自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

334 第246話 栄光と悲劇

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第246話 栄光と悲劇

1485年(1945年)8月8日 午前7時 バイスエ領沖70マイル地点

第5艦隊司令長官レイモンド・スプルーアンス大将は、旗艦である重巡洋艦インディアナポリスの作戦室でコーヒーを啜りながら、
参謀長のカール・ムーア少将の説明に耳を傾けていた。

「昨日の戦闘では、我が方も戦艦1、巡洋艦1、駆逐艦7隻を喪失した他、沈没を免れた別の艦艇にも、大破の判定を受けた物が
かなりおります。」
「ふむ。特に、戦力の少ないTF56がほぼ壊滅状態に陥ったのは痛手だな。」
「TF57が急遽編成したTG57.3も、巡戦コンステレーションが新鋭戦艦の砲撃を受けて大破、戦線離脱が確定しております。
また、同伴していた駆逐艦4隻も同じく、損傷を受けて戦線を離れなければなりません。TF57も、TF56よりは幾らかマシな
状態にあるとはいえ、貴重な護衛艦艇を戦列から失っております。そこに、敵機動部隊から攻撃を受けるとなると……」
「大損害は免れないな。」

スプルーアンスはぽつりと呟きながら、コーヒーを一口啜る。

「肝心の敵機動部隊はどうなっているかね?」
「はっ。現在、TF57本隊から索敵機を飛ばしております。ただ……リーシウィルム沖では、本日の正午より西から迫りつつある低気圧の
影響のため、運量が多く、所によってはスコールが降り注いでいる状態で、とてもでありませんが……航空偵察にはやや、不向きな環境に
なっておるようです。」

航空参謀のジョン・サッチ中佐が答える。

「昨日の偵察時にも、各偵察機は空域の雲量が多いため、通常の偵察高度6000のところを3000ないし、2000メートルの低空を
飛行せざるを得ませんでした。ましてや、今日の天候は昨日以上に悪いとなると……」
「長官。敵機動部隊の所在を完全に見失う前に、至急、燃料補給を終えたTF57を敵の予想進路上に先回りさせ、艦載機で敵竜母群を
殲滅した方が宜しいかと思いますが。」

作戦参謀のジュスタス・フォレステル大佐が進言する。

「現場海域の雲量は多い事は確かですが、事前に敵機動部隊の針路を予測し、先回りを行えば、あとは攻撃を行うのみかと思われます。」
「いや、それは不可能かもしれんぞ。」

スプルーアンスは即座に否定した。

「私の考えだが……恐らく、敵は水上砲戦部隊を使って輸送船団を襲撃し、竜母部隊はその上空援護として出撃しただけかもしれん。だが、
件の水上砲戦部隊はTF56とTF57から派遣された増援に撃退され、輸送船襲撃に失敗している。作戦に失敗した以上、敵はすぐさま、
リーシウィルム沖から離脱しようとする。その場合……」

スプルーアンスは指示棒を手に取り、敵艦隊の予想ルートを地図上になぞった。

「敵は北西に転針し、一刻も早く、本国に向かおうとするだろう。本国に行けば、その分、点在する沿岸飛行場の援護を受け易くなる。
そこに機動部隊を突っ込ませる訳にはいかん。通信参謀、この海域の天候はどのような具合になっているかね?」

スプルーアンスは、通信参謀のプリスク・ピテクルス少佐に聞いた。

「はっ。この海域に関しては、観測機からの報告はまだ入っておりませんが…昨日の時点では、リーシウィルム沖北西海域でも低気圧の
接近の影響で雲が非常に多く、今日の昼前には、海上は大荒れの天気になるであろう、との報告が入っています。昨日の時点でそうですから、
今頃は……」
「ふむ。西も北も天候不順であり、航空機の行動はほぼ不可能。となると……TF57は何も出来んかもしれぬな。」

スプルーアンスは、地図上の二つの駒を交互に見ながらそう言った。
駒の1つは敵機動部隊を現し、その下にある駒は、補給を終えて追撃に入ろうとしているTF57を現している。
現在、彼我の距離は約480マイル(768キロ)程である。
この距離は、米艦載機の行動半径内にあるものの、(アベンジャーは航続距離1700キロ、ヘルダイバーは1800キロ)戦闘時には、激しい
機動による燃料の消費や、被弾時の燃料漏れといった事象も起こり得るため、敵機動部隊を攻撃するとなると、せめて、300マイル(480キロ)
……どんなに遠くても、せめて350マイル(560キロ)まで距離を詰めたい所だ。
だが、敵機動部隊は25ノット以上のスピードで遁走中であり、その距離はなかなか縮まらない。
それに加えて、リーシウィルム沖は急速に天候が悪化しているため、TF57が偵察機で敵を見つけることは難しく、例え、ハイライダーが敵機動部隊を
発見したとしても、天候の関係で航空攻撃を実行する事は、非常に困難である。

TF57は、打つ手が無くなったと言っても過言では無かった。

「長官……どうされますか?」
「どうするもこうするも……敵機動部隊が逃げに入ってしまった以上、我々がすべきことはただ1つ。」

スプルーアンスは、持っていた指示棒の先で、ある一点を叩いた。

「リーシウィルム上陸した地上部隊を援護するのみだ。逃げる敵は放っていても構わん。」

彼はそう言ってから、カップに残っていたコーヒーを飲みほした。

「バイスエ戦線の大勢も決した今、TF58にも多少の余裕が出る。あとしばらくしたら、こちらからも空母群を送ってやろう。」
「わかりました。」

幕僚達は一様に頷いた。

「……そういえば、昨日の海戦では、カレアント軍の艦艇が良い働きをしてくれたようだな。」
「はい。確か、カレアント海軍のガメランでしたな。」

ムーアが答える。

「ガメランが上手く敵を食い止めていなかったら、輸送船団や護衛艦に損害が及んでいましたな。」
「うむ。彼らの活躍無くして、昨日の勝利は無かっただろう。私が大統領であったら、彼らにアイオワ級戦艦とエセックス級空母を1隻ずつ
プレゼントしたいと思う程だ。」

「ハハハ、幾ら何でも、それはやり過ぎですよ。」

スプルーアンスのジョークに、幕僚達が笑い声を上げる。

「ふむ、度が過ぎた冗談は置いといて……太平洋艦隊司令部にカレアント海軍へ感謝の電報を打たせよう。参謀長。」

「ハッ!」

スプルーアンスは、空になったコーヒーカップを机に置き、懐から紙片を取り出してそこに何かを書き記した。

「レーミア湾には確か、浮きドッグがあったな?」
「はい。現在は2つほどあります。」
「移動サービス部隊は?(工作艦部隊の事である)」
「現地にて待機中です。」

スプルーアンスはペンを止め、紙を通信参謀に手渡した。

「レーミア湾のABSDを1つと、移動サービス部隊の一部を至急、リーシウィルムに回す。それから、シービーズも送ろう。通信参謀、それが要請書だ。
至急太平洋艦隊司令部に送りたまえ。」
「長官……移動サービス部隊を送り込むのは、状況からして、少々早過ぎるのではありませんか?」

フォレステル大佐が待ったと言わんばかりに口を挟む。

「レーミア-リーシウィルム間には依然として、多数のレンフェラルが潜伏していると思われています。そこに低速の補助艦艇部隊を突っ込ませては、
敵に餌を与えるような物です。ここは、掃海が済むまで派遣を見合わせるべきでは?」
「君の言う通りだが……それでも、私は移動サービス部隊を送るべきだと思う。」

スプルーアンスは堅い口調でフォレステルの提案を退けた。

「現場では、大破した艦艇が何隻もおり、すぐにでも修理を必要としている。奇跡的に沈没を免れたアリゾナも、少しばかりの攻撃を受けたら
たちまち沈んでしまう。掃海が終わるまで、後方に引き下がれないこれらの損傷艦艇が、待機中に攻撃を受けないとは限らない。だからこそ、私は
移動サービス部隊を送るべきだと思うのだ。」
「し、しかし………我が合衆国には」
「幾らでも予備がある、と、君はいいたいのだろう。まさしくその通りだ。」

フォレステルの言葉を、スプルーアンスは遮る。

「戦場で船が沈むのは致し方ない事だが……それは全てが終わった末の結果だ。リーシウィルム沖の損傷艦群は、まだ救える。つまり……
まだ終わりでは無いのだ。旧式艦といえど、それまで、我が合衆国海軍が慣れ親しんで来た船だ。救える手段があるのならば、最後までベストを
尽くすのみ。」

スプルーアンスは、目線をフォレステルに向けた。

「それが、プロの仕事ではないのかね?」
「……長官の言われる通りです。」

フォレステルは一言返すと、スプルーアンスに軽く頭を下げた。

「では、補助艦艇部隊を急送する事を前提で今後の事を考えますと……まず、海路の安全確保が重要になります。この点に関しては、引き続き、
PB4YやPBYに哨戒を行わせると同時に、補給の済んだ護衛駆逐艦を船団に組み込み、対応に当たりたいと思います。」
「そうしてくれ。」

スプルーアンスはそう返した後、自らのカップに視線を移す。

「もう一杯飲もうか……」

ぽつりと呟いたスプルーアンスは、従兵を呼び付け、コーヒーのお代わりを注文した。

TF57は、遁走する敵機動部隊の追撃を続行した物の、第5艦隊司令部の予想通り、天候を隠れ蓑にした第4機動艦隊は本国へ引き返して行った。
リーシウィルム沖海戦の第2ラウンドは遂に行われる事は無く、TF57は船団護衛と、地上部隊の航空支援に付く事になった。

1485年(1945年)8月24日 午後4時 ヒーレリ領都オスヴァルス

ヒーレリ領領主であるウルムス・クヴナルヴォ伯爵は、行政庁舎内にある会議室で、慌ただしく撤収準備を行う部下達の姿を、苦渋に満ちた
表情で見つめ続けていた。

「領主様。迎えの馬車は、あと10分程でこちらに到着するとの事です。」
「ようやく来よったか。うすのろ共め。」

クヴナルヴォはそう吐き捨てながら、机に置かれた地図に目線を向ける。

「敵軍はオスヴァルスまで、あと10ゼルド(30キロ)にまで迫っているようだが、防衛線の部隊ではどうしても止められんのか?
防衛線には、石甲師団もおるぞ。」
「残念ながら、領都防衛線の部隊は撤退中の師団を急遽布陣した事で、何とか取り繕っている有様です。防衛線には2個師団が配備されて
おりますが、充足率は低く、実質的には1個師団強程度の戦力しかおりません。対して、敵は戦車を含む機械化部隊です。それに加えて、最終
防衛線の部隊は撤退を行っている最中です。このような状況の中で、防衛線の部隊が敵を阻止する事は、ほぼ不可能と言ってよろしいかと。」

部下の説明を聞いたクヴナルヴォは、眉間のしわを深くしながら、心中で軍の不甲斐無さを罵った。

ヒーレリ戦線の崩壊が決定的となったのは、今から6日前の8月9日の事であった。
この日の早朝、連合軍に包囲されていた領境守備軍は、これまで行った解囲攻撃の影響で戦力を使い果たし、遂に降伏した。
包囲下にあった軍は、17個師団、12個旅団であり、総兵力は32万名にも上る。
その32万の将兵が、包囲網を破る事が出来ぬまま、敵に包囲殲滅されてしまったのである。
ヒーレリ駐留軍は、主力部隊を失った事で実質的に壊滅状態に陥り、10日からは、包囲に当たっていた連合軍部隊も北進を開始した。
11日にはイースフィルクが陥落し、12日にはヴキジュが連合軍の手に落ちた。
13日正午には、リーシウィルム近郊に集結した第38軍が橋頭堡に攻撃を行うも、猛烈な艦砲射撃と空爆の前に反撃は頓挫し、逆に攻撃部隊の一部が
敵に包囲され、殲滅された。
14日には、連合軍部隊の一部がリーシウィルムの敵部隊と合流を果たし、防御に回った第38軍に猛攻を加えた。
第38軍は丸1日耐えた物の、15日には戦線を突破され、潰走していった。
16日早朝には、リーシウィルムより上陸した一部の部隊が、首都オスヴァルスに向けて進撃を開始し、途中、連合軍の部隊と合流を果たしながら、
電撃的に侵攻を続けた。

17日早朝には、オスヴァルス西方25ゼルド付近に構築した防衛線で、連合軍と、温存されていた第19軍、第65軍との間で大規模な戦闘が行われた。
この時、シホールアンル軍は、先頭に立つ連合軍師団が、アメリカ式装備で身を固めたヒーレリ軍である事に初めて気付いた。
ヒーレリ軍は多数の戦車や自動車を装備した機械化部隊であり、錬度も通常の連合軍部隊と比べて勝るとも劣らず、新型キリラルブスを有する石甲師団も、
連合軍戦車師団や砲兵、航空機の大規模な支援を受けたヒーレリ軍機甲師団の猛攻の前に敗走を重ねた上に、南の側面を守っていた第65軍の一部が、
南部より迫って来たグレンキア軍に攻撃されたため、防衛線を維持できなくなった。
シホールアンル軍は防衛線を、オスヴァルスから15ゼルドの第2防衛線にまで下げ、部隊を順次後退させていった。
第2防衛線での攻防は8月21日から始まった。
この時の戦闘で、シホールアンル軍は第19軍の5個師団と第65軍の3個師団(指揮下にあった2個師団は別の地域に回されていた)を投入したが、
連合軍はヒーレリ軍2個師団、アメリカ軍6個師団、グレンキア軍3個師団を投入していた。
22日からは、本土から秘密線路を使って急送された第5石甲軍所属の1個石甲師団と、歩兵1個師団が来援し、戦線を維持出来るかに思えた。
だが、米軍は、ほぼ無防備であったオスヴァルス南東側を突く形で空挺部隊を投入して来た。
アメリカ軍は、22日朝方から正午頃にかけて、実に2個空挺師団、1個空挺旅団を南東側の平野部に降下させ、オスヴァルスを半包囲する形に
追い込んでいた。
ヒーレリ駐留軍は、なけなしの予備隊を差し向けて、オスヴァルスの後方に回ろうとする米軍空挺部隊を撃退しようとしたが、この予備隊も敵空挺師団や、
無数の敵航空部隊の攻撃を受けて損害が続出し、一時後退。
翌23日には、新たに第5石甲軍より送られて来た1個石甲化歩兵師団と1個石甲師団を投入して、再度、敵空挺師団の排除を試みた物の、米軍は新たに
2個空挺師団をオスヴァルス南東側の戦線に降下させた。
4個師団並びに1個旅団という戦力は、シホールアンル側の基準では1個軍並みの規模であり、石甲化されているとはいえ、僅か2個師団で1個軍を退ける
事は不可能である。
ヒーレリ駐留軍司令部は、オスヴァルスの防衛はほぼ不可能と判断し、23日深夜、オスヴァルス近郊の防衛線に展開する全部隊に対して、時機を見て
撤退を開始せよとの命令を発した。
この命令は、事実上のヒーレリ領中部地方失陥を意味していた。
撤退は24日未明から始まり、防衛線の各部隊は、殿を務める2個師団を残して順次撤退を開始したが、24日正午、防衛線の部隊がまだ撤退を
開始しない内に、連合軍は攻勢前の準備砲撃を行ってきた。
殿約を任された部隊は、ほぼ全てが、防衛線の塹壕に隠れていたため、被害は少なかったが、撤収中の部隊はほぼ無防備の態勢で敵砲撃を食らい、
損害が続出した。
第65軍所属の第367歩兵師団は、師団長が砲弾の破片を受けて戦死した他、367師団を指揮している第57軍団も、軍団司令官を除く幕僚全員が、
司令部に砲弾を受けて死傷する等、戦線は地獄の様相を呈していた。
午後2時からは、南方から飛来してきた連合軍機も攻撃に加わり、各隊の損害は激増していった。
殿役の部隊がさして傷を受けず、後退中の部隊が砲撃と空爆で大損害を被って行くという、ある種の奇妙な光景がひとしきり続けられた後……

午後3時50分、遂に連合軍の前進部隊が、最終防衛線に向けて進撃を開始した。


「馬車が玄関前に到着いたしました。」

部下の声が耳に入ると、クヴナルヴォは思考を中止し、会議室から退出しようとした。
この時、1枚の紙が彼の目に留まった。

「……アメリカ人共め。くだらん言葉を書き並べおって……」

クヴナルヴォは忌々しげに呟きながら、脳裏にあの時の記憶が蘇る。

8月2日早朝。ヒーレリ領都オスヴァルスに、突如としてインベーダーの編隊が現れ、爆弾倉から大量のビラをばら撒いて行った。
彼はこの直後、部下にビラを回収させ、その内容を読んでいた。

「シホールアンル帝国軍、並びにシホールアンル国民に告ぐ。ヒーレリ領への反乱民に対しての暴行、虐殺行為等の戦争犯罪行為が露呈した場合、
連合国は、シホールアンル本国に対して、相応の報復を行う予定である。もし、本国への報復を誘発させたくなければ、反乱民ならびに、住民に
対する残虐行為の一切を行わぬようにするべし。尚、反乱民との戦闘行為に関しては、貴軍の状況を鑑みるに止むを得ぬと判断するものの、戦闘時に
非戦闘員を狙った大量殺りくを行わぬ事と、戦闘終結時の捕虜の待遇は、人道に則した行為を行う事を、強く熱望する物である。もし、それが叶わぬ
場合は、合衆国軍戦略爆撃機隊が、爆撃目標に対して、無警告爆撃を行うであろう。」

クヴナルヴォは、この内容を一笑に付した。
ひとまず、彼は本国にこの紙に書かれた内容を報告したが、本国からは気にする必要無し、という素っ気ない返事が送られただけである。

「今思い出すと、急に腹が立って来たな……」

クヴナルヴォは腹立ち紛れに唸ったあと、彼の頭の中に何かが閃いた。
(そういえば、オルボエイトには、石甲師団と石甲化歩兵師団がいたな。現地の反乱拠点を包囲しているこの2個師団を戦線に回せば、防御も
やり易くなる筈だ。)
彼はそう思うや、部下に指示を下した。

「そうだ。駐留軍司令部に1つ提案をしてやろう。」
「提案、でありますか?」
「そうだ。」

クヴナルヴォは、張りのある声音で言い放った。

「オルボエイトを即時制圧し、戦力を戦線に回してはどうかと伝えよう。駐留軍司令部も、あそこに立て籠もる反逆者共には頭を悩ませていた筈。
前線に余裕が無い以上、後ろで遊んでいる22石甲軍団の残余は是が非でも必要だろう。」
「わかりました。今のお言葉を、駐留軍司令部にお伝えしましょう。」
「うむ、よきにはからえ。」

彼は部下に指示を伝えると、早足で会議室を退出し、馬車の待つ正面玄関へ歩いて行った。

8月26日 午前7時 旧ヒーレリ王国首都オスヴァルス

第1自由ヒーレリ機甲師団は、26日の午前7時にオスヴァルス市への入城を果たしていた。
市内には、残っていた住民達が総出で“帰還”を果たした師団の将兵達を熱烈に歓迎した。

「よくぞ戻って来た!ありがとう!!」
「祖国解放万歳!ヒーレリ国軍万歳!!」
「遅いじゃねえかこの野郎!でも、帰って来てくれて嬉しいぞ!!」

方々から投げ掛けられる歓呼の声に、市内を進んで行く戦車やハーフトラックの将兵達は、顔に満面の笑みを浮かべ、手を大きく振って答える。
少しばかり時間が経つと、トラックから飛び降りて、沿道の住民達と握手を交わす将兵も出てきた。
トラックから降り、住民と握手を交わす兵士の中には、住民と抱き合う物や、知り合いを見つけたのか、涙を流しながら帰還を報告する姿も見られた。
第12戦車連隊を指揮するアルトファ・トゥラスク大佐は、耳に入って来る喧騒を心地よい気持ちで聞きながら、心中では、これまでに失った部下達の
事を思い出していた。

「8月1日に上陸してから4週間近く。俺達は遂にここまで来た。その間、俺の戦車連隊だけでも、定数の5割を失っている。師団全体では、3割以上の
損耗を出している事だろう。」

8月1日から、自由ヒーレリ機甲師団と自由ヒーレリ歩兵師団は、ヒーレリ軍団の呼称を与えられ、数々の戦闘を行った。
上陸直後に行ったリーシウィルム市解放では、全くと言っていいほど損害は無かったが、リーシウィルム近郊に集結したシホールアンル軍と戦闘を
行った時は、各師団とも敵と激戦を繰り広げている。
それ以来、ヒーレリ軍団は首都に至るまでに、幾度となくシホールアンル軍と戦い続けた。
8月21日の戦闘では、敵の新型キリラルブスとの戦闘を初めて経験し、彼の指揮下の戦車連隊は、この日の戦闘で19両の戦車を撃破された。
これに加えて、防衛線のシホールアンル軍も、多数の自走砲や野砲でもって盛んに阻止砲撃を行ったため、師団全体の損害も、この時からうなぎ昇りとなった。

だが、祖国解放に燃えるヒーレリ軍団は、損害に構わず突進を続けた。

ヒーレリ軍団の突撃を支援する形で、他の連合国軍もヒーレリ軍団の突撃に続いた。
特に、ヒーレリ軍団の側面援護を担ってくれたグレンキア軍3個装甲敵弾兵師団の活躍ぶりは凄まじく、グレンキア軍無くしては、ヒーレリ軍団の
防衛線突破もあり得なかったであろう。

これに加えて、アメリカ軍を始めとする連合各国の航空部隊が、頻繁に航空支援を行ってくれた事も大きかった。
トゥラスクの連隊は、オスヴァルスの敵第2防衛線攻撃の際、危うく敵キリラルブスの集中砲撃にやられかけた物の、ちょうど支援にやって来た
ミスリアル軍のコルセア隊に助けられている。
味方部隊の援護を受けたヒーレリ軍団は、多大な犠牲を払いつつも全ての防衛線を突破し、遂に、念願の首都入城を果たす事が出来た。
ヒーレリ軍団は、入城前に防衛線に残っていた敵兵、約17000名を捕虜にしており、数日以内に後方へ移送する予定である。

「ここで、ようやく3ぶんの1を解放か……先はまだまだ長いが、今しばらくは、この達成感に浸る事にしよう。」

トゥラスク大佐はそう言うと、他の将兵と同じように、笑顔を浮かべながら、周囲に手を振り続けた。
住民達は、ジヴェリキヴスやリーシウィルムの住民達と同じく、近代化された解放軍を目の前に、驚きの表情を見せたが、驚きはすぐに喜びへと
変わって行った。
アメリカ製の戦車や、トラックに付いている国籍マークは、紛れも無くヒーレリ王国時代のそれであった。
住民達は、雌伏の時を超えて帰還を果たした新生ヒーレリ軍を、いつまでも褒め称え続け、首都オスヴァルスの喧騒は、その日の夕方を過ぎても
収まる事は無かった。


同日 午前7時40分 レスタン民主国レーミア

レーミアにある連合軍最高司令部では、各国の派遣軍代表が会議室に集まり、アイゼンハワーからヒーレリ領首都解放の報せを聞いていた。

「先程、自由ヒーレリ軍が首都オスヴァルスを解放いたしました。これによって、ヒーレリ領の南部付近は、完全に我が連合軍が占領する事になります。」
「作戦開始から1カ月程で首都制圧が成功するとは。当初の予想よりもかなり早く進めましたな。」

バルランド北大陸派遣軍代表オルフラ・カルベナイト大将が、腕組しながら言う。

「軍をこれほど早く進める事が出来たのも、やはり、作戦初期に行われた迅速な戦線突破のお陰でしょう。」

レースベルン軍代表ホムト・ロッセルト大将も満足気に言った。

「もし、あそこでラルブレイト閣下が提案していなければ、今頃は首都どころか、スバイタ側すら超えられなかったでしょうな。」
「これも、ラルブレイト閣下のお陰ですな。」

カレアント軍代表フェルデス・イードランク大将も相槌を打つ。対するミスリアル軍代表マルスキ・ラルブレイト大将は首をゆっくりと頷かせた。

「お褒めの言葉、ありがたく頂戴いたします。」

彼は顔を上げると、各代表達の顔を見回した。

「ですが、我々は、単に道を作っただけに過ぎません。この作戦がここまで上手く行ったのは、一重に、各国地上軍の努力の結果だと、私は思います。」
「つまり……今回の成功はミスリアル軍だけではなく、全連合軍が一致協力した結果である。と言う事ですね?」

グレンキア軍代表スルーク・フラトスク大将が問い質す。

「その通りです。思えば、この南大陸連合軍が結成されて早7年以上になります。本来、異国間同士で結成された軍と言う物は、効率的に動かそうと
思っても上手くいきません。ですが、この南大陸連合軍に関しては、国は違うにも関わらず、まるで、一国の軍の様に連携が取れています。この連携が
無ければ、我々は再び北大陸に上陸するどころか、南大陸を奪回する事すら敵わなかったでしょう。」

ラルブレイトの言葉に、誰もが深く頷いた。

「このヒーレリ領首都解放は、シホールアンル側にも大きな衝撃を与えると同時に、北部地方のオルボエイトで、敵に包囲されているレジスタンスにも
大きな勇気を与える事になるでしょう。」

アイゼンハワーは快活のある声音で参加者達に話す。

「それに加えて、バイスエ戦線でもシホールアンル側は劣勢にあり、今日の時点で、バイスエ領は北西部を除いて、全てが連合軍の占領下にあります。
もはや、シホールアンル側の属領は無きに等しい状態です。このままバイスエを攻略し、ヒーレリ領の半分を攻略すれば、後はシホールアンル本土
南部への侵攻を行う事が出来ます。」
「シホールアンル本土ですか……我々は遂に、かの国の領土に。」

カルベナイトが、語調を震わせながら言葉を紡ぐ。

「シホールアンル本土への侵攻は、これまでと違って敵国の本土決戦になります。我々が南部侵攻を開始すれば、シホールアンルも、これまで以上に、
死に物狂いで立ち向かって来るでしょうな。」

カルベナイトの言葉を聞いたフラトスク大将が深く頷く。

「恐らく、敵は温存しておいた精鋭部隊を、惜しげも無く投入して来るでしょう。今回のヒーレリ戦やバイスエ戦では、敵軍の質もあまり良いとは
言えませんでしたが……」
「シホールアンルが、ヴィルフレイング宣言を呑まぬ限り、我々は戦うしかありません。」

アイゼンハワーは険しい表情を貼りつかせながら、2人の将官に言う。

「そのための、南部侵攻作戦です。」
「アイゼンハワー閣下、つかぬ事をお聞きしますが……よろしいでしょうか?」

ラルブレイトが、口調を固くして聞いて来る。

「はい。」
「では……もし、シホールアンルが南部一帯を失陥しても、ヴィルフレイング宣言を呑まなかった場合。我が連合軍の次の目標は、敵国の首都になる……
と、考えてもよろしいですかな?」
「そう考えて頂いて差し支えありません。」

アイゼンハワーはきっぱりと言い放った。

「ただ、首都進攻を考えるとなると……南部占領はこれまで以上に、電撃的に行わなければならないでしょう。そして、その後の首都進軍も電撃戦で
攻めなければなりません。」
「……やはり、貴国の国力も……」

ラルブレイトは、表情を曇らせる。

「……いかな合衆国といえど、永遠に全力発揮ができる訳ではありません。以前お話しした通り、合衆国軍が圧倒的な物量を用いて、暴れに暴れるのは、
遅くても来年までです。それ以降は、我が国の経済が持たないでしょう。」

「その前に、首都を速攻で攻略する事に関して………お言葉ですが、それは現実的に不可能ではないでしょうか。」
「私も、ラルブレイト閣下の言う通りかと思われます。」

イードランクも口を揃えて発言する。

「南部一帯は貴国の戦略爆撃機が散々叩いたとはいえ、南部には堅固な要塞が幾つもあり、防御陣地の数も、属領とは比べ物にならぬほど点在している
でしょう。その南部を攻略するだけでも、かなりの損害が出るかと思われます。そして、そこから北にある首都を速攻で攻めるのは、敵が戦力を容易に
動員出来る本土である事を考える限り、現実的では無いと考えます。」
「……あなた方のおっしゃる通りです。現在、本国では様々な資料を用いて、南部侵攻や首都侵攻に有効な戦法を考えております。」

アイゼンハワーは、首都に出向していたある参謀の話を思い出していた。
アメリカ軍は、これまでドイツ流の電撃戦を積極的に活用する事でシホールアンル軍との戦闘を勝ち抜いて来たが、現状の戦力を考える限り、南部の
早期制圧や、首都進軍を来年末までに完遂する事は、非常に困難であると判断されていた。
アメリカ軍は、本国にいる元駐在武官(ソ連、日本、イタリア等の武官達。現在はアメリカ軍に編入されている)の協力者たちを招き、前線に反映でき
そうな戦法が無いか意見を戦わせた。

その中で、最も有用と思えたのが、ソ連式の縦進作戦理論であった。

縦進作戦理論は、元世界に存在したソ連の軍人、ミハイル・トハチェフスキー元帥が考案したものだ。
この作戦理論と、アメリカが現在使用しているドクトリンでは色々の違いがあったが、中でも、砲兵師団の編成や、投入兵力の違いが注目された。
これまで、アメリカ軍や連合国軍が戦線を突破する時は、主に軍団単位か師団単位で行われていたが、ソ連式のドクトリンでは、軍団単位では無く、
最低でも軍規模……6個師団から9個師団、多い時には20個師団以上という大兵力でもって一気に敵の戦線を突破して行くという、アメリカ軍将兵から
見れば、これまで想像もした事の無い規模であるが、突破に成功した場合、敵は側面攻撃を仕掛けようにも、大兵力であるが故に、自軍が容易に包囲殲滅を
受けるリスクが減り、敵が対応を行う前に、大規模な縦進攻撃を継続できる利点があった。
この戦法は、確かに有用であり、航空戦力を充分に取り揃えているアメリカ軍なら、ソ連式の攻撃編成も可能かと思われた。

だが、それは不可能であった。

第一に、これまでのドクトリンに慣れていた前線部隊にソ連式のドクトリンを伝授する時間が全く無い事と、
第二に、砲兵師団の編成が急場に間に合わない事。
第三に、例えドクトリンの伝授が完了したとしても、同盟軍部隊との連携が執り辛くなる。

この他にも、様々な問題が噴き上がったため、結局はお蔵入りとなってしまった。

(合衆国軍の幹部が、ソ連式のドクトリンに魅かれるのも無理は無いが、訓練を行うにも時間が無さ過ぎる。とはいえ、我々の現状は、他国の
ドクトリンにしがみついてでも、シホールアンル本土侵攻を成そうとしている事に嫌と言うほど現されている。時間と言う物は、どの世界に
移ろうが大切と言う事だ………時は金なりとは、よく言った物だな。)
アイゼンハワーはそう思った後、深いため息を吐いた。
唐突に、会議室のドアが開かれた。

「閣下!」

アイゼンハワーのもとに、通信士官が早足で歩み寄って来た。
通信士官の顔は、妙に強張っている。
(何かあったのか)
彼は心中で不安を感じながらも、通信士官が渡した手紙に目を通した。

「なんと…………愚かな事を……!」

アイゼンハワーの顔が、言いようの無い怒りに染まった。

「発、第20航空軍司令部 宛、北大陸派遣軍司令部

本日、我が航空軍所属のF-13(B-29の偵察機型)が、ヒーレリ領オルボエイト市で大火災が生じている様子を写真偵察で捕えた模様。
偵察機乗員の証言によると、オルボエイト市周辺には、微かながらも、砲の発砲炎と思しき物も視認されており、同地を包囲していたシホールアンル軍が、
市街地に対して無差別攻撃を敢行したと思われる。我が航空軍はこの事象に対処するための準備を行うと同時に、司令部の判断を仰ぐものなり。」

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