第241話 報復者奮戦
1485年(1945年)7月29日午前9時20分 リーシウィルム沖
第57任務部隊司令官であるジョン・リーブス中将は、旗艦リプライザルのCICで対勢表示板に記されていく敵味方の駒
を見据えていた。
「司令官。CAPが敵編隊と交戦を開始しました。」
参謀長のフラッツ・ラスコルス少将がリーブスにそう伝える。
ラスコルス少将は、3か月前までは空母イントレピッドの艦長を務めていたが、少将に昇進後は本国で待命状態にあった。
今年の6月後半に、TF57の編成が決まると、ラスコルスはリーブスの推薦でTF57参謀長に就任し、7月1日より
TF57のNo.2として、日々の任務をこなし続けている。
「現在、敵編隊は我が機動部隊より西方90マイルの所まで接近しています。敵編隊の数は、迎撃隊が対応している部隊で
200から300ほど。5分前にピケット艦から届けられてきた新たな敵編隊は、100から200機以上は居るようです。」
「総計で400ないし500近くの敵編隊が、このTF57に迫っている事になるな。」
ラスコルスの説明を聞いたリーブスは、静かな声音で答える。
「この敵編隊の数を見る限り、俺達は蜂の巣をつついた悪戯小僧のような状態に陥ったようだな。」
「確かに。この敵編隊の数は明らかに多いですな。我々だけでは、荷が重いかもしれません。」
リーブスは、やや複雑な表情を浮かべながら腕を組む。
「……ひとまずは、敵の第1波攻撃隊を凌ぎ切る事を考えよう。敵の第1波が過ぎ去れば、幾らか間が空く。参謀長、敵の第1波が
終わり次第、第1次攻撃隊の収容を行う。第1波と第2波の距離は130マイル以上もあるから、その間になんとか降ろせるだろう。」
「わかりました。」
ラスコルス参謀長は軽く頷いてから、航空参謀を呼び付け、リーブスの指示を伝えた。
9隻の空母から発艦した迎撃機は140機を数え、敵の第1波攻撃隊に猛攻を加えていたが、敵編隊も4割ほどを戦闘飛空挺や
戦闘ワイバーンで固めていたため、敵の攻撃機をなかなか減らす事が出来なかったが、それでも、一部のF6FやF4Uが敵の迎撃を
突破して、痛撃を与えた。
午前9時40分頃には、敵の攻撃隊は第57任務部隊第1任務群に接近しつつあった。
空母リプライザル艦長ジョージ・ベレンティー大佐は、艦橋のスリットガラス越しに接近して来る敵編隊の姿を視認していた。
「遂に来たぞ。」
ベレンティー艦長は、眉をひそめながら小声で呟いた。
双眼鏡越しに、少なくとも80は下らぬ数の飛行物体が見える。その大半は翼を上下させており、残りは翼が動いていない。
「ワイバーンと飛空挺の混成編隊とは。これまた珍しい物だな。」
彼は、初めて見る編成に喉を唸らせつつ、艦内電話で砲術長を呼び出した。
「こちら艦長。砲術長、いよいよ実戦だぞ。準備は出来ているか?」
「ええ。準備万端。いつでも行けますよ!」
受話器の向こう側の砲術長は、自信に満ちた口調でベレンティーに言って来る。
「ようし。あと少しの辛抱だが、念のためだ。命令があるまで撃つな。その時が来たら指示を伝える。」
「了解です!」
ベレンティーは砲術長との会話を終え、受話器を置く。
視線を敵編隊の接近しつつある方角……艦の左舷側前方に向け直す。
「敵編隊、二手に別れます!」
見張り員の声が響いて来る。ベレンティーは、双眼鏡の向こう側に映る敵編隊が、その報告通りに動くさまを無言で見つめ続ける。
「高空と低空に別れたか……大雑把に二手に別れて左右挟撃に移るかと思ったが……ここは戦力を集中して強引に突破を図ろうと
考えたようだな。」
ベレンティーは、敵の戦術を冷静に読み取りながら、敵編隊が輪形陣に近付くのを待つ。
心中では、久方ぶりに体験する敵の空襲に半ば緊張していたが、表情は平静そのものであった。
「外郭の駆逐艦が対空戦闘を開始!」
唐突に、見張り員の声が艦橋に響いて来る。
ベレンティーは、自らの目で左舷側方向に広がる戦闘の模様を確認する。
輪形陣左側の駆逐艦部隊は、アレン・M・サムナー級駆逐艦9隻が展開しており、それぞれ6門の5インチ砲を、接近しつつある
敵編隊目掛けて撃ちまくる。
陣形左側の上空は、高角砲弾が炸裂するたびに多数の黒煙が湧き出し、空があっという間に砲弾炸裂の爆煙で覆われていく。
リプライザルの左舷側を行く巡洋戦艦のトライデントが、重巡ロサンゼルスと軽巡ホーマー、アムステルダムと共に対空戦闘を開始する。
たちまち濃密な弾幕が敵編隊の周囲で形成されていく。
高空に展開しているワイバーンと思しき敵影が1騎、2騎、3騎と、次々に墜落して行く。
「砲術長!射撃を開始しろ!」
ベレンティーは、艦内電話で砲術長に命令を伝えた。
それから1秒後、リプライザルの左舷側に搭載されている8門の54口径5インチ砲が火を噴いた。
断続的に放たれる5インチ砲弾が、敵編隊の周囲で炸裂して無数の破片を飛び散らせる。
破片を食らったワイバーンが致命傷を負い、夥しい血を流しながら海面目掛けて落下して行く。
その時、一群のワイバーンが駆逐艦群めがけて急降下を開始した。
14、5騎のワイバーンは、それぞれ4、5ずつに別れて、1隻の駆逐艦に向けて突進して行く。
危機を察知した駆逐艦は、5インチ砲のみならず、40ミリ、20ミリ機銃を撃ちまくって、接近するワイバーンを迎撃する。
狙われた駆逐艦は3隻。
うち2隻はワイバーンの攻撃をかわしたが、1隻が爆弾2発を浴びた。
その駆逐艦は中央部付近と前部付近に300リギル爆弾を受けた後、黒煙を吐き出しつつ、艦隊から落伍して行った。
後続のワイバーン隊は、それ以上駆逐艦部隊に攻撃を加える事も無く、高空の急降下爆撃隊と低空に展開した雷撃隊は、高角砲と
機銃を撃ちまくる駆逐艦を尻目に輪形陣の内部へと突き進んでいく。
駆逐艦部隊の迎撃網を突破した最初の急降下爆撃隊は、次に巡洋艦群と巡戦トライデントの放った対空砲陣に捉われた。
これに加えて、陣形左側に面しているリプライザルとレイク・シャンプレインも畳み掛けるように、高角砲を撃ちまくる。
ワイバーン隊の被撃墜数がここに来て急増し始める。
最初に駆逐艦の防衛ラインを突破して来た18騎のワイバーンは、あっという間に11騎にまで数を減らした。
更に、あとに続いて来た降下爆撃隊19騎も猛烈な対空弾幕に捉われてばたばたと叩き落とされていく。
そこに、シホールアンル側の雷撃隊が駆逐艦の防御ラインを突破して巡洋艦群をすり抜けようとする。
雷撃隊の中には、見慣れたワイバーンと違って、変わった飛行隊が混じっていた。
「艦長!護衛艦のトライデントが敵の雷撃隊に複数のケルフェラクを確認せりとの事!」
「何?雷撃隊にケルフェラクだと?」
ベレンティーは、スピーカー越しに伝えられた報告に眉をひそめながら、脳裏で敵の狙いが何であるかを推測する。
(錬度の低いとされるワイバーン隊と比較して、ケルフェラク隊はまだまだ高い錬度を維持していると聞いている。
連中は、ケルフェラク隊にも魚雷攻撃を行わせて、こっちの空母を沈めるつもりかな)
ベレンティーがそう思う間にも、対空戦闘は続いて行く。
敵の降下爆撃隊の第1陣が遂に巡洋艦と巡戦に防御ラインを突破し、空母群の上空に躍り出して来た。
「敵機直上!本艦に向けて急降下ー!」
見張りが悲鳴じみた叫び声を上げて来る。
先陣を切ったワイバーン隊7騎は、定めた目標に対して急降下爆撃を敢行した。
敵の目標は、リプライザルだ。
ワイバーンが翼を半ば折り畳んだ状態のまま急降下していく。
限界にまで砲身を振り上げた5インチ砲と40ミリ機銃、20ミリ機銃が火を噴き、猛烈な弾幕がワイバーンの前面に形成される。
僚艦の高角砲と機銃も、TF57の旗艦であるリプライザルに指一本触れさせぬとばかりに激しく撃ち放たれる。
リプライザルの上空には、高射砲弾炸裂の黒煙が無数に湧き立つ。炸裂煙の密度は、まるで空中散歩も可能と思わんばかりに濃い。
だが、ワイバーン隊はそれに屈する事無く、リプライザル目掛けて効果を続けていく。
先頭のワイバーンが40ミリ機銃弾の集束弾を受ける。
ワイバーンは瞬時に頭部が爆ぜ、竜騎士は痛みを感じる暇もなく、手足を残して体全体が粉砕される。
一瞬にして細かく分解された指揮官騎を見ても、後続のワイバーンは怯むまでもなく、逆に、武人の本懐を遂げた指揮官に敬意を表しながら、
相棒と共に火の嵐と化した空域に突っ込んでいく。
「取舵一杯!」
ベレンティーは命令を発した。
彼の指示はすぐさま航海科に伝わり、舵輪を操る水兵が勢いよく回して行く。
リプライザルは、その大きさゆえ、舵輪を勢いよく回してもすぐに舵を切れない。艦が回頭を始めるには、最低でも40秒ほどはかかる。
2騎目、3騎目が撃墜され、更に4騎目も指揮官騎と同様にワイバーン、竜騎士もろとも粉砕されたが、5騎目が遂に高度500メートルまで
降下し、腹に抱えていた爆弾を投下した。
「敵機、爆弾投下!」
という声が響いた直後、リプライザルの艦首が回り始めた。
リプライザルの艦首が、左に大きく回っていく。
敵5番騎の爆弾は、リプライザルの艦首右舷側海面に落下して、高々と水柱を噴き上げた。
続いて6番騎が爆弾を投下するが、これは右舷側海面に大きく外れ、虚しく水柱噴き上げる。
更に7番騎の爆弾も落下して来る。
ワイバーンの体から投下された爆弾の姿が、ほぼ真円に近かった。
「む……こいつはまずいぞ……!」
ベレンティーは背筋に冷たい物を感じた。
落下する爆弾が外れる時は、大抵が長い棒のような感じに見える。
そうなれば、爆弾は艦に落下せずに済むが、見える爆弾の姿が、今のように真丸に近い形の場合は高確率で命中する。
「来るぞ……!」
ベレンティーは被弾を覚悟し、両足を思い切り踏ん張った。
直後、右舷側から付き上がる様な振動が伝わり、リプライザルの巨体が直撃弾を受けたかのように揺さぶられた。
「うぉ!?」
ベレンティーは振動に体を揺らしながらも、何とか耐えた。
「右舷中央部付近に至近弾!右舷第3機銃群に損害!」
今度はダメコン班から被害報告が入る。
どうやら、先程の爆弾は右舷側に至近弾となって落下したようだ。
(ふぅ、危ない危ない)
ベレンティーは内心安堵しつつも、次の指示を口から吐き出す。
「舵戻せ!面舵一杯!」
彼の指示が伝わり、操舵員が舵輪を反対に回して行く。
回頭を行っていたリプライザルは、程無くして直進し始め、その次に右に回頭し始めるが、その頃には、敵降爆隊の第2陣が
リプライザル目掛けて襲い掛かって来た。
「11時上方より敵騎7、急降下!」
「8時上方より敵騎4、向かって来る!」
見張り員が2つの報告を届けて来る。
(2方向から突っ込んで来るとは。この敵は意外とやり手かもしれんぞ。)
ベレンティーは心中で呟く。
リプライザルが爆弾回避のために急回頭した事で、TG57.1の陣形はやや乱れていた。
陣形は、リプライザルに追随する形で回頭を行ったトライデントと重巡ロサンゼルス、軽巡ホーマー、陣形左側に居た駆逐艦8隻と、
そのまま直進を続けた空母レイク・シャンプレインとグラーズレット・シー、軽空母タラハシーと巡戦コンステレーション、
重巡アストリア、軽巡アムステルダム、ガルベストン、駆逐艦9隻の2つに別れている。
敵編隊は、リプライザルの居る陣形に襲い掛かっていた。
「低空の敵雷撃隊の一部が第2防衛ラインを突破しました!」
ベレンティーの耳にその報告が伝わって来る。
彼は、更なる脅威が迫りつつある事を確信しつつ、自らの目で低空の敵を確認する。
低空侵入の敵編隊はワイバーンばかりであった。
「敵騎急接近!あっ、爆弾を落としました!!」
見張り員の声が響く。
その次の瞬間、リプライザルの左舷側海面に水柱が噴き上がる。
水柱は艦首側に1本立ち上がったと思いきや、その後方に1本、そのまた後ろに1本と、申し合わせたかのように立ち上がった。
4本目の水柱はリプライザルの左舷側後方に突き上がったが、そこは艦橋の死角に位置していたため、ベレンティーは見る事が出来なかった。
5本目が、リプライザルの艦首から20メートル程の位置で立ち上がる。
まるで、逃げ惑うリプライザルを阻まんかの様に突き上がった水柱は、その直後に、30ノット以上の高速で驀進するリプライザル自身に
突っ込まれ、呆気なく崩れていく。
大量の海水が、滝のような音を立てて広大な飛行甲板に降りかかってきた。
ベレンティーがそれに何か思う暇もなく、新たな爆弾が右舷後部付近に至近弾として落下し、リプライザルの巨体を揺さぶる。
至近弾落下の衝撃を感じた直後、異音が飛行甲板で鳴ったと思いきや、激しい爆発音が響いて来た。
「これは……!」
ベレンティーはその轟音を聞くや、リプライザルに何が起こったのかがわかった。
「飛行甲板中央部に被弾!」
彼は見張り員の報告を聞くなり、遂に……と呟いた。
リプライザルの乗員達が、初の被弾に驚くが、そこに、新たな1発が飛行甲板を叩いた。
「ぐ……!」
2発目の被弾に、ベレンティーは険しい顔つきを浮かべながら振動に耐える。
今度の衝撃は後部付近から伝わって来た。敵の爆弾は、中央部のみならず、後部付近にも命中したのだ。
「後部付近に爆弾命中!」
見張り員の報告を聞きながら、ベレンティーは無言のまま、額の汗をハンカチで拭き取る。
シホールアンル軍の300リギル爆弾は、米軍の使用する1000ポンド爆弾とほぼ同等とされているが、実際はやや重量が重く、炸薬量も
若干多いため、威力面では300リギル爆弾の方が上だ。
これまでなら、爆弾を食らった米空母は、命中個所の応急修理を行わなければならない。
米正規空母の飛行甲板は木製であるため、被弾すれば修理が必ず必要になり、命中個所によっては、現場での応急修理も不可能となる場合が
多く、被弾は即ち、戦闘不能と言う事を意味している。
だが、それは、これまでの“米空母”の話である。
リプライザルは、その点について異なっていた。
ベレンティーは、けたたましく鳴り響く艦内電話に気付き、受話器を取った。
「艦長!ダメコン班からです!」
「おう。被害はどうなっている?」
「ハッ!敵は飛行甲板中央部と後部付近に爆弾を命中させましたが……命中個所には火災はおろか、被害を受けた様子は見当たりません!
僅かに、命中部分と思われる場所に微かな凹みと、焼け焦げた跡があるだけです!」
「よし!わかった!」
ベレンティーはそう返すと同時に、心中では大きく安堵していた。
「敵はまだ来るぞ。引き続き、警戒にあたってくれ!」
彼はそう返してから受話器を置き、視線を低空から迫るワイバーン隊に向ける。
低空侵入の敵ワイバーンは5騎。いずれもがリプライザルに向かって来る。
リプライザルの左舷側の機銃座が、この低空侵入の敵に向けられ、すぐさま発砲される。
敵ワイバーンは、後方のトライデントやロサンゼルスから追い撃ちを受けていた事もあって、すぐに2騎が撃墜された。
「面舵一杯!」
ベレンティーは新たな指示を飛ばしつつ、視線を低空の敵に固定する。
敵ワイバーンは、距離1000メートル程に迫ってから一斉に魚雷を投下した。
避退する敵ワイバーンに対して、対空砲火が注がれるが、ベレンティーの関心は敵ワイバーンから投下された魚雷に移っていた。
この時、リプライザルの艦首が右に回り始めた。
魚雷は3本中2本がリプライザルに向かっていたが、リプライザルが回頭した事によって、命中しなかった。
2本の魚雷が艦首の前方を通り過ぎた時、ベレンティーは再び回頭を止めさせた。
「敵ケルフェラク接近!数は16機!」
「16機だと!多いな……!」
ベレンティーは舌打ちをしながら、再び視線を左舷側に向ける。
その時、敵機の半数が大胆にも編隊から離れ、増速しながら、大回りでリプライザルの後部へ、そして、右舷側に回り込んで来た。
「まずいぞ!右舷の敵は味方艦と離れている分、対空砲火に襲われる危険が少ない!」
この時、リプライザル隊と本隊は、2000メートル以上も離れていた。
リプライザル隊に一番近い位置に居るレイク・シャンプレインとタラハシーは援護の対空砲火を放って来るが、回り込んだ8機の
ケルフェラクは、悠々と雷撃態勢に入って行く。
その一方で、真正面から立ち向かって来た8機のケルフェラクは、反対側のケルフェラクよりも先にリプライザルへ接近しつつあったが、
リプライザルと後方の巡戦、巡洋艦から十字砲火を浴びせられている事もあり、1機、また1機と、対空砲火に叩き落とされていた。
だが、ケルフェラクはワイバーンと違って頑丈な事もあり、8機中5機が魚雷投下まで生き残り、距離800メートルほどで魚雷を投下した。
魚雷は扇状に投下されていた。
その中の1本が、40ノット以上のスピードで、リプライザルの左舷前部付近に迫っていた。
「くそ、間に合わん!」
ベレンティーは既に取り舵一杯を命じていたが、敵の魚雷は、艦首が回り始める前にリプライザルの舷側に突き刺さった。
その瞬間、リプライザルの左舷側に大量の海水が噴き上がった。
轟音と共に水柱が立ち上がった時、基準排水量45000トンの艦体は揺さぶられた。
だが、ベレンティーは魚雷が命中した時、サラトガに乗艦している時に感じた衝撃とは何かが違うと思った。
(ん?振動が妙に小さい……だと?)
彼は違和感を感じつつも、すぐに意識を切り替え、右舷側の敵を見つめる。
敵編隊は既に1000メートル程の距離に迫っていた。
リプライザルの右舷側に配置された高角砲、機銃が唸りを上げる。
たちまち、猛烈な弾幕射撃が展開され、ケルフェラクが1機、2機、3機と撃墜されていく。
だが、リプライザルの自慢の対空火器を持ってしても、全機の撃墜はやはり不可能であった。
残り3機となったケルフェラクは、リプライザルから500メートルの近距離に迫った所で魚雷を投下した。
魚雷投下に申し合わるかのように、リプライザルが回頭を始めた。
その際、敵の投下した3本の魚雷は悉く外れる結果となったが、その内の1本は、猛スピードでリプライザルの右舷中央部に迫って来た。
「くそ、また食らうぞ!」
ベレンティーはそう呟いた後、白い航跡が斜め横から迫るのを見てから、両足を踏ん張った。
リプライザルは魚雷を回避しきれず、新たに1本を受けてしまった。
リプライザルの右舷側に水柱が立ちあがった。
これで、リプライザルは2本の魚雷を受けた事になる。
(左舷に1本、右舷に1本か。敵の飛空挺乗りもやるな。)
ベレンティーは、僅か16機で2本の魚雷を命中させた飛空挺隊の錬度に舌を巻いた。
程無くして、またもや艦内電話が鳴り響いた。
「こちら艦長!」
「ダメコン班です!先の被雷による被害ですが、右舷側の第4甲板に若干の浸水がある以外は何ら被害はありません!それから、左舷側の方では
やや浸水がありましたが、こちらも既に別の班が対処中で、目立った損害はありません!」
「そうか……引き続き、被雷箇所の修理を行ってくれ。異常があればすぐに報告しろ!」
「アイアイサー!」
ベレンティーは受話器を置いた後、ひとしきり艦橋内を見回した。
「爆弾を受けても、魚雷を受けても損害は軽微とは……辺りどころが良かったとはいえ、我が合衆国は凄い船を造った物だ………」
午前11時20分 第57任務部隊第2任務群
シホールアンル側の第2波攻撃隊は、戦場到達時刻が予想よりもやや遅れたものの、迎撃機の妨害を突破した敵編隊は、第1次攻撃隊の収容作業が
完了したばかりのTG57.2に襲い掛かって来た。
「敵編隊接近!敵の数は約70以上!」
TG57.2旗艦キティーホークの右舷後方に位置している軽巡洋艦ウースターの艦橋では、艦長であるウルフ・スカウラドツキ大佐が
無表情のまま双眼鏡越しに敵編隊を見つめていた。
「……多いな。」
ポーランド系アメリカ人であるスカウラドツキ艦長は、堀の深い顔をやや引き締めた後、敵編隊が輪形陣手前で旋回し始める様子を確認する。
(距離は、目測で16000と言った所か。陣形手前の駆逐艦からは14000メートルほど離れている。38口径で撃っても効果は薄いから、
まだ発砲は無いな。)
彼はそう思った後、艦内電話で砲術長を呼び出した。
「砲術長!こちら艦長だ。」
「はっ!艦長、準備は整っています。」
「うむ。では、敵に長砲身5インチ砲をぶちかましてやれ。」
「アイアイサー!」
スカウラドツキ艦長がそう命じた直後、ウースターの右舷側に振り向けられていた54口径5インチ連装両用砲が、初めて火を噴いた。
右舷側に向けられていた5インチ砲は計18門である。
発砲開始から僅か数秒後には、旋回しつつ、二手に別れていた敵編隊のど真ん中で高角砲弾が炸裂した。
ウースターは断続的に18門の高角砲を撃ち放って行く。
今の所、射撃を加えている艦は、ウースターの他に、同じく54口径5インチ砲を搭載している群旗艦キティーホークだけである。
「おっ、敵編隊の動きに変化が……」
スカウラドツキは、砲撃を受けた敵編隊の隊形が乱れていく様子をまじまじと見つめる。
ウースターとキティーホークの砲撃は、敵攻撃隊の指揮官機を撃墜していた。
この事で、敵編隊は一時的に統率を失い、体制を立て直すまでに少しばかり時間がかかってしまった。
「敵編隊、我が方に接近して来ます!」
「ようし、来たぞぉ。」
スカウラドツキは小声で呟きながら、高空と低空の二手に別れたシホールアンル軍攻撃隊を睨みつける。
敵編隊に対して陣形の外輪に位置する駆逐艦部隊も砲撃を開始する。
敵編隊の周囲には無数の黒煙が湧いているが、その大半はウースターとキティーホークの放った5インチ砲弾によるものだ。
それに加えて、他の護衛艦の高角砲弾も次々と炸裂し始める。
敵編隊は、瞬時に濃密な対空砲火網に飛び込む事となった。
ウースターの18門の5インチ砲は、戦闘開始とほぼ変わらぬペースで発射を続けている。
敵騎の落ちるペースが今までに見た事無いほど早い。
通常は1騎、また1騎といったペースでゆっくりと数を減らして行くのだが、今は3、4騎がぽつぽつと墜落していく。
最初に陣形の進入を果たした20機前後のワイバーン隊は、駆逐艦部隊の上空を通り過ぎる時には半分以下にまで撃ち減らされていた。
「艦長!低空より敵雷撃隊!ケルフェラクです!」
その報告を聞いたスカウラドツキは、即座に反応する。
「砲術!低空の敵に3インチを使え!」
「了解!」
返事がするや否や、ウースターの舷側から、5インチ砲とは違う別の砲声が響き渡る。
その砲声は、5インチ砲と比べてやや音が軽く感じたが、発射速度は5インチ砲よりも明らかに早い。
この時、ウースターは、駆逐艦の防御ラインを突破して来た15機のケルフェラクに対して、3インチ両用砲と20ミリ機銃弾を
撃ち込んでいた。
ウースターには、新型の50口径3インチ連装両用砲が4基搭載されている。
この3インチ砲は1分間に20発の砲弾を発射する事ができるため、5インチ砲よりも効果的な高射砲弾幕を張る事が出来る。
ウースターは、その新式砲を連装式で4基搭載しており、ケルフェラク隊には、このうち2基が向けられていた。
ケルフェラク隊は、見慣れぬ巡洋艦の前や横を通過しようとした所を、VT信管付きの3インチ砲弾を撃ち込まれた。
砲弾が炸裂し、夥しい破片がケルフェラクの機体を容赦なく切り刻む。
至近距離で砲弾が炸裂するや、ケルフェラクは片翼をあっさりと千切り飛ばされ、海面に落下する。
別のケルフェラクは、次々と炸裂する砲弾に機体全体を穴だらけにされた挙句、搭載していた魚雷に破片が命中して大爆発を起こし、虚しく四散した。
ケルフェラク隊の周囲の海面は、次々と炸裂する3インチ砲弾や、放たれる多量の20ミリ弾によって地獄の釜のように沸き立っている。
更に、3機のケルフェラクが、ウースターの3インチ砲弾の射撃を受けて撃墜され、海面に飛沫を上げた。
「流石は新型の速射砲……あの落としにくいケルフェラクをばたばたと叩き落とすとは!」
スカウラドツキは、新兵器の凄まじい威力に感心しつつも、視線はぴったりと敵に張り付かせたまま、艦の指揮を執り続ける。
15機のケルフェラクは、ウースターの3インチ砲弾と20ミリ機銃で7機が撃墜された。
残りの8機がウースターを通り過ぎて行ったが、その8機もウースターの左舷側に搭載されている3インチ砲や20ミリ機銃の追い撃ちを受ける。
新たに1機が、3インチ砲弾の直撃を受けて粉砕され、別の1機が20ミリ機銃弾に穴だらけにされた末に、海面に墜落した。
「艦長!敵ワイバーンがキティーホークに向かいます!」
見張り員の声がスピーカー越しに響いて来る。その音はかなり大きかったが、ウースターの放つ対空砲火の喧騒のせいで聞き取り辛い。
とはいえ、辛うじて内容を聞き取ったスカウラドツキは、視線をキティホークの上空に向けた。
キティーホーク目掛けて、複数のワイバーンが急降下で接近して行く。
キティーホークは、舷側の5インチ砲や40ミリ機銃、20ミリ機銃をけたたましく撃ちまくり、多量の曳光弾が火のシャワーのように、
ワイバーン目掛けて打ち上げられている。
ウースターは左舷側の5インチ砲を、降下中の敵ワイバーンに向けて発砲した。
左舷側に向けられる5インチ砲は8門で、ワイバーンの未来位置に高角砲弾が次々と炸裂する。
ワイバーンの2番騎が、猛スピードで急降下して行くが、そのすぐ前方でVT信管付きの砲弾が炸裂し、ワイバーン2番騎が黒煙に覆い隠された。
スカウラドツキは、敵ワイバーンが黒煙を突っ切るかと思ったが、それは起こらなかった。
その代わりに、無数の細かい破片らしき物がぱらぱらと落ちて行くのが見えた。
続いて3番騎が撃墜され、更に4番騎も機銃弾に両翼を千切り飛ばされて墜落して行く。
キティーホークに突進していた敵騎は9騎であったが、そのうち7騎が対空砲火で撃墜された。
残った2騎がキティーホークに対して爆弾を投下した。
キティーホークの左舷側海面に水柱が噴き上がった直後、飛行甲板中央部付近に爆炎が噴き上がった。
「キティーホーク被弾!」
見張り員が切迫した声音でそう知らせて来る。
キティーホークは、敵の爆弾が炸裂した瞬間、火柱が噴き上がり、直後に飛行甲板が黒煙で覆われた。
だが、その4秒後には黒煙は後方に吹き散り、キティーホークは火災は愚か、被弾した事すら無かったかのように30ノット以上のスピードで
航行を続けていた。
「なんて奴だ……爆弾を食らったのに何とも無いぞ!」
スカウラドツキは驚きの余り、やや高い声音でそう言い放った。
キティーホークには更に20騎の降下爆撃隊と、低空侵入のケルフェラクとワイバーンが襲いかかって来た。
だが、敵機の大半はウースターを含む護衛艦の対空弾幕の前にばたばたと叩き落とされ、最終的に、キティーホークに攻撃を仕掛けられたのは、
降下爆撃隊のワイバーン8騎とケルフェラク6騎、雷撃隊のケルフェラク3機とワイバーン2騎のみであった。
キティーホークは、10分間の間に、新たに3発の爆弾と魚雷1本を受けていた。
スカウラドツキは、キティーホークの右舷側後部に魚雷が命中した時は、さしもの装甲空母も運が尽きたかと思ったが、
彼の思いとは裏腹に、キティーホークは速度を衰えさせる事無く、相変わらず30ノット以上の速力で定位置に付いていた。
午後1時40分 ヒーレリ領リーシウィルム
ルルシガ基地の地下にある予備司令部で、第1次、第2次攻撃隊の総合戦果と被害報告を聞いていた第12飛空挺軍司令官スタヴ・エフェヴィク中将は、
驚きの余り目を丸くした。
「そ……それは、本当なのか?」
エフェヴィク中将は、参謀長のジェギィグ少将に問うた。
「事実です。第1次、第2次攻撃隊の損耗率は4割を超えます。特に、敵機動部隊への攻撃を敢行した攻撃飛行団や、ワイバーン隊はいずれも
壊滅状態に陥っており、ワイバーン隊に至っては、攻撃に送り出した空中騎士隊が文字通り全滅したとの報も入っています。」
「……何たる事だ………」
エフェヴィク中将は、ショックのあまり、項垂れてしまった。
第12飛空挺軍は、敵の第1次攻撃隊が去った後、ワイバーン隊と共同で敵機動部隊に対する反撃を行った。
反撃戦力は2波に別れており、第1次攻撃隊は戦闘用のケルフェラク21機と対艦攻撃用のケルフェラク31機、戦闘ワイバーン89騎と
攻撃ワイバーン59騎。
第2次攻撃隊は戦闘用のケルフェラク18機と対艦用27機、戦闘ワイバーン67騎と攻撃ワイバーン56騎という編成であった。
総計368騎の攻撃隊は、敵戦闘機の妨害と敵艦隊の猛烈な対空砲火によって大損害を被った。
帰還できた数は、第1次攻撃隊で戦闘ケルフェラク12機、対艦攻撃隊16機。戦闘ワイバーン56騎と攻撃ワイバーン14騎。
第2次攻撃隊で戦闘ケルフェラク10機と対艦攻撃隊7機。戦闘ワイバーン48機と攻撃ワイバーン19騎の計212騎。
全体の総数で、実に4割以上もの損失が出た事になる。
特に損害が大きいのは、敵空母に攻撃を敢行した対艦攻撃隊で、こちらの総数は123騎中56騎のみが生還するという惨憺たる有様であり、
この中に含まれていた第63空中騎士軍所属の第233空中騎士隊は、作戦に参加した21騎中全騎が未帰還という状態に陥っている。
また、それに加えて、ワイバーンよりも頑丈であるケルフェラク隊までもが、高い損耗率を出している。
特に、第45攻撃飛行団は、出撃機27機のうち、損失20機という凄まじいまでの損耗率を叩き出していた。
しかし、ここまでやった以上は、戦果は必ず上がっている筈であった。
敵空母は撃沈に追い込めないまでも、2、3隻程は戦闘不能に陥れたであろうと、誰もが思っていた。
だが、現実は残酷であった。
第12飛空挺軍と第63空中騎士軍が多大な犠牲を出してまで得た戦果は……航空機64機撃墜。駆逐艦1隻大破と、空母3隻を小破させたのみであった。
「何故、こんなに戦果が少ないのだ……君達も途中報告で確かに耳にしていただろう?」
エフェヴィク中将は、すがる様な目付きでジェギィグ少将の顔を見つめる。
「ワイバーン隊とケルフェラク隊は、敵正規空母に対して複数の爆弾、魚雷を当てたと報告して来た。なのに、何故、敵空母は戦場を離脱していないのだ?」
「……司令官。先程、攻撃に参加した搭乗員達から、短いながらも攻撃時の様子を聞き取る事が出来たのですが……もしかしたら、敵は防御力を大幅に
強化した新鋭空母を、あの海域に持ち込んだのではないでしょうか?」
「というと……?」
「はっ。近頃、情報部より通達のあったアメリカ軍の新鋭空母。確か、リプライザルと言う名前の空母でしたかな。それが、リーシウィルム沖に
展開しているかもしれません。攻撃飛行団の搭乗員達は、いずれもが、一番大きな空母を狙って攻撃したと言っております。そして、最後に必ず、
こう付け加えていました。」
ジェギィグ少将は、額を抑えながら言葉を続けた。
「撃破した筈の敵空母が、何事もなかったかのように動いている様子は、遠目からでもよく見えた、と。」
「………」
エフェヴィク中将は、ショックのあまり、何も言葉を発せなかった。
「また、敵機動部隊は、護衛艦の中に新たな新鋭艦を紛れ込ませていました。」
「新鋭艦ですと?」
第12飛空挺軍の航空主任参謀が聞いて来る。
「ああ。第45飛行団の搭乗員がそう言っていた。なんでも、アトランタ級巡洋艦を大型化したような巡洋艦が、大型空母の側でとんでも無い量の
対空砲火を放っていたと。第45飛行団は、3分の1がその防空巡洋艦にやられたらしい。」
「アトランタ級を大型化した防空巡洋艦だと……参謀長。私はその敵艦の情報今初めて聞いたぞ!」
エフェヴィクは、目を吊り上げながらジェギィグに言う。
「は……私もそうです。」
「それで、その防空巡洋艦はどれぐらいの大砲を積んでいた?」
「医務室で片足を失って治療を受けている搭乗員から聞き出したのですが、その新鋭艦は、良く見かける中型の高射砲を20門以上と、
それよりやや小さい砲を6門から8門ほど搭載していたようです。先程、絵の上手い魔道士に、私の証言をもとに簡単な絵を書かせてみましたが……」
エフェヴィクは、ジェギィグの懐から出された紙を手渡された。
紙には、その新鋭艦の絵が書いてあり、絵は真横から見た物と、真上から見た物の2つがあった。
「なんだこの砲の配置は!?この新鋭艦は、アトランタ級の2倍の砲戦力を持っている事になるぞ!」
「閣下。信じられぬお気持ちになるのはよくわかります。ですが、この情報は、第45飛行団の中でも最も視力の良い搭乗員から聞き出した物です。
戦闘中ですから、幾つかの違いはあると思いますが、それでも、本物との誤差はあまり無い物と思われます。」
「……中型艦の艦体に30門も高射砲を乗せるとは。アメリカ人共め、なんて無茶苦茶な事を……!」
エフェヴィクは、この常識外れの軍艦が存在し、味方攻撃隊に大損害を与えた事、が未だに信じられなかった。
だが、それは、動かしようの無い事実である。
「司令官。先の攻撃で、我々は多大な損失を出しましたが、一応、内陸の予備飛行場には、まだ戦力が残っています。」
第12飛空挺軍は、万が一の場合に備えて攻撃飛行団の稼働機の半数を予備飛行場に避退させていた。
参謀長は、その戦力を使って第3次攻撃を行うかと聞こうとしたが……
「参謀長。君は残存戦力で第3次攻撃を行おうと考えているようだが、私はそれを認めん。敵機動部隊に対する攻撃は即刻中止する!」
「な……しかし、司令官。」
「本国の命令は?と言いたいのだろう?」
エフェヴィクは目を細めながらジェギィグに問う。彼はジェギィグが答える前に言葉を吐き出した。
「本国の命令のまま攻撃を続ければ、第12飛空挺軍は無謀な突撃を繰り返させた挙句に、貴重な攻撃飛行団を無意味にすり潰してしまうだろう。
私は、そのような事はやりたくない。」
「では……?」
「……今回の戦闘の詳細を、すぐに本国へ送り届けるのだ。敵が爆弾はおろか、魚雷をぶつけてもビクともしない空母や、1隻でアトランタ級
2隻分の働きをする新鋭巡洋艦を送り出した以上、我が航空部隊が攻撃しても、あたら犠牲を増やすだけだ。」
エフェヴィクはそう言いながら、自らの拳を強く握りし閉めた。
彼は表情には出さなかった物の、心中では悔しさの余り、声を大にして叫びたいと思っていた。
しかし、飛空挺軍司令官という肩書が、彼の平静さを維持させていた。
「参謀長。今すぐ報告を送りたまえ。われ、敵機動部隊を攻撃するも、甚大な損害を受けて以降の攻撃は実行不可能り。敵アメリカ海軍は
戦艦並みの防御力を備えた大型空母と、対空火力を飛躍的に増大させた防空艦を戦場に投入した可能性、極めて大……とな。」
1485年(1945年)7月29日午前9時20分 リーシウィルム沖
第57任務部隊司令官であるジョン・リーブス中将は、旗艦リプライザルのCICで対勢表示板に記されていく敵味方の駒
を見据えていた。
「司令官。CAPが敵編隊と交戦を開始しました。」
参謀長のフラッツ・ラスコルス少将がリーブスにそう伝える。
ラスコルス少将は、3か月前までは空母イントレピッドの艦長を務めていたが、少将に昇進後は本国で待命状態にあった。
今年の6月後半に、TF57の編成が決まると、ラスコルスはリーブスの推薦でTF57参謀長に就任し、7月1日より
TF57のNo.2として、日々の任務をこなし続けている。
「現在、敵編隊は我が機動部隊より西方90マイルの所まで接近しています。敵編隊の数は、迎撃隊が対応している部隊で
200から300ほど。5分前にピケット艦から届けられてきた新たな敵編隊は、100から200機以上は居るようです。」
「総計で400ないし500近くの敵編隊が、このTF57に迫っている事になるな。」
ラスコルスの説明を聞いたリーブスは、静かな声音で答える。
「この敵編隊の数を見る限り、俺達は蜂の巣をつついた悪戯小僧のような状態に陥ったようだな。」
「確かに。この敵編隊の数は明らかに多いですな。我々だけでは、荷が重いかもしれません。」
リーブスは、やや複雑な表情を浮かべながら腕を組む。
「……ひとまずは、敵の第1波攻撃隊を凌ぎ切る事を考えよう。敵の第1波が過ぎ去れば、幾らか間が空く。参謀長、敵の第1波が
終わり次第、第1次攻撃隊の収容を行う。第1波と第2波の距離は130マイル以上もあるから、その間になんとか降ろせるだろう。」
「わかりました。」
ラスコルス参謀長は軽く頷いてから、航空参謀を呼び付け、リーブスの指示を伝えた。
9隻の空母から発艦した迎撃機は140機を数え、敵の第1波攻撃隊に猛攻を加えていたが、敵編隊も4割ほどを戦闘飛空挺や
戦闘ワイバーンで固めていたため、敵の攻撃機をなかなか減らす事が出来なかったが、それでも、一部のF6FやF4Uが敵の迎撃を
突破して、痛撃を与えた。
午前9時40分頃には、敵の攻撃隊は第57任務部隊第1任務群に接近しつつあった。
空母リプライザル艦長ジョージ・ベレンティー大佐は、艦橋のスリットガラス越しに接近して来る敵編隊の姿を視認していた。
「遂に来たぞ。」
ベレンティー艦長は、眉をひそめながら小声で呟いた。
双眼鏡越しに、少なくとも80は下らぬ数の飛行物体が見える。その大半は翼を上下させており、残りは翼が動いていない。
「ワイバーンと飛空挺の混成編隊とは。これまた珍しい物だな。」
彼は、初めて見る編成に喉を唸らせつつ、艦内電話で砲術長を呼び出した。
「こちら艦長。砲術長、いよいよ実戦だぞ。準備は出来ているか?」
「ええ。準備万端。いつでも行けますよ!」
受話器の向こう側の砲術長は、自信に満ちた口調でベレンティーに言って来る。
「ようし。あと少しの辛抱だが、念のためだ。命令があるまで撃つな。その時が来たら指示を伝える。」
「了解です!」
ベレンティーは砲術長との会話を終え、受話器を置く。
視線を敵編隊の接近しつつある方角……艦の左舷側前方に向け直す。
「敵編隊、二手に別れます!」
見張り員の声が響いて来る。ベレンティーは、双眼鏡の向こう側に映る敵編隊が、その報告通りに動くさまを無言で見つめ続ける。
「高空と低空に別れたか……大雑把に二手に別れて左右挟撃に移るかと思ったが……ここは戦力を集中して強引に突破を図ろうと
考えたようだな。」
ベレンティーは、敵の戦術を冷静に読み取りながら、敵編隊が輪形陣に近付くのを待つ。
心中では、久方ぶりに体験する敵の空襲に半ば緊張していたが、表情は平静そのものであった。
「外郭の駆逐艦が対空戦闘を開始!」
唐突に、見張り員の声が艦橋に響いて来る。
ベレンティーは、自らの目で左舷側方向に広がる戦闘の模様を確認する。
輪形陣左側の駆逐艦部隊は、アレン・M・サムナー級駆逐艦9隻が展開しており、それぞれ6門の5インチ砲を、接近しつつある
敵編隊目掛けて撃ちまくる。
陣形左側の上空は、高角砲弾が炸裂するたびに多数の黒煙が湧き出し、空があっという間に砲弾炸裂の爆煙で覆われていく。
リプライザルの左舷側を行く巡洋戦艦のトライデントが、重巡ロサンゼルスと軽巡ホーマー、アムステルダムと共に対空戦闘を開始する。
たちまち濃密な弾幕が敵編隊の周囲で形成されていく。
高空に展開しているワイバーンと思しき敵影が1騎、2騎、3騎と、次々に墜落して行く。
「砲術長!射撃を開始しろ!」
ベレンティーは、艦内電話で砲術長に命令を伝えた。
それから1秒後、リプライザルの左舷側に搭載されている8門の54口径5インチ砲が火を噴いた。
断続的に放たれる5インチ砲弾が、敵編隊の周囲で炸裂して無数の破片を飛び散らせる。
破片を食らったワイバーンが致命傷を負い、夥しい血を流しながら海面目掛けて落下して行く。
その時、一群のワイバーンが駆逐艦群めがけて急降下を開始した。
14、5騎のワイバーンは、それぞれ4、5ずつに別れて、1隻の駆逐艦に向けて突進して行く。
危機を察知した駆逐艦は、5インチ砲のみならず、40ミリ、20ミリ機銃を撃ちまくって、接近するワイバーンを迎撃する。
狙われた駆逐艦は3隻。
うち2隻はワイバーンの攻撃をかわしたが、1隻が爆弾2発を浴びた。
その駆逐艦は中央部付近と前部付近に300リギル爆弾を受けた後、黒煙を吐き出しつつ、艦隊から落伍して行った。
後続のワイバーン隊は、それ以上駆逐艦部隊に攻撃を加える事も無く、高空の急降下爆撃隊と低空に展開した雷撃隊は、高角砲と
機銃を撃ちまくる駆逐艦を尻目に輪形陣の内部へと突き進んでいく。
駆逐艦部隊の迎撃網を突破した最初の急降下爆撃隊は、次に巡洋艦群と巡戦トライデントの放った対空砲陣に捉われた。
これに加えて、陣形左側に面しているリプライザルとレイク・シャンプレインも畳み掛けるように、高角砲を撃ちまくる。
ワイバーン隊の被撃墜数がここに来て急増し始める。
最初に駆逐艦の防衛ラインを突破して来た18騎のワイバーンは、あっという間に11騎にまで数を減らした。
更に、あとに続いて来た降下爆撃隊19騎も猛烈な対空弾幕に捉われてばたばたと叩き落とされていく。
そこに、シホールアンル側の雷撃隊が駆逐艦の防御ラインを突破して巡洋艦群をすり抜けようとする。
雷撃隊の中には、見慣れたワイバーンと違って、変わった飛行隊が混じっていた。
「艦長!護衛艦のトライデントが敵の雷撃隊に複数のケルフェラクを確認せりとの事!」
「何?雷撃隊にケルフェラクだと?」
ベレンティーは、スピーカー越しに伝えられた報告に眉をひそめながら、脳裏で敵の狙いが何であるかを推測する。
(錬度の低いとされるワイバーン隊と比較して、ケルフェラク隊はまだまだ高い錬度を維持していると聞いている。
連中は、ケルフェラク隊にも魚雷攻撃を行わせて、こっちの空母を沈めるつもりかな)
ベレンティーがそう思う間にも、対空戦闘は続いて行く。
敵の降下爆撃隊の第1陣が遂に巡洋艦と巡戦に防御ラインを突破し、空母群の上空に躍り出して来た。
「敵機直上!本艦に向けて急降下ー!」
見張りが悲鳴じみた叫び声を上げて来る。
先陣を切ったワイバーン隊7騎は、定めた目標に対して急降下爆撃を敢行した。
敵の目標は、リプライザルだ。
ワイバーンが翼を半ば折り畳んだ状態のまま急降下していく。
限界にまで砲身を振り上げた5インチ砲と40ミリ機銃、20ミリ機銃が火を噴き、猛烈な弾幕がワイバーンの前面に形成される。
僚艦の高角砲と機銃も、TF57の旗艦であるリプライザルに指一本触れさせぬとばかりに激しく撃ち放たれる。
リプライザルの上空には、高射砲弾炸裂の黒煙が無数に湧き立つ。炸裂煙の密度は、まるで空中散歩も可能と思わんばかりに濃い。
だが、ワイバーン隊はそれに屈する事無く、リプライザル目掛けて効果を続けていく。
先頭のワイバーンが40ミリ機銃弾の集束弾を受ける。
ワイバーンは瞬時に頭部が爆ぜ、竜騎士は痛みを感じる暇もなく、手足を残して体全体が粉砕される。
一瞬にして細かく分解された指揮官騎を見ても、後続のワイバーンは怯むまでもなく、逆に、武人の本懐を遂げた指揮官に敬意を表しながら、
相棒と共に火の嵐と化した空域に突っ込んでいく。
「取舵一杯!」
ベレンティーは命令を発した。
彼の指示はすぐさま航海科に伝わり、舵輪を操る水兵が勢いよく回して行く。
リプライザルは、その大きさゆえ、舵輪を勢いよく回してもすぐに舵を切れない。艦が回頭を始めるには、最低でも40秒ほどはかかる。
2騎目、3騎目が撃墜され、更に4騎目も指揮官騎と同様にワイバーン、竜騎士もろとも粉砕されたが、5騎目が遂に高度500メートルまで
降下し、腹に抱えていた爆弾を投下した。
「敵機、爆弾投下!」
という声が響いた直後、リプライザルの艦首が回り始めた。
リプライザルの艦首が、左に大きく回っていく。
敵5番騎の爆弾は、リプライザルの艦首右舷側海面に落下して、高々と水柱を噴き上げた。
続いて6番騎が爆弾を投下するが、これは右舷側海面に大きく外れ、虚しく水柱噴き上げる。
更に7番騎の爆弾も落下して来る。
ワイバーンの体から投下された爆弾の姿が、ほぼ真円に近かった。
「む……こいつはまずいぞ……!」
ベレンティーは背筋に冷たい物を感じた。
落下する爆弾が外れる時は、大抵が長い棒のような感じに見える。
そうなれば、爆弾は艦に落下せずに済むが、見える爆弾の姿が、今のように真丸に近い形の場合は高確率で命中する。
「来るぞ……!」
ベレンティーは被弾を覚悟し、両足を思い切り踏ん張った。
直後、右舷側から付き上がる様な振動が伝わり、リプライザルの巨体が直撃弾を受けたかのように揺さぶられた。
「うぉ!?」
ベレンティーは振動に体を揺らしながらも、何とか耐えた。
「右舷中央部付近に至近弾!右舷第3機銃群に損害!」
今度はダメコン班から被害報告が入る。
どうやら、先程の爆弾は右舷側に至近弾となって落下したようだ。
(ふぅ、危ない危ない)
ベレンティーは内心安堵しつつも、次の指示を口から吐き出す。
「舵戻せ!面舵一杯!」
彼の指示が伝わり、操舵員が舵輪を反対に回して行く。
回頭を行っていたリプライザルは、程無くして直進し始め、その次に右に回頭し始めるが、その頃には、敵降爆隊の第2陣が
リプライザル目掛けて襲い掛かって来た。
「11時上方より敵騎7、急降下!」
「8時上方より敵騎4、向かって来る!」
見張り員が2つの報告を届けて来る。
(2方向から突っ込んで来るとは。この敵は意外とやり手かもしれんぞ。)
ベレンティーは心中で呟く。
リプライザルが爆弾回避のために急回頭した事で、TG57.1の陣形はやや乱れていた。
陣形は、リプライザルに追随する形で回頭を行ったトライデントと重巡ロサンゼルス、軽巡ホーマー、陣形左側に居た駆逐艦8隻と、
そのまま直進を続けた空母レイク・シャンプレインとグラーズレット・シー、軽空母タラハシーと巡戦コンステレーション、
重巡アストリア、軽巡アムステルダム、ガルベストン、駆逐艦9隻の2つに別れている。
敵編隊は、リプライザルの居る陣形に襲い掛かっていた。
「低空の敵雷撃隊の一部が第2防衛ラインを突破しました!」
ベレンティーの耳にその報告が伝わって来る。
彼は、更なる脅威が迫りつつある事を確信しつつ、自らの目で低空の敵を確認する。
低空侵入の敵編隊はワイバーンばかりであった。
「敵騎急接近!あっ、爆弾を落としました!!」
見張り員の声が響く。
その次の瞬間、リプライザルの左舷側海面に水柱が噴き上がる。
水柱は艦首側に1本立ち上がったと思いきや、その後方に1本、そのまた後ろに1本と、申し合わせたかのように立ち上がった。
4本目の水柱はリプライザルの左舷側後方に突き上がったが、そこは艦橋の死角に位置していたため、ベレンティーは見る事が出来なかった。
5本目が、リプライザルの艦首から20メートル程の位置で立ち上がる。
まるで、逃げ惑うリプライザルを阻まんかの様に突き上がった水柱は、その直後に、30ノット以上の高速で驀進するリプライザル自身に
突っ込まれ、呆気なく崩れていく。
大量の海水が、滝のような音を立てて広大な飛行甲板に降りかかってきた。
ベレンティーがそれに何か思う暇もなく、新たな爆弾が右舷後部付近に至近弾として落下し、リプライザルの巨体を揺さぶる。
至近弾落下の衝撃を感じた直後、異音が飛行甲板で鳴ったと思いきや、激しい爆発音が響いて来た。
「これは……!」
ベレンティーはその轟音を聞くや、リプライザルに何が起こったのかがわかった。
「飛行甲板中央部に被弾!」
彼は見張り員の報告を聞くなり、遂に……と呟いた。
リプライザルの乗員達が、初の被弾に驚くが、そこに、新たな1発が飛行甲板を叩いた。
「ぐ……!」
2発目の被弾に、ベレンティーは険しい顔つきを浮かべながら振動に耐える。
今度の衝撃は後部付近から伝わって来た。敵の爆弾は、中央部のみならず、後部付近にも命中したのだ。
「後部付近に爆弾命中!」
見張り員の報告を聞きながら、ベレンティーは無言のまま、額の汗をハンカチで拭き取る。
シホールアンル軍の300リギル爆弾は、米軍の使用する1000ポンド爆弾とほぼ同等とされているが、実際はやや重量が重く、炸薬量も
若干多いため、威力面では300リギル爆弾の方が上だ。
これまでなら、爆弾を食らった米空母は、命中個所の応急修理を行わなければならない。
米正規空母の飛行甲板は木製であるため、被弾すれば修理が必ず必要になり、命中個所によっては、現場での応急修理も不可能となる場合が
多く、被弾は即ち、戦闘不能と言う事を意味している。
だが、それは、これまでの“米空母”の話である。
リプライザルは、その点について異なっていた。
ベレンティーは、けたたましく鳴り響く艦内電話に気付き、受話器を取った。
「艦長!ダメコン班からです!」
「おう。被害はどうなっている?」
「ハッ!敵は飛行甲板中央部と後部付近に爆弾を命中させましたが……命中個所には火災はおろか、被害を受けた様子は見当たりません!
僅かに、命中部分と思われる場所に微かな凹みと、焼け焦げた跡があるだけです!」
「よし!わかった!」
ベレンティーはそう返すと同時に、心中では大きく安堵していた。
「敵はまだ来るぞ。引き続き、警戒にあたってくれ!」
彼はそう返してから受話器を置き、視線を低空から迫るワイバーン隊に向ける。
低空侵入の敵ワイバーンは5騎。いずれもがリプライザルに向かって来る。
リプライザルの左舷側の機銃座が、この低空侵入の敵に向けられ、すぐさま発砲される。
敵ワイバーンは、後方のトライデントやロサンゼルスから追い撃ちを受けていた事もあって、すぐに2騎が撃墜された。
「面舵一杯!」
ベレンティーは新たな指示を飛ばしつつ、視線を低空の敵に固定する。
敵ワイバーンは、距離1000メートル程に迫ってから一斉に魚雷を投下した。
避退する敵ワイバーンに対して、対空砲火が注がれるが、ベレンティーの関心は敵ワイバーンから投下された魚雷に移っていた。
この時、リプライザルの艦首が右に回り始めた。
魚雷は3本中2本がリプライザルに向かっていたが、リプライザルが回頭した事によって、命中しなかった。
2本の魚雷が艦首の前方を通り過ぎた時、ベレンティーは再び回頭を止めさせた。
「敵ケルフェラク接近!数は16機!」
「16機だと!多いな……!」
ベレンティーは舌打ちをしながら、再び視線を左舷側に向ける。
その時、敵機の半数が大胆にも編隊から離れ、増速しながら、大回りでリプライザルの後部へ、そして、右舷側に回り込んで来た。
「まずいぞ!右舷の敵は味方艦と離れている分、対空砲火に襲われる危険が少ない!」
この時、リプライザル隊と本隊は、2000メートル以上も離れていた。
リプライザル隊に一番近い位置に居るレイク・シャンプレインとタラハシーは援護の対空砲火を放って来るが、回り込んだ8機の
ケルフェラクは、悠々と雷撃態勢に入って行く。
その一方で、真正面から立ち向かって来た8機のケルフェラクは、反対側のケルフェラクよりも先にリプライザルへ接近しつつあったが、
リプライザルと後方の巡戦、巡洋艦から十字砲火を浴びせられている事もあり、1機、また1機と、対空砲火に叩き落とされていた。
だが、ケルフェラクはワイバーンと違って頑丈な事もあり、8機中5機が魚雷投下まで生き残り、距離800メートルほどで魚雷を投下した。
魚雷は扇状に投下されていた。
その中の1本が、40ノット以上のスピードで、リプライザルの左舷前部付近に迫っていた。
「くそ、間に合わん!」
ベレンティーは既に取り舵一杯を命じていたが、敵の魚雷は、艦首が回り始める前にリプライザルの舷側に突き刺さった。
その瞬間、リプライザルの左舷側に大量の海水が噴き上がった。
轟音と共に水柱が立ち上がった時、基準排水量45000トンの艦体は揺さぶられた。
だが、ベレンティーは魚雷が命中した時、サラトガに乗艦している時に感じた衝撃とは何かが違うと思った。
(ん?振動が妙に小さい……だと?)
彼は違和感を感じつつも、すぐに意識を切り替え、右舷側の敵を見つめる。
敵編隊は既に1000メートル程の距離に迫っていた。
リプライザルの右舷側に配置された高角砲、機銃が唸りを上げる。
たちまち、猛烈な弾幕射撃が展開され、ケルフェラクが1機、2機、3機と撃墜されていく。
だが、リプライザルの自慢の対空火器を持ってしても、全機の撃墜はやはり不可能であった。
残り3機となったケルフェラクは、リプライザルから500メートルの近距離に迫った所で魚雷を投下した。
魚雷投下に申し合わるかのように、リプライザルが回頭を始めた。
その際、敵の投下した3本の魚雷は悉く外れる結果となったが、その内の1本は、猛スピードでリプライザルの右舷中央部に迫って来た。
「くそ、また食らうぞ!」
ベレンティーはそう呟いた後、白い航跡が斜め横から迫るのを見てから、両足を踏ん張った。
リプライザルは魚雷を回避しきれず、新たに1本を受けてしまった。
リプライザルの右舷側に水柱が立ちあがった。
これで、リプライザルは2本の魚雷を受けた事になる。
(左舷に1本、右舷に1本か。敵の飛空挺乗りもやるな。)
ベレンティーは、僅か16機で2本の魚雷を命中させた飛空挺隊の錬度に舌を巻いた。
程無くして、またもや艦内電話が鳴り響いた。
「こちら艦長!」
「ダメコン班です!先の被雷による被害ですが、右舷側の第4甲板に若干の浸水がある以外は何ら被害はありません!それから、左舷側の方では
やや浸水がありましたが、こちらも既に別の班が対処中で、目立った損害はありません!」
「そうか……引き続き、被雷箇所の修理を行ってくれ。異常があればすぐに報告しろ!」
「アイアイサー!」
ベレンティーは受話器を置いた後、ひとしきり艦橋内を見回した。
「爆弾を受けても、魚雷を受けても損害は軽微とは……辺りどころが良かったとはいえ、我が合衆国は凄い船を造った物だ………」
午前11時20分 第57任務部隊第2任務群
シホールアンル側の第2波攻撃隊は、戦場到達時刻が予想よりもやや遅れたものの、迎撃機の妨害を突破した敵編隊は、第1次攻撃隊の収容作業が
完了したばかりのTG57.2に襲い掛かって来た。
「敵編隊接近!敵の数は約70以上!」
TG57.2旗艦キティーホークの右舷後方に位置している軽巡洋艦ウースターの艦橋では、艦長であるウルフ・スカウラドツキ大佐が
無表情のまま双眼鏡越しに敵編隊を見つめていた。
「……多いな。」
ポーランド系アメリカ人であるスカウラドツキ艦長は、堀の深い顔をやや引き締めた後、敵編隊が輪形陣手前で旋回し始める様子を確認する。
(距離は、目測で16000と言った所か。陣形手前の駆逐艦からは14000メートルほど離れている。38口径で撃っても効果は薄いから、
まだ発砲は無いな。)
彼はそう思った後、艦内電話で砲術長を呼び出した。
「砲術長!こちら艦長だ。」
「はっ!艦長、準備は整っています。」
「うむ。では、敵に長砲身5インチ砲をぶちかましてやれ。」
「アイアイサー!」
スカウラドツキ艦長がそう命じた直後、ウースターの右舷側に振り向けられていた54口径5インチ連装両用砲が、初めて火を噴いた。
右舷側に向けられていた5インチ砲は計18門である。
発砲開始から僅か数秒後には、旋回しつつ、二手に別れていた敵編隊のど真ん中で高角砲弾が炸裂した。
ウースターは断続的に18門の高角砲を撃ち放って行く。
今の所、射撃を加えている艦は、ウースターの他に、同じく54口径5インチ砲を搭載している群旗艦キティーホークだけである。
「おっ、敵編隊の動きに変化が……」
スカウラドツキは、砲撃を受けた敵編隊の隊形が乱れていく様子をまじまじと見つめる。
ウースターとキティーホークの砲撃は、敵攻撃隊の指揮官機を撃墜していた。
この事で、敵編隊は一時的に統率を失い、体制を立て直すまでに少しばかり時間がかかってしまった。
「敵編隊、我が方に接近して来ます!」
「ようし、来たぞぉ。」
スカウラドツキは小声で呟きながら、高空と低空の二手に別れたシホールアンル軍攻撃隊を睨みつける。
敵編隊に対して陣形の外輪に位置する駆逐艦部隊も砲撃を開始する。
敵編隊の周囲には無数の黒煙が湧いているが、その大半はウースターとキティーホークの放った5インチ砲弾によるものだ。
それに加えて、他の護衛艦の高角砲弾も次々と炸裂し始める。
敵編隊は、瞬時に濃密な対空砲火網に飛び込む事となった。
ウースターの18門の5インチ砲は、戦闘開始とほぼ変わらぬペースで発射を続けている。
敵騎の落ちるペースが今までに見た事無いほど早い。
通常は1騎、また1騎といったペースでゆっくりと数を減らして行くのだが、今は3、4騎がぽつぽつと墜落していく。
最初に陣形の進入を果たした20機前後のワイバーン隊は、駆逐艦部隊の上空を通り過ぎる時には半分以下にまで撃ち減らされていた。
「艦長!低空より敵雷撃隊!ケルフェラクです!」
その報告を聞いたスカウラドツキは、即座に反応する。
「砲術!低空の敵に3インチを使え!」
「了解!」
返事がするや否や、ウースターの舷側から、5インチ砲とは違う別の砲声が響き渡る。
その砲声は、5インチ砲と比べてやや音が軽く感じたが、発射速度は5インチ砲よりも明らかに早い。
この時、ウースターは、駆逐艦の防御ラインを突破して来た15機のケルフェラクに対して、3インチ両用砲と20ミリ機銃弾を
撃ち込んでいた。
ウースターには、新型の50口径3インチ連装両用砲が4基搭載されている。
この3インチ砲は1分間に20発の砲弾を発射する事ができるため、5インチ砲よりも効果的な高射砲弾幕を張る事が出来る。
ウースターは、その新式砲を連装式で4基搭載しており、ケルフェラク隊には、このうち2基が向けられていた。
ケルフェラク隊は、見慣れぬ巡洋艦の前や横を通過しようとした所を、VT信管付きの3インチ砲弾を撃ち込まれた。
砲弾が炸裂し、夥しい破片がケルフェラクの機体を容赦なく切り刻む。
至近距離で砲弾が炸裂するや、ケルフェラクは片翼をあっさりと千切り飛ばされ、海面に落下する。
別のケルフェラクは、次々と炸裂する砲弾に機体全体を穴だらけにされた挙句、搭載していた魚雷に破片が命中して大爆発を起こし、虚しく四散した。
ケルフェラク隊の周囲の海面は、次々と炸裂する3インチ砲弾や、放たれる多量の20ミリ弾によって地獄の釜のように沸き立っている。
更に、3機のケルフェラクが、ウースターの3インチ砲弾の射撃を受けて撃墜され、海面に飛沫を上げた。
「流石は新型の速射砲……あの落としにくいケルフェラクをばたばたと叩き落とすとは!」
スカウラドツキは、新兵器の凄まじい威力に感心しつつも、視線はぴったりと敵に張り付かせたまま、艦の指揮を執り続ける。
15機のケルフェラクは、ウースターの3インチ砲弾と20ミリ機銃で7機が撃墜された。
残りの8機がウースターを通り過ぎて行ったが、その8機もウースターの左舷側に搭載されている3インチ砲や20ミリ機銃の追い撃ちを受ける。
新たに1機が、3インチ砲弾の直撃を受けて粉砕され、別の1機が20ミリ機銃弾に穴だらけにされた末に、海面に墜落した。
「艦長!敵ワイバーンがキティーホークに向かいます!」
見張り員の声がスピーカー越しに響いて来る。その音はかなり大きかったが、ウースターの放つ対空砲火の喧騒のせいで聞き取り辛い。
とはいえ、辛うじて内容を聞き取ったスカウラドツキは、視線をキティホークの上空に向けた。
キティーホーク目掛けて、複数のワイバーンが急降下で接近して行く。
キティーホークは、舷側の5インチ砲や40ミリ機銃、20ミリ機銃をけたたましく撃ちまくり、多量の曳光弾が火のシャワーのように、
ワイバーン目掛けて打ち上げられている。
ウースターは左舷側の5インチ砲を、降下中の敵ワイバーンに向けて発砲した。
左舷側に向けられる5インチ砲は8門で、ワイバーンの未来位置に高角砲弾が次々と炸裂する。
ワイバーンの2番騎が、猛スピードで急降下して行くが、そのすぐ前方でVT信管付きの砲弾が炸裂し、ワイバーン2番騎が黒煙に覆い隠された。
スカウラドツキは、敵ワイバーンが黒煙を突っ切るかと思ったが、それは起こらなかった。
その代わりに、無数の細かい破片らしき物がぱらぱらと落ちて行くのが見えた。
続いて3番騎が撃墜され、更に4番騎も機銃弾に両翼を千切り飛ばされて墜落して行く。
キティーホークに突進していた敵騎は9騎であったが、そのうち7騎が対空砲火で撃墜された。
残った2騎がキティーホークに対して爆弾を投下した。
キティーホークの左舷側海面に水柱が噴き上がった直後、飛行甲板中央部付近に爆炎が噴き上がった。
「キティーホーク被弾!」
見張り員が切迫した声音でそう知らせて来る。
キティーホークは、敵の爆弾が炸裂した瞬間、火柱が噴き上がり、直後に飛行甲板が黒煙で覆われた。
だが、その4秒後には黒煙は後方に吹き散り、キティーホークは火災は愚か、被弾した事すら無かったかのように30ノット以上のスピードで
航行を続けていた。
「なんて奴だ……爆弾を食らったのに何とも無いぞ!」
スカウラドツキは驚きの余り、やや高い声音でそう言い放った。
キティーホークには更に20騎の降下爆撃隊と、低空侵入のケルフェラクとワイバーンが襲いかかって来た。
だが、敵機の大半はウースターを含む護衛艦の対空弾幕の前にばたばたと叩き落とされ、最終的に、キティーホークに攻撃を仕掛けられたのは、
降下爆撃隊のワイバーン8騎とケルフェラク6騎、雷撃隊のケルフェラク3機とワイバーン2騎のみであった。
キティーホークは、10分間の間に、新たに3発の爆弾と魚雷1本を受けていた。
スカウラドツキは、キティーホークの右舷側後部に魚雷が命中した時は、さしもの装甲空母も運が尽きたかと思ったが、
彼の思いとは裏腹に、キティーホークは速度を衰えさせる事無く、相変わらず30ノット以上の速力で定位置に付いていた。
午後1時40分 ヒーレリ領リーシウィルム
ルルシガ基地の地下にある予備司令部で、第1次、第2次攻撃隊の総合戦果と被害報告を聞いていた第12飛空挺軍司令官スタヴ・エフェヴィク中将は、
驚きの余り目を丸くした。
「そ……それは、本当なのか?」
エフェヴィク中将は、参謀長のジェギィグ少将に問うた。
「事実です。第1次、第2次攻撃隊の損耗率は4割を超えます。特に、敵機動部隊への攻撃を敢行した攻撃飛行団や、ワイバーン隊はいずれも
壊滅状態に陥っており、ワイバーン隊に至っては、攻撃に送り出した空中騎士隊が文字通り全滅したとの報も入っています。」
「……何たる事だ………」
エフェヴィク中将は、ショックのあまり、項垂れてしまった。
第12飛空挺軍は、敵の第1次攻撃隊が去った後、ワイバーン隊と共同で敵機動部隊に対する反撃を行った。
反撃戦力は2波に別れており、第1次攻撃隊は戦闘用のケルフェラク21機と対艦攻撃用のケルフェラク31機、戦闘ワイバーン89騎と
攻撃ワイバーン59騎。
第2次攻撃隊は戦闘用のケルフェラク18機と対艦用27機、戦闘ワイバーン67騎と攻撃ワイバーン56騎という編成であった。
総計368騎の攻撃隊は、敵戦闘機の妨害と敵艦隊の猛烈な対空砲火によって大損害を被った。
帰還できた数は、第1次攻撃隊で戦闘ケルフェラク12機、対艦攻撃隊16機。戦闘ワイバーン56騎と攻撃ワイバーン14騎。
第2次攻撃隊で戦闘ケルフェラク10機と対艦攻撃隊7機。戦闘ワイバーン48機と攻撃ワイバーン19騎の計212騎。
全体の総数で、実に4割以上もの損失が出た事になる。
特に損害が大きいのは、敵空母に攻撃を敢行した対艦攻撃隊で、こちらの総数は123騎中56騎のみが生還するという惨憺たる有様であり、
この中に含まれていた第63空中騎士軍所属の第233空中騎士隊は、作戦に参加した21騎中全騎が未帰還という状態に陥っている。
また、それに加えて、ワイバーンよりも頑丈であるケルフェラク隊までもが、高い損耗率を出している。
特に、第45攻撃飛行団は、出撃機27機のうち、損失20機という凄まじいまでの損耗率を叩き出していた。
しかし、ここまでやった以上は、戦果は必ず上がっている筈であった。
敵空母は撃沈に追い込めないまでも、2、3隻程は戦闘不能に陥れたであろうと、誰もが思っていた。
だが、現実は残酷であった。
第12飛空挺軍と第63空中騎士軍が多大な犠牲を出してまで得た戦果は……航空機64機撃墜。駆逐艦1隻大破と、空母3隻を小破させたのみであった。
「何故、こんなに戦果が少ないのだ……君達も途中報告で確かに耳にしていただろう?」
エフェヴィク中将は、すがる様な目付きでジェギィグ少将の顔を見つめる。
「ワイバーン隊とケルフェラク隊は、敵正規空母に対して複数の爆弾、魚雷を当てたと報告して来た。なのに、何故、敵空母は戦場を離脱していないのだ?」
「……司令官。先程、攻撃に参加した搭乗員達から、短いながらも攻撃時の様子を聞き取る事が出来たのですが……もしかしたら、敵は防御力を大幅に
強化した新鋭空母を、あの海域に持ち込んだのではないでしょうか?」
「というと……?」
「はっ。近頃、情報部より通達のあったアメリカ軍の新鋭空母。確か、リプライザルと言う名前の空母でしたかな。それが、リーシウィルム沖に
展開しているかもしれません。攻撃飛行団の搭乗員達は、いずれもが、一番大きな空母を狙って攻撃したと言っております。そして、最後に必ず、
こう付け加えていました。」
ジェギィグ少将は、額を抑えながら言葉を続けた。
「撃破した筈の敵空母が、何事もなかったかのように動いている様子は、遠目からでもよく見えた、と。」
「………」
エフェヴィク中将は、ショックのあまり、何も言葉を発せなかった。
「また、敵機動部隊は、護衛艦の中に新たな新鋭艦を紛れ込ませていました。」
「新鋭艦ですと?」
第12飛空挺軍の航空主任参謀が聞いて来る。
「ああ。第45飛行団の搭乗員がそう言っていた。なんでも、アトランタ級巡洋艦を大型化したような巡洋艦が、大型空母の側でとんでも無い量の
対空砲火を放っていたと。第45飛行団は、3分の1がその防空巡洋艦にやられたらしい。」
「アトランタ級を大型化した防空巡洋艦だと……参謀長。私はその敵艦の情報今初めて聞いたぞ!」
エフェヴィクは、目を吊り上げながらジェギィグに言う。
「は……私もそうです。」
「それで、その防空巡洋艦はどれぐらいの大砲を積んでいた?」
「医務室で片足を失って治療を受けている搭乗員から聞き出したのですが、その新鋭艦は、良く見かける中型の高射砲を20門以上と、
それよりやや小さい砲を6門から8門ほど搭載していたようです。先程、絵の上手い魔道士に、私の証言をもとに簡単な絵を書かせてみましたが……」
エフェヴィクは、ジェギィグの懐から出された紙を手渡された。
紙には、その新鋭艦の絵が書いてあり、絵は真横から見た物と、真上から見た物の2つがあった。
「なんだこの砲の配置は!?この新鋭艦は、アトランタ級の2倍の砲戦力を持っている事になるぞ!」
「閣下。信じられぬお気持ちになるのはよくわかります。ですが、この情報は、第45飛行団の中でも最も視力の良い搭乗員から聞き出した物です。
戦闘中ですから、幾つかの違いはあると思いますが、それでも、本物との誤差はあまり無い物と思われます。」
「……中型艦の艦体に30門も高射砲を乗せるとは。アメリカ人共め、なんて無茶苦茶な事を……!」
エフェヴィクは、この常識外れの軍艦が存在し、味方攻撃隊に大損害を与えた事、が未だに信じられなかった。
だが、それは、動かしようの無い事実である。
「司令官。先の攻撃で、我々は多大な損失を出しましたが、一応、内陸の予備飛行場には、まだ戦力が残っています。」
第12飛空挺軍は、万が一の場合に備えて攻撃飛行団の稼働機の半数を予備飛行場に避退させていた。
参謀長は、その戦力を使って第3次攻撃を行うかと聞こうとしたが……
「参謀長。君は残存戦力で第3次攻撃を行おうと考えているようだが、私はそれを認めん。敵機動部隊に対する攻撃は即刻中止する!」
「な……しかし、司令官。」
「本国の命令は?と言いたいのだろう?」
エフェヴィクは目を細めながらジェギィグに問う。彼はジェギィグが答える前に言葉を吐き出した。
「本国の命令のまま攻撃を続ければ、第12飛空挺軍は無謀な突撃を繰り返させた挙句に、貴重な攻撃飛行団を無意味にすり潰してしまうだろう。
私は、そのような事はやりたくない。」
「では……?」
「……今回の戦闘の詳細を、すぐに本国へ送り届けるのだ。敵が爆弾はおろか、魚雷をぶつけてもビクともしない空母や、1隻でアトランタ級
2隻分の働きをする新鋭巡洋艦を送り出した以上、我が航空部隊が攻撃しても、あたら犠牲を増やすだけだ。」
エフェヴィクはそう言いながら、自らの拳を強く握りし閉めた。
彼は表情には出さなかった物の、心中では悔しさの余り、声を大にして叫びたいと思っていた。
しかし、飛空挺軍司令官という肩書が、彼の平静さを維持させていた。
「参謀長。今すぐ報告を送りたまえ。われ、敵機動部隊を攻撃するも、甚大な損害を受けて以降の攻撃は実行不可能り。敵アメリカ海軍は
戦艦並みの防御力を備えた大型空母と、対空火力を飛躍的に増大させた防空艦を戦場に投入した可能性、極めて大……とな。」