第242話 戦線崩壊
1485年(1945年)7月30日 午後2時 ヒーレリ領ヴォサミロス
ミスリアル軍第12機械化歩兵師団は、30日の午後2時頃には、ヒーレリ領境から30キロほど北西にある
ヴォサミロスと言う名の村に到達していた。
第12機械化歩兵師団第54機甲歩兵連隊指揮官を務めるネリィゼ・ヘストラウス大佐は、援護の戦車部隊が
到達するまでこのヴォサミロス村で待機を続けていた。
「連隊長!師団長閣下お見えになりました!」
指揮車両の中で地図を見つめていた彼女は、若いエルフの兵からそう伝えられると、浅黒い肌に浮かんでいた汗を拭いさり、
やや乱れていた長い銀髪をそそくさと整えながら、乗っていたハーフトラックから降りる。
程無くして、1台のM8グレイハウンドがエンジンを上げながら、彼女の目の前で停止した。
「敬礼!」
ヘストラウス大佐は凛とした声音を発し、装甲車から降りて来た人物に向けて敬礼を送る。
ミスリアル軍正式のベレー帽を被ったエルフの男性は、無表情のまま答礼した。
「ご苦労。状況はどうなっている?」
第12機械化歩兵師団長クランスト・ラーバレイン少将の問いに、ヘストラウス大佐は淀みなく答える。
「我が連隊は30分前にこのヴォサミロスに到達後、待機を続けています。我が連隊の前方には、キリラルブスと思しき
機動兵力を有する敵部隊が布陣しています。今の所、我々に向けて攻撃や、砲撃を仕掛けて来る様子はありません。」
「規模はどれぐらいだ?」
「大雑把ですが……約2個連隊はいる者と思われます。」
彼女は、隣に立っていた従兵に、地図を持って来るように言い付ける。
従兵は早足でハーフトラックの中に駆け込み、中に入ってから地図を掴む。
地図を取り、トラックのキャビンから降りた従兵は、持っていたそれを彼女に手渡した。
「20分ほど前に出した斥候からは、10門ほどの対戦車野砲が巧みに隠匿された状態で配備されているとの報告が入っています。
図に示すとこのような感じです。」
ラーバレインは、地図に予め記されていた敵の方の配置図を見つめる。
敵の砲は、5つずつが大きく左右に別れる様な形で配置されており、その真ん中にはわざとらしく開けられた道がある。
「これは典型的な対戦車陣地だな。」
「似たような陣地が、ここからすぐ北の方にもあります。南には、地図には無い丘陵地帯があるため、そこから突撃するのは難しいでしょう。」
「現在、我が師団は同僚部隊である第2親衛戦車師団と共に、敵軍の後方に回り込む形で進撃している。後方はグレンキア軍自慢の装甲擲弾兵師団が
しっかり抑えてくれているから安心だが……西海岸地区から突破して来たと言われている米軍の進出が遅れているのが問題だな。連中が上手く
進む事が出来れば、ヒーレリ領境西部でもたついている敵の大軍を丸ごと包囲出来るんだが。」
「攻撃開始はいつにしますか?」
ラーバレイン少将は唸りながら、自らの指揮下にある部隊では、敵の強固な防御陣地を破るのはやや難しいと思った。
(いや、強引に行けば必ず突破は出来るはず。10分後には、師団直轄の戦車大隊も来る。だが、こっちが殴りかかってくれば、あちらも猛然と
反撃してくるだろう。あそこは、窮地に陥っている敵軍の唯一の脱出路だ。迂闊に飛び込んで行っては、とんでもない損害を受けるかも知れない。)
彼はそう考えたあと、地図の一点を叩いた。
「ここにアメリカ軍が進出すれば、あそこの陣地の敵を左右から挟み撃ちに出来る。あそこを突破して向こう側のアメリカ軍と合流すれば、
包囲網は完成するだろう。あと、それから……航空支援を要請すれば、敵を空から叩く事が出来る。敵陣の戦力をある程度削いでから突撃しても
遅くは無いだろう。連隊長、攻撃はすぐには行わず、しばらくは様子を見よう。」
「は……ですが、戦車大隊が到達すれば、後は自力でもあそこを突き崩せると思いますが。」
「申し訳ないが、君達の部隊は、一昨日の作戦開始から今日まで全くと言っていいほど休んでいない。私が聞いた所では、君も、家から持って
来た愛用の弓で敵兵を何人か黙らしたそうだな?」
「は、はぁ。何分、昔のやり方で戦うのは久しぶりでしたので。」
「で、それからハーフトラックに乗って2日近く休み無しだ。ここで休んでおかないと、後が持たんぞ。」
「では……」
「今から少し休憩にしよう。軍団長には私が話を付けておく。」
同日午後4時 レスタン領ヴェストリアク
アメリカ陸軍第4軍に所属する第30軍団は、領境から北北東に28キロ離れたヴェストリアクの村で、シホールアンル軍部隊と交戦を行っていた。
交戦を行っているのは、第30軍団所属の第6機甲師団A戦闘団(CCA)と第9歩兵師団の一部である。
CCAの指揮は、ティルクス・ブラント大佐が執っており、指揮車両の中から指揮下の部隊の戦闘を見守っていた。
「11時方向にキリラルブス!距離700!」
「駆逐戦車大隊、敵キリラルブスに発砲を開始!敵1台撃破!」
「こちらリークスナークより戦闘団司令部へ!敵歩兵多数が接近中!」
ブラント大佐は無線のマイクを握り、第38機甲歩兵大隊の指揮官に返事を送る。
「こちら戦闘団本部。敵歩兵が近付く前に歩兵をハーフトラックから降ろし、迫撃砲と機銃で足止めしろ。オーヴァー!」
「ブレース・メーヴェルより戦闘団本部へ!敵のキリラルブスの数が多い!航空支援を要請したい!」
「こちら本部。了解した。これから航空支援を呼ぶ。君達はそれまで現地点を死守し、航空攻撃が終わった後は、一気に敵を畳みかけろ!」
「了解!空軍サンに誤爆しないように注意しといてください!」
「OK!俺からキツく言っとくぞ!」
ブラント大佐はハーフトラックの空いた天井から戦域を見つつ、無線機の周波数を切り替えて、上空で待機している筈の航空部隊に連絡を繋いだ。
「こちらルーニースティックよりダークプロイへ、聞こえるか?」
「こちらダークプロイ。感度良好だ。」
「早速だが一仕事頼む。俺達の戦車部隊から700メートルほど手前にシホット共のキリラルブスが後から湧いて出て来てやがる。
あんたらはその厄介者を叩いて欲しい。うちの戦車が発煙弾を焚く。そこから北東方面の方を爆撃してくれ。」
「了解!すぐに駆け付けますぜ!」
ダークプロイというコードネームを付けられた航空隊の指揮官機は、陽気な声音で言いながら無線を切った。
「こちら戦闘団本部。ティッカー、今から空の助っ人が向かって来る。お前達は敵を迎撃しつつ、敵との間に赤の発煙弾を打ち込め。」
「了解。すぐにやります!」
返事と共に、敵に最も近い位置に居るパーシングから発煙弾が撃ち込まれる。
発煙弾は、地面に着弾した直後から煙を吐き出した。
「おっ、来たぞ……」
ブラント大佐は、耳に響き始めた爆音を聞き、その方角に顔を向けた。
彼の指揮車の背後から、20機ほどの単発機が向かって来る。
すっかり馴染みとなったP-47は、そのずんぐりとした機体から猛々しいエンジン音を発しながら、猛速で戦車部隊の前方に立ちはだかる
キリラルブスに向かって突進して行った。
「こちらダークプロイリーダー!敵を視認した、これより攻撃に移る!」
「OK!派手にやってくれ!」
ブラント大佐はけしかけるような口調で相槌を打った。
先頭のP-47は、高度50メートル以下の超低空まで降下し、戦車部隊の頭上を通り抜けた直後、両翼の12.7ミリ機銃を狙った
キリラルブスにひとしきり加え、タイミングを見計らって両翼に下げていた500ポンド爆弾2発を投下した。
爆弾はキリラルブスの右と左右に着弾し、大音響と共に大量の土砂を跳ね上げた。
爆発に巻き込まれたキリラルブスは、5メートルほど飛びあがった。
続いて2番機、3番機と、P-47は次々と爆弾を投下して行く。
攻撃を仕掛けるP-47の中には、ロケット弾を撃ち込む機もあった。
P-47が放ったロケット弾のうち、1発がキリラルブスの体の背中に命中する。
瞬発弾であるロケット弾は、キリラルブスの上面装甲板を突き破る事は出来なかったが、それでも爆発エネルギーは装甲板をぶち抜き、
爆風と破片で内部の兵員を殺傷した。
P-47の猛爆の前に、遮二無二前進を続けていたキリラルブス群の動きがぱたりと止まる。
対空型のキリラルブスが連装式の対空魔道銃で応戦する。
1機のP-47が、この対空魔道銃の不意打ちを受けて撃墜されたが、別のP-47がロケット弾を叩き付けて、この対空キリラルブスを爆砕した。
P-47の集団はひとしきり暴れ回った後、意気揚々と引き上げて行った。
「本部へ、こちらブレース・メーヴェル。敵はP-47の爆撃で隊形を崩している。今の内に前進の許可を!」
ブラント大佐はハーフトラックの天井から顔を出し、双眼鏡で前線の様子を見つめる。
P-47は派手に暴れ回ったのか、第42戦車大隊(ブレース・メーヴェル)の前方に多数黒煙が上がっている。
黒煙の数は、少なめに見ても10は下らない。
(さっきの連中は、キリラルブスを最低で10台程は吹き飛ばしたようだな)
ブラント大佐は頷くと、進撃を快諾した。
「こちら本部。進撃を許可する。シホット共に90ミリをたっぷりと浴びせてやれ。」
ブラント大佐の許可が下りるや否や、第42戦車大隊のM26パーシング43両は、楔形隊形を維持したまま動き出した。
ブラント大佐の所属する第6機甲師団は、第40戦車大隊を始めとする6個戦車大隊と、第38機甲歩兵大隊を始めとする
3個機甲歩兵大隊(ハーフトラック装備の機械化歩兵)、2個駆逐戦車大隊を主力に編成されている。
第6機甲師団は、この主力部隊を2個の戦闘団、1個の予備戦闘団に分けて作戦を行っており、ブラント大佐は、第42、44戦車大隊、
第38機甲歩兵連隊、第73駆逐戦車大隊に、1個工兵中隊と1個自走砲中隊を与えられていた。
ブラントのCCAは、1時間前からシホールアンル軍の有力な部隊と交戦を開始しており、この戦闘で、それまで順調で
あった進撃に遅れが生じていた。だが、その遅れも、航空支援のお陰でなんとか取り返せるだろうと、彼は考えていた。
「4時間前に送られてきた偵察機の情報では、北東方面からキリラルブスの大群が向かっているとあったが、
今俺達が戦っている相手は、その大群かも知れんな。」
ブラントはそう呟きながら、戦車部隊の前進を見つめ続けた。
前進を開始した味方戦車の周囲に、キリラルブスが放ったと思しき砲弾が着弾する。
爆発と共に土砂が噴き上げられるが、パーシングはそれを気にしていないとばかりに、90ミリ砲を放つ。
それからやや間を置いて、戦車部隊から幾らか離れた前方で、派手に火炎が噴き上がった。
パーシングの砲撃が、不運なキリラルブスを撃破したのであろう。
第33石甲軍第10石甲軍団に所属している第28石甲師団は、ヒーレリ領境の西側に布陣している2個軍の危機を救うため、
第19石甲化機動歩兵旅団と共にヴェストリアクへ急行し、そこで展開していたアメリカ軍機甲師団と戦闘を開始したが、
戦力面ではシホールアンル側が有利であるにもかかわらず、戦況は芳しくなかった。
第28石甲師団第79石甲連隊第3大隊は、第2、第1大隊と共に米軍戦車部隊と戦闘を行っている時に、敵航空部隊の空襲を受け、
大損害を受けていた。
空襲の損害は大きく、第2大隊だけでも通常型(長砲身砲装備済み)キリラルブス4台と対空用キリラルブス1台、
歩兵搭載用キリラルブス2台を失っていた。
「大隊長!パーシングが向かって来ます!距離300グレル!」
第2大隊長ポヤル・ムルスヌ少佐は、狼狽する砲手の声に苛立ちながら、台長席の監視口から敵を見つめる。
「怯むな!備砲を撃ちまくれ!距離はさほど離れていないから、ヤツにもダメージは与えられる筈だ!」
ムルスヌ少佐は若干声を上ずらせながら砲手に指示を飛ばす。
大きな発砲音が鳴り、固いゴーレムの体が振動で揺れる。
キリラルブスの砲弾は、敵戦車の前方に落下して爆発した。
「馬鹿者!よく狙って撃て!」
「りょ、了解です!」
ムルスヌ少佐は砲手に檄を飛ばした。砲手は先程よりも声を上ずらせながら返事をする。
(畜生!ここ最近、負けが込み過ぎたせいで、大隊長の専用台にまで畑違いの兵隊をぶち込みやがる。その結果がこれだ!)
ムルスヌは、やり場の無い怒りを感じていた。
ムルスヌ少佐は、過去に幾度となく米軍の機甲師団と戦ってきた経験を持つベテラン指揮官だが、彼に与えられた石甲大隊は、
彼から見てみれば、お世辞にも良いとは言えぬレベルの錬度だった。
将兵の大半は、実戦を経験していない新兵である。
それだけでも頭痛物であったが、もっとも頭に来たのは、それ以外に暗殺専門の訓練を受けて来た者や、いかがわしい施設で行ってきた
訓練教官といった他分野の“専門家”がこれでもかとばかりに混じっていた事である。
個人個人の成績は、一応優秀であり、これらの“専門家”達は、新兵と比べて覚えるのも早く、戦力としてはなんとか期待出来た、筈であった。
だが、それらの補充兵達も、対米戦に関しては全くの素人であり、いざ前線に出てみると、それぞれの経験不足が嫌と言うほど目に付いた。
この大隊長専用台の砲手からして、元は機密の特殊訓練施設で訓練兵をしごき上げてきた元教官である。
この砲手、確かに腕は良いのだが、今では初めて体験する“機甲戦”に、すっかり舞い上がっていた。
(畜生!いくら覚えが良くても、所詮は“初心者”と言う事に変わらない……か!)
ムルスヌは歯を強く噛みしめた。
「相手を訓練所に居た小生意気なガキだと思え!そいつをいつもの要領でしごくようにやるんだ!」
「は、はい!」
彼は砲手の肩を叩きながらそう言う。
キリラルブスが再び砲撃を行う。ドン!という鈍い発射音が石造りの体を揺さぶった。
砲弾は、パーシング戦車の履帯部分に命中し、爆炎を噴き上げる。
「やった、命中だ!!」
砲手が喜びの余り、声を大きくして叫ぶ。
「馬鹿野郎!気を抜くな!」
ムルヌスは即座に怒鳴り声を上げる。
「パーシングはこれだけでは参ってくれんぞ。さっさと次をお見舞いしてやれ!」
「了解です!」
彼の命令を受け取った砲手は、装填手が砲弾を込めるのを確認した後、すぐに第2撃を放った。
砲弾は、パーシングの砲塔と車体の繋ぎ目部分に命中した。
爆発が起こり、パーシングの車体が黒煙に包まれる。しばし間を置いて、黒煙が晴れた。
パーシングは、被弾前と何ら変わらぬ姿を見せていたが、様子が少し違った。
「お、敵戦車が停止した……む、引き返して行くぞ!」
ムルスヌは、砲塔基部に命中弾を受けたパーシングが、隊列から慌てふためくように離脱して行く様子を見て、微かに頬を緩ませた。
「よくやった!敵戦車が1両逃げて行ったぞ!」
その直後、すぐ後ろで強烈な爆発音が鳴り響いた。
爆発の規模はなかなかに大きく、衝撃が彼のキリラルブスをびりびりと揺さぶる。
「大隊長!味方のキリラルブスが破壊されました!」
「ク……了解!」
ムルスヌは込み上げる悔しさを無理矢理押し殺して、指揮を執り続ける。
「第2、第3中隊が側面に回ってパーシングの横合いを突けば、何とかなる筈。数はこっちが多いからな!」
現在、この戦域に投入されているキリラルブスは、4個石甲連隊計400台以上。一方のアメリカ軍は、戦車の総数が100台程度とかなり少ない。
質では米軍のパーシング戦車に敵わないが、数ではシホールアンル側が勝っている。
増援が来る前に、この敵戦車部隊を叩きのめす事が出来れば、敵の前進を阻止でき、敵が停止している間に、包囲の危機にある2個軍が脱出できれば、
10万名以上の兵員が包囲殲滅の危機から脱する事ができ、戦線の大崩壊という最悪の事態を避けられる。
(いかなる犠牲を払ってでも、米侵攻軍を撃退せよ……か。果たして、わが石甲師団の戦力は、この戦いが終わった後、どれ程まで残っているのだろうか。)
「こちら第2中隊!これより敵前進部隊の側面を突きます!」
物思いに耽る暇もなく、第2中隊指揮官から魔法通信が飛び込んで来る。
「こちら第3中隊!今から敵の側面に突っ込みます!敵は側面の守りにシャーマン戦車を置いているようです!」
「了解!心してかかれ!」
ムルスヌはそう言いながらも、シャーマン戦車とならなんとか互角に戦えるだろうと思っていた。
だが、その直後……
「だ、大隊長!敵戦車の主砲が……」
唐突に、第2中隊指揮官から悲鳴用の様な報告が入ったと見るや、唐突に魔法通信が途切れてしまった。
(第2中隊は、最新型のキリラルブス……主砲の口径のみならず、装甲も強化された数少ない新式の筈だが、一体、何があった?)
第73駆逐戦車大隊は、側面を突こうとしていたキリラルブス……それも、今までの物とはどこかごつく感じる、怪しい敵に対して主砲を放っていた。
「はいよ。まずは1台目だな!」
第73駆逐戦車大隊指揮官であるジェルス・クラウストン中佐は、上機嫌でそう言い放った。
クラウストンの率いる駆逐戦車大隊は、M36ジャクソン駆逐戦車を装備していた。
M36ジャクソンは、M10ウルヴァリン駆逐戦車の発展型として製造された駆逐戦車で、1945年2月から前線部隊に配備され始めた。
第6機甲師団では、5月からM36の受領が始まり、7月までには、師団に在籍している第73、第79大隊全てがこのM36へ更新を終えていた。
それまで使用していたM10駆逐戦車は、後方で整備を終えた後、同盟軍の部隊に分散して供与されており、一部のM10は、この夏の目覚め作戦に
参加しているグレンキア軍装甲擲弾兵師団へ渡り、前線で広く使用されていると言う。
「次行くぞ!」
「了解!」
大隊長車の戦車長も兼ねているクラウストン中佐は、別のキリラルブスに狙いを付けるように指示を飛ばしつつ、大隊全体の指揮も執り続ける。
「大隊長車より全車へ。シホット共は俺達を突破して陣形の中のハーフトラックを狙うつもりだ。なんとしてでもここで食い止めろ!
第1中隊、第2中隊は目標の敵キリラルブスを片付けたら別の敵の警戒。第3中隊はパーシング大隊の援護に回れ。」
クラウストンは指示を飛ばしながら、突進を続けるキリラルブスに対して、何らかの違和感を抱いていた。
(あのキリラルブス、よく見たら妙に角張っているぞ。それに、砲身もどこか大きい。もしかして……新型か?)
クラウストンは心中で呟く。
彼の疑念を拭き晴らすかのように、自ら指揮している駆逐戦車が新たに砲弾を撃ち放つ。
90ミリ砲の発砲音は、今まで75ミリ砲のそれに慣れていたクラウストンにとっては、一際重々しく感じる。
砲弾は、前進しているキリラルブスを飛び越えて、やや後方で着弾した。
「もう少し前を狙え!」
クラウストンは砲手にそう命じながら、吹きさらしの天蓋から顔を出す。
目標にしていた、ややごついキリラルブスが停止し、砲弾を放って来た。
その瞬間、右隣に布陣していた味方の駆逐戦車が被弾し、爆炎と破片を噴き上げた。
「やられた!だ、脱出する!」
無線機に慌てふためいたような声が響いた後、被弾したジャクソンから乗員が飛び出して行く。
味方の駆逐戦車は砲塔をキリラルブスに回し、次々と備砲を撃つ。
クラウストン車も新たに砲弾を放った。
今度は、敵キリラルブスの台形状の体に命中し、爆炎を上げた。
これが致命弾となったのか、キリラルブスは白煙を噴き上げながら、前脚をへたれ込ませる。
そのキリラルブスから乗員と思しき敵兵が脱出する様も見て取れた。
その時になって、クラウストンは更なる異変に気が付いた。
「確か、体の真正面にぶち当てて撃破した筈だが……珍しく、原形を留めているな。」
これは意外だとばかりに彼は呟く。
撃破されたキリラルブスのすぐ右斜めに居たキリラルブスが、味方戦車の砲弾を食らった。
このキリラルブスは搭載弾薬の誘爆を起こし、派手に吹き飛んだ。
更に別のキリラルブスも被弾し、戦闘不能に陥って行く。
だが、珍しい事に、撃破されたキリラルブスの半数は、弾薬の誘爆を起こして派手に吹き飛ぶという事は無かった。
キリラルブスが次々と撃破されていく一方で、味方の駆逐戦車にも被害が続出して行く。
7台目のキリラルブスが白煙を噴き上げながら停止した時には、クラウストンの指揮下の駆逐戦車大隊は、5両を撃破されていた。
「まずいな。こっちの被害も無視できんぞ。」
クラウストンは、味方駆逐戦車大隊の損害続出に内心、焦りを感じ始めていた。
だが、その時、
「戦闘団本部へ全車に告ぐ!たった今、CCBが前線に到着した!この他に、CCR(予備戦闘団)もCCBの後に次いで前線に来る予定だ!」
「おお、増援が来るとは。これはありがたい!」
クラウストンは、タイミングを見計らったかのような味方の増援を素直に喜んだ。
CCAは、戦車、駆逐戦車合わせて100両を有していたが、敵はCCAの倍以上のキリラルブスを投入して、数で圧倒しようとしていた。
そこにCCBとCCRが増援としてやって来たのだ。
この2日間の戦闘で、第6機甲師団の戦車、駆逐戦車は幾らか損耗している物の、総計で250両以上の戦力を有している。
このうち、CCAの2個戦車大隊はパーシングを装備しており、CCBの基幹である2個戦車大隊のうち、第45戦車大隊は
パーシングの更新が成っている。
CCBのもう1個の方の戦車大隊はシャーマン戦車だが、こちらはまだ新しいイージーエイト(A3E8型)であるため、
敵のキリラルブスとも互角に戦えるであろう。
程なくして、CCBの2個戦車大隊のうちの1隊が、クラウストン大隊の左側に展開して、キリラルブスと戦闘を開始した。
「第47大隊の奴らだな。」
クラウストンは、すっかり見慣れたM4シャーマン戦車が、敵キリラルブスへ砲撃を行う様を頼もしげに見つめる。
「こっちも連中に負けてられんぞ!砲の大きさではこっちがデカイ分、派手に暴れられる事を証明してやれ!」
彼は大隊の全車に、荒っぽい口調で命令を発した。
指揮車の主砲が唸る。この砲弾は、狙ったキリラルブスの右側の前脚と後ろ脚を刈り取った。
目標の右側部分から白煙が噴き上がったと思うと、ごつごつした……それでいながら、妙に傾斜のついているキリラルブスの体が右側に落ち込んだ。
そのキリラルブスは、右側に大きく傾斜したまま停止している。
目標が既に戦闘不能に陥った事は、一目瞭然だ。
「無様だな、シホット。」
クラウストンは、醜態を晒してしまった敵に容赦の無い一言を加えつつ、そのすぐ後方に居るキリラルブスに狙いを付けさせる。
戦場は互いの砲弾の弾着と、被弾した戦車やキリラルブスから噴き上がる煙のせいで、視界がやや悪くなっていた。
「照準よし!」
「装填よし!」
砲手と装填手が報告を知らせて来る。クラウストンは射撃を命じようとした。
ふと、彼は奇妙な光景を目の当たりにした。
キリラルブスの台形状の体から、一瞬、火花らしき物が飛び散った。
(……何だ?)
クラウストンは怪訝な表情を浮かべるも、すぐに指示を飛ばした。
「撃て!」
彼の命令が下った直後、90ミリ砲が咆哮する。
砲弾が着弾する寸前、敵もクラウストン車目掛けて備砲を放って来た。
目標のキリラルブスに砲弾が命中する。敵キリラルブスは真正面に破孔を穿たれた後、派手に火焔を噴き上げた。
「また1両撃破だ!」
クラウストンが更なる戦果に頬を緩めた時、敵弾が至近で炸裂し、大量の土砂が噴き上がった。
衝撃で車体が揺れると同時に、宙に舞った土砂が、天蓋の無い車内に落ちて来る。
「クソ!敵もやりやがる!」
クラウストンは罵声をあげつつ、頭や体に降りかかった土を手で跳ねのける。
「気を取り直して……砲手!次行くぞ!」
「了解!」
彼はひょっこりと顔を出してから、双眼鏡で次の目標を探す。
撃破したキリラルブスのやや後ろで、側面を向けている敵を見つけた。クラウストンは、次の目標をそのキリラルブスに決めた。
「砲手!燃えている敵の後ろで側面を晒している奴が居る。見えるか?」
「ええ、バッチリ見えます!」
「そいつを狙え!丁度いい、奴は停止しているぞ。」
クラウストンは鋭い目付きで目標を睨み付けながら、照準よしの言葉が聞こえるのを待った。
目標のキリラルブスが主砲を放った。どうやら、相手は第47大隊のシャーマン戦車を狙っているようだ。
「急げ!ヤツは味方を狙っている!」
「照準よし!」
クラウストンの催促に、砲手はすかさず答える。それを待っていたクラウストンは、素早く命じた。
「撃て!」
クラウストンの命令と共に、90ミリ砲がまたもや唸る。
ふと、やや遠くで爆裂音が響いた。音の方向からして、第47大隊が居る辺りだ。
(……味方がやられたか!)
クラウストンは、射撃の遅れで味方に犠牲が出てしまったと後悔したが、すぐにそれを振り払って、眼前の敵を撃破する事だけに集中する。
砲弾は、キリラルブスの左側面に命中した。
90ミリ砲弾はキリラルブスの石の体を突き破り、内部で炸裂。その時、内部搭載されていた多数の予備弾薬も誘爆し、ド派手に火焔と
石の破片を噴き上げた。
「命中、いい腕だ!」
彼は砲手を褒めながら、次の目標を探そうとした。
その直後、彼の戦車は激しい衝撃に襲われた。
「!?」
突然の衝撃に、クラウストンは目を丸くする。余りにも強い衝撃のため、彼は背中を強打してしまった。
「……!……!!」
激しい痛みが背中から伝わり、視界がぼやけてくる。
彼の鼻に、何かが燃える匂いが伝わって来る。
「……長……ぃ長……」
意識が薄れかけてきた。耳に何かが聞こえて来るが、余りにも小さすぎて何を言っているの分からない。
「……ぁい長……大隊長!!」
唐突に、大きな声が耳に響き、クラウストンはハッとなった。
「……背中が……と、それよりも」
クラウストンは背中の痛みに耐えながら、自分に起きている状況を確かめた。
「さっきの衝撃は、やはり。」
「ええ、敵弾を食らっています!そのせいで無線機もぶっ壊れちまいました!内部は大丈夫ですが、足回りが完全にやられています。すぐに脱出を!」
「わかった。携帯無線機を持ってさっさとずらかろう!」
クラウストンはそう言ってから、ハッチから素早く身を乗り出した。
この時、彼は、左側面の履帯部分から濛々と煙が上がっているのを確認した。
キャタピラは被弾の影響で千切れており、カバー部分が無残にもまくれ上がっている。
クラウストン車は完全に走行不能に陥っていた。
CCA本部には、駆逐戦車大隊A中隊指揮官から、
「大隊長車被弾!」
という声が無線で流れた瞬間、ブラント大佐は大隊長のクラウストンが戦死したのかと思った。
「何?クラウストンがやられたのか!?」
「はっ、どうやらそうらしいです。」
「こちら戦闘団本部。駆逐戦車隊A中隊指揮官へ。クラウストンは脱出したか?」
ブラントはすかさず、無線でクラウストンの安否を確かめた。
もし戦死したのなら、誰かに指揮を執らせなければならない。
「……本部へ!こちらA中隊指揮官。クラウストン中佐は生きています!今、戦車から脱出している所です。」
「指揮車から出て来ていると言う事は、ひとまずは生きているようだな。戦車は駄目になったようだが。」
「本部へ。たった今、クラウストン大隊長から一時的に、自分が大隊の指揮へ取れと命ぜられました。これより、自分が大隊の
指揮を引き継ぎます。」
「了解!敵キリラルブスはまだうじゃうじゃ居る。今新たに航空支援を要請した所だ。それに、他の師団からの増援も来る。ここで敵の
攻勢を凌げれば、あとは俺達の勝ちだ。もう少し粘ってくれ!」
「わかりました!」
ブラントは威勢のいい返事を聞いた後、無線機のマイクを切った。
その直後、無線機から新たな声が響いて来た。
「こちらカレアント軍航空支援隊。現場指揮官は居るか?」
(カレアント軍?)
ブラントは、思わぬ言葉に首を傾げたが、体は自然に反応していた。
マイクを握ったブラントは、その声の主に答えた。
「こちら第6機甲師団A戦闘団指揮官のブラント大佐だ。」
「おお、あなたが指揮官か。私はカレアント軍第23戦闘飛行団のヴォリスラク少佐です。支援要請を受けてそちらに向かっている途中です。
今、状況はどうなっていますか?」
「あまり良いとは言えん。シホット共は、ありったけのキリラルブスを投入して俺達に突っかかって来ている。あと何分ぐらいで来れそうだ?」
「あと10分程はかかります。」
「10分か……」
ブラントは眉をひそめた。
第6機甲師団の装甲戦力は、ほぼ全てがこの戦域に投入されているが、シホールアンル側のキリラルブスはそれ以上に居るため、
各戦車大隊は多くのキリラルブスを破壊しながらも、次第に損害が増え始めている。
パーシング戦車を装備している第42戦車大隊は、34台のキリラルブスを破壊した代わりに、12両がキャタピラや砲塔基部等に損傷を受け、
戦闘不能に陥っている。
無論、敵を撃退できる自信はあるが、このままでは、第6機甲師団も大損害を負いかねない状況にあり、最悪の場合は戦力再編のため、
戦線離脱を余儀なくされるかもしれない。
受ける損害を少しでも軽くしたいと考えているブラントにとって、この10分と言う時間は、かなり長く感じた。
「いいだろう。その間、俺達は連中と殴り合いをやっとく。」
「我々も出来る限り急ぎます。何とか持ち堪えて下さい。」
「ああ。頼んだぞ!」
ブラントは、カレアント軍航空隊の来援に期待しつつ、目の前の戦闘に意識を集中させた。
第47戦車大隊第2中隊指揮官であるチン・ブレスリック大尉は、砲手に射撃を命じた。
52口径76.2ミリ砲が咆哮し、狙った敵キリラルブスの側面に砲弾が向かって行く。
やや間を置いて、敵キリラルブスの横腹のやや下の部分から閃光が発せられ、その直後には煙が噴き上がった。
キリラルブスは動きを止め、4本の脚をへたりこませた後、乗員が手慣れた動きで中から這い出てきた。
「側面ならなんとか行けるんだな。次は……」
ブレスリックはキューポラ向こう側に視線を注ぎ、次の目標を探していく。
唐突に、彼は自分達の戦車に正面を向けているキリラルブスを見つけた。その一際太い主砲は、彼の戦車に向けられている。
背筋に冷たい物を感じながら、彼は即座に口を開く。
「前進!敵が狙っているぞ!」
ブレスリックの緊迫した声に、操縦手が反応し、アクセルを踏み込む。
約30トンのシャーマン戦車は、弾かれたように動き出した。それと同時に、敵キリラルブスが砲弾を放った。
緊急発進してから約3秒後に、敵弾がブレスリック車のすぐ後ろで着弾する。
轟音と共に爆風がブレスリック車の後部部分を叩き、振動が車体を揺らした。
「停止!目標、3時方向の敵キリラルブス!距離800、照準急げ!」
シャーマン戦車が停止すると同時に、砲塔が敵キリラルブスに向けられて行く。
砲手が照準器越しにキリラルブスを見つけた時、敵は照準を修正するため、石の体を小刻みに動かしていた。
砲手は、その真正面に照準を合わせた。
彼は苦い表情を浮かべるが、内心に浮かんだ不快な気持ちを抑え込み、ブレスリックに報告する。
「照準よし!」
「ファイア!」
号令の直後、76.2ミリ砲が火を噴き、砲弾が敵キリラルブスに向けて、猛速で突っ込んで行く。
砲弾は過たず敵キリラルブスの正面に命中し………火花を散らしただけで終わった。
「クソ!また弾かれた!!」
砲手が腹立ち紛れに喚いた。
シャーマン戦車の放った76.2ミリ砲弾は、敵キリラルブスの“強固な装甲に弾かれた”のである。
ブレスリックは、部隊内では珍しい中国系アメリカ人の戦車隊指揮官としていくつもの戦線を渡り歩いてきた猛者であり、多少の事では
動じない自信があった。
だが、今の彼は、目の前に現れた強力な敵に対して、今までに築き上げてきた自信を無くしかけていた。
彼特有ののっぺりとした顔つきに、苦渋の色が広がる。
「正面を狙っても、ああなっては意味が無い。ここはやはり、敵に近付いて砲弾を浴びせた方がいいぞ。」
ブレスリックはそう言ってから、額の汗を拭った。
彼の中隊は、交戦開始前には14両の戦車(作戦開始時の敵陣突破の際、2両失っている)を有していたが、あのやたらに“固い”
キリラルブスと戦ってからは、稼働戦車は9両にまで落ち込んでいる。
実に5両の戦車が、あの未知のキリラルブスに撃破されたのだ。
この撃破された5両の戦車は、いずれもが全損判定を受けてもおかしくない損傷をうけている。
うち2両は搭載弾薬が誘爆して、乗員全員が戦死した。
それに対して、ブレスリックの中隊は3台を破壊し、2台に損傷を与えただけだ。
機甲戦で、キルレシオがシホールアンル側に有利に傾くと言う異様な事態であるが、ブレスリックの第47大隊は、パーシング戦車を
有する第45大隊と共に戦っているため、その差も埋められつつある。
とはいえ、長砲身キリラルブスが登場しても、真正面から撃ち勝って来たブレスリックにとって、この意外な敗北は予想以上に応えていた。
敵キリラルブスとの戦いは、その後も続いた。
ブレスリックの中隊は奮戦したが、またもや1両の戦車が撃破され、中隊戦力は8両にまで落ち込んでしまった。
「こちら大隊長へ各中隊長に告ぐ。我が大隊は、第45大隊と共に敵に肉薄し、一気に勝負を付ける!各中隊、前進せよ!」
「やっと突撃か!早く敵との距離を詰めなければ。」
ブレスリックは、焦りの滲んだ口調で呟く。
彼の中隊は、戦力が定数の半分にまで落ち込んでいる。
軍事上、戦力の半分を失った部隊は壊滅という判定を受ける。彼の中隊は、その点から見て、まさに壊滅状態に陥っていた。
これ以上の損害を減らすためにも、装甲貫徹力の増す400から200メートルの近距離での砲戦をやりたかった。
「中隊各車へ!これより、我が中隊は大隊命令に従い、敵キリラルブス隊に向けて突進する!各車は全速力で敵との距離」
「各車前進停止!」
突然、レシーバーに大隊長の声が響いた。
「味方の航空支援が到着した!各隊は航空攻撃が終わるまで動くな!」
この時、CCA本部では、ブラント大佐が上空に飛来して来た味方機を見るなり、ポカンと口を開けていた。
「あいつは……カレアント軍の新鋭機じゃないか。まさか、ビーラーが飛んで来るとは。」
ブラントはカレアント軍の航空支援がやって来たと聞いた時、思わず小躍りしたが、支援に来た機体が“あの新鋭機”とは、露ほども思っていなかった。
彼は、合衆国が供与したP-39や、P-63の来援を期待していた。
ところが、実際にやって来た支援機は、カレアントの国産戦闘機、KF-1ビーラーであった。
KF-1ビーラーは、カレアント軍がアメリカの技術支援を受けて開発した国産戦闘機である。
機体のサイズは思いのほか小さく、それでいて機体の形状はF6FやF4Fを思い起こさせるほど、ずんぐりとしている。
武装は、公式には23ミリ機銃2丁と7.62ミリ機銃2丁と、なかなか強力であり、機体の運動性能も良好と聞いている。
ただ、搭載する爆弾の量はあまり多くは無く、米軍機と比べれば、対地攻撃力は劣っていた。
とはいえ、ビーラーは機体に爆弾とロケット弾を搭載しており、それなりの働きは見せてくれるであろうと、ブラントは思った。
20機程のビーラーは、戦車部隊の真上を低空で通り抜けた後、思い思いの目標に向けて一斉に襲い掛かった。
ビーラーは、ロケット弾や小型爆弾を投下し、キリラルブスを1台、また1台と炎上させていく。
爆弾、ロケット弾を使い果たしたビーラーは、それでも飽き足らぬとばかりに、23ミリ機銃、7.62ミリ機銃を撃ちまくる。
ビーラーの猛攻は、第47戦車大隊や、第72駆逐戦車大隊を苦しめていた未知のキリラルブスにも及ぶ。
正面の防御はなかなかの物であった未知のキリラルブスも、上面装甲はこれまで同様薄いようであり、ビーラーの23ミリ弾を受けて
擱坐するキリラルブスが続出した。
とあるビーラーは、何故かナパーム弾を搭載しており、これらは戦車戦に勤しんでいたキリラルブスの後方に居た、兵員輸送型のキリラルブスの
一隊を見つけるや、すかさずナパーム弾を投下して少なからぬ数の兵員を、キリラルブス諸共火葬にした。
ビーラー隊は戦場に現れてから10分程の間、派手に暴れ回った。
目の前で戦車戦を繰り広げていた敵キリラルブス隊が、あっという間に大混乱に陥る様を見て、ブラント大佐はビーラー隊の凄まじい暴れ様に
あんぐりと口を開けた。
「たまげたなぁ……」
彼は一言呟いたが、同時に、カレアント軍の航空支援に深く感謝していた。
「こちらはヴォリスラク少佐です。ブラント大佐、聞こえますか?」
「ああ、聞こえるぞ。」
ブラントは、レシーバーに響く若い声に返事を送った。
「搭載して来た爆弾、機銃弾を全て使い果たしたので、我々は引き上げさせて貰います。大佐、ご武運を祈ります。」
「わかった、支援に感謝する。こちらこそ、君達が無事に基地に戻れる事を祈っているよ。」
彼はそう言ってから、無線機のスイッチを切った。
眼前の敵キリラルブス集団は、突然の空襲で動きに統制を欠いていた。
(今の内に突っ込めば、敵を蹴散らせるかも知れん)
そう確信したブラントは、すぐに命令を伝えようとした。
だが、その矢先に、レシーバーに新たな声が響いて来た。
「こちらVMF-712指揮官機、陸軍の前線指揮官へ、聞こえるか!?」
「……こちら第6機甲師団CCA指揮官のブラント大佐だ。そちらの声は聞こえているぞ。」
「自分はVMF-712指揮官のマリオン・カール中佐です。第1海兵航空団司令部より命令を受けて飛んで来ました!」
「OK。味方が多いのはいい事だ。君達が乗っている機はコルセアかね?」
「ええ。自分の他に、F4Uが30機ほど付いて生きています。5インチロケット弾と500ポンド爆弾、あるいはナパーム弾を搭載しています。」
ブラント大佐は、思わずシホールアンル側に同情したくなった。
だが、その思いはすぐに消え失せ、彼は海兵隊のコルセア隊に向けて攻撃目標を指示して行った。
午後4時50分 バルクロスヴィ
ミスリアル軍第12機械化歩兵師団は、午後2時40分から味方の航空支援を受けながら、敵の防御陣地に対して攻撃を行った。
敵陣は猛烈な抵抗で第12師団を1時間ほど食い止めたが、結局は、ミスリアル軍第29飛行隊のF4Uコルセア28機と、
アメリカ軍第3航空軍所属のP-47、B-25の戦爆連合180機の支援のお陰で敵陣突破に成功し、アメリカ軍との合流を目指すべく、
一路西へ向けて驀進した。
時間が午後5時まであと10分まで迫った時、第12師団の先鋒を務めていた第54機甲歩兵連隊は、ヴォサミロスから西に18キロ離れた
バルクロスヴィの辺りで急に停止した。
ヘストラウス大佐は、指揮車であるハーフトラックのキャビンから顔を出し、双眼鏡で前方に見える不審な一団を注視した。
(キリラルブス……では、無いね。あれはどう見ても、見慣れた戦車や装甲車だ)
2キロ程の平原を隔てて見えるその集団は停止しており、何ら行動を起こす様子は見受けられないが、姿形からして、シホールアンル軍で無い事は
明らかだった。
「連隊長、師団長より通信です。」
ヘストラウスはマイクを受け取ると、スイッチを入れてラーバレイン少将と話し始めた。
「こちらヘストラウス。」
「ネリィゼ、そっちでも見えてるか?」
「ええ。見えています。恐らくは味方かもしれませんが……念のため、敵味方識別の信号弾を撃ち上げてみますか?」
「ああ。やってくれ。」
ラーバレイン少将は素っ気ない口調で許可した。
頷いた彼女は、部下から信号拳銃を受け取り、上空に向けた。
甲高い発射音が成った後、信号弾が宙高く撃ち上がった。
それから3秒後……2キロ先の集団からも、彼女に習うように信号弾を撃ち上げた。
その瞬間、ヘストラウスは、その集団が味方である事を確信し、すぐにマイクのスイッチを入れた。
「師団長。味方です!」
「よし、すぐに合流だ。あちらさんも待っているぞ!」
「了解!」
ヘストラウスは指示を受け取るなり、連隊に前進を命じた。
連隊の戦車やハーフトラックが、楔形隊形を維持したまま前進を再開する。
程無くして、第54機甲歩兵連隊は、アメリカ軍前進部隊との合流を果たした。
米軍部隊の近くに車を寄せたヘストラウスは、運転手に停止を命じた後、キャビンから降り、ハーフトラックの前でこちらを見つめている
アメリカ軍将校の前まで歩み寄った。
彼女は、ヘルメットを被ったアメリカ軍将校に見事な敬礼を送る。
米軍将校も背筋を伸ばして、彼女に答礼した。
「第12機械化歩兵師団第54機甲連隊長、ネリィゼ・ヘストラウス大佐です。」
「第6機甲師団A戦闘団指揮官、ティルクス・ブラント大佐と申します。」
2人は手を下げると、互いに目を合わせたまま、固い握手を交わした。
シホールアンル軍第92軍と第84軍は、この日の午後5時前にアメリカ軍第4軍とミスリアル軍第1軍によって包囲された。
包囲網の中には7個師団、6個旅団並びに、後方支援部隊の将兵、計15万人がおり、これらの将兵が完全に包囲されたと気付いたのは、
それから5時間後の事であった。
7月31日 午前7時 レスタン民主国レーミア港
レーミア湾は、無数の艦船で埋め尽くされていた。
この大量の艦船は主にリバティ船で構成される兵員輸送船と、戦車などの装甲車両やトラック、ジープといった快速車両を運ぶLST(戦車揚陸艦)
やLSM(中型揚陸艦)、それを護衛する40隻以上の駆逐艦、護衛駆逐艦、護衛空母で編成されていた。
レーミア港には、桟橋に接岸したLSTや輸送船に乗り組む第3、第4海兵師団の将兵姿がある。
兵員搭乗や物資の積み込みは滞りなく行われており、この日のは正午までには、一昨日から続けられたこの作業はひとまず区切りを迎えた。
そして午後2時。再び将兵の登場や、装甲車両、必要物資の積み込みが始まった。
最初に搭乗を開始した部隊は、自由ヒーレリ第1機甲師団であった。
1485年(1945年)7月30日 午後2時 ヒーレリ領ヴォサミロス
ミスリアル軍第12機械化歩兵師団は、30日の午後2時頃には、ヒーレリ領境から30キロほど北西にある
ヴォサミロスと言う名の村に到達していた。
第12機械化歩兵師団第54機甲歩兵連隊指揮官を務めるネリィゼ・ヘストラウス大佐は、援護の戦車部隊が
到達するまでこのヴォサミロス村で待機を続けていた。
「連隊長!師団長閣下お見えになりました!」
指揮車両の中で地図を見つめていた彼女は、若いエルフの兵からそう伝えられると、浅黒い肌に浮かんでいた汗を拭いさり、
やや乱れていた長い銀髪をそそくさと整えながら、乗っていたハーフトラックから降りる。
程無くして、1台のM8グレイハウンドがエンジンを上げながら、彼女の目の前で停止した。
「敬礼!」
ヘストラウス大佐は凛とした声音を発し、装甲車から降りて来た人物に向けて敬礼を送る。
ミスリアル軍正式のベレー帽を被ったエルフの男性は、無表情のまま答礼した。
「ご苦労。状況はどうなっている?」
第12機械化歩兵師団長クランスト・ラーバレイン少将の問いに、ヘストラウス大佐は淀みなく答える。
「我が連隊は30分前にこのヴォサミロスに到達後、待機を続けています。我が連隊の前方には、キリラルブスと思しき
機動兵力を有する敵部隊が布陣しています。今の所、我々に向けて攻撃や、砲撃を仕掛けて来る様子はありません。」
「規模はどれぐらいだ?」
「大雑把ですが……約2個連隊はいる者と思われます。」
彼女は、隣に立っていた従兵に、地図を持って来るように言い付ける。
従兵は早足でハーフトラックの中に駆け込み、中に入ってから地図を掴む。
地図を取り、トラックのキャビンから降りた従兵は、持っていたそれを彼女に手渡した。
「20分ほど前に出した斥候からは、10門ほどの対戦車野砲が巧みに隠匿された状態で配備されているとの報告が入っています。
図に示すとこのような感じです。」
ラーバレインは、地図に予め記されていた敵の方の配置図を見つめる。
敵の砲は、5つずつが大きく左右に別れる様な形で配置されており、その真ん中にはわざとらしく開けられた道がある。
「これは典型的な対戦車陣地だな。」
「似たような陣地が、ここからすぐ北の方にもあります。南には、地図には無い丘陵地帯があるため、そこから突撃するのは難しいでしょう。」
「現在、我が師団は同僚部隊である第2親衛戦車師団と共に、敵軍の後方に回り込む形で進撃している。後方はグレンキア軍自慢の装甲擲弾兵師団が
しっかり抑えてくれているから安心だが……西海岸地区から突破して来たと言われている米軍の進出が遅れているのが問題だな。連中が上手く
進む事が出来れば、ヒーレリ領境西部でもたついている敵の大軍を丸ごと包囲出来るんだが。」
「攻撃開始はいつにしますか?」
ラーバレイン少将は唸りながら、自らの指揮下にある部隊では、敵の強固な防御陣地を破るのはやや難しいと思った。
(いや、強引に行けば必ず突破は出来るはず。10分後には、師団直轄の戦車大隊も来る。だが、こっちが殴りかかってくれば、あちらも猛然と
反撃してくるだろう。あそこは、窮地に陥っている敵軍の唯一の脱出路だ。迂闊に飛び込んで行っては、とんでもない損害を受けるかも知れない。)
彼はそう考えたあと、地図の一点を叩いた。
「ここにアメリカ軍が進出すれば、あそこの陣地の敵を左右から挟み撃ちに出来る。あそこを突破して向こう側のアメリカ軍と合流すれば、
包囲網は完成するだろう。あと、それから……航空支援を要請すれば、敵を空から叩く事が出来る。敵陣の戦力をある程度削いでから突撃しても
遅くは無いだろう。連隊長、攻撃はすぐには行わず、しばらくは様子を見よう。」
「は……ですが、戦車大隊が到達すれば、後は自力でもあそこを突き崩せると思いますが。」
「申し訳ないが、君達の部隊は、一昨日の作戦開始から今日まで全くと言っていいほど休んでいない。私が聞いた所では、君も、家から持って
来た愛用の弓で敵兵を何人か黙らしたそうだな?」
「は、はぁ。何分、昔のやり方で戦うのは久しぶりでしたので。」
「で、それからハーフトラックに乗って2日近く休み無しだ。ここで休んでおかないと、後が持たんぞ。」
「では……」
「今から少し休憩にしよう。軍団長には私が話を付けておく。」
同日午後4時 レスタン領ヴェストリアク
アメリカ陸軍第4軍に所属する第30軍団は、領境から北北東に28キロ離れたヴェストリアクの村で、シホールアンル軍部隊と交戦を行っていた。
交戦を行っているのは、第30軍団所属の第6機甲師団A戦闘団(CCA)と第9歩兵師団の一部である。
CCAの指揮は、ティルクス・ブラント大佐が執っており、指揮車両の中から指揮下の部隊の戦闘を見守っていた。
「11時方向にキリラルブス!距離700!」
「駆逐戦車大隊、敵キリラルブスに発砲を開始!敵1台撃破!」
「こちらリークスナークより戦闘団司令部へ!敵歩兵多数が接近中!」
ブラント大佐は無線のマイクを握り、第38機甲歩兵大隊の指揮官に返事を送る。
「こちら戦闘団本部。敵歩兵が近付く前に歩兵をハーフトラックから降ろし、迫撃砲と機銃で足止めしろ。オーヴァー!」
「ブレース・メーヴェルより戦闘団本部へ!敵のキリラルブスの数が多い!航空支援を要請したい!」
「こちら本部。了解した。これから航空支援を呼ぶ。君達はそれまで現地点を死守し、航空攻撃が終わった後は、一気に敵を畳みかけろ!」
「了解!空軍サンに誤爆しないように注意しといてください!」
「OK!俺からキツく言っとくぞ!」
ブラント大佐はハーフトラックの空いた天井から戦域を見つつ、無線機の周波数を切り替えて、上空で待機している筈の航空部隊に連絡を繋いだ。
「こちらルーニースティックよりダークプロイへ、聞こえるか?」
「こちらダークプロイ。感度良好だ。」
「早速だが一仕事頼む。俺達の戦車部隊から700メートルほど手前にシホット共のキリラルブスが後から湧いて出て来てやがる。
あんたらはその厄介者を叩いて欲しい。うちの戦車が発煙弾を焚く。そこから北東方面の方を爆撃してくれ。」
「了解!すぐに駆け付けますぜ!」
ダークプロイというコードネームを付けられた航空隊の指揮官機は、陽気な声音で言いながら無線を切った。
「こちら戦闘団本部。ティッカー、今から空の助っ人が向かって来る。お前達は敵を迎撃しつつ、敵との間に赤の発煙弾を打ち込め。」
「了解。すぐにやります!」
返事と共に、敵に最も近い位置に居るパーシングから発煙弾が撃ち込まれる。
発煙弾は、地面に着弾した直後から煙を吐き出した。
「おっ、来たぞ……」
ブラント大佐は、耳に響き始めた爆音を聞き、その方角に顔を向けた。
彼の指揮車の背後から、20機ほどの単発機が向かって来る。
すっかり馴染みとなったP-47は、そのずんぐりとした機体から猛々しいエンジン音を発しながら、猛速で戦車部隊の前方に立ちはだかる
キリラルブスに向かって突進して行った。
「こちらダークプロイリーダー!敵を視認した、これより攻撃に移る!」
「OK!派手にやってくれ!」
ブラント大佐はけしかけるような口調で相槌を打った。
先頭のP-47は、高度50メートル以下の超低空まで降下し、戦車部隊の頭上を通り抜けた直後、両翼の12.7ミリ機銃を狙った
キリラルブスにひとしきり加え、タイミングを見計らって両翼に下げていた500ポンド爆弾2発を投下した。
爆弾はキリラルブスの右と左右に着弾し、大音響と共に大量の土砂を跳ね上げた。
爆発に巻き込まれたキリラルブスは、5メートルほど飛びあがった。
続いて2番機、3番機と、P-47は次々と爆弾を投下して行く。
攻撃を仕掛けるP-47の中には、ロケット弾を撃ち込む機もあった。
P-47が放ったロケット弾のうち、1発がキリラルブスの体の背中に命中する。
瞬発弾であるロケット弾は、キリラルブスの上面装甲板を突き破る事は出来なかったが、それでも爆発エネルギーは装甲板をぶち抜き、
爆風と破片で内部の兵員を殺傷した。
P-47の猛爆の前に、遮二無二前進を続けていたキリラルブス群の動きがぱたりと止まる。
対空型のキリラルブスが連装式の対空魔道銃で応戦する。
1機のP-47が、この対空魔道銃の不意打ちを受けて撃墜されたが、別のP-47がロケット弾を叩き付けて、この対空キリラルブスを爆砕した。
P-47の集団はひとしきり暴れ回った後、意気揚々と引き上げて行った。
「本部へ、こちらブレース・メーヴェル。敵はP-47の爆撃で隊形を崩している。今の内に前進の許可を!」
ブラント大佐はハーフトラックの天井から顔を出し、双眼鏡で前線の様子を見つめる。
P-47は派手に暴れ回ったのか、第42戦車大隊(ブレース・メーヴェル)の前方に多数黒煙が上がっている。
黒煙の数は、少なめに見ても10は下らない。
(さっきの連中は、キリラルブスを最低で10台程は吹き飛ばしたようだな)
ブラント大佐は頷くと、進撃を快諾した。
「こちら本部。進撃を許可する。シホット共に90ミリをたっぷりと浴びせてやれ。」
ブラント大佐の許可が下りるや否や、第42戦車大隊のM26パーシング43両は、楔形隊形を維持したまま動き出した。
ブラント大佐の所属する第6機甲師団は、第40戦車大隊を始めとする6個戦車大隊と、第38機甲歩兵大隊を始めとする
3個機甲歩兵大隊(ハーフトラック装備の機械化歩兵)、2個駆逐戦車大隊を主力に編成されている。
第6機甲師団は、この主力部隊を2個の戦闘団、1個の予備戦闘団に分けて作戦を行っており、ブラント大佐は、第42、44戦車大隊、
第38機甲歩兵連隊、第73駆逐戦車大隊に、1個工兵中隊と1個自走砲中隊を与えられていた。
ブラントのCCAは、1時間前からシホールアンル軍の有力な部隊と交戦を開始しており、この戦闘で、それまで順調で
あった進撃に遅れが生じていた。だが、その遅れも、航空支援のお陰でなんとか取り返せるだろうと、彼は考えていた。
「4時間前に送られてきた偵察機の情報では、北東方面からキリラルブスの大群が向かっているとあったが、
今俺達が戦っている相手は、その大群かも知れんな。」
ブラントはそう呟きながら、戦車部隊の前進を見つめ続けた。
前進を開始した味方戦車の周囲に、キリラルブスが放ったと思しき砲弾が着弾する。
爆発と共に土砂が噴き上げられるが、パーシングはそれを気にしていないとばかりに、90ミリ砲を放つ。
それからやや間を置いて、戦車部隊から幾らか離れた前方で、派手に火炎が噴き上がった。
パーシングの砲撃が、不運なキリラルブスを撃破したのであろう。
第33石甲軍第10石甲軍団に所属している第28石甲師団は、ヒーレリ領境の西側に布陣している2個軍の危機を救うため、
第19石甲化機動歩兵旅団と共にヴェストリアクへ急行し、そこで展開していたアメリカ軍機甲師団と戦闘を開始したが、
戦力面ではシホールアンル側が有利であるにもかかわらず、戦況は芳しくなかった。
第28石甲師団第79石甲連隊第3大隊は、第2、第1大隊と共に米軍戦車部隊と戦闘を行っている時に、敵航空部隊の空襲を受け、
大損害を受けていた。
空襲の損害は大きく、第2大隊だけでも通常型(長砲身砲装備済み)キリラルブス4台と対空用キリラルブス1台、
歩兵搭載用キリラルブス2台を失っていた。
「大隊長!パーシングが向かって来ます!距離300グレル!」
第2大隊長ポヤル・ムルスヌ少佐は、狼狽する砲手の声に苛立ちながら、台長席の監視口から敵を見つめる。
「怯むな!備砲を撃ちまくれ!距離はさほど離れていないから、ヤツにもダメージは与えられる筈だ!」
ムルスヌ少佐は若干声を上ずらせながら砲手に指示を飛ばす。
大きな発砲音が鳴り、固いゴーレムの体が振動で揺れる。
キリラルブスの砲弾は、敵戦車の前方に落下して爆発した。
「馬鹿者!よく狙って撃て!」
「りょ、了解です!」
ムルスヌ少佐は砲手に檄を飛ばした。砲手は先程よりも声を上ずらせながら返事をする。
(畜生!ここ最近、負けが込み過ぎたせいで、大隊長の専用台にまで畑違いの兵隊をぶち込みやがる。その結果がこれだ!)
ムルスヌは、やり場の無い怒りを感じていた。
ムルスヌ少佐は、過去に幾度となく米軍の機甲師団と戦ってきた経験を持つベテラン指揮官だが、彼に与えられた石甲大隊は、
彼から見てみれば、お世辞にも良いとは言えぬレベルの錬度だった。
将兵の大半は、実戦を経験していない新兵である。
それだけでも頭痛物であったが、もっとも頭に来たのは、それ以外に暗殺専門の訓練を受けて来た者や、いかがわしい施設で行ってきた
訓練教官といった他分野の“専門家”がこれでもかとばかりに混じっていた事である。
個人個人の成績は、一応優秀であり、これらの“専門家”達は、新兵と比べて覚えるのも早く、戦力としてはなんとか期待出来た、筈であった。
だが、それらの補充兵達も、対米戦に関しては全くの素人であり、いざ前線に出てみると、それぞれの経験不足が嫌と言うほど目に付いた。
この大隊長専用台の砲手からして、元は機密の特殊訓練施設で訓練兵をしごき上げてきた元教官である。
この砲手、確かに腕は良いのだが、今では初めて体験する“機甲戦”に、すっかり舞い上がっていた。
(畜生!いくら覚えが良くても、所詮は“初心者”と言う事に変わらない……か!)
ムルスヌは歯を強く噛みしめた。
「相手を訓練所に居た小生意気なガキだと思え!そいつをいつもの要領でしごくようにやるんだ!」
「は、はい!」
彼は砲手の肩を叩きながらそう言う。
キリラルブスが再び砲撃を行う。ドン!という鈍い発射音が石造りの体を揺さぶった。
砲弾は、パーシング戦車の履帯部分に命中し、爆炎を噴き上げる。
「やった、命中だ!!」
砲手が喜びの余り、声を大きくして叫ぶ。
「馬鹿野郎!気を抜くな!」
ムルヌスは即座に怒鳴り声を上げる。
「パーシングはこれだけでは参ってくれんぞ。さっさと次をお見舞いしてやれ!」
「了解です!」
彼の命令を受け取った砲手は、装填手が砲弾を込めるのを確認した後、すぐに第2撃を放った。
砲弾は、パーシングの砲塔と車体の繋ぎ目部分に命中した。
爆発が起こり、パーシングの車体が黒煙に包まれる。しばし間を置いて、黒煙が晴れた。
パーシングは、被弾前と何ら変わらぬ姿を見せていたが、様子が少し違った。
「お、敵戦車が停止した……む、引き返して行くぞ!」
ムルスヌは、砲塔基部に命中弾を受けたパーシングが、隊列から慌てふためくように離脱して行く様子を見て、微かに頬を緩ませた。
「よくやった!敵戦車が1両逃げて行ったぞ!」
その直後、すぐ後ろで強烈な爆発音が鳴り響いた。
爆発の規模はなかなかに大きく、衝撃が彼のキリラルブスをびりびりと揺さぶる。
「大隊長!味方のキリラルブスが破壊されました!」
「ク……了解!」
ムルスヌは込み上げる悔しさを無理矢理押し殺して、指揮を執り続ける。
「第2、第3中隊が側面に回ってパーシングの横合いを突けば、何とかなる筈。数はこっちが多いからな!」
現在、この戦域に投入されているキリラルブスは、4個石甲連隊計400台以上。一方のアメリカ軍は、戦車の総数が100台程度とかなり少ない。
質では米軍のパーシング戦車に敵わないが、数ではシホールアンル側が勝っている。
増援が来る前に、この敵戦車部隊を叩きのめす事が出来れば、敵の前進を阻止でき、敵が停止している間に、包囲の危機にある2個軍が脱出できれば、
10万名以上の兵員が包囲殲滅の危機から脱する事ができ、戦線の大崩壊という最悪の事態を避けられる。
(いかなる犠牲を払ってでも、米侵攻軍を撃退せよ……か。果たして、わが石甲師団の戦力は、この戦いが終わった後、どれ程まで残っているのだろうか。)
「こちら第2中隊!これより敵前進部隊の側面を突きます!」
物思いに耽る暇もなく、第2中隊指揮官から魔法通信が飛び込んで来る。
「こちら第3中隊!今から敵の側面に突っ込みます!敵は側面の守りにシャーマン戦車を置いているようです!」
「了解!心してかかれ!」
ムルスヌはそう言いながらも、シャーマン戦車とならなんとか互角に戦えるだろうと思っていた。
だが、その直後……
「だ、大隊長!敵戦車の主砲が……」
唐突に、第2中隊指揮官から悲鳴用の様な報告が入ったと見るや、唐突に魔法通信が途切れてしまった。
(第2中隊は、最新型のキリラルブス……主砲の口径のみならず、装甲も強化された数少ない新式の筈だが、一体、何があった?)
第73駆逐戦車大隊は、側面を突こうとしていたキリラルブス……それも、今までの物とはどこかごつく感じる、怪しい敵に対して主砲を放っていた。
「はいよ。まずは1台目だな!」
第73駆逐戦車大隊指揮官であるジェルス・クラウストン中佐は、上機嫌でそう言い放った。
クラウストンの率いる駆逐戦車大隊は、M36ジャクソン駆逐戦車を装備していた。
M36ジャクソンは、M10ウルヴァリン駆逐戦車の発展型として製造された駆逐戦車で、1945年2月から前線部隊に配備され始めた。
第6機甲師団では、5月からM36の受領が始まり、7月までには、師団に在籍している第73、第79大隊全てがこのM36へ更新を終えていた。
それまで使用していたM10駆逐戦車は、後方で整備を終えた後、同盟軍の部隊に分散して供与されており、一部のM10は、この夏の目覚め作戦に
参加しているグレンキア軍装甲擲弾兵師団へ渡り、前線で広く使用されていると言う。
「次行くぞ!」
「了解!」
大隊長車の戦車長も兼ねているクラウストン中佐は、別のキリラルブスに狙いを付けるように指示を飛ばしつつ、大隊全体の指揮も執り続ける。
「大隊長車より全車へ。シホット共は俺達を突破して陣形の中のハーフトラックを狙うつもりだ。なんとしてでもここで食い止めろ!
第1中隊、第2中隊は目標の敵キリラルブスを片付けたら別の敵の警戒。第3中隊はパーシング大隊の援護に回れ。」
クラウストンは指示を飛ばしながら、突進を続けるキリラルブスに対して、何らかの違和感を抱いていた。
(あのキリラルブス、よく見たら妙に角張っているぞ。それに、砲身もどこか大きい。もしかして……新型か?)
クラウストンは心中で呟く。
彼の疑念を拭き晴らすかのように、自ら指揮している駆逐戦車が新たに砲弾を撃ち放つ。
90ミリ砲の発砲音は、今まで75ミリ砲のそれに慣れていたクラウストンにとっては、一際重々しく感じる。
砲弾は、前進しているキリラルブスを飛び越えて、やや後方で着弾した。
「もう少し前を狙え!」
クラウストンは砲手にそう命じながら、吹きさらしの天蓋から顔を出す。
目標にしていた、ややごついキリラルブスが停止し、砲弾を放って来た。
その瞬間、右隣に布陣していた味方の駆逐戦車が被弾し、爆炎と破片を噴き上げた。
「やられた!だ、脱出する!」
無線機に慌てふためいたような声が響いた後、被弾したジャクソンから乗員が飛び出して行く。
味方の駆逐戦車は砲塔をキリラルブスに回し、次々と備砲を撃つ。
クラウストン車も新たに砲弾を放った。
今度は、敵キリラルブスの台形状の体に命中し、爆炎を上げた。
これが致命弾となったのか、キリラルブスは白煙を噴き上げながら、前脚をへたれ込ませる。
そのキリラルブスから乗員と思しき敵兵が脱出する様も見て取れた。
その時になって、クラウストンは更なる異変に気が付いた。
「確か、体の真正面にぶち当てて撃破した筈だが……珍しく、原形を留めているな。」
これは意外だとばかりに彼は呟く。
撃破されたキリラルブスのすぐ右斜めに居たキリラルブスが、味方戦車の砲弾を食らった。
このキリラルブスは搭載弾薬の誘爆を起こし、派手に吹き飛んだ。
更に別のキリラルブスも被弾し、戦闘不能に陥って行く。
だが、珍しい事に、撃破されたキリラルブスの半数は、弾薬の誘爆を起こして派手に吹き飛ぶという事は無かった。
キリラルブスが次々と撃破されていく一方で、味方の駆逐戦車にも被害が続出して行く。
7台目のキリラルブスが白煙を噴き上げながら停止した時には、クラウストンの指揮下の駆逐戦車大隊は、5両を撃破されていた。
「まずいな。こっちの被害も無視できんぞ。」
クラウストンは、味方駆逐戦車大隊の損害続出に内心、焦りを感じ始めていた。
だが、その時、
「戦闘団本部へ全車に告ぐ!たった今、CCBが前線に到着した!この他に、CCR(予備戦闘団)もCCBの後に次いで前線に来る予定だ!」
「おお、増援が来るとは。これはありがたい!」
クラウストンは、タイミングを見計らったかのような味方の増援を素直に喜んだ。
CCAは、戦車、駆逐戦車合わせて100両を有していたが、敵はCCAの倍以上のキリラルブスを投入して、数で圧倒しようとしていた。
そこにCCBとCCRが増援としてやって来たのだ。
この2日間の戦闘で、第6機甲師団の戦車、駆逐戦車は幾らか損耗している物の、総計で250両以上の戦力を有している。
このうち、CCAの2個戦車大隊はパーシングを装備しており、CCBの基幹である2個戦車大隊のうち、第45戦車大隊は
パーシングの更新が成っている。
CCBのもう1個の方の戦車大隊はシャーマン戦車だが、こちらはまだ新しいイージーエイト(A3E8型)であるため、
敵のキリラルブスとも互角に戦えるであろう。
程なくして、CCBの2個戦車大隊のうちの1隊が、クラウストン大隊の左側に展開して、キリラルブスと戦闘を開始した。
「第47大隊の奴らだな。」
クラウストンは、すっかり見慣れたM4シャーマン戦車が、敵キリラルブスへ砲撃を行う様を頼もしげに見つめる。
「こっちも連中に負けてられんぞ!砲の大きさではこっちがデカイ分、派手に暴れられる事を証明してやれ!」
彼は大隊の全車に、荒っぽい口調で命令を発した。
指揮車の主砲が唸る。この砲弾は、狙ったキリラルブスの右側の前脚と後ろ脚を刈り取った。
目標の右側部分から白煙が噴き上がったと思うと、ごつごつした……それでいながら、妙に傾斜のついているキリラルブスの体が右側に落ち込んだ。
そのキリラルブスは、右側に大きく傾斜したまま停止している。
目標が既に戦闘不能に陥った事は、一目瞭然だ。
「無様だな、シホット。」
クラウストンは、醜態を晒してしまった敵に容赦の無い一言を加えつつ、そのすぐ後方に居るキリラルブスに狙いを付けさせる。
戦場は互いの砲弾の弾着と、被弾した戦車やキリラルブスから噴き上がる煙のせいで、視界がやや悪くなっていた。
「照準よし!」
「装填よし!」
砲手と装填手が報告を知らせて来る。クラウストンは射撃を命じようとした。
ふと、彼は奇妙な光景を目の当たりにした。
キリラルブスの台形状の体から、一瞬、火花らしき物が飛び散った。
(……何だ?)
クラウストンは怪訝な表情を浮かべるも、すぐに指示を飛ばした。
「撃て!」
彼の命令が下った直後、90ミリ砲が咆哮する。
砲弾が着弾する寸前、敵もクラウストン車目掛けて備砲を放って来た。
目標のキリラルブスに砲弾が命中する。敵キリラルブスは真正面に破孔を穿たれた後、派手に火焔を噴き上げた。
「また1両撃破だ!」
クラウストンが更なる戦果に頬を緩めた時、敵弾が至近で炸裂し、大量の土砂が噴き上がった。
衝撃で車体が揺れると同時に、宙に舞った土砂が、天蓋の無い車内に落ちて来る。
「クソ!敵もやりやがる!」
クラウストンは罵声をあげつつ、頭や体に降りかかった土を手で跳ねのける。
「気を取り直して……砲手!次行くぞ!」
「了解!」
彼はひょっこりと顔を出してから、双眼鏡で次の目標を探す。
撃破したキリラルブスのやや後ろで、側面を向けている敵を見つけた。クラウストンは、次の目標をそのキリラルブスに決めた。
「砲手!燃えている敵の後ろで側面を晒している奴が居る。見えるか?」
「ええ、バッチリ見えます!」
「そいつを狙え!丁度いい、奴は停止しているぞ。」
クラウストンは鋭い目付きで目標を睨み付けながら、照準よしの言葉が聞こえるのを待った。
目標のキリラルブスが主砲を放った。どうやら、相手は第47大隊のシャーマン戦車を狙っているようだ。
「急げ!ヤツは味方を狙っている!」
「照準よし!」
クラウストンの催促に、砲手はすかさず答える。それを待っていたクラウストンは、素早く命じた。
「撃て!」
クラウストンの命令と共に、90ミリ砲がまたもや唸る。
ふと、やや遠くで爆裂音が響いた。音の方向からして、第47大隊が居る辺りだ。
(……味方がやられたか!)
クラウストンは、射撃の遅れで味方に犠牲が出てしまったと後悔したが、すぐにそれを振り払って、眼前の敵を撃破する事だけに集中する。
砲弾は、キリラルブスの左側面に命中した。
90ミリ砲弾はキリラルブスの石の体を突き破り、内部で炸裂。その時、内部搭載されていた多数の予備弾薬も誘爆し、ド派手に火焔と
石の破片を噴き上げた。
「命中、いい腕だ!」
彼は砲手を褒めながら、次の目標を探そうとした。
その直後、彼の戦車は激しい衝撃に襲われた。
「!?」
突然の衝撃に、クラウストンは目を丸くする。余りにも強い衝撃のため、彼は背中を強打してしまった。
「……!……!!」
激しい痛みが背中から伝わり、視界がぼやけてくる。
彼の鼻に、何かが燃える匂いが伝わって来る。
「……長……ぃ長……」
意識が薄れかけてきた。耳に何かが聞こえて来るが、余りにも小さすぎて何を言っているの分からない。
「……ぁい長……大隊長!!」
唐突に、大きな声が耳に響き、クラウストンはハッとなった。
「……背中が……と、それよりも」
クラウストンは背中の痛みに耐えながら、自分に起きている状況を確かめた。
「さっきの衝撃は、やはり。」
「ええ、敵弾を食らっています!そのせいで無線機もぶっ壊れちまいました!内部は大丈夫ですが、足回りが完全にやられています。すぐに脱出を!」
「わかった。携帯無線機を持ってさっさとずらかろう!」
クラウストンはそう言ってから、ハッチから素早く身を乗り出した。
この時、彼は、左側面の履帯部分から濛々と煙が上がっているのを確認した。
キャタピラは被弾の影響で千切れており、カバー部分が無残にもまくれ上がっている。
クラウストン車は完全に走行不能に陥っていた。
CCA本部には、駆逐戦車大隊A中隊指揮官から、
「大隊長車被弾!」
という声が無線で流れた瞬間、ブラント大佐は大隊長のクラウストンが戦死したのかと思った。
「何?クラウストンがやられたのか!?」
「はっ、どうやらそうらしいです。」
「こちら戦闘団本部。駆逐戦車隊A中隊指揮官へ。クラウストンは脱出したか?」
ブラントはすかさず、無線でクラウストンの安否を確かめた。
もし戦死したのなら、誰かに指揮を執らせなければならない。
「……本部へ!こちらA中隊指揮官。クラウストン中佐は生きています!今、戦車から脱出している所です。」
「指揮車から出て来ていると言う事は、ひとまずは生きているようだな。戦車は駄目になったようだが。」
「本部へ。たった今、クラウストン大隊長から一時的に、自分が大隊の指揮へ取れと命ぜられました。これより、自分が大隊の
指揮を引き継ぎます。」
「了解!敵キリラルブスはまだうじゃうじゃ居る。今新たに航空支援を要請した所だ。それに、他の師団からの増援も来る。ここで敵の
攻勢を凌げれば、あとは俺達の勝ちだ。もう少し粘ってくれ!」
「わかりました!」
ブラントは威勢のいい返事を聞いた後、無線機のマイクを切った。
その直後、無線機から新たな声が響いて来た。
「こちらカレアント軍航空支援隊。現場指揮官は居るか?」
(カレアント軍?)
ブラントは、思わぬ言葉に首を傾げたが、体は自然に反応していた。
マイクを握ったブラントは、その声の主に答えた。
「こちら第6機甲師団A戦闘団指揮官のブラント大佐だ。」
「おお、あなたが指揮官か。私はカレアント軍第23戦闘飛行団のヴォリスラク少佐です。支援要請を受けてそちらに向かっている途中です。
今、状況はどうなっていますか?」
「あまり良いとは言えん。シホット共は、ありったけのキリラルブスを投入して俺達に突っかかって来ている。あと何分ぐらいで来れそうだ?」
「あと10分程はかかります。」
「10分か……」
ブラントは眉をひそめた。
第6機甲師団の装甲戦力は、ほぼ全てがこの戦域に投入されているが、シホールアンル側のキリラルブスはそれ以上に居るため、
各戦車大隊は多くのキリラルブスを破壊しながらも、次第に損害が増え始めている。
パーシング戦車を装備している第42戦車大隊は、34台のキリラルブスを破壊した代わりに、12両がキャタピラや砲塔基部等に損傷を受け、
戦闘不能に陥っている。
無論、敵を撃退できる自信はあるが、このままでは、第6機甲師団も大損害を負いかねない状況にあり、最悪の場合は戦力再編のため、
戦線離脱を余儀なくされるかもしれない。
受ける損害を少しでも軽くしたいと考えているブラントにとって、この10分と言う時間は、かなり長く感じた。
「いいだろう。その間、俺達は連中と殴り合いをやっとく。」
「我々も出来る限り急ぎます。何とか持ち堪えて下さい。」
「ああ。頼んだぞ!」
ブラントは、カレアント軍航空隊の来援に期待しつつ、目の前の戦闘に意識を集中させた。
第47戦車大隊第2中隊指揮官であるチン・ブレスリック大尉は、砲手に射撃を命じた。
52口径76.2ミリ砲が咆哮し、狙った敵キリラルブスの側面に砲弾が向かって行く。
やや間を置いて、敵キリラルブスの横腹のやや下の部分から閃光が発せられ、その直後には煙が噴き上がった。
キリラルブスは動きを止め、4本の脚をへたりこませた後、乗員が手慣れた動きで中から這い出てきた。
「側面ならなんとか行けるんだな。次は……」
ブレスリックはキューポラ向こう側に視線を注ぎ、次の目標を探していく。
唐突に、彼は自分達の戦車に正面を向けているキリラルブスを見つけた。その一際太い主砲は、彼の戦車に向けられている。
背筋に冷たい物を感じながら、彼は即座に口を開く。
「前進!敵が狙っているぞ!」
ブレスリックの緊迫した声に、操縦手が反応し、アクセルを踏み込む。
約30トンのシャーマン戦車は、弾かれたように動き出した。それと同時に、敵キリラルブスが砲弾を放った。
緊急発進してから約3秒後に、敵弾がブレスリック車のすぐ後ろで着弾する。
轟音と共に爆風がブレスリック車の後部部分を叩き、振動が車体を揺らした。
「停止!目標、3時方向の敵キリラルブス!距離800、照準急げ!」
シャーマン戦車が停止すると同時に、砲塔が敵キリラルブスに向けられて行く。
砲手が照準器越しにキリラルブスを見つけた時、敵は照準を修正するため、石の体を小刻みに動かしていた。
砲手は、その真正面に照準を合わせた。
彼は苦い表情を浮かべるが、内心に浮かんだ不快な気持ちを抑え込み、ブレスリックに報告する。
「照準よし!」
「ファイア!」
号令の直後、76.2ミリ砲が火を噴き、砲弾が敵キリラルブスに向けて、猛速で突っ込んで行く。
砲弾は過たず敵キリラルブスの正面に命中し………火花を散らしただけで終わった。
「クソ!また弾かれた!!」
砲手が腹立ち紛れに喚いた。
シャーマン戦車の放った76.2ミリ砲弾は、敵キリラルブスの“強固な装甲に弾かれた”のである。
ブレスリックは、部隊内では珍しい中国系アメリカ人の戦車隊指揮官としていくつもの戦線を渡り歩いてきた猛者であり、多少の事では
動じない自信があった。
だが、今の彼は、目の前に現れた強力な敵に対して、今までに築き上げてきた自信を無くしかけていた。
彼特有ののっぺりとした顔つきに、苦渋の色が広がる。
「正面を狙っても、ああなっては意味が無い。ここはやはり、敵に近付いて砲弾を浴びせた方がいいぞ。」
ブレスリックはそう言ってから、額の汗を拭った。
彼の中隊は、交戦開始前には14両の戦車(作戦開始時の敵陣突破の際、2両失っている)を有していたが、あのやたらに“固い”
キリラルブスと戦ってからは、稼働戦車は9両にまで落ち込んでいる。
実に5両の戦車が、あの未知のキリラルブスに撃破されたのだ。
この撃破された5両の戦車は、いずれもが全損判定を受けてもおかしくない損傷をうけている。
うち2両は搭載弾薬が誘爆して、乗員全員が戦死した。
それに対して、ブレスリックの中隊は3台を破壊し、2台に損傷を与えただけだ。
機甲戦で、キルレシオがシホールアンル側に有利に傾くと言う異様な事態であるが、ブレスリックの第47大隊は、パーシング戦車を
有する第45大隊と共に戦っているため、その差も埋められつつある。
とはいえ、長砲身キリラルブスが登場しても、真正面から撃ち勝って来たブレスリックにとって、この意外な敗北は予想以上に応えていた。
敵キリラルブスとの戦いは、その後も続いた。
ブレスリックの中隊は奮戦したが、またもや1両の戦車が撃破され、中隊戦力は8両にまで落ち込んでしまった。
「こちら大隊長へ各中隊長に告ぐ。我が大隊は、第45大隊と共に敵に肉薄し、一気に勝負を付ける!各中隊、前進せよ!」
「やっと突撃か!早く敵との距離を詰めなければ。」
ブレスリックは、焦りの滲んだ口調で呟く。
彼の中隊は、戦力が定数の半分にまで落ち込んでいる。
軍事上、戦力の半分を失った部隊は壊滅という判定を受ける。彼の中隊は、その点から見て、まさに壊滅状態に陥っていた。
これ以上の損害を減らすためにも、装甲貫徹力の増す400から200メートルの近距離での砲戦をやりたかった。
「中隊各車へ!これより、我が中隊は大隊命令に従い、敵キリラルブス隊に向けて突進する!各車は全速力で敵との距離」
「各車前進停止!」
突然、レシーバーに大隊長の声が響いた。
「味方の航空支援が到着した!各隊は航空攻撃が終わるまで動くな!」
この時、CCA本部では、ブラント大佐が上空に飛来して来た味方機を見るなり、ポカンと口を開けていた。
「あいつは……カレアント軍の新鋭機じゃないか。まさか、ビーラーが飛んで来るとは。」
ブラントはカレアント軍の航空支援がやって来たと聞いた時、思わず小躍りしたが、支援に来た機体が“あの新鋭機”とは、露ほども思っていなかった。
彼は、合衆国が供与したP-39や、P-63の来援を期待していた。
ところが、実際にやって来た支援機は、カレアントの国産戦闘機、KF-1ビーラーであった。
KF-1ビーラーは、カレアント軍がアメリカの技術支援を受けて開発した国産戦闘機である。
機体のサイズは思いのほか小さく、それでいて機体の形状はF6FやF4Fを思い起こさせるほど、ずんぐりとしている。
武装は、公式には23ミリ機銃2丁と7.62ミリ機銃2丁と、なかなか強力であり、機体の運動性能も良好と聞いている。
ただ、搭載する爆弾の量はあまり多くは無く、米軍機と比べれば、対地攻撃力は劣っていた。
とはいえ、ビーラーは機体に爆弾とロケット弾を搭載しており、それなりの働きは見せてくれるであろうと、ブラントは思った。
20機程のビーラーは、戦車部隊の真上を低空で通り抜けた後、思い思いの目標に向けて一斉に襲い掛かった。
ビーラーは、ロケット弾や小型爆弾を投下し、キリラルブスを1台、また1台と炎上させていく。
爆弾、ロケット弾を使い果たしたビーラーは、それでも飽き足らぬとばかりに、23ミリ機銃、7.62ミリ機銃を撃ちまくる。
ビーラーの猛攻は、第47戦車大隊や、第72駆逐戦車大隊を苦しめていた未知のキリラルブスにも及ぶ。
正面の防御はなかなかの物であった未知のキリラルブスも、上面装甲はこれまで同様薄いようであり、ビーラーの23ミリ弾を受けて
擱坐するキリラルブスが続出した。
とあるビーラーは、何故かナパーム弾を搭載しており、これらは戦車戦に勤しんでいたキリラルブスの後方に居た、兵員輸送型のキリラルブスの
一隊を見つけるや、すかさずナパーム弾を投下して少なからぬ数の兵員を、キリラルブス諸共火葬にした。
ビーラー隊は戦場に現れてから10分程の間、派手に暴れ回った。
目の前で戦車戦を繰り広げていた敵キリラルブス隊が、あっという間に大混乱に陥る様を見て、ブラント大佐はビーラー隊の凄まじい暴れ様に
あんぐりと口を開けた。
「たまげたなぁ……」
彼は一言呟いたが、同時に、カレアント軍の航空支援に深く感謝していた。
「こちらはヴォリスラク少佐です。ブラント大佐、聞こえますか?」
「ああ、聞こえるぞ。」
ブラントは、レシーバーに響く若い声に返事を送った。
「搭載して来た爆弾、機銃弾を全て使い果たしたので、我々は引き上げさせて貰います。大佐、ご武運を祈ります。」
「わかった、支援に感謝する。こちらこそ、君達が無事に基地に戻れる事を祈っているよ。」
彼はそう言ってから、無線機のスイッチを切った。
眼前の敵キリラルブス集団は、突然の空襲で動きに統制を欠いていた。
(今の内に突っ込めば、敵を蹴散らせるかも知れん)
そう確信したブラントは、すぐに命令を伝えようとした。
だが、その矢先に、レシーバーに新たな声が響いて来た。
「こちらVMF-712指揮官機、陸軍の前線指揮官へ、聞こえるか!?」
「……こちら第6機甲師団CCA指揮官のブラント大佐だ。そちらの声は聞こえているぞ。」
「自分はVMF-712指揮官のマリオン・カール中佐です。第1海兵航空団司令部より命令を受けて飛んで来ました!」
「OK。味方が多いのはいい事だ。君達が乗っている機はコルセアかね?」
「ええ。自分の他に、F4Uが30機ほど付いて生きています。5インチロケット弾と500ポンド爆弾、あるいはナパーム弾を搭載しています。」
ブラント大佐は、思わずシホールアンル側に同情したくなった。
だが、その思いはすぐに消え失せ、彼は海兵隊のコルセア隊に向けて攻撃目標を指示して行った。
午後4時50分 バルクロスヴィ
ミスリアル軍第12機械化歩兵師団は、午後2時40分から味方の航空支援を受けながら、敵の防御陣地に対して攻撃を行った。
敵陣は猛烈な抵抗で第12師団を1時間ほど食い止めたが、結局は、ミスリアル軍第29飛行隊のF4Uコルセア28機と、
アメリカ軍第3航空軍所属のP-47、B-25の戦爆連合180機の支援のお陰で敵陣突破に成功し、アメリカ軍との合流を目指すべく、
一路西へ向けて驀進した。
時間が午後5時まであと10分まで迫った時、第12師団の先鋒を務めていた第54機甲歩兵連隊は、ヴォサミロスから西に18キロ離れた
バルクロスヴィの辺りで急に停止した。
ヘストラウス大佐は、指揮車であるハーフトラックのキャビンから顔を出し、双眼鏡で前方に見える不審な一団を注視した。
(キリラルブス……では、無いね。あれはどう見ても、見慣れた戦車や装甲車だ)
2キロ程の平原を隔てて見えるその集団は停止しており、何ら行動を起こす様子は見受けられないが、姿形からして、シホールアンル軍で無い事は
明らかだった。
「連隊長、師団長より通信です。」
ヘストラウスはマイクを受け取ると、スイッチを入れてラーバレイン少将と話し始めた。
「こちらヘストラウス。」
「ネリィゼ、そっちでも見えてるか?」
「ええ。見えています。恐らくは味方かもしれませんが……念のため、敵味方識別の信号弾を撃ち上げてみますか?」
「ああ。やってくれ。」
ラーバレイン少将は素っ気ない口調で許可した。
頷いた彼女は、部下から信号拳銃を受け取り、上空に向けた。
甲高い発射音が成った後、信号弾が宙高く撃ち上がった。
それから3秒後……2キロ先の集団からも、彼女に習うように信号弾を撃ち上げた。
その瞬間、ヘストラウスは、その集団が味方である事を確信し、すぐにマイクのスイッチを入れた。
「師団長。味方です!」
「よし、すぐに合流だ。あちらさんも待っているぞ!」
「了解!」
ヘストラウスは指示を受け取るなり、連隊に前進を命じた。
連隊の戦車やハーフトラックが、楔形隊形を維持したまま前進を再開する。
程無くして、第54機甲歩兵連隊は、アメリカ軍前進部隊との合流を果たした。
米軍部隊の近くに車を寄せたヘストラウスは、運転手に停止を命じた後、キャビンから降り、ハーフトラックの前でこちらを見つめている
アメリカ軍将校の前まで歩み寄った。
彼女は、ヘルメットを被ったアメリカ軍将校に見事な敬礼を送る。
米軍将校も背筋を伸ばして、彼女に答礼した。
「第12機械化歩兵師団第54機甲連隊長、ネリィゼ・ヘストラウス大佐です。」
「第6機甲師団A戦闘団指揮官、ティルクス・ブラント大佐と申します。」
2人は手を下げると、互いに目を合わせたまま、固い握手を交わした。
シホールアンル軍第92軍と第84軍は、この日の午後5時前にアメリカ軍第4軍とミスリアル軍第1軍によって包囲された。
包囲網の中には7個師団、6個旅団並びに、後方支援部隊の将兵、計15万人がおり、これらの将兵が完全に包囲されたと気付いたのは、
それから5時間後の事であった。
7月31日 午前7時 レスタン民主国レーミア港
レーミア湾は、無数の艦船で埋め尽くされていた。
この大量の艦船は主にリバティ船で構成される兵員輸送船と、戦車などの装甲車両やトラック、ジープといった快速車両を運ぶLST(戦車揚陸艦)
やLSM(中型揚陸艦)、それを護衛する40隻以上の駆逐艦、護衛駆逐艦、護衛空母で編成されていた。
レーミア港には、桟橋に接岸したLSTや輸送船に乗り組む第3、第4海兵師団の将兵姿がある。
兵員搭乗や物資の積み込みは滞りなく行われており、この日のは正午までには、一昨日から続けられたこの作業はひとまず区切りを迎えた。
そして午後2時。再び将兵の登場や、装甲車両、必要物資の積み込みが始まった。
最初に搭乗を開始した部隊は、自由ヒーレリ第1機甲師団であった。