自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

338 第250話 泥棒達の国

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
第250話 泥棒達の国

1485年(1945年)9月12日 午後3時 グレンキア王国ルィマリモルクス

グレンキア王国軍中央情報局の局長を務めるクヤヴェス・モチェスヴィ中将は、施設内の3階にある自らの執務室で、いつものように書類仕事を行っていた。

「ふむ……北大陸内の占領地域に居たスパイは、粗方摘発が済んだようだな。」

モチェスヴィ中将は軽く頷きながら、持っていた紙を机に置き、片隅にサインを書いて処理済みの紙の束の上に置く。
彼の左手には、黒い手袋が付けられているが、右手は、何も付けていない素手である。
執務室のドアが開かれた。

「局長。お飲物をお持ちしました。」

従兵が、水が入ったカップを持って来てくれた。

「ありがとう。そこに置いといてくれ。」

モチェスヴィ中将は左手で置く場所を指した。
従兵はそこにカップを置く。

「……左手の調子はもうよろしい様ですな。」
「ああ。最初は色々と難儀したが……今ではすっかりこの通りだよ、軍曹。」
「流石は、我がグレンキアの義肢技術……といった所ですか。」
「そうだな。あのアメリカでさえもが驚いたほどだ。とはいっても……喜ぶのは、俺の様に、前線でヘマをするような奴ぐらいだがね。」

モチェスヴィは自嘲しながら、軍曹にそう返した。


モチェスヴィは、1年前までは第2歩兵師団の指揮官として北大陸で戦っていたが、昨年の8月21日、前線視察中に彼はシホールアンル軍の
空襲を受け、その際に左手を失ってしまった。

重傷を負った彼は、野戦病院で治療を受けた後、グレンキア本国に送還され、昨年の10月からは休養を兼ねたリハビリが行われた。
それから1年近く経った今日、モチェスヴィは、失った左手の代わりとして取り付けられた義手を使って、今年の5月から情報局に務めている。
元々、情報畑の出身であり、グレンキア軍秘密特殊部隊の指揮官も務めていた彼にとって、グレンキア王国を裏で支える中央情報局の局長に任命された
事は、ある意味妥当であると思っていた。

「だが……我がグレンキアがアメリカを驚かせられるのは、義肢技術だけだ。その他の面では相変わらず驚かされ通しだよ。1ヵ月前に行った、
2回目のアメリカ訪問でもそうだったしな。」
「……あの時、局長は恐ろしいほど巨大な飛行機を見たようですな。」
「そうだ。あいにくと、写真は撮らせてもらえなかったが……それにしても、B-36コンカラーか……アメリカの技術力は、いつ見ても凄い物だ。」

彼は、脳裏にその巨人機の姿を思い起こした。

「あれが前線に配備されたら、シホールアンル軍は戦う事すら馬鹿馬鹿しく思えて、こっち側に手を上げてしまうかも知れんぞ。」
「そんなに凄い飛行機だったのですか……私も、一度はそのコンカラーという爆撃機を、この目で見たい物ですな。」
「いつかは君にもアメリカ出張を命じてやるさ。ただし……その時はあくまでも仕事として行ってくれよ。そして……アメリカがなんたるかをしっかりと、
目に焼き付けてくれ。」

モチェスヴィは、語調を強めながら言う。

「わかりました。その時が来れば……局長のおっしゃる通りに致します。おっと……すいませんが、局長。自分はこれで。」
「おお、飲み物を持ってきただけなのに、長話で引き止めて済まんな。下がっていいぞ。」
「ハッ!それでは。」

軍曹は軽く一礼してから、執務室を退出して行った。

「……今日は9月12日か……ちょうど、あの時から7年近くも経つのか。」

モチェスヴィは、机の上に置かれたカレンダー(アメリカで買って来た物だ)を見つめながら、ぽつりと呟く。

彼は、今年で52歳になるが、7年前は、グレンキア軍特殊戦旅団に属する一大隊長として、南大陸連合軍に属する他の軍と共に戦っていた。
1478年10月のある日……彼は、本国から受け取った極秘任務を実行に移していた。
極秘任務の内容は、本国で養成したスパイ8名をシホールアンル領内に潜入させ、敵国の国内事情を調査させよ、と言う物であった。
この8名のスパイは、いずれも16歳から18歳の少年、少女ばかりであったが、全員が志願兵であった。
モチェスヴィは、未だに男や女も知らぬ、若い彼らを送る事に躊躇いがあった物の、命令が発せられた以上、この8名のスパイ達を
実戦に送り出すしか無かった。
モチェスヴィは、彼らに命令を発し、戦闘の混乱を衝いて、シホールアンル領内に送り出す事に成功した。
あとは、彼らに覚え込ませた長距離魔法通信を使って、敵国本土で収集した情報が送られるのを待つだけとなった。
だが……あの、送り出した夜から今日まで、シホールアンル本国から送られてきた情報は、何1つ無かった。
軍上層部では、スパイの潜入作戦は失敗に終わったと判断し、潜入した8名は、いずれもが作戦中に戦死した事になった。
彼は、今でもその8人の顔を覚えている。

「……あいつらの顔は、今でも夢に見るな。辛い訓練を終えて、嬉々として任務に励んで行ったあいつら……今でも、俺は正しい事を
したのだろうかと思ってしまうな。」

モチェスヴィは、心中でやや憂鬱になる。

「俺が左手を失ったのも、奴らを無駄死にさせた報いなのかな。」

彼はそう呟いた後、憂鬱な気持ちを吐き出すかのように、深いため息をつく。

「それにしても、最近はため息が多くなって来た物だ。これも、歳のせいかな。」

彼は苦笑しながら、自分の肩を軽く揉んだ。

「さて……これから司令部に行って、定例の報告会に参加しなけりゃならん。準備した資料はしっかりと持って来たかな………」

モチェスヴィは、ちらと時計を見てから、執務机の横に置いてあった茶色の鞄を手に取り、中身を調べた。

「よし……では、行くか。」

彼はゆっくりと立ち上がり、やや重い足取りで執務室のドアの前まで歩み寄る。
ドアノブに手を掛けようとした時、外からノックの音が聞こえてきた。

「失礼します!」

軽やかな一声が外から響いた後、ドアが開かれた。

「あ!きょ、局長……失礼しました!」

ドアを開けた瞬間、モチェスヴィとバッタリ出くわしてしまった魔道士官は、慌てて頭を下げた。

「おお。いや、構わんよ。それより………何か報告かな?」

モチェスヴィは、中尉の階級章を付けたセミロングの女性魔道士に微笑みつつ、彼女の右手に握られている紙をちらりと見る。

「は……先程、不審な長距離魔法通信を受信しました。」
「不審な魔法通信だと?」

モチェスヴィは眉をひそめた。

「こちらを。」

魔道士は、持っていた紙を彼に手渡した。

「………これはどこから送られてきた?」
「ハッ……何分、かなり短い一文でしたので、正確な発信場所までは突きとめる事は出来ませんでしたが。ですが、私も………
まさか、“敵国本土”からこのような通信文が送られて来るとは思ってもみませんでした。」
「ああ。そうだろうな。」
「この一文からして怪しい物です。というより、これはどういう事なんでしょうね?“俺達は常に見ている“って。ひょっとして、
シホールアンル本国から我が国に送られてきたスパイがいて、この内容は、何らかの命令書なのでしょうか?」

魔道士官は目を細めながらモチェスヴィに言う。
これまで、シホールアンル本国から発信されたと思しき長距離魔法通信は、特例時を除いて全く無い。
今から1年程前の9月中旬には、シホールアンル本国から正式な外交通信文が送られてきているが、敵国からもたらされた最近の通信は、
たったこれだけである。
グレンキア軍が、敵国内に潜入させたスパイは既に全滅している。

(筈………だったな)
モチェスヴィは、心中でそう呟いた後、自然と口元が斜めに歪んでいた。

「局長……?」

唐突にうすら笑いを浮かべたモチェスヴィに、魔道士官は困惑の表情を現す。

「中尉。この他に、これと全く同じような文面が送られた事は無かったか?他の戦線からでもいい。どこからか送られてこなかったか?」
「いえ、全く……なにしろ、自分達を挑発しているかのような文面ですので。」
「だな……確かにそうだな。」

モチェスヴィは2度頷くと、魔道士官の肩をポンと叩いた。

「ご苦労!下がっていいぞ。」
「ハッ!」

モチェスヴィにそう言われた女性魔道士は、敬礼をしてから持ち場に戻ろうとした。

「……中尉!」
「…はっ。何か?」

モチェスヴィに呼び止められた魔道士は、くるりと振り返った。

「もしかしたら……君に出番が回って来るかも知れん。」
「私に……でありますか?」

女性魔道士……シホールアンル系グレンキア人であるサミリャ・クサンドゥス中尉は、一瞬だけ声を強張らせた。

「ああ。今のグレンキアに、特別任務の専門家を遊ばせる暇は無いからな。悪いが、安全な後方での軍務は終わりになるかも知れん……
最も、今は何も決まった訳ではないが。」
「そうですか……」

クサンドゥス中尉は伏目がちになりながら、モチェスヴィに向けて言う。

「命令とあらば、いつでも。」
「まぁ、そう急くな。今はまだ何も決まった訳ではない。それに……君の心の傷が完治したかどうかも確かめなければいかん。」

モチェスヴィは微笑みながら、クサンドゥス中尉に向けて語る。

「別名あるまでは、これまでの軍務に従事したまえ。」
「わかりました。」

彼の言葉を受け取ったクサンドゥス中尉は、深く頷いた。

「これは貰って行くぞ。」

モチェスヴィは、彼女から貰った紙を一度掲げ、それを鞄の中に突っ込んだ。


1時間後……モチェスヴィは、司令部から回されたジープ(アメリカ軍から供与された物である)に乗って、ルィマリモルクスから南西に
40キロに位置する首都レルペレの統合参謀本部に赴いていた。
時刻は午後4時20分を回っており、太陽は既に傾きかけている。
西日に体を照らされながらも、きびきびとした動きでジープから降り、司令部の3階にある大会議室まで早足で移動した。
会議室に入ると、中には7人の将官と佐官が、テーブルを挟んで座っていた。
モチェスヴィは、海軍士官の隣の席に座った。

定例の報告会は1時間程で終わった。

「……それでは、今日の報告会はこれで終了する。ご苦労であった。」

グレンキア軍統合参謀本部議長を務めるヴェルンスト・クラインヴェス元帥は、その一言で会議を締めくくった。
ヴェルンスト・クラインヴェス元帥は、グレンキア陸軍出身の軍人である。
身長は190センチと大柄で、体つきもがっしりとしている。銀色の髪は短く刈り上げられ、厳格な軍人といった感が強いが、
実際はあまり厳しい事を言わない人格者だ。
今年で58歳になる彼は、16歳で入隊してから現場と後方勤務を均等良くこなして来た軍人であるが、対シホールアンル開戦時には、
中央情報局の副局長と局長を歴任しており、モチェスヴィも彼の直属の部下として、何度も作戦に参加していた。
その後、クラインヴェスは、アメリカ視察後に軍の近代化を推し進め、今年の1月には、これまでの功績が認められ、実質的な全軍トップ
である統合参謀本部議長に就任している。
グレンキア軍統合参謀本部は、アメリカの統合参謀本部を真似て作られており、それまで、陸軍総司令部と海軍総司令部に別れていた
グレンキア軍の指揮系統は、アメリカ召喚後に進められた陸、海軍一体化計画によって作られた新しい制度のお陰で、従来よりも円滑に
作戦指導を行えるようになっている。

「モチェスヴィ。君は少し残ってくれたまえ。」
「ハッ。」

他の参加者達が立ち上がる中、モチェスヴィは座ったままクラインヴェス元帥に軽く一礼する。
参加者達は、1人だけ居残るモチェスヴィに奇異の目を向けたが、声をかける事も無く、そのまま退出して行った。
しばしの間を置き、会議室には、モチェスヴィとクラインヴェス元帥の2人だけが残った。

「さて………先程、君から手渡された紙に、この小さな紙片が挟まっていた。」

彼は、モチェスヴィから渡された資料にクリップで止められた小さな紙を机に置いた。

「……この方法は俺が情報局の責任者をやっていた時に思い付き、そしてすぐに廃れた合図だったが………何故、こいつを括り付けた?」

クラインヴェスは、机の上の紙片を2、3度叩きながら、モチェスヴィに問う。

「元帥閣下……それは、文字通りの意味であります。」

「ハハ……今は俺と貴様2人だけだ。昔のように呼んでも構わんよ。」
「は……ヴェルの兄貴も知っているでしょうが……これは、あの計画に携わった俺達にしか知らない合図です。」
「あの計画………貴様は、あの時に実行されたヴィデンカル作戦の事を言っているのだな。あの件はもう終わった筈だが……何故、今になって
あの計画の話が出るんだ?」
「はっきり言って、俺も信じられないと思いました。でも……実際見たら、信じざるを得ませんよ。」

モチェスヴィは無表情のまま鞄の蓋を開け、そこから一枚の紙を取り出した。

「見て下さい。俺と兄貴にしか知らない言葉です……と、それ以前に、もう忘れてしまいましたかな?」

彼はそう言いながら、紙をクラインヴェスに手渡した。
その瞬間、クラインヴェスの目が大きく見開かれた。

「……クヤの坊よ。確か………洗脳魔法や、拷問で無理矢理引きずり出した言葉は何だったかな?」
「潜入成功とグレンキア万歳。あと………寄生虫は腹に入った、の3つですな。」
「ふむ……そして、こいつは、暗示魔法で刷り込んだ真の言葉……だったな?」
「はい。連中には、先の間違った合言葉を教えると同時に、暗示魔法を解く為の魔法薬を渡しています。」
「私が出した命令はこうだなったな………絶対に発見、探知されないと思った時だけ、合言葉を思い出し、その次に魔法薬を飲め……と。」
「はい。魔法薬は長距離魔法通信を行う際に、絶対に必要であるから、侵入成功を報告する際には必ずこれを飲め、と、私自身も厳命していました。
ただ………成功の報告が今頃になって届いた事が、少し気になりますが。」

モチェスヴィは険しい表情を現しながら、何かを警告するように言う。

「……貴様は、これが敵の謀略であると考えているのか?」
「時期的にその線も考えられぬ訳ではありません。誠に恥ずかしい限りですが……我が軍は、潜入から何年も過ぎても一向に報告が上がらないため、
彼ら全員に戦死判定を下しています。もし……侵入した彼らの中から、1人でもその答えをシホールアンル側に漏らしていたとしたら。あるいは、
捕虜となり、無理矢理情報を吸い取られていたら……我々は、敵の謀略に乗せられてしまう事になります。」
「確かに………考えられぬ事では無い。」
「ですが、方法はあります。当然……覚えていますよね?」
「……ふ、ふふ……ハハハハ!」

クラインヴェスは急に笑い出した。

「ああ、覚えている。勿論、覚えているぞ。」

彼は握り拳を作りながら、モチェスヴィをじっと見つめた。

「あの時……私は本気で、君の事を殺してやろうかと思ったほどだ。」
「はは………兄貴はこう言いましたな。何か良い案は無いかと。そして、答えたらいきなり鉄拳が飛んで来ましたからなぁ。あの時は本当に怖かったですよ。」
「貴様の案が突拍子過ぎるからだよ。」

クラインヴェスは苦笑しながら言う。

「確か、自分はこう送れと言いましたな……『諸君らの奮闘、大いに感謝する物である。これより、諸君らは適宜行動に移り、時機を見て敵拠点を攻撃……
必死必殺、1人100殺の信念を持って、祖国の礎にならん事を期待する』……と。」
「言葉は一見綺麗だが……要約すると、成功おめでとう。今後は適当に獲物を探して派手に死んで来い、だからな。」
「ええ。どこからどう見ても、生還率皆無の、無謀な自爆攻撃命令です。」

モチェスヴィは、自分の頭を掻きながらそう言い放つ。

「だが……その言葉は、侵入者たちに掛けられた第2の暗示魔法を発動する鍵だった。」
「はい。それも、ミスリアルの魔法使いの協力を得ながら刷り込んだ物でしたからね。」
「この第2の暗示魔法は、仮に第1の暗示魔法が、正規の手順を生まず、何らかの形で発動した際に自然消滅する物だった。もし、この第2の暗示魔法が
解除されぬまま、君が作った暗示魔法発動の言葉が送られていたら……侵入者の監視者や、奴らを拷問にかけた敵は、『こいつらは祖国に切り捨てられた』
と思うだろう。」
「兄貴の言う通りです。」

モチェスヴィは相槌を打つが、クレインヴェスは不安そうに溜息を吐いた。

「とは言っても……これでは、ただの願望みたいな物だ。」
「しかし、遅くなったとはいえ……報告は送られてきています。それも、当時の関係者が、まだ軍の中に居る内に。」
「うむ。その点から見れば、この報告が送られてきたタイミングは実に良かった、と言っていいだろう。となると………あとは、次の段階に進むだけだな。」
「はい。」

モチェスヴィは、ゆっくりと顔を頷かせた。

「先に言っておくが……今の段階では、情報の送り主が我が方に付いたままか、それとも、敵の謀略によって敵側に付いたのかまだ分からん。確か、第2の
暗示発動の言葉を送れば、相手側はすぐに、得られた情報を送信してくるんだったな?」
「はい。最悪でも、1日程で情報を送って来るでしょう。私は、“そうするように”させています。」
「……送り主の詳細は、やはり不明か?」
「はい。シホールアンル帝国本土から送られて来た、としか。」
「ふむ。それで充分だな。」

クレインヴェスは、自信ありげに何度も頭を頷かせた。

「すぐに第2の暗示発動の言葉を送れ。その後は………祈ろう。」
「了解しました。」

モチェスヴィはそう返事した後、席を立った。


9月13日 午前6時 グレンキア軍中央情報局

モチェスヴィは首都から急いで戻った後、即座に暗示魔法発動の言葉をシホールアンル領に向けて送らせた。
その後、彼は家には帰らず、いつ返事が来てもいいように司令部に留まり続けた。

彼が目覚めた時には、壁掛け時計の針は午前6時を過ぎていた。

「……眠ってしまったか。」

モチェスヴィは、執務机に突っ伏して眠っていた自分を恥じながらも、両手で自らの頬を叩いて眠気を吹き飛ばした。
眠っていたせいで、少しばかり乱れていた軍服をピッシリ整えた後、モチェスヴィは通信受信室に足を運んだ。
中央情報局受信室は1回にあるため、彼は会談をゆっくりと降りて行く。
その途中、彼は、複数の紙を持ちながら階段を上がって来るクサンドゥス中尉と出会った。

「これは局長。おはようございます。」
「おはよう中尉。昨日の当直は君だったか。」
「はい。」

クサンドゥス中尉は、口調に幾分疲れを滲ませながら答えた。

良く見ると、彼女の目の下に、微かながらクマらしき物も見える。

「本日午前4時より、断続的にシホールアンル領から発信された魔法通信を受信しました。」
「おお……来たのか!!」

その瞬間。モチェスヴィは、それまで残っていた眠気が一気に吹き飛ぶような高揚感に包まれた。

「こちらです。」
「うむ…………は、ははは。こいつは凄いぞ……!」

彼は笑いを抑えようともせず、興奮した手付きで8枚の紙全てを読んでいく。

「局長……やはり、シホールアンル本国には、我が国のスパイが居るのですね?」
「ああ、居るとも。」

モチェスヴィは頷きながら答える。

「彼らは、生きていたんだ。しっかりとな。」

彼はそう言った後、1度だけ深呼吸をしてから急いで執務室に戻った。
手渡された紙を慌ただしく鞄に詰め込み、早足で執務室を退出し、一階の正面玄関に向かって行く。

「中尉!表にジープが止めてあるが……今、この時間で車を運転出来る者は残っておるか!?」
「局長。あいにくですが、今は6時10分程です。この局に常駐している運転兵はまだ出勤しておりません。」
「!!」

モチェスヴィは、運転兵がまだ居ない事を完全に失念していた。

「参ったな………私はすぐにでも、元帥閣下の所へ行きたいのだが。」
「運転兵が出勤するまでは、7時まで待たねばなりません。」
「う~む……わが国も、アメリカのように電話線が普及しておればなぁ。」

彼は仏頂面を浮かべ、再び執務机に戻ろうとした。

「ですが局長。手はまだあります。」
「む?」

クサンドゥス中尉の言葉に反応したモチェスヴィは、足を止め、そのまま振り返った。

「どういう事かね?」
「はっ。私も、少しばかりですが……車を運転する事が出来ます。どうされますか?」
「……アメリカ視察の時に、とあるアメリカ人がこう言っていたな。」

モチェスヴィは、再び玄関に向けて歩き始めた。

「天佑神助、とな。中尉!ジープの運転、よろしく頼むぞ!」
「ハッ!それでは、鍵を取って来ます。」

クサンドゥス中尉は、鍵が保管されている警備兵室に向かった。

「おはよう伍長。」
「おはようございます、中尉殿。どうかされましたか?」

M1トンプソンを持った不寝番の警備兵が、珍しく姿を現したクサンドゥスに聞く。

「ジープの鍵を貸して貰えないかな?これから、局長と外出しなくてはならないんだ。」
「いいですよ。これを持って行って下さい。」

警備兵は、鍵を彼女に手渡した。

「中尉殿。今度、アメリカタバコが手に入ったらよろしく頼みますよ!」
「わかってる。期待して待ってて。」

クサンドゥスは明るく笑いながら、警備兵詰所を後にし、ジープの止まっている駐車場まで走った。
モチェスヴィは、オープントップ式のジープの助手席で待っていた。

「局長、鍵を取って来ました。今動かします。」

彼女は素早く運転席に乗り込むと、妙に手慣れた動作でエンジンをかけた。
アメリカ製のジープが快調なエンジン音と共に身震いする。どういう訳か、クサンドゥスはアクセルを踏み込んで、エンジンを何度も吹かした。

「おいおい、そんなにエンジンを吹かさんでもいいだろう。」

余りにもエンジンをがなりたてるため、見かねたモチェスヴィが彼女に注意する。

「はっ、失礼しました。局長………場所に方はどちらに?」
「首都の統合参謀本部だ。元帥閣下はいつも6時半までに出勤している。恐らくは、今日もそれぐらいの時間で出て来るだろう。なるべく
急いでくれ。」
「了解です!」

クサンドゥスは意気込んだような口調で返すや否や、ジープを急発進させた。
街道に出るや、彼女は鮮やかな動作でギアを切り替え、あっという間に70キロ以上の高速で街道を突っ走って行った。

午前6時35分 首都レルペレ

首都レルペレの西側にある統合参謀本部に、クラインヴェス元帥がフォードの専用車で出勤し、玄関から中に入ろうとしていた。

「おはよう。」

ライフルを持つ警備兵に声をかけた時、後方からタイヤのスリップ音が響いた。
音のする方向に振り向くと、そこには、ジープと思しき暴走車がドリフトをかましながら角を曲がり、エンジンを高らかに唸らせ、強行突破も
辞さないスピードで、参謀本部の正面門に差し掛かろうとしていた。

「お……なんだぁありゃ……?」

クラインヴェスは素っ頓狂な声を上げた。
そのまま正面門に張り付いていた衛兵の阻止を振り切るかと思われたジープは、しっかりと急ブレーキで停止した。

詰所に居た別の兵士3人が何事かとばかりに飛び出し、持っていたライフルやサブマシンガンを構えようとするが、乗っていた人物が誰であったのか……
彼らは、いきなり直立不動の態勢で敬礼し、ジープの助手席に乗っている男に、正面玄関を指差した。
ジープは再び急発進し、猛スピードでクラインヴェスのフォード車に接近した、と思いきや、先程と同じように、急ブレーキで専用車の後ろに停止した。
耳を押さえたくなるようなけたたましい音が鳴った後、ゴムタイヤが摩擦で焦げる、不快なにおいが辺りに漂い、それを嗅いだ誰もがしかめっ面を浮かべた。

「局長。ただ今到着しました。」
「………」
「局長?」
「………あ、ああ。それでは言って来る。君は少し待っていてくれ。」
「わかりました。」

ジープの男女が一通りやり取りを終えると、男が助手席から降りて来た。

「……おはよう将軍!朝から妙にやかましいな。」

クラインヴェスは、嫌みったらしい口調でモチェスヴィに挨拶を送った。

「ハッ!おはようございます閣下。お騒がせして申し訳ありません。」

モチェスヴィは、慌てて敬礼をするが、いつもの彼にしては妙に顔色が青く、姿勢もフラフラであった。

「………まぁいい。来たまえ。」

クラインヴェスは答礼した後、顎をしゃくりながら中に入って行く。
モチェスヴィも後に続く。
それからしばし間を置き、2人は昨日と同じ会議室の中に入って行った。
モチェスヴィがドアを閉めると、先に席に座っているクラインヴェスが口を開いた。

「……貴様の部下は、ドライブがお好きなようだな。」
「はぁ……お陰で、道中酷い目に遭いました。行きであれですから、帰りを考えると、頭を抱えたくなりますな。」

モチェスヴィは、げんなりとした表情を崩さぬまま、クラインヴェスに言う。

「俺としては、クサンドゥス中尉の意外な一面が見られて良かったと思うな。あの調子なら、彼女も再び、実戦に出れるだろう。」
「確かに。」

モチェスヴィは苦笑しながら答えた。

「さて……こんなに朝早く、貴様が来た理由は……何も、車の魅力に目覚めた女性士官を自慢する為でもあるまい………来たのだな?」

クラインヴェスは、モチェスヴィの目をじろりと見つめた。

「はい。今日の未明から断続的に、シホールアンル領から発せられた報告伝をクサンドゥス中尉が受信し、内容を全て書き記しました。」

モチェスヴィは鞄を机の上に置き、中から8枚の紙を取り出した。

「こちらが、その報告伝になります。」
「うむ。」

クラインヴェスは、モチェスヴィから紙を受け取ると、1枚1枚読み通して行った。
待つ事15分……

「………見事だ。なぁ……もし、彼らが我が国に帰る事が出来たら。私達は、謝らなければならんな。」

クラインヴェスは、泣き笑いのような表情を浮かべながら、モチェスヴィにそう言い放つ。

「おっしゃる通りです。彼らの献身は……まさに、グレンキアの誇りです。」
「それと同時に、グレンキアらしい物でもあった、とも言える。」

クラインヴェスは、目線を、出入り口のドアの右側に掲げられた肖像画に向けた。

「コソコソと……それこそコソ泥のように動きつつ、最後は勝利を得るためのきっかけを掴む。彼らの行動は、まさしく、このグレンキアに相応しい物だったな。」
「確かに。」

グレンキア王国は、今年で建国254周年になるが……この国を作ったリョン・キキヴィス・グレキアは、元々は盗賊であった。
1200年初頭のグレンキアは、当時は南大陸の覇権国家として猛威をふるっていたバルランド王国の支配下にあったが、当時のバルランドは、現在のシホールアンル帝国と
何ら変わらぬ方法で占領政策を進めており、大陸南部地方の被占領民達は、相次ぐ弾圧や圧政の前に我慢も限界にあった。
そんな中、とある盗賊団が、成り行きで起こった反乱騒ぎを主導した事から事態は変わり始めた。
1211年2月。当時24歳であったリョン・グレキアは、8人の小さな盗賊団を編成し、王国軍の馬車や貴族の屋敷を襲っては、家財道具や宝石類等を
売り払い、その金を圧政に喘ぐ民達に分けて与えるという、日本で言えば義賊のような事を頻繁に繰り返していた。
1210年から始まったこの活動は、いつしか、大陸南部の誇りとして密かに讃えられるようになっていた。
だが、2月のある日……彼は、王国軍のある一隊が村を襲撃している所に出くわした。
小規模な部隊や、防備の手薄な屋敷を目標に定めたヒット・エンド・ラン戦法を得意としていた彼にとって、王国軍正規部隊とやり合うのは
無謀であり、彼自身逃げ出したかった。
だが、生き延びた住民達が彼のもとに集まるや、村を焼き討ちにしようとしている王国軍を追い払ってくれと頼み込み、ついには、村の若者までもが、
脱出時に持っていた武器を振りかざし、一緒に戦ってくれと懇願するまでになった。
グレキアは当初、難色を示した物の、元は王国の軍人崩れでもあった彼は、成り行きでこれを引き受け、絶望的な戦いに臨んだ。
だが、この時、彼が軍役時代に培った戦術が見事に当たり、グレキア達は圧倒的な劣勢下にありながら、巧みな戦術で王国軍を追い払う事に成功した。
この事件がきっかけで、グレキアの元には、多くの若者が集うようになった。
そして1215年6月。グレキアは大々的に反乱軍を結成する事を決め、それ以来、王国軍との長い戦争状態が続いた。
グレキア達の戦いは、まさに盗賊と呼ぶ物に相応しい物であり、数の不利を、持ち前の諜報力と、得意のゲリラ戦。
そして、敵戦線後方にある物資集積所の重点的な襲撃、略奪を中心に行う事で、数で勝る王国軍を翻弄し続けた。
1231年5月。北ヴクサボトラの決戦で勝利を収めたグレキア軍は、南部一帯の支配権を獲得した。
同年8月、後方の重要拠点として使い続けた大陸南部の町、レルペレで、グレキアは正式にグレンキア王国の建国を宣言した。
名前をリョン・グレンキアに改めたグレキアは、1252年に亡くなるまで、グレンキア王国の初代指導者を務め続け、崩御の際には、50万人の参列者が
質素な宮殿につめかけ、その死を悼んだと言われている。
それ以降、グレンキア王国は紆余曲折を経て、現在に至っている。
盗賊の頭が立てた国、グレンキア。
今のグレンキア王国は、それに因んで盗賊達の国と呼ばれている。

建国以来、軍の諜報能力は徐々に引き上げられ、現在では、南大陸一の大国、バルランドや、ミスリアルにも引けを取らぬとも言われている。
そのやり方は、基本的にグレキア達が使ってきた、密かな後方浸透と、安全が確認されるまでの、安易な連絡の禁止、敵側との信頼関係の構築と利用、
機会あれば、敵の物資を強奪…それが出来ぬ場合の、可能な限りの情報収集にあり、その手法は、現在でも使われ続けている。
7年前に潜入したグレンキア軍特殊部隊が、今まで生き延びられたのは、その基本を忠実に守り続けた故の結果なのであろう。

「この情報が得られたのは、我々にとっても非常に大きい。特に、首都郊外から15ゼルド(45キロ)地点に隣接する不審な工場群というのも気になる。
この他にも、首都近辺の防備状況や重要施設の位置情報等……こいつは、まさに宝の山だ。」
「こいつさえあれば、何か出来そうな気がするのです……が。」

モチェスヴィはそこまで行ってから、片手で額を抑えた。

「我が軍に、敵の首都を叩く手段なんてあるんですかね。」
「……悲しい事に、我が“グレンキア”には、そんな戦力は無いな……だが……」

クラインヴェスの頭の中に、一際特徴のある国旗がはためいた。

「我らのお仲間なら……使えそうな戦力を持っているかも知れんぞ。」
「もしや……アメリカですか?」
「ご名答。」

モチェスヴィの問いに、クラインヴェスは満足気に頷いた。

「アメリカさんは、つい先日、20隻以上の空母を中心とした大機動部隊でもって、シホールアンルの誇る軍港を壊滅させたからな。不幸な事に、
ヒレリイスルィはもぬけの殻の様だったが……それでも、敵本国にある港を吹き飛ばした事は、決して小さな出来事では無い。」
「確かに。アメリカの物量のお陰で、我が軍も近代化を成し遂げられましたからな。私も、それを身に染みて実感した1人です。」

クラインヴェスはモチェスヴィの話を聞いてから、自信ありげな口調で自らの言葉を続ける。

「そのアメリカさんに、スパイ達の送って来た情報を送れば……何かやってくれるかも知れんぞ。」
「しかし……アメリカさんが自分達の情報を受け取ってくれますかな?彼らは昨年、バルランド軍の情報を頼りに行動を起こした結果、空母機動部隊が
待ち構えていたシホールアンル側に散々叩かれましたからな。」

モチェスヴィの言葉の前に、クラインヴェスも思わず唸ってしまった。

「う~む……その点を考えると、君の言う通り、アメリカさんも警戒するかも知れんな。私達の情報網は確かだが、情けない事に、私自身、“完全”とは
思っておらんからな。」
「そもそも、スパイ情報と言う物は、それが当り前です。我々の仕事は、その情報にあらゆる推測や、過去の経験を照らし合わせて分析する事ですから。」
「ははは……君の言う通りだ。」

クラインヴェスは、モチェスヴィに向けて苦笑した。
唐突に、ドアがノックされた。
いきなりの事だったため、2人は思わず驚いてしまった。

「元帥閣下。」
「おう!ここに居るぞ。何事か!?」
「ハッ!閣下宛に電報が届いております。」

クラインヴェスは、モチェスヴィと顔を合わせた。

「俺宛に電報とは、一体何だろうな。」
「さあ……」

モチェスヴィは首を捻った。
クラインヴェスはドアの前まで歩き、いつもの要領でドアを開ける。
若い士官が敬礼した後、1枚の紙を手渡した。

「うむ。ご苦労。」

彼はそう言ってドアを閉め、手渡された紙に書かれた内容を一読した。

「……どうやら、アメリカさんも何か考えているようだな。」

クラインヴェスは、ぼそりと呟く。

「……どうかされましたか?」
「ああ。近い内に、アメリカ側から訪問者が来るようだ。」
「訪問者ですと?」

モチェスヴィは、妙に唐突だなと言わんばかりに首を傾けた。

「うむ。何でも、アメリカ太平洋艦隊のニミッツ提督が、この司令部を直々に訪問するようだぞ。」

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー