第204話 大西洋の嵐(後編)
1484年(1944年)11月30日 午後10時 ネロニカ地方ソドルゲルグ
ソドルゲルグ魔法研究所を守る第9要塞旅団は、施設のあるネロニカ河東岸に主力を置く形で部隊を布陣させている。
司令部も主力が布陣する東岸に設置されていた。
第9要塞旅団司令官であるムイス・ヒウケル准将は、魔法研究所から南に500メートル離れた窪地に作られた、質素な造りの施設の
中で、司令部の幕僚達と共に戦況の推移を見守っていた。
「司令官。第2艦隊司令部からの魔法通信は、10分前より途絶したままです。もはや、第2艦隊は、敵艦隊との戦いに敗れた、
と考えて良いかもしれません。」
副旅団長のビグル・イーシテウ大佐が、顔に暗い色を張り付かせながら、ヒウケルに言う。
「となると……敵艦隊は、遅くても20分以内には、ここにやって来ると言う訳か。しかし、本当に敵は来ると思うかね?」
ヒウケルは首をかしげた。
「敵艦隊の戦力は、巡洋艦が5隻に、駆逐艦9隻程度と言うじゃないか。彼らだった、第2艦隊との戦闘で傷付いておるから、
わざわざ要塞砲で固められているこの場所に来るとは、到底思えないのだが……」
「司令。敵は何も、艦艇のみだけで、この場所に向かっているとは限りません。」
イーシテウ大佐がすかさず発言する。
「敵は先程、洋上の機動部隊より攻撃隊を発艦させ、河の東岸にある唯一の街道を、ダム爆破という奇策を用いて塞いでしまいました。
もし、敵がここに向かっているとすれば、艦隊のみならず、航空機による第2波攻撃隊も用意している、と予想したほうが良いでしょう。」
「……ふむ。アメリカ軍なら必ずやるだろうな。」
ヒウケルは納得し、頭を頷かせた。
「魔道士官!今すぐ、各対空陣地に遅れ。敵航空部隊が、再攻撃を行う公算、極めて大なり。各陣地は警戒を厳にせよ。以上だ。」
ヒウケルは、椅子に座っている、少佐の階級章を付けた魔道士官に命じる。
面長の魔道士官は頷くと、素早く立ち上がり、部屋から飛び出して行った。
それから10分後。
「司令!沿岸の監視部隊より緊急信です!」
先程、会議室から出て行った魔道士官が再び舞い戻り、ヒウケルに報告を伝え始めた。
「敵らしき艦影を見ゆ!数は10隻前後!」
「報告はそれだけか?」
ヒウケルはすかさず聞いた。
「ハッ。今の所は……」
ヒウケルは、沿岸部のすぐ近くに姿を現した敵艦隊に対して、半ば感嘆していた。
「敵艦隊は、第2艦隊との戦闘で傷付いている筈なのに、敢えてここに現れたか……どうやら、敵は意地でも、あの研究施設を潰したいようだな。」
「恐らく、敵は航空支援を当てにしているのかもしれませんな。」
作戦参謀が発言する。
「艦隊単独のみなら、我が旅団が保有する、全火器を相手にしなければなりませんが、航空支援が当てにできれば、敵艦隊は幾ばくか、
楽な戦闘が出来るでしょう。」
「ふむ……狙うとしたら、砲台が大きな要塞砲を狙って来るだろうな。要塞砲は11ネルリ砲を収めているとあって、台座も、砲を覆っている囲いも
でかい。敵は、旅団の主力でもある要塞砲に攻撃を集中して来るだろう。」
ヒウケルはそこまで言ってから、急に不敵な笑みを浮かべた。
「だが、要塞砲の守りは万全だ。12門ある重要塞砲は、全てが150グレル爆弾に耐えられるだけの防備を施してある。敵が重要塞砲を狙って来ても、
十分に耐えられるだろう。」
「となると、我々は、ここでゆっくりとしながら、敵艦隊が全滅するのを待つだけとなりますな。」
「そうだな。」
ヒウケルは、当然だとばかりに深く頷いた。
「沿岸の第1監視所より通信!敵艦隊は約15リンルの速力で急速に接近しつつあり!距離は約5ゼルド!」
「5ゼルドか……一番奥にある要塞砲も、既に射程に入れているな。」
ヒウケルは小声で呟きながら、要塞砲の配置を脳裏に浮かべる。
魔法研究所は、沿岸部より1.5ゼルド(約4500メートル)北側の、河の入江の奥側に配置されている。
河の入江はなかなかに大きく、河から300メートル、半径200メートルの円弧状の形になっている。
第9要塞旅団は、12門ある重要塞砲のうち、7門を研究所がある東岸に布陣させている。
7門の砲の配置は、要塞のやや北側、入江を囲っている山岳部の外周に2門、研究所から100メートルほど南に2門、そこから
位置をずらしつつ、南に300メートル間隔で1門ずつ配置されている。
旅団の主力である47口径11ネルリ重要塞砲は、昼間であれば24000メートルの彼方に砲弾を飛ばす事が出来、夜間でも
沿岸部の監視所を頼りにすれば16000メートル、監視所が無くても11000メートルから射撃を行える。
東岸に配置されている7門の他に、西岸にも5門の要塞砲が配置されている。
こちらの要塞砲もまた、位置を巧みにずらしながら、河に沿うように配置されており、敵が河を遡上して来た場合に備えて、
東岸の砲と連携して、十字砲火を浴びせられるように工夫がこなされている。
この7門の重要塞砲は、第212要塞砲連隊によって運用されており、各砲はこれまでの猛訓練のお陰で、50秒置きに1発の砲弾を
放てるようにまでなっている。
第9要塞旅団の主力たる第212要塞砲連隊の他に、野砲を主力とする第213野砲連隊と、第214野砲連隊、第215野砲連隊も布陣している。
第213、214、215野砲連隊は、各連隊が81門の野砲と、1個対空中隊を有しており、213、214連隊は、要塞砲の配備数が少ない西岸に
集中配備され、215連隊は東岸の要塞砲の死角を埋める形で、2箇所に分散して配置されている。
野砲の射程距離は9000メートルで、至近距離まで迫った敵艦隊に対して、3ネルリ砲弾の猛射を浴びせる事が出来る。
旅団の兵員数は11000名とかなり多い。
この野砲の数と、兵員数からみて、第9要塞旅団の規模は、旅団とは言いながら、兵員の規模や砲の数では並みの師団(マオンド陸軍では、
10000名編成の師団が普通である)を越えるほどである。
この大量の野砲と、旅団と名乗りながら、異常に多い兵員数。
これには、ある理由があるのだが、それを知っているのは、旅団長であるヒウケルと所長のダングヴァのみである。
「しかし、軍と、教団側の要請で、過剰なまでに増やしたこの旅団の戦闘力が、ようやく発揮出来る時が来るとはな。正直言って、機会を与えてくれた
アメリカ軍には感謝したいぐらいだ。」
ヒウケルは、ようやく訪れた戦闘を前にして、内心熱くなるのを感じていた。
「……どうした?」
不意に、ヒウケルは、側に座っている魔道主任参謀が(旅団司令部には、魔道参謀が2人居た)浮かぬ顔つきを浮かべている事に気が付いた。
ヒウケルに声を掛けられた魔道主任参謀は、彼に顔を向けた。
「旅団長……どうも、私は引っ掛かるのです。」
「引っ掛かる?何がだね?」
ヒウケルが聞き返すと、魔道主任参謀は、先程、目の前に置かれた紙をヒウケルに渡す。
「これは、第2艦隊が送って来た、最後の魔法通信です。」
「敵巡洋艦部隊は……で、止まっている。確か、君は先程も、これを私に見せて来たな。あの時、君は第2艦隊司令部からの
最期の通信だと、言っていたな。」
「はい。恐らくは、『敵巡洋艦部隊は……』の後は、被害甚大なり、とか。そういった類の通信であると、私は思いたい。」
「思いたい?君、それはおかしいぞ。」
ヒウケルは怪訝な顔つきを浮かべた。
「幾ら何でも、思いたいは無いと思うがね。それとも何かね?君は、まさか、敵の巡洋艦部隊が、別の攻撃目標を悟らせぬ
ために用意された、囮か何かであると言うのかね?」
「それも考えました。ですが……それでは納得が行かぬのです。」
魔道主任参謀は首を2、3度、横に振りながら言う。
「旅団長!敵艦隊との距離が4ゼルドを突破しました!」
主任参謀がヒウケルに報告して来る。
「敵艦隊が3ゼルドにまで迫ったら、すぐに射撃を開始しろ。重要塞砲にも砲撃を行わせよ。」
ヒウケルは主任参謀に命じてから、再び魔道主任参謀の話を聞く。
「では、君はどのように考えておるのかね。」
「何故敵は、こんな無謀とも思える突撃をするのです?幾ら航空支援が望めるとはいえ、あの極秘施設に辿り着く前に、要塞砲に
阻止される事は明らかです。」
魔道主任参謀は、そこまで言ってから言葉を止める。
彼の顔色は、みるみるうちに青く染まって行く。表情は平静そのものだが、内心では、恐ろしい事態を想定し、その事態が引き起こす
重大事に縮みあがっていた。
「もしかしたら……第2艦隊はこう伝えたかったのではありませんか?『敵巡洋艦部隊は……本隊にあらず』、と。」
「……まさか。」
ヒウケルは、一笑に付した。
「敵艦隊は、あの巡洋艦部隊だけだと、第2艦隊司令部は伝えている。もし別の敵艦隊が居れば、第2艦隊は巡洋艦部隊のみならず、
別の敵艦隊からも叩かれ、もっと早い内に壊滅している筈だ。だが、そうはならなかった。」
「ええ。確かにそう思えるでしょう。戦力が大きい場合は、それを全力で使わねばなりませんからな。」
魔道主任参謀は、渋い顔つきを浮かべながらそう言う。
「ですが、敵があの巡洋艦部隊のみ、という事は、私としてはどうも納得がいかぬのです。攻撃を行う時は、その時点で保有している
最大の戦力で行う。アメリカ軍は、それを常に実行して来ました。シホールアンルの戦いでも……この、我がマオンドでの戦いでも。
そのアメリカ軍が、ただ単に巡洋艦部隊を自殺覚悟で突っ込ませ、敵地破壊をやろうとする事は、私としてはあり得ぬと思うのです。
巡洋艦部隊だけを敢えて突っ込ませているには、何か訳がある筈です。」
「何か訳がある……か。その訳の正体というのが、君の言う、未だ未発見の敵艦隊と言う事か。」
「はい。恐らくは、戦艦を主力とした本隊かもしれません。」
「本隊……と言う事は、あの巡洋艦部隊は……!」
その瞬間、ヒウケルは敵の意図が理解できたような気がした。
「旅団長!敵艦隊との距離、3ゼルドまで縮まりました!これより砲撃に入ります!」
主任参謀が報告を伝えた。その時、ヒウケルは心中で叫んだ。
(いかん!砲撃を控えさせねば!このままでは……火点を暴露してしまう!)
彼は立ち上がり、魔道主任参謀に命令を伝えようとした。
だが、彼が口を開いた瞬間、要塞砲の射撃音が轟々と鳴り響いた。
要塞砲の発砲音の後に、太鼓を乱打するかのような小さな発砲音も続けて聞こえて来た。
「まずい……砲撃が開始されてしまった!」
ヒウケルは、自分の判断が遅かった事をひどく後悔した。
「各連隊へすぐに、射撃を中止せよと伝えよ!大至急だ!」
ヒウケルは、魔道主任参謀にそう命じた。
だが、命令が伝わりにくいのか、各砲は射撃を止める事は無かった。
「どうなっておる!何故射撃を止めんのだ!?」
「旅団長!敵艦隊は艦砲射撃を行っております!」
「何?艦砲射撃だと!?」
ヒウケルは驚きつつも、すぐに立ちあがって、3階の質素な監視小屋に上った。
彼は、持っていた携帯式望遠鏡を引き延ばし、それ越しに海岸付近を眺める。
よく見ると、海上から盛んに発砲炎が煌めいている。
視線を、西岸付近に向けると、そこに布陣している野砲部隊も、沖合の発砲炎目掛けて、野砲のつるべ撃ちを浴びせている。
敵艦隊の砲撃はあまり正確では無く、海岸や海面、あるいは河の中に砲弾が落下して水柱を噴き上げている。
中には、野砲陣地の間近で炸裂する砲弾もあるが、今の所、野砲部隊は目立った損害を被っていないようだ。
野砲部隊の砲撃に加えて、要所要所に配置された要塞砲も、50秒置きに1発の砲弾を放っている。
野砲部隊と要塞砲は、敵に負けじとばかりに、砲を撃ちまくっているのだが、視界の悪い夜間という条件もあってか、
夜闇の向こうにいる敵艦隊に対して、未だに有効弾を出せずにいる。
(ムッ……妙だな)
この時、ヒウケルは敵艦隊の動きが不自然である事に気が付いた。
敵艦隊は、是が非でも極秘施設を破壊するため、ひたすら前進を続けていた筈である。
前進を続けているのならば、敵が使える主砲は、艦前部に搭載されている砲のみの筈であり、今見えている発砲炎は、前方から
順繰りに連なって見える筈であり、あまり派手さを感じさせぬ物になると思われる。
ところが、敵艦隊と居ると思しき方向から放たれる発砲炎は異様に数が多く、閃光も横一列に並んでいる。
「まさか……敵はこちら側に側面を晒しているのか?」
ヒウケルは、不審な顔つきを浮かべながらそう呟いた。
唐突に、河口部付近の上空に青白い閃光が煌めいた。
「なっ……!?」
ヒウケルは、咄嗟に左手で目を覆った。
(まさか、敵機か!?)
彼の思いを肯定するかのように、河口部付近から航空機が発する爆音が響いて来た。
「旅団長!沿岸の監視小屋より緊急信!コルセアと思しき敵機、約10機前後が、超低空より河口部に接近中との事です!」
「コルセアだと!?」
ヒウケルが叫んだ瞬間、河口部より発砲音とは異なる轟音が立て続けに湧き起こった。
彼はハッとなり、慌てて西岸付近に望遠鏡を向ける。
暗闇の中から、幾つ物光る物体が何かから吐き出され、それが、盛んに砲を撃っている野砲部隊に叩きつけられていく。
吐き出された物体が、あっという間に暗闇に突き刺さったと思いきや、大爆発が起こり、一瞬ながら周囲が照らし出される。
夜闇の下から曝け出された野砲と、野砲の後ろに積み上げられた砲弾。
そして、その上空を猛々しく飛び去って行く湾曲した翼を持つ敵機がいる。
敵機の姿が見えたのはその一瞬だけであったが、ヒウケルにはその正体がすぐにわかった。
「あの禍々しい主翼……コルセアに間違いない!」
彼は大声でそう叫んだ。
ヒウケルは知らなかったが、この時、野砲陣地に攻撃を加えているコルセアは、空母ハンコックから発艦したVF-19所属機である。
TF72司令部は、イラストリアス、ワスプのアベンジャーで編成されたダム攻撃隊を第1次攻撃隊とし、巡洋艦部隊の威力偵察を
援護するハンコック隊を第2次攻撃隊として編成していた。
元々、第2次攻撃隊は出す必要は無く、万が一の保険として準備だけはされていたが、第1次攻撃隊が発艦した後、少しでも多くの野砲を
潰せば、その分、本隊の援護にもつながると判断され、第1次攻撃隊が発艦した30分後に、先導のアベンジャーを引き連れた12機のコルセアが、
ハンコックから飛び立った。
12機のF4Uの内、4機は機上レーダーを搭載しており、残りの8機のF4Uはレーダー搭載型のF4Uと、先導役のアベンジャーの誘導を
受けながら目標に到達した。
12機のF4Uは、共に8発のロケット弾を搭載しており、攻撃目標には、沿岸部付近に布陣している野砲が選ばれていた。
先導役のアベンジャーは、巡洋艦部隊が河口部に接近し、敵地上部隊の砲火を確認するや、すぐさま河口部に接近して、上空から照明弾を落とした。
12機のコルセアは、発砲炎と、照明弾の閃光で位置が暴露された野砲陣地目掛けて突進し、対空部隊に迎撃を行わせる暇も与えぬ内に、
次々とロケット弾を叩き込んだ。
コルセア隊のパイロットは、全員が夜間戦闘訓練を修了した者ばかりで占められている物の、レーダー搭載機以外のパイロット達は、実戦経験が浅い
若年兵ばかりであり、ロケット弾を放つ時も、半ば適当に狙いを定めて撃つ事しかできなかった。
昼間であれば、冷静に目標を見つけて、攻撃を行う事も可能であったが、対空砲火を避けるために猛速で飛行していた事と、夜間であった事で
目標が見え辛い事が影響して、パイロットは平静さを取り戻す事が出来ぬまま、闇雲にロケット弾をばら撒くだけに終わってしまった。
普通なら、派手に爆炎を上げるのみで、戦果は少ない、という惨めな結果になる筈であるが、今回は逆に、半ば当てずっぽうにロケット弾を
放った事が、状況を有利に……マオンド側にとっては状況を加速度的に悪化させられると言う結果になった。
「お、おい。やたらにでかい爆発が起こっているぞ!」
ヒウケルは、野砲陣地で次々と噴き上がる爆炎を見つめながらそう言い放つ。
F4Uのロケット弾攻撃を受けた部隊は、第213野砲連隊であった。
第213連隊は、野砲を連ねて砲撃を行っている最中にロケット弾攻撃を受けたが、この時、213連隊は、大砲同士がやや密集した形で並べられており、
砲の後ろに溜められた砲弾も、隣の砲のために用意された砲弾とかなり近い位置にあった。
ヒウケルは大慌てで砲撃準備を行わせた。
各野砲連隊は、短時間で砲撃準備を終え、ヒウケルを満足させた。
だが、彼らの大半は、未だに実戦を経験していない兵で占められており、実戦の場合は、砲や弾薬箱は、距離を開けて置くように指示されているのだが、
彼らは初実戦と言う事と、今まで好き放題にやって来た敵を討ち果たしてやると言う思いで頭に血が上っており、訓練時に伝えられた筈の指示を
すっかり忘れてしまっていた。
この事が、コルセア隊のロケット弾攻撃による損害を、加速度的に拡大させる原因となった。
12機のコルセアから放たれたロケット弾は、雨あられとばかりに野砲陣地に降り注いだ。
野砲を直撃した1発のロケット弾は、その一撃で基部を破壊し、操作要員を破片でずたずたに引き裂いた。
地表に突き刺さったロケット弾は数人の砲兵を一瞬の内に吹き飛ばすか、爆風で地面に叩き付け、後送確実の重傷を負わせた。
コルセアの中には、機銃掃射を行いながらロケット弾を放つ機もおり、その一連射は、運の悪い幾名かのシホールアンル兵を上から串刺しにし、
その内の何人かは手足を千切り飛ばされた。
別のロケット弾は、弾薬箱に命中して砲弾をも爆発させる。
その爆発は、すぐ隣積み上げられている多数の弾薬箱も巻き込み、更に巨大な爆発を巻き起こした。
この爆発は更なる爆発を呼び起こし、敵艦隊に向けて放たれる筈の砲弾多数が、撃ち出そうとしている野砲を、兵員諸共、木端微塵に打ち砕いて行く。
誘爆は10秒間に渡って続き、やがて止まった。
コルセアに襲われるまで、盛んに砲を撃ち放っていた213連隊の野砲陣地からは、発砲炎はすっかり消え失せ、かわりに爆発によって生じた大火災が、
その周囲を明るく照らし出し、真っ黒な黒煙を高々と噴き上げていた。
「何たる事だ!」
ヒウケルは、野砲陣地から発せられる火災炎を見ながら、無意識の内にそう叫んでいた。
「旅団長!沿岸の監視部隊から続報です!我、4ゼルド南方に別の生命反応を探知せり!新手の敵艦隊の可能性、極めて大なり!」
いつの間にか、ヒウケルの傍らに居た魔道主任参謀は、部下の魔道士から報告を受け取っていた。
その報告を知らされたヒウケルは、すぐに顔を青く染めた。
「……最悪だ。敵の本隊が現れる前に、我々は敵に砲の位置を暴露してしまったぞ!」
ヒウケルは、悔しげに顔を歪める。
だが、後悔の念に捉われる暇も無く、新たな報告が彼の耳に入って来る。
「旅団長。敵艦隊が発砲を行いながら、一斉に反転を開始しました。」
魔道主任参謀の報告を聞いたヒウケルは、無言で頷いた後も、遠ざかり始めた洋上の発砲炎を見つめ続ける。
(……してやられたな)
ヒウケルは、心中でそう呟いた。
「魔道主任。被害を受けた部隊はどの隊か?」
「はっ。今確認します。」
質問を受けた魔道主任参謀は、西岸沿いに配備されている野砲連隊に、すぐさま連絡を取った。
1分程経ってから、魔道主任はヒウケルに報告を伝えた。
「旅団長。被害を受けたのは第213連隊です。213連隊は、敵の航空攻撃で、少なくとも連隊の保有する砲のうち、
3割を破壊されたようです。」
「3割もか……予想はしていたが、やはり多いな。」
ヒウケルは、平静な表情を浮かべたまま返事したが、内心では幾らか落胆していた。
(あの爆発から見て、野砲の弾薬が誘爆した事は確実だ。恐らく、被害の約半数程度は、誘爆による二次被害で生じたものだろう。
全く、敵艦隊にぶつける筈の弾で、味方が大損害を食らうとは……これでは、大恥もいい所だ)
ヒウケルは、頭を抱えたい気持ちを抑えつつ、内心、自嘲的に呟く。
「魔道主任。各隊に伝えろ!」
彼は、吹っ切れたような口ぶりで、魔道主任に言う。
「目標を、新手の敵艦隊に変更!要塞砲は、直ちに照明弾を発射し、敵艦隊の視認に努めよ、とな!」
「了解です!」
魔道主任参謀は頷いた後、すぐに各隊へ向けて、魔法通信を送った。
それから1分後。魔道士が報告した敵艦隊の位置情報を頼りに、12門の要塞砲から照明弾が放たれた。
程なくして、洋上に淡い緑色の光が灯った。
うっすらとだが、その光の下に幾つかの影が見えた。
影の中でも、特に大きい物が2つも見える。
「微かだが……敵が見えるな。うち2つの影は大きい。あれが、ベグゲギュスが知らせて来た敵戦艦だろうか。」
ヒウケルが小声で呟いたその時、魔道主任参謀が新たな知らせを伝えて来た。
「旅団長!沿岸の監視部隊より報告です!敵の編成は戦艦2隻、巡洋艦4隻、駆逐艦10隻前後。戦艦2隻のうち、
1隻はプリンス・オブ・ウェールズ級、もう1隻はレナウン級並びに、ニューメキシコ級戦艦らしき物なり。
敵艦隊の速力は14リンル。」
「プリンス・オブ・ウェールズか……2年前に起きたグラーズレット沖の夜戦で、味方戦艦2隻を撃沈した強敵が来るとはな。」
「私はてっきり、アイオワ級戦艦が来ると思っていましたが……それよりも格下のプリンス・オブ・ウェールズ級なら、
わが要塞砲でも勝機はありますな。」
魔道主任参謀は、米軍がアイオワ級ではなく、それより小型と思われているプリンス・オブ・ウェールズ級を投入して来た事に、
やや楽観しかけていた。
だがヒウケルは、気の抜けた言葉を発した魔道主任参謀を睨み付けた。
「君。さっき、私が言った言葉を聞いてなかったのかな?相手は数の優位をあっさりと覆して、勝利をもぎ取った、
あのプリンス・オブ・ウェールズだぞ。あの艦は、モンメロ沖海戦でもアイオワ級に勝るとも劣らぬ活躍をしたと
噂されている。脅威の度合いからいえば、アイオワ級とさして変わらんぞ。それに加え、我々の要塞砲は確かに優秀だが、
砲の口径ではアメリカ軍側に分があるのだぞ?状況はちっとも良くなっておらんのだ。少しは気を引き締めたまえ!」
ヒウケルは、厳しい口調で魔道主任参謀を叱責する。
要塞砲が新たな砲撃を行った。それと同時に、敵艦隊からも発砲炎と思しき閃光が煌めく。
12門の11ネルリ砲が放った弾は実弾であり、狙いは先頭のプリンス・オブ・ウェールズ級と、2番艦に絞られていた。
要塞砲の砲弾が着弾した後、敵戦艦の砲弾も河口部付近に降り注いで来た。
耳を劈くような轟音が鳴り響き、大地が揺れ動いた。
「おおっ…!流石は戦艦の砲弾だ!」
ヒウケルは、初めて体験する大口径砲弾の着弾に度肝を抜かされた。
「東岸部第1砲台並びに、西岸部第1砲台の周辺に敵弾落下!損害なし!」
「東と西の第1砲台がそれぞれ砲撃を受けたか……戦艦1隻の火力で、砲台を1つずつ潰すつもりだな。」
ヒウケルは、米側の戦法を冷静に分析する。
「こちらの砲撃はどうなっている?」
「我が方の砲弾も、全て外れました。ただ、敵2番艦には、早くも狭叉弾を得たようです。」
「ほほう。第1射で狭叉か。幸先が良いぞ。」
ヒウケルは満足気に頷いた。
「敵戦艦部隊、第2射発砲!」
つい今しがた駆け付けた見張り員が、早くも敵艦の新たな発砲炎を確認した。
それから10秒後に、要塞砲も、沿岸部から順繰りに発砲を行った。
要塞砲の砲弾が弾着する前に、敵戦艦部隊の砲弾が降り注いで来た。
ヒウケルは、東岸の第1砲台の辺りに目を向けていた。
唐突に、第1砲台から100メートルほど離れた位置に、敵戦艦の砲弾が連続して着弾し、大量の土砂が跳ね上がった。
「どうやら、敵戦艦は最初から斉射を放っているようだな。」
ヒウケルは、第1砲台前に上がった爆発炎を見るなり、そう確信した。
「早めに砲台を潰して、魔法研究所を攻撃したいと思っているだろう。だが、そう簡単に、ここは通さんぞ。」
彼がそう言い放った直後、敵戦艦の周囲に要塞砲が放った砲弾が弾着した。
「弾着!敵1番艦、並びに敵2番艦に命中弾!」
「ようし、良い調子だ!」
彼は、先手を取れた事を素直に喜んだ。
「敵戦艦、更に接近します。距離3.5ゼルド!あっ!敵艦、第3射を放ちました!」
見張り員は、続けざまに報告を伝えた。
「こっちが2度砲撃を行ったに対して、あちらは3度か。ふむ……砲の発射速度では向こうが上のようだな。」
「確かに。未だに、敵が有効弾を得ていないのが救いです。このまま砲弾を浴びせ続けましょう。」
魔道主任参謀が相槌を打つ。
「言われるまでも無いな。要塞砲連隊の腕前なら、奴らが河口部に達するまでに足止め出来るだろう。」
(最も、こちら側が一切、損害を受けなければ、の話だが)
ヒウケルは、最後の部分は口にしなかった。
この時、上空に航空機の物と思しき爆音が再び響いて来た。
「旅団長!上空に敵機です!」
「むっ!アメリカ人共め、洋上の機動部隊から第3波の攻撃隊を差し向けて来たか!?」
ヒウケルは、今にも敵艦載機が、野砲連隊の陣地か、要塞砲の砲台に向かって来るかと思った。
だが、それから1分が過ぎ……そして、更に5分が経過した後も、敵機は野砲連隊や要塞砲に近付く事は無かった。
その代わりに、敵機は旅団の戦区に向けて、照明弾を投下して来た。
「旅団長!敵機の照明弾です!」
ヒウケルは、その報告に対して、無言で頷くのみだった。
30秒後に、敵戦艦が第9射を放って来た。
敵戦艦2隻は、1番艦に3発、2番艦に4発が命中し、両艦とも火災が発生しているのか、おぼろげながらもその姿が見える。
11ネルリ砲弾は、確実に敵戦艦に損害を与えているが、戦闘力を削ぐまでには至っていない。
敵戦艦1番艦、2番艦が更に斉射弾を放って来たのがその証拠である。
「敵艦隊との距離、更に縮まります!現在、沿岸部より3ゼルド!」
「3ゼルドか……そろそろ、野砲連隊の砲撃も始まる頃だな。」
ヒウケルは、西岸に配置した第213、214野砲連隊の事を思い出した。
213連隊は、先の航空攻撃で大損害を被っているが、未だに戦力の半分以上は健在であり、214連隊もまだ損害を受けていない。
「ひとまずは、213、214連隊も砲撃に加えて、敵戦艦に対して更に打撃を加えられるだろう。」
彼は、自信すら感じさせる口調でそうつぶやいた。
戦況は、全く油断が出来ぬ状況ではあるが、僅かながら、第9要塞旅団側が有利と言える。
(このまま押しまくれば勝てるかも知れない。)
ヒウケルがそう呟いた直後、敵戦艦の砲弾が落下して来た。
今度の爆発音は、これまでに聞いた物とは違って、明らかに何かが破壊される音も含まれていた。
「むぅ……東岸の第1砲台がある辺りが燃えている……まさか!」
彼は、東岸第1砲台がある付近から火災炎が上がっている事に気が付き、心中に言い様の無い不安感が漂う。
「た、大変です!東岸の第1砲台が敵戦艦の砲撃で破壊されました!砲台員は総員、戦死の模様!」
「……やはりか。」
ヒウケルは、務めて平静な声音で言う。
(このまま、一方的に砲弾を浴びせ続ける、という流れにはならなかったか。やはり、甘い考えは通用せんな)
彼は、心中でそう呟きながら、敵戦艦恐るべしという言葉を、自らの戒めのために、脳裏に深く刻み付けた。
「西岸の第1砲台は無事か?」
「はっ!西岸の第1砲台は健在であります!」
「よろしい。」
ヒウケルは深く頷く。
第1砲台の仇打ちとばかりに、213、214連隊の野砲が、敵戦艦に向けて一斉に砲撃を開始した。
213連隊のみならず、215連隊も砲撃を開始した。
100門以上の野砲が放つ発砲炎は、11ネルリ砲にも劣らぬほどの勇壮さを感じさせた。
(これだけの戦力が揃っているのならば、あの敵艦隊にも打ち勝てる筈……いや、必ず打ち勝つ!あの魔法研究所を守る為にも…
そして、マオンド全軍の名誉の為にも!)
野砲部隊の斉射は、ヒウケルの闘志を呼び起こした。
だが、その斉射に触発されたのは、ヒウケルだけでは無かった。
「旅団長!敵艦隊に動きが!」
「何?動きだと?」
「はい!」
魔道主任参謀は頷いた。
「監視所からの報告では、敵戦艦の左右に張り付いていた中型艦が、速度を上げて沿岸部に接近しつつあるようです!」
午後10時25分 TG72.5所属 軽巡洋艦セント・ルイス
軽巡洋艦セント・ルイス艦長のレネス・ガルシア大佐は、旗艦プリンス・オブ・ウェールズからの合図を確認した直後、
大音声で命令を発した。
「速力上げ!砲術、目標、河口西岸部の野砲陣地!砲撃用意!」
続けざまに出された2つの命令を聞いた航海長と砲術長は、すぐさま、部下達に命令を伝える。
セント・ルイスは、やにわに速力を上げ始め、前部に指向可能な2基の47口径3連装6インチ砲は、西岸部に灯る発砲炎に砲身を向ける。
「沿岸部より2000メートルまで接近する!それまで突っ走れ!」
ガルシア艦長の荒々しい言葉が艦橋に響く。
セント・ルイスは、後方にクリーブランド級軽巡のマイアミと、駆逐艦5隻を従えながら、時速32.5ノットで海上を驀進して行く。
セント・ルイスとマイアミに習うように、戦艦部隊の右舷側を航行していたケニアとナイジェリアも、出せる限りのスピードで沿岸部に急接近して行く。
敵の要塞砲と、野砲の砲撃は、プリンス・オブ・ウェールズとレナウンに集中しており、巡洋艦、駆逐艦には1発の砲弾も飛んで来ない。
距離はみるみるうちに縮まり、9000から8000。8000から7000と、急速に詰まって行く。
唐突に、西岸の要塞砲が設置されている辺りから、ひときわ大きな閃光が煌めいた。
その次の瞬間には、閃光は真っ赤な爆炎に変わり、夥しい破片が空中に舞い上がっていく様子が見て取れた。
「レナウンも要塞砲を1つ吹き飛ばしたか。これで、敵の要塞砲はあと10門だな!」
ガルシア艦長は、レナウンの奮闘ぶりに感心しながら、そう言い放った。
事前にTG72.4が威力偵察を行った事と、交戦開始前に射出した水上機からの報告で、敵の要塞砲は、全部で12門と判明している。
その内の2門は、交戦開始から10分足らずで破壊されている。
一方、プリンス・オブ・ウェールズとレナウンは、敵の要塞砲と野砲の集中攻撃を受けているが、流石は頑丈な戦艦だけあって、
戦闘力はさほど低下しておらず、逆に要塞砲や野砲を次々と返り討ちにしている。
(野砲陣地にも、プリンス・オブ・ウェールズ、レナウンが放った流れ弾が落下して被害が出ていた)
「そろそろいい頃だ。砲術長!砲撃を開始しろ!」
ガルシア艦長は、気合の入った声音で、電話越しに砲術長に命令した。
その直後に、待ってましたとばかりに前部に指向していた、6門の6インチ砲が火を噴いた。
セント・ルイスのみならず、後続のマイアミも主砲を放つ。
最初の弾着は、野砲陣地には当たらず、陣地の手前で着弾するだけに留まった。
続けて第2斉射が放たれる。
この砲撃もまた、外れ弾となったが、これがきっかけとなったのか、野砲陣地の発砲炎が、一瞬だけ消え失せた。
その10秒後に、再び野砲陣地が射撃を開始したが、その砲弾は、セント・ルイスやマイアミに降り注いで来た。
多数の砲弾が、32.5ノットの速力でセント・ルイス、マイアミの周囲に次々と弾着し、水柱を噴き上げる。
艦首前方に、小振りの水柱が突き立ったが、セント・ルイスはその水柱を踏み潰して前進を続ける。
(水柱の大きさからして……敵の野砲は3インチ……大きくても4インチクラスといった所か。1発1発の威力は大した事ないが、
続けて食らったらたちまちの内に蜂の巣だな)
ガルシア艦長は、心中でそう呟くが、怖気づく事は無かった。
いや、怖気づく所か、むしろ、闘志を限り無く湧き立たせていた。
「敵の野砲がこっちに狙いを定めて来たか!面白い、ブルックリン・ジャブと野砲のつるべ打ち。どちらが優秀か、勝負と行こうじゃないか!」
ガルシア艦長は、小声ながらも、怒気を含んだ口調でそう言い放った。
セント・ルイスは、マイアミと駆逐艦5隻を従えながら、回頭点まで疾走を続ける。
周囲に、間断無く野砲弾が降り注いで来る。上空には、照明弾と思しき薄い緑色の光がひっきりなしに煌めいている。
敵の野砲部隊は、セント・ルイスを始めとする巡洋艦部隊に対して猛烈に撃ちまくっているのだが、巡洋艦部隊が32ノット以上の速力で
驀進しているためか、周囲に水柱を立ち上げるだけで1発も命中しない。
だが、海岸から4800メートルまで迫った所で、急に砲撃の精度が良くなり始めた。
無論、セント・ルイスやマイアミも、6インチ砲を放って野砲陣地に反撃している。
セント・ルイスが海岸まで4500メートルまで迫った瞬間、唐突に、艦首部で閃光が煌めいた。
閃光は一瞬にして消え、その直後には、赤黒い爆炎が艦首甲板で湧き起こった。
「艦首甲板に被弾!」
見張りの声が艦橋に響く。ガルシア艦長は、それに短く答えただけで前方を見据え続ける。
先の被弾は、セント・ルイスの艦首甲板を抉ったが、火災発生までには至らなかったため、特に慌てる事は無かった。
セント・ルイスとマイアミは、その後も敵の野砲弾を浴びせられたが、ジグザグ航走を行った事もあり、幸いにも主砲等には損害を受けずに済み、
ついに、海岸との距離が3000メートルを切った。
「取り舵いっぱい!急げ!」
ガルシア艦長は、大音声で命じた。
既にセント・ルイスの前部甲板と中央部付近には、被弾によって火災が発生している。
このまま砲弾を浴び続ければ、主砲にも被害が及ぶ事は確実である。
程なくして、セント・ルイスの艦首が、左に大きく回頭する。
回頭を行うと同時に、それまで沈黙していた前部第3砲塔や、後部の第4、第5砲塔、並びに、右舷側の2基の5インチ連装両用砲が、
一斉に砲塔を旋回させ、野砲陣地に砲身を向ける。
セント・ルイスが回頭を終え、西側に向けて航行し始めた時、ついに15門の6インチ砲が一斉に放たれた。
全ての主砲を放ってから約5秒後に、マイアミも12門の54口径6インチ砲を斉射する。
セント・ルイス、マイアミは、6インチ主砲のみならず、5インチ両用砲も撃ち放つ。
最初の全門斉射から6秒後に、新たな斉射が15門の6インチ砲から放たれ、そして、そのきっかり6秒後に、また新たな斉射が放たれる。
5インチ砲も、ほぼ4秒ないし、5秒置きに両用砲弾を吐き出し、野砲陣地に向けて雨あられと砲弾を叩きこんでいく。
野砲陣地がある辺りで、発砲炎とは異なる閃光が次々に湧き起こり、それから何かが誘爆したと思しき爆炎が舞い上がった。
野砲陣地も、負けてなるかとばかりに、生き残った野砲を総動員してセント・ルイス、マイアミに砲弾を放って来る。
新たな砲弾が2隻の巡洋艦に飛来し、セント・ルイスに3発、マイアミに2発が命中する。
セント・ルイスに落下した砲弾3発のうち、1発は艦尾のカタパルトを吹き飛ばした。
2発は右舷中央部に命中し、20ミリ機銃3丁を鉄屑に変えた。
だが、セント・ルイスにとって、その程度の被害は軽い怪我である。
被弾に臆した様子もなく、セント・ルイスはブルックリン・ジャブと由来される連続斉射を、マイアミと共に続けていく。
駆逐艦部隊も、5インチ主砲を用いて敵野砲陣地に砲撃を仕掛け始める。
巡洋艦、駆逐艦の艦砲射撃を浴びた野砲陣地は、飛来して来る多量の砲弾の前に次々と沈黙を余儀なくされていくが、被弾を免れた野砲は、
自分達が被弾する事は考えずに、ただひたすら、砲弾を小癪な敵艦隊に向けて放ち続けていた。
プリンス・オブ・ウェールズとレナウンが、河口部まで4000メートルにまで達した時には、敵の野砲陣地は巡洋艦、駆逐艦部隊との
戦闘に完全に忙殺されており、両艦に降り注ぐ砲弾は、要塞砲が放つ物だけとなっていた。
「いいぞ。巡洋艦部隊が野砲を上手い具合に引き付けている。」
旗艦プリンス・オブ・ウェールズの艦橋で、戦闘を見守っていたジェイムス・サマービル中将は、やや安堵したかのような口ぶりで呟いた。
「敵が野砲陣地の大砲までこっちに向けて来た時は、流石に焦った物だが……こうなれば、あとは、要塞砲との勝負に集中するだけだな。」
彼がそう言い放った直後、プリンス・オブ・ウェールズが新たな斉射弾を放つ。
現在、プリンス・オブ・ウェールズは、河口の東岸側にある2番目の要塞砲を目標に射撃を行っている。
プリンス・オブ・ウェールズの斉射の直後に、敵の要塞砲から放たれた砲弾が落下して来た。
艦の周囲に水柱が立ちあがり、プリンス・オブ・ウェールズの艦影が覆い隠される。
水柱が晴れた後に、敵の要塞砲の周囲に爆炎が躍る。
サマービルは、この斉射で要塞砲を破壊したかと、一瞬期待するが、その期待は、40秒後にあっさりと裏切られる。
「レナウンの斉射弾、西岸部の第2砲台に命中!砲台は沈黙した模様!」
艦橋に見張り員の声が響き渡る。
先の砲撃による被弾で、見張り員2人が破片にやられ、うち1人は戦死。もう1人は重傷を負って医務室に担ぎ込まれている。
今の見張り員は、戦死した見張り員の交代要員である。
サマービルは、見張り員の声の裏に、戦死した仲間の仇打ちだ!と言う感情が込められているように感じられた。
「レナウンが2つ潰したか。砲術長!こっちもレナウンに負けずに、どんどん撃ちまくれ!」
サマービルの側で艦の指揮を取っているジョン・リーチ大佐が、砲術科員を叱咤する。
応とばかりに、前部の50口径14インチ4連装、並びに連装砲各1基が、轟然と唸りを上げる。
プリンス・オブ・ウェールズの発砲と入れ替わりに、敵要塞砲の砲弾が降り注いで来た。
艦の周囲にまたもや砲弾が降り注ぎ、艦体に2度の衝撃が加わった。
(む……なかなか大きい揺れだな!)
サマービルは心中でそう思いながらも、両足を踏ん張って揺れに耐えた。
「左舷中央部に命中弾2!左舷側の40ミリ4連装機銃座1基並びに、2番両用砲1基損傷!火災発生!」
「徐々にダメージか重なりつつあるな。」
リーチ艦長は、顔をしかめながら小声で呟いた。
プリンス・オブ・ウェールズは、既に8発の大口径砲弾と、9発の野砲弾を食らっており、右舷側の1番両用砲と機銃座3基、左舷側の
4番両用砲と機銃座2基、後部甲板に被害が生じている。
今の所、優秀なダメコン班のお陰で、火災の延焼を防げている物の、このまま被弾数が重なり、ダメコン班に大損害を負う事態になれば、
頑丈な装甲で覆われたプリンス・オブ・ウェールズとはいえ、いずれは戦闘不能に陥る可能性がある。
そうなる前に、何としてでもネロニカ河に突入し、敵の極秘施設に艦砲射撃を加えなければならない。
東岸の敵要塞砲第2砲台にプリンス・オブ・ウェールズの斉射弾が落下した。
この斉射弾は、見事に東岸第2砲台を捉えていた。
14インチ砲弾は、砲台の分厚い天蓋をあっさりと貫通し、内部で炸裂した。
爆発の瞬間、砲台内部に居た将兵は全員が戦死し、砲台は地下の弾火薬庫の誘爆によって木端微塵に吹き飛んでしまった。
東岸第2砲台の壮絶な最期を見届ける暇も無く、リーチ艦長は、目標の変更を知らせる。
「目標、東岸の第3砲台!」
リーチ艦長の指示を受け取った砲術長は、すぐさま測的を始め、砲身を第3砲台に向ける。
「司令官。ネロニカ河まであと2000メートルです。」
参謀長のシャンク・リーガン少将がサマービルに伝える。
プリンス・オブ・ウェールズは、速力を緩めぬままネロニカ河に接近しつつある。
通常なら、事故の危険が伴うため、ここで速力を緩める所であるが、サマービルは事前に、ネロニカ河の水位をトハスタ側から調べ、
艦が全速航行したまま遡上を開始しても問題は無いと判断し、極秘施設があると思われる入江まで1000メートル手前に進むまで、
突進を続ける事に決めていた。
敵の要塞砲は、依然としてプリンス・オブ・ウェールズとレナウンに砲弾を放って来るが、両艦が2つずつ砲台を潰した為、
飛来して来る砲弾の数は少なくなっていた。
だが、それでも両艦に1発ずつが命中した。
「左舷中央部付近に命中弾!カタパルト付近から火災発生!」
ダメコン班から新たな被害報告が届けられる。
リーチ艦長は、それに素早く反応し、的確な指示をダメコン班に伝えていく。
「距離が近い分、敵要塞砲の威力も無視できん物になって来たな。」
サマービルは、やや不安げな口調で小さく呟いた。
プリンス・オブ・ウェールズは、搭載砲は14インチ砲ではある物の、艦体に取り付けた装甲は16インチ砲搭載艦にも匹敵するほどの
重装甲であり、自艦から放たれた砲弾を防御できるという条件を十二分に満たしている。
だが、それは通常の砲戦距離……30000メートルから10000メートルの範囲内に限っての話である。
それ以上の近距離では、自慢の防御も思うように効果を発揮しない場合がある。
敵の要塞砲は、砲の口径からして良くても12インチクラスと思われるが、交戦距離が10000を割っている以上、敵弾がいつ、
バイタルパートを破ってもおかしくない状況にある。
被害が上部構造物に集中している今は、まだ救いがあると言って良い状態だ。
「……頼んだぞ、艦長。」
サマービルは、リーチ艦長を信じつつ、戦闘の様子を見守り続ける。
プリンス・オブ・ウェールズが新たな斉射弾を放った。
今度の斉射は、敵の第3砲台に殺到し、周囲に砲弾が突き刺さった。
大量の土砂が跳ねあげられ、第3砲台はすっかりその姿が見えなくなってしまった。
爆煙と土煙が晴れると、第3砲台は、踏み潰された缶詰のように天蓋が大きくひしゃげ、砲身は根元から無くなっていた。
「凄い!初弾で敵の砲台を吹き飛ばすとは…!」
リーチ艦長は、まさかの初弾命中に興奮を抑えきれなかった。
「ようし。この調子で、他の砲台も早く叩き潰す!砲術、目標を第4砲台に変更しろ!」
彼は、すぐに元の表情に戻り、すかさず指示を下して行く。
プリンス・オブ・ウェールズとレナウンは、敵要塞砲と砲戦を交わしながら、急速にネロニカ河へ接近して行く。
第4砲台が4度の斉射で破壊され、第5砲台にも砲撃を開始した時には、プリンス・オブ・ウェールズはネロニカ河へ突入し始めていた。
「艦長!ネロニカ河へ突入します!」
見張りの声音が艦橋内に響く。
艦橋の両側には、巡洋艦部隊との交戦で生じた火災炎で、赤く照らし出された大地がある。
プリンス・オブ・ウェールズは、速力を落とす事無く、白波を蹴立てて艦全体をネロニカ河へ滑り込ませた。
「第5砲台沈黙!」
見張り員が新たな報告を伝えて来る。
リーチ艦長は、敵砲台の沈黙に何ら感情を示す事無く、砲術長に次の指示を与える。
その時、一際激しい衝撃がプリンス・オブ・ウェールズを襲った。
この衝撃には、これまでにずっと耐え続けたサマービルもたまらずに転倒してしまった。
「司令官!大丈夫ですか!?」
背中を床に打ち付けたサマービルは、一瞬だけ息が苦しくなったが、すぐにリーガン少将に抱き起こされた。
「お、おお。私は大丈夫だ。それよりも、艦の状態はどうなっている?」
サマービルは、リーチ艦長に視線を向けて尋ねる。
リーチ艦長は、艦内電話でしばしの間連絡を取り合ってから、サマービルに報告する。
「司令官。敵弾は、本艦の後部艦橋基部に命中して炸裂しました。この影響で、後部艦橋で死傷者が出ている模様です。それから、
本艦の右舷中央部の舷側を、敵弾が貫通したようです。」
「右舷中央部の舷側を貫通……か。それで被害は?」
「はっ。それが、妙な事が起きているのです。今頃は、砲弾が炸裂して損害が生じている筈なのですが……ひとまず、ダメコン班が
損傷個所を調べています。」
リーチ艦長が言い終えた直後に、プリンス・オブ・ウェールズが新たな斉射弾を放つ。
新たな目標となった第6砲台までは、距離は僅か3000メートルしか離れておらず、砲身もほぼ、水平に近い角度まで下がっている。
それに、発砲から着弾までの時間も早い。
即座に砲弾が弾着し、第6砲台の前方や後方に爆発が起きる。
この斉射弾では、第6砲台は破壊できなかった。
「レナウン被弾!行き足落ちます!」
唐突に響いて来た見張り員の一言に、サマービルはハッとなった。
「レナウンより通信!敵の砲弾は、本艦の左舷機関室に損傷を与えた模様。」
「……機関室に損傷が及んだとなると、レナウンもバイタルパートを撃ち抜かれたか!」
彼は、レナウンの事を案じながらも、相次いで2隻の戦艦に深い手傷を負わせた敵要塞砲の奮闘ぶりに感嘆した。
「艦長!歩調をレナウンに合わせろ!」
サマービルは、すかさずリーチ艦長に指示を下した。
「レナウンより続報です!我、左舷機関室に損傷を負うも、速力18ノットにて航行可能。戦闘に差し支えなし!」
レナウン艦長の決意が強く表れたその一文を聞いたサマービルは、しばし呆然とした後、ゆっくりと頷いた。
(流石は、ロイヤルネイビーの誇る英傑艦だ。いいだろう。敵に、ジョンブル魂の真髄を見せ付けてやろうではないか)
彼は、心中で呟いた後、視線を第6砲台に向ける。
第6砲台は、入江を取り囲んである内の斜面に設置されており、その近くには、第7砲台もある。
残り2門となった東岸の砲台は、交戦開始と変わらぬ調子で砲弾を放ち続けている。
唐突に、後方から一際大きな爆発音が聞こえて来た。
「レナウン被弾!砲塔に損害が生じた模様!」
サマービルは、思わず歯噛みする。
(砲塔をやられたのか……恐らく、前部の第1砲塔か第2砲塔のいずれか。あるいは……)
サマービルは、心中でレナウンの被害がどれぐらいなのかを予想する。
その直後、河の西岸の辺りで、強い閃光が放たれた。
閃光は紅蓮の炎に変わり、時間差を置いて強烈な爆発音が響いて来た。
「レナウンより通信!敵の攻撃により、第2砲塔を使用不能にされるも、以前戦闘続行は可能なり!尚、西岸部の敵要塞砲は、
全て制圧せり!」
サマービルは心中で、レナウンの奮闘に喝さいを送った。
プリンス・オブ・ウェールズにも敵弾が落下して来る。
1発が艦の前方に落下して水柱を噴き上げ、もう1発が、左舷側艦首部に命中した。
砲弾が突き刺さった直後、プリンス・オブ・ウェールズの艦首甲板は、舷側部分ごっそりと抉れ、錨の巻き取り機が吹き飛んだ。
だが、被害はそれだけであり、プリンス・オブ・ウェールズは尚も斉射弾を放つ。
「艦長!入江より1000メートルまで到達しました!」
「司令官。」
見張りの報告を聞いたリーチ艦長は、サマービルに顔を向ける。
サマービルは頷き、新たな命令を発した。
「速度を8ノットまでに落とせ!」
敵弾が、要塞砲陣地に次々と降り注ぐ中、ヒウケルは危険を顧みずに、指揮所の3階部分から指揮を取り続けていた。
「畜生!既に20発近くは命中させている筈なのに……敵戦艦の火力は全く衰えていないぞ!」
ヒウケルは、今や近くにまで迫ったプリンス・オブ・ウェールズの巨体を見据えながら、その頑丈さぶりに舌を巻いていた。
プリンス・オブ・ウェールズは、艦体のあちこちから火災炎を発し、噴き出る黒煙も馬鹿にならぬほどの量なのだが、どういう訳か、
戦闘力は維持し続けている。
後続の2番艦レナウンは(艦の形から、2番艦はレナウンだと判明した)、プリンス・オブ・ウェールズ程は頑丈ではないのか、
第2砲塔は2本の砲身がそれぞれ上下を向いており、砲塔も損傷して砲撃不能になっている他、火災も1番艦以上に酷い。
だが、レナウンには優秀な応急修理班が乗り組んでいるのか、致命的な誘爆が起こって航行不能に陥る、というような事は一向に起きない。
「旅団長!第6砲台との通信が途絶しました!!」
「……第6砲台までも。残るは、第7砲台のみ……か。」
ヒウケルは落胆した。
既に、第9要塞旅団の各連隊は、敵との交戦に悉く敗れ去っている。
野砲連隊は、旅団司令部の命令で、急遽敵の巡洋艦部隊と交戦したが、敵巡洋艦、駆逐艦と激しい撃ち合いを演じた後、相次いで壊滅した。
一番長く戦えた、東岸部配置の第215連隊も、5分前に壊滅状態に陥っている。
残る戦力は、第7砲台に据えられた、1門の11ネルリ砲のみ………
「いや、たった1門のみとはいえ、まだ戦力は残っている。砲が残っている限り、私は決して、希望を失わないぞ!」
彼の希望に応えるかのように、第7砲台が轟然と火を噴いた。
砲弾が弾着する前に、プリンス・オブ・ウェールズが前部6門の14インチ砲を放つ。
その直後、プリンス・オブ・ウェールズの左舷側中央部に砲弾が命中し、夥しい破片が舞い上がった。
「ようし!いいぞ、その調子でどんどん叩け!」
ヒウケルは、第7砲台の勇戦ぶりに声を弾ませた。
プリンス・オブ・ウェールズの砲弾が第7砲台のある周囲の山肌に命中し、爆煙をあげるが、その10秒後に、第7砲台が火を噴く。
発砲炎が煙を吹き飛ばし、閃光が岩肌に突き出た太く、逞しい砲身を浮かび上がらせる。
プリンス・オブ・ウェールズが砲弾を放つ直前、第1煙突と艦橋の間に第7砲台の砲弾が命中し、またもや派手な爆煙が噴き上がる。
砲弾はプリンス・オブ・ウェールズの前部マストを根元から断ち割った。
ヒウケルは、巨艦の艦体から、何か細い棒状の物が倒れ込む様子を、瞬きせずに見守った。
「あの位置は、前部艦橋の主砲測距儀に近い……奇跡と言う物が存在するなら……どうか、この瞬間に起きてくれ!頼む!」
彼は、神に祈る思いでそう叫んだ。
だが、神は彼の祈りを聞き入れてはくれなかった。
プリンス・オブ・ウェールズは、更に斉射弾を放った。
それから程なくして、爆発音が連続して響き、直後に、一際大きな爆発音が鳴り響いた。
この轟音が、第7砲台から発せられた物である事は、ヒウケルのみならず、固唾をのんで戦闘を見守っていた、旅団司令部の
誰もが、瞬時に理解していた。いや、理解させられた、と言った方が正しいであろう。
ヒウケルを始めとする司令部幕僚は、第9要塞旅団が壊滅した事を理解しながらも、長い間、呆然とその場に立ち尽くしていた。
それから5分後……
「司令官!右舷方向に建物らしき物が見えます!」
サマービルは、リーチ艦長が指差した方向に双眼鏡を向ける。
「ふむ……確かに建物だな。ほほう、建物の上に、何か幕らしき物が敷かれているぞ。」
「恐らく、あれは対空用の偽装網でしょう。施設全体を覆っています。」
「幾ら航空偵察を行っても発見できない訳だ。」
サマービルは、マオンド側の徹底した航空対策に半ば感心する。
「だが、横からはこうして、丸見えとなっている。敵さんは、このネロニカ河を遡上してまで、敵が来る筈は無いと思っていたのだろうな。」
彼は、単調な口ぶりでそう言った。
やがて、プリンス・オブ・ウェールズとレナウンは、入江全体を見渡せる位置で艦を停止させた。
既に、両艦の主砲は、眼前に聳え立つ施設群に向けられている。
「艦長。サーチライトは使えるかね?」
「はっ。まだ使えます。」
「ここは、手早く砲撃を終わらせるためにも、照射射撃を行ってもいいだろう。目標までの距離は900メートルほどしか離れていないが、
測的には少々時間を取られる筈だ。それを早く終わらせる為にも、照射射撃はやっても構わんだろう。」
「ええ、確かにそうですな。」
リーチ艦長は大きく頷くと、艦内電話で砲術科に指示を下した。
程なくして、プリンス・オブ・ウェールズからサーチライトの光芒が、施設群に向かって放たれた。
「司令官。射撃準備完了しました。」
リーチ艦長の報告を聞いたサマービルは、いつもと変わらぬ、冷静な口調で答えた。
「撃ち方始め。」
その一言が口から放たれてから3秒後に、プリンス・オブ・ウェールズは、この日、初めての、全門斉射を行った。
それから話は、少しばかり遡る。
「しょ、所長!第9要塞旅団が、敵艦隊との戦闘に破れました!」
地下の坑道が開くのを待っていたダングヴァは、その知らせを聞いた瞬間、大きく目を見開いた。
「何ぃ!?第9要塞旅団が破れただとぉ!?」
「はっ!既に、敵の戦艦部隊は、研究所の全容が視認できる入江まで、後わずかの位置に辿り着いたようです!」
「こんな大事な施設があると言うのに、護衛部隊が破れるとはなんという体たらくだ!!」
ダングヴァは、怒りのあまり、顔を真っ赤に染め上げた。
「これだから、軍の奴らは役立たずと言われるのだ!おい、坑道の方はどうなっておる!?」
「はっ、あと10分程で片付けは終わり、坑道の道も開かれます!」
「敵は10分も待ってはくれんぞ!ええい、わしが直接出向いてやる!!」
ダングヴァは喚き散らしながら、執務室から飛び出し、地下の坑道がある部屋まで走った。
部屋に入ると、そこには、力自慢の男、約20人程が、坑道があると思しき場所に置かれている不用品を取り除いていた。
「状況はどうなっておる!?」
ダングヴァは室内に入るなり、怒鳴る様な声音で作業を指揮していた副所長に話しかける。
「はっ。あそにある、固まっている古い本棚や廃棄品といった重量物を取り除けば道は開かれますが、何分、かなりの重さなので、
小分けにしてどけなければいけません。ですから、後10分はかかるかと。」
「時間が無い!5分でやれ!」
「5分……でありますか?」
「そうだ!既に第9要塞旅団は敵戦艦との撃ち合いに負け、壊滅した!この魔法研究所がやられるのは、もはや時間の問題だ。
我々は、敵がここを破壊する前に、不死の薬と重要書類を持って、脱出しなければならん!そのためにも、この穴をあと5分程で
使えるようにしなければならぬ!」
「し、しかし」
「黙れ!!言い訳は無用だ!!」
ダングヴァは、副所長の進言を怒鳴り声で遮った。
「さもなくば、我々はここで敵の砲弾を浴びて、皆殺しにされるだけだ!作業を急がせよ!!」
ダングヴァの剣幕の前に、副所長は返す言葉を無くしてしまった。
「……わかりました。」
副所長は、不承不承ながらも頷き、疲れ果てている作業員達に所長の言葉を伝えた。
「急げぇ……時間が無いぞ。」
ダングヴァは呻くような声で呟きつつ、除去作業を見つめながら、坑道が開くのを待った。
それから4分ほどが経った時、唐突に砲撃音が鳴り響いた、と気付いた瞬間、強烈な爆発音と衝撃が、室内に伝わって来た。
大地震もかくやという猛烈な衝撃の前に、ダングヴァを始め、室内に居た全員が床を這わされる羽目に陥った。
「つ……遂に来たか!」
ダングヴァの顔色が、みるみるうちに青白くなっていく。
更に別の衝撃が室内に伝わり、起き上がろうとしていた者は再び転倒し、床を転げ回った。
「急げ!急ぐのだ!」
ダングヴァは金切り声を上げた。
「あの邪魔物さっさとどけよ!あれさえどければ、再び崇高なる執行活動に携わる事が出来るぞ!急げぇ!」
ダングヴァは叫びながら、作業員が落とした木槌を取り上げ、坑道の前に置かれている木製の本棚や空の容器を殴りつけ、無理矢理除去
しようとした。
「何をしておる!貴様らも手伝わんか!!」
半狂乱に陥りながら、一心不乱に木槌を振り続けるダングヴァに刺激されたのか、他の作業員達も作業に加わった。
敵戦艦からの砲弾が次々と飛来し、研究所が圧倒的な破壊力で粉砕されていく。
その衝撃が伝わる度に、室内には大地震さながらの揺れが生じ、作業員達はその度に足を取られ、転倒して行く。
普段は教団所属の戦闘執行部隊の構成員でもある作業員達は、訓練で鍛えられてはいる物の、相次ぐ大口径砲弾着弾の前に、なかなか
思い通りに作業が出来なかった。
だが、ダングヴァだけは、幾度か大きくよろめき、転倒しかけたが、奇跡的に、一度も転倒する事が無かった。
ダングヴァの体は、既に全身の筋肉が悲鳴を上げ、顔も苦しげに歪んでいたが、彼が望んでいる崇高なる執行活動の再開と、生への執着心が、
彼に今まで以上の力を与えていた。
唐突に、打撃の感触が鈍くなった。
構えていた木槌は、それまでとは全く違う感触を、彼の脳裏に伝えていた。
「お……まさか!」
ダングヴァは、更に3度ほど木槌を振り、目の前の何かを完全にたたき壊した。
彼は、自分が壊している者が、古い木材である事に気が付いた時、目の前に真っ暗な闇が現れた。
気の利いた作業員が、その暗闇の中に光源魔法を起動する。
そこには、先程の話に会った古い坑道があった。
古ぼけた坑道は、長年使っていなかったにもかかわらず、落盤事故を起こすことも無く残されていた。
「ふ……ふふ…ふははははは!やったぞ、遂に道が開けたぞ!」
ダングヴァは、喜びの余り高々と笑い声を上げた。
「ハハハハハハハ!!勝負あったな、アメリカ人!!!」
彼が勝利の叫びを発した瞬間、それに答えるかのように、雷のような爆裂音が響いた。
ダングヴァは、歪みに歪んだ笑顔を張り付かせたまま、その体を爆発エネルギーによって粉砕された。
レナウンの放った14インチ砲弾は、本部棟の分厚い床を貫通し、ダングヴァ達が詰めていた地下室にまで達していた。
レナウンが搭載している55口径14インチ砲は、アラスカ級巡洋戦艦にも採用されている高初速砲であり、17000メートル以内の
距離であれば、390ミリの装甲を貫通でき、近距離砲戦ならば、新鋭戦艦にも大打撃を与える事が可能だ。
レナウンの発射した砲弾は、勝利宣言を放ったダングヴァにノーと叩き付ける役目を果たさせる結果となったが、ダングヴァの死因が
レナウンの砲弾による物であるとは、誰も知る由は無かった。
プリンス・オブ・ウェールズが7回目の斉射弾を放った時、目標にしていた本部棟らしき建物は、完全に崩れ去って行った。
「敵の中枢施設と思しき建物が全壊しました!」
見張り員の声を聞きながら、サマービルは艦砲射撃で破壊されていく魔法研究所に見入っていた。
プリンス・オブ・ウェールズとレナウンの砲撃は、中枢施設が完全破壊された後も止む事は無い。
プリンス・オブ・ウェールズは、やや間を開けてから第8斉射を行う。
第8斉射弾は、中枢施設の右斜め側にあった、薬品研究棟に命中した。
1発の砲弾は、回収を放棄され、そのまま残される筈であった不死の薬の事前薬が入った、円筒状の貯水槽に命中した。
砲弾は貯水槽をあっさりと貫通し、壁にぶち当たってから炸裂する。
爆発の瞬間、赤黒い粘性の液体が、広い施設の中にばら撒かれ、内部が生き血に濡れたかのように赤黒く染まる。
別の砲弾がその研究棟に着弾し、空の貯水槽や、未だ無傷であった貯水槽を吹き飛ばす。
更にレナウンの斉射弾も降り注ぎ、研究棟は完膚なきまでに叩き潰された。
次に被害を受けたのは実験棟であった。
レナウンの放った14インチ砲弾のうち、1発は、実験で使用したハーピィ等の亜人種や、キメラの標本が置いてある見本室に着弾した。
14インチ砲弾は、細い円筒状に入っていた薬漬けの死体や標本を完全に粉砕し、隣部屋に集められていた実験結果が記入された書類等も、
何の価値も無いボロ切れに変えてしまった。
更にプリンス・オブ・ウェールズから放たれた集束弾が落下し、見本室にあった残りの標本や、既に傷付き、床に散乱していた亜人種や、
キメラ等の死体をいっしょくたに粉砕する。
研究員達によって物同然に扱われ、死後も標本として奇異の目を集め、数知れぬ屈辱を味わってきた亜人種達が、ようやく浄化された瞬間であった。
別の砲弾は、亜人種達が収容されていた収容棟に落下する。
亜人種達が魔法を使える事を考慮し、格子の1本1本に魔力を弱める対魔術を施した頑丈な牢獄も、30000メートル向こうの戦艦を相手に
するために作られた大口径砲弾に耐えられる道理が無く、砲弾が命中するや、瞬時に格子が千切られ、牢獄内で炸裂した爆風で止め金ごと吹き飛ばされた。
この1発で、収容棟は甚大な損害を被ったが、更に別の砲弾が相次いで落下し、収容棟は最初の被弾から1分も経たぬ内に全壊してしまった。
プリンス・オブ・ウェールズとレナウンの砲撃は、無傷であった施設を片っ端から破壊して行く。
今まで、被害を免れていた職員宿舎が、レナウンの放った斉射弾をモロに食らう。
14インチ砲弾は、宿舎内にあった研究員の私物や、戦闘執行部隊戦闘員の簡易訓練場や遊技場に分け隔て無く、破壊の嵐をもたらしていく。
プリンス・オブ・ウェールズの放った砲弾も、職員宿舎に命中し、ただでさえ脆い建物が、新たな砲弾の命中によって加速度的に破壊された。
レナウンの放った新たな斉射弾は、半壊していた食堂に命中し、厨房の内部に残されていた大量の食台や食器、調理器具が大口径砲弾によって
一まとめに叩き潰され、爆発によって訳の分からないゴミに変えられてしまった。
別の14インチ砲弾は、施設を取り撒く防壁に命中する。
脱走者防止用に作られた頑丈な防壁も、至近距離から放たれる14インチ砲弾には耐えられず、砲弾が命中して炸裂するや、紙細工のように
吹き飛ばされて行った。
プリンス・オブ・ウェールズから放たれた新たな斉射弾は、未だに無傷で残っていた尋問棟に殺到した。
実験棟の隣に置かれている尋問棟は、他の施設と比べると小振りであるが、内部には様々な拷問器具が置かれている。
この部屋に反抗する亜人種や、脱走者等を連れ込んで拷問し、時には人体実験を行っていた。
拷問部屋に連れ込まれて、生きて出られた者は全くと言って良いほど居なかった。
この魔法研究所に収監された亜人種達が最も恐れ、最も憎んだ拷問部屋に、天罰とばかりに10発の14インチ砲弾が降り注ぐ。
大口径砲弾が尋問棟の周囲に次々と落下し、大量の土砂や、崩壊した建物の破片が空高く舞い上がる。
この時の斉射弾で、尋問棟に命中した弾は1発も無かったが、かわりに至近弾が、尋問棟の側壁を傷つけ、窓のガラスを残らず叩き割った。
その次にレナウンの斉射弾が周囲に落下し、またもや爆煙が尋問棟を覆い隠す。
不思議な事に、この斉射弾も命中しなかった。
更にプリンス・オブ・ウェールズの新たな斉射弾が降り注ぐが、どういう訳か、尋問棟に1発だけ命中しただけで終わった。
尋問棟は、3度の斉射弾を浴びて1発の被弾のみという、意外な事態に恵まれたが、尋問棟のダメージは、この時点でかなりの物となっていた。
命中した1発の14インチ砲弾は、尋問棟の1階部分に命中した。
この箇所には、水責め用の拷問器具が置かれていたが、14インチ砲弾はその拷問器具を粉砕し、部屋を目茶目茶にたたき壊した。
その命中弾による被害も大きかったが、尋問棟は、既に何発もの至近弾を浴びた事で側壁が脆くなり、窓のガラスは1枚も残っていなかった。
尋問棟の痛々しい姿は、まるで、今まで拷問した者達の姿を、そっくり再現したかのようであった。
満身創痍の尋問棟に、更なる斉射弾が降り注ぐ。
今度は、3発が尋問棟に命中した。この損害で尋問棟は崩壊し、内部にあった様々な拷問器具は、砲弾炸裂時に著しく破損したのみならず、
建物自体の倒壊によって意味の無いゴミへと変えられてしまった。
別の砲弾は、尋問棟の隣に会った処刑場に命中し、ここも完膚なきまでに粉砕して、瓦礫の堆積上に変えた。
ソドルゲルグ魔法研究所は、もはや無数の14インチ砲弾によって叩き潰され、研究所としての機能を失っていたが、プリンス・オブ・ウェールズとレナウンは、赤々と燃える魔法研究所跡に対して、飽く事無く砲撃を続けた。
午後11時20分 TG72.5旗艦プリンス・オブ・ウェールズ
「撃ち方止め!」
斉射弾が放たれた後、すかさずリーチ艦長の号令がかかった。
「……しかし、すっかり跡形もなくなってしまったな…これは少し、やり過ぎたかな。」
サマービルは、赤々と燃え盛る魔法研究所跡を見つめながら苦笑する。
「いや、2度とゾンビ共をこの世に出現させないためには、これぐらいは当然ですよ。」
「ふむ……まっ、参謀長の言う通りだな。」
サマービルは苦笑しながら、リーガン参謀長に返す。
「ひとまず、これで任務完了……だな。」
彼は、噛み締めるように呟いた後、炎上する魔法研究所跡から目を逸らした。
「河から出よう。」
サマービルの指示が下り、レナウンとプリンス・オブ・ウェールズは、ゆっくりと後進しながら、ネロニカ河を出始めた。
それからしばらくして、リーチ艦長が艦内電話に呼び出される。
リーチ艦長は電話の相手と、しばらく会話を交わした後、受話器を置いてサマービルに顔を向けた。
「司令官。先程、ダメコン班から連絡がありましたが……先の戦闘中に、右舷側側面に命中した砲弾がありましたが、あの砲弾は
右舷中央部の両用砲弾庫付近にまで達していたようです。」
「何だと?敵弾はやはり、バイタルパートを貫いていたのか。」
「はっ。幸い、砲弾は不発弾でありましたが、もし炸裂していれば、隣接している両用砲弾庫に誘爆して大損害を被っていました。
最悪の場合、フッドの二の舞を迎えていた場合もあります。本当に奇跡ですよ。」
リーチ艦長は、最後はやや興奮気味になりながら、サマービルに話した。
「そうか……本艦は幸運艦だな。」
サマービルは、平静な口調で返事をしながらも、プリンス・オブ・ウェールズに与えられた強運に深く感謝をしていた。
「参謀長。7艦隊旗艦のフィッチ長官に送れ。」
「ハッ!」
サマービルは、一呼吸置いてから、7艦隊旗艦に送る言葉を伝える。
「作戦終了。我、敵の反撃による少なからぬ損害を被るも、実力で抵抗を排除。目標施設への艦砲射撃に成功せり。砲撃の効果は甚大であり、
23時20分に、敵施設の完全破壊を確認せり。」
1484年(1944年)11月30日 午後10時 ネロニカ地方ソドルゲルグ
ソドルゲルグ魔法研究所を守る第9要塞旅団は、施設のあるネロニカ河東岸に主力を置く形で部隊を布陣させている。
司令部も主力が布陣する東岸に設置されていた。
第9要塞旅団司令官であるムイス・ヒウケル准将は、魔法研究所から南に500メートル離れた窪地に作られた、質素な造りの施設の
中で、司令部の幕僚達と共に戦況の推移を見守っていた。
「司令官。第2艦隊司令部からの魔法通信は、10分前より途絶したままです。もはや、第2艦隊は、敵艦隊との戦いに敗れた、
と考えて良いかもしれません。」
副旅団長のビグル・イーシテウ大佐が、顔に暗い色を張り付かせながら、ヒウケルに言う。
「となると……敵艦隊は、遅くても20分以内には、ここにやって来ると言う訳か。しかし、本当に敵は来ると思うかね?」
ヒウケルは首をかしげた。
「敵艦隊の戦力は、巡洋艦が5隻に、駆逐艦9隻程度と言うじゃないか。彼らだった、第2艦隊との戦闘で傷付いておるから、
わざわざ要塞砲で固められているこの場所に来るとは、到底思えないのだが……」
「司令。敵は何も、艦艇のみだけで、この場所に向かっているとは限りません。」
イーシテウ大佐がすかさず発言する。
「敵は先程、洋上の機動部隊より攻撃隊を発艦させ、河の東岸にある唯一の街道を、ダム爆破という奇策を用いて塞いでしまいました。
もし、敵がここに向かっているとすれば、艦隊のみならず、航空機による第2波攻撃隊も用意している、と予想したほうが良いでしょう。」
「……ふむ。アメリカ軍なら必ずやるだろうな。」
ヒウケルは納得し、頭を頷かせた。
「魔道士官!今すぐ、各対空陣地に遅れ。敵航空部隊が、再攻撃を行う公算、極めて大なり。各陣地は警戒を厳にせよ。以上だ。」
ヒウケルは、椅子に座っている、少佐の階級章を付けた魔道士官に命じる。
面長の魔道士官は頷くと、素早く立ち上がり、部屋から飛び出して行った。
それから10分後。
「司令!沿岸の監視部隊より緊急信です!」
先程、会議室から出て行った魔道士官が再び舞い戻り、ヒウケルに報告を伝え始めた。
「敵らしき艦影を見ゆ!数は10隻前後!」
「報告はそれだけか?」
ヒウケルはすかさず聞いた。
「ハッ。今の所は……」
ヒウケルは、沿岸部のすぐ近くに姿を現した敵艦隊に対して、半ば感嘆していた。
「敵艦隊は、第2艦隊との戦闘で傷付いている筈なのに、敢えてここに現れたか……どうやら、敵は意地でも、あの研究施設を潰したいようだな。」
「恐らく、敵は航空支援を当てにしているのかもしれませんな。」
作戦参謀が発言する。
「艦隊単独のみなら、我が旅団が保有する、全火器を相手にしなければなりませんが、航空支援が当てにできれば、敵艦隊は幾ばくか、
楽な戦闘が出来るでしょう。」
「ふむ……狙うとしたら、砲台が大きな要塞砲を狙って来るだろうな。要塞砲は11ネルリ砲を収めているとあって、台座も、砲を覆っている囲いも
でかい。敵は、旅団の主力でもある要塞砲に攻撃を集中して来るだろう。」
ヒウケルはそこまで言ってから、急に不敵な笑みを浮かべた。
「だが、要塞砲の守りは万全だ。12門ある重要塞砲は、全てが150グレル爆弾に耐えられるだけの防備を施してある。敵が重要塞砲を狙って来ても、
十分に耐えられるだろう。」
「となると、我々は、ここでゆっくりとしながら、敵艦隊が全滅するのを待つだけとなりますな。」
「そうだな。」
ヒウケルは、当然だとばかりに深く頷いた。
「沿岸の第1監視所より通信!敵艦隊は約15リンルの速力で急速に接近しつつあり!距離は約5ゼルド!」
「5ゼルドか……一番奥にある要塞砲も、既に射程に入れているな。」
ヒウケルは小声で呟きながら、要塞砲の配置を脳裏に浮かべる。
魔法研究所は、沿岸部より1.5ゼルド(約4500メートル)北側の、河の入江の奥側に配置されている。
河の入江はなかなかに大きく、河から300メートル、半径200メートルの円弧状の形になっている。
第9要塞旅団は、12門ある重要塞砲のうち、7門を研究所がある東岸に布陣させている。
7門の砲の配置は、要塞のやや北側、入江を囲っている山岳部の外周に2門、研究所から100メートルほど南に2門、そこから
位置をずらしつつ、南に300メートル間隔で1門ずつ配置されている。
旅団の主力である47口径11ネルリ重要塞砲は、昼間であれば24000メートルの彼方に砲弾を飛ばす事が出来、夜間でも
沿岸部の監視所を頼りにすれば16000メートル、監視所が無くても11000メートルから射撃を行える。
東岸に配置されている7門の他に、西岸にも5門の要塞砲が配置されている。
こちらの要塞砲もまた、位置を巧みにずらしながら、河に沿うように配置されており、敵が河を遡上して来た場合に備えて、
東岸の砲と連携して、十字砲火を浴びせられるように工夫がこなされている。
この7門の重要塞砲は、第212要塞砲連隊によって運用されており、各砲はこれまでの猛訓練のお陰で、50秒置きに1発の砲弾を
放てるようにまでなっている。
第9要塞旅団の主力たる第212要塞砲連隊の他に、野砲を主力とする第213野砲連隊と、第214野砲連隊、第215野砲連隊も布陣している。
第213、214、215野砲連隊は、各連隊が81門の野砲と、1個対空中隊を有しており、213、214連隊は、要塞砲の配備数が少ない西岸に
集中配備され、215連隊は東岸の要塞砲の死角を埋める形で、2箇所に分散して配置されている。
野砲の射程距離は9000メートルで、至近距離まで迫った敵艦隊に対して、3ネルリ砲弾の猛射を浴びせる事が出来る。
旅団の兵員数は11000名とかなり多い。
この野砲の数と、兵員数からみて、第9要塞旅団の規模は、旅団とは言いながら、兵員の規模や砲の数では並みの師団(マオンド陸軍では、
10000名編成の師団が普通である)を越えるほどである。
この大量の野砲と、旅団と名乗りながら、異常に多い兵員数。
これには、ある理由があるのだが、それを知っているのは、旅団長であるヒウケルと所長のダングヴァのみである。
「しかし、軍と、教団側の要請で、過剰なまでに増やしたこの旅団の戦闘力が、ようやく発揮出来る時が来るとはな。正直言って、機会を与えてくれた
アメリカ軍には感謝したいぐらいだ。」
ヒウケルは、ようやく訪れた戦闘を前にして、内心熱くなるのを感じていた。
「……どうした?」
不意に、ヒウケルは、側に座っている魔道主任参謀が(旅団司令部には、魔道参謀が2人居た)浮かぬ顔つきを浮かべている事に気が付いた。
ヒウケルに声を掛けられた魔道主任参謀は、彼に顔を向けた。
「旅団長……どうも、私は引っ掛かるのです。」
「引っ掛かる?何がだね?」
ヒウケルが聞き返すと、魔道主任参謀は、先程、目の前に置かれた紙をヒウケルに渡す。
「これは、第2艦隊が送って来た、最後の魔法通信です。」
「敵巡洋艦部隊は……で、止まっている。確か、君は先程も、これを私に見せて来たな。あの時、君は第2艦隊司令部からの
最期の通信だと、言っていたな。」
「はい。恐らくは、『敵巡洋艦部隊は……』の後は、被害甚大なり、とか。そういった類の通信であると、私は思いたい。」
「思いたい?君、それはおかしいぞ。」
ヒウケルは怪訝な顔つきを浮かべた。
「幾ら何でも、思いたいは無いと思うがね。それとも何かね?君は、まさか、敵の巡洋艦部隊が、別の攻撃目標を悟らせぬ
ために用意された、囮か何かであると言うのかね?」
「それも考えました。ですが……それでは納得が行かぬのです。」
魔道主任参謀は首を2、3度、横に振りながら言う。
「旅団長!敵艦隊との距離が4ゼルドを突破しました!」
主任参謀がヒウケルに報告して来る。
「敵艦隊が3ゼルドにまで迫ったら、すぐに射撃を開始しろ。重要塞砲にも砲撃を行わせよ。」
ヒウケルは主任参謀に命じてから、再び魔道主任参謀の話を聞く。
「では、君はどのように考えておるのかね。」
「何故敵は、こんな無謀とも思える突撃をするのです?幾ら航空支援が望めるとはいえ、あの極秘施設に辿り着く前に、要塞砲に
阻止される事は明らかです。」
魔道主任参謀は、そこまで言ってから言葉を止める。
彼の顔色は、みるみるうちに青く染まって行く。表情は平静そのものだが、内心では、恐ろしい事態を想定し、その事態が引き起こす
重大事に縮みあがっていた。
「もしかしたら……第2艦隊はこう伝えたかったのではありませんか?『敵巡洋艦部隊は……本隊にあらず』、と。」
「……まさか。」
ヒウケルは、一笑に付した。
「敵艦隊は、あの巡洋艦部隊だけだと、第2艦隊司令部は伝えている。もし別の敵艦隊が居れば、第2艦隊は巡洋艦部隊のみならず、
別の敵艦隊からも叩かれ、もっと早い内に壊滅している筈だ。だが、そうはならなかった。」
「ええ。確かにそう思えるでしょう。戦力が大きい場合は、それを全力で使わねばなりませんからな。」
魔道主任参謀は、渋い顔つきを浮かべながらそう言う。
「ですが、敵があの巡洋艦部隊のみ、という事は、私としてはどうも納得がいかぬのです。攻撃を行う時は、その時点で保有している
最大の戦力で行う。アメリカ軍は、それを常に実行して来ました。シホールアンルの戦いでも……この、我がマオンドでの戦いでも。
そのアメリカ軍が、ただ単に巡洋艦部隊を自殺覚悟で突っ込ませ、敵地破壊をやろうとする事は、私としてはあり得ぬと思うのです。
巡洋艦部隊だけを敢えて突っ込ませているには、何か訳がある筈です。」
「何か訳がある……か。その訳の正体というのが、君の言う、未だ未発見の敵艦隊と言う事か。」
「はい。恐らくは、戦艦を主力とした本隊かもしれません。」
「本隊……と言う事は、あの巡洋艦部隊は……!」
その瞬間、ヒウケルは敵の意図が理解できたような気がした。
「旅団長!敵艦隊との距離、3ゼルドまで縮まりました!これより砲撃に入ります!」
主任参謀が報告を伝えた。その時、ヒウケルは心中で叫んだ。
(いかん!砲撃を控えさせねば!このままでは……火点を暴露してしまう!)
彼は立ち上がり、魔道主任参謀に命令を伝えようとした。
だが、彼が口を開いた瞬間、要塞砲の射撃音が轟々と鳴り響いた。
要塞砲の発砲音の後に、太鼓を乱打するかのような小さな発砲音も続けて聞こえて来た。
「まずい……砲撃が開始されてしまった!」
ヒウケルは、自分の判断が遅かった事をひどく後悔した。
「各連隊へすぐに、射撃を中止せよと伝えよ!大至急だ!」
ヒウケルは、魔道主任参謀にそう命じた。
だが、命令が伝わりにくいのか、各砲は射撃を止める事は無かった。
「どうなっておる!何故射撃を止めんのだ!?」
「旅団長!敵艦隊は艦砲射撃を行っております!」
「何?艦砲射撃だと!?」
ヒウケルは驚きつつも、すぐに立ちあがって、3階の質素な監視小屋に上った。
彼は、持っていた携帯式望遠鏡を引き延ばし、それ越しに海岸付近を眺める。
よく見ると、海上から盛んに発砲炎が煌めいている。
視線を、西岸付近に向けると、そこに布陣している野砲部隊も、沖合の発砲炎目掛けて、野砲のつるべ撃ちを浴びせている。
敵艦隊の砲撃はあまり正確では無く、海岸や海面、あるいは河の中に砲弾が落下して水柱を噴き上げている。
中には、野砲陣地の間近で炸裂する砲弾もあるが、今の所、野砲部隊は目立った損害を被っていないようだ。
野砲部隊の砲撃に加えて、要所要所に配置された要塞砲も、50秒置きに1発の砲弾を放っている。
野砲部隊と要塞砲は、敵に負けじとばかりに、砲を撃ちまくっているのだが、視界の悪い夜間という条件もあってか、
夜闇の向こうにいる敵艦隊に対して、未だに有効弾を出せずにいる。
(ムッ……妙だな)
この時、ヒウケルは敵艦隊の動きが不自然である事に気が付いた。
敵艦隊は、是が非でも極秘施設を破壊するため、ひたすら前進を続けていた筈である。
前進を続けているのならば、敵が使える主砲は、艦前部に搭載されている砲のみの筈であり、今見えている発砲炎は、前方から
順繰りに連なって見える筈であり、あまり派手さを感じさせぬ物になると思われる。
ところが、敵艦隊と居ると思しき方向から放たれる発砲炎は異様に数が多く、閃光も横一列に並んでいる。
「まさか……敵はこちら側に側面を晒しているのか?」
ヒウケルは、不審な顔つきを浮かべながらそう呟いた。
唐突に、河口部付近の上空に青白い閃光が煌めいた。
「なっ……!?」
ヒウケルは、咄嗟に左手で目を覆った。
(まさか、敵機か!?)
彼の思いを肯定するかのように、河口部付近から航空機が発する爆音が響いて来た。
「旅団長!沿岸の監視小屋より緊急信!コルセアと思しき敵機、約10機前後が、超低空より河口部に接近中との事です!」
「コルセアだと!?」
ヒウケルが叫んだ瞬間、河口部より発砲音とは異なる轟音が立て続けに湧き起こった。
彼はハッとなり、慌てて西岸付近に望遠鏡を向ける。
暗闇の中から、幾つ物光る物体が何かから吐き出され、それが、盛んに砲を撃っている野砲部隊に叩きつけられていく。
吐き出された物体が、あっという間に暗闇に突き刺さったと思いきや、大爆発が起こり、一瞬ながら周囲が照らし出される。
夜闇の下から曝け出された野砲と、野砲の後ろに積み上げられた砲弾。
そして、その上空を猛々しく飛び去って行く湾曲した翼を持つ敵機がいる。
敵機の姿が見えたのはその一瞬だけであったが、ヒウケルにはその正体がすぐにわかった。
「あの禍々しい主翼……コルセアに間違いない!」
彼は大声でそう叫んだ。
ヒウケルは知らなかったが、この時、野砲陣地に攻撃を加えているコルセアは、空母ハンコックから発艦したVF-19所属機である。
TF72司令部は、イラストリアス、ワスプのアベンジャーで編成されたダム攻撃隊を第1次攻撃隊とし、巡洋艦部隊の威力偵察を
援護するハンコック隊を第2次攻撃隊として編成していた。
元々、第2次攻撃隊は出す必要は無く、万が一の保険として準備だけはされていたが、第1次攻撃隊が発艦した後、少しでも多くの野砲を
潰せば、その分、本隊の援護にもつながると判断され、第1次攻撃隊が発艦した30分後に、先導のアベンジャーを引き連れた12機のコルセアが、
ハンコックから飛び立った。
12機のF4Uの内、4機は機上レーダーを搭載しており、残りの8機のF4Uはレーダー搭載型のF4Uと、先導役のアベンジャーの誘導を
受けながら目標に到達した。
12機のF4Uは、共に8発のロケット弾を搭載しており、攻撃目標には、沿岸部付近に布陣している野砲が選ばれていた。
先導役のアベンジャーは、巡洋艦部隊が河口部に接近し、敵地上部隊の砲火を確認するや、すぐさま河口部に接近して、上空から照明弾を落とした。
12機のコルセアは、発砲炎と、照明弾の閃光で位置が暴露された野砲陣地目掛けて突進し、対空部隊に迎撃を行わせる暇も与えぬ内に、
次々とロケット弾を叩き込んだ。
コルセア隊のパイロットは、全員が夜間戦闘訓練を修了した者ばかりで占められている物の、レーダー搭載機以外のパイロット達は、実戦経験が浅い
若年兵ばかりであり、ロケット弾を放つ時も、半ば適当に狙いを定めて撃つ事しかできなかった。
昼間であれば、冷静に目標を見つけて、攻撃を行う事も可能であったが、対空砲火を避けるために猛速で飛行していた事と、夜間であった事で
目標が見え辛い事が影響して、パイロットは平静さを取り戻す事が出来ぬまま、闇雲にロケット弾をばら撒くだけに終わってしまった。
普通なら、派手に爆炎を上げるのみで、戦果は少ない、という惨めな結果になる筈であるが、今回は逆に、半ば当てずっぽうにロケット弾を
放った事が、状況を有利に……マオンド側にとっては状況を加速度的に悪化させられると言う結果になった。
「お、おい。やたらにでかい爆発が起こっているぞ!」
ヒウケルは、野砲陣地で次々と噴き上がる爆炎を見つめながらそう言い放つ。
F4Uのロケット弾攻撃を受けた部隊は、第213野砲連隊であった。
第213連隊は、野砲を連ねて砲撃を行っている最中にロケット弾攻撃を受けたが、この時、213連隊は、大砲同士がやや密集した形で並べられており、
砲の後ろに溜められた砲弾も、隣の砲のために用意された砲弾とかなり近い位置にあった。
ヒウケルは大慌てで砲撃準備を行わせた。
各野砲連隊は、短時間で砲撃準備を終え、ヒウケルを満足させた。
だが、彼らの大半は、未だに実戦を経験していない兵で占められており、実戦の場合は、砲や弾薬箱は、距離を開けて置くように指示されているのだが、
彼らは初実戦と言う事と、今まで好き放題にやって来た敵を討ち果たしてやると言う思いで頭に血が上っており、訓練時に伝えられた筈の指示を
すっかり忘れてしまっていた。
この事が、コルセア隊のロケット弾攻撃による損害を、加速度的に拡大させる原因となった。
12機のコルセアから放たれたロケット弾は、雨あられとばかりに野砲陣地に降り注いだ。
野砲を直撃した1発のロケット弾は、その一撃で基部を破壊し、操作要員を破片でずたずたに引き裂いた。
地表に突き刺さったロケット弾は数人の砲兵を一瞬の内に吹き飛ばすか、爆風で地面に叩き付け、後送確実の重傷を負わせた。
コルセアの中には、機銃掃射を行いながらロケット弾を放つ機もおり、その一連射は、運の悪い幾名かのシホールアンル兵を上から串刺しにし、
その内の何人かは手足を千切り飛ばされた。
別のロケット弾は、弾薬箱に命中して砲弾をも爆発させる。
その爆発は、すぐ隣積み上げられている多数の弾薬箱も巻き込み、更に巨大な爆発を巻き起こした。
この爆発は更なる爆発を呼び起こし、敵艦隊に向けて放たれる筈の砲弾多数が、撃ち出そうとしている野砲を、兵員諸共、木端微塵に打ち砕いて行く。
誘爆は10秒間に渡って続き、やがて止まった。
コルセアに襲われるまで、盛んに砲を撃ち放っていた213連隊の野砲陣地からは、発砲炎はすっかり消え失せ、かわりに爆発によって生じた大火災が、
その周囲を明るく照らし出し、真っ黒な黒煙を高々と噴き上げていた。
「何たる事だ!」
ヒウケルは、野砲陣地から発せられる火災炎を見ながら、無意識の内にそう叫んでいた。
「旅団長!沿岸の監視部隊から続報です!我、4ゼルド南方に別の生命反応を探知せり!新手の敵艦隊の可能性、極めて大なり!」
いつの間にか、ヒウケルの傍らに居た魔道主任参謀は、部下の魔道士から報告を受け取っていた。
その報告を知らされたヒウケルは、すぐに顔を青く染めた。
「……最悪だ。敵の本隊が現れる前に、我々は敵に砲の位置を暴露してしまったぞ!」
ヒウケルは、悔しげに顔を歪める。
だが、後悔の念に捉われる暇も無く、新たな報告が彼の耳に入って来る。
「旅団長。敵艦隊が発砲を行いながら、一斉に反転を開始しました。」
魔道主任参謀の報告を聞いたヒウケルは、無言で頷いた後も、遠ざかり始めた洋上の発砲炎を見つめ続ける。
(……してやられたな)
ヒウケルは、心中でそう呟いた。
「魔道主任。被害を受けた部隊はどの隊か?」
「はっ。今確認します。」
質問を受けた魔道主任参謀は、西岸沿いに配備されている野砲連隊に、すぐさま連絡を取った。
1分程経ってから、魔道主任はヒウケルに報告を伝えた。
「旅団長。被害を受けたのは第213連隊です。213連隊は、敵の航空攻撃で、少なくとも連隊の保有する砲のうち、
3割を破壊されたようです。」
「3割もか……予想はしていたが、やはり多いな。」
ヒウケルは、平静な表情を浮かべたまま返事したが、内心では幾らか落胆していた。
(あの爆発から見て、野砲の弾薬が誘爆した事は確実だ。恐らく、被害の約半数程度は、誘爆による二次被害で生じたものだろう。
全く、敵艦隊にぶつける筈の弾で、味方が大損害を食らうとは……これでは、大恥もいい所だ)
ヒウケルは、頭を抱えたい気持ちを抑えつつ、内心、自嘲的に呟く。
「魔道主任。各隊に伝えろ!」
彼は、吹っ切れたような口ぶりで、魔道主任に言う。
「目標を、新手の敵艦隊に変更!要塞砲は、直ちに照明弾を発射し、敵艦隊の視認に努めよ、とな!」
「了解です!」
魔道主任参謀は頷いた後、すぐに各隊へ向けて、魔法通信を送った。
それから1分後。魔道士が報告した敵艦隊の位置情報を頼りに、12門の要塞砲から照明弾が放たれた。
程なくして、洋上に淡い緑色の光が灯った。
うっすらとだが、その光の下に幾つかの影が見えた。
影の中でも、特に大きい物が2つも見える。
「微かだが……敵が見えるな。うち2つの影は大きい。あれが、ベグゲギュスが知らせて来た敵戦艦だろうか。」
ヒウケルが小声で呟いたその時、魔道主任参謀が新たな知らせを伝えて来た。
「旅団長!沿岸の監視部隊より報告です!敵の編成は戦艦2隻、巡洋艦4隻、駆逐艦10隻前後。戦艦2隻のうち、
1隻はプリンス・オブ・ウェールズ級、もう1隻はレナウン級並びに、ニューメキシコ級戦艦らしき物なり。
敵艦隊の速力は14リンル。」
「プリンス・オブ・ウェールズか……2年前に起きたグラーズレット沖の夜戦で、味方戦艦2隻を撃沈した強敵が来るとはな。」
「私はてっきり、アイオワ級戦艦が来ると思っていましたが……それよりも格下のプリンス・オブ・ウェールズ級なら、
わが要塞砲でも勝機はありますな。」
魔道主任参謀は、米軍がアイオワ級ではなく、それより小型と思われているプリンス・オブ・ウェールズ級を投入して来た事に、
やや楽観しかけていた。
だがヒウケルは、気の抜けた言葉を発した魔道主任参謀を睨み付けた。
「君。さっき、私が言った言葉を聞いてなかったのかな?相手は数の優位をあっさりと覆して、勝利をもぎ取った、
あのプリンス・オブ・ウェールズだぞ。あの艦は、モンメロ沖海戦でもアイオワ級に勝るとも劣らぬ活躍をしたと
噂されている。脅威の度合いからいえば、アイオワ級とさして変わらんぞ。それに加え、我々の要塞砲は確かに優秀だが、
砲の口径ではアメリカ軍側に分があるのだぞ?状況はちっとも良くなっておらんのだ。少しは気を引き締めたまえ!」
ヒウケルは、厳しい口調で魔道主任参謀を叱責する。
要塞砲が新たな砲撃を行った。それと同時に、敵艦隊からも発砲炎と思しき閃光が煌めく。
12門の11ネルリ砲が放った弾は実弾であり、狙いは先頭のプリンス・オブ・ウェールズ級と、2番艦に絞られていた。
要塞砲の砲弾が着弾した後、敵戦艦の砲弾も河口部付近に降り注いで来た。
耳を劈くような轟音が鳴り響き、大地が揺れ動いた。
「おおっ…!流石は戦艦の砲弾だ!」
ヒウケルは、初めて体験する大口径砲弾の着弾に度肝を抜かされた。
「東岸部第1砲台並びに、西岸部第1砲台の周辺に敵弾落下!損害なし!」
「東と西の第1砲台がそれぞれ砲撃を受けたか……戦艦1隻の火力で、砲台を1つずつ潰すつもりだな。」
ヒウケルは、米側の戦法を冷静に分析する。
「こちらの砲撃はどうなっている?」
「我が方の砲弾も、全て外れました。ただ、敵2番艦には、早くも狭叉弾を得たようです。」
「ほほう。第1射で狭叉か。幸先が良いぞ。」
ヒウケルは満足気に頷いた。
「敵戦艦部隊、第2射発砲!」
つい今しがた駆け付けた見張り員が、早くも敵艦の新たな発砲炎を確認した。
それから10秒後に、要塞砲も、沿岸部から順繰りに発砲を行った。
要塞砲の砲弾が弾着する前に、敵戦艦部隊の砲弾が降り注いで来た。
ヒウケルは、東岸の第1砲台の辺りに目を向けていた。
唐突に、第1砲台から100メートルほど離れた位置に、敵戦艦の砲弾が連続して着弾し、大量の土砂が跳ね上がった。
「どうやら、敵戦艦は最初から斉射を放っているようだな。」
ヒウケルは、第1砲台前に上がった爆発炎を見るなり、そう確信した。
「早めに砲台を潰して、魔法研究所を攻撃したいと思っているだろう。だが、そう簡単に、ここは通さんぞ。」
彼がそう言い放った直後、敵戦艦の周囲に要塞砲が放った砲弾が弾着した。
「弾着!敵1番艦、並びに敵2番艦に命中弾!」
「ようし、良い調子だ!」
彼は、先手を取れた事を素直に喜んだ。
「敵戦艦、更に接近します。距離3.5ゼルド!あっ!敵艦、第3射を放ちました!」
見張り員は、続けざまに報告を伝えた。
「こっちが2度砲撃を行ったに対して、あちらは3度か。ふむ……砲の発射速度では向こうが上のようだな。」
「確かに。未だに、敵が有効弾を得ていないのが救いです。このまま砲弾を浴びせ続けましょう。」
魔道主任参謀が相槌を打つ。
「言われるまでも無いな。要塞砲連隊の腕前なら、奴らが河口部に達するまでに足止め出来るだろう。」
(最も、こちら側が一切、損害を受けなければ、の話だが)
ヒウケルは、最後の部分は口にしなかった。
この時、上空に航空機の物と思しき爆音が再び響いて来た。
「旅団長!上空に敵機です!」
「むっ!アメリカ人共め、洋上の機動部隊から第3波の攻撃隊を差し向けて来たか!?」
ヒウケルは、今にも敵艦載機が、野砲連隊の陣地か、要塞砲の砲台に向かって来るかと思った。
だが、それから1分が過ぎ……そして、更に5分が経過した後も、敵機は野砲連隊や要塞砲に近付く事は無かった。
その代わりに、敵機は旅団の戦区に向けて、照明弾を投下して来た。
「旅団長!敵機の照明弾です!」
ヒウケルは、その報告に対して、無言で頷くのみだった。
30秒後に、敵戦艦が第9射を放って来た。
敵戦艦2隻は、1番艦に3発、2番艦に4発が命中し、両艦とも火災が発生しているのか、おぼろげながらもその姿が見える。
11ネルリ砲弾は、確実に敵戦艦に損害を与えているが、戦闘力を削ぐまでには至っていない。
敵戦艦1番艦、2番艦が更に斉射弾を放って来たのがその証拠である。
「敵艦隊との距離、更に縮まります!現在、沿岸部より3ゼルド!」
「3ゼルドか……そろそろ、野砲連隊の砲撃も始まる頃だな。」
ヒウケルは、西岸に配置した第213、214野砲連隊の事を思い出した。
213連隊は、先の航空攻撃で大損害を被っているが、未だに戦力の半分以上は健在であり、214連隊もまだ損害を受けていない。
「ひとまずは、213、214連隊も砲撃に加えて、敵戦艦に対して更に打撃を加えられるだろう。」
彼は、自信すら感じさせる口調でそうつぶやいた。
戦況は、全く油断が出来ぬ状況ではあるが、僅かながら、第9要塞旅団側が有利と言える。
(このまま押しまくれば勝てるかも知れない。)
ヒウケルがそう呟いた直後、敵戦艦の砲弾が落下して来た。
今度の爆発音は、これまでに聞いた物とは違って、明らかに何かが破壊される音も含まれていた。
「むぅ……東岸の第1砲台がある辺りが燃えている……まさか!」
彼は、東岸第1砲台がある付近から火災炎が上がっている事に気が付き、心中に言い様の無い不安感が漂う。
「た、大変です!東岸の第1砲台が敵戦艦の砲撃で破壊されました!砲台員は総員、戦死の模様!」
「……やはりか。」
ヒウケルは、務めて平静な声音で言う。
(このまま、一方的に砲弾を浴びせ続ける、という流れにはならなかったか。やはり、甘い考えは通用せんな)
彼は、心中でそう呟きながら、敵戦艦恐るべしという言葉を、自らの戒めのために、脳裏に深く刻み付けた。
「西岸の第1砲台は無事か?」
「はっ!西岸の第1砲台は健在であります!」
「よろしい。」
ヒウケルは深く頷く。
第1砲台の仇打ちとばかりに、213、214連隊の野砲が、敵戦艦に向けて一斉に砲撃を開始した。
213連隊のみならず、215連隊も砲撃を開始した。
100門以上の野砲が放つ発砲炎は、11ネルリ砲にも劣らぬほどの勇壮さを感じさせた。
(これだけの戦力が揃っているのならば、あの敵艦隊にも打ち勝てる筈……いや、必ず打ち勝つ!あの魔法研究所を守る為にも…
そして、マオンド全軍の名誉の為にも!)
野砲部隊の斉射は、ヒウケルの闘志を呼び起こした。
だが、その斉射に触発されたのは、ヒウケルだけでは無かった。
「旅団長!敵艦隊に動きが!」
「何?動きだと?」
「はい!」
魔道主任参謀は頷いた。
「監視所からの報告では、敵戦艦の左右に張り付いていた中型艦が、速度を上げて沿岸部に接近しつつあるようです!」
午後10時25分 TG72.5所属 軽巡洋艦セント・ルイス
軽巡洋艦セント・ルイス艦長のレネス・ガルシア大佐は、旗艦プリンス・オブ・ウェールズからの合図を確認した直後、
大音声で命令を発した。
「速力上げ!砲術、目標、河口西岸部の野砲陣地!砲撃用意!」
続けざまに出された2つの命令を聞いた航海長と砲術長は、すぐさま、部下達に命令を伝える。
セント・ルイスは、やにわに速力を上げ始め、前部に指向可能な2基の47口径3連装6インチ砲は、西岸部に灯る発砲炎に砲身を向ける。
「沿岸部より2000メートルまで接近する!それまで突っ走れ!」
ガルシア艦長の荒々しい言葉が艦橋に響く。
セント・ルイスは、後方にクリーブランド級軽巡のマイアミと、駆逐艦5隻を従えながら、時速32.5ノットで海上を驀進して行く。
セント・ルイスとマイアミに習うように、戦艦部隊の右舷側を航行していたケニアとナイジェリアも、出せる限りのスピードで沿岸部に急接近して行く。
敵の要塞砲と、野砲の砲撃は、プリンス・オブ・ウェールズとレナウンに集中しており、巡洋艦、駆逐艦には1発の砲弾も飛んで来ない。
距離はみるみるうちに縮まり、9000から8000。8000から7000と、急速に詰まって行く。
唐突に、西岸の要塞砲が設置されている辺りから、ひときわ大きな閃光が煌めいた。
その次の瞬間には、閃光は真っ赤な爆炎に変わり、夥しい破片が空中に舞い上がっていく様子が見て取れた。
「レナウンも要塞砲を1つ吹き飛ばしたか。これで、敵の要塞砲はあと10門だな!」
ガルシア艦長は、レナウンの奮闘ぶりに感心しながら、そう言い放った。
事前にTG72.4が威力偵察を行った事と、交戦開始前に射出した水上機からの報告で、敵の要塞砲は、全部で12門と判明している。
その内の2門は、交戦開始から10分足らずで破壊されている。
一方、プリンス・オブ・ウェールズとレナウンは、敵の要塞砲と野砲の集中攻撃を受けているが、流石は頑丈な戦艦だけあって、
戦闘力はさほど低下しておらず、逆に要塞砲や野砲を次々と返り討ちにしている。
(野砲陣地にも、プリンス・オブ・ウェールズ、レナウンが放った流れ弾が落下して被害が出ていた)
「そろそろいい頃だ。砲術長!砲撃を開始しろ!」
ガルシア艦長は、気合の入った声音で、電話越しに砲術長に命令した。
その直後に、待ってましたとばかりに前部に指向していた、6門の6インチ砲が火を噴いた。
セント・ルイスのみならず、後続のマイアミも主砲を放つ。
最初の弾着は、野砲陣地には当たらず、陣地の手前で着弾するだけに留まった。
続けて第2斉射が放たれる。
この砲撃もまた、外れ弾となったが、これがきっかけとなったのか、野砲陣地の発砲炎が、一瞬だけ消え失せた。
その10秒後に、再び野砲陣地が射撃を開始したが、その砲弾は、セント・ルイスやマイアミに降り注いで来た。
多数の砲弾が、32.5ノットの速力でセント・ルイス、マイアミの周囲に次々と弾着し、水柱を噴き上げる。
艦首前方に、小振りの水柱が突き立ったが、セント・ルイスはその水柱を踏み潰して前進を続ける。
(水柱の大きさからして……敵の野砲は3インチ……大きくても4インチクラスといった所か。1発1発の威力は大した事ないが、
続けて食らったらたちまちの内に蜂の巣だな)
ガルシア艦長は、心中でそう呟くが、怖気づく事は無かった。
いや、怖気づく所か、むしろ、闘志を限り無く湧き立たせていた。
「敵の野砲がこっちに狙いを定めて来たか!面白い、ブルックリン・ジャブと野砲のつるべ打ち。どちらが優秀か、勝負と行こうじゃないか!」
ガルシア艦長は、小声ながらも、怒気を含んだ口調でそう言い放った。
セント・ルイスは、マイアミと駆逐艦5隻を従えながら、回頭点まで疾走を続ける。
周囲に、間断無く野砲弾が降り注いで来る。上空には、照明弾と思しき薄い緑色の光がひっきりなしに煌めいている。
敵の野砲部隊は、セント・ルイスを始めとする巡洋艦部隊に対して猛烈に撃ちまくっているのだが、巡洋艦部隊が32ノット以上の速力で
驀進しているためか、周囲に水柱を立ち上げるだけで1発も命中しない。
だが、海岸から4800メートルまで迫った所で、急に砲撃の精度が良くなり始めた。
無論、セント・ルイスやマイアミも、6インチ砲を放って野砲陣地に反撃している。
セント・ルイスが海岸まで4500メートルまで迫った瞬間、唐突に、艦首部で閃光が煌めいた。
閃光は一瞬にして消え、その直後には、赤黒い爆炎が艦首甲板で湧き起こった。
「艦首甲板に被弾!」
見張りの声が艦橋に響く。ガルシア艦長は、それに短く答えただけで前方を見据え続ける。
先の被弾は、セント・ルイスの艦首甲板を抉ったが、火災発生までには至らなかったため、特に慌てる事は無かった。
セント・ルイスとマイアミは、その後も敵の野砲弾を浴びせられたが、ジグザグ航走を行った事もあり、幸いにも主砲等には損害を受けずに済み、
ついに、海岸との距離が3000メートルを切った。
「取り舵いっぱい!急げ!」
ガルシア艦長は、大音声で命じた。
既にセント・ルイスの前部甲板と中央部付近には、被弾によって火災が発生している。
このまま砲弾を浴び続ければ、主砲にも被害が及ぶ事は確実である。
程なくして、セント・ルイスの艦首が、左に大きく回頭する。
回頭を行うと同時に、それまで沈黙していた前部第3砲塔や、後部の第4、第5砲塔、並びに、右舷側の2基の5インチ連装両用砲が、
一斉に砲塔を旋回させ、野砲陣地に砲身を向ける。
セント・ルイスが回頭を終え、西側に向けて航行し始めた時、ついに15門の6インチ砲が一斉に放たれた。
全ての主砲を放ってから約5秒後に、マイアミも12門の54口径6インチ砲を斉射する。
セント・ルイス、マイアミは、6インチ主砲のみならず、5インチ両用砲も撃ち放つ。
最初の全門斉射から6秒後に、新たな斉射が15門の6インチ砲から放たれ、そして、そのきっかり6秒後に、また新たな斉射が放たれる。
5インチ砲も、ほぼ4秒ないし、5秒置きに両用砲弾を吐き出し、野砲陣地に向けて雨あられと砲弾を叩きこんでいく。
野砲陣地がある辺りで、発砲炎とは異なる閃光が次々に湧き起こり、それから何かが誘爆したと思しき爆炎が舞い上がった。
野砲陣地も、負けてなるかとばかりに、生き残った野砲を総動員してセント・ルイス、マイアミに砲弾を放って来る。
新たな砲弾が2隻の巡洋艦に飛来し、セント・ルイスに3発、マイアミに2発が命中する。
セント・ルイスに落下した砲弾3発のうち、1発は艦尾のカタパルトを吹き飛ばした。
2発は右舷中央部に命中し、20ミリ機銃3丁を鉄屑に変えた。
だが、セント・ルイスにとって、その程度の被害は軽い怪我である。
被弾に臆した様子もなく、セント・ルイスはブルックリン・ジャブと由来される連続斉射を、マイアミと共に続けていく。
駆逐艦部隊も、5インチ主砲を用いて敵野砲陣地に砲撃を仕掛け始める。
巡洋艦、駆逐艦の艦砲射撃を浴びた野砲陣地は、飛来して来る多量の砲弾の前に次々と沈黙を余儀なくされていくが、被弾を免れた野砲は、
自分達が被弾する事は考えずに、ただひたすら、砲弾を小癪な敵艦隊に向けて放ち続けていた。
プリンス・オブ・ウェールズとレナウンが、河口部まで4000メートルにまで達した時には、敵の野砲陣地は巡洋艦、駆逐艦部隊との
戦闘に完全に忙殺されており、両艦に降り注ぐ砲弾は、要塞砲が放つ物だけとなっていた。
「いいぞ。巡洋艦部隊が野砲を上手い具合に引き付けている。」
旗艦プリンス・オブ・ウェールズの艦橋で、戦闘を見守っていたジェイムス・サマービル中将は、やや安堵したかのような口ぶりで呟いた。
「敵が野砲陣地の大砲までこっちに向けて来た時は、流石に焦った物だが……こうなれば、あとは、要塞砲との勝負に集中するだけだな。」
彼がそう言い放った直後、プリンス・オブ・ウェールズが新たな斉射弾を放つ。
現在、プリンス・オブ・ウェールズは、河口の東岸側にある2番目の要塞砲を目標に射撃を行っている。
プリンス・オブ・ウェールズの斉射の直後に、敵の要塞砲から放たれた砲弾が落下して来た。
艦の周囲に水柱が立ちあがり、プリンス・オブ・ウェールズの艦影が覆い隠される。
水柱が晴れた後に、敵の要塞砲の周囲に爆炎が躍る。
サマービルは、この斉射で要塞砲を破壊したかと、一瞬期待するが、その期待は、40秒後にあっさりと裏切られる。
「レナウンの斉射弾、西岸部の第2砲台に命中!砲台は沈黙した模様!」
艦橋に見張り員の声が響き渡る。
先の砲撃による被弾で、見張り員2人が破片にやられ、うち1人は戦死。もう1人は重傷を負って医務室に担ぎ込まれている。
今の見張り員は、戦死した見張り員の交代要員である。
サマービルは、見張り員の声の裏に、戦死した仲間の仇打ちだ!と言う感情が込められているように感じられた。
「レナウンが2つ潰したか。砲術長!こっちもレナウンに負けずに、どんどん撃ちまくれ!」
サマービルの側で艦の指揮を取っているジョン・リーチ大佐が、砲術科員を叱咤する。
応とばかりに、前部の50口径14インチ4連装、並びに連装砲各1基が、轟然と唸りを上げる。
プリンス・オブ・ウェールズの発砲と入れ替わりに、敵要塞砲の砲弾が降り注いで来た。
艦の周囲にまたもや砲弾が降り注ぎ、艦体に2度の衝撃が加わった。
(む……なかなか大きい揺れだな!)
サマービルは心中でそう思いながらも、両足を踏ん張って揺れに耐えた。
「左舷中央部に命中弾2!左舷側の40ミリ4連装機銃座1基並びに、2番両用砲1基損傷!火災発生!」
「徐々にダメージか重なりつつあるな。」
リーチ艦長は、顔をしかめながら小声で呟いた。
プリンス・オブ・ウェールズは、既に8発の大口径砲弾と、9発の野砲弾を食らっており、右舷側の1番両用砲と機銃座3基、左舷側の
4番両用砲と機銃座2基、後部甲板に被害が生じている。
今の所、優秀なダメコン班のお陰で、火災の延焼を防げている物の、このまま被弾数が重なり、ダメコン班に大損害を負う事態になれば、
頑丈な装甲で覆われたプリンス・オブ・ウェールズとはいえ、いずれは戦闘不能に陥る可能性がある。
そうなる前に、何としてでもネロニカ河に突入し、敵の極秘施設に艦砲射撃を加えなければならない。
東岸の敵要塞砲第2砲台にプリンス・オブ・ウェールズの斉射弾が落下した。
この斉射弾は、見事に東岸第2砲台を捉えていた。
14インチ砲弾は、砲台の分厚い天蓋をあっさりと貫通し、内部で炸裂した。
爆発の瞬間、砲台内部に居た将兵は全員が戦死し、砲台は地下の弾火薬庫の誘爆によって木端微塵に吹き飛んでしまった。
東岸第2砲台の壮絶な最期を見届ける暇も無く、リーチ艦長は、目標の変更を知らせる。
「目標、東岸の第3砲台!」
リーチ艦長の指示を受け取った砲術長は、すぐさま測的を始め、砲身を第3砲台に向ける。
「司令官。ネロニカ河まであと2000メートルです。」
参謀長のシャンク・リーガン少将がサマービルに伝える。
プリンス・オブ・ウェールズは、速力を緩めぬままネロニカ河に接近しつつある。
通常なら、事故の危険が伴うため、ここで速力を緩める所であるが、サマービルは事前に、ネロニカ河の水位をトハスタ側から調べ、
艦が全速航行したまま遡上を開始しても問題は無いと判断し、極秘施設があると思われる入江まで1000メートル手前に進むまで、
突進を続ける事に決めていた。
敵の要塞砲は、依然としてプリンス・オブ・ウェールズとレナウンに砲弾を放って来るが、両艦が2つずつ砲台を潰した為、
飛来して来る砲弾の数は少なくなっていた。
だが、それでも両艦に1発ずつが命中した。
「左舷中央部付近に命中弾!カタパルト付近から火災発生!」
ダメコン班から新たな被害報告が届けられる。
リーチ艦長は、それに素早く反応し、的確な指示をダメコン班に伝えていく。
「距離が近い分、敵要塞砲の威力も無視できん物になって来たな。」
サマービルは、やや不安げな口調で小さく呟いた。
プリンス・オブ・ウェールズは、搭載砲は14インチ砲ではある物の、艦体に取り付けた装甲は16インチ砲搭載艦にも匹敵するほどの
重装甲であり、自艦から放たれた砲弾を防御できるという条件を十二分に満たしている。
だが、それは通常の砲戦距離……30000メートルから10000メートルの範囲内に限っての話である。
それ以上の近距離では、自慢の防御も思うように効果を発揮しない場合がある。
敵の要塞砲は、砲の口径からして良くても12インチクラスと思われるが、交戦距離が10000を割っている以上、敵弾がいつ、
バイタルパートを破ってもおかしくない状況にある。
被害が上部構造物に集中している今は、まだ救いがあると言って良い状態だ。
「……頼んだぞ、艦長。」
サマービルは、リーチ艦長を信じつつ、戦闘の様子を見守り続ける。
プリンス・オブ・ウェールズが新たな斉射弾を放った。
今度の斉射は、敵の第3砲台に殺到し、周囲に砲弾が突き刺さった。
大量の土砂が跳ねあげられ、第3砲台はすっかりその姿が見えなくなってしまった。
爆煙と土煙が晴れると、第3砲台は、踏み潰された缶詰のように天蓋が大きくひしゃげ、砲身は根元から無くなっていた。
「凄い!初弾で敵の砲台を吹き飛ばすとは…!」
リーチ艦長は、まさかの初弾命中に興奮を抑えきれなかった。
「ようし。この調子で、他の砲台も早く叩き潰す!砲術、目標を第4砲台に変更しろ!」
彼は、すぐに元の表情に戻り、すかさず指示を下して行く。
プリンス・オブ・ウェールズとレナウンは、敵要塞砲と砲戦を交わしながら、急速にネロニカ河へ接近して行く。
第4砲台が4度の斉射で破壊され、第5砲台にも砲撃を開始した時には、プリンス・オブ・ウェールズはネロニカ河へ突入し始めていた。
「艦長!ネロニカ河へ突入します!」
見張りの声音が艦橋内に響く。
艦橋の両側には、巡洋艦部隊との交戦で生じた火災炎で、赤く照らし出された大地がある。
プリンス・オブ・ウェールズは、速力を落とす事無く、白波を蹴立てて艦全体をネロニカ河へ滑り込ませた。
「第5砲台沈黙!」
見張り員が新たな報告を伝えて来る。
リーチ艦長は、敵砲台の沈黙に何ら感情を示す事無く、砲術長に次の指示を与える。
その時、一際激しい衝撃がプリンス・オブ・ウェールズを襲った。
この衝撃には、これまでにずっと耐え続けたサマービルもたまらずに転倒してしまった。
「司令官!大丈夫ですか!?」
背中を床に打ち付けたサマービルは、一瞬だけ息が苦しくなったが、すぐにリーガン少将に抱き起こされた。
「お、おお。私は大丈夫だ。それよりも、艦の状態はどうなっている?」
サマービルは、リーチ艦長に視線を向けて尋ねる。
リーチ艦長は、艦内電話でしばしの間連絡を取り合ってから、サマービルに報告する。
「司令官。敵弾は、本艦の後部艦橋基部に命中して炸裂しました。この影響で、後部艦橋で死傷者が出ている模様です。それから、
本艦の右舷中央部の舷側を、敵弾が貫通したようです。」
「右舷中央部の舷側を貫通……か。それで被害は?」
「はっ。それが、妙な事が起きているのです。今頃は、砲弾が炸裂して損害が生じている筈なのですが……ひとまず、ダメコン班が
損傷個所を調べています。」
リーチ艦長が言い終えた直後に、プリンス・オブ・ウェールズが新たな斉射弾を放つ。
新たな目標となった第6砲台までは、距離は僅か3000メートルしか離れておらず、砲身もほぼ、水平に近い角度まで下がっている。
それに、発砲から着弾までの時間も早い。
即座に砲弾が弾着し、第6砲台の前方や後方に爆発が起きる。
この斉射弾では、第6砲台は破壊できなかった。
「レナウン被弾!行き足落ちます!」
唐突に響いて来た見張り員の一言に、サマービルはハッとなった。
「レナウンより通信!敵の砲弾は、本艦の左舷機関室に損傷を与えた模様。」
「……機関室に損傷が及んだとなると、レナウンもバイタルパートを撃ち抜かれたか!」
彼は、レナウンの事を案じながらも、相次いで2隻の戦艦に深い手傷を負わせた敵要塞砲の奮闘ぶりに感嘆した。
「艦長!歩調をレナウンに合わせろ!」
サマービルは、すかさずリーチ艦長に指示を下した。
「レナウンより続報です!我、左舷機関室に損傷を負うも、速力18ノットにて航行可能。戦闘に差し支えなし!」
レナウン艦長の決意が強く表れたその一文を聞いたサマービルは、しばし呆然とした後、ゆっくりと頷いた。
(流石は、ロイヤルネイビーの誇る英傑艦だ。いいだろう。敵に、ジョンブル魂の真髄を見せ付けてやろうではないか)
彼は、心中で呟いた後、視線を第6砲台に向ける。
第6砲台は、入江を取り囲んである内の斜面に設置されており、その近くには、第7砲台もある。
残り2門となった東岸の砲台は、交戦開始と変わらぬ調子で砲弾を放ち続けている。
唐突に、後方から一際大きな爆発音が聞こえて来た。
「レナウン被弾!砲塔に損害が生じた模様!」
サマービルは、思わず歯噛みする。
(砲塔をやられたのか……恐らく、前部の第1砲塔か第2砲塔のいずれか。あるいは……)
サマービルは、心中でレナウンの被害がどれぐらいなのかを予想する。
その直後、河の西岸の辺りで、強い閃光が放たれた。
閃光は紅蓮の炎に変わり、時間差を置いて強烈な爆発音が響いて来た。
「レナウンより通信!敵の攻撃により、第2砲塔を使用不能にされるも、以前戦闘続行は可能なり!尚、西岸部の敵要塞砲は、
全て制圧せり!」
サマービルは心中で、レナウンの奮闘に喝さいを送った。
プリンス・オブ・ウェールズにも敵弾が落下して来る。
1発が艦の前方に落下して水柱を噴き上げ、もう1発が、左舷側艦首部に命中した。
砲弾が突き刺さった直後、プリンス・オブ・ウェールズの艦首甲板は、舷側部分ごっそりと抉れ、錨の巻き取り機が吹き飛んだ。
だが、被害はそれだけであり、プリンス・オブ・ウェールズは尚も斉射弾を放つ。
「艦長!入江より1000メートルまで到達しました!」
「司令官。」
見張りの報告を聞いたリーチ艦長は、サマービルに顔を向ける。
サマービルは頷き、新たな命令を発した。
「速度を8ノットまでに落とせ!」
敵弾が、要塞砲陣地に次々と降り注ぐ中、ヒウケルは危険を顧みずに、指揮所の3階部分から指揮を取り続けていた。
「畜生!既に20発近くは命中させている筈なのに……敵戦艦の火力は全く衰えていないぞ!」
ヒウケルは、今や近くにまで迫ったプリンス・オブ・ウェールズの巨体を見据えながら、その頑丈さぶりに舌を巻いていた。
プリンス・オブ・ウェールズは、艦体のあちこちから火災炎を発し、噴き出る黒煙も馬鹿にならぬほどの量なのだが、どういう訳か、
戦闘力は維持し続けている。
後続の2番艦レナウンは(艦の形から、2番艦はレナウンだと判明した)、プリンス・オブ・ウェールズ程は頑丈ではないのか、
第2砲塔は2本の砲身がそれぞれ上下を向いており、砲塔も損傷して砲撃不能になっている他、火災も1番艦以上に酷い。
だが、レナウンには優秀な応急修理班が乗り組んでいるのか、致命的な誘爆が起こって航行不能に陥る、というような事は一向に起きない。
「旅団長!第6砲台との通信が途絶しました!!」
「……第6砲台までも。残るは、第7砲台のみ……か。」
ヒウケルは落胆した。
既に、第9要塞旅団の各連隊は、敵との交戦に悉く敗れ去っている。
野砲連隊は、旅団司令部の命令で、急遽敵の巡洋艦部隊と交戦したが、敵巡洋艦、駆逐艦と激しい撃ち合いを演じた後、相次いで壊滅した。
一番長く戦えた、東岸部配置の第215連隊も、5分前に壊滅状態に陥っている。
残る戦力は、第7砲台に据えられた、1門の11ネルリ砲のみ………
「いや、たった1門のみとはいえ、まだ戦力は残っている。砲が残っている限り、私は決して、希望を失わないぞ!」
彼の希望に応えるかのように、第7砲台が轟然と火を噴いた。
砲弾が弾着する前に、プリンス・オブ・ウェールズが前部6門の14インチ砲を放つ。
その直後、プリンス・オブ・ウェールズの左舷側中央部に砲弾が命中し、夥しい破片が舞い上がった。
「ようし!いいぞ、その調子でどんどん叩け!」
ヒウケルは、第7砲台の勇戦ぶりに声を弾ませた。
プリンス・オブ・ウェールズの砲弾が第7砲台のある周囲の山肌に命中し、爆煙をあげるが、その10秒後に、第7砲台が火を噴く。
発砲炎が煙を吹き飛ばし、閃光が岩肌に突き出た太く、逞しい砲身を浮かび上がらせる。
プリンス・オブ・ウェールズが砲弾を放つ直前、第1煙突と艦橋の間に第7砲台の砲弾が命中し、またもや派手な爆煙が噴き上がる。
砲弾はプリンス・オブ・ウェールズの前部マストを根元から断ち割った。
ヒウケルは、巨艦の艦体から、何か細い棒状の物が倒れ込む様子を、瞬きせずに見守った。
「あの位置は、前部艦橋の主砲測距儀に近い……奇跡と言う物が存在するなら……どうか、この瞬間に起きてくれ!頼む!」
彼は、神に祈る思いでそう叫んだ。
だが、神は彼の祈りを聞き入れてはくれなかった。
プリンス・オブ・ウェールズは、更に斉射弾を放った。
それから程なくして、爆発音が連続して響き、直後に、一際大きな爆発音が鳴り響いた。
この轟音が、第7砲台から発せられた物である事は、ヒウケルのみならず、固唾をのんで戦闘を見守っていた、旅団司令部の
誰もが、瞬時に理解していた。いや、理解させられた、と言った方が正しいであろう。
ヒウケルを始めとする司令部幕僚は、第9要塞旅団が壊滅した事を理解しながらも、長い間、呆然とその場に立ち尽くしていた。
それから5分後……
「司令官!右舷方向に建物らしき物が見えます!」
サマービルは、リーチ艦長が指差した方向に双眼鏡を向ける。
「ふむ……確かに建物だな。ほほう、建物の上に、何か幕らしき物が敷かれているぞ。」
「恐らく、あれは対空用の偽装網でしょう。施設全体を覆っています。」
「幾ら航空偵察を行っても発見できない訳だ。」
サマービルは、マオンド側の徹底した航空対策に半ば感心する。
「だが、横からはこうして、丸見えとなっている。敵さんは、このネロニカ河を遡上してまで、敵が来る筈は無いと思っていたのだろうな。」
彼は、単調な口ぶりでそう言った。
やがて、プリンス・オブ・ウェールズとレナウンは、入江全体を見渡せる位置で艦を停止させた。
既に、両艦の主砲は、眼前に聳え立つ施設群に向けられている。
「艦長。サーチライトは使えるかね?」
「はっ。まだ使えます。」
「ここは、手早く砲撃を終わらせるためにも、照射射撃を行ってもいいだろう。目標までの距離は900メートルほどしか離れていないが、
測的には少々時間を取られる筈だ。それを早く終わらせる為にも、照射射撃はやっても構わんだろう。」
「ええ、確かにそうですな。」
リーチ艦長は大きく頷くと、艦内電話で砲術科に指示を下した。
程なくして、プリンス・オブ・ウェールズからサーチライトの光芒が、施設群に向かって放たれた。
「司令官。射撃準備完了しました。」
リーチ艦長の報告を聞いたサマービルは、いつもと変わらぬ、冷静な口調で答えた。
「撃ち方始め。」
その一言が口から放たれてから3秒後に、プリンス・オブ・ウェールズは、この日、初めての、全門斉射を行った。
それから話は、少しばかり遡る。
「しょ、所長!第9要塞旅団が、敵艦隊との戦闘に破れました!」
地下の坑道が開くのを待っていたダングヴァは、その知らせを聞いた瞬間、大きく目を見開いた。
「何ぃ!?第9要塞旅団が破れただとぉ!?」
「はっ!既に、敵の戦艦部隊は、研究所の全容が視認できる入江まで、後わずかの位置に辿り着いたようです!」
「こんな大事な施設があると言うのに、護衛部隊が破れるとはなんという体たらくだ!!」
ダングヴァは、怒りのあまり、顔を真っ赤に染め上げた。
「これだから、軍の奴らは役立たずと言われるのだ!おい、坑道の方はどうなっておる!?」
「はっ、あと10分程で片付けは終わり、坑道の道も開かれます!」
「敵は10分も待ってはくれんぞ!ええい、わしが直接出向いてやる!!」
ダングヴァは喚き散らしながら、執務室から飛び出し、地下の坑道がある部屋まで走った。
部屋に入ると、そこには、力自慢の男、約20人程が、坑道があると思しき場所に置かれている不用品を取り除いていた。
「状況はどうなっておる!?」
ダングヴァは室内に入るなり、怒鳴る様な声音で作業を指揮していた副所長に話しかける。
「はっ。あそにある、固まっている古い本棚や廃棄品といった重量物を取り除けば道は開かれますが、何分、かなりの重さなので、
小分けにしてどけなければいけません。ですから、後10分はかかるかと。」
「時間が無い!5分でやれ!」
「5分……でありますか?」
「そうだ!既に第9要塞旅団は敵戦艦との撃ち合いに負け、壊滅した!この魔法研究所がやられるのは、もはや時間の問題だ。
我々は、敵がここを破壊する前に、不死の薬と重要書類を持って、脱出しなければならん!そのためにも、この穴をあと5分程で
使えるようにしなければならぬ!」
「し、しかし」
「黙れ!!言い訳は無用だ!!」
ダングヴァは、副所長の進言を怒鳴り声で遮った。
「さもなくば、我々はここで敵の砲弾を浴びて、皆殺しにされるだけだ!作業を急がせよ!!」
ダングヴァの剣幕の前に、副所長は返す言葉を無くしてしまった。
「……わかりました。」
副所長は、不承不承ながらも頷き、疲れ果てている作業員達に所長の言葉を伝えた。
「急げぇ……時間が無いぞ。」
ダングヴァは呻くような声で呟きつつ、除去作業を見つめながら、坑道が開くのを待った。
それから4分ほどが経った時、唐突に砲撃音が鳴り響いた、と気付いた瞬間、強烈な爆発音と衝撃が、室内に伝わって来た。
大地震もかくやという猛烈な衝撃の前に、ダングヴァを始め、室内に居た全員が床を這わされる羽目に陥った。
「つ……遂に来たか!」
ダングヴァの顔色が、みるみるうちに青白くなっていく。
更に別の衝撃が室内に伝わり、起き上がろうとしていた者は再び転倒し、床を転げ回った。
「急げ!急ぐのだ!」
ダングヴァは金切り声を上げた。
「あの邪魔物さっさとどけよ!あれさえどければ、再び崇高なる執行活動に携わる事が出来るぞ!急げぇ!」
ダングヴァは叫びながら、作業員が落とした木槌を取り上げ、坑道の前に置かれている木製の本棚や空の容器を殴りつけ、無理矢理除去
しようとした。
「何をしておる!貴様らも手伝わんか!!」
半狂乱に陥りながら、一心不乱に木槌を振り続けるダングヴァに刺激されたのか、他の作業員達も作業に加わった。
敵戦艦からの砲弾が次々と飛来し、研究所が圧倒的な破壊力で粉砕されていく。
その衝撃が伝わる度に、室内には大地震さながらの揺れが生じ、作業員達はその度に足を取られ、転倒して行く。
普段は教団所属の戦闘執行部隊の構成員でもある作業員達は、訓練で鍛えられてはいる物の、相次ぐ大口径砲弾着弾の前に、なかなか
思い通りに作業が出来なかった。
だが、ダングヴァだけは、幾度か大きくよろめき、転倒しかけたが、奇跡的に、一度も転倒する事が無かった。
ダングヴァの体は、既に全身の筋肉が悲鳴を上げ、顔も苦しげに歪んでいたが、彼が望んでいる崇高なる執行活動の再開と、生への執着心が、
彼に今まで以上の力を与えていた。
唐突に、打撃の感触が鈍くなった。
構えていた木槌は、それまでとは全く違う感触を、彼の脳裏に伝えていた。
「お……まさか!」
ダングヴァは、更に3度ほど木槌を振り、目の前の何かを完全にたたき壊した。
彼は、自分が壊している者が、古い木材である事に気が付いた時、目の前に真っ暗な闇が現れた。
気の利いた作業員が、その暗闇の中に光源魔法を起動する。
そこには、先程の話に会った古い坑道があった。
古ぼけた坑道は、長年使っていなかったにもかかわらず、落盤事故を起こすことも無く残されていた。
「ふ……ふふ…ふははははは!やったぞ、遂に道が開けたぞ!」
ダングヴァは、喜びの余り高々と笑い声を上げた。
「ハハハハハハハ!!勝負あったな、アメリカ人!!!」
彼が勝利の叫びを発した瞬間、それに答えるかのように、雷のような爆裂音が響いた。
ダングヴァは、歪みに歪んだ笑顔を張り付かせたまま、その体を爆発エネルギーによって粉砕された。
レナウンの放った14インチ砲弾は、本部棟の分厚い床を貫通し、ダングヴァ達が詰めていた地下室にまで達していた。
レナウンが搭載している55口径14インチ砲は、アラスカ級巡洋戦艦にも採用されている高初速砲であり、17000メートル以内の
距離であれば、390ミリの装甲を貫通でき、近距離砲戦ならば、新鋭戦艦にも大打撃を与える事が可能だ。
レナウンの発射した砲弾は、勝利宣言を放ったダングヴァにノーと叩き付ける役目を果たさせる結果となったが、ダングヴァの死因が
レナウンの砲弾による物であるとは、誰も知る由は無かった。
プリンス・オブ・ウェールズが7回目の斉射弾を放った時、目標にしていた本部棟らしき建物は、完全に崩れ去って行った。
「敵の中枢施設と思しき建物が全壊しました!」
見張り員の声を聞きながら、サマービルは艦砲射撃で破壊されていく魔法研究所に見入っていた。
プリンス・オブ・ウェールズとレナウンの砲撃は、中枢施設が完全破壊された後も止む事は無い。
プリンス・オブ・ウェールズは、やや間を開けてから第8斉射を行う。
第8斉射弾は、中枢施設の右斜め側にあった、薬品研究棟に命中した。
1発の砲弾は、回収を放棄され、そのまま残される筈であった不死の薬の事前薬が入った、円筒状の貯水槽に命中した。
砲弾は貯水槽をあっさりと貫通し、壁にぶち当たってから炸裂する。
爆発の瞬間、赤黒い粘性の液体が、広い施設の中にばら撒かれ、内部が生き血に濡れたかのように赤黒く染まる。
別の砲弾がその研究棟に着弾し、空の貯水槽や、未だ無傷であった貯水槽を吹き飛ばす。
更にレナウンの斉射弾も降り注ぎ、研究棟は完膚なきまでに叩き潰された。
次に被害を受けたのは実験棟であった。
レナウンの放った14インチ砲弾のうち、1発は、実験で使用したハーピィ等の亜人種や、キメラの標本が置いてある見本室に着弾した。
14インチ砲弾は、細い円筒状に入っていた薬漬けの死体や標本を完全に粉砕し、隣部屋に集められていた実験結果が記入された書類等も、
何の価値も無いボロ切れに変えてしまった。
更にプリンス・オブ・ウェールズから放たれた集束弾が落下し、見本室にあった残りの標本や、既に傷付き、床に散乱していた亜人種や、
キメラ等の死体をいっしょくたに粉砕する。
研究員達によって物同然に扱われ、死後も標本として奇異の目を集め、数知れぬ屈辱を味わってきた亜人種達が、ようやく浄化された瞬間であった。
別の砲弾は、亜人種達が収容されていた収容棟に落下する。
亜人種達が魔法を使える事を考慮し、格子の1本1本に魔力を弱める対魔術を施した頑丈な牢獄も、30000メートル向こうの戦艦を相手に
するために作られた大口径砲弾に耐えられる道理が無く、砲弾が命中するや、瞬時に格子が千切られ、牢獄内で炸裂した爆風で止め金ごと吹き飛ばされた。
この1発で、収容棟は甚大な損害を被ったが、更に別の砲弾が相次いで落下し、収容棟は最初の被弾から1分も経たぬ内に全壊してしまった。
プリンス・オブ・ウェールズとレナウンの砲撃は、無傷であった施設を片っ端から破壊して行く。
今まで、被害を免れていた職員宿舎が、レナウンの放った斉射弾をモロに食らう。
14インチ砲弾は、宿舎内にあった研究員の私物や、戦闘執行部隊戦闘員の簡易訓練場や遊技場に分け隔て無く、破壊の嵐をもたらしていく。
プリンス・オブ・ウェールズの放った砲弾も、職員宿舎に命中し、ただでさえ脆い建物が、新たな砲弾の命中によって加速度的に破壊された。
レナウンの放った新たな斉射弾は、半壊していた食堂に命中し、厨房の内部に残されていた大量の食台や食器、調理器具が大口径砲弾によって
一まとめに叩き潰され、爆発によって訳の分からないゴミに変えられてしまった。
別の14インチ砲弾は、施設を取り撒く防壁に命中する。
脱走者防止用に作られた頑丈な防壁も、至近距離から放たれる14インチ砲弾には耐えられず、砲弾が命中して炸裂するや、紙細工のように
吹き飛ばされて行った。
プリンス・オブ・ウェールズから放たれた新たな斉射弾は、未だに無傷で残っていた尋問棟に殺到した。
実験棟の隣に置かれている尋問棟は、他の施設と比べると小振りであるが、内部には様々な拷問器具が置かれている。
この部屋に反抗する亜人種や、脱走者等を連れ込んで拷問し、時には人体実験を行っていた。
拷問部屋に連れ込まれて、生きて出られた者は全くと言って良いほど居なかった。
この魔法研究所に収監された亜人種達が最も恐れ、最も憎んだ拷問部屋に、天罰とばかりに10発の14インチ砲弾が降り注ぐ。
大口径砲弾が尋問棟の周囲に次々と落下し、大量の土砂や、崩壊した建物の破片が空高く舞い上がる。
この時の斉射弾で、尋問棟に命中した弾は1発も無かったが、かわりに至近弾が、尋問棟の側壁を傷つけ、窓のガラスを残らず叩き割った。
その次にレナウンの斉射弾が周囲に落下し、またもや爆煙が尋問棟を覆い隠す。
不思議な事に、この斉射弾も命中しなかった。
更にプリンス・オブ・ウェールズの新たな斉射弾が降り注ぐが、どういう訳か、尋問棟に1発だけ命中しただけで終わった。
尋問棟は、3度の斉射弾を浴びて1発の被弾のみという、意外な事態に恵まれたが、尋問棟のダメージは、この時点でかなりの物となっていた。
命中した1発の14インチ砲弾は、尋問棟の1階部分に命中した。
この箇所には、水責め用の拷問器具が置かれていたが、14インチ砲弾はその拷問器具を粉砕し、部屋を目茶目茶にたたき壊した。
その命中弾による被害も大きかったが、尋問棟は、既に何発もの至近弾を浴びた事で側壁が脆くなり、窓のガラスは1枚も残っていなかった。
尋問棟の痛々しい姿は、まるで、今まで拷問した者達の姿を、そっくり再現したかのようであった。
満身創痍の尋問棟に、更なる斉射弾が降り注ぐ。
今度は、3発が尋問棟に命中した。この損害で尋問棟は崩壊し、内部にあった様々な拷問器具は、砲弾炸裂時に著しく破損したのみならず、
建物自体の倒壊によって意味の無いゴミへと変えられてしまった。
別の砲弾は、尋問棟の隣に会った処刑場に命中し、ここも完膚なきまでに粉砕して、瓦礫の堆積上に変えた。
ソドルゲルグ魔法研究所は、もはや無数の14インチ砲弾によって叩き潰され、研究所としての機能を失っていたが、プリンス・オブ・ウェールズとレナウンは、赤々と燃える魔法研究所跡に対して、飽く事無く砲撃を続けた。
午後11時20分 TG72.5旗艦プリンス・オブ・ウェールズ
「撃ち方止め!」
斉射弾が放たれた後、すかさずリーチ艦長の号令がかかった。
「……しかし、すっかり跡形もなくなってしまったな…これは少し、やり過ぎたかな。」
サマービルは、赤々と燃え盛る魔法研究所跡を見つめながら苦笑する。
「いや、2度とゾンビ共をこの世に出現させないためには、これぐらいは当然ですよ。」
「ふむ……まっ、参謀長の言う通りだな。」
サマービルは苦笑しながら、リーガン参謀長に返す。
「ひとまず、これで任務完了……だな。」
彼は、噛み締めるように呟いた後、炎上する魔法研究所跡から目を逸らした。
「河から出よう。」
サマービルの指示が下り、レナウンとプリンス・オブ・ウェールズは、ゆっくりと後進しながら、ネロニカ河を出始めた。
それからしばらくして、リーチ艦長が艦内電話に呼び出される。
リーチ艦長は電話の相手と、しばらく会話を交わした後、受話器を置いてサマービルに顔を向けた。
「司令官。先程、ダメコン班から連絡がありましたが……先の戦闘中に、右舷側側面に命中した砲弾がありましたが、あの砲弾は
右舷中央部の両用砲弾庫付近にまで達していたようです。」
「何だと?敵弾はやはり、バイタルパートを貫いていたのか。」
「はっ。幸い、砲弾は不発弾でありましたが、もし炸裂していれば、隣接している両用砲弾庫に誘爆して大損害を被っていました。
最悪の場合、フッドの二の舞を迎えていた場合もあります。本当に奇跡ですよ。」
リーチ艦長は、最後はやや興奮気味になりながら、サマービルに話した。
「そうか……本艦は幸運艦だな。」
サマービルは、平静な口調で返事をしながらも、プリンス・オブ・ウェールズに与えられた強運に深く感謝をしていた。
「参謀長。7艦隊旗艦のフィッチ長官に送れ。」
「ハッ!」
サマービルは、一呼吸置いてから、7艦隊旗艦に送る言葉を伝える。
「作戦終了。我、敵の反撃による少なからぬ損害を被るも、実力で抵抗を排除。目標施設への艦砲射撃に成功せり。砲撃の効果は甚大であり、
23時20分に、敵施設の完全破壊を確認せり。」