第5話 南大陸からの訪問者
14811月8日 午後3時 サンディエゴ南西600マイル沖
サンディエゴの太平洋艦隊司令部は、出港している第8、第10、第12任務部隊と補給艦隊に帰還命令を下した。
異変の起きた10月19日以来、この3個空母部隊は、補給艦や給油艦の支援を受けながら、
ひたすら西に進み、集められるだけの情報をかき集めた。
それぞれの艦隊が、サンディエゴまで1500マイルまで離れた11月4日、キンメル司令長官は情報収集活動を一旦終了すると伝え、
各艦隊をサンディエゴまで引き上げさせた。
情報収集に出港した3個艦隊のうち、ウィリアム・ハルゼー中将の率いる第8任務部隊は、時速16ノットのスピードでサンディエゴに向かっていた。
第8任務部隊は、空母エンタープライズを主力に置いている。
これをスプルーアンス少将率いる第5巡洋艦戦隊のノーザンプトン以下の巡洋艦4隻、駆逐艦8隻が護衛している。
護衛艦艇は、エンタープライズと、ある船を輪形陣の真ん中に敷いて、16ノットというゆっくりとした速度でサンディエゴに向かっていた。
その機動部隊の主である、ウィリアム・ハルゼー中将は、艦橋の張り出し通路から右舷側を航行する船をじっと見つめていた。
「なあマイルズ、あの船を見てどう思うかね?」
彼は、傍らで同じく、船を見つめていたマイルズ・ブローニング大佐に語りかけた。
「司令官。その質問、3時間前にも聞きましたぞ。」
「どうも、同じ質問しか頭に浮かばんものでな。
あの船を見るたびに、俺は夢の世界に放り込まれたままなのか?と思ってしまう。」
ハルゼーはブローニング大佐に姿勢を向けた。
「20世紀にも入ったっていうのに、中世のオンボロ帆船と似たような船と出会うなんて、誰が予想したかね?」
「予想は出来ませんでしたな。」
「それは俺達全員、いや、合衆国国民全員が予想できなかったさ。大統領もひっくるめてな。」
そう言って、ハルゼーは肩をすくめた。
この船と出会ったのは、11月4日の事である。
その日の午後3時。ハルゼーは艦橋で、偵察機の報告を待っていた。
出港してから、既に第8任務部隊は1500マイルも航行してきた。
出港してから、何度かドーントレスを飛ばし、サンディエゴのカタリナと共同して索敵に当たった。
10月22日には、アラスカのカタリナが、プリンスオブウェールズ岬沖970マイル付近で対岸を発見したと伝えてきた。
キンメル太平洋艦隊司令長官は、アラスカ海軍区司令官のフィッシャー少将に陸地の索敵を命じたが、
カタリナの航続距離のギリギリの線であったため、満足に偵察は出来なかった。
この間、サンディエゴを飛び立ったカタリナの1機が消息を立ったという知らせがあり、太平洋艦隊司令部をやや驚かせた。
翌日、潜水艦のノーチラスが、サンフランシスコ西方沖300マイル地点で漂流しているゴムボートを発見。
ボートに乗っていた乗員全員は無事救助された。
11月1日にはカタリナ飛行艇が2機、30分ほど新たに見つけた対岸を偵察した。
カタリナからの報告は驚くべきもので、地上にあった家は、ほとんどが木造かレンガ造りであり、
40キロ内陸には中世風の巨大な城を見つけたと報告してきた、
そして11月4日。
エンタープライズを発艦したドーントレス1機が、母艦より240マイル離れた南西の方角に、1隻の木造の帆船を発見したと伝えた。
帆船には国旗らしい、青と幾何学的な模様の混じった旗が翻っており、乗員達が手を振ってきたという。
ハルゼー中将はこの報告を聞くなり、すぐに太平洋艦隊司令部に送った。
「この異変の謎を解くカギだ!ハルゼー部隊をすぐに接触させろ!」
キンメルは報告が届くなり、第8任務部隊に、その謎の帆船との接触を命じた。
それまで18ノットのスピードで航行していた第8任務部隊は、24ノットに増速して、ドーントレスが報告した位置に向かった。
5日の午前7時早朝、第8任務部隊の前衛駆逐艦であるベンハムは、1隻の帆船を視認。
艦隊は、万が一の場合の為、全艦が戦闘配置についた。
もし、この帆船が攻撃してきたら、反撃して行動不能にさせ、乗員を船もろとも拿捕しようと考えた。
しかし、その船の乗員達は、見慣れぬハルゼー部隊の艦艇群を見てただただ、驚きの表情を見せただけであった。
ベンハムが指示を下した時、船の船員達は素直に指示に従った。
驚くべき事に、相手側の言葉はわかった。そして、向こう側もこちらの言葉をしっかり理解していた。
船の名前はブランスゲル号で、所属国はバルランドという王国。船員は54名で、他に7名の客を乗せていると言う。
彼らの目的は、先月の半ばに行った、召喚魔法の成果を確かめる事であった。
「召喚魔法だと?あいつら気は確かなのか?」
最初、ハルゼーはブランスゲル号に乗っていた、魔法使いとやらが言ってきた言葉を疑った。
その後も、同じような内容ばかり言うので、ハルゼーはその魔法使い連中をエンタープライズに連れて来いと命じた。
最初ハルゼーは、ブランスゲル号からエンタープライズに乗艦してきた、7名の黒いローブを身に纏った異国の者達が、
どこか不思議な生き物に見えた。
ハルゼーのみならず、ほとんどの乗員達が好奇の目で見つめていた。
ハルゼーは彼らを会議室に案内し、話を聞いた。
彼らの話によると、この世界には北大陸、南大陸という繋がった大陸と、もう1つ、海を隔てた大陸で主に構成されており、
彼らは南大陸のバルランド王国という国からやってきたのだと言う。
バルランド王国は、南大陸の諸国家と共に南大陸連合を構成し、北大陸で強大な国家となったシホールアンル帝国の侵攻を受けていると言う。
南大陸連合の軍装備は、シホールアンルに劣っており、現状では勝つ見込みは無く、
シホールアンル帝国に飲み込まれるのも時間の問題と話していた。
そこで、彼らは起死回生の作戦として、強大な戦力を持った国を、異界から召喚すると言う策に出た。
そして、その召喚されてきた国が、ハルゼーが籍を置くアメリカ合衆国だというのだ。
これには豪胆なハルゼーも目を丸くした。
だが、やや時間を置いて、ハルゼーは納得してきた。
なぜならば、召喚された瞬間と思われるあの日、ハルゼーはキンメルと飲んでいた時に、急にめまいを感じた。
最初、自分だけかと思っていたが、翌日、夜中に急に異変が起きたとか、なぜか眠くなったとかの噂を耳にした。
エンタープライズの艦内だけで、似たような事を言う兵士達はあちらこちらに見られた。
そして、事態が容易ならざると確信させたのが、急に途絶した各国の海外放送であった。
最初理解できなかったこれらの怪奇現象が、この魔道師たちの言葉によって、おおまかながらも理解できたのだ。
彼らの目的は、その国に行って、全て過程を話す事であった。
ハルゼー部隊からの新たな報告を受け取ったキンメル司令長官は、その船をサンディエゴに連れてくるように指示を下し、
5日午後4時、第8任務部隊はこの船と合流して、帰途に付いたのである。
「わざわざ俺達を呼ぶとは、よっぽど苦しかったのだろうな。」
「シホールアンルという国はやりたい放題やっていると聞きましたが、
あちら側が詳しく言わないので、いまいちわかりませんな。」
「俺も同じだ。」
ハルゼーは頷いた。
「胡散臭いとは思うが、とにかくどうしてこんな状況になったかは、全部とまでは行かないが分かった。
この世界が、アメリカのみじゃないと知る事が出来ただけでも、少しは寂しくなくなったよ。」
「はあ。しかし、逆に寂しいほうがよかったと、後悔しませんかね?」
「後悔するか、喜ぶかは、まずあの帆船の連中をサンディエゴに連れて行ってからだ。」
そう言いながら、ハルゼーはずれかけた制帽を被りなおす。
「それまでは大事な宝船だ。俺達がしっかり護衛せんとな。」
1481年 11月9日 午前7時 バージニア州ノーフォーク
フレルは、その後何度も交渉の再開を打診したが、アメリカ政府は1度も回答をよこさなかった。
最初の交渉から3日後の11月7日。シホールアンル本国から魔法通信が届き、至急本国に帰還せよとの命令があった。
それも皇帝直々に。
何かあるなと思ったフレルだが、ここはオールフェスの指示に従い、シホールアンル本国に帰還する事にした。
出港の許可が出たのは9日の午前7時の事である。
レゲイ号は6時30分に出港する予定であったが、急遽、出港が決まった空母ワスプを中心とする艦隊が港を出始めたため、
レゲイ号の出港は7時に伸ばされた。
「両舷前進微速!」
リィルガ船長の声が木霊し、艦の後部から、スクリューから発せられる振動が伝わってくる。
港の入り口に向けられた船首は、ゆっくりと前方に進み始めた。
レゲイ号の隣を、駆逐艦2隻に前後を挟まれた空母のワスプが出港していく。
レイ・ノイス少将が率いる第23任務部隊であるが、フレルらには司令官の名前も、部隊の名前も知らない。
ただ、少し離れた横を、1隻の空母と2隻の駆逐艦が慌しく出港していくだけである。
「今回の交渉は明らかに失敗だった。」
甲板上で、ノーフォークの港を見つめていたフレルは、悔しげな口調でそう呟いた。
「あんな子供だましに引っ掛かるとは!」
彼は、4日の会談の事を思い出していた。
最初、彼はハルを小役人風の男だ、と思ったのだが、それは向こう側がそう見せていただけであった。
これなら大丈夫だと思い、いつもの手で交渉を纏めたと思った瞬間、あちらは急に牙をむき出しにしてきた。
「恥知らずだと?無知だと?ふざけた事を抜かしやがって!」
フレルは、初めて味合わされた屈辱に震えている。
いつもの通り、相手を震えさせてやると挑んだのに、あっさり言い返され、何も出来なかったとは・・・・・・・
ハルに対する怒りと、相手を見極め切れなかった自分への怒りが複雑に絡み合い、彼の心身を大きく憔悴させた。
「どうせなら、もっとこの国を見ておけば良かった。」
内心で後悔したが、もはや後の祭りである。
後戻りは出来ない。
「南大陸と事を構えているのに、この国も相手取るとなると・・・・・・いや、勝てない事は無いか。」
彼は思い直した。
このアメリカという国の陸軍力は分からないが、海軍力に関しては勝っていると確信している。
なにしろ、シホールアンルは新旧の戦艦を15隻も保有しており、これからも6隻の新鋭艦が竣工予定だ。
そして、あちら側が持っていた竜母は3隻、それに対して、こちら側は竜母を7隻持ち、建造中の竜母も8隻はある。
巡洋艦にいたっては34隻を保有し、駆逐艦はゆうに200隻以上を持つ。
建造中の物を加えれば、総合数は1.5倍に膨れ上がる。
もともと、南大陸の侵攻をやりやすくするために始まった大建艦計画だが、シホールアンルの財政は
その建艦計画をスムーズに進められるほど余裕があるる。
ワイバーンもスピードは200レリンク(1レリンク2キロ)以上のものばかりだし、相手の航空機がどの
ようなものかは分からないが、北大陸にあった小国が持っていた、250レリンククラスのワイバーンにも太刀打ち
できたから、アメリカ側の航空機でも充分に相手に出来るはずだ。
近い将来では、250、300レリンククラスの最高速度を誇るワイバーンも育成される予定だ。
「それなりに痛い目に合いそうだが、相手に不足は無いだろう。」
先ほどまでの怒りは引いていき、逆に余裕の表情を浮かべた。
「さて、この国からは一旦出て行くが、また必ず戻ってくる。その時には・・・・・」
フレルは、ある人物の顔を思い出した。それは、あのコーデル・ハルだった。
「あの男に屈辱的な言葉を浴びせてやる。どのような言葉を言うかは、その時のお楽しみだな。」
そう言って、フレルはニヤリと笑みを浮かべた。
空母と駆逐艦が通り過ぎた後、ようやくレゲイ号が速度を上げて、港の出口に向かい始めた。
約4リンル(8ノット)のスピードで、緩やかに航行していく。
来た時と同じように、それぞれの艦艇や船から、好奇のまなざしでレゲイ号を見つめる人がちらほらと出てくる。
フレルはノーフォークの港から目を逸らし、視線を出入り口に向ける。出入口の先に、小さくなっていく空母が見えた。
ふと、彼はとある考えを頭に浮かべた。
「珍客が行ってしまいましたな。」
戦艦プリンス・オブ・ウェールズ艦長のリーチ大佐は、横に立って双眼鏡を見つめるジェームス・サマービル中将に話しかけた。
「珍客ねぇ。」
彼は複雑な表情を浮かべる。
「確かに珍客だったようだが、それでも、あの異色の船には、帰れる場所がある。
それに対し、我々第12艦隊は異国の地で居候のままだよ。」
彼は、ある意味レゲイ号が羨ましかった。
イギリス本国艦隊に所属する第12艦隊は、戦艦プリンスオブウェールズと巡洋戦艦レナウン、空母イラストリアスと
軽空母ハーミズ、巡洋艦ドーセットシャー、カンバーランド、軽巡洋艦ケニア、ナイジェリアと駆逐艦14隻で編成されている。
これらは、PF872船団の輸送船35隻を護衛しながら、10月6日にノーフォークに入港し、物資の積み込みと補給を受けていた。
出港予定日は10月13日であり、それまで待機していた第12艦隊は、突然、この大異変に巻き込まれてしまった。
本来、イギリス本国艦隊の主力は第7艦隊、第9艦隊、第12艦隊の3個艦隊で編成されており、
第7艦隊は戦艦キングジョージV、クィーンエリザベス、レパルス、空母ヴィクトリアスと巡洋艦6隻、駆逐艦12隻。
第9艦隊は戦艦ロドネイ、ネルソン、ウォースパイトと、空母フューリアスとイーグル、それに巡洋艦4隻と駆逐艦13隻で編成されている。
第12艦隊はこの3番目の艦隊を編成していた。
前の2個艦隊が、旧式戦艦と高速艦の入り混じりであったのに対し、第12艦隊は24ノット以上の
中、高速艦ばかりを集めた機動打撃艦隊として活躍していた。
本来は戦艦のフッドもこの第12艦隊に入っていたが、5月のビスマルク追撃戦で、分派された
プリンスオブウェールズと共に戦い、ウェールズは中破し、フッドは叩き沈められた。
その後、第12艦隊のイラストリアス、ハーミズの艦載機がビスマルクに攻撃を仕掛けたのを機に、
沿岸航空隊や第7、第9艦隊の各空母の艦載機も総動員され、悪天候の中、ビスマルクを打ち沈めている。
それ以来、ドイツ海軍はキールやノルウェーのフィヨルドに引っ込んでしまい、身動きが取れなくなった。
現在、第9艦隊がドイツ海軍に対して睨みをきかしており、一方で第7、第12艦隊は船団護衛に従事する事になった。
第12艦隊は、この船団護衛から戻った後、第9艦隊と任務を交代する予定であった。
現在、第12艦隊は、ハーミズが不発魚雷を食らって、アメリカ側のドックで修理を受けている意外は、全ての艦が港に係留されている。
帰るべき居場所を失った第12艦隊は、あの日以来、途方に暮れた生活を送っている。
普段の作業では士気の低下は見られないが、作業の合間や作業後には前途を噂する声が絶えない。
11月1日には、空母イラストリアスの乗員が、ノーフォークのとある飲み屋で、米海軍の乗員と大乱闘を起こすと言う不祥事が起きた。
喧嘩の発端は、イラストリアス側の乗員が、相手側の米水兵、空母ヨークタウンとワスプの乗員達を、
「実戦を経験していないヒヨッコ」と罵ったのが始まりである。
見えない所で、士気の低下は確実に進みつつある。
今現在、アメリカ海軍側は、「我が海軍に編入する」等の案を出していないが、
遅かれ早かれ、第12艦隊がアメリカ海軍の一部に組み込まれるのは見えている。
いや、そうしなければ、第12艦隊の艦艇群や輸送船団は、ただ港に浮かぶだけの、役立たずの鉄屑の集まりでしかない。
「早い所、道を決めないといけないな。
このままじっとしているか、植民地海軍の指揮下に入るか・・・・・リーチ艦長、君はどうすればいいと思う?」
サマービル中将はリーチ艦長に顔を向けた。
あの異変からあまり時間は経っていないはずなのに、サマービルの顔は3年ほど年を取った様に感じられた。
「私には、どう答えたら良いか・・・・・・」
リーチ大佐はうまく答えに窮する。しかし、それも一瞬で、すぐに続きを言った。
「しかし、このままではいられないのでは、と思う事は最近よくあります。今では、アメリカ側も何も言ってきませんが、
彼らも思っているかもしれません。ここに浮かぶだけの以外のやるべき事はあるはずだ、と。」
「なるほどね・・・・もっともな意見だよ。」
そう言って、サマービル中将は苦笑した。
「何度も言うのもアレだが。あの船の乗員が羨ましいね。」
彼はうんうん頷きながら呟く。
「植民地海軍。いや、アメリカ海軍の下で働くか。遠くない未来、アメリカ海軍は
我が大英帝国海軍を抜き去るとは思っていたが、その過程を、私は間近で見たいみたいものだな。」
1481年11月10日 午前11時 カリフォルニア州サンディエゴ
「見えたぞ!陸地だ!」
船員の1人が高らかに叫んだ。甲板でそれぞれの作業に当たっていた他の船員達や乗客も、船員の指を指す方向を見た。
今まで、海しか見えなかったが、海の向こうには、うっすらと陸地が見え始めてきた。
バルランド王国に属しているブランスゲル号は、11月の2日にグリンティス公国の港町から、一路東へと向かった。
彼らの目的は、2ヶ月以内に召喚の成果を見つける事だった。
「成果はあったなぁ」
甲板で涼んでいたラウス・クルーゲルは、眠たそうな口調で言った。
「最初は、ただ疲れただけの儀式をやって何になるんだと思ってたけど。
あの陸地や、周りの船を見ると、なんとか仕事は終わらせたと、ホッとするよ。」
同僚のヴェルプ・カーリアンが安堵したような言葉を言う。
「本当に終わったかな?」
「終わっただろ?」
ヴェルプがそう言いながら、あるものに向けて顎をしゃくった。
その方向には、ブランスゲル号の右舷600メートルを航行する竜母のエンタープライズがいる。
アメリカという国では、竜母の事を空母と呼んでいるらしい。
最初、疑問に思ったラウスらだが、飛行甲板を見せられてすぐに理解できた。
あの船には、ワイバーンの代わりに飛空挺を載せている。飛空挺の母艦なのである。
竜巣母艦ならぬ、飛空挺母艦。あるいは航空母艦、それを略して空母と呼んでいるのだ。
「あれが証拠さ。」
「そんな事じゃないよ。」
ラウスは、いささか気の抜けた口調で言う。
「ホラ、俺たちって、あのハルゼーとかいうおっさんの国を勝手に、この世界に呼び出したんだろ?
これって、ある意味誘拐と同じじゃね?」
ラウスの言葉に、ヴェルプはハッとなった。
「要するに、俺が言いたいのはさ、あのアメリカという国の人達が、本当はなんでこんな世界につれて来やがったんだ!
とか言って怒りまくってるんじゃないかって事さ。
お前だって、訳の分からん内に、知らないとこに連れて来られたら、しまいには怒るだろ?」
「ま、まあ。確かに怒るな。」
「俺らが最初に出会ったあの飛空挺と、次に出会ったこの艦隊。今は俺達に何もしないでいるけど、
陸地に着いて、話が終わった瞬間、連中に袋叩きにされないとも限らない。」
「と、すると・・・・」
「下手すりゃ、シホールアンルよりもおっかない敵を呼び出したかもしれないぜ。あんな船や、飛空挺を持ってるぐらいだ。」
ヴェルプは、背筋が凍るような感覚がした。
今まで、自分達の召喚魔法が上手く行ったからと浮かれていたが、冷静に考えれば、ラウスの言う通りになる。
そもそも、見ず知らずの国の連中に、いきなり自分達と共に協力してくださいと言っても、はい、そうですかとすぐに言うはずが無い。
逆に、何でこのような世界に呼んだのだ!と逆上されて攻め込んで来る、という可能性も有り得るのだ。
敵か。それとも味方となるか。どっちに転ぶかは、まだ判然としないのだ。
「そんな事は既に承知だ。」
背後から聞き慣れた声がした。
振り返ろうとすると、いきなり誰かがラウスとヴェルプの肩にのしかかってきた。
「どっちに転ぶか、それは運次第だよ。」
2人の間から顔を出したレイリー・グリンゲルはそう言うと、ニヤリと笑みを浮かべた。
「グリンゲルさん。」
「レイリーの兄貴。」
同時に2人は言葉を発した。
「あのハルゼーとかいう提督さんの受けは悪くなかった。逆にこっち側に興味津々だったよ。」
彼は自信ありげだった。
「もうすぐでアメリカという国に入る。あの国の住人達がどのような反応を示すかは、私が一番気になっている。
むしろ怖いぐらいだ。」
「ダークエルフでも、怖い事はあるんですねぇ。」
「姿形や寿命が違うだけで、基本的には君らと同じだよ。君達が聖人と言っている自分らやエルフも、
完璧な者はいないからね。私を完璧主義者の冷徹男とか抜かす奴もいるが、自分としては、これでも感情は豊かだと思ってるよ。」
そう言って、彼は微笑んだ。
普段、冷静な彼の表情しか見ていないヴェルプとラウスからは珍しかったが、あまり驚きはしなかった。
11月10日 午後1時 カリフォルニア州サンディエゴ
ブランスゲル号は、ハルゼー部隊と共に午前11時50分には無事にサンディエゴに入港した。
ブランスゲル号に乗っていた7人の乗客達は、ハルゼーからの報告によると、バルランド王国の特使らしいとあった。
最初、儀礼的に桟橋で、異界の住人達を迎えた、キンメルら太平洋艦隊司令部だが、彼らを知るには、
まず腹を割って話し合う必要がある。
キンメルは、船旅で疲れているであろうバルランド側の訪問者を一旦休ませて、午後1時から話し合おうと決めた。
そして、約束の時間は迫りつつあった。
太平洋艦隊司令部の会議室のテーブルに、キンメル大将を始めとする太平洋艦隊司令部の幕僚と、
一部の艦隊司令官(捜索作戦に参加したニュートン、フィッチ少将)が参加した。
「ミスタースミス。あの客人達を見てみて、どう思ったかね?」
キンメルは、右隣に座っているスミス少将に語りかける。
「いかにも魔法使いや騎士様、といった格好ですね。あんな、黒いローブや防具に剣を身に付けている人なんて
私は初めて見ましたよ。てっきり中世ヨーロッパに来たんじゃないかと思いました。」
「何よりも驚いたのは、あの浅黒い肌をした、尖った耳の男と女でしょうか。色白と、浅黒い系の2種類がいました。」
航空参謀のケネス・トワイヌ中佐も言う。
「あれは、エルフと呼ばれる人種だそうですよ。エルフと言う種族は、外見は人間よりやや異なり、
寿命が人間より長いそうです。何歳までか、とまではわかりませんが。」
情報部長のロシュフォード中佐が説明した。
「ハルゼーからの報告は私も読んだよ。」
キンメルは頷きながら言う。
「エルフは、元々北欧神話に出てくる人種で、話によっては悪者だったり、善者だったり様々だ。
私はてっきり、少しずる賢そうな奴を想像したんだが、実際に見ると、聞きしに勝るものだ。
ずる賢いどころか、頭が切れますよ、と言わんばかりの感じだった。大雑把な判定だがね。」
その時、ドアがノックされた。キンメルのちょうど向かい側にあるドアから発せられている。
「どうぞ!」
彼がそう言った。ドアの向こうから失礼しますと声がし、ドアが開かれた。
「司令長官、お連れしました。」
「おう、入れてくれ。」
彼は鷹揚に頷いて、士官の後ろにいる客人を中に入れるよう指示する。
1人の黒いローブを付けた男が入って来た。それを機に、残りの6人は続々と入室してくる。
最終的に白人系のエルフの女性が最後に入って来て、彼らは用意されたイスの横で立ち止まった。
「どうぞ、お掛け下さい。」
キンメルは慇懃な口調で席を勧めた。
「はっ、では失礼いたします。」
真ん中の男、ダークエルフのレイリー・グリンゲルが周りに目を配らせる。
7人の特使は席に座った。
「遠い本国からの航海、ご足労痛み入ります。」
「ありがとうございます。キンメル閣下。」
そう言って、レイリーは僅かに頭を下げる。
「さて、聞きたい事は山ほどありますが。」
「はい。なんなりとお聞き下さい。」
レイリーはそう言った。口調はどこか自信ありげだが、キンメルは彼の顔が緊張で固まっている事に気が付いた。
「さて、まずは第1に。なぜ、このアメリカをあなた方の世界に呼んだのか?」
「お答えします。」
そう言って、レイリーは左隣の赤毛の男に目配せをした。赤毛の男も頷き、懐から何かを取り出した。
「机を少し、お借りしてもよろしいでしょうか?」
「構いませんよ。」
キンメルは願いを聞き入れた。失礼します、と言って、彼は長テーブルに巻物を広げる。
その巻物は地図であった。
地図には、広大な海と思われる空白を挟んで配置された、2つの大陸があり、その他にも島国と思しきものも幾つか描かれている。
「これは・・・・・」
「世界地図です。」
レイリーは説明を始めた。
「ここが、自分達が住んでいる国がある場所です。」
彼は指で南大陸を指す。
「この北大陸と南大陸、そして海の向こうにある大陸がレーフェイル大陸です。その間に、あなた方の国があります。」
彼は、空白の部分に指で円を描く。
つまり、アメリカ合衆国は、この2つの巨大な大陸に挟まれた格好で、この世界に呼び出されたのである。
「あなた方を呼び出した発端は、この北大陸にあります。」
「北大陸か・・・・・この北大陸にはどのような国があるのかね?」
「北大陸には元々、9の国がありました。大きい順に答えると、シホールアンル、ヒーレリ、グルレノ、バイスエ、
レスタン、デイレア、ジャスオ、レイキ、ウェンステルとなっていました。
事の発端は、この北大陸一の強国であったシホールアンル帝国から始まります。」
レイリーは、事の経緯を説明し始めた。
シホールアンルが、他の小国を蹂躙し始め、侮れぬ力を持つ国家群を外交戦術で無血開場させた事。
従わぬ国には容赦の無い攻撃を加え、国の人口が半数を割った事もあると言う事。
そして、南大陸に侵攻してきた事等、様々なことを話した。
レイリーの説明はとても分かり易く、太平洋艦隊司令部の幕僚も、容易に話を呑み込めた。
「なぜシホールアンル帝国は、こうも短い時間で北大陸を手中に収めたのかね?」
主任参謀のマックモリス大佐が質問した。
「それは、彼らの軍にあります。陸上軍は、主に剣や盾、それに弓。これに陸軍用のワイバーンや大砲の支援が加わります。
陸軍の装備は、基本的には他の国家群の陸軍部隊と似ていますが、戦意や錬度に関しては、この世界でも
トップクラスと言っていいでしょう。しかし、それ以上に優れているのは海軍です。」
「海軍?」
「はい。シホールアンル海軍の艦艇は、他の国の艦艇に比べると、速力や防御力、攻撃力に関して段違いに強く、
保有する輸送船の数も膨大です。シホールアンルの作戦は、まずワイバーンで敵地上部隊を存分に叩いた後、
陸兵を大砲の支援の元、戦場に送り出します。これは主に内陸での戦いです。沿岸部の戦いでは、これに
巨砲を要した戦艦や、艦艇の艦砲射撃が加わり、沿岸部を守る要塞や陣地を叩き潰してから軍を勧めています。
この方法はかなり有効で、北大陸やこの南大陸戦線では、シホールアンルの軍艦が沖に現れでもしたら、
味方はたちまちのうちに砲弾の嵐に巻き込まれます。シホールアンル側は、地上部隊を艦砲の射程内に治める事で
敵の反撃を阻止し、その間に砲弾の傘の下にいる陸軍部隊の戦力を充実させてから敵にぶつけてきました。
この方法を取られると、もはや対処のしようがありません。北大陸戦線では、ワイバーンの空襲や後方撹乱、
砲撃などで戦力を損耗した所へ完全装備の敵軍が攻めて来て、壊乱した軍が多々あります。」
「つまり、そのシホールアンルとやらの海軍は、主に陸軍との共同作戦を取る事が多いのだな?」
唐突に野太い声が広がった。それはハルゼーの声であった。
「その通りです。この手法は南大陸戦線でも取られており、我が南大陸連合軍も非常に厳しい戦いを強いられています。」
「戦艦の射程は、いいとこ20~30キロほどが限度だが」
キンメルは口を開いた。
「1キロほどの距離でも決定的な勝利をもたらしかねない陸戦では、その砲弾の傘は援護される側にとっては有難く、
やられる側にはたまった物ではない。砲撃をまともに食らえば部隊は手痛い損害を被る。しかし、足踏みしている間にも、
砲弾の傘の下にいる敵は補給を終わらせてしまう。なるほど、これなら橋頭堡を固めて、ゆっくりと内陸に侵攻することも可能だな。」
そう言って、キンメルは頷いた。
陸海共同。国としては最悪だが、軍隊は素晴らしいほど綺麗に纏まっている。
それが、キンメルが抱いたシホールアンルの印象だった。
恐らく、シホールアンル陸海軍の意思疎通は見事なまでに取られているのだろう。
「馬鹿な政策を取る割には、いい軍隊を持っているな。」
「シホールアンル海軍や、ワイバーンさえ何とかなれば、せめて北大陸にまで押し戻す事が可能なのですが。」
レイリーの表情はどことなく暗い。
こうしている間にも、強大なシホールアンル軍は、ひたひたと南下しているのだ。
今現在、南大陸の北の小国、スリンデは既に50%の国土を占領されている。
レイリーの母国ミスリアルには、まだシホールアンル陸軍の手は伸びていないが、シホールアンル海軍の戦艦が、
バゼット半島の沿岸都市に傍若無人な艦砲射撃を加えたり、竜母部隊が暴れ回ったり等、少なからぬ被害を与えている。
「なるほど。あなた方の言っている事は分かった。」
キンメルは、視線をレイリーに注ぐ。
「しかし、問題がある。」
「問題、と申しますと?」
「実は、4日の事なのだが。ここアメリカ大陸は、西海岸と東海岸がある。今、我々がいるのは西海岸だ。
時は少し遡って10月の末。東海岸に駐留している海軍の飛行艇が高速輸送船らしきものを見つけた。
その数日後に偵察艦隊をその船に向かわせ、接触を行った。驚くべき事に、その船は、シホールアンル帝国という
今まで聞いた事も無い国の船だったのだ。」
刹那、レイリー表情ががらりと変わった。
(シホールアンル!?まさか・・・・・・)
彼は、まさかシホールアンルまでもが、このアメリカという国に接触していたとは思っていなかった。
最初、このアメリカが接触したこの世界に住人は我々であろうと思っていたのだ。
ところが、先客がちゃっかりいたのである。
(まさか・・・・・・アメリカはシホールアンルと!)
彼は、最悪のシナリオを頭に思い描いた。
それは、数日前に接触した空母という艦を交えて侵攻してくる米海軍と、
シホールアンルの連合軍が、退去して南大陸に押し寄せてくる姿であった。
「いきなり交渉を要求してきた彼らは、11月の4日に、国務長官と会談した。
だがね、その会談はとんでもないものだった。」
いきなりキンメルの口調が変わる。何か嫌な言葉を喋った、という感がこめられていた。
キンメルは側のスミス少将に目配せをし、スミス少将は机の下から何かを取り出す。
「これは、わが国のニューヨークタイムズという新聞社が発行した物だが、この見出しの船には見覚えはあるかね?」
レイリーは、その写真の船が何であるか、すぐに分かった。
「その船は、シホールアンルが所有している高速船、レゲイ号です。主に東のレーフェイル大陸に特使を派遣する際に
よく使用していて、形や性能などは既に知っています。ですが、そのレゲイ号がどこにあるか、出港日時等は
未だに分かっていません。」
「知っていたのだね。」
キンメルはニヤリと笑みを浮かべた。
「情報の分野ではいくらか心得があるようだが、それの話は後だ。
問題は、この船に乗って来たグルレント・フレル国外相とかいう要人だ。」
「グルレント・フレルなら知っていますよ。油断のならない相手です。」
「この国外相、わが国の国務長官に対してなんと言ったと思うかね?」
「大体予想は付きますね。」
「ふむ、すぐに予想は付く、か。フレル氏は有名人だな。実は、この国外相。
我がアメリカをシホールアンルの指揮下に組み込むとか言って来たのだよ。」
レイリーには読めなかったが、キンメルが持っている新聞には、
「極めて稚拙な外交交渉、ノーフォークにて行われる!!」と、見出しが大々的に乗っていた。
この新聞記事は、交渉から2日経った6日に発表されたものである。
ハルは、交渉の後、すぐにワシントンにとんぼ帰りし、ルーズベルト大統領に事の経緯を報告した。
「頭に血が上りすぎたせいで、はっきり言うべき所の言葉を間違えてしまいましたが、
大統領閣下、このシホールアンルという国は明らかに異常です。」
「なるほど。よく分かった。ハル、このような相手に平静でいられた君は何も恥じる必要はない。
公職50年を、外交官人生50年に間違えたとしても、その分相手にもインパクトを与えられただろう。
たまには嘘も方便と言うではないか。それに、あれは些細なミスだ。要は、傲慢な相手の鼻っ柱を、
へし折ったか、否かにあるのだよ。」
ルーズベルトはそう微笑みながら、この一部始終を新聞に載せよと指示を下した。
この会談の内容を知ったアメリカ国民は、高圧的な態度でアメリカに屈服を迫ろうとしたシホールアンルを、
外交の初歩も知らぬ馬鹿な国としてせせら笑う者もいれば、面白い、来るなら来いと息巻く者もいた。
だが、同時に、そのような強硬な国があることも確かである。
国民は、嘲笑や呆れを浮かべると共に、シホールアンル帝国という未知の国に警戒の念を強めた。
「と言う事は、アメリカ国民はシホールアンルの性格を知ったのですね。」
「その通りだ。あのような男を外交担当にし、挙句の果てにいつもの特技、それが私達がいた世界ではタブーの脅迫外交とは。
調子に乗りすぎると言うものはどれほど危ない結果をもたらすか、いい参考になったものだ。」
彼の言葉に、太平洋艦隊の幕僚の何人かが頷く。
「そのシホールアンルとやらが、俺達アメリカに立ち向かうと言うのならば、面白い、受けて立ちたいものだ。」
ハルゼー中将も会話に入ってくる。
「レイリー。あんたの話じゃ、シホールアンルとやら。南北大陸を征服するとかぬかしているんだろう?」
「そうです。」
「それを防ぐ楔として、俺達を呼んだのだな?そうならば話が早い。
今すぐにでも南大陸に艦隊や地上軍を派遣して、シホールアンルの陸軍部隊や海軍を綺麗さっぱり消し去ってやる。」
ハルゼーが自信ありげな口調で言ってきた。
(もしかして、協力してくれるのか?)
レイリーはそう思った。だが、
「しかし、それは俺だけの一存では決められない。」
ハルゼーはキンメルに視線を向ける。
「では、私が戦争を始めよう、とはできん。なぜだか分かるかな?」
「えっ?そ、それは・・・・・どういう事なのでしょうか?」
「シホールアンル帝国とは、交渉は決裂したが、やっこさんは何もして来ない。あんな余裕たっぷりの
宣言を下した割には、合衆国の沖合いには不審艦どころか、シホールアンル人の乗ったボート1隻も現れない。
つまりこういう事だ。まだ、相手は何もしていないから、我々はおいそれとは打って出れぬのだよ。」
「な、なぜですか!?」
レイリーは珍しく声を荒げた。
「自分達は、南大陸の危機を救う切り札として、あなた方をこの世界を呼んだのです。それなのに・・・・・・」
レイリーは納得できんとばかりに言葉を続けようとした。が、
「グリンゲルさん。このアメリカという国は、誰が主役であるか分かりますか?」
「はっ?」
レイリーは思わず間の抜けた声を漏らした。
「あなた方は、この国に来たのが初めてだから分からないだろう。この国の主役は、国民なのだよ。
アメリカには、大統領と言う立派なリーダーがいる。だが、そのリーダーがかなわない者が存在する。
それが、このアメリカの国民達だ。」
キンメルは、やんわりとした口調で、しかし、相手の頭に深々と刻み込むように言い放った。
「このような対外戦争は、大統領が戦争をやるぞ!と言っても、国民の大多数がやりたくないと言えば、戦争は出来ないのだ。
出来るとしても、その戦争は必ず不本意なものに終わっている。シホールアンルは、我が合衆国に何かしたかね?」
キンメルの問いに、レイリーが答えられるはずも無い。
「はっきり言って、シホールアンルは何もしていない。偵察機を襲いもせず、艦艇にちょっかいを出そうともしていない。
元々、アメリカとシホールアンルが遠い事もあろうが、強大な海軍力を持つシホールアンルなら、既にこの合衆国に
攻めようとしてもおかしくない。だが、11月4日以来張り巡らした哨戒網には何も引っ掛かっていない。」
そう、つまり、アメリカは戦争をやりたくても出来ないのだ。シホールアンルが何もせぬ限り・・・・・・
「要するにアレでしょ?国民が乗り気じゃないから戦争ができない、ってことでしょう?」
声が上がった。その声はレイリーの物ではない。
どこか気だるそうな感じの声。」
「ラウス!」
レイリーはラウスに目を剥いた。余計な事を言うな!と言いたそうな表情だ。
だが、ラウスは続けた。
「俺らからしたら、かなり厄介ですね。でも、俺としては逆に、このような国は見た事無いから、
それはそれでいいと思いますよ。」
「君は?」
キンメルは、少しばかり老けている感があるする若者に声をかけた。
「ラウス、ラウス・クルーゲルです。」
「彼はバルランド王国からやってきた者で、魔法研究においてはバルランドでも屈指の男です。」
「魔法研究だけじゃなく、意外と度胸もありそうだ。」
キンメルが言う。
「とりあえず、我々だけでは勝手に行動は起こせない。大統領、議会、そして国民の総意が必要だ。
だが、その総意を得るには、今の状況では材料が足りなさ過ぎる。」
「せめて、シホールアンル側が喧嘩をふっかけてくれば、わがアメリカも国民の理解を得やすいから、
行動を起こせるとは思います。でも、今の状況では厳しすぎます。」
参謀長のスミス少将が、厳しい表情で言う。会議室は、重苦しい沈黙に包まれた。
「でも、国民の総意で国の舵取りを決めるのは、いい事だと思いますよ。」
ラウスが、抑揚の無い口調で言う。
「それぞれの国のやり方がありますけど、皇帝や国王が勝手に戦争を始める例は、北、南大陸の歴史の中で多々ありました。
このような国策は、今でも多くの国が続けています。庶民は、突如起こった戦に駆り出され、戦場の恐怖を味わう。
反対でもしようものならば、監獄に放り込まれたり、首を跳ねられたりしました。ですが、この国は違う。
国民の総意で国の運命を左右する戦争の参加可否を決めると言うのは、かなりいい手だと思います。
キンメル提督は、アメリカは民主主義の国とおっしゃっていましたが、このような国こそ、南大陸の
諸国家が目指していた理想の国です。」
「その理想の国を作ろうとした途端、シホールアンルは戦争を始めたんです。それも世界を相手に。」
レイリーの顔が曇った。
キンメルは、シホールアンルが打った手は、彼らにとって寝耳に水の出来事であったのだろうと思った。
(ラウスとかいう若造、アメリカを理想の国と呼ぶか。傍目からは理想の国だろうが、
細部はまだまだ調整中の部分もある。それに国家として、歴史的にはまだ若い。
少し誇張のしすぎだな。まっ、この国の細部を勉強すれば、その考えは変わるだろう)
彼は内心苦笑した。だが、調整中の民主主義とはいえ、悪い部分もあるが良い部分もある。
「わがアメリカを褒めてくれて、礼を言うよ。とにかく君達の言う事は分かった。
明日、首都で大統領も交えた会議もあるから、私が電話で掛け合って、君達も同行させるよう願い出る。
言っておくが、わが国の戦争参加の是非については、あまり期待はしないでくれ。」
「その時は、止むを得ないと判断して別の方法を探します。」
レイリーはそう言って微笑んだが、その笑みはいくばくか引きつっていた。
(すまない。私も南大陸を支援したい気持ちはあるのだが・・・・・)
キンメルは、どこか心苦しいように感じた。
1841年11月9日 午後9時 マオンド共和国南西海岸
その日は、雨であった。
夕闇に包まれた港は、降りしきる雨音と、それを遮るように発せられる漣の音で満たされている。
一見、幽霊船しかいないのではないか?と思われる港だ。
その港から、紫色の光が表れ、パッと消えた。
それが合図だったかのように、紫色の光は、別々の所から50回も発せられた。
それが終わると、小さな影が、1隻、また1隻と出港して行く。
その船達は、全長は50メートルも満たぬ小型船で、大嵐に出会えば遭難確実になりそうなものばかりだ。
ブリッジは低く、船に必要なはずの帆は無い。
「哨戒部隊、出港して行きます。」
艦橋の窓から、報告を聞いた人影が頷いた。
「哨戒部隊が出港したら、2時間後に我々も出港するぞ。」
振り向いた人影は、念を押すように後ろに答えた。
小船達は、やや荒れる海なぞ平気だと言わんばかりに、慎重に、そして徐々に外海に出て行った。
これから50隻の哨戒艇は、それぞれ分散し、2000ゼルドまで進んで、飛空挺母艦を捜索する予定である。
1481年11月10日 午前10時 ニューヨーク沖北東770マイル沖
レイ・ノイス少将率いる第23任務部隊は、一路東北東を目指して、時速22ノットのスピードで航行していた。
「司令官、大西洋艦隊司令部より入電です。」
通信参謀が、艦橋の椅子に座って海上を眺めていたノイス少将の元に駆け寄ってきた。
「ご苦労。」
ノイス少将は頷き、通信参謀から紙を渡される。
「「第23任務部隊は、レーフェイル大陸の情報収集を、予定日通りに行われたし。
尚、第25、第27任務部隊は翌11日未明に出港予定なり。もし、シホールアンル艦と遭遇、
攻撃を受けた場合はこれを行動不能にし、艦と乗員を合衆国本土まで回航されたし。
大西洋艦隊司令長官 リチャード・インガソル」」
「レーフェイル大陸?あの大陸はそのような名前だったのか。」
「あの異変以来、合衆国周辺の状況も、少しながら分かって来ましたな」
参謀長のビリー・ギャリソン大佐が言ってきた。
「アラスカの西には見慣れぬ大陸があり、そこはシホールアンルの領土だと分かった。
次に東には、さっき名前の分かったレーフェイルという大陸がある。シホールアンルの高速船は東から来ている。
と、すると。レーフェイル大陸にも、シホールアンルの息の掛かった国があるかもしれない。」
「しかし、宣戦布告はまだ出されておりませんし、アラスカにもシホールアンルはなんら手を出していません。
ひょっとして、連中はこっちを脅すだけ脅しておいて、後は何もしないに徹するのではないでしょうか?」
ノイス少将はさあ、と言って首を捻る。
「あちら側の国に乗り込んで、直接話を聞かん限り、分からないだろう。
それよりも、未発見のレーフェイルとやらの国の情報を集めないとな。それには、あと800マイル進まなければならん。」
脳裏に、もう少し護衛を付ければよかったかな?と考えが浮かんだ。
第23任務部隊は、旗艦の空母ワスプを始めとし、重巡洋艦のウィチタ、軽巡洋艦セント・ルイス、駆逐艦5隻で編成されている。
今は戦時ではないため、手勢は少な目がよいと判断され、このような艦隊編成になったのだが、ここは元いた世界とは違う海だ。
もしかしたら、シーサーペントのような海の化け物もいないとは限らない。
転移から1月近く経つが、そのような報告は出されていない。
しかし、どこに巨大海洋生物が潜んでいるのか分からない為、上空には常にデヴァステーターとドーントレスを
6機上げて上空哨戒を行ったりたり、駆逐艦は対潜哨戒を厳にしたりなど、艦隊はピリピリとした空気に包まれている。
「今更だが、ノースカロライナか、ワシントン辺りを連れて来たかったな。
それがかなわぬまでも、巡洋艦と駆逐艦を1、2隻ずつ増やせば良かった。」
ノイス少将は、なぜか前途を不安に思っていた。
彼はそれを表情に出すまいと彼は心がけた。指揮官たるもの、動揺を見せては、士気に関わるからだ。
艦隊の将兵は、誰もが彼の心情を気付く筈も無く、普通の偵察航海で終わると思っていた。
14811月8日 午後3時 サンディエゴ南西600マイル沖
サンディエゴの太平洋艦隊司令部は、出港している第8、第10、第12任務部隊と補給艦隊に帰還命令を下した。
異変の起きた10月19日以来、この3個空母部隊は、補給艦や給油艦の支援を受けながら、
ひたすら西に進み、集められるだけの情報をかき集めた。
それぞれの艦隊が、サンディエゴまで1500マイルまで離れた11月4日、キンメル司令長官は情報収集活動を一旦終了すると伝え、
各艦隊をサンディエゴまで引き上げさせた。
情報収集に出港した3個艦隊のうち、ウィリアム・ハルゼー中将の率いる第8任務部隊は、時速16ノットのスピードでサンディエゴに向かっていた。
第8任務部隊は、空母エンタープライズを主力に置いている。
これをスプルーアンス少将率いる第5巡洋艦戦隊のノーザンプトン以下の巡洋艦4隻、駆逐艦8隻が護衛している。
護衛艦艇は、エンタープライズと、ある船を輪形陣の真ん中に敷いて、16ノットというゆっくりとした速度でサンディエゴに向かっていた。
その機動部隊の主である、ウィリアム・ハルゼー中将は、艦橋の張り出し通路から右舷側を航行する船をじっと見つめていた。
「なあマイルズ、あの船を見てどう思うかね?」
彼は、傍らで同じく、船を見つめていたマイルズ・ブローニング大佐に語りかけた。
「司令官。その質問、3時間前にも聞きましたぞ。」
「どうも、同じ質問しか頭に浮かばんものでな。
あの船を見るたびに、俺は夢の世界に放り込まれたままなのか?と思ってしまう。」
ハルゼーはブローニング大佐に姿勢を向けた。
「20世紀にも入ったっていうのに、中世のオンボロ帆船と似たような船と出会うなんて、誰が予想したかね?」
「予想は出来ませんでしたな。」
「それは俺達全員、いや、合衆国国民全員が予想できなかったさ。大統領もひっくるめてな。」
そう言って、ハルゼーは肩をすくめた。
この船と出会ったのは、11月4日の事である。
その日の午後3時。ハルゼーは艦橋で、偵察機の報告を待っていた。
出港してから、既に第8任務部隊は1500マイルも航行してきた。
出港してから、何度かドーントレスを飛ばし、サンディエゴのカタリナと共同して索敵に当たった。
10月22日には、アラスカのカタリナが、プリンスオブウェールズ岬沖970マイル付近で対岸を発見したと伝えてきた。
キンメル太平洋艦隊司令長官は、アラスカ海軍区司令官のフィッシャー少将に陸地の索敵を命じたが、
カタリナの航続距離のギリギリの線であったため、満足に偵察は出来なかった。
この間、サンディエゴを飛び立ったカタリナの1機が消息を立ったという知らせがあり、太平洋艦隊司令部をやや驚かせた。
翌日、潜水艦のノーチラスが、サンフランシスコ西方沖300マイル地点で漂流しているゴムボートを発見。
ボートに乗っていた乗員全員は無事救助された。
11月1日にはカタリナ飛行艇が2機、30分ほど新たに見つけた対岸を偵察した。
カタリナからの報告は驚くべきもので、地上にあった家は、ほとんどが木造かレンガ造りであり、
40キロ内陸には中世風の巨大な城を見つけたと報告してきた、
そして11月4日。
エンタープライズを発艦したドーントレス1機が、母艦より240マイル離れた南西の方角に、1隻の木造の帆船を発見したと伝えた。
帆船には国旗らしい、青と幾何学的な模様の混じった旗が翻っており、乗員達が手を振ってきたという。
ハルゼー中将はこの報告を聞くなり、すぐに太平洋艦隊司令部に送った。
「この異変の謎を解くカギだ!ハルゼー部隊をすぐに接触させろ!」
キンメルは報告が届くなり、第8任務部隊に、その謎の帆船との接触を命じた。
それまで18ノットのスピードで航行していた第8任務部隊は、24ノットに増速して、ドーントレスが報告した位置に向かった。
5日の午前7時早朝、第8任務部隊の前衛駆逐艦であるベンハムは、1隻の帆船を視認。
艦隊は、万が一の場合の為、全艦が戦闘配置についた。
もし、この帆船が攻撃してきたら、反撃して行動不能にさせ、乗員を船もろとも拿捕しようと考えた。
しかし、その船の乗員達は、見慣れぬハルゼー部隊の艦艇群を見てただただ、驚きの表情を見せただけであった。
ベンハムが指示を下した時、船の船員達は素直に指示に従った。
驚くべき事に、相手側の言葉はわかった。そして、向こう側もこちらの言葉をしっかり理解していた。
船の名前はブランスゲル号で、所属国はバルランドという王国。船員は54名で、他に7名の客を乗せていると言う。
彼らの目的は、先月の半ばに行った、召喚魔法の成果を確かめる事であった。
「召喚魔法だと?あいつら気は確かなのか?」
最初、ハルゼーはブランスゲル号に乗っていた、魔法使いとやらが言ってきた言葉を疑った。
その後も、同じような内容ばかり言うので、ハルゼーはその魔法使い連中をエンタープライズに連れて来いと命じた。
最初ハルゼーは、ブランスゲル号からエンタープライズに乗艦してきた、7名の黒いローブを身に纏った異国の者達が、
どこか不思議な生き物に見えた。
ハルゼーのみならず、ほとんどの乗員達が好奇の目で見つめていた。
ハルゼーは彼らを会議室に案内し、話を聞いた。
彼らの話によると、この世界には北大陸、南大陸という繋がった大陸と、もう1つ、海を隔てた大陸で主に構成されており、
彼らは南大陸のバルランド王国という国からやってきたのだと言う。
バルランド王国は、南大陸の諸国家と共に南大陸連合を構成し、北大陸で強大な国家となったシホールアンル帝国の侵攻を受けていると言う。
南大陸連合の軍装備は、シホールアンルに劣っており、現状では勝つ見込みは無く、
シホールアンル帝国に飲み込まれるのも時間の問題と話していた。
そこで、彼らは起死回生の作戦として、強大な戦力を持った国を、異界から召喚すると言う策に出た。
そして、その召喚されてきた国が、ハルゼーが籍を置くアメリカ合衆国だというのだ。
これには豪胆なハルゼーも目を丸くした。
だが、やや時間を置いて、ハルゼーは納得してきた。
なぜならば、召喚された瞬間と思われるあの日、ハルゼーはキンメルと飲んでいた時に、急にめまいを感じた。
最初、自分だけかと思っていたが、翌日、夜中に急に異変が起きたとか、なぜか眠くなったとかの噂を耳にした。
エンタープライズの艦内だけで、似たような事を言う兵士達はあちらこちらに見られた。
そして、事態が容易ならざると確信させたのが、急に途絶した各国の海外放送であった。
最初理解できなかったこれらの怪奇現象が、この魔道師たちの言葉によって、おおまかながらも理解できたのだ。
彼らの目的は、その国に行って、全て過程を話す事であった。
ハルゼー部隊からの新たな報告を受け取ったキンメル司令長官は、その船をサンディエゴに連れてくるように指示を下し、
5日午後4時、第8任務部隊はこの船と合流して、帰途に付いたのである。
「わざわざ俺達を呼ぶとは、よっぽど苦しかったのだろうな。」
「シホールアンルという国はやりたい放題やっていると聞きましたが、
あちら側が詳しく言わないので、いまいちわかりませんな。」
「俺も同じだ。」
ハルゼーは頷いた。
「胡散臭いとは思うが、とにかくどうしてこんな状況になったかは、全部とまでは行かないが分かった。
この世界が、アメリカのみじゃないと知る事が出来ただけでも、少しは寂しくなくなったよ。」
「はあ。しかし、逆に寂しいほうがよかったと、後悔しませんかね?」
「後悔するか、喜ぶかは、まずあの帆船の連中をサンディエゴに連れて行ってからだ。」
そう言いながら、ハルゼーはずれかけた制帽を被りなおす。
「それまでは大事な宝船だ。俺達がしっかり護衛せんとな。」
1481年 11月9日 午前7時 バージニア州ノーフォーク
フレルは、その後何度も交渉の再開を打診したが、アメリカ政府は1度も回答をよこさなかった。
最初の交渉から3日後の11月7日。シホールアンル本国から魔法通信が届き、至急本国に帰還せよとの命令があった。
それも皇帝直々に。
何かあるなと思ったフレルだが、ここはオールフェスの指示に従い、シホールアンル本国に帰還する事にした。
出港の許可が出たのは9日の午前7時の事である。
レゲイ号は6時30分に出港する予定であったが、急遽、出港が決まった空母ワスプを中心とする艦隊が港を出始めたため、
レゲイ号の出港は7時に伸ばされた。
「両舷前進微速!」
リィルガ船長の声が木霊し、艦の後部から、スクリューから発せられる振動が伝わってくる。
港の入り口に向けられた船首は、ゆっくりと前方に進み始めた。
レゲイ号の隣を、駆逐艦2隻に前後を挟まれた空母のワスプが出港していく。
レイ・ノイス少将が率いる第23任務部隊であるが、フレルらには司令官の名前も、部隊の名前も知らない。
ただ、少し離れた横を、1隻の空母と2隻の駆逐艦が慌しく出港していくだけである。
「今回の交渉は明らかに失敗だった。」
甲板上で、ノーフォークの港を見つめていたフレルは、悔しげな口調でそう呟いた。
「あんな子供だましに引っ掛かるとは!」
彼は、4日の会談の事を思い出していた。
最初、彼はハルを小役人風の男だ、と思ったのだが、それは向こう側がそう見せていただけであった。
これなら大丈夫だと思い、いつもの手で交渉を纏めたと思った瞬間、あちらは急に牙をむき出しにしてきた。
「恥知らずだと?無知だと?ふざけた事を抜かしやがって!」
フレルは、初めて味合わされた屈辱に震えている。
いつもの通り、相手を震えさせてやると挑んだのに、あっさり言い返され、何も出来なかったとは・・・・・・・
ハルに対する怒りと、相手を見極め切れなかった自分への怒りが複雑に絡み合い、彼の心身を大きく憔悴させた。
「どうせなら、もっとこの国を見ておけば良かった。」
内心で後悔したが、もはや後の祭りである。
後戻りは出来ない。
「南大陸と事を構えているのに、この国も相手取るとなると・・・・・・いや、勝てない事は無いか。」
彼は思い直した。
このアメリカという国の陸軍力は分からないが、海軍力に関しては勝っていると確信している。
なにしろ、シホールアンルは新旧の戦艦を15隻も保有しており、これからも6隻の新鋭艦が竣工予定だ。
そして、あちら側が持っていた竜母は3隻、それに対して、こちら側は竜母を7隻持ち、建造中の竜母も8隻はある。
巡洋艦にいたっては34隻を保有し、駆逐艦はゆうに200隻以上を持つ。
建造中の物を加えれば、総合数は1.5倍に膨れ上がる。
もともと、南大陸の侵攻をやりやすくするために始まった大建艦計画だが、シホールアンルの財政は
その建艦計画をスムーズに進められるほど余裕があるる。
ワイバーンもスピードは200レリンク(1レリンク2キロ)以上のものばかりだし、相手の航空機がどの
ようなものかは分からないが、北大陸にあった小国が持っていた、250レリンククラスのワイバーンにも太刀打ち
できたから、アメリカ側の航空機でも充分に相手に出来るはずだ。
近い将来では、250、300レリンククラスの最高速度を誇るワイバーンも育成される予定だ。
「それなりに痛い目に合いそうだが、相手に不足は無いだろう。」
先ほどまでの怒りは引いていき、逆に余裕の表情を浮かべた。
「さて、この国からは一旦出て行くが、また必ず戻ってくる。その時には・・・・・」
フレルは、ある人物の顔を思い出した。それは、あのコーデル・ハルだった。
「あの男に屈辱的な言葉を浴びせてやる。どのような言葉を言うかは、その時のお楽しみだな。」
そう言って、フレルはニヤリと笑みを浮かべた。
空母と駆逐艦が通り過ぎた後、ようやくレゲイ号が速度を上げて、港の出口に向かい始めた。
約4リンル(8ノット)のスピードで、緩やかに航行していく。
来た時と同じように、それぞれの艦艇や船から、好奇のまなざしでレゲイ号を見つめる人がちらほらと出てくる。
フレルはノーフォークの港から目を逸らし、視線を出入り口に向ける。出入口の先に、小さくなっていく空母が見えた。
ふと、彼はとある考えを頭に浮かべた。
「珍客が行ってしまいましたな。」
戦艦プリンス・オブ・ウェールズ艦長のリーチ大佐は、横に立って双眼鏡を見つめるジェームス・サマービル中将に話しかけた。
「珍客ねぇ。」
彼は複雑な表情を浮かべる。
「確かに珍客だったようだが、それでも、あの異色の船には、帰れる場所がある。
それに対し、我々第12艦隊は異国の地で居候のままだよ。」
彼は、ある意味レゲイ号が羨ましかった。
イギリス本国艦隊に所属する第12艦隊は、戦艦プリンスオブウェールズと巡洋戦艦レナウン、空母イラストリアスと
軽空母ハーミズ、巡洋艦ドーセットシャー、カンバーランド、軽巡洋艦ケニア、ナイジェリアと駆逐艦14隻で編成されている。
これらは、PF872船団の輸送船35隻を護衛しながら、10月6日にノーフォークに入港し、物資の積み込みと補給を受けていた。
出港予定日は10月13日であり、それまで待機していた第12艦隊は、突然、この大異変に巻き込まれてしまった。
本来、イギリス本国艦隊の主力は第7艦隊、第9艦隊、第12艦隊の3個艦隊で編成されており、
第7艦隊は戦艦キングジョージV、クィーンエリザベス、レパルス、空母ヴィクトリアスと巡洋艦6隻、駆逐艦12隻。
第9艦隊は戦艦ロドネイ、ネルソン、ウォースパイトと、空母フューリアスとイーグル、それに巡洋艦4隻と駆逐艦13隻で編成されている。
第12艦隊はこの3番目の艦隊を編成していた。
前の2個艦隊が、旧式戦艦と高速艦の入り混じりであったのに対し、第12艦隊は24ノット以上の
中、高速艦ばかりを集めた機動打撃艦隊として活躍していた。
本来は戦艦のフッドもこの第12艦隊に入っていたが、5月のビスマルク追撃戦で、分派された
プリンスオブウェールズと共に戦い、ウェールズは中破し、フッドは叩き沈められた。
その後、第12艦隊のイラストリアス、ハーミズの艦載機がビスマルクに攻撃を仕掛けたのを機に、
沿岸航空隊や第7、第9艦隊の各空母の艦載機も総動員され、悪天候の中、ビスマルクを打ち沈めている。
それ以来、ドイツ海軍はキールやノルウェーのフィヨルドに引っ込んでしまい、身動きが取れなくなった。
現在、第9艦隊がドイツ海軍に対して睨みをきかしており、一方で第7、第12艦隊は船団護衛に従事する事になった。
第12艦隊は、この船団護衛から戻った後、第9艦隊と任務を交代する予定であった。
現在、第12艦隊は、ハーミズが不発魚雷を食らって、アメリカ側のドックで修理を受けている意外は、全ての艦が港に係留されている。
帰るべき居場所を失った第12艦隊は、あの日以来、途方に暮れた生活を送っている。
普段の作業では士気の低下は見られないが、作業の合間や作業後には前途を噂する声が絶えない。
11月1日には、空母イラストリアスの乗員が、ノーフォークのとある飲み屋で、米海軍の乗員と大乱闘を起こすと言う不祥事が起きた。
喧嘩の発端は、イラストリアス側の乗員が、相手側の米水兵、空母ヨークタウンとワスプの乗員達を、
「実戦を経験していないヒヨッコ」と罵ったのが始まりである。
見えない所で、士気の低下は確実に進みつつある。
今現在、アメリカ海軍側は、「我が海軍に編入する」等の案を出していないが、
遅かれ早かれ、第12艦隊がアメリカ海軍の一部に組み込まれるのは見えている。
いや、そうしなければ、第12艦隊の艦艇群や輸送船団は、ただ港に浮かぶだけの、役立たずの鉄屑の集まりでしかない。
「早い所、道を決めないといけないな。
このままじっとしているか、植民地海軍の指揮下に入るか・・・・・リーチ艦長、君はどうすればいいと思う?」
サマービル中将はリーチ艦長に顔を向けた。
あの異変からあまり時間は経っていないはずなのに、サマービルの顔は3年ほど年を取った様に感じられた。
「私には、どう答えたら良いか・・・・・・」
リーチ大佐はうまく答えに窮する。しかし、それも一瞬で、すぐに続きを言った。
「しかし、このままではいられないのでは、と思う事は最近よくあります。今では、アメリカ側も何も言ってきませんが、
彼らも思っているかもしれません。ここに浮かぶだけの以外のやるべき事はあるはずだ、と。」
「なるほどね・・・・もっともな意見だよ。」
そう言って、サマービル中将は苦笑した。
「何度も言うのもアレだが。あの船の乗員が羨ましいね。」
彼はうんうん頷きながら呟く。
「植民地海軍。いや、アメリカ海軍の下で働くか。遠くない未来、アメリカ海軍は
我が大英帝国海軍を抜き去るとは思っていたが、その過程を、私は間近で見たいみたいものだな。」
1481年11月10日 午前11時 カリフォルニア州サンディエゴ
「見えたぞ!陸地だ!」
船員の1人が高らかに叫んだ。甲板でそれぞれの作業に当たっていた他の船員達や乗客も、船員の指を指す方向を見た。
今まで、海しか見えなかったが、海の向こうには、うっすらと陸地が見え始めてきた。
バルランド王国に属しているブランスゲル号は、11月の2日にグリンティス公国の港町から、一路東へと向かった。
彼らの目的は、2ヶ月以内に召喚の成果を見つける事だった。
「成果はあったなぁ」
甲板で涼んでいたラウス・クルーゲルは、眠たそうな口調で言った。
「最初は、ただ疲れただけの儀式をやって何になるんだと思ってたけど。
あの陸地や、周りの船を見ると、なんとか仕事は終わらせたと、ホッとするよ。」
同僚のヴェルプ・カーリアンが安堵したような言葉を言う。
「本当に終わったかな?」
「終わっただろ?」
ヴェルプがそう言いながら、あるものに向けて顎をしゃくった。
その方向には、ブランスゲル号の右舷600メートルを航行する竜母のエンタープライズがいる。
アメリカという国では、竜母の事を空母と呼んでいるらしい。
最初、疑問に思ったラウスらだが、飛行甲板を見せられてすぐに理解できた。
あの船には、ワイバーンの代わりに飛空挺を載せている。飛空挺の母艦なのである。
竜巣母艦ならぬ、飛空挺母艦。あるいは航空母艦、それを略して空母と呼んでいるのだ。
「あれが証拠さ。」
「そんな事じゃないよ。」
ラウスは、いささか気の抜けた口調で言う。
「ホラ、俺たちって、あのハルゼーとかいうおっさんの国を勝手に、この世界に呼び出したんだろ?
これって、ある意味誘拐と同じじゃね?」
ラウスの言葉に、ヴェルプはハッとなった。
「要するに、俺が言いたいのはさ、あのアメリカという国の人達が、本当はなんでこんな世界につれて来やがったんだ!
とか言って怒りまくってるんじゃないかって事さ。
お前だって、訳の分からん内に、知らないとこに連れて来られたら、しまいには怒るだろ?」
「ま、まあ。確かに怒るな。」
「俺らが最初に出会ったあの飛空挺と、次に出会ったこの艦隊。今は俺達に何もしないでいるけど、
陸地に着いて、話が終わった瞬間、連中に袋叩きにされないとも限らない。」
「と、すると・・・・」
「下手すりゃ、シホールアンルよりもおっかない敵を呼び出したかもしれないぜ。あんな船や、飛空挺を持ってるぐらいだ。」
ヴェルプは、背筋が凍るような感覚がした。
今まで、自分達の召喚魔法が上手く行ったからと浮かれていたが、冷静に考えれば、ラウスの言う通りになる。
そもそも、見ず知らずの国の連中に、いきなり自分達と共に協力してくださいと言っても、はい、そうですかとすぐに言うはずが無い。
逆に、何でこのような世界に呼んだのだ!と逆上されて攻め込んで来る、という可能性も有り得るのだ。
敵か。それとも味方となるか。どっちに転ぶかは、まだ判然としないのだ。
「そんな事は既に承知だ。」
背後から聞き慣れた声がした。
振り返ろうとすると、いきなり誰かがラウスとヴェルプの肩にのしかかってきた。
「どっちに転ぶか、それは運次第だよ。」
2人の間から顔を出したレイリー・グリンゲルはそう言うと、ニヤリと笑みを浮かべた。
「グリンゲルさん。」
「レイリーの兄貴。」
同時に2人は言葉を発した。
「あのハルゼーとかいう提督さんの受けは悪くなかった。逆にこっち側に興味津々だったよ。」
彼は自信ありげだった。
「もうすぐでアメリカという国に入る。あの国の住人達がどのような反応を示すかは、私が一番気になっている。
むしろ怖いぐらいだ。」
「ダークエルフでも、怖い事はあるんですねぇ。」
「姿形や寿命が違うだけで、基本的には君らと同じだよ。君達が聖人と言っている自分らやエルフも、
完璧な者はいないからね。私を完璧主義者の冷徹男とか抜かす奴もいるが、自分としては、これでも感情は豊かだと思ってるよ。」
そう言って、彼は微笑んだ。
普段、冷静な彼の表情しか見ていないヴェルプとラウスからは珍しかったが、あまり驚きはしなかった。
11月10日 午後1時 カリフォルニア州サンディエゴ
ブランスゲル号は、ハルゼー部隊と共に午前11時50分には無事にサンディエゴに入港した。
ブランスゲル号に乗っていた7人の乗客達は、ハルゼーからの報告によると、バルランド王国の特使らしいとあった。
最初、儀礼的に桟橋で、異界の住人達を迎えた、キンメルら太平洋艦隊司令部だが、彼らを知るには、
まず腹を割って話し合う必要がある。
キンメルは、船旅で疲れているであろうバルランド側の訪問者を一旦休ませて、午後1時から話し合おうと決めた。
そして、約束の時間は迫りつつあった。
太平洋艦隊司令部の会議室のテーブルに、キンメル大将を始めとする太平洋艦隊司令部の幕僚と、
一部の艦隊司令官(捜索作戦に参加したニュートン、フィッチ少将)が参加した。
「ミスタースミス。あの客人達を見てみて、どう思ったかね?」
キンメルは、右隣に座っているスミス少将に語りかける。
「いかにも魔法使いや騎士様、といった格好ですね。あんな、黒いローブや防具に剣を身に付けている人なんて
私は初めて見ましたよ。てっきり中世ヨーロッパに来たんじゃないかと思いました。」
「何よりも驚いたのは、あの浅黒い肌をした、尖った耳の男と女でしょうか。色白と、浅黒い系の2種類がいました。」
航空参謀のケネス・トワイヌ中佐も言う。
「あれは、エルフと呼ばれる人種だそうですよ。エルフと言う種族は、外見は人間よりやや異なり、
寿命が人間より長いそうです。何歳までか、とまではわかりませんが。」
情報部長のロシュフォード中佐が説明した。
「ハルゼーからの報告は私も読んだよ。」
キンメルは頷きながら言う。
「エルフは、元々北欧神話に出てくる人種で、話によっては悪者だったり、善者だったり様々だ。
私はてっきり、少しずる賢そうな奴を想像したんだが、実際に見ると、聞きしに勝るものだ。
ずる賢いどころか、頭が切れますよ、と言わんばかりの感じだった。大雑把な判定だがね。」
その時、ドアがノックされた。キンメルのちょうど向かい側にあるドアから発せられている。
「どうぞ!」
彼がそう言った。ドアの向こうから失礼しますと声がし、ドアが開かれた。
「司令長官、お連れしました。」
「おう、入れてくれ。」
彼は鷹揚に頷いて、士官の後ろにいる客人を中に入れるよう指示する。
1人の黒いローブを付けた男が入って来た。それを機に、残りの6人は続々と入室してくる。
最終的に白人系のエルフの女性が最後に入って来て、彼らは用意されたイスの横で立ち止まった。
「どうぞ、お掛け下さい。」
キンメルは慇懃な口調で席を勧めた。
「はっ、では失礼いたします。」
真ん中の男、ダークエルフのレイリー・グリンゲルが周りに目を配らせる。
7人の特使は席に座った。
「遠い本国からの航海、ご足労痛み入ります。」
「ありがとうございます。キンメル閣下。」
そう言って、レイリーは僅かに頭を下げる。
「さて、聞きたい事は山ほどありますが。」
「はい。なんなりとお聞き下さい。」
レイリーはそう言った。口調はどこか自信ありげだが、キンメルは彼の顔が緊張で固まっている事に気が付いた。
「さて、まずは第1に。なぜ、このアメリカをあなた方の世界に呼んだのか?」
「お答えします。」
そう言って、レイリーは左隣の赤毛の男に目配せをした。赤毛の男も頷き、懐から何かを取り出した。
「机を少し、お借りしてもよろしいでしょうか?」
「構いませんよ。」
キンメルは願いを聞き入れた。失礼します、と言って、彼は長テーブルに巻物を広げる。
その巻物は地図であった。
地図には、広大な海と思われる空白を挟んで配置された、2つの大陸があり、その他にも島国と思しきものも幾つか描かれている。
「これは・・・・・」
「世界地図です。」
レイリーは説明を始めた。
「ここが、自分達が住んでいる国がある場所です。」
彼は指で南大陸を指す。
「この北大陸と南大陸、そして海の向こうにある大陸がレーフェイル大陸です。その間に、あなた方の国があります。」
彼は、空白の部分に指で円を描く。
つまり、アメリカ合衆国は、この2つの巨大な大陸に挟まれた格好で、この世界に呼び出されたのである。
「あなた方を呼び出した発端は、この北大陸にあります。」
「北大陸か・・・・・この北大陸にはどのような国があるのかね?」
「北大陸には元々、9の国がありました。大きい順に答えると、シホールアンル、ヒーレリ、グルレノ、バイスエ、
レスタン、デイレア、ジャスオ、レイキ、ウェンステルとなっていました。
事の発端は、この北大陸一の強国であったシホールアンル帝国から始まります。」
レイリーは、事の経緯を説明し始めた。
シホールアンルが、他の小国を蹂躙し始め、侮れぬ力を持つ国家群を外交戦術で無血開場させた事。
従わぬ国には容赦の無い攻撃を加え、国の人口が半数を割った事もあると言う事。
そして、南大陸に侵攻してきた事等、様々なことを話した。
レイリーの説明はとても分かり易く、太平洋艦隊司令部の幕僚も、容易に話を呑み込めた。
「なぜシホールアンル帝国は、こうも短い時間で北大陸を手中に収めたのかね?」
主任参謀のマックモリス大佐が質問した。
「それは、彼らの軍にあります。陸上軍は、主に剣や盾、それに弓。これに陸軍用のワイバーンや大砲の支援が加わります。
陸軍の装備は、基本的には他の国家群の陸軍部隊と似ていますが、戦意や錬度に関しては、この世界でも
トップクラスと言っていいでしょう。しかし、それ以上に優れているのは海軍です。」
「海軍?」
「はい。シホールアンル海軍の艦艇は、他の国の艦艇に比べると、速力や防御力、攻撃力に関して段違いに強く、
保有する輸送船の数も膨大です。シホールアンルの作戦は、まずワイバーンで敵地上部隊を存分に叩いた後、
陸兵を大砲の支援の元、戦場に送り出します。これは主に内陸での戦いです。沿岸部の戦いでは、これに
巨砲を要した戦艦や、艦艇の艦砲射撃が加わり、沿岸部を守る要塞や陣地を叩き潰してから軍を勧めています。
この方法はかなり有効で、北大陸やこの南大陸戦線では、シホールアンルの軍艦が沖に現れでもしたら、
味方はたちまちのうちに砲弾の嵐に巻き込まれます。シホールアンル側は、地上部隊を艦砲の射程内に治める事で
敵の反撃を阻止し、その間に砲弾の傘の下にいる陸軍部隊の戦力を充実させてから敵にぶつけてきました。
この方法を取られると、もはや対処のしようがありません。北大陸戦線では、ワイバーンの空襲や後方撹乱、
砲撃などで戦力を損耗した所へ完全装備の敵軍が攻めて来て、壊乱した軍が多々あります。」
「つまり、そのシホールアンルとやらの海軍は、主に陸軍との共同作戦を取る事が多いのだな?」
唐突に野太い声が広がった。それはハルゼーの声であった。
「その通りです。この手法は南大陸戦線でも取られており、我が南大陸連合軍も非常に厳しい戦いを強いられています。」
「戦艦の射程は、いいとこ20~30キロほどが限度だが」
キンメルは口を開いた。
「1キロほどの距離でも決定的な勝利をもたらしかねない陸戦では、その砲弾の傘は援護される側にとっては有難く、
やられる側にはたまった物ではない。砲撃をまともに食らえば部隊は手痛い損害を被る。しかし、足踏みしている間にも、
砲弾の傘の下にいる敵は補給を終わらせてしまう。なるほど、これなら橋頭堡を固めて、ゆっくりと内陸に侵攻することも可能だな。」
そう言って、キンメルは頷いた。
陸海共同。国としては最悪だが、軍隊は素晴らしいほど綺麗に纏まっている。
それが、キンメルが抱いたシホールアンルの印象だった。
恐らく、シホールアンル陸海軍の意思疎通は見事なまでに取られているのだろう。
「馬鹿な政策を取る割には、いい軍隊を持っているな。」
「シホールアンル海軍や、ワイバーンさえ何とかなれば、せめて北大陸にまで押し戻す事が可能なのですが。」
レイリーの表情はどことなく暗い。
こうしている間にも、強大なシホールアンル軍は、ひたひたと南下しているのだ。
今現在、南大陸の北の小国、スリンデは既に50%の国土を占領されている。
レイリーの母国ミスリアルには、まだシホールアンル陸軍の手は伸びていないが、シホールアンル海軍の戦艦が、
バゼット半島の沿岸都市に傍若無人な艦砲射撃を加えたり、竜母部隊が暴れ回ったり等、少なからぬ被害を与えている。
「なるほど。あなた方の言っている事は分かった。」
キンメルは、視線をレイリーに注ぐ。
「しかし、問題がある。」
「問題、と申しますと?」
「実は、4日の事なのだが。ここアメリカ大陸は、西海岸と東海岸がある。今、我々がいるのは西海岸だ。
時は少し遡って10月の末。東海岸に駐留している海軍の飛行艇が高速輸送船らしきものを見つけた。
その数日後に偵察艦隊をその船に向かわせ、接触を行った。驚くべき事に、その船は、シホールアンル帝国という
今まで聞いた事も無い国の船だったのだ。」
刹那、レイリー表情ががらりと変わった。
(シホールアンル!?まさか・・・・・・)
彼は、まさかシホールアンルまでもが、このアメリカという国に接触していたとは思っていなかった。
最初、このアメリカが接触したこの世界に住人は我々であろうと思っていたのだ。
ところが、先客がちゃっかりいたのである。
(まさか・・・・・・アメリカはシホールアンルと!)
彼は、最悪のシナリオを頭に思い描いた。
それは、数日前に接触した空母という艦を交えて侵攻してくる米海軍と、
シホールアンルの連合軍が、退去して南大陸に押し寄せてくる姿であった。
「いきなり交渉を要求してきた彼らは、11月の4日に、国務長官と会談した。
だがね、その会談はとんでもないものだった。」
いきなりキンメルの口調が変わる。何か嫌な言葉を喋った、という感がこめられていた。
キンメルは側のスミス少将に目配せをし、スミス少将は机の下から何かを取り出す。
「これは、わが国のニューヨークタイムズという新聞社が発行した物だが、この見出しの船には見覚えはあるかね?」
レイリーは、その写真の船が何であるか、すぐに分かった。
「その船は、シホールアンルが所有している高速船、レゲイ号です。主に東のレーフェイル大陸に特使を派遣する際に
よく使用していて、形や性能などは既に知っています。ですが、そのレゲイ号がどこにあるか、出港日時等は
未だに分かっていません。」
「知っていたのだね。」
キンメルはニヤリと笑みを浮かべた。
「情報の分野ではいくらか心得があるようだが、それの話は後だ。
問題は、この船に乗って来たグルレント・フレル国外相とかいう要人だ。」
「グルレント・フレルなら知っていますよ。油断のならない相手です。」
「この国外相、わが国の国務長官に対してなんと言ったと思うかね?」
「大体予想は付きますね。」
「ふむ、すぐに予想は付く、か。フレル氏は有名人だな。実は、この国外相。
我がアメリカをシホールアンルの指揮下に組み込むとか言って来たのだよ。」
レイリーには読めなかったが、キンメルが持っている新聞には、
「極めて稚拙な外交交渉、ノーフォークにて行われる!!」と、見出しが大々的に乗っていた。
この新聞記事は、交渉から2日経った6日に発表されたものである。
ハルは、交渉の後、すぐにワシントンにとんぼ帰りし、ルーズベルト大統領に事の経緯を報告した。
「頭に血が上りすぎたせいで、はっきり言うべき所の言葉を間違えてしまいましたが、
大統領閣下、このシホールアンルという国は明らかに異常です。」
「なるほど。よく分かった。ハル、このような相手に平静でいられた君は何も恥じる必要はない。
公職50年を、外交官人生50年に間違えたとしても、その分相手にもインパクトを与えられただろう。
たまには嘘も方便と言うではないか。それに、あれは些細なミスだ。要は、傲慢な相手の鼻っ柱を、
へし折ったか、否かにあるのだよ。」
ルーズベルトはそう微笑みながら、この一部始終を新聞に載せよと指示を下した。
この会談の内容を知ったアメリカ国民は、高圧的な態度でアメリカに屈服を迫ろうとしたシホールアンルを、
外交の初歩も知らぬ馬鹿な国としてせせら笑う者もいれば、面白い、来るなら来いと息巻く者もいた。
だが、同時に、そのような強硬な国があることも確かである。
国民は、嘲笑や呆れを浮かべると共に、シホールアンル帝国という未知の国に警戒の念を強めた。
「と言う事は、アメリカ国民はシホールアンルの性格を知ったのですね。」
「その通りだ。あのような男を外交担当にし、挙句の果てにいつもの特技、それが私達がいた世界ではタブーの脅迫外交とは。
調子に乗りすぎると言うものはどれほど危ない結果をもたらすか、いい参考になったものだ。」
彼の言葉に、太平洋艦隊の幕僚の何人かが頷く。
「そのシホールアンルとやらが、俺達アメリカに立ち向かうと言うのならば、面白い、受けて立ちたいものだ。」
ハルゼー中将も会話に入ってくる。
「レイリー。あんたの話じゃ、シホールアンルとやら。南北大陸を征服するとかぬかしているんだろう?」
「そうです。」
「それを防ぐ楔として、俺達を呼んだのだな?そうならば話が早い。
今すぐにでも南大陸に艦隊や地上軍を派遣して、シホールアンルの陸軍部隊や海軍を綺麗さっぱり消し去ってやる。」
ハルゼーが自信ありげな口調で言ってきた。
(もしかして、協力してくれるのか?)
レイリーはそう思った。だが、
「しかし、それは俺だけの一存では決められない。」
ハルゼーはキンメルに視線を向ける。
「では、私が戦争を始めよう、とはできん。なぜだか分かるかな?」
「えっ?そ、それは・・・・・どういう事なのでしょうか?」
「シホールアンル帝国とは、交渉は決裂したが、やっこさんは何もして来ない。あんな余裕たっぷりの
宣言を下した割には、合衆国の沖合いには不審艦どころか、シホールアンル人の乗ったボート1隻も現れない。
つまりこういう事だ。まだ、相手は何もしていないから、我々はおいそれとは打って出れぬのだよ。」
「な、なぜですか!?」
レイリーは珍しく声を荒げた。
「自分達は、南大陸の危機を救う切り札として、あなた方をこの世界を呼んだのです。それなのに・・・・・・」
レイリーは納得できんとばかりに言葉を続けようとした。が、
「グリンゲルさん。このアメリカという国は、誰が主役であるか分かりますか?」
「はっ?」
レイリーは思わず間の抜けた声を漏らした。
「あなた方は、この国に来たのが初めてだから分からないだろう。この国の主役は、国民なのだよ。
アメリカには、大統領と言う立派なリーダーがいる。だが、そのリーダーがかなわない者が存在する。
それが、このアメリカの国民達だ。」
キンメルは、やんわりとした口調で、しかし、相手の頭に深々と刻み込むように言い放った。
「このような対外戦争は、大統領が戦争をやるぞ!と言っても、国民の大多数がやりたくないと言えば、戦争は出来ないのだ。
出来るとしても、その戦争は必ず不本意なものに終わっている。シホールアンルは、我が合衆国に何かしたかね?」
キンメルの問いに、レイリーが答えられるはずも無い。
「はっきり言って、シホールアンルは何もしていない。偵察機を襲いもせず、艦艇にちょっかいを出そうともしていない。
元々、アメリカとシホールアンルが遠い事もあろうが、強大な海軍力を持つシホールアンルなら、既にこの合衆国に
攻めようとしてもおかしくない。だが、11月4日以来張り巡らした哨戒網には何も引っ掛かっていない。」
そう、つまり、アメリカは戦争をやりたくても出来ないのだ。シホールアンルが何もせぬ限り・・・・・・
「要するにアレでしょ?国民が乗り気じゃないから戦争ができない、ってことでしょう?」
声が上がった。その声はレイリーの物ではない。
どこか気だるそうな感じの声。」
「ラウス!」
レイリーはラウスに目を剥いた。余計な事を言うな!と言いたそうな表情だ。
だが、ラウスは続けた。
「俺らからしたら、かなり厄介ですね。でも、俺としては逆に、このような国は見た事無いから、
それはそれでいいと思いますよ。」
「君は?」
キンメルは、少しばかり老けている感があるする若者に声をかけた。
「ラウス、ラウス・クルーゲルです。」
「彼はバルランド王国からやってきた者で、魔法研究においてはバルランドでも屈指の男です。」
「魔法研究だけじゃなく、意外と度胸もありそうだ。」
キンメルが言う。
「とりあえず、我々だけでは勝手に行動は起こせない。大統領、議会、そして国民の総意が必要だ。
だが、その総意を得るには、今の状況では材料が足りなさ過ぎる。」
「せめて、シホールアンル側が喧嘩をふっかけてくれば、わがアメリカも国民の理解を得やすいから、
行動を起こせるとは思います。でも、今の状況では厳しすぎます。」
参謀長のスミス少将が、厳しい表情で言う。会議室は、重苦しい沈黙に包まれた。
「でも、国民の総意で国の舵取りを決めるのは、いい事だと思いますよ。」
ラウスが、抑揚の無い口調で言う。
「それぞれの国のやり方がありますけど、皇帝や国王が勝手に戦争を始める例は、北、南大陸の歴史の中で多々ありました。
このような国策は、今でも多くの国が続けています。庶民は、突如起こった戦に駆り出され、戦場の恐怖を味わう。
反対でもしようものならば、監獄に放り込まれたり、首を跳ねられたりしました。ですが、この国は違う。
国民の総意で国の運命を左右する戦争の参加可否を決めると言うのは、かなりいい手だと思います。
キンメル提督は、アメリカは民主主義の国とおっしゃっていましたが、このような国こそ、南大陸の
諸国家が目指していた理想の国です。」
「その理想の国を作ろうとした途端、シホールアンルは戦争を始めたんです。それも世界を相手に。」
レイリーの顔が曇った。
キンメルは、シホールアンルが打った手は、彼らにとって寝耳に水の出来事であったのだろうと思った。
(ラウスとかいう若造、アメリカを理想の国と呼ぶか。傍目からは理想の国だろうが、
細部はまだまだ調整中の部分もある。それに国家として、歴史的にはまだ若い。
少し誇張のしすぎだな。まっ、この国の細部を勉強すれば、その考えは変わるだろう)
彼は内心苦笑した。だが、調整中の民主主義とはいえ、悪い部分もあるが良い部分もある。
「わがアメリカを褒めてくれて、礼を言うよ。とにかく君達の言う事は分かった。
明日、首都で大統領も交えた会議もあるから、私が電話で掛け合って、君達も同行させるよう願い出る。
言っておくが、わが国の戦争参加の是非については、あまり期待はしないでくれ。」
「その時は、止むを得ないと判断して別の方法を探します。」
レイリーはそう言って微笑んだが、その笑みはいくばくか引きつっていた。
(すまない。私も南大陸を支援したい気持ちはあるのだが・・・・・)
キンメルは、どこか心苦しいように感じた。
1841年11月9日 午後9時 マオンド共和国南西海岸
その日は、雨であった。
夕闇に包まれた港は、降りしきる雨音と、それを遮るように発せられる漣の音で満たされている。
一見、幽霊船しかいないのではないか?と思われる港だ。
その港から、紫色の光が表れ、パッと消えた。
それが合図だったかのように、紫色の光は、別々の所から50回も発せられた。
それが終わると、小さな影が、1隻、また1隻と出港して行く。
その船達は、全長は50メートルも満たぬ小型船で、大嵐に出会えば遭難確実になりそうなものばかりだ。
ブリッジは低く、船に必要なはずの帆は無い。
「哨戒部隊、出港して行きます。」
艦橋の窓から、報告を聞いた人影が頷いた。
「哨戒部隊が出港したら、2時間後に我々も出港するぞ。」
振り向いた人影は、念を押すように後ろに答えた。
小船達は、やや荒れる海なぞ平気だと言わんばかりに、慎重に、そして徐々に外海に出て行った。
これから50隻の哨戒艇は、それぞれ分散し、2000ゼルドまで進んで、飛空挺母艦を捜索する予定である。
1481年11月10日 午前10時 ニューヨーク沖北東770マイル沖
レイ・ノイス少将率いる第23任務部隊は、一路東北東を目指して、時速22ノットのスピードで航行していた。
「司令官、大西洋艦隊司令部より入電です。」
通信参謀が、艦橋の椅子に座って海上を眺めていたノイス少将の元に駆け寄ってきた。
「ご苦労。」
ノイス少将は頷き、通信参謀から紙を渡される。
「「第23任務部隊は、レーフェイル大陸の情報収集を、予定日通りに行われたし。
尚、第25、第27任務部隊は翌11日未明に出港予定なり。もし、シホールアンル艦と遭遇、
攻撃を受けた場合はこれを行動不能にし、艦と乗員を合衆国本土まで回航されたし。
大西洋艦隊司令長官 リチャード・インガソル」」
「レーフェイル大陸?あの大陸はそのような名前だったのか。」
「あの異変以来、合衆国周辺の状況も、少しながら分かって来ましたな」
参謀長のビリー・ギャリソン大佐が言ってきた。
「アラスカの西には見慣れぬ大陸があり、そこはシホールアンルの領土だと分かった。
次に東には、さっき名前の分かったレーフェイルという大陸がある。シホールアンルの高速船は東から来ている。
と、すると。レーフェイル大陸にも、シホールアンルの息の掛かった国があるかもしれない。」
「しかし、宣戦布告はまだ出されておりませんし、アラスカにもシホールアンルはなんら手を出していません。
ひょっとして、連中はこっちを脅すだけ脅しておいて、後は何もしないに徹するのではないでしょうか?」
ノイス少将はさあ、と言って首を捻る。
「あちら側の国に乗り込んで、直接話を聞かん限り、分からないだろう。
それよりも、未発見のレーフェイルとやらの国の情報を集めないとな。それには、あと800マイル進まなければならん。」
脳裏に、もう少し護衛を付ければよかったかな?と考えが浮かんだ。
第23任務部隊は、旗艦の空母ワスプを始めとし、重巡洋艦のウィチタ、軽巡洋艦セント・ルイス、駆逐艦5隻で編成されている。
今は戦時ではないため、手勢は少な目がよいと判断され、このような艦隊編成になったのだが、ここは元いた世界とは違う海だ。
もしかしたら、シーサーペントのような海の化け物もいないとは限らない。
転移から1月近く経つが、そのような報告は出されていない。
しかし、どこに巨大海洋生物が潜んでいるのか分からない為、上空には常にデヴァステーターとドーントレスを
6機上げて上空哨戒を行ったりたり、駆逐艦は対潜哨戒を厳にしたりなど、艦隊はピリピリとした空気に包まれている。
「今更だが、ノースカロライナか、ワシントン辺りを連れて来たかったな。
それがかなわぬまでも、巡洋艦と駆逐艦を1、2隻ずつ増やせば良かった。」
ノイス少将は、なぜか前途を不安に思っていた。
彼はそれを表情に出すまいと彼は心がけた。指揮官たるもの、動揺を見せては、士気に関わるからだ。
艦隊の将兵は、誰もが彼の心情を気付く筈も無く、普通の偵察航海で終わると思っていた。