第249話 新たなる段階へ
1485年(1945年)9月5日 午前6時 シホールアンル帝国首都ウェルバンル
瞼がゆっくり開かれると、そこには、見慣れた天井があった。
「ん……」
シホールアンル帝国海軍大将リリスティ・モルクンレル提督は、ふと、自分が本当にベッドの上で寝ているのかと思った。
「………」
無言のまま、数秒ほど天井を見つめた後、リリスティは上半身を起こした。
「朝………か。」
ぼんやりとした声音で呟いた彼女は、脳裏に、何かを思い出した。
このベッドで寝ている間、彼女は、夢を見ていた。
そして、その夢が終わった時、彼女は目覚めた。ただ、それだけの事。
だが……
「不思議な夢だったなぁ……」
リリスティは、自ら見た夢の事を、頭の中で思い出して行く。
思えば、何故あの不可解な夢を見たのかが分からなかった。
彼女は、夢の中で戦っていた。戦って戦って、必死に戦い続ける夢。
仲間が倒れようが、感傷に浸る暇も無く、夢の中で、無尽蔵に湧く異形を相手に必死に戦っていた。
戦いの狭間には、休憩の時の思い出や、吐き気を催すほどの内部対立などの記憶がよみがえる。
しかし、その詳細は、夢から起きた今となっては分からない。
それでも、リリスティは指揮下の部隊を率いて謎の敵と戦っていた。
だが、戦っている敵の正体が何であるのかが、今では分からない。
そして、彼女が何故、不思議な乗り物に乗って奮闘していたのか……夢の中の主人公であった彼女ですら、今は分からない。
確かな事は……夢の中の戦争では、相手が全く降伏を受け入れず……いや、その反応の是非を見る事すらかなわず、別の国を問答無用で制圧していた事。
そして、最後は何かを送り出すように戦い、指揮下の部隊が自分も含めて全滅した事。
そして……その最後は、決して無駄では無かったと確信し、満足気に死んでいった事。
これだけは、確かにわかっていた。
「……」
どういう訳か、リリスティは涙を流していた。
「はぁ………何で泣くのかなぁ。」
リリスティは、自然を涙を流す自分が理解できなかった。
「夢の中での話なのに……やば、涙が止まらない。」
彼女は幾度も涙を拭うが、一向に止まる様子が無かった。
だが、5分ほどそのままにしておくと、自然と落ち着きを取り戻した。
「よし……落ち着いた。とはいえ、何か体がだるいなぁ。」
リリスティは倦怠感に眉をひそめつつ、周囲を見回した。
「ふむ。確かに、我が家だね。って、また変な事言ってるし。」
リリスティは自分に突っ込みを入れながら、苦笑いを浮かべた。
「にしても、あちこちが曖昧な夢だったけど……いやにリアルだったなぁ。ていうか、あたしが乗ってた変な奴は何なの?あれが実際にあったら、
陸軍の連中が大喜びするのにな。」
彼女は、おぼろげながらも、自分が夢で乗っていた兵器を思い出した後、非常に悔しがった。
「ああ……ホント、人間の夢って不思議だな。時間の感覚が早かったような、遅かったような。でも、実際の時間に換算すると3、4年は夢の
世界に居たような感じがしないでもない。いや……それ以上に何か………」
リリスティは急に笑みを消すと、自分が見た夢の中で感じた教訓を思い出した。
「降伏を勧告して来る敵が居るだけ、まだマシと思い知らされたような気がする。はぁ……これも、最近忙しかったせいね。」
彼女は深いため息を吐いた後、ベッドから起き上がり、自らの机の前まで歩く。
机の上に置いてある手帳に手を伸ばしたリリスティは、ページをめくり、今日の予定を確かめた。
午前10時から、宮殿で皇帝陛下御臨席の作戦会議。
達筆な字で、今日の日付が降られたページにはそう書かれてあった。
「そう言えば、今日は作戦会議があったねぇ……」
リリスティはそう呟いてから、ハンガーに掛けられている軍服に視線を移した。
肩に大将を示す海軍の軍服。
「う~ん………なぁんで、いつも着る服を見て懐かしいと思うんだろうか。あたしって、何か馬鹿らしいな。」
リリスティは自嘲気味に言った後、目を覚まして以来、体に残っている不思議な感覚を振り払うように歩きだした。
同日 午前7時20分
自宅の横にある道場で、1時間ほど軽く汗を流したリリスティは、5分ほど風呂に入ってから普段着に着替えた。
薄紫色の半袖のシャツと、黒いロングスカートというごく普通の(見る人が見れば値が張る逸品だと分かるが)格好で居間に出た。
「あ、おはよう姉さん。」
居間には、弟であるウィムテルスと、ハウルストがカードゲームを行っていた。
その内の1人であるハウルストが彼女に声を掛けてきた。
どういう訳か、一瞬だけ、彼女は押し黙ってしまった。
「……姉さん?」
「……あっ、ごめん……おはようハウリィ……それと、ウィム坊。」
リリスティは、2人を愛称で呼んだ。
「どうしたんだい姉さん。まだ眠気が残ってんの?」
ウィムテルスが爽やかな表情で、リリスティに聞いて来る。
「う~~……軽ーく体を動かして来たんだけど、まだちょっと、残ってたみたいね。」
「姉さんは忙しいからな。昨日なんて1時前に家に帰って来てる。」
「いやはや、大将って大変なんだなぁ~っと!フルハウスだ!!」
ハウルストが、急に語調を変えながら、持っていた5枚のカードをテーブルに叩き付けた。
「……ぐはっ!?また上がりやがった!」
ウィムテルスが目を見開きながら叫ぶと、腹立ち紛れにカードを置いた。
「これから2ペアを作ろうとしていた時に……くそ!もう4敗目かよ!」
「ハッハッハ~。どうする?もう1回やるかい?」
「当たり前だ!キリラルブス乗りの意地を見せてやる!」
ウィムテルスは鬼気迫る表情で叫びつつ、凄まじい勢いでカードの束を混ぜまくった。
テーブル越しに謎の激闘(ハウルストが勝ちまくる一方的な展開だが)を続ける2人は、リリスティの弟である。
右側に座っている短髪で端正な顔立ちのウィムテルスは、シホールアンル陸軍第202石甲師団に所属しており、レスタン戦ではアメリカ軍との戦闘を行い、
辛い後退戦も経験しているが、何とか生き延びてきた。
軍での階級は少佐であり、1か月前に大隊長に任命されたばかりだ。
左側に座っている髪を首元まで伸ばし、少年の様な面影が残っているハウルストは、陸軍第6攻撃飛行団の一員として前線で戦っており、昨年の9月に
起きたレビリンイクル沖海戦に参加し、敵空母に魚雷を叩き込んだ事もある。
今は大尉に昇進し、攻撃型ケルフェラクを装備する1個飛行中隊の指揮官を務めている。
2人は、2日前から休暇で家に戻っており、こうして暇があれば、2人で仲良く遊びに興じていた。
(それにしても……前線を経験してきたせいか、2人の雰囲気が出征前と比べて、なんとなく変わったような気がするな。)
リリスティは心中で呟きながら、逞しく育った2人の弟に今後も生き残ってくれよと願っていた。
「そういえば、さっきから変な遊びをしているようだけど……」
「ああ、これかい?」
ウィムテルスは、カードを混ぜながらリリスティに顔を振り向いた。
「トランプって奴だ。で、今遊んでいるのは、このトランプを使ったポーカーというカードゲームさ。たまたま、帰る時に乗った列車に同席した
ルイクスの兄貴から、このカードを貰った後に、こんな遊びもあると教えてくれたんだ。」
「ルイクスから……もしや、戦利品?」
「当たりだ。こいつは捕虜から分捕った物らしいぜ。」
ウィムテルスはニカッと笑った後、シャッフルを止めてハウルストにカードを配った。
「ルイクス……あいつ、かっぱらい癖でも付いたのかしら………」
リリスティは、次から次へと贈り物を配って行くルイクスに対し、そんな印象を抱き始めていた。
「そういえば、姉さんも今日は休みかい?」
「んなワケ無いでしょう、ウィム坊。今日も宮殿で皇帝陛下御臨席の作戦会議があるよ。」
「……なんか、聞いただけで胃が重くなるような会議だね。」
ウィムテルスは、顔をやや引き攣らせながらリリスティに言う。
「そ。大将って本当に忙しいわねぇ。」
「厳密には、海軍次官という肩書があるからじゃないかな?」
ルイクスの問いに、リリスティがこくりと頷く。
「まぁ、大方はそうなんだろうね……しかし、幾らややこしいとはいえ、肩書きの名前をささっと変えるとは。この行動力の良さを
他に活かせないもんかねぇ……ウチの連中は。」
リリスティは愚痴をこぼしながら、2人の元を離れていく。
リリスティは、9月1日をもって、海軍総司令部副総長の代わりの役職となる、海軍次官に就任した。
海軍次官とは、9月より施行される海軍総司令部での新しい役職で、やる事は副総長と同じく、海軍総司令部内での次席指揮官として、
トップであるレンス総司令官を補佐し、総司令部内の幕僚を纏める事だ。
要するに、名前だけは変わったが、やる事は副総長時代とほぼ一緒という、リリスティからすればどうでも良いと言える代物だ。
とはいえ、海軍次官に就任してからは、妙に仕事が忙しくなった。
副総長時代にはなかった外地への視察や、関係部署の根回し等の雑事が増え、帰宅時間も副総長時代と比べてやや遅くなった。
どちらかというと、自由人と自負しているリリスティにとって、この一連の激務は体に応えたが、就任したからには最後まで手を抜くつもりは無かった。
だが、体は正直であり、気合で何とかしようにも疲労には敵わなかった。
(そのせいで、訳の分からん夢まで見てしまうし……忙しすぎるのも考え物だよねぇ)
リリスティは細目になりながら、肩を竦める。
朝食まで暇を潰そうと考えた彼女は、自室に戻って本を読む事にし、今を後にしようとした所を、妹のサチェスティとレヴィリネの2人と
ばったり出くわした。
「おっと!あっ、おはよー姉さん。」
「リリスティ姉さんおはようございますぅ。」
2人は、共に異なった口調でリリスティに朝の挨拶を送る。
「おはようさーん。むむ……サチェスティどうしたの?やたらに眠たそうな顔をしてるけど。」
「いや………別に大した事じゃ。」
「実はね、サチェスティ姉さんって今日、朝帰り」
「ぶわー!べらべらと喋ってんじゃねぇ!!!」
おしとやかな口調で喋ろうとするレヴィリネの口を、サチェスティが殺気さえこもった手付きで押さえ込んだ。
「ちょ!むー!!」
「ま、まぁ……仕事が忙しすぎてね!いやぁ、本当に大変なもんだわー。今度の休みは一日中眠りっぱなしじゃないと、この疲れは
取れないかもしれないわねぇ。と言う事で、また後でね!」
サチェスティは鮮やかな作り笑いを浮かべた後、妹の口を押さえたまま居間に向かって行った。
「……あのバカ。また男と遊んでたのね。」
サチェスティの嘘を見抜いていたリリスティは、苦笑を浮かべながら、自分の部屋に向けて歩いて行った。
朝食を終え、時間が来るまで何かとやかましい居間で読書と、妹と弟達相手に雑談を楽しんだ後、リリスティは使用人が出した馬車に乗って帝国宮殿へと向かった。
午前9時55分 帝国宮殿
リリスティは馬車を降りた後、宮殿付き武官の案内のもと、宮殿内にある作戦会議室に向けて足を運んだ。
1分ほど間を置き、作戦会議室のあるドアの前に辿り着いた。
武官が薄灰色の軍服を付けたリリスティに向けて頷いてから、ドアを2度ノックする。
「失礼します。」
武官は丁寧な仕草でドアを開けた。
「リリスティ・モルクンレル次官がお見えになりました。次官、どうぞ、中へ。」
「ご苦労。」
彼女は武官に礼を言いながら、室内に入って行った。
宮殿の作戦会議室は、一般の司令部と同じような、質素な作りになっており、壁には戦線の戦況地図等も張り付けられている。
部屋の大きさは小さいが、それでも、机の両側には20人ほどが座れるスペースがあった。
リリスティは、陸軍側の将官と向かい合う形で座っているレンス元帥を見つけると、その隣に座った。
「総司令官、おはようございます。」
「おはよう、提督………」
どういう訳か、レンス元帥はリリスティの顔をまじまじと見つめていた。
「あの……どうかされましたか?」
「いや、何か雰囲気が変わったなと思ってな。」
「雰囲気?」
「ああ。妙に落ち着いたような……」
「落ち着いたですか……まぁ、前と余り変わらないと思いますが。」
「ふむ……まぁいい。」
レンス元帥は複雑そうな表情を浮かべつつ、机に置かれている地図に目を向け直した。
リリスティも、目の前にある地図に注目する。
(これは……ヒーレリ領と帝国本土南部の地図か……)
彼女は、地図上に引かれた防衛ラインと、師団や軍団を現す駒を見つめながらそう思った。
地図を眺めている内に、時間はやって来た。
ドアが開かれ、先程の武官が室内に顔を出した。
「皇帝陛下がお出でになられました。」
武官の声が響くと同時に、作戦室に居る陸海軍の将官4名は、一斉に立ち上がった。
ドアから、シホールアンル帝国皇帝オールフェス・リリスレイが現れた。
オールフェスは、硬い表情のまま室内を歩き、レンス元帥の左斜め前にある玉座に腰かけた。
「「おはようございます。皇帝陛下。」」
参加者一同は、声を一にして皇帝に挨拶を送る。
「おはよう諸君。休んでいいぞ。」
オールフェスは、いつにも増して堅い口調でそう言い、参加者達を座らせた。
「日々多忙の中、ここに集まってくれた諸君らに対し、まずは礼を述べさせて貰う。」
彼は、参加した陸海軍の首脳達に労いの言葉を送った。
「君達も知っていると思うが、今、我が帝国は建国以来、味わったことの無い未曾有の危機に直面している。かつて、北大陸を制覇し、
南大陸にまで版図を有していたシホールアンルは、今や、外領がレスタンとバイスエ領のたった一部を残すだけとなってしまった。
前線では、南から進軍してきた連合軍を、わが精強なる帝国軍が必死に食い止めているが、連合軍はあらゆる手を使って、我が国に
揺さぶりを掛けて来ている。」
リリスティは、オールフェスの表情が幾分曇るのがわかった。
「先日起きた、アメリカ軍のランフック大空襲は、死者63820人、負傷者19万人、罹災者83万人を出すという事態に至ったが、
これは連合軍の標的が軍のみならず、帝国の民にまで及び始めた事を如実に表す結果となっている。先の空襲において、国民はこの
無差別爆撃に憤激し、連合軍に対して徹底抗戦を行うべきと言う声が非常に多くなっている。私個人としては、国民に計り知れない
犠牲が出た事に、誠に忍びないと思っているが……」
オールフェスの表情がますます暗くなり、視線も伏目がちになっていく。
だが、それも一瞬の事であり、彼は言葉を続ける前に、顔を上げた。
「国民はまだ、戦う事を諦めていない。いや、先日のランフック大空襲を見て諦められなくなった、と言った方が良いだろう。私達は、
国民の想いを叶える為にも、出来る限りの事をしなければならない。」
オールフェスは一旦言葉を切り、参加者の顔を見回す。
リリスティとも目が合ったが、オールフェスはすぐに視線を外した。
「今回、陸海軍の首脳部である諸君らを呼んだのは、今後の防衛計画をどのように考えてあるかを再確認すると同時に、現状で取れる
最善策は何であるかを考えるためだ。私個人からはあまり言える事は無いが………って、何か堅苦しくなって来たなぁ。」
オールフェスは、急にいつもの語調で苦笑しながら言った。
それで雰囲気が解れたのか、将官達も苦笑いを浮かべた。
「要するに、君達が考えた作戦計画をここで発表してくれって事だ。俺も武官の報告を聞きながら、ここで戦線がどうなっているか
考えたりするが……今日は武官達よりも情報を多く持っている専門家達に、防衛計画を話して貰いたい。」
オールフェスは、陸軍総司令官のウィンリヒ・ギレイル元帥に目を向ける。
「まずは、陸軍の話から聞こうか。」
「はっ。それでは……」
ギレイル元帥は、隣に座っている陸軍次官のヴングリ・ルゼニス大将に顔を向け、頷いた。
「陸軍の作戦計画を述べさせていただく前に、まずは前線の状況を説明させていただきます。」
ルゼニス将軍は用意された指示棒を手に取り、机の地図を使って説明を始めた。
「現在、我が帝国軍は、ヒーレリ領西方と北東部、並びに東部地区に防衛線を構築しております。ヒーレリ領と同じく、バイスエ領西部地区にも
防衛線を構築しております。我々は、この広い防衛線の中でも、特に重要度の高いバイスエ西部地区と、ヒーレリ領東方……我が帝国本土西方
にある属領地帯の防御を強化し、ここに絶対防衛線を敷く事で、連合軍の侵攻を阻止する事を計画しております。」
ルゼニス将軍は、淀みない口調で説明を続けていく。
「ですが、この東部、並びに西部絶対防衛線で対峙している連合軍部隊は、殆どが戦車や装甲車を主軸とする機械化部隊です。防衛線の我が
部隊は、石甲部隊の強化によってある程度機動化が進んでいる物の、未だに歩兵中心の部隊が多いため、強力な航空支援のもとに行われる、
敵の猛攻に長く耐え続ける事は出来ません。誠に不本意ですが、敵が本気で攻め立ててきた場合、絶対防衛線が満足に機能出来る期間は
あまり長くは無いでしょう。ですが、手は無いわけではありません。」
ルゼニス将軍は、指示棒の先を、ヒーレリ領東部から、帝国本土国境にまで下げた。
「帝国本土国境沿いには、ヒーレリの侵攻に備えて建造された要塞群が幾つもある他、1年半前より建設された強固な要塞陣地があります。
この付近には、対米戦を経験してきた精鋭の歩兵師団を配備します。そして、周囲には石甲師団を主軸とする予備機動軍を配置し、激戦で
披露した連合軍部隊をこの予備機動軍でもって攻撃する事が出来ます。バイスエ領から攻める敵軍に対しても、同じような方法で敵の
侵攻に対応する予定です。」
「ルゼニス次官の今説明している案ですが、これは、陸軍総司令部で考えた防衛計画の第1案になります。」
「というと……陸軍としては、力押しで攻め立てて来る連合軍を徹底した防御で消耗させ、最後には、こちらの有利な土地に誘い込み、
温存しておいた石甲軍団で敵主力を捕捉、殲滅するって事かな?」
「そうなります。」
オールフェスの問いに、ギレイル元帥は頷きながら答える。
「少しばかり消極的過ぎる感もあるが……今の状況では仕方ないか。」
「……防御ばかりでは無く、攻撃を前提にした案も考えております。」
ギレイル元帥は、ルゼニスに目配せをする。
「先の案では、防御を主体としていましたが、今から説明する案は、我が方から攻撃を行う事を想定した物になります。」
ルゼニスは、先と同じように事務的な口調で説明しながら、指示棒を振るう。
「我が帝国軍が攻撃を行うとすれば、一時的でも制空権を奪取する必要があります。そのためにはまず、帝国南部航空軍の総力と、
帝国本土中部防空軍の3分の1……約4000の航空兵力を投入して敵の前進航空基地を奇襲攻撃し、制空権を奪回後、石甲師団を
先頭に戦線を突破し、敵野戦軍の包囲、殲滅を狙って行きます。私が指示棒で現している通り、この反攻作戦はヒーレリ領において
行われます。バイスエ戦線でも同様な攻勢を計画していましたが、戦力不足のため、バイスエ戦線では防御に徹して貰います。
敵野戦軍の殲滅後は、そのままリーシウィルム方面まで電撃的に侵攻し、リーシウィルム以北に残っているであろう敵軍を、ヒーレリ西部と、
北部防衛の友軍部隊と共同で包囲を行い、この敵軍の殲滅を狙います。その後は敵の反撃をいなしつつ、戦線を縮小し、最終的には元の戦線を
構築しますが……この作戦が成功すれば、ヒーレリ方面の連合軍は、最低でも半年……良くて1年は、攻勢が不可能になるでしょう。」
「なるほどね……成功したら、連合軍の連中に大怪我を負わせられそうだな。もっとも、こっちの損害も馬鹿にならんだろうが。」
説明を聞き終えたオールフェスは、現状ではこんなもんかと思いながらも、納得した表情でルゼニスに言う。
「投入戦力はどれぐらいになる?」
「はっ。防衛線の際には34個師団、14個旅団。攻勢を行う場合には、48個師団、20個旅団を投入予定です。そのうち、石甲師団と、
石甲化機動師団は計29個師団を予定しております。」
「ふむ……帝国軍が保有する機動戦力の8割以上か。まさに、史上最大の作戦だな。」
オールフェスがそう呟いた時、それまで話を聞いていたリリスティが手を上げた。
「質問の方をよろしいでしょうか?」
「モルクンレル提督……はい。いいでしょう。」
ギレイル元帥が怪訝な表情を浮かべるが、すぐに快諾する。
「第1案と第2案を聞かせて貰いましたが……確かに、強大な連合軍を打ち破るには、こちらも動員可能な戦力を総動員しなければならないでしょう。
ですが、要塞内に籠るにしろ、敢えて攻勢に出るにしろ……その数を活かした戦いを行うには、1にも2にも、物資が必要になると思われます。
私が思うに……作戦を遂行する為に使用する物資の量は必ず備蓄できると、陸軍側では考えておられるようです。」
「……どういう事ですかな?」
ルゼニスが言っている意図が分からないとばかりに質問する。
「はい。私が言いたいのは……南部領に戦力を集中した所を、敵が見計らって、補給路を徹底的に爆撃するのではないか?と言う事です。」
「補給路の事ですな。その事に付いては、我々も対抗策を考えております。」
ルゼニスが自信ありげに答える。
「補給路に関しては、秘密裏に開設した補給ルートを幾つか確保しており、これらは入念な偽装を施され、空から発見し難い様にしてあります。」
彼は、ヒーレリ領東部国境付近から、要塞陣地群のある戦域までを指示棒の先でなぞった。
その辺りには、広大な森林地帯が連なっており、前線であるクリスラ領の平野部の近くまでは、この天然のカバーでもって地上の様子を隠す事が出来る。
「また、発見された時に加えて、主要補給路には、常時ワイバーン隊を待機させる他、各所に対空大隊を布陣して敵の航空攻撃に備える予定です。
本来なら、飛空挺隊の増援も投入して護衛戦力の拡充を図りたかったのですが、先日以来の空襲で、最低でも2個戦闘航空団の飛空挺を中部地区の
各主要都市に張り付けなければいけなくなりましたので、今の所はこの案で行くしかありません。」
「飛空挺300機が使えないのはかなりの痛手ですが、この場に至っては致し方ありませんな。」
ギレイルが相槌を打つ。
「致し方ありません……ですか。しかし、補給路が断定されれば、その時点で連合軍側は総力を結集して、補給路の爆撃に取り掛かる可能性もあります。
補給路が寸断されれば、絶対防衛線や要塞内の部隊はたちまち補給が滞り、敵の攻勢に長く耐えられぬかもしれません。」
「提督。その辺りに関しても対策は打ってあります。既に、これらに部隊に対して、過剰ともいえる量の物資を輸送しており、例え補給線が寸断されても、
要塞陣地の部隊が最低で3カ月は耐えられる程の量を備蓄させる予定です。」
ギレイル元帥はそう言い放った。
その時、リリスティの脳裏に、夢の中で見た光景が一瞬だけ蘇る。
「……敵があまり思考しない、猪突猛進の戦馬鹿であれば、補給路が寸断されても攻勢を跳ね返す事は可能でしょう。しかし、連合軍は強力な機械化部隊を
有している上に、空を覆い尽くさんばかりの航空部隊を有しています。そして……ランフック市の同胞、6万名以上の命を失った、スーパーフォートレスも。」
「おい……モルクンレル提督。」
レンス元帥は、小声で口が過ぎるぞと注意するが、リリスティは構わずに続けた。
「我々も思考すると同時に、敵も充分に考えながら軍を動かします。先の第1、第2案は確かに素晴らしい。ですが、はっきりと申し上げます。
敵がスーパーフォートレスも含む全航空部隊を投入して補給線の分断を図れば、先の案の実施すら、難しくなると思います。無論、敵の攻勢は
一時的にしのげるでしょうが……それ以降はどうなるか。陸軍軍人のあなた方なら、私が話さずとも理解できると思いますが。」
「モルクンレル提督。それ以上は止めたまえ。」
隣のレンス元帥が、睨みつきながら言う。
「私が言いたいのはそれだけです。」
リリスティは、内心言い過ぎたかと後悔したが……予想に反して、ギレイル元帥とルゼニス大将は、陸戦には門外漢である海軍軍人が、
陸軍の作戦に駄目押しをしたにもかかわらず、怒りに顔を赤く染める事も無ければ驚くそぶりも見せなかった。
むしろ、2人の顔には、どこかで似たような事を言われたとばかりに、小慣れた表情すら浮かんでいた。
「………提督。あなたは任官以来、ずっと海軍一筋でしたな?」
「はい……そうですが。」
レンス元帥の問いに、リリスティは途中、間を開けながら答える。
「ふむ……貴官とはこれまでに、合同会議で何度か顔を合わせたが、ここまで突っ込んで来るのは初めてです。」
「私の話で気を害したのならば、今ここで非礼をお詫びいたします。」
「いや、別に気を害した訳ではありません。実を言いますとね、私とルゼニスは2日前に、貴官が言われた事と似たような考えを、
別の将官に言われているのですよ。」
「え?」
「私はその将官の意見と、その後に彼から提案された作戦計画をもとに、第3計画を急いで作成しました。この第3案は未だに作成中の物ですが……
大方の骨子は既に決まっておりますので、今からご説明いたします。」
レンス元帥は先と同じように、ルゼニスに視線を向けた。
「それでは、第3案の説明を致します……」
同日午後2時 ウェルバンル首都 海軍総司令部
皇帝隣席の作戦会議を終えたリリスティは、宮殿で会食を終えた後、海軍総司令部へ足を運び、そこでしばしの休憩を取ろうとしていた。
彼女が休憩の暇潰しに使う場所は、司令部内にある休憩室なのだが、この日は海軍情報室に足を運んでいた。
リリスティはドアをノックする。
「はーい。開いてますよー。」
中から声が聞こえて来る。彼女はドアを開いた。
「あら、これはこれは。モルクンレル次官。」
椅子に座って資料に目を通していた、海軍総司令部情報参謀のヴィルリエ・フレギル大佐は、リリスティを見るなり敬礼を送る。
それに対して、リリスティも答礼した。
「…………」
「ん?どしたのヴィル。」
「いや……なんか妙に雰囲気が違うなぁと思って。」
リリスティはまたかと思いつつも、苦笑を浮かべてヴィルリエの言葉を否定した。
「どこも違わないわよ。まぁ、正直に言えば眠気のあまりちょっとだらけているかな。」
「リリィがだらけている・・・・・・ねぇ。服はいつも通り、ピシッ!と決めちゃってどこも隙が無い様に見えるのに。」
「あんたが色々とおかしいのよ。」
リリスティは半目になりながら、相変わらず、軍服を適当に着崩している情報参謀に呆れた口調で言った。
「他の連中は居ないみたいだね。」
「外でメシ食いに行ってるよ。リリィは昼食は済ませた?」
「ええ。宮殿で食べて来た。ヴィルはまだ済ませてないの?」
「今しがた食べた所だよ。それはさておき……提督、どうぞお座り下さい。」
ヴィルリエは、途中、ややおどけた声音にないながら、リリスティの座る椅子を用意した。
「うむ。例を言うぞ、情報参謀。」
リリスティもヴィルリエの口調に乗る形で、堂々とした動きで椅子に座った。
「うわ、何か似合わねぇ。」
「ヴィルぅ……変な事ばっか言ってると、北方の僻地にとばしちゃうぞ?」
「いやいや、ただの冗談だよ。気にしないで。」
ヴィルは苦笑しながら、持っていたキセルに火を付けた。
「……宮殿で食べて来たとなると、今日は陸軍さんの首脳部との作戦会議かい?」
「そうだね。お陰で、肩肘ばっかはるもんだから肩がねぇ……」
「ふ~む……その様子じゃあ、なかなか、ストレスの溜まる会議だったようだね。」
「ストレスの溜まらない会議なんてないわよ。」
リリスティは右手をヒラヒラと振りながら言う。
「じゃあ、その会議の話は聞かない事にしておくよ。休憩中に仕事の話はしたくないしね。」
「その気遣い、本当に助かるわ。」
ヴィルリエの粋な計らいに、リリスティは心の底から感謝した。
「ふぅ……それにしても、さっきの感じは何だったんだろうねぇ。」
「ん?何が?」
「リリィから感じた雰囲気さ。いつもと違って、やたらに落ち着きがあるのと……いつも以上に悲壮感が感じられる所が、なんかね。」
「落ち着きと悲壮感……ね。」
リリスティはそう呟きながら、心中では未だに、朝見た夢の事を思い出していた。
(う~ん……どうも、夢から覚めてから今まで、皆に似たような事を言われている。それほど、あの夢に影響を受けちゃったのかなぁ)
彼女は気難しい表情で考え事をする。
「リリィ、どうしたの?何か悩みでもあるの?」
「ああ……悩みていうか、何と言うか……実はね、あたし、不思議な夢を見たんだ。」
「不思議な夢?」
「ええ。なんか、やたらに壮大な夢なんだけど……」
リリスティは、ヴィルリエに自らが見た夢の内容を、覚えている範囲内で説明し始めた。
20分後……
「へぇ……つまり、夢の世界では、あんたは前線で大暴れしまくったけど、最終的には死んじゃった、と言う訳ね。」
「何かを脱出させる事に成功した後に死んだから、不思議と失望感みたいなのは感じなかったな。」
「しかし……なんか臨場感たっぷりな夢だねぇ。ドロドロとした内部対立とか、うちの現状と微妙に似ていたりするし。」
「あんな、永遠に長く感じられる夢を見るのは初めてよ。」
「ねぇ………あんたが夢の中で使ったと言っていた1人乗り機械ってどんな格好?ちょっと書いてみてよ。」
「え?今から?」
リリスティは困惑するが、ヴィルリエは強引に紙とペンを押し付けた。
「あんた、昔から絵が上手かったでしょ?夢の中じゃ、暇つぶしに軍艦を書いていたって言うし、簡単でいいから描いてみてよ。」
「めんどくせぇけど………じゃあ、ちょっとだけ。」
リリスティは嫌々ながらも、ペンを握って絵を描き始めた。
リリスティの筆さばきは、小さい頃から暇を見つけては、筆を握っていた事もあって中々の物であり、あっという間に全体図を書いて行った。
それから10分程でリリスティは絵を描き終えた。
「こんな物かな。あまり細部は覚えていないけど。」
「なんか……結構いかついねぇ。でも、これって……人型兵器?」
「見た感じはそうね。夢の中じゃ、この鉄製のゴーレムに乗って敵と戦っていたな。時には魔道銃で敵を蹴散らしたり、ある時はこの
ゴーレム専用の大剣を使って敵を切り飛ばしたり、色々やりたい放題だったな。」
リリスティや、この機械の正式の名前が何であるかを思い出しそうになるが、口からはゴーレムや魔道銃という言葉が自然に出ていた。
「なかなかバランスが取れた格好してるじゃない。これが陸軍にあればねぇ。」
「制空権さえ取っていれば無敵だと思う。まぁ、地域や、その場の戦術に因るのはこいつも一緒だった気はするけど。」
リリスティは肩を竦めながら、ヴィルリエに説明する。
「まぁ、こんな物は夢想だから。実際に兵器として開発するとなると、かなり無理があるね。」
ヴィルリエは、キセルを吸いながらそう言った。
「どうして、あたしはあんな夢を見たのかなぁ……やっぱり、ストレスが原因かな。」
「だろうね。」
リリスティの言葉に、ヴィルリエは頷きながら答える。
「人間が見る夢ってのは往々にして変わる物だけど……自分の望む願いや、受けたショックが混ざりに混ざって不思議な夢を見る、
って言う事も充分にあり得る話だよ。あたしが推測するに、リリィはここ一連の激務で参っていたけど、心のどこかで前線で戦いたい
と思う気持ちがあり、それがさっきの不思議な夢を見るきっかけになったと思う。」
「なるほど……確かに、前線に戻りたいと思う気持ちはあった。じゃあ、あたしが受けたショックというのは何かな?」
「この間のランフック空襲だね。」
ヴィリエは断言する。
「あの空襲が起きた後、リリィはアメリカ軍の無差別爆撃に強いショックを受けたよね?」
「うん。一夜にして、6万人が死んだと聞いたのは初めてだったからね。」
「……あの空襲は、明らかに民間人も狙った計画的な物だった。あたしも、リリィもその事は充分に承知している。そして、アメリカの
理性の箍が完全に外れたら、いずれはシホールアンル中の全都市に、ランフックと同じ悲劇が起きるかもしれないとも考えた。」
「ええ。前線も後方も無い、まさに、皆殺しの殲滅戦ね。」
「恐らくは、その考えが……夢の中に居た、降伏の交渉すら受け入れない未知の異形という形として出て来たと思う。」
「え……つまり、あの化け物はアメリカ……と言う事?」
「そう言う事。」
ヴィルリエは、灰皿に焼けた灰を落とし、キセルを机に置いた。
「……あんたが見たあの夢は、シホールアンルの未来を暗示していると言っても過言ではないのよ。」
「でも……アメリカや連合国は、ヴィルフレイング宣言を受諾すればそれで良いと言っていた筈……」
「その通り。でもね、リリィ。そんな条件なんて、時間が経てば変わっちまう物なんだよ。あれほど、精密爆撃にこだわっていたアメリカ軍が、
無差別爆撃を敢行したように、降伏の条件がより苛烈な物に変わらないと言う保証は無いんだ。」
「じゃあ……シホールアンルは………」
「どっちに転んでも、負けるしかないね。」
ヴィルリエはきっぱりと言い放った。
「……リリィが見た夢は、リリィ自身も、早く道を決めなければこうなってしまう……と考えていた末に生まれた物かもしれない。」
「………」
ヴィルリエの言葉に、リリスティは顔を俯かせた。
「それから、リリィの家にまつわる、“感受性の良さ”も原因の一つかもしれないね。」
「はぁ?何言ってんの……あたしは魔術を使えるとはいえ、普通の人間よ。そんな神秘的な物とは関係ないわよ。」
「いや、ただの冗談よ、冗談。」
ヴィルリエは邪気の無い笑顔を浮かべた。
それに吊られて、リリスティも強張っていた頬を幾らか緩ませた。
「あたしは色々言ったけど……夢は夢、現実は現実って分けていけばいいわよ。どうせ、夢の中の物語なんて、いくら臨場感があってもその内忘れるしね。
まぁ、あんたが見た夢は結構変わっているから、中々忘れ難いと思うけど。」
「そうだね、ヴィル。」
リリスティは苦笑を浮かべながら、頭を頷かせた。
この時になって、朝からまつわりついていた妙な感覚が、ようやく薄れてきた様な気がして来た。
「夢の話はこんな物で良いかな?リリィ。」
「ええ。」
「じゃあ、別の話題に移るとしますか。」
ヴィルリエは、今度は自分の番だと意気込み、話を始めようとした時、情報室のドアが外からノックされた。
「失礼します!」
室内に紙を携えた魔道将校が入って来た。彼はリリスティとヴィルリエに敬礼した後、持っていた紙をヴィルリエに渡して退出して行った。
「……あ~あ、とって置きの話をしようと思ったら……空気読めねぇ奴は本当に嫌いだわぁ。」
「どうしたのヴィル?」
紙の内容を読むなり、急に不機嫌になるヴィルリエ。
リリスティは、そんなヴィルリエを見て、首を傾げつつも、彼女の肩を叩きながら質問する。
「マルヒナスに張っている、愛しのレンフェラルちゃんから通信よ。どっちから聞きたい?」
ヴィルリエは、両手に1枚ずつの紙を持ち、その裏面をリリスティに見せた。
「じゃあ……そっちから聞こうかな。」
「りょーかい。」
ヴィルリエは、リリスティの指差した、右手に持つ報告書を読み始めた。
「本日午後12時30分。マルヒナス運河東口の沖を航行する、米空母2隻を含む艦隊を発見。敵空母2隻は、いずれもエセックス級空母と思われる。
敵艦隊の進路は東方面なり。」
「アメリカ軍空母の情報か……空母が2隻東に向かったとなると、この2隻はアメリカ本国への帰還組みかもしれないわね。」
リリスティは腕を組みながら、レンフェラルの発見した2隻の空母の行き先を推測する。
「前線に存在が確認されている敵の高速空母は20隻だから……エセックス級2隻が減っても18隻か。あんま変わんないわね。」
「護衛用の小型空母の数は?」
「あんなのまで数えたくないわ。頭が痛くなる……」
リリスティの本音を聞いたヴィルリエは、お気の毒にと言わんばかりの笑みを浮かべた。
「じゃあ、この報告書の内容を聞いたら、リリィの頭は確実に痛くなるね。」
「へ?まさか……」
「そう、そのまさかよ。」
ヴィルリエはため息を吐きながら、2枚目の報告書を読み始めた。
「本日午後1時。マルヒナス運河西口沖にて、空母4隻を中心とする敵機動部隊を発見せり。敵部隊の進路は北西。空母のうち、1隻は大型で、
リプライザル級航空母艦である可能性、極めて大なり……どう、頭が痛くなった?」
「ええ、思いっきりね。」
リリスティは、げんなりとした表情を浮かべながら、ヴィルリエに言った。
1485年(1945年)9月7日 午前9時 レスタン民主国レーミア湾
アイオワ級戦艦7番艦ケンタッキーの艦長を務める、リューエンリ・アイツベルン大佐は、艦橋の張り出し通路から見える光景に胸を打たれていた。
「副長。こいつは凄い光景だな。アイオワ級戦艦の1番艦から6番艦までもが、横一列にズラッと並んでるぞ。」
「アイオワ級だけではありません。サウスダコタ級戦艦も3隻、全てが前に揃っていますよ。空母群はうちらの後ろに居ますが、こっちも数隻ずつが
横に並んで停泊しています。こりゃ、ちょっとした観艦式ですなぁ。」
「確かに。何しろ、太平洋艦隊の主力が一堂に会しているんだからな。」
リューエンリは副長にそう言い返しながら、胸の内ではこれまでに感じた事の無い高揚感に包まれていた。
レーミア湾には、第5艦隊の主力である第58任務部隊と、第57任務部隊の全艦艇が集まっていた。
まず、目を引くのは、横一列にならんだ7隻のアイオワ級戦艦である。
並び順は右からケンタッキー、イリノイ、ニュージャージー、アイオワ、モンタナ、ウィスコンシン、ミズーリとなっている。
並びは順不同であり、各艦にはそれぞれ、事なった洋上迷彩が塗られている物の、これまでの大海戦で活躍し、名実共に世界最強と謳われる巨大戦艦が、
7隻も勢揃いしたこの光景は、戦艦乗りにとって胸躍らずにはいられない物と言える。
アイオワ級のやや前方には、3隻のサウスダコタ級戦艦が停泊している。
アラバマ、サウスダコタ、マサチューセッツの3戦艦は、アイオワ級戦艦と比べると、小振りで地味な感がある物の、これまで機動部隊同士の戦いで
母艦群を懸命に援護し、水上砲戦では常に健闘を続けた歴戦の艦である。
また、この3戦艦は、本国で主砲を45口径16インチ砲から50口径16インチ砲に換装した事もあって、主砲の砲身が以前よりも長くなっている。
それがこの3戦艦の雰囲気を強く醸し出しており、後ろの最新鋭戦艦にも勝るとも劣らぬ精悍さを、周囲に見せ付けていた。
空母群では、第5艦隊に所属する高速空母22隻が数隻ずつのグループに別れて停泊している。
空母の中には、大西洋艦隊から転戦した空母ゲティスバーグも含まれているが、中でも目を引くのは、横一列に並んだリプライザル級航空母艦3隻であろう。
アメリカが建造した空母の中では最も大型であるこの3隻は、戦艦とはまた違った雰囲気を滲ませている。
この3隻の内、1隻は4月に竣工したばかりの最新鋭空母サラトガⅡである。
サラトガⅡは、レビリンイクル沖海戦で撃沈された初代サラトガの名を受け継いでおり、今年の4月からリプライザル級航空母艦の3番艦として
活動を開始している。
甲板上に並べられた艦載機は、最初からF8FベアキャットとAD-1スカイレイダーで占められており、航空攻撃の際には、その強大な攻撃力を
思う存分発揮してくれる筈である。
この他にも、デ・モイン重巡洋艦の2番艦であるカンバーランドと、ウースター級防空巡洋艦の2番艦ロアノーク、3番艦サヴァンナⅡが艦隊に
加わっており、補助艦艇の戦力も以前と比べて強化されていた。
「艦長、来ました。」
リューエンリは、副長が指差す方向に目を向けた。
彼の乗艦であるケンタッキーに向けて、1隻の内火艇が航行していた。
「来たな……よし、下に降りて出迎えよう。」
リューエンリはそう言うなり、艦橋の張り出し通路から艦橋内に戻り、そのまま左舷側甲板に降りて行った。
程無くして、リューエンリは副長と共に、左舷全甲板に設けられた階段の上で、内火艇から乗艦してくる人物を待った。
階段を上り終えたその人物は、リューエンリを見るなり微笑んだ。
リューエンリは、ケンタッキーを旗艦とする任務群の司令官に対して敬礼を送った。
「お待ちしておりました。司令官。」
「うむ。久しぶりだな、参謀長。」
第58任務部隊第7任務群の司令官である、ウィリス・リー中将は、リューエンリに向けて親しげに声をかけた。
「ハッ!お久しぶりであります。」
「おっと……君はこの艦の艦長だったな。失礼した。」
「いえ、お気遣いなく。司令官、こちらはケンタッキーの副長を務めます、ライクリン・ヴォルケン中佐です。」
「よろしく、副長。」
「ハッ!」
リーは微笑みながら言いながら、ヴォルケン副長と握手を交わした。
「艦長。今日から世話になるぞ。」
「はい。よろしくお願いします。」
リーは、同乗して来た幕僚達を紹介した後、リューエンリに連れられて、ケンタッキーの艦内に入って行った。
とある戦艦で司令官着任の挨拶が行われている間、別の巡洋艦でも、司令官交代のセレモニーが行われていた。
「第5艦隊の指揮を、お渡しいたします。」
“前”第5艦隊司令長官のレイモンド・スプルーアンス大将は、テーブルの向こう側に居る新司令長官に向けて、事務的な口調で言った。
「第5艦隊の指揮を継承いたします。」
新第5艦隊司令長官フランク・フレッチャー大将は、やや早口でそう返した。
この時を持って、第5艦隊の指揮権は、スプルーアンスからフレッチャーに移る事となった。
「さて、指揮官交代のセレモニーはこれでお終いだな。」
フレッチャーは、それまで張りつめていた表情を崩し、陽気な口調でスプルーアンスに言う。
「うむ。これで、第5艦隊は君の物だ。好きに使いたまえ。」
「おいおい。太平洋艦隊司令部の許可なしには、おいそれと動かせんぞ。」
「ハハハ。それもそうだ。」
スプルーアンスは苦笑しつつ、椅子に腰を下ろした。それにつられて、フレッチャーも椅子に座った。
「これで、私はしばらくの間、本国で骨休みが出来るよ。最後の最後で悔しい思いをしてしまったが……」
「仕方あるまい。元々、ヒーレリ領は広過ぎたんだ。陸さんの戦力から見ても、早期にヒーレリ領全土を解放する事は無理な話だった。
むしろ、50個師団で大陸とも言えるヒーレリ領の3分の2を、電撃的に解放した事は称賛に値する。君達も、よくやったよ。」
「だが……夏の目覚め作戦は失敗に終わった。それだけは動かしようの無い事実だ。あの時、もっと早い時期に、増援の空母部隊を
送っていれば、占領地を更に広げられたのかもしれないが……まっ、過ぎた事を悔いても仕方ないな。」
ヒーレリ領の早期完全開放を目指した夏の目覚め作戦は、シホールアンル軍がヒーレリ北部と北西部、東部の一部に大規模な
増援を送った事で戦線が膠着し、作戦開始から1カ月以上が経った9月2日には、前進はほぼ不可能となり、9月3日付けを
もって連合軍は作戦を中止した。
作戦の初期には、ヒーレリ駐留軍の半数以上を包囲殲滅し、シホールアンル軍を震え上がらせたこの作戦も、完遂とまでは
行かなかったのである。
戦術的には、敵に大量の損失を強いた連合軍側が有利であったが、最終的には、ヒーレリ領の早期解放を頓挫させたシホールアンル側に
軍配があがる事となった。
だが、連合軍はこの作戦失敗にめげる事は無く、今度は南部領の包囲作戦を前提とした、新たな攻勢作戦の準備に取り掛かろうとしていた。
「ところで、君は今しがた、この第5艦隊を使って何かをやろうと考えているかね?」
スプルーアンスは、何気無い口調でフレッチャーに問う。
「やろうとしている事……か。しっかり考えてあるぞ。」
「ほう。何をするつもりかね?」
「命令が下るまでは何も出来んが、許可が下りたら、近い内に挨拶に行こうと思っている。」
「挨拶?どこにだね?」
「なあに……ちょいとばかり、ここから北西にあるヒレリイスルィにちょっかいを出すだけだ。ちょっかいと言っても、全任務部隊……、
22隻の高速空母を群を動員して、だがね。」
フレッチャーの大胆な考えに、スプルーアンスはやはりなと呟いた。
「なかなかの張り切り様だな。いきなり敵の本国に殴り込むというのは、ちと考え物だが……この大戦力なら敵の反撃ももたちどころ
に粉砕できるだろう。」
「とはいえ、流石に太平洋艦隊司令部でも、いきなり第5艦隊主力を敵本国に突っ込ませるのまずいという声があるらしい。だが、
ニミッツ長官やフォレスト・シャーマン参謀長は乗り気のようだから、近い内に許可は下りるだろう。」
フレッチャーの言葉を聞いたスプルーアンスは、このヒレリイスルィ攻撃のメリットを思い浮かべた後、太平洋艦隊司令部は
攻撃に賛同するだろうと確信した。
「敵本国攻撃だから、油断は出来んだろうが……開戦初期から艦隊を率いてきた君ならやれるだろう。シホールアンル軍に、
海賊ジャックの恐ろしさを再び味合わせてやれ。」
「勿論だとも。」
スプルーアンスはフレッチャーの意気込んだ返事を聞いてから、右手を指し伸ばした。
フレッチャーもすぐにスプルーアンスの手を握った。
「ジャック。第5艦隊を……連合軍随一の精鋭艦隊を、よろしくむ。」
「ああ、任せておけ、レイ。」
1485年(1945年)9月5日 午前6時 シホールアンル帝国首都ウェルバンル
瞼がゆっくり開かれると、そこには、見慣れた天井があった。
「ん……」
シホールアンル帝国海軍大将リリスティ・モルクンレル提督は、ふと、自分が本当にベッドの上で寝ているのかと思った。
「………」
無言のまま、数秒ほど天井を見つめた後、リリスティは上半身を起こした。
「朝………か。」
ぼんやりとした声音で呟いた彼女は、脳裏に、何かを思い出した。
このベッドで寝ている間、彼女は、夢を見ていた。
そして、その夢が終わった時、彼女は目覚めた。ただ、それだけの事。
だが……
「不思議な夢だったなぁ……」
リリスティは、自ら見た夢の事を、頭の中で思い出して行く。
思えば、何故あの不可解な夢を見たのかが分からなかった。
彼女は、夢の中で戦っていた。戦って戦って、必死に戦い続ける夢。
仲間が倒れようが、感傷に浸る暇も無く、夢の中で、無尽蔵に湧く異形を相手に必死に戦っていた。
戦いの狭間には、休憩の時の思い出や、吐き気を催すほどの内部対立などの記憶がよみがえる。
しかし、その詳細は、夢から起きた今となっては分からない。
それでも、リリスティは指揮下の部隊を率いて謎の敵と戦っていた。
だが、戦っている敵の正体が何であるのかが、今では分からない。
そして、彼女が何故、不思議な乗り物に乗って奮闘していたのか……夢の中の主人公であった彼女ですら、今は分からない。
確かな事は……夢の中の戦争では、相手が全く降伏を受け入れず……いや、その反応の是非を見る事すらかなわず、別の国を問答無用で制圧していた事。
そして、最後は何かを送り出すように戦い、指揮下の部隊が自分も含めて全滅した事。
そして……その最後は、決して無駄では無かったと確信し、満足気に死んでいった事。
これだけは、確かにわかっていた。
「……」
どういう訳か、リリスティは涙を流していた。
「はぁ………何で泣くのかなぁ。」
リリスティは、自然を涙を流す自分が理解できなかった。
「夢の中での話なのに……やば、涙が止まらない。」
彼女は幾度も涙を拭うが、一向に止まる様子が無かった。
だが、5分ほどそのままにしておくと、自然と落ち着きを取り戻した。
「よし……落ち着いた。とはいえ、何か体がだるいなぁ。」
リリスティは倦怠感に眉をひそめつつ、周囲を見回した。
「ふむ。確かに、我が家だね。って、また変な事言ってるし。」
リリスティは自分に突っ込みを入れながら、苦笑いを浮かべた。
「にしても、あちこちが曖昧な夢だったけど……いやにリアルだったなぁ。ていうか、あたしが乗ってた変な奴は何なの?あれが実際にあったら、
陸軍の連中が大喜びするのにな。」
彼女は、おぼろげながらも、自分が夢で乗っていた兵器を思い出した後、非常に悔しがった。
「ああ……ホント、人間の夢って不思議だな。時間の感覚が早かったような、遅かったような。でも、実際の時間に換算すると3、4年は夢の
世界に居たような感じがしないでもない。いや……それ以上に何か………」
リリスティは急に笑みを消すと、自分が見た夢の中で感じた教訓を思い出した。
「降伏を勧告して来る敵が居るだけ、まだマシと思い知らされたような気がする。はぁ……これも、最近忙しかったせいね。」
彼女は深いため息を吐いた後、ベッドから起き上がり、自らの机の前まで歩く。
机の上に置いてある手帳に手を伸ばしたリリスティは、ページをめくり、今日の予定を確かめた。
午前10時から、宮殿で皇帝陛下御臨席の作戦会議。
達筆な字で、今日の日付が降られたページにはそう書かれてあった。
「そう言えば、今日は作戦会議があったねぇ……」
リリスティはそう呟いてから、ハンガーに掛けられている軍服に視線を移した。
肩に大将を示す海軍の軍服。
「う~ん………なぁんで、いつも着る服を見て懐かしいと思うんだろうか。あたしって、何か馬鹿らしいな。」
リリスティは自嘲気味に言った後、目を覚まして以来、体に残っている不思議な感覚を振り払うように歩きだした。
同日 午前7時20分
自宅の横にある道場で、1時間ほど軽く汗を流したリリスティは、5分ほど風呂に入ってから普段着に着替えた。
薄紫色の半袖のシャツと、黒いロングスカートというごく普通の(見る人が見れば値が張る逸品だと分かるが)格好で居間に出た。
「あ、おはよう姉さん。」
居間には、弟であるウィムテルスと、ハウルストがカードゲームを行っていた。
その内の1人であるハウルストが彼女に声を掛けてきた。
どういう訳か、一瞬だけ、彼女は押し黙ってしまった。
「……姉さん?」
「……あっ、ごめん……おはようハウリィ……それと、ウィム坊。」
リリスティは、2人を愛称で呼んだ。
「どうしたんだい姉さん。まだ眠気が残ってんの?」
ウィムテルスが爽やかな表情で、リリスティに聞いて来る。
「う~~……軽ーく体を動かして来たんだけど、まだちょっと、残ってたみたいね。」
「姉さんは忙しいからな。昨日なんて1時前に家に帰って来てる。」
「いやはや、大将って大変なんだなぁ~っと!フルハウスだ!!」
ハウルストが、急に語調を変えながら、持っていた5枚のカードをテーブルに叩き付けた。
「……ぐはっ!?また上がりやがった!」
ウィムテルスが目を見開きながら叫ぶと、腹立ち紛れにカードを置いた。
「これから2ペアを作ろうとしていた時に……くそ!もう4敗目かよ!」
「ハッハッハ~。どうする?もう1回やるかい?」
「当たり前だ!キリラルブス乗りの意地を見せてやる!」
ウィムテルスは鬼気迫る表情で叫びつつ、凄まじい勢いでカードの束を混ぜまくった。
テーブル越しに謎の激闘(ハウルストが勝ちまくる一方的な展開だが)を続ける2人は、リリスティの弟である。
右側に座っている短髪で端正な顔立ちのウィムテルスは、シホールアンル陸軍第202石甲師団に所属しており、レスタン戦ではアメリカ軍との戦闘を行い、
辛い後退戦も経験しているが、何とか生き延びてきた。
軍での階級は少佐であり、1か月前に大隊長に任命されたばかりだ。
左側に座っている髪を首元まで伸ばし、少年の様な面影が残っているハウルストは、陸軍第6攻撃飛行団の一員として前線で戦っており、昨年の9月に
起きたレビリンイクル沖海戦に参加し、敵空母に魚雷を叩き込んだ事もある。
今は大尉に昇進し、攻撃型ケルフェラクを装備する1個飛行中隊の指揮官を務めている。
2人は、2日前から休暇で家に戻っており、こうして暇があれば、2人で仲良く遊びに興じていた。
(それにしても……前線を経験してきたせいか、2人の雰囲気が出征前と比べて、なんとなく変わったような気がするな。)
リリスティは心中で呟きながら、逞しく育った2人の弟に今後も生き残ってくれよと願っていた。
「そういえば、さっきから変な遊びをしているようだけど……」
「ああ、これかい?」
ウィムテルスは、カードを混ぜながらリリスティに顔を振り向いた。
「トランプって奴だ。で、今遊んでいるのは、このトランプを使ったポーカーというカードゲームさ。たまたま、帰る時に乗った列車に同席した
ルイクスの兄貴から、このカードを貰った後に、こんな遊びもあると教えてくれたんだ。」
「ルイクスから……もしや、戦利品?」
「当たりだ。こいつは捕虜から分捕った物らしいぜ。」
ウィムテルスはニカッと笑った後、シャッフルを止めてハウルストにカードを配った。
「ルイクス……あいつ、かっぱらい癖でも付いたのかしら………」
リリスティは、次から次へと贈り物を配って行くルイクスに対し、そんな印象を抱き始めていた。
「そういえば、姉さんも今日は休みかい?」
「んなワケ無いでしょう、ウィム坊。今日も宮殿で皇帝陛下御臨席の作戦会議があるよ。」
「……なんか、聞いただけで胃が重くなるような会議だね。」
ウィムテルスは、顔をやや引き攣らせながらリリスティに言う。
「そ。大将って本当に忙しいわねぇ。」
「厳密には、海軍次官という肩書があるからじゃないかな?」
ルイクスの問いに、リリスティがこくりと頷く。
「まぁ、大方はそうなんだろうね……しかし、幾らややこしいとはいえ、肩書きの名前をささっと変えるとは。この行動力の良さを
他に活かせないもんかねぇ……ウチの連中は。」
リリスティは愚痴をこぼしながら、2人の元を離れていく。
リリスティは、9月1日をもって、海軍総司令部副総長の代わりの役職となる、海軍次官に就任した。
海軍次官とは、9月より施行される海軍総司令部での新しい役職で、やる事は副総長と同じく、海軍総司令部内での次席指揮官として、
トップであるレンス総司令官を補佐し、総司令部内の幕僚を纏める事だ。
要するに、名前だけは変わったが、やる事は副総長時代とほぼ一緒という、リリスティからすればどうでも良いと言える代物だ。
とはいえ、海軍次官に就任してからは、妙に仕事が忙しくなった。
副総長時代にはなかった外地への視察や、関係部署の根回し等の雑事が増え、帰宅時間も副総長時代と比べてやや遅くなった。
どちらかというと、自由人と自負しているリリスティにとって、この一連の激務は体に応えたが、就任したからには最後まで手を抜くつもりは無かった。
だが、体は正直であり、気合で何とかしようにも疲労には敵わなかった。
(そのせいで、訳の分からん夢まで見てしまうし……忙しすぎるのも考え物だよねぇ)
リリスティは細目になりながら、肩を竦める。
朝食まで暇を潰そうと考えた彼女は、自室に戻って本を読む事にし、今を後にしようとした所を、妹のサチェスティとレヴィリネの2人と
ばったり出くわした。
「おっと!あっ、おはよー姉さん。」
「リリスティ姉さんおはようございますぅ。」
2人は、共に異なった口調でリリスティに朝の挨拶を送る。
「おはようさーん。むむ……サチェスティどうしたの?やたらに眠たそうな顔をしてるけど。」
「いや………別に大した事じゃ。」
「実はね、サチェスティ姉さんって今日、朝帰り」
「ぶわー!べらべらと喋ってんじゃねぇ!!!」
おしとやかな口調で喋ろうとするレヴィリネの口を、サチェスティが殺気さえこもった手付きで押さえ込んだ。
「ちょ!むー!!」
「ま、まぁ……仕事が忙しすぎてね!いやぁ、本当に大変なもんだわー。今度の休みは一日中眠りっぱなしじゃないと、この疲れは
取れないかもしれないわねぇ。と言う事で、また後でね!」
サチェスティは鮮やかな作り笑いを浮かべた後、妹の口を押さえたまま居間に向かって行った。
「……あのバカ。また男と遊んでたのね。」
サチェスティの嘘を見抜いていたリリスティは、苦笑を浮かべながら、自分の部屋に向けて歩いて行った。
朝食を終え、時間が来るまで何かとやかましい居間で読書と、妹と弟達相手に雑談を楽しんだ後、リリスティは使用人が出した馬車に乗って帝国宮殿へと向かった。
午前9時55分 帝国宮殿
リリスティは馬車を降りた後、宮殿付き武官の案内のもと、宮殿内にある作戦会議室に向けて足を運んだ。
1分ほど間を置き、作戦会議室のあるドアの前に辿り着いた。
武官が薄灰色の軍服を付けたリリスティに向けて頷いてから、ドアを2度ノックする。
「失礼します。」
武官は丁寧な仕草でドアを開けた。
「リリスティ・モルクンレル次官がお見えになりました。次官、どうぞ、中へ。」
「ご苦労。」
彼女は武官に礼を言いながら、室内に入って行った。
宮殿の作戦会議室は、一般の司令部と同じような、質素な作りになっており、壁には戦線の戦況地図等も張り付けられている。
部屋の大きさは小さいが、それでも、机の両側には20人ほどが座れるスペースがあった。
リリスティは、陸軍側の将官と向かい合う形で座っているレンス元帥を見つけると、その隣に座った。
「総司令官、おはようございます。」
「おはよう、提督………」
どういう訳か、レンス元帥はリリスティの顔をまじまじと見つめていた。
「あの……どうかされましたか?」
「いや、何か雰囲気が変わったなと思ってな。」
「雰囲気?」
「ああ。妙に落ち着いたような……」
「落ち着いたですか……まぁ、前と余り変わらないと思いますが。」
「ふむ……まぁいい。」
レンス元帥は複雑そうな表情を浮かべつつ、机に置かれている地図に目を向け直した。
リリスティも、目の前にある地図に注目する。
(これは……ヒーレリ領と帝国本土南部の地図か……)
彼女は、地図上に引かれた防衛ラインと、師団や軍団を現す駒を見つめながらそう思った。
地図を眺めている内に、時間はやって来た。
ドアが開かれ、先程の武官が室内に顔を出した。
「皇帝陛下がお出でになられました。」
武官の声が響くと同時に、作戦室に居る陸海軍の将官4名は、一斉に立ち上がった。
ドアから、シホールアンル帝国皇帝オールフェス・リリスレイが現れた。
オールフェスは、硬い表情のまま室内を歩き、レンス元帥の左斜め前にある玉座に腰かけた。
「「おはようございます。皇帝陛下。」」
参加者一同は、声を一にして皇帝に挨拶を送る。
「おはよう諸君。休んでいいぞ。」
オールフェスは、いつにも増して堅い口調でそう言い、参加者達を座らせた。
「日々多忙の中、ここに集まってくれた諸君らに対し、まずは礼を述べさせて貰う。」
彼は、参加した陸海軍の首脳達に労いの言葉を送った。
「君達も知っていると思うが、今、我が帝国は建国以来、味わったことの無い未曾有の危機に直面している。かつて、北大陸を制覇し、
南大陸にまで版図を有していたシホールアンルは、今や、外領がレスタンとバイスエ領のたった一部を残すだけとなってしまった。
前線では、南から進軍してきた連合軍を、わが精強なる帝国軍が必死に食い止めているが、連合軍はあらゆる手を使って、我が国に
揺さぶりを掛けて来ている。」
リリスティは、オールフェスの表情が幾分曇るのがわかった。
「先日起きた、アメリカ軍のランフック大空襲は、死者63820人、負傷者19万人、罹災者83万人を出すという事態に至ったが、
これは連合軍の標的が軍のみならず、帝国の民にまで及び始めた事を如実に表す結果となっている。先の空襲において、国民はこの
無差別爆撃に憤激し、連合軍に対して徹底抗戦を行うべきと言う声が非常に多くなっている。私個人としては、国民に計り知れない
犠牲が出た事に、誠に忍びないと思っているが……」
オールフェスの表情がますます暗くなり、視線も伏目がちになっていく。
だが、それも一瞬の事であり、彼は言葉を続ける前に、顔を上げた。
「国民はまだ、戦う事を諦めていない。いや、先日のランフック大空襲を見て諦められなくなった、と言った方が良いだろう。私達は、
国民の想いを叶える為にも、出来る限りの事をしなければならない。」
オールフェスは一旦言葉を切り、参加者の顔を見回す。
リリスティとも目が合ったが、オールフェスはすぐに視線を外した。
「今回、陸海軍の首脳部である諸君らを呼んだのは、今後の防衛計画をどのように考えてあるかを再確認すると同時に、現状で取れる
最善策は何であるかを考えるためだ。私個人からはあまり言える事は無いが………って、何か堅苦しくなって来たなぁ。」
オールフェスは、急にいつもの語調で苦笑しながら言った。
それで雰囲気が解れたのか、将官達も苦笑いを浮かべた。
「要するに、君達が考えた作戦計画をここで発表してくれって事だ。俺も武官の報告を聞きながら、ここで戦線がどうなっているか
考えたりするが……今日は武官達よりも情報を多く持っている専門家達に、防衛計画を話して貰いたい。」
オールフェスは、陸軍総司令官のウィンリヒ・ギレイル元帥に目を向ける。
「まずは、陸軍の話から聞こうか。」
「はっ。それでは……」
ギレイル元帥は、隣に座っている陸軍次官のヴングリ・ルゼニス大将に顔を向け、頷いた。
「陸軍の作戦計画を述べさせていただく前に、まずは前線の状況を説明させていただきます。」
ルゼニス将軍は用意された指示棒を手に取り、机の地図を使って説明を始めた。
「現在、我が帝国軍は、ヒーレリ領西方と北東部、並びに東部地区に防衛線を構築しております。ヒーレリ領と同じく、バイスエ領西部地区にも
防衛線を構築しております。我々は、この広い防衛線の中でも、特に重要度の高いバイスエ西部地区と、ヒーレリ領東方……我が帝国本土西方
にある属領地帯の防御を強化し、ここに絶対防衛線を敷く事で、連合軍の侵攻を阻止する事を計画しております。」
ルゼニス将軍は、淀みない口調で説明を続けていく。
「ですが、この東部、並びに西部絶対防衛線で対峙している連合軍部隊は、殆どが戦車や装甲車を主軸とする機械化部隊です。防衛線の我が
部隊は、石甲部隊の強化によってある程度機動化が進んでいる物の、未だに歩兵中心の部隊が多いため、強力な航空支援のもとに行われる、
敵の猛攻に長く耐え続ける事は出来ません。誠に不本意ですが、敵が本気で攻め立ててきた場合、絶対防衛線が満足に機能出来る期間は
あまり長くは無いでしょう。ですが、手は無いわけではありません。」
ルゼニス将軍は、指示棒の先を、ヒーレリ領東部から、帝国本土国境にまで下げた。
「帝国本土国境沿いには、ヒーレリの侵攻に備えて建造された要塞群が幾つもある他、1年半前より建設された強固な要塞陣地があります。
この付近には、対米戦を経験してきた精鋭の歩兵師団を配備します。そして、周囲には石甲師団を主軸とする予備機動軍を配置し、激戦で
披露した連合軍部隊をこの予備機動軍でもって攻撃する事が出来ます。バイスエ領から攻める敵軍に対しても、同じような方法で敵の
侵攻に対応する予定です。」
「ルゼニス次官の今説明している案ですが、これは、陸軍総司令部で考えた防衛計画の第1案になります。」
「というと……陸軍としては、力押しで攻め立てて来る連合軍を徹底した防御で消耗させ、最後には、こちらの有利な土地に誘い込み、
温存しておいた石甲軍団で敵主力を捕捉、殲滅するって事かな?」
「そうなります。」
オールフェスの問いに、ギレイル元帥は頷きながら答える。
「少しばかり消極的過ぎる感もあるが……今の状況では仕方ないか。」
「……防御ばかりでは無く、攻撃を前提にした案も考えております。」
ギレイル元帥は、ルゼニスに目配せをする。
「先の案では、防御を主体としていましたが、今から説明する案は、我が方から攻撃を行う事を想定した物になります。」
ルゼニスは、先と同じように事務的な口調で説明しながら、指示棒を振るう。
「我が帝国軍が攻撃を行うとすれば、一時的でも制空権を奪取する必要があります。そのためにはまず、帝国南部航空軍の総力と、
帝国本土中部防空軍の3分の1……約4000の航空兵力を投入して敵の前進航空基地を奇襲攻撃し、制空権を奪回後、石甲師団を
先頭に戦線を突破し、敵野戦軍の包囲、殲滅を狙って行きます。私が指示棒で現している通り、この反攻作戦はヒーレリ領において
行われます。バイスエ戦線でも同様な攻勢を計画していましたが、戦力不足のため、バイスエ戦線では防御に徹して貰います。
敵野戦軍の殲滅後は、そのままリーシウィルム方面まで電撃的に侵攻し、リーシウィルム以北に残っているであろう敵軍を、ヒーレリ西部と、
北部防衛の友軍部隊と共同で包囲を行い、この敵軍の殲滅を狙います。その後は敵の反撃をいなしつつ、戦線を縮小し、最終的には元の戦線を
構築しますが……この作戦が成功すれば、ヒーレリ方面の連合軍は、最低でも半年……良くて1年は、攻勢が不可能になるでしょう。」
「なるほどね……成功したら、連合軍の連中に大怪我を負わせられそうだな。もっとも、こっちの損害も馬鹿にならんだろうが。」
説明を聞き終えたオールフェスは、現状ではこんなもんかと思いながらも、納得した表情でルゼニスに言う。
「投入戦力はどれぐらいになる?」
「はっ。防衛線の際には34個師団、14個旅団。攻勢を行う場合には、48個師団、20個旅団を投入予定です。そのうち、石甲師団と、
石甲化機動師団は計29個師団を予定しております。」
「ふむ……帝国軍が保有する機動戦力の8割以上か。まさに、史上最大の作戦だな。」
オールフェスがそう呟いた時、それまで話を聞いていたリリスティが手を上げた。
「質問の方をよろしいでしょうか?」
「モルクンレル提督……はい。いいでしょう。」
ギレイル元帥が怪訝な表情を浮かべるが、すぐに快諾する。
「第1案と第2案を聞かせて貰いましたが……確かに、強大な連合軍を打ち破るには、こちらも動員可能な戦力を総動員しなければならないでしょう。
ですが、要塞内に籠るにしろ、敢えて攻勢に出るにしろ……その数を活かした戦いを行うには、1にも2にも、物資が必要になると思われます。
私が思うに……作戦を遂行する為に使用する物資の量は必ず備蓄できると、陸軍側では考えておられるようです。」
「……どういう事ですかな?」
ルゼニスが言っている意図が分からないとばかりに質問する。
「はい。私が言いたいのは……南部領に戦力を集中した所を、敵が見計らって、補給路を徹底的に爆撃するのではないか?と言う事です。」
「補給路の事ですな。その事に付いては、我々も対抗策を考えております。」
ルゼニスが自信ありげに答える。
「補給路に関しては、秘密裏に開設した補給ルートを幾つか確保しており、これらは入念な偽装を施され、空から発見し難い様にしてあります。」
彼は、ヒーレリ領東部国境付近から、要塞陣地群のある戦域までを指示棒の先でなぞった。
その辺りには、広大な森林地帯が連なっており、前線であるクリスラ領の平野部の近くまでは、この天然のカバーでもって地上の様子を隠す事が出来る。
「また、発見された時に加えて、主要補給路には、常時ワイバーン隊を待機させる他、各所に対空大隊を布陣して敵の航空攻撃に備える予定です。
本来なら、飛空挺隊の増援も投入して護衛戦力の拡充を図りたかったのですが、先日以来の空襲で、最低でも2個戦闘航空団の飛空挺を中部地区の
各主要都市に張り付けなければいけなくなりましたので、今の所はこの案で行くしかありません。」
「飛空挺300機が使えないのはかなりの痛手ですが、この場に至っては致し方ありませんな。」
ギレイルが相槌を打つ。
「致し方ありません……ですか。しかし、補給路が断定されれば、その時点で連合軍側は総力を結集して、補給路の爆撃に取り掛かる可能性もあります。
補給路が寸断されれば、絶対防衛線や要塞内の部隊はたちまち補給が滞り、敵の攻勢に長く耐えられぬかもしれません。」
「提督。その辺りに関しても対策は打ってあります。既に、これらに部隊に対して、過剰ともいえる量の物資を輸送しており、例え補給線が寸断されても、
要塞陣地の部隊が最低で3カ月は耐えられる程の量を備蓄させる予定です。」
ギレイル元帥はそう言い放った。
その時、リリスティの脳裏に、夢の中で見た光景が一瞬だけ蘇る。
「……敵があまり思考しない、猪突猛進の戦馬鹿であれば、補給路が寸断されても攻勢を跳ね返す事は可能でしょう。しかし、連合軍は強力な機械化部隊を
有している上に、空を覆い尽くさんばかりの航空部隊を有しています。そして……ランフック市の同胞、6万名以上の命を失った、スーパーフォートレスも。」
「おい……モルクンレル提督。」
レンス元帥は、小声で口が過ぎるぞと注意するが、リリスティは構わずに続けた。
「我々も思考すると同時に、敵も充分に考えながら軍を動かします。先の第1、第2案は確かに素晴らしい。ですが、はっきりと申し上げます。
敵がスーパーフォートレスも含む全航空部隊を投入して補給線の分断を図れば、先の案の実施すら、難しくなると思います。無論、敵の攻勢は
一時的にしのげるでしょうが……それ以降はどうなるか。陸軍軍人のあなた方なら、私が話さずとも理解できると思いますが。」
「モルクンレル提督。それ以上は止めたまえ。」
隣のレンス元帥が、睨みつきながら言う。
「私が言いたいのはそれだけです。」
リリスティは、内心言い過ぎたかと後悔したが……予想に反して、ギレイル元帥とルゼニス大将は、陸戦には門外漢である海軍軍人が、
陸軍の作戦に駄目押しをしたにもかかわらず、怒りに顔を赤く染める事も無ければ驚くそぶりも見せなかった。
むしろ、2人の顔には、どこかで似たような事を言われたとばかりに、小慣れた表情すら浮かんでいた。
「………提督。あなたは任官以来、ずっと海軍一筋でしたな?」
「はい……そうですが。」
レンス元帥の問いに、リリスティは途中、間を開けながら答える。
「ふむ……貴官とはこれまでに、合同会議で何度か顔を合わせたが、ここまで突っ込んで来るのは初めてです。」
「私の話で気を害したのならば、今ここで非礼をお詫びいたします。」
「いや、別に気を害した訳ではありません。実を言いますとね、私とルゼニスは2日前に、貴官が言われた事と似たような考えを、
別の将官に言われているのですよ。」
「え?」
「私はその将官の意見と、その後に彼から提案された作戦計画をもとに、第3計画を急いで作成しました。この第3案は未だに作成中の物ですが……
大方の骨子は既に決まっておりますので、今からご説明いたします。」
レンス元帥は先と同じように、ルゼニスに視線を向けた。
「それでは、第3案の説明を致します……」
同日午後2時 ウェルバンル首都 海軍総司令部
皇帝隣席の作戦会議を終えたリリスティは、宮殿で会食を終えた後、海軍総司令部へ足を運び、そこでしばしの休憩を取ろうとしていた。
彼女が休憩の暇潰しに使う場所は、司令部内にある休憩室なのだが、この日は海軍情報室に足を運んでいた。
リリスティはドアをノックする。
「はーい。開いてますよー。」
中から声が聞こえて来る。彼女はドアを開いた。
「あら、これはこれは。モルクンレル次官。」
椅子に座って資料に目を通していた、海軍総司令部情報参謀のヴィルリエ・フレギル大佐は、リリスティを見るなり敬礼を送る。
それに対して、リリスティも答礼した。
「…………」
「ん?どしたのヴィル。」
「いや……なんか妙に雰囲気が違うなぁと思って。」
リリスティはまたかと思いつつも、苦笑を浮かべてヴィルリエの言葉を否定した。
「どこも違わないわよ。まぁ、正直に言えば眠気のあまりちょっとだらけているかな。」
「リリィがだらけている・・・・・・ねぇ。服はいつも通り、ピシッ!と決めちゃってどこも隙が無い様に見えるのに。」
「あんたが色々とおかしいのよ。」
リリスティは半目になりながら、相変わらず、軍服を適当に着崩している情報参謀に呆れた口調で言った。
「他の連中は居ないみたいだね。」
「外でメシ食いに行ってるよ。リリィは昼食は済ませた?」
「ええ。宮殿で食べて来た。ヴィルはまだ済ませてないの?」
「今しがた食べた所だよ。それはさておき……提督、どうぞお座り下さい。」
ヴィルリエは、途中、ややおどけた声音にないながら、リリスティの座る椅子を用意した。
「うむ。例を言うぞ、情報参謀。」
リリスティもヴィルリエの口調に乗る形で、堂々とした動きで椅子に座った。
「うわ、何か似合わねぇ。」
「ヴィルぅ……変な事ばっか言ってると、北方の僻地にとばしちゃうぞ?」
「いやいや、ただの冗談だよ。気にしないで。」
ヴィルは苦笑しながら、持っていたキセルに火を付けた。
「……宮殿で食べて来たとなると、今日は陸軍さんの首脳部との作戦会議かい?」
「そうだね。お陰で、肩肘ばっかはるもんだから肩がねぇ……」
「ふ~む……その様子じゃあ、なかなか、ストレスの溜まる会議だったようだね。」
「ストレスの溜まらない会議なんてないわよ。」
リリスティは右手をヒラヒラと振りながら言う。
「じゃあ、その会議の話は聞かない事にしておくよ。休憩中に仕事の話はしたくないしね。」
「その気遣い、本当に助かるわ。」
ヴィルリエの粋な計らいに、リリスティは心の底から感謝した。
「ふぅ……それにしても、さっきの感じは何だったんだろうねぇ。」
「ん?何が?」
「リリィから感じた雰囲気さ。いつもと違って、やたらに落ち着きがあるのと……いつも以上に悲壮感が感じられる所が、なんかね。」
「落ち着きと悲壮感……ね。」
リリスティはそう呟きながら、心中では未だに、朝見た夢の事を思い出していた。
(う~ん……どうも、夢から覚めてから今まで、皆に似たような事を言われている。それほど、あの夢に影響を受けちゃったのかなぁ)
彼女は気難しい表情で考え事をする。
「リリィ、どうしたの?何か悩みでもあるの?」
「ああ……悩みていうか、何と言うか……実はね、あたし、不思議な夢を見たんだ。」
「不思議な夢?」
「ええ。なんか、やたらに壮大な夢なんだけど……」
リリスティは、ヴィルリエに自らが見た夢の内容を、覚えている範囲内で説明し始めた。
20分後……
「へぇ……つまり、夢の世界では、あんたは前線で大暴れしまくったけど、最終的には死んじゃった、と言う訳ね。」
「何かを脱出させる事に成功した後に死んだから、不思議と失望感みたいなのは感じなかったな。」
「しかし……なんか臨場感たっぷりな夢だねぇ。ドロドロとした内部対立とか、うちの現状と微妙に似ていたりするし。」
「あんな、永遠に長く感じられる夢を見るのは初めてよ。」
「ねぇ………あんたが夢の中で使ったと言っていた1人乗り機械ってどんな格好?ちょっと書いてみてよ。」
「え?今から?」
リリスティは困惑するが、ヴィルリエは強引に紙とペンを押し付けた。
「あんた、昔から絵が上手かったでしょ?夢の中じゃ、暇つぶしに軍艦を書いていたって言うし、簡単でいいから描いてみてよ。」
「めんどくせぇけど………じゃあ、ちょっとだけ。」
リリスティは嫌々ながらも、ペンを握って絵を描き始めた。
リリスティの筆さばきは、小さい頃から暇を見つけては、筆を握っていた事もあって中々の物であり、あっという間に全体図を書いて行った。
それから10分程でリリスティは絵を描き終えた。
「こんな物かな。あまり細部は覚えていないけど。」
「なんか……結構いかついねぇ。でも、これって……人型兵器?」
「見た感じはそうね。夢の中じゃ、この鉄製のゴーレムに乗って敵と戦っていたな。時には魔道銃で敵を蹴散らしたり、ある時はこの
ゴーレム専用の大剣を使って敵を切り飛ばしたり、色々やりたい放題だったな。」
リリスティや、この機械の正式の名前が何であるかを思い出しそうになるが、口からはゴーレムや魔道銃という言葉が自然に出ていた。
「なかなかバランスが取れた格好してるじゃない。これが陸軍にあればねぇ。」
「制空権さえ取っていれば無敵だと思う。まぁ、地域や、その場の戦術に因るのはこいつも一緒だった気はするけど。」
リリスティは肩を竦めながら、ヴィルリエに説明する。
「まぁ、こんな物は夢想だから。実際に兵器として開発するとなると、かなり無理があるね。」
ヴィルリエは、キセルを吸いながらそう言った。
「どうして、あたしはあんな夢を見たのかなぁ……やっぱり、ストレスが原因かな。」
「だろうね。」
リリスティの言葉に、ヴィルリエは頷きながら答える。
「人間が見る夢ってのは往々にして変わる物だけど……自分の望む願いや、受けたショックが混ざりに混ざって不思議な夢を見る、
って言う事も充分にあり得る話だよ。あたしが推測するに、リリィはここ一連の激務で参っていたけど、心のどこかで前線で戦いたい
と思う気持ちがあり、それがさっきの不思議な夢を見るきっかけになったと思う。」
「なるほど……確かに、前線に戻りたいと思う気持ちはあった。じゃあ、あたしが受けたショックというのは何かな?」
「この間のランフック空襲だね。」
ヴィリエは断言する。
「あの空襲が起きた後、リリィはアメリカ軍の無差別爆撃に強いショックを受けたよね?」
「うん。一夜にして、6万人が死んだと聞いたのは初めてだったからね。」
「……あの空襲は、明らかに民間人も狙った計画的な物だった。あたしも、リリィもその事は充分に承知している。そして、アメリカの
理性の箍が完全に外れたら、いずれはシホールアンル中の全都市に、ランフックと同じ悲劇が起きるかもしれないとも考えた。」
「ええ。前線も後方も無い、まさに、皆殺しの殲滅戦ね。」
「恐らくは、その考えが……夢の中に居た、降伏の交渉すら受け入れない未知の異形という形として出て来たと思う。」
「え……つまり、あの化け物はアメリカ……と言う事?」
「そう言う事。」
ヴィルリエは、灰皿に焼けた灰を落とし、キセルを机に置いた。
「……あんたが見たあの夢は、シホールアンルの未来を暗示していると言っても過言ではないのよ。」
「でも……アメリカや連合国は、ヴィルフレイング宣言を受諾すればそれで良いと言っていた筈……」
「その通り。でもね、リリィ。そんな条件なんて、時間が経てば変わっちまう物なんだよ。あれほど、精密爆撃にこだわっていたアメリカ軍が、
無差別爆撃を敢行したように、降伏の条件がより苛烈な物に変わらないと言う保証は無いんだ。」
「じゃあ……シホールアンルは………」
「どっちに転んでも、負けるしかないね。」
ヴィルリエはきっぱりと言い放った。
「……リリィが見た夢は、リリィ自身も、早く道を決めなければこうなってしまう……と考えていた末に生まれた物かもしれない。」
「………」
ヴィルリエの言葉に、リリスティは顔を俯かせた。
「それから、リリィの家にまつわる、“感受性の良さ”も原因の一つかもしれないね。」
「はぁ?何言ってんの……あたしは魔術を使えるとはいえ、普通の人間よ。そんな神秘的な物とは関係ないわよ。」
「いや、ただの冗談よ、冗談。」
ヴィルリエは邪気の無い笑顔を浮かべた。
それに吊られて、リリスティも強張っていた頬を幾らか緩ませた。
「あたしは色々言ったけど……夢は夢、現実は現実って分けていけばいいわよ。どうせ、夢の中の物語なんて、いくら臨場感があってもその内忘れるしね。
まぁ、あんたが見た夢は結構変わっているから、中々忘れ難いと思うけど。」
「そうだね、ヴィル。」
リリスティは苦笑を浮かべながら、頭を頷かせた。
この時になって、朝からまつわりついていた妙な感覚が、ようやく薄れてきた様な気がして来た。
「夢の話はこんな物で良いかな?リリィ。」
「ええ。」
「じゃあ、別の話題に移るとしますか。」
ヴィルリエは、今度は自分の番だと意気込み、話を始めようとした時、情報室のドアが外からノックされた。
「失礼します!」
室内に紙を携えた魔道将校が入って来た。彼はリリスティとヴィルリエに敬礼した後、持っていた紙をヴィルリエに渡して退出して行った。
「……あ~あ、とって置きの話をしようと思ったら……空気読めねぇ奴は本当に嫌いだわぁ。」
「どうしたのヴィル?」
紙の内容を読むなり、急に不機嫌になるヴィルリエ。
リリスティは、そんなヴィルリエを見て、首を傾げつつも、彼女の肩を叩きながら質問する。
「マルヒナスに張っている、愛しのレンフェラルちゃんから通信よ。どっちから聞きたい?」
ヴィルリエは、両手に1枚ずつの紙を持ち、その裏面をリリスティに見せた。
「じゃあ……そっちから聞こうかな。」
「りょーかい。」
ヴィルリエは、リリスティの指差した、右手に持つ報告書を読み始めた。
「本日午後12時30分。マルヒナス運河東口の沖を航行する、米空母2隻を含む艦隊を発見。敵空母2隻は、いずれもエセックス級空母と思われる。
敵艦隊の進路は東方面なり。」
「アメリカ軍空母の情報か……空母が2隻東に向かったとなると、この2隻はアメリカ本国への帰還組みかもしれないわね。」
リリスティは腕を組みながら、レンフェラルの発見した2隻の空母の行き先を推測する。
「前線に存在が確認されている敵の高速空母は20隻だから……エセックス級2隻が減っても18隻か。あんま変わんないわね。」
「護衛用の小型空母の数は?」
「あんなのまで数えたくないわ。頭が痛くなる……」
リリスティの本音を聞いたヴィルリエは、お気の毒にと言わんばかりの笑みを浮かべた。
「じゃあ、この報告書の内容を聞いたら、リリィの頭は確実に痛くなるね。」
「へ?まさか……」
「そう、そのまさかよ。」
ヴィルリエはため息を吐きながら、2枚目の報告書を読み始めた。
「本日午後1時。マルヒナス運河西口沖にて、空母4隻を中心とする敵機動部隊を発見せり。敵部隊の進路は北西。空母のうち、1隻は大型で、
リプライザル級航空母艦である可能性、極めて大なり……どう、頭が痛くなった?」
「ええ、思いっきりね。」
リリスティは、げんなりとした表情を浮かべながら、ヴィルリエに言った。
1485年(1945年)9月7日 午前9時 レスタン民主国レーミア湾
アイオワ級戦艦7番艦ケンタッキーの艦長を務める、リューエンリ・アイツベルン大佐は、艦橋の張り出し通路から見える光景に胸を打たれていた。
「副長。こいつは凄い光景だな。アイオワ級戦艦の1番艦から6番艦までもが、横一列にズラッと並んでるぞ。」
「アイオワ級だけではありません。サウスダコタ級戦艦も3隻、全てが前に揃っていますよ。空母群はうちらの後ろに居ますが、こっちも数隻ずつが
横に並んで停泊しています。こりゃ、ちょっとした観艦式ですなぁ。」
「確かに。何しろ、太平洋艦隊の主力が一堂に会しているんだからな。」
リューエンリは副長にそう言い返しながら、胸の内ではこれまでに感じた事の無い高揚感に包まれていた。
レーミア湾には、第5艦隊の主力である第58任務部隊と、第57任務部隊の全艦艇が集まっていた。
まず、目を引くのは、横一列にならんだ7隻のアイオワ級戦艦である。
並び順は右からケンタッキー、イリノイ、ニュージャージー、アイオワ、モンタナ、ウィスコンシン、ミズーリとなっている。
並びは順不同であり、各艦にはそれぞれ、事なった洋上迷彩が塗られている物の、これまでの大海戦で活躍し、名実共に世界最強と謳われる巨大戦艦が、
7隻も勢揃いしたこの光景は、戦艦乗りにとって胸躍らずにはいられない物と言える。
アイオワ級のやや前方には、3隻のサウスダコタ級戦艦が停泊している。
アラバマ、サウスダコタ、マサチューセッツの3戦艦は、アイオワ級戦艦と比べると、小振りで地味な感がある物の、これまで機動部隊同士の戦いで
母艦群を懸命に援護し、水上砲戦では常に健闘を続けた歴戦の艦である。
また、この3戦艦は、本国で主砲を45口径16インチ砲から50口径16インチ砲に換装した事もあって、主砲の砲身が以前よりも長くなっている。
それがこの3戦艦の雰囲気を強く醸し出しており、後ろの最新鋭戦艦にも勝るとも劣らぬ精悍さを、周囲に見せ付けていた。
空母群では、第5艦隊に所属する高速空母22隻が数隻ずつのグループに別れて停泊している。
空母の中には、大西洋艦隊から転戦した空母ゲティスバーグも含まれているが、中でも目を引くのは、横一列に並んだリプライザル級航空母艦3隻であろう。
アメリカが建造した空母の中では最も大型であるこの3隻は、戦艦とはまた違った雰囲気を滲ませている。
この3隻の内、1隻は4月に竣工したばかりの最新鋭空母サラトガⅡである。
サラトガⅡは、レビリンイクル沖海戦で撃沈された初代サラトガの名を受け継いでおり、今年の4月からリプライザル級航空母艦の3番艦として
活動を開始している。
甲板上に並べられた艦載機は、最初からF8FベアキャットとAD-1スカイレイダーで占められており、航空攻撃の際には、その強大な攻撃力を
思う存分発揮してくれる筈である。
この他にも、デ・モイン重巡洋艦の2番艦であるカンバーランドと、ウースター級防空巡洋艦の2番艦ロアノーク、3番艦サヴァンナⅡが艦隊に
加わっており、補助艦艇の戦力も以前と比べて強化されていた。
「艦長、来ました。」
リューエンリは、副長が指差す方向に目を向けた。
彼の乗艦であるケンタッキーに向けて、1隻の内火艇が航行していた。
「来たな……よし、下に降りて出迎えよう。」
リューエンリはそう言うなり、艦橋の張り出し通路から艦橋内に戻り、そのまま左舷側甲板に降りて行った。
程無くして、リューエンリは副長と共に、左舷全甲板に設けられた階段の上で、内火艇から乗艦してくる人物を待った。
階段を上り終えたその人物は、リューエンリを見るなり微笑んだ。
リューエンリは、ケンタッキーを旗艦とする任務群の司令官に対して敬礼を送った。
「お待ちしておりました。司令官。」
「うむ。久しぶりだな、参謀長。」
第58任務部隊第7任務群の司令官である、ウィリス・リー中将は、リューエンリに向けて親しげに声をかけた。
「ハッ!お久しぶりであります。」
「おっと……君はこの艦の艦長だったな。失礼した。」
「いえ、お気遣いなく。司令官、こちらはケンタッキーの副長を務めます、ライクリン・ヴォルケン中佐です。」
「よろしく、副長。」
「ハッ!」
リーは微笑みながら言いながら、ヴォルケン副長と握手を交わした。
「艦長。今日から世話になるぞ。」
「はい。よろしくお願いします。」
リーは、同乗して来た幕僚達を紹介した後、リューエンリに連れられて、ケンタッキーの艦内に入って行った。
とある戦艦で司令官着任の挨拶が行われている間、別の巡洋艦でも、司令官交代のセレモニーが行われていた。
「第5艦隊の指揮を、お渡しいたします。」
“前”第5艦隊司令長官のレイモンド・スプルーアンス大将は、テーブルの向こう側に居る新司令長官に向けて、事務的な口調で言った。
「第5艦隊の指揮を継承いたします。」
新第5艦隊司令長官フランク・フレッチャー大将は、やや早口でそう返した。
この時を持って、第5艦隊の指揮権は、スプルーアンスからフレッチャーに移る事となった。
「さて、指揮官交代のセレモニーはこれでお終いだな。」
フレッチャーは、それまで張りつめていた表情を崩し、陽気な口調でスプルーアンスに言う。
「うむ。これで、第5艦隊は君の物だ。好きに使いたまえ。」
「おいおい。太平洋艦隊司令部の許可なしには、おいそれと動かせんぞ。」
「ハハハ。それもそうだ。」
スプルーアンスは苦笑しつつ、椅子に腰を下ろした。それにつられて、フレッチャーも椅子に座った。
「これで、私はしばらくの間、本国で骨休みが出来るよ。最後の最後で悔しい思いをしてしまったが……」
「仕方あるまい。元々、ヒーレリ領は広過ぎたんだ。陸さんの戦力から見ても、早期にヒーレリ領全土を解放する事は無理な話だった。
むしろ、50個師団で大陸とも言えるヒーレリ領の3分の2を、電撃的に解放した事は称賛に値する。君達も、よくやったよ。」
「だが……夏の目覚め作戦は失敗に終わった。それだけは動かしようの無い事実だ。あの時、もっと早い時期に、増援の空母部隊を
送っていれば、占領地を更に広げられたのかもしれないが……まっ、過ぎた事を悔いても仕方ないな。」
ヒーレリ領の早期完全開放を目指した夏の目覚め作戦は、シホールアンル軍がヒーレリ北部と北西部、東部の一部に大規模な
増援を送った事で戦線が膠着し、作戦開始から1カ月以上が経った9月2日には、前進はほぼ不可能となり、9月3日付けを
もって連合軍は作戦を中止した。
作戦の初期には、ヒーレリ駐留軍の半数以上を包囲殲滅し、シホールアンル軍を震え上がらせたこの作戦も、完遂とまでは
行かなかったのである。
戦術的には、敵に大量の損失を強いた連合軍側が有利であったが、最終的には、ヒーレリ領の早期解放を頓挫させたシホールアンル側に
軍配があがる事となった。
だが、連合軍はこの作戦失敗にめげる事は無く、今度は南部領の包囲作戦を前提とした、新たな攻勢作戦の準備に取り掛かろうとしていた。
「ところで、君は今しがた、この第5艦隊を使って何かをやろうと考えているかね?」
スプルーアンスは、何気無い口調でフレッチャーに問う。
「やろうとしている事……か。しっかり考えてあるぞ。」
「ほう。何をするつもりかね?」
「命令が下るまでは何も出来んが、許可が下りたら、近い内に挨拶に行こうと思っている。」
「挨拶?どこにだね?」
「なあに……ちょいとばかり、ここから北西にあるヒレリイスルィにちょっかいを出すだけだ。ちょっかいと言っても、全任務部隊……、
22隻の高速空母を群を動員して、だがね。」
フレッチャーの大胆な考えに、スプルーアンスはやはりなと呟いた。
「なかなかの張り切り様だな。いきなり敵の本国に殴り込むというのは、ちと考え物だが……この大戦力なら敵の反撃ももたちどころ
に粉砕できるだろう。」
「とはいえ、流石に太平洋艦隊司令部でも、いきなり第5艦隊主力を敵本国に突っ込ませるのまずいという声があるらしい。だが、
ニミッツ長官やフォレスト・シャーマン参謀長は乗り気のようだから、近い内に許可は下りるだろう。」
フレッチャーの言葉を聞いたスプルーアンスは、このヒレリイスルィ攻撃のメリットを思い浮かべた後、太平洋艦隊司令部は
攻撃に賛同するだろうと確信した。
「敵本国攻撃だから、油断は出来んだろうが……開戦初期から艦隊を率いてきた君ならやれるだろう。シホールアンル軍に、
海賊ジャックの恐ろしさを再び味合わせてやれ。」
「勿論だとも。」
スプルーアンスはフレッチャーの意気込んだ返事を聞いてから、右手を指し伸ばした。
フレッチャーもすぐにスプルーアンスの手を握った。
「ジャック。第5艦隊を……連合軍随一の精鋭艦隊を、よろしくむ。」
「ああ、任せておけ、レイ。」