自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

336 第248話 無警告戦略爆撃

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第248話 無警告戦略爆撃

1485年(1945年)8月30日 午後9時30分 ランフック市

ランフック市は、シホールアンル帝国第4の都市として発展してきた商業都市である。
このランフック市には、広大な市の中心部と、東側に幾多もの工場がある他、町中にも小さな工場が点在している。
この他にも、商業都市の名の通り、シホールアンル国内でも名門校として知られる商業大学や、中部地方では数少ない
魔道士養成学校も置かれている。
人口は180万を数え、その規模は、国内第4位、中部地方では随一を誇る。
町の西側には、ランフック市のシンボルとなっている、5つの塔が立ち並んでおり、朝、昼、夕には、この5つの塔のうちの
どれか1つから鐘を鳴らして、時間を知らせるようになっている。
市の町並みは建国以来からの建物が多く立ち並んでいる事もあって、古いながらも優雅な佇まいを見せている。
今でも、昔の建築物を研究する建築家が、ランフック市に頻繁に足を運んでは、昔ながらの建築物相手に研究を重ねている。
また、ランフック市は、中部地方にあるルィクリスラ領と呼ばれる地方領の中心地でもあり、市の東側には、このルィクリスラ領の
領主である、ヴリヒルド・バイケラ侯爵の館もある。
バイケラ家は、シホールアンル10貴族と呼ばれている、帝国内でも屈指の大貴族のうちの1つであり、館の陣容もそれに相応しい
形となっている。
建国以来、繁栄を謳歌してきたランフック市は、対米戦が始まり、南部領が戦略爆撃に見舞われても、戦争の惨禍に巻き込まれる事は無かった。
8月18日には、町の上空に敵機が現れたが、敵機はスーパーフォートレス1機だけであり、数分間、ランフック市の上空を高高度から飛行し
ただけで、その後は緊急発進したケルフェラク隊に追い散らされた。
その2日後、またもや敵機が現れたが、今度は事前に待機していたケルフェラクに襲撃され、逃げる暇も無く撃墜された。
それ以来、ランフック市の上空に敵の姿が見られる事は無かった。
だが、この日………平和を謳歌していたランフック市全域に、突如として空襲警報の際レインが響き渡った。

シホールアンル帝国陸軍第92防空軍団は、今年の3月に編成された部隊である。
この第92防空軍団は、5個対空旅団と1個空中騎士軍、2個戦闘飛行団で構成されており、司令部はランフック市郊外に置かれていた。
第92防空軍団司令官であるポリクラ・ハーグベスルト中将は、自室で仮眠中の所を、外からしきりに聞こえる物音によって起こされた。

「司令官!司令官!」

「む……ぅ……何事か!?」

ハーグベスルト中将は、眠気を吹き飛ばすかのような大音声で、ドアの向こう側の部下に尋ねた。

「緊急事態です!入っても構いませんか!?」

緊急事態?一体何が起きたのだ?
ハーグベスルト中将は、心中でそう思ったが、同時に、口からは別の言葉が飛び出す。

「よし、入れ!」
「失礼します!」

ドアが開かれ、室内に赤い短髪の将校が入って来た。
その将校は、第92防空軍団魔道参謀を務めるゼルガ・ペキヴェクラト中佐であった。

「東部レスタン-クリスラ区領境沿いの部隊から緊急信であります。」

ペキヴェクラト中佐は、持っていた紙を差し出そうとするが、その前に、ハーグベスルトが片手を上げた。

「読んでくれ。」
「ハッ!我、ヒーレリ方面より侵入しつつある敵大編隊を探知せり。敵の針路は北北東。数は100機以上、敵編隊は4800から
5000グレル前後の高度を飛行している事を鑑みるに、スーパーフォートレス主体の爆撃編隊である公算、極めて大なり。
尚、最初に探知した敵編隊とは別の敵集団が、我が陣地の上空を通過しつつあり。これらも100機以上の戦爆連合編隊である可能性あり………」

ハーグベスルト中将は、敵爆撃編隊が通過したと思われるクリスラ地区と、このランフック市の位置を思い出し、そこに一本の線を引いてみた。
(クリスラ地区から北北東にはランフック市がある……クリスラ領には、目立った工場地帯は無いが、ルィクリスラ領にはそれがある。
しかも、この国でも有数な大工場地帯が。まさか、このスーパーフォートレスの大編隊は、このランフックを狙っているのか!?)
ハーグベスルトは一瞬、帝国本土領に侵入しつつある敵爆撃編隊の目標を判断しかねたが、その迷いも瞬時に吹き飛んだ。

「いや、敵の進路を考えるとなると……間違いない。敵の狙いは、このランフック市だ!」

「司令官。空襲警報を出されますか?」
「無論だ!!」

魔道参謀の問いに、ハーグベスルトは即答した。

「直ちに空襲警報を発令しろ!高射砲部隊にも迎撃準備を整えさせろ!」
「航空部隊はどうされますか?ランフック市周辺には、1個戦闘飛行団が分散配置されていますが……」
「迎撃は………」

彼の口から、出そうという言葉が出かかった。
だが……現在の状況が、その言葉を発する事を躊躇わせていた。
(くそ!第62戦闘飛行団は、夜間の戦闘訓練を全く受けていないぞ!第78戦闘飛行団は夜間戦闘の訓練を受けてはいたが……
配備先は、ここから200ゼルド(600キロ)西だ。高度5000グレル前後を、250レリンク以上(500キロ)の高速で
飛行するスーパーフォートレスを迎撃しようとしても、今からではとても間に合わん!)
ハーグベスルトは、湧き起こる絶望に、思わず呻き声を上げた。

「ひとまず、第78戦闘飛行団に出撃準備を行わせろ!すぐにだ!」
「了解しました!」

魔道参謀は命令を受け取ると、急ぎ足で退出して行こうとする。

「……魔道参謀!」
「ハッ!」

ドアから出ようとしていたペキヴェクラト中佐は、慌てて体の向きを変えた。

「リクルバンの部隊にも出撃を行わせろ。」
「リクルバンの……し、しかし!彼らは、我が帝国が有する数少ない」
「数少ない最新鋭機を、使える時に使わんでどうする!?」

ハーグベスルトは、魔道参謀を睨みつけながらそう叫んだ。

「出せる限りは出す。いいな?」
「……了解しました!」

ペキヴェクラト中佐は深く頷いてから、司令官公室を離れて行った。
ハーグベスルトもベッドから起き上がり、椅子にかけていた軍服の上着を慌ただしく着ながら、作戦室に向かった。
それから1時間が経った午後9時30分。状況は加速度的に悪化しつつあった。

「司令官!これまでに確認された敵爆撃編隊は、少なく見積もっても500は下らぬ模様です!」
「500………その内の大半が、スーパーフォートレスと言う訳か……!」

作戦室で魔道参謀の報告を聞いたハーグベスルトは、圧倒的な数の爆撃機編隊を投入して来たアメリカ軍に対して、心中で
罵声を浴びせると共に、これから爆撃を受けるランフック市が、今までに無い損害を被るであろうという現実の前に、目を
覆いたくなる衝動に駆られていたが、部下の手前であるため、彼は何とか我慢していた。

「敵の先頭集団はどこまで迫っている?」
「ハッ!領境の部隊から送られてきた情報を推測すると……この辺りかと。」

参謀の1人が、地図上の一点を指差した。
そこは、ランフック市から60ゼルド(180キロ)離れた山岳地帯である。

「あくまでも、推測にすぎませんが……」
「遅くても40分程。早ければ20分後には到達か。市の状況はどうなっている?」
「市街地では、緊急避難が始まっていますが……余りにも急なため、あちこちで混乱が生じているようです。」
「市の各所に設けられた防空壕に非難するだけでも、予想される被害はぐんと抑えられる筈だ。市郊外にある避難地区への脱出は
無理だとしても、防空壕への避難はなんとしてでも終わらせたい所だが。」

「………閣下、市に駐屯する陸軍部隊や国内省の治安部隊が主導で避難誘導を進めておるようですが、警報発令から1時間経った今でも、
状況は芳しくありません。いえ、それどころか……市街地は大混乱の様相をていしているため、避難は遅々として進んでいないのが現状です。」

「何故避難が進んでいない!?」
「はっ。何でも、混乱した住民が馬車を使って移動しようとして各所で事故が多発。それで避難の進行の妨げとなり、
各所で更なる混乱を招いているようです。」
「住民に馬車を使うなと言え!家財道具を失いたくない気持ちは充分に分かるが、何よりも大事なのは命だ。」

ハーグベスルトは舌打ちをしつつ、市中心部の方向に顔を向ける。

「バイケラ候はどうされている?領主殿にも避難を進めた筈だが。」
「バイケラ候は、市中心部の行政庁舎の地下に避難されているようです。」
「地下にだと?あそこはまだ、空襲に対する備えが完全では無かった筈!」

ハーグベスルトは、目を見開いた。

「……領主殿は、それを承知で地下に非難されたようです。それよりも、領主殿は自分の避難よりも、民の避難を優先させよと、
繰り返し伝えているとの事です。」
「……領主様……」

ハーグベスルトは、ルィクリスラ領を統べるバイケラ侯爵の顔を思い起こした。
バイケラ侯爵は、シホールアンル10貴族に名を連ねる大貴族の当主でありながら、礼儀正しい名君として広く知られている。
常に民を思い、時には領の財源を削ってまで領地の発展に尽力してきたバイケラ侯爵は、ルィクリスラ領の民にとって、皇帝陛下の次に
尊敬すべき存在となっているが、バイケラ侯爵は、B-29多数の襲来という予期せぬ事態に見舞われながらも、今までやって来た通り
にやり抜こうとしている。
(流石は、ルィクリスラの聖人と言われるだけの事はある。だが……今回は条件が悪すぎた……!)

「爆撃機集団が迫りつつあるというのに……」
「司令官!今は、市民の避難を優先させるしかありません。郊外に近い住民は、一歩でも遠く町の外へ……市街地の住民は、1人でも多く防空壕に!」
「そうだな………我が司令部からも兵員を送り、避難誘導の応援を行わせる。基地警備の歩兵部隊に即応部隊を編成させ、すぐに出動させろ!」
「了解!」

命令を受け取った魔道参謀は、すぐさま、歩兵隊司令部付きの魔道士に向けて魔法通信を送る。

「……時間からして、最初の第一波は完全に間に合わんな。」

ハーグベスルトは、ランフックに向けて進みつつある赤い矢印と、ランフック市の南西30ゼルド(90キロ)にあるリクルバン飛行場の
マークを交互に見る。
「リクルバンの連中が有している機体は、何分気難し屋らしい。今から準備しても、離陸まで20分、攻撃開始位置に到達するまで、30分……か。」

彼は、今までに例の無い、無警告爆撃という手段を用いたアメリカ軍に対して、内心怒りを感じていた。

「住民の避難も全く整っていない、と言っていい状態で戦略爆撃を行うとは。貴様らは何故、住民の被害も恐れぬ方法を取った?
一体、何が変わったというのだ?」

ハーグベスルトは、地図上の赤い矢印に向けて問い掛ける。
これまでアメリカ軍は、ご丁寧にも上空から、爆撃を行う予定のある地域に向けて予告ビラを撒いていた。
シホールアンル軍将兵は、この行動を紳士的であるとして、良くも悪くも評価していた。
米軍が南部領に対して行った、スーパーフォートレスによる爆撃は、実に180回にも上り、シホールアンル側はこの一連の爆撃で12400人の
死者を出しており、うち、民間人の死者は9800人にも上っている。
この数字は、決して小さくない物であり、今まで後方が襲われる事無く、安穏としていたシホールアンル国民にとって、前線とは全く関係の無いとも
言える後方地域……それも、帝国本土だけで1万人以上もの犠牲が出る事は、明らかに異常と思えると同時に、最前線の激戦地を一っ飛びで越え、
後方を好き放題爆撃しまくるB-29に恐れと、怒りを抱いていた。
南部の爆撃では、数え切れぬ程の悲劇も起きており、外れ弾が医療院を直撃して、残っていた患者や医師が全滅したり、子供1人を残して一家全滅
という悲劇に見舞われた、という話も少なくない。
だが、180回の空襲で死者が1万人で“抑えられている”事も事実であり、その原因としては、やはり、アメリカ側の事前通知に負う所が大きかった。
だが……今回は、その事前通知が無い。
しかも、一度に500機以上ものB-29が投入された、これまでにも例の無い大空襲である。
住民の避難が進んでいない上に高高度での夜間空襲という最悪の組み合わせが、このランフック市で起ころうとしているのだ。

「最初の第一波は100機以上。迎撃を全く受けていない状態でランフック市にやって来る。迎撃が間に合うとすれば、早くて第2波、
遅くて第3波か……リクルバンの36機でどれだけの敵機を落とせるのだろうか。いや、いくら迎撃が間に合うとしても、ランフック市には、
数え切れぬほどのスーパーフォートレスが押し寄せて来る。これはもはや、避けようの無い事実だ。だが……」

ハーグベスルトは、歯を噛みしめる。

「こんな無慈悲な方法で都市を爆撃するとは………一体、我々が何をしたというのだ?」

同日 午後10時 ランフック市上空

午後4時に発進した第192爆撃師団は、予定よりも10分程早い、午後10時10分にランフック市上空に到達した。
216機のB-29は、第802夜間戦闘航空団から派遣された、32機のP-61の援護を受けながら、爆撃針路に進入して行く。
下方では高射砲弾が炸裂し、弾幕を貼っているが、高度1万メートルを飛行する爆撃隊に砲弾が届く事は無く、B-29は悠々と前進を続けていた。
第192師団指揮下のB-29は、第73航空団が爆弾を搭載し、第502航空団が焼夷弾を搭載している。
第73航空団のB-29は、それぞれ1000ポンド爆弾15発。第502航空団のB-29は、500ポンド集束焼夷弾を34発搭載している。
73航空団と502航空団は、二手に別れて飛行しており、73航空団の最後尾機と、502航空団の先導機は、約6マイル(10キロ程)の
間隔を開けている。
作戦としては、まず、73航空団が市中心部に位置する工場地帯を、1000ポンド爆弾で破砕し、その後、502航空団の焼夷弾でもって爆砕した
工場の残骸や、破壊を免れた施設を焼き討ちにする。
これは、従来の戦略爆撃で行われてきた戦法であり、実戦経験のある爆撃機乗りにとっては、やり慣れた方法である。
米軍の戦略爆撃機部隊はこの方法で、数多くの工場や軍事施設を復旧不能に陥れていた。
午後10時25分には、第73航空団の先導機が、市中心部の爆撃地点に到達し、一斉に爆弾を投下した。
108機のB-29は、総計1620発もの1000ポンド爆弾を、高度1万メートルの高みからばら撒いた。
高高度から投下された1000ポンド爆弾は、目標上空の風がやや強かった事も影響し、その大半が工場群を外れたが、それでも1割半……
200発以上の爆弾が工場に命中した。
ランフック市中心部に建設された工場は、魔道銃を始めとする携行火器や、大砲等を製造する武器製造工場と、軍服や装備品等を製造する軍需工場と、
その他、各種の工場が立ち並んでおり、通常なら、24時間態勢で生産が続けられていたが、今は、緊急に発せられた空襲警報により、工場内の
工員全てが敷地内から避難していたため、工場は稼働していなかった。
その無人の工場に、1000ポンド爆弾が次々と落下して来た。
爆弾は施設に着弾するや、派手に爆炎を噴き上げ、工場内に放置されている魔道銃や野砲、その他の軍需品や、完成し、前線に送られようとして
いた武器や装備品を、工場内に停止している列車ごと爆砕して行く。
とある爆弾は煙突の基部に命中し、爆発と共に長い煙突を根元から叩き折る。
耳に残る軋みを発しながら、徐々に傾き始めた煙突は、次第に傾斜速度を増し、遂には凄まじい勢いで、3階建ての施設に倒れ込んだ。
その施設には、完成し、試射を待つだけとなった野砲と、試射用の弾薬が置かれていた。
急な空襲警報発令で、安全な保管庫に入れられぬまま放置されていた砲弾に、倒れ込んで来た煙突の先端がモロにぶつかる。
その瞬間、運悪く作動した信管が砲弾を炸裂させた。
試射場にそのまま置かれていた100発の砲弾が一斉に誘爆し、その施設は大爆発と共に、3階部分が丸々吹き飛ばされた。
武器生産工場が叩かれる一方で、隣の装備品生産工場にも次々と1000ポンド爆弾を降り注ぐ。

爆弾がとある小屋に命中し、炸裂する。噴き上げられた夥しい破片の中には、シホールアンル側が最近採用したばかりの鉄製の帽子
(米軍のヘルメットに酷似している)や、魔道銃用の魔法石を入れる魔法石ポケット等の、装備品の類が周囲にばら撒かれる。
別の爆弾は衣服製造を行う施設に命中し、通常であれば、動員された工員が精魂込めて作る軍服や、装備品を作る材料一式が、作業台と共に爆砕され、
無数の焦げたチリとなって、割れた窓ガラスと共に外に吐き出される。
多数の爆弾が落下、炸裂した事により、工場の各所では火災が起きていた。
最初の爆撃機集団が上空を通り過ぎた後、別の爆撃機集団が上空に飛来し、続けざまに爆弾を投下して行く。
今度の爆弾は、先程投下された物とは明らかに違う物であった。
後続として現れ、爆弾を投下した第502航空団は、全てがE-46集束焼夷弾を搭載していた。
E-46集束焼夷弾は、小型のM69焼夷弾を38発積め込んだ物である。
投下されたE-46は、高度700メートルで格納容器が少量の火薬で分離し、広範囲に小型のM69ナパーム弾38発をばら撒く事が出来る。
502航空団は、このE-46を実に4100発も投下しており、そのうち、600発のE-46が工場の敷地内に落下していた。
そして、高度700メートル前後の所で、E-46の内部に込められている火薬が炸裂し、格納容器が解放され、中に詰められていた38発の
M69ナパーム弾がばら撒かれる。
工場内には、実に22800発ものM69焼夷弾が降り注いだ。
一部の焼夷弾は、格納容器開放時の火薬の炸裂によって、落下時の安定用として取り付けられた細長いリボンが燃え、まるで、火の雨が降ってくる
かのような姿で工場内に落下して来た。
焼夷弾が地上に落下するや、炸裂と同時に紅蓮の炎が周囲に燃え広がる。
舗装路に落ちた焼夷弾は、1発だけでも周囲20メートルから30メートル前後に火炎を噴き散らし、その辺りを火の海に変える。
建物に落下した焼夷弾は、分厚い石造りの表面に付くと、その部分が火の滝のようにまつわりつき、猛烈な火炎が噴き上がって真っ黒に焦がして行く。
天井を突き破った焼夷弾は室内で炸裂するや、たちまち内部を炎に包み込む。
ナパーム弾によって発せられた火の回りは早く、やがては、建物全体を包むほどの大火災になっていく。
市中心部の工場地帯は、大半が石造りの施設や、頑丈な鉄製の建造物であるにもかかわらず、焼夷弾投下の影響で、敷地内に幾つもの大火災が生じていた。
火の勢いは留まる事を知らず、それは、軍需工場内にあった大量の砲弾や可燃物の誘爆、延焼という惨事を引き起こした。
第502航空団が最後の焼夷弾を投下し終えた時には、既に工場の3割以上の施設が被害を被っており、被害を受けた施設の殆どが爆弾で爆砕されるか、
焼夷弾の火災によって原形も留めぬまでに焼かれ、崩れ落ちつつあった。
火災炎は、無傷で残っている生産施設や資材保管施設等にも及び、これらの施設もしたい寄る火災の前に、じわじわと炎に包まれていく。
工場に落下した200発の1000ポンド爆弾と、600発のE-46集束焼夷弾は、シランフック市中心部の工場地帯に甚大な損害を負わせていた。
だが、本来であれば、工場施設目掛けて投下した爆弾、焼夷弾はこれだけではない。
施設内に落下した爆弾の総数は、全体の2割にも満たない。

では、残る8割以上……計5000発近い爆弾、焼夷弾はどこに落下したのか?


その答えは、言わずとも明らかであった。


午後10時30分 ランフック市南南西20マイル地点

第145爆撃師団は、第502航空団の最後の1機が通過した20分後に、ランフック市に到達した。

「機長……あれを……!」

第145爆撃師団第64爆撃航空団第522飛行隊の指揮官であるダン・ブロンクス少佐は、副操縦士のジョイ・ブライアン大尉が指差す方向を見据えた。

「……おい。確か、192の連中は、市中心部の工場を爆撃したんだよな?」
「はい。」
「…………明らかに、工場以外の所にも爆弾や焼夷弾が落ちまくっているな。」

ブロンクスは、火災でオレンジ色に染まるランフック市を見据えながら、ブライアンにそう言う。

「レーダー手。進路はこのままで間違いないな?」
「はい。このまま真っ直ぐ進んで下さい。IPまであと1分です。」
「よし、万事順調だな。」

ブロンクスはそう返してから、深いため息を吐いた。
程無くして、レーダー手がIPに到達した事をブロンクスに報告した。

「よし。爆撃手、これより本機は爆撃針路に入る。うちが航空団の教導機を務めているから、決して外すなよ。」
「了解!全弾命中させて見せます。」
「OK。これよりコントロールを預ける。あとはレーダー手と息を合わせてやれ。」
「了解!」

レシーバー越しに爆撃手の返事が聞こえた後、ブロンクスは操縦を爆撃手のノルデン照準器に連動させた。
操縦席の左前方に、ランフック市街地から発せられる火災炎でオレンジ色に染まる雲が見える。
位置的に下界を見渡す事が出来ないが、それでも、ランフック市で大規模な火災が起きている事は、容易に想像ができた。
ブロンクスがじっと、爆撃が終わるまで待っている間、レーダー手と爆撃手の間では、常に針路や風向きに関する細かいやり取りが続けられている。
ブロンクス機のレーダー手を務める、日系人搭乗員のナオヤ・キリス軍曹は、PPIスコープに移る地形を見据えながら、機の進路がずれていないか
確認を行っていた。
爆撃手が爆弾倉の開閉スイッチを押したのであろう。爆弾倉の方から扉が開く時の駆動音が聞こえてきた。
この時、ブロンクス機の速度が下がった。爆弾倉開閉による空気抵抗の増大のためであろう。

「ナオヤ、進路にずれはないな?」
「ああ、今の所OKだ。あと5分で爆弾投下地点に到達する。」
「了解。」

キリス軍曹は、同僚に返事をしながら、無表情でPPIスコープの監視を続ける。
その一方で、彼は心中で別の事を考えていた。
(この機に積まれた12発の1000ポンド爆弾を、今から目標に投下する訳だが……今の飛行高度は高度1万メートル。風は北向きにやや強く
吹き付けている。このような状態で精密爆撃を行っても、果たして、何発が目標の敷地内に落下するのだろうか……)
彼は、ランフック市が見え始めた時、同僚の爆撃手が、ランフック市が燃えていると叫んだのを聞いている。
その火災は、明らかに味方の爆撃によって引き起こされた物だ。
(先発した連中が投下した爆弾は、大半が目標以外の市街地に落ちているだろう。そして、俺達が投下する爆弾も、何発かは確実に、市街地に落ちる……
事前通告をせず、避難らしい避難が出来ていない住民が多数いる市街地に……!)
キリス軍曹は、自分達がやろうとしている事に、内心嫌気がさしたが、今は任務中であるため、その思いを無理矢理抑え込んだ。
(いや……今は余計な事は考えない方が良い。それに、これは既に決まった事だ。せめて、俺達の機が投下する爆弾だけでも、全て、目標に落ちる事を祈ろう)
彼はそう思いながらも、PPIスコープを見つめ続ける。
スコープには、機体に取り付けられているAN/APQ7が発する電波の反応を受けて映しだされた工場の姿がある。
工場地帯の規模は思いのほか大きく、デトロイトにある工場地帯の半分近くが移転してきたかのように思えた。
これなら、市街地に落ちる爆弾も少なくて済むかもしれない。
キリス軍曹の心中に、そんな淡い考えが浮かんだ。
それから3分ほどが経ち、彼の乗機は遂に投下地点に到達した。

「目標上空に到達!」

「了解!爆弾投下!」

爆撃手が爆弾の投下スイッチを押した。
この直後、爆弾倉から12発の1000ポンド爆弾が次々と投下されていく。
僚機もブロンクス機に習い、腹に抱えていた12発の爆弾をバラバラと落とし始めた。
145師団の爆撃隊は、第192師団と違って、機銃もフル装備で出撃しているため、搭載している爆弾と焼夷弾の量は、192師団と
違って少なくなっている。
それでも、第64航空団は1000ポンド爆弾1296発、第78航空団は、E-46集束焼夷弾2700発
(内蔵されているM69焼夷弾は総計で102600発)を投下できるため、目標の破壊は充分可能と考えられていた。
全弾投下を終えると、身軽になったブロンクス機は上昇を始めた。

「爆弾投下完了!連動を切ります!」
「こちら機長。了解!」

ブロンクスは照準器との連動が解除されたのを確認した後、操縦桿をやや前に倒し、上昇しつつあった機体を水平に戻した。
程無くして、522飛行隊の全機が爆弾投下を終え、ブロンクスは高度を保ちながら、元来た道を引き返し始めた。

「機長!目標に爆弾命中の閃光が多数見えます!あっ……市街地にも爆弾が命中している模様……」
「……やはり、この高度からじゃ、市街地への爆弾落下は避けられんか。」

ブロンクスは、微かに表情を暗くする。

「他の飛行隊も順次、爆弾の投下を終えつつあるようです。」
「64航空団の爆撃も終わりつつあるか……あとは、78航空団の焼夷弾で、仕上げをするだけだな。」

ブロンクスは抑揚の無い口調で呟いた。

「……それにしても、これだけの数のB-29が一斉に、爆弾を落としまくるとはね。工場の壊滅はほぼ、間違いなしだな。」

彼は、下界にある工場群の末路に思いを馳せていたが、それも長くは続かなかった。

「こちらティンカーベル1!敵機だ!シホット共の戦闘機が襲って来やがった!!」

レシーバーに飛び込んで来た凶報は、緩みかけていた気を一気に引き締めた。


第272混成飛行団に所属する36機のケルフェラクは、離陸から40分後には、高度12000メートルの高みに上がり、指揮所の
魔道士の誘導のもと、目標となる敵爆撃機編隊を探していた。

「畜生!ここまで時間が掛かるとは……やはり、魔法石の質が落ちているのは痛すぎる。」

第272混成飛行団を指揮するウェルヴェク・リムクラスト少佐は、空気マスクでこもった声を機内に響かせつつ、出撃前に飲んだ薬の
おかげで、一時的に暗視効果を付与された目で敵編隊を探し回っていた。

「こちら指揮所。現在、敵らしき生命反応は、貴隊より2ゼルド(6キロ)南西にあり。」
「了解!」

リムクラスト少佐は短く返答しながら、南西の方角に機首を向けた。
彼の乗るケルフェラクは、今年の1月に完成したばかりの新型機である。
機体の大きさは従来型と変わらないが、魔道機関の出力は以前よりも向上し、約2100馬力相当の出力を発揮できる。
そのため、最大で339レリンク(678キロ)を出す事ができ、コルセアやマスタング、サンダーボルトは勿論の事、新型艦載機である
タイガーキャットやベアキャットにもある程度対抗できると言われている。
それに加えて、搭載武装にも強化が加えられており、従来型では4丁が搭載されたが、この新型キリラルブスも、搭載数は4丁のままである。
だが、魔道銃4丁のうち、2丁は最新型の大口径魔道銃であり、口径は、アメリカ式に換算すると28ミリ相当と、かなりの攻撃力がある。
新型ケルフェラクを渡された搭乗員達は、これでB-29にも痛打を浴びせられると狂喜した……が。
この新鋭機には致命的とも言える問題が合った。
それは、新型の魔道機関の出力が、常に安定しない事に合った。
この新型魔道機関は、従来型よりも出力が大きい事は確かなのだが、昨年より続く戦略爆撃の影響で、魔道機関自体の質が悪くなっている。
そのため、急な出力低下や、魔道機関が全力発揮できなくなる等の問題を抱える事になり、整備員達は無論のこと、搭乗員達も、この気難しい
新型魔道機関に頭を悩まされた。
今の所は、入念な整備を行う事と、出撃前に20分間、軽く魔道機関を回して温める事で故障率を減らしてはいるのだが、その手間は、
旧型キリラルブスの頃と比べて、悪い意味で段違いであった。

この日も、緊急発進した272混成飛行団は、ほぼ全機のエンジンが、スロットルを全開にしても最高性能を発揮できぬという悪条件に見舞われ、
通常なら600キロ程で一気に高高度へ駆けあがる事が出来るケルフェラクも、この新型に限っては出撃から攻撃行動である高度5000グレルに
まで辿り着くまで32分、6000グレルまで40分という数字を叩き出している。
ちなみに、旧型キリラルブスの場合だと、大気の影響を受ける事の少ない魔道機関の影響で、高度5000グレルまで21分、6000グレルまで
27分で上がれる。
これでは、どちらが新型で、どちらが旧型なのか分からぬ有様であった。

程無くして、リムクラストの率いる編隊は、高度1万メートルを飛行する敵爆撃編隊を視認した。

「こちら指揮官機!敵編隊を発見した!これより攻撃に移る……!?」

リムクラストは、微かながらに見えるB-29を確認した直後、その周辺に、別の小柄な機体が張り付いている事に気が付いた。
暗視効果の引き出す魔法薬を飲んでいるとはいえ、視界はぼんやりとした明るさでしかなく、真っ暗よりは一応マシといった程度しか無い。
そんなぼんやりとした視界でも、2つ月から送られる月光が意外と明るい事もあって、B-29の周りに居る小さな機体の正体を見分ける事は出来た。

「双発機………ライトニングかブラックウィドウかな……いずれにしろ、厄介だな。数は20機前後か。」
「隊長!敵の周囲に護衛機が張り付いているのが見えますか?」
「ああ。こっちでも見えているぞ。」

操縦席に取り付けられている魔法通信機から、第2中隊長の声が響いて来た。

「護衛の始末を、うちらにやらせてもらえませんか?」
「……大丈夫か?相手は運動性能の高いブラックウィドウかもしれんぞ?」
「何とかしてみます。」

リムクラストは数秒ほど考えたが、ここは第2中隊長の考えに乗る事にした。

「よし!敵の護衛機は貴様達に任せる。第1中隊と第3中隊は、その間に敵の重爆を攻撃する。やり方は訓練通り、外側のスーパーフォートレスを
狙って行け。いいか、絶対に敵編隊の中に突っ込もうとするな。突っ込んだらコンバットボックスを組んだ敵の餌食になるだけだ。わかったな!?」
「「了解!!」」

各機から返事の声が聞こえてきた。
先陣を切ったのは第2中隊であった。
第2中隊に属する12機のケルフェラクは、出し得る速度で敵重爆編隊に突っ込んで行った。
これに反応した護衛のP-61がB-29の周囲から離れ、ケルフェラクとの戦闘に入る。
P-61とケルフェラクが空戦を開始した直後、第1中隊と第3中隊は二手に別れ、左右から敵の先頭集団を襲撃しようとした。
襲撃地点に達するまでの間、高度6000グレルから5500グレルまで、緩やかに下降して行く。
その間、第2中隊と護衛のP-61との空戦は激化の一途をたどる。
新型ケルフェラクは、出し得る650キロのスピードでもってP-61を半ば翻弄していたが、格闘戦に入ると、ケルフェラクは
鈍重な筈の双発機であるP-61に苦戦を強いられた。
自動空戦フラップが装備されているP-61は、格闘戦も得意とする変わった夜間戦闘機であり、F7FやF8Fには及ばないものの、
その運動性能は侮れぬ物が合った。
それに加えて、第2中隊は敵の護衛機に対して、数で差を付けられていたため、場合によっては2対1での戦闘を強要されるケルフェラクも居た。
空戦開始から5分の間に、P-61は3機が撃墜されたが、その代わり、第2中隊のケルフェラクを2機撃墜し、2機に損傷を与えて戦線離脱に追い込んでいた。
だが、第2中隊はきっちりと役目をこなしていた。

「いいぞ。第2中隊が敵の戦闘機を全部引き剥がしてくれたお陰で、敵重爆編隊の周囲はがらあきになったが……この数は流石に、多過ぎるな。」

リムクラストは、薄明るい視界にぼんやりと浮かぶ重爆撃機編隊を見るなり、半ば唖然となりながら呟く。
敵編隊は、先頭集団だけで30機以上もおり、その後方には、うっすらとだが同規模の編隊が続行している。
見える限りではそれだけだが、地上の指揮所から得た情報の通りだと、その後方には今の様な大編隊が、少なくとも3つか4つはある事になる。

「第1、第2波で400機。そして、この第3波を合わせると、総計で600機……アメリカ人共め、ランフック市の全てを本気で焼き払うつもりだな。」

リムクラストは歯軋りしながら言う。

「攻撃位置に付いた。見てろよ……!」

彼は唸るように呟いてから、直率する第1中隊の各機に突撃を命じた。
第1中隊は、先頭集団の右斜め上方から突っ込んだ。

第1中隊は下降しながら、1個小隊4機ずつに別れ、思い思いの目標に向かって行く。
リムクラストは、一番右側と飛行しているスーパーフォートレスの3番機に目標を定めた。
降下の際のGが体に掛かり、体全体が座面に押し付けられるような感覚が伝わる。
照準器越しのB-29は、発砲する事無く、悠々と飛行を続けている。
その姿は、ケルフェラクの突撃なぞ無駄な足掻きであると嘲笑しているかのようだ。
敵との距離が目測で500メートルを切った時、B-29が胴体上面の機銃座から応戦を開始した。
うっすらと見えるB-29のシルエットから夥しい数の機銃弾が放たれて来る。
敵機の目標は、明らかにリムクラスト機である。
リムクラストは、微かに機体を左右に横滑りさせて狙いをずらす。
距離が300、200と急速に縮まって行く。
機体の横滑りを止め、照準を再びB-29の右主翼に合わせた時、リムクラストは魔道銃を発射した。
やや太い光弾と、それよりも一回り小さい光弾が、4条の光となってB-29に注がれる。
その光の束がスーパーフォートレスの右主翼に当たったと確信した直後、彼はすぐさま機を横転させ、右旋回降下に移る。
目標としたスーパーフォートレスが追い打ちをかけて来る。
操縦席の左右に曳光弾が追い越して行く様子が見え、リムクラストは一瞬だけ肝を冷やした。
その直後、操縦席の後ろから、鮮やかなオレンジ色の光が差し込んで来た。

「隊長!やりました!スーパーフォートレスが翼から火を噴いています!」

魔法通信機に、興奮した部下の声が響く。
(……あの堅いスーパーフォートレスが、4機掛かりとはいえ、一撃で火を噴くとは)
リムクラストは、自分が夢を見ているのかと思ったが、今しがた、B-29に致命弾を与えたのは紛れも無い事実であった。

「やった!スーパーフォートレスが煙を吹いて高度を落としている。あとで止めを刺すぞ!」
「敵重爆1機撃墜!」
「スーパーフォートレスに有効弾を与えました!速度が落ちつつあります!!」

他の味方部隊からの通信もひっきりなしに入って来る。
どうやら、第1、第3中隊の攻撃は、今の所上手く行っているようだ。

「第1撃で1機撃墜、3機に有効弾か。どうやら、新型魔道銃はかなり使える代物のようだな。」

リムクラストは微かに笑みを浮かべた後、すぐさま機体を上昇に移らせる。
4500グレルまで下がっていたケルフェラクは、緩やかな機動で上昇に転じ、機首の魔道機関は重々しい駆動音を発しながらケルフェラクの
機体を引っ張って行く。

「次の攻撃に移るまでは、あと10分と言った所か。この事に関しては、新型魔道機関の泣き所だな。」

リムクラストは、上昇力の劣る新しい相棒に不甲斐無さを感じたが、その辺りは先の新型魔道銃の威力に免じて気にしない事にした。
再び高度5500グレルまで上昇した時には、B-29編隊は町の外縁部の近くまで接近していた。

「こちら指揮所。敵編隊が市外縁部の近くに来ている!あと10分で市街地に到達するぞ、迎撃を急げ!」

地上の指揮所から、管制役の魔道士が悲鳴じみた声を送って来る。

「クソ!そんな事、言われんでも分かっている!!」

リムクラストは苛立ち紛れに叫びつつも、新たな目標を定め、突撃に移った。
攻撃目標は、先と同じく、先頭編隊の右側を飛ぶB-29だ。
先頭編隊の数は、先と比べて減っていたが、編隊指揮官は損害に構う事無く突入せよと命じたのか、陣形を崩さぬまま飛行を続けていた。

「俺達の町にこれ以上近付くなぁ!!」

リムクラストは裂帛の叫びを発しながら、愛機を目標に突っ込ませた。
今度も、B-29の右斜め前方からの攻撃だ。
敵機の上方から下降しているため、速度計は最高速度を超えている。
B-29が機銃弾を放って来た。
胴体上方の2つの機銃座が猛然と銃弾を撃ち放ち、リムクラスト機に迫って来る。
リムクラストは機を傾けたり、ロールを行って機銃弾を交わすが、2発が胴体部に命中して振動を起こす。
だが、それだけでは致命傷には至らなかった。
リムクラストは機体の姿勢を正し、照準器越しのB-29目掛けて魔道銃を放つ。

照準器の向こうには、敵重爆のコクピットがあった。
4条の光は、そのコクピットに向けて注がれたが、同時に、新たな命中弾が機体を揺さぶる。
今度は主翼部分に命中し、機体の速度が落ち始める。
リムクラストは命中を確認する事が出来ぬまま、操縦桿を倒して敵機の下方に飛び抜けた。
(手応えはあったが……果たして)
リムクラストはそう思いつつ、部下が追い撃ちを掛けてくれる事を期待した。
その時、彼は不意に後方が気になり、顔を振り向けた。
彼の視界に、下降中の愛機に後方から追い縋ってくる異形が見えた。
太い胴体に、荒々しく回る2つの発動機。そして、見る者の恐怖感を煽らんばかりにそそり立つ2つの尾翼。

「ブラックウィドウ!」

その禍々しい異形の名を呼んだ彼は、同時に手が反応し、愛機は右旋回に入ろうとした。
直後、ブラックウィドウの胴体上方と下部から発砲炎が煌めいた。
右旋回に入ったケルフェラクだが、その前に、敵機から放たれた機銃弾が奔流の如く殺到して来た。
機体にいくつもの振動が伝わり、風防ガラスが音立てて砕かれる。
愛機のどこかから異音が発せられ、それは不快な金属音が聞こえた直後に鳴り止んだ。
ようやく、右旋回に入った愛機の左横を、ブラックウィドウが轟音を撒き散らしながら飛び去って行く。

「く……操縦系統がいかれてしまった!」

リムクラストは、固着した操縦桿をなんとか動かそうとする。だが、操縦桿は微動だにしなかった。
それに加え、魔道機関の出力が急激に下がり、愛機は急速に高度を落としつつある。

「駄目だ……脱出する!」

愛機を救えない事を悟ったリムクラストは、機体が危険な錐揉み状態になる前に脱出する事を決めた。
空気マスクを外し、機銃弾で所々が割れた風防ガラスを開け、機外に身を投げる。
高度がまだ4000グレル以上もあるため、体が凍えたが、なんとか我慢した。

そのまま落下に身を任せた後、高度2000グレル付近で落下傘を展開した。
落下速度が急激に弱まり、肩が一瞬、何かに挟まれたかのように痛む。
彼は急な激痛に顔をしかめたが、同時に、落下傘が開いた事に安堵のため息を漏らした。

「しくじったな……被弾で速度が落ちていた所を、ブラックウィドウに討ち取られるとは。」

リムクラストは、小声で呟いた後、上空に視線を向ける。
彼の目は、魔法薬のお陰で、夜間でも視界が明るく見えているが、薬の効果が持続する時間は3時間程であり、その後は元に戻る。
その薄明るい視界には、次々と押し寄せて来るB-29の大群が映っていた。
目を町の方に向けると、先の第1波、第2波で叩かれ、大火災を生じているランフック市が見える。
ランフック市は、工場を中心に赤々と燃えており、火災は尚も延焼中の様だ。
そのランフック市に、新たな爆発光が見えた。その爆発光は、炎上中の工場付近から発せられたが、市街地から発せられる閃光も少なくない。

「町が………俺達の町が………」

リムクラストは、掠れるような声で呟き、右手を炎上するランフック市に向けて伸ばす。

「やめろ……やめてくれ……お願いだ!」

彼は、懇願する。必死に懇願を続ける。
それは無意味な事であった。だが、彼はそうせずにはいられなかった。
しかし、B-29の大群は、情け容赦無しに爆弾を落として行く。
ランフック市の火災は、更に勢いを増して、無傷の建物を呑みこんで行く。
急な空襲警報を発せられ、パニックに陥りつつも、避難を続けていた住民達が次々に爆弾で吹き飛ばされ、焼夷弾によって生きながら焼き殺されていく。
大火災が発生した地域では、大規模な火災旋風が巻き起こり、必死に逃げ惑っていた住民達は、なすすべも無く飲み込まれていく。

「もういいだろう……それだけやれば、もう充分だろう!!」

リムクラストは涙を浮かべていた。もはや、工場は壊滅し、町もかなりの被害を受けている。
だが……彼の上空では、後続の米重爆編隊が尚も通過して行く。

市街地への爆撃は留まる事を知らず、スーパーフォートレスが投下した火の雨がサーッと、未だに無傷の区画に落下したと思うと、そこの区画から
猛烈な火災が発生する。
その悪夢の光景は、際限なく繰り返されているように思えた。

「やめ……ろ……もう、いいじゃないか……」

リムクラストの精神は、既に限界に達していた。
だが、彼の心情なぞ露知らずとばかりに、町の上空には焼夷弾が文字通り、火の雨となって無数に降り注いでいく。
そして、新たな区画に大火災が発生し、ランフック市中心部は、更に赤く包まれた。

「……やめてくれぇぇぇーーーー!!」

彼は、自らの立場も忘れ……心の底から絶叫した後、両手で目を覆った。


8月31日 午前5時50分 シホールアンル帝国首都ウェルバンル

シホールアンル帝国皇帝オールフェス・リリスレイは、30日の午後10時頃、政務を終えて寝室に向かっていた所を、宮殿付きの武官から、
米重爆編隊、大挙、ランフック市に接近の報告を伝えられた。

「は?ランフックにだと?」
「はい!現地司令部の情報では、敵は500機以上の爆撃機を投入したようです。」
「500機!?」

あまりの数の多さに、オールフェスは唖然となってしまった。

「敵の襲来が余りにも急であったため、迎撃機の準備と避難誘導が遅れているようです。」
「なんてこった………」

オールフェスは、500機もの爆撃機に狙われたランフック市の損害がどれ程になるのか、全く予想できなかった。

「わかった。引き続き、情報を集めてくれ。後の事は、現地司令部に任せるしかない。」
「わかりました!」

オールフェスは武官を下がらせた後、寝室に戻って情報を待った。
だが、いくら待てども、新しい情報が入る事は無く、気が付くと、夜は明け始め、時計の針は午前5時50分を指していた。

「いきなり、スーパーフォートレスを飛ばして来たとなると……やはり、連中はオルボエイトの報復をランフックでやったのかも知れん。
畜生!オルボエイトの事件は、現地責任者の勝手な暴走が原因だというのに……!」

オールフェスは、苛立ちに口調を震わせる。

「まぁ、ヒーレリから戻って来たあの馬鹿は北の果てに左遷してやったが……クソ!ランフックに来たスーパーフォートレスの量から見て、
連合の奴らは本気でランフックを叩きに来てるぞ。」

彼が一人で、ぶつぶつと呟いている時、寝室のドアが外からノックされた。

「陛下!少しよろしいでしょうか?」
「おう、入れ!」

オールフェスは、ドアの向こう側にそう返した。
ドアが開かれ、昨日、報告を伝えてきた武官が寝室に入って来る。

「陛下……昨日のランフック空襲の被害報告が、現地司令部から送られて来ました。この報告は暫定的な物で、以降、幾度か報告を送って
来るようですが……如何いたしますか?」
「読んでくれ。明確では無いとはいえ、今は大雑把でも構わん。」

オールフェスは即答する。

「はっ。それでは……」

武官は、軽く咳払いをしてから、報告書の内容を読み始めた。

「ランフック市中心部と、東部にある工場は軒並み壊滅状態に陥ったようです。火災は今も続いており、復旧の成否は今の所未定、との事ですが……
現地司令部では、復旧は絶望的と見ているようです。」
「……中部地区随一の工場地帯が壊滅だと?最悪じゃないか………」

オールフェスは顔を歪めた。
南部の戦略爆撃で、シホールアンル帝国は少なからぬ打撃を受けていたが、今回のランフック空襲は、国内のあらゆる分野に影響を及ぼす事になるであろう。

「それから、市街地の被害ですが………ランフック市は、市の中心部と東部地区で、外れ弾による大火災が発生し、中部地区はほぼ壊滅、東部地区も
3分の1が全焼した模様です。それから、人的被害ですが、現時点では16000名の」
「16000名だと!?」

オールフェスは、初めて耳にする人的被害の数字に、思わず声を上げてしまった。
今まで、死傷者数が6000名以上を超える事は無かった。
だが、今の数字は、明らかに桁違いであった。

「そんなに……そんなに犠牲が出たのか………」
「陛下……お言葉ですが、まだ話は終わってはおりません。」
「何?」

オールフェスは眉をひそめた。

「報告の続きをしてもよろしいでしょうか。」
「あ……ああ。すまない。どうやら、俺が邪魔したようだな。」
「は……では、先の続きですが。現時点では、16000名の死者と38200名の負傷者」
「おいおい、ちょっと待て!?」

言葉の途中で、とんでも無い物を聞いた様な気がしたオールフェスは、慌てて武官の言葉を遮った。

「死者の数が……16000名だと!?そ、それは、本当なのか!?」
「……私も、最初は目を疑いましたが、現地司令部の報告に、今の所、誤りはありません。」
「…………」
「負傷者は、市内に残った医療施設と、郊外に設けられた野戦病院で手当てを受けていますが、医薬品が不足しているため、思う様な治療が
出来ないでいるようです。現地司令部では、医薬品の補給を要請しております。それから、この空襲での罹災者は、現地点で70万人に上るとの事です。」
「…………」
「尚、この報告は暫定的な物であるため、以降の報告では、死傷者の数は増えていくでしょう。」
「……どれぐらい増える?」
「……今の所、現地司令部もハッキリとは言えぬとの事ですが………死者の数に関しては、少なくとも、この倍はいる可能性が高く、現在も治療中に
息絶える負傷者がかなりの数に上るとの事ですので……」
「4万人は下らない………と言う事か。」

オールフェスは、覇気の無い声でそう断言した。

「はい。尚、現地の航空部隊が、進撃中の敵爆撃編隊を迎撃し、12機を失った代わりに、敵機30機(実際の喪失はP-61が6機とB-29が7機である)
を撃墜したとの事です。」
「500機の編隊に立ち向かって30機撃墜か……良くやったと言いたいが、敵の数を見ると、かすり傷にすらならんな。」

オールフェスは無遠慮な口調でそう吐き捨てた。

「わかった。報告、大儀であった。」
「?……はっ!」
「大佐。俺はこれから、ランフック市に行くぞ。」

オールフェスの発した言葉に、武官は目を見開いた。

「い、今からですか?」
「そうだ。今からだ。」

オールフェスはベッドから起き上がると、着替えの入ったタンスの前まで歩み寄った。

「ランフック市の民達は、昨日の空襲で不安になっているだろう。こんな事は、帝国始まって以来だ。そんな時、俺が出来るのは………
現地に行って皆を励ましてやる事しかできない。」
「ですが……幾ら何でも」
「急過ぎるってか?」

オールフェスは、肩を竦めた。

「そんな事無いよ。むしろ、今から準備しても遅い方だ。」
「……わかりました。それでは、私はこの事を侍従長にお話しいたします。」
「ああ。それから、ワイバーンを用意してくれ。現地に向かうには、ワイバーンの方が手っ取り早いからな。」
「御意。」

武官は恭しく頭を下げてから、寝室を退出して行った。

オールフェスは武官の姿が見えなくなるのを待ってから、壁に力なく寄りかかった。

「………一夜にして、4万人だと………はは……はははは。」

彼は、泣き笑いの表情を浮かべながら、両手で頭を掻き毟った。
その後、若き皇帝は、両手で頭を抱えるや、体を震わせながら床に丸まり、湧き起こる怒りを必死に抑えつけたのであった。

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