打電だ!」
「アイアイサー!」
レイオルンは、クレイスに対して覇気のある声音で返事すると、偵察員席の中からカメラを引っ張り出し、敵機動部隊を撮影した。
「おい、お客さんだ!右前方に敵ワイバーン3!距離は2000メートルだ!」
「後ろ上方からもやって来ましたぜ。2騎はいます!距離は1800前後、このままでは助からないですぜ!」
レイオルンは、クレイスに言った。その声音は、心なしか震えている。
「ああ。確かに助からんな。」
クレイスは、頷きながら言う。深刻そうな響きの混じった声音が、ハイライダーの機内ぬ響く。
だが、彼の表情は、先の言葉とは全く正反対の愉快そうな笑みを浮かべていた。
「だが、それは普通の策敵機に限っての話だ。ハイライダーならなんとかなる!」
クレイスはそう断言するや、愛機を左側・・・・方角からして北東に向けた。
後方と前方の敵に左右の側面を晒す格好だ。
「敵ワイバーン接近!距離1000を切りました!」
「わかっとる!レイオルン、しっかり捕まって居ろよ!」
クレイスは、レイオルンにそう言うと、スロットルを全開にし、エンジン出力を一気に上げた。
それまで、やや鈍い音を発していたエンジンが、水を得た魚の如く、一気に猛り上がった。
それから3秒後、距離700まで迫った左右のワイバーンが光弾を放った。
この時、竜騎士は鈍足な筈の偵察機が、いきなり急加速した事に仰天していた。
慌てた竜騎士達は、異様に胴体が細長いアメリカ軍機目掛けて光弾を放った。
普通ならば、未来位置を狙ったその攻撃は、着実にアメリカ軍機の胴体を抉るはずであった。
だが・・・・
「敵ワイバーンが攻撃!ですが、弾は後ろに外れました!」
レイオルンは、急加速の際のGに耐えながらも、その一部始終をクレイスに伝えた。
ワイバーンの放った光弾は、速度を見誤ったせいで全て後落していた。
彼らの愛機は、ぐんぐんスピードを上げていく。
500キロ、520キロ、540キロ、560キロ、600キロ。
メーターが630キロを指しても、加速は止まらない。
機首のプラットアンドホイットニーR2800-10空冷18気筒2000馬力エンジンは快調に回り、みるみるうちに
敵ワイバーン群を引き離していく。
ハイライダーが最大速度である650キロに達した時、マオンド側のワイバーンは、遥か後方に引き離されていた。
4月16日 午前9時50分
「発 イラストリアス3番策敵機 宛 イラストリアス
機動部隊より南南東の方角、方位170度、距離330マイル付近にて敵機動部隊を発見せり。敵戦力は大型竜母1、小型竜母2、
戦艦1ないし2、巡洋艦、駆逐艦10隻以上。この他に、ワイバーン数機の迎撃を受けるも被害なし。また、未確認ながらも同海域の
付近に同規模の敵機動部隊が存在する可能性、極めて大なり。」
1484年(1944年)4月14日 午前7時 マオンド共和国首都クリンジェ
クリンジェにある海軍総司令部は、久方ぶりに活気に包まれていた。
「今の所、ユークニアへ向かうアメリカ船団は確認出来ておりません。昨日の夜半までには、ベグゲギュスが探知した新たな輸送船団が
2つありましたが、それらの船団は、第3哨戒圏を通過する前に引き返した模様です。」
海軍総司令官のトレスバグト元帥は、司令部内にある作戦室で、参謀長の説明を聞いていた。
「これで、アメリカ側のユークニア島に対する補給路をほぼ寸断出来ました。長期間の封鎖は、戦力的に見て不可能ですが、ひとまず、
ユークニア島にスーパーフォートレスという巨人機の早期配備を阻止できた筈です。」
トレスバグト元帥は、満足したような笑みを浮かべた。
「素晴らしい。実に素晴らしい。これでアメリカ人共も、我が海軍の力を思い知った事だろう。ところで、肝心のユークニア島はどうなっている?」
「ユークニア島周辺には、相変わらず多数のアメリカ軍艦船が常駐しております。第61特戦隊のベグゲギュスからの報告では、空母7、8隻、
戦艦3隻を含む艦隊がユークニア島周辺を警戒しているようです。」
「ユークニア島周辺にいる空母は、我が軍の小型竜母と似たような艦のようだが、数がやたらに多いな。」
「総司令官、空母はユークニア島周辺の艦隊だけではありません。この他にも、対艦戦闘専門の高速機動部隊がスィンク諸島周辺の海域を遊弋しています。
これらを含めると、アメリカ軍は空母だけで17、8隻。戦艦5、6隻程が残存しています。」
参謀長の言葉に、トレスバグト元帥は深いため息を吐いた。
「昨日は、敵の空母1隻を撃沈し、2隻を大破させ、輸送船多数にも損害を与えて船団を追い返したが、現状では、ユークニアのアメリカ軍はまだまだ
戦力を残している。あれほど喜んだ昨日の勝利が、今では霞んで見えてしまうな。」
昨日の海戦・・・・マオンド名ユークニア島西沖海戦は、マオンド海軍にとって久方ぶりの大勝利であった。
マオンド海軍第1機動艦隊は、アメリカ側の高速機動部隊の視線が前もって準備していた偽竜母に注がれている間、その後方奥深くに進入して、
ユークニア~アメリカ本土間を航行する輸送船団を撃滅、又は撃退させようと考え、作戦の実行に移った。
4月13日。第1機動艦隊の思惑は見事に当たった。
第1機動艦隊から発艦したワイバーンは、途中、護送艦隊に配備されている小型空母の艦載機によって2騎が撃墜されたが、別のワイバーンが敵艦隊発見を知らせた。
この報告に狂喜した第1機動艦隊は、第1次、第2次、計286騎の攻撃隊を繰り出し、空母1隻、護衛艦4隻、輸送船5隻撃沈確実、空母2隻、護衛艦、
輸送船10隻以上撃破という大戦果を挙げた。
少なからぬ損害を被った敵船団が、ほうほうの体で引き返したのは、既に第3哨戒圏に配備されているベグゲギュスから知らされている。
このベグゲギュスも、落ち延びた米船団を無傷で帰す積もりは無く、果敢に攻撃を仕掛けた。
第3哨戒圏のベグゲギュスは、攻撃に当たった5頭のうち、3頭までもが返り討ちにあったが、ベグゲギュス側も敵輸送船1隻を撃沈し、輸送船1隻と
戦艦1隻に損傷を与えた。
まさに、泣きっ面に蜂の様相を呈したアメリカ船団であったが、この勝利はまだ、決定的な物ではない。
ユークニア島には、未だに多数の敵軍が常駐している。
エセックス級空母を含む正規空母を中核戦力に据える敵高速機動部隊は、艦載機の喪失以外はまだ無傷であり、依然、第1機動艦隊の航空兵力を
凌駕するだけの戦力を有している。
それに加え、マオンド側が撃沈した物と、ほぼ同じ空母を多数保有する敵艦隊の存在も確認されている。
補給路は寸断したとはいえ、ユークニア島には敵艦隊と、その輸送船団が常駐しており、アメリカ本国から持って来た物資は、日数から逆算しても
未だに相当数が残っているはずだ。
その物資が無くならぬ内に、アメリカ軍、特に海軍は、目の上のコブである第1機動艦隊を排除しようとするであろう。
「恐らく、敵機動部隊は遠からず、第1機動艦隊を捕捉するでしょう。もし、敵機動部隊との決戦になれば、勝算は五分五分・・・・いや、
四分六分でこちらが不利になるかもしれません。機動部隊同士の戦闘となれば、アメリカ海軍は無類の強さを発揮しますからな。」
参謀長は、心配そうな口調で言った。
「ここは、第1機動艦隊に任せるしかあるまい。機動部隊戦闘こそ未だに不慣れだが、ワイバーンの竜騎士達は精鋭を取り揃えてある。
予備の部隊も同じだ。この海戦で航空戦力を消耗しても、敵機動部隊を壊滅に追い込めば我々の勝ちだ。」
トレスバグト元帥は余裕のある表情を見せた。
「トルーフラなら、安心して戦闘を任せられる。何せ、生き戦神の渾名を持つ男だ。アメリカ機動部隊は奴の恐ろしさを、存分に味わうだろう。」
4月15日 午後1時30分 ユークニア島西沖190マイル地点
「未だに、敵艦隊の居所は掴めません。」
第7艦隊旗艦である重巡洋艦オレゴンシティの作戦室に、航空参謀の単調な声が響く。
「第3次策敵隊は、もう間もなく帰還の途につきます。」
「そうか。しかし、敵さんはどこに消えてしまったのかなぁ。」
ため息まじりに呟くのは、第7艦隊司令長官のオーブリー・フィッチ大将である。
「ハイライダーのみでは流石に少ないから、ヘルダイバーやアベンジャーも交えて策敵に当たらせているんだが・・・・
まったく、どうした物かなぁ。」
フィッチ大将は、肩を竦めながら言う。
「敵機動部隊は港に引き返したかもしれません。」
参謀長のバイター少将が、疲労の滲んだ顔をやや俯かせながら、フィッチに言う。
彼は、机に置いてあった指示棒を取って、地図の一点をとんとんと叩く。
「ユークニア島南東海域に出没していた敵の偽竜母部隊も、昨日の夕方頃にハイライダーが反転、帰投する様子を発見し、報告を送ってきています。」
「しかし参謀長、偽竜母が反転したからといって、敵機動部隊もまた引き返した、とは限りませんぞ。」
作戦参謀がバイター少将に向かって反論する。
「偽竜母が引き返したのは、本隊という存在が知られた以上、敵を引き付ける材料になり得ないと判断したからという可能性が最も高いでしょう。
確かに、参謀長の言われる可能性も否定は出来ませんが、敵機動部隊は未だに多数の航空戦力を有し、艦艇群は傷ひとつすら付いていません。
その敵が、更なる戦果拡大を狙うべく、本土~ユークニア間の輸送船団撃滅か、あるいはTF72との決戦を仕掛けてくる可能性は充分にあります。」
「敵機動部隊が、戦果拡大を企図している場合は、先ず輸送船団を狙うだろうな。」
フィッチが言う。
「敵機動部隊の狙いは、我々との正面対決ではない。本土~ユークニア間の補給路寸断だ。マオンド側は輸送船団を襲って、ユークニアの我々を
干上がらせようとしている。諸君らも、昨日、TF81が追い返されたせいで生じた影響の数々を知っているだろう?」
TF81は、順調に行けば今日中にでもユークニア島へ到着する筈であった。
所が、敵機動部隊による攻撃と言う予想外の事態が発生し、少なからぬ喪失艦、損傷艦を出したTF81は急遽反転した。
客観的に見れば、護送船団が敵の猛攻に耐え切れず、さっさと引き返しただけに見えるであろう。
しかし、TF81は、引き返してはならない船団であった。
TF81の護衛していた輸送船は、飛行場の建設には欠かせぬ建設資材を大量に積み込んでおり、これが現地の部隊に行き渡れば、
飛行場の建設ペースは格段に上がり、重爆隊が5月始め頃には進出できるほどにまで、飛行場は拡張されるはずであった。
だが、輸送船はTF81もろとも引き返してしまったため、攻略船団と共に付いてきた設営隊の資材では、5月の中旬、遅くても
下旬にならないと、重爆隊が離着陸できる滑走路は建設出来ない。
実を言うと、元々、攻略船団に追随する設営隊は、大量の建設用資材を持ち込むはずであった。
所が、軍上層部が予定よりも早く攻略部隊を発進させたため、建設資材を備蓄する時間が無かった。
作戦開始当初は、遅れた備蓄分は後で回収しても、予定には充分間に合うと思われており、設営隊はある程度の建設用資材を積み込んでから、
攻略船団と共にユークニアへ上陸した。
ユークニア攻略も早期に終わり、飛行場建設もたけなわになり始めた頃に、TF81は撃退されてしまったのである。
第7艦隊の主力でもあるTF72も似たような物だ。
TF72は、これまでに艦載機を34機失っている。前日まで32機であったのだが、着艦事故で更に2機を失ったのだ。
これで、使用可能機数は502機に減った。
本来なら、敵との決戦を前に不足分を補充したい所であるが、補充分は13日の海戦で全滅してしまった。
第7艦隊は、TF72のほかに、TF73にも12隻の護衛空母が居るが、この護衛空母は、全てがFM-2とアベンジャーしか積んでおらず、
機動部隊の艦載機補充用の空母は1隻も居ない。
出港を早めた結果、第7艦隊は敵の虚を衝く事には成功したが、それによって起きそうで起こらなかったトラブルが、敵機動部隊のTF81襲撃
という予想外の出来事によって一気に発生したのである。
「誠に残念だが、マオンド侵攻のタイムスケジュールは、予定より遅れるかもしれないな。」
「予定日では、6月下旬に侵攻を開始する筈でしたが・・・・下手をすれば、太平洋戦線で始まる北大陸反攻作戦と、ほぼ同じ時期に作戦を開始する
可能性もありますな。そうなっては、各地で頑張っている反乱勢力が、我々の進行を待たずに息切れを起こすかもしれません。」
情報参謀のウォルトン・ハンター中佐が、浮かない顔つきで喋る。
「それに加え、OSS本部から送られた情報によりますと、ヘルベスタン領でマオンド側の宣伝作戦に嵌った一部の反乱勢力が、アメリカ軍は
我々を見殺しにしようとしているとまで言い始めているようです。これは、まだほんの一部に過ぎませんが、時間が経てば、最悪の事態に
発展しかねません。」
作戦室に詰めていた幕僚達は、一層険しい表情を浮かべた。
「タイムスケジュールの遅れは、この際仕方なかろう。」
フィッチは、吹っ切れたような口調で言った。
「だが、これ以上遅らせるわけにはいかん。今は、一刻も早く、跳梁する敵機動部隊を見つけ、撃滅する事だ。とは言え・・・・・・」
彼は、急に口調を落としながら、地図に視線を向ける。
機動部隊は、低気圧の範囲内を除いて、北側、西側、南側、南東側の全海域に策敵機を飛ばしている。
14日並びに、15日の午前中までに、7波延べ80機以上を策敵に出しているのだが、肝心のマオンド機動部隊は、まるで神隠しにあったかのように
姿を現さない。
いや、この世界は魔法も使い放題のファンタジーな世界だ。
もしや、噂に聞いている幻影魔法を使って、艦隊の姿そのものを隠しているのではないか?
まさか、とは思いつつも、フィッチはその考えを完全に振り払えなかった。
この世界だからこそ、フィッチの考えた事は起こり得るかもしれない。
「そうなったら、我々だけではお手上げだぞ。」
フィッチがそういった時、唐突に通信士官が飛び込んで来た。
通産参謀が、通信士官が持って来た紙を受け取り、一読する。
「司令、TF84司令部より入電です。哨戒ポイントに急行中の潜水艦ボーフィンが、敵艦の乗員と思しき水兵を発見、捕虜にしたとの事です。」
「何!?」
フィッチは、驚きの余り腰を浮かした。
「どこで見つけた?」
「は・・・・位置は、ユークニア島南西480マイル地点。つい3時間前まではこの海域に低気圧が張り付いていましたが、今は南東の
方角に抜けています。」
通信参謀の報告を聞いたフィッチは、無意識のうちに凄みのある微笑を浮かべていた。
4月16日 午前8時30分 ユークニア島南沖130マイル地点
この日、フォレスト・クレイス少尉の乗るS1Aハイライダーは、母艦である空母イラストリアスから発艦しようとしていた。
ブレーキが外されたハイライダーは、エンジン出力を上げて機体を増速させ、イラストリアスの飛行甲板を滑走していく。
脚が飛行甲板の端を蹴る前に、機体がフワリと浮き上がり、やがて大空へと舞い上がっていった。
後部座席に座っているルゼイル・レイオルン1等兵曹は、イラストリアスの左舷700メートルを航行する僚艦ベニントンからも、
策敵機が発艦するのが見て取れた。
そのすらりと伸びた形からして、彼らの乗る機と同じ偵察機、ハイライダーである。
「ベニントンからも策敵機が発艦しました。」
「おう、こっちでも見えた。」
クレイス少尉は、陽気な口調で答えた。
しかし、その軽やかな口調とは裏腹に、彼は、体が妙に重たいと感じていた。
(昨日も、1600キロ以上の長距離を2回飛んで帰ってきたからなぁ。充分に寝たはずでも、やはり体は休養を欲しているな。)
クレイス少尉は、心中で呟きながら、やや突っ張った腕や足を揉んだ。
イラストリアスは、昨日だけでハイライダー4機、アベンジャー、ヘルダイバーを各6機ずつ発艦させている。
航続距離の長いハイライダーは、朝一番に飛ばされて、昼頃に帰還した後、午後2時頃にまた飛んで、夕方・・・あるいは夜間に帰還している。
米空母には、1942年末から着艦誘導灯が標準装備されており、これによって夜間の着艦も比較的容易になった。
しかし、容易になったと言っても、夜間着艦が難しい事は変わらず、昨日はTG72.2のゲティスバーグが、着艦の際にハイライダー1機が
着艦に失敗し、右舷側から海上に落下した。
幸い、2名の搭乗員は無事に救助されたものの、貴重なハイライダーが1機減ってしまった。
この他に、イラストリアスでも着艦事故が起こっており、この時、アベンジャー1機が失われたが、不幸中の幸いで、搭乗員3人は無事であった。
夜間の着艦という事もあって、TF72は更に2機を失った訳だが、事故の原因は夜間着艦だけではない。
もう1つの原因。それは、疲労である。
TF72は、14日から全力を挙げて、敵機動部隊の捜索を行っている。
しかし、肝心の敵機動部隊は、どこを探しても見つからず、14日と15日の丸2日間は、策敵だけに明け暮れた。
その間、策敵に当たった搭乗員達は、2度、3度と出撃を繰り返すうちに疲労を溜めつつあった。
そして、3日目の今日。
昨日と変わらぬ緊張に体を強張らせた策敵機搭乗員達は、体にのしかかる疲労感に精神を苛まれつつも、いつもと同じ日課をこなそうとしていた。
発艦から30分後。クレイス少尉の駆るハイライダーは、時速230ノットの速力で南南東、方位175度の方角へ向かっていた。
コキコキと、音を鳴らせながら首を捻っていたクレイスは、ふとした事で第1策敵隊の動向が気になった。
「ルゼイル。先発隊からはまだ何も言って来ないか?」
ちょうど、無線機のつまみを回しながら、レシーバーの向こう側へ意識を飛ばしていたレイオルン1等兵曹は、はっと我に返ってから返事した。
「いや、まだ何もありませんね。静か過ぎてつまらんと思うほどですよ。」
「ふっ、つまらんか。」
レイオルンの言葉に、クレイスは思わず苦笑した。
「まっ、策敵行は全体がそんなもんだがね。敵が見つければ、カッと頭が冴えるが、それが無ければただの遊覧飛行だからな。」
「何か適当に雑談でもしますか?」
「まぁ、そうだな。とりあえず、チャートには定期的に書いて置けよ。」
「わかってますよ。」
レイオルンは、釘を刺されながらも、右手でちゃっかりとチャートに記している。
「何を話そうかなぁ・・・・・そうだ。機長、最近航空雑誌を見てますか?」
「最近・・・・というか、ここ3ヶ月全く見てないな。何だ、いいネタでもあったのか?」
「ええ、とびっきりのネタですよ。機長は、ヴァンパイアを信じますか?」
「ヴァンパイア?おいおい、それが本当に・・・・・って、いたな。本物が。ああ、信じるぜ。」
クレイスはすぐに否定しようとしたが、ある事を思い出したため、すんなりとそう答えた。
彼は、この世界に本物のヴァンパイアが居る事を知っている。
いや、彼のみではない。アメリカ中が知っている。
レスタン王国。この国の名は、ヴァンパイアが作った国として知られていると共に、シホールアンル帝国が起こした
この戦争で、悲劇の代名詞としても深く知られている。
そのレスタン王国と航空雑誌が何の関係があるのか?
「そのヴァンパイア達・・・・もとい、レスタン人達の航空隊がついに出来たようですよ。」
「その航空隊は義勇軍みたいなものか?」
「いや、中身はレスタン人ですけど、部隊そのものは陸軍航空隊の一部という扱いのようです。」
「どんな名前の航空隊だ?」
「雑誌の中では確か、第212夜間戦闘航空団とありましたね。」
「航空団か。てことは、そのレスタン人航空隊は、更にいくつかの航空群に分かれているのかな?」
「どうやら、そのようですね。陸軍の航空団は、2つか、3つの航空群に分かれています。第212夜間戦闘航空団の陣容は、
航空雑誌ではあまり詳しく載っていませんでしたが、2個の夜間戦闘機隊と1個の爆撃隊で編成されているようです。」
「戦闘機は何使ってんのかな?」
「写真に載っていましたが、奴さん達はP-61に載るようですよ。」
「P-61・・・おいおい、P-61と言ったら、あれか!?」
クレイス少尉は驚いたような口調で聞き返した。
「ええ、あのP-61ですよ。ノースロップの社が開発した未亡人です。」
「こいつはまた、クセのありそうな飛行機を選んだもんだな。」
「しかし、見かけとは違って、運動性能はそこそこ良いみたいですよ。何でも、ヘルキャットと五分に渡り合ったとか。」
「爆撃機は何使っているんだ?」
「最近運用され始めた、ダグラス社の新鋭双発機です。」
「ああ、インベイダーか。」
普段、自分は無類の飛行機マニアだと自称するクレイスは、ありとあらゆる飛行機を調べては、それを頭に叩き込んでいる。
ダグラス社の新鋭双発機、A-26インベイダーは、44年1月中旬から部隊運用が始まった双発軽爆撃機である。
基本性能は、従来機であるB-25、26、A-20を大きく上回り、陸軍航空隊期待の新鋭機として注目されている。
ユークニア島へ配備される航空部隊の中にもA-26を装備する部隊があり、彼ら自身、ノーフォークのバーでそのパイロット達と会話を交わしている。
パイロット達の話によると、A-26は、最初は機体のクセに慣れるのに精一杯だが、慣れればまるで戦闘機に乗っているようだ、と言っている。
初の本格的な夜間戦闘機に、陸軍機体の双発爆撃機。
最新鋭の機材を揃って与えられたレスタン人航空隊は、意外と腕の良い人材が揃っているのかもしれない。
クレイスはそう思った。
「復仇を狙う夜の眷属達に、我らが合衆国はなかなか良い贈り物をしてくれるじゃねえか。」
「流石は金持ちの国、といった所でしょうか。」
「ちげえねえ。」
クレイスはぐすっと声を上げて笑った。
雑談を交わしながら飛行を続けること、30分。
クレイス機は艦隊から230マイル離れた海域に到達していた。
「ハッハッハ!あの野郎、そんな事言ってやがったのか!」
クレイスは、視線を周りの海域に巡らせながら大笑いする。
「ええ。まったく、本当にあいつらしいなと思いましたね。」
レイオルンは、ニヤニヤとしながらチャートに航路を記していく。
「レンスタルトの野郎も、たまには骨のある事を言うじゃねえか。レーフェイルに着いたら、まずは女を買う!か。」
「童貞根性丸出しで恥ずいですよ。でも、そんな事を言えるようになるとは、奴ももうすぐ一人前って事ですかね。」
「ま、そうだな。」
2人の雑談はかなり盛り上がっていた。
「しっかし。先発隊の奴らが引き返し始めましたが、敵さん発見の報告は一向に入らないですね。」
「ううむ・・・・どうしたもんかねぇ。」
先発隊は、TG72.1からハイライダー2機、アベンジャー4機、ヘルダイバー3機。
TG72.2からハイライダー4機、アベンジャー2機、ヘルダイバー3機で編成されている。
アベンジャー、ヘルダイバーは最大520マイル、ハイライダーは最大600マイルまで策敵を行っていた。
先発隊は、午前6時前には全機発艦を終えており、アベンジャー、ヘルダイバーはとっくに引き返しても良い時間である。
航続距離に余裕のあるハイライダーは、まだ策敵途上にあるが、ハイライダーは巡航速度が速いためもあって、策敵行の消化も早い。
最低でも30分以内には前半の行程を終えるであろう。
「レインチャッピー3、レインチャッピー3聞こえるか?こちらはブリテンマミーだ。」
突然、クレイス機の無線に声が飛び込んできた。
「こちらレインチャッピー3だ。大丈夫、聞こえるぞ。」
「緊急事態だ、ベニントンのヘルダイバーのうち、1機の消息が途絶えた。」
「何だって?」
突然の報告に、クレイスは怪訝な口調で聞き返した。
「それは本当か?」
「ああ。30分前にベニントンが定時連絡を受け取ってから、消息が途絶えた。最後の連絡が入った時、そのヘルダイバーは、
君達が飛んでいる今の位置から南南東170度、距離100マイルの位置まで来ていた。」
「30分前の定時連絡時は、この位置から170度方向に100マイル向こう側を飛んでいた・・・か。」
「実を言うと、その位置に最も近い場所を飛んでいるのは、君達なんだ。悪いが、コースを変更してもらえないか?」
イラストリアス管制官の要請を聞いたクレイスは、一瞬ドキッとなった。
「つまり、様子を見て来い、と言う事だな。」
「そうだな。」
「ああ、分かった。俺達が見て来る。」
「頼んだぞ。」
管制官はそう言ってから、クレイス達との会話を終えた。
「ルゼイル!今の話聞いたか?」
クレイスは、後ろのレイオルンを呼び出した。
「ええ、バッチリです。コース変更ですね?」
「ああ、ちょいとばかり寄り道だ。」
「分かりました!」
クレイスは、レイオルンの返事を聞きながら、機首をやや左よりの方角に向けた。
そして30分後。
クレイス少尉のハイライダーは、目標地点まであともう少しという所まで来ていた。
「目標地点まであと10マイルです。あ、機長。前方にまた雲です。」
「くそ、またか。これで3度目だぞ。」
クレイスは苛立ったような口調で呟いた。
彼の目の前には、隆々と聳え立つ積乱雲がある。これと似たような雲を、この20分間の間に2度も見つけ、その度に迂回している。
そのため、目標の到達予定時刻が大幅にずれ込んでしまった。
「迂回するぞ。」
クレイスはそう告げながらも、内心ではめんどくさいと思った。
(畜生、これでまた予定が遅れるぞ)
彼は、心中で毒づきながら、積乱雲の右側から迂回しようとした。
「しかし、今日は雲量が多いな。」
「はい。昨日はさほど、雲も多くなかったのに。」
「雲量5・・・・いや、6ぐらいかな。策敵にはいささか、向いていない天気だな。」
クレイスは、雲と空を交互に見やりながら返事した。
高度3000メートルで飛行するクレイス機の下方には、雲が広がっている。
雲は所々途切れ、そこから青い海が見えるのだが、その海が見える部分がいささか少ない。
昨日は、雲は少しばかりで、広大な海が見渡せたのだが、それと比べると、今日は雲の割合が多い。
一般人から見れば、この状況でも綺麗であると思うだろうが、洋上の敵艦を探し当てようとしている策敵機の搭乗員からすれば、
実にやりにくい環境である。
クレイスは、仇を見るような目つきで積乱雲を睨みつけながら、愛機をゆっくりと旋回させていく。
「大自然の前には、矮小な人間は遠く及ばぬってか。」
彼は、憎らしげな口ぶりでそう呟いた。
その時、
「あっ!?」
レイオルンがいきなり叫び出した。
「どうした?」
「機長!右30度の切れ目を見て下さい!」
「なんだ・・・・一体」
クレイスは、レイオルンの言葉に従って、機体の右側方にある、一際大きな雲の切れ目を見つけた。
切れ目からは、青い海が見える。いや、海だけではない。
その海の上に、すらりと伸びる幾筋もの白い線・・・・・
「ウェーキだ!!」
クレイスはぎょっとなって叫んだ。
「高度を2500まで下げる!敵のワイバーンがいるかもしれんから周りに注意しろ!」
クレイスは咄嗟に命じると、愛機の高度を下げ始めた。
高度を2500まで下がると、それまで機体の下方に溜まっていた雲は、上方に占位している。
クレイスは、自らの視線に飛び込んできたその光景に、頭が熱くなった。
「おお・・・・ついに見つけたぞ!」
彼は、喜びの混じった声音でレイオルンに言った。
「マイリー共の機動部隊です!こりゃ、堂々たる大艦隊ですな!」
「輪形陣の中心に空母らしきものがいる。ざっと見て、3隻はいるな。」
クレイスとレイオルンは、洋上を航行するマオンド艦隊の全容を掴み始めていた。
「竜母が3隻のみ・・・・ちょっと少ないですね。」
「敵さんの竜母は、このたった3隻のみという事はないな。よく見ろ、3隻の竜母のうち、2隻は小型だ。恐らく、
本隊がこの近くにいるかもしれん。ルゼイル!ひとまず写真を取っておけ!撮影をした後は、艦隊に打電だ!」
「アイアイサー!」
レイオルンは、クレイスに対して覇気のある声音で返事すると、偵察員席の中からカメラを引っ張り出し、敵機動部隊を撮影した。
「おい、お客さんだ!右前方に敵ワイバーン3!距離は2000メートルだ!」
「後ろ上方からもやって来ましたぜ。2騎はいます!距離は1800前後、このままでは助からないですぜ!」
レイオルンは、クレイスに言った。その声音は、心なしか震えている。
「ああ。確かに助からんな。」
クレイスは、頷きながら言う。深刻そうな響きの混じった声音が、ハイライダーの機内ぬ響く。
だが、彼の表情は、先の言葉とは全く正反対の愉快そうな笑みを浮かべていた。
「だが、それは普通の策敵機に限っての話だ。ハイライダーならなんとかなる!」
クレイスはそう断言するや、愛機を左側・・・・方角からして北東に向けた。
後方と前方の敵に左右の側面を晒す格好だ。
「敵ワイバーン接近!距離1000を切りました!」
「わかっとる!レイオルン、しっかり捕まって居ろよ!」
クレイスは、レイオルンにそう言うと、スロットルを全開にし、エンジン出力を一気に上げた。
それまで、やや鈍い音を発していたエンジンが、水を得た魚の如く、一気に猛り上がった。
それから3秒後、距離700まで迫った左右のワイバーンが光弾を放った。
この時、竜騎士は鈍足な筈の偵察機が、いきなり急加速した事に仰天していた。
慌てた竜騎士達は、異様に胴体が細長いアメリカ軍機目掛けて光弾を放った。
普通ならば、未来位置を狙ったその攻撃は、着実にアメリカ軍機の胴体を抉るはずであった。
だが・・・・
「敵ワイバーンが攻撃!ですが、弾は後ろに外れました!」
レイオルンは、急加速の際のGに耐えながらも、その一部始終をクレイスに伝えた。
ワイバーンの放った光弾は、速度を見誤ったせいで全て後落していた。
彼らの愛機は、ぐんぐんスピードを上げていく。
500キロ、520キロ、540キロ、560キロ、600キロ。
メーターが630キロを指しても、加速は止まらない。
機首のプラットアンドホイットニーR2800-10空冷18気筒2000馬力エンジンは快調に回り、みるみるうちに
敵ワイバーン群を引き離していく。
ハイライダーが最大速度である650キロに達した時、マオンド側のワイバーンは、遥か後方に引き離されていた。
4月16日 午前9時50分
「発 イラストリアス3番策敵機 宛 イラストリアス
機動部隊より南南東の方角、方位170度、距離330マイル付近にて敵機動部隊を発見せり。敵戦力は大型竜母1、小型竜母2、
戦艦1ないし2、巡洋艦、駆逐艦10隻以上。この他に、ワイバーン数機の迎撃を受けるも被害なし。また、未確認ながらも同海域の
付近に同規模の敵機動部隊が存在する可能性、極めて大なり。」